Last Updated 2020/9/19
日刊リウイチ
TUNAGATTEIRUNOYO
「1998-1999年lain日記」

リウイチとは誰だ?
リウイチとは奴だ!

薄い髪に伸びた髭
趣味はアニメと女子サッカー

日刊リウイチとは
そんな胡乱な野郎の日々を
無限に綴ったページなのだ

ワーニングワーニング

(ホントはただの日記です)

◎積み上げた本の数が這々の体で1800冊に達した『積ん読パラダイス』だけど記念事業もなく、これからも地味に静かに増量方針。ライブドアブログの方で『積ん読パラダイスinBlog』なんてのも作ってみたけど誰が見ているのやら。
落ち行く世界で孤独な少女がロボットと出逢い、つかの間の交流を経てそれぞれの道を選ぶ。切なくも哀しく、そして愛おしい狩野典洋の短編アニメーション『ノアのハコ庭』に全人類よ、涙せよ。
【9月19日】 越谷オサムさんの「いとみち」が映画化されることになって、主演は決まっていたけど共演が誰か気になっていたら続々と発表。相馬いとが務めることになる青森のメイド喫茶のオーナーは、小坂大魔王さんが演じることになって心根は悪くないけど胡散臭いところがあるオーナーを演じるのにピッタリな配役で、そんな人が青森出身者にいたことに天の配剤を感じる。とはいえプロデューサー的な小坂さんよりはプロデュースしているピコ太郎の方がビジュアル的にピッタリ。そんな風体で出てくれるのか違うのか。映画の公開が待ち遠しい。

 店長役は中島歩さんという役者で「花子とアン」で仲間由紀恵さんが駆け落ちする相手として登場した人だから生真面目な役にピッタリ。シングルマザーの先輩メイドは黒川芽以さんで33歳だから年齢的にジャスト。その年でメイド服を着て似合ったりしたら店長でなくても惚れてしまいそう。もうひとりの先輩メイドで漫画家志望の智美役は22歳の横田真悠さんが演じるようでこちらもピッタリそう。残る興味はやっぱりいとのばあちゃんになるけれど、三味線を弾けて濃い津軽弁を話せる女優さん……いるのかなあ、それとも地元の一般人を起用する? そこも興味。続報を待とう。

 先だっての菅義偉総理大臣の組閣で、新大臣の登庁と会見が深夜に及んだことに関して、朝日新聞が夜中まで官僚を働かせてといった記事を書いていた。いやあ、何というか自家撞着というか、そんな朝日新聞も含む官邸記者クラブの要望から官邸で順繰りに会見してもらったあと、やっぱり朝日新聞も所属する各省庁のクラブの要請もあって、各省庁に戻って会見してもらっている訳で、それを明日に回して良いよと朝日新聞も含むメディアが言えば夜、中まで職員が残る必要もなくなる。とはいえ、省庁の会見は官邸の会見に出られない専門紙の記者にとっても重要な最初のコメントを取る場で、なくなったら困るところも出たりする。

 だから官邸の順繰り会見なんてなくし、そして省庁での会見も一般紙、テレビ、専門紙といった感じに別れていることもあったりする記者クラブごとの会見をやらないようにして、早い時間に済ませれば良いだけのこと。それを朝日新聞がまずは言ってから、聞き入れられず仕方なく真夜中まで会見をやらせてしまってすいませんと言うならまだしも、省庁が自分たちの趣味で真夜中まで働いていて、それを自民党の新大臣がやらせているようなニュアンスで記事を書くのは違うだろう。それを世間の人は知らないから、新聞の言うがままに政治家を疑うかというと、そうじゃないってことを知り始めている。

 かくして新聞への信頼は下がり部数もどんどんと下がるばかり。8月のABC部数で朝日新聞の発行部数が500万部を割ったとのこと。ピークから300万部は減っていて、それこそ毎日新聞だとかが消滅するくらい減っているのだから新聞業界が苦しいのも当然か。そんな毎日新聞の半分しかない自称するところの全国紙が、生き延びているだけでも奇蹟に近いかもしれないなあ。まあ給料は半分以下で賞与は1カ月分も出ないんだから、部数が下がってもとりあえず持ちこたえられているだけなのかもしれないけれど。地方も支局を減らして契約社員を通信員的な人に置き換えているからなあ。責任ある報道が出来るのか。よりいっそうの信頼低下を招きかねないなあ。

 日本SF作家クラブの総会があって新しい理事が専任され、そして新理事の中から会長(代表理事)の立候補が受け付けられて声優であり書評の分野でも活躍している池澤春菜さんがひとり、立候補をして投票によって選任された。以前の任意団体だった日本SF作家クラブの時代を含めて20代目の会長。25代目の事務局長は榎木洋子さんが就任。会長と事務局長が共に女性というのは任意団体、一般社団法人の時代も含めて初という。文芸系の団体はいろいろあるけど、その中でも初かもしれない。どうなんだろう。

 世間では声優の池澤さんがと思うだろうけど、SFの紹介で活躍していることが周知されたことで、SF作家クラブの会員であっても理事になっても不思議がられない状況にはなっている。だから会長もとは思うけれど、知らない人はいろいろと言うかも知れない。けれど、声優であり父親は池澤夏樹さんだから、文芸の世界にSF作家に負けず伝手を持っているだろうし、芸能だとかエンターテインメントの世界にもいろいろとネットワークを持っていそう。何より実行力があって英語も話せればスペイン語だって大丈夫そう。

 料理も得意でキャンプもしていて今は自動車運転免許もとっている。そうした前向きさが発揮されればきっと今まで以上に日本SF作家クラブを開けたところにしてくれて、新しい場所へと連れて行ってくれるんじゃないのかな。前々会長の藤井太洋さんも理事で残っているし、林譲治前会長も監事で残った。サポートを得ながら懸案の事項を推進しつつ、新しいことを始めてくれると信じて活動を支えていきたい。。


【9月18日】 全米オープンテニスで優勝した大坂なおみ選手だけれど、グランドスラム大会の全仏オープンは休場することを発表した。連続してのy勝利を期待もしたけれど、どうやらハムストリングスを痛めていたらしく、それが治ってクレーコートに適応するには時間がなさ過ぎるということらしい。英語での挨拶文にはそうしたハムストリングスの状況も書いてあったけど、日本語訳では抜けていてクレーコートになれてないから休場したともとれそうな感じだった。本人が頑張って書いているのか翻訳者がいるのか分からないけれど、そうしたすりあわせはした方がいいんじゃないかな。前の栄誉ある欠場の発表に対するどこかのスポーツ新聞の編集委員みたいに、また誰かが難癖付けるかもしれないし。

 厚生労働省の副大臣に三原じゅん子参議院議員が就任したとのこと。「3年B組金八先生」あたりから小生意気な女子生徒を演じたり活発なチアリーダーを演じたりシンガーをやったりレーサーもやったりと芸能活動で目立った人だったけれど、2010年に何を思ったかどういう引き合いがあったか参議院議員選挙に出ては当選を果たして政治家に。自身の癌経験もあって医療や介護の問題に関心があったようだけれど、そこから一気に国政に出て当選を果たしたというのはなかなかに凄い。タイミングもあったし知名度もあったんだろう。とはいえその後、どこかライティな言動が目立ち、安倍晋三総理大臣を崇めるような雰囲気も醸し出してて愛国議員なのかって印象を振りまいてしまった。

 今回の抜擢もだからそうした言動の論功行賞的なものかと言われそうだけれど、それだったら安倍政権の中で就任していたっておかしくない。今、改めてこうして副大臣に任命されたのは子宮頸がんを患った経験からワクチンについて情緒的ではないリアリスティックな考えから推進を啓蒙していたり、児童虐待の問題に取り組んだりしてきたことが認められての抜擢と見るのが良いんだろう。もう誰かにライティな言動で目をかけてもらわなくても良いんだと思ってくれたら良いんだけれど、八紘一宇だとかいった思想が心底からだとするとそれはそれでちょっと厄介。介護や医療から横滑りして家族や血統へと話が進むととたんにきな臭くなるから。そこは稲田朋美議員と語らいバランスをとってウイングを広げていって下さいな。

 仕事先で健康診断があって体重がどえりゃあ増えているかと不安になったら意外と増えてなくってむしろ減っていた。一方で見たところの体はぶよぶよ度が増し腹囲も大きく増えている。つまりは体に脂肪がついて筋肉がそげ落ちて軽くなったけど大きくなっただけ。新型コロナウイルス感染症からこっち、出歩かなくなっていたのとそしてやっぱり常勤ではないから取材に出歩かなくなったことが運動不足につながって、体を変えてしまったと言えそう。ここで筋肉を付ければ体重は増えるけれど体は絞れるならやっぱり朝早く起きて散歩でもしたいところだけれど、それができるならとっくにやっている訳で心の倦怠感はまだ抜けない。仕方ないから頑張って、少しずつでも快復へと向かって這っていこう。自転車でもあれば乗り回すんだがなあ。壊れて乗れないんだよなあ。買い直すか。

 せっかくだからと初日となった「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」を丸の内ピカデリーの最前列で。スクリーンの距離が近すぎて、「アズールレーン」のCM映像で女装した西川貴教さんのスカート姿を増したから拝む形となって有り難いのか違うのか、分からない感想を抱いたけれどもそれはそれとして本編は、始まったばかりでまだ何も語れないものの素晴らしい映画であることだけは断言できる。とくにヴァイオレットのあの両腕の義手がロケットパンチとなって放たれ飛んで行ったところとか、社長のホッジンズが語尾を伸ばして喋るようになって「ヴァーイオレットちゃーあん」とか言い始めてどこのロズワールかよと思ったところとか、素晴らしかったなあ。嘘ですそんなことはありません。電話が発達して言葉を伝える良さは確かにあっても手紙が伝える心の重さもあるんだと教えてくれる、そんな映画だった。こちらは本当。また行こう。


【9月17日】 書籍への総額表示義務づけに関して作家の人たちを中心に、総額表示義務化への反対を表明する運動が始まっているけれど、一方の当事者ともいえる出版社で作る日本書籍出版協会の方はすでに陳情とか働きかけを終えて、もはや財務省が今から2021年3月31日までの猶予期間を延ばしてくれたり、総額表示の義務づけそのものを撤廃してくれることはないという手応えから、出版社の方で粛々と対応していきましょうといったスタンスみたい。

 書協のサイトには「当協会としては、関係省庁に対して総額表示の義務の免除措置の延長を要請してまいりましたが、延長は行われない予定です」と書いて議論の段階は終わり、あとはガイドラインに沿って対応してねといった書かれ方がされている。出版社の方でこれに困っているかどうかとなると、書協に加盟している出版社はだいたいがその筋で進むことに合意しているような雰囲気もあるけれど、中小ではやっぱりまだそこまでの対応がしきれておらず、混乱なんかもあった感じでそれが今のガヤガヤにつながっているのかもしれない。

 作家の方はさらに説明が不足している感じで、総額表示をしなくちゃいけなくなった結果、カバーがつけかえられない本がこぞって絶版となって書店から消えてしまった過去を噛みしめ、また同じことが起こるんじゃないかといった不安から反対を発信している。中には書協の対応を見て、義務とはいっても罰則はないからそこは曖昧模糊として、当面をしのげば良いみたいと理解し積極的には声はあげない人もいて斑模様。とはいえ急な厳格化もあり得るだけに、不安要因は廃しておきたいのも心情だろう。流通業界の税制に関する要望の中でもトップに総額表示の義務づけ廃止があったりするから、問題は出版業界に留まらない。新型コロナウイルス騒動で停滞する消費をさらに冷え込ませる可能性もあるといった経済界からの働きかけで、変わる可能性があるのか。それでもやっぱり年内には指針を出して欲しいところだろう。山は動くか。

 高品質のBDプレイヤーとして買う価値はどうやらありそうだけれど、そうしたBDを映し出すモニターを持っていない以上は宝の持ち腐れとなる可能性が大。そしてゲームに関してはもうさっぱりコンソールでは遊ばなくなっているので、発売が決まったプレイステーション5については現行のプレイステーション4に引き続いて、購入を見送ることになるんだろう。そもそも買うようなお金の余裕もないし。BDプレイヤーならプレイステーション3で充分だし。というかアーキテクチャとして初代からプレイステーション2からソフトが上位互換されている初期ロット。貴重なプレイヤーとして末永く使い続けることになるんだろう。

 気がついたのはプレイステーション4もプレイステーション5もMPUとかGPUがAMDのチップになってて、あれだけこだわって自社のチップを作ろうとしていたソニー・インタラクティブエンタテインメントというか以前のソニー・コンピュータエンタテインメントからはスタンスが大きく変わってしまった印象。その頃はチップを大量に裁けるコンシューマ向けのゲーム機で立ち上げ世界に売りつつそれを元にテレビだとかいろいろな情報家電に展開していくってルートもあったりしたけれど、費用がかかり過ぎるしサイクルも短いし、何よりグラフィックだったらそっちに特化したGPUがいくらでも出てくる世の中で、勝負したってかないっこないと考えているんだろう。

