2月10日(月):
「自由意志定理」というのは有名らしいので、日本語の解説書:筒井泉『量子力学の反常識と素粒子の自由意志』 (岩波科学ライブラリー) を借りてきた。最後を除けば、大変判りやすく書かれていて、お薦めである。ただ、スピンについてはどうしても量子力学的な関係式を必要とするので、必要最小限のことを説明している。

第1章:スピンの性質
・・測定軸を指定することで、2つの固有状態(1/2、-1/2)が定義できて、別の測定軸に対して、それらの2つは重ね合わせになる。特に、指定軸方向に向いたスピン状態をそこから角度 θ方向で測定すると、その角度方向に測定される確率が cos(θ/2) ^2 となるという式が Bell の定理で必要になる。スピンが2つある場合、全スピンが 0 と 1 の固有状態があり、とくに 0 の固有状態(一重項)が重要で、式で書くと、↑(1)↓(2)―↓(1)↑(2) となる。どの測定軸方向にスピンを測定しても、測定値が 0 になる。つまり、2つのスピンは逆向きに相関して打ち消し合っている。(補足すると、全体の波動関数には空間部分が含まれていて、左に飛ぶのを L、右に飛ぶのを R と表記すると、一重項は、(L(1)+R(2))(↑(1)↓(2)―↓(1)↑(2)) である。フェルミオンなので、波動関数全体が粒子の交換で符号を変えなくてはならないからである。三重項の方は逆に空間部分が (L(1)―R(2))、スピン部分が、(↓(1)↓(2)+↓(1)↓(2)) 、(↑(1)↓(2)+↓(1)↑(2)) 、(↑(1)↑(2)+↑(1)↑(2)) となる。)

第2、3章: EPR問題と Bell の定理による判別
・・一重項状態で粒子を左右に飛ばした時、片方のスピン1を測定すると、他方のスピン2が逆向きとして確定する。EPRによる実在の定義は、それに影響を与えることなく測定できることであるから、スピン2は実在する。しかし、この実在するスピン2に対して、量子力学は確率的な予言しかできない(スピン1と逆であるということしか言えない)。もしもスピン1の測定結果によってスピン2が決まるというのであれば、因果関係が遠方へと瞬時に伝わることになり、因果律の局所性に反する(光速を超える影響の伝達になってしまう)。だから、量子力学は不完全である。完全な理論であれば、粒子を左右に飛ばす前にその測定値が隠れ変数として決まっている筈である。

・・Bell の定理の説明は簡略バージョンだろう。(Mermin,Physics Today 38-4(1985)p.38)上記一重項を作り出して、左右に粒子を振り分ける。測定角度を120度間隔の3つにしていて、それらをランダムに選択する。

・量子力学では、両側でスピンが逆になる確率が、同じ角度(3通り)であれば100%、違う角度(6通り)であれば cos(60度)^2=25%、であるから、全体としては、100%×(3/9)+25%×(6/9)=50% となる。

・他方、何らかの状態固定(隠れ変数)を考えると、各測定角度毎に予め測定値を決めておくことになる。制約条件として、同じ測定角度に対しては必ず両側の粒子でスピンが逆向きになることである。だから、8通りの設定条件がある。全ての角度に対してスピンの向きを 1/2 と設定すれば、両側での測定値は100%逆向きとなり、(0度、120度、240度)で(1/2、1/2、ー1/2)のように、2:1で逆に設定すれば、両側同じ角度で測定すれば逆向き、0度と120度で測定しても逆向き、0度と120度で測定すれば同じ向き、120度と240度で測定しても逆向きである。これらは、それぞれ、3通り、2通り、2通り、2通りあるから、平均すると、逆向きになる確率は 5/9 となる。つまり、どういう風に隠れ変数を指定してみても、50% にはならない。

・実験結果は Bell の定理が成り立たず、量子力学の計算通りであった。
(補足する。ここでは測定角度を均一ランダムに選択しているのだが、元々の Bell の定理(Phys.Rev.47(1935)p.777)は、角度は3つの内から重なりを許して3つを任意に選び、それを α、β、γとして、E(α、β)=測定値(±1とする)同士の積、と定義し、どんな風に隠れた変数を設定しても、|E(α、β)+E(α、γ)|<=1+E(β、γ)が成り立つ、というものである。また、「非局所性」という言葉は問題なのだが、これが因果関係の局所性を否定するものではないことは説明してある。要するに、2つの粒子(系)が量子力学的もつれを保持している場合には、それらを別々の系として考えることができない、という意味である(分離できない)。実際上は、原子レベル以上に空間的に離された状態でもつれを維持するのは外来ノイズの干渉があるために難しいのだが、そこは技術の進歩である。もう少し身近な例で言えば、超流動とか超伝導はそのようなもつれがアボガドロ数レベルにまで及んで、結果的にマクロな現象となる例であるから、特に驚くようなことでもない。)

第4章:コッへン・スペッカーの定理
(実在の状況(文脈)依存性、
Simon Kochen & E. P. Specker "The Problem of Hidden Variables in Quantum Mechanics",J.Math.Mech.17(1967)p.59)は実例で説明している(N. David Mermin "Hidden variables and the two theorems of John Bell",Rev.Mod.Phys.65(1993)p.803)。(これは Barad の本では詳しく説明されていなかったので助かる。)

