「シン。」
後ろからが名前を呼ぶと、彼はとても驚いて身体を震わせた。
「シン。」
目が合って、はなんと言っていいかわからずに、また名前を呼んだ。
てっきり泣いているものと思っていた彼の瞳は、紅く、ただ怒りに染まっていた。
〔 オレンジへのあこがれ −運命編・ACT.03− 〕
いつもそうしていたように、シンはデッキに上がる死角でひとり、座りこんでいた。
ひざを抱えて、携帯をむさぼっていた。
はその手から、ピンクの携帯を取りあげた。
「なにするんだよ!!」
シンがまた紅い瞳でをにらんだけれど、はひるまなかった。
今のシンは、昔のによく似ていた。
ニコルが死んだと聞かされても、泣くことが出来なかった自分に。
の手には、シンが片時も離さないでいるピンクの携帯がある。
「シスコンだって笑いたいのかよ。笑いたきゃ笑えばいーだろッ!」
シンの激しい言葉に、は首を振った。
この携帯にどんな意味があるのかを知るが、そんなことを言うわけがないのに。
新型機の強奪。
突然の実戦。
そして、シンの傷をえぐるだけの出会い。
どうしてただのザフトの戦士である彼が、一国の姫と出会ってしまったのか。
出会ってしまえば、思い出してしまう。
その存在を憎むことで忘れようとした、家族の死をともに。
『さすが!キレイごとはアスハのお家芸だなぁ!』
どんな思いで、シンがその言葉を叫んだのか。
考えれば考えるほどに、心が痛い。
ミネルバには、先の大戦後に入隊したものが少なくない。
戦争というものがどういうもので、なにを失わせるのか。
それを知る者も少ない。
シンにとって、初めて自分と近い思いを抱えていたのがだった。
アカデミーからの友達はたくさんいたけれど、自分のように家族を失った者はいない。
前の戦争で、身が裂けるほどの思いをしたのは、ずっとシンひとりだった。
けれど、先の大戦から赤を着続けるは、同じように失っていた。
知らないところで、目の前で、大切な仲間を。
「俺は!・・・絶対に許さない。あの国!オーブなんて・・・!」
はそっとシンの背中をさすった。
言いたいこと、ぶつけたい感情なんて、山ほどあっただろう。
はシンの心を思って目を伏せた。
シンの怒りに触れると、どうしても思い出してしまうアルの死。
どこにぶつけていいのかわからない痛みは、シンのものとよく似ている。
だっていまだにキズを癒すことができていないのだ。
どうすればこの痛みがなくなるのか、どの道が正しいのか。
探している途中なのだ。
「ねぇ、シン。マユちゃんは笑ってる。・・・私たちには、なにが出来るんだろうね。」
はシンの携帯のマユの画像を見せながら言った。
そしてそのまま、携帯をシンの手に握らせた。
「忘れろって、私もよく言われたよ?でも、みんながいたことだけは、忘れるなって。」
ハイネはそうしていた。
驚くほど潔く、自分の気持ちを区切っていた。
それがまだ出来ないとシンは、やはり子供なのだろうとわかる。
わかるけれど、それはとても難しいことだった。
安定軌道にあったはずのユニウス・セブンが動いていると軍本部から報告があったのはつい先刻。
何気ない仲間の発言から、オーブの代表と口論になった。
代表を代表と思わない態度で怒鳴りつけたのは、元オーブ国民のシンだった。
「俺の家族は、オノゴロでアスハに殺されたッ!」
憎むことで忘れようとした存在。
彼女との二度目の接触で、止められなくなった怒り。
シンがカガリに突っかかっていくのを、もレイも止めなかった。
いつもシンのストッパーになっていた二人だからこそ、シンの心情をよく理解していたのだ。
言うだけ言って部屋を飛び出していったシンを、レイがとがめるように追う。
さすがに限度を超えた発言はいさめるようだ。
は取り残された形となったカガリと、そしてお付きの護衛に向き直った。
「どうかご無礼をお許しいただけませんか?彼の気持ちも汲んでもらえたら嬉しいのですが。」
「・・・・。」
知らない名をした見知った顔がを呼ぶと、ルナマリアは楽しそうに小さく声を上げた。
あれだけの騒ぎの後にもかかわらず。
彼女にとってはあの名前に確信を得たことの方が重大だったようだ。
「知らないはずのあなたが、私の名前を呼んだらダメでしょ?」
言いながらもは、少しだけ嬉しそうに顔をほころばせた。
事を荒立てたくなかったは、一礼しすぐにその場を去った。
シンの部屋へ行けばレイが一人でいて、シンは出て行ったという。
行き場に思い当たったは、こうしてシンの元にきていたのだ。
「俺はぜったいに許さない。父さんや母さん、マユが殺されたあの国・・・!」
自分の心に言い聞かせるかのようなシンに、は何も言えなかった。
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