モーツァルト:歌劇『魔笛』

各曲について 【 第2幕第18曲〜第21曲フィナーレ 】

 
               
第20場
第18番 僧侶たちの合唱

 舞台はアーチ形の天井のある部屋となってそこには弁者と数名の僧侶たちが入ってきます。そのうちの2人はピラミッドを肩に担ぎ、残りは皆ランプくらいの透明なピラミッドを手に持っています。僧侶たちはこの合唱でイシスとオシリスを讃えつつ、まもなくタミーノが新しい生を感じ、我らにふさわしいしい者になるだろうと歌います。この男声合唱が「彼の魂は雄々しい Sein Geist ist kuhn 」と力強く歌うところが、ワーグナーの楽劇『パルジファル』第1幕の聖餐式が始まるときにアカペラで歌われる少年合唱(信仰の動機)を連想させます。『魔笛』を高く評価していたワーグナーがここからヒントを得たとまでは言いませんが、宗教的な雰囲気に包まれた音楽が約90年の年月を隔てて創り出され、聴く人の心を揺さぶることに感慨を覚えざるを得ません。

譜面 僧侶の合唱

譜面 パルジファル



第21場
 合唱が終わると連れてこられたタミーノにザラストロが話しかけます。そのため、前の第20場の台本に「弁者と僧侶たち」と書かれていながらザラストロも最初から一緒にいるようにすることが多いようです。ザラストロは合唱の歌詞を引き継ぐように「そなたの行動は男らしく用心深いものであった」とタミーノを褒めます。さらに、「あと2つ危険な道を辿らねばならない」とも言います。

 そもそもどんな「試練」がいくつあるかについてこれまで明確に説明はされていません。第1幕のフィナーレで3人の童子がタミーノを寺院に導いた時に「何事にも動ぜず、耐え忍び、沈黙を守れ」と言っていますが、これが「試練」と気づくことはない思われます。第1幕の幕が下りる直前にザラストロがタミーノとパパゲーノを「試練の寺院に連れて行け」と言うのがこの言葉が出てくる最初となります。次いで、第2幕が上がって直ぐにザラストロと僧侶たちの間でタミーノが厳しい「試練」に耐えられるかということが議論されます。その後、ふたりの僧侶がタミーノとパパゲーノと別れる時に「命をかけて試練を受けるか?」と念を押し、「掟にすべて従い、死をも怖れないこと」、「口を利いてはならない、これが試練の手始め」と言い、ここで初めて3人の童子が言っていた「沈黙」が「試練」のひとつであることがわかります。その後、3人の侍女やパミーナに対してタミーノとパパゲーノが沈黙を通そうとすることからも確かにこれが「試練」であることが理解されます。

 「あと2つ」が何であるかについてもザラストロの口から何も説明されないまま、今度は僧侶にパミーナを連れてくるように命じます。タミーノを探すパミーナに対してザラストロは「おまえに最後の別れを告げるために待っている」と、今ひとつ理解に苦しむことを言います。

第19曲 三重唱(ザラストロ、パミーナ、タミーノ)
 ファゴット、ヴィオラ、チェロの中低音楽器による8分音符3つの上昇分散和音の急かすような伴奏を従えるこの三重唱は、旋律そのものはやや明るい曲調を持ちながら3人それぞれの想いが歌われています。「もう会えないの?」と悲しむパミーナ、ザラストロは「最後の別れ」とパミーナに言ったその舌が乾かぬうちに「きっとまた元気に会えるぞ」と歌い始め、沈黙の試練を受けているタミーノはパミーノに直接話しかけられずに「死の危険、神の加護」、などとなめらかに歌い継がれていきます。タミーノとザラストロが「神々に身を任せ、行けというならどこへでも(Der Gotter Wille mag geschehen…)」と歌うときの旋律がモーツァルトの傑作として名高いクラリネット五重奏曲K.581 の第1楽章第2主題に酷似しています。

