石の男 |(腋臭)| (分子状基質)|

石と男



塚田高行
それほど危険なものではないが
わずかに突起のある石を
ひとりの男が
秋の庭に見つけた
虫すざく夜も 葉草の陰に
差し込む街路灯に照らされて
その突起の部分だけが
うす青い
彼岸の入り近く 小笠原方面から北上してきた台風は
東にそれたが まだ風の強い午後
石の形状を確かめるため 男は
むかるんだ土を掘り起こす
なかなか低部に至らない
が 土を削ぎ落され露出した部分は
人間の股関節に似ている
(X線像のようにはすは入っていないが)
その側面が傾いて一部が土の上に出ていたらしい
触れてみると 前面はすべやかだ
堆積の年月をいたわりながら
しずかに手のひらをうごかす
男の指がくぼみを押すと
嬌声が聴こえる
しかし飛散する夥しい汗
マンホールの栓は開かれたまま
廃液が庭内へ逆流し
捕らえられた爬虫類の腹部のように
男の静脈血管が膨張する
石にも それを堀だそうとする男にも
問いかける者はいない
時を違えず 男の眼に
黄ばみかけた酸性雨にも似た
にぶく暗い遺恨がはしる
ゆがんだ木の枝から洩れる陽が
男の胸の産毛を明晰にさざめかせてはいるが


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