BS11で偶然なかにし礼のインタビューを見た。 名前しか知らなかったが、作詞家である。「時には娼婦のように」など、やや意識的に世間の潮流に逆らった詩を書いている。満州生まれなので、日本人であることを自己否定しようとしている。5−7−5で書けば日本人の心に訴える詩になるのだが、あえてそれを避けているということだった。それはそれとして、大分前に小説家に転進してからは、もっぱら戦争の記憶を書き残してきたということである。両親の実話を元にした「赤い月」という小説が有名だそうであるが、僕は知らなかった。満州国の話なので読んでみようと思って、フルートの練習に行った時に中区図書館で借りてきた。

      上巻を読んだ。ソ連が参戦して満州から逃亡する章が最初で、次は時間を遡って、小樽に居た主人公夫婦が満州に渡って関東軍に納める酒屋を始める章である。満州国には実を言うと国民が殆ど居なくて、社会的には満州に居住する中国人の国であったということである。日本にとっては資源と余剰国民の移植先であると同時に対ソ連への前線基地であったから鉄道を拠点にして点を支配して主要地域に都市を建設している。中国人達は多くの武装集団(匪賊と呼ばれた)を形成して、抗日を目指すものも居れば日本人に雇われて護衛するものもいる、という具合に非常に複雑怪奇であった。関東軍の指令により彼らに中古の武器を販売していた商社が多分物語りの「政治的」中心となるのであろう。一方で日本から移住してくる人たちは満州国のスローガンを信じてここに五族協和、王道楽土を建設しようと本気で信じていた。壮大なからくりである。

     「赤い月」の下巻。日本が太平洋の島々を失い、本土が空襲され、特攻隊が使われるようになっても、満州の人達はあまり不安を感じていなかったらしい。満州国は日本とは別の国であり、アメリカはここまで攻めてこない。ソ連が最大の脅威ではあるが、日ソ不可侵条約がある。万一の事があっても関東軍が守ってくれる、という次第である。日本は危ないからと満州に移住してくる人も結構居たらしい。しかし、その関東軍の参謀は楽観していなかった。関東軍の主力は南方に徴収され、残っているのは急遽徴兵された訓練不足の部隊であった。ソ連が不可侵条約を延長しないと通告して、その侵攻は8月〜10月と予測されていた。主人公の森田一家が関東軍相手の酒屋で栄えていたのはソ連との東の国境に近い牡丹江であったから、家族はソ連の侵攻に追い立てられるようにして中心部のハルピンに逃げたわけである。丁度出張中であった森田氏はハルピンに逃げた家族に再会するが、ソ連軍に労働力として連行される。しかし、シベリア送りになったのは軍人だけで、民間人は釈放され、終戦後も満州に留まった。ソ連が引き上げると国民党が引き継ぎ、直に中国共産党が入ってきた。過去のある日本人は丁度後の時代の文化革命の時のように吊るし上げられ、処刑されたらしい。そもそも、関東軍の資金源は独占した大麻の取引であったらしい。その商社は中古の武器を始めとしてあらゆる物品を取引していた。酒もその一つであり、そこに森田家が関わっていた。

      物語としては、森田家の波子という派手な女が、若いときに後に関東軍の大佐(参謀)となった男大杉と付き合い、そこに割り込んだ運送屋の森田氏に鞍替えして結婚しながらも、その大杉に満州に誘われて一旗上げた、というのが始まりである。そこに、関東軍御用達の商社とそこに潜り込んだ特殊工作員氷室が絡む。更にソ連のスパイとなったエレナという美女と氷室がくっついて、それに嫉妬した波子がエレナを密告して、ソ連が侵攻してくる中、結局氷室が自らの子を身ごもったエレナの首を刎ねる、という筋になる。氷室は波子達を逃がし、民間人に変身して生き延びて労役に連れ出された森田を助けて波子の元に返し、自らはエレナの両親に謝罪して脚を撃たれ、麻薬に溺れてしまうが、森田が死んだあと、波子の懸命の看護に助けられる。まあ、確かに映画化されただけのことはあって、波乱万丈の面白さもある。日本の政府は中国に残された日本人は現地に居住すべしとして、帰国費用も出さなかった。連合国は満州に残された日本人の帰国については民間の難民救済組織に任せた。氷室はその組織の運営と資金集めの為に奔走し、共産党政府に自首したが、起訴猶予で日本に帰国し、残留孤児の帰国運動を起こした、という事である。

      氷室が麻薬中毒症状に苦しみながら波子に語ったことが、多分なかにし礼の言いたいことであろう。「たとえ意図したことが国家の為に最善であると信じた場合であっても、国家は、自分の破滅の原因となることを自らすれば、罪を犯していることになるのだ。」ソ連が条約破棄したからだ、という波子の弁に対して、「盟約を破ることは国家の自由だ。破られたほうの国家が欺かれたと言ってわめいたところで世界の笑いものになるだけだ。それは自分の愚かさの証明以外の何者でもない。自国の運命を他所の国に託したという愚かさ。国家と国家は本来敵同士なのだから、不信義が基本なのだ。」「我々は国家無しでは生きていけないからといって、その弱みに付け込んで、人間の本性がそれを忌み嫌い、あらゆる悪よりも悪いことと思うようなことをやらせる権利は国家にはないのだ。つまり、国家はつねに理性によって指導されなければならない、と言いたいのだ。そうでない国家はただの化け物だ。」「愛国心とは国民の弱みだ。国家だけが一人化け物になるのではない。国民も一緒になって小さな化け物になっていくのだ。自らの意思によってか、恐怖によって強いられてか、いずれにしても国民の殆どが理性を捨てて小化け物になっていくのだ。それが愛国心のからくりだ。俺は自らの意思によって理性を捨てて小化け物になり、化け物の手先となって働いた口だが、あげくに俺はこうして良心の呵責に苦しんでいる。」

  <目次へ>  <一つ前へ>    <次へ>