Last Updated 2019/7/16
日刊リウイチ
TUNAGATTEIRUNOYO
「1998-1999年lain日記」

リウイチとは誰だ?
リウイチとは奴だ!

薄い髪に伸びた髭
趣味はアニメと女子サッカー

日刊リウイチとは
そんな胡乱な野郎の日々を
無限に綴ったページなのだ

ワーニングワーニング

(ホントはただの日記です)

◎積み上げた本の数が這々の体で1800冊に達した『積ん読パラダイス』だけど記念事業もなく、これからも地味に静かに増量方針。ライブドアブログの方で『積ん読パラダイスinBlog』なんてのも作ってみたけど誰が見ているのやら。
落ち行く世界で孤独な少女がロボットと出逢い、つかの間の交流を経てそれぞれの道を選ぶ。切なくも哀しく、そして愛おしい狩野典洋の短編アニメーション『ノアのハコ庭』に全人類よ、涙せよ。
【7月16日】 「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」のアニメーションの第1期を13話分、映画館でずっと見続けて楽しいかと聞かれれば、楽しい場合もあれば楽しくないかもしれにあ場合があると答えるしかなさそう。「ガールズ&パンツァー」のテレビシリーズを6時間くらいかけて観るようなイベントに出たことがあるけれど、それはイベントで唯一性があってなおかつ連帯感も醸し出される中での鑑賞だから長時間でも耐えられるし、むしろだんだん楽しくなる。これが何度か企画されるプログラムとして、日中の平日に街中の映画館で実施されて果たしてふらりと入って見続けるか。それならNetflixなりAmazonPrimeVideoをながら観た方が楽じゃないか。そんな気がしないでもない。

 池袋にあるシネ・リーブル池袋が始める「アニメZONE」という企画は、「ダンまち」に限らず「さらざんまい」とか「ちはやふる」といったテレビシリーズを全話一挙だったり半分ずつだったりするものの、割とまとまって上映して見てもらうというもの。オールナイトで1回限りではなく、都合に合わせて選んで行けるメリットはあるものの都合を付けてでも観に行かないとといったモチベーションは沸きにくい。そのどっちがアニメ好きにとって原動力となるか、ってあたりが正否を分けそうな気がする。「ちはやふる」の1期24話一挙見とか、したいかって言われるとちょっとと口ごもる。

 「さらざんまい」の13話まとめても似た感じ。そこまでのめりこめるアニメだったっけって思うし。ましてや「さらざんまい」の応援上映っていったい何を応援するんだろう。見て見たいって気もするけれど、見なきゃいけないって義務感は沸かない。これがキンプリだったら毎日だって行きたいかも知れない。そういう層が確実にいることは分かるから。その意味ではなかなか不思議なプログラム。一挙見をしたファンがいそうな作品をもうちょっと選んで並べれば面白いのになあ。「serial experiments lain」の一挙見だったら行く人割といたりするかも。あと「ジェネレイターガウル」とか「ココロ図書館」みたいに今はNetflixだって見られないような作品なんか。どういうラインアップになっていくのか、お手並み拝見と今は決め込もう。

 そうか「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」のアニメーション第2期はアポロンとの戦争遊戯から開幕か。英雄への道を少し歩み始めたとはいっても泡沫ファミリアでヘスティアとふたり、日々をどうにかしのいでいるだけのベルたちでは勝てる相手ではないけれど、そこは過去に繰り広げてきた戦いや広げてきた交流がものを言って仲間が集い、ベル自身も大きく成長をして挑んでいく展開がすでに小説で書かれている。そんな中でリリルカ・アーデというサポーターの少女の過去とベルへの思いが明かされ、美の化身でベルに執着するフレイアの企みめいたものも巡らされていく、といったところ。

