2019.10.21
      坂本眞人『場の量子論』はその後なかなか順番が回ってこないので、
東工大武藤一雄研究室の原子核物理学概論講義録
http://www.th.phys.titech.ac.jp/~muto/
で勉強している。この辺で、大きな流れだけをまとめておくことにする。

●『相対論的量子論』のざっくりとしたまとめ
      シュレージンガー流に言えば、以下の方法で、古典論での方程式のエネルギーを時間微分に置き換えて、運動量を空間微分に置き換えれば、量子論の方程式が得られる。

  E → i(h/2π)∂/∂t; p → −i(h/2π)∇ (∇ は空間座標微分のベクトル)

以下煩雑なので、場合に応じて、c = 1、(h/2π)= 1 となるような単位系を採用する。

      特殊相対論のアインシュタインの関係式 E^2=p^2+m^2 を演算子置き換えでそのまま微分方程式にしたものが クライン=ゴードン方程式であり、後に Higgs 粒子に使われる。
他方、フェルミオン用の方程式は

  E^2−p^2−m^2=pμpμ−m^2=(γνpν+m)(γνpν−m)=0

という強引な因数分解によって、Dirac が導いた。ここで、μやνは時空4次元の指標であり、同じ指標が並んでいる時には、その4つについて和を採ると約束する。p はエネルギーと運動量をまとめて4次元ベクトルにしたものである。この因数分解は変数を4×4行列に拡張し(質量 m には単位行列をかけておく)、波動関数 ψ が4成分を持ち、それを4次元ベクトル風に並べたものと見做すことで可能となり、

  (γνpν−m)=0

から演算子置き換えでディラック方程式が得られる。
単位系を元に戻して時空座標を直接書くと、

  [i(h/2π){(γ0/c)∂t+γ1∂x+γ2∂y+γ3∂z}−mc]ψ=0

自由粒子としてのフェルミオンの方程式である。相互作用場の項はゲージ対称性を満たす必要があり、後ほど述べる。
係数行列 γは一意的には決められないが、ディラック表示

  γ0= (I2    0)
        (0  −I2)
  γj=  ( 0  σj)
         (-σj  0)

が判りやすい。I2 は2行2列の単位行列、σj はパウリ行列である。具体的には、

σ1=  (0  1)   σ2=  (0  -i)   σ3=  (1  0)
       (1  0)          (i   0)          (0 -1)

解の性質を調べると、波動関数の4つの成分は、スピン成分2つ×粒子vs反粒子の対であることが判る。なお、2成分で回転変換がスピンのように振る舞うものをスピノルと呼ぶ。このスピンは波動関数の運動量の方向を z 成分としたときに固有状態となり、右巻き、左巻きと言う。それを外れると空間部分と混ざる。つまり、非相対論において実験事実として追加されたフェルミオンにおけるスピンの自由度は、特殊相対論においては必然的な要素として自然に出現する。また反粒子も必ず出現する。これは特殊相対論が時空を同等に扱うからである。つまり空間座標に正負の向きがあるので時間座標にも正負の向きがある。

・相互作用について
      予備知識として必要なのはゲージ対称性という考え方である。電磁場は特殊相対論を満たしており、静電ポテンシャルとベクトルポテンシャルの組=電磁ポテンシャル  Aμ(x) の時間空間微分で表現できる。Aμ(x) は添え字μで識別される時空4次元のベクトルであり、時空座標 x の関数である。

      電磁場が Aμ の時空微分であることから、時空座標に依存する任意のスカラー関数 α(x) の偏微分ベクトル ∂μα(x) を Aμ(x) に追加しても結果としての電磁場は変わらない、という性質を持つ。(以下、時空4次元座標で偏微分する演算を∂μで表記する。) その電磁場に置かれた電子の波動関数においても、位相だけを変えても(絶対値の自乗が存在確率であるから)物理的意味は変らない。運動方程式としては各時空毎に位相の基準を変えても(これをゲージ変換と呼ぶ)不変でなくてはならない。つまり波動関数に、α(x) を時空の実数連続関数として、exp{iα(x)} をかけても方程式が変わってはならない。ところが、この位相因子が入ると、方程式中の時空微分演算子、すなわちエネルギーと運動量の演算子が(位相因子×波動関数)の微分になるために、位相因子側の微分から i∂μα(x) という余分な係数が波動関数にかかる訳なので、これがあたかもポテンシャル項のようになり、それを打ち消すような項が方程式のポテンシャル項から出てこなくてはならない、ということになる。

  ψ(x) → ψ'(x)=exp{iα(x)}ψ(x)
  ∂μψ(x) → exp{iα(x)}{∂μψ(x)} + i{∂α(x)}exp{iα(x)}ψ(x)
               ={∂μ + i∂α(x)}ψ'(x)

