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神話『ブルーポールズ』

【第4巻】-

 

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 ナユタがマカベアに進出したとの報が都に伝わるとルガルバンダは大いに驚いたが、そのルガルバンダの元にはマカベアの県令をはじめヴォルタ河以東の支配者だった者たちが訪れた。彼らはぼろぼろの衣服、埃まみれの頭のままルガルバンダの前に現われた。

 マカベアの県令は言った。

「ルガルバンダ陛下。このような姿で御前にまかり出て申し訳ございません。また、マカベアを守ることができず、誠に慚愧に堪えません。しかしながら、これだけはどうしても申し述べさせていただきたい。我らは立派な善政を施しておりましたのに、ナユタは陛下を糾弾する叫びで無法者どもを糾合し、ヴォルタ以東の街々を次々と席巻し、ついにはマカベアにも迫ったのでございます。我らは徹底抗戦を試みましたが、多勢に無勢、しかも、指揮官の何神かは恩義も忘れて敵方に寝返ってしまう始末。刀折れ、矢尽き、こうしてビハールに舞い戻って参りました。恥を忍んでこうして御前にまかり出ましたのも、ただただ陛下にこの風雲急の事態を告げ、現実に起こっている惨状をお伝えし、討伐の兵を差し向けていただきたいからでございます。これを放置しては、まさに燎原の火のごとく、反乱はたちまちのうちに中原にも広がりかねません。繰り返しになりますが、我らは善政を施しておりましたのに、ナユタを頭とする野蛮な蛮族どもに追い払われたのです。彼らはヴォルタ河の向こうを力で支配しております。ルガルバンダ皇帝の威信のためにも、マカベアを奪還し、ヴォルタ河以遠の支配を回復せねばなりません。今すぐマカベアを奪還すべく、大軍を送って下さいますよう切にお願い申し上げる次第です。」

 これまでのヤズディアの報や、ユビュ、バルマン師、ナユタの挙兵などに苛立っていたルガルバンダは、ここにおいていっそう憤激した。

「この帝国に逆らう亡者どもを一掃せねばならぬ。これを機会に一気にやつらを殲滅し、正義と威信を回復するのだ。ナユタ一味さえ抹殺すれば、帝国は揺るぎなき安泰と繁栄を築くことができる。」

 これに対して、カーシャパが冷静に答えた。

「ナユタが北東地方でマカベアを拠点に反乱を起こし、今、北西地方からユビュが進軍を開始しました。そして、南東では、プシュパギリがヤズディアに籠もり、バルマンは北方のムカラを拠点に反攻の狼煙を上げています。しかし、これらはいずれも中原から遠い辺境です。ナユタの兵力はせいぜい六千、しかも、ナユタの前にはヴォルタ河が横たわっています。ユビュの兵力は約三千、ユビュの前には険しい山岳地帯が延々と続いています。バルマンの兵力は約四千。ヤズディアは反抗の拠点とはしているものの、わが軍が優勢に敵を城内に押し込めています。大軍をもってすれば、鎮圧は難しくないはずです。」

「よかろう。では、遠征軍を準備せねばな。」

「その通りです。ナユタのいるマカベアに向けてはヤンバー殿に大軍を率いて進発していただきましょう。そして、私とルドラとでそれぞれ討伐軍を率いて、ユビュとバルマンを討ちましょう。」

 ルドラが言った。

「私もそれが良いと思います。ただ、少し気がかりなのは、ユビュがブルーポールを掲げたという知らせです。どれほどの力を持つかわからぬブルーポールは我々にとっても不気味な存在です。」

「しかし、ブルーポールは前世紀の遺物ではないか。しかもその前世紀の創造においてナユタやユビュすらも否定したヴァーサヴァの遺物にすぎぬではないか。」

 ルガルバンダはそう言って歯牙にもかけないふうだったが、ルドラはなおも慎重に言った。

「それはおっしゃる通りです。ただ、その前世紀の戦いにおいて、ブルーポールが超絶的な力を発揮したことを忘れてはなりません。また、神々の多くがそのことを記憶しており、その点だけでもユビュ軍の士気を高める効果があります。」

「まあ、いいだろう。ぜひ、戦場でブルーポールの威力を見せてもらおうではないか。時代は変転した。戦略も戦術もまったく新しいものとなった。その最先端にいるのがわが軍だ。そもそもこの時代の近代戦において、神器などというものにいかなる力があるというのか。いずれにしても、彼らを決して中原に進出させてはならん。」

 ルガルバンダはそう言うと、ヤンバー、カーシャパ、ルドラに進発の命令を下した。

 さっそく諸都市に使者が派遣され、遠征軍の編成が始まった。各都市には、馬匹、食糧、荷車、木材などの調達が命ぜられ、準備は急ピッチで進んだ。最精鋭の兵士たちが全土から呼び集められ、遠征軍が組織された。

 ルガルバンダ紀元二十九年夏、ヤンバーは三万に及ぶ大軍団を組織し、ヴォルタ河に向けて進発した。ルドラは二万の兵を整えてバルマン師に向かい、カーシャパも三万の兵力を整えてユビュとシャルマに向かったのだった。

 

 ルドラが二万の兵を率いて来るとの報に接して、バルマン師とギランダはムカラで防御陣地をさらに強化し、敵に備えた。

 バルマン師は言った。

「敵の騎馬兵を駆けさせてはならぬ。幾重にも防御柵を設けて敵を防ぐことだ。」

 ルドラの騎馬兵を十分意識した防御柵は威力を発揮した。

 ルドラは騎馬兵による激しい攻撃を仕掛けたが、バルマン師とギランダは防御柵を越えられない敵を次々に狙い打って倒していった。

 ルドラは言った。

「たしかに敵は頑強な柵を築いている。だが、兵力はこちらが五倍以上。一か所でも柵を破って突入すれば、勝利はこちらのものだ。」

 そう言うと、ルドラは対抗した陣地を形成するとともに防御柵を突破する策を部下に練らせた。

 

 一方、ユビュとシャルマはウバリートを出て進軍を続けたが、カーシャパが三万の兵を率いてやってくるとの報に接し、軍を止めた。シャルマは言った。

「敵はカーシャパ。三万の兵との知らせが入っています。これに対して、わが軍はわずか五千。正面からの戦いでは不利は明らか。しかもカーシャパは騎馬軍団の創始者であり、宇宙一の騎馬軍団を誇っています。」

 このシャルマの進言に基づき、ユビュは防御に適した場所まで一旦退却して、防御陣地を築いた。

 しかし、防御に徹しようというのではなかった。カーシャパの軍が現れ、散開して布陣すると、シャルマは選りすぐりの騎馬兵を率いて、カーシャパ軍の兵力の薄い部分をめがけて攻撃を仕掛けた。馬上のシャルマは長い槍を構え、軍団を率いて突撃した。シャルマ軍の奇襲にカーシャパ軍は驚き、すぐには陣形を立て直せなかった。緒戦の勝利でユビュ軍の戦意は大いに盛り上がった。

 しかし、カーシャパは平然と言った。

「こんな程度のことで全体の趨勢はなんら変化しない。敵の奇襲への備えを進めるとともに、総攻撃の準備をしろ。」

 カーシャパはこう指示して決戦の準備を進めた。これに対して、シャルマは落ち着いてユビュに説明した。

「敵は総攻撃の準備を進めていますが、いよいよ弩砲の威力を試す時です。わが軍は狭い地形を利用して防御陣地を築いており、敵は騎馬軍団を必ずしも有効活用することができません。唯一騎馬兵を動かしやすいのが敵の左翼部分ですが、敵はそこに兵力を集中し、わが軍の右翼をめがけて突撃してくるでしょう。その敵の前に弩砲を並べ、敵を迎え撃ちます。」

 ユビュ軍はこのシャルマの言葉通りの準備を整えて敵を待ち受けた。

 一方のカーシャパ軍は総攻撃の準備が整えると、大きく銅鑼を打ち鳴らし、それを合図に、全軍の攻撃を開始した。シャルマが読んだ通り、カーシャパは左翼に騎馬兵力を集中した。カーシャパは左翼からの突撃を敢行させた。

「通常なら右翼を強化すべきであろうが、この地形では右翼では騎馬兵の威力は発揮できない。左翼に兵力を集中し、そこから敵を崩すのだ。」

 ユビュ軍の右翼の騎馬兵が応戦したが、カーシャパ軍の騎馬軍団の圧力の前にとてもではないが持ちこたえられない。あっというまにユビュ軍の騎馬兵は蹴散らさせ、退却した。それを見たカーシャパ軍はかさにかかってユビュ軍に襲い掛かろうと突撃した。

 その時だった。ユビュ軍の弩砲から放たれた鋭い矢が雨のようにカーシャパ軍に射かけられた。さらには、弩砲から放たれた大きな石も雨のように降り注ぎ、カーシャパ軍の騎馬兵を次々に打ち倒した。

 カーシャパ軍が混乱する中、櫓から戦況を見守っていたユビュがブルーポールを掲げた。ブルーポールから放たれた青い光がカーシャパ軍の中に振りかざされると、それを合図に、ユビュ軍の新手の騎馬戦士が駆け出し、混乱するカーシャパ軍を蹴散らしたのだった。

 こうして、カーシャパ軍の総攻撃はさんざんの失敗に終わった。この日の戦いでユビュ軍の士気はさらに上がった。部将たちを集めた軍議でユビュは言った。

「緒戦の勝利に甘んじていていはいけません。守っているだけでは道は開けません。本来であれば、敵を突破し、ルガルバンダの都ビハールに向かって進軍せねばならないはず。東ではナユタが破竹の勢いで進軍しています。どうやってカーシャパ軍を突破するか、考えねばなりません。」

 これに対して、シャルマは慎重に言った。

「ユビュ様、お気持ちは痛いほどよく分かります。しかし、ことを急いてはなりません。敵はわが軍の五倍以上の大軍。簡単に崩せるものではありません。敵も今回の総攻撃は失敗したものの、これで諦めてはいないはず。まずはこれに備えねばなりません。」

「分かりました。では、まずは敵の再攻撃に備えましょう。」

 こうしてユビュ軍は防御をさらに固めたが、同時にシャルマは献策して言った。

「私どもは勢いを得ているとは言うものの、まだまだ兵力が足りません。また、現在は単にいくつかの拠点で反旗を揚げているに過ぎません。より多くの者たちが反ルガルバンダの戦いに参加し、世の大勢がこの戦いを支持するようにならねばなりません。各地の有力者に使者を送り、我らの戦いを喧伝するとともに、この戦いへの参加をうながしたいと思います。」

 シャルマはこの提言に沿って、檄文を作った。数十通の檄文にユビュの署名をもらうと、シャルマは使者たちにそれを持たせて次々に送り出した。

 そんな中、カーシャパは次の策を練っていた。正面からの攻撃が難しいことを改めて認識したカーシャパは別ルートからの攻撃作戦を考え、間道を抜けてユビュ軍の背後に出て攻撃を仕掛ける作戦を練り上げた。

 準備を整えると、カーシャパは再度、総攻撃を仕掛けた。総攻撃の日、カーシャパは再び大きな銅鑼を打ち鳴らし、正面からの攻撃を始めた。ユビュ軍からの弩砲による反撃が始まると、間道を通ってユビュ軍に迫っていた別動隊がユビュ軍への攻撃を始めた。しかし、ユビュ側も十分な準備をしていた。ユビュ軍に迫ったカーシャパ軍の別働隊に対し、ユビュ軍は砦の門を開いて一気に押し出してきた。その勢いはカーシャパ軍を圧倒した。奇襲することを想定していたカーシャパ軍は大混乱となり、一敗地にまみれた。正面からの攻撃も成功せず、この二回目の総攻撃も失敗に終わると、カーシャパは持久戦に切り替えざるを得なかった。

 

 一方、その頃、ムカラではルドラが総攻撃の準備を進めていた。準備が整うと、敵方に向かってルドラは大声で叫んだ。

「ギランダ、その柵を頼りに抵抗する気らしいが、こちらの兵力は三倍以上。到底そちらに勝ち目はない。速やかに降参するがいい。バルマン殿、ご老体にはこの戦いは無理。諦められよ。」

 しかし、バルマン師は叫び返した。

「ルドラ、数を頼んで、正義を顧みることなく押し寄せるおまえたちを前にひるむことなどありえない。おまえたちが突撃するなら、わが軍の前に壊滅するだけだ。そもそも、力に頼んでこの宇宙を支配しようとするおまえたちの試みはすでにほころび始めている。ナユタが起ち上がっただけではなく、いまや、ユビュもヴィクートも起ち上がった。おまえたちは依然として大きな兵力を擁しているがゆえに世界を支配する力があると思い上がっているやもしれぬが、それはもはや幻想でしかない。潮目は明らかに変わっている。それに気づき、おまえたちこそ矛先をおさめ降参すべきだ。」

 これにはルドラはからからと笑って答えた。

「戦さに窮してなんとたわけたことをうそぶくことか。現実を見ないおまえたちに未来など開けるはずもない。」

 そう叫ぶとルドラはすぐさま部下に戦いの指示を行った。

 ルドラ軍からは巨大な大木を載せた車が現れた。そして、それを頑丈な盾をもった歩兵部隊が押して進んだ。巨大な大木によって柵を破壊しようとしたのであった。

 この策はバルマン師とギランダを驚かせた。アリアヌスの弩砲の作製法はムカラにも伝えられてはいたが、台数が十分には整っていなかった。弩砲から矢や石が射かけられたが、巨木を載せた車を止めることはできない。

「これはまずい。後を頼む。」

 そうバルマン師はギランダに言い残すと、すぐさま騎兵を率いて撃って出る準備を進めた。

 ギランダは味方の兵士に次々と指示を飛ばし、

「決して破られてはならん。」

と大声を張り上げて防御陣地の中を駆け巡った。

 バルマン師の陣営からは雨のように矢が射かけられ、石や槍も次々に飛んできたが、ルドラ軍の兵士はそれを大きな盾で防ぎつつ、巨大な大木を擁して柵までたどり着き、大きな掛け声とともに、何度も大木を柵に打ち付けた。さらに、騎馬部隊が鉤のついた強力な投げ縄を大木の向かう先の両側の柵に放り投げ、その縄をたくさんの歩兵に引っ張らせた。

 このルドラ軍の攻撃で第一の柵は崩れた。ルドラ軍の兵士の歓声が上がったが、その時だった。突如、バルマン軍陣地の門が開き、騎馬兵が撃って出てきた。バルマン師だった。

 しかし、これはルドラも読んでいたのであろう。すぐさまルドラ軍の騎馬兵が応戦した。バルマン軍は大木を押す兵士たちに殺到しようとしたが、ルドラ軍の兵士たちはその前に立ちふさがり、凄まじい混戦が繰り広げられた。バルマン師も大声を張り上げて味方を鼓舞し、戦場を駆け回ったが、ルドラ軍の騎馬兵の統率のとれた戦列を崩すことはできない。

 時間だけがじりじりと過ぎていった。その間にも大木を擁して突撃を繰り返すルドラ軍の攻撃が止むことはなかった。第二、第三の柵が破られるのも時間の問題だった。

 そして、ついにすべての柵が破られる時が来た。悲壮な叫びがバルマン師の陣営に響いたが、それはすぐにルドラ軍の騎馬兵の荒々しい地響きにかき消された。ルドラ軍の騎馬兵は勇躍、バルマン師陣地に躍り込んだ。こうしてバルマン師陣地内でも激しい戦いが始まった。ギランダは全兵力を挙げてこれを迎え撃ったが、兵力に優るルドラ軍の勢いを止めることはできなかった。ギランダ軍は算を乱して散り散りになり、崩壊した。

 そんな中、ギランダはわずかな兵士とともに、ルドラ軍の囲みを突破し、バルマン師の元へ駆けつけた。

「バルマン様、申し訳ございません。しかし、もはやこれまで。どうすることもできません。」

 バルマン師も戦いの勝敗が決したことを理解した。

「ギランダ。残念だが、ムカラはこれまでだ。だが、戦いはまだ終わっていない。あきらめてはならん。北へ向かえば、ウバリートを出たユビュに合流できるはず。そこへ向かおう。ただ、弩砲の秘密だけは敵に知られてはならん。すべての弩砲に火をかけるのだ。」

