縮刷版96年9月中旬号


【9月20日】 火曜日が休刊日となるため週末に原稿を出す必要がなく、7月、8月と忙しくってとれなかった夏休みを、ここいらあたりでまとめて取ろうと決めて自主休講にする。といっても仕事絡みで秋葉原をウロウロ、ついでも神保町あたりをブラブラとしてるから、あんまり骨休みにはなってない。寝ても起きても一人、咳をしてもパンツを脱いでも一人だから、家にいたってしぃうがないってこともあるけれど、よりによって普段から行き着けてるアキバにジンボをうろつかなくたっていいじゃん、という人も・・・・いないか。まあいいや。

 なんと言っても今日の収穫はルーディ・ラッカーの「ハッカーと蟻」(早川文庫SF、720円)を手に入れたこと。「コズミック」じゃあないけれど、翻訳を担当した大森望さんのページでは何カ月も前からたびたび話題になっていて、こないだ出た井上夢人さんの「パワー・オフ」(集英社、1800円)と共通するモティーフが取り上げられてるってことも聞いていたから、早く読みたいと思ってた。

 しかしホント、よく似ている。似ているけれど受けるイメージは全然違う。井上さんの方に接する時には、どこか設定に無理があるんじゃないかってアラ探しをするような気持ちがあったのに、ラッカーの方ははなっから「バッカだねえ」と笑い飛ばしながら、人工生命ウイルスがバーチャルな空間を侵略して様をながめることができた。これはひとえに、自分が元来SF者で、プロパーなSF作家が「SFでいっ」と銘打って出す作品は無条件で認めてしまうくせに、「SFっぽい」モティーフを使って書かれた「ミステリー」には、「なんでSFっていってくれないんだー」ってな具合に、反感というか哀願というか、そんな複雑な感情を抱いてしまうからにほかならない。狭量なんですね。

 もっともいくらSFだからといっても、昨今の「バーチャルリアリティー物」「ハッカー物」「ウイルス物」の氾濫に、一抹の不安を抱いていることも事実で、これから読もうとしている、高橋良平氏大推薦とゆー触れ込みの北野安騎夫さんの「電脳(サイバー)ルシファー」(廣済堂出版、850円)に、ホントのホントに面白いんだろーなって、あらぬ疑いを持ってしまっている。心底面白いと思った「ハッカーと蟻」の後だけに、よっしゃあ日米決戦だ、大森対高橋サイバースペースの決闘だ、なんて気持ちになっていることもあるけれど。でもやっぱり「SF」だからって、心底感動しちゃうんだろーなー、「電脳ルシファー」にも。

 神保町からブラブラ歩いて須田町方面へ。JRの線路が3角形を描いている空間に建つビルにある、その名も「デルタ・ミラージュ」とゆーギャラリーで、「乱暴な姫たち 村田兼一写真展」とゆー展覧会を見る。ハダカばっかり。でもイヤラシくない。それは自分が男だからなのかもしれないけれど、被写体となっている女性たちの主張たるや、完全に写真家の男を喰っているような気がして、みなぎる女たちのパワーを受けて、じっとりと手に汗がにじんでくる。欲しい写真が1枚あったけど、4万3000円はちょっと買えない。絶対に有名になる写真家だから、余裕のある人が即ゲットだ。保証はしないけど。


【9月19日】 インターネット絡みの発表が2件。大日本印刷毎日新聞社と共同で11万枚以上に及び写真の検索サービスを始めるというのが1点。インターネット上でサンプル画像を見られるようにしてあり、キーワードなんかで検索すると、該当する写真の名前とか画像がばーっと出てくるらしー。希望があればネガとか画像データを貸してくれるそーだけど、対象としているのは出版社とかプロダクションとかマスコミだけに限られてる。データベースを1種のウェブ・ライブラリーと思って見れば、それはそれで楽しいかもしれない。それにしてもいろいろと考えるなー、毎日新聞。せっぱ詰まればアイディアって出てくるもんだね。

 もう1件は日本電子計算って会社が株価のリアルタイム情報の提供を始めるって話。といってもリアルタイムに株価を見られるのは、なにがしかのお金を払って会員になった人だけで、それ以外の人は企業のホームページに日本電子計算が提供する前日の終値と、現在の状態を上とか下とか万歳とかガックリとかいった絵や記号で示した画像だけ。リアルタイムの株価情報をそのまま不特定多数に見せるのは、まだまだ御法度らしー。企業の人が自分のとこの株価を知るのに、クイックなんかの専用端末がなければ、短波放送に耳をそばだてたり、近所の株屋さんにいってボードを見るかしなくちゃいけないのって何だかヘンだけど、それほどまでして株価の現在値を知らなきゃいけない時って滅多にないから、まーいーのか。

