2017.09.19
      「Hiroshima Happy New Ear 24:若き巨匠イエルーン・ベルワルツ」を聴きに行って来た。今回のはエンターテインメント色が強い。トランペットというから煩いのかと思っていたのだが、抒情的で心に沁みる歌心があって、とても良かった。何でも若いころにはジャズヴォーカルの勉強をしていたとか。

・・・ピアニストの中川賢一との「ラプソディ・イン・ブルー」「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」で始まった。ジャズの様でもありクラシックの様でもある、素晴らしい演奏。グランドピアノの蓋は開いてあって、その中に音を吹き込んで、弦を共鳴させてエコーの様な感じを出していたのが面白かった。

・・・次は知らない現代曲で、エネスクの「トランペットとピアノの為の伝説」を序曲のようにして、切れ目なくヒンデミットの「トランペット・ソナタ」を演奏した。ピアノとトランペットが何とも微妙にすれ違いながら対話しあうような感じが面白かった。

・・・後半は細川俊夫の曲「霧の中で」。これはヘルマン・ヘッセの詩から作曲されていて、孤独をテーマにしている。ピアノがよそよそしい環境を演じて、トランペットが悶え苦しむ、という感じ。

・・・次は中川賢一のピアノ・ソロで武満徹の「閉じた眼」。とても理知的でありながら、美しかった。この人、相当な腕前である。

・・・最後がリゲティの「マカーブルの秘密の儀式」の編曲版。ピアニストが笛と鐘を持ち、あの切羽詰まった言葉や嘆息等々、を演じる。これはナチスの秘密警察官が迫りくる様子である。皮肉とユーモアと絶望。確かに、この「演劇性」というのは現代音楽がその意味を焙りだして聴衆の前に突きつける為の有効な方法である。

・・・アンコールは聴衆が男女に分かれて、繰り返しの簡単な伴奏を歌って、それに乗ってトランペットが旋律と高度な変奏をする。楽しかった。とても有名な曲なのだが、曲名を思い出せないまま、次のアンコール「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」に飲み込まれて、旋律も忘れてしまったのだが、寝る前に思い出した。「ソ|ラーソ|ファーミ|ファレー|・レミ|ファーファ♯|ラーソ|ミーー|・・ソ|ドーソ|ソファミ|ファレー|・・ミ|ファーファ♯|ラーソ|ドーー|・・ソ|ソファミ|ミレド|ドシー|・レミ|ファーファ♯|ラーソ|ミーー|・・・」何の曲だっけ?ともかく本当に歌心に溢れたトランペットだった。
(曲名を調べた。「ヴェネチアの謝肉祭」。メロディから曲を探すサイトがあった。http://www.musipedia.org/js_piano.html#x 。なかなか便利である。)
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