 この言葉にギランダは顔を上げた。

「バルマン様、分かりました。私が殿を務めます。ユビュ様の軍に合流されるまで、なんとしてもバルマン様をお守りすべくお供いたします。すぐに兵をまとめ、北へ向かってください。」

 この言葉にうなずくと、バルマン師はすぐさま兵をまとめ、北に向かった。殿のギランダは、弩砲にすべて火をかけ、巧みにルドラ軍の攻勢をかわし、なんとか退却した。

 こうして、バルマン師とギランダはなんとか戦場から離脱したが、戦いはルドラの完勝であった。この報がビハールに伝わると、ルガルバンダは豪語した。

「およそこの世界の中で、我が帝国に刃向かうことのできる者などいるはずがない。反抗の所業には必ず報いが来る。すべての者がこのルガルバンダの前で膝を屈するか、あるいは、この世界から去るほかないのだ。」

 ルガルバンダはビハール市民の前に現れてムカラの陥落を伝え、世界に向かってこの大勝利を喧伝したのだった。

 

 そのころヤンバーは三万の兵を率いてヴォルタ河に達していた。対岸にはナユタの本拠地マカベアが見渡せた。

 ヤンバーはマカベアの真向かいに陣営を配置し、川岸に沿って一定間隔に偵察隊を配置した。ナユタ側の動きを逐一監視させ、さらに対岸のナユタ軍の動きに合わせて迅速に移動できる遊撃部隊の準備も整えた。もし、ナユタ軍が渡河してくるならもっけの幸い。上陸してきたナユタ軍を遊撃部隊で急襲し、川に追い落とす作戦だった。

 だが、ヤンバーには河畔に留まって守勢に徹する考えなど微塵もなかった。マカベアのナユタを打ち破り、ヴォルタ河以東の騒乱を鎮め、さらにはルガルバンダ帝国の支配地域を広げることこそ目標なのだ。

「敵の兵は一万にも満たぬ。川さえ渡れば、勝負は決したも同然。この川を渡って一気にマカベアを陥とす。この前のイェンディの戦いではナユタを討ち漏らしが、今回は必ず仕留める。」

 ヤンバーは周辺地域の有力者や富豪たちを呼びつけると宣言した。

「今、この河の向こうでナユタが反乱を指揮しているが、これはなんとしても鎮圧せねばならぬ。ルガルバンダ陛下の指示の元、おれは遠征の部隊を率いてここまでやってきた。おれは必ずやナユタを成敗する。だが、そのためには、皆様方に財産の半分を今すぐ貸与していただかねばならぬ。金銀でも、船でも筏でも、馬匹でも家畜でも良い。ともかく、全面的な協力をしてもらわねばならぬ。」

 これを聞くと金持ち連中は大声でわめいた。

「そんなことをしたら、わしらの財産はどうなるのだ。これまでせっせと稼いできたものを投げ出せというのか?」

「財産の半分を貸せと言うが、あんたはどういう保証をするのか?担保はどこにあるのか?利息はどうやって払うのか?そもそも返すあてはあるのか?」

 だが、ヤンバーは余裕の表情で一同を見回した。

「担保は我が軍の勝利である。ぜひ理解してもらわねばならないのは、もし万が一にも我が軍が敗北し、ナユタが河のこちら側にやってくれば、各々方の持てるものがすべて奪い取られるのは必定。そうなれば皆その地位と富を失う。だが、我が軍が敗北することはない。おれはおまえたちの提供されたもので勝利を勝ち取る。そして、おまえたちは各々の地位と財産を保持できる。迷うことはあるまい。」

「しかし、だからと言って財産の半分を差し出せなど、あまりに横暴ではありませぬか。天下に正義の聞こえたヤンバー様のお振る舞いとは思えませぬ。お名に傷がつきますぞ。」

 富豪連中は納得せず、さまざまな言葉で激しく抗議したが、ヤンバーはなだめた。

「そなたたちは名誉と利得のある地位を得、豊かな富を築いておるが、それは誰のおかげか。すべてルガルバンダ陛下の帝国の恩恵ではないか。万が一にも、ナユタがこの地で勝ち、ヴォルタの向こうの蛮族どもがこの地を支配するようなことにでもなれば、そなたたちはたちまち隷属的地位に落ち込むことは必定。ルガルバンダ陛下のおかげで地位や富を得ていたのだからな。彼らはそなたたちを身ぐるみ剥がし、子女は彼らの慰みものになるだろう。そんな没落を誰も味わいたくはあるまい。そうならないための唯一の策はおれの申し出に素直に応じることだ。おれは財産全部差し出せなどとは言ってない。ほんの半分出してくれと言っているだけなんだからな。」

 話はついたと言わんばかり決然とした姿勢で立ち上がると、ヤンバーはやんわりした口調で付け加えた。

「それに、いくらも経たぬうちに、そなたたちは富を回復されるであろう。金持ちはより金持ちに、貧乏人はより貧乏になるのがこの世の常というもの。そして、私どもにとっても、皆様方は豊かな実りをつける大切な果樹のようなもの。切り倒しては元も子もないことは百も承知。ただ、巧みな園丁が大切な木を傷めずに実った果実を刈り集めるのと同じことをしているだけだ。」

 こう言ってヤンバーが集まった連中を解散させた。彼らはなおも口々に不平を言いながら帰っていったが、ヤンバーは平然とした顔で部下にうそぶいた。

「彼らは表面では憤慨し、不平を言っているが、奴らにとってはたいしたことじゃない。彼奴らは民からさらに搾り取るだけだからな。そして、民はこんな厄災をもたらすナユタや蛮族の奴らを憎むだろう。おれは金持ちに金を出させたが、結局、それを払うのは下っ端の民なのだからな。」

 こうしてヤンバーは着々と船や筏を調達し、渡河の準備を進めたが、ナユタ側でもこの動きは掴んでいた。ヒュブラーからの命を受けたイルシュマがさまざまな密偵を放っていたおかげだった。密偵たちは、あるいは商人や占い師に化け、あるいは蛇遣いや奇術師に化けてヴォルタ河の向こうの様子を探っているのだ。なかには、ルガルバンダの都ビハールまで行った者たちもいたし、兵士となってヤンバー軍に紛れ込んでいる者もあった。

 密偵たちは、ヤンバー軍の数や構成、部将たちの名前まで逐一報告してくれた。馬の数、弓兵の数、さらには船の数も余すことなく伝えてくれた。

 密偵たちからヤンバー軍の動きを掴むと、ヴィクートはナユタに言った。

「敵は大軍を頼みに一気に川を渡ってくるつもりらしい。こちらの兵力も一万五千近くになっているが、敵は三万の大軍。こちらの岸に上がられて決戦となっては不利です。」

「そうだな。そうなると大事なのは水上での戦いだな。」

「ええ、軍船はイルシュマのおかげで準備が整っています。また、敵を決してこちらの岸に上げないよう、川岸の防御も固めます。ところで、ナタラーヤ聖仙から新たな神器を授かったと聞きますが、どんな神器なのですか?」

「ナタラーヤ聖仙からはパシュパタという神器を授かったが、ナタラーヤ聖仙は最終兵器と言われた。ひとたびパシュパタを放てば、大地は一瞬にして火の海となり、あらゆるものが黒こげになるという。まだ使ったことがないので、その真の威力は分からぬがな。」

「そうですか。未だかつてなかった神器かもしれませんね。このたびの戦いにはどのように使うつもりですか?」

「正直言って、それほどの神器を使ってよいものかどうかと思っている。できることなら、使わずに済ませたいのだが。」

「分かりました。では、すべての策は、パシュパタを使わないことを前提に立てましょう。最終兵器と言うべき威力を誇る武器は、そのもたらす厄災も並々ならぬものとなりましょう。大地そのものを不毛にする武器は真義そのものに取り返しのつかぬ亀裂を走らせるかもしれません。そんな兵器は使うべきでないと考える方が正しいように思います。」

 そう答えたヴィクートは、着々と水軍の準備を進めていった。

 こうして大河を挟んでの睨み合いが続いた。船の数は両軍とも日増しに増え、水軍どうしの小競り合いも毎日のように続いた。

 戦いの緊迫感が増す中、ナユタはクレアのことを心配し、ヒュブラーに相談した。

「いよいよ戦いだが、戦いが始まると何が起こるか分からない。クレアの身に何かあっては困るので、ドルヒヤに帰してはどうかと思うがどうだろう。」

 ヒュブラーはちょっと考え込んだが、同意して言った。

「それが良いかもしれませんね。クレアに何かあったら、私も親父殿に顔が立ちませんし。実際、女子供でマカベアを離れた者もけっこういますしね。」

 これを受けてナユタはクレアにドルヒヤに帰ってはどうかと言ったが、クレアは怒った顔を見せて言った。

「わたしのことが信用できませんの?こんな大事なときに、ドルヒヤに帰れなんて、そんなにわたしは役立たずですの?」

「いや、そんなことを言ってるんじゃない。ただ、ここは決戦の最前線だ。敵の矢だってこの館に飛んでくるかもしれないし、敵兵が押し寄せることだってないとは言えない。それに、ご両親だって心配してるんじゃないか?」

「そんなこと言ってたら、誰も戦えませんわ。それに、ナユタさんがわたしをドルヒヤに帰したら、みんなはなんて思うでしょう。きっと、ナユタさんがこの戦いに不安を持っていると見て、味方の士気が下がること間違いなしですわ。ベレニケだって、ここで一生懸命リュクセスを支えているんですよ。」

 こう言われてはナユタも説得を諦め、クレアはナユタのもとに留まってそれまで以上に忙しく働いた。

 

 その頃、ヤズディアでは、イルシュマからの使者がプシュパギリとシャンターヤにムカラ陥落の報を伝えた。プシュパギリはおおいに驚いて唸った。

「それはたいへんなことだ。まさかムカラが陥落するとは。バルマン師やギランダ殿が無事であれば良いのだが。」

 使者は続けて言った。

「ムカラやバルマン師のことなどは引き続き情報収集に努めておりますので、何か入りましたら、お知らせできると思います。一方、ヴィクート様から重要な伝言を預かっております。ヴィクート様はできることなら、プシュパギリ様にヤズディアから出撃して、ナユタ様に合流していただきたいと申されています。」

「なるほど。たしかに、ここヤズディアは、高い城壁と水を湛えた濠のおかげで、一万の敵を前に街を堅守しているとはいえ、このままではまったく身動きが取れないのも事実だ。ルガルバンダはムカラを攻略して勢いを取り戻しつつあるということだし、できれば反攻の狼煙を上げるためにも、それが必要かもしれぬな。」

 プシュパギリはそう言うと、ヴィクートの意向、マカベアの状況など、使者からさらにさまざまな情報を聞き出したのだった。

 次の日、プシュパギリとシャンターヤはジャトゥカムに会ってムカラの陥落を伝え、さらに、ヤズディアを出てナユタに合流して欲しいと言われたことについて相談した。ジャトゥカムはムカラの陥落に驚き、落胆したが、

「そんなことで落ち込んではいられないな。」

と言って、さらに続けた。

「実は、しばらく前から、周辺部族と連携してカルスダンに打撃を与えれないかと考えていたんだ。周辺部族の力を借りて、敵の囲みを突破してナユタ殿の所へ向かうというのはどうだ?」

 この言葉にプシュパギリの目が輝いた。

「それができるなら是非やりたいが。」

「よし、じゃあ、そうしよう。」

 ジャトゥカムは力を込めてそう言ったが、背景には、ヤズディア周辺部族やヤンベジ河の対岸の夷狄部族の動向もあって、この地方の情勢が緊迫しつつあることがあった。それはプシュパギリもさまざまな情報から察しているところであった。

 実際、ヤズディアでは部将カルスダンによる城塞の包囲が続いていたが、まず最初に起こったのが、ヤンベジ河対岸の夷狄部族とカルスダンとの間の軋轢だった。

 カルスダンは、すぐにヤズディア城を陥落させられないと分かると、ヤズディア城の完全封鎖を目論んだが、そこで判明したことは、夷狄部族からヤンベジ河を渡って武器や物資が定期的に運び込まれているということだった。

 カルスダンは、対岸のナヴィッド族の者を招くと、彼らとの友好関係に触れながらも居丈高に言った。

「ルガルバンダ帝国は、そなたたちとは友好関係を築き、円満な交易も行ってきた。しかるに、今、そなたたちは、我らに反旗を翻して立て籠もるヤズディア城への食料供給を行っているそうではないか。すぐに止めてもらいたい。」

 だが、ナヴィッド族の者たちは、腰を低くしつつも反論して言った。

「私どもは、ルガルバンダ帝国との友好関係を心から望んでおります。貴帝国の軍がヤンベジ河を渡ってくるならいざ知らず、そうでないなら、貴帝国と争おうなどという思いは一切持っておりません。ただ、同時に、私どもは、利があるなら誰とでも取り引きをしたい。ヤズディア城との関係もその取り引きに過ぎません。」

 この返答はカルスダンの顔を強ばらせた。

「その取り引きを止めろと言っているのだ。」

 しかし、ナヴィッド族の者たちは引き下がらなかった。

「これは商売です。ヤズディア城との商売を止めろと言われるなら、止めるに値する対価をいただかねばなりません。」

 この言葉に苛立ったカルスダンは言った。

「分かった。では、ヤズディアに送る糧秣や物資は、おれの軍に送れ。同じ金額で買い取ってやる。」

「同じ金額では困ります。それでは私どものメリットは何もない。ヤズディアに送るなと言うのであれば、二倍の金額はいただかねば。」

 応酬が続いたが、ナヴィッド族の者たちは妥協しなかった。業を煮やしたカルスダンは最後に言い放った。

「だが、おまえたちが安全にヤンベジ河を渡って商売できると思うなよ。」

 カルスダンはすぐに軍船の手配と建造を行い、準備ができると、ナヴィッド族からの糧秣運搬を実力で阻止しようとした。だが、ナヴィッド族も負けてはいなかった。ナヴィッド族はカルスダンの軍船と同数以上の軍船を出して運搬船を守らせた。船の操舵ではルガルバンダ軍より数段上であることに加え、水上での戦いに慣れているナヴィッド族の前にカルスダンの軍船はいとも簡単に追い払われた。

 これほどまでにナヴィッド族が強硬だった背景には、夷狄の部族たちのルガルバンダ帝国に対する強い警戒心があった。

「ルガルバンダはまちがいなくヤンベジ河のこちら側の部族の制圧も狙っている。」

「ルガルバンダに反旗を翻しているヤズディア城を支援することは、我らのためにもなる。」

 そう考えたナヴィッド族は、ルガルバンダに抗する最前線に位置する自分たちを支援するよう周辺部族にも働きかけ、さまざまな援助を受けていたのだった。

 そんな状況のもとで新たに生じてきたのが、ヤズディアの東に位置するディクテ族での内紛だった。ディクテ族では長老たちからの支持を集めていた老獪なナレクと若手から支持されているアルマンの対立が先鋭化していた。部族内では、アルマンが多くの支持を集めて部族全体を掌握するのがほぼ確実とみられる状況になったが、一方のナレクはカルスダンのもとに駆け込んで助力を乞うた。

「わがディクテ族は、ルガルバンダ様の帝国と円滑な関係を築いて参りました。この度のヤズディア城奪還のためにも、さまざまな協力をさせていただいています。しかるに、今、ディクテ族内では、独立志向のアルマンが勢力を伸ばし、部族全体を独立方向に導こうとしています。これは、我が部族にとって危険な賭けであるばかりでなく、カルスダン様に取りましても迷惑な話かと思います。」

 カルスダンはさらに詳しい状況をナレクから聞くと、しばらく腕組みをして考え込んだが、口を開くと部下に指示した。

「すぐに、ディクテ族に使者を出し、ナレク、アルマンも含めた有力者におれのところに来るように伝えろ。」

 数日後、ディクテ族の有力者がやってくると、カルスダンは自信に満ちた口調で言った。

「今やルガルバンダ皇帝の威光は四海にあまねく行き渡り、これにひれ伏さない者たちを待っているのは憐れな末路でしかない。貴侯たちも、ムカラで反乱の狼煙を上げたバルマンが、大軍を率いたルドラによっていとも簡単に平定されたのは知っていよう。まさに帝国がその気になれば、どんな結末になるか、目の当たりにできたというべきだ。今日、来てもらったのは他でもない。ディクテ族にはぜひ我が国の一員になってもらいたいと考えている。具体的なことはここに書いてあるが、これを速やかに実行されたい。それが貴侯たちのためであり、ディクテ族のためとなろう。この地域一帯に威を張るもっとも繁栄する部族となり得るのだからな。」

