「・・・・ハイネ先輩?」
モビルスーツのシミュレーションルームで立ちつくしているその人に、はそっと声をかけた。
なぜだか声をかけることをためらってしまうほど、居心地の悪い空気だった。

「おう、ちゃん。早いね。今日はひとりか?」
振り返るハイネの笑顔も、いつもより少し元気がなく思えた。
ハイネの目が、笑っていないように見えた。










〔 オレンジへのあこがれ -ACT.4− 〕










練習機のコックピットを無言で降りたは、そのままアスランの所へむかう。
「なっ・・・何だ? 。」

それまで対戦していた相手が、突然目の下に立ちつくしていることに動揺するアスラン。
そんなアスランにお構いなしに、は突然アスランの胸元に頭をもたれかけた。
身長差もあり、の頭はそのままアスランの胸の上にぽすん、と当たった。


「えっ?!・・・あ、・・・えぇ?!」
何事か何事かと騒ぐアスランに、周りの視線が集中する。
は周りの雑音も気にせず、のん気に話をした。

「くやしーなぁ。なんで負けるかなぁ・・・? アスラン、筋肉ついてきたね。」
言いながらアスランの両胸を、手で軽く押した。
動揺していたアスランは、たったそれだけでうしろによろめいた。

「大丈夫ですか? アスラン。」
アスランの真後ろにいて簡単に受けとめられたはずのニコルは、軽く右側に避けてにっこりほほ笑んでいた。
ハイネがにこやかにに歩み寄る。
「まだぎこちなさがあるな、ちゃんには。思い切って飛び込んでみろよ。接近戦の方がむいてそうだけどなぁ。」

いつもならばハイネのアドバイスで、すぐにでも立ち直るだったが、今日は違った。
スコアの上でも、大きくポイント差をつけられて敗退したことが要因だった。
そんなを察して、ハイネが言った。

「ま、エラそうなこと言えないけどな。俺も。」
そう言ってハイネが見上げる先には、モビルスーツシミュレーション戦の歴代スコア表があった。
そこにあるハイネの名前は、第2位にランクインされている。

「1位、・セフィロム。?・・・え、同じ名前?」
それまでハイネの名前ばかりに気を取られていて、自分と同じ名前がそこにあることにまるで気づいていなかった。

同じ女性で、同じ名前。
そこには彼女がハイネと同じ年度に卒業したことがわかる数字が書かれていた。

「女のクセにそりゃあもう、めちゃくちゃ強くてさ。俺はついに勝てなくて卒業したよ。」
「でも、他の課目では見たことないですね、名前。」
ニコルが言うと、ハイネはぶっと吹き出して笑った。

「そうそう。あいつ、モビルスーツ戦ばっか強かったんだ。」
言ってからハイネは、懐かしそうな目をした。

「好き、なんですか? さんが。」

の言葉に、ハイネがハッとしてを見た。
「あ・・・いや・・・。」
「ハイネ! 手が空いてるなら俺と勝負しろ!」

ハイネが困ったように視線を泳がせていると、イザークから誘いがかかった。
その場にいた全員にあいまいな笑顔で返すと、ハイネは行ってしまった。

「あの顔、認めてるようなもんっしょ?」
のん気なラスティの言葉に、ニコルとアスランの視線がイタイ。
彼らが無言でラスティに示したのは、
行ってしまったハイネを、切なげに見ている。

とたんにラスティは「しまった」と顔をゆがめた。
あの質問ですら、切なさを噛みしめたものだろう。

「どんな人なんだろうね。私と同じさんは。」
さきほどまでとはうって変わった表情で、が全員を見回した。
その笑顔に、ますますを守らなければ、と誓うメンバーだった。



。ここにお前と同じ名前の子がいたのは、どうしてなんだろうな。」
ハイネはまた、ひとりきりになったシミュレーションルームで、その名前に問いかけた。

 『 そんなこと、あたしが知るわけないでしょ 』

記憶の中のが、声をあげて笑った。
名前だけでなく、その無邪気さまでも二人は似通っていた。

ハイネはフッと目を伏せた。
まるで昨日のことのように、ここでの日々を思い出す。
現役軍人となった今では、まるでここは楽園だった。
武器を手にしても、モビルスーツに乗っても、恐ろしいと感じたことはなかった。

初めての出撃のとき、カタパルトから射出された先には暗黒の宇宙。
敵機を撃墜したときには、さすがに手が震えた。

 『 ねぇ、ハイネ。歌ってよ 』

ハイネが落ち込んでいるときは、がいつもそう言った。
朝も昼も夜もなく、はよくハイネにせがんできた。

「――――あーーーー・・・・・。」

ハイネは目を閉じて、力強く声を張りあげた。
紡ぎだす歌は『痕跡の歌』。

が一番好きだと言った、あの優しい歌。





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