分子状基質の張力 |(再訪)| (鏡像とネットワーク)|

分子状基質の張力



小林弘明

身体の上には滲むような水分と循環する光が拡がっている。私が降
りてゆく機械の谷間から飛散するサテライト。水分を分泌する神経
叢状の管の開口部では、光の絶ち難い欲望が交絡している。荒廃し
た機械の群れ。反転する運動と絶ち難い欲望はあなたの名を求めて
表面の張力を硬化させるのである。あなたを画像の線分として再現
して、浮遊したコードを着衣の機械へと投影するのだ。分子状基質
のひとつの間隙に挿入されたあなたの集積次数。あなたは光の管が
射し込む小さな部屋の床に倒れ臥している。子供たちの歓声が走り
去って、架かる衣服はくぼみの鏡像をまき散らした。

水分とあなたがいたるところで小さな爆発音をともなって曲面から
なる鏡をあふれさせ、修道院の光の管のように、浮遊したコードを
着衣の機械へと投影する。反転する運動と絶ち難い欲望。コードの
通過を遮って、あなたの影と複数の機械に繋ぎ直すこと。「ゆるや
かな上下運動に誘われてその複数の機械は相互に言葉を交換してい
るようにも見えた」 船底の自動書記機械。蓄積された鏡のシグナ
ルを液体の飛翔へと変換する微細な流失。コードの通過という変
化が絶えたこの器官上で自動書記機械が感知しえたのは、昏睡のあ
なたを取り違える欲望やくぼみを覆う僅かな皮膜、それらの変換装
置の散漫な熱の残留でしかなかった。鏡像関係になっている一対の
見えない波動が不規則にそして夥しく生成と消滅を繰り返していた
水分の扉。

時間から切りとられた時間に荒廃してゆくばかりのシーケンスから
外された装置、完成されることなく放置された夥しいスクラップ、
冷たい金属面は毛羽立ち、やがて重い砂に覆われる。偽りの生にな
ることを拒絶された機械の分離。「部分が部分として成り立ってい
た」たとえば、パルス信号から液体の微細な飛翔に行き着く書記装
置の運動は、周辺部においては信号と飛翔が対応が曖昧になって、
鏡像性や対称性が著しく低下する。細管からの速度と表面張力に引
き裂かれた飛翔と言うべきかもしれない細分化された運動と瞬く間
に溢れる液体に、あなたは形を失った者の記号を映してみるだろう
か。ドット化された水を反復して注ぐという単純な動作にも関わら
ず、分子状基質に接続する不安定な機械。材質が追随しえない領域
でシステムは中断する。

「分子状基質の死はいちどきにやってくるのではない。その上に書
かれたことが粉々に飛び散ったり、留まることなく流失し忘却され、
その出口の運動が停止して閉じること。死があらわになるにしても、
悪夢の膨張のように際限のない全体/部分の混乱が浮上して表面を
波立てる。分子状基質はその上に到来する痕跡をブロックと流動化
の制度に分割する一方で、発芽の核子が潜在化するのである。分子
状基質の上の痕跡は、コードを遅延させ私達のアクセス時間を増大
させる。書かれたことを解除するゲリラ的な熱が、機械への親和力
に混ざっているときの二重の作用は分子状基質上で常に機能して、
機械でありながら生成消滅する疑似生命体、非在の言語の様相を呈
するのである。」

それは、かつて私に愛を告知したときのようないまだ到来せぬもの
を背後に広げているような奥行きを持ってはいまい。羽根の時間を
押し戻すそよぎは、私の手からすり抜けたのだ。幾人かの技師が改
変した機械は、どこか私に似てしまっている。ほっそりした腕、ウ
ィルスに感染したコードを取り込んでしまって、極度に不安定にな
っている外観。潜在するラングにつながるたびに、異なった反応に
なっているのだ。次ぎに踏み出すべき土地の希薄さに私の言葉は徐
々に失われているのだろうか? 刻々と私は選択を迫られているに
もかかわらず、すべすべした知覚の壁に手を沿わせるばかりなのだ。
窓辺を捏造しているのだ。知覚の広がりとともに中心は失われ、回
帰すべき場所はなく、ただ死がいくたびか歩み寄るのを聞く時間を
過ごした。見知らぬ人のように見つめる私の子がいる。モノクロー
ムの写真におさまる何人かの顔のひとりが深くうなだれている。薄
い紙に透けて見える文字。死の途上にある私に微笑むのは誰なのか?
私は流失する中間地帯でその名を求め続けた。

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