 そう言ってカルスダンは書面を渡した。そこには、ディクテ族の領域は一つの県となり、県令が任じられることが第一に書かれ、さらに、ルガルバンダ軍の駐屯許可、貢ぎ物や使役負担、兵士の提供などが書き連ねられていた。

 会見が終わると、カルスダンはナレクを秘かに呼び止めて言った。

「そなたを県令に任じるつもりなので、あとはよろしく。」

 ディクテ族の者たちは戻って対応を協議した。ナレクはカルスダンの要求を飲むことを主張したが、議論は紛糾した。

「そもそもカルスダンは大言壮語が過ぎるのではないか。ムカラはルドラが陥としたかもしれぬが、ヤズディアでは城を囲んだだけで陥とすこともできていない。結局、我らの力を借りたいがための恫喝と甘言ではないか。なぜ我らが、そんな恐喝に屈し、貢ぎ物と兵士を出さねばならないのか。」

 そう言ったのは、アルマンの仲間であり、カルスダンのもとには出向かなかったエルアザルという若い神だった。エルアザルは、ヤズディアのジャトゥカムとも密かに連絡を取り合っており、ルガルバンダ軍の力でヤズディアを陥落させることは無理と見ていた。

 だが、長老たちはナレクを支持した。

「たしかに、ルガルバンダ軍が苦戦しているのはその通りだ。だが、要求を飲まなければ、我がディクテ族がルガルバンダ軍に蹂躙されてしまうのではないか。我らにはヤズディアのような堅固な要塞もない。逆に、ここでカルスダンに協力しておけば、我が部族は安泰で失うものは何もない。それどころか、カルスダンがヤズディアを陥とせば、ヤズディアは我らのものとなり、我らはこの地方の支配部族になれるのだ。寄らば大樹の陰、と言うではないか。」

 だが、エルアザルは引き下がらなかった。彼は拳を振り上げて言った。

「ヤズディアもディクテも元は同じ出自ではないか。なぜ、中原の者たちに屈する道を選ぼうというのか。誇りはないのか。我らは長く独立を守り続けてきた。今もその力は衰えていない。カルスダンが頭を下げて協力を求めてくるならともかく、要求書に屈して貢ぎ物や兵を出すなど言語道断だ。」

 この主張を多くの者たちが支持した。

「部族の誇りを守るんだ。」

「ルガルバンダなんかに屈するな。」

「むしろ、この地帯からカルスダンを追い出すべきだ。」

 理性的な判断もさることながら、反骨心、自尊心、独立心に火がついたという面も強かった。

 だが、この状況がナレクからカルスダンに伝えられると、カルスダンはすぐに兵士を派遣した。兵士たちはナレクの手の者によって迎え入れられ、アルマンやエルアザルは仲間たちと供に脱出するほかなかった。

 こうしてディクテ族は分断状態に陥ったが、アルマンはエルアザルを秘かにヤズディア城に派遣した。エルアザルは一度ヤンベジ河を渡り、そこからナヴィッド族の船でヤズディア城にやってきたが、ジャトゥカムに会うと、ヤズディアと連携して蜂起し、この地からカルスダンを追い出したいというアルマンの意向を伝えた。

 使者が帰ると、ジャトゥカムはすぐさま、このことをプシュパギリとシャンターヤに伝えた。

「今、ディクテ族の使者が来ていたところだ。ヤズディアと力を合わせて、カルスダンを追い出したいということだ。前から言っているが、この地方では大軍を率いてやって来たルガルバンダへの反感は根強いものがある。すぐにカルスダンを追い出すのは無理としても、ディクテ族の者たち、河向こうのナヴィッド族の者たちと力を合わせれば、一泡吹かせることができる。」

 この言葉に、プシュパギリとシャンターヤの目の色が変わった。ジャトゥカムは続けて言った。

「これまでヤズディアの外で、密かに反ルガルバンダ軍を組織させてきたが、相当な数になっている。ディクテ族の者たち、ナヴィッド族の者たちに加え、このヤンベジ河の向こうの別の夷狄の部族からも協力が得られる。いよいよだ。」

「それは頼もしい。だが、リーダーは信頼を置けるやつなのか?それと武器は?」

 プシュパギリはちょっと心配してそう言ったが、ジャトゥカムは笑って答えた。

「ああ、大丈夫だ。おまえは直接会ってないから心配だろうが、おれが保証するよ。前にも言ったが、ディクテ族のアルマンは胆のすわった図太い奴で、仲間をまとめる力もある。武器も着々と揃えているはずだ。城内から撃って出る奇襲と呼応してルガルバンダ軍を急襲させるというのはどうだ。」

 プシュパギリはジャトゥカムの強い自信を感じ取って言った。

「おもしろい。それで、兵力は?」

「千五百。」

「良いだろう。夜の奇襲であれば、勝算は十分だ。それと前にも言ったが、その後、マカベアのナユタの元に駆けつけたいのだが。」

 ジャトゥカムはうなずいて答えた。

「それが良いだろう。奇襲が成功すれば、兵を率いてマカベアに向かえばいい。一方、反乱軍はこの城内に迎え入れ、再びここで籠城を続ける。そうすれば、敵軍をここヤズディアに張り付けさせ続けることもできるからな。」

 こうして、プシュパギリとシャンターヤは敵への奇襲の準備を進めた。ジャトゥカムは密使を次々に放ち、仲間との連絡をつけた。

 ジャトゥカムは家での夕食の席で今後のことを話したが、プシュパギリとシャンターヤはマカベアに向かうつもりだと聞くと、パルミュスはちょっと顔色を変えた。

「じゃあ、私はこの家で待ってなくちゃならないのね。どのくらいの長さなの?」

「それは分からない。だけど、ともかく、このヤズディアはその後も守り続けなくちゃならない。おまえにも苦労をかけるがよろしく頼むよ。たぶん、マカベアとの間はイルシュマがいろいろ連絡を取ってくれるよ。」

 ジャトゥカムがそう言うと、パルミュスはしっかりした口調で言った。

「分かったわ。じゃあ、シャンターヤ、この家は兄さんと一緒に守ります。心置きなくナユタさんのもとへ駆けつけてください。それがこの世界のため、そしてヤズディアのため、私たちのためですものね。」

「頼もしい言葉だな。」

 ジャトゥカムがそう言って笑うと、パルミュスは続けた。

「でも、シャンターヤ。よその女を抱いたりしたら、たとえ商売の女であっても許しませんからね。ちゃんとした私というものがいるんですから。私がいないからと言って羽なんか伸ばしちゃ駄目よ。プシュパギリさんもちゃんと監視しててくださいね。間違ってもシャンターヤを誘惑なんてしないでくださいね。」

 その夜、シャンターヤとふたりきりになると、パルミュスはシャンターヤにしなだれかかった。

「長く会えなくなるなんて寂しいわ。今夜は思い切り私を抱いて。」

 そう言うと彼女は衣装を脱ぎ捨て、いつものように色っぽい下着姿を晒した。その姿は清楚な目をした妖艶なミナークシーのようにみずみずしく、その姿を目にする度にシャンターヤの股間はうずき始めるのだった。

 彼女がシャンターヤの衣服を脱がせると、股間のものは既にそそり立っていた。

「まあ、もうこんなに。これでわたしを愛したいのね。」

 そう言うと、パルミュスは初めての夜の時ようにシャンターヤの陰棒を口の中にくわえ込み、念入りに舐め回した。さらに彼女が下着を全部脱ぎ去り、シャンターヤが彼女の豊かな乳房や艶めかしい腹部など全身を愛撫して彼女の女陰がしっとりと濡れてくると、あの初めての夜と同じように、パルミュスは四つん這いになって真っ白な臀部を突き出した。

 欲情したシャンターヤが自らの陰根を彼女の陰唇に挿入すると彼女は大きな喘ぎ声を上げた。

「やっぱりこの体位が一番良い。凄く感じる。ねえ、シャンターヤ、どんなときも私のことを絶対忘れないでね。必ず戻ってきてね。」

 シャンターヤは己の陰棒を彼女のひくつく深膀で激しく動かすと感極まって射精し、興奮が収まると言った。

「おれは必ず帰ってくるよ。」

 

 ルガルバンダ紀元三十年二月、いよいよ奇襲の日がやって来た。

 夜更けて、アルマンは、ディクテ族領内に駐屯するカルスダン軍の陣地に夜襲をかけた。突然の夜襲に慌てふためくカルスダン陣地が騒然とし、さらに数カ所から火の手が上がると、これに呼応して、ナヴィッド族の戦士たちが次々にヤンベジ河を渡って合流した。他の夷狄の部族からの援軍の者たちも多数含まれていた。

 この急報を受けて、カルスダンは援軍を派遣したが、その動きを確認すると、ジャトゥカムはプシュパギリに言った。

「いよいよだな。」

 ジャトゥカムは突如、ヤズディアの城門を開き、騎馬兵を突撃させた。カルスダン軍は驚いたが、すぐに体勢を立て直して応戦した。しかし、同時に四方から新たな鬨の声が上がった。ジャトゥカムがエレアザルに密かに組織させた反乱軍だった。河向こうの夷狄部族からの傭兵も数多く含まれていた。さらに、頃合いを見計らっていたプシュパギリは将兵を率いて城内から打って出た。エレアザル軍とプシュパギリ軍がルガルバンダ軍に襲い掛かると一気に戦場は混乱した。

 夜が明けると、カルスダンは必死に戦況の立て直しを図った。敵の夜襲で混乱はしたが、数では依然として自軍が勝っているはずだった。カルスダンは次々に指示を飛ばし、防御を強化すると供に、新手の部隊を反撃に向かわせた。

 カルスダンはジャトウカムの軍を押し返し、昼近くになってジャトゥカムとエルアザルはヤズディア城内に引き上げたが、カルスダン軍の痛手は小さくはなかった。また、ディクテ族では、アルマンがカルスダンの駐屯兵が完全に打ち破ってナレクとともに敗走させ、ルガルバンダ軍からの解放に成功した。

 カルスダンはヤズディア城から少し離れたところに防御陣地を構築したが、もはや、ヤズディア城を封鎖する力はなかった。ヤズディア城からは陸路でディクテ族をはじめとする周辺地域との交流が回復し、カルスダンは防御に徹するほかなかった。

 そして、プシュパギリとシャンターヤはジャトゥカムと別れると、一路、北に向かった。ナユタの元に行くためだった。

 ナユタの元に向かっていたプシュパギリ軍からは、一足早くシャンターヤがナユタのもとにやって来た。

 シャンターヤは言った。

「ナユタ様、プシュパギリはヤズディアの囲みを突破し、ナユタ様に合流すべく、こちらに向かっております。」

 これを聞くと、ヴィクートは短く聞き返した。

「兵力は?」

「二千です。」

 この答えにヴィクートは言った。

「なんという幸運。まさしく天の賜りものだ。」

 どういうことかと問うナユタにヴィクートが答えて言った。

「シャンターヤ。急いで戻ってプシュパギリに伝えてもらいたい。ヴォルタ河を渡って我らに合流するのではなく、川沿いに密かに北上して欲しい。決戦の際に、陸上からヤンバーに奇襲を仕掛けて欲しいのだ。」

 ナユタもシャンターヤもこれを聞くと即座に納得した。ナユタも言った。

「それは良い。シャンターヤ、遠路ご苦労だったな。戻るのもたいへんだが、急いでこの策をプシュパギリに伝えてくれ。」

「分かりました。」

 そう答えると、シャンターヤは馬にまたがり、数神の部下とともに駆けて行った。

 シャンターヤを見送ると、ヴィクートはナユタに言った。

「勝運が転がり込んできました。おそらく決戦はプシュパギリがヤンバーの軍団に近づく二か月後くらいでしょう。」

 一方のヤンバーも決戦に向け、着々と準備を進めていた。大船団を準備し、マカベアを睨みつけて叫んだ。

「この軍団で一気に敵を葬り去ってくれる。」

 決戦の日と定めた日の早朝、ヤンバーは旗艦の舳先に立って、号令をかけた。きらびやかな鎧兜に身を固めて舳先に立つヤンバーは、軍神スカンダの再来かと思われるほど勇壮で、その神々しい勇姿にヤンバー軍の士気は大いに盛り上がった。ヤンバー軍からは、高らかに鬨の声が上がり、大きな音の鐘が打ち鳴らされて、次々に船が岸を離れて進んでいった。

 これに気づいたナユタ側もすぐに応戦の準備に入った。ナユタは、甲板の上に立つと、ナタラーヤ聖仙から授かったパンチャジャナを吹き鳴らした。その気高い響きはナユタ軍を鼓舞するとともに、川向うのヤンバー軍にまではっきりと聞こえた。

 パンチャジャナの響きに呼応してヴィクートが全軍に指示を出すと、ナユタ軍団の船団も次々と岸を離れた。大型の軍船を中心に進んでくるヤンバー軍に対し、ヴィクートは速度の出る中型船で対抗した。ヴィクート軍は巧みな操舵で敵を分断しつつ、敵の大型船を数隻の船で囲んでは個別に倒していった。そんな中、ナユタのマーヤデーバは華々しく勇壮に打ち鳴らされ続けた。

 戦いは夕暮れまで続いたが、ナユタ軍の優勢のうちに終わった。ヤンバーは歯ぎしりした。

「なんという体たらくだ。明らかにこちらの方が兵力は上なのに。」

「しかし、わが軍がこれだけの構えをしている以上、敵もこのヴォルタ河を越えることはできませぬ。ここで万全の守りを固めるともに、攻撃船からの攻撃能力を高めて再度決戦に臨んではいかがでしょうか。」

 側近のひとりがそう進言するとヤンバーは即座に同意し、準備を進めさせた。

 一方、ナユタの陣営ではこの日の勝利に大いに意気上がっていた。ヴィクートは船を下りるとナユタとがっちり握手を交わして言った。

「これでヤンバーも簡単には攻めてこれないでしょう。もうすぐプシュパギリがやってきます。そうなれば、いよいよ本当の決戦です。」

「そうだな。プシュパギリはあと半月ほどだろうか。」

「プシュパギリとは、イルシュマの手の者を使って綿密に連絡を取っています。我々の上陸すべき地点も決めてあります。敵が再度の攻撃の準備を整えてからでは厄介というもの。その前に勝負を決したいと思います。」

 リュクセスも付け加えた。

「戦いのことはナユタ殿やヴィクート殿が詳しいので、私から申し上げるまでもないかもしれませんが、ヤンバーは宇宙一の猛将と言われ、猛々しい攻撃ではたしかに右に出る者はないかもしれませんが、防御は意外に苦手です。攻撃に重きを置くヤンバーは、前回の戦いを受けて、船に乗せる部隊を強化するはずで、そうなると河岸に控える部隊は層が薄くなり、おそらく二戦級になるはず。実際、イルシュマが放った密偵からの知らせでも、ヤンバー軍では攻撃力の強化をひたすら進めていると言います。ですので、河岸の部隊と陸上の遊撃部隊をプシュパギリ殿の軍で攪乱すれば、必ず勝機が訪れると思います。」

 

 いよいよ決戦と定めた日の朝、ナユタは桟橋の先に作らせた小さな祭壇の回りに桃金嬢の枝を敷き、あらゆる種類の香を焚いて、日の出を待った。日が昇ると、ヴィクートやヒュブラーなどの部族長が控える中、ナユタは黄金の大杯で大河ヴォルタに献酒を注いで決戦の勝利を祈願した。祈り終えると、その大杯と金の混酒器と短剣一振りをヴォルタ河に沈めた。

 儀式を終えると、ナユタ軍は綿密な作戦のもとで動き出した。ナユタ軍の軍船は静かに岸を離れ、対岸を目指した。目指す対岸はヤンバーの本陣より下流にある場所であり、あらかじめヴィクートが上陸地点と定めた場所であった。

 ナユタ軍のその動きをヤンバー軍はすぐに察知した。ヤンバー軍の軍船と地上部隊はナユタ軍の動きに合わせてすぐ出動した。両軍の軍船が近づくと、パンチャジャナの高らかな響きが大河の上に鳴り響いた。ナユタ軍の上陸部隊を乗せた船にヤンバー軍の軍船が迫ると、ナユタ軍の軍船が果敢にヤンバー軍に挑み、激しい戦いが起こった。

