「つまりさ、そういうことなんだぜ。」
が落ち着いてきたのを見計らって、ハイネが言葉を発した。
優しくの髪を撫でながら、ハイネは独り言のようにつぶやいた。
「が戦って、敵を討つってのはさ。」
〔 オレンジへのあこがれ −種編・ACT.4− 〕
いつまでも止まることを知らない涙に、頭がぼうっとなりながらはハイネの声を追った。
「俺なんてさ、もう何人こうやって泣かせてるんだろうな。」
ハイネの言葉に、は身を硬くした。
敵機を撃墜する。
その意味を、だって知らなかった訳ではない。
けれど、相手に自分を重ねることが出来ていなかった。
相手はナチュラル。
その区別こそが、この戦争を拡大させているというのに・・・・。
このときまでは、敵機を撃墜したことがない自分を恥じていた。
それがどんなに幸せなことかも知らずに。
それを知ったは、また声をあげて泣いた。
この心こそが、ラスティを逝かせてしまったのだと・・・・。
それから数日後。
は、初めて連合のメビウスを撃墜した。
一瞬の閃光を残して消えていく機体を前に、は黙祷を捧げた。
当然ではないこの犠牲に、最上の敬意を払いながら。
帰投して涙をにじませたを出迎えたのは、いつもと変わらないアルとハイネの優しさだった。
アルに頭をぽこん、と叩かれることも、
ハイネにぐしゃぐしゃっと髪の毛をかき乱されることも、今のには優しさだった。
コツッ
の左肩に、アスランの頭が落ちてきた。
驚いてアスランを見ると、彼はすっかり夢の中にいた。
はちろりとアスランをにらみつけると、何事もなかったように舞台へ視線を戻した。
とにかく音楽にウトいアスランだ。
ニコルの伴奏は、よっぽどいい子守唄に聴こえたのだろう。
の右隣ではハイネが、ぷっと吹き出して笑い、あわてて体裁をつくろった。
舞台上ではニコルが、横目でこちらを見た。・・・・ような気がした。
地球へ落ちていってしまったイザークとディアッカを残して、ニコルとアスランはプラントへ戻ってきた。
今日は久しぶりにもらえた休暇を利用して、ニコルがミニコンサートを開いたのだ。
同じくザフトの降下作戦を前に、呼び戻されていたたち。
ニコルのコンサートを知り、せっかくだからと休暇をあわせてこうしてやってきたのだが・・・・。
の肩はすっかりアスランの枕にされてしまっていた。
ため息をつくのとなりで、正装をしたハイネが笑っている。
初めて見る軍服ではないハイネの姿に、の心はときめいた。
プログラムも最後の曲が終わり、ホールの照明が落ちる。
が、すぐにひとすじのライトが、舞台上のニコルを浮かび上がらせた。
「シークレット、かな?」
つぶやいて、は右隣にハイネがいないことに気づく。
立ち上がろうにも、アスランが邪魔をして動けない。
やがて、ニコルの指が軽やかに鍵盤をなぞった。
「この・・・・うた、・・は・・・・。」
耳に届いてきたメロディーに、の心臓がズキンと鳴った。
切なくて、哀しくて、涙の出るあのうた。
忘れもしない。
アカデミーでただ一度、かすかに聞いたことのあるあのうただった。
スポットライトはやがて、ニコルのとなりにもう一人の姿を浮かび上がらせる。
その人の姿に、は息をのむ。
聴こえてきた歌声は、記憶の中の歌声そのものだった。
「・・・・・ハイネ・・・・・・ッ」
そのメロディーと歌声に、ほとんどの観客が魅了される中で、はひとり、顔をおおった。
とめどなく流れる、涙。
ハイネがこのうたを、どんな想いで歌っているのか、は知っている。
あの日も、誰を想って歌っていたのかを、は知った。
「さん・・・・。」
もうここにはいない、と同じ名前でハイネの想い人。
聞いただけで涙が流れたこのうたは、彼女のためのうただった。
「僕の情報処理能力を甘くみないでくださいね。」
その日、バックステージを訪ねていったに、ニコルは笑顔でそう言った。
ニコルのとなりには、ハイネがしたり顔で立っていた。
「びっくりした・・・よ。あのうた。・・・・また、聴きたいと思ってた、から。」
激しく動揺したは、まだうまく言葉にできなかった。
「『痕跡の歌』っていうそうです。ハイネさんたちの同期でおつくりになったとか・・・。」
コンサートを成功させ、少し興奮気味のニコル。
はそんなニコルを前に、きちんと笑えているかどうか不安だった。
いまだ何も進展しない、とハイネ。
それどころか今日は、ハイネの想いをまざまざと見せつけられた気がする。
ハイネの想いは、さんのもの。
は沈んでいってしまいそうになる気持ちを、必死に掴みあげていた。
そんなに気づいてか、ニコルが話題を変えた。
「ところで、アスランはどうしました?」
「このあと、ラクスとの約束があるって急いで帰ったよ。ニコルによろしくって。」
その家柄から、少なからずラクスと交流のあるが答えた。
少し悲しげな顔でもするのかと思えば、ニコルはフフフ、と黒い笑みを漏らした。
「完全に寝ていましたよね、アスラン。・・・間違いないですね?」
そのニコルのあまりの恐ろしさに、我が身かわいさからコクコクとうなずくハイネとだった。
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【あとがき】
たぶんハイネの同期にダイスケがいたのだと思う。(いるか!)
ニコルのピアノであのうたを聴いたら、ライナなら泣く。絶対。
このシーンが浮かんで、種編に突入。