向殿充浩のホームページ


トップ  お知らせ・トピックス  自己紹介・経歴  作品  技術者として活動・経歴  写真集  お問い合わせ先  その他


神話『ブルーポールズ』

【第6巻】-

向殿充浩

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 

 次の日はドレッシェルとの最初の対話だった。ドレッシェルはまずこう言って切り出した。

「この世界のことについて、さらには、この世界の今後についていろいろな角度から議論したり、研究したりしてゆきたいと思っています。現代の新しい世界を語るのに、もちろん、本質的な視点もあるでしょうが、まずは、目に見える現象から捉えるという切り口で始めたいと思っています。目に見える現象として現代の大きな特徴として挙げられるのが、ロボットと自由性愛ではないかと考えています。ロボットについては、明日、トゥクール教授を訪ねますので、今日はまず、自由性愛について話をしたいと思います。ただ、その前に、社会の現象としてこういったことを考える前提して、まず、神口の点を踏まえておくのは有用と思います。ナユタさんは、神口が過去から現在まで、どのように変化しているがご存知ですか?」

「いや、過去より神の数が飛躍的に伸びていることは知っていますが、必ずしも明確には把握していません。」

「そうですか。たしかに、過去の神口を明確に示す資料は必ずしも多くないので、推測が入らざるを得ないのですが、学者たちはだいたいこんな風に言っています。」

 そう言って、ドレッシェルはグラフのプリントアウトされた紙をナユタに渡し、神口について説明していった。

「彼らによれば、ナタラーヤ聖仙やヴィカルナ聖仙が創造を行っていた時代の神口がだいたい数万から十万だったそうです。ヴァーサヴァが創造を行っていた時代には神口が百万近くになり、ルガルバンダが繁栄を築いた頃に二百万程度、シュリーが戴冠した頃に三百万程度だったらしい。その後、地上での産業革命の影響で生産性が格段に上がり、神口は急激に増加し、二回目の世界大戦の頃一千万くらいでした。さらに神口は四千万くらいまで増加しましたが、その後は、子供の誕生が減って増加ペースが鈍り、現在は五千万くらいです。これの意味するところが分かりますか?」

「どういうことでしょう。」

「かつての世界を知る神、かつての世界を生きた神は非常に少ない割合しかいないということです。」

「なるほど。」

「ルガルバンダの帝国を知る者は五パーセントもいない。ヴァーサヴァの創造の時代を生きた者は二パーセント。ナタラーヤ聖仙やヴィカルナ聖仙の創造を知る者に至っては、一パーセントにも満たない。ほとんどの神は、ヴィダールの創造以降に生まれたのです。皆、清貧の神々の在り方などとは無縁の世界に生まれ育った。このことを理解しなくてはならないと思っています。ある意味、大きなジェネレーションギャップが存在するわけですが、何と言っても、今の世界の主役は、地上での二回の世界大戦後に生まれた者たちです。彼らが、この世界の八割を占めているんですからね。私もそのひとりですが。」

 ナユタが納得したのを見て、ドレッシェルは続けた。

「さて、今日、話題にしたい自由性愛についてですが、昔からいる神々の方にとっては違和感があるかもしれませんが、この世界の八割を占める者たちにとっては、さして抵抗のあるものではないという点をまず踏まえておかねばならないと思います。ナユタさんも自由性愛についてある程度はご存じでしょう。」

「ええ、ただ、あくまでもテレビやネットからの情報だけですが。ともかく、普通の意味での結婚や恋愛をする神は少なくなったということは聞いています。」

 この言葉にうなずき、ドレッシェルはさらに続けて言った。

「この世界を大きく変えたのは、もちろん一つには技術の進歩であり、それによって安定した満足のゆく生活をかなえることができるようになったことです。まさに、生活のための三大要素である衣食住の満足が得られ、さらには、さまざまな楽しみが提供されるわけですからね。だが、もうひとつの重要な要素は自由性愛だと思います。」

「たしかに、そうかもしれませんね。男女間の心の問題は、そもそも社会の根底に結びつくものでしょうからね。」

「その通りです。ある意味では、かつては、男女間の感情による結びつきこそが社会の基底を形作っていたと言っても過言ではないかもしれません。そして、男女が互いに惹かれ合う感情は恋愛という形で具体的に姿を現し、結婚と言う形で社会システムに組み入れられました。そして、男女間の感情、それは愛とか恋とか呼ばれていましたが、それは美しい面を呈することもありましたが、同時に、さまざまな憎しみや軋轢を生んだのも事実でした。しかも、それに性行為が結びつき、俗に言われる不倫だの三角関係だのといったおぞましい世界を現出させもしました。それらは普段は世界の表面には出てきませんが、世界の底ではいつもそれらが渦巻き、そのどろどろとした汚泥のごときものが堆積し、神もそして創造された世界の人間もそんな泥土の中で生きてきたのです。」