 だったらアセンブルでもってゲーム機を組み立てつつ、そこで勝負できるタイトルを送り込む。アップルほど一気通貫は考えてはいなさそうだけれどゲームの世界ではプレイステーションというファミリーの中で抱え込んで行こうとしているのかな、それにしてはプラットフォームがプレイステーション5だけっていうのは弾が足りない。むしろバックエンドにタイトルを溜めるなりしてディストリビューションするチャネルを作り、そのひとつの出口としてプレイステーション5を使いつつ他のプラットフォームにも送り込んでいけるような体制を整えるのかな。ビジネス取材から遠のいてそうしたビジョンを知る機会もないだけに、気になるところ。これから出てくるだろう報道を注意して見ていこう。

 満席上等になったはずの映画館がまた、座席の販売を半分の50%に戻す動きがあちらこちらで出始めている感じ。満席にできるぞと喜んだのも束の間、100%を入れると飲食が禁止になるという通達が政府から届いたようで、それ早く言ってよと思っただろうけれども通達なら従わざるを得ないため、すでに50%以上は売れてしまったものは飲食禁止を条件にして見てもらいつつ、ほかはまだ暑い日も続くことだし50%に絞るという決断をしたみたい。飲食なんてしてもらわなくてもと言うファンもいそうだけれど、映画館では上映したって入るお金は限られているから、それを物販とか飲食販売で取り戻す。それが禁止されてしまって経る勘定、受けるお客さんの迷惑と入れてしまって入る収益を見て50%で行こうってなったのかも。メジャーなシネコンもそうするかどうか。様子見。とりあえず「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」を観に行かなくちゃいけないんで。


【9月16日】 往年のS30型系フェアレディZを思わせる新型が登場するといった話に期待していたら、現れた7代目フェアレディZのプロトタイプは似せようとはしていても決定的に違った感じがあってS130型系ほどにも近づけていなくてちょっとガッカリ。これなら1代前というか現行車のZ34型系の方がロングノーズでショートデッキのフェアレディZっぽさを持っていたし、その前のZ33型系のころから近づこうという意図はちゃんと見せていた。それこそ運転席に座って後輪が触れるくらいのショートデッキっぷりがフェアレディZの初代ならではの面白み。コンパクトさも含めて再現しようとしていたけれど、7代目はそこから余り進化していないように感じられた。

 なるほどフロントグリルを四角く開けたのはGノーズを付けていないS30型系っぽさがあってZ432なんかも思い浮かばせてくれるし、丸目に近づけようとしたヘッドランプもS30型系とそれを引き継いだS130型系を思わせないこともない。でもそうしたヘッドグリルを持っていてもなおスリムさがあったのだ初代と2代目の雰囲気。今の下までぐるりとスカートが回っているような感じは、空力を考えたものだとはいってもフェアレディZの華麗さを削いで鈍重な感じを与えている。そういうのはスカイラインクーペにこそ相応しいんだよ、ってもうない車種だけど。

 AE86のカローラレビンやスプリンタートレノのスタイリッシュさを今に甦らそうとしたトヨタの86の方が、意識として軽快さを保ったライトウェイトのスポーツカーといった感じだったし、スタイルだけならよりフェアレディZに近かった。そうした意識をまるでひっくり返したように鈍重さを醸し出しつつパーツを似せてもフェアレディZの淑女っぽさは甦らない。それでも復活を歌い原点回帰を叫びたいなら直列6気筒を持って来て搭載しろ。話はそれからだ。今時性能的にも燃費的にもない選択だろうけれど、それを乗せてこそ生まれるロングノーズこそがフェアレディZのスタイルを形作るのだから。頑張れ日産。潰れる前に。

 予定調和のように菅義偉内閣総理大臣が誕生して、国民の直接とは言えないまでも間接的な意思なんてまるで届かないような政権が思惑によって作られては身内の論理でもって内閣が編まれて安倍晋三前総理が去った後もなお残る国難にあたる。大丈夫かというのは全体にまず抱く感想だし、個別に見ても適材適所なのかといった疑問を差し挟む余地はありそう。頭はとても良さそうな平沢勝栄議員が復興担当大臣で初入閣したのは遅すぎるという気もする一方で、安倍総理の家庭教師だったという立場から避けられていたのかなあという邪推もできて、そういう意味でここで起用して解散からの改造まで持たせるだけかとも思ってしまう。

 デジタル担当大臣の平井卓也議員は以前にIT担当もしていたしクールジャパンだとか宇宙政策なんかも担当して科学と技術には明るそうな印象だし、2000年に初当選した時からITによる政治や行政の効率化に取り組みセキュリティの重大さも訴え続けて来たから、ある意味では適任と言えそう。一方でご実家の四国新聞が香川県の県議会がすったもんだの果てに通した、ゲームやスマホなんかの利用時間を制限するような条例の成立に、記事でもって先触れを続け応援もし続けた経緯があるだけに、どこまでデジタルの可能性と役割について認識しているか見えないところもある。

 ITについて詳しいからこそ利用しすぎでハマり過ぎの功罪も含め認識しているからこその子供たちに対する利用制限だ、なんて言えなくもないけれどその成立過程における不透明さを国政に引っ張ってこられ、業界に都合が良くてユーザーに優しくない規制なんかを作られたらちょっと困ってしまう。しばらくは打ち出す政策を様子見か。そしていつまでその立場でいられるかも。防衛省として頑張っていた河野太郎議員はどこかが書いた総務大臣ではなく行政改革担当大臣に。そちらでもいろいろ頑張ってはくれそうだけれど、外務だとか経済産業だとか財務といったメインからは外されている感じがあるなあ。法務大臣を任されないだけまだ良いか、死刑を認可するのはやっぱりね、いろいろとね。

 数年前から食品業界なんかが遠からず来る消費税の総額表示義務化が売れ行きに及ぼす影響なんかを考え、反対しつつ総額表示そのものを廃止するよう求めていたし、最近も流通業界の団体がそろってスーパーの店頭なんかでの総額表示がもたらす割高感が消費に悪影響を与えるからといった理由なんかで、やっぱり揃って反対を表明していた。政治力を持ったそうした業界が訴えてもなお財務省がぴくりとも動いていなかった上に、メディアの反応も鈍かっただけに、業界規模としてさらに小さい出版業界が、インボイスの勉強会で財務省の主税局課長補佐から来年3月末での総額表示義務の猶予期限が切れることから、総額表示を求めていくよう話したというニュースに、逆らってひっくり返せるのかといった疑問が今は浮かぶ。

 ただ、メディア事業にも関わる問題でオピニオンの発信力に長けた著者たちがこぞって総額表示の義務化に対する危機感を表明し、反対を訴え始めたこともあって新聞なんかもちょっと騒がしいんじゃないかと気付いて記事にし始めた。問題点は言うまでもなくカバーの掛け替えなんかがコスト的に難しいからと引き上げ絶版から断裁してしまい、本が消えてしまうことで、過去に消費税が上がった時にそうした事態が起こって著者も出版社も大いに苦しんだ。同じことがまた起こりかねないという恐怖から絶対反対を訴えているし、総額表示でなければ子供が迷ったりするなんてことは消費税が導入されて30年以上も経って起こるはずもない。

 だから価格プラス税で良いじゃないかという理屈になるんだけれど、それだと税金を枚回負担しているという感じを抱かせ、税への嫌悪感を生むという財務省の理屈があるらしいだけに、撤回されるかは微妙なところ。だからこその政治なんだけれど、変わったばかりですぐに動き出せずこれで選挙でもあれば空白は続く。そして期限が迫って慌てたところでどうしようもないまま撤去・断裁の道をたどるなんて事態、絶対に避けたいので今すぐ国会を開いて議論をして廃止に動いてよ国会議員の皆々様。


【9月15日】 「南鳥島北北西の風、風力3、晴、1012ミリバール、23度」とかそんなのがラジオから延々と流れてくるのを書き込んでいくんだっけ。「『ラジオ天気図』と呼ばれる天気図を書くための用紙」に。そんなものまでを扱っている気象庁の中の名物書店、津村書店が65年の営業年月をもっていよいよ閉店。ずいぶんと前、それこそレッドパージに遡る互助的な関係から本屋が始まって、半ば既得権益的に気象庁の中に存在はしていたんだろうけれど、そうした期待に応えるべく気象に関する本を徹底的に集め販売するこだわりで文句も出ない存在になっていた。

 気象関係の本ならないものはないと言われるくらいの書店らしく、庁内でも霞が関でも重宝されていただろうし、研究者たちだってここに行けば買えるとあって利用していたのかもしれないけれど、霞が関における省庁の移転にともないいっしょに行くことなく閉店を決めたという。新しい建物での家賃とか条件とかできっと仕切り直しもあるだろうし、前なら許された既得権益も公平性から認められないとなったのかもしれない。本そのものが売れなくなっているから営業的に苦しかったのかもしれない。本当だったら気象庁が公的な位置づけでこうした機能を受け継ぎはぐくむべきだって気がするけれど。またひとつ、文化が失われていく。

 映画館で両隣に人がいて、後ろまでぎっしりと埋まっている感じがどうだったかを忘れて久しいから、復活した全座席販売によるシアター内に人がぎっしりといる状況で映画を見る感じというのが、自分にとってどうなのかをちょっと想像しきれない。というか、元々あまり満席になるような映画には行ってなかったし、いく映画館も郊外で満席からは縁遠いこともあったから、ぎゅうぎゅう詰めで映画を見る空気感を思い出せずにいた。

 あ、人気アニメの封切日あたりで行われる舞台挨拶付き上映で、満席というのは経験しているからあんな感じ、皆がわくわくとして上映を待ち、見終わって喜びをあふれさせる空気感じが、戻ってくるならそれは映画にとって、そして映画館にとっては良いことなのかもしれない。今まだ新型コロナウイルス感染症の流行が止まっておらず、これから冬に向かって拡大も心配される中での再会は、不安もはらんでいて状況によってはまた元に戻ることもあるかもしれない。いずれにしても両隣に人がおらずひじ掛けをひとりじめできる環境は、王様気分でなかなか快適ではあった。残り少ない生涯でもひとつの時代の雰囲気として心に残していこう。

 間隔をあけての鑑賞は快適な一方で観客数が半分になるだけに、チケット争奪戦では不利がさらにふくらむ状況だったけれど、グランドシネマサンシャインが満席解禁に踏み切ったことで新宿バルト9あたりが追従っすれば、この「REDLINE」の10周年記念イベント上映も最大規模のシアター9いっぱいに人を入れられるようになり、争奪戦も少しは緩和されてくれるのでは。

 映画画館で見るべきアニメ映画と言い続けてもう10年。上映時の後も確か秋葉原のUDXシアターで上映があった時に見に行って、ソノシー・マクラーレンの「イエス!」に合わせて心で「イエス!」と叫んだっけ。今回はその時よりも大きなスクリーンで、きっと音量も爆音でもって上映してくれるだろうから、過去にない体験ができるような気がしている。これで木村拓哉さんが舞台あいさつに登壇してくれれば世界的なニュースになるんだけれど。「ハウルの動く城」でも声優は務めているけど「REDLINE」のJP役は雰囲気も含めて木村拓哉さんの吹き替えのベストだと思うのだ。上映日はいつか。チケット販売はいつからか。油断をしないで情報を見守ろう。

 覚えているのはやっぱり「西遊記」の沙悟浄役からってことになるのかなあ、それ以前にも何かで見知っていたから、沙悟浄なんて演じるんだと堺正章さんの孫悟空とか西田敏行さんの猪八戒、そして夏目雅子さんが演じた三蔵法師ともども面白い役者をそろえたドラマだと、中学生ながら感じた訳だけれども遠く以前のザ・タイガースの頃については、堺さんのザ・スパイダース時代も含めて後から知った口になる。タイガースについては1981年からの再結成で「十年ロマンス」「色つきの女でいてくれよ」でテレビとかに出ていたのを見て、改めてそうだったんだと理解した感じか。岸部シローさん。

 そのあとは「ルックルックこんにちわ」の司会を長く勤められていたから目には入っていたけれど、借金騒動で1990年代末ごろに表舞台から離れてちょっぴり、イロモノな感じでバラエティに出ているのをながめていた程度。大病をわずらって相当に衰えた表情を見るにつけ、寂しさも感じていたけれど、一方で兄の岸部一徳さんが俳優として活躍を始めていてバイプレーヤーとしての存在感を高めていて、世評というのはがらりと変わるものだということを実感した次第。一徳さんがすさまじいベーシストだというのもこの頃から改めて感じるようになったんだっけ。

 「西遊記」が海外で人気だそうでもしかしたら岸部一徳さんの存在も、そうやって世界に知られていたかもしれない。検索すると「西遊記」の沙悟浄姿の画像をあげて英語なんかで追悼している人もいるし。そうやって世界に残る仕事があるのはやっぱりうらやましい。ご本人には後悔もあるだろうしご家族ご親族にも悲しいことではあるけれど、何かを残して逝かれたことを喜びとしつつ改めて追悼の言葉を贈りたい。楽しませてくれてありがとうございました。西方浄土へ。