 日本出版販売の週報をべらべら。10月の新刊の注目は、なんといっても「僕を殺した女」の北川歩実さんが幻冬舎から出す「模造人格」(1800円)ではなかろーか。「3年前の事件で殺されたのは、わたし。そして生きているのもわたし。ならばわたしは一体、誰なの、そしてこの記憶は誰のものなの・・・。」って案内文が付いていて、なんだかデビュー作を思い出させる。でも売れるんだろーな。幻冬舎はこれでまたしこたまもーけるんだ。講談社からは笠井潔さんの「群衆の悪魔」(2000円)が10月5日に刊行。1848年のパリを舞台にした話だから、矢吹駆とはぜんぜん関係ないみたいだけど、面白そうなので多分買う。笠井さんは集英社から「道 ジェルソミーナ」(1700円)って本も出るみたい。こちらは東京・四谷に事務所を構える探偵、飛鳥井を主人公にした話で、やっぱり買ってしまうだろー。とゆーわけで10月は笠井さんの月に決定。

 週報ではほかに、読売新聞社がこともあろーにパソコン雑誌を出すって話が載っていて、このパソコン雑誌戦国時代に、いったいどんな勝算があって新雑誌を創刊するんだろーと不思議に思う。水曜朝刊のマルチメディア面とか、金曜夕刊のパソコン面とかを創設したり、事業者団体が主催するパソコン絡みのイベントに、代理店なんかと組んで後援につこうと頑張ってる読売だから、もしかしたら雑誌でも出すんじゃないかとは思ってたけど、こんなに早い時期に創刊にこぎ着けるとは思わなかった。「30代からのパソコン」とかってペラッペラの臨時増刊があったから、これを月刊化したイメージになるんだろーか。

 さて新雑誌「YOMIURI PC」(うーん、シンプルな題字)の特徴を読むと、「30代以上の男女を対象にやさいく解説」「パソコンで仕事や生活をグレードアップ」「ソフトウエアやCD−ROMを読者にかわって調査」「インターネットを初心者にもわかりやすく解説」などとある。これだったら今刊行されてる雑誌にだっていくらでも載ってる話じゃないかと思うけど。玉砕した「月刊KITAN」の二の舞にならないことを他人事ながら祈る。雑誌が創刊できるだけ体力があるって考えれば、それはそれでウラヤマシイことなんだけどね。


【9月18日】 銀座松屋の裏にオープンしたとゆーアメリカ渡来の珈琲屋をのぞく。ドトールやプロントみたいなセルフサービスのスタンドのくせして、1杯250円も取りやがる珈琲屋だけど、それなりにまともな珈琲を出すし、パン類もベーグルを使ったハンバーガーだとか凝ったものが置かれていて、なかなかに繁盛していた。しかし窓際のカウンターでパンをパクついていると、通りを歩く人々がジトーっと見ていくのがどうにも気恥ずかしい。オープンエアのテラスだったらあんまり恥ずかしくないのになー。

 珈琲屋で時間調整してから銀座の大日本印刷ビルに行き、インターネット絡みの発表会を聞く。評判はパッタリと聞かなくなったけど、実は今現在も密かにこの地球のどこかで開かれているとゆー噂がある「インターネット1996ワールドエキスポジション」。そのエキスポに大日本印刷が出展しているパビリオンの上で、5人の著名アーティストが様々な芸術活動を展開していくことになったってゆー内容。会見にはファスナー付きポケットの中に新聞紙なんかを丸めて入れとくと暖かいでしょうっていった、ホームレス向けコートなんかを提案したファッション・デザイナーの津村耕佑さんや、若手狂言師の野村万之丞さん、紙を使った建築物なんかで知られる建築家の坂茂さんなんかが出席してた。

 5人のうちで1番の大物はなんといってもオノ・ヨーコさん。会見にはさすがに出席していなかったけど、ニューヨークのアパートでインタビューに答えていて、大日本印刷がインターネット上で行おうとしていることに、とっても理解を示していた。オノ・ヨーコさんの作品は、100編の詩を毎日ウェブ上に発表していこうってもので、これだけ見てるとなんだか創作系の日記っぽい。オノ・ヨーコさんの場合はそれぞれの詩に対するメッセージを世界中から送ってもらって、それで1つの作品にしようってもので、ご本人いわく世界の大脳を1つに集約するよーな試みになるとゆー。しかしインターネットの主要ユーザーである学生とか若い社会人に、「オノ・ヨーコ」の名前がどこまで浸透しているかちょっと心配。

