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神話『ブルーポールズ』

【第5巻】-

 

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 それから長い時間が流れた。神々の世界は平和になり、もはや戦争は起こらなかった。政府と立法府が神々の世界を主導し、経済の発展と交易の活発化が神々の生活を大きく変えた。

 あらゆる物資が東方から、そして西方からビハールに集まった。神々は、泰平の世に慣れ、さしたる疑問も持たず、繁栄の日々を平穏に過ごした。そして、その安閑とした世界の中で、心を興奮させたり、ときめかせたりするさまざまな楽しみに心をゆだねて生きていた。

 本来、神のなすべき最大の使命であった創造は、ユビュがタンカーラを吹いて以来誰も試みることがなく、前回の大戦以降も、創造はタブー視されたまま、年月だけが過ぎ去った。神々の間に流布したさまざまな思想、哲学が、創造を忌みする心情を神々の心に深く植え付けていた。

 しかし、すべての神が現世に満足しているわけではなかった。平穏だけをこととする単調な世界に喜びを覚えない神も少なくなかった。創造を試みないことに対して異議を唱える神がいないわけではなかった。

 世界は下り坂になり、行き詰まってはいなかったか。日々の暮しには平穏と平安が染み込んでいたが、真の意味で心を高ぶらせる刺激に欠けてはいなかったか。世界は神秘と魔力とを失い、神としての崇高な精神は平凡な暮らしの中で廃れてはいなかったか。

 そして、この世界の可能性がほんとうにすべて汲みつくされたと言えるのか、という問いも神々の心の奥底で疼いていた。神々の世界に新たな道をつけるためには、神がそもそもなすべき創造をこそ行うべきではないかという声がさまざまなところで語られ始められていた。

 創造に強い思いを寄せるそんな神のひとりがヴィダールであった。ヴィダールは長く森に棲み、創造の意義について沈思してきた異端の神であった。ヴィダールはかつての大戦後も、ただ、森の中から世界の動きを眺めていたが、創造がもはや試みられようともせず、そればかりか、創造という行為が忌み嫌われる思想が行き渡るに至っては、言いようのない危機感を募らせていた。

「世界を創造することのない神にいかなる存在意義があるというのか。ごうごうと風の吹きぬける荒ぶる天空の下で、神々はただ息を潜め、大地に積み上げられた無数の瓦礫の前でうずくまっているだけではないか。」

 それがヴィダールの心の内で強く疼く考えだった。

 だが、そんな考えを持つ神は決して多くはなかった。首都ビハールを中心に泰平を謳歌し続ける神々の世界の中で、創造は過去の伝説時代のできごととして扱われ、神々はみな現世の中のことに余念がなかった。

 そしてまた、ユビュはウバリートで、守護神であるサラスヴァティー女神のための小さな祠を建て、世界の喧騒から離れてひとり修行にいそしむ生活を続けた。

「かつてヴァーサヴァが始めパキゼーの聖句が宇宙に鳴り響いた創造をもって、創造は完結したのです。もはやこれ以上の創造は必要ありません。」

 それがユビュの言葉だった。

 ナユタも森の中で音の道の探求を続け、創造に否定的な立場を崩さなかった。ナユタは言った。

「創造は結局、混乱を生み出すだけだ。ある意味ではムチャリンダの思想は正しかったのかもしれない。創造されたものに対してどう対処するかという点で考え方が異なってはいたが、創造は混乱の元凶となるものであり、神々の世界に新たな創造は不要という点に関しては、ムチャリンダの考えに理があることを認めざるを得ない。」

 しかし、ヴィダールは諦めなかった。

「創造を行わず、ただ、日々の享楽の中に生きている神とはいかなる存在なのか。神は自らの尊厳を失っている。その尊厳を取り戻すためにも、再び創造が試みられねばならぬ。」

 そう考えたヴィダールは、永遠の円環の中に旅立っていたヴァーサヴァとランビニーを探し求める旅に出ることを決意した。

「最後の創造を行ったヴァーサヴァ神に会い、新たな創造の許可を得ること。そして、創造のための秘義を教え授けていただくことが、是が非でも必要だ。」

 ヴィダールは広大な宇宙の中をさまよい、ついに、永遠の円環への入り口を探し当てた。そこはこんもりとした盛り土の前に一枚の錆びた青銅の扉があるだけだったが、その前には小さな御堂があり、扉の前にはパビルサグという神が立っていた。ヴィダールが近づくと、パビルサグは扉の前に槍をかざし、厳しい口調で言った。

「ここから先は喪の領域に属する。中に足を踏み入れることは許されぬ。ただ黙って去るならとがめだてはせぬ。そそくさと立ち去るがいい。」

 だが、ヴィダールは臆することなく問いかけた。

「世界は病んでいる。荒れ騒ぐ時間の底辺でとめどもない混乱が繰り返されているに過ぎない。その世界を救うために、ヴァーサヴァ神に創造の秘義を授けていただきたく、やって来た。我が行為は世界のため、そしてすべての神々のため。いかに貴神が己の義務に忠実であるといえども、この私を阻むことは正義に則るとは言えまい。」

 パビルサグはじろりとヴィダールを睨むと声に厳しさを込めて言った。

「ヴァーサヴァ神から創造の秘義を授かってどうしようというのか。」

「再び創造を行うのだ。今、神々の世界は停滞し、みずみずしさを欠いている。黒い大気が重々しく道を塞ぎ、石たちが顔を歪め、真理の音が神々の喧騒の中にかき消されている。そうは思わぬか。世界はこのまま下り坂の道を歩み、ただ朽ちてゆくだけで良いのか。私は、この神々の世界を再生する道はただ一つしかないと信じる。それは再び創造を行うことだ。そして、創造を行うためにはヴァーサヴァ神より創造の秘義を授からねばならぬ。この私の意志を阻止するいかなる権利が貴神にあるというのか。」

 この言葉に、パビルサグは考え込んだが、重い声で答えた。

「いいだろう。おまえの真理を欲する心がおれの心を動かした。これまで創造の秘儀を求めて下界からここにやって来た者はいなかった。だが、おまえはやってきた。創造の秘義のためにヴァーサヴァ神に会いたいというなら、拒むわけにはゆかぬ。」

 だが、パビルサグはさらに言った。

「言っておかねばならぬことがある。この中に足を踏み入れた以上、ただでは済まぬ。何かが変わり、取り返すことのできない変化が生じる。それを受け入れる覚悟はあるか。」

 ヴィダールは答えた。

「もちろんだ。何の迷いもない。」

 その言葉を確認すると、パビルサグは永遠の円環への入り口にある青銅の扉を開けたのだった。

 ヴィダールが入り口に立つと、冥府からの生暖かい風が吹いてきた。そこからは暗く長い道が延々と続いていた。永遠の円環への道は遠かったが、ヴィダールはその道を歩き続け、ついにヴァーサヴァを探し当てた。

 ヴィダールは、ヴァーサヴァ神の前で深々と頭を下げ、語りかけた。

「偉大なるヴァーサヴァ神よ。類まれなる創造の父、ヴァーサヴァ神よ。私はヴィダールと申す神。下界より、創造の秘儀をうかがうべくやって参りました。ヴァーサヴァ神が始められた創造が帰滅して以降、いかなる創造も試みられておりません。これは神が自らの責務を放棄し、おのれを楽しませる享楽に身をやつしていることを意味します。虚ろな歓喜が世界を覆っているのです。こんなことが本当に許容されるのでしょうか。私は、神が真の姿を取り戻すべきと考え、創造を試みたいと考えております。願わくば、創造の秘儀を授けていただきたく。」

 ヴァーサヴァはうなずいて言った。

「創造は神の責務。いかなる理由があろうとも放棄してよい責務ではない。一つ一つの創造については常に様々な議論があるだろうが、創造を試みないなどということは決して許されることではない。」

「では、創造の秘義を授けていただけますでしょうか。」

「だが、その前に、おまえがどのような創造を行おうとするのか聞かねばならぬ。創造をまったく行わぬのも大きな問題ではあるが、誤った創造はもっと大きな問題を引き起こすからな。」

 この問いに、ヴィダールは、予期していた質問とでもいうように、よどみなく答えた。

「私は、前回のヴァーサヴァ神の創造が間違っていたとは思いません。ナユタはその創造を批判し、ムチャリンダは創造の破壊を主張しましたが、あの創造こそ、創造された人間たちの可能性が最大限に引き出された創造であったと思っています。あの創造をもう一度試みること、それが私の願いなのです。」

 この答えにヴァーサヴァはじっと考え込んだ。

「わしもあの創造が間違っていたとは思わぬ。だが、あの創造は多くの神々の反対に晒された。もし、おまえがあの創造を再現しようとしても、また、多くの異論や妨害に出会うだろう。ムチャリンダも復活してくるかもしれぬ。」

「おっしゃる通りです。しかし、これはなさねばならぬ挑戦なのです。私は長く森にいました。ヴァーサヴァ神が創造を始められるずっと以前から森に棲み、森で過ごしてきました。森にいれば、何一つ不自由はない。しかし、私はそれを捨て、新しい宇宙の風を心の内に吹き抜けさせ、創造に挑戦するためにここにやって来たのです。私は何も恐れてはいません。私はすべてを打ち捨てて新たな創造に打ち込む決意なのです。前回の創造は、パキゼーの悟りを嘉するユビュがタンカーラを吹いたことで帰滅しました。しかし、あの創造が生み出しうるものはそれがすべてではなかったはず。もっと多彩なもの、もっと多様なもの、もっと魅惑的なものが生み出されるはずであったと思います。その可能性を私は具現化したいのです。」

 この言葉は、稲妻のような閃光をヴァーサヴァの心の内に呼び起こした。

「その通りだ。あの創造はもっと多様なものを生み出し、もっと新しい世界がやってくるはずだった。」

 力を込めてそう言うと、ヴァーサヴァは一本のポールを取り出し、ヴィダールに差し出した。

「これが何か分かるか?」

「これは、ブルーポール?」

「そうだ。くすんで、光も発しておらぬが、これはブルーポールだ。前回の創造が帰滅した後、ヴィカルナ聖仙より、シュリーとウトゥのブルーポールを返していただいた。シュリーのブルーポールをおまえに授けよう。」 

 そう言うと、ヴァーサヴァはそのポールをヴィダールに授け、そして、全身全霊を傾けてそのポールに命を吹き込み始めた。

 すると、くすんだ紺色のポールは、次第に光を放ち始めた。あの青い高貴な輝きが次第に高まり、ついには、まばゆいばかりの光がヴィダールの手の上のポールから放たれた。

 驚愕するヴィダールに、ヴァーサヴァは厳かに言った。

「このブルーポールを掲げ、創造を始めよ。世界が振動し、善を嘉するあらゆる聖典がこの光に共鳴するだろう。そして、茫洋たる大海の中に、世界の新たな可能性が切り開かれるだろう。このブルーポールには、創造すべき一切が吹き込まれている。ヴィダールよ、臆することなく創造を開始するがいい。その創造は古い神々の復活を許さずにはいないかもしれぬ。だが、それを恐れてはならぬ。」

 そう語ると、ヴァーサヴァは忽然と消えた。ヴィダールは呆然としてブルーポールを握りしめていた。まばゆいばかりの発光は止み、ポールはただの青い棒に戻ったが、それはもはやくすんだ色のポールではなく、かつての鮮やかな紺碧のブルーポールだった。

 

 下界に戻ると、ヴィダールはひとり荒野でブルーポールを立て掛けた。

 風がひゅうひゅう舞う満月の下、砕けた空の破片が降り積もった広大な荒野の中心にたたずんで、ヴィダールは一心に未知なるものに向かって祈りを捧げ、そして、時間の鎖を外して自らの魂をブルーポールに注ぎ込んだ。

 すると突然ブルーポールは真っ青な光を放ち始め、それは全宇宙に向かって放射した。かつてナッチェルの野でユビュのブルーポールが光を放って以来の青い輝きだった。それはまるで古い世界の瓦解の日のごとくであった。

 その光はすべての神々の心に届いた。神々はその発光に驚き、ある者は心ときめかされ、また、ある者は巨大な不安に心を苛まれた。見えない世界がゴーゴーと音を立てて回転し始めた瞬間だった。

 ユビュは例えようもない心細さを味わい、空を見上げてつぶやいた。

「なんという恐ろしい発光が再びブルーポールから放たれたことか。天使たちは沈黙してうずくまり、風化した声が時間の斜面に墜ちている。世界はパキゼーの法から遠く離れ、そして今再び、危険な挑戦を行なおうとしているようにしか見えない。」

 この発光に不吉な予感を覚えたのはユビュだけではなかった。ナユタは森の中でこの発光を見上げて語った。

「もはやブルーポールが光を放つべき時代は終わった。真理は森の中にあり、愚かな試みをなすべきではない。宇宙は再び混沌の淵に立とうとしている。神々の興奮が世界を混乱に巻き込む狂乱の時代がすぐそこまで迫っている。」

 ナユタは石を打ち鳴らして静かな音楽を奏でたが、その精妙なる音も、ブルーポールの猛々しい発光の前に掻き消されんばかりであった。

 

 ヴィダールは荒野で祈りを捧げた後、世界創造を始めるために首都ビハールへやって来た。そのヴィダールの前に突然現れたのはマーシュ師であった。

「汝が森を出てヴァーサヴァからブルーポールを授かり、新たな創造を開始しようとしていると聞いてやって来た。」

 そう語ったマーシュ師の来訪に驚きつつ、ヴィダールは礼に則ってマーシュ師に挨拶した。

 マーシュ師は謎めいた言葉で問いかけた。

「神々の世界は繁栄を伴って爛熟し、喧噪のうちに時を刻んでいるが、宇宙では依然として縹渺たる風が吹きすさんでいる。時のしずくは静謐の石の上にしたたり落ち、沈黙の光がかすかな明るさを伴って星々から放たれている。」

 この不思議な言葉を噛みしめるように聞くと、ヴィダールは慎重に言葉を選びながら答えた。

「そのような世界にあって、神々は真の在り方から逸脱し、ただ、享楽をこととして日々を送っています。そして、心ある数少ない神々のうち、ある者たちは森の中に潜み、また、ある者たちは苦虫をかみつぶしたような心で天を仰いでいます。しかし、宇宙からの風は新たな創造を求めてびゅうびゅうと吹きすさび、真理への道を呼び起こそうとしているのです。」

「だが、その新たな創造は真理への道を呼び起こすのだろうか。むしろ、新たな混乱や争いを誘起するのではないか。ヴァーサヴァの創造も宇宙を二分する戦いを引き起こし、さまざまな諍いや憎しみを生み出した。今、なぜ、その危険を冒してまで、創造を試みねばならぬのか。」

