2021.10.26
『感染症の数理モデル』 稲葉寿編著(培風館)

● 第10章: COVID-19の数理モデル解析(國谷紀良・稲葉寿)
・・・文献としては著者の [18][19][20]参照。
僕の最初の論文と論点が重なる処が多いので興味深い。
定性的には同じ事を言っている。

10.2 基本再生産数 R0 の推定
・・・SEIR モデルを使う。
・・報告される新規感染者 Y(t) は感染者の内で PCR検査陽性者として発見された者の一日あたりの数と考える。
発見された者は二次感染を起こさない(隔離されている)と考える。
それは回復者の内の一定の割合 δ(=0.25) であると仮定する。

(注:これは感染者の検査が25%しかなされていないということではない。検査した時には既に陰性であった、ということである。)

S,I,R はどうやら人口比としているようである。全人口を P として、

      Y(t) = δγI(t)P
ということになる。

(注:一般的なやり方では感染者は全て記録されていると考えて、εE(t) を Y(t) と解釈している。ここでのやり方が正しい。
δ というのは自然回復を待つことなく隔離される比率であり、結局、検査による感染抑制効果を表す。
γ(1-δ) と δγ が SEIQR モデルでの 回復率 γ と 隔離率 q に相当し、ここでの R には回復者と隔離者(除去者)が合算されている。
僕の最初の論文で、隔離開始遅延の無い場合が SEIQR モデルに相当するが、感染性期間から γ=0.25、東京地域の6月以降での発症ー検査遅れ分布から q=0.08、と推定されているので、
著者のモデルでの定義に合わせると、
γ(1-δ)=0.25、δγ= 0.08から、γ=0.33、δ=0.24 ということになる。
表10.2 と比べると δ は合っているが、γ は 0.1 となっており、かなり小さい。
平均感染期間が 10日としているからであるが、これは長すぎるように思われる。
待機(E)から二次感染可能状態(I)への遷移率 ε は 0.2 としているが、
これは待機期間が 5 日ということである。しかし、これは潜伏期間であり、
潜伏期間中にも二次感染するから、僕は 3 日としている。)

・・基本再生産数は、2020年1月15日から2月29日までの Y(t) のデータに合わせて β と γ を最適化し、
β/γ から求めていて、2.6 としている。

(注:初期の再生産数という意味ではそうだろうが、基本再生産数の本来の意味は隔離無しの場合を意味するから、β/(γ-δ)=3.5 とすべきではないだろうか?
この値に相当するのが、僕の最初の論文で求めた 2.56 である。)

10.2.3 初期成長率と R0 の関係

・・・初期成長率というのは指数関数的な増加を示す時間係数 λ である(∝exp(λt))。
新規感染者数 v(t) は世代時間の分布関数 Φ(τ) を使えば、

      v(t)=R0∫Φ(τ)v(t)dτ
という畳み込み積分の関係にあるから、ここに指数関数的増加を入れれば、λ と R0 の関係が得られる。

      1/R0 = ∫Φ(τ)exp(-λτ)dτ

10.3 緊急事態宣言の効果の検証

・・・初期データから同定されたパラメータ β のまま推移すれば、大変な感染拡大になっていたはずであるが、実際は収まっている。
そこで、緊急事態宣言の発せられた4月7日以降においては別の β をあてがってデータに合うようにすると、β の変化は 0.13 倍になる。
つまり 87% の接触削減が行われたと推算できる。

(注:僕のモデルでは 72% の接触削減という計算になっている。もっとも、見かけ上の β の減少が緊急事態宣言効果だけであるとは言えないだろう。
第6章で見たように、接触頻度には広い分布があるので、回復者や隔離者は接触頻度の高い人達ということを考慮すれば、β はその効果だけでも下がる。)

10.4 社会距離拡大政策のもとでの発症感染者の隔離

・・・ここでは待機期間 E においても二次感染が起きるというモデルを考える。感染率は2種類となる。
回復は発症後(I)からだけとする。

      R0 = R1 + R2 = β1/ε + β2/γ
ということになる。ここで、R1 < 1 という条件の元で、つまり発症者を全員直ちに隔離すれば収まるという条件の元で、発症者のどれくらいの割合を隔離すればよいか、を考える。
発症者の隔離割合を v として、

      R1 + (1-v)R2 < 1
から、
      v > (R1 + R2 - 1)/R2
ということになる。(本文中でタイプ別再生産数 T を使う意味がよく判らないが結果は同じ。)

他方、社会的接触制限の方は、R1 も R2 も同じ割合で減少させるので、それも r として入れると、

      (1-r)R1 + (1-r)(1-v)R2 < 1
      v > {(1-r)(R1 + R2) -1}/R2<br>前節での値を使い、
発症前感染割合を0.44(Xi.Heによる)とすれば、R1=1.14、R2=1.46 なので、
図10.7 (b) が得られる。つまり、発症者隔離無しでは r>0.6 としなくてはならないが、
発症者隔離を v=0.8 とすれば、r>0.3 で良い。

(注:ここでの隔離は対策前の隔離、つまり検査隔離の結果に追加した隔離である。
v=0.8 がどれくらいの努力なのかを調べると、これは R2 を0.2倍にすることだから、
γ を 5 倍にするために、現行の γ=0.1 を 0.5 にすることになる。
検査隔離の無い状態での γ(1-δ)=0.075 で、この数字は医学的な数字なので、動かせない。
これに検査隔離 δγ=0.025 が追加されて、γ=0.1 になっている。
全体の γ を 0.5 にするためには、δγ=0.425 とする必要がある。つまり δ=0.95 である。
感染者の陽性確率推移からみて、これを実現するには発症と同時にほぼ全員を隔離する必要がある。)

