Last Updated 2018/4/19
日刊リウイチ
TUNAGATTEIRUNOYO
「1998-1999年lain日記」

リウイチとは誰だ?
リウイチとは奴だ!

薄い髪に伸びた髭
趣味はアニメと女子サッカー

日刊リウイチとは
そんな胡乱な野郎の日々を
無限に綴ったページなのだ

ワーニングワーニング

(ホントはただの日記です)

◎積み上げた本の数が這々の体で1800冊に達した『積ん読パラダイス』だけど記念事業もなく、これからも地味に静かに増量方針。ライブドアブログの方で『積ん読パラダイスinBlog』なんてのも作ってみたけど誰が見ているのやら。
落ち行く世界で孤独な少女がロボットと出逢い、つかの間の交流を経てそれぞれの道を選ぶ。切なくも哀しく、そして愛おしい狩野典洋の短編アニメーション『ノアのハコ庭』に全人類よ、涙せよ。
こうの史代の漫画を片渕須直が監督した長編アニメーション映画『この世界の片隅に』が2016年11月12日に全国公開。観れば覚える圧倒的な感動を味わいに行けよ劇場へ。この辺りに個人的な感想が。
【4月19日】 女性記者に対するセクハラが問題になった財務省の事務次官が、責任をまるで認めないまま業務に支障が出ているからという理由で、18日の夕方に辞任を発表からしばらく経った午前0時にテレビ朝日が記者会見を開いて、セクハラを受けていたのは自分のところの女性社員だったことを明らかにして世間は騒然。黙っていたら事務次官も財務相も知らん顔して有耶無耶の中に逃げ切っていたかもしれないことを考えるなら、自分だと名乗り出て証拠を示して、それをテレビ朝日がやっぱり存在したのかと認めて財務省にぶつけ直したことは評価に値するけれど、そこに至る過程がとてつもなく問題で、そこを乗り越えないとこの問題はセクハラだけでなくメディア企業におけるパワハラ体質の問題として引きずられ、そして後者ばかりが喧伝されては本質が有耶無耶にされてしまいそう。

 女性記者は財務次官からひどいセクハラを受けていたことを自分の上司に相談し、報道すべきと訴えていたらしいけれどもそれを上司が二次被害がどうとかで報道できないと言ったらしい。なんだよ二次被害って。本人が公表する覚悟を持って訴え出ているにもかかわらず、上司とやらが臆したのは自分たちに火の粉が降りかかるからって考えたと思われてわれても仕方がない。たぶんそうだったんだろう状況を、さも親切そうに女性社員に被害が及ぶからといった言い回しで自分たちの姿勢を正当化しようとしている部分は、これからいろいろと突っ込まれるネタになるだろう。

 それでも公表へと持って行ったことを評価して、ネグろうとした上司をきっちりとっちめれば済む話でもある。そこをだから今後の報道の中できっちり示していく覚悟あるのかどうか。それがないとメディア企業としてまずいことになると思うのだった。ここでもうひとつ、問題になるのが社内で報じられないならばとネタを週刊新潮に持ちこんだ件で、メディアの場合は取材した情報は自分たちの報道、つまりは「知る権利」の代行という公益にのっとって行うべきであって、私用や流用は厳禁といった基本的なルールがある。今回の場合もそれを逸脱したと責められているけれど、財務次官のセクハラという社会性のある問題を問うにあたって、会社が報じないならそれを他でも報じることは公益にかなうといった見方もできる。  毎日新聞の記者が起こした沖縄密約事件、俗に言う西山事件では記者が沖縄返還に関する重大な密約があったことを自分の会社でスクープしないで、社会党の国会議員に渡して質問をさせて問題視された。どうして自分で報じなかったのかという批判は、情報の入手方法にいささか現代の規範でいうならパワハラめいたものがあったこととも重なって、毎日新聞への批判へと向かい部数を大きく減らして倒産へと追い込まれる一因となった。もっとも、毎日新聞の記者は1度は解説という形で報じていて、頑張ったものの続報が打てなかったか打たなかったかして、大きなうねりにはならなかった。ならばと公益を重視して、国会経由で話を大きくして問題を顕在化させるという報道手段も、あっていけないかというとこれが判断に迷う。

 守られるべモラル、従うべきルールがあるとしても国民の利益、社会の正義の前でもそれらは金科玉条のものとして守られるべき、従うべきなのかといった部分もやっぱり議論されるべきだろう。そうした部分をすっ飛ばし、メディアを批判したい勢力がルールとモラルに逸脱したひどい記者だと責め立てる可能性があるし、実際にネットなんかではそうした言説が蠢動を始めている。これに沖縄密約事件における情報の取得の仕方を重ね、性的な関係でもって強引に情報を引っ張ったと俗に言われていることをそのまま当てはめ、テレビ朝日の記者のスタンスを批判してテレビ朝日全体を貶めつつ、肝心のセクハラ部分から目を遠ざけようとしている。これは拙い。大いに拙い。

 澤地久枝さんが「密約−外務省機密漏洩事件」で書いたように、一般に言われている“ひそかに情を通じて”情報をとったことにも色々な見方がある状況下、ネットの百科事典に書かれているような概略をのみ参照にしながら沖縄密約事件をメディア批判の材料としてのみとらえ、それに準えて今回の一件をテレビ朝日批判なりメディア批判に収斂させる動きがすでに始まっている中で、どう対抗していくかがテレビ朝日の態度にかかっているし、周囲のメディアの態度にもかかってくる。ここが同業批判のしどころだと、ライティなメディアがレフティと目されるテレビ朝日叩きに回りそうだけれど、何かに忖度して財務次官のセクハラをネグる会社がライティなものかってのがひとつある。

 そしてライティが担いだTBSの元ワシントン支局長がベトナムの韓国軍による慰安所を告発した記事を、TBSではなく週刊文春に流したことを讃えるならば同じように“公益”の前に突破されるルールやモラルはあるってことも認めなくてはならない。でもそうはならないこの国の言論状況と、それを支える政治状況がネットの言説とも相まって、この一件の本質から目をそらさせようとするだろう。注意しよう。警戒しよう。そして本質を見つめようとする態度を取り、支えていこうと思うのだった。僕なんかが思ったところでどうにもならないんだけれど。

 半地下になった倉庫の前に続く廊下からふと窓を見上げるとそこを行くのは女子高生たち。外からは地面とギリギリに切られた細長い窓を中から見ると、ちょうどスカートから伸びた足を見上げるような形になってスカートの奥が見えそうだたり見えなさそうだったりする。そんな場所を偶然にも発見したのが入った女子高で友達となじめず、昼時はひとり弁当を食べる場所を探すような瀬宮憂海。その日も学校内をさまよってひとりになれる場所だと入ったそこが、可愛い女の子が実は大好きな憂海にとっては天国のような場所だった。ウインナーを口から吹き出すほどに驚いて、そして喜んで幸せに浸っていた憂海だったけれど、そこに意外な闖入者、そして実は先達が現れた。

 そんなイントロダクションを持った、かめのまぶたさんいよる「エートスの窓から見上げる空 老人と女子高生」(ファミ通で現れる先達とはサブタイトルにあるように老人で、学校に勤務する物理教師の豊橋巌蔵。ひょうひょうとした授業ぶりで女子たちには評判も悪くはなかった巌蔵だったけれども実はちょっぴり助平で、半地下の廊下から女子高生の足を見上げる楽しみを続けていた。居場所を奪われるか奪うかなんて戦いも繰り広げられそうになったけれど、憂海と厳蔵は手を結んでお昼のひとときを共にそこで女子高生の足を見上げて過ごすことに、そしてそんな交流の中で学校に起こる不思議な出来事を憂海が厳蔵に相談するようになった。

 学校でも屈指の美少女として知られる1年先輩の倉戸園実が学校を出てたらレンタルビデオの店に入って何も借りずにぐるりと回ってすぐ出たり、カフェに入ってやっぱりすぐに出たりと不思議な行動を繰り返す。美少女が大好きな憂海がつけてはその不思議な行動を巌蔵に尋ねるもののエドガー・アラン・ポー「群衆の人」を持ち出して謎めいたことを言うくらいで正解は示唆しない。でもダイエットのためとか想像する憂海の言葉には異論と唱える。いったい倉戸先輩は何をしているのかってところで気づいた憂海。そして巌蔵に確認をして、自分は嫌いだった種類の存在だったその“正体”がどういったものをかを知るために憂海は倉戸先輩に会いに行く。

 そして晴れてお近づきになった倉戸先輩がなぜか興味を持ったパリピ部なる不思議な名前の実際はパーティーピーポーになった気分で楽しむ部活動で起こった、部長が消えてしまったという謎に挑むことになる憂海。残された大きめのペットボトルと、そして自分自身が過去に経験したいじめとも少し関わる経験から、たどり着いた消失の真相のその先で、憂海はその時の気持ちに任せて離別して後で後悔することを訴える。今ならまだ間に合う。だからわだかまりを捨てて突き進め。そんな勢いを持った少女だからこそ倉戸先輩も気に行ったのかなあ、圧倒的な美少女なのに憂海を連れ回して池袋に行き、串揚屋に入り乙女ロードで同人誌を買いあさる、って腐女子なのか倉戸先輩、美少女なのに、ってそれは関係ないか。

 巌蔵が学校に来なくなって、どうやら入院していると分かって憂海がその病院を探し当てるというエピソードも、日々の会話の中からつかんだ巌蔵の暮らしている場所と、そこにあるだろう病院から、もっとも最適なところを選んでたどり着く展開に推理がある。たどり着いた病院で陽気な看護師さんから出された問題をあっさり解いてのけるのは凄いけど、それってほとんど物理の問題じゃないか、よく解けるなあ、もしかしたら成績良いのか憂海って。学校という場所で女子高生をやりつつもちょっと浮いてしまった少女が、老人のサジェスチョンと美しい先輩の導きもあって毎日をどうにか楽しく生きていく。喜びって見つけることができるし、止まっているより進んだほうがそれは見つけやすいってことも教えてくれる青春ミステリー。見上げると太ももが見える場所、あったら僕も生きたいなあ。奥が見えても見えなくても。

 「プリパラ」も終わってしまったけどi☆Risとしての活動はまだまだ続く、ってことでコスチュームをまとってのミュージカルではない生のi☆Risがどんな感じかを確かめにかつしかシンフォニーヒルズへ。普段はクラシックなんかが演奏される四角いホールは音の響きも良い上にステージもそんなに遠くなくて、それぞれの表情なんかも確認できる距離から眺めることができた。「プリパラ」で見知った曲とかが演奏されるとやっぱりファンも盛り上がるけれど、個々にうたってきたソロ曲なんかもファンがしっかり支えていた感じ。もちろんi☆Risとして出してきた曲も。そうした中では「プリパラ」だとレオナ・ウェストとして男の娘というロールに収まっている若井友希さんがi☆Risのステージだと小さいなりに全身でダンスをして歌を歌ってといった感じで、エネルギーが伝わってきて目が釘付けになった。

 澁谷梓希さんはハスキーでロックな曲がとても良かった。ドレッシングパフェでは聞けず見られない本当のi☆Risメンバーとしての活動。なかなか良かった。もちろん山北早紀さんも。リーダーとして仕切って歌も歌ってとなかなかの活躍ぶり。「プリパラ」ではメインになりがちな茜屋日海香さんは楚々とした楽曲が良く1番人気っぽい芹澤優さんは可愛らしさ全開で田村ゆかりさんの路線に迫っている感じ。久保田未夢さっはそふぃ様とはまるで違ったキャラクターなんだなあ。そういう感じで役とは切り離し、アイドルユニットとしてのi☆Risに慣れるともう1度見て見たくなったんで、帰りがけに中野サンプラザの昼公演のチケットを確保する。行けるか分からないけどまた見たい、一生懸命に全身を使って踊る若井友希さんが。今度はメンバーを呼ぶコールを覚えていこう。


【4月18日】 誰か分からない録音を元にして一国の財務事務次官が辞任に追い込まれるとはどういう訳だとか、録音された音声は分析したら何カ所かをつなぎ合わせたものでねつ造の可能性が高いとか、エクストリームな擁護がわんさか出ていていったいどうしてそこまでして、あれだけの無様な言動を繰り広げている人間をかばえるものかといった疑問も浮かぶ今日のこの頃。かばったところでそれが安倍政権の擁護につながるどころかむしろ安倍政権の足を引っ張り憎き財務相の首魁だからと叩きに回るかとうとそうでもなく、安倍政権を支える麻生太郎財務相が守ろうとしている財務事務次官ならやっぱり守るべきだといった短絡でもあったりするんだろうかどうなんだろうか。さっぱり訳が分からない。

 でもってその福田淳一財務事務次官が夜になって辞任を発表。ってつい1昨日は自分はまるで覚えのないことだと主張し、デマカセを書いた週刊新潮を訴える気満々で、そして財務相までもがそうした財務事務次官の言動を支えてセクハラされた記者がいるなら名乗り出ろといった財務相の言動を、そのままなぞったようなペーパーを出して与野党どころか世界中からひんしゅくを買っていた。それなのに1日置いての辞任発表はやっぱり下手を打ったといった認識が高まったのか。でもそうなることくらいあの状況で分からない財務相の官僚たちでもないだろう。だとしたらどうしてあそこまで下手な手を打ったのか。財務事務次官が権力者でその地位を守ろうと働きかけたのについて行った? そんなことはないだろう。ならばやっぱり財務相? そう思わざるを得ないよなあ。

 でも耐えきれなかった。週刊新潮は次の矢を放つ準備を進めて19日発売の号に何か書いて来そう。というよりすでに早刷りが出回ってはやっぱりちょっと妙すぎる財務事務次官の言動が暴露されている感じ。それでもしがみついて自分は潔白と言い切る自信もさすがになくなったか。でも辞任を発表した会見では週刊新潮を今も訴える気満々で居るし、テープの声は自分のかと聞かれてテープとかで再生される自分の声はなかなか自分の声をは分からないというポン酢な弁明をして苦笑爆笑失笑をかっていた。そうじゃないだろ、それを言ったかどうかだろう。そう聞かれると覚えてないって言ったりする。それほど記憶録に乏しい人間が財務事務次官になれるはずもないならやっぱり何かを黙っている。そうとしか思えない。でも訴えるという。支離滅裂も極まっている。

 まあともあれ財務事務次官は辞任をしてそこは今後の調査なり裁判にかかって来る。ただ追い詰める前にするりと抜けた状況で、本当に本当のセクハラ言動が女性記者に対して行われたどうかが曖昧な状態が続いてしまいそうでちょっと気になる。ああいったセクハラ的な言動がまかりとおってしまう空気、なおかつそれを言い出しづらいメディア企業のパワハラ的な雰囲気をここで払拭しないまま、裁判へと言って告発者が表に出づらい状況の中で無罪とかなった時に日本のセクハラなりパワハラと闘う勢いは大きくそがれてしまう。そして告発しようといった動きも萎えてしまう。悪いことは悪いなら悪いと決定づける。そうしたからこそワインスタインはハリウッドから消えた。でも日本ではセクハラおやじもパワハラ企業も消えずに残る。やれやれだ。

 そんな感じに国内がわちゃわちゃしている傍らでは、安倍総理がアメリカのトランプ大統領と会談をしていろいろ話し合ったとか。北朝鮮の拉致問題とか。でもなあ、アメリカにしてみれば自前で北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長とのトップ会談は予定するわ、CIA長官だなんて超が付くくらいの高官が北朝鮮を訪問するわと、自分達で主体的にアクティブに動いては、核問題なんかを打開しようとしている。そこに日本から総理大臣が、アメリカなんかよりよほど近い場所にある北朝鮮とは話をしないで、はるばるアメリカまで来て大統領になんとかしてよと頼み込んでいる構図がどうにも歯がゆいというか、みっとおないというか。想像するなら拉致問題というものを錦の御旗として掲げ、北朝鮮をひたすら敵視しつつ、自国民を鼓舞して結束を固める手法で支持を集めてきた経緯から、拉致被害者の全員帰還というこれはどう判断したら良いか迷う難題に縛られ、それをチャラにして先には進めない自縛状態にあるんだろう。政権を賭け政治生命を賭して存命の幾人かでも取り戻す、なんてこをは出来ないかなあ、総理には。本当にやれやれだ。

 大阪大学の石黒浩教授といったら人間そっくりの表情を持ったマツコロイドとかアンドロイドなんかを手がけて知られているけれど、一方でロボットとの自然な会話が成り立つかどうかって方面の研究もしっかり続けている感じ。サイバーエージェントと東急不動産ホールディングスが石黒教授と組んでやろうとしているのも、そうしたロボットが持つ対人間のようにはあまり強烈ではない、ソフトなコミュニケーションを通してホテルの接客ができないか、って検証。コミューとソータという喋るロボットをエレベーターホールなんかに置いて、しゃべくり倒す中で近くにいる人に有用な情報を伝えるとか、廊下を歩いている人に挨拶をするとかいったことをを高輪にあるホテルを使って行っているという。

 聞くとそうやってロボットから声をかけられると気分が良いという人が結構いて、そしてあまりウザいとも思わないとか。これが人間からだとやっぱり押しつけがましいと感じてしまうらしい。人間味が足りないといわれるロボットだけれど、逆に人間くささが減殺される分だけシャイな人でも接しやすいってことなんだろー。サーバントよろしく部屋に付き従って何でもお世話をしてくれる人間がそこにいたら、嬉しい反面ぎょっとするしプライバシーは守られるのかといった不安もある。生まれたときから執事やメイドや召使いがいる人でもなければ、誰かに自分をゆだねるのには相当な不安がある。これがロボットなら部屋にいて喋ってくれれば便利だし寂しさだって紛らせられるといった感じ。