「それはたしかに否定しません。かつてヨシュタは愛に惑わされて最後の瞬間に挫折しました。地上では、歴史は女によって作られるとか、夜作られるとか、世界は美女によって動かされるとかいった格言めいたことを語った歴史家もいましたしね。」

「その通りです。実際、人間の世界でも神々の世界でも性の欲望がさまざまに世界を歪ませて、軋轢を引き起こしてきました。人間と神々の世界の醜聞にいかに性に纏わるものが多いかを見ただけでも納得できるというものです。それは人間と神々の世界において、性がある意味、抑圧だということに因っています。それに対して自由性愛はその抑圧を取り払い、性の喜びと満足だけを与えてくれるのです。それによって世界の軋轢も歪みも減り、性に纏わる醜聞も劇的に減る。良いことずくめなのですよ。そんな自由性愛を唱えたのがオルダスという作家でした。オルダスのことはご存じで?」

 ナユタがよく知らないと言うと、ドレッシェルは続けて説明した。

「オルダスは未来社会をテーマにした作家でしたが、前回の創造の最後の頃、地上では子供の数がめっきり減り、さらには、結婚そのものの数が減ってきていました。ある意味、現在に通じる前兆だったのでしょう。文明がますます進化するにつれ、結婚は減り、子供は減り、さらには恋愛まで減ってゆきました。男女はもはや互いに支え合う必要のある存在ではなくなり、互いに独立して、それぞれがそれぞれの生き方をする世界に変わってきつつありました。そんな中、オルダスは創造が停止された翌年、つまりシュリー紀元百三十二年に、早くも自由性愛を唱えました。男性と女性の性的結合というものは、男女の根源的な欲望を満たすものであり、深い至福と陶酔ともいうべき純粋な喜びを与えてくれるものだ。この喜ばしい行為をなぜ自然な形で行ってはならないのか。そうオルダスは主張しました。たしかに、それを妨げていたのは、ある意味、結婚、家庭、家族などという社会的に我々の在り方を規定する概念だったと言ってもいいのでしょう。彼は、かつての社会は歪みを持って存在していたと断言しましたが、ある意味、その通りと思います。そして、かつての創造された人間の世界と異なり、我々の世界では子供は両親が望まなければ生まれてきませんので、これらの制約や歪みを乗り越えるハードルは比較的低かったとも言えます。ともかく、異性の誰かを独占する意味は希薄となり、あるいは、誰かを自分のものにしたいという気持ちも意味に乏しいものになり、ただ、性の楽しみだけがこの快適な社会の中での一つの大きな楽しみとして残ったのです。それが自由性愛です。自由性愛は、遊んだり、スポーツをしたり、映像を楽しんだり、会話を楽しんだりするのと同じような楽しみの一つになりました。もちろんそこに軋轢が皆無とは言いませんが、かつてとは比べ物にならないほどになり、それが社会の安定と平穏に大きく寄与していることは疑いようがありません。」

「今、世の神々は、実際、どのように自由性愛を、どの程度の頻度で楽しんでいるのでしょうか。」

 このナユタの質問には、

「はははははっ。」

と大きく笑って、ドレッシェルは続けた。

「できれば、ナユタさん。あなたご自身で体験されることですけどね。まあ、それはともかく、今は、世の神々は恋愛とか結婚に捉われずに性愛を楽しんでいます。かつて異性をお茶や食事に誘ったりしたのよりもっと気楽に、今はお互いにベッドに誘っていますよ。女神から男神を誘うことも普通ですし、ネットで相手を見つけることも簡単にできます。そして、性関係をもったからといってなんのあとくされもありません。毎日のようにと言うとちょっと言い過ぎかもしれませんが、少なくとも毎週のように違う相手を相手にしている男神や女神は無数にいると思いますよ。また、グループセックスやゲームセックスも頻繁に行われています。自由性愛に関する様々なイベントもあり、オプトネット上ではさまざまな饒舌が飛び交っています。ナユタさんはそんなサイトを覗いておられないかもしれませんがね。ともかく、今では、自由性愛が当たり前になり、処女とか貞操とかいった観念は意味を失い、完全に死語となりました。夫婦というものは今でもありますが、その絆はかつてよりはるかに弱いものになっていると言えます。結婚する神々よりも離婚する神々の方が多く、夫婦の数は年々減る一方です。そして、夫婦においても、いわゆる浮気は日常茶飯事で、夫婦の会話の中にも、今日は誰々と寝てきたとか、今度は誰々とやる約束をしたといったことが、当たり前のように話されているようです。さすがに、公衆の面前で交合に及ぶなどということはまだありませんが、ともかく、若い神々は自由に性交流を楽しんでいます。また、自らの裸体や性行為をオプトネットにアップして金を稼ぐ女神も少なくありません。なんと言っても今や彼女たちはスターであり、アイドルですからね。」