 豊穣の女神亭で働くシル・フローヴァにまつわる謎も仄めかされていたけれど、その後にイシュタルとの諍いや言葉を話す知性をもったモンスターとの交流、そして地下深くでの壮絶な戦いなんかもあってそうした奸計が浮かび上がって来ることはなかった。地上へと戻ってインターミッション的な展開になっている小説版の方でこれから、ベルという少年の生い立ちやシルとフレイアとの関係なんかも語られつつ、一方でアイズ・ヴァレンシュタインの出自とその存在の持つ意味なんかも語られていくんだろう。重層的になって来たけど風呂敷やや広がり過ぎなんでちゃんと畳んでくれるかが心配。どこまでも広げて畳まないまま30年とかちょっと年齢敵についていけないから。

 日本から異世界へと行ってチートな能力を得られればそれは幸福かもしれないけれど、日本から異世界へと来られてチートな能力を爆発でもさせられたらそれは迷惑極まりない話。過去に世界を幾つも滅ぼした異能の発動なんかがあったことから、その世界では日本から召喚された「迷い人」なる存在を、片っ端から殺害するようになっていた。そんな役目を受け持つのが処刑人。メノウという少女もそんなひとりで、日本からまた2人が召喚されたらしいという話を聞いて駆けつけては、無能だからと王に言われて追い出された男を橋の下で見つけ保護するふりをしてグサッと頭にナイフを刺す。

 いきなりの処刑。いきなりの絶望。無能なのにと思ったら、それでどうして近くにあるものを完全なまでの消滅させる力を実は秘めていた。その使い方を覚えてなおかつ暴走させたら世界はどうなった? だから処刑して当然といった設定がまず明かされて、そしてそけいしたくてもできないパターンに陥った時にどうなるかを描いたのが、GA文庫大賞で「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」以来の大賞作品となる佐藤真澄さんの「処刑少女の生きる道(バージンロード) ―そして、彼女は甦る」(GA文庫)」という小説だ。

 メノウという少女がようやく見つけ出したもうひとりの召還者は、ほんわかとしていて優しげでそして暴走する気配もあまりにあ。けれどもやっぱり殺そうとしたら殺せない。死んだはずなのに時間を巻き戻して甦ってくる。そんな体質ではいかんとしもしがたいと、確実に殺せる場所へと連れて行く旅が続く中にメノウの同僚で戦闘のプロだとか、王族の姫でこちらも戦えば強い女子が出てきてくんずほぐれつする中で、メノウを動かしていた使命感の元になっていた人物の裏切りも発覚。さらには確保した召還者にもどこか謎めいたところがあって、何層にも話が重なって見えてきた。旅は続くけれどどこへ向かうのか。世界を滅ぼす力を持っただけの少女を守るって点は「筺底のエルピス」に加えて最近登場した「破滅の義眼と終末を望む乙女 〈方舟〉争奪戦」(電撃文庫)とも重なる。流行りなのかな。これを総じて爆弾娘系と呼ぶ? ちょっとニュアンス違うかな。


【7月15日】 連休となる3日間はいろいろと、興味深いイベントもあったけれども最終日が締め切り日となっている5000字ほどの原稿が、ほとんど手つかずのまま残っていたのでそれを仕上げることに時間を使って船橋西図書館い朝から通う。前は丘の上の松林に囲まれた中にあって建築物としても特別だったけれど、耐震の問題とかもあったのか移転して今は西船橋駅から総武線を船橋へと向かう線路脇に登場。近くなって良かった上に、電源が使えてキーボードをたたける席が用意されてて、無料で使えるコワーキングスペースっぽくって利用のしがいがなかなかる。

 平日だとほぼ空いているし、土日でも朝から行けばだいたい座れるので土曜日から毎朝かよって制限時間の3時間ほど原稿執筆。とある漫画について書くことになっていて、ほかの作品はいっぱい読んでいるけどそれだけは読んでなかったことおあって難渋し逡巡しつつも締め切りだとうことで、メモを作って流れを考え組み合わせつつ主題めいたものをすくい上げ、それに沿ってまとめ直してどうにかこうにか流れを作ってまずは一段落。これを今日もまた船橋西図書館にこもって清書して、一応の完了を見たけれども果たして求められている水準に達しているかが分からない。