 そうしたロボットが持つ人間の半歩手前でドライだけれどソフトなコミュニケーションの機能が、もしかしたらコミュ障な人が増えている感じのこれからの社会では有用になっていくのかもしれない。そうしたロボットが人間そっくりである必要はないし、むしろ人間そっくりでは臆する人もいたりする。コミューだとかソータのように人形めいた姿形で、それでいて認識だとか会話だとかはしっかりこなすロボットの需要が、これからの世の中で増していくのかもしれないなあ。もちろん美少女の形をして完璧な振る舞いをしてくれるメイドロボットがいてくれれば気恥ずかしさを越えて嬉しさも得られるんだけれど。そんなロボットが出来るまでに越えなくてはいけないシンギュラリティはどれくらい? って考えるとソータで十分なのかなあ。


【4月17日】 漫画ではピンと来なかったけれどもアニメは会話のテンポとかある種のフォーマットとかがなじんできたこともあって毎回が楽しみになっている「鬼灯の冷徹」。今やっているのはどうやら第弐期の2クール目らしいんだけれど1クール目とのつながりがあるかというと主題歌も違うし登場人物がシリーズ的につながっている感じもしないんで、普通に第参期とやれば良かったんじゃないかとも覆った。最新の話数では座敷童の2人が洋装をしたいと言ったら子供向けのペアルックを用意されて目が死んでいて可愛そうになった。でも代わりに揃えられたのがゴスロリで、市松人形が西洋人形になっただけだったというからやっぱり人形の域からは抜けられないんだろう。それが座敷童の運命ってことで。

 奈良県といえば奈良市と天理市と橿原市があるかなあとは知っているけど、後はどんな市がどんな風に連なっているか、奈良県民じゃないんでまるで知らずにいたらどうやら南北格差というものがあるらしく、京都にだって近い奈良市を中心にした北に人口の大半が集まっていて南の方のいったい何市がるかまるで知らない山間部は奈良県でも1割に満たなかったりするらしい。もとより都会ではない場所だから南北格差といったところで必然で、それを例えば橿原市に奈良県庁を移したところで変わるはずもない。愛知県庁を岡崎市に移したって足助や稲武や新城や蓬莱といった設楽だったり奥三河だったりが都会になるでもない。そこはそことして行政面の目配りをするってのが手なんじゃないのかなあ。十津川村とか天川村とか上北山村とか都会になりよう、ないものなあ。

 セクハラなりパワハラなりの告発で配慮すべきは、そうした仕打ちを受ける立場に置かれた弱者をどれだけしっかり守れるかであって、権力だとか地位だとかにおいて劣勢にあるからこそのセクハラでありパワハラの被害者である訳で、そうした人たちに名前を出して告発しろと求めるのは、権力だとか地位だとかいったものに逆らえと言うようなもので後々のリスクを考えればちょっと求めることは難しい。なるほど名前を隠してセクハラだパワハラだと言ったところで虚偽かもしれず、それで告発された方はたまらないから名前くらい名乗れと訴えたくなる気分は想像できる。虚偽の告発でハメられてる可能性だってあるんだからしっかり名乗れ、そでなければ話は進まないぞと言うことも予想の範囲にあったりする。

 でも、そうした虚構の冤罪である可能性は晴らされた場合に後にダメージをそれほど残さない。もとより権力の側にあり立場も上だからこそのセクハラでありパワハラの当事者として目されたからで、晴れて冤罪が払拭されればその権力なり地位を活かして元の鞘に収まれる。でも、冤罪などではなく本当にセクハラでありパワハラを繰り出していたとしたら、それによって被害を受けていた人が名乗り出て被るリスクは権力の側にあって冤罪を取りざたされた人の非ではない。再起不可能なダメージだって受ける可能性があって、だからこそそちらを重んじて守るのが第1義だろー。

 にも関わらず、麻生太郎財務相は権力の側にある者が冤罪によって人権をないがしろにされていると訴え、だから対等に名乗り出ようぜ、話はそれからだといった態度で臨んでいる。もうまったくもって筋近いの権力擁護。それを知って多くの心ある人たちが、ちょっとまずいんじゃないかと言っているのに聞く耳を持たず、名乗り出るのが筋であり、弁護士も自分達財務省が顧問契約している事務所を使って何が悪いといった態度を崩さない。どうしてそこまで強気になれるのか、もとよりそうした居丈高な態度でいたから崩れるも何もないのか、分からないけれども今回ばかりは閣下の叡智とは行かない様子。今はまだ国内のみだけれども海外に伝わりその蛮族にも似た態度が知れ渡った先、どういったプレッシャーがかけられるかに興味がある。知らん顔してその地位にしがみつくのかなあ。ダンディな閣下らしくないけど、それがやっぱり麻生太郎という人間の範囲なんだろうなあ。やれやれ。

 「手がかりはゼロじゃない!」なんてそんな言葉を噛みしめながら、名探偵コナンといっしょに殺人事件の真犯人を推理する参加型の企画展「名探偵コナン 科学捜査展 〜真実への推理(アブダクション)〜」ってイベントがなぜか日本科学未来館で418日からスタートするんでその内覧会を見物に行く。漫才コンビの銀シャリがゲストで来ていたけれど、青いジャケットに赤いネクタイという格好が江戸川コナンに似ているってことで呼ばれたみたい。でもって普通のネクタイを蝶ネクタイに替えてその雰囲気を名探偵コナンに寄せていた。鰻さんの方だっけ、普段はかけない眼鏡を引っ張り出してかけてはコナンに近づけようとしてて、プロの芸人の根性という奴を垣間見た気がした。

 展示の方はといえば開場に入ってまずは殺人現場というのを観察し、毛利小五郎が容疑者とされている状況を打開するために聞き込みを行い、科学鑑定なんかも経て真犯人を見つけるといったストーリーになっている。コナンと安室透、そしてコナンと蘭がペアとなって「探偵手帳」を参考にして進んでいくようになっていて、結果は同じなんだけれど途中の証拠集めとか推理の中身なんかが違ってくるみたい。試したい人は両方プレイしてみるのが良いかもしれない。

 割としっかり再現された殺人現場でおいてある果物ナイフだとか食べかけのバウムクーヘンだとかから何が起こったかを推理し、続いて毛利小五郎譚手事務所とか喫茶カポネといった場所が再現されているのを眺めつつ、そこにいる「名探偵コナン」登場キャラクターのセリフなんかを確認し、推理して真犯人へと迫っていく。キャラクターのPOPがいっぱいあるんで自分の好きなキャラを目の当たりにしつつ証言もちゃんと集めたいところ。灰原哀が見当たらないのが寂しいけれども彼女は後半、科学捜査が始まってからはPOPもいっぱい立てられているんでそこで灰原哀成分を吸収するのが良いかもしれない。

 科学操作のところでは、指紋を浮かび上がらせたり筆致を拡大してどう書かれたかを想像したりして、真相へと迫っていく展開を楽しめる。赤いシミの成分は何か、指紋はいったい誰のものかが分かってくればあとは正解を確かめるだけ。合っていれば嬉しいけれど、そうでなくてもセットから声優から展開から「名探偵コナン」の世界がしっかり再現されているんで、自分も毛利小五郎か安室透になった気分を味わえる。グッズ売り場もあって結構豊富なアイテムを購入できる。漫画には出てこないけどアニメでは人気の鑑識課のトメさんもパネルが立てられグッズがポストカードとか缶バッジで登場していて、ファンの人には嬉しい展覧会になっているって言えるかも。

 そもそも何で日本科学未来館での開催なのか、ってことについては科学捜査についてやり方だとか機材だとかを置いて楽しんでもらい、科学への興味を高めてもらうために企画されたものだから。とてつもなく進化して魔法と区別が付かない科学が繰り出されるってことはないけれど、指紋はどう見るべきか、筆跡に覚える違和感が意味するものは、といった楽しさの中で探偵になるための秘訣を学んでいける。クリアできれば明日からあなたも名探偵?


【4月16日】 やっぱり面白い「キラッとプリ☆チャン」はプリチャンデビューした桃山みらいと萌黄えもが「やってみた」シリーズの番組を作ろうとして花屋におしかけたものの顔が見えない唐傘お化けのような店長に怯えて番組にならず。そこに通りかかった青葉りんかが番組作りはお店の許可をちゃんととってやりなさいという、至極当たり前のことを言って諭してそしてシナリオも作って撮影に臨むんだということを教えて2人はそれなりの番組を作って世間からも、実は美人だった花屋の店長さんからも喜ばれる。見終わってユーチューバーになったとしても無許可で撮影とかしちゃだめだし、無計画に録ろうとしたって良い番組にはならないってことが分かるという、教養的でなおかつストーリーも面白いアニメーション。ここからネット配信デビューする子供とかも出て来そう。

 とはいえやっぱり顔出しはキツいならってことで、ドワンゴが送り出した「バーチャルキャスト」なんかがVRヘッドセットとトラッキングのシステムさえあれば使えそう。自分のアバターをリアルタイムで操作して、バーチャルな空間に入って誰かとコミュニケーションをとりつつその様子をニコニコ生放送で配信するといった仕組み。いずれもっと簡便にバーチャルキャラクターを作って操作できるようになれば、多くのバーチャルキャスターが登場してはプリチャンアイドルみたいな可愛い配信アイドルをいっぱい生み出しそう。そしていずれテレビ番組に呼ばれて……ってそれはやっぱり無理かなあ、テレビ画面的には重ねられてもそこにいるようには見せられないからなあ。

 いやいや、ドワンゴが池袋のニコニコ本社にあるニコぶくろスタジオに導入したシステムを使えば、バーチャルキャラクターをスタジオに連れてきてはパーソナリティの横に“座らせて”会話とかできるから驚きというか素晴らしいというか。透明の有機ELディスプレイがあってそこにCGキャラクターを送出して映し出す。一方で奥のブースにはキャラクターを操作する人が入って両手を頭にトラッカーをつけて動いて顔とか手を動かし、表情もスイッチングによって操作する。ディスプレイの裏にはカメラがあってそこからパーソナリティの顔を見てそっちを向き、しゃべりに相づちとかを打つ。一方のパーソナリティも自分を向くキャラクターに視線を合わせて会話できる。そんな状況を半歩下がってみると、本当にスタジオにバーチャルキャラクターが来て座ってくれているみたい。これがテレビ番組なんかにも導入されたら、ミュージックステーションでタモリさんが目の前のキズナアイと喋るとかって状況も可能になるのかなあ。面白いなあ。

 安倍ちゃん親派の新聞が財務事務次官の更迭を1面トップで書いては大はずししている状況が単なる取材不足なのか、安倍ちゃん率いる官邸ですら制禦できない事態になっているかは分からないけれども、そんな財務事務次官が女性記者へのセクハラ疑惑を完全否定した上に、掲載した週刊新潮を提訴すると息巻き、さらには所属する財務省がもしもセクハラを受けた女性記者がいるなら、財務省で弁護士を用意するから申し出て欲しいと言い出した。そこれはマズい。本当にマズい。財務省がマズいってだけじゃなく日本全体がマズい状況におかれなけない。

 まず第1点。財務事務次官は記者を相手にああいった発言はしていないと主張しているけれど、風俗店に行ってああいった会話をしたことがあるとは認めた。このポイントだけでも前の文部事務次官が出会い系バーに行ってヤバくない会話をしたことをもって非難するメディアは、その矛先を不純で不埒な財務次官に向けなくてはならないはずだろー。弁明として生活実態を調査したかったからと訴えた前の文部次官に勝る正当性を持った言い訳なんて出来ない単なるエロトークを、財務次官ともあろう立場にある人が、職務に関するコメントも交えて風俗店でした段階でスリーアウト。即刻身を引くべき状況であるにも関わらず、それを不問とした時点で財務次官も財務省も、そんな会見を許した財務相も詰んでいるんじゃなかろーか。

 果たして週刊新潮ともあろう媒体が、そうした風俗でのエロトークを記者との会話だと偽って記事化して財務次官をハメるかと考えた時に、さすがにそもまで阿呆でも愚劣でもないとするならば、やはり当該の女性記者は存在すると見るべきだろう、そんな状況下で自分はやってないと開き直ってしまったところに、もしも当該の女性記者が出て来たら今度は財務省どころか国が吹っ飛ぶ。そういった財務次官を内閣人事局すなわち日本政府が認め任じているならその責任をとるべきだという声が吹き荒れるだろう。

 なおかつそうした事態になった時、セクハラという状況下で弱者として、また身を恥じる立場の人間として世に正体を明かしたくないし、明かす必要だってない人間を引っ張りだそうとした行為もまた、世界の目からフェアではないと非難を浴びそう。記者ならなぜ所属する媒体で書かないのかと言う問いもあるけれど、その媒体で書けば自分の居場所が失われるリスクがあるという悲痛な事情、又は媒体に迷惑がかかるといった優しい気持ちがあるかもしれず、だから言えないのを無理に言わせて媒体が記者に圧力をかけたとしたら、火は日本のメディアのあり方にまで広がって燃え上がる。それが分かっていないところも問題だ。

 そんな、世界に日本の後進性をさらして大恥をかくような事態を避ける意味でも、身分とか明かさせず、けれども真相は解明されるようなやり方を国も財務省もとるべきだったし、メディアもそう主張するべきだろーけれど、はたしてそうなるか。やっぱり身分は明かして言ってこそ、それは真実に足ると認められるといった主張を貫くのか。そんな送れたやり方を採って、日本とは何と野蛮な国だと外国から言われる覚悟を承知でそうした方針を打ち出したのか。トランプ大統領がこれでセクハラを許容する総理などとは会いたくないから来るなと言ったら内閣が吹き飛ぶどころか日本が吹き飛ぶのに。そういう覚悟を持って否定しているのだろうか。違うだろうなあ。その場しのぎの立場維持に過ぎない気がする。

 もう初手から詰んでいる状態であるにも関わらず、長考から逃げようとしたところで千日手にだってならないこの将棋をいったい誰が考えた。財務事務次官か財務省か財務省なり内閣官房か。そもそもが財務事務次官ひとりの名誉を差し出せば済む個人的な話であるにも関わらず、省を挙げてかばっているところが妙と言えば妙。どうして財務事務次官個人のセクハラ話に財務省が弁護士を出すのか。だとしたら財務省なり地域財務局の下っ端事務官が電車で痴漢冤罪に遭った時も、財務省は仲間の大事と弁護士を送り出して免罪を得ようとするのか。しないだろう。なのに事務次官ではやるこの矛盾に、気づいていないところでやっぱり詰んでいると思うのだ。やれやれだ。本当にやれやれだ。

 とある映画の内覧試写を観てとてもとても凄かったけれど、内覧試写なんで凄かったといったことくらいしか言えないのでここはひゃっはあああああああああああああああああと叫びながら凄かった凄かった凄かった凄かった凄かった凄かった凄かった凄かった凄かったと唱えてその凄さを世の中に喧伝したい。でも何か言えないので何がどう凄いのかが伝わらない。ちょっと悲しい。まあ観れば分かるし分かればやっぱりひゃっはあああああああああああああああああと言いたくなるだろう。それくらい凄い映画。あと数カ月で白日の下にさらされる。観て凄さに驚き、叫べひゃっはあああああああああああああああああと。なんのこっちゃ。


【4月15日】 もちろん「けものフレンズ」に決まっているのだけれども第49回星雲賞のメディア部門候補作、対抗で来ている「KUBO/クボ 二本の弦の秘密」を推したい気もするし、テレビアニメーションの「ID−0」もそのSF的発想のつまり具合からもっと世界に知ってもらいたい気もしているんで「正解するカド」とか「ブレードランナー2049」とか「RE:CREATORS」とか「メッセージ」なんかも含めてどれが受賞しても喝采を贈りたい。でもやっぱり「けものフレンズ」一推しで。だって「けものフレンズ」なのだから。そういうものだ。

 読んでる範囲で見渡すならあと日本SF長編部門は宮内祐介さんの「あとは野となれ大和撫子」とか小川育さん「ゲームの王国」柞刈湯葉さん「横浜駅SF 全国版」あたりが読者層の広がりも含めて話題になりそう。あとやっぱり支持者が多い田中芳樹さん「アルスラーン戦記」か。そんな中に混じった藻野多摩夫さんの「オリンポスの郵便ポスト」がちょっと凄いかもしれない。世間的には同じ電撃小説大賞で大賞になった「86 −エイティシックス−」の方が話題になっているからそっちに傾くかと思ったら、意外と日本SF大会を運営する濃いSFの人には「オリンポスの郵便ポスト」の方が知られていたか。個人的にも推してた作品だけにリストに名が連ねられ、存在を知られるだけで嬉しい。結果は発表されてのお楽しみっておとで。「ゲームの王国」が来るかなあ。

 30巻以上もでている漫画の紹介原稿を3週間ばかり引っ張ってきてこの3日くらいで5000字ほどの形にして出したのでとりあえず寝る。読むのに時間がかかってそこから浮かぶ文章の塊を書いては積み上げていきつつ8000字くらいのメモを作りつつ、国立新美術館の図書室で現代アートに関する本も読みつつ要点を箇条書きにしていったけれどけど結局使わず、ライトノベルで美術を扱った作品も読んで混ぜられるならと思ったけど結局混ぜない無駄足も踏んだものの、そうやって周辺を整え選んだり落としたりすることで方向性が見えることもあるので無駄ではないのだった。効率は悪いけどそこはそれ、良い物にするための投資ってことで。まあ本業があってできる非効率なんで、専業ならもっと効率を上げないといけないのかもしれない。結局はこの3日くらいでプロットを作りメモの塊から必要な部分を引っ張り並べつつ書き加えイントロとエンディングを加えてとりあえずフィニッシュ。あとは野となれ山となれ。