譜面 タミーノ&ザラストロ

譜面 クラリネット五重奏曲

 モーツァルトが『魔笛』作曲中にプラハに出かけて『皇帝ティートの仁慈』 K.621を初演した際に、彼の友人でクラリネットの名手だったアントン・シュタドラーも演奏者として同行しています。その曲ではクラリネットとバセット・ホルンが活躍することはクラリネット吹きならずともよく知られていますが(2曲、下記参照)、その時観客はさぞかしシュタドラーの妙技に酔いしれたことでしょう。

オペラ・セリア『皇帝ティートの仁慈』 K.621:神聖ローマ皇帝レオポルト2世がプラハでボヘミア王としての戴冠式(1791年9月6日)を行なうことになり、その時に上演する演目としてモーツァルトはボヘミアの政府からオペラの作曲を依頼されました。モーツァルトは『魔笛』作曲の最中(初演の約1ケ月前)でありながらも報酬やその後の就職活動への期待からその仕事を引き受けたのでしたが、オペラを見た皇妃は、この音楽を「ドイツ人の汚物」と貶したことでも知られていて(真偽は不明)、モーツァルトの音楽が愛されるプラハでも評判は今ひとつだったという記録もあるそうです。しかし、プラハに残ったシュタドラーが『ティート』が喝采を浴びたとモーツァルトに伝えているところを見ると必ずしも失敗作ではなかったも考えられます。このクラリネットとバセット・ホルンが活躍する2曲はコンサートなどで単独でも聴く機会が多い作品で、その時クラリネット奏者は舞台の前に出てきて歌手と並んで吹くこともあります。
第9曲セストのアリア「私は行く、でも、愛しいあなたよ」"Parto, parto"
第23曲ヴィテッリアのロンド「今はもう、花で美しい愛の鎖を作りに」"Non piu di fiori"
https://www.youtube.com/watch?v=iewS-tTcWrg
https://www.youtube.com/watch?v=hx7bzXFc5h4

 モーツァルトがシュタドラーと知り合ったのは1781年頃とされていて、翌年シュタドラーはウィーンの宮廷楽団に加入します。ふたりは年齢が近いこともあって親しくしていたと思われますが、何よりその卓越したクラリネットの演奏にモーツァルトが惚れ込んだのは間違いありません。モーツァルトの傑作「セレナード第10番 変ロ長調『グランパルティータ』K.361 (370a) 1781年または1783〜1784年」の成立の経緯は明らかにされていませんが、諸説あるうちのひとつにシュタドラーが開いた音楽会のために書かれたという説もあります。また両者ともフリーメイソンの会員でもあり、1785年作の「フリーメイソンのための葬送曲ハ短調K.477 (479a)」の初演ではシュタドラーが吹いたという記録が残っています。

 さらにこのシュタドラーがモーツァルトの元にいたからこそ生まれた作品が、音楽史上クラリネット音楽の最高傑作として現在に至るまで輝き続けている傑作、クラリネット五重奏曲イ長調 K.581(1789年)とクラリネット協奏曲イ長調 K.622(1791年)です(後者は『魔笛』作曲期間中に作られました。)。シュタドラーはプラハに留まっていたため『魔笛』の初演には関わっていませんが、この時期モーツァルトがクラリネットのパートを書くときはシュタドラーの演奏を念頭に置いていたことは十分想像がつくとと思います。

 話が少々逸れたので戻しましょう。この三重唱がこの場面ではなく、第2幕が上がって直ぐに歌われるザラストロのアリアに続いて歌われるという演出があります。タミーノが試練に耐えられるかの議論をした後に、タミーノがパミーナと別れて試練に向かうシーンがあった方が自然ではあります。この演出は以下の3つの映像で観ることができます。

オトマール・スイトナー指揮シュターツカペレ・ベルリン
DVD:1980年東京文化会館
演出:エアハルト・フィッシャー
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団
DVD:1983年
演出:アウグスト・エヴァーディング
   *この映像ではザラストロと僧侶たちの問答とザラストロのアリアの間に挿入されます。
ジェイムズ・レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場管弦楽団
DVD:1991年
演出:グース・モスタート

