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 美岱召に着いたのは、夜中の十二時を回ったところだった。

 「夜中だね」と言った阿姨の言葉は正しかった。辺りには小さな集落があり、民家が点在している。客商売と呼べるものは国道沿いに数軒ある食堂だけだが、それももう真っ暗だ。阿姨は「土地の老老に泊めてもらえ」と言っていたが、時間も時間だけにはばかられる。

 とにかく美岱召の寺院のあたりまで入ってみれば、ちょっとした軒先ぐらい借りられそうなところがあるのではないか、と自転車で行けるところまで行ってみた。

 自転車を降りて、街灯もない暗がりの中で横になれそうなところを探す。立派な門の下あたりは、屋根もあって眠るには具合が良さそうだ。ここにしようかと相談している時、何やら妙な気配を感じて自転車の方を振り返った。

 自転車の全長とさほど変わらない豚が一頭、鼻を鳴らして荷台に縛りつけた荷物の匂いを嗅いでいる。

 豚が放し飼いになっているのか!?

 よくわからないが、はっきりしたのは「ここでは眠れない」ということだ。

 豚の注意を逸らして自転車から離れた隙に飛び乗ると、私たちは一夜の宿にふさわしい場所から離れざるを得なかった。

 当面の目的地に折角辿り着いたというのに思わぬ伏兵にしてやられた格好で、私たちは再び走り始めた。このまま徹夜で走るわけにはいかない。夜の国道は通行量こそ昼間よりも少ないものの、対向車のヘッドライトに目が眩んで路面が見えず、より注意力が必要なのだ。

 何度か止まっては、場所を検分した結果、川の堤防に沿って少し国道から入ったところで眠ることにした。屋根もなにもない、トウモロコシ畑を横目に見ながらの野宿だ。

 真夏とはいえ、大陸性の気候だけあって夜は冷え込んできた。

 ありったけの服を着込み(と言ってもシャツ三枚だけだが)、こんなこともあろうかと持ってきた体温を守るシートを二つに折って、その間に潜り込む。荷物を枕にして寝床の出来上がりだ。西野は出発の土壇場で荷物を減らすために一度鞄に入れていた同じシートを置いてきてしまったそうで、黒いゴミ袋を二枚つなぎ合わせた簡易の寝袋を作ると、新聞紙などを服の間に挟んで体温を奪われないように工夫して、私の隣に寝転がった。

 仰向けになって夜空を見上げるなどということは、日本ではご無沙汰していた。空気が澄んでいるため、星がよく見える。川の流れる水音を子守り歌にして、頬に夜風を感じながら眠りに落ちた。

 霜が降りるほどの冷え込みだったようで、何度か目が醒めた。朝五時に目が醒めた時は、寒さに我慢できず、完全に覚醒してしまった。西野もどうやら同じらしく、まだ夜明け前から二人してごそごそと起きだす。

 荷物を荷台にくくりつけ、朝五時半、再び走り出す。目指す呼和浩特までは約90キロ、一本道が向かう東の地平線からは太陽が昇ってきた。前を走る西野の姿が、逆行でシルエットになっている。

 やがて日が昇ると、左手にそびえる山々が明るく照らしだされた。この辺りは石英の採掘地になっているようで、山の形がかなり変わるほど削られた跡が時折見られる。

 西野はシートを簡易寝袋で代用したのが祟ったのか、腹を冷やして冴えない様子だ。走るのも、随分辛そうである。二時間走ったところで道端にへたり込み、眠ってしまった。たまたま近くで畑を耕していたおじさんと話したところ、呼和浩特まではここからまだ60キロはあるらしい。三十分ほど休んで体力を取り戻した西野と、夕方までには着くように走って行こうと話す。ペース配分さえ間違えなければ行けるだろう。

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