【9月14日】 打首獄門同好会による新曲「サクガサク」のPVが公開されてアニメーション業界で働くクリエイターの大変さを描きつつ応援するような内容に、アニメーション業界がやんやの喝采を贈っているかというと反応はまだまだ少ない感じ。忙しい最中にあんまり知らない打首獄門同好会について関心を向けている時間もないのかもしれないけれど、逆にロック方面ではアニメ好きの人たちから反応がある感じで、そうした橋渡しをしつつアニメ業界への応援が向かうようになれば、狙いは果たされたんじゃなかろうか。

 見ていろいろな時代のいろいろなアニメを元ネタにしたオリジナルのキャラがいっぱい出て来て、懐かしくもあり目新しくもあって面白い。美樹木本晴彦さん的なタッチの美少女が出て来たりプリキュア的だったりラブライブ的だったりキャプテン翼的だったりと実印多彩。中には後藤隆行さんが「ドテラマン」でデザインしたサイコーユ鬼によくにた丸い顔の美少女が歌っていたりして、かつてプロダクションIGで仕事をしていた浅野恭司さんが監督しているだけのことはある。

 登場するアニメスタジオも国分寺にあった頃のIGと今の三鷹にあるIGとそして近くにあるウィットスタジオあたり。ボンズやコミックス・ウェーブ・フィルムも出ては来るけどIG系が多いのは許可も取りやすかったから、なのかな。あと途中に挟まれるイラストには「アニメタ」の花村ヤソさんが描いたものもあった。元々がアニメーターだった花村さんだから浅野さんとも知り合いで話が回ってきたのかも。新型コロナウイルス感染症の拡大防止のために今もリモートワークが続いている人もいる中で、孤独な作業を続けるアニメーターが聞けば勇気も出るだろう楽曲。このタイミングで投入した意味もそこにあるんだろう。届け。そして広がれ。盛り上がれば紅白歌合戦に登場も……それは遠いか。

 記憶にあるのは「仮面ライダー響鬼」の姫ではなく、万城目学さんの小説が原作の映画「鴨川ホルモー」の早良京子役といったところで、美人だけれどもツンケンとした役どころにぴったりの人だったなあという印象が残っている。メインヒロインは栗山千明さんだったから、それに比べてば印象も薄くて仕方がないか。そんな蘆名星さんが死去。ドラマでずっと活躍していて、最近でもいくつかドラマに出たり映画にも出たりしていたから仕事がかつかつだったってことではなさそう。舞台女優じゃないから新型コロナウイルスの騒動があっても、急に困ったといった感じではないから別になにか思いつめることがあったのかもしれない。掘り返されるんだろうけれど、今は静かに。

 おおお。ゆうきまさみさんの画業40周年を記念する展覧会が東京ドームシティにあるギャラリーアーモで開催とか。萩尾望都さんや竹宮恵子さんといった漫画家の画業を振り返る展覧会なら数々あったし、手塚治虫さんとか石ノ森章太郎さんとか藤子・F・不二雄さんなら個別にミュージアムが作られ、作品が展示されていたりするけれど、ゆうきまさみさんという人気はあっても時代において超絶的なバリューを放っているとはあまり言えない漫画家さんの個展が開かれるというのは、ある意味で画期的かもしれない。

 個人的にはデビュー近いところからファンをやっていた身ではあっても、そうした特殊なファンだけではない一般層にどれくらい認知度があるのかを、確かめるチャンスかもしれない。ファンにとっては画業の40年がぎゅっと凝縮された展覧会になっていそうで、そのワールドにどっぷりと浸れる空間が期待できる。クラウドファンディングをするらいし、春風高校光画部の部室と等身大R・田中一郎の再現プロジェクトは、夢の空間を現実に楽しめるものとして35年来の夢がかなう場と言える。

 初の画集というのも出るそうだけれど、つまりこれまで画集が出ていなかったということで、意外過ぎてちょっと驚いた。漫画を描いた「機動警察パトレイバー」でもキャラクターデザインを手がけた高田明美さんの画集はあってもゆうきまさみさんのはなかったからなあ。「じゃじゃ馬グルーミン」とかも含め週刊少年サンデーとか増刊少年サンデーでで連載された作品をまとめた画集があっても良かった気はするけれど、そこまでには居たらなかったのかも。

 アニメ化では「鉄腕バーディー」のテレビ放送ではすさまじい作画だったものが、あまりに前衛的すぎてパッケージでは手直しされた第何話だったかの原画とか、飾られたらうれしいけれど直接ゆうきまさみさんとは関係ないからそれはないかな。「鉄腕バーディ」については増刊での連載だったオリジナル版と、ヤングサンデーでリブートした版が並んで見られたら、長いバーディーのファンとしてこれもやっぱり嬉しい限り。会場では粉砕バットの遠投競争とかやらないかな、近くに東京ドームもあることだし。

 小学館だけじゃなくKADOKAWAが協力に入っているのは最も長く続いている連載が、月刊ニュータイプでの「ゆうきまさみのはてしない物語」だってこともあるから当然か。何しろ創刊時から続くニュータイプの歴史とともに歩んだ連載が、時々に何を書いているかはまさに歴史の生き証人。これを気に全部まとめた本を改めて出してくれたら嬉しいかな、できれば電子で。ずっと持ち歩けていつでも見られて時々を振り返られるのが楽しそうだし。

 民意なんてものはそこにはなく、政策なんてものとも無関係に、ただ自由民主党という政党の中での思惑だとか力関係とかで総裁が選出されては、政権与党ということで次の内閣総理大臣に任命されて国政を司る。そうやて選ばれた新しい総理大臣が、政策を打ち出してはそれに逆らう官僚をとばして自分たちのやりたいようにしていった国は果たしてまともなのか。選ぶ人たちが政策を吟味して選びそして選ばれた側もそうした民意に基づいて行動し、官僚たちも国民のことを考え政策を遂行するなら素晴らしい結果が訪れるけれど、そうした団結とは別の思惑を土台にした専横がまかり通る今のこの国で、未来を口にするのも空しい限り。どこへ向かっていくのやら。


【9月13日】 大坂なおみ選手が、テニスの全米オープン決勝でビクトリア・ナザレンカ選手を破って優勝。これで全米は2度目の優勝でグランドスラム大会では全豪オープンを入れて3勝目となり2勝のアザレンカ選手を上回った。グランドスラム大会で23勝したセリーナ・ウィリアムズ選手が38歳ながらも準決勝まで来ていて現時点でのトッププレイヤーであることには疑いがなく、あと1勝すればマーガレット・スミス・コート選手の24勝に並ぶだけにまだまだ活躍を見せてくるだろうけれど、大坂選手との対戦成績は2勝1敗で大坂選手が勝ってきているだけに、直接対決で倒して行くような場面が続けば名実ともに女王の座を、大坂選手が引き継ぐことになりそう。

 クリス・エバート選手からマルチナ・ナブラチロワ選手を経てシュティヒ・グラフ選手のあとビーナス・ウィリアムズ選手やモニカ・セレシュ選手がいた女王の座をしばらくセリーナ・ウィリアムズ選手が継いでは君臨していた感があるけれど、長期政権を敷ける女王がやっと登場してくれたと見るか、前に女王となってもすぐに落ちてしまったように精神面がまだ弱くて浮いたり沈んだりするのか。そこは黒人への差別問題に対して抗議をし続けながらも勝ち続けたことで、ひとつ成長してクリアしたって見方もできそう。周囲の理解も得て個人的な落ち着きも保つようになって、ひとつ抜けたその実力が次の全仏オープンで発揮されるかどうかが見極めか。とはいえクレイコートだから事情も違うかな。注目。

 今期はどうやら入れ替え戦はないとはいえ、なでしこリーグでジェフユナイテッド市原・千葉レディースは9月13日の試合でアルビレックス新潟レディースに1対3で敗れて1勝5敗3分となって10チーム中の9位まで下降。まだ半分とはいえ調子を出せていない感じでこのまま後半に突入しても、調子を上げられなければ最下位に近いところでシーズンを終えてしまう可能性がある。新しく発足すWEリーグに参画できるかできないかは、そうした順位とは直接は関係がないように言われているけれど、首都圏にチームが多いだけに間引くとなったらって考えも浮かんで心配になる。

 いつもだったらそれなりの順位につけて中盤から時には上位だって狙えるチーム力だったんだけれど、兄貴分が長引くJ2暮らしの中ですっかりそこそこなチームに落ち着いてしまった感もあって、それに引っ張ら得ているのだとしたら寂しい限り。WEリーグになればプロだって置かなくちゃいけない中で、チームに強さという魅力でも大きな部分が欠けてしまうと運営面が厳しくなる。というかもとよりなかなか無茶な条件も提示されている感じがあるけれど、それくらいクリアできなければ未来はないという現れでもあるだけに、クリアしていかなくちゃいけない。

 だったらやっぱり強さもと思った時に、それこそ永里優季選手クラスを取って来られたら良かったんだけれど、そちらはそちらで男子に交じって神奈川県リーグ2部に挑戦するという大きな使命をかかえているから、割って入る余地はなさそう。最高の練習環境とサポート環境を用意してもらえて、時にはフクダ電子アリーナという最高のピッチで試合だってできるチームが弱くていいはずがない、っていうのは男子も同様だけれど女子もここで発起して、皇后杯で優勝を狙ったようなチームに返り咲いて欲しいもの。監督かなあ、選手かなあ、運営かなあ、やっぱりKAPPAのユニフォームが拙いのかなあ、これを着始めてトップチームはほとんどJ2暮らしなんだよなあ。

 昨日まで1行も書けていなかった原稿を、覚え書きとか昔の日記とかからいろいろ掘り出し張り付けて、どうにかこうにかドラフトでもって5600字まで書いたので、今日はそろそろ終わりにして、柏に行って「パプリカ」のレイトを見ることにする。音感上映もやっていたけど時間が間に合わず、売り切れになったのでパス。「AKIRA」の音感上映も満席だったみたいで、支えるサブカル層の分厚さを感じ入る。なぜってサブカルとは「AKIRA」で「AKIRA」とはサブカルの権化と言ってしまっても過言ではないやつなのだからfrom「いのち短しサブカれ乙女。」byハセガワケイスケ。

 という訳でキネマ旬報シアターで「パプリカ」。最近も見たような気がするけれど映画館で観たのかNetflixに入っているのを見たのか頭がごっちゃになってよく覚えてないのだった。とりあえず「パプリカ」については千葉敦子というキャラクターの冷たげな言動がツボに刺さってとても痛甘いのだけれど、一方では今敏監督の声をそっくりなキャラクターとともに楽しめるという点で、ほかの今敏監督作品にはない利点があるのだった。見ている人は一方が筒井康隆さんとは気づいているようだけれど、もう一人が今敏監督だって気づいているのかなあ。

 「パプリカ」については終盤のたたみ方がやっぱりすっきりとはハマらなくって、夢が現実を脅かして市松人形が研究所を壊し始めて所長が落ちそうになった時、一人では支えられなくなった敦子の脇にパプリカが現れる場面からこれはどこから来たんだろうと考えてしまうのだった。そんなパプリカと敦子が逃げた先でロボットとなった時田が現れた際、まず敦子が時田に呑まれそして時田がパプリカを求め暴走したところに大きな敦子が現れる流れに整合性を求めようとするとちょっと迷う。

 そんな敦子がロボットに寄り添い消えたところに最後のスパイスとしてパプリカも加わり現れた赤ん坊が巨大化しながら所長を飲み込んで巨大化していく場面の、見上げるような敦子の美しさはそれとしてもどうして時田ではなく敦子があの場面に立ち上がって世界を救う役割を果たしたのか、あの場面で時田はどこにいるのかが気にしようとすると気になるのだけれど気にしなければ気にならない。つまりはそういうものなのだろうということで。

 世の中なんて不思議なことばかり。そして人間の夢も整合性なんてまるでない。昨晩も引越しの荷運びをしながら依頼主の機嫌を取ろうとぬいぐるみを見せて喜ばせた後に、引き上げる中でアカペラで「上を向いて歩こう」を歌い褒められる夢を見たばかり。全く意味がわからない。浮かんだ断片がつながるようでつながらないまま転がっていくのが夢だとするなら、そんな夢を描いてのけたのが筒井康隆の原作であり今敏監監督の映画なのだと思えばいいのだ。そして原作では言葉でしかなかったものを映像にして見事に動かしてのけたのが今敏監督の映画だったと理解して拍手喝采すればよいのだ。とりあえず今回も面白かった。次また上映があれば見に行こう。それまではNetflixにあるうちはそれを舐めつくそう。いやDVDだってBDだって持っているんだけれどね。


【9月12日】  起きたけど寝て起きたものの寝て起きたら夕方になっていた。「荒野のコトブキ飛行隊」でザラが美味しそうにビールを飲むのを見て、金曜日だということもあって久々にビールというか「金麦」を1本、開けたのだけれどそれが祟ったのかどうなのか。前もビールを飲んだら翌日がなかなかぼんやりしていたから、アルコールに対する耐性が下がっているるのかもしれない。あるいは急ぎ何かをしなくてはいけない事が無いと分かって、ビールを飲むから余計に何もしなくていいやって気になるのかも。月に何度かをそういう日があっても良いけど、そういう日ばかりだとフリーの身には拙いので、飲むのはノンアルコールに絞ってしばらくお酒は遠慮するか、それともウイスキーに戻して晩酌をして馴れるか。さてはて。

