その扉に入る前に、私はそっと自分のくちびるに触れた。
再会と別れの意味を含めた、あの日のイザークとのキスを思い出す。
会えない時間の中にも、愛しさがつのっていた。
自覚させられたほど、深いキスだった。
たぶんそれは、イザークも同じ。
くちびるから手を離して、今度は自分のIDカードを握りしめた。
モルゲンレーテの工場区は、個人情報管理システムが働いている。
敵として潜入するより、仲間として潜入した方が、よっぽど動きやすい。
当然このIDカードは、完全な偽造品。
私はモルゲンレーテ社の作業服を着て、作業員になりすましている。
そしてこのIDカードは、マスターカードを元に偽造したもの。
開けられない扉は、ない。
「行ってくるね、イザーク。」
覚悟を決めた私は、その扉を開いた。
〔 過去と違う未来 PHASE:04 〕
今、モルゲンレーテのホストコンピューターに侵入して、得た情報は頭に叩きこんだ。
私はわき目もふらずにそこへむかう。
セクターS、第37工場区。
その一か所に、あきらかに怪しいドッグがあった。
情報が動いている形跡があるのに、データが残っていない。
ホストからも消す、ということは、絶対、アレがある。
あとは、私が見るだけ。
「ラウは、どうする気だろう。」
私がラウの望む情報を持ち帰れるのは、ホストコンピューターに侵入した時点で確証した。
ラウのことだ。
これをこのまま見過ごすとは思えない。
でも、だからどうするなんて、私にはわからなかった。
その扉を開けると、急に目の前がひらけた。
長く暗い廊下を歩いてきた私に、広々とした、けれど重たい空気が流れこんだ。
キャットウォークの手すりを、知らずに握りしめていた。
「あった・・・・・・ッ」
メタリックグレーの、見たこともないような機体が五機。
そこに横たわってた。
地球軍の、新型機動兵器。
私はしのばせた小型カメラで、それをとらえた。
たった今、情報が漏えいしたことも知らずに、作業は続けられている。
おそらくあの作業員の中にも、連合の人間が混ざりこんでいるんだろう。
「こんな所で、何をしているのかね?」
突然かけられた言葉に、いたずらを見つけられた子供のように身体が硬直した。
あまり夢中に見すぎていただろうか・・・・・。
振り向くとそこには、少し年のいった観のある男性が立ってた。
場違いなように白衣を着て、胸のプレートは『カトウ』と読めた。
「見とれていました。・・・・・あれに。」
悪びれもせずに、私は答えた。
この場所に現れる、カトウ、という名の男性には心当たりがある。
頭の中のデータベースで検索した結果、彼はこのOS開発に携わる、オーブの人間だ。
「それよりもドクター・カトウ? あれのOSはどうなりましたか?」
私の質問に、彼は意外そうな顔をした。
年の若い私が、なぜそんなことを知っているのか、とでも思ったのだろう。
「君は連合の人間か。・・・・・ナチュラルにあんなものを扱えという方が、私には無謀に思えるよ。」
つまりは未完成、ということか。
「今、私のゼミの学生に手伝わせてはいるが。」
続けられたドクター・カトウの言葉に、今度は私が驚いた。
ドクター・カトウは、サイバネテック工学の第一人者であるはずだ。
その手伝いが、ナチュラルの学生にできるの?
「失礼ですが・・・・・。まさか、その学生は・・・・。」
「コーディネーターだよ。」
やっぱり、という思いと、なんてことを、という思いが混ざりあう。
コーディネーターの学生に、コーディネーターを倒すためのOSを作らせているなんて。
連合のモビルスーツに、完成されたそのOSが載せられて、同じコーディネーターが殺される。
それを知ったら、その学生は・・・・?
「知っているんですか? その学生は。その能力が、同胞を殺すことに使われる、と。」
怒りを隠して言葉にするのは難しい。
「知らんよ。そのほうが幸せだろう?・・・・・オーブにいるなら。」
そんなドクター・カトウの言葉は、何の救いにもならない。
知っていようといまいと、その学生がさせられていることはすでに、戦争の一部だ。
軍人でもない民間人。
ましてや、戦いが嫌でオーブにいる人間に、そんな行為をさせるなんて。
――――許せない。
私はすばやくあたりを見まわした。
誰もいない。
自分の内から、黒く、押さえ切れない冷たい影があふれ出した。
「その学生は――――・・・?!」
彼はそれ以上、何も言葉にすることはなかった。
通路の影にドクター・カトウをひっぱり寄せ、使われていないとなりのドッグへ放りこむ。
ドクター・カトウの口の中に拳銃を押しこんだままで、私はシェルターの扉を開けた。
「貴方がいなければ、OSは完成しないわね。」
私の言葉に、目に恐怖の色をさらに濃く浮かべる。
「その学生に許してもらえる日は来ないわよ。・・・・・・サヨウナラ。」
押し付けていた拳銃を引き抜いて、代わりにナイフを彼の身体にすべらせた。
シェルターをすばやくロックする。
開閉不可能にロックをかければ、シェルターはまるで、大きな棺おけにみえた。
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【あとがき】
殺しちゃった・・・カトウ教授。
結局映像で出てこなかった彼のイメージはガンダムWの博士。
ヒイロのゼロワン作った博士を少し若くした感じ。
そして、期待されていた方、ゴメンナサイ!
キラとの接触はありません。あわわ・・・。