 茅場町のヴェローチェに行って仕掛かっていた13枚ほどの原稿をとりあえず書き上げ送ったので、とことこと歩いてTOHOシネマズ日本橋へと行って映画「ジュマンジ:ウェルカム・トゥ・ジャングル」を観る。とりあえず字幕版。なぜかというとジャック・ブラックが太って眼鏡の中年おっさんでありながらも中身は女子高生という役を演じるにあたって、どういった演技をするのかに興味があったから。

 日本語吹き替えだと高木渉さんが演じていてそれは何となくオネエな口調が繰り出されるんだなあと想像もできてしまうことに加え、テレビなんかでいわゆるオネエと呼ばれる人たちの外向的にパターン化されたかのような口調が繰り広げられることに、それが本当に内面から女性的であることの表層化なのか外部的にそうあるべきだといったフォーマットに乗せられてしまったものか判断がつきづらかったから。

 素に女子高生がおっさんの中に入った時に口調は、そして態度はどうなるか。テレビ的フォーマットの中のオネエ口調にはならない可能性を想像もして、映画でもそうした吹き替えになっているかもしれないと思いつつ、でも違うかもしれないと思うとちょっと観るのが億劫だったという次第。もちろんジャック・ブラックだってアメリカンなオネエのパターンをなぞっているだけなのかもしれないけれど、英語に通じていない僕にはそこのところは分からない。だからとりあえず字幕版で観たジャック・ブラックはシェルドン”シェリー”オベロン博士というデブのおっさんだった。

 声音は押さえ時々叫んでそして動きはよほど強調するところでもないとしなを作ったりクネクネしたりとかはない。まあ人間だって動物だから危なくなればなりふりかまっちゃいられず本能で突っ走るということか。でも中身がなかなか面倒くさい思春期少女のマーサ・カプリーという今はダンス武術が得意なルビー・ランドハウスにギャルっぽさを指南するあたりのジャック・ブラックが、ここぞといった具合にギャルっぽい歩き方とかしなの作り方とか表情の見せ方をするところは、中にベサニー・ウォーカーが見えたような気がした。

 凄いのはそうやって指南されたギャルっぽさをうまく自分のものにできないまま、ルビー・ランドハウスがぎくしゃくと歩き可愛く見せようとして不気味にしかめっ面な表情をしてしまうのを、見事に演じきったカレン・ギランかもしれない。圧倒的にナイスなバディと美貌でもって、中身はイケてない女子高生が急造のギャルとして見せるぎこちない表情、ぎくしゃくとした動きを完璧なまでに見せていた。練習したのか冴えてなかった時代があってそれを思い出したのか。ともあれ楽しいシーンだった。っていうか最初からひとりでダンス武術で圧倒すれば良かったのに。それだと近づくまでに撃たれるか。どうなのか。

 映画は海辺で拾ったボードゲームがなぜかゲーム機のROMカセットになりそれを差したら大変な事態が起こって20年後、高校生の4人が宿題のリポートを肩代わりしたりさせたりしたことが露見して職員室に呼ばれ、そしてギャル全開で試験中にスマホを使い続けたり体育の授業をやる意味あるんですかと口答えしたりした女子たちも呼ばれて倉庫の片付けをやらされる羽目になって、そこで見つけたゲーム機を遊ぼうとしたら吸い込まれてウェルカム・トゥ・ジュマンジ! っかどうしてそこにゲーム機が。子を失った親が学校に持ち込んだのかなあ、それともゲーム機がそれにふさわしい遊び手が居るところに出没したとか。

 ともあれそうして始まるゲーム世界の冒険は、3回死んだら終わりかもしれない限界の中、ロック様ことドゥエイン・ジョンソンが中身チェリーでナードな少年スペンサーというブレイブストーン博士となり、ケヴィン・ハートが中身フットボーラーの長身フリッジという小柄で荷物持ちで動物に詳しいフィンバーとなって、中身ギャルのシェリーに中身奥手の女子のルビーとなってそれぞれの性格を残しつつ、ゲーム世界でジャガーの形をした岩のてっぺんから盗まれた宝石を取り戻し、元に戻すというミッションを仰せつかる。そこでは、あのロック様が圧倒的な肉体の中にナードな少年性を感じさせる演技をしつつ強さも見せつつやっぱりなかなか抜けきらない演技をずっとしていて、プロレスラーから俳優にシフトをして長い時間の中で本当に良い俳優になって来たなあと思わせてくれた。

 そして4人が本来の性格を御しつつ対立とかしつつお互いを認め合いつつ与えられたスキルを駆使しつつ2回までなら死ねるゲームならではの利点も活かしつつ進んでいく冒険の旅。20年前の事件もしっかりとりこみ回収していった先、果たして無事に戻れるかというと戻れるからこその映画なんだというオチにどうつなげていくか、その段取りの見事さをしかり見せていた。なおかつそこでの経験が、元の世界での関係につながる素晴らしさ。ゲームだって人生経験をつめるのだ。ただし生きるか死ぬかの経験をそこで本気でできればだけど。「ソードアート・オンライン」のキリトだって生きるか死ぬかのギリギリのゲームの中でアスナって彼女を得たものなあ。ああ面白かった。次は吹き替え版で観ようかな。

 うん、違法サイトを潰すには資金源を断てばいいから広告出稿企業を突っつけば良いのだというその“正義”も、いつかどこかでふいっと道を外れるか、世間の空気が変わるかして“反日”サイトを潰すために資金源を断とうとなって、広告出稿企業に電凸が行われてそれが”正義”とされるビジョンを、いくらかでも想像しておかないとやれやれな事態になるとちょっと思った。そもそも違法なサイトを利用しないこと、そして違法なサイトを違法として取り締まることが重要なんだけれどそれがアクセスブロックへと傾き、一方で違法サイトに出稿している企業もまた違法なのだという空気を作ったそれがいつか権力に逆らうものには何をしても良いのだという気分にすり替わらない理性を求めたいのだけれど……。悩ましい。


【4月14日】 いろいろと始まった新番組を見もしないで「刀使ノ巫女」の2クール目を見続けていたりするエイプリル。とりあえず折神紫を支配していた荒魂のたぎつひめをかくりよと追いやったものの、そことのつながりを求める勢力は止まず伍箇伝の中にもいろいろと裏切る校長がいたりする感じ。もとより紫さまべったりだった鎌府女学院の高津雪那は当然として、衛藤可奈美が任務の途中で助けた少女が通う綾小路武芸学者の相良結月校長あたりもいろいろ画策している様子。そして元親衛隊の獅童真希が各所からノロを集めて持ち帰った先、御簾の向こうに座ったのはいったい何者? まだまだ終わらないバトルの行方がとっても楽しみ。

 とある原稿を書いているけどそれなりに完成してから削ったり足したりしてちょぴり煮詰まって来たんで、打開のためだと言い訳をして「パシフィック・リム:アップライジング」をTOHOシネマズ上野で。見終わった印象としてはジン・ティエンが演じるリーウェン・シャオが割と良いところを持って行ったなあという感じ。予告編にも出てくる真っ白なパンツスタイルの衣装でゆったりと歩くお嬢様然とした役であり、どこかクロマク的な雰囲気すら漂わせていたのが最後には。そんなある意味でのリーウェン・シャオという役柄の可愛らしさを堪能する映画だとも言えるだろう。

 可愛らしさではジャンクパーツを拾い集めて自前で小さいイェーガーを組み立ててしまうくらいにメカオタクな少女、アマーラ・マナーニもなかなかにキュート。バイクとかなら作れても全高12メートルはあるイェーガーは普通作れないよなあ。それもほとんど独力で、カイジュウたちによって破壊された後のスラムのような場所で暮らしながら生き延びて作り上げてしまう。ジョン・ボイエガが演じるかつての英雄の息子、ジェイク・ペントコストだって苦労しながら食料を集めていた。そんな場所で1人でどうやって。もしかしたら相当に強いのかもと思わせる。

 というか実際に格闘技のセンスもあったアマーラ・ナマーニは、イェーガーを勝手に作ってあまつさえ逃げた罪でとっ捕まっても収容所送りにはならず、なぜかイェーガー乗りに抜擢されてジェイクともども訓練所へと送り込まれ、そこで出会ったショートカットのロシア系美人、ヴィクトリア・マニコヴァと喧嘩してねじ伏せている。そうした描写がただのメカオタクがイェーガーに乗ったところでいったい戦えるのかといった疑問への答えになっているところに、アメリカ映画のシナリオワークの巧みさというか伏線の張り方の巧さめいたものを感じるのだった。

 さて「パシフィック・リム:アップライジング」のストーリーといえば、前作の「パシフィック・リム」で世界を救った英雄、スタッカー・ペントコスの息子として期待され自信も期待しながら挫折をしたかイェーガー乗りの道を降り、ひとりスラムみたいなところで楽しくやっていたジェイクだったけれど、アマーラ・ナマーニが作ったミニミニイェーガーのスクラッパーにひっかかって乗り込んでも操縦させてもらえず、取り締まりに来たホンモノのイェーガーに捕まって、収容所送りにはならずアマーラ・ナマーニと同じ訓練所でこちらは昔取った杵柄だからと教官として新兵の訓練にあたることになる。

 10年前にカイジュウは退治され穴もふさがれたんだから、いったい何を恐れる必要がある、って思わないでもないけれど1度あることは2度あるし3度だってあるかもしれないなら備えるというのが大事なこと。実際にそんな備えが吉ともなったし凶ともなった。その凶の方がカイジュウによる見えない侵略。無人のイェーガーを世に送り出してパイロットたちの負担を減らそうとする企業の社会貢献か、あるいは一手に利権を握って大もうけしようとする利己的な態度かは判然としない中、リーウェン・シャオという美人の社長が率いる会社が跋扈しはじめた所に事件が起こり、事態は悪化してそしてイェーガーがふたたびカイジュウを相手に戦うストーリーへと転がっていく。

 なるほど海の底の穴はふさがっても人の心に空いた穴までは防げなかったということか。欲望であり羨望であり願望でありといった心の穴に突っ込んで広げそこから地球へと出てこようとするあるタクラミ。その結果としてのイェーガーと巨大カイジュウとの決戦はそれが東京なのかと思いたい都市を舞台にした迫力のロボットvsカイジュウバトルが楽しめる。岡部伸也監督の「ブレイブストーム」でも白昼のCGロボットによる怪獣バトルがあったけれど、資金力も技術力もきっち違うアメリカ映画のこれが実力って奴を見せてくれた。暗くて煙りが漂うような場所でなくてもCGによるロボットバトル、怪獣バトルは可能になった。だとするなら次のハリウッド版ゴジラがどうなるか。今はそこがとても気になる。

 東京から富士山ってそんなに近いのかというツッコミはさておき、「マジンガーZ/INFINITY」でも舞台になり遠い昔に「プランゼット」でも巨大な円盤が出て来たんだっけかな富士山が、世界の危機の要となってカイジュウに狙われ、それを防ごうと決死の覚悟で乗り込んだジェイクらによる戦いの行方はともかく戦いぶりはいかに。それは映画館で見てのお楽しみということで、とりあえずやっぱりリーウェン・シャオがよく頑張った。いい汗かいていた。近寄ってクンカンしたいなあ。というかイェーガーたちがロケットでもって運ばれていったあの場所に、スクラッパーはどうやって飛んできたんだろう。それはそれで謎肉。

 謎肉といえばニコニコ超会議2018の会場に、謎肉だけが詰められたカップを販売するブースが出るって話でいったいどこに出るのかが気になって仕方がないお年頃。3カ所で売られるのは700カップと少なくて、普通に入っていたら買えないことは確実だし、プレスで入って買うのも失礼なんで夕方まで余っていたら買うことにしよう。まず無理だけど。どうやって食べるかはそのままかじってビーフジャーキーならぬおつまみとするか、お湯をかけてふやかしてかき込むのかは好き好きで。いったん水で戻してから叩いて固めてハンバーグにして焼いて食べてみたい気もしないでもない。ただとっても塩辛そう。塩抜きをした方が良いのかなあ。やっぱり気になるお年頃。

 言いたいことのためにはファクトとか知らず要素だけ並べて雰囲気を醸し出そうとするのが習い性になっている新聞が、今度は「孔子学院が危ない!」シリーズめいたものを始めていて読んだけれどもやっぱり羊頭狗肉というか、牽強付会というか火のないとこを無理矢理燃やそうとしている感じがありありで、治ってないなあと嘆息する。4回にわたってキャンペーンを張っただけれど、日本、欧州、オーストラリアにアメリカといった国々に孔子学院があるんだぜとしか言ってないような感じで、スパイだとか何とかして気はするんだけれど具体的な事例は一切なく、保守系の反中的な立場の人があげつらっているコメントとかを並べ、ほらヤバいでしょといった印象だけを醸し出す。

 こんな書き方がまかり通るなら、外資系の語学スクールだってシンパを増やすための拠点だってことになってしまう。だいたいが中国のシンパ作りがウザいなら、日本政府ももっと金出して世界にジャパンセンターを作れと言えばいいのに。オリンピックがらみで作ったリオとかロスとかのセンターはどうなってるんだ。予算つかず大変だって話も流れてたし。しかし懲りてないちうか、沖縄で起こった米兵の事故に関連してなかった行為をあったと断じて地元紙を罵倒して謝ったにも関わらず、エビデンスの一切を示さずに北海道が危ない対馬が危ない沖縄が危ないといった系列に孔子学院を並べてる。これが日本の企業なら訴訟ものの印象操作だけれど、影響力が乏しいと今は思われているのかリアクションはないみたい。それで調子に乗ってやり過ぎたら、バサッと斬られるかもしれないから用心をといったところで、聞く耳があったら最初からノーエビデンスな企画なんてやらないよなあ。やれやれ。


【4月13日】 将棋の名人戦が始まって佐藤“貴族”天彦名人に羽生善治竜王・棋聖が挑んだ第1局は100手に満たない段階で佐藤名人が投了して羽生竜王が勝利。あと3つで史上初となるタイトル100期という偉業を達成するんだけれどこれって「りゅうおうのおしごと!」の名人はもう達成していたんだろうか。九頭竜八一の竜王位を逃した後で名人が棋戦に出たってエピソードはまだ書かれていないから、来月にも決まればフィクションを現実が超えることになる。高校生くらいの竜王ではまだ現実を上回っていられるけれど、それも脅かされつつある中でいったいどんな手を繰り出してくるか白鳥士郎さん。現役大リーガーで投手で打者が将棋界に来てプロ棋士になるくらいのことは……大谷翔平選手ならやりかねないなあ。

 今日も今日とて大リーグの試合に出場しては満塁で走者一掃の3塁打を放ってた。申告敬遠も受けるくらいに打者として要注意の選手に黙されているだけある。問題は投手として規定の投球回数に達するか、そして打者として規定の打席数に達するかが曖昧な中でどちらの記録も記録としてオミットされかねない可能性があることで、記憶だけで果たして大リーグは認めて殿堂入りとかに推挙してくれるのか、やっぱりどちらかで記録を残してこその年俸であり殿堂入りなのか、そんな選択をも迫ることになりそう。次もまた打者での出場なのか休んで投手として投げるのか。そこで勝って3連勝だと記録に残らなくても十分な気もするけれど。ボブ・ホーナー選手が来日2試合目で3連発して日本人の記憶に刻まれたような。

 10周年を記念した映画の上映が終わって、そして来るものが来たという感じ。Kalafinaで結成時からメンバーのひとりとしてもっぱら低温のパートを務めて来たKeikoのスペースクラフトプロデュースからの退社が発表に。すでにいろいろと言われていたことだけに驚きはないものの、3月末かと思われていた退社の発表がなくもしかしたら気を持ち直してしばらくはKalafinaで行くのかもしれないなあと薄い期待を抱いていただけに、既定路線どおりの脱退はやっぱりちょっとばかり残念でならない。それでも映画が続いている間は発表を控え、すでにもういない3人が頑張っている姿を亡霊のように眺める空虚さを感じさせないでくれたことは素直に嬉しい。そうした配慮をだから今は噛みしめつつ、道を違えながらもWakanaとHikaruとKeikoがKalafinaであったり、違う何かであったりする道を歩んでいってくれることを願いたい。今までありがとうございました。

 といった固い所感の一方で、抜けたKeikoさんの代わりに誰かを入れて3人でKalafinaを続けていくとしたらいったい誰が入るのが良いんだろうかと考えて、同じスペースクラフト関係だったらやっぱり髪型が近い栗山千明さんが良いなあ、Chiakiで参加しないかなあと一瞬思ったけれど、Keikoさんのような歌い方が出来たかというとそこはなかなかに謎。「機動戦士ガンダムUC」の時に「流星のナミダ」とかいった楽曲を歌っていたから歌えることは分かっているけど、低音で支える役となるとやっぱり訓練が必要になるかなあ。

 だったらここは歌えるはずの元宝塚男役トップ、龍真咲さんなら完璧じゃないかと考えたけれど、今度はパンチがあり過ぎて舞台がミュージカルになってしまいそう。背後の階段も高く広くなってそこをRyuさんが降りてくる、なんて光景は絵にはなってもKalafinaかというと……。あとはFictionJunctionにも参加していたYuukaこと南里侑香さんかKaoriこと織田かおりさんかあ。いっそBON−BON−BLANCOでボーカル張ってたサントス・アンナさんなかどうだ。姉御肌だし引っ張っていってくれそうな。ただし野球選手の奥さんなんで忙しそうではあるけれど。

