2022.02.19
今日は午前中、政治社会学会Covid-19第4回研究会があった。
永島剛(専修大学;経済史)「英国政府の主任医官(Chief Medical Officer)ポストの歴史的経緯」が結構面白かった。以下まとめるが、私見も入っているので文責は僕にある。

・・・イギリス(イングランド)19世紀前半、産業革命最盛期、経済規模は急拡大したが、都市部の平均寿命は極めて短い。これは新生児の死亡率が高いという事情があるが、チフス、ジフテリア等感染症も蔓延った。この「安価な政府の時代」から「国民の健康重視の時代」へ舵を切るべく、1948年に国民医療サービス(NHS)が成立して、CMO が生まれた。下水道の整備が最初である。当然費用がかかるので、当時は「お金か?命か?」の取捨選択が公然と論じられた。1972年にはこれまでの中央集権に対する反発から、地方分権制に移行。

・・・Sir Arthur Newsholme (6代目:1908–1919) という人は人口動態学を始めた人で、その観点から感染症についてもデータを重視し、感染症の届け出制度を始めた。彼はスペイン風邪の対応にも当たったが、第一次世界大戦最中であって、政治的判断から、彼の意見は採用されなかった。

・・・1919年、国民の健康を国家として統合的に維持するために Ministry of Health が作られた。感染症は徐々に克服されて、主たる関心は生活習慣病に移っていったのだが、21世紀になって、新興感染症が次々と流行している。現在の 17代目 CMO は Sir Chris Whitty である。

・・・CMO は、平均在任期間が10年位あって、ある程度まとまった戦略を遂行できる。役職としては、主として疫学的観点から専門家の意見を取りまとめて提言するという位置づけになっていて、政策とは独立に自由に情報発信できるという特徴がある。政策判断はあくまでも政治家の役目であるが、それに左右されることなく、科学的な観点から意見を述べる。首相とは必ずしも意見が一致しないが、お互いに根拠があればそれで良しとする。

・・・調べてみると、日本にも CMO という役職がある。新型インフルエンザ、デング熱、エボラ出血熱等の新興感染症が流行したため、2017年に創設されたのだが、これは専門家の意見を集約するのではなく、保健医療分野の政策を取りまとめる役目である。医系技官の出世の最高ポストが事務次官級に上がったという意味はある。2020年8月までが鈴木康裕、続いて福島靖正。ほとんど表には出てこないし、自分の意見を言うこともないが、官邸と厚労省とのパイプ役として忙しい役職となっている。医系技官が専門家として機能すればよいのだが、彼らは専門家の前に行政官であるから、行政官としての都合に合わせて専門家としての意見を変える。PCR 検査拡充無用論もそうやって作られた。

・・・そういう意味で、CMO の役割に近いのは「新型インフルエンザ等対策有識者会議」(尾身茂会長)とか「新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード」(脇田隆字感染研所長)であろう。しかし、医学系専門家集団のメインとなっている大学医学部からは切り離されているので、専門家の意見を集約することは難しい。そもそも大学の医学部では感染症の疫学自身が疎外されてきたのでこういう事態になったともいえる。その背景には近年日本が、島国ということもあって、世界的なパンデミックに巻き込まれていなかった、という事情もあるだろう。結果的には、日本では科学的観点からの首尾一貫した見解が不明瞭なままで、閉じた指導者集団によって場当たり的に政策が遂行されているように見える。勿論当事者は最善の努力を尽くしているので責められるべきではないのだが。

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