 こういうタイプの原稿を書くときはやはりいつも自分には書けるだろうかと逡巡し、迷い悩んだ挙げ句にとにかく仕上げて送りつけ、あとの反応を眺めているけれども酷いという声も亡ければ凄いという声もなく、とりあえず平均点はとれているって感じ。今回は有名な歴史上の人物が主人公になった漫画だけに、いろいろと言われそうな気もするけれどもそれを気にせず自分の意見だからと押し通せるようになって、それが120点くらいの評価を受けてようやくライターとして独り立ちできるんだろうなあ。僕はまだまだ。自信を早くつけないと、いつまでも仕事のたびに書けるかどうかで気鬱に囚われそう。頑張らないと。

 船橋の家の近所でセブン=イレブンといったらちょっと離れた道路沿いに長く1軒あったらくらいだったけれど、しばらく前に交差点にあるビルが建て替えられた時に1軒入って2軒となり、そして船橋駅前にもう1軒が出来て随分と増えたなあと思っていたら、それらを頂点とする三角形の中央付近に新しく立てられたマンションかなにかの1階に、新しくセブン=イレブンが入るみたいでこれで4軒。三角形なら外側に引っ張られるようして膨らんで行けたものが、中に1軒はいって奪い合いめいたものが起こりそう。

 これがいわゆるドミナント戦略って奴なんだろうけれど、昔は地域の集客を増やしてそれぞれが蔵宗になっていたものが、今は奪い合いが起こってトータルでは他店から奪って伸びても、個々には売り上げが下がるだけってことになっている。それで潰れて店主や家族が自殺した、なんて話も広がり始めている。本部だけが儲かって下が疲弊していったらいずれ、全体が崩れてしまいかねない戦略をどうして平気で繰り出せるのかといてば、今が良ければあとは知らない経営者なり経営幹部ばかりになって、それで下につけを回し外につけを押しつけて逃げ切ろうとしているからなんだろう。船橋は果たしてどうなるか、って言ってもすでにファミリーマートなんてサンクスからの変更もあって近所に5軒もあってどこも潰れてないんだけれど。駅前ってのはそれだけ有利なのかなあ。小売店が潰れていたりするんだろうなあ。

 コリン・ジョイスという人がニューズウィークでサッカーの女子日本代表ことなでしジャパンが、FIFAサッカー女子ワールドカップ2019フランス大会に出場した際に国歌斉唱で胸に手を当てていたことに違和感を抱いたとコラムに書いていた。主張としては愛国心が強くなりかかっている現れといっっところで、アメリカ代表がよくやるこうした行為が世界に広まっていることを憂いているんだろう。英国もオランダもやらないところを見ると国は国だけど自分は自分といった主義が確立されているみたい。日本はむしろ逆で、自分だけれど国の代表なら国家国旗には敬意を払う、それくらいの教育は行き届いている。

 だから違和感がないかというと、逆に日本という国で国家を斉唱し国旗を掲揚する際に、胸に手を当てるという習慣は過去にあまりなく、どうしてサッカーの現場でああいったポーズをとるのかといった方面から違和感が浮かぶ。学校の朝礼で国歌斉唱国旗掲揚があって、生徒や児童の誰が胸に手を当てている? 直立不動でまっすぐ前を向き、目線は昇っていく日の丸を追いながら「君が代」を歌うんじゃないのか。ボーイスカウトでもそうだった。なのにスポーツはああやらないといけないみたいな風潮を、誰か言ってあげないといつか学校でも胸に手を当て歌えってなるぞ。それとも既になっている? 歌わない権利ってのには今回は触れない。

 「韻が織り成す召喚魔」のシリーズが出て、それから幾つかシリーズを重ねていたけれど、最近は1巻ものが続いていた法真代屋秀晃さんの最新作となる「異世界帰りの俺(チートスキル保持)、ジャンル違いな超常バトルに巻き込まれたけれどワンパンで片付けて無事青春をおくりたい。」(電撃文庫)はキャラクターの配置の巧妙さと展開の面白さがあってしばらくシリーズとして続いていきそう。異世界で大活躍してとてつもないスキルを溜め込んで、世界を救って帰還したらまだ時間が経ってなくって高校生のままだった主人公の桐原武流。ずっと空気のような存在だたのが異世界で鍛えられ多少も自信がついたのか、普通の高校生活を送れると期待していたもののそう簡単には馴染めない。