 いよいよもって末期の様相を呈してきた感じというか、財務事務次官が女性記者に向かってセクハラ発言をしていたという話が週刊誌に載っていたのを見たか聴いたかした麻生太郎財務相は、それが本当だとしたら言語道断だとか言った一方で、本当か分からない段階では処分とか口にできないとも言ったそうで、それはそれで妥当性があるんだけれどそうしたことが仮にあったとしても、「『本人の長い間の実績等々を踏まえれば、能力に欠けるとは判断していない』と語った」といった話も流れていて、セクハラ発言をいくら重ねていても仕事ができる人間だったら免罪されるともとられかねないというか、ほぼほぼそう言っているこの言説はさすがに女性を見くだしすぎているといった声も起こってた。

 そんな状況を追撃するかのように週刊誌は、セクハラ発言の録音までをも公開してそれが事実であったことを満天下にさらしてしまった。聞いて麻生財務相はいったいどうする気なんだろう。どうせ週刊誌のでっち上げか何かだと思いつつ、本当だったら相当に厳しい処分も必要な事態をなぜか軽く見て、条件反射的に喋って作った自分達の防衛ラインが証拠によってあっさり突破されてしまい、右往左往するところは安倍総理とまるで一緒。大言壮語して絶対だからとか総理だからと言ってラインを作り、追求を退けようとしてもしょせんは無根拠だから突き崩される。

 その可能性を知ってか知らずか大言壮語してしまい、その尻ぬぐいに官僚たちが走った結果が今回の森友・加計学園問題に関する安倍総理の頑ななスタンスだとしたら、やっぱり同じような病が内閣と霞が関を覆ってる感じ。速くなんとかしないと言っては嘘ですラインを下げますといった繰り返しになって、誰も日本の政治かや官僚の言うことを信じなくなってしまうんじゃなかろーか。それとも嘘はついたらつきとおせって訓令でも受けているのか。どっちにしてもマズい話。明日には何か動きはあるかな。動かなければそれはそれで大問題だよな。

 見ていなかったけれども女子サッカーのアジア杯は日本がオーストラリアと引き分けて、これで来年にフランスで開かれるFIFA女子ワールドカップ2019への出場権も確保できた様子。まずはめでたい。日本は1991年の第1回大会からずっと出続けているんで、シドニー五輪を逃しブラジルでのリオデジャネイロ五輪も逃したオリンピックの女子サッカーに比べると相性も良いんだけれど、メキシコのアステカスタジアムで10万人ものアウェーを戦って出場権を獲得した2003年のアメリカ大会とかを見てたりもするんで、決して圧倒的ではなく何かあればオリンピック同様に出場を逃し、それが現任で沈滞してしまう可能性もなくはなかった。だからこそとりあえず出場を祝いたい。その上で本番で2011年の優勝、2015年の準優勝のような活躍は可能かを考えたいけれど、やっぱり凄い核を書いてる気がするんだよなあ。澤穂希選手の代役はいなくても、同じ立場に立てる選手が育って欲しい。それがなでしこジャパンを真の意味で強くするのだから。


【4月12日】 ファミリーマートで「けものフレンズ」とのコラボレーションが始まって、PPPのCDが出ることもあってかPPPメンバーの描き下ろしスタンドポップがもらえるんだけれどその絵の等身がこれまでのイラストよりもちょっと上がっている感じ。すこそ前になか卯とのコラボレーションも行われてそこで使われたイラストもやっぱりちょっぴり等身が上がっていた記憶。もしかしたら原案のイラストレーターがそうした思いを抱えて描いていたりするのかもしれないけれど、アニメーション版とは切り離されていた等身の可愛いフレンズたちをも亡き者にしようとしているのだとしたらちょっと寂しいし、上がってきた等身がベストかというとそれもまた難しいところ。このまま上がってキャプテン翼みたいになったらなんて不安も抱きつつ、どうなるかと模様眺めに走るのだった。動物園とのコラボもまだまだ続くだろうなかでイラストがどうなっていくかに注目したい。

 マンハッタンが全長20キロもの巨大なオブジェクトとなって起動した上に、我らがクウェンサー・バーボタージュが冒頭でとんでもない目に遭遇し、ストーリーから消えてしまって残されたヘイヴィアやミョンリだけではどうにもならない上にクウェンサーが気になって仕方がないおほほとそして殺し屋めいた少女まで絡んできて大騒ぎ。フローレイティア=カピストラーノは遠距離攻撃によって傷つきいつものように超然として胸を突き出し闊歩することもできないまま、ひたすら圧倒的な敵に微細な戦力で立ち向かう展開が続いていったいどうなるのって不安も浮かぶけれど、そこはやっぱり1巻でもってどうにか話をまとめるシリーズだけあって、鎌池和馬さん「ヘヴィーオブジェクト 最も賢明な思考放棄 #予測不能の結末」(電撃文庫)はどうにかこうにかひとつところに収束した模様。お話もまだまだ続きそうだけれどあれだけの大仕掛けのあとで何を持ち出してくることやら。おほほvsお姫さまの決着とかに持って行くのかなあ。僕はおほほが良いと思うけど。虚像も実体も。

 そうか防音ブースが足りなかったのか日本のeスポーツ大会には。ドスパラとか経営していてGALLERIAってゲーミングPCも製造しているサードウェーブが、東京池袋の北口ちょっといったところに15日にオープンするLFS 池袋 esprots Arenaって死せるはGALLERIAが100台くらい並べてあってBenQのモニターにDXRACERというゲーミングにベストなイスまで使われていて、座れば自分もいっぱしのプロゲーマーになった気分を味わえるという国内最大級のeスポーツ施設。なおかつそうしたPCとかデバイスが100台くらいまで置ける広さがあってちょっとした大会ならそこで出来てしまう。ステージもあるしプロジェクターの用意もあるし実況席も中継機材も備えられているけれど、そんなeスポーツの大会でこれまで日本では、選手を防音ブースに入れるなんてことはしていなかった。

 オフラインの大会なんかで使われるのはホールと会議室といったパブリックな場所で、そこにステージを組んで観客席を並べステージにPCを置いてプレーさせるその脇とかで、実況者が会場に聞こえるようにアナウンスをしていたりする。当然にプレイヤーの耳にもそれは入ってしまう訳で、敵のプレイヤーがなにをしようとしているかが分かってしまうとか面倒な状況が起こってしまうし、ヘッドセットで仲間とやりとりする時も、そうした実況が騒音となって耳に入って聞こえなかったり、ゲーム中のささいな音を聞き逃してプレイに影響が出てしまったりする。これはあんまり良いことではなく、だから海外では選手たちを防音ブースに入れて外音から遮断した上で自分達のプレイに集中してもらっている。これなら実況者もプレイヤーを気にせず喋りまくれる。

 そうした防音ブースがこのLFS 池袋 esports Arenaにはステージの両脇に最初から設置してあって、ちょっぴりプロ仕様のシートなんかも置かれていてeスポーツの選手たちにとってはプレイがとてもしやすそう。片方に10人ずつくらい入れるから、5人制とかの大会には十分の設備。これを備えたってところにサードウェーブと子会社のE5 esports Worksが世界水準のeスポーツ大会を日本でも開けるようにしようって意識がみてとれるし、世界水準で戦えるプレイヤーをここから送りだそうという意識に満ちていることもうかがえる。

 いっぱい大会を開いてもらって裾野をひろげ底上げをしていくことによって世界的な選手も生まれてくるのはeがつかないスポーツでも道理。そのために池袋が頑張りつつほかの施設にも頑張ってもらい、ともに手を携えて日本のeスポーツを盛り上げていこうっていう意識を、だったら業界団体とか行政とかはキャッチアップしてもめ事なしにeスポーツが盛り上がり賞金も稼げる分野へと育てていってくれれば良いんだけれど。そこがやっぱりどうしても引っかかるのだった。どうなるのかなあ。JOCの加盟とか。賞金制大会の開催とか。

 ネットで人気の小説も出すのか電撃文庫、ってそれは「魔法科高校の劣等生」でもやられていたことではあるけれど、設定厨なところがある作品とは違って割と転生&俺TUEEEEのフォーマットに沿った作品を、PVがあるからといって出すのはなんかやっぱり電撃文庫らしくない気がしないでもない。とはいえ面白ければそれでも良いのか。ってことで秋さんという人による「魔王学院の不適合者」は長い戦乱の中でそろそろ終えたいと考えた魔王アノスが勇者や大精霊や神様と語らい自分は魔力を集結のために供出した上で転生するからといって消え、そして2000年後に男の子として生まれたと同時に魔王としての意識を抱き、すぐさま6歳くらいまで成長したら両親に驚かれた。

 でも不気味がられはしないでどうにか家にいたものの、魔王学院なるものがあってそこが学生を募集していると聞いて今度は14歳とかそんなあたりまで急成長。1カ月でそんなに成長すればやっぱり気味が悪いけど、子供の決めたことだからと両親も伴い転居して魔王学院に通い始める。そこで入学試験を受けようとして絡んできた威張っていた奴らをたいした力も使わず殺して復活させる繰り返しをみせ、強いどころではない圧倒的なすごさをみせ、試験の課題もあっさりクリアしてのけるものの魔力を測ろうとしたら装置が壊れて計測不能のまま不適合者とされてしまい、末席のクラスに通い始める。そこで知り合った少女とチームを組み、他のチームを作った彼女の姉とも対戦するような展開の中で見せるアノスの力はやっぱり圧倒的。そして授業の時にアノスの配下だったと覆われるアンデッドの先生もあっさり超してみせる。

 なんだ知り合いならアンデッドの先生は、アノスのことくらい分かっているんだろうと思いきや、いろいろ作為があってアノスのことが記憶からさっぱり抜け落ちているようで、それどころか後世に伝わっている魔王の名前もアノスが名乗っているうものとはまるで違ったものになっていた。何かが2000年の間に起こっていて、それは復活したアノスも狙っている感じ。いったい誰が。何の目的で。そんな謎に次巻があれば挑んでいくんだろうけれど、でも読んでいて面白いのは相手が強大でもあっさり退ける圧倒ぶりだったりする。「俺の家が魔力スポットだった件について」も圧倒的な魔力が万事解決してのける展開が楽しいし、「努力しすぎた世界最強の武闘家は、魔法世界を余裕で生き抜く。」の場合は魔力ではなく体力が圧倒的で魔力すら上回る展開がストレスなく楽しませてくれる、そんな系譜に連なる1作。何が出て来ても切り抜けていく確信が生むそのカタルシスを味わわせてくれると信じて待とう。


【4月11日】 ワールドカップイヤーにはサッカーに関する玩具もいっぱい出てくる感じで、きっとエポック社なんかもサッカーゲームのサムライブルー仕様を強化してくるんじゃないかと思うけれど、タカラトミーも「サッカーボーグ」っていうサッカーをプレイさせるロボット玩具を出してきて、その発表会が豊洲にあるフットサルコート脇のクラブハウスで行われたんで見物に行く。ロボット自体は無線操作で前進後退に左右の旋回ができる感じであとは右足と左足をそれぞれに出すトリガーがあって、走って回ってボールを運んでシュートを打ってといった具合のプレイを楽しめそう。

 最初は動かすのにも苦労しそうだけれど慣れれば指先がサッカーボーグと結ばれ自在に操れそう。そして繰り出すシュートも左なら浮き球で右ならグラウンダーといった具合に使い分けが出来そう。シューズにあたる部分が左右で違ってて、キューブ状の右足ではボールは転がり爪みたいなのが出た左足だとひかっかってボールが上に浮く。相手が立ちふさがった時とかだと、頭を越してループシュートやループパスなんかを出せるからこれは面白い。パスっていうのは「サッカーボーグ」は1対1だけでなく2対2でもそれこそ11対11でも混戦せずに動かせることを利用し、複数対複数で試合するときに味方にボールを送ること。これがうまく通るようになれば本当のサッカーを行っているなり観ている気になれるだろー。大会に出るのは大変だけれどこれを遊ぶスペースとかがあればちょっと行って参加してみたいかも。

 そんな「サッカーボーグ」の発表会には元日本代表の武田修宏さんが来場していて、サッカーといえば最も話題になっている日本代表のハリルホジッチ監督解任について囲みで話してた。もう3年前の就任時から、日本のサッカーとはタイプが違うから反対だと評召していた武田さんだけに、今回の解任も当然といった受け止め方をしているみたい。もちろん短期決戦で勝てるかどうかといった部分で、あるいはハリルホジッチ監督の方に強みがあったかもしれないけれど、ロシア大会のみならず次のカタール大会なりその次なりも見据えて日本代表を構築していくべきだと考えるなら、今替えてそして10年とかのスパンを観ながら育成し強化し熟成していくことに重きをおくべきって武田さんは話してた。そういう味方も当然あるだろうし、やっぱりワールドカップで勝ことこそが至上命題なら、ハリルホジッチ監督の解任を愚とみる意見にも賛成したくなる。結果が伴い底上げも出来れば最高なんだけれどなあ。それが出来るのはオシム監督くらいかなあ。

 ワーナーでの試写に続いて放送前夜祭の取材でテレビアニメーション「ひそねとまそたん」の1話と2話を観てやっぱりゲラゲラ。劇場なんで声にこそ出さないけれども「君の声をとどけたい」の青木俊直さんによるキャラクター原案ならではのほげーとした雰囲気の中で、ぬぽぽんと繰り出される意外な展開にうほーとなって見入ってしまった。何を言っているか分からないけど分かる人には分かるのだ。ドラゴンに乗るってドラゴンに乗るってドラゴンに乗るってドラゴンに乗るって。うほー。とか。

 そんな放送前夜祭では、樋口真嗣総監督と声を担当した久野美咲さん黒沢ともよさんとオープニングを歌った福本莉子さんが登場していろいろと喋ってた。中でも司会の松沢千晶さんが甘粕ひそねというヒロインについて変わったキャラクター、ちょっとおかしいキャラクターといった表現を使ったことになぜか樋口総監督がひっかかって突っ込んでいた。いや変わっているしちょっとおかしいんだけれど、樋口監督に言わせれば凄く魅力的でこういう子が良いらしい。

 というのも樋口総監督、過去の仕事で初めて携わったアニメーションが「王立宇宙軍 オネアミスの翼」でヒロインは言わずと知れたリイクニ・ノンデライコ。名前はともかくプロフィルはやっぱりちょっと不思議で性格も純粋なんだけれどまっすぐすぎるというか文字通りに宗教がかっててちょっとヤバい。そして次くらいに関わったのが「ふしぎの海のナディア」でそのナディアの性格はやっぱりストレートで明るくぶっ飛んでいたし、「」新世紀エヴァンゲリオン」で主に関わったアスカ・惣流・ラングレーもまっすぐなんだけれど勝ち気でややサイケにサイコなところもあった。

 ということもあって「自分の中でアニメーションに出てくるのはこういうものだと思っていた。性格の振り幅があってコントラストが強くないといけないと思った。そうでもないんですか」と樋口総監督。いやあ偏ってますよと言える人もいるだろうし、どストライクだと納得する人もいそう。そして、リイクニやナディアやアスカの例にならうと甘粕ひそねは茫洋としているようでそれには理由もあって、本気出すと結構周囲をどん引きさせるくらいのパラノにストレートなところがあるから戦列に加えて遜色はない。そうした、ある意味で自分の趣味が出ているキャラクターをおかしい、変だと言われたからやっぱりピクッとなったんだろうか、樋口さん。松沢さんとの仕込みってことはないよねえ。

 早速、久野さんに「つまりはひそねは樋口さんのタイプなんですか」と突っ込まれていたけれど、うにゃうにゃしつつ「タイプかもしれないですねえ、理想とうか」と答えていたからきっと狷介で厄介な女性が好みなんだろう。そして振り回されたいんだろう。僕もそういう傾向はあるけど知り合う機会がないから振り回されることはないのだった。そこは残念。とても残念。ここでリイクニとナディアとアスカとひそねが目の前に現れ自分を選べと言って誰を選ぶかというとアスカになるのは勝ち気でまっすぐでツンデレなのが良いってことになるのかな。樋口総監督なら誰を1番にするのかな。甘粕さんではちょっとないかなあ、リイクニも下寄りになるかなあ。つまりはアスカってことで。そういうものだ。

 なるほど海外で孔子学院についてもうちょっと調べた方が良くないかといったことになっているのは間違いないけれど、それが即座に反社会的反政府的組織のダミーであって早急に解体すべきだといった流れにはなっていない。ある意味でどこかイデオロギー的な反発を反対表明といった行為に込めているだけであって、その中身について精査があったとは限らなかったりする。ただでさえそんな状況であるにも関わらず、歴史戦とか銘打って微妙に作為的な空気を作り出しては、その中だけで通じる論法を繰り出し自分達が歴史を正しているんだと行った気になる連載で、孔子学院を取り上げ、どこか非難したような雰囲気を作り出している。もっとも、今の日本の孔子学院がカルチャースクールにちょい上乗せがあるような組織だったりする状況で、何か具体的な謀略なり諜報なりプロパガンダなりを孔子学院が行い、日本政府なり官憲を脅かしていたかというと……。そういったファクトもエビデンスもない出来事を取り上げ、アブナイ組織として印象づけようとしているところに、今のその新聞の限界めいたものが感じられて仕方がない。やばいよなあ。でもやめられないんだ、息を吸うために。やれやれだ。


【4月10日】 明けてサッカー日本代表の突然の監督交代に関するニュースがテレビのワイドショーを埋め尽くし、それこそ日本相撲協会の暴挙に挑むかのように東京相撲記者クラブ会友ならぬ日本サッカー記者会会友なるベテラン記者たちがわんさか出て来ては、やれ田嶋幸三会長の施策は底が浅くで保身的で誰かの顔色を気にしていだけだと非難したり、やれ日本サッカーの発展にはスポンサーの資金が欠かせないからその考えに沿って選手を入れ替え監督を替えた判断は間違っていないと擁護する声が並ぶかと思ったら、どこのテレビ局もメジャーリーグで大活躍している大谷翔平選手のことは取り上げても、日本サッカー協会のゴタゴタについてはあまり大きく取り扱おうとしない。

