2021.06.05
『コロナ下の奇跡ー自衛隊中央病院衝撃の記録』石高健次(南々社)
 この間、本屋をぶらついていて面白そうなので買ってきた。

● 第5章までは武漢からの帰国、ダイアモンドプリンセス号での自衛隊の出動記録とインタビューである。 

● 第6章からが、自衛隊中央病院での治療法開発の話になる。田村格医官の話。
新型コロナの情報は個人的に Pro-Med-mail でチェックしていて、準備は出来ていた。日本国内での初患者は1月16日であったが、感染症指定病院に厚労省からの情報は無かった。患者の情報が公表されたのは7月7日だったそうである。情報共有の仕組みが出来ていなかった。武漢からの帰国者対応についても連絡は無かった。陽性者が予想外に多かったために、担当の国立国際医療研究センターに勤務する知り合いの医師から個人的に患者の受け入れを要請された。正式の要請ではなかった為に、厚労省から自衛隊への要請が行われるまで受け入れが出来なかった。要するに、厚労省は危機管理を怠っていた。

● 第7章からはダイアモンドプリンセス号からの患者受け入れと治療法の探索である。
最終的には109人。無症状や軽症が多く、自分が陽性であるとは知らされていない患者も居た。WHO の発表とはかなり異なっていた。田村医官は無症状や軽症者が多いことが患者の見落としにつながると考えて、独自に重症判断の基準を緩めた。院内での情報共有に努力。入院する患者全ての胸部CTを撮影した。無症状なのに肺炎が進行していることに驚愕した。

● 重症者が増加して、河野修一医官が応援に参加した。
普通インフルエンザの場合は肺炎にまでは至らず、肺炎になったとしても、殆どが細菌性肺炎であるが、COVID-19では無症状でも肺炎になり、しかもウイルス性肺炎であることに驚いた。これは、肺胞の皮そのものが炎症を起こして、すりガラス状陰影として診断される。
・・・呼吸器内科の彼は炎症を抑える全身性ステロイド剤が効くと考えたが、感染症内科の田村医官は免疫を弱めるので危険だと考えた。WHOもステロイド剤を使わないように勧告していた。当時は欧米で感染が拡がっておらず、症例が不十分だったため、SARSやMERSでの経験から判断されていた。
・・・COVID-19の症例を見ると、重症化する人と回復する人がいる。河野は「感染初期にはウイルスが増殖するので、レムデシベルのような抗ウイルス剤が効果的であるが、発症後7-10日も経過するとウイルスを排除した免疫効果が残って正常細胞を痛めつける」と考えた。「この切り替わりのタイミングを見極める方法は無いか?」と考えて、血液の PCR検査を思いついた。発症から7日経過後、血清中にウイルスが居なければ、重症化した患者にはステロイド剤(デキサメタゾン)を投与した。結果として入院した患者は全員回復した。

・・・ステロイド剤投与の効果は、3ヵ月後に英国で、175の医療機関が参加した臨床試験で確認されて、現在では日本発の標準的な治療法となっている。
6月12日には Lancet に論文として掲載された。重症化の予測因子を述べた論文はそれまで存在しなかった。高齢者では血中酸素濃度の低下、若年層では頬呼吸(呼吸数が増える)。自宅療養者にとって貴重な情報である。

・・・唾液によるPCR検査を始めたのも自衛隊中央病院であった。早くから可能性に着目して、唾液、便、尿を採取したが、PCR検査がひっ迫していたため、冷凍保存しておいた。唾液中にウイルスを確認した、という香港からの論文が出たので、感染研が確かめようとしたが、サンプルが無かった。そこで自衛隊中央病院のサンプルを提出して検証してもらった。6月2日に保険適用となった。

● 自衛隊の派遣は、武漢からの帰国者対応、ダイアモンドプリンセス号の現場対応と患者の治療であったが、患者は全員治癒、隊員は感染者無しであった。これは奇跡とも言えるが、一番重要なポイントは常に「有事」を想定して訓練・準備してきたことにある。担当省庁も政府も「有事」の備えを怠っていた。

  <目次へ>       <一つ前へ>     <次へ>