オレがザフトに入った理由は、母を殺されたから。
戦い続ける理由は、弟を殺されたから。

プラントを護る思いより、自分は、ナチュラルを憎む思いの方が強かった。










〔 過去と違う未来 PHASE:35 〕










「おい、カルテ。」
つぶれてるぞ、と言われても、その声はナスティに届いていないようだった。
ナスティは、何か硬い鈍器のような物で頭を殴られたかのような衝撃を受けていた。

今までナスティにとってナチュラルは、自分の家族を殺した敵だった。
医者に母を救ってもらえなかったことは、ナスティのトラウマだった。
どいつもこいつも、母を殺したあの時の医者だった。

ところがどうだろう。
目の前にいるナチュラルの医者は、自分の治療をしてくれた。
ほとんどベッドの上から起き上がれもしなくて、熱にうなされて。
そんな自分がすっかり歩けるまでに回復した。
―――コイツの治療で。

そしてコイツは、軍医よりやりたいことがあると言った。
ただ風邪の子供を診るだけでなく、家族を安心させたいのだと言う。

それは、自分が望んだことではなかったか?
コイツなら、ナチュラルもコーディネーターもなく、あのときの母を助けてくれただろう。
同じように倒れていたら、ラスティを助けてくれただろう。

コイツが言うなら、もしかして、この艦の連中は、みんな・・・・・?

自分の病状について、事細かに書かれたカルテ。
その後の治療法についても、参考的に書き記してあるようだった。
ナスティは手渡されたカルテを、ただ黙って見つめていた。



ディアッカは、ついさっき走り去っていったミリアリアに押しつけられた、自分のパイロットスーツを見ていた。
自分の国を護るために、ミリアリアは連合と戦うのだと言った。

ミリアリアだけじゃない。
さっきからせわしなく行き来する、地球軍の軍服を着たこいつらは、全員そうするのだろう。
外の状況などまったくわからないディアッカだったが、足つきに何が起こったかは、全部から聞いていた。

死ぬのはいやだ。
それはディアッカだって同じだ。
だから足つきだって、オーブに来たんだろうと思う。
力がないなら、逃げりゃいいじゃないか、とも思う。

けど、ここにいるこいつらは、それをしない。
それどころか、今まで自分たちが属していた軍と戦うのだと言う。

正しいと、自分が信じたことを護るために、自分で戦うと決めた彼女。
今まで鼻であしらうようにしか思っていなかった、ナチュラル。
なのに・・・・・・。

ディアッカは戸惑っていた。
自分よりも強い心を持つ、ナチュラルに出会って。



格納庫から医務室のナスティのところへむかう途中で、ディアッカと合流した。
連合側に捕虜として扱われなかったことが今では幸いして、ディアッカは足つきのクルーから釈放されたと言う。
医務室には、すっかり体力を回復したナスティが、椅子に腰かけていた。

ナスティとディアッカは、お互いの顔をまじまじと確認し合う。
「何見てんだよ、MIA。」
「お前らだって、同じだろ?」

憎まれ口をたたきあったと思ったら、二人は抱きあって背中をたたき合った。
「ディアッカ。・・・・お前、よく生きてたな・・・・。」
「あぁ。死んでたまるかよ。」
「殺したって死ななそうだしな?」
「おい、ナスティ?」
冗談!と言って笑うナスティ。
ここが足つきの艦内だということを除けば、何の変哲もない日常と同じ。


「そんじゃ、どーする? これから。」
急に真面目な顔になって、ディアッカが言った。

「明後日には連合がオノゴロに攻めてくる。マスドライバーを奪うためにね。」
「あぁ、オレも聞いた。さっき、軍医が。」
「俺も。ミリアリアが教えてくれたぜ。・・・彼女、艦に残るってさ。」

私はディアッカの言葉に驚いた。
ミリアリアがキラと同じ学生で、巻き込まれるようにこの艦に乗っていたのを、私は知っていた。
そしてザフトであるアスランに、彼女は大切な、トールという恋人を殺されているのだ。

先日、キラからミリアリアにいよいよそのことが告げられて、彼女は一晩中泣いていた。
だから、こんなことはもう嫌だと、てっきりここから去るだろうと思っていたのに。

「俺はコーディネーターで、この艦の連中はナチュラル。でも、護りたいものがあるのは、どっちも同じなんだよな。」
ディアッカの言葉に、ナスティがうなずいた。

「ただの風邪を治すだけの医者に戻りたいって言うんだぜ、あいつ。」
軍医がいつも座る席を見ながら、ナスティが話し出した。
「病気の家族を心配するヤツに、大丈夫って言ってやりたいんだと。・・・・オレと同じだよ。」
「ナスティ。」
私は、ナスティが思い出しているであろう事を予想して、ナスティの手を握った。

「オレはずっと、言ってもらいたかったんだ。母親は大丈夫だって。輸血すりゃ、元気になるって。」
重なった私の手を、大丈夫だというようにポンポンとたたく。
今度は手のひらを祈るように組み合わせて、顔をあげずにナスティが言った。

「オレは、キラがいなければ死んでた。軍医の治療で元気にもなった。
 オレはザフトのコーディネーターなのに、あいつら、そんなことちっとも気にしてねーんだ。」
ナスティの肩にぽんと手を置いて、ディアッカが私を見た。
「このままカーペンタリアにむかってもいいんだろうけどさ。・・・どうせ攻めてくんのは連合なんだろ?」
その言葉の真意がわからず、ぼけっと顔を見ていたら、ディアッカが笑いながら付け足した。

「オレが言いたいのはさ、ちゃんと恩を返そうぜっつーこと!」
恩を返す?

ナスティがディアッカをニラみつけながら言う。
「オーブに味方して、連合と戦う気か?」
「まっ、そーいうことだな。」
いつもの軽い口調のままで言うディアッカに、私はあいた口がふさがらなかった。




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