 いったいなぜかと考えた時に、日本で大相撲を中継しているのはNHKだけであって、あとはかろうじてテレビ朝日が大相撲ダイジェストを放送して相撲協会からコンテンツを頂戴している身であって、ほかはニュース番組として何組かの取り組みを紹介するくらい。そんな浅い付き合いなら協会が悪いと世間が思えば叩きに回り、悪くないと考えれば擁護に回って持ち上げるくらいのことはやってのける。これがサッカーの日本代表だと、どこの民放も代表戦の中継という、なんだかんだいって15%くらいの視聴率は稼げるコンテンツを日本サッカー協会から回してもらっていて、そのご意向に逆らうというのはどういうことかといった判断があっても不思議はない。

 もちろんこれは憶測だけれど、それならまだしも単純にサッカー日本代表に相撲ほどのバリューはないだろと言われると、そうじゃないと言いたくなりつつそうかもしれないといった思いも漂うのだった。本田香川岡崎長友以外の代表選手って誰がいるか分かっているかと問われると実は心許ないし、所属まで聞かれるとまるで答えられなかったりする。南野ってザルツブルクだったっけ。そして本田香川岡崎長友の最近の所属と活躍を問われても実は答えられなかったりする。パチューカで本田って今どうだったっけ。長友ってインテルで……って移籍したじゃんトルコの……どこだっけガラタサライだったっけ。それくらい印象が薄れているサッカー日本代表のことなんてやって意味があるか? そんな日本代表がさらに弱くなって意味はいったいどうなるか? 考えるとやっぱり日本サッカー協会の判断は大きく間違っていると思うのだった。参ったなあ。

 これは恐ろしい拳法が登場してきた。その名も「首相暗拳」は、綸言汗の如しの故事もあって、いったん口に出したらひっこめることはかなわず、それでいて重大な権限を持ってしまうが故に何事であっても簡単には口に出来ない立場にある首相が、その思いを世に遂行させる上で振るう技のことあって、たとえば目配せなんかせず、頷きもせず眉をひそめることもしなければ瞬きすることもなく、ただ心にその思いを浮かべるだけで周囲に侍る官邸のメンバーが忖度し、官僚が感じ取り公務員がそうだと理解し民間人も個人も首相夫人もようし分かったといっせいに動いては、首相の思いを現実のものとする。空気投げとか合気道といったものですらない、一切のアクションを伴わないその見えない拳を誰も避けることは不可能で、なおかつ届かないこともない。恐ろしい、実に恐ろしいそんな憲法は今もきっと日々発動しては何かを隠し、壊し導いていたりするのだろう。怖いなあ。

 という冗談は案外に冗談でないとして、いよいよもってほかの文書もいろいろ沸いて出来て首相を詰めにかかっている。ここで知らなかった見ていなかった関与していなかった回りが勝手にと言えば言うほど自分の管理不徹底を世にさらけ出すだけだし、知っていたら知っていたで対象がやっぱりどこまでもお友達だったりする案件への関与を取りざたされてしまう。八方ふさがりの詰めろに入っているような状況だけれど、それでも抜け出せると思っているんだろうなあ、官邸のその中心あたりは。

 とはえいあの保守バリバリの文藝春秋が最新の2018年5月号で首相に対する徹底的な非難を内容とした記事をいっぱい並べてきた。近畿財務局の自殺した職員の父親がコメントした記事を載せたり、去年の国会で安倍総理が答弁に立っている佐川理財局長にメモを差し入れ頑張れ頑張れとやっていたといった記事を載せたり。どの1本でも昔なら内閣が吹っ飛んでいたものだけれど今は自分さえ大丈夫なら周囲がどれだけ沈んでもかまわないといったスタンス、自分は言ってないけど回りが勝手に動いたという“首相暗拳”の発動を示唆するスタンスで対応しているからなかなか動じない。とはいえ保守本流の雑誌がいよいよもって引導を渡しに来て自意識として耐えられるか。首相個人は平気でも同じ自民党の政治家たちも同類と見なされて平気に振る舞えるか。そこが鍵となっていろいろ動いていくかもしれない。とりあえず連流明けかなあ。その前のアメリカ訪問がキャンセルされたらいよいよか、会っても意味ない人に会うだけ無駄だということだから。さてもどうなる。

 つらつらと細野不二彦さんの「ギャラリーフェイク」を読む日々。ベスト版に細野さんが寄せたコメントによれば、もともとは「美味しんぼ」のアート版として企画されて主事能がさまざまなアートを吟味していく話だったようだけれど、そこはへそ曲がりの作者がフェイクすなわち贋作を扱うアングラな男を主人公に据えて、裏側からアート界をとりまくさまざまな難題に切り込んでいくといったストーリーになったみたい。ただそのおかげて、真正面の大上段からこれが究極にして至高の美であると提示して、周囲をひれ伏させるような高潔だけれど野暮でもある展開にはならず、人の数だけ存在するさまざまな美意識を絵画であり彫刻であり工芸であり時は玩具や遺跡なども媒介にして描き出し、自分にとっての美とは何かを考えさせる話になった。それと同時に社会や文化、政治や経済といったものにまつわるさまざまな問題を、ストーリーに乗せて啓発するような社会派の内容も持つようになった。上手いプラットフォームを考えたものだなあ、細野不二彦さんは。

 うーん、やっぱりどうにもトラップが甘くパススピードが遅いのが気になるなでしこジャパン。ワールドカップ出場をかけたアジアカップで2戦目にのぞんで韓国を相手に戦ったんだけれど、後半に入って相手の足が疲れて来ているにもかかわらず、もらったボールを足下におさめられないで動かしてしまったところをとられたり、自分のボールにはしてもそこで時間をとられて次の攻撃までに寄せられたりしてパスがつながらないといった感じ。ときどき前に出しても本当に見ているのかって感じにアリバイ作りに出している感じだから収まらない。逆に韓国は割としっかりゴール前まで運んでいって、そこで日本の固い守備に阻まれているといったところ。なでしこリーグだとやっぱり甘いトラップに遅いパスでも勝ててしまうところに緩さが生じてしまうのかも。とはいえ海外組の選手でもトラップが甘かったりするからなあ。男子にも共通の日本のサッカー全体にいえる問題かも。次はオーストラリア戦で勝たないとキツそう。大丈夫かなあ。まあ五輪は出られるから良いんだけれど。良いのかなあ。


【4月9日】 長くその写真のファンをやっている身としてはアラーキーこと荒木経惟さんがモデルにしていた女性に対して抑圧的なことをして批判されているのは残念なことではあるけれど、当時のまだ関係として有名写真家とそのモデルだった時代、そして巨匠に対して周囲が傅くのが当然と思われていた状況においてアラーキーが強権をふるったこと、それ自体をさかのぼってやっぱりいけなかったことだと批判することはなかなかに難しく、というより取り返せない話なので批判しても現状を変える手助けになれば幸いとして、最近になってモデルの人がやはりこれは理不尽だと言って声をあげたことに対して、そうだったかと感じ入るならまだしも拒絶し排除するというのは、大きく変化した社会情勢の中でやはりまずいことだと思うのだった。声を上げた人が望んでいる範囲は分からないけれど、その名誉を尊重してあげること、今後の活動において同じような不幸を招かないことを確約して、晩節を存分に活躍して欲しいもの。モデルを撮らずとも花と静物と風景の人としても存分以上に凄いのだから。

 夜のうちからザワザワとしていたサッカー日本代表のハリルホジッチ監督の解任がいよいよ本決まりとなった様子。田嶋幸三会長がJFAハウスで会見をして解任を発表して後任に技術委員長の西野朗さんを起用したって話に、ネットの界隈では落胆と、日本サッカー協会に対する憤りの声が広がっている。その一方で、スポーツ新聞をはじめとした旧来からのメディアは解任は仕方がないといった見解を繰り広げ、日本サッカー協会を擁護していたりするこの乖離がそのまま旧来型のメディアであり、スポーツ新聞の凋落を表しているようで切なくなる。

 読者であり、サッカーファンの方を向いていたらとてもじゃないけど書けない記事を書けてしまえる記者が向いているのはどっちか? それは日本サッカー協会がサッカーファンではない方向を向いて仕事をしていることとも重なって来る。つまりはスポーツ紙の記者なんかは日本サッカー協会を向いて仕事をし、その言説をそのまま紙面化することで代弁者として機能している。そして日本サッカー協会はお金を出してくれるスポンサーなりテレビ局なりの意向を大切にして、広告やCMなんかに起用した選手の出場を求めそうした知名度のある選手たちの活躍による視聴率のアップを求めたりする。

 けれども現実、欧州でも活躍をしていない日本人選手たちの誰が出たってそのまま売り上げにはならず視聴率にもつながらない。だからこそ国内で活躍している選手たちを試合の中で盛り上げ、視聴率がとれる選手に育てていくことが重要なのけれど、スポーツ紙もサッカー協会もすでに名のある海外組と呼ばれる選手たちにすがって、ネームバリューの新陳代謝を怠ったことで国内のサッカーファンとの間に生まれた乖離が、代表サッカー離れを引き起こして視聴率の低迷につながっている。

 だからこそ国内で活躍している見知った選手を起用することが必要だったのに、それをやろうとしたハリルホジッチ監督を有名選手たちとのコミュニケーションが足りないからと切り捨てた。有名選手ったって海外でいったいどれだけの活躍をしているのか。主力にならず時々しか試合に出られないコンディションで合流されても迷惑なだけ。つまりは現在ですら過去のネームバリューを選んで、未来を捨てたその行動はワールドカップ本番にも低調なパフォーマンスという影響を与え、そしてその後の日本サッカー界のとりわけ代表とよばれるセクターへの著しい信頼低下を招く気がする。個人のファンは地域密着のJリーグを、そこに代表選手がいようといまいと楽しんでいる。代表だけが孤高の果てに衰退していく責任を日本サッカー協会の誰がとる? とらないだろうなあ。

 だったらハリルホジッチ監督で果たしてFIFAワールドカップ2018ロシア大会のグループリーグ突破が果たせたか、といった解任の理由について言うなら、まずはだったら西野朗監督だったら突破できるのかって話で、比べてみるなら場慣れしていて戦術も持っているハリルホジッチ監督の方がずっと確率的に高いだろう。なるほどこの数試合で見せた低調なパフォーマンスをそのまま本番で繰り広げれば突破なんて無理だけれど、親善試合で選手を試しつつコミュニケーションを確認していく“作業”に結果を求めるのがまず無粋。敵にスカウティングされない中で密かに選手にタスクを貸して結果を確認していき、本番直前に完成させるくらいのことをハリルホジッチ監督だったら考えていたかもしれない。

 一部選手とのコミュニケーションが不足していたといった話もあるけれど、本番で使わない選手たちとのコミュニケーションの何が必要だ。というか選手たちはある意味で盤上の駒であって、それが自分は銀ではなく金なのだから横にも移動したいと言い出したら、将棋は差し手の思惑を超えてめちゃくちゃになってしまう。願望ではなく適正によって課せられたタスクをこなしつつ、時には打破していくプレーをしていたら選ばれるだろうものを、できないから排除されて文句を言ってそれが通るサッカーに未来なんてあるはずがない。でもそちらを日本サッカー協会は選んでしまった。愚かというより他にない。

 それこそいつかの証人喚問じゃないけれど、記者に成り代わって「まさかとは思いますが、田嶋会長は会長選で対立候補となった原博実専務理事、彼と親しい霜田正浩技術委員長を離任させておりまして、その2人と近いからとハリルホジッチ監督を解任したのではありませんか」と問い正したい気分。それに対して田嶋会長が「いくら何でもいくら何でもいくら何でも」と繰り返したところで、財務相の理財局長としてしっかりとタスクをこなしてきた身から出た憤りとは違って、現実に原さんの2階級の降格だの、西野さんの権限引き上げによる霜田さんの排除だのをやって来た田嶋体制下の日本サッカー協会において、そうした狼狽は単なるごまかしに見えてしまう。そうでないなら西野監督下でどれだけのパフォーマンスを見せられるか、それはどういったものかをキッチリ証明してみせる必要があるし、できなかったら上も含めて責任を取る必要がある。その覚悟は? あれば良いんだけれど、責任をとるってことは惨敗して日本のサッカー界が完全に壊れてしまったってことでもあるし……。悩ましい。

 監督の解任といったらハリルホジッチ監督以上に衝撃をうけた「けものフレンズ」第2期からのたつき監督の解任だけれど、それが何か仕事に影響することもなく「傾福さん」を作ってはDVDを販売し、TOKYO MXでも放送されて世に存在を知らしめつつ「へんたつ」シリーズも公開して不思議なキャラクターたちによる会話劇も見せてくれた。そしていよいよ「ケムリクサ」のテレビアニメーション化も動き出したかたわらで、あのNHKから仕事を受けてirodoriとしてキャラクターデザインを提供し、そしてオープニングアニメーションも制作したというからこれは大出世。解任された当初はその言動に瑕疵があったんじゃないのなんて情報も流され大変だったみたいだけれど、ちゃんと分かっている人は才能も人格も分かっていて、こうやってしっかり起用するってこと。だったらどうして解任されたのか、ってところに立ち戻る訳で、そのあたりを改めて検証しつつ修正し、今一度の起用と言って欲しいもの。すぐは無理でも数年後、あの物語の続きがその手から生み出されることを僕は、僕たちは今もこれからも信じて生きていくのだ。


【4月8日】 ようやくやっと観た「ルパン三世 PART5」は絵はとても好みで展開も悪くなく次元大介を演じる小林清志さんもお歳ならではの感じはあってもルパンを演じる栗田貫一さんとのコンビは23年目と迎えてますます磨きがかかった感じ。そして新登場のキャラクターで、塔の地下に閉じ込められてた可愛い女の子はいったいあのパンツにどうやって重たい拳銃を差し込んでいたんだ、そんなにパンツのゴムって丈夫なのかと思ったりもしつつパンツが見られたのでとても良かった。しかしルパン、あの一瞬でよくもまあマガジンから1発だけ抜くなんて芸当を。ついでにお尻にも触っていたりして。

 オープニングが2ndシーズンの大野雄二さんなのはもはやあのサウンドがルパンと一体化している現れか。だったらギャグ混じりの路線も行程されているかとうとニヒルでスリリングな展開に第1期とかを求めるファンが多く混沌とした雰囲気に。菊池成孔さんを起用したシリーズはだから革新だったなあと改めて思うのだった。かといって菊池さんで監督は小池健さんで本編シリーズを作らせる度量は日本テレビにもトムス・エンタテインメントにもきっとないんだろうけれど。次元に五右ェ門と来た劇場&OVAシリーズを次こそはルパンでやって欲しいなあ。不二子ちゃんでも良いけれど。

 そして見た「レイトンミステリー探偵社〜カトリーのナゾトキファイル〜」はなるほど朝から花澤香菜さんの元気いっぱいというかハイテンションの演技をたっぷり聞けるアニメーションとしてプリキュアシリーズに耽溺していない声優ファンの人たちを関心を集めそう。父親のことを褒められ父親のことだけを頼られると眉がピキピキするとかいったあたりは相当に父親のことを恨んでいるというか怒っている感じ。いったい何年くらい放り出されているんだろう。探偵社を居抜きで継いだのならそんなには経ってないのかな。頼ってくる人もまだまだレイトン元教授のことを覚えているみたいだし。早く声、聞きたいなあ、「英国紳士としてはね」を山寺宏一さんが何と言うか気になるし。

 ストーリーについては前半部分とかにナゾトキのヒントをちりばめ番組時代を一種のクイズ番組に仕立て上げているから見ていて飽きさせない工夫は十分。とはいえその真相はといえば父親を嫌って飛び出した兄がいったいどうやって稼いでどれだけの財産を得たのかがちょっと見えず、家だって結局は父親の遺産をうまい具合につかまされていたりして、もしかしたら仕事の成功なんかでも裏で父親の画策があったんじゃないかとすら思えてきた。あとは行方不明になった妻子がいったいあの穴蔵で何日くらいを過ごしていたのかにも。数日だったら食事とか大変だっただろうしトイレだって。それともそういう時のための備えもちゃんとしてあったのかな。いきなり落ちて出口に気付いてネクタイピンを使うだけの才覚があの兄にあるとも思えなし。まあでも見て楽しく明るい作品。何より花澤さんの声がいっぱい聞けるアニメーションとして今期重宝しそう。追っていこう。

 こちらも日曜朝の新番組となる「キラッとプリ☆チャン」はいわゆるプリティーシリーズの最新作で「プリパラ」「アイドルタイムプリパラ」と続いたプリパラシリーズから一編しての新シリーズになるんだけれど第1話からキャラクターたちが動画サイトの「プリ☆チャン」について関心を示しつつそこで活躍してるアイドルを示しつつ自分たちでもやってみたいけどやれるか分からない迷いを描いてイマドキの少年少女のネット動画配信だとかYouTuberだとかいったものへの興味と不安を誘いつつ、それでもやってみることで得られる喜びを見せて自己肯定を与えているあたりに人気が出そうな予感がした。

 あとはプリパラシリーズから久保田未夢さん芹澤優さん若井友希さんを引っ張って起きつつ林鼓子さんというまだ15歳の新鋭をメインに据えてしっかりとした演技をさせ、そして久保田さんとの掛け合いもちゃんと見せていて聞いていてまるで不安も不穏もなかったところがとても良かった。まあ「アイドルタイムプリパラ」の夢川ゆいさんを演じた伊達朱里紗さんも声に特徴があっていろいろな役が出来そうだし、あの「夢」と散々っぱらつけるセリフも噛まず違和感を覚えさせずに立て板に水と喋る巧さもあったから、そうした声優選びに長けたシリーズとしてきっと楽しませてくれるだろう。後は厚木那奈美も出演してRun Girls, Runでひとり出演していない森島優花さんにエンディング以外の出番を早く。