 そう言って一呼吸おくと、マーシュ師は続けた。

「現在の世界が良いかどうか、それには確かに多くの疑問があるだろう。だが、先の大戦以来、ともかく世界は平和を取り戻し、安定した秩序と繁栄を築いてきた。しかし、新たな創造はより大きな危険を伴う。創造は、創造された世界、人間たちの世界だけの問題ではなく、この神々の世界にもさまざまな影響を及ぼす。どんな厄災がもたらされるか想像も難しい。その危険にどう備えるのか。」

 ヴィダールは神妙な面持ちでうなずいて答えた。

「ごもっともの懸念かと思います。それに対するご助言をいただければありがたいのですが。」

「それは簡単なことだ。創造を行わないことじゃよ。」

 この言葉にはヴィダールも気色ばんだ。

「しかし、それでは、神とはいかなる存在なのでしょうか。創造という行為を放棄したとき、神の存在意義とはいったい何なのでしょうか?森の中で私はこのことを数千年にわたって沈思し、創造を行うことを決意いたしました。そして、ヴァーサヴァ神の理解をいただき、ブルーポールと創造の秘義を授かってきたのです。ぜひ、創造を行うに当たってのご助言をいただけないでしょうか。」

 この言葉に、ヴィダールを翻意させることができないことを理解したマーシュ師は次のように言った。

「さっきも言ったが、創造に異議を唱える者たちへの備えを怠ってはならぬ。創造はひとりででも始めることはできるかもしれぬが、神々の支持を得ない創造は瞬く間に潰えてしまうだろう。前回のヴァーサヴァの創造の失敗の原因を考えたことがあるか?」

 そう言って一呼吸おくと、マーシュ師は続けた。

「ヴァーサヴァは創造を性急に開始しようとし、わしやウダヤ師の忠告に耳を貸そうともしなかった。ウダヤ師はナユタを呼ぶことを訴え、わしはムチャリンダへの備えが必要であると助言した。だが、おごり高ぶっていたヴァーサヴァは、宇宙の異端児であるナユタのことなど眼中になく、また、闇の世界に眠るムチャリンダのことも意に介そうとしなかった。だが、そんな傲慢な姿勢で開始された創造はナユタの反発を引き起こし、さらにムチャリンダを復活させることになり、宇宙に巨大な混乱を引き起こした。神々の支持を取り付け、そして、ナユタやユビュの協力を得ることなくしては創造は成功せぬ。そのことをぜひともおまえに言いたい。」

 この言葉にヴィダールは素直に頭を下げて答えた。

「ありがとうございます。私は創造をひとりででも始めようと考えておりましたが、マーシュ様のご助言に従いたいと思います。神々の支持を取り付け、また、ナユタやユビュの援助も得たいと思います。」

 

 ナユタとユビュの協力をどう取り付けるかは難題ではあったが、それはさておき、ヴィダールは首都ビハールで、創造を開始することを高らかに訴えた。

 ビハールの中央広場に立つと、ヴィダールは創造を開始することを高らかに宣言した。広場には数千の神々が集まった。その神々に向かってヴィダールは創造の意義を熱意を込めて語りかけ、神々の心を動かした。

 ヴィダールは語った。

「前回のヴァーサヴァ神の創造は素晴らしい創造であったと私は信じている。だが、パキゼーの入滅の時にユビュがタンカーラを吹いて創造を帰滅させたため、その創造の可能性はそこで断ち切られた。もし、タンカーラが吹かれなければ、あの創造はどうなっていたのであろうか。パキゼーの教えはその世界の一部にはなったであろうが、パキゼーの語った通り、教えは廃れ、末法の世となったかもしれぬ。教えは人々の求めるものに都合よく言い換えられ、再び、人々の欲望がぶつかり合うだけ世界となったかもしれぬ。だが、世界がそうなるものであるなら、それを具現しなければならぬのではないか。なぜなら、それは何かを生み出すはずの世界であるからだ。そして、今まさに、その世界を次の創造で造り出さねばならないのだ。」

 荒野から発せられたブルーポールの光に心を高ぶらされた一部の神々は熱狂的にヴィダールを支持した。

「創造こそ神のみがなせるわざ。」

「創造なくして神の存在意義なし。」

「ヴィダールに新たな創造を。」

 そんな高揚した声が都の中を駆け抜けた。

 そして、創造を巡る興奮は政治の世界を揺さぶった。ナユタやユビュがビハールを去った後、神々の世界の政治は、それぞれ行政府、立法府、司法府の長であったシャールバ、プシュパギリ、ギランダらに牛耳られていたが、権力の長期化への批判が水面下でくすぶっていた。また、周辺地域政策に関するリュクセスとジャトゥカムの対立に端を発したドルヒヤ派とヤズディア派の争いで、プシュパギリやシャンターヤを要するヤズディア派が政権内で優位を形作っていたが、これにも批判が集まっていた。

 そんな状況下、司法府の長であるギランダは、議会で証言した。

「ヴィダールの行為に対しては、騒乱罪の適用も視野に厳正に対処する。」

 だが、これには多くの議員から批判が集まった。

「神々の自由に対する権力の介入だ。」

「ヴィダールの行為はなんら宇宙憲章に反していないではないか。」

「神々の基本的神権を司法府の長たるものが踏みにじるような発言は看過できない。」

 そんな凄まじいまでの反発が生じ、権力の長期化への批判もあって、収めがたい波紋が広がった。

「ギランダは宇宙憲章ではなく自分の考えで法を施行しようとしているとしか言えない。」

「ギランダは権力を私物化している。」

 結局、ギランダは司法府の長を辞任して一議員に戻らざるを得ず、ヴィダールの活動には何の制約も課せられなかった。

 しかし、だからといって、行政府や立法府がヴィダールを指示したわけでもなかった。実際、一部の民衆の熱狂とは裏腹に、行政府と議会は慎重だった。議会では、創造に慎重な神々の発言が相次いだ。

「いったい、なぜ再び創造が必要というのか。ある意味でヴァーサヴァの創造は、創造の極致を実現し、かつまた創造の限界を露呈させたのではないか。」

「かつて神々は崇高な理想に燃え、高い使命に従って創造を開始した。そこには理念があり、理想があり、真理を目指す高貴な思想があった。だが、ヴィダールに、それはない。」

「ヴィダールは創造を神の義務だと言うが、それを言えるのは真に義務を負った高貴な神だけだ。」

 そんな反論が相次いだが、それらの主張を先導したのは、宰相のシャールバ、立法府議長のプシュパギリだった。一議員に戻ったギランダも創造には反対の立場を崩さなかった。

「改めて、新たな混乱の種を蒔く必要などどこにもない。」

 それがシャールバらの基本的な考えだった。

 だが、ヴィダールは怯まなかった。ヴァーサヴァのような権威を持たない一介の森の神に過ぎぬヴィダールが創造という大事業を始めるためには、世の神を糾合することが不可欠なのだ。

 そのヴィダールにとって頼るべきは、シャールバ、プシュパギリ、さらにそれを支えるヤズディア派に批判的な者たちだった。彼らは政権批判のためのうってつけの事案としてこの創造問題を取り上げ、シャールバらの保守主義を非難した。

「シャールバらはただ保身のために旧弊を守っているに過ぎない。」

「新しい時代を拓く発想は彼らにはない。」

 そんな声が次々に上がり、

「彼らはトップの座を辞するべきだ。」

という意見まで堂々と議会で述べられるほどだった。

 そんな動きの中、世論の動向がヴィダール支持に傾きつつあることを受けて、ヴィダールに目をつけたのが、今やビハール有数の豪商にのし上がっていたイルシュマの盟友エルアザルだった。エルアザルはイルシュマを支えると共に、特に、演劇、演芸、演奏会などの公演ビジネスを大きく展開して大きな利益を上げていたが、イルシュマに向かって提言した。

「おれたちの公演ビジネスは非常にうまくいっているが、なぜだと思う?結局、世の神は刺激に飢え、新しい見世物を求めているということさ。今、ビハールではヴィダールが創造の開始を訴えているが、これはおれたちのビジネスにとってはこれ以上ないビジネスチャンスだ。創造された世界のできごとを題材にもっと新しい、もっと面白い演劇や音楽が生まれるのは間違いない。そうなれば、おれたちの公演ビジネスが、もっと大きくなること間違いなしだ。」

 イルシュマに異論あろうはずはなかった。イルシュマはすかさず言った。

「じゃあ、ヴィダールを支援しよう。金を惜しむ必要はない。」

 イルシュマにとっては、シャールバ、プシュパギリとの関係の点で二の足を踏むところがないわけではなかったが、もともと、彼らとの関係がそれほど強くなく、イルシュマがもっとも深い関係を持つドルヒヤ派とヤズディア派の関係を考えれば、このヴィダール支援は進めるに値するという判断だった。なんと言っても、世論がヴィダールを支持しつつあり、ビジネスの面でも大きなメリットを生み出しうることなのだ。流れができてしまえば、シャールバやプシュパギリも従うほかないではないか。それがイルシュマの考えだった。

 イルシュマの同意を取り付けると、エルアザルはさっそくヴィダールに面会した。だが、エルアザルが資金提供を含めた協力を申し出ると、ヴィダールはやんわりと断った。

「お申し出はありがたく思います。しかし、私は金には興味はないし、金を必要ともしていない。私はただ信念に従って創造の必要性を訴え、世の神々の心を動かすことに意を用いています。」

 この言葉を聞くと、エルアザルは大きく頷いて言った。

「まことに立派な言葉、立派な志です。しかし、ヴィダール殿は森の神でいらしたせいかもしれないが、立派な言葉、立派な志だけでは世の神々の心を動かすことはできないという真理を理解しておられない。今のままでは、民衆の熱狂は時と共に冷め、あなたは空虚な言葉を弄した一時的な扇動家に終わってしまう。今なら、民衆の中には熱狂がある。これを糾合し、世の大きなうねりにするには金と組織力が必要なのです。私たちはそれを持っている。そして、あなたの理想に共感している。あなたに協力して創造支持の運動を盛り上げ、ヴィダール殿に新しい創造の扉を押し開いていただきたいのです。」

 ヴィダールはすぐには同意しなかったが、エルアザルが繰り返し語る熱意のこもった言葉と適確な状況分析に心を動かされ、エルアザルの申し出を受け入れたのだった。

 エルアザルは創造開始のためのキャンペーンに巨費をつぎ込み、さらには部下を大量動員して創造支持運動を盛り上げさせた。そして、エルアザルの言葉に強く動かされたヴィダールは孤高の神であることを捨て、ひたすらに世の神々の賛同を得るべく熱っぽく訴えた。

 こうして、ヴィダールを支持する神は着実に増えていった。特に、長く続いた泰平の時代の中で新たな刺激に飢えた神々の心に敏感な代議員たちは熱狂的にヴィダールを支持しさえした。

 議会の前の広場で連日のように繰り返されるヴィダールを支持する神々の維持行動も相まって、ヴィダール支持に鞍替えする議員は後を絶たなかった。そして、議会の趨勢はヴィダールの創造を認める方向へと傾いた。

 このような情勢の中で、ジャトゥカムの妹で財務長官シャンターヤの妻であるパルミュスはシャンターヤに言った。

「プシュパギリはヴィダールの創造に絶対反対のようだけど、兄のジャトウカムはそうでもないのよ。昔からの仲間だし、プシュパギリはヤズディア派を支えてくれているから遠慮もあるけど、このまま創造反対で突っ走ったらどうなるのかって心配してるのよ。私だってそう。あなたが創造反対の立場に固執して今の地位を失う事なんて私はまったく望んでいないのよ。」

 シャンターヤは言った。

「おれだって、特に創造に反対というわけじゃない。ただ、プシュパギリとは古くからの絆があるから。」

「でも、その絆とこれからの自分とどっちが大事なの?エルアザルだって、ジャトゥカムとの関係を気にもせずに、イルシュマと組んでヴィダールを支持しているじゃない。あなたにとっては、創造を支持し、それによって自らとヤズディア派を守ることが必要なんじゃない?」

 この妻の言葉はシャンターヤを大きく動かした。実際、ヤズディア派への風当たりが強くなる状況を受けて、ジャトウカムが弱気になっているのも事実だった。

 シャンターヤはプシュパギリと会談を持つとこう切り出した。

「たしかに、創造が危険を孕んでいることは確かかもしれない。だが、ヴィダールが主張するように、創造は神の権限であり、創造を行わないなら我々神々にいかなる存在意義があるのか、という主張ももっともではないか。しかも、多くの神々がヴィダールの主張になびき、創造の開始を望んでいる現在、これに頑なに反対するのも賢いこととは言えまい。」

 だが、プシュパギリは首を振った。

「この世界はおれたちが切り開いた。多大な困難と犠牲を払ってようやく手に入れた平和な世界だ。なんのために、その世界を危険に晒す必要があるのか。神々は熱に浮かされ、危険に目をやろうともしない。神々の目を覚まさせることこそ、我らの努めではないのか?イルシュマはヴィダールの後押ししてるらしいが、ほんとに、いらんことをするやつだ。あいつは儲けることしか考えていない。」

「だが、今の状況をよく考えろ。このまま創造に反対していてどんなことになるか。議会の中での立場、神々の世界での支持も危うくなりかねないではないか。」

 この言葉を聞いても厳しい表情を崩さないプシュパギリを見て、シャンターヤは続けて言った。

「創造にただただ反対するのではなく、何か歩み寄りはできないか。妥協案は考えられないか。創造の危険を減じるための策を要求するとか、そんなことは考えられないか。」

 この提言はたしかに、議会の中での勢力や世の情勢を考えれば、理に適った助言と言えなくもなかった。

 ともかく、財務省長官のシャンターヤがヴィダールの創造支持に態度を切り変えると、その影響は小さくなかった。シャールバら創造に反対する勢力は、創造を支持する勢力と真っ向から抗することが困難と悟ると、一つの条件を提示した。

「ユビュとナユタの助力を得ること。」

 それが条件だった。神々の同意を得ない創造が何を生み出すか、それは前回の創造でも明らかだというのがその主張の根拠だった。だが、議会でのヴィダール支持勢力からはその提案への批判が相次いだ。

「ユビュもナユタも隠遁した過去の神ではないか。」

「現在の世界に責任を持っていないユビュやナユタの同意がなぜ必要なのか。」

「創造は我々の力でやりきれるはずではないか。」

 そういった声が議会に充満すると、反対派は勢いづき、プシュパギリ議長への不信任決議案が提出された。この世界秩序構築のための最大の功労者のひとりであるプシュパギリへの不信任決議案はまさに世を揺るがす大事件だったが、当初は可決されるとは見られていなかった。しかし、中間派の議員たちが、「ユビュとナユタの助力を得ること。」という条件をより拘束力を弱めて創造を承認することのならという条件を付けて不信任決議案の賛成に回ったことで議会は大きく動いたのだった。

 プシュパギリ議長の不信任決議案は可決され、創造への条件も拘束力のないレベルに弱められ、議会はヴィダールの創造を承認した。条件は、ユビュかナユタ、いずれかに助力を請うことを求めたに過ぎなかった。

