天をあおぐと、静かに月明かりが私を照らしている。
満天の星空がどんなものか、私はここで、初めて知った。
プラントと違う、つくりものでない本物。
自然のままの、熱い風。
調整されることなく、移り変わる季節。
大気に抱かれて、私は今日も眠りにつく。
私は今、地球で生きている。
〔 過去と違う未来 PHASE:01 〕
「・。潜入作戦の報告に出頭いたしました。」
久しぶりに袖を通した赤い軍服。
同じ色の仲間は、今も宇宙にいる。
「入りたまえ。」
ドアを開くと途端に、むせ返るほどのコーヒーの香り。
私が今身を置いている隊の隊長は、オリジナルブレンドのコーヒーを飲むことを、至福の時間としている。
「ダコスタ副長が、換気してくださいと言っていましたよ?」
「そうかい?」
軍人として、報告よりも雑談を先にしていいものか、とも思う。
けれど、このアンドリュー・バルトフェルドという人物は、事務的な報告を何よりも嫌う人だった。
「今日あたり報告があるかと思ってね。好みになっていればいいんだが?」
そう言って私にコーヒーを差し出す。
こんなにも部下の私をかわいがってもらって、いいんだろうか。
潜入活動で隊に派遣されるのは、これが初めてじゃない。
初めてここにきたとき、今までの隊とはあまりに違うことの連続で、戸惑うことが多かった。
そして、初めての地球になじめずにいた私に、バルトフェルド隊長は優しく言ってくれた。
「これが本来、人の生きる場所なんだよ。」と。
言葉と一緒に渡された熱いコーヒー。
その香りに、私の心は落ち着いていった。
「今日はモカ60%に、ハワイコナ40%でブレンドしたんだが。」
潜入の報告よりも、彼の優先順位はコーヒーの方が上だ。
「イケてますよ、隊長。バニラフレーバーの甘い香り、私は好きです。」
私の答えに、目の前の指揮官は満足そうに笑った。
「こちらが攻撃しない限り、彼らは動きません。」
コーヒーを飲み終えて、私はバルトフェルド隊長へ報告を始めた。
「彼らは鉱山を守りたいだけです。奪う者が敵なんです。
・・・・・ザフトも、地球軍も、彼らにとっては同じ敵でしかありません。」
報告を受けて、バルトフェルド隊長は「だろうな。」とうなずいた。
「なら、僕は鉱山に手を出さないよ。」
その言葉に、私は目を丸くした。
本国からは、地球軍に奪われる前に鉱山を制圧せよ、との命令が出ているのだ。
「隊長。それでは命令違反になりますよ?」
「そう? 要は地球軍にとられなきゃいいんだろう?」
私の指摘にも隊長は何一つ動じない。
「このパナディーヤを越えなければ、ヤツらの鉱山には行けないんだ。
僕たちがここで地球軍を追い払えば、とられることもない。」
「けれど命令は――――・・・。」
なおも食い下がった私に、隊長は初めて本気の目をして言った。
「弱い者を力でねじ伏せて、支配しろと言うのかい?」
何も言えずにいる私に、隊長はすぐにいつものおどけた顔をつくる。
「僕は、弱い者いじめはキライでね。」
パナディーヤにあるザフト軍の官舎。
私に用意されていた部屋で、ぼんやりと天井を眺めながら、隊長との会話を思い出していた。
確かにプラントにエネルギー問題はなく、鉱山は必要ない。
必要なのは、Nジャマーの影響で核が使えない地球側だ。
だからこその鉱山制圧命令だろう。
けれど、当の現場指揮官はそれに従う気はないらしい。
地球軍に奪われなければいいだけのこと、と。
命令違反だと抗議した私だけど、本当は隊長の言葉に安堵もした。
数日間だけでも行動を共にした、“明けの砂漠”のメンバー。
彼らが攻撃されることは、今しばらくはないのだ、と。
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【あとがき】
「昨日と違う明日」の種時代続編、「過去と違う未来」スタートです。
特殊部隊という性質上、第一話にアンディしか出てきませんでした。
アンディ夢。・・・・なーんて・・・・。・・・・・スイマセン。
イザーク登場までもう少しお待ちいただけたらありがたいです。
アカデミー時代同様、かわいがっていただけたら嬉しいです!