 せっかくだからとイオンシネマ幕張新都心へと行って「ガールズ&パンツァー最終章 第1話」のドルビーアトモス版を鑑賞。空間を包み込むようなサウンドという意味合いでいうならセンシャラウンド9.1chでもそれなりに実現はされていたけれど、方向性までしっかりと制御して聞かせるといった部分が効いていたのか、知波単学園が隊長の西絹代の問いに答えてひたすら突撃突撃言いまくるところで被って発せられるセリフのひとつひとつがちゃんと聞こえて来たような気がしたのには驚いた。あとはマーク4で登場したサメさんチームの自己紹介で大波のフリントがマイクを持って身をくねらせるシーンでちゃんと歌っているのが聞こえて来たというか、歌っているのかどうなのか。出てくる角度を調整してそうやって重なった声でもしっかり聞かせることが可能な技術かどうかを今一度、確認する意味でももう1度くらいは行ってこないと。とりあえず手持ちの仕事を片付け次の週末にでも。

 分け合ってずっと細野不二彦さんの「ギャラリーフェイク」を読んでいるんだけれどやっぱり今の時代にこそ連載が続いていてくれたらと思わないでもない。世界最大のフェイクニュースをばらまいて相手を貶め自分を持ち上げたあげくに世界最大の国家の大統領にまで上り詰めてなおフェイクな言動をばらまき続ける人間に対して、フジタがその審美眼にかなわない相手と認め自分の審美眼を否定されたと感じて反撃に出るようなストーリーが今は読んでみたくて仕方がない。フェイクまみれで成功した男がちょっとしたフェイクを暴かれ失脚していくような。相手が大物過ぎるならそこはフジタ1人ではなく世界に信頼が厚い三田村小夜子のネットワークとラモスのトレジャーハンティングの成果、ジャン・ポール・香本による人を惑わす香をまとったフェイツィによる接近戦なんかも辛めその背後でサラの大金がうなるような感じ。ついでに日本のフェイクな奴らも一層されると嬉しいんだけれど。短期集中連載でいかが。

 本当かねえ、夜になって飛び込んできたサッカー日本代表のハリルホジッチ監督解任話。そりゃあ今の時点でチーム作りに苦心しているのは不安な要素ではあるけれど、やりたいサッカーについてのしっかりとしたビジョンを示しながらもそれについて来られない選手たちをこそどうにかすべきであって、自分たちがやりたいことをやろうとしてやれない選手たちの意見を取り入れスポンサーの意向も聞いての解任だとするならこれはもう日本サッカー協会という組織が機能不全に陥っているってことになる。いちおうは自分を貫き伝統を貫こうとしている日本相撲協会のほうがまだマシってレベル。だいたいが今の時点で誰が監督を引き受けてくれる。それこそ次の大会を目指してチーム作りを始めるようなロングスパンを示さないと誰も応じてくれないぞ。数十億円出して今はフリーになってるファビオ・カペッロでも呼ぶのかなあ。あるいはマガトかアンチェロッティか。名前じゃないのになあ。


【4月7日】 昨日立ち寄ったコンテンツ東京2018の中のクリエイターEXPOには、何と東京オリンピック/パラリンピックのマスコットをデザインした谷口亮さんが結構大きめのブースを構えて作品を見せつつ来る人たちに挨拶をしてデザインの力を売り込んでいた。これまでも何度か出展者としてブースを構えていたことがあったそうだけれど、今回は栄えある受賞が決まったことを祝う目的と、あとはイベントとしての集客なんかも考えて主催者がブースを構えてもらったみたい。

 自費で出展すれば3日間で結構な額をとるのがクリエイターEXPOで、そこに誘って出展してもらった上に大きなブースも提供するなんて、まるで芥川賞を受賞した作家への編集部の対応が、求めるものを書いたらら隅っこに載せてやるぜから、巻頭を差し上げますので自由に何枚でも書いてくださいへと変わるような感じだけれど、マスコットの発表から1カ月とかの中で誘ってスペースを確保しブースを出させるのはなかなかの英断だと言える。そういった粋な計らいが出来る主催者なんだから、来る東京オリンピック/パラリンピックでの展示会場問題にも柔軟に対応していけば良いんじゃないかなあ。どういう状況になっているんだろう、最近。

 買うLenovoのX201が次々にバックライトが着かなくなる症状に陥って出先で使えず、それでもしばらく経つと戻ったりするからヒューズがとんでいるとかじゃなく、接触不良か何か理由があると思うんだけれど調べるのも治すのも面倒なんで、中古でX201を取り寄せハードディスクドライブだけ差し替えてそのまま使ってきた。でもってまたぞろ同じような症状が出始めたんで、新しいといっても中古だけれどX201を取り寄せハードディスクドライブを使っている奴から抜いて差し込んだら起動しない。

 最初にパッとブルースクリーンが出てすぐ消えてはシステムエラーを修復しろと行ったガイドが出て、それをやってもやっぱり治らないのでちょっと困る。元から入っているハードディスクだったらちゃんと起動するからハードがおかしいわけじゃない。じゃあいったいといろいろネットをあさってどうやらBIOSでハードディスクドライブのモードがIDEのままだと起動しないんでSAHCモードに切り替えろといったアドバイスを見てとりあえず、最初から入っていたハードディスクをブートさせた上でBIOSをいじって設定を変えたら今度はそのハードディスクで起動しなくなった。

 これはいったいどういう訳だと思いつつも、だったらと今まで使っていたのを差し込んだらちゃんと起動した。それでシステムがインストールされてないと起動しないとかいったマッチングの問題があるみたい。ともあれどうにかこうにか使えるようになったんで、あとはそっちを使いつつバックライトが消える症状が出たのをしばらく寝かせて予備にしつつ、数年くらいをどうにか乗り切ることにしよう。いい加減X240あたりまでバージョンを上げて、OSもウィンドウズ10に切り替えた方が良いのかなあ。でもFTPとかメールとかの環境を移行させるのが面倒だから今のハードディスクドライブをX201で使い続けたいんだよなあ。中古をあと2台くらい買っておくかなあ。

 日本経済新聞に掲載された中条昇平さんによる寄稿とか朝日新聞で長くアニメーション界を取材してきた小原篤記者による評伝とかをのぞけば今のところ、日本の新聞だとかあと雑誌なんかですばやく高畑勲監督に関する追悼の記事を書いて載せているところってそれほどなくて、ネットから拾い集めたようなトリビアをまとめサイト風に載せているところがアクセスを稼いでやれやれって感じ。たぶんずっと取材してきた記者なりライターはいるだろうし批評家だっていっぱいいて、書いてもらおうとするなら書いてもらえるんだろうけどそれをネット時代に即応する形で展開できるだけの馬力がまだまだ足りていないのかもしれないし、記者にも昔ほど書ける人はいないのかもしれない。

 そんな中でニューヨーク・タイムズとかはAP電を掲載した上で自前の記者が評伝を書いて掲載してたし、経済誌として知られるフォーブスとかも記者か特派員のブログめいた形式で高畑勲監督に関する結構しっかりとした評伝を載せてきた。そこには「機動戦士ガンダム」の富野由悠季監督に昔聞いた話なんかを載せていて、「未来少年コナン」なんかで関わった時とかの話で宮崎駿監督からはキャラクターの造形を学んだし、高畑勲監督からはシアトリックでドラマティックというから作劇の部分を学んだって感じ。そうしたものがなかったら「機動戦士ガンダム」はああいった作品にはならなかったとも書かれてあった。

 富野監督は「未来少年コナン」で14話と21話の絵コンテを担当していて、高畑監督は9話を10話の演出をやっていて、重なってはいないんだけれど同じ作品で少しなりとも接触はあっただろう。宮崎監督は当然全部に関わっている。だから富野監督が2人から何らかの影響を受けたというのはあり得る話。そうしたエピソードがもっと日本のライターなり記者から出てくれば、日本のアニメーションの歴史ってものにも膨らみが出るんだけれど、作品性から優しさだとか日常の丁寧さといったものばかりがクローズあっぷされ、なぜそうしたかといった拘りの部分にまでは及んでいないのが少し寂しい。

 富野監督の言葉なんかも日本でそうしたことを聞いた記者ではなく、外国人の記者に書かれてしまって日本で長くアニメを見て来た記者たちは、自分も含めて何をやっていたんだって気になるし、現在進行形で何をしているんだって気にもなる。ネタはあっても書く場所がない? だったら自分でブログでも開いて書けば良い。そうやって思い出を言葉に残して刻んでこそ後世に伝わるのだから、ってことで昨日と今日とで日記にいろいろと書いておこう。あとは「火垂るの墓」を通して見て高畑監督の凄みを再認識するだけだ、幸いにして来週の金曜ロードショーで放送されるみたいだから。ても見たら泣くんだろうなあ。怖いなあ。

 宝島社から出た瑞山いつきさんの「浅草あやかし絵解き 怪異とグルメは飯のタネ」を読んだら浅草のら麺亭に行かなきゃいけない気がしたんでリュックに読みかけの「ギャラリーフェイク」を何冊かぶち込み電車を乗り継ぎ銀座線で田原町まで出てそこから歩いて伝法院通りの西の端にあるら麺亭へ。お昼を少し回ったばかりだったけど行列はなく少し待ったら中に入れたんで名物という肉厚ワンタン麺とそしてセットでシューマイ2個にライスをつけて食べたら結構満腹になった。ダイエットしたいのに。まあ仕方がない。

 小説は怪異が見えてしまう青年の絵描きが友人の推理作家ともつるみつつ浅草に現れる怪異をながめつつ浅草界隈を歩いてグルメを満喫するといった展開。絵描きの青年は子供の頃から見えてしまってそれを母親に行ったら疎まれ友人からも嫌われていたけど、預けられた家にいた年上の少女は見えるタイプでその父親から恐れられなかったことをきっかけにポジティブになり、見えるものを絵に描いて人気となって画家になりイラストも描くようになったといった感じ。そして縄暖簾とか送り犬とか怪異なり幽霊なりを絵に描いて吸い込み封印することをやっている。そんな展開に登場するのがら麺亭であり神谷バーの上にある食堂。ほかいろいろ出てくるんで本を手に浅草を歩いてみよう。その前に1本、長い原稿を片付けないといけないなけれど。だからこそパソコンには動いていてもらわないと困るのだった。この調子だと保つかなしばらくは。


【4月6日】 そして目覚めるとアニメーション監督の高畑勲さんが亡くなられたとの報。しばらく前から体調を崩され入退院を繰り返していたという話だったけれど、そうした情報は表に出ないまま陰ではなかなか大変な闘病が続いていたという話。とはいえ年末から今年にかけてお目にかかった方もおられるようで、大林宣彦監督が余命半年と言われながらも存命のまま次の映画も作ると意気軒昂でいるように、高畑勲監督も病気と折り合いをつけながら次の作品のことを考えていてくれるんじゃないかと何とはなしに思っていた。でもやっぱり人間、寿命であったり病気であったりと生命としての限界には勝てないものなのだろう。82歳。大往生ではあるけれど、それでももうちょっとだけ生きていて欲しかった。せめて宮崎駿監督の次の作品ができあがるまでは。

 個人として映画館で見た高畑勲監督の作品は最後が「かぐや姫の物語」になる訳で、今はもうなくなってしまった有楽町マリオンの上のTOHOシネマズ日劇の1000人近く入るスクリーンで見たように記憶している。高畑さんの映画ならそこで見なければいけないような気がしたというか、それかそこしかやっていなかったというか。お客さんは決して大勢は入っていなかったけれど、映画はパステル画のような映像が華麗に動いて「ホーホケキョ となりの山田くん」の挑戦を久々に思い出した。逆に最初に劇場で見た高畑勲監督作品がこの「ホーホケキョ となり山田くん」になったりするのかもしれない。実は「火垂るの墓」と「となりのトトロ」の2本立を僕は劇場では見ていないのだった。

 この2作品が公開された1988年は就職もした年で、土日なんかも仕事があって劇場になかなかは足を運べず、後に宮崎駿監督の代表作になってしまう「となりのトトロ」を見るのは数年後、テレビ放送が最初になってしまった。そして「火垂るの墓」に至っては今になるまで全編を通して見たという記憶がない。断片として冒頭の清太が自分の死ぬ場面を自分で語るようなシーン、そして節子が死んでしまって荼毘に付されるシーンなんかを追いつつ戦災の中、孤児になってしまった兄と妹が苦労をしながら懸命に生きて、それでも生ききれずに倒れていくといったストーリーと設定を頭に入れ、それだけで胸がいっぱいになってなかなか見ようという気が起こらなかった。見れば泣いてしまうことが確実だから。

 続く「おもひでぽろぽろ」はテーマが地味すぎて行こうという気が起こらず、「平成狸合戦ぽんぽこ」も楽しそうだけれどちょっとなあと敬遠していた中で、宮崎駿監督の「もののけ姫」がとんでもない記録を打ち立て、スタジオジブリが世界に冠たるアニメーション制作会社となった次の作品として選ばれたいしいひさいちさんの漫画を原作にした映画が、いったいどんなものかを確かめに行かざるをえなかった「ホーホケキョ となりの山田くん」。まだ本八幡の駅前にあった古い映画館の小さな劇場で見たそれはやっぱりとんでもなくって、これ以降に高畑勲監督が自分で監督をしなくなったか、できなくなった理由もちょっとだけ分かった。そして14年ぶりとなった「かぐや姫の物語」は、これが最後になるかもしれないという思いもあっての鑑賞で、「山田くん」と同じような映像的な驚きと、そしてストーリーへの感嘆を覚えて次を期待したくなった。それももうかなわない。残念というより他にない。

 劇場アニメーションとしては「太陽の王子ホルスの大冒険」があり「パンダコパンダ」があってそしてテレビシリーズでは「アルプスの少女ハイジ」「赤毛のアン」「母を訪ねて三千里」があって「じゃりン子チエ」もあったりするから宮崎駿監督の作品以上に見るものは多く、そしてそこから学べることもたぶん多い。圧倒的な動きのすごみとどこへ連れて行かれるか分からないストーリーのスペクタクルが宮崎駿監督の特徴ならば、高畑勲監督の特徴は丁寧な演出であってそれは何気ない展開の中に気付かないうちに仕込まれていて、自然にそう感じさせられてしまうから普通に見ていては気付かない。でも、なぜそう感じるのだろうかと考えることでそうかと気付くことがある。だからこそ今一度、それらのテレビシリーズであり劇場映画を叙情とか、悲劇といったテーマ性だけでなく演出の面から語りつつ、上映し放映してその真価を後世に伝えるような活動を見たい気がする。そうすることで日本のアニメーションはさらに豊穣になって世界の追随を許さないものになると思うから。あらためて哀悼の意を示して黙す。ありがとうございました。

 海外でも高畑勲監督の訃報はAPやAFPなどの打電を掲載する感じで大手のメディアに掲載されていてUSA TODAYやニューヨーク・タイムズ、ワシンポン・ポストにバラエティ、そしてタイムにNBCといった新聞に雑誌に3大ネットワークがその訃報をちゃんと伝えている。日本でそれだけ即座に報じられる海外のアニメーション監督がいるとしたらジョン・ラセター監督くらい? 今敏監督の訃報がニューヨーク・タイムズとロサンゼルス・タイムズのサイトにトップで画像入りで掲載された記憶もあったりする中で、日本のアニメーション監督であってもしっかりとりあげ報じる姿勢が海外メディアにはあるなあと改めて思ったりするのだった。欧州でもフランスのル・モンドに英国のBBS、そしてフランスのエル・パイスが掲載。スペイン語での「火垂るの墓」のトレーラーもあって、見て設定を思い出してじわっときてしまった。続くように本編まるまるのスペイン語版もYouTubeにアップされていたけれどスペイン語でも見たらやっぱり泣くんだろうなあ。いつか覚悟を決めてみよう。それとも訃報を受けた追悼上映とかがあったりするのかな。それならそれで見に行こう。

 今日もきょうとてコンテンツ東京2018へと出向いていってファンワークスがNetflixで4月20日から配信する「アグレッシブ烈子」がどういった具合になっているかの話を聞く。サンリオのキャラリーマン選挙から生まれたキャラクターで普段はおとなしいOLがストレスをため鬱憤をためるとそれを晴らそうとひとりカラオケにいってですボイスによるデスメタルをうなるといったギャップの面白さで評判になり、「王様のブランチ」で1分間のアニメーションが放送されて2年も続いてた。とはいえ日本のOLに独自のライフスタイルだけにドメスティックかなあと見ていたら、むしろ海外で火が付いてBBCとかニューヨーク・タイムズに取り上げられる人気ぶり。自由を謳歌していると思われがちなアメリカンの女性もやっぱりガラスの天井を感じ、抑圧を感じるなかで大変な日々を送っていた。それがだから今のMeeToo運動につながっているんだろう。

 そうした抑圧からのささやかな解放をうたう「アグレッシブ烈子」はだからアメリカでも海外でも等しく女性の支持を得て、もっといっぱい見たいといった声が起こってNetflixでのアニメーション化につながった。ハイターゲット向けが多い中でこうしたものがどこまで受けるか、未だ半信半疑の日本に対してむしろ海外から早くやってくれといった期待があるとうからちょっと異例。だからといって言葉遊び以外のたとえばビールのラベルは下の向けるなとかいった日本の会社生活の“掟”めいたものもそのままストーリーに入れて残しているという。ネット時代はそうしたギャップも別のオプションで理解が広がる。番組だけで分からせなければいけなかった昔とは違う状況にあって、日本を出しつつ世界に受ける作品にしていくとのこと。デスメタル以外の音楽も取り入れ恋愛の要素なんかもあるかもしれないワールドワイド版「アグレッシブ烈子」。世界に旋風は起こるか。グッズが世界で爆発するか。こうご期待。


