「? 入っても大丈夫か?」
着慣れない黒のフロックコートに息苦しさを感じながら、俺は戸惑いがちに声をかけた。
本来はの父親が着たのであろうこの服は、それだけで重みが増して思えた。
「アスラン? どうぞ。」
の声を受けて、部屋の中へ足を踏み入れる。
のその姿を、初めて実際に見た俺は、めまいさえ覚えた。
どんな清らかなものにも勝る、オフホワイトのウエディングドレス。
は花嫁の証であるベールを、今まさに着けられているところだった。
〔 あたたかな光、キミにあふれて。 〕
− 第一章 −
「朝早くから大変な準備だな、。お腹すいてないか?」
心の揺らめきを悟られないように、俺は通常の会話を選択した。
の容姿についての感想を、素直に伝えることができなかった。
「ラクスがサンドイッチを用意してくれた。小さく切ってあるから、一口で食べられるだろう?」
言いながらそれを差し出すと、の顔がとたんにほころぶ。
「うれしーい! これなら口紅も落ちないから、平気ですよね?」
介添えをしている女性に確認すると、はサンドイッチを指でつまみ、口の中に入れた。
「贅沢だなぁ、私。こんなときにラクスのサンドイッチが食べられるなんて。」
ひとつ、ふたつ、と次々にはサンドイッチを口へ運んだ。
その姿に、さして緊張した様子もないことに安心する。
「それだけ食べれるなら大丈夫だな。大事なところで転んだりするなよ?」
すっかり空になったプレートを片付けながら言うと、が笑って言った。
「アスランこそ、右足と右手、一緒に出さないでよ?」
の言葉に、俺は言葉を返せなかった。
なんだか、やってしまいそうな気がした。
介添えの女性は、そんな俺を見て、図星だと気づいたのか、くすくすと笑いながら俺たちに言った。
「そんなに心配なら、練習されたらどうですか?」
がなるほど、という顔になり俺を見た。
「そうだね、アスラン。練習しておこう。」
の言葉に、女性は本番さながらの雰囲気を出すため、ブーケをに手渡した。
ブーケを受け取ったは、嬉しそうに握りしめた。
ラウンド型に白いバラで作られたブーケは、の雰囲気にとてもよく似合っていた。
「はい、アスラン。」
が笑顔で俺に手を差し出した。
俺は胸の鼓動を押さえつけながら、へ近寄る。
手を取って立ち上がらせると、の手がそのまま俺の右腕に絡まった。
腕を組んで立つ俺をが、前の鏡に映しだされた。
「まぁ、素敵。まるでお2人が式を挙げるみたいですね。」
「あ・・・いや・・・・。それは・・・・。」
女性の言葉に、俺は歯切れの悪い返事しか返せない。
彼女に他意がないのはわかる。
だが、今の俺はその言葉に動揺するばかりだった。
の父親のラレール・は、先のヤキン・ドゥーエ攻防戦で戦死した。
正しくは俺の父親のパトリック・ザラが、の父を殺した。
そして俺の父も、の父の銃弾の前に倒れた。
母たちをユニウス・セブンで失い、父たちをヤキン・ドゥーエで失った。
血のつながりはなくても、俺もも、肉親と呼べるのはもう、互いの存在だけだった。
小さいころから、ずっと一緒だった俺たち。
俺はずっと、のことが好きだった。
けれど想いは、遺伝子という壁の前に阻まれた。
俺との遺伝子は子を成す可能性がなく、今のプラントのルールで結ばれることはできなかった。
俺は、母たちを失ったときに一度、を抱いた。
悲しみにくれるを、自分を、そうすることでしか慰められなかった。
俺の中に、たった一度だけ存在する、愛した人を抱いた記憶。
あのときのことは、後悔をしていない。
やがてに婚約者ができ、2人は本当に想い合うようになっていった。
だけど俺は今でも、この想いを断ち切れずにいる。
「だいたい、何でイザークなんだ。よりにもよって・・・。」
「何か言った? アスラン?」
心の中で思っていただけのつもりが、練習に夢中になってつい口に出してしまっていた。
何のことだろうと俺の顔をのぞきこんでくるに、俺はあわてて首を振った。
何とか、笑って誤魔化すしかないだろう。
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【あとがき】
別タイトルが「アスランの長い一日」
こんな日の出来事をアスラン視点にしたのは、未練たらたらな彼が書きたかったから。
だと思います。