3.プラリア パート
「倖せな時間(とき)」
「う〜ん、やっぱりしっかりした大地はいいのお。」
長く退屈だった船旅も終わり、ノースフロートの地
を踏んだ大木田組長の第一声はこの様な物だった。
もっとも、艶は船旅に退屈を全く感じなかったよう
だ。昼は、異人さんとのおしゃべり。それから、船
にいるかの群れや鯨が寄ってきたこともあった。夜
は毎晩のように催されるパーティー。そして、海が
荒れた日には、船酔の組長さんの看病。なにより、
組長さんと二人の時間をこれだけ持てたことは、大
木田組長と艶の間をより親密な物にしたことは確か
なようだ。
宿(ホテル)を定めるとすぐ、艶は組長さんの手を
引っ張って観光に出かけた。珍しい物を見たい。勿
論そんな気持ちがあったからでもあるけれど、それ
より、組長さんに今はなにもかも忘れて楽しんで欲
しい。そう思ったからだ。
「北浮の物は何から何まででかいのお。」
長い橋や、高いビル。歩くのに気持ち良い季節、二
人はいろんな所を見てまわった。華人街にも行った
し、歌劇の鑑賞もした。野球も見に行った。美術館
も行った。大きな公園で大道芸を眺めながらゆっく
りと過ごした日もあった。
「この食堂、道にまでテーブルがならんどるな。」
「オープンガーデンってイうんだって。ほら、カゼ
にあたりながらショクジをするのがキモチイいキセ
ツじゃない。ねえ、キョウのおヒルはここにしよ。」
「こんな洒落た店、なんか気恥ずかしいのお。」
「イいから、ね。」
お昼もこんな感じ。そんな幸せな日々が続いた。
ふと、艶は足を止めた。それは宝石店の前。その
店は、入り口の所に銃を持ったガードマンを置いて
いるからか、店の外からも見えるように、宝石が飾
ってあった。やっぱり艶も女の子。そういう物に興
味が無いわけじゃない。
「なんじゃ?」
組長も足を止める。
「そういえばこういうもんを買ってやったこともな
かったのお。」
そういうと、組長は店に入って行った。ついて行か
ないわけにもいかないので、艶もおずおずと店に入
った。艶にとって、宝石店なんて外から眺めるだけ
のものだったのだから。いままでは。
東方人の二人連れ、しかも一人は人相の悪い男と
いう客に、店員の表情も無愛想で、居心地悪いこと
この上無い雰囲気におどおどする艶とは対象に、組
長は、あれもいい、これもいい、といいながらショ
ウウィンドウを眺めている。そのうち、
「お、これはいいのお。」
と、組長が一点に目を止めた。つられてみた艶も、
店の雰囲気など忘れてそれに見入る。それは、赤い
宝石をあしらった上品なデザインの髪止めだった。
「これをくれやあ。」
組長は髪止めを指さすと、札入れから金を出しなが
ら店員へ声をかける。
愛想が良くなった店員が、艶に髪止めを付けてく
れる。戸惑い顔の艶に、
「貰って...くれんか。」
と組長がためらいがちに声をかける。
こんな時はどうすればいいんだっけ?そうだ。
「にっこり」
艶は組長に微笑んだ。
「気に入ってくれたか。」
組長は、
「釣りは取っとけや。」
と店員に言うと、上機嫌で店を出て行った。あわて
て艶も後を追う。
そっと、頭の後ろに手をやって、髪止めに触って
みる。幸せ...。
こんな日がいつまでも続けばいいな...。
(おしまい)
み:いいもん。マスターさんが、幸せな艶を書いて
くれないなら、自分で書いちゃうもんね。
あ:前向きなんだか、後ろ向きなんだか...。
み:と、言うわけで、組長さんも楽しそうだったと
言う、ノースフロート到着直後の観光の様子を
想像してみました。さて、艶は最終回に、幸せ
にしてもらえているでしょうかね?
af5k-myzw@asahi-net.or.jp 宮澤 克彦