夜の風にのって、歌声が聴こえた気がした。

はベッドから起き上がり、窓をそっと開いてみた。
確かに、誰かの歌声だった。

しばらくその歌声に耳を傾けるうち、の瞳から涙がこぼれた。
胸が締めつけられるほどに、切ない歌声。
途切れ途切れにかすれて聴こえてくるその声の主も、おそらく泣いているのだろうと思った。










〔 オレンジへのあこがれ -ACT.5− 〕










「昨日の歌声、聴きましたか? 僕はもう、どうしてここにピアノがないのかと憤りすら感じてしまいましたよ。」
朝からニコルが興奮気味に話している。
「あの歌に、僕のピアノをつけてみたいです。」

久しぶりに触れた音のカケラに、ニコルの創作意欲がかきたてられたらしい。
机の上をピアノ代わりに、指を動かしている。

「すごいね、ニコル。あれだけでメロディー覚えちゃったの?」
が感心して言った。
「はい。とても素敵な歌でしたから。」
指を動かしながら、ニコルが答える。

だが、すべての人間があの歌声を聴いていたわけではなかった。
アスラン、イザーク、ディアッカ、ラスティは、完全にカヤの外だ。
「歌なんて聴こえたか?」
「・・・・知らん。」
「さあ?」
「俺はそういうのにはうとくて・・・・。」

約一名解釈が間違っているが、それはこの際無視をして。
とニコルはなおも、昨日の歌の話で盛り上がる。

「でも、すごく切なくなる歌だったね。」
「えぇ。歌詞まではわかりませんでしたけど、聴いていた僕まで切なくなりました。」
かすれて聴こえてきた声は、結局誰のものだかわからなかった。
声の主を探そうにも、その当てもなく・・・。

少し興奮気味に話すとニコルのうしろを、ハイネが通り過ぎていく。
まさかハイネがその声の主だとは、夢にも思わない2人だった。



「作戦の立案ほど重要なモンはないぜ? 基本が大事ってイミが、これでよくわかる。」
いつもはぼうっと呆けてしまいがちになる講義も、ハイネがおこなうとノートにメモまで取ってしまう、この違い。
教官と違い、自分たちに近いスタンスを保ってくれるハイネの話は、とてもわかりやすかった。

講義が終わればまるで同期の仲間のように、ハイネは誰でも受け入れた。
夕食の誘いも当然、あちらこちらからかかったが、ハイネはと交わした約束を守り続けた。
すっかりなじんでいるハイネの姿に、ハイネが在籍していた頃からの教官たちは、苦笑いを浮かべた。

「当時のお前は、歴代ナンバーワンの問題児だったからな。」
率直な意見も、ハイネは笑って受けとめた。
ハイネにも、自覚があったのだ。

講義はサボる。
ムダ口はたたく。
それなのに成績は常に上位。

また、ハイネの人間性はカリスマ的なものがあった。
同期の中で、誰一人としてハイネを毛嫌いしていたものはいない。
あのハイネ・ヴェステンフルスと同期、ということは、それだけで自慢になっていたほどに。

自分が今この立場になってみて、ハイネは初めて自分が教官には申し訳ない存在だったなと思う。
こんな生徒は、厄介この上ない。

そんなことを考えながらハイネは、同じ席に着く6人を見た。
「おいっ、それ俺のコロッケだぞ?」
「僕ったら食べ盛りの育ち盛りなのよん、ディアッカ。」
「ラスティ! お前俺と同じ年だろ?!」

ラスティはいつものようにあははーと笑い、ディアッカから奪ったコロッケをぱくりと食べてしまう。
よよよ・・・・。と泣き崩れるディアッカに、が自分のコロッケを渡す。
「私の1個あげるから、泣かないでよ。ディアッカ。」

「だめじゃないか。食べないと大きくなれないぞ?」
「油ものは苦手なの。」
アスランの年寄り臭い助言に、しゅん、とうなだれる

「なら、別のものを作ってもらいましょう。僕、食堂のおばさんにお願いしてきます。」
天使のようなニコルにお願いされてしまえば、おばさんはイチコロだろう。
「キサマら、を甘やかしすぎだ! 贅沢は敵だぞ?!」
なんだかはき違えているイザークがいる。

本当にこいつらといると、退屈をしない。
ハイネは笑い出してしまいそうになる自分を、押さえこむのがやっとだった。
自分の代では、ひとりだけだったであろう問題児。
けれど今年は―――・・・。

実力とか個性とかバックグランドとか。
よっぽど苦労してそうだよなぁ、教官は。

ハイネがそう結論づけたところへ、ニコルが特注料理を手に席へ戻ってきた。
大好きなオムレツを前に、手をたたいて喜ぶ
あまりのの喜びように、ハイネはついに耐え切れず、笑い声を上げた。





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