 この決定は画期的だった。ヴァーサヴァの創造が帰滅して以来、ついに再び創造が始まるのだ。少なからぬ神々が祝杯を挙げ、喜びの歓声が街中でこだました。

 ただ、拘束力のないものに弱められたとはいえ、「ユビュかナユタ、いずれかに助力を請うこと」という議会の要請は決して軽いものではなかった。ヴィダールにもそれは分かっていた。しかも、マーシュ師からもナユタの協力を得るよう強く釘を刺されたではないか。

 ヴィダールを支持する一部の神々はすぐにでも創造の準備を始めるよう提案し、ナユタかユビュに創造への助力を要請する手紙を出すだけで良い、と言ったが、ヴィダールは慎重だった。彼は、入念に旅支度を整えると、ただひとり、ナユタのいる森を目指して旅に出た。

 

 ヴィダールがナユタの前に現れたのは、ナユタがほぼ毎朝の日課としている石編磬の演奏を終えた時だった。ヴィダールは頭を低くしてナユタに呼びかけた。

「私はヴィダールと申す神。しばし、お時間をいただきたく、都より遠路旅をして参りました。」

 ナユタは答えた。

「汝がブルーポールを再び発光させたことは知っている。私としてはその行為に大変大きな危惧を覚えていると言わざるを得ない。だが、遠方より見えた客人を追い返すつもりはない。お話はうかがうが。」

 この言葉に、ヴィダールは、

「ありがとうございます。」

と頭を下げ、再び創造を開始する壮大な構想について滔々と語った。そして、ヴァーサヴァ神に創造の秘義を伝授されたたこと、議会がナユタの助力を求めていることなどについても説明した。

 ヴィダールはこう言って話を結んだ。

「ぜひ、この創造の意義を理解いただき、助力をお願いしたい。それが私の願いであり、また、都の議会の願いでもあります。」

 しかし、ナユタは良い顔をしなかった。

「この創造の真の目的は何なのか?」

 そうナユタは問いかけた。ヴィダールは、

「創造は神の務め。この何千年もの間、神は創造の義務を怠ってきたと言わねばなりません。今こそ、神としての使命を果たすべきと考えます。」

と答えたが、ナユタは納得しなかった。

「そもそも、神は創造の力を有してはいるが、創造は神の務めと本当に言えるのか。いかなる理由で神の務めと言えるのか。かつては偉大な創造もあったかもしれぬが、前回の創造は混乱を引き起こし、創造の限界をいやというほど神々に味あわせた。そして一方で、その中から生まれたパキゼーの思想の輝きはこの上ないものであり、新たな創造を行ったとて、これ以上のものを生み出すことができるとは思えない。」

「それは違います。」

 ナユタの最後の言葉にヴィダールはすかさず口を挟み、語気を強めて食い下がった。

「そもそも、世界の可能性は多様なはず。そして、創造された人間たちがもっと勇気を持って道を切り拓く世界がありうるはず。私はその可能性を試してみたいのです。」

 だが、ナユタは冷ややかだった。

「そんな創造は可能かもしれないが、結局、パキゼーの悟りから遠い世界にしかならないだろう。そしてまた、何かが生み出されるとしても、パキゼーの法以上のものは生み出せないだろう。そんな創造を再びなさねばならないいかなる正当な理由がどこにあるというのか。」

「しかし、創造のない神々だけの時間が過ぎる中、神々は堕落し、安穏とした平凡の中に埋没して生きています。真理は忘れ去られ、日々の享楽が神々の生活のすべてとなってしまっています。それはそもそも創造を行うことがなくなったことに起因しているはず。創造なくして、神々の真の在り方も顕現しえないとは思いませんか。」

「汝は長く森に棲んでいた。森の中にはすべてがあり、真理がある。森の精神は創造とは別の次元の清新の領域にある。むしろ、森の力を顕現させることこそなすべきものではないか。」

 ヴィダールとナユタの会話はなおも続いたが、結局は平行線だった。ナユタは最後に言った。

「議会はユビュの同意を得ることを求めているそうだな。では、一度、ユビュを訪ねてみることだ。それ以上のことは私からは言えぬ。」

 ヴィダールはこれ以上ナユタと話をしても埒が明かないと悟り、時間を取って会談に応じてくれたことに対して丁寧に礼を言い、ユビュを訪ねることを約してナユタの元を去ったのだった。

 

 ヴィダールがナユタの元を去ると、ナユタはバラドゥーラ仙神を訪ねた。森の小さな小屋に住む仙神は喜んでナユタを迎えた。その表情には我が子をいつくしむような暖かさが溢れていた。

「ナユタ。よく来てくれたな。久しぶりに会えてうれしいよ。」

 そう言うと、バラドゥーラ仙神はナユタを小屋の中に迎え入れた。そして、初めてナユタがバラドゥーラ仙神を訪ねた時と同様、ソーマ酒を持ってきてナユタに勧めた。

「神々の世界もまた騒がしくなってきたようじゃな。」

「ええ、その通りです。」

 そう言って、ナユタは、ヴィダールが創造を始めようとしていること、ヴィダールがナユタに創造への助力を依頼に来たこと、そして、ナユタがそれを断り、ヴィダールがユビュの元に向かったことなどを説明した。うなずきながら聞いていたバラドゥーラ仙神は、ナユタの話が終わると静かに言った。

「かつてウパシーヴァが言った通りになろうとしているのかの。所詮、神々はこの森の生活のような静止した時空の中では生きれぬということじゃろうな。おそらく、ユビュは動くまい。だが、ヴィダールがそれで諦めるとも思われん。きっとまたおまえのところに戻ってこような。」

「そうかもしれません。それに、そもそもヴィダールが再び創造を開始しようとしていることに対してただ傍観していていいものかどうか、その点でも迷っています。前世紀の戦いのとき、当初の私の優柔不断さが世界の混乱を助長し、様々な悲劇を誘発したことがまだ私の心には重くのしかかっています。その二の舞だけは避けたいという思いも心の中にくすぶっています。ただ、一方で、私はこの森の生活に満足し、外の世界とはかかわり合いたくないのも事実です。」

「そうじゃな。」

 バラドゥーラはそう言ったが、それ以上は何も言わず、ただ、

「今日はここに泊まってゆくがいい。しばらくここにいてもいいしな。久しぶりにおまえと過ごすのもうれしいしな。」

と言って、ナユタを二階の部屋に案内した。

 そこはかつてナユタが使っていた部屋で、シュルツェの絵もそのままかかっていたし、ナユタが最後に書き残していた詩も壁に貼られたままだった。

 ナユタはひとりになると、その絵に改めて心を通わせ、自分がかつて書いた詩を改めて声を出して読み上げた。すると不思議なまでに透き通った風が心の中を吹き抜けてゆくのが感じられた。

 並外れた能力を持ち、世界に対して途方もない力を持っているかもしれなかったが、孤独な孤高の神、それがナユタだった。

 次の日、ナユタはバラドゥーラ仙神とともに湖に出かけて釣竿を垂らし、釣った魚と森の木の実をバラドゥーラ仙神とともに食べた。数日間、バラドゥーラ仙神の元に留まった生活は心温まるものだった。ナユタは心満たされ、ウパシーヴァ仙神の元を訪ねることを告げて、バラドゥーラ仙神の元を後にした。

 ナユタがウパシーヴァ仙神を訪ねると、仙神はきっぱりと言った。

「創造は開始される。それにおまえがかかわるも良し、傍観するもよしだ。ヴィダールの創造を阻止することはもはや誰にもできぬ。議会はおまえとユビュの助力を請うことを要請したと言うが、助力が得られない時、ヴィダールは助力を要請したが断られた、議会の要請通りの努力はしたと開き直るだろう。そして創造を欲する巷の神々はこぞってヴィダールを支持するだろう。」

「やはりそうなるのでしょうか。」

「当然そうなる。おまえやユビュの反対がどんなに理にかなっていようとも、それは創造を欲する神々の心には届かぬだろう。エシューナとアシュタカの元も訪ねるとよいが、何かが得られると期待すべきではないだろうな。」

 ナユタはその後、エシューナ仙神とアシュタカ仙神の元を訪ね、それぞれ数日間滞在したが、ヴィダールの創造に対する決心はつかないままだった。

 

 一方、ナユタの元を辞したヴィダールはユビュの元を訪ねた。ユビュは前世紀の大戦のあと、ウバリートで守護神サラスヴァティー女神のための小さな寺院を作り、そこでパキゼーの法を守る質素な生活を続けていた。政府はユビュのために、豪壮な寺院の建設を何度も提案したが、ユビュはそのたびに断り、受け入れたのは、著名な高僧にときどき講義してもらうことくらいだった。

 高僧との問答はユビュの心を高めたが、それ以上にユビュの心を満たしてくれたのはウバリートの自然だった。雪深いウバリートの冬は長く厳しかったが、晴れた日にはウバリートを囲む雪山が美しく連なり、峻厳な峰々がユビュの心を躍らせた。雪の雪原や凍った湖に出かけるのもユビュの楽しみだった。真っ白な雪原に立ち並ぶ褐色の林が光に輝き、その静かな空間に何時間も浸るのがユビュの喜びだった。

 そして、遅い春が訪れるといっせいに新緑が美しく芽吹き、様々な色の花々が森や野に咲き乱れる。渓流の音は静かで心地よく、鳥のさえずりがそれに調和した。秋には、紅葉が山を覆い、赤や黄色の木々が冷たい大気の中に光輝く様はこの上なく美しかった。

 そんな生活を続けるユビュの元を訪れたヴィダールは、改めてヴァーサヴァの創造を称え、さらに熱心に今回の創造の意義を説き、最後にこう付け加えた。

「創造はヴァーサヴァ神の最高の責務でありました。今回、私はぜひとも創造を行いたく、議会の支持もいただいておりますが、ヴァーサヴァ神の娘であり、宇宙の王女でもあるユビュ様にぜひご助力を賜りたいのです。ヴァーサヴァ神からは直々に創造の秘義を伝授いただき、ブルーポールも授かりました。ぜひユビュ様とともに、新たな創造を興したいのです。」

 しかし、ユビュはこう答えた。

「創造によって何を生み出したいのか、創造によって何が得られるのか、それについてあなたは何も語っていません。かつての創造はパキゼーの高貴な思想を生み出しました。私には、それ以上に創造によって生み出さねばならないものがあるとは思えません。」

「たしかにパキゼーの法は途方もなく高貴であるかもしれませんが、世界は高貴なものだけでは構成されえません。それは、ルガルバンダの声で目覚めた世界が途方もない動乱を引き起こし、そして、現在の世界へと導かれたことでも実証されていると思います。世界は多様なもので構成されており、また構成されるべきなのです。そして、世界の可能性はこれまでの創造ですべて試されたとはとうてい言えません。まだまだ無限の可能性が残っており、それを試さずとも良いいかなる理由がありましょうか。また、パキゼーの法を超える思想が生み出されることなどありえないとどうして言えるでしょうか。」

「ではもう一度聞きますが、あなたがその創造で生み出したいものとは何ですか。」

「私が創造によって生み出したいものは、その創造が生み出しうるものすべてです。」

 それはある意味、真を突いた返答ではあったが、ユビュが求めた答えではなかった。

「あなたは言葉巧みに答えましたが、結局、創造を開始し、それによって何かが生み出されるはずと言っているだけ。私の心には響きませんでした。私は創造には賛成できません。ただ、あなたが世の中の同意も得てどうしても創造を行うと言うなら、ぜひ、ナユタの力を借りてください。それが私の回答です。ナユタの力を借りることなく創造を行うことは途方もなく恐ろしいことに思えます。」

 この言葉にヴィダールは唇を噛んだ。

「しかし、父上であるヴァーサヴァ神がこの創造を支持してくださっているのですぞ。」

 そうヴィダールは重ねて言ったが、ユビュの答えは変わらなかった。

 ヴィダールは諦め、改めて、面会に応じてくれたユビュに丁重に礼を言い、ナユタを再び訪ねることを約してユビュの元を去ったのだった。

 

 こうしてヴィダールは再びナユタの元を訪れた。ヴィダールはナユタに言った。

「言われた通り、ユビュ様のもとを訪ねました。ユビュ様は創造に積極的に参加するとは言ってくれませんでしたが、あなたが賛同してくれるなら創造を開始しても良いと言ってくださいました。」

 この言葉はユビュとの会見を都合よく解釈した言葉と言えたが、ヴィダールはそう主張し、さらに続けた。

「ぜひ、この創造に賛成し、かつ、参加して欲しいのです。あまたの神があなたの助力を欲しています。森の中の生活が悪いとは言いませんが、それがすべてではない。今一度、世界に出て、共に創造を行なおうではありませんか。」

 しかし、ナユタは、改めて創造の課題について述べた。

「創造の限界は前回のヴァーサヴァの創造で見極められた。かつて偉大な創造もあったが、結局、創造によって得られるものには限りがある。そして、これまで以上の何か新しいものが生み出せるわけでもないのではないか。」

 このナユタの言葉を捉えて、ヴィダールは語気を強めて言った。

「新しいものが生み出されるわけではないと言われるが、それは違います。これ以上のものがありえないというようなことも決してありません。新たな創造は新たな法則に基づいてなされるのであり、必ず、これまでにない新しいものが生み出されるのは間違いない。新たなものを切り開く勇気と挑戦する心があれば、必ずや道は開けます。」

「たしかに新しいものは得られるかもしれぬ。だが、それはこれまで以上の何か価値を持つのだろうか。ヴァーサヴァの創造は結果としてパキゼーの法を見出した。それ以上のものが今後見出されるのだろうか。これからの創造で新たに生み出そうとしているものは、結局、パキゼーの法からも遠く、そしてまた私が森の中で見出した境地からも遠いのではないか。」

 このナユタの言葉に、ヴィダールは

「私はそうは思いません。」

ときっぱりと反論した。

「森には森の真理がある。それは私も重々承知しています。私も長く森に暮らした神です。ただ、創造が生み出しうるもののうち、まだほんの一部しか現実のものになっていないのも事実です。前回の創造が、ユビュ様のタンカーラによって、中途で帰滅してしまったからです。私にはあの創造は、次の次元のものを生み出しえたはずだったと思えてなりません。」

「だが、前回と同じ創造をさらに展開しようというなら、それには断じて同意できない。あの創造の課題は、ヴァーサヴァが創造を開始したときに主張したとおりだ。パキゼーの法という輝かしいものは生み出したかもしれぬが、人間に真の力を付与していない創造は必ず限界に突き当たる。」

「その通りです。だからこそ、 前回の創造のいたらなかった点に心を配り、より適切な創造に導く道をナユタ様に導いていただきたいのです。議会が私に要請したのも、まさにこの点に関してであると思います。」

