2012.09.27

III. 個人の情報科学
    II.情報と情報処理では情報学の再構築を試みたが、具体的に人間及び社会の情報科学を構成するためには、物質−エネルギーと情報との絡み合いを解析しなくてはならない。自己保存系としての人間は分子性情報処理による化学反応システム(生体系)を下位として、神経性情報処理による行動のシステム(パーソナリティー)を上位とする。後者には体性神経系による体性行動だけでなく、自律神経系による内蔵行動も含む。以下、パーソナリティー系に焦点を絞る。

●パーソナリティーの要件:行動、動機、統合、貯蔵  p.197-p.202
    パーソナリティーは自己保存系として、行動、動機、統合、貯蔵が4要件である。

    「貯蔵」は貯蔵された物質−エネルギーと情報であり、遺伝子レベルや分子レベルから認知的な記憶や知識、評価的な感情傾性や価値体系、指令的な習慣や長期目標や行動規範、またこれらの複合した態度や意見、といったものである。

    「動機」は生体の諸要件であり、これが上位のパーソナリティー系を動かす原因となる。動機には必要、動因、誘因という基本的側面がある。「必要」はパーソナリティー系にとっての不均衡状態解消行動の客観的に見た原因であり、内部的不均衡状態に由来する「欲望」(生理的欲望と習得的・派生的欲望)と外部的不均衡状態に由来する「需要」がある。需要は本来欲望を満たすための外部要因の欠如から生じるが、それ自身が欲望と無関係になっても存続してしまう場合(購買行動とか)が多い。

    「動因」は欲望や需要や誘因によって喚起された神経系の興奮である。つまり、行動の主体的原因である。

    「誘因」は本来的には動因を行動に到る前に減衰させる内部的・外部的原因であるが、動因と誘因の時間的連鎖の学習により、誘因が動因を誘発するようになる場合が多い。(タバコなどはそうかもしれない。)

    これら複雑化した諸動機は「統合」されて初めて「行動」に結びつくことになるが、注意すべきは、主体的行動に到る直接的な動機は動因である、ということである。必要や誘因が客観的に存在していても、認知されなければ動因は生じないし、誤った情報が認知されれば、必要や誘因とは関係なく動因が生じるからである。(マクベスの悲劇のように。)以下、行動に焦点を絞る。

●行動と神経系の情報処理  p.202-207
    行動の中身は刺激−認知−評価−指令−反応であり、神経系情報処理は中間部である。

    行動は行動心理学において中心的な課題とされてきたが、そこでは刺激−反応という観察可能な局面が重視され、行動の個体内的プロセス(認知−評価−指令)はあえて無視されてきた。吉田は行動の中に神経系による情報処理のプロセスを認め、そのプロセスの違いによって行動を4段階に分類する。第1レベルは「反射性」(脳幹−脊髄系の処理)である。第2は「本能性」(原始性感覚、大脳辺縁系の処理)である。第3は「習慣性」(判別性感覚・大脳新皮質中感覚性の処理)である。第4が「知能性」(大脳新皮質中言語性の処理)である。第2、3がパブロフの第1信号系、第4が第2信号系に相当する。

●行動における認知段階  p.208-p.210
    まず「認知」であるが、反射性情報処理においては未分化であり、評価を経ることなく指令となる。第2レベル以上では「感覚」であり、第3レベルでは「知覚」にまで処理される。第4レベルでは言語処理がなされ、「知識」となる。なお、知覚は逆に知識に影響される(錯覚や先入観)。

●行動における評価段階  p.210-p.213
    「評価」は第2、3レベル(本能と習慣:第1信号系)においては「感情」である。必要・動因・誘因の関係によって決まる。第2レベル(本能・辺縁系)においては欲望性の動因に関わり「苦楽性」であり、第3レベル(習慣・言語以外の新皮質)においては意欲性の動因に関わり「悲喜性」である。感情にはその場の現実よって生まれる「状況性」と記憶の再生による「貯蔵性」がある。こうして感情は4つに分類される。すなわち、(1)辺縁系・状況性での「気分」(感覚的感情)と「情動」、(2)辺縁系・貯蔵性での「気質的気分」(感覚的好み)と「情熱」、(3)新皮質系・状況性での「心情」と「感動」、(4)新皮質系・貯蔵性の「情操」と「傾倒」である。ところで、心理学においては情動というのは身体的反応を伴うものとして定義されている。しかし、それはあくまで情動行動(体性神経、自律神経、内分泌系の反応、つまり指令の意味)であって、感情の一分類としての情動(評価)とは区別されるべきである、というのが吉田の考えである。

    評価は第4レベル(言語性)では「価値判断」となる。それは単に感情を言語化した「評価性プロトコル命題」(好きだ、とか愉快だ、とか)と知能的判断「評価性抽象命題」(OR における数量的評価、等)に分類される。また、評価においても高次の評価情報が低次の評価情報に影響を与えることがある(催眠による暗示等)。