 かろうじて幼なじみが声をかけてくれるものの、学級委員に立候補しても相方には彼女以外の誰も名乗りを上げずくじ引きとなってクラスでもひときわクールな雛代紗姫が同じ学級委員に選ばれた。とはいえ会話なぞはずまず話しかけてこないでといった拒絶すら示される。仕方なく武流は居場所を求めて文芸部に入部。ギャルの部長と慌ただしい下級生がいてどうにかこうにか居場所を得た帰り、町で紗姫が炎を扱う超能力者を相手に戦っている姿を見たどうにか相手を倒した紗姫は武流に気付いて驚き、そして倒し切れていなかった敵が炎を武流に浴びせても彼が平気だったことに驚く。

 同じ超能力者だと信じ込み、そして超能力者を束ねる組織があって、属していない能力者は追われる運命にあるからもうこの町に自分も含めていられないと告げる紗姫に武流は、せっかく戻ってきた平穏を壊したくないと異世界で得たスキルで組織をぶっ潰し、紗姫に居場所を与える。監視する必要があると文芸部に入ってきた紗姫と2人で、内緒の超能力を駆使した戦いが始まるのかと思いきや、文芸部にはまだまだ不思議な人たちがいて、平穏を求める武流を驚かし脅かしていく、といった展開。アンドロイドに吸血鬼。それぞれの事情で戦い続ける少女たちの平穏を、お互いに知られないようにしながら武流が圧倒的な力で取り戻していく。

 宇宙人と未来人と超能力者が集まったSOS団にも似た空気だけれど、ひとり無能ながらも世界を思念で歪めてしまう力があって、周囲を振り回すハルヒとは違い、全員がなにがしかの力を持っているという文芸部。けれどもそれをお互いには知らず、武流だけがだんだんと把握していってはそれぞれが居場所を得られるように力を振るう。結果、平穏は得られなかったけれども仲間は得られた。途中、単なる中二病の少年が近づいてきて、本当の日常が得られるはずだったのに周囲が周囲だったこともあって疑っては逃げられてしまったのは残念。でももはや平穏には浸っていられない運命だったってことで。さらにひとり、異能の持ち主が現れ武流に絡みそうで、続けばほかにもいろいろな異能力の持ち主がそれぞれれの事情で戦っていそう。偶然にも行きあって助けていった先、武流の周囲にはどれだけのアベンジャーズが出来上がる? それは互いを知らずに活躍し続けられる? 興味を持って続きを待とう。続きが出るならだけど。出るよね?


【7月14日】 ブリドカットセーラ恵美さんという名前にも驚いたけれど、ファイルーズあいさんという名前にもちょっとビックリした「ダンベル何キロ持てる?」の主演声優。紗倉ひびきという役名でもって間食ばかりとていたから体がちょっと丸くなったことを指摘され、ジムに通って体を鍛えることを決意したものの行った先がマッチョなボディビルダーがわんさかといるジムで、そこで同じ学校に通うお嬢様で成績優秀にして容姿端麗にして筋肉フェチの奏流院朱美と出会って、ともに鍛え上げていくような展開が描かれていきそうな感じ。間にボディラインもくっきりなフィットネスの衣装でポーズをとる2人が出てきて、見ていて割とエロいところが受けそう。

 一方で、トレーニングには役立ちそうで、ベンチプレスは道具がないから無理だけれどスクワットはその場に立つ場所さえあればあとは腰を落として太ももを床と並行にするようにしてまた戻すという、基本動作を教わったのでそれを頑張ればここのところ、歩かずぷよぷよとして来た太ももを引き締められるかどうなのか。貧乏になったのであまり間食をとらなくなったものの、夜に帰ってご飯を食べてそのまま寝てしまうこともあってそっちは脂肪に変わりそう。完全にフリーとして独立できれば時間をコントロールしてジムに通う時間もとれるかもしれないけれど、そこまで稼げる当てもなし。なので今は部屋でのスクワットと最上和子さんに教わった舞踏でもって体と心を絞り、未だ未練をのこしてうごめく身心を整えたい。