 だが、ナユタは創造に協力するとは言わなかった。しかたなく、ヴィダールは次のように言った。

「私は議会でナユタ様とユビュ様のいずれかに助力を請うことを要請されました。そして私はおふたりに助力を請いました。これで議会からの要請に対しては答えており、あとは私が創造を行うだけ。創造を行うかどうかの議論ではなく、創造を行うに当たって助力をいただきたいという話だと理解いただきたい。」

 この言葉を聞くと、ナユタは淡々と答えた。

「おまえがそう言うだろうことは分かっていた。私が言えることは、真理を見つめ、真理に従って道を歩くべきだということだけだ。それが私が与えることのできる助言のすべてである。」

 この言葉はヴィダールの創造を否定する言葉であったが、もはやヴィダールにとってはそれでも良かった。

「ありがとうございます。その言葉だけで十分。その言葉だけで千金の重みに値します。」

 そう言って、ヴィダールは頭を下げ、礼に則った別れの挨拶を行ってナユタのもとを辞したのだった。

 

 都に戻ると、ヴィダールは、議会の要請に基づいてナユタとユビュに助力を要請したことを議会に報告し、さらには、ナユタから助言を得ることに成功したと喧伝した。

 ヴィダールはこう言った。

「ナユタからは、この創造を行うにあたっての助言をいただきました。それは、真理を見つめ、真理に従って道を歩くべきだ、というものです。この言葉は、具体的な策ではなく、抽象的な言葉ではありますが、まさに、重みと深みのある言葉でありませんか。このナユタの助言に沿って、今回の創造を進めれば、必ずや道は開けましょう。」

 この報告に多くの神々が安堵し、今回の創造はきっと成功するだろうという思いを多くの神々が強くした。

 そして、創造推進派はこの事態を受けてシャールバの宰相辞任を迫った。

「これから創造を開始しようという時、創造不支持の宰相はふさわしくない。」

「創造開始の儀式で、いったいシャールバは宰相としてどんな祝辞を述べるというのか?」

 それが彼らの主張だった。創造推進派が内閣不信任案を出せば可決されるという事態になると、シャールバに残された道は、辞任か議会の解散しかなかった。しかし、議会を解散しても選挙で勝てる見通しはなく、逆に、シャールバ支持の議員の多くが議席を失うことになりかねない選挙への反対意見で高まる中、シャールバは辞任しか選択肢がなくなったのだった。

 シャールバに代わって宰相の座についたのは、トルミデスという行政府上がりの議員だった。トルミデスはもともとヒュブラーとの繋がりが強く、ドルヒヤ派に属する男神だったが、シャールバの政府の中で力量を認められて議員へと転身し、今回いち早く創造への支持を打ち出したことが宰相への道を開いたのだった。

 トルミデスは宰相に就任すると、議会で語った。

「この世界はすべての神のための開かれた世界であり、政府の最大の役割は、世の神々の希望に沿って政治を行うことである。今、世の神々はヴィダールが始めようとしている新たな創造を熱烈に支持している。政府はこれを支持し、最大限の助力を行うことを約束する。」

 議場は割れんばかりの拍手に包まれた。立ち上がって拍手する議員も少なくなかった。そのトルミデスが副宰相に抜擢したのが、創造推進派に鞍替えしたシャンターヤだった。

 こうして、創造開始への道筋がつけられると、ヴィダールは着々と創造開始の準備を進めた。ヴィダールは温めていた構想に基づき、慎重に創造のための数式を書き連ねた。ヴィダールは、ヴァーサヴァの前回の創造の欠陥について注意深く分析し、また、前回の創造に対するナユタの批判も踏まえ、対策として、人間たちによりたくましい心が生まれるような条件を設定した。

 数式を書き上げると、ヴィダールは、三か月後の満月の夜に創造を開始する儀式を執り行うことを宣言した。しかし、同時にヴィダールはナユタから援助を得ることを最後まで諦めなかった。ヴィダールは創造が開始されることをナユタに書き送り、創造の開始に立ち会い、力を貸してくれるよう強く懇願した。

 森のナユタは、その書簡を受け取ると、ウパシーヴァ仙神に相談した。

「いずれにしても創造が行われるとしたら、せめてもの努力として創造の儀式に立ち会い、なすべきことがあるなら、なした方が良いのだろうと考えています。」

 そう言うナユタにウパシーヴァ仙神も同意して言った。

「その結果がどうなるか分からぬが、ただ傍観していても何も生まれぬからな。」

 こうして、ナユタはかつての復興式典後に森にやって来て以来出たことのなかった森を出て、単身ビハールに向かったのだった。

 

 久しぶりに森を出たナユタにとって、ビハールに向かう道は昔と変わらぬ懐かしい道であった。道の両側には、弧を描いた棕櫚の木が立ち並び、田畑では牛がのんびりと木犂を引き、神々が身をかがめて種を蒔いたり、畦道を行き来したりしていた。燕があわただしい鳴き声を立てながら小川の水の上や田んぼの泥土の上をかすめて飛び回っていた。高い無花果の木陰には、部落の背の低い小屋がかたまっていた。子供たちが歓声を上げながら走り回ったり、あるいは花を摘んだり、道ばたに座り込んで遊んでいるのも微笑ましかった。

 ビハールに近づくにつれ、しだいに建物がたて込んできた。田舎の村落に代わって富裕な郊外が立ち現われ、やがてビハールの城塞がそびえ立っているのが見えてきた。

 かつてルガルバンダの虚像が神々を睥睨していた南門から都に入ると、ビハールは大きく変わっていた。宮殿へと通ずる大通りは綺麗に整備され、その周りには当時はなかった立派な建物が林立していた。音楽堂、演劇場、美術館、図書館、大学などが立ち並び、新しい議事堂や役所の建物もあった。

 その大通りを行き交う神々の笑顔は当時よりはるかにのびやかで、若い女神たちは美しい衣装に身を包み、若い男神たちは颯爽と歩いていた。大通りの先の勝利の門をくぐると、かつてのスフィンクスがそのまま並ぶ大参道があって、その先の大階段を登り切った上に宮殿がそびえていた。

 ナユタは宮殿内に用意された宿泊所に宿投したが、その部屋には立派な彫像が置かれ、ベッドや家具などの調度品も立派なつくりであった。

「世界は裕福になったものだな。」

 そうナユタは感慨深げにつぶやいた。しばらくするとヴィダールがイルシュマと共に現れた。ふたりとも硬い表情が見え隠れしたが、ヴィダールはできる限りの笑みを浮かべて言った。

「いつお着きになるか分かりませんでしたので、きちんとしたお出迎えもせず申し訳ありません。ですが、ナユタ殿をお迎えする準備はイルシュマにぬかりなく整えてもらっています。」

 ヴィダールに続いてイルシュマも挨拶した。

「お久しぶりでございます。今回の滞在でのお世話は何なりとさせていただきます。お気軽にお申し付けください。」

 ナユタは簡単な挨拶と礼を述べたが、続けて言った。

「イルシュマはあれからずいぶんな富豪になったそうだな。まあ、儲けるのが悪いとは言わないが。」

「恐れ入ります。ですが、今回のヴィダールの創造には世の神も大きな期待を寄せており、私もそれに少しでも力となるべくこれまでの儲けの一部を世に還元してヴィダール殿の活動を支えさせていただいております。それと、これをお渡ししなくては。」

 そう言って、イルシュマは勘定書のようなものを数枚ナユタに手渡した。

「分かりにくいでしょうが、これはナユタさんの財産です。ナユタさんが森に帰られた後も私の方で資産を管理運用させていただき、今、これだけの資産があるということです。ちなみに、資産の額ですが、ビハールで豪邸を十個建てても十分にお釣りつりがくるくらいですので。」

「それは良いことなのかどうかな。まあ、ともかく、それはおまえに任せたし、これからもおまえに任せておくよ。」

「さすがはナユタ殿。私などはほとんど無一文なので、ここでの生活もすべてイルシュマ殿に面倒みてもらっていますが。」

 そう言って笑うと、ヴィダールは今後の計画や予定などをあれこれと説明していった。

 

 ふたりが帰って、一休みすると、ナユタはひとりで街に出かけた。一歩、大通りから外れる道に入ると、果物や野菜を満載した屋台が並び、荷を積んだロバが行き交っていた。露台で刃物を並べて切れ味の良さを吹聴している商神、魚売りの行商神、道ばたに座り込んでゲームや賭け事に興じる男神たちもいた。波止場からの風が香木の香りを運んでくると、その香りにはアカシアの花の匂いが甘く混じっていた。上品だが高慢そうな上流階級の女神は八神の男どもに担がせた駕籠に乗り、扇子を振りながら街を進んでいたし、壺を頭に乗せた女たちの列とも行き違った。

 誰もナユタのことに気づかない道を歩いて広場に出ると、何神もの大道芸人たちがそれぞれの技を競っていた。蛇を使う者、剣を飲み込む者、綱渡り芸神などさまざまだった。広場の一角では、女神たちが手をつないで歌を歌っていた。砂漠を渡ってきたと思われる隊商のラクダたちもいた。

 そして、広場の周りを取り囲む店々には、新鮮な野菜や果物がうず高く積まれ、様々な種類の魚や肉が並べられていた。香辛料を売る店は独特の匂いを放っていたし、さらに、広場から周囲に伸びている道の両側にはさまざまな店が並び、あでやかな布地や衣服、金細工、宝石、香料、薬、帽子、絨毯などさまざまな品物が売られていた。世界各地から集められた珍しい物品を売っている店も何軒もあった。

 街を行く神々は幸せそうで、ナユタは、

「なぜ神々はこれに満足しないのだろうか。なぜ、再び創造を欲するのだろうか。」

と疑問に思いながら街を歩いた。

 夕方になると、ロバのいななきや、物売りたちの呼び声がかまびすしく、神々の住居が密集するあたりでは、家々の前で女神たちが炊事の火を焚きつけ、路地裏には揚げ物の匂いが立ち込めていた。

 街中に戻ると、乳房も腰も透けて見えるほどに薄い衣をまとい、あでやかな化粧をした女神たちがたむろし始め、すらりとしたたおやかな体をくねらせて男神たちを誘っていた。古代からの変わらぬ光景であった。

 大いなる都の騒音を再び耳にし、神々のせかせかと慌ただしい動きを目の当たりにしたナユタは、何の歓びもなく下町の露店に座りこんだ。運ばれてきた酒に手を伸ばすと、ナユタだと気付かない神が語りかけてきた。

「どこから来たのかね。都もんではなさそうだが。」

「ええ。森から久々に出てきましてね。都は大きく変わりましたね。」

「ああ、泰平の世が続いてな。生活は安定していていいんじゃが、ただ、創造がないというのは、刺激もなく、なんとも腑抜けた感じじゃったな。だが、ヴィダールがいよいよ創造に手を付けるというので、都中の者がわくわくしとる。」

 その神がそう言うと、別の神も会話に加わった。

「その通りじゃ。創造のない生活など、気の抜けたビールのようなもんじゃな。平々凡々のなんの変哲もない無意味な時間がただ流れているだけじゃからな。」

「この世界の神々はみな創造を待ち望んでいるのかな。」

 そう問いかけたナユタに神々は口々に答えた。

「もちろんじゃ。創造こそ神々の務め。みな楽しみにしておろう。」

「シャールバやプシュパギリは創造に反対しておったが、彼らはもう古い神だしな。」

 神々の言葉にナユタは口をつぐんだ。

 夜になると、ビハールはさらににぎやかだった。まさに、ここは不夜城であり、大きな門には炬火が明々と燃え、街角の列柱には燈火が煌々と灯っていた。そして、かまびすしい低俗な音が氾濫し、酔客たちの叫び声が夜空に立ち昇っていた。ビハールの上空は、都の中心の無数の燈火に赤々と照り映えていた。妖艶な女神アルセイスの館も以前よりさらに立派になり相当に繁盛しているようだった。

 夕食をとるために店の一つに入り、席に料理が運ばれてきてしばらくすると、店の舞台に若い女神が登場した。彼女は音楽に合わせて舞を舞い、踊りに合わせて衣装を次々に脱いでいった。ついに全裸になった彼女は煽情的なまなざしで男神たちを見つめ、男神たちは、そのゆらゆらと揺れる乳房やかわいい腹部、腰のうねり、そして両足を大きく広げた股間に惹きつけられていた。

 ナユタはひとり宮殿に戻ったが、心は重かった。

「神々の心は真理からほど遠く、森の精神からもほど遠い。心の静けさではなく、心を揺り動かす刺激に飢えている神々に救いはあるのだろうか。」

 そうナユタはつぶやかざるをえなかった。

 

 次の日、シャールバ、プシュパギリ、ギランダがナユタを訪ねてきた。久しぶりの再会だったが、三神の表情は冴えなかった。

「今回はまたご苦労をお掛けすることになりました。」

 そう言って挨拶したシャールバにナユタは力付けるように言った。

「いろいろあったようだが、元気を出さないとな。この世界はおまえたちに任せたんだ。その結果におれがとやかくは言わない。ともかく、都は立派になったし、平和の維持が世界を発展させた。まさにみんなの努力のたまものだ。」

 シャールバはこの言葉に感謝の言葉を述べたが、言葉を弱めて続けた。

「ただ、この世界があなたの期待したような世界になったかどうか。神々は依然として、必ずしも高貴な心を持っておらず、低俗な楽しみと安逸の生活に走っていますし。」

「そのことはよく分かっている。だから、ヴィダールの主張に神々が興奮しているのだろうな。おれも創造に賛成ではないが、いずれにしても創造が開始されるなら、いくらかなりとも力になろうという思いで森から出てきたのだ。」

「ええ、よく分かっています。ナユタの助力なしに創造を始めることは危険極まりないと言わねばなりません。なんとかしてナユタの力で創造を正しい道に導いて欲しい。それが簡単でないことはよく分かっているし、ある意味、無理なお願いだと言うことも重々理解しているが、それだけが今できるせめてものことなんだ。」

 シャールバはそう言ったが、そもそもこの創造を阻止しえなかった無念さは言葉の端々に滲み出ていた。

 久しぶりに再会で、いろいろの者たちの近況も聞くことができた。

「ご存じと思いますが、創造支持派に鞍替えしたシャンターヤはますます羽振りが良くなってます。財務省長官として金を握り続けているし、今や、副宰相まで兼務していますからね。」 

 そう言ったプシュパギリはさらに続けて言った。

「おれと一緒だったときは、いつもまじめで物事に忠実なやつだったが、まあ副宰相としての仕事も彼に合っているのかもしれないな。補佐役としては最高の存在ですから。」

「それで、おまえたちとはどんな関係なんだ?」

 プシュパギリは含みをもった表情で答えた。

「まあ、昔からの仲間ですからね。大神の付き合いというものもありますし。ただ、残念ながら深い溝ができたのも事実でしょうね。」

「まあ、そうかもしれないな。それで宰相と議長は誰が務めているんだ?」

 これにはギランダが答えた。

「多分、知らないと思いますが、シャールバが辞めたあと、トルミデスという男神が宰相を務め、議長はアルキュタスという男神です。」

「どちらも知らないな。」

「ええ、どちらも行政府ができてから出てきた役神上がりの議員です。ヴィダールが出てきたときにいち早く創造への支持を打ち出して議員の支持を集めたんですよ。でも、トルミデスにしても、たしかに行政に長けた政治家とは言えますが、自ら大胆なことをするわけではなく、世の動向や風潮に追随して何事も無難にそつなくこなすというタイプです。ある意味では信頼できるし、こんな平穏の世では、彼らの方が向いているとも言えるかもしれませんが。」

