「見たかよハイネ。今年の新入りは女だぜ? しかも赤。」
着任の挨拶もまだなのに、同じパイロットのアルフォードが興奮気味にハイネに言った。
ハイネは面白そうにひとつ、笑みを見せる。
「知ってるよ。」
〔 オレンジへのあこがれ −種編・ACT.2− 〕
「・です。至らない点はよろしくご指導ください。」
敬礼に敬礼で返しながら、ハイネはの姿をまぶしそうに見つめた。
アカデミーで赤の制服を着ていただけでも、実は驚いた。
だが、こうして赤の軍服を着ている彼女の力は、本物なのだ。
簡単に赤が着れないことは、ハイネもよく知っている。
あれから努力もしたのだろう。
うぬぼれだとわかってはいたが、おそらくは、自分とこうして会うために。
ブリッジでの着任あいさつは、少し緊張気味なを囲むようにしておこなわれた。
この艦に搭乗するパイロットは、これで3人。
あいさつの後は同じパイロットで、と、はアルフォードとハイネに連れられて艦内を案内されていた。
「オレはアルフォード・マイル。君の2コ上。」
「はい。よろしくお願いします、アルフォード先輩。」
「アルでいい。この人、そういうの嫌うから。」
そう言ってアルが示したのはハイネ。
「アカデミーじゃ伝説だろ? ハイネ・ヴェステンフルスは。
オレも最初ガチガチに緊張してたらさ、そういうのヤメロって言われたんだよ。」
ハイネの話題が振られて、はようやくハイネと目線を合わせた。
あんなにもまた会いたいと思っていたのに、いざ再会となると、どんな態度をとったらいいのか、にはわからなかった。
目が合うと、ハイネは昔と変わらない様子で笑っていた。
けれどもは、アカデミーにいたときとは違うハイネの態度を、微妙に感じとっていた。
「だからオレはアルね? オレもって呼ぶからさ。」
「はい。」
不快感を感じないアルの言葉に、もようやく笑顔をこぼした。
「アカデミーでは、ハイネに教わったんだって? どうだった?」
「はい。ハイネ先輩の講義はどれもわかりやすくて。とっても勉強になりました。」
「ハ・イ・ネ。」
の言葉の後に、予期せぬ甘い声が聞こえて、は思わずハイネを見上げた。
「もうアカデミーじゃないんだぜ? 対等だろ? 。」
呼び捨てられた自分の名前に、の心臓が跳ね上がった。
けれどすぐに、その呼び方に違和感を感じてしまう。
それはきっと、同じ名のあの人のせいだと、痛いほどにわかっていた。
そしては、ハイネの態度に思い当たる。
対等になった自分たち。
“ちゃん”でなく、“”と自分を呼ぶハイネ。
そのたびに、彼のキズをえぐっている気がしてならなかった。
名前を呼ばれることが、こんなにも苦しいものだったなんて、知らなかった。
自分の名前が、とても重たかった。
戦闘が起きなければ、パイロットは基本的にフリーだ。
艦内を歩き終えたは、あてがわれた自分の部屋のベッドに倒れこんだ。
初日だし、気も張っていたし、身体はとてもダルかった。
ふと机の上に目をやると、支給されていたPCが目に入った。
たちあげてメールを確認すると、同じく今日着任した面々からのメールが届いていた。
一番は、やはりニコル。
『 そちらの様子はどうですか? 。
僕たちは人数が多いので2つの艦に別れました。
僕は、イザークとディアッカと一緒で、ガモフに乗っています。
パイロットが3人なので、2人は年下の僕に、ひとりで部屋を使わせてくれました。 』
へぇ、意外。
と、が感心しつつディアッカのメールを開くと、
『 聞いてくれよ! 。
ニコルの奴、俺にまたイザークを押しつけやがった!
アイツと同室であり続ける限り、俺の生活に平和はこない気がするぜ・・・。 』
と書いてあり、どちらが本当のことかは一目瞭然だった。
アスランからのメールは、好き嫌いはなくそうだの、休めるときは休めだの、相変わらず親父臭い内容で、
ラスティにいたっては、『ラスティ君の大実験』とタイトルの打たれた、やってみたい艦内でのいたずらが上げられていた。
イザークはクルーゼ隊長の人格を褒めあげる内容と、仮面に対する違和感が語られていた。
ひとつひとつメールをチェックしながら、はくすくすと笑った。
離れているのに、アカデミー時代のときのように、彼らを近くに感じた。
夜半すぎになぜだか目が覚めてしまったハイネは、思い立っての部屋へやってきた。
もうとっくに休んでいるだろうと思っていたのに、部屋からは明かりが漏れている。
体調管理もパイロットの仕事だと、不摂生を注意すべく、ノックをした。
「おい。何してるんだ?」
が、返事はない。
ドアにロックはかかっているが、その暗証番号はパイロット同士知っている。
それはザフトのルールであり、パイロットの性別は問わない。
ハイネはロックを解除し、部屋の中へ足を踏み入れた。
目に入ってきたその光景に、思わず笑みが漏れる。
は、机に伏せて眠っていた。
PCはたちあがったままで、の手はマウスを握ったままだ。
何を見ていたのか確認すると、見覚えのある名前がずらりそろったメールボックス。
「あいつら。」
ハイネは、自分が残してきた伝言を、忠実に守っているナイトに笑いかけた。
着任の日なんて緊張して不安だろうに、は安心しきって寝ている。
その安心感をもたらしたのは、このメールたちであろうことは、容易に想像できる。
「だからって机で寝るなよ。カゼひくぜ?」
ハイネは独り言をつぶやきながらを抱きかかえ、ベッドに身体を下ろしてやる。
「・・・・・・うん・・・・・・。」
小さく声を漏らしながらも、はそのまま幸せそうに眠っていた。
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