午前中中央図書館に行って本を返した。「科学」8月号を読んだ。広井良典氏の解説が面白かった。西洋科学の一方の契機としてギリシャ・ローマ文化由来での社会の中における合理的存在としての個人の確立とそれによる民族や部族を超えた客観性への認識を挙げて、科学の実証主義(再現性)の由来としている。もう一つの契機として、ユダヤ・キリスト教の唯一神による世界創造思想を挙げて、自然が神によって作られたものであり、それを自由に操作することが人間に授けられた権利である、という自然−人間の対立関係を考えている。これらの結果として背後に神の創造を隠したままで機械論的自然観が発展してきた。これが近代科学である。

      そういう中で、生物学の発展はその枠組みをはみ出してくるものであった、という。自然と人間が進化のメカニズムで繋げられてしまうからである。19世紀以来、それを説明するための枠組みを哲学が新たな課題としてきた。それは行き着くところ「自己組織性」という考え方に纏まりつつある。(広井氏はここではプリゴジンレベルの概念を想定しているが、厳密には吉田民人が主張するように、生命現象以降を指すべきだろう。)それはある意味では科学以前のアニミズムの復権でもある。しかし、もう一つの実証主義の枠組みが生きており、それとの整合性を採るためにはどうしても歴史性、それまでの経緯というものを考慮せざるを得ないところが単なるアニミズムとは異なる。つまり、アニマは実質的にあると考えた方が判りやすくなるが、それは歴史的に形成されてきたものである、という考え方になる。文献として、Rupert Hall という人の "The Revolution in Science 1500-1750"London: Longman, 1983 という本が挙げられていた。

      もう少し説明する。機械論においては実証主義を満足させるのが容易であった。実証主義というのはつまり物理・化学で言えば再現実験による確認である。しかし、生物より上のレベルの話にはどうしても再現実験が馴染まない要素がある。正に人生は一度限りだからである。現実の生き様は個別的であるが、実際にはそれらの間に共通性を見出し、それを手がかりに再現実験を行うことで生物学が成り立っている。しかし、何を以って再現とみなすかというのは極めて情報学的な断定である。(生き様を情報として捉えなおしている。)そこには当然ながら解釈する人間の介入がある。我々は再現されたと考える側面とそれでは捉えきれない側面とがあることに気づいていて、その後者こそがアニマ、つまり主体性であるともいえる。つまり、主体性の具体的様相そのものは「科学」の範疇から外れてしまうのである。例で言えば、脳科学は記憶のメカニズムを解明することはできるだろうが、個別の記憶内容について語ることはできない。それは一回性であり、個人とそれをとりまく世界全体の経緯の関数だからであり、再現できないからである。

      ところで、インターネットで「科学」の目次を見てみたが、広井氏の記事が見つからない。この近辺では「科学」を置いてある書店もないので、また図書館に行ったときに確認しなくてはならない。

8月24日(日)
       図書館に行って、科学8月号をチェックすると、確かに目次には無いが、広井良典氏の記事があった。p.883で「生命化する世界:近代科学のその先へ」であった。先日のまとめは後半のみであるが、前半では科学観の変遷として、
A.ニュートンの機械論、
B.デカルトの動物=機械論、
C.ハンス・ドリューシュの生命対非生命論(エンテレピーとか負のエントロピー生成)、
D.プリゴジンの自己組織性(非生命における負のエントロピー生成)
が説明されていて、
A.では神の意思の元で人間を含むすべての地上存在が機械的因果で結ばれるが、
B.では人間だけがそれ以外の存在を操作できる。
C.では非生命と人間を含む生命系とに区分される。
D.では自己組織性によってすべてが一元的に把握されるが、その事によって、自己組織性という一種のアニミズムが復活していることになる。

      僕の解説(再現性云々)はその先の話ではあるが、やや私見に偏っていた。広井氏は、ギリシャ文明における共同体と個人というあり方から合理的存在としての自然(経験重視)が生まれたのであるが、それに対して進化のシナリオ、つまり世代間の継承性、時間的存在としての自然が構想され、もう一方の一神教に由来する「自然は受動的存在であり人間が神の許しを得てそれを操作する」、という思想(B.)に対しては、自然現象の一回性、内発性が強調される。それが、C→Dと発展してきたのである。調べてみると、広井氏は社会保障と科学の在り方について本を書いているので、彼の科学論には理想的な社会の在り方までが含まれているように思われる。

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