第22場
 舞台から誰もいなくなると、パパゲーノがタミーノを探しながらやってきます。扉を見つけて入ろうとすると「退がれ!」と声がして雷鳴が鳴り、扉から炎が噴出します。そこへピラミッドを持った弁者が僧侶たちを連れて近づき(第23場)、ワインが欲しいと言うパパゲーノにワインを差し出します。気を良くしたパパゲーノは歌いだします。

第20番 アリア(パパゲーノ)
 「恋人か女房が(娘っ子でも女房でも)」という題でも知られているアリアで、ベートーヴェンが作曲したチェロのピアノのための変奏曲の主題としても良く知られた曲です。実はこの曲のメロディはモーツァルトのオリジナルではなく、ウィーンやプロシアで当時よく歌われていた民謡から採られていた曲とされています。シカネーダーも知っている曲だったから、或いは本人のたっての希望があったから採用したのかもしれません。

*『魔笛』初演の10年程前によく歌われた曲で、『鳥刺しの歌』という題名でシュヴァーベン地方の民謡として歌集に採取されています。ウィーンでは『皇帝はよい主人』、プロシアでは『いつも忠実で正直であれ』という曲名で歌われたとも言われています。つまり当時は多くの庶民に歌われていたと考えることができます。シュヴァーベン地方は現在のドイツ南部(西寄り)を指す古い呼称で、ドイツ語の中でも訛りが強い地方で伝統的にシュヴァーベン人といえば田舎者の代名詞とされているそうです。

 パパゲーノは3人の童子から貰ったグロッケンシュピールを鳴らしながら(鳴らす真似をして)歌いますが、実際はオーケストラがグロッケンシュピール3台を使って伴奏することになっています。スコアを見るとそのパートはどう見ても両手で弾く鍵盤楽器のそれで(同時に6個音符を弾く和音もある)、現代のグロッケンシュピール(=鉄琴)でバチを使って叩ける類のものではありません。現在、この楽器は失われてしまっていますが、モーツァルトの時代には存在していて、金属の板を鍵盤に連動する鉄棒(ハンマー)が叩くものでした。オーセンティックな演奏(古楽器による演奏)が流行った1980年代前後に復元されるようになり、CD録音などに使用されています。キーボード・グロッケンシュピールと呼ばれることもあります。

 モーツァルトのスコアを見る限りでは両手で3オクターヴ・プラスアルファしか使っていないため、鍵盤の少ない幅の狭い楽器だったようです。オペラハウスで使用されるのはごく稀で、通常はチェレスタ(或いはグロッケンシュピールも併用)で代用されることが多いようです。1987年に録音されたニコラス・アーノンクール指揮チューリッヒ歌劇場管弦楽団の演奏ではその楽器が使われているのがわかります。音量も小さく、お世辞にも精度がいいとは言えないものではありますが、素朴な感じは出ています。音量の問題があったためモーツァルトは3台分の譜面を書いたのでしょうか。ただ、3台すべて同じ譜面ではなく、一部ユニゾン(同じ音符)のところもあるもののそれぞれ別の音符が書かれています。しかし現在、チェレスタを使用する場合も1台だけで演奏されていますので、残る2台分の譜面は無視されていることになります。ただでさえ狭いオーケストラ・ピットに3台もチェレスタを置くわけにはいかないからなのでしょう。下の写真はアーノンクールがチューリッヒで演奏した時に使用されたものです。

              キーボード・グロッケンシュピール


 『魔笛』初演の約10日後に、妻コンスタンツェ宛の手紙にモーツァルトは『魔笛』を観に行って、「パパゲーノがグロッケンシュピール付きでアリアを歌うときだけ舞台に行った。今日はあれがやりたくてしょうがなかった・・・シカネーダーがちょっと休むところでアルペッジョを鳴らしてやったら奴は驚いて・・・」などと悪戯をしたと書いています。グロッケンシュピールはこの曲の他にもう2箇所、第1幕第17場と第2幕第29場でも使用されますので、どの場面だったのかはわかりません。「アリア」と書いていることに注目するとこの曲ということになりますが、スコア上はアリアとは書かれていない第29場のパパゲーノの歌もアリアと言えなくもないですから。