 ナユタのマーヤデーバの轟音が唸りを上げる中、ヴィクート麾下の上陸軍は、ヤンバー軍の大型船より速度の速い利点を活かして一気に対岸に近づいた。岸ではヤンバー軍が盾を並べて盛んに矢を射かけてきた。

 その時だった。岸の後方から砂埃とともに突撃してくる騎馬軍団が現れた。

 プシュパギリだった。プシュパギリ軍は一気にヤンバー軍の中に突入すると、果敢に戦場を駆け回り、次々にヤンバー軍の兵士を倒していった。不意を突かれたヤンバー軍は算を乱し、その隙をついてヴィクート軍は次々と上陸した。一番乗りを果たしたチャシタナの一隊は馬に騎乗して戦列を整えると、一気にヤンバー軍に襲いかかった。チャシタナの巧みな指揮の下もと、ヤンバー軍は次々に崩れ、本陣の方向へ退いた。

 次いで上陸したヴィクートはプシュパギリ軍も含めて戦列を改めて整え、一気にヤンバーの本陣を目指した。水上の戦いの指揮を執っていたヤンバーはこの動きに驚いたが、そんなことで怯むヤンバーではない。

「おれは陸に戻る。ヴィクートなど叩き潰してくれるわ。」

 そう叫ぶと、ヤンバーは水上の戦いを部下に任せ、すぐさまに岸に引き返し、馬を牽かせると自ら陸上軍を率いて応戦に向かった。

 野猪のごとき勇猛さを誇るヤンバーは陣形を建て直し、ヴィクートを迎え撃った。さすがは宇宙一の猛将と言われたヤンバーである。ヤンバー軍の精鋭部隊の突撃でヴィクート軍の一部は切り崩され、ヴィクート軍の勢いは止まったかに見えた。流星錘を振り回し、戦場を疾駆するヤンバーの姿が異様に輝いた。

 しかしプシュパギリは冷静だった。陣形を整備し直すと、弓兵を並べて一斉に矢を放たせてヤンバー軍を狙い打った。激しい戦闘が続いた。

 そのころ水上ではナユタの指揮するナユタ軍がヤンバー軍と互角の戦いを進めていたが、ヴィクートの上陸が成功し、ヤンバーの本陣近くで激闘が始まったことを見て取ると、ナユタは水上の戦いを部下に任せ、自らは旗艦から別の艦船に乗り移り、わずかな手勢だけを率いて岸に向かった。ナユタはなんの抵抗も受けることもなく上陸に成功し、すぐさまヤンバーとヴィクートが戦っている戦場に向かった。

 ヤンバーとヴィクートの激しい戦いが続く戦場に、突如、パンチャジャナが鳴り響いた。そしてマーヤデーバの轟音が響き、鋭い矢が次々にヤンバー軍に向かって降り注いだ。ナユタの参戦が戦況に大きな変化をもたらした。マーヤデーバの轟音の響くところ、次々とヤンバー軍の兵士は倒され、ヴィクート軍は次々と息を吹き返した。

 ヤンバーは、

「くそ、ナユタのやつめ。」

と吐き捨てるように言うと、手勢を率いてナユタのいる方向に向かった。しかし、それを遮ったのはヴィクートだった。ヴィクートの戦士たちは盾を並べてヤンバーの行く手を遮り、一斉に矢を射かけた。しかたなくヤンバーは向きを変えて駆け出したが、ヴィクートはこの機を逃さなかった。

 ヴィクートは叫んだ。

「ヤンバーだ。千歳一隅の好機。これを逃すな。雑魚はどうでもいい。ヤンバーを討ち取るのだ。」

 そう叫ぶと、ヴィクートは一騎当千の戦士たちをヤンバーめがけて送り出した。戦士たちはヤンバー軍に追いつき、激しい白兵戦が始まった。両軍の戦士が入り乱れ、砂塵がもうもうとあがる中、いつ果てるともない激闘が続いた。馬のいななく声、武器のぶつかりあう音、戦士たちの荒々しい叫びが戦場をうねり、膨れ上がり、そして天に向かって炸裂した。

 だが、宇宙一の勇者ヤンバーがひるむはずがない。流星錘を掲げて激しく馬を駆けさせ、向かってくるヴィクート軍の戦士たちを次々になぎ倒した。

 その時だった。兵士たちが必死に戦う中、一本の矢が唸りを上げて飛んだ。誰もそれに気づかなかったが、その矢は、混乱する戦場の中で、静かに狙い澄ましたように放たれたのだった。

 プシュパギリだった。宇宙一の弓の名手、プシュパギリが放った渾身の一撃、それはヤンバーをめがけて放たれた必殺の一撃だった。

 その矢が飛んだ次の瞬間、宇宙一の勇者とうたわれたヤンバーはどっと大地に倒れ込んだ。これこそが、プシュパギリが勇将ヤンバーを打ち倒したまさにその瞬間だった。

 それはかつてバクテュエスでヤンバーに弄ばれた無垢な女神ナイラートミヤが放った「ヤンバーは予期せぬ一撃で倒され、この報いが必ずや訪れることになるでしょう。」という呪いが成就した瞬間でもあった。

 戦場は一瞬、凍りついた。ヤンバー軍の兵士はとっさにヤンバーの元へ駆けつけたが、ヤンバーが倒されたのを確かめると、呆然自失となって離散した。

 勝敗はこれで決した。ヤンバー軍は総崩れになり、兵をまとめて都へと退却するほかなかった。ナユタは軍をまとめて凱歌を上げ、ルガルバンダ紀元三十年四月、全軍がヴォルタを渡ったのだった。

 

 この戦いは天下をおおいに揺るがせた。絶対の強さを誇ってきた大将軍ヤンバーがあっけなく一敗地にまみれて倒され、ナユタがついにヴォルタ河を渡ったのだ。天下の形成が激変したことを誰もが察した。

 ナユタ軍がヴォルタ河を渡ると、ルガルバンダから派遣されていた県令や役人は逃げ出したが、地元の有力者や富豪は財産を捨てて逃げ出すわけにもゆかず、戦勝祝いを携えてナユタのもとを訪ねた。だが、リュクセスは彼らをナユタには引き合わせず、代わりに自らも同席してヒュブラーに引見させた。

 やってきた代表者は頭を低くして言った。

「今日は戦勝を祝うご挨拶に出向いて参りました。ナユタ様がお忙しいとのことでご挨拶できぬのは誠に残念ではありますが、ヒュブラー様にお会いでき、ありがたい限りです。今日は戦勝の祝いを持参しましたゆえ、どうぞお納め下さい。戦時のこととて十分な祝いになっていないことはご容赦いただければと思います。」

 そう言うと、彼らは祝いの品を次々と並べた。だが、ヒュブラーはその品々を一瞥するとやってきた者たちを見回して言った。

「戦勝の祝い、感謝いたす。ナユタ殿もお喜びになるであろう。だが、今日はもう一つお願いせねばならぬことがある。」

「それはどのようなことでございましょう。お役に立つことであれば、力にならせていただければと一同思っておりますので。」

「それなら話は早い。そんなに難しい話ではないのでな。聞くところによると、各々方はヤンバーに財産の半分を提供されたとか。」

「どこからそのような根も葉もない話が。」

と集まった者たちは顔色を変えたが、横にいたリュクセスは平然と言った。

「芝居など無用です。すべて調べはついている。どなたがどれだけのものをヤンバーに差し出したかもすべてこの帳簿に載っているのですよ。」

 そう言って帳簿の束を掲げて見せたリュクセスの言葉に、集まった者たちは顔を引きつらせた。ヒュブラーは続けて言った。

「それでお願いというのは、残りの半分を出していただきたいということだ。条件は、無利子、無期限。」

 この言葉に、集まった者たちはさらに顔を強ばらせたが、ヒュブラーは大きく笑って言った。

「これでルガルバンダに加担した罪が帳消しになるとすれば、安いものでござろうて。」

 やってきた者たちは、声を極めて口々に抗議した。

「それでは、我らは無一文になるではありませぬか。」

「たしかに、我らはヤンバーに財産の半分を差し出したが、強制され、無理矢理出させられたのであって、決してヤンバーやルガルバンダに加担したわけではありません。それに対して、残り半分を出せなど、こんな非道が許されるなどとは信じられませぬ。」

 だが、ヒュブラーは余裕の表情で答えた。

「よく考えていただきたい。事実はどうであれ、皆様方がヤンバーを支えたという事実は消えませんぞ。このままでは、皆様方は皆今の地位を失い、隷属民とならざるをえないでしょうな。たしかに、ナユタ様は寛大なお方ではあるが、皆様方がルガルバンダに組みしたというれっきとした事実がある以上、他の神々が黙っておくはずがないでしょうからな。ともかく、このままでは、皆様方は罪神だということをお忘れなく。」

「しかし、残り半分を出せとはあまりにひどいではありませぬか。無一文になれということですか。」

「もし、半分より少なければ、皆様方にはナユタよりルガルバンダをより多く支援したという事実だけが残りますぞ。逆に、残り半分を出されれば、ナユタは皆様の地位と身分を安堵するでしょう。そうなれば、皆様方は遠からずしてまた、今の財産を築けるのではありませんかな。まあ、よく考えていただきたい。」

 そう言ってヒュブラーが引見を終わらせると、集まった者たちはしぶしぶ退散したが、帰り道で彼らはささやき合った。

「ここで、財産を出しておけば、どちらが勝ってもおれたちの未来は開けるからな。ルガルバンダが勝てば、ナユタに無理矢理財産をむしり取られたとでも言えば良い。」

「そういった意味では、どっちに転んでも、なんとかなるということか。当面は苦しいがな。ナユタが勝てば、勝利に大きく貢献したと言えるしな。」

 一方、その引見の様子を聞いたヴィクートはヒュブラーに苦言を呈したが、ヒュブラーは声に力を込めて答えた。

「彼らがどうやって財をなしたかご存じですか?ルガルバンダの権力を背景にここの畑で取れる穀物をまだ畑に種が蒔かれる前に安く買い付け、収穫の後、倉庫に穀物を山のようにため込んで、出し惜しみしながら都の者たちに高く売りつけている。そんなあこぎな商売を維持するために、役神どもに酒を飲ませ、金を握らせて、さらには、金に困った農民から土地や家畜を安く買いたたいて買い取っているのですぞ。金持ちがますます金持ちになり、貧乏な者がますます貧乏になる構図を悪徳商神たちと役神がつるんで作り上げている。そして、ルガルバンダはそれを繁栄と呼んでいるのですぞ。」

「それはたしかにそうかもしれないが。」

 ヴィクートがため息交じりに言葉を濁すと、ヒュブラーは続けた。

「それに、ヴィクート殿。清廉潔白だけでは勝利はたぐり寄せられないというのは世の常。汚れ役も必要というものです。ただ、そんなことをヴィクート殿やましてナユタ殿がなさってはなりません。汚れ役はこの私がお引き受けしますので。」

 こう返答されて、ヴィクートもそれ以上は言わなかった。

 そして商神たちに差し出させたものはすべてイルシュマが差配することになり、イルシュマはこれを元手に武器や物資を揃えると共に、自らも巨利を稼いでいった。だが、イルシュマは自らの利益だけを考えているのではなかった。財産を差し出した商神たちと連携協力体制を築くことも忘れなかった。商神たちもイルシュマの才を認めて、言った。

「イルシュマ殿は、まさに富と財宝の神であるクベーラ神の生まれ変わりのような方ですな。」

「クベーラ神は世界を守るローカパーラのひとりであるとともに、ヤクシャ、ガンダルヴァ、ラークシャサなど多数の半神族にかしずかれていたと言われていますが、まさにイルシュマ殿はナユタ殿が築こうとされる世界を支え、多くの仲間や配下の者たちを従え、その者たちを使って世を動かし、かつ利を上げておられる。まことに見上げたものです。」

「私どももイルシュマ殿の活動と財を支える半神族のひとりとなりますぞ。」

 商神たちは口々にそう言い、イルシュマと組むことが差し出した財産に見合う新たな財の形成のための近道であると考えて積極的に協力してくれたのだった。

 

 ナユタはヴィクート、プシュパギリ、ヒュブラーらに兵を与えてこの地方一帯を次々と鎮撫していった。ナユタの軍はどの町でも大きな歓迎を受けた。兵力はあっというまに四万の大軍となり、ナユタは首都決戦を目指して進軍を始めた。世は騒然とし、反乱の火の手がいたるところから上がった。

 この動きにルガルバンダは歯ぎしりした。バルマン師のムカラを陥して一時都に戻ってきていたルドラを呼ぶと、苛立った声で言った。

「まさか、ヤンバーが倒されるとは。ナユタがこの都に向かって進軍しているというではないか。すぐに戦いの準備をしてくれ。」

 これに対して、ルドラは慎重に答えた。

「ナユタは四万の大軍を擁して進軍しているとか。現在、この都付近のわが軍は約十万。数だけ見れば我らが優勢ですが、ナユタには勢いがあり、しかも、わが軍の十万の中にはヤンバー軍の敗残兵が多く入っており、士気の低下も懸念されます。」

「では、どうしたらよいか。」

「やはり、カーシャパ殿を呼び戻すことが不可欠かと考えます。この難局を乗り切るには、なんとしてもカーシャパ殿の知略が必要です。」

「良いだろう。カーシャパはユビュにてこずっているようだが、少なくともユビュの進撃は完璧に食い止めている。」

「その通りです。それゆえ、ユビュを抑えるための兵力を残し、主力を率いて帰還いただくのが良いのではないかと思います。」

 ルガルバンダはすぐにカーシャパに使者を出した。そして、カーシャパを新たに大将軍に任じることを併せて伝え、帰還を即した。

 カーシャパはこれを聞くと、すぐに帰還の準備を始めた。一万の兵力を残し、次のように言い含めた。

「いいか、今後は攻勢に出ることは不要。最大の任務は、ユビュを都に向けて進撃させないことだ。ここでユビュを食い止めておきさえすれば、おれがナユタを打ち破る。そうすれば、再び、天下は安泰を取り戻せる。不用意に動いて、隙を作ることのないよう十分心してくれ。」

 カーシャパは二万の兵を率いて都に帰還した。ルガルバンダは大いに喜び、ルガルバンダ紀元三十年六月の吉日、カーシャパを大将軍に任じる儀式を執り行った。

 カーシャパが

「こんな時期なので。」

と大掛かりな儀式を断ったため、盛大な儀式とは言えなかったが、それでも、宮殿前の大広場に整列した並み居る群臣の中を大将軍の鎧兜に身を包んだカーシャパが進むさまは、荘重さと威厳に満ち溢れ、神々の心に大きな感銘を与えた。

 カーシャパが颯爽と歩き進むとそばに立つ衛兵が次々に斜めに構えていた槍をまっすぐに構え直し、まるで、カーシャパの進むところ、大いなる道が自然に開けるが如くであった。

 大広場を進み、宮殿の前まで来ると、カーシャパは兜を脱いで左手に抱え、宮殿への階段を登って行った。

 階段の上にはルガルバンダが待っていた。ルガルバンダはカーシャパを迎えると、群臣の方に向き直らせ、大きく右手を上げてカーシャパを称えさせた。居並ぶ群臣たちはみな頭を下げた。そして、カーシャパを大将軍に任じるための儀式が厳粛に行われ、大将軍の宝剣がカーシャパに賜られた。

 受任の儀式が済むと、ルガルバンダが演説した。ルガルバンダはこの世界の秩序を打ち立てた自らの功績を並べ立て、さらにその中でカーシャパが果たした役割を称えた。そして最後にこう訴えた。

「この世界の偉大なる秩序、そして、神々に繁栄と安泰をもたらすこの統一世界を作り出したのはひとえにこの我らの力だ。世界を混乱に陥れ、自らの野望のために再び戦火をこの大地に広げようとする輩が世間を騒がせている。だが、彼らの試みは徒労に終わる。この大地の上で最大の力は真理であり、正義であり、そして神々の支持だ。真理、正義、そして神々の支持は我らにある。今日、宇宙一の智将と言われるカーシャパを大将軍に任じた。そして、わが軍の兵士はこの都にいるだけで十二万を数える。まさに無敵軍団だ。この力を奉じ、宇宙の秩序と統一を揺るぎないものにしようではないか。」

