「ぶぇっ・・くしょんっ!」
下品なくしゃみをしたシンを、みんながあきれたように見ている。
シンはその視線に気づいて、誰にともなく文句を言った。
「なんだよー。バカだって風邪引くんだぞ。」
「服のまんまで海に飛びこむからでしょ?」
「人命救助だよ。」
「それでエマージェンシーでは、救助になってないな。」
ついにレイにまでからかわれては、シンも立場がなかった。
まだ文句を言いたそうにレイを盗み見たが、レイはもう知らぬフリだった。
〔 オレンジへのあこがれ −運命編・ACT.13− 〕
「ああやって、戦争の犠牲になった子に会うとさ、『俺なにしてるんだ』とか『しっかり守らなきゃ』とかって、思うよな。」
助けたステラのことを思い出して、シンが言った。
「あの子の親も、戦争に殺されたんだよ。きっと。」
きっと無意識なのだろう、シンは左手でピンクの携帯を撫でていた。
「復讐、とか考えんなよ?・・・つっても、お子ちゃまなお前には難しいよな。」
ハイネがシンの髪を、ぐしゃぐしゃと撫でまわした。
「俺は、力が欲しいだけですよ。力さえあれば、大切な人を守れるんだ。」
ハイネは目を細めてシンの言葉を聞いていた。
「ならその力、間違えんなよ。」
「間違えませんよ。」
子ども扱いされていることに、むずがゆさを感じさせてシンが言い返した。
『大切な人を失った』から『力を求める』ことがすでに間違いだと、ハイネはシンに諭すことができなかった。
真っ赤な瞳の奥に、憎しみとも悲しみとも思える炎が見えた。
シンが肉親を失ったことは聞いていたが、傷は思いのほか深いように感じた。
結局、自分で見つけるしか、ないんだよな。
答えは、誰かが教えてくれるものではない。
自分がそこに見つけなければいけない。
かつてのハイネがそうだったように。
ハイネはルナマリアたちと楽しげに話すを見た。
の存在が、ハイネを変えたと言ってもいい。
のただ無邪気な存在が、ハイネの心を変えたのは間違いなかった。
アカデミーを去って行くハイネにあの日投げかけられたの、何気ない一言。
『ハイネ先輩っ!私っ、絶対追いかけますから!待っててくださいねっ!』
『待ってる』ということは、『死ぬな』ということ。
間接的に投げかけられた『生きて』という言葉に、ハイネは救われた。
自分が生きることに、ちゃんと意味があるのだということを知った。
大切な人を失っても、また人を好きになれること。
ハイネは『生きて』いるのだと、が教えてくれた。
それからハイネ自身の、戦争に関する考えが変わった。
あのころと変わらず無邪気なの笑顔に、ハイネもまた笑顔をこぼした。
ここには、何も変わらないがいる。
愛してやまない、いとおしい彼女が。
***
グラディス艦長の元から戻ってきたアスランは、浮かない顔をしていた。
心配そうにアスランの顔をのぞきこみ、ハイネと顔を見比べる。
と目が合ったハイネは、に苦笑いを浮かべて見せた。
「地球軍の援軍として、オーブがくるらしい。」
浮かない顔のアスランをとなりに置いたまま、ハイネが言った。
「オーブ?」
が怪訝そうに顔をしかめて、思わずシンを見た。
シンは怒りを顔に浮かべたままで、ぐっと拳を握りしめた。
「ま、あそこももう地球軍だしな。当然ザフトの敵ってことだ。」
ハイネがさらっと言った。
「シン、大丈夫?」
ルナマリアも心配そうにシンに問う。
ところがシンは嫌味なくらいに笑って言った。
「撃ってくるっていうなら、今度こそ俺が叩き潰してやる。あんな国。」
「シン!」
アスランがその言葉に反応を示すと、シンはアスランをにらみつけた。
「アンタだって、ザフトなんだろ?ならオーブは敵じゃないか。ヘンな感傷に浸るより、俺のほうがずっと正しいと思いますけど?」
「・・・カガリがいれば、こんなことには・・・。」
アスランが漏らした言葉に、シンの中にはさらなる怒りが渦巻く。
「あんな女になにができる!結局思うとおりにできなくて、逃げ出すことしか出来なかったんじゃないか!」
この場所で、アスランに同意する者はいなかった。
どうやっても、シンとアスランのオーブを思うすれ違いの気持ちを、つなげることはできないとわかっていた。
アスランもそれを察知して、一人部屋を出て行った。
ハイネがみんなに肩をすくめてみせて、その後ろを追いかけて行った。
「シン、本当に平気なの?」
二人が出て行ってしまうと、がシンに聞いた。
「何度も聞くなよなー。平気だよ。」
「でも・・・。」
「。心配する必要はない。シンは戦えるはずだ。シンが弱くないことを俺たちは知ってるだろう?」
レイはそう言ったが、もちろんはそのことが心配なのではなかった。
戦えてしまうシンが怖いのだ。
傷を負っているはずなのに、オーブは大切な両親の国であるはずなのに。
それでも『憎い敵』だと、剣をふるえてしまうシンが、怖いのだ。
「大丈夫だって。めずらしくレイのお墨付き。」
シンが笑顔で言った。
だからもそれ以上言うことができなかった。
あの日、オーブで見たシンの表情を思い出す。
妙に大人びた、シンの表情。
悲しみよりも、怒りが勝ってしまうシン。
悲しみを怒りに変え、目の前の敵を討つことで家族を取り戻そうとしているシン。
死んだ者が還らないと知っていてもなお、想いのやり場を探している。
アルを失ったと、同じように。
レイがの肩をたたく。
「俺たちがシンの支えになろう。」
シンに聞こえないように、レイはとルナマリアに囁いた。
「当たり前じゃない。」
ルナマリアがなにをいまさらと、怒ったようにレイに答えた。
はそのレイの言葉に、こくんとうなずいた。
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【あとがき】
ミネルバ組ザフトレッドの友情。
というよりシンが心配でしかたない様子。