「最後くらい勝ってみせろよー? イザーク。」
「あたりまえだっ!」
「・・・・・威勢だけはいつもいいよな、お前。」
「うるさいっ! いくぞ、ハイネ!」

シミュレーション用のコックピットが、ゆっくりと閉じていく。
は無言で、見えなくなっていくハイネの姿を見ていた。










〔 オレンジへのあこがれ -ACT.6− 〕










あっという間の1ヶ月だった。
人当たりのいいハイネは、まるで旧知の友のようになっていた。
そのハイネがもう、いなくなる。

残される者はもちろん、去るハイネの心も複雑だった。

楽園からの、帰還。
むかう先の戦場。
それが何を意味するのか、ハイネは痛いほどに知っていた。



候補生たちは口々にハイネに礼を言い、名残惜しそうに去って行った。
シミュレーションルームにはハイネと、を含むいつものメンバーたちが残っていた。
この日が来ないでほしいと、は切に願っていたのだが・・・・。

「次に会うときは、戦場かな?」
ハイネが全員と握手を交わす。
余裕しゃくしゃくの口調に、またも奥歯を噛みしめるのはイザーク。
アスランは、明日から自分の身にふりかかるであろう災いに、めまいがした。
結局、すべての課目においてハイネは無敗だった。

「ハイネ先輩。あの・・・わたし・・・・っ」
ハイネの掌が、の掌を合わさったとき、それまでダンマリを続けていたが口を開いた。
ハイネは事を察し、の唇に人差し指を押し付けた。

「だめだよ、ちゃん。」

告白は、させない。
自分には想ってもらえる資格など、ない。

「俺は、大切なヤツを失くして、ここに来た。」
ハイネが語りだす言葉は、自分への懺悔にも似ていた。

「・・・・、さん?」
は、同じ名前のその人の名を口にした。
ハイネはそんなを見つめたまま、コクリとうなずいた。

「一対一の勝負なら、あいつが負けるわけないんだけどな。
 サイクロプスなんてもん使われちゃ、話にならんね。」
月の・・・。と、誰かが一言つぶやいた。

「戦争が終わったら。平和になったら。―――俺たちはいつも、そう言い合ってた。
 だから俺は、何も言えずにあいつを失った。」
突然取り残された、哀しみ。
その想いを、伝えることすらできなくて・・・・。

話をするハイネは、笑っていた。
確かに笑っていたのに、誰もハイネが笑っているとは思えなかった。

「好きだったんですね。」
前に聞けないままで誤魔化された言葉を、がまたハイネに投げかけた。
今度こそ、ハイネはうなずいた。

「ああ。今でもな。」

それが、告白をさせなかったハイネの答え。
ハイネの想い。
の想い。
ふたつを知った他のメンバーたちは、その切なさに心を痛めた。

ハイネはなおも言った。
を失った俺は、戦えなくなって。休養がてらアカデミーへ行けと言われた。
 お前らと会って、思い出したよ。俺も。ただ純粋に、まっすぐに、訓練してたあの頃をさ。
 だから俺はまた、あそこへ帰れる。また戦える。」

アスランは、強くハイネを見ていた。
ニコルは、優しげな笑みを浮かべていた。
ラスティは、淋しげに心配した目をしていた。
ディアッカは、口笛をひとつ吹いた。
イザークは、自分の拳を見つめていた。
は、ハイネを見つめたまま、両手を胸の前で組み合わせていた。

ハイネは全員に目を配ると、いよいよ軍人の顔つきを取り戻す。
「お前らが戦争の現実を知るのは、まだ先だ。今はとにかく、がむしゃらに競ってみろよ。
 ここは楽園だぜ? 軍人になる、最後の、な。外に出たら撃つのは的じゃない。同じ人間の命だ。
 ―――忘れんなよ。」
「「「「「「 はい! 」」」」」」」

全員のそろった返事を満足げに聞いて、ハイネは最後の言葉をかけた。
「お前ら、を守れよ。」
その言葉にこめたハイネの想いが、どれほどのものかを知ったメンバーたちは、心をこめて敬礼を返した。


遠ざかっていく、オレンジの影。
ついに耐え切れなくなって、がハイネに声をかけた。

「ハイネ先輩っ! 私っ、絶対追いかけますから! 待っててくださいねっ!」
の言葉にハイネは答えず、うしろ姿のまま手を振った。

「うはーっ、キザだねぇ、最後まで。」
ラスティが半目になってボヤいていた。
「頑張って赤、着ようね! みんな!」
どこか吹っ切れた観のは、笑顔でそう宣言した。



去っていくハイネは、自然と湧き上がってくる含み笑いをこらえていた。
出会いがしらから、を彷彿させた少女。
アカデミー時代、もああしてハイネに後ろから抱きついてきたものだった。
あの少女の存在に、ハイネが救われたのも事実だった。

待ってろってことは、死ぬなって意味だぜ?
わかってんのか? ちゃん。

小気味よいハイネの足音は、初めてここを訪れたときとはまったく違う音を響かせていた。





   END(第一部完) / back


【あとがき】
 第一部完結です。ありがとうございました!
 実は第一部だけで終わりでもいいかなぁ、とか思っていたのはナイショで(笑)
 第二部連載開始まで、もう少しお待ちいただけたら嬉しいです。