2013.12.01

     岩崎秀雄の「生命とは何だろうか」(講談社現代新書)を読んだ。生物時計のメカニズム研究と美術の両刀使いである。生物学へのアプローチとして最近盛んになってきた構成的方法、つまり生物を作る、という研究の説明がある。DNAだけでは勿論何も出来なくて、遺伝情報からたんぱく質を合成する系として細胞質が必要である。それもまたDNAの情報から作られるのであるが、その合成装置というのは細胞無しには作れない、というのが現状である。生物ではそれを親から貰う。恐ろしく複雑な反応系である。それを過去に辿っていくと、生命の起源に行き着くということになるが、その一番最初はたんぱく質なのかRNAなのか細胞膜なのか?まだ判らない。

    生物を作る方法であるが、DNAの改変や合成からアプローチすると、現存細胞のDNAを置き換える、ということで、これはまあ遺伝子組み換えの延長である。もうひとつは生物固有の機能を再現する、というアプローチであり、これはたんぱく質や脂質の組み合わせであったり、極端にはコンピューター上の生命シミュレーションであったりする。そういうことを考えていくと、どうしても「生命とは何か」という問いに答えざるを得ない。これは生命をどう考えるかということであり、主観性を持つ。実はそういう問いかけは芸術によるアプローチでもある。生命を利用した芸術を通してそういう問いかけをする、という立場もある。具体的には最後の章で例が挙げられているが、僕にはピンと来なかった。それよりも、最初の方で解説されている、過去に行われてきたさまざまな生命を作るという試みの紹介が興味深かった。若い人はずいぶん面白い事をやっているなあ、とやや羨ましかった。僕の研究人生を振り返ると、こういう思い切った発想や冒険が僕には欠けていて、それが研究者としての致命的な欠陥だったのだと、今になって思う。
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