 これに応えるように、続いてカーシャパが演説した。カーシャパは世界統一を果たしたルガルバンダの功績を改めて称え、そして、前大将軍であったヤンバーを称え、さらに現在の状況について、次のように語った。

「ナユタは不遜にもルガルバンダ陛下の統一に服さず、勝算なき挑戦を続けている。ヴォルタ河を渡ってこの都に向かっているというが、その兵力の大半は寄せ集めの雑魚であり、我らのようによく訓練された精鋭は一握りでしかない。ナユタの頼りはマーヤデーバとパンチャジャナであり、この近代戦にあってなお神器に頼って戦うなど前時代的であること甚だしい。また、ユビュも同じくブルーポールを頼りにベルジャーラを進発したが、わが軍に完全に足止めされ、勢いは止まっている。先にルガルバンダ陛下も申された通り、わが軍は十二万の大軍を擁している。しかも、よく訓練された騎兵、重装歩兵、軽装歩兵、弓兵が、それぞれ統率のとれた陣立てで戦うのだ。どこから見てもこれに勝るものはない。最終勝利は目の前だ。この戦いに勝利すれば、真の世界統一がなり、神々の真の繁栄と安泰の世界が実現するのだ。最後の決戦に向け、力を合わせ戦おうではないか。」

 カーシャパはこうして大将軍に任じられる儀式をつつがなく済ませると、次の日から、精力的に決戦の準備を始めた。

 

 一方、ユビュの陣営では兵力が着々と増えていた。バルマン師とギランダも合流し、周辺地域から参加する部隊も毎日やってきた。兵力はいつしか二万を超えた。

 シャルマは言った。

「敵はカーシャパが都に帰り、兵力はせいぜい一万。大きな動きもなく、こちらの挑発にも乗ろうとしていません。おそらく、我らをここに足止めさえすれば良しと考えているのでしょう。」

 ユビュが言った。

「東ではナユタがヴォルタ河を渡り、勢いを得て、都を目指しています。私たちがここに留まり続けていてはなりません。なんとしても敵を突破し、都へ進軍しなければ。」

「おっしゃる通りです。そして、その準備は整ってきております。策を練り、一気に攻勢をかけましょう。」

 シャルマはそう答えたが、バルマン師は慎重な口調で問いかけた。

「だが、敵は守りを固め、こちらからの挑発にも一切乗ってこようとしない。守りを固めた敵を打ち破るには敵の三倍の兵力が必要と言われる。わが方の兵力は着々と増強されているとはいえ、依然、敵の二倍程度に過ぎぬ。敵の守りを突き崩すのは容易ではないと思われるが。」

「その通りです。ですが、それを打ち破るものが弩砲の威力かと思います。この膠着状態の間に、弩砲の製造に力を入れ、三十門の弩砲を準備して参りました。これこそが、わが軍の切り札。敵が守りを固めて出てこないのですから、弩砲が敵陣に届くまで軍を前進させ、弩砲三十門でもって敵の防御柵を一気に砕くのです。」

 この策にバルマン師がなるほどとうなずくと、さらにシャルマが言った。

「また、正面から撃って出ると同時に、以前敵が攻め寄せた間道を伝って敵の側面を突く作戦を併用したいと思います。弩砲の威力で敵が混乱するところに、側面から奇襲をかけるのです。」

 この言葉を聞くと、ギランダが発言した。

「それならば、ぜひ、その間道からの軍をお任せいただきたい。ムカラの戦いでは一敗地にまみれましたが、この戦いではぜひとも汚名をそそぎたい。決死の覚悟で突撃いたします。ぜひとも私に。」

 このギランダの申し出にシャルマが同意すると、バルマン師も言った。

「わしも一緒に行こう。」

 この申し出はギランダを喜ばせ、シャルマも同意して、ユビュ軍の作戦が決した。

 ルガルバンダ紀元三十年九月の作戦実行日、ギランダとバルマン師は夜明け前から陣地を密かに出て、間道を伝い、敵に近づいた。夜が明けると、ユビュ軍団は続々と陣を発し、弩砲の射程距離の地点まで進むと、弩砲を並べた。

 ルガルバンダ軍では動揺が走った。弩砲の威力は既に前の戦いで実証されている。しかも、約三十門もの弩砲がずらりと並んで自陣に向けられているのだ。そして、自軍の槍や弓は、弩砲まで届きもしない。これまで通り守りを固め続けるべきか、それとも撃って出て弩砲を破壊すべきか、その決断がつかない中、ユビュ軍陣地の櫓の上にユビュが立ち現われた。

 黄金の鎧兜に身を包み、赤い羽根飾りのついた兜をかぶったユビュの凛とした美しさは敵方からもはっきりと見て取れた。

 そのユビュはブルーポールを高々と掲げた。その青い光は天上に届くかと思われんばかりのまばゆい光を発した。そして、次の瞬間、ユビュ軍の弩砲三十門からの激しい攻撃が始まった。弩砲から放たれた石弾はルガルバンダ軍の防御板を突き破り、防御柵を打ちこわし、さらにルガルバンダ軍兵士の頭上に降り注いだ。

 弩砲の攻撃によって慌てふためくルガルバンダ軍の様子は、間道から敵に迫っていたギランダにも分かった。ルガルバンダ軍の動きが慌ただしくなったのを見届けると、ギランダは頃合良しと、一気にルガルバンダ軍に攻撃を仕掛けた。ルガルバンダ軍も間道からの攻撃も十分に考慮して防御態勢を引いてはいたものの、正面からの攻撃に気を取られた一瞬の隙を突かれたのだった。

 ギランダは兵士たちの先頭に立って突撃した。ギランダのすさまじいばかりの勢いにルガルバンダ軍はひるみ、一角が崩れた。バルマン師は叫んだ。

「ギランダが突破口を作ったぞ。全軍突撃だ。」

 ギランダの軍は一気に間道を伝ってルガルバンダ軍を蹴散らし、本陣に向かって突進した。後ろからはバルマン師の軍が続いた。

 時を同じくして、正面からシャルマ軍が突撃を開始した。弩砲によって打ち破られた防御柵から一気にシャルマ軍がなだれ込むと、ルガルバンダ軍はなすすべもなく算を乱して敗走するほかなかった。

 こうして、戦いはあっけなく決し、大量のルガルバンダ兵が白旗を上げた。ユビュはついにルガルバンダ軍を打ち破り、都への進撃を開始したのだった。

 

 ユビュがやってくる。その報は世界に激震を走らせた。ナユタも進撃を続け、ついに、ユビュ軍と合流し、ルガルバンダの都ビハールへと向かったのだった。

 これに対してカーシャパは、ルガルバンダの都からさほど遠くないナッチェルの地に防御陣地を構築してナユタとユビュを待ち受ける作戦を立てた。

 カーシャパは言った。

「ナユタとユビュがやってくる北方から都に迫るにはここを通らざるを得ません。敵は必ずここにやってきます。ナッチェルの地に堅固な防御陣地を築いて敵を待ち受けましょう。」

 ルドラは疑問を呈した。

「しかし、敵は必ずここに来るのか。当方が堅固な陣地を築いて待ち受けているとなれば、敵は迂回路を通って都に迫るのではないか。」

 だが、カーシャパは譲らなかった。

「いや、ナユタは迂回路を選びはしない。我らの主力を避けて都に迫ったとて、天下の形勢を覆すことはできぬ。それゆえ、ナユタは必ずナッチェルに来る。また、仮に敵が迂回路をとるなら、それから対応してもいい。」

 こうして、ルガルバンダ軍はわずかの兵を都に残して、ナッチェルで敵を待ち受けることにしたのだった。兵力は大将軍のカーシャパが率いる四万、ルドラが率いる三万、そしてルガルバンダ自らが出陣して率いる五万であった。

 カーシャパは全軍に出動命令を下した。合計十二万の大軍が次々と都を出発し、ナッチェルの地で防御態勢を整えた。

 一方のナユタ軍は、ナユタの四万とユビュの三万であった。ナユタ軍では、ヴィクートが一万五千、プシュパギリが五千、そしてナユタが二万の軍勢を率いた。また、ユビュ軍では、シャルマが一万五千、バルマン師が五千、ギランダが五千、そして、ユビュの親衛隊が五千であった。

 そのナユタ軍でも進軍路について議論が戦わされた。当初、進軍路として考えていた道程にあるナッチェルの地にルガルバンダ軍が散開し、堅固な防御陣地を築いているとの情報がもたらされたからであった。シャルマとバルマン師は、ナッチェルを避けて、ナユタ軍とユビュ軍がそれぞれ別方向から都に迫る作戦を提案した。

「なにもわざわざ敵の網の中に飛び込むことはない。迂回路をとって都に迫り、敵が都に戻ってきたところで決戦を行う方が賢明ではないか。」

 そう主張したシャルマに対し、ナユタはうなずきながら言った。

「シャルマとバルマン師の提案は理にかなっているように思える。ヴィクート、どう思う?」

 これに対して、ヴィクートは答えた。

「たしかに、迂回作戦は有力な策かと思います。ただ、状況を分析し、作戦を精査することが必要かと思います。検討させてください。敵は天下のカーシャパ。油断はできません。」

 ヴィクートはさらなる情報を集め、作戦を検討した。数日後、ヴィクートは皆を集めて、考えを語った。

「この数日、作戦を練りました。最初、迂回作戦は適切な作戦と直感し、それを具体化する策を練りました。もし、迂回作戦をとるならどうするか、策はできています。しかし、大きな疑問が湧きます。なぜ、カーシャパはナッチェルに出てきたかです。我々が迂回路を取るとした場合、東のゴーナッダを通るルートと西のヴェーディサを通るルートがありますが、そもそも迂回路を取ると我々は大きな迂回のために長距離の行軍を余儀なくされるのに対し、敵方は我らを待ち受ける場所を変えるために、我々ほど大きな労力は擁しません。まず、ゴーナッダを通るルートの場合、大きな関門としてヌスク河が控えています。普通に考えるなら、ヌクス河の河畔を進むことになるのでしょうが、山が河の近くまで迫っている場所が何カ所かあり、おそらく、カーシャパはそこに新たな防御拠点を作るでしょう。また、ヌクス河を一度渡る手もなくはありませんが、その場合には、我々が再度ヌクス河を渡河しようとする場所でカーシャパは待ち受けることになるでしょう。一方、西のヴェーディサを通る場合、途中の道に隘路が何カ所かあり、大軍の移動には必ずしも向きません。カーシャパは、わが軍の進軍を止めるべく、道を塞いだり、あるいは、奇襲による攪乱によって兵站を混乱させる策に出るでしょう。わが軍がこの道を通って、ルガルバンダ軍との決戦に臨めるところまで行きつくにはことのほか困難が伴うでしょう。」

 シャルマが言った。

「では、ナッチェルで決戦するのが良いということか。」

「そうだ。ルガルバンダの都に向かう三つのルートのうち、もっとも防ぐのが難しいルートがナッチェルのルートだ。だからこそ、カーシャパはここに陣を敷いた。もし、我らがそれを避けて迂回ルートを取るなら、それはカーシャパの思う壺となるだろう。」

「それはよく分かった。だが、ナッチェルには敵方が相当堅固な防御陣地を敷いている。これをどうやって攻略するのか、策はあるのか。」

「まず、ナッチェルを攻略するに、奇策はないということを理解しなければならぬ。我が方七万に対して、敵方は十二万、しかも、堅固な陣地を築いて我らを待ち受けている。これに対するには、正攻法で立ち向かうしかない。」

「正攻法とは?」

 そう聞いたのはナユタだった。

「ナッチェルの地に進出し、当方も堅固な陣地を築いて対抗するということです。長期戦の覚悟で戦わねばなりません。ナッチェルの攻防で雌雄を決するのです。」

「だが、それで互角に対抗することはできるかもしれぬが、勝つための策とまではなっていないのではないか。たしかに、弩砲の威力は敵を圧倒するだろうが、弩砲だけで勝利を得ることはできぬ。」

 敢えてそう問いただしたのはバルマン師であった。これにはヴィクートもうなずいて答えた。

「バルマン様、おっしゃる通りです。ですが、今はこれ以上は申し上げようがありません。おそらく、ナッチェルの地では、一つ一つの陣地を奪い合うといった激しい凄惨な戦いが繰り広げられるでしょう。しかし、それを乗り越えるほか、勝利への道が開けることはないでしょう。」

「そうか。では我らも覚悟を決めねばな。」

 バルマン師がそう答えると、ナユタが重い口調で言った。

「この戦いによって、大地が潤いを失い、太陽が輝きを失い、月が澄明な光を失うかもしれないとしても、この戦いに勝利する他に道はない。ヴィクートの策のとおり、ナッチェルに進出しよう。ヴィクート、どこにどう陣を敷くかについて、策はあるか?」

 これに応えて、ヴィクートはナッチェルの地図を運ばせ、説明を始めた。ヴィクートはルガルバンダと書かれた赤色の陣模型を地図上に置いて言った。

「ルガルバンダの本陣は中央に位置し、五万の大軍を散開させています。馬が飛び越えることのできない三重の堀を巡らし、たくさんの櫓を組んで、弓や投げ槍、投石などによる攻撃ができるようになっています。おそらく、ここは非常に防御が固く、正面からの突破は困難でしょう。」

「ルガルバンダ軍の攻撃力はどうであろうか?」

 そう聞いたナユタに対して、ヴィクートは答えた。

「ルガルバンダが攻勢に出るときには、門を開いて騎馬軍団が出撃してくると思われます。そして、その騎馬軍団の数は世界一。凄まじい攻撃力を誇ることは否めません。」

「なるほど。それで、カーシャパとルドラはどのように陣取っているのか?」

 ヴィクートは、カーシャパ、ルドラと書かれた赤色の陣模型を地図上に置きながら、説明した。

「カーシャパは本陣の右手に陣を張っています。カーシャパの陣地からは広い平地が開けており、カーシャパが得意とする騎馬戦法を存分に活かすための陣取りと言えます。一方、ルドラは本陣の左手の小高い丘を中心に陣を張っており、機動性を活かす策と言えます。」

「では、それに対するわが軍は?」

 ヴィクートはそれぞれの名前の書かれた青色の陣模型を並べながら、説明していった。

「まず、本陣はユビュ様の陣とし、中央奥に陣取っていただきます。その前にナユタの軍を配置します。敵方はカーシャパあるいはルドラが攻撃を仕掛けてきますが、それに呼応して、ルガルバンダの本陣から騎馬軍団が打って出てくるはず。ナユタ軍には、ルガルバンダに対してもらいたい。次に、敵の最も強力な攻撃力を誇るのが、カーシャパの騎馬軍団ですが、それには、私とプシュパギリで対したい。それゆえ、この二つの軍はナユタの陣の左に陣を取ります。そして、シャルマ、バルマン様、ギランダには、ルドラに対していただきたい。それぞれ別々の方向からルドラ軍に対するよう、このように陣取りいただきたい。」

 そう言って、ヴィクートは、シャルマ、バルマン、ギランダと書かれた青色の陣模型を並べた。ヴィクートは続けて言った。

「敵は既にナッチェルにて陣地の構築を着々と進めています。こちらも速やかに防御陣地を築くことが肝要です。急ぎ進発し、陣地構築を進めましょう。防御陣地には弩砲を並べます。弩砲の威力は敵の攻撃力を削ぎ、兵力差を埋め合わせるのに役立つでしょう。」

 このヴィクートの案に従って、ナユタ軍はすぐに進発し、ナッチェルに布陣したのはルガルバンダ紀元三十一年一月だった。ナユタ軍が近づくと、ルガルバンダ陣営では、ルドラがはやり立っていた。

「そもそも陣地を構築して防御すれば良いというものではあるまい。敵も陣地構築を始めたというではないか。すぐさま攻勢に出て、敵を蹴散らすべきだ。」

 この言葉に、カーシャパもうなずいて言った。

「その通りだ。敵が陣地を構築する前に、攻勢をかけよう。ただ、ナユタやヴィクートをみくびってはならない。シャルマ、プシュパギリ、バルマン、ギランダといった百戦錬磨の勇士たちも揃っている。しかも敵方の弩砲も大きな脅威だ。また、ユビュのブルーポールも不気味だ。だから、数で勝る有利さを活かし、一つ一つの戦いに勝って敵を追いつめてゆくのだ。そしてまた、我らはこのナッチェルの地に堅固な防御陣地を構築済みだ。まさに絶対に負けることのない戦略なのだ。」