 何かのための覚え書き。「空の境界」全7章でで音楽を手がけた梶浦由記さんは、ここで聞かせてくれた深淵から響くような静かな音楽からバトルシーンにぴったりのドラマチックな音楽から、さまざまなタイプの楽曲を膨大に提供して作品世界を盛り上げたことで、なくてはならない存在になっていった印象。その流れが「Fate/Zero」以降のufotable作品における奈須きのこさんの作品、「Fate」シリーズへの楽曲提供にもつながり、やがて「鬼滅の刃」への参加にも至ったのだけろう。

 その梶浦さん、『空の境界』では合わせて200曲くらいを作曲したらしいけれど、アニメだから長さとかシーンとかに変更があったりする。そうした現場から上がってくる映像に合わせてその都度、音楽を合わせていくような作業を繰り返し行ったって前にインタビューで話していた。作り直しによって絵も変われば長さも変わる映像に、前に作っていた音楽も合わなくなるけれど、そこで変えられないと曲げず、編集して使ってと投げもしないで自分で作り直していったらしい。

 大変だただっただろうし修羅場だとも話していたけれど、ファンのために最高の映像を作ろうとする熱意が現場にあって、だったらと音楽でも答えていかなくちゃと思って頑張ったた成果があの、どの場面をとっても音楽とマッチした映像の完成度に繋がったのだと言えそう。こうして作り手達を巻き込んでファンのためにと頑張らせ、期待に答えられるものを送り出そうとするクリエイティブの魂が、全体を覆っているからこそufoableの作品は見る人の目も耳も心も捉えて放さないのだろう。「鬼滅の刃」のヒットもそうした延長にあるのだ、きっと。

 去年の今頃の台風で、大きな被害に遭った川崎市民ミュージアムだけれど、1年近くが経ってもまだ、再開ができなくて休館中というのが意外な感じ。新型コロナウイルスの影響で美術館自体の休刊が相次いだという事態はあっても、すでに再開されている展覧会も多い中で川崎市民ミュージアムはずっと閉まったままになっている。建物だけなら浸水があってもポンプで水を汲みだせば、とりあえず元通りにはなるんだろうけれど、収蔵庫が濡れて被害を受けた収蔵物や展示物を整理して修復するとなると、1年ではとても時間が足りないってことなんだろう。

 単純に貸画廊として箱だけ貸していた分けじゃなく、収蔵と研究もいっしょに結びついたミュージアムとして再開を目指すなら、そうした部分も解決される必要があるってことなのかもしれない。とはいえそうした修復の作業に見通しが立ったかというと、収蔵庫が地下のままではまた濡れる可能性があり、かといって上に上げるのも重量とかの関係で難しいとあって、同じような施設として再開させることが難しくなっている。だったら移転かというとそれも場所の問題費用の問題がかかりそう。

 ただでさえ学芸員に関していろいろあって弱体化が言われていたりもする中で、それでも頑張っていたポップカルチャー系に関する収蔵や展示を同じように展開していくための費用が果たしてすんなり出てくるのか。行政のこうした文化にかける費用がどんどんと削られている状況、というか福祉も含めて財政事情が厳しくなっている状況で移転なんて言い出せる状況にはないのかもしれない。タイミングが悪かったなあ。とはいえここが頑張らなければメディア芸術総合センター構想なんてとてもって話になるから、必要性を説いて実現に向けて動いていって欲しいもの。どうなるか。

 栗本薫さんは1990年、確か37才で乳癌が判明して手術から闘病に入りつつも作家や評論家としての活動を19年くらいつづけ、56才で亡くなってしまわれてつづくづ残念だとは思いつつ、存命された期間もそれなりにあったことからすぐどうなる病気でもないと言えば言えるのかもしれない。だとしたら同じ病気を表明された谷山浩子さんも、治療から闘病を経て復帰し20年、80才を超えるまで活動を続けて頂けると思いたいし願いたい。ご本人もやる気にはあふれ気力もあるみたい。夜まで何もないと寝てしまう自分が恥ずかしくなるようなその心意気に触れて頑張ろうと思った1日だった。明日は早起きだ、午前中には起きるのだ、って午前かよ。


【9月11日】 テニスの全米オープンで大坂なおみ選手が決勝まで勝ち上がったとか。相手はビクトリア・アザレンカ選手で元世界女王らしいけれどもそれは大阪選手も同様。現在の順位はアザレンカ選手が27位で大坂選手は9位にいるそうだからずいぶんと上ってことで、2018年に続いての全米優勝とそして2019年の全豪に続くグランドスラム3勝目ってのがあるかもしれない。世界1位になった後。コーチの問題があって成績が下がったけれども10位以内はキープしてこうして優勝戦線に戻って来るところは若さでもあり強さでもある。立ち直ればウィリアムズ姉妹にも匹敵する女王として君臨していけそうな印象。

 それならとスポンサーもわんさかつきそうだけれど、日本では大坂選手が黒人への迫害に対する抗議からいろいろな言動をしていることにスポンサーが迷っているなんて報道が出ている。具体的な名前は挙がってないからフェイクかもしれないけれど、聞けば日本人的な感覚から人種問題で説教的に発言することを嫌う人もいそうだからとそれを組んでスポンサーが何か言いそうな気はする。でも外国のスポンサーは絶対支持っていうか支持しなければ世界のマーケットから反目を喰らうと分かっているから絶対に言わない。そういうところで日本と世界の格差が生まれているんだなあ。気付かず歴史戦なんて仕掛けて恥の上塗りをしているメディアもあたりするし。やれやれだ。

 藤原啓治さんが演じたサネアツに、矢島晶子さんが演じたマダム・ルゥルゥもきっと、ありがとうとお礼の言葉を最後にかけたのではないだろうか。なぜって……。そんな思いを一方に抱いてしんみりとしつつ劇場アニメ『荒野のコトブキ飛行隊 完全版』を最前列に陣取ってみる。MX4Dは時間が合わず避けたけれど、もしもいきなりみていたら振り回されて撃ちまくられて疲れ果てたに違いないから、まずは様子見にしてよかったと映画を見て思った。それほどまでにすさまじい空戦が繰り広げられた完全版。

 テレビでもそしてゲームアプリでも空戦はひとつの売りになってはいた。それでも遠めに見るテレビモニターも大きくたってiPad程度のディスプレイも飛行機は手のひらにおさまるサイズで見た目の迫力にはかける。それでいてエンジンがかかってプロペラが回る音も機銃が発射されて当たる音もなかなかの迫力。それが劇場では巨大なスクリーンいっぱいに時にクローズアップされたプロペラで飛ぶ戦闘機たちが迫り迫られ回り上がっては落ちる繰り返し。そのエンジン音から風切り音からプロペラ音からすべてが作り込まれて大音量で身を包む。自分が戦闘機に乗って空を振り回されている気にさせられる。

 その上で放たれる銃弾がそばをかすめたり当たったりして金属音やら爆発音やらをたてる。空戦というものはこれほどまでに激しいものだったのかといった気にさせられる。なるほど「ガールズ&パンツァー」で戦車戦の迫力を、女子高生たちの武道という形に落とし込んでもしっかりと描いてのけた水島勉監督が、こちらは命すらかかっている戦闘機による空戦を、目まぐるしく攻守が入れ替わり前後がひっくり返る画面の中にスピーディーに描いてのけたのだからもうたまらない。過去にどれだけの戦争映画があって空戦のシーンが描かれたか分からないけれど、そして今まさに「ミッドウェイ」という映画も公開されたけれど、こちらの絵で描かれた戦闘機による空戦の方がきっと迫力もあり、そして面白みもあるのではないだろうか。

 お話に関してはテレビシリーズの総集編に前日譚をつけたうえで端折っているから分からない人にはさっぱり分からないだろうし、巧みにつないでドラマ性を作ることもわざと避けているように説明がまるでないなかと淡々と展開だけが進んでいく。テレビシーズを見ていた人、そしてゲームで後日譚となる展開からキャラクターをある程度復習している人にはだいたいわかっても、誰に感情を移入する間もなく進んでいく展開にただ流されてしまうかもしれない。それは仕方がない。映画でもテレビシリーズの後日譚として作った『劇場版ガールズ&パンツァー』とはそこは比べたら完成度で雲泥の差になってしまう。

 だからここは日本軍が使った戦闘機にどうしよる空戦がどんな感じで行われたのかを、それこそ特等席桟敷席最前列から間近に見て堪能するものとして楽しむのが良いだろう。隼とはああやって始動させるのかといった手順がアニメながらも3DCGのモデリングを元にした映像によって描かれ、分かるようになっている。そしてああいった感じに飛ぶのか、ああいった風にドッグファイトをするのかも見せたい場面を自在に描けるアニメーションならではの特質によってしっかりととらえられている。さすがに震電やそのジェットエンジン搭載版が見せた挙動は実機がない以上嘘っぽいところもあるらしいけれど、前翼型の戦闘機がそうあればカッコよい挙動を描いてのけているから構わない。「スカイ・クロラ」の散華もああいった感じに飛べばティーチャーに勝てたかもしれないなあ。あの映画の世界観には合わない挙動ではあるけれど。

レオナとイサオの関係だとかキリエとサブジーとの関係だとか、テレビだったらしっかり描かれた部分がないから感動には乏しく理解も通そう。とはいえそうした一端に映画で触れたらテレビシリーズを振り返ってみて欲しいもの。そしてゲームにも手を出したら今度はそこで活躍しているハルカゼ飛行隊やらカナリア自警団やらゲキテツ一家やら怪盗団アカツキやらへの関心を抱いて彼女たちが活躍するストーリーをテレビで、そして劇場で観たいと願うのだ。カナリア自警団所属の人の皮を被った猛獣ことミントの活躍を見たい、見たい、見たいのだ。

 立憲民主党と国民民主党が合流して立憲民主党と国民民主党ができた。何を言ってるか分からないだろうが俺にも何が起こったのか分からなかった。恐ろしいものの片りんを味わったぜ。いや合流するなら大きい方が「民主党」と名前を戻して戻らなかった人たちが集まって違う政党名を名乗るとかすればすっきりするんだけれど、これでは合流も再編も起こらず単に引き抜きがあってちょっと片方が多く抜いただけって感じになりかねない。党首だって変更無し。いったい何がやりたいのやら。まあ自民党だって保守合同からの分裂なんかも得つつそういうところが潰れていって今もって巨大政党を保っている。立憲民主党もそうなれれば良いんだけれど主義主張だけ立派な御仁が目立ちたいと思い分裂しては各個撃破される繰り返しだからなあ。ここは我慢して大きくなって欲しかった。せめて立憲には頑張ってと願おう。枝野寝ろから来年で10年。


【9月10日】 「ながさとー、ながさとー、永里優季ゲットゴー」ってチャントがまず浮かぶ女子サッカーの永里優季選手が、長い海外でのサッカー選手生活を経て日本へと戻って参加したのが古巣の日テレ・ベレーザはなく、そしてベレーザの選手がよく移籍するINAC神戸レオネッサでもない、神奈川県リーグ2部のはやぶさイレブンであることに吃驚仰天。

 だって普通の社会人リーグのチームだよ。全日本社会人サッカー連盟に加盟している県のリーグで勝ち上がれば1部から地域リーグを経てJFLに上がり、J3というJリーグへとたどり着くことだって可能なチームだよ。そこに女性の選手が加入する。そして男性のサッカー選手たちの中に入ってプレーする。こんなに画期的なことがあるだろうか。こんなに革命的なことがあるだろうか。これは日本のサッカー界、いや日本のスポーツ界において歴史的な出来事だと言える。

 なるほど野球で例えばアイラ・ボーダーズ選手がアメリカの独立リーグに参加しているチームに投手として入団し、男性に混じって女性としては初のプロ野球選手として活動したという例はあるし、日本でも片岡安祐美選手が日本野球連盟に加盟している茨城ゴールデンゴールズで男性の選手たちに混じって投手として投げた事例があったりするけれど、投手という投げる才能に秀でていれば活動はできるポジションであり、また独立リーグやクラブチームといった、頂点から一気通貫したヒエラルキーの中に位置づけられてはいないチームでの活動を、永里選手の事例と重ねて良いか迷うところではある。もちろん偉大な先人たちではあるけれど。

 サッカーの場合は走力からキック力から同じフィールド内でイーブンに扱われるし、ボディコンタクトだってあったりする。同じ男性でもそうした部分で差が出る競技に女性が参加し共に走り、蹴り合い競り合うことが可能かと考えて、小学生とか中学生だったらまだどうにかなっても社会人のチームではやっぱり無理なんじゃないかと誰もが思う。なおかつ日本サッカー協会の下でトップのJリーグから一気通貫したヒエラルキーがあって、そこで勝ち上がっていけば頂点にたどり着けるという道が繋がっていたりする。