 中沢けいさんの小説「占術家入門報告」(朝日新聞社、1500円)が家に届く。某パソコン通信ネットが実施したプレゼントに当選したもので、表紙をあけると僕の名前と中沢さんの達筆なサインが書かれ、下に落款まで押してあった。挟み込まれていた紙片には、中沢さん自身のコメントが数行にわたって書かれていて嬉しい。実は中沢さんの本を手に取るのはこれが初めてだけど、親切にしてもらうととたんにファンになる現金野郎だから、これからは新刊を必ず買うことになるだろー。

 今年に入ってしりあがり寿さんや川上弘美さんのサイン本を買ったし、前から本屋でサイン本をみかけると極力買うよーにしてたから、結構な数のサイン本が溜まったことになる。直接目の前でサインしてもらった本は少ないけれど、東京は本屋でもサイン本が手に入るから有り難い。今日も大岡信さんのサイン本を銀座の本屋でみかけたくらいに、そこいら中の本屋で著者サイン本が売られている。サイン会場で誰も並ばない恐怖に耐えるのと、積み上げたサイン本がいっこうに減っていかない状況をながめるとの、どちらが作家にとってより心臓に悪いのだろーか。


【9月17日】 おお、なんとゆーことだ。いつのまにかカバーガールが惣流・アスカ・ラングレーに変わっているでーはないか。きっとそうだ。早めの夕食で小腹が空いた10時過ぎ、空腹を見たそうと机の上に置いてある「フォア・ローゼス」をコップにゴブゴブと注いで一気飲みしてからしばらく記憶がない。あの時にペイントイットを起動させて、マウスでぐりんぐりんと描いたんだな。だってほら、線が歪んでる(酔ってなくても歪むけど)。しかしよく間違えずにタグを書き換え、サーバーに転送できたもんだ。半年もホームページ作りをやってりゃあ、頭に手順がすっかり刷り込まれてるってか。

 ああ、なんとゆーことだ。いつのまにか吉野朔実さんの「ジュリエットの卵」の感想文がアップされているでーはないか。きっとそうだ。1杯目の「フォア・ローゼス」から醒めて無性にスパゲティが喰いたくなり、冷蔵庫の中のフェデリーニをグラグラと茹でて塩と胡椒とオリーブオイルをだばだばかけて腹に詰め込み、水代わりにと思って2杯目の「フォア・ローゼス」を胃袋に流し込んでから朝までの記憶がない。昨日の日記で「ジュリエットの卵」のことを書いたのが、頭の片隅に残っていたらしく、棚の上にある「ジュリエットの卵」を掘り起こしてバラバラと読み返し、えいっとばかりに一気呵成に書き上げたらしい。素面だったら恥ずかしくて書けないような文句が並んでいる。うーんうーん。赤面してるのは酒が残ってるからじゃない。

 先週末に出した通信広告社という会社の記事が新聞に出ていた。「社」といっても立命館だか同志社だかの2回生が学生ベンチャーとして始めた個人事業。人気のある個人ホームページが増えていることに目をつけて、広告を載せませんかとオーナーに働きかけ、広告を出しませんかとクライアントに働きかける仕事を行う仕事で、1日のアクセスが最低100以上のホームページが、1列5コマの広告を載っけると、月々5000円くらいもらえるらしー。企業は同じ広告を100カ所に掲示でき、料金は月々50万円だっかた。1日何万もアクセスのあるホームページに高いお金を出して1つだけ広告を載っけるのと、100とか1000とかいったレベルだけど100カ所に出ているからあちこちで見てもらえる可能性も生まれるのと、どっちがトクかよーく考えてみよー、ってなもんね。どのみちこのページは対象外だから。

 てなもんで夜。渋谷パンテオンで開かれた「D.N.A」の試写会に行く。そうかの「ウイングマン」の桂正和先生が「少年ジャンプ」に連載していた人気コミックをハリウッドの金と技術でスーパー特撮SFXファンタジー映画に仕立て上げた話題作−じゃない。かのH・G・ウェルズ先生の名作「モロー博士の島」をハリウッドの金と技術で撮ったSF映画の超大作。これは正解。遭難した男がたどり着いた島で、マッド・サイエンティストの人智を超えた怪奇な実験が行われていたってゆー、実に古典的な筋書きだけど、最近の特殊メイクの進歩によって、人間と動物を組み合わせたクリーチャーたちがとってもリアルになっている。むかし「ドクター・モローの島」ってタイトルで映画化されていたよーに記憶しているけど、こっちではどんな感じに造形されていたんだろーか。見ていないから比べられない。

