「なんだと・・・?」
紅茶のカップを握りつぶしてしまいそうな勢いで、イザークが言った。
怒りと戸惑いが交錯するイザークの顔に、私はほほ笑み返すことだけしかできなかった。
〔 過去と違う未来 PHASE:42 〕
イザークには、知っておいてほしかった。
連合の捕虜にされていたという話は、ウソだと。
私は、自分の意思で足つきにいてオーブへ行き、宇宙へ戻ってきたのだと。
「ディアッカや・・・ナスティと・・・?」
私はうなずいて説明を続けた。
「選べないと思っていたの。私の未来はこうだって、産まれたときから遺伝子にあるんだもん。」
紅茶のカップに落としていた視線を、イザークに戻す。
「でも、キラに会って、エリカさんに会って、ウズミ様の言葉を聞いて。私も私で選べるんじゃないかって思った。」
イザークの顔が引きつっていた。
「ナチュラルを全滅させるなんて考えは間違ってる。プラントは護りたい。・・・私の未来も、私が決めたい。」
「も、いくのか?」
イザークの言葉には首を振る。
「いかない。私はここで、それをしたいの。」
私は一度、逃げてしまった。
ユニウス・セブンの話を盗み聞きしたとき、一度。
あのとき逃げずに、お父さまとパトリックおじさまに、ちゃんと話をしていれば・・・。
そう思うと、悔やんでも悔やみきれない。
ナチュラルを、すべて滅ぼすとしたおじさま。
もっと早くからおじさまの本心を知っていて止められたら、アラスカやパナマの悲劇は起こらなかったかもしれない。
「イザーク、このことナイショにしてくれる?」
調子のいいお願いをすると、イザークがため息をついた。
らしくないその態度に、笑いがこぼれた。
「が笑うな。」
そう言ったイザークも、私に意見するわけでもなくて、少しホッとした。
「ストライク。・・・いや。フリーダムのパイロット、キラ・ヤマト。―――幼なじみ、だったのか。」
エターナル追撃の任を受けて、L4コロニー群へむかったイザークは、そこでディアッカと再会したと言っていた。
そして、自分の顔にキズを負わせたパイロットが、実はコーディネーターだったと知らされた。
もちろん、アスランと私とキラが、幼なじみだったことも。
「4歳の頃から、月で一緒に育ったの。」
「そうか。―――辛かったな。」
言われた言葉に驚いてイザークを見ると、顔が不本意そうに「なんだ」と聞いている。
「キラのこと、・・・そんな風に言ってもらえるとは思わなかった。」
裏切ったのはむこうなのだから相手にするな、とか言われると思った。
「気に入らん思いはあるぞ? だが、アラスカであいつの言葉と行動を見て、そんな単純でないことはわかるからな。」
地球軍だけでなく、ザフトにも危険を知らせ、戦闘停止を呼びかけたキラの声。
あのキラに、ちゃんと何かを感じとってくれる人がいる。
地球軍にも、ザフトにも・・・。
イザークが、その中のひとりであってくれて、良かった。
「俺は、単純にザフトを脱走して新たな勢力を作るというのは賛成できない。
俺はプラントを護るザフトの兵隊だ。それを誇りとしている。」
仲間が次々にいなくなり、たった一人残されたイザークの、決意。
ザフトにも、こうやって新しい芽が広がってくれればいいのに、と思った。
少し席をはずす、とだけ言い残してイザークは部屋を出ていった。
私はテラスへ足を運び、そこからソラを見上げた。
プラントの厚いガラスのむこうに、真っ黒い宇宙。
その中に星々が、かすかに光を放っていた。
どうして、地球の星空の方がキレイに見えるんだろう?
あの砂漠で見上げた星空は、本当にキレイだったな。
「。」
名前を呼ばれて振り返ると、イザークが同じようにテラスへ出てきた。
「どこ行ってたの? イザーク。」
イザークは私の問いには答えず、私のとなりまで来ると、同じようにソラを見上げた。
「アラスカでを見失って、生死もわからず、毎日気が気じゃなかった。」
私の顔も見ずに、イザークが言った。
そうだよね。
私だったら耐えられない。
イザークとディアッカが大気圏に単体で突入したとき、私は見えないところで身を案じることなく、傍にいられた。
すぐに自分の目で、生きてることを確認できた。
でもイザークは・・・。
たったひとり残されて、たったひとりで、みんなの身を案じて。
「ごめんね? イザーク。」
もう一度謝った私を見て、イザークがフッと笑った。
「左手を出せ。」
意地の悪そうな笑みで言われたその言葉にきょとんとしつつ、手を差し出す。
左手がイザークの手にとられる。
薬指に通されたものを見て驚きの声をあげた。
「イザーク、これ・・・?!」
吸いつくように指になじむ、プラチナの指輪。
その中心には、埋め込まれた一粒のダイヤが輝いている。
イザークが私の反応を楽しむように、ニヤニヤしながら言った。
「正式なものじゃなくて悪いが、それなら仕事中でも大丈夫だろう?」
指輪の中に埋め込まれたダイヤ。
確かにこれなら邪魔にならない。
いとおしそうに指輪を撫でる私を、イザークが満足気に見ていた。
「ありがとう。これならいつでも一緒にいられる。」
ほほ笑んだ私に、今度はイザークから優しいキスが降ってきた。
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