2017.12.29
『土と内臓』D.モントゴメリー(地質学)とA.ビクレー(生物学)夫妻箸(築地書館)

    新聞の書評で知った。言われてみればその通りなのだが、気づかなかった。植物の根と動物の腸は同じ機能を担っている。そして、どちらの場合も微生物コロニーとの共生関係を結んでいる。彼らは、郊外の家を買い、氷河礫の庭に大量の有機物を投入して肥沃化させた経験と子宮頸がんの手術からの回復方法として食事療法を取り入れた経験から、その共通性に気づいて、それぞれの専門分野の知識をまとめ直してこの本を書いた。微生物の役割について勉強になった。彼らは単に栄養的な役割を果たすだけでなく、免疫細胞の補助的役割を果たしていて、深く考えると、「種」とか「個体」とかの概念すら怪しくなってくる。

    面白いのは有機農法と食事療法や免疫療法の歴史である。どちらも経験的にアジア地域で行われていたのだが、近代科学によって物事を分析的論理的(デカルト的)にしか見られなくなっていたヨーロッパでは、(論理的)根拠が無いとして排斥されてきた。分析的証明(メカニズムの理解)には技術が必要であり、その技術の限界によって視野もまた狭められる。効果が明らかであるにもかかわらず、学者達はそれを認めない。最近になって、有機農法と食事療法や免疫療法が認められてきたのは、分析技術がそのメカニズムを解明できるまでに進歩してきたからである。似たような例は漢方薬だろうし、公害問題も専門家達によって却って迷路を辿った。それを避ける一つの方法は疫学的アプローチ(メカニズムを問わず、統計的因果関係を信用する)だろうが、それはそれで、状況変化に対して弱いから、メカニズム研究も重要である。

<メモ>

・『土と内臓』第1章 庭から見えた、生命の車輪を回す小宇宙

・『土と内臓』第2章 高層大気から胃の中まで−どこにでもいる微生物

・『土と内臓』第3章 生命の探究−生物のほとんどは微生物
    カール・ウーズ:1977年、遺伝子16SrRNAの変異を調べて、リンネの分類学を覆した。生物は細菌と古細菌(現在では極限環境下で生き延びている)と真核生物(単細胞も多細胞もある)の3つのドメインに分類された。

・『土と内臓』第4章 協力しあう微生物−なぜ「種」という概念が疑わしくなるのか
    リン・マーギュラス:1967年、ミトコンドリアと葉緑体は独立した細胞体であり、主の細胞体に取り込まれて共生している、として、ダーウィンの競争による進化とは別の進化メカニズム「シンビオジェネシス」を提案した。(これは広い意味では、遺伝子を取り込むことによる進化(水平伝搬)という概念に含まれる。単細胞生物においては細胞や遺伝子の取り込み自身がその生物を変えてしまうのである。つまり、DNAによって定義される種や個体という概念自身が明確でなくなる。)20億年前、古細菌が遊泳細菌を取り込んで原生生物(アオミドロやアメーバ)が生まれた。遊泳細菌は古細菌に運動性を与える代わりに古細菌の代謝産物を利用した。12億年前光合成細菌によって生まれた酸素を利用する好気性細菌が原生生物に取り込まれてミトコンドリアとなった。こうして原生生物は動物と菌類の共通祖先に進化した。9億年前、光合成の出来るシアノバクテリアが取り込まれて葉緑体の祖先となって、この動物と菌類の共通祖先は植物に進化した。

・『土と内臓』第5章 土との戦争
    ファン・ヘルモントとド・ソシュール(1804年)植物は空気と水から自らの身体の大部分を作っている(光合成)。他の必須元素はPとK。Kは岩石から、Pは特定の岩石から。他、Ca、Mg。
    ユストゥス・リービッヒ(1840年)最小律。水、窒素、リン、カリウム。ペルーのグアノ(鳥の糞)が掘りつくされた。土壌の役割は顧みられなくなった。
    ヘルマン・ヘリーゲルとヘルマン・ウィルファルト(1888年)マメ科植物の根に空中窒素固定作用を発見。
    フリッツ・ハーバー(1909年)アンモニア合成。化学肥料が近代農業の基礎となる。
    サー・アルバート・ハワード:有機物に土壌肥沃作用がある、と主張。
ーーー インドの農業研究所で実験して、自給農家の作物が病害虫に犯されないことに気づいた。農薬は症状に対処するが原因には対処できない。インドール式堆肥製造方法を発明(1931年)。<化学肥料によって徐々に土壌が汚染されつつあることは、農業と人類にふりかかった最大の災害の一つである。>『農業聖典』(1940年)。大きな有機物は虫達に食いちぎられる。虫の糞はミミズが消化して肥料になる。セルロース類も菌類が菌糸を張り巡らせて分解する。最後に細菌類がそれを更に分解して無機栄養とする。しかし、土壌中の腐食は植物に栄養を与えるだけではない。それだけならば化学肥料で事は足りる。腐食は微生物(菌根菌)という仲介者によって植物の根に(分子情報によって)働きかけるのである。