 歌詞の内容は、「かわいい娘っ子か女房が欲しい、美味しく食べて飲めば極楽。でも僕は一人ぼっちで誰もいない、恋人ができなかったら炎で焼け焦げるにちがいない・・・」となっています。それを聞きつけてか、先の第15場で少しの間登場していた老婆が再び現われます。

第24場
 老婆はパパゲーノに「あたしに愛を誓ってくれるなら、優しく愛してあげるわ。さもなければ一生ここの牢屋で水とパンの毎日よ。」と言います。パパゲーノがしぶしぶ愛を誓うと老婆は服を脱ぎ捨ててパパゲーノと同じ衣装を着た若い娘に変身、喜んだパパゲーノが抱きしめようとすると弁者が現われてふたりを引き離します(第25場)。弁者は「この男はまだその資格はない」と言って娘を連れ去ります。パパゲーノは「引き退がるくらいなら地面に飲み込まれてやる」と叫ぶと、その通り奈落に下がっていきます。この「資格」とは何なのか、試練が終わるまでお預けということなのか、何故奈落に落ちるのか等々、いくつか疑問が出てくるシーンではあります。しかし、シカネーダー扮するパパゲーノが歌い演じて観客を沸かせる場面であることはまちがいありません。

第26場
第21曲 フィナーレ

 舞台は変わって小さな庭園。3人の童子が(空飛ぶ乗り物から)下に降りてきます。第1幕の第5曲の終わりに登場した時と似た旋律で3人の童子が歌います(第5曲では3人の侍女が歌います。)。今度は♭ひとつ増えて変ホ長調になっています。「朝を知らせる太陽の輝きが黄金色の軌道を進むと、迷いは直ぐに消え去り、賢者は打ち克ち・・・人は神に近づく。」と直前のパパゲーノの場面とは打って変わって真面目な歌詞になっています。歌の途中で3人はパミーナがいることに気付き、彼女の様子がおかしいので様子を見ようと歌います。ここでヴァイオリンとヴィオラが後打ちのリズム(シンコペーション)を刻みはじめることによって不穏な空気を漂わせます。

第27場
 パミーナは母親から渡された短剣を手に持ち半狂乱の様子。恋の病、さらには母親の言葉に苦しんでいると見た3人の童子はそっと近づきます。すると突然、後打ちのリズムが止まり、パミーナが短剣の先を自分に向けて「あなたが私の花婿なのね?(Du also bist mein Brautigam?)」と歌います。この時のフレーズが、第1幕フィナーレでタミーノが「パミーナ!」と歌う時の上降する音型を、ここでは変形して途中で下降させているはモーツァルトの意図したことと見るのは思い過ぎでしょうか。

魔笛 譜面 パミーナ

魔笛 譜面 タミーノ


 弦楽器がシンコペーションを再開し、パミーナの歌に3人の童子によるレチタティーヴォが挟まるこのシーンは起伏に富んだ極めて劇的な手法で書かれています。「愛の苦しみで死ぬよりこの短剣で死にたい」とパミーナが歌うときにオーケストラは強奏でクライマックスを築きます。「これはお母さんの呪いだわ、涙が溢れてくる、さようなら、あなたのめにパミーナは死にます」とすすり泣きながら、歌も途切れ途切れになっていきます。ここで3人の童子はパミーナから短剣をもぎ取ります。パミーナのアリア(第17番)と並んでこのオペラにおける音楽的頂点と言える見事なシーンです。