ところが、もともと Aμ(x) は ∂μα(x) を追加しても結果が変わらないというポテンシャルであったので、時空微分演算子の中に iqAμ(x) を追加しておけば、そこに吸収されて同じ方程式として見做せることになる。つまり、自由粒子での時空偏微分演算子 ∂μ を共変微分 Dμ = ∂μ+iqAμ(x) に置きかえる(q はパラメータ:電荷)ことで目的が達せられる。つまり、Aμ(x) の持っている不定性は波動関数の位相因子の不定性と結びついている。このようなポテンシャル項をゲージ不変な相互作用=ゲージ場と言う。

      電磁場ポテンシャル Aμ(x) はゲージ場のもっとも単純な例であって、この場合、任意に採りうる波動関数の位相因子は絶対値が 1 の複素数であって、これは群論的には1自由度の回転群 U(1) の元である。すなわち、絶対値が 1 の複素数(波動関数)に回転演算として絶対値が 1 の複素数(位相因子)をかけ合わせると必ず絶対値が 1 の複素数(位相の変化した波動関数)になるので群を成す。

      自由度が2つある場合の同様な群が SU(2) である。これは2次元の複素ベクトルに作用して(かけて)別の2次元複素ベクトルに変換する演算子(行列)を元とする群であって、変換によってもベクトルの絶対値を変えない、というのが Unitary という意味であり、行列式=1 によって、逆元も同じ群に属することになるので、Special という。2次元のベクトルを成す波動関数の組の典型は 1/2 スピンであり、スピノルと呼ばれる。SU(2) に属する各元はスピノルを変換する演算子ということである。この場合、無数にある元を表現する為の独立な行列は 3 つ採ることができて、その一例が Pauli 行列 σ1,σ2,σ3 の半分である。ゲージ変換による位相因子も行列となり、exp{−i(α1σ1+α2σ2+α3σ3)/2} という形になる。α1、α2、α3 が時空座標の関数であり、対応するゲージ変換不変な相互作用も( )内と同じ形をしていなくてはならない。

      陽子と中性子は質量がほぼ同じで入れ替わること(β崩壊)があるので、例えば電子がスピンの自由度を持つように、一つの核子の二つの自由度なのではないか?と考えたのは Heisenberg だそうである。それを(磁気とは関係ないのだが)「アイソスピン」と称している。この考えは結局の処正確ではなかったのだが、アイデアが引き継がれて、電子(e-)と電子ニュートリノ(νe)の対に応用された。そして、それらの変換をもたらすようなゲージ対称性を満たす相互作用の場として SU(2) 表現の演算子が導入された。但し、電子ニュートリノ(νe)は左巻き成分(運動量ベクトル方向に対してスピンが逆向き)しか観測されておらず、これが電子(e-)の左巻き成分と相互作用するので、それらを取り出してアイソスピン対とする。そこに働くゲージ場は、SU(2) 演算子の独立3成分(パウリ行列等)の線形和で表現されるベクトル場でなくてはならない。(時空4次元の指標である μ は以下省略する。)

  W(x)=W1(x)σ1+W2(x)σ2+W3(x)σ3

これらの行列(演算子)の非対角成分によって、アイソスピンの2成分、つまり νe と e- の波動関数(場の状態)が混ざり合う。もう一つの相互作用は U(1) で、その生成子 Y (弱超電荷)はアイソスピン T3(固有値は ±1/2) と 電荷 Q から

  Y=2Q−2T3

となることが知られている(中野・西島・ゲルマンの法則)。νe は電荷を持たないが、e- は電荷を持つことから、アイソスピンは Y の固有状態で固有値が -1、電子の方は固有値 -2 となる。これらにはゲージ場として

  B(x)Y

が働く。W と B の作用の程度として、それぞれパラメータ g と g' が係数として導入される。

      ここで質量についての予備知識が必要となる。場の理論における質量とは場が静止した状態(運動量=0 つまり 波数=0)で持つエネルギーであり、これは各点に存在する調和振動子の励起エネルギーである。場の Lagrangian のポテンシャル項においては時空の各座標における場の値の絶対値の自乗にかかる係数として現れる。つまり、運動方程式では場そのものの一次項(バネの復元力)の比例定数である。電磁場の場合は質量=0 であるから、静止することが出来ず、位相速度= c での波動として存在し、距離に反比例した影響力(長距離力)で電荷を持つ他のフェルミオンと相互作用する。また、電磁場が縦波成分を持たないのも質量が 0 だからである。

      ゲージ対称性を満たすボソン場も本来的には 質量=0 である。電磁場以外のボソン場が質量を持つように見える(近距離力である)のは、宇宙の発展の途上において、特殊な場(Higgs 場)がゼロでない値に固定されてしまった結果、その Higgs 場と相互作用している他の場(電磁場以外の場)の方程式が見かけ上において、質量項を含むようになったためである、というのが標準理論の眼目である。つまり質量がその場の本来的な特性であると認めると普遍的な原理であるゲージ対称性を満たさない法則になってしまうので、Higgs 場との相互作用パラメータであると考えたのである。Higgs 場が固定されていないような始原の宇宙においては、質量が存在しない。以下がその理屈のやや詳しい説明である。