 なんてったってマーロン・ブランドの存在感が凄い。「地獄の黙示録」のような触れると切れそうな狂気とは違って、人間を超えた生命を作り出そうとする前向きで明るい狂気に取り付かれたモロー博士を、ときには威厳にあふれ、時には陽気にふるまう演技で表現している。当たり前のストーリーを当たり前に撮ってるだけなのに飽きさせない。あっとゆー間に1時間35分が過ぎていく。マーロン・ブランドと世界最小の俳優ネルソン・デ・ラ・ロッサを見るだけでも一興。ヴァル・キルマー(バットマン・フォーエバー)はちょっと情けない。


【9月16日】 2時に寝て5時に起きてテレホーダイして、7時にまた寝て次に起きたら11時。理想的な休日の時間の使い方をしているなーと我ながら関心する。1人者のネット野郎にとっての、とゆー但し書きは付くけど。昼御飯を食べて本屋に行って新刊をチェックしてスーパーに行って夕飯の食材を買って家に帰って洗濯してたら午後の3時。こうした時間のムダな使い方できるのも、1人者のうちだけなんだぞーっと、叫ぶ声が虚しく6畳間にこだまする。

 久しぶりに自転車を駆ってブックオフへ。100円均一の棚でかがみあきらさんの「レディ・キッド&ベビイ・ボウイ」(笠倉出版社)と「さよならカーマイン」(ラポート)を救出する。もちろん新刊として発売された時に買って持っているけれど、このまま100均の棚で日に焼けて朽ちていく姿を見るのが忍びなく、ちょっとカビ臭いけど家の本棚に置いておいてあげたいと思って2度買いする。誰かに洗脳用に使ってもらうとゆー手もあるか。

 考えてみれば名古屋の実家に揃ってるはずの吉野朔美さんの「ジュリエットの卵」「月下の一群」とか、萩尾望都さんの「マージナル」「スターレッド」「銀の三角」「メッシュ」などなど、読み返したくなって2度買い、3度買い(「銀の三角」は小学館の全集版と早川のソフトカバー版が実家にある)した単行本がたくさんある。広々とした部屋に今まで買い溜めた本をビシッと本棚に入れて並べておきたいと夢見ているのに、今の収入では当分(一生)かないそうもない。だいいち収入が増えればその分を本につぎ込むから、加速度的に本が増えていき、部屋の拡張スピードを軽く追い越すことは目に見えている。困ったなー

 ブックオフでは他に、最近新鋭時代小説作家としてメキメキ売りだし中の宮本昌孝さんが、早川書房に残したヒロイック・ファンタジー「失われし者タリオン 第1巻−第10巻」を100均で一気買いする。これにあと「もしかして時代劇」「旗本花咲男」が揃えばカンペキなんだけど、さすがのブックオフでも売ってない。「左手に告げるなかれ」で今年の江戸川乱歩賞を受賞した渡辺容子さんがジュニアノベルズ時代に書いた本ってのも探したけれど、当時のペンネームを知らないからどこからどんな本を出していたのか分からずあきらめる。

 遠野一実さんは遠野一生といっていたのかな、その名義で描かれた「紳士と淑女」(フロム出版)や、雑誌「大航海」の表紙が相変わらず可愛い西炯子さんの「9月−September」(小学館)なんかを積み重ねてレジへ。全部で2000円もかからないとゆーのが嬉しいが、自分が古本屋に絶対に本を売らない質なので、本を大切にしない人が増えたのかなーなどと、ちょっとばかし複雑な気持ちになる。

 キャベツをブツ切りにして豚小間といっしょに焼いてホイコーローを作って夕食。朝方(実は昼過ぎ)出かけた時に買った読売新聞のマルチ読書欄を読みながらモシャモシャと食べる。「大塚英志のサブカル時評」は大泉実成さんの「消えたマンガ家」(太田出版)が取り上げられていて、「漫画家の才能、酷使され開花する面も」との見出しが付けられている。プロデューサーとしての編集者のもとに、アイデアマンや脚本家、漫画家らが集まって作品を作り上げていく「マガジン方式」を「作品をつぶさないためには多分、これは合理的なシステムだが作家をつぶさないためのシステムではない」という大塚さんの言葉が興味深い。漫画家がつぶれないのに雑誌がつぶれるのと、雑誌が躍進を続ける過程て漫画家がつぶれるのと、どちらがより罪深いだろうか。


