2015.11.27

バッハの「無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ全曲」

      一昨年だったか、テレビで放映された「五嶋みどりがバッハを弾いた夏」で聴いた音である。そんなに重いバッハではない。極度に丁寧な演奏で、彼女のこれまでの演奏人生の間に熟考されて磨かれた解釈が実に明快に表現されている。アーティキュレーションというか、音の作り、というより、ほんのちょっとした「間」を空けたり、テンポを揺らしたりして、この音楽の持つ本質的な多声性を浮き彫りにしている。あれ、こんなところがあったかなあ、と改めて驚く部分が多い。とりわけ、パルティータ2番については、これだけは以前CDになっていたのだが、以前とは少し印象の異なる演奏であった。全体が最後のシャコンヌに向かって集約されるような演奏構成になっている。

      この曲を最初に聴いたのは大学院生の頃で、夜1人研究室に残っていて、気分転換にラジオを聞くといきなりヘンリク・シェリングのシャコンヌが放送されていて、身体が凍りついたようになってしまったのを覚えている。その後、古楽器のスタイルが流行してきて、僕も味わいがあって良いなあと思っていたのだが、五嶋みどりの演奏はそのスタイルのエッセンスを換骨奪還して現代ヴァイオリンの技術で補ったようなところがある。そういう意味でフルートのエマニュエル・パユのバッハ演奏とも共通する。まあ、僕にとっては2人とも雲の上の更に上(人生を何回繰り返しても届かない)という感じではあるが。
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