10.5 検査隔離政策

・・・待機状態 E からの感染も許す。従って感染率は β1、β2 の2つになる。また、それぞれから回復する率 γ1、γ2 を導入する。
ここでは毎日全員の内 k の割合だけ検査をする。ただ、擬陽性の確率 1-q と偽陰性の確率 1-p を導入する。
隔離者は 感受性人口 S に由来する 擬陽性 Q1 と 感染人口 E+I に由来する真陽性 Q2 があり、それぞれ η の率でSとRに移動する(隔離期間=10日で、η=0.1)。図10.8 にチャート図がある。

・・感染者の居ない定常状態でも、検査があるので、Q1 が存在し、κ の比率でしか S が存在しない。

      κ = η/{η+k(1-q)}
・・その状態における線形システムは

      dE(t)/dt = κ(β1E(t)+β2I(t)) - (ε+γ1+kp)E(t)
      dI(t)/dt = εE(t) - (γ2+kp)I(t)
となる。これから、

      Re = κβ1/(ε+γ1+kp) + κβ2ε/{(ε+γ1+kp)(γ2+kp)}

10.5.2 介入の効果

・・・ ε、 γ1、γ2、β1、 β2、 p、  q、  η を、それぞれ、
・・・0.2,0.1,0.1,0.34,0.22,0.78,0.99,0.07 として、
Re の k, r 依存性を計算したのが図10.9 である。
Re は r(接触抑制)に対して線形依存で、r=0.6 で Re=1 となる。
k(検査率)に対しては最初の下がり方が大きくて、k=0.23 で Re=1 となる。
k というのは毎日の検査比率であるから、これは現実的ではないが、
初期の下がり方が大きいので、少しづつでもやれば効果が期待できる。

(注:γ1=γ2=0.1 とした、ということは、この検査というのが、
通常の感染把握の為の検査に追加しての検査である、ということを意味する。
通常検査の効果は既に γ の中に含まれているからである。)

10.5.2 擬陽性の問題

・・・擬陽性がある場合には、感染初期や終期の感染者が少ない場合において、陽性的中率が下がる、という問題がある。
陽性と判断された者の大多数は感受性人口であり、感染者からの寄与が少ないからである。

(注:しかし、本来感染の有無の判断基準が PCR検査なのだから、擬陽性は測定ミスでしか生じない。
これに対して偽陰性は検査のタイミングによって生じる。)

10.6 未確認感染の問題

・・・i(t,τ) を感染齢 τ での未確認感染者数密度とする。
・・・γ(τ) を感染確認速度とする。

      Γ(τ) = exp(-∫γ(σ)dσ) :積分は 0 から τ
は、最終的には確認される感染者が未観測のままでいる生存率である。Γ(∞)=0。
最終的には確認される感染者比率を α として、感染者発生率を v(t) とする。
感染状態からの離脱速度を ε(τ) とすると、

      l(τ) = exp(-∫ε(σ)dσ) :積分は 0 から τ
は感染状態の生存率である。
感染発生から τ 経過すれば、l(τ) 残り、その内の確認されない者の比率が Γ(τ) だから、

      i(t,τ) = {(1-α) + αΓ(τ)}l(τ)v(t-τ)
となる。
確認されるべき感染者が確認される数速度は

      A(t) = α∫γ(τ)Γ(τ)v(t-τ)dτ :積分は 0 から τ

これは観測されるから、累積確認感染者数

      D(t) = ∫A(t-τ)dτ :積分は 0 から ∞
が得られる。ここから、未観測感染者総数

      I(t) = ∫i(t,τ)dτ :積分は 0 から ∞
を推定したい。
・・・
      v(t) = v0exp(λ0t) :感染初期
の場合を考えると、D(t)、A(t) の表式が得られて、dD(t)/dt と I(t) の内の確認されるべき感染者の比を採れば、
その意味は、未確認集団から確認感染者が発生する比率となる。これは t に依存しない。

      κ = {∫l(σ)Γ(σ)γ(σ)exp(-λ0σ)dσ}/{∫l(σ)Γ(σ)exp(-λ0σ)dσ} :積分は 0 から ∞

また I(t) と D(t) の比率は

      I(t)/D(t) = (λ0/ακ)[(1-α){∫l(τ)exp(-λ0τ)dτ}/{∫l(τ)Γ(τ)exp(-λ0τ)dτ} + α]

沢山のパラメータ設定が必要であるが、一応推定が出来る。
また確認感染者は隔離されるとすれば、再生産数も計算できる。

10.7 コメント

・・・集団免疫の成立条件については、古典的な 1-1/R0 よりもずっと小さいのではないか、という議論がある[4][10]。
これはタイプ別の再生産数の議論から容易に導かれる。
感受性集団には異質性があるのだから、高い感受性集団において選択的に流行が発生して、低い感受性集団が残されるからである。
感受性分布がよく見られるようにベキ状分布であれば、かなりな効果がある。
既に HIV/AIDS のモデルで指摘されていた[14]。

・・・COVID-19 でも免疫が低下するから、再帰的流行が起きる可能性がある。

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