 このカーシャパの論をルガルバンダも支持し、ナユタ軍に波状攻撃をかけることが確認された。カーシャパは部将たちの前に現れると、宣言した。

「いよいよ決戦だ。我らは、ここナッチェルの地に難攻不落の陣地を築いているが、決して、ここを守るのがこの戦いの目的ではない。あくまでも敵を粉砕するのが我らの目標。徹底的に敵に波状攻撃を仕掛け、敵をひとつひとつ切り崩すのだ。」

 ナユタ軍がナッチェルに展開すると、カーシャパとルドラはすぐに動いた。カーシャパは自ら自慢の騎馬軍団を率い、ヴィクートに戦いを挑んだ。カーシャパの騎馬軍団が進んでくるのを見ると、ヴィクートも自ら兵を率いて出陣した。この緒戦で、華々しい活躍を見せたのはカーシャパの騎馬軍団であった。戦場を縦横無尽に走るカーシャパ軍の動きは鮮やかだった。対するヴィクート軍は苦戦を免れなかった。

 果敢にヴィクート軍の先陣を務めたヒュブラーは決死の形相で部下を励まして戦ったが、カーシャパ軍の前には潰走するほかなかった。

「こんな騎馬軍団は見たこともない。」

 後退したヒュブラーがそう絶句すると、ヴィクートも唸った。

「さすがカーシャパだな。うわさには聞いていたが、想像以上の騎馬軍団だ。」

 前線で戦っていたチャシタナがカーシャパの騎馬軍団に追い立てられるように退却してくると、チャシタナはヴィクートの前で頭を下げた。

「申し訳ありません。あまりに鮮やかな敵の手際にただ翻弄されただけで何もできず、面目ございません。」

 だが、ヴィクートは動じなかった。

「良いのだ。今日は小手調べ。敵のことがよく分かったろう。ともかく、簡単な敵ではない。今日の戦いは手じまいだ。」

 そう言うと、ヴィクートは深手を負わぬよう、慎重に軍を下げるように指示した。

 一方のルドラに対しては、ギランダが戦いを挑んだが、こちらも完全に劣勢で、ギランダは敗走せざるを得なかった。

 こうして、緒戦はルガルバンダ側の圧勝となったが、ヴィクートは慌てなかった。

「少し軍を後退させ、まず、防御陣地を完成させよう。慌てることはない。敵にも弱点はある。そこを一つ一つ突いてゆくことだ。」

 こうしてナユタ軍は少し軍を下げて、防御陣地の構築に専念した。イルシュマの差配で必要な物資や工具が次々に届いており、ナユタは前線に出ない兵士たちをヒュブラーに指揮させて陣地の構築を急いだ。ヒュブラーは兵士たちを苛酷なまでにで働かせて堀を掘らせ、土塁を積ませ、柵を立てさせ、物見櫓を組み立てさせた。

「休むな。働け。間に合わんぞ。のんびり飯を食っている時間なんてないんだ。敵が来るまでに防備ができていなかったら、敵の騎馬兵からおまえたちを守るものは何もないんだからな。」

 そう兵士たちを叱咤したヒュブラー自身も汗だくになりながら自ら土を運び、杭を打ち、文字通り不眠不休で陣地構築に精を出したのだった。

 ヒュブラーが陣地構築に奮闘している間にもルガルバンダ軍は毎日のように攻勢を仕掛けてきたが、戦いは緒戦のようには進まなかった。カーシャパの騎馬軍団に対しては、プシュパギリの部隊の弩砲が活躍した。ヴィクートの率いる騎馬軍団がカーシャパ軍をひきつけ、引くと見せかけたヴィクート軍を追ってカーシャパ軍が突撃するところにプシュパギリ軍の弩砲からの狙い撃ちがさく裂し、大きな戦果を挙げた。また、ルドラに対しては、シャルマ、ギランダ、バルマン師の軍が代わる代わる応戦し、ルドラ軍の勢いも止まった。

 そんな状況の中でナユタ軍の防御陣地は完成し、ヴィクートは次の作戦に移った。ヴィクートは敵の拠点をひとつひとつ制圧することが必要であると説き、作戦を打ち立てた。

 一方、ルガルバンダ陣営では、思うように戦いが進まない状況にルガルバンダが苛立っていた。

「なぜ、敵を一気に打ち崩せぬ。敵の防御陣地も完成したというではないか。」

 そう苛立つルガルバンダにカーシャパが答えた。

「敵は防御に徹しており、防戦に徹する敵を一気に打ち破るのは容易ではありません。敵方は当初よりも後方に防御陣地を構築しており、まずはこれで良しとせねばなりますまい。しかし、敵方もナッチェルの地まで進軍してきて防御陣地を築いただけではなんの意味もないはず。必ず攻勢に出てきます。その時こそが、わが軍の好機。ナッチェルの平原は、我が騎馬軍団が思う存分暴れ回る場となりましょう。機動力を生かした決戦となれば、敵の自慢の弩砲も思うようには機能しますまい。」

 カーシャパはこのように唱え、臨戦態勢をさらに強化させた。

 

 ナユタ軍はヴィクートの立てた作戦に沿って動いた。ヴィクートとプシュパギリは、カーシャパ軍が進出してきている拠点に狙いを定めて攻撃を仕掛け、シャルマとギランダはルドラ軍の進出拠点に攻撃を仕掛けた。

 これを見たカーシャパは全軍に指示し、大軍を陣地から出して応戦させた。カーシャパ軍の騎馬軍団が大地を揺るがした。しかし、ヴィクートも負けてはいない。激しい戦いが巻き起こった。ヴィクートはトリシューラを掲げた。

「このトリシューラは、大地に巣食う悪を打ち砕くために、シヴァ神から授かったものである。今こそ真理を具現する戦いだ。」

 この声にヴィクート軍は大いに勇気づけられ、果敢に戦った。

 しかし、カーシャパはトリシューラを掲げるヴィクートを認めると、大声で叫んだ。

「ヴィクート、そんな時代遅れの武器が何になる。大地に巣食う悪とは、秩序を破壊し、新たな戦いを巻き起こすおまえたちだ。」

 そう叫ぶと、部下にヴィクートを討ち取るよう命じた。

 カーシャパ軍の兵士はヴィクートに殺到したが、逆にヴィクートは新手を繰り出してカーシャパに向かわせ、互角の戦いが続いた。

 その時だった。戦場にパンチャジャナが響き渡った。ナユタだった。全軍の兵士が驚く中、ナユタの騎馬軍団が怒涛のごとき勢いで押し寄せた。そして、戦場にはマーヤデーバの轟音が轟いた。ナユタの参戦でカーシャパは陣形を崩され、自陣の中に退散するほかなかった。

 一方、ルドラとシャルマ、ギランダの戦いは互角で決着がつかず、夕暮れとなって双方が自陣に引き上げた。

 この日の戦いで苦汁を飲まされたカーシャパはルガルバンダの五万の軍団を投入することを決めた。

 カーシャパは言った。

「今日の戦いで、敵方は、ユビュの本陣とバルマンのいくらかの兵を残しただけで全軍が撃って出ており、ほぼ彼らの全兵力に近い。それに対して、我らはおれの四万とルドラの三万で戦っている。これにルガルバンダ殿の五万が加われば、我らが圧勝できる。敵はこの勝利でおごり高ぶり、再び攻勢に出てこようから、それを狙って全軍で一気に押し出し、決着をつけよう。」

 一方、ナユタの陣では、ヴィクートが戦況を冷静に分析していた。

「ここまで、それなりに思うように戦線を展開してきましたが、敵方にはまだ、ルガルバンダの五万の大軍が残っていることを忘れてはなりません。」

 ナユタが言った。

「つまり、これまで、我々はほぼ全軍で戦い、敵は半分で戦ったということだな。」

「その通りです。ルガルバンダが動き出せば、容易ならざることになりましょう。」

「それに対して策はあるのか?」

 ヴィクートは言葉を選びながら答えた。

「策は三つ。一つは速やかに退却して、防御陣地の中に籠ること。陣地にあれば、そう簡単に敗れは致しません。ただ、それでは事態は打開できません。第二の策は、我が軍の全軍を投入し、敵のカーシャパ、ルガルバンダ、ルドラを分断し、敵を攪乱しつつ、勝機を見出すことです。第三の策は、最後の策とも言うべきものですが、パシュパタによって一気に敵を葬り去ることです。ただ、この最後の策を用いることが適切かどうか。」

 この言葉にナユタがすぐ反応した。

「前にも言ったが、パシュパタはすべてを破壊し、すべてを不毛にするだろう。それは勝利を与えてくれるかもしれないが、我々自身の心をも荒廃させ、世界の健全さを失わせるかもしれない。パシュパタを本当に使って良いものかどうか、いまだに決心がついていないのだ。」

 ナユタがそこまで言うと、ユビュが口を挟んだ。

「ルガルバンダの政は世界を疲弊させ、天下の神々の心はルガルバンダから離れています。力によって勝利を掴むのは、本来の道ではないはず。神々の心を掴むことこそ、真の勝利への道のはず。パシュパタについては、ナユタやヴィクートが使用をためらうのは正しいと思います。」

 このユビュの言葉にナユタはうなずき、ヴィクートに言った。

「ヴィクート、第二の策で誰も異存はないだろう。その策に沿って作戦を組み立ててくれ。」

 ナユタのこの言葉に沿ってヴィクートは具体的な作戦を立案し、そして実行に移した。

 

 数日後、ナユタ軍は再び動き出した。先陣を務めるのはプシュパギリとシャルマ。それぞれ、カーシャパとルドラの軍に向かった。プシュパギリとシャルマの軍が進軍してくるのを認めると、カーシャパ軍とルドラ軍も陣地から次々に出撃して迎え撃った。

 プシュパギリ軍とシャルマ軍は激しく戦ったが、ルガルバンダ側が優勢であった。カーシャパとルドラに押されて、プシュパギリとシャルマは馬を返して後退したが、これは事前の打ち合わせ通りであった。

 プシュパギリ軍とシャルマ軍を追ってカーシャパ軍とルドラ軍が突き進むと、そこに現れたのはヴィクート、ギランダ、バルマン師の軍勢であった。たちまち激しい混戦となったが、そんな中、シャルマ、ギランダ、バルマン師は、ルドラに対して波状攻撃を仕掛け、ルドラの勢いは止まった。しかし、カーシャパの勢いは止まらなかった。ヴィクートとプシュパギリの合計二万の軍勢に対し、カーシャパの四万の大軍は数で勝る優位を生かして少しずつヴィクートとプシュパギリの軍を圧倒していった。

 そこで動き出したのがナユタだった。パンチャジャナが戦場全体に響き渡り、マーヤデーバの轟音が戦場を駆け抜けた。ナユタの二万の軍勢が加わり、ヴィクートとプシュパギリの軍は息を吹き返した。ナユタは激しく馬を駆けて戦場を縦横無尽に走り回った。マーヤデーバの轟音が鳴り響くたびに戦線ではナユタ軍が凱歌を上げ、戦場は大きくうねった。

 もう一つの大きな動きはルガルバンダであった。ナユタの出陣を見届けると、ルガルバンダは全軍に出撃を命じた。ルガルバンダの五万の大軍が動き出すと、大地は揺籃し、草木も震え上がるほどであった。これを見ると、ナユタはいったん兵をまとめ、ルガルバンダへの応戦に向かった。騎馬兵を並べて整列するルガルバンダ軍に対し、ナユタはひとり進み出ると、改めてパンチャジャナを吹き鳴らし、そして、叫んだ。

「ルガルバンダ。天は既におまえを見放した。神々の心のよりどころを踏みにじり、ただ自らの栄達と繁栄だけを追い求めるおまえの行為はすでに神々に見捨てられている。今、この戦場がおまえの非を証明することになるだろう。」

 これを聞くと、ルガルバンダは激怒し、叫び返した。

「ナユタ、そのような繰り言を言わずにいられないのは、おまえが過去の神である証でしかない。この近代戦にそんな言葉になんの意味があるというのか。そもそもおまえはいつも反逆の神。正義と真理、秩序と繁栄を嘉する多くの神々が支持しないのはそのためだ。世の神々が求めるもの、それはおれが作り出したこの安定した世界だ。それを理解せず、またも徒党を組んで押し掛けるおまえたちの傲慢さこそ、このナッチェルの地で朽ち果てるだろう。」

 ルガルバンダは突撃の合図を下し、ルガルバンダ軍の騎馬兵がナユタを目指して疾駆した。一方のナユタ軍の騎馬兵も激しく応戦し、たちまちのうちに敵味方入り乱れての混戦となった。ナユタはマーヤデーバを振り回して敵を倒してゆくが、ルガルバンダ軍も負けてはいない。集団戦でナユタを追い返し、逆にナユタ軍に圧力をかけてゆく。

 ルガルバンダは戦況に満足して言った。

「この現代の戦いで、ひとりの勇者の力などで勝敗を覆すことはできぬ。」

 そして、次々に新手を繰り出し、数に任せた攻勢を仕掛けた。

 そんな中、ついにユビュも腰を上げた。黄金の鎧に身を包んで床机に腰かけていた彼女は、赤い羽根飾りのついた黄金の兜をかぶり、ブルーポールを手にして立ち上がった。

 ユビュはブルーポールを掲げて言った。

「古今より、このブルーポールは真理を具現すべく光を放ってきました。今、この戦いが聖戦であるなら、光を放つがいい。」

 ユビュのブルーポールからは、紺碧の空に向かって真っ青な光が、まっすぐに放たれた。両軍の兵士が一瞬武器を止め、その光を目にした。ナユタ軍の兵士には勇気が、そして、ルガルバンダ軍の兵士には不安が沸き起こった瞬間でもあった。

 期せずして、ユビュの精鋭五千の兵士から鬨の声が上がった。

 しかし、その光を見たルガルバンダは吐き捨てるように言った。

「旧守のポールではないか。過去の遺物にすがる者どもの末路をこの戦いは示すことになろう。」

 その言葉を聞いていたわけではないが、ユビュは振り上げたブルーポールを戦場にまっすぐに向けた。そして、そのポールの光が指示したのは、ほかならぬルガルバンダであった。

 あまりのまぶしさに目をそむけたルガルバンダに対し、ユビュは突撃を命じた。かつての創造を巡る戦い以来、ついに、再び、ユビュが戦場に姿を現したのだった。

 ナユタ軍の弩砲が唸りを上げてルガルバンダ軍に打ち込まれる中、ユビュは颯爽と馬にまたがり、ブルーポールを手に戦場を駆け抜けた。ナユタ軍との激闘を続けていたルガルバンダ軍に、ユビュ軍の精鋭が突入した。ユビュ軍の精鋭はルガルバンダ軍の兵士を次々に倒し、ルガルバンダ軍の陣形は大きく崩れた。そして、その影響はルドラの戦いに大きく現れた。ルガルバンダ軍との間にできた場所にギランダ軍が割って入り、ナユタ軍はルドラを三方向から攻撃を加えた。包囲殲滅されることを恐れたルドラは戦線を離脱し、これがルガルバンダ軍の崩壊につながった。最後まで奮戦したカーシャパも退却するほかなかった。

 こうしてこの日の戦いはナユタ軍の勝利となり、ルガルバンダ軍は大きな損害を出して砦に引き上げた。

 ヴィクートは言った。

「今日の戦いは、大きな節目となるだろう。これで敵方の兵力の優位性は喪失したと言っていい。我々は明らかに道半ばに達した。だが、まだ道半ばだ。これからいよいよルガルバンダの死命を制する戦いとなるのだ。」

 バルマン師も言った。

「この戦いは世に大きく喧伝されるだろう。ルガルバンダの圧政に苦しんできた者たちは、これを機に蜂起するだろう。大地に巨大なうねりが生じ、そのうねりがルガルバンダの都に至るのもそう遠くはないだろう。」

 ナユタはさっそくこの戦いの勝利を伝えるべく、リュクセスに命じて各地に使者を派遣させた。

 

