午前零時のドライブ |(雑談する写真)| (腋臭)|

午前零時のドライブ



荒木悠之
    1
ぼくの額には 黄色の光がまるでゴムのようにへばりついているような気がする
額からゴムが引きはがされる時間は午前零時と定められている
ぼくはその時刻に頭部を優しい暗闇で浸し
第三京浜を真っ赤な自動車で好んで南下する

     2
棒状の真っ赤な箱にポテトチップスが入っている
助手席の君はポテトチップスを食べる 君のしなやかな指が
箱の中を探ると 黄色い音を立ててポテトチップスが鳴る
すると黄色いベンツが追い抜いていったので 車線を変えてその車の背後につく
ポテトチップは秋の麦の味がおいしいと君は言う 「これは何ていう曲なの?」
「シリアル・ネイビーの『歴史と個人』」「悲しい題の曲なのね」
「ジャズを聴くと人を傷つけたくなくなるよね」 見上げると
頭上の橋に白い服を着た人が立っていた
真冬の月のように青白い顔でほほえむ 白髪頭の男のようだ
前歯を桃色に光らせて ぼくたちの車を見下ろしている

     3
桃色のネオンサインが光っていたのは 横浜線を横切るあたりで
「メメント・モリ」というホテルの名が 間欠的にまたたき
時速130kmでゆるやかなカーブを抜けると
深夜に稼働中の電子機器の工場 樹脂の外壁の住宅群
アイスピックで砕いた氷のように 静かに溶けていく街区の灯火
温水プールでする背泳ぎのように ゆっくりと浅間下に降りていくと
水色のマニキュアをした君の爪が 熱を帯びたようにゆらゆらと揺れる

     4
鉄橋下の壁画には 熱を帯びた目のネイビー マニキュアを塗る金髪女性
鉄橋上を進む終電車は 乗客が虹色の息を吐くので窓ガラスが曇る
壁には暗い笑いを浮かべて飛びはねるポパイ 真珠製のパイプとゴジラの子供
タイヤの代わりに長靴をはいた自動車 吹き出しには BANG! という文字
爆裂する速度を示しつつ 静まり返る同心円の図形 コーンフレークの箱・・・
赤信号で停止し こんな絵を描く陽気な画家になりたいと考え
また走り出し そんな考えを忘れてしまい
明治時代の建築物が ファラオの番犬のようにうずくまるのを見て
銀色に割れる花火の匂いに満ちた 山下公園の前に車を停め

     5
銀メッキされたベンチにぼくたちは座り 口から火を吐く大道芸人を見た
麻のシャツをはだけ 岩の胸板をほてらせ まばたきをせず
眼球を砂のように乾かしたまま かざす松明を見つめるその男は
コーラのような暗い色合いの巻き毛からして 南欧人のようであった
風船ガムをかむように ゴムぞうりを鳴らし続ける高校生
パーンという乾いた銃声のように 笑ったり黙ったりする女の子たち
カスタネットのような音を立てる花火
人だかりのかたわらで 何かわめきながら釣り糸をたれているやせぎすの男は
手の指の色も形も 五寸釘にそっくりだった

     6
ベンチに打ち込んである五寸釘の頭で 君はストッキングを切ってしまい
L型の切れ目から 冷たいヨーグルトのような膝のあたりの肉が見える・・・
「あなたは幽霊が見えるんでしょう?」
「見えるよ 霊はいつでもどこにでもいて ぼくたちのことを見ているよ」
「今 ここにもいるの?」
「釣りのおじさんの肩に しわくちゃの小人がのっているよ 自分のことばかり考えいる
人だから 小人にからかわれているんだよ」
「私には霊がついているの?」「いや 君の近くにはいないよ」
ふと釣んお男を見ると 奴はテグスの代わりに麻紐を使っているようだ

     7
本当は君の近くには 麻紐のように細くしなやかな手足を揺らめかせる
長い髪の男がいるんだ 常に低くうずくまり 水蜜でびしょぬれのまばたかぬ目で
君の白い顔をじっと見上げ ヴィオラに共鳴するワイングラスのような細い声で
死してなお 死への憧れをつぶやく詩人のような男だ
ぼくの背後にはネクタイで首を絞め上げ 鼻腔をこわばらせている初老の男がいるが
総じてこの程度の環境なら心地よいものだと ぼくは判断せざるをえない
男はぼくが見るかぎりいつも眠っていて ギンナンの匂いのする寝息を吐き出している

     8
三ツ沢に戻る道は 眠る銀杏の吐く角砂糖の匂いで満たされ
高速道路に上ると 川崎上空の空は夜明けのミルク色で美しい・・・
ぼくたちは 世界が美しいものだと気づき 世界が滅びることを拒んでいるが
初めからまるで世界がなければ 最善であったと考える・・・
エンジンがBeと泣き ダンパーがthingときしんでいる
車中でぼくたちは このようなことについて語った

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