テキスト・『ガクエン退屈男』 講談社「ぼくらマガジン」1970.2/17号〜9/22号

早乙女門土
(さおとめ もんど)

永井豪のバイオレンスキャラクター中でも、最も暴力的な主人公。てゆーか、ソレだけ。
年齢/身長/体重などの詳細データ無し。目の周りのぶっといクマと眉間のキズがトレードマーク。


解説 第一部「わるのり学園篇」 第2部「つばさ党篇」


解 説

「1960年代後半に起こった学生運動の波は、1970年代に入り、ますますその激しさを増していった...」冒頭からコレだもの(笑)後の豪ちゃんマンガの前提となる<暴力が支配するに絶好の世界設定>が難なくクリアされている。

「教育という名の暴力に支配された学校に、生徒の自治権を取り戻すための闘いを!」という、今でもある分野では真正直に語られるお題目を既に逆手に取ってしまってる辺り、流石豪ちゃん。
最近いましたよね、国連総会にまで「制服廃止」なんてコト唱えにわざわざ出かけて、また<誤解された日本人像>に一味足してくれた連中。このマンガの登場人物達は正にそんな現実のパロディ。主人公の門土はもちろんのコト、対する学園の教師達は恐怖支配のカリカチュア、門土と唯一張り合う力を持った身堂竜馬にしても、笑いモノにされただけで、その場にいた学生たち皆殺し(怖)。みんな舐められたく無いだけなのよね(笑)そのためにお題目掲げて暴力を奮い合う、血飛沫の百花繚乱。

これは『ハレンチ学園』の「ハレンチ大戦争」篇から連なる、「良識的で尚、暴力的なる人間」の観察シミュレーションが剥き出しな点で、後の『魔王ダンテ』『デビルマン』に繋がるテーマがより純粋に現れている。ここには『ハレンチ学園』を滅多打ちにしたPTAや教育に代表される良識への不信、更には当時正に絶好調だった学園紛争がマスコミ上でショー化され、単なる暴力のお祭り騒ぎへと堕したことへの率直な豪ちゃんなりの解釈が読みとれる。

殺人・リンチ・略奪・強姦といった物理的な暴力や権力・支配といった形而上的な暴力。一皮むけば、もしくは機会さえ手に入れれば、あらゆる暴力を以てして人間は他者の優位に立ちたいモノなのだという本質を語ってる...そう見えてくるワケ。「性と暴力」を持て余したニューファミリーたちのスケープゴートとして、槍玉に挙げられた豪ちゃんの内的動機と表現と現実が一致したスピード感は永井マンガ・ベスト1。


連載時は第一部・第二部に分かれてて、単行本で見ると身堂竜馬の顔がより美形になったところで切れてるんですが、ここは独自の切り方するでガス。

額に天下御免の向こう傷、タイトルからして『旗本退屈男』のパロディなわけだが、実際はマカロニ・ウエスタンを『椿三十郎』風に描いてみました、なカンジがする。

「またころしが たのしめるぜ」
「ころしたいから ころしたんだ!」

などというおよそ常軌を逸したナイスな明言が、門土たる所以。
実際、対する教師達も『ハレンチ学園』のようなノンキさは殆ど無くて、銃を片手に「ころしのライセンス」まで持っていて、うっかり授業中反抗しようモノならアノ世送りにされるのだ。...で、武器には武器を...というワケで後の『無頼・ザ・キッド』を彷彿とはさせるのだが、主人公のいい意味でのいい加減さのお陰でこちらの方が数倍凶悪&サイコー!


第1部 〜わるのり学園篇〜

かの「ハレンチ大戦争篇」を描き終えた直後の豪ちゃん。多分それで目覚めてしまったのだろう。前年ピークを 迎えた学園紛争とは「どっちにしろ暴力を正当化するに格好の舞台」だったのだと。お題目唱えて理由は付けているが、火炎瓶やゲバ棒の乱れ打ちにこそ関心は集中していたのだ。少なくとも「観客」には。もちろん「団塊」と呼ばれる人々を中心として『政治の時代』などとノスタルジーこめて反論もあろうが、少なくとも同時代体験していない俺にとっては、フォークソングと安田講堂と暴力と...なのである。

