2018.12.14
Hiroshima Happy New Ear 26 上野由恵フルートリサイタル』 を聴きに行って来た。経歴を見ると凄い若手演奏家である。多分30歳位だろう。ピアニストは中川賢一。解説を交えながら進んだ。

・・・ユン・イサンの「無伴奏フルートのための5つのエチュードより1と5」。韓国の代表的な作曲家ユン・イサンは国内で弾圧を受けて、ドイツで活躍した人。細川俊夫の先生である。フルートというよりは以前聞いた韓国のテグムという横笛のような感じで、力強く一息一息を長くして音を揺らしたり枯らしたりして内実を伝える。こういう音を出せるんだなあ、という驚きと共に、韓国流の激しい感情表現にも感じ入った。なお、ユン・イサンは彼女の卒業論文のテーマだったらしく、彼女を現代音楽に引きずりこんだ作曲家だそうである。

・・・次は細川俊夫の「フルートとピアノのためのリート」と「フルートのための線I」。ユサンも細川も音楽を線的に表現するのだが、ユサンはその音の持続の中をひたすら充実させているのに対して、細川は、音の周囲の空間を感じさせるように配置する、と本人から解説があった。「リート」ではその空間部分を表現するのにピアノが使われているということである。実際、蓋を開けたグランドピアノを覗き込むようにしてフルートを吹いて、その反響音をピアノの弦から聞き取る、ということもあった。

・・・休憩後は20世紀音楽の導き手となったドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」。眠りから醒めかかった牧神が性的な夢を見る、という感じがよく表現されていた。ニジンスキーが舞台上で実際に自慰行為をした、という話は有名である。

・・・三浦則子「フルートとピアノのための空から/窓から」は初演である。田村隆一の有名な詩「幻を見る人」からの発想と本人から解説があった。<空からは小鳥が射殺されて落ちてくる。窓からは射殺された人の叫びとその死骸。>という風に、垂直方向と水平方向を対比しながら、戦争の不幸をこれ以上無い簡潔さで鋭く訴えている。なかなか迫力があった。学生時代に読んでいた詩集をまた読んでみたくなった。こういうのと比べると中島みゆきは入口なのだが入口にすぎないと言う感じ。

・・・ピエール・ブーレーズ「フルートとピアノのためのソナチネ」は20世紀最高のフルート曲と言われているが、演奏が極めて難しい為にあまり聴く機会が無い。2人とも、テンポを一桁位落としたところから、繰り返し練習したそうであるが、変拍子の交錯するリズムの為に合わせるのが難しい。更には、ピアノの譜めくりもタイミングが微妙で困難を極める、と細川氏が皆を笑わせた。細川氏の言うには、現在最高の出来栄えの演奏ではないか、というが、まあ、確かにフリージャズの複雑なリズムと同じような乗りの良さを感じた。それにしても、現代音楽の演奏家というのは大変である。多分、とてつもなく困難な事への挑戦と達成にある種の生甲斐を見出しているのだろう。一種の冒険家である。こういう現代音楽というのは、CDで集中して聴くのはなかなか辛いだろうと思うが、目の前で演奏されると、その気迫で思わず聴かされてしまうという感じである。

・・・アンコールはドビュッシーの「シランクス」とメシアンの「クロツグミ」。いずれも説得性のある演奏であった。さて、上野由恵の音であるが、僕なんぞが批評できるようなレベルではない。これでもかと言うほどの多彩な音であったが、基調となっている普通の吹き方の音は、やや硬めの緊張感のある音である。現代風。これには人それぞれの好き嫌いがあるかもしれないと思う。
 
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