 パミーナがタミーノと最後に別れたときに(第21場)、ザラストロは「きっとまた元気に会えるぞ」と言われているはずなのに、その時の希望はどこへいったかと思わぬ展開に戸惑うところではありますが、それはさておき、パミーナはわれに返り、タミーノが何故返事をしてくれなかったのかの答えは得られませんでしたが、とにかく一緒にタミーノに会いに行こうと3人の童子と出かけます。

第28場
 ここで舞台は大きく変わって左右にはふたつの大きな山が聳えています。左の山からは滝が流れ、右の山は火を吹いています。ザラストロが言った「あと2つの危険な道」のことを意味しているように見えます。黒い甲冑を身につけて兜には炎が燃えているふたりの男がタミーノを連れてきます。音楽はトロンボーンが加わった荘重かつ宗教的なもので、このオペラでは初めて味わう雰囲気に誰もが驚かされるシーンです。弦楽器による厳格に刻まれる8分音符が続くフーガは序曲でも序奏に続く主題において用いられています。ここでは Adagio、序曲ではAllegro とテンポが大きく異なり、趣も異にしていますが、フーガに挟まれて奏される下降する半音階は少し似ているような気がします。

譜面 魔笛 フィナーレ

譜面 魔笛 序曲


 鎧を着た男ふたりはピラミッドに架かっている透明な碑文をタミーノに向かって読み上げるように歌います。その碑文は前述したようにテラッソンの小説『セトス』に描かれている碑文とほぼ同じ内容のもので(第8章参照)、「苦難の道を来た者よ、火、水、大気、そして大地で清められる。死の恐怖に打ち勝つことができるならば、地上から天に昇れるだろう。その者は心の目をひらかれ、イシスの秘儀に全身を捧げることができるだろう。」と歌われます。スコアのその部分には「Ach gott, vom himmel sieh darein」とプロテスタントのコラール=賛美歌(ああ神よ、天よりみそなわし)の題名が記載されています。つまりモーツァルトは『セトス』の碑文を歌詞としてそれをプロテスタントのコラールのメロディに当てはめたのでした。

譜面 魔笛 鎧男

譜面 魔笛 賛美歌 
   

 このコラールは、宗教改革で中心的役割を果たしたマルティン・ルターが1524年に発行した讃美歌集に含まれていたもので、歌詞は詩篇に基づいてルターが作り、メロディは宗教改革以前の起源を持つものとされています。のちにバッハやメンデルスゾーンなど多くの作曲家がこの賛美歌を基に曲を作っていますが、モーツァルトが誰の譜面見てここで使ったかはわかりません(筆者はコラールについては不勉強なので・・・当時のウィーンのプロテスタント教会では誰でも知っていたのでしょうか?しかし、ウィーンでは現在でも8割はカトリック教徒とのことから当時はもっと少なかったのでは?)。IMSLPで見つけたヨハン・ヘルマン・シャインという作曲家による譜面がやや似ているようです。シャインは1586年に生まれ、のちにドイツ・バロック音楽の3Sのひとりと称される作曲家で、ライプツィヒの聖トーマス教会のカントルも勤めています。その約1世紀後にヨハン・セバスティアン・バッハがこの地位を襲うことになります。

譜面 魔笛 賛美歌2


 フリーメイソンは宗教ではないので、カトリックだったモーツァルトも入会できましたが、カトリックのモーツァルトが何故ここでプロテスタントのコラールを使用したのかは謎です。モーツァルトが亡くなる10年くらい前から本格的にフーガや対位法を取り入れた作品を作り始めています。前奏曲とフーガ ハ長調K.394、幻想曲ニ短調 K.397(共に1782年)、ミサ曲ハ短調 K.427(1782年)、弦楽四重奏曲のためのアダージョとフーガ ハ短調 K.546(1788年)、交響曲第41番『ジュピター』K.551(1788年)などが挙げられます。『魔笛』の作曲中にフーガを取り入れる絶好のシーンを見つけて勢い余って作曲したのでしょうか。この部分をオルガンで弾いている映像がありますのでご紹介します。ここでモーツァルトが抱いていたイメージはもしかしたらこんな感じだったのかもしれません。
https://www.youtube.com/watch?v=vIX_a259c5s