「ある意味では、それが進歩の賜物ということなのでしょうか?」

「私はそう考えています。自由性愛が良いかどうかは別として、これが進歩の結果であり、また、進歩した社会の安定を支えているという面は間違いなくあると思っています。なによりも、恋愛とか結婚とかということから必然的に生じていたさまざまな軋轢を失くし、一方で、かつて、恋愛や結婚によって得られていたよりもはるかに豊かな性愛の喜びを享受できるようになったのですからね。」

「しかし、そのような性の解放と言っていいような現象は別の問題を引き起こしたりはしないのでしょうか。例えば、強姦とかはどうなったのでしょう。」

 真顔でそう訊いたナユタに、ドレッシェルは笑って答えた。

「ナユタさんがご存じかどうか分かりませんが、強姦ももはやほとんど死語に近いですよ。まず、抑止するものの一つには、この前お渡ししたパーソナルチップによるセーフティシステムがあります。女性が性関係を拒否したいなら、ただ、声を上げればいい。彼女のチップはその声に反応して、警報音を発し、さらには男性を抑止する電磁信号を発します。また、その男性が誰かを女性側のチップが読み取り、自動的にその情報が中央局に送られるようになっていますから、あとでおとがめが来るというわけです。その場のやり取りもすべて自動的に録音されていますしね。」

「その男性がチップをもっていなくてもですか?」

「チップがなければ、個人は特定されませんが、一方で、チップを持たない者が近づけば自分のチップが警告を発するので、実質的には、チップを持っていなければ、異性にも他人にも近づくことができないのです。今、私と会っているナユタさんのチップが警告を発しないのは、私がチップをもっているからなんですよ。」

「なるほど。チップは防犯という意味でも重要なんですね。」

 ドレッシェルはさらに続けた。

「正直言って、異性への性的な欲望が高まって抑えられなくなり誰彼かまわず異性を犯したいとか、誰かひとりの相手にご執心なんていうのは過去の話です。自由性愛をベースとした行動様式が、それらの圧力を劇的に下げました。歪んだ性的欲望などというものはほとんど消え去ったのです。もちろん、性交渉には相手の同意がいる。でも、女性の側にしても、この自由性愛のご時世で、気楽に男性と楽しもうという風潮なわけですから、まあ、この人と一回やっても良いか、というような軽いノリですよ。どうしても嫌な相手に対しては、断れば済む話ですし、断っても迫られたら、さっき言ったようにセーフティシステムを作動させることができるわけです。男性の側もそれは分かっていますから、無理にその相手をなどとは考えず、それなら別の女性に向かうだけの話です。ですから、セイフティシステムも実際に作動することはほとんどありませんし、さっきも言ったように、強姦だとか手込めなどといった言葉はほとんど死語になっているのです。」

「いずれにしても、自由性愛は世界を変えたということですね。」

 ナユタが深くうなずくと、しかし、ドレッシェルはさらに続けて言った。

「ただ、我々のあるべき姿がなんであるか。そして、これから我々はどこに向かうのか、あるいはどこに向かうべきなのかは別の問題だと思っています。このことをあなたとともに探りたくてあなたをビハールにお呼びしました。また、自由性愛の問題以外に、技術自身のこと、芸術や哲学のことなど、さまざまな者たちにお引き合わせしたいと思っています。そこから何が生まれてくるか、それを私は楽しみにしているのです。」

「ありがとうございます。ぜひ私も共に考えたいですね。よろしくお願いします。」

 こうして、ナユタのマーシュ大学での新しい活動が動き出したのだった。

 

 次の日、ドレッシェルは、ウダヤ総合技術院のトゥクール教授の元へナユタを連れて行った。

「ロボットのことを説明しておこうと思いましてね。自由性愛とは別の意味で、かつての世界とのひとつの大きな違いはロボットの存在ですからね。ロボットはまさに世界を変えましたから。」

