分子状基質 |(石の男)| (独身者の....)|

分子状基質を巡って



小林弘明
          交叉する 段丘の濃度が薄まる方向へ拡が
る 揺らぐ粒子が集積する分子状基質は、曲がりくねった暗箱の
通路を通って、木が芽吹く段丘から階層状の記号(連分数あるい
はクラスター展開)へ転移する 飛び石のパーコレーションが水
底のゼロ点に近似して、燃焼によって崩れていった木片にいまだ
反復する粒子の軌跡 水滴が乾いてゆくとき、そしてまた私が添
加されるとき、表面のふくらみから私の機械が降りそそぐ たえ
ず揺らぐ素子の線上で交叉する気圏、層状に繰り込まれた金属は
細かく分節され浅瀬で差し引かれる 複数の機械が、分子状基質
のくぼみのように残置され、半整数次元の厳密解の回転度を反映
する 

   緩やかな坂道で行き違う男たちの寡黙な息づかい 分子状
基質はその傾斜に沿って伸びはじめる 激しい雨のように川面を
滑る微細なボート 無数の断続する線と顔は並ぶように浮き上が
り、その境界は見るたびに移動している 私の額で線分は白色に
輝き、球形の先端は彼女の唇に届いている コンフォメーション
に悩まされて後退していった素子は薄膜を重ねた印画紙の上に再
現される 計器類の点滅するダイオードに過剰に反応する私の機
械 赤の波長領域による撹乱に弱いのだ 熱電対が流れるブロッ
クの速度を選択する 低いうなりが洩れて 飛来した方角には凍え
た屋根のきしみが反響するのだった 

                 分子状基質は線上に拡散し
ていった そのブロックの開口部が川面の無数のリングにつなが
り、飛来したあらしに漂流して、彼女の襞に繰り込まれる 内在
化した素子は、その襞を錯綜させ、表面にもうひとつの薄い膜を
形成するのだ 光と物質との交換の場のような激しい多様体が、
分子状基質の減衰する斜面の消失点近傍において作動する 私の
機械は長い触手を延ばして、襞の重なりに挟まれた気泡のような
もの、折れ曲がった繊維質の塊を回収する 彼女の浅い眠りが、
川面の無数のリングを巡る それは落下してくる私の機械を受け
とめ、再び消費される記号へと写像する 
 
                   細かな羽根が描かれた
画布 偏向を示す記号群から「私」へと羽根は歪な回転をしてい
る 目覚めた彼女の襞から漂流して来たかのような羽根や、飛び
散った液滴のようなサテライト状の細胞が、不可能な内省を付加
して、私の機械は記号の表面を呼吸している 表面に垂直に落と
された記号§A分数の母系の外で作動することを彼女は知ってい
る それは、長い分子配列の偏向した部分から記述されない そ
れは、演算子によるパーコレーションの撹乱であり、複数の交叉
する分子状基質との組換えで胞子を準備する疑似植物であり、彼
女の浅い襞を呼吸する半開放系の細胞(ホメオスタシス)なので
ある 

   記号=連分数の母系の上に置かれた核子の夢想が私の機械
を煽り、私をさしひいてゆく 開口部から飛び散った液滴のサテ
ライトに、部分としての分身を認めることが出来るだろうか? 
さしひかれることあるいは分割されること 部分の連鎖は分母に
ゆきつかない 彼女の襞に渦巻のように上昇してゆく集積体は、
機能する部分なのだ オペレート、光を集める鉱物の配列を局在
化させて、菌子と類似させること、溶媒のなかで析出する分子状
基質の不透明な絡まりを細胞壁に投射すること 部分の連鎖は分
母にはゆきつかない 


分子状基質を巡って


           私の機械はここから降りてゆかねばなら
ない 出口は暗い空の下に続いているのだ ひとつながりの分子
鎖=私の機械は、いくつかの帯電したブロックに分かれ、分子状
基質との反発と吸着を交互に繰り返すようになり、徐々に質量を
増加させ、雨滴へと凝集したり、細長く延びた多孔板を歪ませ空
へとリークするだろう セントエルモの火のように虚空からあら
われ、放射される電離分子のゆく手を出口とするなら そこでの
正と負の衝突は、他の運動への変質であるとか、中断され続ける
といった周辺的で過剰な表情の粒子の生成となろう

                       「新しい機械」
帯電した分子がノズルの先端から、三本の指の交差が指し示す方
向に飛行する 回転運動を内在する二つの分子状基質に挟まれた
空間で、左手のねじれにしたがった飛行をスクリーンのような分
子状基質に投影して、互いに鏡影を見つめあうだろう あたかも
右手と左手の間に拡がる空間に置かれた鏡面での出来事のように 

 分子状基質からくびれるように分裂し、いまだ形をなさぬ、そ
して、薄い電極を通過してきた「新しい機械」 私の機械が左手
が支配する言語なら、右手が支配するコードなのだ 内在する亀
裂がまたたく間に「新しい機械」群を配置するだろう 光のよう
に重なったり、楕円状に広がり、波立ち、それぞれの個体を識別
するコードは交換され揺らいでいる

                 電極によって刻印された数
はなしくずされて、帯のように延びた軌跡へと分子化されている
のだ 私の機械は大きな身体といびつな指に内在するコードを照
合できない 時間をかけてそれらは徐々に名を示してくるのかも
しれない 肉体に折り込まれたコードとコードの照合関係が「新
しい機械」の配列を乱すのである 

                しだいに延長される鎖列の度
重なる回帰と過剰な接触を通過して、私の機械は光のハレーショ
ンの群のようないまだ区別できない少女の流れに出会っていた 
それは配列でしかない 分子状基質からひとつの配列が抽出され
るところから、わたしたちはさらに細部の語のつながりを記述し
てしまうのだ そしてまた、スクリーンに投影される光の動きも、
一方の端末での女のささやき声との過剰な接触も「新しい機械」
の手の十全な機能なのかもしれない 下部構造をすくうような風
が、確かに機能していて、私の機械の視野を振れさせるのである



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