●行動における指令段階  p.214-p.217
    反射反応では刺激が直接反応に繋がっている。それ以上のレベルでは、刺激→感覚→知覚、という入り口側の区別に対応して、反応←運動←動作、という出口側の区別がある。つまり動作信号は複雑な一系列の随意運動であり、運動前野で作られ、各運動野に送られて、そこで運動信号が作られ、筋肉に送られて反応が起きる。感覚と知覚の分化が「失認症」で実証されるように、運動と動作の分化は「失効症」によって実証される。

    物質・エネルギーと情報との統合概念として随意運動の最高位とされるものが「意志」であるが、これは第2、3レベル(本能と習慣:第1信号系)の「意欲性動因」と第4レベル(言語系)の「意思」との2要因から成る。更に意思は運動や動作を直接表現する「指令性プロトコル命題」と、直接は表現しない「指令性抽象命題」を区別することが出来る。例えば、A社と契約しよう、というのは個人の動作ではないが、最終的には何らかの動作を想定している。言語を持たない動作心象「心象性指令情報」を意思とみなすかどうかは意見が分かれるが吉田は第3レベルに含めて考える。

●抽象命題の経験的適合性  p.218
    第4レベル(言語性)の命題が、第2、3レベル(本能と習慣:第1信号系)を単に言語化したに過ぎない「プロトコル命題」から、より間接的・抽象的な「抽象命題」に発展すると、それらは元々のプロトコル命題に対しての適合性が問われるようになる。認知情報に対しては「科学的検証」の手法が発達しているが、評価情報、指令情報に対しても同様に科学的検証を問題とすることができる。

●個体内情報伝達と情報貯蔵  p.218-p.221
    個体内においては情報伝達は特に語る必要が無いが、情報貯蔵はパーソナリティーにとって本質的な情報処理である。第2、3、4レベル(大脳辺縁系と新皮質系)において、「記憶」は認知情報の貯蔵であり、「習慣」は指令情報の貯蔵である。評価情報の貯蔵も研究対象ではあるが対応する心理学用語がない。

    「態度」は評価情報だけでなく、認知、指令情報も含めて、耐用情報の貯蔵であり、その内、第4レベル(言語系)に限定されたものが「意見」である。また態度の内で認知情報に限定されたものが「信念」である。態度には認知・評価的な「観照的態度」、評価・指令的な「非理性的態度」、認知・指令的な「機械的な態度」、非言語的な「実感信仰的態度」、言語的な「理論信仰的態度」といった変種がある。

●学習  p.222-225
    非生得的な情報処理プログラムの貯蔵が「学習」である。プログラムはその出力によって、認知プログラム、評価プログラム、指令プログラムに分類され、これらの内認知プログラムと評価プログラムは互いに他の型のプログラムをサブプログラムとして含み得る。従来のS型条件付けは非言語系での認知学習であり、R型条件付けは非言語系での評価学習と位置づけられる。非言語系での指令学習は「感覚運動学習」とでも名付けられる。これらに加えて言語的学習がある。なお、従来の心理学では指令プログラムの学習という視点がなかったから、熟練のプロセス(感覚運動学習)をうまく記述できなかった。

●学習条件  p.225-p.228
    非生得的プログラムの学習、つまり貯蔵の条件としては、まずその適合性である。経験的適合性(事実対応性、要件充足性、実行可能性)と理論的適合性(情報公理適合性)である。従来の「強化説」は要件充足性を貯蔵条件としている。「接近説」は事実対応性を貯蔵条件としている。実行可能性は、従来、学習能率を左右する種族差や個体差の条件とされているのみであるが、感覚運動学習においては、所与の感覚器−神経組織−運動器の制約条件の元で実行可能性を最大にすべくプログラムが変容していく過程と考えられる。

    従来の学習理論は動物の実験に依存していたから、言語系の学習に特有と思われる理論的適合性についてはあまり検討されていない。また、貯蔵条件として追加しておくべきは、経験的適合度の確認頻度であろう。この条件が洗練されたものが確率的帰納理論(統計学)である。さらに、新たに学習されるプログラムが既存のプログラムに近いほど学習されやすい、つまり「間プログラム的適合性」も重要な条件であり、少しづつステップを踏んで学習する方法の根拠となっている。

●個体内情報変換  p.228-p.229
    記号変換としては、(1)刺激パターンの感覚への変換(記号化変換)、(2)運動信号の反応パターンへの変換(対象化変換)、という全ての動物に共通する変換に加えて、(3)第2、第3レベル(本能と習慣:第1信号系)と第4レベル(言語系)との相互変換は人類の知的生活の根本条件であり、(4)内記号と外記号の間の相互変換は人類の社会生活の必須条件であり、(5)自然言語と人口言語(数学や科学)との相互変換は人類の文明生活の基本条件である。以下、(3)(4)(5)という高次変換を考察する。