 鎧を着た男たちの歌詞に戻しましょう。彼らがタミーノに読んで聞かせた「火、水、大気、そして大地で清められる」という言葉で、タミーノが受けた又はこれから受ける試練がこの4つのことであることがようやくおぼろげながらわかってきます。さらに、舞台の奥で見えている「火」と「水」の試練がこれから始まるのということが理解されます。では「大気」と「大地」はどこで出てくるのか、既に終わっているのでしょうか。それにしても『魔笛』の主要なテーマのひとつと思われる試練についてこうも不明瞭にしておくのは何故なのでしょう。この4つの試練については古今の研究者が台本やスコアを読み解いて様々な説を唱えています。「大気」=「笛を吹くこと」、「大地」=地下室、雷等々が挙げられていて、パパゲーノやパミーナも何らかの動作や舞台装置によっていくつかの試練を体験していると、ややこじつけとも思える説が展開されています。しかし、それが何であれ『魔笛』の音楽を聴き、舞台を観て楽しむ上ではあまり重要ではないような気がします。モーツァルトもシカネーダーも、もし重要だと思っていたのであれば、4つの試練をもっと明確に何であるかを示し、そして各人にどの場面でどのように体験させるかという筋書きを作ったはずではないでしょうか。

 鎧を着た男たちの歌が終わるとタミーノは「私は死を恐れない、男らしく徳の道を進む。恐怖の門よ、開け!」とオーケストラの効果音を伴ってレチタティーヴォ風に歌います。するとパミーナのタミーノを呼ぶ声が聞こえてきます。ここから音楽は一転して明るさを帯び始め、男声3人による短い三重唱となります。タミーノは「もう話してもいいのか?」と鎧の男たちに訊ねると、「さあ、あの女と話すがいい、元気に手を取って寺院へ進むがいい」と許しをもらいます。この時の下降するフレーズはとても印象的で、第1幕の第5曲の五重唱の終わりで「その子(3人の童子)の言うこと従って」と3人の侍女が歌うところに良く似ています。

 「夜も死も怖れぬ一人の女性は、清めを受けるのにふさわしい」と3人が歌うと扉が開き、パミーナがタミーノの腕の中に飛び込んできます。ふたりは抱きしめ再会を喜び合います。女性であるパミーナも試練を受けることができるということをここでは示していると考えることができます。次いでふたりは美しい二重唱を歌います。

 「私のタミーノ、なんという幸せ」、「僕のパミーナ、なんという幸せ」と歌い合うシーンこそ、『魔笛』のハッピーな最大の見せ場と言えます。そればかりか、オペラの歴史で愛するふたりの再会というカテゴリーを最初にかつ雄弁に示した作品とも言えます。ヴェルディの『椿姫』、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』、ドビュッシーの『ペレアスとメリザンド』等々。このふたりの最初のフレーズは第1幕でタミーノがパミーノの絵姿を見て歌うアリアの歌い出しと全く同じ音型となっています。初めて何の制約もなくふたりが見つめ合える時に、最初の出会いの時の音楽を再現するという見事な曲つくりと言えます。

譜面 魔笛 タミーノパミーナ
譜面 魔笛 タミーノ


 ここでパミーナは歌の中でタミーノに魔法の笛を吹くように言います。さらにその笛の由来について、パミーナの父親が嵐の中、稲妻と雷鳴が鳴り響く時に千年の樫の根から作ったと説明します。第1幕で最初にこの笛が登場したのは、3人の侍女がタミーノに渡したときですが、その時の台本には「黄金の笛 goldene Flöte 」と書いてありますので、それは「金色の笛」と訳すのが正しいことになります。魔法の笛はこのパミーナの話によると木製なのですから。