【4月5日】 試写会が開かれたようで武田綾乃さんの「響け!ユーフォニアム」を原作にした長編アニメーション映画「リズと青い鳥」がどういった内容なのかがジワジワと広がっている感じ。張り詰めたような雰囲気の中に響くノイズにも似た音楽がもたらす緊張感が登場人物たちの依存しあっているようですれ違っているようでもある関係性を意識させ、スクリーンから目を離させない作品になっているっぽいことが広まってきた。こう聞くとエンターテインメント性があまりなくってちょっと敬遠したいかもと思う人も出そうだけれど、とりあえず黄前久美子と高坂麗奈はちゃんと登場するしユーフォニアムも響くから期待はして言い。

 とは剣崎梨々花という1年生のオーボエ奏者がコメディリリーフとまではいかないけれども緊迫感の中にふわっとした空気をもたらしてくれるんで、その姿を見ていると逃げてばかりじゃいけないやって思えてくるから安心というか、先輩になるってそういうことなんだなあと思わせてくれる。良いキャラクター。もしも「響け!ユーフォニアム」の続きが書かれて久美子たちが3年生になった編が刊行されるなら剣崎梨々花も鎧塚みぞれの後を継ぐオーボエ奏者として重要な役割を果たすのかな。でもやっぱり久美子と麗奈のストーリーになりそう。久美子部長だし。その下ぜ全国目指すわけだし。

 しかしここまでアニメーションばかりを見て来て初めて、「リズと青い鳥」がどういった原作からの広い方になっているかを確認しようと小説を読んだらほとんど前任が関西弁になっていたというのは驚きだったというか、そっちから入った人には周知の事実であり驚きでもあったんだろうけれど、同じ強気のキャラクターでもリボンの大きな吉川優子が標準語なのと関西弁なのとでは何か持ってる強さの質が違うような感じがしないでもなかった。関西弁だと底堅い感じで標準語だと張り詰めている感じ。別に当人に違いはなくても印象としてそういったキャラクター性が浮かんでしまうんだよなあ。鎧塚みぞれと傘木希美の「リズと青い鳥」コンビが関西弁だったらどんな雰囲気の映画になっただろう。それは「映画 聲の形」の登場人物が岐阜弁だったとしても同じになるか。変わらないか。

 絵画に描かれたモチーフやら色彩やらを分析して研究するのが図像学なら、そうしたモチーフやら色彩によって見る人に影響を与え時に操ることすらするのが図像術って奴らしい。谷瑞恵さんによる「異人館画廊」がそんな図像術について詳しい18歳の少女にしてイギリスの大学で西洋美術史を収めた此花千景を主人公にしたシリーズ。自身にもそうした図像術によってもたらされた影響があり、また図像術を蘇らせようとする動きなんかも画策される中で、日本へと戻り画廊を経営する許嫁なんかもそばにいながら日々、持ち込まれる図像術がらみの事件なんかを解決しているといったミステリー仕立てのストーリーになっている。

 訳あって絵画や芸術が絡んだライトノベルなんかを引っ張り出す中で改めて読んだ最新刊では、かのルーカス・クラーナハが描いたとされる図像術絡みの絵画をなぜか模写できたらしい少女が自殺未遂をはかった事件に挑んでは、高校で美術を学ぶ少年少女たちの間に渦巻く才能への嫉妬と羨望が浮かび上がる。上手い者は下手な者を見下せるような空気感。そんなものが高校の段階であるならやがて大学に行ってより上手い人に出会っていったいどうなるか。地方の天才が中央の凡才以下になって挫折し苦悩しやめていく状況が生まれるんだろうなあ。そんな中で上り詰めてもやっぱり世に出てすぐにアーティストとして活躍できる訳ではない厳しさ。画家ってアーティストってどうやればなれるんだ。それを考え抜いて村上隆さんはメディアに露出しコンテクストを組み立て分かりやすさをのぞかせ世界に理解させた。その意味ではやっぱり努力家ななろうなあ。天才かは分からないけれど。

 そして気がついたら大谷翔平選手が第2号ホームランを放っていた。他にもヒットを放ってマルチ安打で前の試合を合わせるとヒットは5本。その前の試合で確か1本打っていたから通算で14打数6安打5打点ときっとカリフォルニア・エンゼルスでもトップクラスの打撃成績を収めているんじゃなかろーか。そしてその間に投手で1勝。ここで終わってもその衝撃から10年に渡って語られる怪物として記憶に刻まれたような気がする。イチロー選手はともかくとして松井秀喜選手のメジャー1年目が16本塁打で安打数は179。投手もやりつつだから果たしてここにたどり着けるかは曖昧だけれど100安打で10本塁打を打ちつつ10勝すればもはや伝説の域に入りそう。次の登板がいつかは知らないけれどその時の感じで以後、二刀流を貫かせるかそれとも打撃にこだわらせるかを判断することになるのかな。

 もうポン酢かと。もとよりタブロイドなんでテキトーさも一般紙よりははるかにイっちゃってたんだけれど、同じグループで目的のためには検証なんてなおざりにして都合の悪い情報は入れずに書き飛ばしては批判を浴びて謝罪までした以上、タブロイドであっても少しの根拠は添えるものかと眺めていたらまるで根拠なく憶測だけで印象を操作するような記事を掲載していたからタマらない。山尾志桜里議員が地元で1年のうちに440件ほどの駐車料金を払っていたという件。それが名古屋の錦であり栄だったからきっと歌舞伎町みたいな歓楽街で遊び回っていたんだろうというニュアンスを醸し出している。

 でもちょっと待て。なるほどネオン煌めく陥落街も錦三丁目にはあるけれど、大ぐくりで錦や栄は東京でいうなら銀座や赤坂といった感じ。そこに国会議員の関係者が会合や会食のために車を出してもきっと誰もとがめ立てはしないだろう。ちょっと離れた場所が選挙区なのにとも書いているけど、地元のどこにそうした会食会合を行う場所がある? それなりな人と会って話す場所として銀座赤坂あたりを指定し出向くことをおかしいと思わないのなら、名古屋の錦や栄も同じようなものとして勘定するのがベターだろう。1年365日を超える多さは気になるし、議員がいつも地元にいる訳じゃないことを考えるならなおのこと事務所の関係者はなにをしていたって気にもなるけど、それをつきつめ事務所が答えないなら現地を回って歓楽街に来ていたといった証言をつかみ、載せてこその調査報道。でもそれをするとただの繁華街飲食街での会合だったと分かるから、調べず印象をほのめかした? そうだとしたらやっぱりまずいよなあ。訴えられたらやばいよなあ。やれやれ。


【4月4日】 やっちまった感が全開というか日本相撲協会。舞鶴での巡業で挨拶の途中に倒れた市長を診て救命のために心臓マッサージをしていた女医さんに向かって、女性は土俵から降りてと何度もアナウンスをしたとか。客からの指摘に若い行司が先走ったって報もあるけれど、そうした状況を脇で止める親方は誰もいなかったのかというところがひとつやっぱり問題になる。市長については命は助かったようでそれが心臓マッサージのおかげかどうかは分からないけれど、それでもやっぱり人の命が関わる緊急事態に対して、伝統を盾に土俵を降りろと告げることが、この現代においてどれだけの非難を浴びるか日本相撲協会も親方衆も分からないとは思えない。でも言ってしまい放置してしまうところに何を大切にすべきかを間違って解釈し、実行してしまう人たちしかいないといった状況が浮かび上がってくる。

 元横綱の日馬富士関による高の岩関に対する暴力事件への対処もそんなひとつで、身内で決着を付けようとしたものの、常識と良識で判断しようとした世間とぶつかり非難を浴びた。でも改まったかというと矢面に立った貴乃花親方をつるし上げては同じ失敗をやっぱり身内の論理でまるめてしまった。それを理事会も評議委員会も良しとしてしまったところに浮かぶ変わりたくない遺志。でも今回の一件でそうした旧態依然とした体質に、さらなる非難が浴びせられることになるだろう。もちろんだからといって女性をどんどん土俵に上げろという訳ではない。やるべきことをやるべき時にやる体質。それがちゃんと作られていくかがこれからの展開かなあ。でもやっぱり変わらないんだろうなあ。

 VRやMRなど最先端のテクノロジーを使ったコンテンツがずらりと勢揃いするコンテンツ東京2018が開幕したんで見物に行く。注目は南国ソフトで、マイクロソフトのMRヘッドセット、HoloLensとセットで使い、バーチャルな物体に触れた感覚を再現するだけでなく、キャラクターの感情を触覚に変えて表現するデバイスを新しく開発して提案していた。どう使うかというとこんな感じ。バーチャルな女性の周囲に浮かぶさまざまな言葉をタッチして、女性に向かって言葉をかける。たとえば「髪型が可愛いね」とか、「ちょっと太ったね」とか。聞いてリアルだったら好感なり反感を抱くだろうし、表情だって変わるだろう。そんな感情を、南国ソフトではデバイスを通して触覚で伝えようとしている。

 その名も「ほろふれる」というデバイスは。プレートに取り付けられたリングに人差し指を通して、指をプレートに密着させつつ親指と中指でプレートの下にあるベースの部分を握って固定。その上で人差し指をタップするような押し込むと、指にさまざまな抵抗が感じられる。好感の時はすっと下り、反感の時は咎めるような感じに固いといった具合。その際にはCGのキャラクターの表情も好感反感に合わせた感じに変化する。バックにあるのは栗本鐵工所が開発したSoftMRF(磁気粘性流体)という素材で、VR ZONE SINJUKUにある釣りVRのコントローラーにも使われていて、無段階に抵抗を変えられるようになっている。

 南国ソフトではその技術を、人間が浮かべるさまざまな感情を触覚に変えて表現するために活用。感情を視覚だけでなく触覚で伝えるためのインターフェースとして提供していくみたい。もちろんバーチャルな物体の感触をリアルに再現することだって可能で、石膏像が現れた時には石膏像の固さを感じられるようにし、柔らかいものは柔らかい感触を作り出せるだろう。でもそれならすでにハプティクスがいろいろと実践している。もう一段階違ったところに触感を持って行こうとする実験。そのためのデバイスがいったいどういった展開を見せるのか。どんな感情にどんな触感がふさわしいかも含めて、これからの研究と応用が待たれる。

 南国ソフトはもうひとつ、「ホロストーリー」というコンテンツも出展していてその内容は「絵本の世界へ、共に」というもの。オスカー・ワイルドによる「幸福な王子」の世界に数人のプレイヤーと共に入り込んで楽しむことができる。使用するのは1台のWindows Mixed Realityと数台のHolo Lensで、最初はWindows Mixed Realityを装着したプレイヤーも、HoloLensを着けたプレイヤーも同じ3DCGで作られた空間の中に入って王子の像がツバメに宝石を届けて欲しいと願うストーリーを体験する。王子が金ぴかでなかなかにスタイリッシュ。声も有名声優さんらしいけれど誰だろう。ちょっと気になった。

 そして王子が宝石を届けたい相手を聞いたら、Windows Mixed Realityを装着したプレイヤーはVR空間の中を見渡して空中に浮かんだ島々を見渡しながら届ける先を探すことになる。見つかりそうで見つからないその島を、HoloLens越しに同じ空間を見ているプレイヤーはボイスチャットで伝えてたどり着けるよう誘導する。同じストーリーを体験しつつ、ゲームを協力してプレイする要素も盛り込んだ新しい時代のデジタル絵本。体験版はそこまでだったけれど、ストーリーはまだまだ続く感じて王子がボロボロになり、ツバメがヨレヨレになっていく展開を目の当たりにすることになるのかな。その後はどうなるのかな。完成版がデモされる機会があったら行ってみたいかも。

 コンテンツ東京2018では、キャラクターなどを持つ企業がライセンスを取引する第8回ライセンシングジャパンもやっていて、コトブキヤがフレームアームズ・ガールを大展開していて目にも鮮やかな縞々が見られてとても良かった。何が縞々かは聞かない。アニメーションの第2期も決まったみたいでのほほんとしながらもハードなバトルが楽しめる不思議なアニメにまた会えると思うとちょっと嬉しい。プラモデルのついていないBlu−ray BOXも出ていたみたいでこれはちょっと買っておいた方がいいのかな。あとは気になったのはソニー・ミュージックエンタテインメントの「大福くん」か。AnimeJapan2018と併催のファミリーアニメフェスタ2018に出展されていたのを見て、どこが出したんだと思っていたらソニーだった。デザインしたのはネットで話題のPantoviscoだとか。これからちょっと注目下も。

 何が問題かって嫌韓であり反中であり沖縄の反基地運動誹謗であり民進立憲民主等々の野党批判であり朝日罵倒であり与党というより安倍ちゃん大絶賛という目的のために事実をねじ曲げあるいは見ないふりをして自分達に都合の良い記事を下手が得ていることが、満天下に露見してメディアとして社会の木鐸としてイカガナモモノカと思われ敬遠されていることが最大の問題であって、そこんところを是正しないで上向きはおろか下げ止まることだってあり得ないにもかかわらず、そこには手を着けず下がるのは状況が悪いんだと逃避モードに入りつつ儲かっているらしいとネットに首を突っ込んだところで、そこでトンデモな牽強付会が繰り返されてはさらなる敬遠を受けポータルからも見捨てられてジ・エンドだと思うんだけれど、それを言ったところで聞く耳を持ってる感じでもないか。東京オリンピックは迎えられそうもないかなあ。はあ。


【4月3日】 南スーダンへの自衛隊派遣に関する日報に続いてイラク派遣に関する日報も発見されたそうで、まあ隠しておきたかったけれども出てくることはあるとして、無いと断言してしまったものが出てくるのはやっぱりいろいろと問題を引き起こしそう。というか無いと言ったものでもあったりするのが霞が関だとするならば、探せばあるいは焼失したとされる「竹内文書」なんかも法務省の地下倉庫に眠っていたりするんだろうかと思わないでもない。見つかったら皇統に関する常識も変わるかな。あるいは親魏倭王の金印とか。見つかったら日本に卑弥呼がいて邪馬台国があったことが分かる訳だし。平蜘蛛の茶釜なんかもあって欲しいかなあ。いっそ生きている源義経とか。奥が深いぞ霞が関。

 コンテンツ文化史学会の会長を務めている東北芸術工科大学の吉田正高教授が突然に亡くなられたとの報がネット周辺を行き交う。お目にかかったことがあったかどうか、記憶はあやふやながらも当方が報道として接しているコンテンツ関係の分野でアカデミシャンとしての立場からアプローチして、さまざまな研究成果を出していた方だといった印象。そしてコンテンツ文化史学会という研究と調査を旨とした団体で、しっかりとしたリサーチの上に定量的かつ実証的な研究成果を出して行ってくれていると思った矢先の訃報は、アーカイブといった分野がますます重要になるこの世界、そして歴史といったものの確証化が書かせないこの世界において大きな損失となる気がする。

 振り返れば2014年の1月早々に浜野保樹さんが急逝されて、映画やゲームやアニメーションに詳しく親しみも覚えている立場から、政府に対していろいろと意見ができる人材を失って衝撃を覚えていた上に、2015年の12月には数々のオタク系イベントを立ち上げて運営し、海外にも展開していたコンテンツプロデューサーの櫻井昌孝さんが駅のホームから転落して事故死するという事態が起こって、コンテンツという分野におけるかずかずの先駆者であり先導者を亡くしてぽっかりと穴が空いていた。そこに加わって穴をさらに広げそうな吉田さんの訃報。受けていったいどういった対応をすればいいのか。もちろん故人を悼みご家族やご友人一同に弔意を示しつつ、収集して実証していく人材をしっかりと育て支えていく必要がありそう。って僕に出来るのはその著作を買うことだけれど。継ぐのは誰だ。

 そして訃報は続く。「シネコン至上主義」といった連載をメールマガジンで行って本も出していた柴尾英令さんが突然に亡くなられたとの報。約束に現れず訪ねたら亡くなられていたとうのは朝に起きて来ず見たら亡くなられていた吉田正高さんとも共通する突然死的なシチュエーション。あるいは別に理由があったのかもしれないけれども、この春先に気温が急激に変化している中で体調の調節が追いつかなかったりしたのかなあ。寒い脱衣所から暑い風呂場に行ってヒートショックで亡くなる方が続出する冬にも似た現象でも起きているのかなあ。分からないけれども言えることは、さほど年齢に違いのない方の相次ぐ突然死的な訃報は、つまり自分にも起こりえる可能性があるってことで健康には気をつけ、夜はしっかりと眠りストレスもためないで生きていこう。そのあたり、閑職で月給もらってる人げんだから生きていることだけは出来そうだけれど。つまらない人生と命ある人生とどっちが良いかなあとは悩むけれど。

 カミツキレイニーさんがスニーカー文庫から「それでも異能兵器はラブコメがしたい」を出したんで買って読む。異能兵器がラブコメしていた。世界に5人くらいだっけ、地球をどうにかできるくらいの異能を持った少年少女が現れたとかで、それらを手に入れた国は世界において優位に立てるってことで見つけられればもちあげられつつ、他国からは狙われる羽目になっていた、そんな1人が日本にもいたみたいで、クラスの同級生がそんな少女でかつて小学校の頃に同級生だったという少年が話しかけようとしても、昔みたいな快活さが見られずいつもおどおどとしている。それでも誘って同級生の少年と、もう1人の少女といっしょに水族館にマンボウを見にいったら襲われた。