【9月15日】 有楽町マリオン朝日ホールで開かれた「パスカル文学フェスティバル」に行く。ASAHIネットの常連なら、知り合いと会うオフミとしての楽しみもあるフェスティバルだけど、普段はROMに徹している僕には、フェスティバルで旧交を温め合うなんて楽しみはまったくない。マイナーな工業新聞の記者なので、仕事を通じて知り合った作家や編集者もいないから、ただひたすらに仕事と割り切って、延々5時間に及ぶ「フェスティバル」を聞くことになる。

 まずは「パスカル短篇文学新人賞」の公開選考会。筒井康隆さん、小林恭二さん、堀晃さん、薄井ゆうじさん、佐藤亜紀さんの5人が選考委員になって、最終候補になった14編を次々と褒めちぎっては切って捨てていく。大賞の対象にするかしないかで、最初は落とした作品が、後段になって選考委員どうしの取引で復活する場面を目の当たりにできるのも、公開選考ならではの醍醐味だろー。むろん密室での公開選考会で、1度落ちた作品が再浮上することは滅多にないだろうから、集まった聴衆を意識ししたパフォーマンスともいえなくもない。再浮上した作品は大賞はおろか優秀賞も受賞しなかったが、こういうこともあるかもしれないという、文学賞選考会の摩訶不思議を見せつける、一種のパロディと見ることもできる。

 もちろんパロディでない選考は続けられて、最後の最後に選考委員が推した3作品のなかから、岡本賢一さんの「父の背中」が大賞に輝く。すでに朝日ソノラマからSF作品を刊行しているプロの作家の岡本さんが応募するほどに、「パスカル短篇文学新人賞」は強い力を持ってしまったみたい。何しろ第1回の受賞者が、先だって芥川賞を受賞した川上弘美さんだ。筒井さんほか錚々たる選考委員の目に作品をさらして、自分の実力のほどを確かめることのできる「パスカル短篇新人文学賞」は、3回にして作家志望者にとって憧れの場となり、プロへの登竜門となってしまった。それにしても第4回は開催されるのだろーか。公開選考での辛辣な言葉を聞いていると、応募する勇気がみるみると萎えてしまうけど、壇上に断って筒井さんから賞を受け取る岡本さんの嬉しそうな表情を見ていると、自分もあっち側に立ってみたいなーという気持ちがムクムクと起こってくるから不思議なものだ。

 先にあっち側に立ち、さらなる高みへと上ってしまった川上弘美さんの講演や、インターネットに関する佐藤亜紀さんの講演なんかも開かれた「パスカル文学フェア」は盛況のうちに終了。川上さんは講演の時以外は観客席側に座って、時折通路を行き来していたので、その高い身長を間近で見る機会があった。本を読んでいた僕のすぐ後ろに立って、編集者の人たちと話していたから、その大きさを背中に感じることができた。ホントでっかい人だったけど、ブンガクって言葉が醸し出すピリピリとした雰囲気は微塵もなく、挨拶に来る人たちとにこやかに接していた。講演では作品を掲載してくれた雑誌や、作品を掲載してくれそうだった雑誌が次々と潰れていって不安だったと話していたけど、第1回の「パスカル短篇文学新人賞」を受賞してから2年半で芥川賞を穫り、単行本も2冊出ているってのは、結構幸せな歩みなんじゃないかと思うなー。

 川上さんの存在感を背中に感じながら読んでいたのは「墜ちたイカロス モダン東京4」(藤田宜永、朝日新聞社、2400円)。「モダン東京シリーズ」の掉尾を飾る作品で、これにて6月から続いていた「月刊的矢健太郎」はひとまず幕を閉じる。昔出た文庫本に加筆して単行本化した作品にしては、値段が2400円と高いのが気にかかるが、面白かったのでとりあえずは許す。映画化したら誰に的矢をやらせよーか。柴田恭兵でも館ひろしでもないってことは確かだが、長瀬正敏でって感じでもないしなー。うーん、ちょっと思い浮かばない。


【9月14日】 産経新聞グループに所属しているサッカーチームが集まってリーグ戦を繰り広げる通称「Sリーグ」の2回戦が深川の東京ガスのグラウンドで開かれたので、カバンにサッカーシューズやユニフォームなんかを詰め込んでいそいそと出かける。外は降りしきる雨。中止の電話があるんじゃないかと内心期待していたのに、東京ガス深川グラウンドは人工芝の敷き詰められた全店天候型のグラウンドなので、少々どころか土砂降りの雨だって試合ができてしまう。