 そんな中、アリアヌスが十八門の新たな弩砲をもってやってきた。

「遅くなって申し訳ありません。」

 そう言ってアリアヌスが披露した十八門は、可動性と操作性が改良され、飛距離も三割伸びたということだった。クマルビが開発した鉄素材と数学知識を駆使したナキアの設計の賜物だった。

「心強い限りだ。」

 バルマン師はそう言ってアリアヌスを労うと、ヴィクートに向かって言った。

「この弩砲をどのように活用するか、よろしく頼む。弩砲こそが、我が軍の誇る切り札の一つだからな。」

 ヴィクートは自信に満ちた言葉で答えた。

「これまでの弩砲は移動が簡単ではなかったので、なかなか前線で機動的に使うことが難しかったが、これは大いに活用できる。この弩砲はユビュ様の軍に使っていただきましょう。後方におられるユビュ様の軍が一気に移動して前線に躍り出るとき、この弩砲が同時に移動できれば、その破壊力がいや増すことになりましょう。」

 アリアヌスは十八門の弩砲をユビュ軍に引き渡すと、さらにそれまでの弩砲を点検したり、故障した弩砲を修理したり、部品を交換したりと準備に余念がなかった。

 一方、ルガルバンダ側では、カーシャパが戦線の立て直しに躍起となっていたが、都からは、各地で新たに反ルガルバンダの蜂起が相次ぎ、世情が騒然となっていることが毎日のように伝えられた。

 そんな中、ヤズディアが解放されたという知らせがナッチェルにもたらされた。ルガルバンダ紀元三十一年六月のできごとだった。ヤズディアではジャトゥカムが城砦に立て籠もってカルスダンと睨み合っていたが、ナユタがナッチェルに進出するに及んで、ルガルバンダ軍はヤズディアの兵力を減らし、ナッチェルに振り向けていた。ジャトゥカムはその変化を把握し、ついにカルスダン軍を打ち破り、ヤズディアから追い払ったのだった。

 この知らせはナユタ軍を大いに勇気づけた。プシュパギリは涙を流してジャトゥカムを称えた。

「ついにジャトゥカムがやってくれた。苦しい籠城を続けた彼らの労苦は必ず報われる。世界はルガルバンダの独裁にノーを突きつけた。この勢いはもはや止められぬ。その勢いはこのナッチェルの地で結晶するだろう。」

 苦境に立たされたカーシャパは言った。

「このままではじり貧になる。再度の決戦を挑み、大きな勝利をつかんで流れを変えるほかない。ここでナユタを倒せば、世の騒乱は自然と収まる。」

 群臣の中には、

「都に戻れば、さらなる兵力も動員できる。しかも、堅牢な城壁に囲まれた都は難攻不落。ナッチェルを捨てて、首都防衛に専念した方が良いのではないか。」

と言う者もいたが、カーシャパは吐き捨てるように言った。

「ここで勝てねば世の大勢はナユタに流れてしまう。そうなってしまっては、いかに都が難攻不落と言えども、まさに四面楚歌。敵が満ち満ちる大地にぽつんと都だけが残ることとなり、それで、どんな支配、どんな恒久平和の体制が可能というのか。ここナッチェルで敵を粉砕するほかに道はない。」

 ルガルバンダも言った。

「カーシャパの言うとおりだ。そもそも我らはこの大地に真理を布武せんがために兵を挙げ、そして、恒久平和と繁栄の礎を築いてきた。これに同意せぬナユタやユビュなどの守旧の輩が反旗を翻しており、世の不満分子を糾合して勢力を得ておるかもしれぬが、大義は我にある。我らの理想を具現するべく、何としてもこの戦いを勝ち抜かねばならぬ。このナッチェルの地は、天が真理を見極める地となろう。」

 

 そんな折、突然、ウダヤ師がルガルバンダの元を訪れた。ウダヤ師の訪問に、ルガルバンダはカーシャパ、ルドラとともに迎えに出たが、ルガルバンダは刺のある声で言った。

「ウダヤ殿。こんな折に何の用であるかな。そもそも、貴殿はユビュやナユタとの繋がりが強いはず。わが軍に来た目的は何であるか?わが軍に不利益をもたらすために来られたなら、拘束させていただくほかないが。」

「ルガルバンダ。わざわざやってきたのはおまえのためだ。天下の形勢は大きく変動しており、もはやおまえが力で覇権を維持できる状況ではない。おまえが維持しようとしている覇権を放棄し、ナユタやユビュと和平を結ぶのが道と思うが。」

 この言葉にルガルバンダはからからと笑って言った。

「ウダヤ殿。わざわざ、まさに決戦が行われようとしてこの戦場まで来られて何を言い出すかと思えば、そんな他愛のないことか。ばかなことを言うものではない。そもそも天下の形勢は依然として我らにあり、ナユタやユビュは反逆の軍を仕立てているにすぎぬ。ここには十五万近い軍勢が集い、数で圧倒するばかりか、宇宙一の戦略家カーシャパや勇将ルドラも控えている。もちろん、和平と言うことにまったく耳を傾ける気がないわけではないが、それにはまず、ナユタやユビュが己の非を認め、その軍を解き、我らに頭を下げて臣従するのが筋であろう。もし、そうするのであれば、おれも彼らのこれまでの数々の非礼を水に流すのもやぶさかではない。たしかにそれが彼らのためでもあるし、ウダヤ師のお力でそうしていただけるなら、すべての者がウダヤ師に心から感謝し、ウダヤ師を褒め称えるであろう。」

 この言葉に、ウダヤ師は思慮深げに応えた。

「ルガルバンダ。おまえは賢い神だ。強がってはいるが、おまえの覇権が極めて危険な状況にあることは気付いておろう。ナユタやユビュを甘く見るととんでもないことになる。それはかつてのヴァーサヴァの創造の際に、彼らがなしたことからも容易に想像がつくはずだ。わしには賢神であるおまえの力を真に宇宙で発揮する別の道があると思う。覇権を握り、中央集権の秩序の頂点に立つことがおまえのなすべきことではあるまい。」

 この言葉にルガルバンダは苛立ち、厳しい口調で言い放った。

「ウダヤ殿。くだらぬ議論はそれくらいにしていただきたい。貴神が宇宙の三賢神と言われた神でなくば、切って捨てるかもしれぬほどの暴言であるぞ。言葉を慎み、ただ、静かに去られるがいい。これ以上、皆を惑わす言葉を並べるなら、貴神を拘束し、幽閉させていただくしかない。」

「ルガルバンダ。だが、決戦ともなれば、大きな犠牲が出るのは必定。それは誰にとってもありがたい話ではない。和解し、共存の道を探ってはどうかと思うがな。」

「ウダヤ殿。それはまずナユタに言ってくれ。繰り返すが、これ以上たわごとを並べるなら、拘束させていただくしかない。」

「そうか。では去るしかないようだな。わしとしては貴重な助言をしたつもりだが、受け入れられぬというなら致し方ない。」

 そう言うと、ウダヤ師は静かに立ち去ったのだった。

 

 カーシャパは再度の決戦の準備を着々と進めた。いよいよ明日を総攻撃と定めた日、カーシャパは将軍や主だった部将を集め、細かく策を授けた。

 ルガルバンダは檄を飛ばした。

「いよいよ、明日は決戦。この戦いこそが、我らが目指す真の恒久平和を確立するための天下分け目の戦いとなろう。標的はナユタとユビュ。この世界に巣食うこの二つの巨悪を打ち砕き、真の正義をこの大地に流布するのだ。」

 この言葉を受けて、カーシャパは次のように言った。

「明日は総力を挙げて敵を粉砕する。ただ前進あるのみ。後退は許されない。数では我が方が圧倒しており、その力で敵の軍団を粉砕し、このナッチェルの地をルガルバンダの旗で満たすのだ。」

 一方、ナユタ陣営もルガルバンダ軍の動きを掴み、いよいよ決戦との意を強くした。

 ヴィクートは部将たちを集めて言った。

「敵方はここ数日、鳴りを潜めているが、これは大規模な攻勢を準備していると考えるべきだ。」

「では、いよいよ決戦だな。」

 そうギランダが言い、多くの部将が固い表情でうなずく中、ヴィクートは続けて言った。

「おそらく、明日か、遅くとも数日中には敵は総攻撃に出てくるだろう。」

「それに対する策は?」

 そう問いかけるバルマン師にヴィクートは落ち着いて答えた。

「脅すわけではないが、敵は全力で攻撃を仕掛けてくるだろう。前回もルガルバンダ軍五万が出てきたが、全軍が戦ったわけではない。これまでの敵の動きは、前線の部隊がわが軍に打ち破られた場合の策を十分に備えたものだったが、そのやり方ではわが軍を打ち破れないことは前回の戦いで証明された。だから、次の戦いでは、ルガルバンダ軍十二万すべてが、総力戦でわが方に向かってくるだろう。そうでなければ、わが軍を打ち破ることはできないとカーシャパも考えているだろうからな。だが、これは脅威ではないということを肝に銘じてもらいたい。これこそ、待ち望んでいた最上の機会と言うべきものだ。備えを十分に行った敵を崩すのは容易ではないが、攻撃に重点を移した敵には必ず断点が生じるというものだ。」

「で、その具体的な策は?」

 そうギランダが問いかけたが、いつも沈着冷静なヴィクートがいたずらっぽく、にやっと笑って答えた。

「それは分からない。」

「分からない?」

 この平然とした答えに一座がざわついたが、ヴィクートは冷静な声で続けた。

「そうだ、戦いは水もの。どこに機会が見出せるかは、そのときどきの戦況判断にゆだねるしかない。だが敵を打ち破る策は必ずある。」

 この断固たる言葉に一同が静まると、ヴィクートはさらに言った。

「カーシャパには私の軍が対する。ルドラには、バルマン様、シャルマ、ギランダで対してもらいたい。中央のルガルバンダにはナユタが対する。そして、後方に、ユビュ様の五千とプシュパギリの五千が控える構えとする。この後方の一万がわが軍の切り札。これをどこで投入するかがだ。」 

「では、その判断が重大ということだな。責任重大だな。」

 プシュパギリは口元を引き締めてそう言ったが、ヴィクートはうなずきつつも淡々と答えた。

「その通り。だが、私は心配していない。天がそれを指し示してくれるだろう。そして、そのときは、アリアヌスの新しい弩砲の威力で道を開きながら、敵の急所に切り込むのだ。」

 どうなったらユビュ軍が動き出すのかヴィクートは何も言わなかったが、それに対して誰も何も聞かなかった。一同の無言の同意を確認すると、ヴィクートはさらに付け加えて言った。

「もう一つ言っておくことがある。非常に重要なことだ。決して敵の退路を断ってはならない。包囲殲滅しようなどと考えてはならない。退路を断てば、敵は背水の陣となり、死に物狂いで戦うであろう。今、カーシャパはここで決戦あるのみと考えているであろうが、部将たちは必ずしも大義や忠誠から臣従しているのではない。多くはただただ自らのために従っているに過ぎない。しかも、敵の中には、都で堅牢な城砦に籠ればよいと思っている者たちも少なくないはず。なにせ、ルガルバンダは都を難攻不落の巨城と喧伝していたからな。それゆえ、退路を残しておけば、敵は形勢が悪くなれば、死に物狂いで戦うのでなく、離脱を始める者も出るであろう。敵の一部が退却を始めれば、勝敗の流れはおのずと決するというものだ。」

 バルマン師も言った。

「敵の士気は決して高くない。ルガルバンダの威勢に怯えて臣従したにすぎない者も少なくないはず。また、この前の敗戦で腰が引けている武将たちも少なくあるまい。彼らは大勢が決すれば、先を競って退却するだろう。それゆえ、敵の兵力に臆することはない。勝利は我らに微笑むであろう。」

 こうして、ナユタ軍の軍議は定まり、敵の動きを警戒しつつ、次の決戦に向けて着々と準備が進められた。

 

 その夜、兵士たちが夕食を取り終わった頃、突然、美しい、魂を揺さぶるような旋律が流れてきた。それはナユタのサントゥールであった。ナユタはバルマン師とともにナッチェルの平原に進み出て、サントゥールを響かせ始めたのであった。

 バルマン師は、その音を支えるように、石を打ち鳴らし、鼓を打った。両軍の兵士がその旋律に引きつけられ、聞き入った。その音は、まさに、宇宙の中から釣り上げられ、そして、大地の上に静かに滴り落ちるような音であった。丸い月がぽっかりと浮かび、黒い野には、さらさらとした透明な風が駆け抜けていた。そして、突如として、真っ青な光が夜空に輝いた。ユビュのブルーポールであった。

 ユビュはナユタとバルマン師のそばでブルーポールを掲げ、天に向かって頭を垂れた。ブルーポールの光、そしてナユタとバルマン師の響きは、ナユタ軍の全兵士に、再び、この戦いはまさに聖戦なのだという思いを強くいだかせたのであった。

 一方、ルガルバンダは鷹揚に言った。

「今宵は気の済むまで音を奏でればいい。明日はわが軍の総攻撃。無敵の軍団が敵を粉砕するであろう。」

 

 次の日の夜明け前、ルガルバンダは全軍に号令をかけた。騎兵、弓兵、歩兵の大軍団が次々に砦から出撃し、ナッチェルの平原に大きく展開した。ルガルバンダは全軍の中心で堂々と進軍し、その威容はまさに宇宙の皇帝にふさわしいものであった。カーシャパとルドラも勇壮に進軍した。

 一方のナユタ軍も全軍が出撃した。今日こそが決戦という強い決意がユビュを総帥とする全軍に行き渡っていた。

 朝日が輝く中、戦いはカーシャパとヴィクートの間で始まった。先制攻撃を仕掛けたカーシャパの勢いはすさまじかった。

「今日こそ、我が騎馬軍団の真価が問われる日だ。弩砲など恐れるな。敵の中に飛び込めば、弩砲など役に立たぬ。行け!」

 そう叫んでカーシャパは突撃を開始させた。自慢の騎馬軍団は一気に戦場を駆けてヴィクートの陣形を攪乱し、そこに歩兵部隊が一気に流れ込んだ。カーシャパの勢いに押されてヴィクート軍の歩兵のいくつかの防御列は破られた。

 だが、ヴィクートは慌てない。

「ひるむな。敵の勢いには限りがある。敵の勢いをかわし、陣形を立て直せ。」

 弩砲も威力を発揮した。ヴィクートは自陣を少しずつ後退させながら、押し寄せる敵に弩砲を撃ち掛け、カーシャパの勢いを受け止めた。

 一方、中央のルガルバンダは重厚な陣形で圧力を加えた。迎え撃つのはナユタの二万。ルガルバンダは何層もの厚みのある陣立てで攻め寄せたが、ナユタはひるまない。

「弩砲を撃ち込め!」

 ナユタの命令一下、十門の弩砲が砲撃を始めた。弩砲が打ち込まれた一角が混乱をきたすと、ナユタはパンチャジャナを吹き鳴らした。ナユタ軍の騎馬兵が一斉に突撃を開始する。この攻撃でルガルバンダ軍の戦列の一部が撹乱されたが、ルガルバンダ軍も負けてはいない。数で勝るルガルバンダ軍はナユタ軍の騎馬兵を押し返し、激しい激闘が続いた。ナユタ軍の弩砲から放たれる大きな石弾がルガルバンダ騎馬兵の中に次々と落下する中、マーヤデーバの轟音が大地に響き渡り、ナユタは戦場を駆け回って奮闘した。