    第一次大戦後、ドイツの窒素固定技術が解放され、平時には化学肥料生産、戦時には弾薬生産として世界中で大規模な工業化が推進された。農薬と化学肥料は農業をヘロインのように蝕んでいった。

・『土と内臓』第6章 地下の協力者の複雑なはたらき
    6億年よりも前:微生物が上陸。4.2億年前:維管束植物が登場、その死骸が最初の陸生動物(節足類)の餌となった。動物と植物の関係は微生物を介した間接的なものだった。6メートルを超える巨大なキノコがあった。植物は微生物に日蔭を与え、微生物は植物に死骸の栄養を返した。3億年前:動物が生きた植物を食べ始めると、地上における関係が始まる。植物はシダ、裸子植物、被子植物へと分化し、動物は大量絶滅によって次々と入れ替わった。植物は草食動物と病原体への防御を編み出してきた。しかし、地上と地下の関係は変わらない。根と土壌生物の関係である。

    ローレンツ・ヒルトナー(1902年):土壌滅菌によって植物は発病しやすくなることを確立。微生物群集(根圏)は植物に免疫反応を起こさせる。根圏には根から染み出す炭水化物を餌として最大で土壌平均の100倍のの密度で微生物が集まる。植物は光合成で作り出した炭水化物の1/3程度を根から微生物に与えている。

・『土と内臓』第7章 ヒトの大腸−微生物と免疫系の中心地

・『土と内臓』第8章 体内の自然
    樹状細胞は大腸の外側から内側へ入ることができる。大腸内腔や粘液から抗原を拾い集めて、T細胞(胸腺で生まれる)に提示する。B細胞(骨髄で生まれる)は抗体を生産し、抗原の細胞に標識を付ける。キラーT細胞は抗原の細胞を殺す。制御性T細胞(T-reg)は炎症を抑制し、Th17細胞は炎症を激しくさせる。

    人間のマイクロバイオーム中には100万程度の非病原性微生物が居るが、病原体の種類は1400種程度に過ぎない。病原体を中心にした免疫系の見方はコペルニクス以前の天動説のようなものだ。マイクロバイオーム中の共生微生物は免疫の調節に欠かせない。

    サーキス・マズマニアン:大腸内で見られるB・フラギリスという細菌がポリサッカライド(PSA)を抗原として樹状細胞に認識させて、T-regを活性化させ、大腸炎を抑え込むことを発見した。後に、クリストリジウムというグループの特定の17菌株の組み合わせで炎症抑制が起きることが判った。セグメント細菌も免疫調節機能を持つことが発見された。

    虫垂は細菌の避難所である。下痢などで腸が清掃されたときに、そこで生き残った細菌が再び増殖を始める。

    腸内細菌はビタミンB12やビタミンKを始めとして血液中の代謝産物の1/3を作り出している。

・『土と内臓』第9章 見えない敵−細菌、ウィルス、原生生物と伝染病
    狩猟採集時代に伝染病は無かった。農耕社会になって人口が増えて不潔な環境が出現し、家畜化した動物、ノミ、蚊などから人間に飛び火した。19世紀末になって公衆衛生対策が効を奏した。1840年頃、医師は古代からの瘴気論を信じていて、手を洗わずに患者に接していたので産褥熱の死亡者が多かったが、センメルワイスが手洗いを徹底させて撲滅した。しかし、彼は医学界から疎んじられて、うつ病になり、精神病院で死んだ。一部の病気は残された。天然痘に対する免疫療法は経験的には既に10世紀の中国で行われていた。ヨーロッパに伝わったのはトルコでの18世紀初頭における(天然痘を生き延びた人の皮膚の)「移植」法を教えられたからである。その後、酪農婦が天然痘にかからないことに気づいたジェンナーが弱い毒性のウィルスを使ったワクチンを発明したのは18世紀末である。20世紀になって、ポリオがワクチンによって克服された。

・『土と内臓』第10章 反目する救世主−コッホとパスツール
    パスツール:カイコの伝染病の解析から微生物によって病気が引き起こされることを発見。毒性を弱めた細菌を使ってワクチンを作る方向に進んだ。細菌は変化し得るという考え。

    コッホ:炭疽菌が芽胞の状態で待機できることを発見。細菌の純粋培養する方法を発明。細菌は固有の性質を持つから毒性の弱い細菌は別の細菌であるとして、ワクチンを認めなかった。病因としての微生物を同定するコッホの4原則は微生物研究を純粋培養可能なものに限定してしまった。細菌論は微生物を目に見えない病気の原因としてしか見ない風潮を作り出した。