 その場所でたったひとりの女性選手として戦う。考えるほどにあり得ないことが起こってしまった。そりゃあ冗談でジェフユナイテッド市原・千葉のゴールキーパーはジェフというクラブチーム全体でもトップクラスに背が高い山根恵里奈選手をレディースからトップチームに上げたら興味深いんじゃないかと言っていたけど、そうしたことが県リーグの2部とはいえ起こってしまったんだからこれはやっぱりすごい。

 チームには兄の永里源気選手がいたりして、フットゴルフには妹の永里亜紗乃選手もいるというから永里一家勢揃いな感じもある。そういう話題も一方におきつつやっぱり選手としてどこまで出来る科興味津々。早ければ9月20日のFC AIVANCE横須賀シティ戦に登場する可能性もありそうだけれど、どうやら無観客試合なので見にはいけそうもない。その日は日テレ・ベレーザとジェフユナイテッド市原・千葉レディースが西が丘で対戦する予定みたいだし、行くのはそっちにしつつ情報を待とう。

 そういえば、アメリカのアカデミー賞では女性の活用も含めてマイノリティへの配慮が足りない映画は、作品賞にノミネートされないって決まりを出して着た。出演者のバランスもあればスタッフのバランスもあって4項目あるうちの2つが満たされていないとダメらしい。さすがにキャスト陣でそうした縛りをガチガチにしてしまうと、意図した映画が撮れなくなってしまう可能性もあるからインターンの部分とか、スタッフの部分でいろいろとマイノリティやら女性やらを織り交ぜてくることになるんだろう。

 そこまでしないと機会の均等が図れないのかって、自由の国で女性の権利も確立していそうなハリウッドに対して思ったりもするけれど、「アグレッシブ烈子」が日本よりも知られて人気になっていたりする国だけに、女性だからといろいろ迷惑を被っていたりする人もいっぱいいたりするんだろう。こうした作法がだったら日本で導入され得るかというと、テレビの現場にも映画の現場にも女性は確かにいたりするけれど、過半かというとそうでもないような気がするし、人種となるとアメリカに比べて日本ではまだまだ日本人が多いから、混ぜろと言われても人材がいるかが問題になりそう。とはいえ世界の潮流となる中で、いろいろと工夫もされていくんだろう。どうなるか。セクハラにパワハラの問題を解決する方が先かなあ。
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【9月9日】 それなりに強かったはずのジェフユナイテッド市原・千葉レディースが今期のなでしこリーグではまだ1勝しかできていなくって、10チームあるうちの8位でちょっと危なっかしい。まだ半分を消化しただけだから後半戦に頑張ればそれなりに浮上もできるんだろうけれど、試合を見ていないだけに何がどう調子が悪いか分からないのでいろいろと不安は残る。13日にホームのフクダ電子アリーナでアルビレックス新潟レディース、20日に味の素フィールド西が丘で日テレベレーザと試合があるから、見に行けたら様子を見たい気もするけれど気力は保つか、時間はあるか。出不精になっていけないなあ。ここは気力を振り絞るか。WEリーグ入りもあるだろうし応援しなくちゃ。

 兄貴分の調子の悪さはなおいっそうな感じで、ジェフユナイテッド市原・千葉はJ2リーグで22チーム中の16位とこちらも中断より下を低迷している。ここのところの4試合で3敗1分だから下降線なのは当然だけれど、それなりに予算もあって選手も揃っていて練習環境は抜群のチームでどうしてこうも勝てないのか。J2暮らしも長引いてすっかり板についた感じ。日本代表がいるようなJ1のチームと長く試合を見ていないと、どれくらい弱いのかもちょっと計れなくなっている。ってJ2でこの体たらくだからJ1に上がってもすぐにまた逆戻りかなあ。どうしたものか。天皇杯ってもう始まっているんだっけ。いずれにしてもKAPPAであり続ける以上は浮上しない気がしてる。どうして変えないんだろうなあ。

 電気グルーヴがピエール瀧さんの薬物事件での逮捕から、ようやく新曲を出したみたいで「Set you Free」って楽曲がミュージックビデオと共に公開されていた。聞いた印象は「虹」みたい、っていうかこういうアンビエンドがかった電気の楽曲は「虹」しか知らないのだから何とも言えない。なぜ「虹」は知っているかは「交響詩篇エウレカセブン」のお陰だと言っておこう。そういう人って多いかも。電気グルーヴといえば昔、桑島由一さんにインタビューした時「電気グルーヴ」を略す時はは「電グル」ではなくて「電気」だと教えられたことを思い出した。そういうものか。作家から音楽プロデューサーになっているみたな桑島さん。また文学に戻ってこないかな。

 池袋駅のちょい北にまた高層ビルが建てられると思ったら、新宿駅の西口でも西新宿ではに小田急百貨店のところに、260メートルもの高層ビルが建てられることになったとか。界隈で1番高い東京都庁すら上回るその建物が、西側から見る新宿の風景をがらりと変えてしまいそうだし、地下のあのかつて集会なんかが開かれていて、今は人通りが激しい新宿西口の雰囲気も変えてしまいそう。昭和が残る雰囲気がこれでまたひとつ、消えることになる。そういえばメトロ食堂が閉まるみたいだけれど、そうした再開発の流れに乗ったものなのだろうか。京王百貨店は乗ってくるんだろうか。小田急だけ建て替えて京王がそのままじゃあバランスも悪いから、タカシマヤのツインタワーが建ち、JRゲートタワーも建っていった名古屋駅前のようになるのかな。

 引っ張っていた議事録を10日ほどかけてとりあえずまとめ、続いて近所のフレッシュネスバーガーに入り浸って締め切りが来た週刊の書評仕事をどうにか終わらせたので、Netflixで見ている新作アニメの最新エピソードなんかを消化する。「デカダンス」はアバター的な肉体を取り戻したカブラギがナツメを誘ってガドルの工場へと乗り込んでは、迫るフギンをどうにか退けガドルを全滅させるスイッチをポチっとな。でもそれってペットにしていたダメおやじ、ではなくってパイプも消滅させることにはならないか。出かける時にお別れみたいにいっぱいごはんをあげていたのは、そうなることをカブラギがしてて板からだけど、知ったらナツメが悲しみそう。というより世界の秘密を知ってどう反応するか。興味津々。

 サイボーグたちが本体に戻ったシーンがサイバーな設定にかかわらずカートゥーン的で、ナツメたちタンカー、すなわち人間のシーンは等身が普通なのは同じ地続きの世界観にしては偉い違いな気がする。だったらサイボーグたちのシーンは電脳空間で、ナツメたちのシーンはリアルワールドかというとフギンが現れバグを始末しチップを抜き取るシーンはある訳で、シームレスに繋がってた世界といった感じ。それであの絵柄の違いはメリハリを付けるためなんだろう。冒険だったなあ。その効果は出ている。サイボーグたちの生き死にに悲壮感があまりないから。そうした軽さとリアルの重さの対比が、混ざり合った先でどんな絵柄になっていくのか。第3の絵柄が出て来たら面白いけれど。

 「Re:ゼロから始める異世界生活」は魔女のエキドナとスバルの邂逅とかあって少しずつ進んでいる感じ。エルザの襲来をどう撃退するか、記憶も存在も奪われたレムに復活の目はあるかなど、課題もいっぱいあるしレムに関しては先行する原作から先は厳しそうだけれど、そんな苦況を幾度となく死に戻っては突破してきたスバルだから、いずれどうにかするんだろう。先は長いが気は抜けない。「食戟のソーマ」は幸平創真と才波朝陽とのバトルがいよいよスタート。5大料理をまとめた皿ってどんなんだ。スパゲティをラーメンで作りつつバターソースでカレー粉をまぶし羊肉といっしょにケバブとしたようなもの? 美味いのかそれ? まあきっと突拍子もないものを見せてくれるんだろう。見守りたい。


【9月8日】 ほおおおお。フジテレビ頑張った。10月に公開となる劇場版「鬼滅の刃 無限列車」に合わせて地上波で、それも土曜日のゴールデンタイムにエピソードの一部を2週にわたって放送することになった。話題性も抜群のプログラムを手にできて、タイミングもバッチリで高い視聴率は期待できそう。Netflixでいつでも見られる番組だとはいえ、そして放送されるのは1部だとはいえ、全国ネットで全国民が一斉に見られるというのは話題性も抜群でフジテレビの名ともども高まりそう。スポンサーだっていっぱいついてお金だって儲けられる。頑張って番組をとって来た編成はそれこそ社長賞ものだろう。

 一方で番組を企画して制作する機能としてのテレビ局にとっては恥辱的で敗北感もたっぷり浴びそうな事態。土曜日のゴールデンタイムだなんてどれだけでもお金をかけられる時間帯に、自分たちの企画を出して注目を浴びて次につなげたいプロデューサーだってディレクターだっていただろう。そう思わなければテレビマンではないとすら言えるにもかかわらず、余所で作られた番組をもって来られてハメられた。悔しいだろうし恥ずかしいだろうなあ。自分たちの作る番組はアニメーションの企画会社が手がけてTOKYO MXで放送されたテレビアニメに叶わないって突きつけられたのも同然だから。

 Netflixが最初は番組を掻き集めてプラットフォームとしての存在感を高めていった先で、オリジナルのプログラムを作ってクリエイターたちにやりたいことをやらせて、より存在感を強くしていったのとは反対に、オリジナルの企画で人気を高めていったテレビ局が、そうやって得た存在感で既にある企画を引っ張って来て放送するプラットフォームと化す。逆の動きをたどっているのが今のこの、テレビと配信の逆転的な状況を示していると言えるのかもしれない。それともここから新しい時代を作っていくんだろうか。

 しかしフジテレビだってアニメに力を入れていない訳ではないのに、自分たちで育てた「PSYCHO−PASS サイコパス」の劇場版が公開されるタイミングで、テレビシリーズをゴールデンに放送することなんて一切しなかった。せいぜいが「ONE PIECE」の特番アニメを作るくらい。それだけ「鬼滅の刃」が凄いってことでもあるけれど、自分たちで育てていく努力をしないと未来がないってことに気付かないあたり、やっぱり将来を捨てているような気がしないでもない。これで特番で叶姉妹がコスプレして登場したりしたら、フジテレビらしいんだけれど。どうだろう。

 伊勢谷友介さんといえば映画「ワンダフルライフ」に登場してそのイケメンぶりを見せてくれたのが最初くらいの出会いだったけれど、東京藝大を出てモデルだとか俳優だとかをやっていたりといった経歴から、眉目秀麗にして才知にもあふれたカッコいいけどちょっぴりいけ好かない人だという印象がしばらくあった。それがちょっと変わったのがリバースプロジェクトという、環境を考えたアイテムづくりを行うプロジェクトを立ち上げたという話を聞いたあたりで、廃材なんかを再利用したファッションアイテムを作ったり、そうしたアイテムを集めたセレクトショップを作ったりしていて、なかなか結構やる人じゃんといった印象を持つようになった。

 俳優としても吹っ切れたのか「翔んで埼玉」でおもしろ半島千葉と言いながら満面の笑いを浮かべたヤバいイケメンぶりを発揮して、性格俳優っぽさを見せてこれからぐんぐんと出ていくような印象を与えてくれていたところにこの大麻取締法違反容疑での逮捕。現物が見つかったのなら容疑ではないとして、あとは初犯で微量なら不起訴なり処分保留となって前科はつかないか、それとも有罪となって執行猶予がつくかといったあたりで今後の活動にも違いなんかが出てきそう。いずれにしても決まっている仕事はしばらく自粛。社会貢献性が見られるリバースプロジェクトについては、代表を離れることになるのかそれはそれでナチュラルなヘンプのアイテムを出していく方向になるのか。大変だなあいろいろと。

 「放課後ていぼう日誌」は魚釣りに関していろいろと指導もしてくれるアニメだけれど今回は、釣り人が捨てた糸がアオサギに絡まって怪我を負わせたりする状況をアニメの中で指摘して、見ればしっかりルールを守って釣りをしようって気にさせられる。それでいて見ていて楽しいところが嬉しいアニメ。もっと売れてくれれば良いんだけれど。前半では顧問のさやかちゃんがいつも笑って瞑っている目を開いていて、それがちょっと怖かった。ああいう目もできる人なんだなあ。そしてライフセイバーとしての水着姿もなかなか良かった。でもやっぱり推しは大野先輩。大きいし眼鏡だけれど寡黙で可愛らしい。実写化したら演じられるのは誰かなあ。考えたい。


【9月7日】 もはや総理大臣扱いだねえ、新聞は菅義偉官房長官を。インタビューをしてはデジタル庁を作ると言わせたり派閥の要望には応じないと答えさせたり。おなじ事を例えば岸田さんとか石破さんにも行っているかというと、扱いは小さく本気度も足りてない。現実として自民党が次の相殺に菅官房長官を選べば、それが総理大臣に選ばれることになるのは既定路線だけれど、日本の首長がそうやって派閥の論理、党のご意向によって決定されるというこの雁字搦めの状況に、メディアが違和感を差し挟まないのがどうにも歯がゆく気持ち悪い。それが日本の間接民主制だからと言われても、認めたくはない状況。どうにかならないものかなあ。かといって直接民主制でトランプ大統領が選ばれる状況も困るんだけれどなあ。