 ルドラに対しては、シャルマ、バルマン師、ギランダが互角の勝負を挑んでいた。三つの戦いはいずれも決定的な勝利を得られぬまま、激闘が続いた。

 ユビュはプシュパギリとともに後方で戦況を見守っていた。兵力はユビュの親衛隊五千とプシュパギリの五千。この一万の兵力がナユタ軍の切り札だった。

 プシュパギリはじりじりしていた。苦境に陥って援軍を求めるときには赤の狼煙、優勢の時には黄色、勝機での加勢を求めるときには緑の狼煙が上がるはずだった。

「まだ動きはないか?」

 参謀たちとともに伝令からの報告を聞き、部隊に指示を出しているシャンターヤにそう問いかける声には苛立ちが感じられた。

「まだです。三つの戦い、いずれも激戦が続いていますが、大きな動きはありません。狼煙も上がっていません。」

「うーむ。どこか敵の戦列に亀裂が入ればいいのだが。」

 そうプシュパギリは唸ったが、ユビュは笑顔の消えた能面のような表情で言った。

「待ちましょう。ときは必ず来ます。そして、ときは天が指し示してくれるでしょう。」

 そう言っている間にも、伝令役の戦士が次々と駆け込んできては報告を伝えた。

 一方のルガルバンダも苛立ちを強めていた。

「ナユタの騎馬軍団をまだ破れないのか。数ではこちらが勝っているではないか。」

 そう叫ぶと、ルガルバンダは新手の騎馬軍団を次々と前線に投入した。数で劣るナユタ軍は苦しい戦いが続いた。

 ナユタ軍の苦戦の様子は伝令によってユビュの本陣にも伝えられた。シャンターヤは伝令からの報告を聞くと、プシュパギリに言った。

「ナユタ様の軍が、ルガルバンダ本隊の騎馬軍団の前に相当苦戦しているようです。援軍が必要かもしれません。」

 だが、プシュパギリは渋い表情を浮かべながらも同意しなかった。

「ナユタは大丈夫。赤の狼煙は上がっていない。彼はきっと切り抜ける。我らの軍は勝機に投入すべき軍。もう少し待とう。」

 口の上ではそう言ったが、プシュパギリの表情には焦りと不安の色がありありとうかがえた。

 その後も、ユビュの本陣では、伝令役が駆け込んで来たり、参謀たちとプシュパギリ、シャンターヤがときには言い合いに近いやり取りをしたりと慌ただしかったが、昼近くになって、可動式物見櫓の周辺が騒がしくなった。

「何事か!」

とプシュパギリとシャンターヤが駆け寄ると、ちょうど、参謀のひとりが櫓に駆け登ったところだった。見張り役の兵士と参謀は戦場を指差しながら何か言っていたが、

「どうだ?」

とシャンターヤが声を掛けると、参謀は大声で叫んだ。

「ルドラ軍に動きがあります。バルマン師の陣からも、優勢を告げる黄色い狼煙が上がっています。」

「なに!」

 そう叫ぶと、プシュパギリは見張りの兵士に向かって叫んだ。

「おれに代われ。おれが上がる。」

 降りてきた兵士に代わってプシュパギリが櫓に駆け登ると、参謀はバルマン師の軍の方向を指差して言った。

「バルマン師の騎馬兵がルドラの前線の騎馬兵を蹴散らし、ルドラの本陣に向けて動き始めています。シャルマやギランダも攻勢を強めているように見えます。」

 その様子を確認すると、プシュパギリは素早く櫓から降り、シャンターヤを伴ってユビュのところに駆け寄った。プシュパギリは勢い込んで言った。

「ユビュ様、いよいよです。ルガルバンダの戦列は微妙にずれが生じ始めています。カーシャパもルガルバンダも兵力にものを言わせて勝利をものにしようと焦っていますが、ヴィクートとナユタは奮戦し、互角に戦っています。一方、ルドラの軍に対しては、バルマン師が最前線の騎馬兵を打ち破り、ルドラの本陣に向けて前進を開始しています。シャルマとギランダも攻勢に出ています。ルガルバンダ軍とギランダ軍の戦列はずれ始めており、緑の狼煙は上がっていませんが、今こそ一気にギランダ軍に圧力をかけ、これを粉砕すべきときです。」

 ユビュはすぐにうなずいて言った。

「良いでしょう。軍を動かしましょう。」

 この言葉を受けて、参謀たちは矢継ぎ早に指示を出し、部隊は次々に整列した。出陣を告げる大きな銅鑼が打ち鳴らされ、法螺貝が吹き鳴らされた。決戦の決意を固める鬨の声が次々に各部隊から上がる中、全軍が整列するとユビュが本陣から姿を現し、ブルーポールを手にして馬に跨った。

 ユビュはプシュパギリと馬を並べるとただ前を見つめて言った。

「この戦いがパキゼーの指し示した道に合致しているかどうかは分かりません。きっと合致していないでしょう。」

 プシュパギリははっとして、ユビュの顔を見た。しかし、そこには毅然とした決意に満ちたユビュの顔があった。

「でも、運命は私たちをこの決戦に導いてきました。さあ、行きましょう。」

 凜とした声でそう言うとユビュは、右手のブルーポールを大きく掲げた。ブルーポールの青い光が大空を照らした。戦場に再びブルーポールの青い光線が輝いたのだった。

 大歓声が兵士たちから湧き上がる中、ユビュはブルーポールを振り下ろした。青い光線はユビュ軍のすべての兵士に勇気を吹き込み、これを合図に、ユビュ軍の前進が始まった。目指すはルドラだった。

 ユビュ軍がルドラ軍に近づいたとき、依然として、バルマン師、シャルマ、ギランダとの激しい戦いが続いていた。

「弩砲を撃ち込むぞ。」

 プシュパギリが指示を出すと、新式の十八門の可動式弩砲が一斉に砲撃を開始した。飛距離の伸びた弩砲から放たれた石弾はルドラの本陣まで届いた。

 新たな弩砲による攻撃によってルドラ軍に動揺が走る中、ユビュが馬上からブルーポールを掲げた。

「ブルーポールだ。」

 驚きの声と共にルドラ軍には激しい動揺が走り、一方のバルマン師、シャルマ、ギランダの軍からは歓声が上がった。

「慌てるな。」

 ルドラはそう叫んで防戦に努めさせたが、ユビュとプシュパギリの軍からの新たな攻撃が始まると、戦列の一部が破れた。

「敵の戦列が崩れたぞ。一気に突き破れ。」

 そう叫んだプシュパギリを先頭に激しい攻勢が始まった。

 この好機に心を踊らせたのはギランダだった。ルガルバンダとムチャリンダの戦いの時、ルドラの裏切りによって敗北の憂き目を見たギランダはその恨みを忘れていなかった。「あの時のことを寸時も忘れたことはない。」と常々語っていたギランダにとって、この戦いこそその雪辱を期す戦いだった。

「おれに続け。なんとしても、あの卑劣なルドラを倒す。」

 そう叫んだギランダは先頭を切って馬を走らせた。このギランダ軍の凄まじい突撃が敵の戦列を突き崩すと、ユビュ軍も戦列に加わった。自分たちのすぐ近くでブルーポールが燦然と輝くのを見たルドラは驚愕したに違いない。そして、そのルドラが目にしたのは、親衛隊に囲まれ、どんどん近づいてくるユビュの姿だった。

 ルドラはユビュを認めると、大声で叫んだ。

「ユビュだ。ユビュを倒せ。」

 だが、ユビュの近くにいたギランダは叫び返した。

「ルドラ。おまえのような薄汚い裏切り者を天地が許すはずがない。仲間を裏切り、ただ、自分だけが裏切りによって得た虚飾の栄華に身をやつしてきた行為に、今日、天罰が下るだろう。」

 ギランダの激しい波状攻撃に支えられて、ユビュ軍の勢いもすさまじかった。赤い羽根飾りのついた黄金の兜をかぶったユビュがブルーポールを掲げて戦場を駆けると、ルドラ軍の戦列は次々に破られた。ユビュ軍は一気にルドラの本陣に迫った。

 ルドラは声をからして檄を飛ばし、大槍を振り回して奮戦したが、回りの味方は見る見るうちに少なくなった。

 窮地に追い込まれ、もはや軍を立て直すことは無理と悟ったルドラは敵の囲みを突破しようとした。馬の腹を蹴って走り去ろうとするルドラを、けれど、プシュパギリは見逃さなかった。

 宇宙一の弓の名手と言われたプシュパギリが大弓を引き絞った。そして、その弓から放たれた矢は唸りを上げてまっすぐにルドラに向かって飛んだ。その弓から放たれる矢で的に当たらぬ矢はないと言われたプシュパギリではないか。次の瞬間、ルドラは大地に伏せていた。

 ルドラがプシュパギリに倒されたことで形勢は一気にナユタ軍に傾いた。ルドラの軍団からは離脱者が続出し、軍は瓦解した。

 ユビュ軍はルドラ軍を蹴散らすと、隊列を組み直して、ルガルバンダ軍の側面から攻撃を開始した。この攻撃によって、ナユタ軍と激闘を続けていたルガルバンダ軍の一角が崩れた。ナユタはこの好機を見逃さなかった。控えさせていた残りの部隊を投入し、すべての兵士に総攻撃を命じた。

 そして、この好機に勇躍躍り出たのが、ヒュブラー率いる夷狄部族の部隊だった。その先頭に立つのがチャシタナだった。

「この好機を逃してはならぬ。この好機こそ、我らが力を天下に示すべき時ぞ。」

 そう叫ぶチャシタナは敵の矢をものともせず、ナユタ軍の先頭を切ってルガルバンダの本陣を目指した。

 戦場では、パンチャジャナが吹き鳴らされ、マーヤデーバの轟音が大地を揺るがし、ブルーポールが繰り返し、繰り返し、大空と大地に青い光を放った。その中をナユタが、そしてユビュが駆け巡り、戦場は誰も体験したことのないような異様な光景を呈した。

 ヒュブラー軍がチャシタナを先頭にルガルバンダの本陣に切り込むと、ルガルバンダ軍の戦士たちは恐怖に駆られ、次々に戦意を喪失して離散した。ルガルバンダ軍の退路を残したヴィクートの策が功を奏したのだった。

 ルドラが倒されたとの報告を受けて青ざめていたルガルバンダはこの事態に狼狽した。こんな時にどう戦局を立て直せば良いか、そんなことは宇宙開闢以来のいかなる兵法書にも書いてなかった。書いてあったことは、戦況を冷静に分析して最善の手を打つべし、勝ち目がないなら退却して危険を避け、次の機会を待つべし、ということだけだった。

「兵をまとめよ。」

 退却を決意したルガルバンダがそう下知すると、取り巻きの部下は顔色を変えた。

「しかし、カーシャパ殿は奮戦しておられます。戦いはまだこれから。勝敗の帰趨は決しておりません。」

 だが、ルガルバンダは部下の進言に耳を貸さなかった。

「ここでは、これ以上は無理だ。だが、ビハールは難攻不落。ビハールに戻れば、態勢を立て直せる。」

「しかし、カーシャパ殿を置き去りにするのですか?」

「カーシャパにも退却するように伝えよ。」

 そう吐き捨てるように叫ぶと、ルガルバンダは退却を命じた。

 ルガルバンダ軍は兵士たちが次々に砦の中に逃げ込み、さらにそこから都へと退却していった。砦の中に逃げ込めず、ナユタ軍に倒された兵士も少なくなかった。

 戦場に残ったカーシャパは歯ぎしりした。ヴィクートを相手に互角以上の戦いを展開していたが、ルドラとルガルバンダの軍団が崩壊しては、自分ひとりで戦い続けることはもはや不可能であった。しかも、ナユタ軍によって砦には火が放たれ、カーシャパはやむなく兵をまとめ、近くの丘に退却した。残った兵力は五千に満たなかった。

 

 ヴィクート軍はその丘を取り囲んだ。しかし、ヴィクートはカーシャパをすぐには攻撃せず、窮地に追い込まれたカーシャパに降伏を促すためプシュパギリを派遣した。プシュパギリはわずかな部下を引き連れて丘を登り、カーシャパに面会した。

 プシュパギリは言った。

「カーシャパ。率直に言うが、今日は降伏を勧めに来た。降伏というと屈辱的に聞こえるかもしれぬが、そもそも前回の創造の際、おまえはナユタが最も信頼する武将のひとりだった。ナユタの勝利はおまえの知略によって得られたといっても過言ではない。そして、今世の戦いでも、おまえがやむを得ずルガルバンダの将軍になっていることは誰もが知っている。ナユタは降伏さえすれば、それ以上おまえを責めるようなことはしない。もはや戦いの趨勢は決した。ここが潮時と思うが。」

「ありがたい言葉だ。」

 カーシャパはそう言ったが、さらに次のように続けた。

「たしかに、おまえの言うとおり、潮時かもしれぬ。そもそも、決してナユタやユビュと対決したかったわけではない。ルガルバンダと組んで覇権を得たかったわけでもない。だが、思い出すがいい。ルガルバンダが目覚め、宇宙に新たな胎動が生じたとき、おれはまずナユタのもとを訪ねた。このままで済むはずがない、必ずや戦いによる混乱の時代となる、だからともにこの動きに備えようとおれは言った。だが、ナユタは首を縦に振らず、起ち上がろうとしなかった。それゆえに、やむをえずおれは独立し、その後、ルガルバンダの配下となった。その事情はおまえも同じはず。おまえは賢明にもシュリーが倒れた時、バルマン師を頼って再起の道を開いたがな。」

「そうだ、だから、今、おれはやって来ている。おまえにも再起の道がある。ここで降伏しさえすれば、ナユタも理解してくれるだろう。」

「そうかもしれぬ。だが、おれはルガルバンダには一方ならぬ恩を受けている。そもそもイムテーベに攻められて窮地に追い込まれたおれを助け、将軍としておれを用いてくれた。残念だが、今さらナユタに頭を下げる気にはなれない。」

「頭を下げる必要なんてない。ナユタは暖かく迎えてくれる。思い出してくれ。おれはエスドルの野で窮地に陥ったとき、おまえに道を開いてもらい、助かった。その恩は決して忘れぬ。今度はおれがおまえを助ける番だ。」

 そう言って、プシュパギリはさらに説得の言葉を続けようとしたが、カーシャパがそれを遮った。

「おれはナユタとルガルバンダの和解を願いはしたが、ナユタが起った時、おれはルガルバンダの将としてイェンディでナユタと戦った。ある意味、おれはナユタを見限り、今に至っているのだ。どうしてナユタのもとに帰参などできようか。プシュパギリ、今日は来てくれてうれしかった。ともかく、ナユタにもユビュにも恨みはないが、降伏して、ナユタの軍門に下ることはできない。それが結論だ。」

「だが、それなら森に入ることもできるではないか。」

 カーシャパはその言葉に耳を貸そうともせず、幕舎の外に控えている衛兵を呼んで言った。

「プシュパギリ殿がお帰りだ。丘のふもとまでお送りせよ。ただし、お帰りにならないなら、切って捨てて構わぬ。」

 そう言うと、カーシャパは身をひるがえして、会見の場を後にした。

 プシュパギリは、衛兵に付き添われて丘を下ったが、帰り道、プシュパギリの目からは涙が止まらなかった。

「たしかに、ナユタが悪いとは言えぬ。ユビュに非があるとも言えぬ。だが、ナユタとユビュが、最初から毅然とした行動に出ていれば、少なくとも、おれもカーシャパもこんな運命に翻弄されることはなかった。かつてと同様、ナユタとユビュを支えてともに戦いえたはず。」

 プシュパギリは陣地に帰参すると、カーシャパへの説得が失敗したことをヴィクートに伝え、会見の模様を詳しく伝えた。ヴィクートはそれを聞くと、プシュパギリに深々と頭を下げ、振り絞るような声で言った。

「プシュパギリ。三神でパキゼーの元へ教えを請いに行ったことを思い出すな。私はその教えに心打たれ、今世が始まったときにもその教えを守ることに専念してきた。だが、カーシャパの言うとおり、その態度が、ルガルバンダの覇権を許し、カーシャパやおまえをたいへんな苦境に追いやったのも事実だ。たいへんに申し訳ない。」

 プシュパギリは言った。

「だが、おまえも含め、ナユタやユビュのとった行動にも意味があり、それを非難することは誰にもできぬ。こうなったのも定めとしか言えぬのかもしれぬ。」

 次の日、カーシャパは丘の上に全軍を整列させると、ひとり前に進み出た。その姿は、青銅の仮面をかぶった死神のように恐ろしげであり、その瞳からはりん光のような青白い光が発せられていた。ヴィクート軍から矢を射かけようとする者もあったが、プシュパギリはそれを止めた。

 カーシャパはよく通る声で叫んだ。

「おれは武人としての道をまっとうしてきた。何一つ恥じることはない。」

 しばしの沈黙が流れたが、カーシャパは向きを変えると、自軍に向かって叫んだ。

「白旗を掲げよ。」

 カーシャパ軍からはため息とも安吾の声ともつかぬどよめきが起こったが、次の瞬間、カーシャパは自らの存在を消し去った。どこに消えたのか、どこに行ったのか、誰にも分からなかった。

 

2015314日掲載 / 最新改訂版:2023820日)

 


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向殿充浩 (こうでんみつひろ) / 神話『ブルーポールズ』第4巻