2003.01.24

「天才と分裂病の進化論」David Horrobin (金沢泰子訳:新潮社)

      チンパンジー等とヒトとの明らかな相違は皮下脂肪の蓄積である、という観察から始まる。これは脂肪を取り込む為の蛋白質の突然変異による。脂肪は飢餓耐性を付与するということだけでなく、水辺に生息し始めた初期人類の生活でも重要であった。すなわち水中での狩猟採集行動に有利であった。体毛は皮下脂肪に取って代わられた。同時に2足歩行も常態となる。しかしそれらよりも重要な事は栄養的な変化である。水性の動植物にはアラキドン酸、ドコサヘキサエン酸、エイコサペンタエン酸という脂肪酸が豊富に含まれる。当時の初期人類がそれらを摂取していたことは、歯のエナメル質が発達していたことからも判る。これらは脳の神経細胞の主要な構成要素であるリン脂質の必須要素である。まもなくリン脂質代謝における突然変異(詳細はまだ判っていない)が起き、脳神経の結合が発達し始める。道具を作るようになり、水中での呼吸の制御も発達し、言語能力の下地となる。脂肪を豊富に含む脳や脊髄を食する為に石器で骨を砕く技術も発達した。

      こうして初期人類は水辺沿いに世界中に広がる。しかしその頃までは進歩は遅く、また地域差も殆ど無い。大きな変化は現世人類によって齎された。15〜13万年前である。双極性障害(躁鬱病)、分裂病型人格、を引き起こす変異がその特徴である。これらの変異は上記脂肪酸を摂取している限り深刻な病気とはならず、逆に脳に創造性を与える。芸術や宗教、更には極端な権力志向、といった特徴が現世人類の特徴となる。初期人類と地域の大型動物を絶滅させた後、農業革命が起き、水辺の生活から離れると、多くの栄養障害を齎すと共に、上記の脂肪酸が欠如し創造的でありまた破壊的でもある社会が生まれた。すなわち現在の人類である。特に陸上動物を食する先進国においては上記脂肪酸の不足から精神障害が深刻化し易い。

      現在精神障害の生理学的要因として神経伝達物質の異常が取り上げられ、それに対応する抗精神薬が使われているが、Horrobin 等の主張するところでは、それよりも、神経伝達物質が受容された後の変化(記憶機構に関わる)が重要であり、その為には上記脂肪酸の投与が有効である、ということである。臨床的には中でもエイコサペンタエン酸が効果的であった。特に分裂病の進行と共に大きくなる脳内の空洞(脳室)が逆に小さくなり、脳の組織が回復する、という例もある。精神障害の遺伝子はまだ十分解明されてはいないが、いくつかが重なって始めて発病するし、環境(ストレスだけでなく、栄養:乳児期と思春期での)の影響も大きい。部分的に持つ人は、いくつかの障害がある場合もあるが、特異的な創造性を発揮する人も多い。社会的に活躍している人達の親族には精神障害を持つ人が多い事は良く知られている。要するにそのような遺伝子無くして今日の人類の「繁栄」は無かったと考えられる。

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