とドレッシェルは言った。

 トゥクールはロボット研究の第一人者であり、ナユタとの挨拶を済ませると、まず、ロボットのさまざまな基礎能力について語った。

「ロボットの基礎能力はかつての地上の人間はもとより、神々をもはるかに超えています。鼻で匂いをかぎ分ける感度は犬の能力を超え、目は可視光だけでなく、紫外線や赤外線を識別することができます。ですから、我々にとっては真っ暗闇という場所でもロボットの目は見えており、例えば、月明かりがかすかに差し込む暗い室内でも、普通に行動でき、物事をこなせるのです。さらに、ロボットが見聞きしたものはすべてメモリーされています。ただ、家庭用や個人用のロボットでは、メモリーに保存されたものは絶対に取り出せないようになっています。そんなものが取り出せたら、プライバシーも何もあったもんじゃなくなってしまいますからね。それから、ロボットは疲れ知らずです。もちろん、必要もないのに動き回る必要もありませんから、例えば、夜は、自らをスリープ状態にしてじっとしてますが、時間が来れば起きますし、あるいは、呼びかけられたり、不意に音がしたりすれば、すぐスリープ状態から復帰します。ロボットはきゃしゃな体をしていても、腕や体の力はあなたよりはるかに強いですからね。百キロもの重さも片手で軽々と持ち上げますし、百メートルを九秒で走ることもできれば、十時間走り続けることもできます。また、繊細な作業を正確に行うこともできます。その記憶力や計算能力は完璧です。メモリを消去しない限り、忘れるということはないわけですからね。」

 トゥクールは、アミティスについても言及した。

「アミティスはロボットの中でも最高レベルのものでしてね。機能は最高仕様になっており、さらに、アミティスは、膨大な統計解析に基づいて、魅力的なロボットに仕上げられています。まず身体ですが、体型は理想的な八頭身で、顔の中での目や鼻、口の位置も均整がとれています。ところで、女性の身体的魅力という観点で重要な要素は何だか分かりますか?」

 ナユタがすぐに答えられずにいると、トゥクールは続けた。

「それは、若さと左右対称性とウエストとヒップの比です。これはかつての創造された人間の世界での研究結果に基づくものでまり、さらに、この神々の世界でもそれが当てはまることが実証されています。まず、若さですが、これは性関係をもつ能力に相関するためです。ですから、アミティスも、若々しくなめらかな肌、つやとはりのある筋肉、光沢のある髪をもち、軽やかな足取りやうら若い女神特有のしぐさを身につけているのです。」

「なるほど。たしかに、アミティスはそうですね。」

「ええ。次に左右対称性ですが、身体は本来は左右対称なものですが、実際には環境ストレスによってしばしば崩れます。ですから、左右対称性は、環境ストレスに対する耐性を示しており、人間においても神においても左右対称性を維持している者ほど魅力的に見えるのです。特に、顔の左右対称性は非常に重要です。もうひとつがウエストとヒップの比ですが、長年の研究の結果、この比が0.7の女性がもっとも男性から魅力的に見えることが分かっています。ですから、アミティスはぴったりウエストとヒップの比がぴったりその値になっています。」

 ドレッシェルが口を挟んだ。

「たしかに、ウエストとヒップの比は大事かもしれないね。ウエストが細く、ヒップの大きな女性というのは魅力的に見えるものだからね。ただ、トゥクールさんは重要な要素として三つを挙げられたが、もっと他にも重要なものがありそうな気がするんだが。例えば胸の大きさとか。」

 トゥクールは大きくうなずいた。

「おっしゃるとおり。ただ、先に挙げた三つの要素に対する評価は、ほとんどの人間と神々で共通しているのですが、胸に関しては好みのばらつきが相当に大きいんですよ。」

「そうですか。大きい方が好まれるのかと思っていたが。」

「たしかにその通りで、定性的には大きい方がより魅力的だと言えます。ただ、どの程度大きい乳房が男性から見て魅力的に見えるかという点では、ある女性研究者が膨大なデータを元に解析したことがあり、一番好まれているサイズを結論づけてはいるのですが、同時に、好みのばらつきも相当大きいということがその論文には併記されています。」

「なるほど。それで一番好まれているサイズはどのくらいなんだい。」

 この質問に、トゥクール教授は、はっはっは、と笑って答えた。

「俗に言うDカップが一番好まれます。Dカップというのはブラジャーの規格ですがね。」

「では、アミティスもDカップ?」

「いや。実はDカップよりは少し小さめです。Cまではいきませんが。」

「それはどんな理由で?」

「実は、アミティスはナユタさんの好みに合うように設計していますので。」

「ナユタさんの好みを聞いたんですか?」

 トゥクールは大きく笑った。

「いやいや、何も聞いてはいません。でも、アミティスは、ナユタさんの好みをいろいろ調べて設計しているんです。」

「ほう、どうやって?」 

 ドレッシェルは興味津々だった。

「そもそもナユタさんは有名人ですからね。いろんな情報が得られます。ナユタさんに関する情報を細かいものまで含めて収集し、その膨大なデータを解析してアミティスに反映させるのもまさに現代の技術の粋と言っていいと思いますよ。ただ、一番参考にしたのは、実はクレアさんの意見でしてね。」