 歯医者に寄ってからフレッシュネスバーガーでネット会見を聞いて記事に。会場前まで行かずに済み会場前に並ばずに済み最前列で写真を撮らずに済み質疑応答でしゃべらなくて済み終わったらその場で原稿を書いて出して帰って寝られるところが近未来。生でえらい人とか有名な人とかに会えないのは寂しいけれど会えてどうというものでもないからなあ。こうやって人は怠惰になり記事はコタツから生まれていくことになる。

 そんなNetflixの日本ローンチ5周年会見で興味深かった事。ドラマ「今際の国のアリス」を監督する佐藤信介さんが「Netflixのプログラムはデータを取られていてそのデータに基づいて作品の企画やキャスト選びが行われると言われているが、そういう話し合いはなかった」と話していた。マーケティングというよりは、何か違った力学が働く民放TVドラマと違う感じ。

 「どうしたら人々が面白い物が作れるか。どうやればさらに次が観たいという気持ちにさせられるかというエンタテインメントの神髄を話し合った」と佐藤信介監督。「気分としては自由な気持ちで作れた。本当に面白いものはなにかと考え続けられた」。いろいろと余計なしがらみから解放され、自由に作れる嬉しさが感じられる言葉だった。

 「余計なことは考えない。ここで恋愛要素を入れようとか考えず、面白くするために必要なことを入れようとだけ考えた」とも話していた佐藤信介監督。テレビ局のプロデューサーがギョーカイ的な感性でグッとラブシーンいれちゃってサトウチャンと呼び掛けるのを苦々しく感じるような構図がちょっと見えた。

 そこに事務所的な力学が作用してのキャスティング面での横やりも入らず、スポンサーに配慮した代理店的宣伝的編成的思惑が入る余地も小さそう。もちろんマーケティングとは違う意味での今求められているものに答える感性って奴は必要。そこをしっかり持ったクリエイターと、それを支援するプラットフォームとしてのNetflixがあって、ダイレクトにそれらを視聴できる視聴者がいるという状況があらためて浮かび上がってきたNetflix日本ローンチ5周年会見だった。日本のTV局も何かの顔色をうかがい忖度していちゃ拙いってことになるんだろうなあ。

 ホームレスという社会の端っこでどうにか生きている人たちがメインの「東京ゴッドファーザーズ」を今見て、なかなか前のようにはなって来ないメンタルに、ちょうど去年の今頃見て追い打ちをかけた「ジョーカー」のようなバックフラッシュが、襲って来ないかと不安もあったけれども、ホームレスという社会の端っこでも楽し気に、虚勢であっても気を張って生きている人たちがいるんだから、住む部屋も稼げる手段もある今のこの身なんて極楽じゃないかと逆に思えて気楽になった柏のキネマ旬報シアター。

 相変わらずあまりにハマり過ぎている展開は、あざとくもありつつストレスを感じさせずにラストまで連れて行ってくれるところがすごいというか、素晴らしいというか。ハリウッドの良質な映画を見ているような気にさせてくれる。ハリウッドだったら高いお金で長い期間をかけて練るシナリオを、日本で完成させてしまった今敏さんと信本敬子さんに拍手。これは「PERFECT BLUE」にも「千年女優」にも「パプリカ』」にだって言えることだけれど、今敏監督作品の絵ではない方の肝であり、日本の映画に必要なものだって気が改めてした。

 見て思ったのは人の動きの自然さと、背景のリアルさって奴で動きについては走っても転んでも立っていてすらピタリと決まる。人間っぽく見えるけど人間が演じてはそうはいかない雰囲気って奴が立ち上る。それでいて表情はどこまでもオーバーで泣き顔笑い顔怒り顔のいずれも人間が演じては絶対に出ない。いやジム・キャリーだったら出せるかな。それくらいのオーバーさと演じる声の演技巧者ぶりが、あざとくも優しい奇跡の物語にあり得ないと思わせながらもあって欲しいと感じさせて引きずり込む。

 そんなアニメーションならではのオーバー気味な展開が、あのリアルな背景で浮き上がらないのがすごいというか、どういうバランスなんだろうかと考えてみたくなる。新海誠監督の背景のリアルさとはまた違ったニュアンスでバランス。同じことを実際の街並みでロケーションして実際の俳優で撮ったとして、同じような映画になるんだろうかと考える。なるんだろうか。やっぱり違うんだろうなあ、赤ん坊はもっと生々しくてホームレスはもっと見すぼらしくて雪景色はもっと寒々しい。それを感じさせない絵がもつリアルとバーチャルの曖昧さ。だからこそ成り立つ物語なのかもしれないなあ。


【9月6日】 NHK広島放送局が手がけた「ひろしまタイムライン」で小学生のシュン君の日記を現代に甦らせたツイートが大炎上した件で、元になった日記を書いた人がそんなはずじゃなかったといった回答を朝日新聞に寄せていた。日記には書いてないし手記にも書いてはあったけれども「奴」といったような言葉は使っていないと話してて、だったらどうして日記がああした口調になってしまったか、それは代筆した小学生がそういう風に書いたからってことになる。

 そうした乱暴な言葉が差別的だと糾弾されてしまったことで、日記の主に迷惑がかかったことはさておいて、差別的だと言われてしまうとNHKの側が想定していなかったのがひとつ、問題になって来そう。分からなかったんだろうか。そしてもうひとつ、そうした乱暴な言葉をNHKが何も校正せずに使ったのだとしたら、書いた子ども達の間にそうした乱暴な言葉をぶつけて良いんだっていう意識が、漂っているってことになる。こっちの方がむしろ怖い。

 子どもだから差別なんてまだ分からないとも言えそうだけれど、特定した相手を「奴」と言って良いか悪いかくらいの判断くらいは付きそう。それでも言ってしまえる心理がじわじわと広がっているのだとしたら、これは将来がちょっと怖い。だからこそNHKには現場でそうした意識に対してのサジェスチョンをして欲しかった。それともNHKの中にそうした意識があって、改正できなかったのか。日記の主の発言自体にそうした意識はなかったと言えるのか。そのあたりをもうちょっと、説明して欲しい気がする。まあしないんだろうけれど。

 巨大な台風が九州から朝鮮半島へと向かっていて、ただでさせ雨が多かった九州とかとても大変そう。何が出来ることもまったくないからご無事でと祈るしかないんだけれど、風速70メートルだなんて風が吹いたら何が起こるのか、分からないだけに現地の人には祈るより逃げることを優先していただきたい。北朝鮮も抜ける可能性があるから、大変な被害が出てその欠損を取り戻すために何か良からぬ計画を推進するんじゃないかといった不安も浮かぶ。電子機器がぶっとんで核ミサイルが発射されるなんてことはまさかないだろうけど、SFだとあったりするからなあ。どうなることか。

 やっぱりポン酢しかいないのか自民党。前の五輪相だった鈴木俊一総務会長が、テレビの番組で来年の夏に開かれることに一応はなっている東京オリンピック・パラリンピックについて、「新型コロナウイルス感染拡大により一部の国が不参加となっても開催は可能といった考えを示したらしい。その理由が、「冷戦下の1980年モスクワでは西側諸国が、84年のロサンゼルスでは東側諸国がボイコットした前例がある」からだとか。いやいや、ボイコットは国が参加するかどうかを自分たちの意思として決定した訳で、新型コロナウイルス感染症の影響で参加したくても出来ないのとは事情が違うだろう。

 そうした国々への残念な意識をまるで組まずに「コロナで十数カ国が参加できなくても、数の上から言えば成立するのではないか」となんて言っちゃうのは、参加国に対する非礼で非道な仕打ちだろう。それよりやっぱり十数カ国が参加できなくなるってことはなく、すべての国が参加しづらい状況に陥るのが国境など気にしないパンデミックの特質。それを分かっているのか分かっていないのか、ボイコットと同じように語ってしまえる時点で、事の大変さを分かってないって現れだろう。そんな自民党が政権を維持していく未来。世界は日本を見捨てないでいてくれるのか。

 新刊が出た遠藤達哉さんの「SPY×FAMILY 4」は幕間的でど派手なアクションがない代わりに、ヨルが頑張って料理を上手くなろうと頑張る姿がなかなか健気で可愛らしい。それが愛情とかではなく、捕まって自分の本当の仕事がバレてしまうのが怖いだけだとしても、慣れないことに懸命になる姿は見ていていろいろと励みになる。とはいえ作ると毒物になってしまうその料理。ナイフの扱いは得意で人肉だったら完璧にバラせるだろう腕前なのに料理はできないものなのか。

 アーニャが赤点をとるのを阻止しようとロイドが学校にしのび込んだところに、ダミアンの成績をいじろうとしていたスパイが忍び込んでいたエピソードも本筋とはあまり関係なさそうだけれど、あれでなかなか良い成績をとっているダミアンをちょっと見直した。アーニャに対していじめとかせず堂々としているし。そんな幕間的なエピソードを挟んでロイドの同僚にして夜帷のコードネームを持つフィオナがヨルを邪魔にしていて自分が正妻の座に納まろうとしているエピソードがスタート。アーニャが心を読んだ時に見えたその全身全霊を込めてロイドを「すき」と思う気持ちの迫力には、アーニャならずとも圧倒されそう。とはいえロイドは気付いていないんだろうなあ。あれでそっち方面は朴念仁だから。続く展開が迫力のエピソードになってくれることを期待。マンガ大賞にも近い作品だし。


【9月5日】 20万部突破は2014年のサッカーW杯を特集した時以来で、近い部数でも日本で行われたラグビーのW杯を特集した時くらいだから、スポーツグラフィック誌であるNumberの1010号「藤井聡太と将棋の天才」で特集された将棋は、サッカーやラグビーに匹敵するスポーツってことになる。いやスポーツじゃないだろうって意見もありそうだけれど、いちおうは頭脳スポーツとして語られることもあるから大丈夫。これまで取り上げられなかったのは藤井聡太二冠ほども一般に知られて興味を持たれるスターがいなかったからってだけだろう。

 本当だったらオリンピックを挟んで大盛り上がりだったはずのスポーツグラフィック誌が売り上げの核をお預けされ、そして新型コロナウイルス感染症の拡大防止を目指したスポーツの自粛で野球もサッカーもすべてが縮小となって雑誌を満たすだけのネタに乏しくなっていた。かつては何度か取り上げられていたF1も最近はとんとお見限り。日本人ドライバーがおらずスターと呼ばれるドライバーもルイス・ハミルトンくらいしか知られていないような状況で、10万部とかを売る誌面が作れるとは思えない。

 そうこうしているうちにホンダエンジンを搭載して一時代を気づいたウィリアムズが株式を売り払ってウィリアムズ家のものではなくなるといった話も浮上。開発費用もかかる状況で家業として行うのは大変だって状況もあるんだろうけれど、一方で貴族のスポーツ的な立ち位置でそうした伝統ある家業も運営できていたものが、世界的なパラダイムシフトの中で競技として価値を下げ、結果として投資対象としても価値を下げていろいろと厳しくなっていたんだろう。

 そうした時代にあって、売れるスポーツになって来た感じも見える将棋だけれど、藤井聡太二冠に偏りすぎていて他の棋士ではやっぱり売り上げは伸ばせそうにない。だから藤井二冠の名人位奪取が業界的には大きなセールスポイントになっていきそう。それには3年はかかるのが難点か。飛び級なんて認められるシステムではないからなあ。どこかそんな藤井二冠のために賞金1億円とかのタイトルを創設するなら別だけど。あとは羽生善治九段がタイトル100期を成し遂げるか、くらいか。それもパンチは弱そう。やっぱり来たれ女子小学生プロ棋士か。

 Lenovoのx280で使っていた純正ACアダプタの調子が悪く、出先でUSB TYPE−Cのコネクタに接続しても充電が始まらない状況が繰り返して起こって難儀する。USB TYPE−Cというコネクタの構造なのか、転んだりPCを落下させたりした際に歪んでしまってうまく通電しないくなってしまう。予備で買っておいたACアダプタも同様の症状が出てまったく繋がらなくなっていて、手持ちの1つが止まるとPCが死んで目下の議事録作成作業が滞るので、よっこらしょと秋葉原まで出かけてジャンク屋でLenovoのACアダプタを探したけれど、TYPE−Cのものは出回っておらずちょっと焦る。

 とはいえLenovoに限らずTYPE−Cから電源をとれるようになっているPCが、Mac Bookほか出回り始めているのだから、何か方法があるだろうと思い至ってヨドバシアキバに言ってACアダプタをいろいろ探して、パワーデリバリー対応のUSB YPE−Cからの充電が可能な60WくらいのACアダプタを見つけ、これとTYPE−C⇔TYPE−Cのケーブルで結べばあるいはと考え購入。戻って試して通電したのでまずは一安心。この土日にどうにか仕上げようと決意する。決意しただけだけど。