何よりも、この「ギャグマンガ」として始まった『ガクエン退屈男』の冒頭がソレを証明している。まずは早乙女門土が「ほんのり学園」の教師を一言もなく機関銃乱射で虐殺する!そして最初に書いた惹句の後に、「大学も... 高校も... 中学校も... 小学校も... 幼稚園も...」と続き、保母さんが幼児達から笑顔で逃げながら「あれーこわいこわい」なのである。更に「保育園も...」とハイハイの赤ん坊が、おもちゃでおばさんの足を叩くも踏みにじられる。形骸化した暴力は、もはや奮われることだけを目的としていて「抑えるか抑えられるか」を争っているに過ぎなかったのだ。

あえて言おう。

初めてテレビで、雑誌で、あるいは新聞で、学園紛争を知った時、こうは思わなかったろうか。
何か、楽しそうだと。

学園紛争をただメディアで見るだけだった、「ぼくらマガジン」読者もまたそうではなかったか。学校は抑圧の対象であり、ストレスを伴う場である。たまにはそんな日常を気持ちよく一掃してみたいという欲望がある。それもマカロニ・ウエスタンのようにカッコよく!

永井豪もまた、PTAらに代表される「教育的なるモノ」へ表現に対する抑圧を覚えていたはずだ。かくして生まれた学生ゲリラ・早乙女門土は、それに反撃する暴力マシン!ただその目的だけに特化したキャラクターとなったのだ。

門土は目標の「わるのり学園」に向かう途中、用心棒志願者たち3人をスカッと爽やかに倒して、もう一人の学生ゲリラ・身堂竜馬と合流する。門土は学生服、竜馬はセーラー服(笑)で転校生として潜入。そして教室。先生が「じこしょうかいしたまえ」...いうやいなや、「オッス!おれは...」

「学生ゲリラだ!」

と、書き文字で叫び、先生をけっとばし、生徒に共闘を呼びかける!そして身堂共々蜂起する!

実際、門土の活躍は「キモチイイ」。絶対に負けない。全国に指名手配され、その名を轟かせる「DEAD OR ALIVE」なのだが、教師はもちろん、学校の雇った用心棒もご自慢の早撃ちやカミソリ仕込んだ学生服でなぎ倒し、張られたワナもあっさりくぐり抜けて闘う(トリックの説明がないのはご愛敬)。

一旦学園を脱出、学生軍隊を率いた門土がまたイイ!

「てめえたちの命 早乙女門土が貰った!」
「自由のために! 死ね!」
...だもの...。最低だな、コイツ。

学園側は「文部庁」が特別に派遣した、学園紛争鎮圧の名手・これまた鬼軍曹かデーモンかてな顔をした江戸門団鉄(えどもんだんてつ)校長を迎え、捉えた身堂竜馬をおとりに門土を迎えうつ!

もちろん結果は、人質の身堂など屁とも思っちゃいない門土の圧勝。校長以下全員処刑である。そのムゴサったらもう(笑)宙づりにするはバイクで引きずり倒すはムチでしばくは棒っきれ突き刺すは...と男は皆殺し、女教師にゃ裸踊り命じる...なんてもうやりたい放題。病んでますね。親の顔が見たいです。もちろん他の「元・学校の恐怖支配におびえる善良な生徒の皆さん」も一緒です。そこへ止めに入る身堂竜馬!「けだものめ!」

その叫びは当然、いたく門土を刺激。その暴力衝動のみの凶悪なキャラクターむき出しにして、例の明言、「ころしたいから...」を口にする。いつもよりクマも濃いぞ!これだけ爽快に学園の解放と抑圧との闘いを描写しといて、何とオチが殺人狂!...たまんないすね。OK!
...ありなんすよ、コレが(笑)

怒り(すなわち闘う理由が出来た歓喜)の門土と竜馬の闘い。腕が互角な二人の早撃ち勝負。
だが、そこへ文部庁が送った大量のゲリラ狩り達が乱入、逃げまどう無抵抗な生徒たちを殺しながら、門土に迫る!「もちろん」敵ではない。あっさり7人倒して、逃げた一人を追う!

一方、「わるのり学園」。立ちすくむ身堂の背中で門土を讃える生徒たち。「門土と決闘しなくてよかったっすね」...これがまずかった。身堂竜馬にやっちゃいけないことだった。彼はプライドが傷つけられると変わるんです...。

「俺を笑ったな...身堂竜馬を笑ったな!」

一陣の風。残る一人も殺して気持ちよく帰ってきた門土が見たのは、虫の息になった先ほどの生徒たち。「俺のことを異常者だのケダモノだのいいやがって!」ご怒りごもっとも。何と、

身堂竜馬も単なる殺人狂だったわけです。

(つづく...第2部「つばさ党篇」へ

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