 「嵐の中、稲妻と雷鳴」と言う時にオーケストラがフォルテ・ピアノでその描写を行なっていることも忘れてはなりません。次いで鎧を着た男たちも加わった四重唱となり、歌が終わるとオーケストラによる美しい後奏が続きます。スコアにはこの後奏の時に「ふたりが入口に入ると扉が閉められる。炎がパチパチはぜる音や風が吹く音が聞こえ、合間にはくぐもった雷鳴や水が流れ落ちる音なども聞こえて来る。」と書かれています。せっかくの音楽がかき消されそうですが、演出上ここで舞台転換をすることもあるのでしょう。フェルマータの全休止の後、準備のできたタミーノは笛を吹くまねをします(或いは笛を掲げて舞台を横切るなどします)。この時オーケストラは、ティンパニと金管の弱音による和音の伴奏に乗ってフルートが厳粛な行進曲を奏します。ひとくさり吹かれると、ふたりは炎の中から出てきて舞台中央にたたずみ、抱き合って二重唱を歌います。「私たちは炎を通り抜けて勇敢にも危険を克服しました。笛の音よ、火の時と同じように滝からも私たちを守ってください。」

 再び、タミーノは笛を吹きます。ふたりは左手に下って行き、しばらくして今度は右手に上がって行くのが見えます。やがてふたりは無事に滝を通り抜けることができ、そろって寺院の入口の前にやってきて、「神よ、なんという瞬間でしょう、イシスの幸が私たちに許されたのです!」と歌います。寺院の門は開け放たれ、あたりは突然明るく照らし出されるとトランペットとティンパニに伴われた合唱が遠くから聞こえてきます。「勝利だ、勝利だ、汝らは危険を克服した。イシスの霊感は汝のもの。来たれ!寺院へ。」と歌われます。少々あっけない形ではありましたがこれで「火」と「水」の試練が無事終わったことになり、本来はここでめでたしめでたしと幕が下りるところですが、舞台からはだれもいなくなってしまいます。実はまだ2つほどエピソードが残っているのです。

第29場
 舞台は再び前の庭園に変わり、そういえば忘れていました、われらの愛すべきパパゲーノがひとり登場してきます。音楽はいきなりパパゲーノによる歌の序奏で始まります。すでに「フィナーレ」に突入しているのでスコアにはアリアとは記されていません。「パパゲーナ!」と呼びかけるとてもわかりやすいフレーズから始まるこの曲は、音楽はパパゲーノの曲らしく陽気なのに歌詞はパパゲーノの嘆き節となっています。「カワイ子ちゃん!ああ、もうおしまいだ・・・しゃべったことがいけなかった・・・恋も終わりだ・・・」と、いつもの能天気な調子はどこへやら、後悔に満ちた歌詞が続きます。この曲のオーケストラは実によく書かれていて、レガートでなめらかに流れるフレーズと軽く刻むリズムが交錯しながら歌と一体となって進行し、途中ファースト・ヴァイオリンにフルートやファゴットが加わる名人芸的な半音階進行が挟まるなど、素朴なパパゲーノの歌の伴奏にしては極めて精緻に作られています。

 するとパパゲーノはどこからか縄を持ってきて首を吊ろうとします。数を数えながら誰か引き止めてくれないかとあたりを窺うパパゲーノ、彼の心の中とは正反対の滑稽な演技に観客は大いに沸いたことでしょう。しかし誰からも応えがないと悟ったパパゲーノは「おやすみなさい、ひどい世の中!」とこのオペラで初めて悲しい口調で歌います。短いと箇所ですが、モーツァルトのジングシュピール『後宮からの誘拐』K.384 第1幕で歌われるオスミンのアリア「かわい子ちゃんを見つけたら」の歌い出しを想起させます。しかも両曲共「かわい子ちゃん」に恋焦がれる歌でもあります。