 しかし秋葉原、メイドさんの客引きが多くなったというか、ラジオセンター前の道路を総武線に沿って歩くと道の中央に感覚を開けて立っていて、そして九十九電機からコトブキヤへと向かう通りにわんさかといてお客さんを引いている。その延長で末広町まで続く裏通り、キッチンジロー前から北へと延びる道路にもやっぱりいっぱい立っていて、声をかけてくるんだけれどそれでいったいどこに連れて行かれるのやら。

 中央通り沿いの歩道にもやっぱりいっぱいいたりして、とても美少女とかとてもスレンダーとか目にも可愛い子もいたりする状況にいったいこれは何が起こっているんだと思ったりもする。そもそもどういう店なのか。普通にメイド喫茶なのか違う系統の店なのか。入る気もないしお金も乏しいのでスルーだけれど、時々みかける芸能人クラスのルックスの子とかスカウトされず芸能活動もしないで何をしているのか、ちょっと気になった。メイドの客引きは増えキッチンジローは閉店前に行列ができてクレーンゲームは「鬼滅の刃:のプライズがわんさか。今はそんな秋葉原でした。

 朝日新聞がウイングを広げて伝統的な家族間から離れているといって稲田朋美議員を持ち上げている感じがまたしてもするけれど、そうした記事を通じて、女性が首相になる可能性をしょっぱなから潰してくる自由民主党の総裁選びについて、憤りを表明している稲田議員の動静を伝えていく中から、問題意識が浮かび上がってそうした可能性へと近づくことがあるか。あれば面白いんだけれど、現実において派閥が推しを決めたらそれに従わざるを得ない政党政治における国会議員たちの立場が、これからも永劫に近い期間を日本から女性首相の誕生を遠ざけそう。

 あるとしたら自民党が政権を維持できないくらいの議員数になり、連立なり政権交代なりが起こった時に推され立てられるなり、率いて立つことがあるかだろう。その場合は自民党の女性議員ではなく連立先の誰かだったり、率いる女性リーダーだったりするからやっぱり稲田議員にも、野田議員にも出番は回って来ないってことになる。むしろだから小池百合子東京都知事の方が立場的になりやすいって印象。今後稲田議員なり野田議員が党内において派閥を率いるぐらいになれば別だけれど、それこそ可能性が見えないからなあ。永劫にメルケルも蔡英文もサッチャーですらも日本からは登場しないのでありましょう。


【9月4日】 「響〜小説家になる方法〜」の柳本光晴さんによる新作漫画「龍と苺」の最新刊が出たので感想を書く。中学生の女子がクラスメートの男子をいきなり殴り倒したり、校舎から飛び降りようとしたりといった突飛な行動をし、そして将棋に挑んで天才を発揮するところは「響」と共通したフォーマットだけれど、年少の天才が体制に挑んで突破し壁を破壊するような展開、それ事態の面白さに加えて「龍と苺」の場合は将棋という場において女性がおかれているなかなかに大変な状況が、くっきりと指摘されているところが「響」とは違った意味を持ちそう。

 つまりは偏見。女性は将棋が弱いといった見方から、バカにされ続けている描写が重ねられている。いくら何でもここまではと思わないでもないけれど、こちらは女流棋士が登場する「永世乙女の戦い方」では奨励会二段で戦う女性の棋士から女流棋士がコンパニオン呼ばわりされていて、そういう目を浴びる場所にいたってことが伺える。「りゅうおうのおしごと!」でも釈迦堂里奈というエターナルクイーンが女流四段の棋士が誕生し、女性が弱くないと認めて貰えるならカテゴリー分けされている女流棋士制度なんてなくなっても構わないと訴える。女性のプロ棋士が1人も出ていない状況が生む偏見を、突破するだけの活躍を苺が見せてくれること。そこがだから「龍と苺」の読み所なんだと思いたい。「響」のコピーなんかじゃ絶対にないぞ。

 早くもないけれども起きだしてTOHOシネマズ新宿で初回の映画「Reframe THEATER EXPERIENCE with you 」を見る。2019年10月に渋谷公会堂ことLINE CUBE SHIBUYAで開かれたPerfumeのライブを収録した映像だけど、東京ドームとか開かれるライブとは違ってライゾマティクスがばりばり関わってPerfumeをひとつの素材としたメディアアート的なインスタレーションになっているといった感じだった。
B  あーちゃんとかしゆかとのっちが並んで歌って踊るところはライブだけれど、背景に投影される過去からの写真だった映像だったりがグラフィカルにデザインされててコンピュータのモニターを見ているよう。いろいろと動くグラフだとかノイズなんかもただ適当に出しているだけじゃないんだろう。ライゾマティクスのことだからライフログだか過去からの蓄積だかを可視化でもして投影しているんじゃないかと想像した。ここはUDキャストで真鍋大度さんの解説を聞いた方が良いかもしれないんでまた行こう。

 衣装もトーガのように垂れ下がっている感じで両足がにょっきりと見えることはないのが残念というか。片方だけでも見えているならそれは嬉しいんだけれど、でもやっぱりヒールをはいてもしっかり両足でステップを踏むPerfumeを大きなスクリーンで観たかった。ふつうのライブを映画館で上映するようなイベントだったらなあ。そういえば昔、アメリカでのライブを日本の映画館に中継するイベントを見たんだっけ。あの時もライゾマティスクが絡んでたっけどうだっけ。

 サウスバイサウスウエストで見せたような3人のスキャンデータをコンピュータの仮想空間に再現してはリアルとバーチャルを行き来させるような演出はなく、リアルで踊っている3人の背後だとか、周囲を行き交うプレートにシルエットの形で映してみせていた程度。背後からスポットをあてて影を投影しているだけって思われたかもしれない。まさかそういうことはないだろうね。どうだろう。とてつもなく巨大なボードに映し出していたNHKホールでのPerfumeとライゾマティスクの公演よりは小ぢんまりとはしていた。

 その分、Perfumeの結成から20年でメジャーデビュー15年を振り返るような演出はあった。過去の楽曲だか公演のタイトルをいいながらポーズをとるとか。追いかけて来た人が見れば懐かしいところもあったかもしれない。衣装では中間に出て来たものがわりと胸元がタイトでのっちとか大きいなあと思えたのが良かった。あとスクリーンに大きく映し出された肢体を下からあおる関係で、足とかグッと迫ってくる感じがあったのも嬉しかった。ライブで最前列で見たってここまで大きなあーちゃんやのっちやかしゆかには出会えないから。だからこそ普通のライブを上映して欲しい気も。

 最後は3人はそれぞれご挨拶してあーちゃんが泣いてそして終了。渋谷公会堂とは言ってもLINE CUBE SHIBUYAとは言わなかったのは個人的には楽しかったかも。ってかYahoo!と合併して名前はどうなってしまうんだろう。まさかpaypayホールになったりして。球場じゃないんだから。

 何かのためのメモ。2011年8月3日にユーフォーテーブルカフェで開かれた「住めば都のコスモス荘 すっとこ大戦ドッコイダー」のDVD−BOX発売を記念してのトークイベントをのぞいた記録を引っ張り出す。「昔の日記を読み返したら、やっぱりどの話数でも褒めあげていてそして2003年の上半期では『LAST EXILE』に並んで第1位のアニメだったって結んでた」と「ドッコイダー」が凄いアニメだったことを振り返り、「なるほど分かる。それは分かる。『LAST EXILE』はやや最終回でキャラが不思議な展開になったりもしたけど、それでも雰囲気とクオリティだけはラストまで維持していってくれた。一方の『スットコ大戦ドッコイダー」は毎話が超クオリティ。実験的えでもあれば映画的でもあってそして楽しく面白かった」と讃えている。

 そんな「ドッコイダー」がDVDボックスになって次はブルーレイディスクだと思ったものの、トークイベントに集まった人数は、当時のツイートによればたったの9人だった模様。「1人で1000個も買えば1万セットは……ってうーんやっぱり今はまだ知名度的にはこれくらいか」とボヤいたのも分かる。今だったら近藤光さんが出てくるってだけで違う意味でいろいろ騒がれそうだけれど、作品の知名度的にはやっぱりまだまだだなんだろうなあ。それでも「空の境界」を作り「鬼滅の刃」も作った会社。その原典としてここで盛り上がってくれれば嬉しいから、やっぱりブルーレイディスクを目指して欲しい。お金ならあるんだろうし。


【9月3日】 藻野多摩耗夫さんの「さいはての終末ガールズパッカー」(電撃文庫)が百合でSFだった。太陽が寿命を迎え寒冷化する地球で、寒村に暮らしていたレミという名の少女が亡くなった母親を埋めにいった場所で自動人形を掘り当てる。ゼンマイを巻いたら復活した自動人形はリーナという名で、片方の腕が動かない故障があって記憶も飛んではいたけれど、とりあえず動いてはいた。そんなある時、ラジオから東に楽園があるからおいでよといった声が流れて来た。

 失われた技術なのにラジオに音声を乗せられるなら、リーナも治せると思ったレミは、祖父が亡くなったのをきっかけにムラを出て楽園らしいその場所に向かってルート66を歩き始める。途中、人が来なくなったホテルで客を待つスロットマシン型フロントロボに出会い、何かを運ぶ女性ドライバーにも出会った先、稼動するエネルギー源をだましだまし使って集落を維持する人々もいて、ロボットたちは主人を失い壊れていき、人間は残るエネルギーを使い懸命に生きている様が描かれる。

 そんな出会いを経てたどり着いた楽園「エリシオン」で人間のレミと自動人形のリーナは世界の有様を知る。人類がどうなっているのか。そして自動人形たちは何を望んでいるのか。そんな物語は漫画の「少女終末旅行」的だけど、レミにはリーナを直すという目的があり、リーナもかつて失った愛しい人の思い出を繋げたいとの願いがある。だから前向きな2人の姿に、頑張ろうという気にさせられる。そんな2人の今の思いとは別に過去に起こった悲劇も綴られリーナの数奇な運命が明かされる。2度までも繰り返すのか、それとも。滅びの運命は変えられなくても、残る時間の過ごし方に希望を見たい物語。人間よ頑張れ。生きているそこが楽園だ。

 日付が変わったのと同時にkindleで買って読んだスポーツグラフィック誌「Number」の1010号は何と将棋特集。昔から頭脳スポーツとも呼ばれている将棋だからこうしてスポーツ誌が取り上げても不思議はないと言えば言えるけれど、あの羽生善治九段の七冠制覇の時ですら、特集は組まなかったから今回の特集の特別ぶりがうかがえる。

 とはいえそこはNumberだけあって記事がだいたいNumber調というか、野球でもサッカーでも技術解説なり戦術解説といったものではなく、プレイヤーの人間ドラマがメインになっている感じ。金子達仁さんが中田英寿選手を中心にアトランタ五輪での五輪代表がどう崩壊したかを描いたような。だから読んで藤井聡太二冠のどこがすごいとか、棋聖戦で渡辺明名人を相手にどれだけすごい手を打ったとか、王位戦で木村一基九段を相手にどれだけ圧倒したかは読んですぐには分からない。とはいえ渡辺名人が失冠した夜に東京へと戻ることになったら、岐路にインタビューを受けて欲しいと前日に親しい記者にLineでコンタクトを取った話は面白かった。

 どこまでも冷静で客観的に自分を見られる棋士だとはいえ、タイトルを失うことを前提にして失ったその夜に記者を帯同して心情を吐露すると言える棋士がいったいどれだけいるのだろう。人となりが分かる記事だった。あと藤井二冠がとてつもなく強い上に発想がぶっとんでいて、現時点において最強と目される渡辺名人ですら唖然とするところがあるというのも分かった。やっぱりすごいんだなあ、藤井二冠。そんな藤井二冠が得意とする矢倉が今、どういう状況にあるかの解説は勉強になるかも。桂がさっさと跳ねていく傾向にあるため銀を上げて矢倉を組むことが少なくなっているんだとか。それも時代か。

 森下卓九段が名人だった羽生善治九段に挑戦した時のエピソードなんかも書かれてあって、その日に電話する必要があって局面はすでに終盤で自分が羽生九段を追い詰めていてどうしてそこで投げないんだとイライラしていた森下九段。名人なのにみっともないとすら思っていたようだけれど、そんな心境から放った緩い手を見逃さず羽生九段は攻め手を外して逆転に出てそして勝利してしまったというからやっぱり凄い。盤面に集中していれば勝てたかもしれない森下九段は1勝4敗で敗退し、結局今にいたるまで1度もタイトルをとれずにいる。ここぞという時の集中力の違い、執念の差というやつが出たんだろう。

 そんな先人たちをも驚かせるのだから藤井二冠のやっぱりとてつもない棋士であることよ。そんな藤井二冠を生んだ東海の板谷一門に関する記事もあって名古屋出身として面白かった。まずは板谷四郎九段がいて石田和雄九段なんかを輩出しつつ息子の板谷進九段を送り出し、その進九段の門下として小林健二九段や杉本昌隆八段が出てそんな杉本八段の下から藤井二冠が出たという系譜。東海にタイトルをという願いをずっと抱き、名古屋に同情を開き研修会も営みいつかは将棋会館もと思いながらも進九段は若くして亡くなってしまう。