「ちょっと臆病なくらい慎重すぎるところがあって、もう少し大胆に思い切ったことも必要じゃないかと思うがな。」

 そう付け加えたシャールバはさらに他の者の近況についても教えてくれた。マーシュ師はマーシュ大学の名誉学長として表舞台からは退き、同じく、ウダヤ師もウダヤ総合技術院の院長を退き、後任には副院長だったアリアヌスが昇格したということだった。そのアリアヌスは教育科学省長官の職は辞し、ウダヤ総合技術院に専念しているということだった。

「アリアヌスは純粋な技術者、発明家だったから、その方が良いのかもしれないな。」

 そう言うナユタに、ギランダが大きくうなずいて答えた。

「ええ、教育省で役人を相手に、形式にこだわり、建て前と本音が違う世界で生きるのは彼の性には合わなかったようですよ。今では、ウダヤ技術院の院長とは言っても、技術者たちと議論したり、自分の研究に没頭したりする時間が圧倒的に多いようです。技術院の職員からはもっと院長としての仕事をして欲しいと言われているらしいですが、アリアヌスはどこ吹く風というような感じだそうで、院長なんて今すぐでも辞めていいとうそぶいているらしいです。」

「アリアヌスらしいな。」

「一方、中央政府から地方へ出て行った者たちもいます。」

 そう言ったシャールバによると、土木交通省長官だったドルヒヤ族出身のヒュブラーはかなり前に自分の故郷の地方に帰ったそうだった。

「ヒュブラーは今はマカベアで地方長官を務めています。ビハールから転出するとき、『へこへこすることにかけては神後に落ちないが腹の中では別のことを考えている奴らと付き合うのにはうんざりした。』と言っていました。また、『都の奴らは頭が良すぎる。とても敵わない。鶏口牛後とも言うし、田舎でふんぞり返っている方がおれの性に合ってる。』と笑っていましたよ。」

 そう教えてくれたシャールバはさらにクレアのことにも触れた。

「マカベアと言えば、ナユタさんの元にいたクレアさんもマカベアに帰りましたが、その後のことはご存じで?」

「いや、特に、何の連絡もないので。」

「そうですか。クレアさんはマカベアの名士と結婚したそうですよ。息子もふたりできたそうで。旦那はヒュブラーの引き立てもあって、側近としてかなりの羽振りのようです。一度、ヒュブラーがビハールに出てきたときに一緒に来ていました。」

 クレアが結婚したことは初めて知ったが、ある意味、当然のことでもあった。なんとなく心に寂しい気持ちもあったが、所詮、ナユタの道はクレアとは交わってはいないのだ。

 一方、ジャトゥカムについても近々ヤズディアに帰って地方長官に就任するということだった。

「ジャトゥカムはシャンターヤの妻パルミュスの兄だからシャンターヤに近いわけだが、正直、シャンターヤの創造推進派への鞍替えはあまりよく思ってないようで。たしかに、権力闘争という面では、ヤズディア派は既得権益に固執する保守派として批判されてきたので創造反対を続けるのは賢くはないのだろうが、シャンターヤの態度はジャトゥカムは節操がないと捉えているようだ。それもあるし、ヒュブラー同様、ビハールの政治の世界が肌に合わないのもあったんだろうな。」

 そう説明してくれたのはプシュパギリだった。

 ともかく世の中は動き、変化を続けているが、今の最大の問題はヴィダールの創造のことだった。どう対処するか、それは明日、創造を準備する者たちと会ってからだった。

 

 次の日からナユタは創造の準備に立ち会った。

 ヴィダールは言った。

「今回の創造にはこれまでの創造とは決定的に違う点があります。それは、この創造においては、科学技術の力が大きく世界を動かし、未来を切り開くという点です。科学の探求と新技術へ挑戦する心を人間たちに植え付けるつもりでいます。」

 ナユタは疑問を隠さない表情で問い返した。

「だが、それは何を意味するのか?ただただ、労働が楽になり、日々の生活が便利になり、経済繁栄を促し、人々が豊かに暮らしうるというだけではないのか。そのようなもので創造の真の意味が生み出されるとは思えないが。」

「徳も富がなければ輝かぬ、礼節も衣食が満たされて初めて現れる、と言います。科学技術の力は、地球での生産力を向上させ、人々に豊かな暮らしをもたらすでしょう。そしてまた、地球で生まれる新たな技術は、この神々の世界にも恩恵をもたらすでしょう。」

 ナユタが納得のいかない顔をして黙りこくっていると、ヴィダールはさらに続けた。

「科学技術の進展が人間の世界に何をもたらすかは、まるで未知の領域なのです。それに挑戦することこそ、新たな創造への挑戦なのです。私は、ぜひ、その結果を見てみたい。誰も見たことのない世界が生み出されるのです。」

「だが、そのような創造が本当に必要なのか?」

 そう言ってナユタは必ずしも納得はしなかったが、それに対してヴィダールが言ったのは、次のような言葉だった。

「この創造は基本的に、立法府の議決と行政府と認可を得ております。むしろここに至っては、この創造を行うのが私の義務であり、行わなければ、それは背反行為、約束の不履行となるのです。」

 こうして、とにもかくにも、ナユタは創造の準備に協力し、さまざまな意見提示や提案を行った。特にナユタがこだわったのは、人間の在り方についてだった。ナユタは言った。

「今準備している法則に従ったのでは、人間はあまりに自尊心が強く、自負心の強い存在になりはしないか。」

 だが、創造準備委員会の委員のひとりはこう反論した。

「しかし、自尊心、自負心という拠りどころなしには、人間は自立していけないのでは?人間が困難を切り開いてゆくためには、自分を価値あるものと思える心を付与することが必須と思いますが。」

「もちろん、自尊心や自負心は必要だろう。だが、それが強すぎては、結局、傲慢な人間を増やし、協調よりも対立、融和よりも争いを志向する人間たちが支配する世界になりかねない。自尊心や自負心が不要とは言わないが、もっと謙虚さが必要と思うが。このままでは、強欲で独占欲が強い人間がはびこりはしないか。」

 委員たちはこのナユタの言葉に渋い顔をしたが、ナユタがさらにこれらのことについて主張を続け、この点に固執することが分かると、諦めたように言った。

「良いでしょう。ナユタ殿のご意見を取り入れ、もう少し、自尊心や自負心を押える方向で検討致しましょう。ただ、神々よりも立派な人間どもを創り出すのもいかがなものかとは思いますが。」

「しかし、神々より立派な人間たちを創り出してはならないという掟もないと思うが。」

 そうナユタは言ったが、その日は、それ以上は言わなかった。

 だが、委員たちの言葉はナユタに考えされるものがあった。神よりも劣った人間たちを造り出し、その人間たちが織りなす愚かな世界が繰り広げられる。それがあたかも自明のこととして考えられているのではないか。

 そんなことをあれこれ考え込んだ末、次の日、ナユタは大胆な提案を行った。それが受け入れられるようには思えなかったが、どうしてもそれを言ってみたかったのだった。

「ヴァーサヴァの創造した世界が誘起した数々の問題点は、ひとつには、その世界が生存競争の世界だということに帰結する。食うか食われるかの世界、強者が弱者を飲み込む世界、そうしなければ生き残れない世界だということだ。そうでない世界は創れないだろうか?」

 この提案には委員の誰もが驚いた。そんなことはどうやってやるのか想像もできなかったからだった。委員のひとりが思慮深げに言った。

「ナユタ殿、おもしろい提案かもしれませんが、そのような世界はどうやって創りうるのでしょうか?私には、とんと見当も付きませんが。何か具体策のようなものはありますか?」

「植物は他のものを食べて生きてはいない。太陽の光を浴びて成長する。動物も含めてすべての生き物が、他のものを食らうのではなく、太陽の光によって生きれるようにしてはどうか?」

 このナユタの言葉は委員たちをさらに面食らわせた。だが、委員の中には、このような可能性を考えたものもあるようで、ある委員が発言した。

「そのような可能性はこれまで一度も議論されてきませんでしたが、私自身は考えてみたことがないわけではありません。実際、もし、そのようなことができれば、生き物たちが殺しあわずに済む世界ができるわけで、世界は劇的に、そして根本的に変わるでしょう。しかし、その点についてウダヤ技術院の学者と意見交換したこともありますが、私たちの知識に基づく限り、太陽エネルギーを受けて生物が自分の中で作りうるものをエネルギーに変えるだけでは、どう考えても、動物や人間に必要なエネルギーを生み出せないのです。」

「では、太陽エネルギーをもっと強くするとか、生き物たちが太陽エネルギーを自分自身のエネルギーに変える効率を良くするとはできないのだろうか?」

 ナユタのこの問いに、その委員はさらに答えた。

「まず、太陽エネルギーを強くすると、地球は灼熱の地獄と化し、逆に、生き物が生きてゆくことができない世界となるでしょう。太陽エネルギーを生き物たちのエネルギーに変換する効率については、原理的には高めることも可能なのでしょうが、現時点では、創造の法則をどのように変えることによってそれを実現できるか、まるで見当がつかないのです。」

 この発言に、他の委員は胸をなでおろした。今回の創造を根本から見直すなどということを回避できるからだった。ナユタもこの返事を受けて、それ以上は言わなかった。

 創造準備委員会の委員長が議論をまとめる発言をした。

「ナユタ殿の昨日そして本日の提案はまことに示唆に富むものであったかと思います。ナユタ殿の意見を参考にしつつ、さらに、創造の準備をしたいと思います。」

 この委員長の言葉に従って、委員たちはナユタの意見に従って創造の法則に修正を加えたが、それは、ナユタが望んでいるほどではなかった。彼らがナユタの意見を取り入れたのは、ナユタの助力を得たという形を整えるためでもあったろう。ただ、ともかく、ナユタの意見によっていくつかの修正が創造の設計に加えられたのも事実であった。

 こうして、約二か月の準備の後、いよいよ創造の儀式の日となった。

 ビハールの城外の平原に、創造の儀式のための舞台が設けられた。イルシュマが提供した膨大な資金で準備したその儀式は数十世紀来の壮大な儀式だった。

 無数の神々が平原に集まった。夜、満月が昇ると、ヴィダールが舞台に登り、創造への崇高な使命感に満ちた演説を行った。さらに、行政府、立法府、司法府の長がそれぞれ祝辞を述べて、捧げものを捧げた。バルマン芸術院の楽師たちが荘重な音楽を奏でる中、トランペットのつんざくような響きが創造の開始を告げると、ヴィダールは、創造される世界が支配されるべき数式を刻みこんだ石版を祭壇に捧げた。そして、ヴィダールはナユタから得た助言として、

「真理を見つめ、真理に従って道を歩く。」

と言葉を添えた。

 祭壇に採火されると、炎は天を突くばかりに燃え上がった。創造の誕生であった。

 ヴィダールは、ブルーポールを取り出して宣言した。

「真理に従った道を歩くべきこの創造にブルーポールが光を与えるだろう。」

 そしてヴィダールはそのブルーポールをナユタに渡した。ナユタがブルーポールを掴むと、その青い輝きはいっそう輝きを増した。

 ナユタは念じるように深みのある声で言った。

「創造には幾多の辛苦が伴うだろう。だが、その中から光を見出し、真理を求める賢者が道を開くために、私はここに再びブルーポールを掲げる。このポールの清浄で真摯な光が創造される者たちに勇気と希望をもたらすことを願いたい。ブルーポールよ、光を放つがいい。」

 ナユタがそう語り終わると、ブルーポールは鮮烈な青い数条の光を大空に向かって解き放った。神々の歓声が上がった。

「再び、創造だ。」

「待ちに待った創造が開始された。」

「いよいよ新しい世界が展開される。」

 そんな神々の叫びがいたる所から立ちのぼり、会場は興奮の渦に包まれた。祝祭の気分が会場に詰めかけたすべての神々の心に染み込んだ。

 

 こうして再び創造が始まった。多くの神々が創造に歓喜の声を上げ、創造がもたらす実りへの期待に酔いしれた。

 実際、ヴィダールの創造した世界は大きく展開した。そしてその世界は、かつてのヴァーサヴァの創造に劣らぬ峻烈な世界となった。この刺激に満ちた世界を創造したヴィダールには賞賛の嵐が巻き起こったが、同時にその世界は凄惨で恐怖に満ちた世界でもあった。

 荒々しい戦いが繰り返された。ある独裁者は十万人を生き埋めにしたし、別の勝者は処刑した者たちのどくろを広場にうず高く積み上げさせた。

 だが、同時に、優れた叙事詩、建築物などが作られ、新しい思想も生まれた。それはある意味、ナユタがブルーポールから放たせたあの光に由来するものであったろう。とてつもなく繰り返し襲い掛かる苦難にもめげず、たえず前を向いて歩く人間たちの力はまさにナユタの与えたものかもしれなかった。

 そして、神々は地上での息をのむような出来事に興奮し、生み出されたすばらしい作品に酔いしれた。しかし、それは、平和で繁栄した世界ではなく、幾度となく悲惨な戦いが繰り返される混沌とした世界を意味していた。

 混乱した世界の中では人々の欲望が渦巻き、冒険家と野心家が次々と現れては世界を揺籃させた。思想界でも芸術の世界でもそうだった。複数の宗教が乱立し、その一つ一つの宗教がさらに多数の宗派へと分裂を繰り返した。そして人々は色と権力の亡者となり、金と権勢が人々の価値を決めた。

 

 この創造に対して多くの神々が支持を与えたが、創造への批判も水面下で脈々と流れ続けていた。

 そして、ナユタやユビュが必ずしもヴィダールが主張するようにこの創造に賛成だったわけでないことが次第に明らかになってくると、ヴィダールへの批判も強まっていった。ナユタが創造の場に立ち会い、しかも、ブルーポールをかざしたことはヴィダールの立場を支えるものであったが、創造への批判者は、それがナユタの積極的賛成ではなかったことを厳しく追及した。ナユタの行為にも批判が集まった。議会では創造への批判演説が行われ、ヴィダールは必死に弁明しなければならなかった。

 地上で凄惨な戦いが繰り返され、人々の悲鳴が天を焦がし、人々の嗚咽が大地を覆うたびに、創造への批判の声が高まった。そんな中で創造批判の中心に立ち上がったのがシャールバ、プシュパギリ、ギランダらの保守派の重鎮だった。