「クレアですか。」

 今度はナユタが驚いたように言った。

「ええ、なんと言っても、あなたの一番そばにいた女神と言えば彼女ですからね。彼女にはたくさんの意見をもらいましたよ。最初は、クレアさんに似せてアミティスを作ろうかとも思ったのですが、クレアさんから、ナユタさんは普段の生活ではあまり希望やわがままを言わないので、お節介とまではいかないとしても、控えめなのよりいろんなことを勧めてくれるロボとが良いんじゃないかと提案されましてね。それで、声もクレアさんよりちょっと高めでかつ明るめにしたんですよ。でも、アミティスの顔つきはなんとなくクレアさんに似ているとは思いませんか?」

「ええ、それは初めて会ったときに感じました。」

「そうでしょう?うり二つなのもどうかと思って、姉妹だったらこんな感じかなという風に設計したんです。それとさっきの胸のサイズの話ですが、これに関しては、クレアさんのサイズをこっそり教えてもらいましてね。それより少しだけ大きめにしてあります。彼女は自分の胸よりもう少し大きい方がナユタさんは好きなんじゃないかしらと言ってましたし。」

「クレアはそんなことまで言ったんですか。まあ、クレアにはいろいろと世話にもなったし、助けてももらいました。素敵な女性でもありましたから、アミティスがその妹のような感じなのは悪い気はしませんが。」

「そう言っていただけるならありがたい。もっとも、アミティスの体型や顔かたちをクレアさんに似せているというのはここだけの秘密です。クレアさんに言うと、嫌がられるかもしれませんので。ただ、いずれにしても、性格や姿形などナユタさんのご希望に沿って変えることは可能です。何か希望はありますか?」

「いや、特には。」

「そうですか。それなら良かった。今後も希望があればおっしゃって下さい。胸のサイズを変えるくらい、ほんの三十分程度のことですから。それから、もう一つお伝えすべき重要な点は、アミティスは女性としての身体的魅力だけでなく、ロボットとしての最高度の『心』を持っているということです。」

「心ですか。」

「そう、心です。あなたも、ビハールに来られてアミティスに接して、心を感じませんでしたか?」

「それはたしかに。機械を相手にしているとの感じはありませんでした。それにしてもロボットと心というのはどう考えたらいいのでしょう。」

 そう問いかけるナユタに、トゥクールはまさにそれを説明したいのだとばかりに説明を始めた。

「ロボットと心ということは長年の大きな研究課題でした。そもそも心とは何かということから始めねばなりませんからね。難しいことを言い始めればきりがありませんが、少なくとも我々の普通の生活、普通の日常生活に関与する心については、かなりのレベルまで来ました。例えば、あるものを見て美しいとか美しくないと言います。しかし、実際にあるものは、そのあるものにすぎず、美しいとか美しくないとかいうのは、心がそう感じているにすぎません。おいしいとか、おいしくないとか、もっと言えば、うれしいとか、悲しいとか、幸福だとか、不幸だとかというのもすべて心がそう感じているわけですから、その判断基準をロボットに持たせれば、ロボットはその『心』 を持つことができるわけです。その判断基準は、ロボットの中に組み込まれた膨大なメモリとRIによって作られるのです。」

RIって、なんですか?」

 そう口を挟んだナユタに、トゥクールは答えた。

「ああ、すみません。RIは専門用語ですが、ロボティクスインテリジェンスの略で、我々の頭脳に匹敵するものとお考えいただければ結構です。だから、それはたいへん複雑で錯綜した世界でもあって、極めて高度な数学計算、統計計算、確率論などが必要とされます。ですから、ナユタさんはよくご存じでしょうが、ウバリート学園のナキア先生にたいへんお世話になっていますよ。」

「なるほど。彼女は天才的な数学者ですからね。」

「ええ、彼女自身は多次元空間解析に取り組んでいて、今は七次元数学空間にもっぱら専念しているようですが、その彼女に取ってみれば、我々のRIの数学はたいしたもんじゃないようですよ。ちなみに、ロボットを作るための素材にはクマルビの開発した新素材をかなり使わせてもらっています。彼もしばらく前にウバリート学園に移って、新材料の開発に取り組んでいますからね。」

 ドレッシェルが口を挟んだ。

「ナキアともクマルビともウバリート学園で親しくさせてもらいました。クマルビはウダヤ技術院の副院長職は性に合わなかったようで、ウバリートに一教授としてやってきて、『やっぱり自由に研究できるのが一番。』と言うのが口癖でしたよ。」

「なるほど。クマルビらしいな。まあ、ふたりには、昔、たいへん力になってもらったからな。」

 トゥクールが言った。

「そのようですな。実は、今、私のところには、ナキア先生やクマルビ先生の弟子は結構いましてね。さて、話を戻しますが、さっき言ったRIですが、RIによって得られた判断基準に基づいて次の行動を起こす、すなわち、笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲しんだり、褒めたり、謝ったりするわけです。ですから、普通の生活でいうところの『心』をアミティスはもっていると言えましょう。」