・下記表の縦横のライン3つ組(固有値が±1 になるように規格化してある)はそれぞれが可換演算子であり、それらの同時固有状態が存在する。また、横並びの3つの固有状態についてその固有値の積は1であり、縦並びについては −1である(sx sy = -sy sx = isz を使う)。このような並びを「マーミンの魔法陣」という。この縦横積の条件を満たす9個の数値は存在しないから、これらの固有値は最初から決まっているとは言えない。つまり、縦の組を選ぶか横の組を選ぶか(状況(文脈))によって、どこかの交差点の演算子の測定値が変わってしまうということが言える。それでも交差点の演算子に対応する物理量は測定値として実在している。実在の姿(測定値)は、同時に測定可能な他の物理量の組(状況=文脈)を変更することによって違う(測定値)姿になり得る、ということである。

    sx(1)       sx(2)       sx(1)sx(2)
    sy(2)       sy(1)       sy(1)sy(2)
   -sx(1)sy(2) -sy(1)sx(2)  sz(1)sz(2)

・これは一般論であるから、個別の測定において言えることであるが、実際上縦と横の組で同時に測定することは出来ない(同じ粒子の sx と sy は不確定性関係となるから)。だから、直接実証することはできないし、計算上初期状態を一重項状態に確定しておいても、個別測定の結果は確率的にしか計算することができない。交差点の演算子の測定値については、縦横それぞれの状況(文脈)において多数の測定を繰り返して平均値を取る(期待値)しかないのだが、そうすると一致する。これを Bell の定理の場合に当てはめると、粒子2(粒子は個別性を持たないので、場所2という方が正しい)について、sx を測定するか、sy を測定するかによって、粒子1の sx 測定の結果が一般的には異なることを意味する。前者の場合は、粒子1は粒子2と逆符号の固有値となり、後者の場合は粒子2の測定結果に関わらず、確率1/2(cos(45度)^2)で正負の値が測定されるから、一般的には明らかに異なるであろう。ここでは、状況=文脈というのが遠隔地の粒子2のどんな物理量を測定するか、ということに対応している。つまり、Bell の定理の場合は、コッヘン・スペッカーの定理の一例となる。しかし、sx(2) の測定結果自身は確率的でスピン正負50%なのだから、sx(1) の測定値の平均は 0 であり、これは sy(2) の測定と組み合わせても同じことである。

第5章:自由意志定理(Conway & Kochen Found.Phys.36(2006)p.1441, Notices of the AMS 56(2009),p.226)
・・物理学が成立する上で、その内部では因果律による決定論が支配し、外部では非決定論的に自由意志によって多様な条件が指定できる、ということは前提条件である。以下、自由意志の定義を、先行する出来事によっては決まらない、という非決定論とする。
以下は(P. K. Aravind "Quantum mysteries revisited again",Am.J.Phys.72(2004)p.1303)による説明ということである。

・・粒子1と3をもつれさせ、粒子2と4をもつれさせる。その上で、粒子1と2を左側に、粒子3と4を右側に送る。左右の端には、マーミンの魔法陣測定器を起き、左側(粒子1と2)では横方向の3つ組の物理量1組選んで、測定する。右側(粒子3と4)では縦方向の3つ組の物理量1組を選んで測定する。この場合、コッヘン・スペッカーの定理の場合とは異なり、横方向の組と縦方向の組は別々の粒子(場所)を測定しているので、同時に測定出来て、しかもその交差点においては、量子力学的もつれによって、必ず逆符号の測定結果が得られる。本来であれば、sx(2) と sy(2) は同時には確定できないから、sx(1) と sx(2) の行の測定と sx(1) と sy(2) の列の測定は両立しない。しかし、sx(1) と sx(2) の行測定と、sx(3) と sy(4) の列測定は両立して、粒子1と3、粒子2と4は量子もつれによって逆相関しているから、そのことを利用すれば、測定の縦横という状況に関わらず、sx(1) が確定することになる。つまり状況(文脈)依存性が見られない。だからどうなのか?この先の筒井氏の説明がよくわからない。自由意志、決定論、局所性 のトリレンマに至る道筋は?

・筒井氏の他の日本語文献(「講義ノート」物性研究・電子版 Vol.3、No.1, 031209(2013年11月・2014年2月合併号)には、以下の記述がある。
<<もう一度ベル不等式を導いたときの前提を振り返ると、まず隠れた変数(λ)の理論を想定していることから、物理量の実在性が当然の前提となっている。その上、測定値 A(θa,λ) 、B(θb,λ)が各々の粒子の測定方向にしか依らず、他方の粒子の測定方向には依存しない(例えば A(θa,θb,λ)となっていない)ことが前提となっており、これは EPR 論文での局所性の要請に対応するものである。加えて、 EPR 論文と同様に、測定者の選択の自由が暗黙に仮定されており、これは測定値 A(θa,λ) 、B(θb,λ) がそれぞれ任意の θa,θb に対して存在する(すなわち θa,θb が隠れた変数 λ とは独立な変数であり、これらをどのように指定しても、任意の λ に対して測定値が存在する)という形で表されている。従って、検証実験によって否定されたのは、実在性、局所性、選択の自由の3つのうちの少なくとも1つであると言うことができる。>>

・別の文献(著者は不明:「自由意志定理は自由意志の有無に言及しない」、http://spinoza-picture-deny-free-will-and-sollen.com/ )では、筒井氏の自由意志定理の説明での4粒子測定の状況について以下のように結論している。
<<3×3のマスの値はあらかじめ決まってはいないから,各マスの値がどの行 ( またはどの列 ) を選ぶかという自身の選択だけで決まるという局所性に反して,これはマスの値が相手の選択に依存することを意味している。ここで選択が自由意志で行われたか否かは問題にならない。またスピンの測定値が観測者の選択に依らないとしても,それは粒子に自由意志があることを意味しない。>>

●結局のところ、どうも原論文を読むしかなさそうである。。。

  <目次へ>  <一つ前へ>    <次へ>