 中でも、プシュパギリは、創造された世界から立ちのぼる慟哭を耳にするや、声高に叫んだ。

「創造において懸念されていた通りのことがまさに具現化している。ヴァ―サヴァの創造にも懲りず、またもや愚かな創造が繰り返されている。たしかに、その創造にナユタも立ち会ったかもしれないが、ナユタにはなんの責もない。彼自身は創造に賛成ではなく、ただ、創造がなされると決まったならせめて力になろうとブルーポールを発光させただけだ。何度となく繰り返される愚かな創造への反省はないのか。愚かな創造を誅することこそが私のなすべきことだ。その使命が私の心を呼び覚ました。私はなさねばならないことをなすだろう。」

 それは前回の創造に際してムチャリンダが発した非難に匹敵する激しさ、厳しさだった。しかし、ヴィダールは渋い顔はしたものの、慌てはしなかった。

「こうなることはある程度予想はしていた。だが、彼らが力を持っていたのは過去のことに過ぎぬ。この現代において、彼らにどれほどの力があるというか。もはや時代遅れの守旧派にすぎぬではないか。そんな彼らの主張に誰が耳を貸すというのか。そしてまた、かつてであれば、ムチャリンダのような神が世の神々を糾合して創造の破壊のため大軍を仕立てるということもあり得たわけだが、現代のこの平和な時代に誰がそんなものに参加するというのか。」

 だが、シャールバ、プシュパギリ、ギランダらも負けてはいなかった。急先鋒のプシュパギリは、首都ビハールで活発に創造批判の論陣を張った。プシュパギリは語った。

「創造は何ら真なるものを生み出していない。新たな混乱を生み出し、創造されるものの悲惨さを際限なく生み出しているにすぎぬ。そしてまた神々の世界に新たな混乱を引き起こさずにはいない。創造を推進するヴィダールは神々に厄災をもたらしているだけだ。」

 創造に批判的な勢力はプシュパギリらが起ち上がったことで一気に勢いづいた。ただ、彼らは、かつてのムチャリンダやイムテーベのように創造への干渉を行うことはしなかった。

「この創造がどういうことになるか、見させてもらおうではないか。下手に干渉して、創造が思わしくゆかない原因をおれたちのせいにされてはたまったものではないからな。」

 議会では依然としてヴィダールを支持する議員の数が多かったが、圧倒的多数で創造の開始を支持していた時とは明らかに状況が異なっていた。

 そんな状況を打開するためにヴィダールが考えたのは、シュリーを担ぎ出すことだった。

 シュリーは、かつてエスドルの野でルガルバンダ軍に敗れ、

「再び創造が開始されることがない限り、目覚めることはない。」

というルガルバンダの呪いによって森の小さな祠で眠らされていたが、ヴィダールの創造によって呪いが解け、今は森の中のラクシュミーの祭壇のそばでライリーらとともにひっそりと暮らしていた。

 かつての神々の会議の主催者であるヴァーサヴァの長女にして、才気に満ちた美しい容姿のシュリー。かつて二度の戦いに敗れたとはいえ、シュリーに対する畏敬の念が多くの神々の心に残っているのも事実だった。

 実際、マーシュ大学では、偉大な教授や研究者が、シュリーの生い立ちから二度の戦いに至るシュリーの足跡を丹念に調べ、その理想や業績を報告していた。代表的なものは、サビーニの『時代を席巻したシュリー』、メルキゼデクの『天才シュリーの無念』、ラルサの『シュリー歴戦記』などである。これらの書物は多くの神々に読まれたし、さらに、シュリーを主人公とした戯曲や小説も後を絶たなかった。なかでも、ナディームが書き著した十一巻にわたる『悲劇の王女シュリー』は多くの神々の心を打つ傑作であった。

 ヴィダールはシュリーを担ぎ出すことを決意すると、単身、森に居を構えてライリーらと供に暮らしているシュリーの元を訪ねた。

 ヴィダールはシュリーの前に現れると、顔を曇らせて言った。

「宇宙の女王であるべきシュリー様がこのような生活をなさっているとは。」

 そして、ヴィダールは続けた。

「私はヴィダールと申す神。このたび、ヴァーサヴァ様より、シュリー様のブルーポールを授かり、この創造を開始いたしました。そのブルーポールをお返しし、宇宙の正統なる後継者であるはずのシュリー様にこの創造の主催者になっていただきたく、お願いに参りました。」

 この言葉はシュリーを驚かせた。シュリーはヴィダールごとき身分の低い神が創造を執り行うなど断じて許せぬと考え、どうやってヴィダールの横暴を誅したものかと考えていたのだが、ヴィダールの言葉を聞くと、冷静に答えた。

「そなたがヴィダールか。今回の創造をそなたが開始させたことは存じておる。創造は神の務め。創造をなさずに時を浪費するのは神としての務めを放棄することにほかならぬ。それで、その創造において私に何を期待しておるのか。」

「先ほど申し上げました通り、この創造の主催者になっていただきたいのです。私は、神の務めである創造をなさねばならぬとの思いから、創造を始めました。ただその際、シュリー様はまだ眠っておいででしたので、ヴァーサヴァ様の元へ参り、創造のご許可をいただき、シュリー様のものであったブルーポールを授かりました。ですが、シュリー様がお目覚めになられた今、この創造の主催者はシュリー様であるべき。そして、このポールもシュリー様のものであるべきです。ぜひ、都に出て、この創造の主催者の席にお座りいただきたいのです。」

 この言葉はシュリーを喜ばせた。まさにシュリーの意にかなった言葉であった。シュリーは言った。

「良いでしょう。父ヴァ―サヴァの正統な後継者は本来長女であるこの私。ライリー、さっそく都に行こうではないか。」

 しかし、ライリーは、過去二回の失敗に鑑み、シュリーのその権勢欲が身を滅ぼしかねないことを懸念していた。ライリーは慎重に言った。

「ヴィダール殿。シュリー王女を創造の主催者にとのお話はまことにありがたい話ではあるが、創造の主催者とはいったいいかなる立場で、いかなることをなさねばならないのであろうか。」

 ヴィダールはライリーの警戒心を敏感に悟ったが、努めて笑顔で言った。

「ライリー殿。シュリー様にはこの創造を取り仕切る会議の主催者になっていただきます。まさに、かつてヴァーサヴァ様が神々の会議の主催者であられたのと同じお立場とご理解いただければと存じます。そしてまた、時期が来て、この創造がすばらしい実りをつけたあかつきには、シュリー様を宇宙の女王に推挙させていただきたいと考えております。」

 宇宙の女王と言う言葉もシュリーを喜ばせた。シュリーの決心は決まっていた。

「そなたの心配りに感謝します。ここではまだ十分な褒美を取らせるすべもないが、そなたへの感謝は忘れません。」

 そう言うとシュリーは

「せめてこれを。」

と、宝石の付いた小さな短剣をヴィダールに差し出した。

 ヴィダールは、とっさに

「受け取るいわれはありませんので。」

と辞退したが、ライリーは即座にたしなめた。

「シュリー様のくだされた贈り物を返した神は未だかつておりません。」

 この言葉を受けてヴィダールはその短剣を拝受したのだった。

 

 こうして、シュリーは森を出て、都ビハールに入ることとなった。ライリーは疑問を持ちつつも付き従うしかなかった。

 シュリーはライリーに言った。

「かつてビハールのあの参道を歩かされた屈辱を払拭せねばならぬ。ビハールの神々の心を圧倒し、この宇宙の正統なる後継者がこのシュリーであることを認めさせねばならぬ。民心を変えねばならぬからな。入都の日には、できるだけ盛大にあの通りを行進するのだ。」

 ライリーに異存はなかった。森を出て都に入る以上、それは絶対に必要なことではないか。ライリーはシュリーの意向を受けてヴィダールとも頻繁に連絡を取り、粛々と準備を進めた。

 この話が公になると、シャールバは顔をしかめた。

「今さらシュリーの出る幕でもあるまいに。」

 そう語るシャールバに同調しつつ、ギランダは言った。

「まったくその通りだ。だが、プシュパギリ。おまえはどうする。おまえはかつてシュリーに仕えていたわけだからな。それに、財務省を取り仕切っているおまえのかつての部下のシャンターヤは、諾々と、シュリーのビハール入都の経費を認めているそうじゃないか。」

 この言葉に、プシュパギリは顔をしかめて答えた。

「もうかつてのシュリーとのことは言ってくれるな。シュリーがルガルバンダに敗れた後、おれはナユタやおまえたちと共に歩いてきたんだからな。また、シャンターヤはまじめで言われたことをきちっとやるタイプだから、自らの責務として経費の支出を認めているだけだろうよ。残念ながら、おれたちとは位相が合わないということだ。」

「しかし、おまえが頭を低くしてシュリーの前に進み出れば、シュリーも悪くはしなかろうし、おまえの考えを言う手もあるんじゃないか?」

 そうギランダは言ったがプシュパギリは請け合わなかった。

「無駄だよ。シュリーは気位が高く、権勢欲の塊のような女神だ。ヴァーサヴァの長女という立場を生かして、この世界で権力を手にしたいだけだ。ともかく、この創造に異を唱えるおれの考えは変わらないし、シュリーやヴィダールにすり寄る気もない。そもそもヴィダールがシュリーを利用するというような権謀術策を用い、こんなにも権勢を求める神だったとは思わなかった。」

「だが、世の神々はみなシュリーを歓迎しているからな。」

 シャールバがため息交じりにそう言うと、ギランダもプシュパギリもただうなずいて、

「しばらく、様子を見るほかあるまいな。」

と言うのが精一杯だった。

 シュリーのビハール入都の日、ビハールでは、シュリーを歓迎する幟が立ち並び、大勢の神々がシュリーを一目見ようと押し掛けた。シュリー入都の準備を周到に整えたのはイルシュマだった。大通りは綺麗に掃き清められて花で飾られ、道の両側には見物の神々で溢れた。

 南の門からシュリーを乗せた馬車が城内に入ってくると、神々の大歓声が上がった。かつてこの大通りをシュリーが鎖に繋がれて歩かされたのを見た市民の中には、今日の颯爽としたシュリーの姿に涙する者も少なくなかった。シュリーの馬車は宮殿へと続く大通りをゆっくりと進んだ。かつて大通りを惨めに歩かされ、民衆の好奇の目に晒された同じ参道を馬車で晴れやかに進むシュリーの胸中はいかほどであったろう。シュリーが握るブルーポールからの発光は遠目にもはっきりと見て取れ、その様はさながら、凱旋行進そのものであった。

 方形の勝利の門まで来ると、シュリーは一旦馬車を降り、群衆の前に姿を現した。シュリーが感慨深げに天を仰ぎ、誇らしげに右手のブルーポールを高く掲げると、割れんばかりの歓声が大きく揺れた。

 それからシュリーは再び馬車に乗り込み、勝利の門をくぐってスフィンクスの並ぶ参道を進んだ。馬車が宮殿に到着すると、ヴィダールが待っていた。ヴィダールは片膝をつき、頭を下げてシュリーを迎えた。シュリーは青く輝くブルーポールを持って凛とした姿で歩を進め、政府の高官たちに迎えられた。

 毅然として高官たちの挨拶を次々に受けるシュリーの姿は、王女としての気品と威厳を兼ね備えたものであった。シュリーの横に立てかけられたブルーポールは青い美しい光を放っていた。臨席した多くの神々がシュリーの気高い美しさに心打たれた。

 シュリーが宮殿の中に居を構えると、ヴィダールは、シュリーを創造を司る神々の会議の主催者に就けることを議会に提案し、その提案は即座に認められた。さらに、ヴィダールはシュリーのための離宮を建てることも議会に承認させた。

 シュリーはお祝いに駆け付けたヴィダール派の議員たちを歓待し、

「ここから世界の新たな歴史が始まるでしょう。」

と上機嫌に述べた。

 ライリーは近衛兵団長となって伯爵の爵位を認められ、シュリーのもっとも信頼する側近として付き従った。ただ、ライリーが本心、満足しているのかどうか、それは誰にも分からなかった。

 そのライリーは創造批判を繰り広げているプシュパギリの自宅を秘かに訪ねた。ライリーが自宅にやってくると、プシュパギリはライリーを応接間に通させ、すぐに応対に出てきた。

 ライリーは笑顔浮かべて言った。

「お久しぶりです。ご挨拶する機会もなかったので、わざわざ訪ねさせてもらいました。それにしても懐かしい。かつて共に戦ったプシュパギリ殿にお会いできるのはこの上ない喜びです。」

 プッシュパギリは心の中では警戒していたが、にこやかな表情で応じた。

「そうですね。ほんとうに懐かしい限りです。シュリー殿にもライリー殿にもご挨拶に伺いもせず、失礼致しておりました。」

「いえ、良いのですよ。私どもも都に出てきて以来、たいへんに慌ただしい日々でしたし。」

 そう言うと、ライリーは都に出るまでのことやビハールに来てからのことなどをひとしきり話したが、それが一区切り付くと、改めて言った。

「ところで、今日、秘かにお訊ねしたのは他でもない。シュリー様は創造を司る会議の長になられたわけですが、かつてシュリー様とともに戦ったプシュパギリ殿が創造批判を展開されておられますので、それについてご相談したいと思いましてね。」

 プシュパギリはなるほどと軽くうなずいたが、ちょっと重い声の調子で言った。

「やはりそうでしたか。たしかに、創造が始められたことで、シュリー殿が目覚められたのは喜ばしいことではあるが、ただ、そもそも創造が本当に為すべき行為なのかどうかという点については、たいへん疑問に思っていると申し上げざるを得ません。」

「しかし、かつてプシュパギリ殿の同士だったシャンターヤ殿はシュリー様のための差配に意を凝らし、創造推進を指示しておられます。ナユタ殿も創造推進にあまり好意的ではなかったとは聞いていますが、創造開始の儀式に立ち会い、創造推進の批判はしておられない。プシュパギリ殿がシャールバ殿やギランダ殿とともに創造批判を展開されるのはご自身のためにもあまり得策でないように思えますが。」

 ライリーはやんわりとそのように言ったが、プシュパギリはきっとして答えた。

「ライリー殿。敢えて申し上げねばなりませんが、我々は自分たちにとって得策とか得策でないとかいうことで行動はしていないのですよ。あくまでも、神々の世界にとってあるべきことは何かという視点から、信念を持って行動しておるのです。」

「これは不適切な言葉で失礼しました。」

 ライリーは素直に頭を下げて、さらに続けた。

「しかし、この創造はたしかにいろいろ問題も包含してはいるが、順調に展開しているようにも見えるが、そうは思われませんか?」

 プシュパギリは首を振った。

「とてもそうは見えません。むしろ、ライリー殿こそ、今言われたこの創造が包含している問題をもっと真剣に考えられてはどうかと思うが。」

 この言葉でプシュパギリの懐柔は無理と判断したライリーは、けれど、穏やかに言った。

「残念ですが、我々は意見の一致を見ないようですな。民主主義の世で、自由な意見を持つことが許される世界ですから、それも致し方ありますまい。しかし、そうなりますと、我々は政敵どうしということになりますな。かつて共に戦ったプシュパギリ殿とそういう関係になるのは、私自身にとっては心苦しいのですが。」