「そう言えば、アミティスは、初対面の時とか、褒められたりしたときには、すぐに頬が赤くなりますね。」

「それがまさに、心をもっている証拠です。ただ、心というものは、様々な分野で学者が取り組んではいますが、依然として、我々自身にとっても解明し切れているわけではありません。例えば、アミティスがもっている心というのは、まさに我々によって与えられた心であって、それ以上ではありません。彼女は自分の意思はもちません。また、邪悪な心は彼女には植えつけられていません。そんな心を植え付けたロボットや自分の意思を持ったロボットも研究室ではいっぱい試作されていますがね。それと、真に創造的な分野を切り開く能力はロボットはもっていない。また、そのうちご説明する機会もあるかと思いますが、ロボットは、絵を描いたり、音楽を作ったりすることもできますが、あくまでも、現在ある絵画表現や音楽表現の範疇の中のことであって、そこから抜け出るまったく新しい新機軸の創出はできません。」

「なるほど。ともかく、アミティスはなかなかのロボットいうことですね。」

 トゥクールは胸を張って笑いながら答えた。

「その通りです。そして、アミティスの心、そして性格はみんなから好かれるようになっていますし、さらに、あなたの好みに合うロボットになるよう設計されていますから、あなたの好みに合うはずです。もっと言うなら、アミティスはクレアさんの性格に近いものをいろいろ持っているんですよ。」

 これにはナユタもなんとなく納得させられた。アミティスといると心がくつろぎ、心が安まるのはそのためだったんと思えた。トゥクールはさらに続けた。

「ただ、アミティスはその状態にとどまりません。今後、さらに、あなたの反応によって、修正が加えられます。学習機能ということになりますがね。」

「ということは、アミティスはこれから変わってゆくわけですか。」

「そうです。変わってゆくとも言えるし、変えてゆくことができるとも言えます。主人が笑顔を見せれば、それが主人を喜ばせると分かり、次もまたそうしようとします。主人が嫌な顔を見せれば、次回からそれはしないようにします。そんなふうにして、ロボットはますます主人のお気に入りになってゆくのです。ファッションのセンスや趣味、化粧の濃淡、髪型、しゃべり方、言葉使い、態度や表情なども主人の気に入るように変わってゆきますよ。まあ、その点では、昔よく飼われていた犬のような存在ですね。ただ、犬よりはるかに賢いし、はるかになんでもでき、我々の言葉を完全に解し、言葉をしゃべれますのでね。」

「それにしても、傍目には、神と見分けがつきませんね。」

「そのとおりです。ただ、体を切っても血は出ないし、物を食べることもありません。暑い寒いといって不快になりはしませんが、温度と湿度は正確に測っていて、それに応じて服装を変えます。」

 さらに、トゥクールはアミティスについて次のように説明した。

「ともかく、あのロボットは最新のタイプでしてね。昔のロボットは基本的に受け身で、言われたことをしたり、こちらからなんか言ったことに対して反応するだけだったんですが、最新のものは自分から提案したり、話しかけたりできるようになっています。アミティスはあくまでもメイドとしての役割に徹するように初期化してありますので、今のままでは自分から相手を誘惑したりはしませんが、セックスの相手だってしてくれますよ。ついでに申し上げておくと、こういうことに意味があるかどうか分かりませんが、アミティスは処女ですので。そもそもこの時代に処女などということはほとんど意味を持ちませんし、また、ロボットにおいて、処女ということがこれまたどういう意味を持つかということもありますが、ただ、ともかく、アミティスはあなたのためのロボットですのでね。」

 このトゥクールの説明に、ナユタは、

「そうですか。」

とだけ言ったが、トゥクールは性に関することはとりわけ重要なことと考えているらしく、さらに説明を続けた。

「この現代の世界で、いかに自由性愛があたりまえになったと言っても、やはり相手のあることですから、同意も必要なら、相手の機嫌も取らなくちゃならない。だけど、ロボットには、そんなことは必要ありません。ロボットはいつでも受け入れてくれますからね。しかも、女神のなかには、ロボットだと何回でもやってくれるので、男神よりロボットの方が良いなんていう者も少なくありません。ロボットは相手をしなくても不機嫌になることもないし、つっけんどんな態度をとったり、冷やかな言葉を浴びせかけても喧嘩になることもありませんしね。それに、依然として性行為について恥ずかしいという思いを持っている女神もまだまだ少なくないのですが、ロボット相手の性行為であれば、どんな痴態を演じようと恥ずかしがる必要はないし、どんな破廉恥な性行為をしても、それが外に漏れることも、噂になることもありません。さっきも言ったように、そういうロボットが見聞きしたものは絶対に取り出せないようになっていますからね。ですから、自由性愛よりもロボットを好む神は男神でも女神でも徐々に増えてきているのも事実です。」