 原稿を書く合間にネットにつないで情報を探ることもなくなったので、新しい情報へのアクセスが減って調べようとする意識も減退していたりするけれど、ちょっと長めの原稿を書くために図書館にこもっていたりする中で、ネットを眺めていたら流れて来たのが映画「若おかみは小学生!」がイギリスでパッケージとしてリリースされて、そして上映も行われたというニュース。これに合わせて「ザ・ガーディアン」という新聞がレビューを掲載していて、星5つが最高の中で4つというなかなかの好評価を下していた。スタジオジブリのポニョラーメンに匹敵する春の屋プリンだとかどうとか。英語得意じゃないから分からないけれど、あのプリンは世界に衝撃を与えたらしい。

 英語版の予告編の流れていて、前のフランス版とは違ってキングスイングリッシュで分かりやすい上にもともとが見知ったセリフだから何を行っているか分かるところが面白い。あと割と声優さんが日本版のイメージに近いってこと。おっこもウリ坊も映画に近い感じで、秋野真月も水樹奈々さんの声のようなイメージをちゃんと踏襲していた。鈴鬼くんはまあ、小桜エツ子さんのようなタイプの声優さんが世界にあまり見当たらないことを考えるなら、よく近づけたんじゃないかといったところ。グローリーさんは喋ってないから不明。超化粧の占い師モードと浴衣を着せてもらっている薄化粧モードは出ているけれど、同じ人物だってイギリスの人に伝わったかな。そこは気になった。

 予告編に重なる音楽を聞く抱けて思い出される映画のストーリー。辛いことがあって、それを認めたくなくてふわふわおつぃた夢のような場所に漂い続けているあの感覚が、4月に会社を離れてどこに所属することもできず、夢であったら良かったのにといった思いも抱えながらフワフワとしている自分いちょっとだけ重なって、こういう感じなのかなあと分かった。両親の死と自業自得のリストラでは立場も違うし衝撃も違うけれど、失われる現実感という部分は分かって欲しい。おっこの場合は1年近くが経ってようやく吹っ切れたし、「きみと、波にのれたら」の向水ひな子も火事の現場で消える港に納得できた。僕はいったいいつ、どうやって自分を納得させられる? それがまだ見えないところが未練がましい。

 浮かぶのは、残っていたらたとえ数年は販売部数をエクセルにひたすら打ち込む仕事だったり、寄せられる読者からの意見や苦情に答えたりする仕事をさせられても、これからの読者が求めるだろう記事を書く力を求められ、書く現場へと引き戻されたかもしれないという未練。これをを沈めるのは、なかなか生半可なことではなさそう。そんな現場が復活する可能性なんて億にひとつもなさそうだし、提案して立ち上がったかというとそれも微妙だけれど、空想は果てしなく浮かんで身を焦がす。

 リストラの果てにフジメディアホールディングス入りが果たされた暁に、余剰人員をあちらこちらに配転するというならそれも面白かったかなあ。そういう可能性なんてあるとは限らないのだけれど。というか、リストラの過程で指名解雇でも何でも食らって追い出されているか、飛び出している可能性の方がやっぱり高い。販売部数のエクセル入力でも読者からのクレーム対応でも、もらえるお金は変わらないならもらい続けて休日を自分に当てれば良かったのではという未練もあるけれど、それにどこまで耐えられただろうかというのもあってまとまらない。まあこれも、今、目の前の原稿が滞って書けないかもしれない不安が伝播して気鬱を煽っているものであって、出来上がれば何どうということはないのかもしれない。締め切りまであと1日、がんばって仕上げよう。

