「敵って、誰だよ。」
その言葉は、アスランにしては珍しく、投げやりに聞こえた。
ルナマリアに言葉を返したというより、なんだかアスラン自身に問いかけているようだった。
〔 オレンジへのあこがれ −運命編・ACT.05− 〕
ミネルバのデッキで海を眺めながら、そのことを思い出してはため息をついた。
前大戦で、アスランが結果的にザフトを裏切る行為をしていたことを、は見ている。
けれど再会してからは、あえてそれに触れてこなかった。
「敵って、誰だよ。」
それはも感じたことがあった。
連合軍を前に、平然とジェネシスを放ったザフト。
その自軍の行為に怒りを感じたとき、確かにはザフトが正しいと思えなかった。
それを「気にするな」といったのがハイネ。
自分たちは、軍人なのだから。と。
「信じるものは、ひとそれぞれだ。」
イザークとディアッカに言われた言葉も、はいまさらながらに思い出していた。
***
ハプニングとはいえ、地球に降りたのは、はこれが初めてだった。
ぼうっと海を眺めながら、はニコルと交わした最後の約束を思い出していた。
二コルはこの地球で何を見たのだろう。
もし生きていたなら、どんな曲を聴かせてくれただろうかと、そんなことを考えた。
遠くの波間に、トビウオの群れが跳ねた。
キラキラと太陽の光を反射して、とても綺麗だった。
は、それだけで心が癒されていくのを感じた。
ニコルにも、こんな風に安らいで、地球の景色を眺める時間があっただろうか。
「転属になったのか。・・・ハイネが淋しがっていそうだな。」
気づかないうちにすぐ隣にアスランがいて、を見ていた。
その表情は、いつもの穏やかなアスランだった。
「なんだかいまさらだけど、ゆっくり話す暇もなかったな。」
はこくりとうなずいた。
アスランとが再会してからは、これ以上ないほど異常な事態が続いていた。
とてもゆっくり話すどころではなかった。
「アスラン、オーブにいたんだね。・・・いまさらだけど。」
言いながらも笑った。
笑ったけれど、すぐにその顔を真顔に変えて、は言った。
「アスランは、どうしてザフトを出て行ったの?」
「敵だと思っていた相手と会話を交わすことで、自分のいる場所が揺らいだ。・・・そんなところだ。」
「オーブには、正しい答えがあったの?」
の問いに、アスランの表情が険しいものに変わった。
「・・・・わからない。」
逆にはそれがおかしくて笑ってしまった。
「わからないの?」
けれどアスランはそれにつられることなく、険しい顔のままだった。
「ああ。わからない。」
も笑うのをやめて、アスランの顔を見た。
「・・・あのとき、それを一緒に探せばいいと、言った奴がいた。けど、やっぱり俺は、まだ見つからない。」
「それが、フリーダムのパイロット?・・・キラ・ヤマト?」
がその名を口にすると、アスランは心底驚いた様子でを見た。
「一度、プラントで会ったの。ラクスと一緒にね。」
「そ・・か。いや、それは聞いていなかったから・・驚いた。」
「私も驚いた。私のかけたOSのロック、完全に解析されてたの。」
「それは昔からキラの得意分野だ。変わらないな。」
アスランの言葉に、今度はのほうが目を丸くした。
「昔って・・アスラン、もともと知り合いだったの?!」
アスランは懐かしそうに目を細めて、そしてやっと笑った。
「ああ。それなのにずっと戦ってた。あいつと知りながら。ずっと。」
は当時のアスランの心情を察して目を伏せた。
とても心が切なくて、ならやりきれない。
「一番話ができるはずの相手だったのに、俺たちは話し合うこともしないで銃を撃ち合った。」
そう言うとアスランは柵に背中を押し当てて、空を仰いだ。
「殺されたから殺して、殺したから殺されて。それで最後は幸せになるのかって、カガリに言われた。
・・・どうすれば最後が幸せになるのか、俺は、今もわからない。」
は手すりをギュッと握りしめた。
返せる答えなんて、持っていなかった。
さっきよりも近い波間で、トビウオの群れが跳ねた。
癒されたはずのその光景が、今度はやたらと切なく心に映った。
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【あとがき】
あっという間に地球へ。
このヒロインとニコルはとても仲良しだったので、地球に降りたらまずニコルのことを思い出しました。
同じトビウオを見られたことを、当然二人は知りません。
それでもヒロインのとても近くにニコルがいるのだと、思わせたかった部分です。