 到着するとすでに第1試合が始まっていて、雨のなかでボールが水しぶきをあげながら転がっている場面を見て、試合に出るのがイヤになる。しかし今年の2月に葛西のグラウンドで、土砂降りの中を泥まみれになりながら高校生と試合をしたことと比べれば、これくらいの雨はどうということはない。ロッカールームで粛々と着替えて試合に出場。相手チームが雨で萎縮していたこともあり、6対0で勝利をおさめることができ、試合中の寒さも一気に吹き飛ぶ。前回の試合では社会部に5対2で敗れたが、これで得失点差もプラスに浮いた。勝てば官軍、雨の試合もいいもんだと思えてくるから現金なものだ。

 本屋で新刊漁り。月末にロイス・マスクター・ビジョルドの新刊「ヴォル・ゲーム」が出ると聞いていたので、その前に読んでおくべえと思って「戦士志願」(創元SF文庫、750円)を買い込む。ついでに漫画でもと思って漫画のコーナーに行き、遠野一実さんというこれまで読んだことのない人の「双晶宮」(上・下、各980円)が妙に気になって買ってしまう。「歌舞伎界に 花ひらく 哀しい 恋いのSFファンタジー」と帯にあっては、SF者としては捨ててはおけない。おまけに「双子の兄妹と姉妹、二組の双子の神秘な恋の宿命は・・・」とくれば、現実の双子としてどうして放っておけようか。

 なんでも「コミック・ファンタジー」という季刊の雑誌に、3年にわたって連載されていた人気コミックとのこと。偕成社という漫画界ではマイナーな出版社にあって、少なくとも3年以上は続いている漫画雑誌があるというのも驚きだが、挟み込んであったチラシの作家のラインアップを見てもっと驚く。ますむらひろし、めるへんめーかー、坂田靖子、ふくやまけいこ、須藤真澄、森雅之。これほどまでに萌え萌えなラインアップがかつてあったであろうか。

 まだ学生だった大昔、みのり書房だったか徳間書房だったかの出版社から、ファンタジー・コミックばっかり集めたアンソロジー・シリーズが発刊されたが、売れなかったのかすぐに消滅してしまったよーに記憶している。「BOOM TOWN」なんかを連載していた「コミックガンマ」が潰れちゃったよーに、決して漫画雑誌にとって明るい状況とはいえない今の時代に、こうした萌え萌えな漫画雑誌が発刊され続けているのって、とっても素晴らしいことではなかろーか。うん。明日は仕事というふれ込みで「パスカル短編文学新人賞」の選考会を見に行く予定。芥川賞を獲得したばっかの川上弘美さんの講演なんかがちょっと楽しみ。有楽町マリオンあたりを後ろを縛った頭で茶色いアタッシェケースを持ってウロついているので、見掛けた人は石を投げないで下さい。


【9月13日】 「左手に告げるなかれ」で今年の江戸川乱歩賞と受賞した渡辺容子さんが、講談社のPR誌「イン・ポケット」で、去年の江戸川乱歩賞を「テロリストのパラソル」で受賞した藤原伊織さんと対談している。2年連続で乱歩賞に落選した時に、布団をかぶって屈辱に耐え、アルバイトをしながら作品を書き、パチンコ屋に通って生活費を稼ぎながら、3度目の正直を待っていたという渡辺容子さんの話に、なまはんかな気持ちでは小説なんて書けないんだなーと、ただただ驚き感嘆する。

 藤原さんといえば、電通での本業が忙しかったのか、「イン・ポケット」のプロフィルの中に、受賞後初めての長編を現在も執筆中と書いてあった。もっとも「テロリストのパラソル」は、ハードカバーとして出版された受賞作の中で、過去最高の販売実績を上げた小峰元さんの「アルキメデスは手を汚さない」の記録、34万部を突破して、堂々35万部を売り上げたというから、講談社への貢献度は、他の受賞作を2冊、3冊並べたよりもはるかに大きいことになる。久しぶりに得たベストセラー作家なのだから、このさい講談社には1年、2年は待ってもらって、35万部が50万部から100万部にでも達するような「受賞後初の長編」を書いてもらいたい。

 いっぽう渡辺さんは、ディティールをリアルにするために取材に時間はかけるけど、もともとフルタイムで執筆に時間を使っているらしいから、1000万円からの賞金と、発行部数に応じた印税を手にした今、アルバイトやパチンコ屋通いとはすっぱりと手を切ってもらい、「左手に告げるなかれ」に勝るとも劣らない、「受賞後初の長編」を、さっさと書いて戴きたい。きっと書けるはずだ。