      それぞれのゲージ変換対称性を持つ相互作用場(ボソン)において、ゲージ対称性の要請からして、そのボソンは質量を持たないのだが、現実には W(弱い相互作用)に質量が観測されている(近接相互作用である)。解決策として持ち出されたのが、新たなスカラー場である。これは2つのスカラー場が対になっているとする。それぞれが複素数なので、4つの独立な実数で記述される。しかも特異的な内部ポテンシャルを持つ。つまり、スカラー場が 0 の時にポテンシャルが極大になるような4次関数であり、極小値は非ゼロのスカラー場において実現する。これを『対称性が破れている』と考える。宇宙の温度が充分高ければこのようなポテンシャルの微細構造は無視できるので、平均すればスカラー場はゼロとして振る舞うのであるが、宇宙が冷えた結果、どこかの極小値に落ち着いてしまったと考える。つまり、このスカラー場の4成分の内の1つが値 ν を持ち、そこでのポテンシャルの復元力によって質量が生じるようになった。これが(残された) Higgs 場である。スカラー場の残りの3成分は、もともと質量を持たなかった弱い相互作用の3成分+電磁場と一体化して(混合されて)3成分 W+、W-、Z0 に質量を与える。(質量が無ければゲージ場は電磁場に見られるように横波2成分だけだが、これに縦波1成分が加わる。)
W±は、W1、W2 の線形和で電荷を持つ。

  W+=(1/√2)(W1−iW2); W-=(1/√2)(W1+iW2)、

Z0 は W3 と B の線形和で電荷を持たない。

  Z0=(gW3−g'B)/√(g^2+g'^2)。

残された1成分 A には質量が残らない。これが現在の電磁場である。
A は W3 と B の線形和で Z0 とは直交する。

  A=(g'W3 + gB)/√(g^2+g'^2)。

更に、 Higgs 場はフェルミオン同士の直接相互作用にも寄与するとされていて、その結果としてフェルミオンが質量を持つように振る舞う。(場についての2次のポテンシャル項を持つ。)ということで、実にご都合主義的な仮説であるが、実験事実を見事に説明できる。なお、クォークについても変換し合う対、典型的には u と d、をアイソスピンとして同様な相互作用が働く。パラメータとしては g、g'、ν が含まれていて、その後予言された Z0 ボソンが発見され、最近になって Higgs 粒子も発見されて、標準理論が確立したのである。

      SU(2) に従う弱い相互作用と U(1) に従う電磁力が、上記のように統一されて、Higgs 場を導入することで、見事に質量項を作りだしたのであるが、強い相互作用の方には SU(3) が使われている。この場合、3つの自由度がクォークの3色である。独立な元は8つある。典型的な例が8つのゲルマン行列。理論の形式としては弱い相互作用と同じであるが、その振る舞いは異なる。この強い相互作用はグルオンと名付けられていて、色価のあるクォーク同士を結び付けるのであるが、3つの自由度に相当する3色が集まると白色となって安定する。そうでない限りは、グルオン同士の相互作用によって距離が離れるほど強い力となるから、特定のクォークの組み合わせで集まって閉じ込められていて、クォーク単独では観測できない。その3つ集まったのが陽子や中性子等のハドロン、クォークと反クォークが集まって白色になったものがπ中間子などのバリオンである。

      この標準理論では時空は連続しているという仮定であり、そのために様々な計算上での発散が起きるが、それらは質量その他のパラメータの変化として吸収できる(繰り込み理論)。この繰り込み可能である、という条件も理論の形式を制約している。暗黒物質、ブラックホール、重力場の量子論はこの理論の枠外であり、それを含むようにするには、時空そのものの見直しが必要となり、現状では超ひも理論が有力である。そこではフェルミオンとボソンも一つの場の異なる状態として統一される(超対称性)。

      以上の説明において、一応『場』という用語を使っているが、その概念の有用性は表に出ていない。電磁場は最初から『場』であるが、その場自身の運動方程式を扱っていないので、量子化を記述していない。フェルミオンについては粒子としての量子化のレベルに留まっている。これは同種多粒子系を扱う段階にならないと『場の量子論』の優位性が見えないからである。スピンが整数の粒子(場)については、一つの自由度に多数の粒子を重ねていくことができる、つまりボース統計に従う。他方スピンが半整数の粒子(場)については、一つの自由度を励起する粒子の個数が 0 あるいは 1 に限られる、つまりフェルミ統計に従う。場の量子論では、粒子を一つ生成する演算子と消滅させる演算子を使うが、ボーズ粒子においてはそれらば交換関係を満たす(順序を変えても良い)。フェルミ粒子においては反交換関係を満たす(順序を変えると符号が逆になる)。この法則は『スピン統計定理』と呼ばれていて、相対論的な場の量子論において、微視的因果律やエネルギーの正値性といった基本的な要請から導かれる。 
 
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