 出てくる全員がイカれていた「キリングメンバー〜遥か彼方と冬の音」(電撃文庫)の秋月陽澄さんならこれくらい書けて当然かも。「破滅の義眼と終末を望む乙女  〈方舟〉争奪戦」(630円)はどこからともなくわき出る装飾具の『レヴェリー』に触れて異能を持つ人が誕生する社会になっている日本が舞台。5年前に両親と妹を目の前で斬首されて殺された経験を持つ少年の一ノ瀬唯兎は、今は協会に所属してレヴェリー適合者たちが問題を起こした場合に捕まえて排除する仕事を請け負っている。レヴェリーは異能の代償に生命力を奪うため、使いすぎていればいつかは途切れてそして死ぬ。唯兎も同僚の少女や青年ももうすぐ終わることは確実。そんな中、唯兎の隣家に澄んでいて、彼女を家まで送った日に家族が惨殺された幼なじみが方舟という特別なレヴェリーの適合者として現れる。

 唯兎たちは彼女を使って世界を“平和”にする、すなわち平穏な思考によって全世界の人を洗脳してしまうような異能を発動させようとする勢力から彼女を守ることになる。とはいえ異能を使えば消耗を死ぬばかり。飽和攻撃でもされたら堪らないところにとんでもない事態が起こって、唯兎は身近にあって最強に近い敵と戦うことを強いられる。その糧で転がる首2つ。ひとつは吸血鬼なんだから首くらい落とされたって生きていそうな気がするけれど、そうはならない不可逆な残酷さが醸し出されて全員が殺人者だった「キリングメンバー」のハードさを少し思い出させる。

 未来を完全なまでに予見してしまえるレヴェリーの能力者が別にいて、その手のひらの上で躍らされている感もあったりする唯兎たち。制約もある中で戦い続ける苦悩があり、平和になるという可能性を拒絶して戦わなくてはならない苦衷もあってと、たたの異能バトルには止まらない思索を求められる。唯兎の場合は両目にあって2つの異能を発動可能に見せかけて、実はもうちょっと発動できたりするし、敵も単純にひとつふたつの異能を発揮できるだけではないところに、裏を読んだり上を行ったりする戦い方の工夫が求められるのも展開に深みを出す。予見された未来を回避するために戦うあたりは「筺底のエルピス」にも重なったりする殺伐系異能バトルの新シリーズ。生き延びた敵とかろうじて生きている唯兎、そして守るべき少女による戦いの行方は? 壊滅した組織の立て直しに登場する新キャラは? いろいろと気になるので続きを早く。


【7月13日】 坂本竜馬についていよいよ原稿をまとめなくちゃいけないんだけれど、うまくまとまらないなか検索したら、なんと「Fate/GrandOrder」に坂本竜馬と岡田以蔵がサーヴァントとなって登場していることに気がついた。坂本はライダーで以蔵はアサシン。特に後者は他にないくらいのハマり具合だけれど、過去にいろいろ描かれて来た以蔵のビジュアルと違ってちょっと格好良すぎる気もしないでもない。郷士でも足軽の出身で泥にまみれコンプレックスに苛まれながら犬のように人を斬り続けた男、って感じじゃないものなあ。

 竜馬はスーツ姿の伊達男。福山雅治さんが演じてからこっち、格好いい男というイメージがついたのかな。30年とか昔だと自分こそが竜馬といったアピールを武田鉄矢さんがし続けていたこともあって、かっこ悪いけど這いつくばってでもニッポンの夜明けを近づけようとしていた芋男といった雰囲気だったものなあ。そんなキャラクターがFGOにいても逆に困るか。可哀想なのは武市半平太で、竜馬や以蔵と並んで土佐の志士として必ず登場するはずだけれど、竜馬のように活躍した訳でも以蔵のように斬りまくった訳でもなく、指導して成り上がって裏切られ刑死しただけの人間では、英雄として召喚しても役に経たないって判断なのかなあ。歴史って残酷。

 直接敵に明日のご飯に関わってきそうでいろいろと見て考え込んでしまうプロダクション・アイジーを傘下に持つIGポートの決算とそして収益改善策。ジーベックを店じまいして制作能力はサンライズへと売却した関係で減損処理も出たのは仕方がないとして、全体に低調だったかあるいは人気の一巡から赤字決算を計上。そして子会社管理プロジェクトというのを立ち上げて、プロダクション・アイジーだって含むだろう子会社が2期連続で赤字になるようだったら経営管理組織からプロジェクトメンバーが行って諭して経営を管理することになるそうな。

