2014.05.07

      3時に電車で八丁堀まで出かけて、福屋で安野光雅展を見た。水彩画。山の描き方が素晴らしかった。一筆でさらりと塗ってあるのだが、絵の具が塗り面の縁に集まって自然に輪郭線が浮かび上がる。そういう部品がいくつも微妙な色合いで重なり合って画面が調和している。

      八丁堀福屋地下のお好み焼き「みっちゃん」で肉玉ソバという標準的なメニューで早めの食事をして、エリザベト音大でジュゼッペ・ノヴァ氏の公開レッスンを見学した。琵琶湖国際フルートコンクール審査に来ていたのを大代先生が捉まえたということである。感謝!部屋に入ると始まる前の音出しの指導をしていた。ハーモニクスの練習を一日5分で良いから毎日続けると良い、ということである。指使いは勿論呼吸も一定にしてアンブシュールだけで自由自在に倍音を出す練習。音楽表現というか言語的な表現を舌で行う一方で、呼吸は無限に続いている、という気持ちが大事である。たとえフレーズが切れても呼吸だけは続いている。これはヴァイオリニストが弓を一定のペースで動かしながらも指は忙しく動き廻る、ということと同じである。そういえば、昨日市立図書館で「科学」3月号で小倉明彦・冨永(吉野)恵子の「記憶固定機構の細胞生物学」というのがあって、神経系は刺激応答によってその回路が長期増強(反応しやすくなる)するのであるが、それが長期に亘って固定化されるメカニズムの一端が説明してあった。実験によると、3時間以上24時間以内に同じ刺激応答を行う、しかもこれを3回繰り返すと固定化される、という。それより回数が少ないと固定化されず、それより多く繰り返しても効果は変わらないという。これに関与する分子も見つかったようである。練習というのは長時間繰り返すよりも、3時間以上休んで24時間以内に繰り返す方が効率的なのである。

      さて、今回の曲はプロ向けの難しい曲ばかりであった。最初は学生の市川果歩さんが「マルタンのバラード」に挑戦。最初は、音は沢山あるが何だかよく判らないという印象であった。最初に指摘されたのが音を粒立たせるということ。演奏会場では連続的に響いてしまうから、何だか訳がわからないということになる。意識的に一つ一つの音にテヌート気味にアクセントを付ける。実態としては首がどうしても動く。逆にいうと首の動きは音に現れるから気をつけないといけない。それと、これは楽譜に書いてあると思うが、繰り返しのフレーズでは変化を付ける。ただ、p ではビブラートが消えやすく、f ではアーティキュレーションが弱くなってしまうので、意識的に補強すること。楽譜に書いてなくても、音楽は言語表現であるから、フレーズの間は切れ目が判るようにする。どこがフレーズかは勿論正しい解釈が必要であるが。3連譜のレガートはとにかく首を固定して息はレガートにして指だけが忙しく動くように。フォルテであるが、これは押し付けてはいけない。押し付けると息の速度が上がって音程が上がる、つまり上ずった音になる。フォルテではあくまでも息の量を増やして、気持ちとしては開くという感じである。実際胸を開けば身体の共鳴が使えて音が大きくなる。管楽器は弦楽器のような共鳴箱が無いので身体を共鳴箱としなくてはならない。まあ、聴きなれてきたせいもあるが、修正していくとなかなか面白い曲だなあと思った。

      次は、いつも練習でキュレーターを務めておられる藤中亜希子さんが「バートンのソナチネ」をやった。これまた初めて聴く曲であったが、結構面白い。ただ、ちょっと1本調子のような感じがした。最初に、Gratioso という表現記号の意味を問われた。これはイタリア人なら普段の言葉なのでニュアンスが判るのだが、やさしく、繊細な感じを含んでいる。ゆったりとした息使いで曲を味わいながら演奏するとよい。そういえば確かに繊細な演奏ではなかったなあ、と思った。息継ぎの音がやや邪魔になる。難しければ、息はすばやく少しづつ吸うと良い。音階練習で一音一音の間に息を吸う練習をするとよい。曲ではバッハの管弦楽組曲2番のメヌエットのドゥーブルを同様に吹くと良いだろう。

      最後は松浦美音さんの「ボルヌのカルメン幻想曲」である。前の2人が小柄で可愛い感じで音も小さめだったのに対して、この人は恰幅が良くて音が大きい。正に美音である。圧倒的な音量と正確な指使いで難曲を吹き切ってびっくりしたが、音楽としては多少色を付けた方が良いのになあ、と思った。ノヴァさんの指摘もその通りで、演奏としてはあまりにも攻撃的である、フォルテは押し出すのではなく開くのだ、ということを言って、何回もやり直した。これはしかし演奏者の癖なのでなかなか直らない。自然にリラックスして首を動かさずに、胸を開く、ということである。それとフレーズの表現としては、問いと答えを意識すること。ピアノとフォルテの組み合わせだったり、クレッシェンドとディミニュエンドの組み合わせだったりである。長いフレーズは単調にならないように自分で解釈してアーティキュレーションを付ける。これは講演や会話でも同じであるが。ということで大分良くなった。

      それにしても今回のノヴァさんは自分で模範演奏や反例演奏を吹いてくれるので判りやすい。生徒の癖を強調して真似てくれるのである。フルートで物真似をしているみたいだった。

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