 中華系らしく迫ってきたけどその前に、とある事情で不死身にさせられていた少年がボディガードとして守って逃げ切ろうとしたところに現れたもう1人の異能兵器はあらゆるものを増量できる力を持っていた。もちろん自分自身も。そして命じられ嫌々ながらも逆らえない状況に追い込まれ自分をどんどんと大きくしてしまった中華系の異能兵器。すっぽんぽんで歩き回るその姿を実際に見られたらどんなに嬉しいかとも思うけれど、大きくなった分の質量とか分子構造とかどうなっているかにちょっと興味。等倍で大きくなっているのか増えているのか。増えていたら減らすの大変だしなあ。かといって分裂してたら違う生き物になっていそうだし。そういうことは気にしない気にしない。そして少年は記憶を失っていた異能兵器の少女とラブコメを演じるといった展開。落ち着いたものの異能兵器は未だ存在してラブコメをしたがっている。どうなる世界。そして新たな異能兵器は現れるのか。続刊があれば期待。あるだろうし。

 「響け!ユーフォニアム」に登場するキャラクターを描きながらもテイストのまったく異なる「リズと青い鳥」について「響け!ユーフォニアム」シリーズを監督している石原立也さんがコメントを出していた。曰く「僕が思うに、山田監督の作るフィルムはチリチリと痛痒い感覚と共にさらっとしたような、ヌメッとしたような、湿っぽいような鼻腔をくすぐる独特な感触がありましてこれがたいそう心地良いのです」。試写で観た今ならこの、痛痒い感覚というのはとても分かるというか、どちらかというとチリチリとした痛みの方が上回って身をさいなむ感じがあって、それが帰結へと向かって進む物語の中で少しずつ和らいで安心感へとつながっていく。「二人の少女が奏でる不協和音が心地良い、『リズと青い鳥』どうぞご覧ください!」というコメントにもあるように、安易な友情とか恋情に傾かずすれ違う関係、別々の人間なんだという確定を感じさせてくれる。その上に改めて重ねられる関係を見て友人って良いものだなあと思うのだった。僕には縁遠いけど。だからこそ見て泣くのだ。公開されたらまた見て泣こう。

 仏の顔なら3度までだけれどアートのパクりは1度までなら知らなかったで過ごせても、2度目はやっちゃいかんだろうというのが常識で良識。でもなぜか奈良県にある大和郡山市では透明な電話ボックスに水を満たして金魚を入れるアート作品を、かつてそれが最初に展示された大阪で同じものがあると福島のアーティストから指摘され、それが本当かどうかは判然としないもののそうだと気付いたことにして、続く出展を取りやめた経緯がありながら、やっぱりそれは違うものだからと堂々展示して指摘され、それなら自分がオフィシャルで作品を展示するんでと提案されたにもかかわらず、著作権には触れてないけど文句言われるんで引っ込めますという最悪の選択をしてしまった。展示してあるものが電話ボックスに金魚なら来場する人にとっては同じだし、元のアーティストだって自分の作品が展示されて嬉しいし、その費用をアーティストが持ってくれるなら地元だって万々歳。なのに誰かが間違いを認められず引っ込めるというこの展開に間違いを謝れない人の系譜を見るのだった。残念。


【4月2日】 オープン戦では投打共に振るわなかった大谷翔平選手だったけれどもデビューした試合ではちゃんと第1打席からヒットを放ってメジャーで安打を記録するという、全米の野球少年たちが1度は夢を見ることをやってのけただけでなく、今度は投手としてマウンドに立ってメジャーで1勝を上げるという、より難しさの増したことをやってのけるんだからやっぱり凄い。どれだけの野球少年たちが高校大学と野球をやってプロになりメジャーと契約してロースターに入りマウンドに先発で立って投げて勝利を挙げられるか、って考えた時にそれだけでも大谷翔平選手は凄いと言えるだろう。なおかつここから勝利を重ねていけば。プロとしては当然でもやっぱり凄いこと。そうなって欲しいと願いつつこれからの活躍を観ていこう。次はやっぱり打者での起用かな。

 いよいよもって動き出したメディア芸術センターの設立構想に関連して、安倍ちゃん大好き新聞あたりが「麻生太郎政権時代に『国立メディア芸術総合センター』建設計画があった。しかし、当時の民主党から『アニメの殿堂』『国営漫画喫茶』などと批判され、計画は中止に追い込まれた」なんて書いているけどちょっと待て。この一件は身内の自民党からも大批判が飛び出して、とりわけ今の外相の河野太郎さんが座長を務める自民党の無駄遣い撲滅プロジェクトが真っ向から反対の意見を出していた。それは純粋に計画の無茶を指摘したものではあったけれど、情勢として麻生政権末期に党内でも敵味方が生まれる中、全面支援とはいかなかったのも実際。今なら上向け上で同じ計画が出て来たとしてもOKと言ったんじゃなかろーか。


 それともやっぱり前と同じように中身を精査してダメなら真っ当に反対をしていくんだろうか。当時の様子を河野さんはブログに「急遽、補正予算の話が出てきたので、お台場に、四、五階の建物という話が突如出てきた」「何をするのかもあやふやだ。アーカイブなのか、展示なのか、あるいはクリエイティブの現場を見てもらうのか、それらのすべてなのか」と書いている。箱に予算の117億円がすべて使われ、具体的に何を集めるか、どう展示するか、どう運営していくかがまったくの白紙だった。それがなくして国立メディア芸術総合センターなんてありえない。だから反対と言ったことは至極真っ当。ただ、それをクリアしたら果たしてゴーサインが出たかというと、麻生潰しの中でつぶれていったような気もしないでもない。

 河野さんはこうも書いている。「何を集めるのか。アナログで集めるというのが説明だが、アナログのもの、例えばアニメのフィルムなら、上映すれば劣化する。デジタルのままだと超長期の保存が難しい」「『ゲームなら、基板で収集するのか。漫画なら何を集めるのか。集めたものは保存が目的なのか、楽しんでもらう目的なのか」。何をどう展示するかを考えないで箱だけ作っても愚の骨頂とうのは当然。動物園だて檻を作ったところで中に入れる動物の種類が違っていればまったくの無駄になってしまう。ハードとソフトが一体で議論されてことのメディア芸術総合センター。それが片方だけという状況に異論をとなえるのも当然だろう。 そうした意見を持っている河野さんが、今回の構想に絡んでくれたら最高だけれど果たして。

 僕個人としては当時の箱だけの構想であってもとりあえず作っておけば、あとはソフトもちゃんとついっていったと信じたいところがあって、そのために浜野保樹さんとか竹宮恵子さんが尽力してた。構想を手直ししつつ推進することだって出来たけれど、自民党も民主党も今の構想はすべて悪といった雰囲気で蹴飛ばしてしまって、そして9年が経ったら同じ構想でも自民党万歳で反対したのは民主党だけって空気を作って差異化に利用する。そういった姿勢でちゃんとしたものが出来るのか。クールジャパンの尖兵として作られたリオのジャパン・ハウスだって予算がつかず回らないなんて話も出始めている。ロサンゼルスとロンドンに作られてもどこまで運用されるのか。そう考えるとメディア芸術センターだって今後の展開はなかなかに微妙。そこをしっかり精査し管理し運営していける人材がいれば良いんだけれど。上目遣いではなく公僕として国のためになると信じて活動できる人材が。

 元気があって前向きで時に傍若無人だけれどそれでも突破していくストーリーがずっと描かれていた「響け!ユーフォニアム」のシリーズでありながらも山田尚子監督による「リズと青い鳥」は線が細くなって音楽も牛尾憲輔さんといった具合に「映画 聲の形」からスタッフがそのまま起用されただけあって、繊細にして先鋭的な雰囲気を持った映画に仕上がっていた。それは親愛とも恋情ともとれそうな感情、救済とも依存とも取れそうな関係が2人の少女の間を行き来している、その最中に挟まって全身に細い細い針を突き立てられているような痛みを感じさせられる映画だった。いたたまれなさにも身を焦がされるけれど、それでもじっくりと目を開き、しっかりと耳を澄まして見入り聞き入る90分になっていた。つまりは素晴らしく凄まじい。そんな映画だった。刮目して耳そばだてて公開を待て。

 自分には奥行きのある風景に見えているものが他人には幾何学模様の平坦に見えたりするのをひとつには脳の認識の違いととらえることもあるけれど、立っている場所が違っているだけで同じ場所に立てば同じ風景なり幾何学模様に見えるといった可能性を次元のズレにあてはめて、ちょっとズレた次元で描いた風景画が元いた次元ではとてつもない抽象画に見えてしまって褒められてしまったからさあ大変。小海澤有紗という美大生の女子はそんな境遇に陥ってしまって他人とのコミュニケーションがなかなかとれなかったりするけれど、周囲ではぶっきらぼうな天才に見えてしまってなかなか大変な生活を送っているという、そんな設定の話が桐山なるとさんの「オミサワさんは次元が違う」(ファミ通文庫)。

 次元がズレても存在そのものはそこにいるから見えたりもする。でも言葉すらズレてしまって聞きづらくなったりするからそんな時にはイエスかノーかの棒を出して受け答えする。それもお高くとまっているととられて大変な小海澤さん。そんな彼女の大変さに気付いた経済学部からはるばる美術学部のあるキャンパスまで通っている大学生が、仲良くなりつつ仲違いもしつつそれでも同じ場所に立っていられるように頑張るというストーリー。下手な風景画なら抽象画に見えても下手なまま、それが凄いと思われるなら風景画だって凄いんだという理屈はそうかなあと思いつつそうだろうとも思うのだった。次元がズレても小海澤さんは美人のままだし。そういうこと? そういうこと。

 いやあ。とある南西地域における支局の長を務めていた頃、無から有を生み出して世間を震撼させたことが魔女とも錬金術師ともとらえられたか咎められ、任を解かれてしばらく漂っていたものの、そこは管理職になんかいかずしっかりと報道の最前線に抜擢されるんだからまさに会社の顔ってことなんだろう。その筆致を突き立てられた相手が抗議をして来ても、「つぶすからな」「ヘビみたいな男だ」「受けて立つよ」と堂々と言えるのも顔ならでは。そうしたブレイブな振る舞いが世間に報じられても、特に動じるとこはなく会社の顔を張り続けてくれそう。いっさいの干渉を跳ね返し反論も受け継げずに保たれる至高のジャーナリズム。とても僕にはまねできないや。まねしたくもないけれど。


【4月1日】 まだ普通に並んでいるかと思ったら刊行から10年は経っててその間にアスキー新書なんてものがどうなっていたか分からない感じで新刊が見当たらず、古本を取り寄せて読んだ小山登美夫さんの「現代アートビジネス」(アスキー・メディアワークス でキュレーターとギャラリストのみならず、アートディーラーとギャラリストというものにも違いがあることを知る。絵を仕入れて売るのがアートディーラーならギャラリストはハコを持って意識して若手の作家も仕入れ世に送り出して評判をつけて育てていく。そういうのって本来は美術館のキュレーターが行うもののような気もしていたけれど、イマドキというか昔から世知辛い美術館は評判になったものしか買わず見せない訳で、そこに紛れ込ませた若手の展示なんかも実際はギャラリストが間に入ってこれはと思う作家を美術館に送り込んでいるといった感じ。

 フジテレビギャラリーが草間彌生さんを送り出し西村画廊が舟越桂さんの名を高めそして小山登美夫ギャラリーは村上隆さんと奈良美智さんという現代アートの最先端2人を一時は抱えて売り出していて、そんな評判をだんだんと聞いて世間が騒ぎ美術館も買い出して今に至るといったところ。国立新美術館とか森美術館とか自前で美術品なんか持たず収蔵庫も置かずに巨大な貸画廊として運営されている一方、企業もコレクター的な役割を果たさないようになって川村美術館から名品が次々に流出していたりする状況下、発掘から育成を行うギャラリストの手腕も前以上に高まっているような気がする。とはいえ売り先が財布の紐を締めている状況でどこへ持って行く、ってことでここでも海外に早くから才能が流出していく可能性なんかを考えてしまうと,ギャラリストの意識も高く保つのが大変そう。日本にアートマーケットが成り立ち栄える日は戻るのか。なんてことも考えて今週いっぱい、考えよう。

 今度出るSKYHIGH文庫の如月新一さんによる「放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎」(三交社)がなかなかに面白い。高校に進んで入る部活を決めかねている森山深緑という少年が、同級生の少女から“隠れ倶楽部”というものの噂を聞いて思うところがあって、先輩に尋ねに行ったら知らない女子の先輩がいて、自分がそんな“隠れ倶楽部”の部員でもしも知りたいなら課題をクリアすることといってミッションを手渡される。名を水縞白亜という女子の先輩によるミッションは図書館にこっそり本を置き、UFO関連の雑誌を閲覧し、そして1冊の本を借りて出てこいというもの。深緑は一部を残しクリアし、最後に噴水の亀をスキップして渡れという指令も実行する。

 そし白亜先輩のところに戻った深緑は、彼女がいったい何をしたかったのかをものの見事員言い当て、“隠れ倶楽部”なるものの正体を知る。なおかつ分かった亀をスキップして渡ることが意味するあるジンクスも。実行してしまったその身に起こることはいったい内、って興味も引かれつつ、同じジンクスを持った白亜先輩の周囲で起こるいろいろな謎を、深緑少年が観察とロジックで解き明かしていく。そんな学園ミステリになっている。たとえば昼となく休憩中となくパンを食べてる深緑の同級生のオタク少年に女子たちが話しかける理由とは? 傍目にはうらやましそうな構図でも、聞けばなんだというかやっぱりねというか。そういう理由でも話しかけられるなら僕も昼となく夜となくパンを食べるんだけれど。

 ほかには美術部で消えた真新しいパレットとパレットナイフの行方とか。知ってああそうかとわかる謎も、流れの中、常識の範疇うではなかなか気付かない。まさかそんなことって思ってしまうことをズバズバ言い当てていく深緑はなかなかのものだけれど、そんな彼が白亜先輩に振り回されっぱなしなのはどこか気に入るところがあったのかな。境遇を聞いて同情したとか。あるいは同病相憐れむという奴で、かけられてしまったジンクスの謎を解かないうちは離れられないとか。それは不幸になるというものと、幸せになるというものの両方があって本命はどっちだというもの。いくつかのエピソードをまたいで明らかになりかけたその真相は本当に真実か。それも含めて今後の展開と、そして深緑の推理が冴えるストーリーを読んでいきたい。続くかな。

 引きこもってFPSのゲームばかりに明け暮れていた少年が、どうも腐った食事ばかりを置いて行かれるので何があたっと部屋から出たら家族がゾンビになっていた。おまけに世界中がゾンビだらけになっていて、追われて逃げ出した先でまだ生きている少女と出会う。彼女はゾンビについてのエキスパート。映画ばかりみてもしもゾンビが出たらどう対処すべきかをずっとずと考えていたという。そしてそんな日が来て実行にうつして戦って生きてきて少年と出会い、さらにもう1人の狙撃のエキスパートも加えて始まる逃避行。榊一郎さんの「Zの時間」(HJ文庫)のそれがストーリーだけれど、ゾンビだらけになって回復不能な世界で今のところ3人だけが生き続けるなんて可能なのか。日本アニメ(ーター)見本市の「ヒストリー機関」で吉浦康裕監督がフィクションに出て来たゾンビものを「投げっぱなしなんです」と言っていたことに当てはまるオープンエンド。そこはだから頑張ってとしか言い様がないんだろう。ゾンビに誰よりも詳しい少女はそんな当然帰結を知っているだろう。頑張れるかなあ。自分だったら頑張れるかなあ。

 確かに台湾が香港のように中華人民共和国に組み入れられてしまったら、今とは違った状況が東シナ海に生まれ軍事的政治的な面でいろいろと変化が起こるだろうけれど、そうした状況を避けるべく台湾に対して日本がもっとアプローチすべきだという見解の中で、台湾を日本を守る「盾」だと表現するのは果たして適正なのかと考えると、自分たちにとって都合の良い「道具」としてしか見ていないようなニュアンスがそこには漂っていて、言い方にもっと気をつけた方が良いんじゃないかと思わないでもなかった某紙の某コラム。八紘一宇と言ったり五族協和といったり大東亜共栄圏と言ったりして平等博愛対等を歌いながらも内実は武力で押さえ心で見くだしていた過去の心理が、そのまま今につながっているよう。言われた方だって俺たちはおまえらの「盾」じゃないと思うだろう。そういった気配りも日本こそ大事、そして中国は大嫌いという意識の前では雲散霧消してしまうんだろう。書き手がそうなら載せる方で思慮すべきなのにスルーというもの同じ気持ちが載せる側にもあるからなんだろう。寂しいねえ。

 その某紙。もはや真っ当にして正当な思考などというものは、安倍様を称賛するという心意気の前にはすべて雲散霧消している様子で、曰く「公文書改竄も一部官僚が組織防衛目的に行った不祥事の域を出ない。果たしてこれが国家を揺るがす一大事か。国会議員が勾留中の被告に教えを請うたことの方がよほど国会史に残る汚点ではないか」と政治部長氏が書いていて呆然とする。官僚が国の行為を後々まで記録しておく公文書を勝手に改竄したんだぞ、後世に正しく伝えられるべき歴史をねじ曲げたんだぞ、すなわちこの国の形を大きく歪めて国への信頼性を大きく損ない世界からなんだあの国はと思わせている事態が「国家をゆるがす一大事」でなければ何だというんだ。ポン酢か。これを政治部長が言ってしまって平気だという状況に未来といったものへの大きなもやもやを感じないではいられない。言ったことをすぐに変え、言いつくろっては知らん顔をする政治家たちを身近に感じて入ると、綸言汗の如しとかいった故事などまるで気にしなくなるんだろう。やれやれだ。



(ACCESS COUNTER '96.07.20)


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