●思考:シンボル性の意味変換  p.229-p.234
    意味変換の基本は全ての動物で見られる認知→指令の意味変換であるが、人間において重要なのはシンボル性の意味変換、一言で言えば「思考」である。第1信号系の「心象的思考」と言語系の「内語的思考」がある。

    思考の仮想性を強調する立場から見ると、過去の意味変換の再現としての「回想」があり、これは現実適応的な「反省」と象徴経験的な「追想」から成る。また未来の意味変換の「創造的・生産的想像」と全くの架空性意味変換の「空想」がある。かくして、思考の仮想性によって、過去(再現)と未来(試行)と架空世界、という新たな「生活空間」が生じることになり、人間の著しい特徴となっている。

    思考を機能の立場から見ると問題解決であり、この見方からすれば「推理」と称すべきであろう。従来思考の機能とされてきた「概念」は般化−分化の意味変換結果であり、「判断」はシンボル性の情報ないしは情報処理プログラムである。それらばそれぞれ記号と情報の高次形態と見なされるべきであって、情報処理そのものではない。

    問題解決というのは、(1)情報ないし情報処理プログラムの仮設、(2)仮設に基づく情報処理、(3)結果のフィードバックによる適合性テスト、という3段階を経る。この意味では動物の学習プロセスも人間の科学的認識ステップも変わらない。吉田の定義では、「学習」というのは「問題解決」の結果(貯蔵)であって、適合動作そのものではない。問題解決のステップを踏まない学習もある。問題解決の発展としては、(1)と(2)(3)の仮想性によって、4つの段階が考えられる。(1)試行錯誤的仮設による現実的解決、(2)洞察的仮設による現実的解決、(3)試行錯誤的仮設による仮想的解決、(4)洞察的仮設による仮想的解決、となり、(3)と(4)こそが「思考」と呼ばれるべきであろう。これによって、人間は現実的に試みる前に予め結果を予想して最適化することができるのである。勿論それがいつも正解とは限らない。

●個体内情報処理の共通要因  p.234-p.240
    意識水準の維持が脳幹中央部網様体の賦活による大脳皮質の制御であることが見出されている。吉田は「注意」という言葉をその作用に充てている。注意には「無意的注意」と「有意的注意」があるが、後者は大脳皮質に予め喚起された情報処理プログラムに拠る。この先行性情報処理プログラムを吉田は「構え」と定義している。

    「判断」とは、情報処理のあらゆる選択場面における決定として定義される。特に言語性指令情報の判断を「意思決定」と呼ぶ。この判断は情報および情報処理プログラムの経験的・理論的適合化、すなわち「適応」の原理によってなされる。勿論、適応には客観的適合性を増大させる現実的適合化と主観的適合性に閉じこもる防衛的適合化がある。

    情報処理には実経験的なものと象徴経験的なものを区別することができる。実経験的とはその手段が現実的情報処理であろうと仮想的情報処理であろうと現実的適応を目指すものであり、象徴的とは架空世界に留まろうとするものである。例えば、実経験的仮想的情報処理として、反省や試行や寓話があり、象徴経験的仮想的情報処理には、追想や予想的経験(取り越し苦労)や空想がある。象徴経験的現実的情報処理には娯楽的報道の享受やママゴト遊び等がある。

●行動主義心理学批判  p.240-p.244
    行動主義心理学においては刺激と反応という外部観察可能な要素に執着するが、人間の行動がその間に介在する情報処理過程無しには理解できないし、現在ではその過程を観察する手法も発達してきている。

    もう一つの観点として、行動主義心理学は、行動、動機、統合、貯蔵という4つの次元の内の一つ(行動)に限定されている。動機に関心を置く「力動心理学」、統合に関心を置く「葛藤の心理学」や「人格構造論」、貯蔵に関心を置く「態度心理学」、動機と統合に関心を置く「フロイト心理学」、など、目的に応じて適用可能な開かれた体系を目指すべきである。(もっともここでの吉田の論考にはこれらは含まれていない。)その体系のイメージとして熱力学を想定しているが、p.241の吉田の方程式の表現は適切でないので、吉田の言いたかったことを代弁しておく。熱力学が個々の熱力学変数(温度、圧力、体積等)の間の関係を議論する状態方程式に留まることなく、熱力学ポテンシャル(自由エネルギー等)を熱力学変数の関数として定義して、その極値を取る条件(平衡条件)から個々に関心のある状態方程式を導いたように、行動、動機、統合、貯蔵、と言った次元を変数とした何らかのポテンシャル関数(適合度)を想定して、その極大を適応状態と考えるような統合理論を構成すべきである。

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