「そうですか。世はまさに自由性愛の時代になり、さらにロボットも相手になるというわけですね。」

 ナユタがやや冷ややかな口調で言うと、トゥクールはまじめな顔をして言った。

「そうです。自然な性欲を素直に認め、それに合致した社会システムとすること、これこそ英知というものではありませんかな。実際、独身女神のための家事ロボットはたいてい男性器を備えています。男性の家事ロボットが良いという女神のためのロボットが男性器を備えているのは驚くに当たらないでしょうが、世の女神の多くは女性型の家事ロボットを望んでいます。しかしセックスの相手もして欲しいという女神も多く、そんな女神のための女神型ロボットは男性器を備えているのです。ですから、姿やしぐさは女性で、性器だけが男性ということになります。そんなロボットの開発には女性技術者が活躍していて、私のところにもそんな女神型ロボットの開発に携わる女性技術者がたくさんいます。なんと言っても、女性の希望はなかなか我々男性には分からないものですからな。」

 大きく笑ってここまで話すとトゥクールはさらに別のことを語り出した。

「ところで、ナユタさん。自由性愛をこの現代のものだと考えるならそれは大きな間違いですぞ。かつての創造された世界で、『歴史の父』と言われた歴史家の書いた書物には、こんな話が出てきます。マッサゲタイ族というある部族では、妻を共有して自由に交わっていると書かれています。その部族の男たちは、ある女に欲望を抱くと、その女の住む馬車の前に自分の箙を懸け、なに憚ることなくその女と交わったそうです。その歴史家は、部族民全部が親近となって、お互いの中に嫉妬や憎悪の念を生じさせないようにするためだと書いていますが、実際、そのような風習はかなりあったようで、別の個所でもそのような男女の交わりは何度も言及され、婚礼の初夜に花嫁が全部の客と交わるとか、女は男に身を任すごとに足環を一つはめるとか、あるいは、正規の結婚制度はなく家畜同様に交わるとか、さまざまな話が出てきますよ。」

「そういった意味では、」

とドレッシェルが口を挟んだ。

「さっき、トゥクールが言ったように、自由性愛は共同体内部の軋轢を減らす役割をしていると言えると思いますね。そして私は進歩が緩やかになってきたということと、再び自由性愛が復活してきたという間にどのような関連があるのかという点にも非常に興味を持っています。」

「ただ、私は進歩が終焉に向かいつつあるというドレッシェルさんの見解には同意しませんがね。」

 そうトゥクールは言った。ナユタはこれまでのドレッシェルとの交流の中で、彼が進歩の終焉を考えているらしいことは薄々感じていたが、他の学者たちから明確にそう認識されているとおり、ドレッシェルはそういう立場から現代の社会と未来を考えているのだということを改めて理解できた。

 トゥクールはさらに続けて言った。

「我々の世界で太陽は巨大なエネルギー源ですが、かっては、そのエネルギーを直接に有効利用することは困難でした。植物は直接に利用していましたが、その活動により大きなエネルギーを必要とする動物は直接利用できませんでした。だから、かつては、植物を動物が食べ、その動物を別の動物が食べるという食物連鎖によって自然界が成り立っていたのです。しかし、今、我々が食べるものは、太陽エネルギーによって直接作り出すことができます。すなわち、肉も魚も太陽光によるエネルギーによって工場で作り出され、動物や魚を殺して食する必要はなくなったというわけです。そして、あらゆる機械やロボットが太陽光を直接使って動きます。しかし、現時点でも、エネルギー変換効率は百%ではない。それはすなわち、無駄にロスしている部分があるということで、今後のさらなる改善が可能ということです。それはすなわち、技術進歩の余地はまだまだあり、だから進歩はまだまだ続くということですし、ロボットの技術もまだまだ進歩しますよ。終焉なんてとんでもないと思っています。まあ、いずれが正しいかは歴史が証明してくれるでしょうがね。ともかく、話を戻すと、現時点で、ロボットは、性的満足を与えてくれるところまできているということです。」