 そして四郎九段も亡くなってしばらく。かなわぬ悲願がようやくかなった板谷一門の喜びを、ちゃんと拾っているところがそれなりに分かった人が編集していると思ったのだった。いつかはそんな藤井二冠の門下から、さらにすさまじい棋力を持った小学生女子が出てくる……なんてことはさすがにないか、それも2人もとか。

 毎日新聞に続いて朝日新聞沙汰にもなっていたキッチンジローの2店舗を残した一斉閉店。神保町に寄ったりした時に三省堂から近い、神保町シアターの向かいくらいにあった店を割と使って2品盛りとか食べていたし、東京ビッグサイトでのイベントを取材した帰りにゆりかもめで新橋まで戻ってきた時に、ニュー新橋ビルの地下にあるキッチンジローに時々入って食べていた。決して安いとは思わないけれども適度な値段で適度なボリュームを味わえるところと、適度なチェーン店として味もメニューもだいたいわかるところが良かった。

 ほかだと秋葉原の店かなあ。旧日通で今はベルサール秋葉原の裏にある店で食べていたっけ。いつも混んでいるけれど、時折カウンターが空いていると飛び込んでいた。そんな安定と安心の店であってもこの状況ではお客さんが入らず、売上が減ってしまって店を占めざるを得ない状況になってしまった。普段だったら神保町界隈はオフィスもあるし学生さんだっていてにぎわっていただろうし、秋葉原だって東京オリンピックとかがあって海外からわんさか人が来る中で、しっかりと売り上げを維持していただろう。それが全部吹っ飛んで、なおかつ回復の見通しがまるで立たないとなると、戦線を縮小せざるを得ないんだろう。


【9月2日】 報道番組ならやらせは厳禁だけど、情報番組なら演出で認められるかというと難しいのは最近は、報道番組のようで新製品とか新サービスを扱う情報番組のようなことをやったり、逆に情報番組であるにも関わらず政治だとか社会といったネタを流していたりするからで、どっちがどっちと切り分けが難しいならここは基本として仕込みだとかやらせは極力廃する方向でいくのが筋なんだろうけれど、それをやっては番組が予定通りに仕上がらないという心配から、仕込んでうまく撮れるように誘導してしまったのだろう。

 それが、テレビ朝日のスーパーJチャンネルで起こった、業務用スーパーの紹介で登場した人がディレクターの教える俳優学校の生徒だったという一件。ただ知人でも一般人に頼んで日頃は行かない業務用スーパーに買い物に行ってもらうんだったらまだしも、俳優を使うのは完全に演技であってフィクションであって、やらせなんてものを超えるヤバさを含む。たとえ情報番組であっても街で出会った人に演技をつけるとか、コメントを用意するといった仕込みだったらまだ予想の範囲内にあるものが、完全にドラマの世界に入って情報番組ですらなくなっている。

 これにはBPOも演出の範囲内とは言えずテレビ朝日に対して放送倫理違反だったと結論づけざるを得なかった。だったらどうなるかというとドラマがやっぱり台本ありのバラエティーに戻るくらいだろうというのが、今のテレビ番組事情といった感じ。時間をたっぷりとかけてロケして断られながらも多くの人にあたって出演してくれる人を見つけ出し、なおかつ有意な回答を引き出すような手間を予算的にも日程的にもかけていられない状況で、確実に撮れ高を上げるには多少の演出とそして事前打ち合わせという名の仕込みは避けられない。そうやって早く安く質はそこそこの番組を量産しないと、プロダクションもテレビ局も保たない時代に来ているってことなんだろう。大変だなあテレビ業界。

 そういやあそんなテレビ業界に1年前から3カ月、関わっていろいろと心労に心を痛めたんだった。こちらは逆に天下のNHKが相手の仕事で、やらせだとか仕込みなんか絶対にダメといった中で番組に最適で、なおかつ確実に出てくれそうな人を探して頼むブッキングめいたことを受け持って、揃わないスケジュールと来ない返事に心が壊れかけたんだった。どうにかこうにか出演の許諾を得て収録も終わり番組が出来上がったころには、午前中に家から出られなくなっていた。新型コロナウイルス感染症の影響で逆に家から出ないように言われた果て、どうにか落ち着いたけれどもまたやってみたいかというと、やってみたい気もするなあ。乗りこえればあるいは。しかしやっぱり。迷うところであります。

 民放テレビ局のヤバさについては東大とハーバード大に合格した話を「よくひとりぼっちだった」という本にして渋谷陽一さんのラジオ番組に出て名を知られたモーリー・ロバートソンさんが、最近のテレビ出演の経験なんかをもとにツイートを重ねて指摘していたのを読んで、元よりそういう感じのところはあったけれどなおいっそう大変になっている感じがしてきた。予算と効率から来るやらせの問題については古くから取り沙汰される問題だけれど、最近は番組におけるいじめだとか差別だとか裏の取れてない情報の流布といった、メディアとしてちょっと拙い事態が日常的に起こっているらしい。

 モーリーさんはこのあたり、「報道、バラエティーともに瞬発的なセンセーショナリズムを追う演出が以前より目立つようになった」「生煮えの企画が多く、見切り発車の頻度が増えている。情報番組ではファクトチェックが入念になされない」といった指摘をしていた。より視聴率を稼ぎたいがためのセンセーショナリズムへの集中が、それを望む視聴者の要望でより濃縮されていく循環があるんだろう。あと「テレビが衰弱し続ける中で手っ取り早い『いけにえ』を見つけ出そうとする傾向」があるとも行っていて、このところ相次いで問題化したリアリティ番組が演出によって個人を貶める方向へと流れ、自殺者を出すような問題も指摘している。

 「業界がコンプライアンスを働かせるべきです。加えて視聴者も出演者もいじめに加わってはなりません。こんなことを言わなくてはならない状況がそもそも異常です」とモーリーさん。当たり前に守られるべきことが視聴率と効率の前に無視されているということだけれど、それでなおテレビが保っているのはそうしたものを望む視聴者もいたりするからで、だからよりセンセーショナリズムに走らざるを得ないのかというと、流れを断ち切る権限はテレビ局の側にあるのだから、やらないと決めてあとはそうしたものを望まない視聴者を育てていくしかない。かつてTBSがワイドショーの過熱化を懸念して、「はなまるマーケット」を作ったように。出来るかなあ。やらないとさらなる地獄だよなあ。

 「新・サクラ大戦」にはまったく触れてないけれど、それとは別に「サクラ革命〜華咲く乙女たち〜」なるゲームがスマートフォン向けに作られることになったようで、それに関するアニメーションがテレビシリーズ1話分くらいの長さで配信。時代は太正から100年は経った2011年くらいの東京だけれど、霊子甲冑だかが時代遅れなのか敵めいたものにおそわれる中、新たにヒロインになるらしい少女がその一部を身に纏って戦うような展開になっていた。モビルスーツがバリアブルギアに替わったような、あるいは霊子甲冑の擬人化めいたデザインだけれど、これならずっと顔が見えてボディラインも見えるからファンには嬉しいのかも。監督は伊藤祐毅さんという人で制作はクローバーワークス。良いできだったんでテレビシリーズ化があると良いなあ、ってそういや「新・サクラ大戦」のアニメ、まだ見てなかったんだ。だってなあ、藤島康介さんじゃないもんなあ。


【9月1日】 実家に帰って中日新聞を見るとやっぱりテレビ覧から見て何が放送されているかを知る身からすると、新聞にとってテレビ覧とはネットにアクセスをして見づらい番組表を探して見つける手間をかけずに、パッと見て網羅的に番組を確認できるという便利さを持ったコンテンツであるだけに、日本とは放送事情も新聞事情も異なるニューヨーク・タイムズでの話とは言え、時代の変化がテレビ覧すら不要とし始めていることを改めて強く感じさせられる。

 81年にわたってテレビ覧を掲載してきたニューヨーク・タイムズが全国版では止めていたけどニューヨークでは続けていたテレビ覧の掲載を止めるとか。見たい映画があったとしてもNetflixなで配信されているから今更テレビで確かめる必要なんてない。そもそも地上波のテレビを見る週間がだんだんと細っている。だからといったところか。日本でも配信が結構な比重を占めるようになるとテレビ覧なんて見向きもしなくなるというか、もう1年くらいテレビが着かない状況にいる身では、テレビ覧もまるで不要になっているからなあ。

 HDDが内蔵されているテレビだと、EPGの番組表がリモコン操作でテレビ画面に出て、そこから録画予約をできるからテレビ覧なんてやっぱり不要。とはいえ、全体を眺めるなり番組の紹介を読むなりといった機能は必要だから日本では今しばらくテレビ覧は残り続けるのかも。日経みたいに中に入って最終面からは追い出されるかもしれないけれど。そこにはもっと大切な記事を載せた方が収益になるとかいって。

 文庫本では西島大介さんが3部作とも表紙のイラストを描いていた越谷オサムさんの小説『いとみち』だったけど、映画化が決まって応援のためのクラウドファンディングがスタートして、そこにあの安彦良和さんがイラストを寄せたTシャツのリターンが登場したから驚いた。3部作とも解説を担当したから全部読んでいるけど、登場する津軽弁が濃いメイドの相馬いとはもちろんのこと、先輩メイドで子持ちの幸子もマンガ家を目指している智美も、脱サラした店長もヤバい仕事をしていそうなオーナーも、ちゃんとしかkり特徴をとらえて描いている。安彦さんもやっぱり読んだのかなあ。読んだから描けたんだろうなあ。

 安彦さんは応援メッセージも寄せていて、「女子高生、美少女、ローカルであったかい人間模様、リンゴ、岩木山、桜、そして津軽三味線、おまけにメイド喫茶!当たる要素がてんこもり!これだば当たるんでないべか。ぜったい当たるっきゃあ!当たるんでないかい、、、。」とあるからこれはやっぱり絶対に読んでいる。ほんとうにそう、当たる要素がてんこもり。解説で僕も女子高生でメイドで津軽弁でといった具合にキャラクターが濃すぎてライトノベルみたいだと書いたというか、そういう小説だから僕に解説の依頼が来た。

 そうした感想を安彦さんも持つくらいに突出して特徴的なキャラクターと設定に溢れた小説が、まずは映画になるんだけれどこれを機会に安彦さんが監督でもしてアニメーション映画にならないかなあ、なんてちょっと思ったりもする。いや漫画の安彦さんが描くちょい、ドラマチックなタッチとは合わないけれどもこうしてイラストに描いたキャラクターとその仕草、そして動きの感じで描けば大人も見て楽しめる映画になりそう。ちょっと期待してみたくなる。

 もちろんもうちょっと萌えな要素を乗せたキャラクターとビジュアルでアニメにしてくれても嬉しいかも。弘前が舞台となった「ふらいんぐういっち」のようなほんわかとして迫るところはグッと迫ってくるアニメ。音楽のところとか「けいおん!」とか「響け!ユーフォニアム」のような作画力でもって描けば目にも迫り耳にも響く映像になりそうだけれど、それだけの技術力を持ったスタジオがあるか。そして声優は。実写と同じ駒井蓮さんが演じても良いけれど、青森出身の三上枝織さんがいるからお願いしたいところ。津軽弁のクリスタ・レンズって感じになりそうな。

 ともあれこんなイラストの安彦絵は貴重なので申し込もう。文庫解説で稼がせてもらった、といっても遠い昔の話だけれども名刺代わりにできる仕事にしてもらえそうだということで、感謝の意味もこめて応援したい。それこそロケ見物にだって行きたいけれどこれ青森は遠いしなあ。いや今だと朝の7時に家を出れば新幹線を乗り継いでお昼前には青森駅についてしまうのだ。上野発の夜行列車に乗って降りると雪だなんて話はもう昔なのだ。考えよう。

 5時間ほど働いてから帰宅しようと乗った東京メトロ東西線が、原木中山駅にさしかかったところで急停車。いつもの人身事故がどこかで起こって非常停止ボタンでも押されたかと思ったら、乗っている車両が人身事故を起こしたとかでこれは長引きそうだと居座りを決めこもうとしたものの、すでに半分くらい入っていた原木中山のホームに降りられるようだったので、先頭車両まで行って開いていた扉から降りて前を見ると、救急隊員が何かいろいろと作業をしていた。つまりはってことだけれど、そこに群がるように普通の乗客もいたのが気になった。見て嬉しいものでもあるまいし。それでも見て撮れたら嬉しいのだろうか。そいう時代なんだろう。

 さて歩いて西船橋まで行くかと考えたものの、線路は川の上も渡っているから道路だと遠廻りを余儀なくされそう。だったらと地図で見たら総武線の下総中山駅の方が近そうだったので、20分ほど歩い下総中山駅まで出てそこから総武線で無事に帰り着く。調べると地下鉄は20時過ぎまで止まっていたもよう。たぶん車両も点検に入っただろうから乗ってはいられなかっただろう。ちょっとした運動になった。涼しくなっていたのも良かった。事故に遭われた方は無事だったんだろうかと、言うのお口寂しいけれどもやはり無事は願いたい。いつ自分がその身に陥るかも分からないだけに。



(ACCESS COUNTER '96.07.20)


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