ハイネ・ヴェステンフルス。
アカデミー入学3日目にして、は何度この名前と出会ったかわからない。
どの課目でも歴代成績トップ3の中に、かならずある名前だった。
〔 オレンジへのあこがれ -ACT.1− 〕
「ね。みてみてニコル。またあったよ、“ハイネ・ヴェステンフルス”。」
「へぇー、すごいんですね。これで全課目じゃないですか?」
の指さす射撃場のランク表。
そこに掲示されている歴代アカデミー生の記録者名簿。
堂々の第1位に、ハイネ・ヴェステンフルスの名前があった。
「あんなもの、俺がいずれ塗り替えてやる。」
とニコルの会話をどこで聞いていたのか、追い抜きざまにイザークが言葉を投げ捨てていった。
とニコルは顔を合わせて苦笑い。
「すっごい自信だね、イザークってば。」
「ああやって言葉に出しちゃうあたり、本当に子供ですね。」
くすくすと笑い合う2人の頭上に、ディアッカの掌がぽんっとのせられた。
年齢だけの差ではない身長差が、2人には少しうらめしい。
「お前らなぁ、あんまイザークで遊ぶなよ。」
とばっちり受けるのはいつだって俺なんだから、とディアッカがため息をつく。
はのせられたディアッカの手にぶら下がるように両手を絡めた。
「じゃあディアッカも。あんまり私たちを子ども扱いしないで?」
「そうですよ、ディアッカ。僕たちだって来年は成人するんですから。」
ディアッカは「あーはいはい」と言わんばかりに、2人の頭をポンポンとたたいた。
とたんにニッコリと笑うとニコル。
ディアッカは心の中でため息をついた。
この2人、どーやって見ても子供だ。
ニコルはともかく、は女のクセにディアッカの身体に触れることをためらわない。
まったく男女の意識なし。
これを子供と言わずして、なんて言うんだ?
ディアッカはに触れられた手をじっと見た。
「ふーん。ディアッカって、ロリもOK?」
「うわあぁぁっっ」
急に背後から声をかけられて、ディアッカは思いっきりのけぞった。
振り返るとそこにはラスティが、ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべていた。
「僕はさぁ、ディアッカってボンッキュッボーン!がタイプだと思ってた。」
ラスティはディアッカの部屋に置かれた雑誌を思い出しながら言った。
確かあれは巨乳な女性が多く登場することで有名な雑誌だったはず。
「あンなぁ、ラスティ。俺は別に・・・。」
「は汚れを知らない少女だもんねぇ。ロリだよねぇ。」
ディアッカの言葉なんてまるっきり聞かずに、ラスティは肩を並べて射撃場へ入っていく。
すでに中ではイザークとアスランがとなりあい、的にむかって銃を撃ち合っていた。
歯を食いしばって闘争心むき出しのイザークと、表情ひとつ変えないアスラン。
ところがスコアを見ると、それはまったく同じ数字を表示していた。
まったく似ていないようで、どこか似たもの同士なのかもしれない。
ラスティに気づいたが、挨拶をするかのように手を振っていた。
ラスティは同じように笑顔で手を振り返した。
「やっぱ、きーめたっと。」
「何が?」
ラスティの思いつきは、ロクなことがない。
昔からイヤというほどにそれを知っているディアッカだったが、反射的に聞き返してしまった。
「を汚れから守る会、結成ね? はいつまでも僕たちの天使ってコト。」
このときはラスティに冷ややかな目をむけるディアッカだった。
が、その3日後、仲間全員の加入を知り、驚くやらあきれるやらで、結局参加してしまう小心者となる。
・は、今期アカデミーパイロットコース唯一の女子だった。
年はニコル・アマルフィと同じく、14歳。
あどけなく、まだ幼さの残るだがしかし、アカデミーの入学テストで並み居る男子のクラスメイトを蹴散らし、トップ10入り。
みごとにアカデミー生の制服で、赤を着用している。
そんなを守るかのように寄り添うのが、ラスティ、ニコル、アスラン、イザーク、ディアッカの面々だ。
ちなみに名前の順番は守る会名簿に準ずる。(つまり加入順)
を含めた彼らの親はいずれも最高評議会のメンバーで、入学前からの面識はあった。
ドレスで着飾ったはお人形のようにかわいらしかった。
が、今こうして彼らと変わらぬ制服を着たもまた、少年のような妖しさを含み、なおいっそうの愛らしさがあった。
唯一の女子というだけでなく、その外見からすでにたくさんのクラスメイトをとりこにしつつあっただった。
が、家柄実力共にかねそろえたメンバーに守られている彼女に、手を出せる者はいなかった。
「はあ・・・。やっぱすごいね、ハイネ・ヴェステンフルス。」
は自分の射撃のスコアを見ながら、ため息交じりでつぶやいた。
イザークがのスコア表をひょい、ととり上げた。
「182ポイント。ふん! まだまだ伸びるだろ、なら。」
イマイチ励まされているのかよくわからないイザークの言葉に、はぷうッと脹れた。
のスコア表と共に渡されたイザークのスコア表に記されていたのは、258ポイント。
入学3日目にして、射撃の歴代トップ10に入ってきそうな数字だった。
はその数字をじーっと見ると、何も言わずにくしゃっと丸めた。
「おいっ!」
驚いてイザークが手を伸ばすが、それは無残にもゴミ箱へ投げ入れられた。
「きっさまあ〜〜〜・・・っ!」
「何よ。いらないでしょ? あんなの。」
さらりと言ってのけたに続いて、ニコルの笑い声がした。
「やられましたね、イザーク。エザリア様にでも見せるつもりだったんでしょう?」
ちびっ子2人の言動に、またもや頭を抱えるディアッカだった。
ぎゃあぎゃあと口げんかを始めた3人に、アスランが歩み寄る。
「まぁいいじゃないか。いずれのほうがイザークを負かすんだろう?」
「うん!」
「なにおうっ?!」
その言葉に嬉しそうにアスランに抱きつく。
そんなの頭をよしよしと撫でながら、アスランはと仲良く歩き出した。
「あ、とられた。アスランおいしすぎー。」
ラスティがてけてけとあとを追いかける。
ニコルとディアッカは、我先にとそのあとに続いた。
残されたのは、イザークという名の低気圧だった。
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