 いよいよパパゲーノが首をくくろうとした時、突然3人の童子が空飛ぶ車に乗ってやってきてパパゲーノを引き止め、四重唱による4人の会話が始まります。「バカなことはおやめよ、たった一度しか生きられないですよ!」と3人の童子が制止するとパパゲーノは「誰だって胸を焦がせば娘が欲しくなるよ」と言い返します。すると3人の童子は「だったらグロッケンシュピールを鳴らしなよ。その女の子を連れて来るよ」と言うとパパゲーノは「それを忘れていた!」の顔が明るくなり楽器を取り出して鳴らします。ここのスコアにはグロッケンシュピール1台分しか書かれていません。3人の童子は空飛ぶ車に駆け寄って中からひとりの女性を連れ出してきます。

 グロッケンシュピールのおかげでパパゲーノの目の前に自分とそっくりの衣装を着たパパゲーナが現われます。ここで「パパパの二重唱」の題名でよく知られたパパゲーノとパパゲーナの二重唱が歌われます。「ぼくのおヨメになるのかい?・・・かわいいちっちゃい赤ちゃん・・・ちっちゃいパパゲーノ・・・ちっちゃいパパゲーナ・・・」と明るく愉快な歌詞には賑やかな音楽が付けられていて、しかも微笑ましい演出が施されるシーンでもあります。なお、モーツァルトがグロッケンシュピールでシカネーダーに悪戯をしたというのは第20曲ではなくてこの曲であるという説があります。モーツァルトの手紙(1791年10月8・9日付)にはパパゲーノに扮した「シカネーダーがグロッケンシュピール付きでアリアを歌う時だけ舞台に上がった。・・・彼が少し休むところでアルペッジョを鳴らしてやった。奴は驚いて舞台裏を見て僕を見つけた。2回目の時に僕はやらなかった。すると彼は休んでしまって、先に進まなかった。僕は彼の考えはわかっていたので、また和音を鳴らしてやった。次いで彼はグロッケンシュピールを叩いて、黙っていろ、と言ったので皆が笑った。・・・」と書いています。どの曲(グロッケンシュピールが出る所は3箇所あります)のことかは書いていませんが、少し休みがあり、アルペッジョの後に和音がくるのはこの曲であるからだと思います。また、初演当時、グロッケンシュピールはオーケストラ・ピットではなく、舞台か舞台裏(又は舞台袖)に置いて弾いたということもこの手紙からわかります。

第30場
 ふたりが退場すると舞台は一転して寺院の前、松明を持ったモノスタトスが夜の女王と3人の侍女を連れてきます。モノスタトスは、第11場でパミーナから拒否された時に吐いたセリフ通りに、夜の女王に仕えることになって案内役を買って出たのでしょう。ここは五重唱となっていて、寺院に忍び込む様子が語られ、さらにモノスタトスが夜の女王に娘を自分の妻にしてもらう約束を取り付けます。すると遠くから雷鳴と水が流れる音が聞こえてきます。「やつらは広間にいる。襲ってやるぞ。夜の女王に犠牲者を捧げよう。」と女王を除く4人が歌った途端、オーケストラが強奏され、烈しく雷鳴が轟き、稲妻が走り、さらに嵐が吹き荒れて、5人はそろって「我らの力は、砕かれた。我々は永遠の夜に墜ちてく」と叫びながら奈落に落ちていきます。悪者たちの破滅の場面にしてはあっけないという印象が拭えませんが、終幕を控えて音楽は静まっていきます。

 ここでも、夜の女王たちの消息は不明のままで、完全に滅びたとは示されていません。敢えてそうしたのは、『魔笛』の続編がこの時点で構想されていて、そこで登場することになっていたからと考えるのが自然ではないでしょうか(第11章参照)。

 舞台は明るくなり、太陽の陽射しを浴びた寺院の前にザラストラが僧侶たちを引き連れて登場し、「太陽の光が夜を追い払い、偽善者たちが不正に得た権力は失われた」と歌います。タミーノとパミーナは僧侶の衣装をまとい、3人の童子は花を手にしています。宗教的なトロンボーンの響きに支えられた合唱はオシリスとイシスの神への感謝を力強く歌って幕を閉じます。



*参考文献の一覧は≪目次≫をご覧ください。 


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