 プシュパギリも軽く笑った。

「それはお互い様ですかね。」

 この言葉にうなずくと、ライリーは笑顔を見せて言った。

「今日のところはこれで失礼します。しかし、共に戦っていたとき、私はプシュパギリ殿をたいへんに信頼しておりました。その思いは今も変わらない。できれば、これからも手を携えれればと思ったのですが。ただ、ぜひ一度はシュリー様にお目にかかって一言でも挨拶をと思いますが。」

「まっ、機会がありましたら。」

「では、その機会はいずれ。」

 その日の会談はそれで終わったが、ライリーはシャンターヤと相談して、シュリーの出席するパーティーにプシュパギリ、シャールバ、ギランダらを招待し、短くはあったが、懇談の場を作ったのだった。

 だが、帰り道でシャールバは冷ややかだった。

「シャンターヤとライリーは、俺たちを自分たちの仲間に取り込みたいんだろうな。だけど、シュリーは昔のままだったな。」

「ああ、俺たちの主張に耳を傾けようなどとはさらさら思ってないようだったしな。」

 そう応じたプシュパギリはしかし付け加えた。

「ただ、ライリーとシャンターヤは真剣に融和を考えているようだから、あまり無碍にしてはなるまいな。」

 そうは言ったものの、プシュパギリらは創造批判の活動を控えようとはしなかった。しかし、シュリーが神々の会議の主催者に座ったことで、なかなか支持は広がらないのが現実でもあった。

 プシュパギリらは、ビハールの広場で集会を開き、創造を批判する演説を行った。

「そもそも創造を行う必要があるのか、という問題があるが、それ以上にこの創造は適切かという問題もある。ヴィダールはいかなる法則をこの世界に与えたのか。人間たちは前回の創造の時よりもさらに好戦的であり、嫉妬深く、協調を喜ばない。それはナユタが言ったという助言にも反するし、世界により深い混乱を招いただけではないか。ヴィダールは単に刺激と興奮に満ちた世界を創造したに過ぎない。どこにも真理などないではないか。」

 そう語るプシュパギリにひとりの神が反論した。

「それがなぜ悪いのか。今回の創造はそのヴィダールが与えた法則に従って成長し、その法則のおかげで、より大いなる実りのある世界になっているではないか。」

 プシュパギリは叫び返した。

「どこにより大きな実りがあるのか。より悲惨な戦争、より殺伐とした社会、より凄惨な虐殺がはびこっているだけはないか。」

 だが、その神も負けていなかった。

「生ぬるい世界など我らには興味もない。先鋭化した世界こそ、我らの心にかなっている。そんな創造こそが、さまざまな可能性を具現化できるのではないのか。そういった意味で、今回の創造は、これまでの創造の中でまさに白眉のものではないか。」

 この神の叫びに多くの神々が共感し、もはやプシュパギリの反論の声も聞き取れないほどであった。

「おまえなど似非正義だ。」

「時代遅れの軍神など退場すべきだ。」

 そんな非難の声がプシュパギリらに浴びせられ、プシュパギリらは逃げるように広場を後にするほかなかった。

 

 一方、ヴィダールは議会で認められたシュリーのための離宮を建設するため、ビハールの中に広大な敷地を用意し、イルシュマの協力によって壮麗な離宮を建設した。広大な敷地の中に素晴らしい噴水を中心にブーゲンビリアなどの美しい花々が咲き乱れる庭園が広がり、庭ではザクロが赤く熟した実をつけた。池にはカモが泳ぎ、船を浮かべることもできた。そして、離宮は大きな鏡や立派な絵画で飾られ、素晴らしい彫刻が至いたる所に置かれた。特に、数百人を収容できる「鏡の間」は訪れる者たちを感嘆させた。

 離宮に入ったシュリーはおおいに満足であった。

「ついに私の時代が来た。私の輝きが世界を照らすのを見るのは、何とすばらしいことであることか。」

 そう語ったシュリーは、贅を尽くした離宮の建設に尽力したイルシュマに膨大な褒美を与えたのだった。

 

 一方、その頃、地上では航海術の発展が世界を大きく変えようとしていた。従来の航海は基本的に陸地に沿って沿岸を航海するか、あるいは波の穏やかな内海を行き来するだけだったが、人々は羅針盤によって太洋を航海する術を身につけ、大陸から大陸への航路を拓いたのだった。

 航海術は世界を劇的に変え、異なる文明間の交流、そして衝突が始まった。まさに、航海術の進展が、地球上の国々を一つの海で結びつけることになったのだった。

 そして世界は、独立した文化圏が並立する世界から、すべての文化圏が相互に関わり合い、干渉し合う世界となった。文明の衝突はさらにそこから新しい動きを次々に生み出し、一つの文明が別の文明を征服するという事態まで生じさせ、世界の仕組みを変えていった。まさに、文明の遭遇、交流、融合という新たな世界が生まれ出たのだった。

 神々はこの事態を狂喜して見守り、この創造の果実を喜んだ。創造への批判は高まらず、ヴィダールは創造の推進に自信を深めた。創造を支持する神々の興奮を確かめたヴィダールが次に手がけたのは、シュリーを宇宙の女王に就けることだった。シュリー女王誕生に向け、ヴィダールは入念に下準備を行った。

 ヴィダールは政府や議会の要神を集めると、次のように言った。

「この世界は民主的に選挙で選ばれた議員によって構成される議会と、その議会の支持に基づく政府によって運営されている。だが、このような民主主義においては、さまざまな意見の分裂によってこの世界の方向が四分五裂の状態になりつつあるように見えてならない。そのような世界の分裂を防ぐためには、この世界統一の象徴となるものを掲げるべきではないだろうか。」

 これを聞いて、シュリーを女王に推挙する提案と理解した神々からは疑義が出された。

「君主制は危険なのではないか。我々は、ルガルバンダの圧政を廃してこの民主的な世界を作ったわけで、また君主制に戻るというのはいかがなものか。」

「君主制は、結局、独裁者の慢心による悪虐に陥るだけではないか。皇帝となったルガルバンダがまさにそれを実証している。公平は失われ、裁きを経ずに多くの神が罪を問われた時代のことを忘れるわけにはいかない。」

 だが、ヴィダールは巧みに答えた。

「ルガルバンダの時代への逆戻りなど許されるはずがない。私がご提案するのは、独裁権を持つ君主ではない。あくまで、民主制を基礎とし、しかし、大衆迎合といった悪弊に陥る民主制の課題を克服すべく、立憲君主制を提案するのです。議会の同意なく女王が何かを行うということはなく、むしと、女王は象徴として君臨し、民意に基づいて行動するのです。」

 ヴィダールはこのように語って、シュリーが女王の座につくことこそが、世界の安定と健全な発展のために不可欠と説いて回ったが、それは実際には自分の創造にお墨付きを与える権威を得たいがための施策であることは明白だった。

 ヴィダールは議会や行政府への根回しを入念に行うと同時に、ユビュにも手紙を書き送った。そこには、ヴァーサヴァの長女であるシュリーが目覚め、この創造の主催者の地位に座ったこと、世の神々がシュリーの偉大さを理解し、支持していること、さらにはヴァーサヴァの正統な後継者はシュリーであり、シュリーこそ宇宙の女王たるべきことなどが入念に書き連ねられ、シュリーを宇宙の女王に推薦することへの同意を求める内容であった。

 しばらくしてユビュから返書が来たが、そこには、シュリーの復活を喜ぶ言葉から始まり、シュリーを宇宙の女王に推薦することに同意する内容がつづられていた。もっとも、文章の途中には、今の時代にほんとうに宇宙の女王などというものが必要かどうか疑問も感じるが、シュリーが宇宙の女王に就くなら自分としては素直にそれを喜びたいとも書いてあった。また、ユビュ自身は、パキゼーの法を守ることが道であり、現在の神々の世界にも、今回の創造にも特に関わる意思がないことも書き連ねられていた。

 だが、ヴィダールにとって大事だったのは、シュリーの女王戴冠にユビュが同意するその一点だけだった。

 ユビュの「同意」を得ると、それをてこに、ヴィダールは議会に対し、シュリーの女王戴冠を発議した。一部議員の中には疑問を持つ者たちもいたが、世の神々のシュリーへの親近感や尊敬を考えると、表立って反対意見を述べる者はいなかった。数名の棄権者を除けば、満場一致でシュリーの女王推挙が決まった。

 これに伴い、宇宙憲章の改定が決議された。それによると、シュリーを宇宙の女王とし、重要な祭儀の執行、議会の招集や解散、行政府の長官たちの任命などは、議会の決定または行政府の指導によってシュリーが行うこととなった。そして、より重要な改定は、創造に関する条項が追加されたことであった。従来の宇宙憲章には創造に関する記述は一切なかったが、今回の改定では、創造権は宇宙の女王の専権事項となり、さらには、女王が指名する創造担当補佐官が創造の実務を執り行うことが盛り込まれた。そして、当然のことであるが、創造担当補佐官にはヴィダールが指名されたのであった。

 すなわち、神々の世界のことについては、従来通り、実権は行政府や議会にあり、シュリーは単に女王として君臨しているにすぎなかったが、こと創造に関しては、シュリーに最終権限があり、さらにはシュリーが指名した創造担当補佐官であるヴィダールが実権を握ることとなったのだった。創造に関して議会の同意や承認を必要とする条項も残ってはいたが、議会と行政府の権限が大幅に弱められたのは確かだった。まさに、創造権は行政や立法から独立に存するシュリーの大権となったのだった。

 このいきさつには、水面下での、議会の議員や行政府の役神とヴィダール側との間での激しいやりとりがあったが、結局、世間でのシュリーやヴィダールへの強い支持と、万一創造が頓挫した時に責任を負いたくない議員や役神たちの思惑も重なり、創造はシュリーやヴィダールの専権事項となったのだった。

「創造は神々の世界それ自体とはなんら関係ない。議会は、神々の世界のことを扱えばそれで良いのだ。」

と主張してはばからない議員たちも少なくなかった。

 シュリーの戴冠が決まると、ヴィダールは今度もイルシュマに協力を要請した。

「イルシュマ殿にはいつもお世話になっているが、今回のシュリー戴冠でもぜひご助力をいただきたい。」

 この申し出を受けると、イルシュマは嫌な顔一つせず、予期していたことのように言った。

「喜んで。お役に立てること自体、まことに光栄。力にならせていただきます。それでどのようなご協力を?」

「戴冠式とパレード。このための費用をと思っているのだが、いかがでしょう。」

 イルシュマは笑いながらきっぱりと言った。

「不十分。ヴィダール殿は費用の額を考えて遠慮なさっているのでしょうが、それでは不十分です。なんと言っても歴史に残る戴冠式ではありませんか。歴史に残るものを作りましょう。大聖堂を建てるというのはいかがですか?費用はご心配には及びません。今回の戴冠には反対する者もあり、彼らを黙らせるための行事として多くの神々の心に残るものとせねばなりません。」

 ヴィダールがこの申し出を大いに喜んで受け入れると、イルシュマは言った。

「ヴィダール殿。これからも貴神を支え続けます。それが私自身のためにもなりますので。ただ、ビジネスのための取りなし、取り計らいもどうぞよろしく。」

 

 宇宙憲章が改定され、発布されると、いよいよシュリーの女王戴冠の儀式が執り行われることになった。

 ヴィダールは入念に下準備を行い、ナユタやユビュ、三賢神に参列を呼びかけた。ナユタはやってこなかったが、ユビュと三賢神は参列に同意し、ビハールにやってきた。

 ユビュ自身は必ずしも戴冠式に出たかったわけではなかったが、ヴィダールはこの日に合わせてきめ細かい折衝を行い、ユビュの同意を取り付けたのだった。そして、戴冠式の前日、シュリーとの面会、会食パーティーを実現させた。

 ユビュとシュリーが会うのは、実にユビュがヴァーサヴァの館を出て以来初めてのことだったが、ヴィダールはそつなくふたりの間を取り持った。

 シュリーは、満面の笑みを浮かべて、

「こうして再び会えてほんとに良かった。この上なくうれしい。」

と語り、さらに、

「昔、父ヴァーサヴァの館で一緒に遊んだ時のことが夢のように思い出される。」

と言ってかすかに涙ぐんだのだった。

 会食パーティーには、三賢神やシャールバ、プシュパギリ、ギランダらも出席し、ユビュとの再会を喜んだ。バダーミスでシュリーに仕えたが、今は創造破壊を主張するプシュパギリの立場は微妙この上なかったが、このパーティーに出席したプシュパギリは、シュリーとは簡単に挨拶を交わしただけだった。

 一方、ヴィダールはこの創造の開始に立ち会ったナユタをぜひともこの戴冠式に出席させたいと手を尽くし、特にシャンターヤを介して説得に努めたが、結局、ナユタは来なかった。

 ともかくヴィダールはすべての準備を入念に済ませ、戴冠式に臨んだ。この日のためにヴィダールが宮殿の横に建てさせた大聖堂で行われた戴冠の儀は壮麗を極めた儀式であった。

 この大聖堂は、シュリー戴冠のための費用としてイルシュマが拠出した膨大な金額の献金を使って建てられたものであったが、四方に青い尖塔が美しく輝く壮麗な聖堂であり、大聖堂の前の庭には美しい花々が咲き乱れた。そんな中を戴冠式への参列者たちが次々と馬車で乗り付け、さらに大聖堂に通じるスフィンクスの並ぶ参道はこの日は一般の神々にも開放され、この日のシュリーを一目見ようと無数の神々が押し寄せた。そしてヴィダールはそんな神々に手旗を配ることも忘れなかった。

 大聖堂の荘厳な鐘が美しくそして長く打ち鳴らされて街中に響き渡ると、シュリーを戴く戴冠の行列が離宮を出発した。立派な制服に身を包み、槍の代わりに大きな旗をかざした騎兵の列が進み、その後ろには華やかな音楽を奏でる軍楽隊が続き、それに合わせて美しい女神たちが艶やかな衣装で踊りながら付き従った。

 この豪勢な戴冠の行列を見ようと大勢の神々が詰めかけた。沿道の木の上に登っている者も少なくなかった。道の両側にはシュリーに投げかけるための花びらが山と積まれた籠が用意された。

 この戴冠の行列のために費用を拠出したのもイルシュマであり、行列は配下のエルアザルが入念に準備したのだった。そして、シュリー戴冠のための貢献によって、イルシュマは公爵の爵位を、エルアザルは男爵の爵位を拝受したのだった。