「そうですか。それで、ロボット相手でも実際の神相手と同じだけの満足は得られるのですか。」

 ナユタがそう聞くと、トゥクール教授は、大きく笑い、先のナユタとドレッシェルとの自由性愛について会話の際にドレッシェルが言ったのと同じように言った。

「それはぜひご自身で体験してみられることですよ。ぜひアミティスを相手にしてみていただきたいですな。」

 トゥクールはさらに続けた。

「少なくとも肉体的結合から得られる快感については、ロボットはまったくひけをとりません。むしろ、ロボットの方が上かもしれません。ただ、そうは言っても、感情面からいうと、ただ従順なロボット相手では刺激に欠けている面もあり、依然として実際の神の方が良いという意見も根強いものがありました。ただ、最近は、様々なタイプのロボットができ、決して、言いなりになるだけではないロボットも増えましたので、好みやその時その時の気分でロボットを選ぶなど、ロボットが良いと言う神はどんどん増えています。レンタルロボットやロボットの娼婦の家もありますしね。ちなみに、娼婦というとどんなをイメージがお持ちか分かりませんが、少なくとも人間界の娼婦とは全然違います。人間界にいた娼婦は、妖艶で、場合によってはいかがわしい雰囲気もあったかと思いますが、ロボットの娼婦は全然違いますよ。もちろん、人間界の娼婦のようなのが良いという神々もいるので、そのような娼婦もいますが、まったくそれとは違ったタイプのロボット娼婦も揃っています。また、男性ロボットもいますので、娼夫とでも言えばいいのでしょうか。ともかく、取り揃えられている娼婦と娼夫の中に、必ずお気に入りの相手がいると言っても過言ではありません。」

 ロボットに関して、まったくトゥクールは多弁だった。ドレッシェルが口を挟んだ。

「別の意味で言えば、ロボットもポルノ産業の仲間入りというか、今ではポルノ産業の重要な一要素となっていると言えますね。」

「たしかに、そうですな。それにしても、自由性愛が普及すればポルノ産業は衰退するだろうと考えた学者も少なくなかったが、現実には減らないどころか、逆にますます繁盛し、いまやロボット技術まで大きく貢献しているというわけだ。」

「それはどのように考えたら良いのですか?」

 そう訊いたナユタにドレッシェルが答えた。

「かつての人間の世界もそうでしたが、男性の性的衝動は女性よりはるかに強いと言われています。ある学者は膨大なデータを元に、その比は1.8倍から2.1倍だという論文を発表しています。その学者は、だから、自由性愛で女性は十分に満足するだろうが、男性にはさらなる性的欲求があり、それが膨大なポルノ産業を支えているのだと主張しています。たしかに、その通りかもしれません。」

「まあ、ポルノ産業はほとんど男性のためのものだからな。ある意味では、ここまで片方の性だけに特化した産業は珍しいとも言えますし。特に、大きな産業ではね。レディースポルノに力を入れている者もいないわけじゃないが、男性用のポルノに比べてば、とてもビジネスとして大きく成功しているとは言えませんからな。」

 そう言ってトゥクールは大きく笑うと、再び、アミティスに言及した。

「さっきも言ったように、アミティスは、自分から媚を売って誘惑すようには設定されていませんが、主人の反応で変わりますので、主人が誘惑を望めば、そのように変化してゆきますよ。もちろん、そのように設定することも可能ですし。まあ、まずは、軽い気持ちでやってゆけば良いんじゃないでしょうか。それでアミティスはお気に召しましたでしょうか?」

 この問いかけに、ナユタは笑顔を見せつつ、淡々と答えた。

「ええ、十分に素敵ですし、とても気が利くので、ありがたいです。」

 この答えを聞くとトゥクールは満足げに笑い、上機嫌に言葉を続けた。

「それは良かった。ぜひ良き家族の一員として可愛がっていただければと思います。私自身は娘を嫁にやった父親のような気持ちでおりますのでね。」

 

 その日、家に帰ると、アミティスはいっそう素敵に魅力的に見えた。ほのかな色気も感じられた。まさにトゥクールが言った通り、容姿も性格もナユタ好みなのだ。かつて人間の世界でヒッパルキアと交わった以外、女と交わったことのなかったナユタの心の中にかすかな性的な欲望が揺らいでいるのかもしれなかった。

 夕食後、ベランダのソファーに座っているナユタのところにアミティスがデザートとお茶を持ってくると、「まずは軽い気持ちで。」と言ったトゥクールの言葉を心の中で繰り返して、ナユタは言った。

「ここに座らないかい?」

 アミティスは頬をポッと赤く染め、

「ええ、喜んで。」

と言ってナユタの隣に座った。

 ナユタがアミティスの体を引き寄せると、その体は柔らかく暖かで、軽く触れた弾力のある乳房がなまめかしかった。ナユタは顔を近づけてアミティスにキスした。生身の神でも人間でもなく、相手がロボットというのはちょっと変な気分だったが、実際にはロボットと感じさせるものは何もないのだ。そして、ナユタが心の中で感じたのは、自分がまさに自由性愛とかロボットとかいう世界に足を踏み込みつつあるということでもあった。森の世界とはまったく違うこんな世界がこれから自分で体験するのだと思うと、それは悪い気分ではなかった。

 

20151025日試行掲載 / 201733日掲載 / 最新改訂2023723日)


戻る


トップ  お知らせ・トピックス  自己紹介・経歴  作品  技術者として活動・経歴  写真集  お問い合わせ先  その他



Copyright © 2015-2023 Mitsuhiro Koden. All Rights Reserved. 無断転載を禁じます。

向殿充浩 (こうでんみつひろ) / 神話『ブルーポールズ』第6巻