 富士通に行ってミュージックペンとゆー会社のエライ人たちの話を聞く。マイクロソフト社から発売された「マジック・スクール・バス」をはじめ、数々の優れたエデュテインメントタイトルを制作している会社。社長はイー・ピン・ウーという中国系の名前を持った女性で、顔立ちもほとんど日本人と代わりがない。しかし作っているのは見事にアメリカナイズされた、日本人には決して発想できないインターフェースやキャラクターを持ったエデュテインメントタイトル。日本人好みかどうかは別として、マーケットを確保できる英語圏で売れるタイトルを作るためには、日本人はもっと、日本から飛び出していかなくてはならないよーだ。

 会見会場では、ウーさんの正面に座ってウーさんの顔を見ていていたが、どこかで見たことのある顔だなー、気になって仕方がなかった。会見の後に「イン・ポケット」を読み返して、ようやく合点がいった。ウーさんの顔は、藤原伊織さんにとてもよく似ていた。


【9月12日】 豊島区は池袋にある「サンシャイン」にいかねばならなかったが、別に早起きはしなかった。日経が主催している「データベース東京」だから、記事も会場便りも書くつもりはなく、原稿の出稿を終えてからゴトゴトと電車を乗り継いでサンシャインに向かう。「ナンジャタウン」の誘惑を振り切って4階のホールへ。狭っ苦しい会場だったけど新聞社や出版社、ソフト会社に調査会社と種々雑多な企業がギッシリとブースを並べていて、広い会場をゆったりと使っていた(使わざるを得なかった)横浜のイベントとは大違い。やっぱり年に1度の「正統データベースイベント」だけのことはある。横浜に出展してなかったフジテレビが小さいながらもブースを出していたのはなぜだろー。さては寝返ったか。

 会場に入って正面にある「ジー・サーチ」と、右手奥にある「電通」のブースが双璧とゆー印象。もちろんコンパニオンさんの格好のことね。どちらも短いスカート姿でパンフレットを配ったり、マイクを握ってアナウンスなんかをしてる。ボディーへのピッタリ度ではさすがに「電通」に一日の長。場所では「ジー・サーチ」に軍配。こーゆーときは判断に迷うが、見て楽しめる度で「電通」をウィナーにとする。写真撮っとけばよかったなー。

 新聞社ではヨミウリ、アサヒ、ニッケイが出展してたみたい。「インターネット新聞」を競い合ってる風で、とりわけ来年の商用化を目指すニッケイの力の入れようは、主催者とゆーことを差し引いてもなかなかのものだった。日経本紙に日経産業、日経金融、日経流通といった4紙と、日経BP社の雑誌記事をDB化できるってところが一番の強み。結局のところネットワークサービスは情報量が命ってことで、量あるところに客は集まり、客あるところに広告も集まり、広告の集まるところに情報もまた集まるとゆー上向きのスパイラル効果に乗って、相当なところまでいきそーな気がする。

 月極で8000円くらいで記事見放題、検索はヒット数によって従量課金ってところに落ちつきそーで、この値段なら新聞4紙取るよりゃ安いって考えて、加盟する人がいたって不思議じゃない。かたや専用端末の電子新聞、こなたネットスケープでブラウジングできるフルニュース。勝ち目は思い浮かぶけど、差し障りが多すぎてちょっと口に出せない。いや、小島奈津子ちゃんの宣伝はいいんだけどね。

 ふらりと立ち寄ったエディ・バウアーで女性の店員さんの誘いに負けてオリーブ色したチノパンを買ってしまう。ちょいとのぞいた本屋では、ふくやまけいこさんの新刊「まぼろし谷のねんねこ姫 第2巻」(講談社、400円)を買ってしまう。知らないうちに財布からどんどんとお金が翔んでいってしまう。週末はサッカーの試合とか、パスカル短編文学新人賞の公開審査や川上弘美さんの講演なんかが開かれる「第3回パスカル文学フェスティバル」があって家から出ねばならない。いきおい新刊を目にする機会が増えて物欲を刺激され、出費が嵩んでしまう。いよいよカレーパンとミネラルウオーターの生活から食パンと水道水の生活へと、食生活をシフトしていかねばならんのか。ぐーうっ。

 留守の間に、タイトーからインターネット端末の発表があったみたい。「X−55」にクリソツな端末機を電話線とかテレビに繋ぐと、インターネットのホームページが見られるよーになるとゆー画期的な商品。画面に映るキーボードをリモコンで操作すれば、日本語で書かれた電子メールだって送れちゃうんだとか。おまけにカラオケの昨日まで付いてくる! ってこれは当たり前か。どー見たって「X−55」にインターネット機能を付けて、値段も39800円に下げましたよって内容なのに、新しいインターネット端末(カラオケ機能付き)を発売しましたって発表にするところが素直ぢゃない。