 沿道の神々は女神たちの美しさを堪能し、感嘆の声を上げた。そしていよいよシュリーの乗る馬車が現れると神々の興奮は最高潮に達し、手にもつ小旗が破れんばかりに振られ、雨のように花びらが投げかけられた。

「こんな美しい女王様は見たことがない。」

「あのシュリー様がついに宇宙の女王に。」

と言って感涙する者も少なくなかった。シュリーはまっすぐ前を向き、ときどき小旗を振る沿道の神々に笑みを送った。

 シュリーの行列は大通りを北にまっすぐ進み、さらに勝利の門を通ってスフィンクスの参道を進んだ。

 シュリーが大聖堂に到着すると、いよいよ戴冠の儀式だった。儀式には議会の代議員や行政府の重要官吏、司法府の代表だけでなく、各地の領主、騎士、聖職者、都市代表なども顔を揃えた。

 そんな中で神々の注目を集めたのはユビュだった。

「あそこにいるのはユビュではないか?」

「たしかに、ユビュ様に違いない。いつ見てもお美しい。」

「ユビュ様がこの戴冠式にいらっしゃるというのはとてつもなく素晴らしいことだ。」

 そんなささやきが神々の間で交わされ、ざわつきが広がっていった。

 戴冠式でシュリーに女王の冠をかぶせたのはマーシュ師だった。マーシュ師は最初この役目を断ったのだが、ヴィダールは執拗にマーシュ師に頼み込み、ついにこの大役をマーシュ師に引き受けさせたのだった。シュリーの後ろにはバルマン師とウダヤ師が控え、言ってみれば、宇宙の三賢神がシュリー戴冠を祝福するという構図を作り出されたのだった。

 戴冠式が終わると、壮麗なファンファーレが吹き鳴らされ、大聖堂を出たシュリーは再び馬車でパレードを行った。戴冠パレードは大聖堂を出発すると再びスフィンクスの並ぶ参道を通って勝利の門をくぐり、大通りへと進んだ。シュリーは笑顔で手を振り、小旗を振る沿道の神々に応えた。パレードの行き着く先は、ヴィダールがイルシュマに依頼して新たに創建されたラクシュミー寺院だった。宇宙の女王となったシュリーが守護神であるラクシュミー女神にこの戴冠を報告し、ラクシュミー女神に感謝を捧げる。この上ない演出だった。

 シュリーを乗せた馬車が鮮やかな彩りのその寺院に着くと、シュリーは馬車を降りて感無量の表情で寺院を見上げた。そして彼女は膝を屈して頭を垂れると、寺院の入り口にひと束の花束を手向け、入り口をくぐって階段を登っていった。女神ラクシュミーが祀られた祭壇のある部屋に入ると、ラクシュミー女神の像は紅い蓮華の上に立っていた。美と幸運と繁栄の女神ラクシュミーの像は睡蓮のようなまなざしで高貴な笑顔を湛え、四本の手に睡蓮と金貨を持っていた。

 シュリーは守護神であるラクシュミー女神の祀られた祭壇に詣でると、この戴冠を報告し、導師たちが荘厳な鐘を打ち鳴らす中、感謝のための長い祈りを捧げた。それが済むとシュリーは寺院のテラスに出て、寺院前に集まった群衆の歓声に応えたのだった。

 こうしてシュリーの戴冠式は成功裡に行われた。シュリー戴冠に反対するデモを企画した神もいたが、抗議のデモは閲兵たちに完璧に阻止され、その後、行われた反対集会に参加したのもきわめてわずかの神々にすぎなかった。

 戴冠式の儀式に参列したシャールバは、

「神々は見かけの繁栄に酔っている。」

と吐き捨てるように語ったが、

「シャールバら守旧派の神が現政権に屈したという意味でもこの戴冠式は意味がある。」

「プシュパギリらはただ政権に反対するだけで生産性のない主張をするだけの神になりさがった。」

というような辛辣な批判が投げかけられたのも事実だった。

 だが、シャールバやプシュパギリの支持者たちは励ました。

「道はこれからです。まだ我々の戦いは始まったばかり。挫けることなく地道に戦うしかありません。」

 シャールバとプシュパギリは同志の言葉に励まされて戦いの継続を誓ったのだった。

 

 こうして神々の世界ではシュリー、ヴィダールの権勢が確立していったが、そのころ、地上では、航海術の発展に続くさらなる科学技術の発展が世界を大きく変えようとしていた。

 特に、鉄砲の発明、印刷技術の発明などは世界を大きく動かした。鉄砲の発明は、戦場での殺傷力を著しく高め、戦争の形態を大きく変化させた。さらに、印刷技術の発明は、情報の普及速度を飛躍的に高め、文明間の相互作用をさらに加速させていった。

 この新しい動きは神々に新たな興奮をもたらしたが、新しい文明社会に批判的な神々が批判を強めたのも事実だった。

 シャールバは言った。

「シュリーやヴィダールが創造の果実、文明の発展と呼んだものが何を生み出したのか。それをよく見るがいい。文明は進展したかもしれないが、一民族による他民族の支配、宗教の違いによる果てることのない抗争がますます激しさを増しているだけの世界ではないか。このような創造にいかなる価値があるというのか。ただ、神々が日々の興奮を手に入れるために創造をもてあそんでいるに等しいではないか。」

 この主張に多くの神が同調したわけではなかったが、プシュパギリは、仲間の神々を集め、シャールバらの主張を流布するための組織化を行った。さらには、地上での発明を持ち帰って作製した印刷機械によって大量にシャールバらの主張を刷り、仲間たちに持たせて神々への浸透を図った。その主張は決して主流とはならなかったが、少しずつ神々の支持が集まり始めると、シャールバは意を強くして言った。

「我らの主張は必ずや受け入れられる。次回の選挙こそ勝負だ。」

 それは、百年に一度行われる議会の選挙であった。シャールバらは、創造の停止を公約に掲げ、創造の是非を争点に選挙戦を繰り広げた。議会の過半数を占めているが、必ずしも創造の破壊に賛成しない保守派をなんとか糾合して、創造停止に向けた勢力を拡大することが狙いだった。

 だが、シュリーは蔑んだように言った。

「いまさらシャールバが何をしようというのか?創造の停止?そんなことは断じて許されぬし、また神々に受け入れられもしない。」

 一方、ヴィダールは、大量の神々を動員して選挙戦に臨んだ。実際、ヴィダールは、この選挙で自らの一派を議会の多数派とすることを目指していた。ヴィダールはこの創造の成果を高らかに喧伝し、多くの神々の支持を集めた。ヴィダールの直接の敵はシャールバらではなく、宰相を務めるトルミデスを中心にした議会の保守派勢力だった。ヴィダールは激しく訴えた。

「今の政府はたしかに創造を認め、創造を支持している。しかし、彼らはいかなる新しい道を切り開こうとしているのか。結局、彼らの政策は、現状維持、現状追認でしかないではないか。そのような者たちにこの神々の世界を任せて良いのか?我々はそうではない。神としてなすべき創造によって、神々の世界に新たな道を切り開き、そして、神々に新たな世界を提供する。我々のみが、神々の世界と創造に真に責任を持ち、その責任を果たせるのだ。」

 別なときにはヴィダールはこうも言った。

「これまで政治家の神々は何をしてきたか。何千年もの間、彼らは何をしてきたか。なにもしなかった。ただ、安穏として、ナユタが作り出した秩序を守ってきただけだった。私が創造を提議するまで神としての創造の義務を放棄し、いかなる新たな道も切り開かず、いかなる新たな実りも生み出さなかった。だが、これからは創造の実りが神々の世界を革新する変革の時代が始まるのだ。私がその道を切り開く。その道を切り開けるのは我々だけだ。」

 創造の結果に興奮した神々は次々にヴィダール派を支持した。

 選挙はこれまでのような、どの神がいいかという個々の神を選ぶ選挙ではなくなり、どの派に属する神を選ぶかという党派選挙となった。

 シャールバは危機感を強め、プシュパギリ、ギランダとともに、必死に論陣を張ったが、支持はなからずしも広がらなかった。保守派の面々は、そもそもは、ナユタやユビュの心を受け継ぎ、創造のない神々の平和な世界を志向してきたのだった。けれど、創造を多くの神々が支持している中、彼らは、創造による世界革新を訴えるヴィダール派に与して議席を確保するか、それとも創造に反対するシャールバ派やトルミデスらの保守派に与して落選の憂き目を見る危険を冒すかの選択をせねばならなかった。

 しかも、トルミデスに抜擢された副宰相のシャンターヤがヴィダールへの積極的支持を打ち出すとヴィダール派への鞍替え議員も続出した。

 そして、選挙の結果は決定的だった。ヴィダール派は過半数には至らなかったものの最大会派となり、古株の大物の保守派議員は次々に落選した。科学技術の進展が生み出す新しい世界、それを多くの神々が支持した結果だった。

 そんな中、創造停止を主張したシャールバ、プシュパギリ、ギランダはなんとか議席を確保したが、その勢力は少数派となってしまった。

 選挙後の立法議会では、ヴィダールは第一会派の利を活かし、多数派工作によって過半数の支持を得た。過半数を失ったトルミデスは宰相を辞任し、ヴィダールが新たに宰相に指名された。ヴィダールを支持したシャンターヤは引き続き副宰相の地位に留まった。こうして、いよいよ神々の世界は創造の推進を軸に動く世界となり、シュリー女王とヴィダール宰相がその支配者となったのだった。

 

 選挙が終わると、神々の世界に危機感を強めたシャールバとプシュパギリが、森のナユタを訪ねてきた。

 シャールバは言った。

「創造は明らかに下り坂になり、地上では前回の創造をはるかに上回る悲鳴が上がり、神を呪う声が蔓延している。ナユタがブルーポールから発した光のおかげでいくばくかの光が地上から立ち昇ってはいるが、それは世界を覆ってはいない。しかし、神々はこの創造に酔い、ヴィダールとシュリーを支持している。今回の選挙も惨憺たる結果だった。」

「ああ、そのことは伝え聞いている。ふたりは飛ぶ鳥も落とす勢いだとか。」

「その通りだ。」

 そう答えたのはプシュパギリだった。

「ヴィダールは今や、立法府と行政府を押え、しかも、この創造の権限も握っている。シュリーは、世界の神々の上に君臨し、女王として栄華を我がものとしている。その様は、まるでかつてのルガルバンダそのものだ。」

「そうか。」

と声を落すナユタに、シャールバはナユタの顔をじっと見つめて言った。

「ナユタ。もう一度、神々の世界に戻ってもらえないか。この世界を立て直せるのはおまえかユビュしかいない。だが、ユビュはパキゼーの法に留まっており、決して動くまい。我らが頼れるのはおまえだけだ。」

 ナユタはそれに対して明確な返事はしなかったが、考えさせられたのはたしかだった。

 

 それからしばらくして、ウダヤ師が森にやって来た。ウダヤ師は地上で起こっているできごとをつぶさに見てきたのだが、バラドゥーラ仙神の元を訪れると、ナユタを呼び寄せてくれるように頼んだ。

 ナユタがやってくると、ウダヤ師は温かい笑顔でナユタを迎えた。

「ナユタ、ほんとうに久しぶりじゃな。おまえの顔を見るとほっとするよ。元気そうでなによりじゃ。」

「ウダヤ様。お久しぶりでございます。地上はずいぶん騒がしいと聞いておりますが、私も今回の創造には責任があり、心穏やかでないのも事実です。」

「いや、おまえが責をかぶる必要はない。すべてはヴィダールと彼を支持する神々の責に帰せられるべきものだ。ただ、地上でのことはおまえにも伝えておいた方が良いと思ってな。」

 そう言うと、ウダヤ師は地上で見てきたことをつぶさに語り、さらに次のように言った。

「地上では、科学技術を操る者たちが勝者となり、他民族を次々と征服している。鉄砲の威力はかつてないほどの征服を可能にし、途方もない規模の奴隷を生み出している。文明間の衝突はますます激しさを増しており、宗教や肌の色の違いによる差別がますます助長されている。はっきり言ってヴァーサヴァの創造よりはるかにひどい。ヴァーサヴァの創造でも人間は混乱し、悲惨な世界を具現させたが、今回の創造では、人間はさらに欲望が強く、好戦的で始末に負えぬ。復讐が復讐を呼び、果てることがない。」

「そうですか。そんなに。」

 うつむきかげんにそう言うナユタにウダヤ師はさらに続けた。

「ああ、しかも、神々はそれをむしろ嬉々として喜んでいる。こんな面白い見世物はないという気持ちなのじゃろうて。実際、この世界を面白がって、人間の世界に入り込む神々もずいぶん増えたしな。そして、帰って来ては、その体験を面白おかしく報告するものだから、地上に行きたがる神は後を絶たぬ始末じゃ。」

「どうすれば良いのでしょうか。」

「わしも今回ばかりはシャールバらの主張する創造の破壊に賛同したいくらいじゃ。こんな創造なら、すぐに打ち壊してしまう方が良いのかもしれぬ。ただ、神々はこの創造を楽しみ、支持しておるのでな。シャールバらとてこの創造には手出しができぬ。」

「かつてルガルバンダの世界が出現して以来、神々は清新の心を失ってしまったように思えます。そして私は失望し、この森にやって来ました。」

「たしかに、神々の心は変わってしまったのじゃろうな。それに、シュリーがヴィダールと結託し、世界をわがものとしているのも問題だ。ヴィダールはもともと森に棲んでおり、かつては希求の心を持った神だったはず。だが、創造の成功とともに、権勢に酔い、栄華を喜ぶ俗神になってしまったのかもしれぬ。ナユタ。おまえは森に隠遁する道を選んだが、もう一度世界と関わりあわねばならぬのではないか。世界はこのままではすむまい。」

 バラドゥーラ仙神も言った。

「そうかもしれぬて。ナユタ、かつてわしが言ったことを覚えておるかな。世界は表面上は健全に見えるとしても本質的には矛盾をはらんでいるとわしは言った。そしてまた、森の中で追い求められているものは、本来は森の外の世界のためのものではないが、いつか、森の外の世界との関わりが起こるだろうともわしは言った。」

「覚えています。そして、ウパシーヴァ仙神も、世界は無数の混乱を内包しており、平穏、健全に世界が変化することはない、必ず破綻すると言われました。」

「その通りだ。創造が開始されて、その創造がもたらすものにただただ神々が狂喜し、そしてその創造を開始したヴィダールと、ヴィダールが祀り上げたシュリーが名実ともに神々の世界の支配者となったこの世界はまさに破綻の危機に直面しているのかもしれぬ。神々の真の世界を取り戻せるかどうかは分からぬが、今一度、おまえは現実の世界と向き合わねばならぬのではないか。」

 この言葉はナユタを考え込ませたが、何をすべきなのか見えているわけではなかった。

 

2015322日掲載 / 202075日改訂)

 

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向殿充浩 / 神話『ブルーポールズ』第5巻