    フレミング:(1928年)ペニシリンの発見。
    ゲルハルト・ドーマク:(1934年)合成抗菌物質プロントジルを発見。抗菌作用が解明されてスルフォンアミドが開発された。
    セルマン・ワクスマン:(1944年)土壌中の放線菌を探索してストレプトマイシンを発見。抗生物質はその後便利に使われ過ぎて耐性細菌を生み出し、それを更に新たな抗生物質で殺し、という悪魔のサイクルに陥っている。とりわけ、肥育を目的とした家畜への抗生物質投与は問題である。抗生物質の多用は腸内バイオスフィアを壊して、多くの自己免疫疾患を引き起こす。

・『土と内臓』第11章 大腸の微生物相を変える実験
    イリア・イリチチ・メチニコフ(1882年):ヒトデの幼生の実験から外敵を攻撃する遊走細胞、食細胞を発見。炎症はこの免疫反応の結果であることを示した。ヨーグルトの効果を提唱。

    趙立平(2004年):腸内微生物が肥満の鍵ではないかと考え、肥満抑制食事法WTPを考案(Whole grains、Traditionalfoods、Prebiotics)。ファエカリバクエリウム・プラウスニッツィイという細菌を増やす。肥満患者の血液中にリポ多糖(内毒素)を発見。腸内のエンテロバクター族の細菌(E・クロアカ)に由来することを見出した。オランダとアメリカでは便移植による肥満抑制が成功した。

    大腸は発酵場所である。バクテロイデス門とフィルミクテス門。代謝産物は短鎖脂肪酸(SCFA:酪酸、酢酸、プロピオン酸)。酪酸は大腸内皮細胞のエネルギー源である。酪酸はまた大腸内皮細胞に大腸壁の健康維持のための粘液と抗菌物質の放出をうながす。酢酸とプロピオン酸は血液中に入り、肝臓、腎臓、筋肉、脳などでエネルギー源になる。プロピオン酸は脂肪細胞に働いてレプチンという満腹感を促すホルモンを放出させる。プロピオン酸はT-regの生成に関与する。酪酸は樹状細胞やマクロファージと結びつくと T-reg の発生を促す。これは大腸内細菌のほんの一部の働きであって、大部分は解明されていない。

・『土と内臓』第12章 体内の庭
    プレバイオティクスとは、大腸まで到達して腸内細菌の餌となる食物、つまり繊維性食物。プロバイオティクスとは、有用な腸内細菌そのもの。具体的には乳酸菌等。腸の感染を抗生物質で退治すると、有用な細菌まで死んでしまう。同様な事が膣でも言える。

    1958年、クリストリジウム・ディフィシルという病原菌が滅菌された大腸に住み着くという病気に対して、肛門から健康な人の糞便を注入するという治療方法(FMT)が行われて成功した。2013年にはこの治療法は圧倒的な治癒率を示して標準治療として認可された。

    穀物は殻も合わせれば理想的であるが、精製してしまうと単純糖類だけになり、大腸に行くまでに吸収されてしまい、血糖値を上げる。植物繊維が大腸の菌の為に必要である。それが無い場合、大腸の菌は動物性蛋白質を分解するので、多くの有害物質が生じることになる。窒素と硫黄を含むこれらの化合物はエネルギー源である酪酸の取り込みを阻害することで、大腸内壁細胞に打撃を与える。また遺伝子のDNAの一部と結合して遺伝子の行動を変えることがある。肉を食べすぎると胆汁が大量に使われて大腸にまで到達し、細菌によって二次胆汁酸になり、大腸内壁細胞のDNAを損傷させる。イヌイットの場合魚であるためにオメガ3脂肪酸によって大腸の炎症が抑え込まれている。クレタ島では大量の脂肪を食べるが、オリーブオイルであるために、その中のフィトケミカルと、ホルタという野草によって、二次胆汁酸の毒性が薄められている。

・『土と内臓』第13章 ヒトの消化管をひっくり返すと植物の根と同じ働き
    レディ・イヴ・バルフォア(1943年、イギリス)『生きている土』。

    ウィリアム・アルブレヒト(1940年台後半)がアメリカにおいて警告活動をしてきた。

    化学肥料(N、P、K)に頼った農業では、微量栄養素、Cu、Mg、Fe、Zn 等が不足してくる。それは食品の中の成分に反映されて、健康に影響する。

    イギリスとアメリカのデータによれば、野菜に含まれる微量栄養素は過去半世紀で大幅に減少している。Zn 27〜59%、Cu 20〜97%、Mg 26%、Fe 24〜83%、、、概略半分位になっている。菌根は植物の微量栄養素の吸収をおよそ2倍程度促進する。化学肥料に満足した野菜は根から微生物への餌をあまり与えなくなっている。

    根圏の微生物を活発にするために微生物の餌である有機物を与え、あるいは有用微生物自身を施すというのは、大腸に対するプレバイオティクスとプロバイオティクスに対応している。根と腸それぞれの微生物相の役割はよく似ている。

  リンはCa、Fe、Al と結合して不溶となるために、植物が利用しにくい栄養素であるが、根圏にはリンを可溶化して利用可能にするような細菌が集まっている。

・『土と内臓』第14章 土壌の健康と人間の健康−おわりにかえて

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