 バーチャファイターのできるインターネット端末が先にデビューしていることもあって、リンゴマークの付いてないディーノみたいなフェラーリこと「ピピン」とか、元アイドルとゆー肩書きのアイドル「チバレイ」を起用した「iBOX」は、いよいよ厳しい戦いを強いられるか。すでに戦い終わって日が暮れたって意見もあるけどね。


【9月11日】 横浜は桜木町にある「パシフィコ横浜」にいかねばならず、早起きして7時には家を出る。産経新聞が主催するインターネット関連の展示会「インターネットエキスポ」の開幕記事と会場便りを書くことになっていたから、朝の10時半から始まるテープカットに顔を出さなくてはいけない。幕張メッセだったら家から1時間もかからないから楽なんだけけど、そうそう都合よく展示会場は決めてもらえない。

 それにしても7時から10時半までは3時間半もあるじゃない、それだったら名古屋にだっていけるととゆー声もあるだろー。たぶん2時間もあれば到着できるとは思っていたけど、8時くらいになると総武線快速がギュンギュン詰めになってとても乗っていられなくなるので、現地で1時間以上は時間を潰すことは覚悟していた。実際は桜木町に到着したのは8時半で、開場まで2時間も間が空いてしまった。仕方がないので動く歩道にのってランドマークタワー横のショッピングモールにいき、ウェンディーズで立つ田揚げを挟んバーガーを食べながら1時間余りを潰し、ついで横浜美術館前のベンチに座って新聞や雑誌を読みながら1時間を潰す。

 涼風が心地よく、ベンチで横になって寝入りたくなった。日曜日などはアベックでいっぱいの横浜美術館前ベンチも、平日は住所不定のおじさんたちのベッドになっているみたい。ベンチの3分の1に、そうした人たちが荷物といっしょに腰掛けたり、横になって寝ていたりした。今はまだ暖かいからいいけれど、10月、11月と寒さが厳しくなるにつれて、どこかに移動していくんだろー。ランドマークタワーのは暖かいけれど、さすがに常駐するわけにはいかないからなー。営業のフリしたサラリーマン(仕事のフリした新聞記者を含む)なんかはたくさんいるかもしれないけど。

 さて肝心の「インターネットエキスポ」だけど、7月に「インターロップ」が終わったばかりで、出展ブースもあれほどの規模はなかったけど、いちおーマイクロソフトにIBMにNECにNTTといった大きめの会社は出展していて、それなりのブース展開を見せていた。マイクロソフトは「インターネット・エクスプローラー」のCD−ROMを配布中。日本ヒューレット・パッカードのブースでクイズに全問正解しても、なぜかやっぱり「インターネット・エクスプローラー」のCD−ROMがプレゼントされる。「ネットスケープ」はどこでも配っていない。当たり前か。

 インターネット専用端末として華々しくデビューした日本電算機の「iBOX」の実物を初めてまともに目にする。黒いのばかりかと思ってたら、パソコンの白い外観に合わせたように白い「iBOX」もたくさんあった。当たり前だがホームページはちゃんと見られる。パンフレットにはインターネット業界のお約束のごとくチバレイの写真が登場。ちなみに11日にはエコシスの伊藤穣一さんの講演があって、やっぱりお約束のようにVIPとしてチバレイも呼ばれていたらしい。ゲームとかインターネットのプロデュースを本業にするといいつつも、結局は「元アイドル」とゆー肩書きの「アイドル」と化したチバレイ。タイトロープを渡るようなその処世術に心からの賞賛を贈ろう。

 今年の江戸川乱歩賞を受賞した渡辺容子さんの「左手に告げるなかれ」が店頭に並ぶ。去年の江戸川乱歩賞を受賞した藤原伊織さんの新作単行本は未だ出ていない。たぶん未だ書かれていないのだろー。本業の電通報の仕事が結構忙しかったと人づたえに聞いてるし、オマケと言い切った直木賞の受賞も付いてきて、乱歩賞の受賞直後に続いて今年の年初もインタビューとか取材とかがたくさんあったから、まんじりと原稿を書いているヒマもなかっただろー。そうこうしているうちに渡辺さんの受賞第1作が出たりして、ますます講談社からの要請にプレッシャーのかかる藤原氏。しかしまあ、高給取りの大電通の社員だから、森雅裕さんのよーに「推理小説常習犯」を書くまでに追いつめられることはないだろーけど。


"裏"日本工業新聞へ戻る
リウイチのホームページへ戻る