昨日借りたのは、「医学的根拠とは何か」で引用されていた山本義隆の「16世紀文化革命」である。上下巻ともかなり分厚くて、順番に借りるべきであったと後悔している。序章に「全体の展望」があって、これだけで良いかなあ、とも思える。

      ヨーロッパが「中世」から近代化に向かう契機になったのが、14−15世紀頃のルネッサンスと宗教改革であり、16世紀には人文主義として中世のスコラ哲学に対比されることはまあ常識となって定着している。しかし、科学史という観点から見ると何か重要な論点が欠如しているように思える。大雑把に言えば、ルネッサンスはギリシャ・ローマの原点に還るという運動であり、宗教改革はキリスト教の原点に還るという運動である。(これは江戸時代の国学運動 に類似している。いずれも中世的束縛(身分・産業・思想等々)が耐えがたく思われた知識人達の運動であった。)しかし、科学の先人レオナルド・ダ・ヴィンチを始めとして、そのような概念の知識人とは思えない重要な人達がこういった思想史の流れから取り残されてしまうのである。

      実は、人文主義に至る流れとは別に、13世紀商業革命によって活性化された商人達と職人達の飛躍的進化があったのである。それは何か?商人が商品を手に各国を売り歩く時代から、輸送手段が分離して、自国内で生産されたものを他国の商人に売ってもらう時代への変化であった。ここで初めて読み書き算盤(簿記)が商人の必須技術になったのである。人文主義的な学校(後にギムナジウムやコレージュやグラマー・スクール)がラテン語を必須とし、上層階級のエリート養成機構として発展したのと同時並行的に、各国に算術教室が出来ていった。そこでは俗語による実用技術が教えられた。算術の教科書はイスラム世界から齎されて、フィボナッチによって翻訳され、広く使われていたが、正規のアカデミズムからは無視されていた。このような2極化はギリシャ以来のヨーロッパの伝統であり、手仕事は奴隷のやることであり、自由市民たるものは政治と国土防衛に責任を持たねばならない、という思想が生きていたからである。手を使うということは頭を使わないことと考えられていたから、それは機械と変わらない、つまり奴隷の仕事である、とされた。画家も同様である。現実の経験は真理ではなく一時の迷いに過ぎず、第一原理(本質)から論理的に誘導された命題(属性)だけが真実であるから、ラテン語と論理学(幾何学や抽象的な意味での音楽も含むが)以外のものは取るに足らないとされた。また俗語では高尚な真理を語ることが出来ないとされた。しかし算数教室は現実世界を扱うから俗語でしかできない。

      印刷術の発明によって、ラテン語の書物の普及が一段落すると、新たな市場を求めて、それらの俗語訳の出版が行われた。やがて、職人や商人の経験も書物として出版されるようになり、16世紀には実用書が次々と生まれてくる。こうして、職人達は中世のギルドの秘密主義から記録することによる公開主義へと方向転換した。透視図法は画家達による発明であったが、すぐさま実用書の挿図として応用されて威力を発揮した。(そういう観点から見れば、宗教改革も教会の秘密主義の開放であった。)つまり、中世のスコラ哲学から人文主義へという流れがエリート層の内部で閉じてしまう一方で、商人と職人(芸術家を含む)というエリート層に蔑まれた人たちが経験主義に基づく「技術体系」を生み出しつつあった。やがて、その膨大な知的蓄積(書物)をエリート層が鍛えられた論理学を駆使して整理したものが「科学」として普遍性を主張し始めることになって、これが17世紀の科学革命として「語られる」わけである。こうしてみると、今日の科学、とりわけ物理学における実験と理論の2極化というのも、ヨーロッパの伝統から必然的に生じてきたことが判る。それはともかく、この本では、従来注目されてこなかった16世紀の技術革命を分野別に丹念に調べあげている。網羅的であるからして、本は分厚くならざるを得ない。

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