ホーキンス隊にも降下作戦が与えられるのかと思いきや、任されたのは降下部隊の護衛任務だった。
アスランとニコルが乗っているのであろう耐熱カプセルを、は祈る気持ちで見送った。
〔 オレンジへのあこがれ −種編・ACT.5− 〕
「それじゃあ。ちゃんとご飯は食べるんだぞ?それから―――」
「休めるときには休め、でしょ?アスラン。」
すっかり口癖になっているアスランの言葉を、が笑って先に言う。
「アスランも気をつけてね。地球のお土産、待ってるからね。」
“気をつけて”の中に、“ニコルに”という意味もこめつつ、はアスランと握手を交わした。
「。コンサートには来てもらってありがとうございました。次はもっと大きなところでやりますから、そのときにはまた来てくださいね。」
「うん。ニコル、地球で見てきたことを、今度は音楽にして聴かせてね。」
「はい。楽しみにしていてください。」
ニコルの手のぬくもりがに残され、二人は名残惜しそうにに手を振り去っていったのだった。
上空待機のまま、見えなくなったカプセルのあとを見ていたの機体に電文が入る。
それは、降下部隊が無事にジブラルタルに入ったことを知らせるものだった。
コックピットの中で、はほっと胸をなでおろした。
この日が、ニコルとの最期の別れだったことも知らずに。
オペレーションスピットブレイクの発動を前に、ザフトの戦力のほとんどは地球圏へ送られた。
その流れの中にありながら、たちには降下命令が下らなかった。
手薄になった宇宙でのプラント防衛。
ザフトの作戦を悟られないためには、小隊で圧倒的な力を示さなければならなかった。
ある意味でホーキンス隊に与えられた任務は、重大かつ過酷だった。
地球へ降下してしまった仲間とのメールは途絶えた。
通信回線が限られているため、作戦を前に私的な通信は極力避けるように、との通達があったからだ。
だが、そのことに淋しさを感じる暇がないほど、は戦闘をくり返していた。
帰投したは、コックピットの中でヘルメットを脱ぎ捨てた。
荒い息づかいを整える。
緊張と、疲労。
戦闘を終えたばかりのに、それらが一気に押し寄せてくる。
「はぁっ・・・はぁっ・・・・・はぁっ・・・・。」
まだ呼吸が正常にならないうちに、コックピットが強制的に開けられた。
ハッチの向こうから、心配そうにオレンジの髪がのぞきこんでいる。
「大丈夫か?。」
「・・・・ハイネ・・・・。」
どうにか相手の名前を呼び、笑顔を浮かべる。
少し遅れて、アルもハッチの向こう側から心配そうにを見ていた。
「大丈夫。大丈夫だよ・・・。」
ハイネとアルに、笑顔を返す。
ハイネは逆に、その笑顔に不安を覚えた。
の食事の量が、ここ数日グッと減ってきていることに、ハイネは気づいていた。
それでありながら、モビルスーツでの戦闘は並大抵でない運動量になる。
当然、の体重は目に見えて落ちている。
あのミニスカートのウエストも、それだけでは着られなくなったのか、丈がさらに短くなったことでベルトを使いだしたのだとわかった。
目の保養だと無責任に騒ぐ整備士たちを、何度殴りつけたかわからない。
「少し休めよ。ほら。」
ハイネが手を伸ばし、がその手を掴もうと手を伸ばす。
つかまえたと思ったハイネだったが、その手は空を掴んだだけだった。
「?!おいっ!」
ハイネの目は、コックピットに身をうずめてぐったりとしたを映しだしていた。
慢性疲労に栄養不足、脱水症状強し。
倒れて当然だと軍医からしかられたは、医務室でおとなしく点滴を受けていた。
「こんなちっちゃい身体で、あんま、がんばるなよ。」
ハイネがそう言っての髪を撫でると、は言葉では答えずにこっと笑った。
そのの表情に、ハイネはあきれた笑いを返した。
「頑張るなって言ってんの。俺は。」
その言葉に、は顔をしかめた。
そして涙が流れる。
が、ハイネはそれでいいんだとばかりに、の頭を撫でた。
純粋に戦闘の疲れはあった。
敵を討たなければならない状況で、命の判断は薄れていく。
殺さなければ、自分が殺されてしまうのだ。
ギリギリのところで、保たれるバランス。
ハイネへの進まない想いも、葛藤となってに押し寄せていた。
近づきたくて、同じ赤を着て、同じ隊にきた。
それなのに、近づけない。
それどころか、前よりも遠くなった気がするのはなぜだろう。
あの日、ニコルのコンサートで聴いたハイネの歌声が、の耳から離れずにいた。
さんへの想いであふれた、ハイネの声が。
でも今、こうしてハイネが傍にいると、やはり安心する。
ハイネの手のぬくもりを感じながら、は目を閉じた。
の、精神バランスが崩れている。
ハイネはに触れながら、不安げに顔を曇らせた。
触れられたことで安心したのか、がうとうとと眠りに入る。
そのまま頭を撫で続けてやると、やがてから規則正しい寝息が聞こえてきた。
見届けて、ようやくハイネは安心する。
「もう、失うのはゴメンだ。守ってやる。俺が。」
その言葉が、に聞こえていないことはわかっている。
聞こえていないとわかっているからこそ、言えたのだから。
ハイネにはわからなかったのだ。
を、として想い始めているのか。
それとも、もう一人の失ったの形代として、必要としているのか。
わからなくて、けれど失いたくないのは事実で・・・・。
それでも、前に進みたくて、もがいていた。
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