 具体的に何をやるのか? 企画に携わる訳にはいかないからやっぱりコストカットだろうけれど、クオリティを落とすカットをやってそっぽを向かれては見もふたもないなら、管理費だとかいった部分を削って黒字転換を測ろうとした時、働き始めた部署とか先行きがちょっと気になってしまう。赤字になるのは承知でいったんは減らしながらも必要ということで増やした経緯もあるから明日明後日にお取りつぶしになってまたしても路頭に迷う、なんてことはないと思うけれどもそうなった時、すでに失業保険はもらえない訳でどうしようかと今から求人サイトをあれやこれや見たりしてしまいそうになる。でも今は始まろうとしている新生活に全力を傾注する意味で、未来は気にせずやるべきことに邁進する、ってのが態度としては正しいのかも。毎日新聞出版の募集って通るかなあ、って言った先からそれかい。

 アニメ関係といったらノイタミナ編集長として活動したあと、独立した山本浩治さんが立ち上げたプロデュース会社のツインエンジンが8億6766万円の資本金を減資して900万円にするってことが明らかにされて、いったい何だろう債務超過にならないように減資するんだろうかと噂が飛び交ったけれど、山本さんの方から一応は増資して資本を増やしたもののそれは資本剰余金へと持っていってキャッシュとして使いやすくした、ってことになるのかな、ともかく安心して欲しいといったアナウンスが出ていた。

 だったら増資分に応じた人はそれが株式としてもらえるのかどうなのか、気になるし最初から増資じゃなく借り入れでもしておけばとか思ったものの、増資は借金じゃないから株主が納得すれば良いのかとも考えた。正解は不明。作っているものは当たっているし利益も出ているみたいだから、こちらは安心して良いのかもしれない。でも分からない。アニメってやっぱり波があるから。先のIGポートもWIT STUDIOが「進撃の巨人」で稼ぎつつシグナルMDは「バースデーワンダーランド」がどうなったかが微妙。IGに関しては「銀河英雄伝説」があって「PSYCHO−PASS サイコパス」の第3期も動くけれど、TRIGGERみたく熱さで世間の耳目を集める画期的な企画があるかどうか。次期については増収案だから成算はあるんだろー。だったら安心してしばらく三鷹通いを続けて良いのかな。どうなのかな。リクナビ転職のページをいそいそ、ってやっぱりそれかい。

 NHKの朝のドラマで何かと話題の「白蛇伝」が4Kになってピカピカの状態でDCP上映されるみたいなんで予約する。いつの間に国立近代美術館フィルムセンターから独立していたらしい国立映画アーカイブが7月21日に長瀬記念ホールOZで上映。ってまあ昔からあるホールでの上映な訳で、状況は変わってないものの劇場で視たことがあったかあっても記憶にはまるでない「白蛇伝」をスクリーンで見られるだけでもなかなかの僥倖。それがDCPで作られた当時すら上回ってしいそうな映像なら、これは見て置くしかないってことだろー。なつや大沢麻子が描いた部分とか出てくるかな、ってそれは「白蛇姫」の方。こちらでは大工原章さんに森康二さんの原画とそして大塚康生さん中村和子さん奥山玲子さんといった面々が関わった動画を堪能しよう。

 2000通を配布して2人だけだった試写があったとかいった話も流れてきた映画「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」。東京アニメアワードフェスティバルでグランプリを受賞しながらも日本での公開がまとまらず、ようやくやっとこの秋に公開になるようなんだけれどそれを宣伝するにあたってどうしてこういう事態が起こるのか、ってあたりにやっぱり今時の、映画宣伝における手法の映画を見たい層とのミスマッチが現れているような気がしないでもない。行った人をみると声優さんとかアニメーターさんとか、関係はしていて見ればきっと当人たちに役にたつ人たちではあっても、アニメーション好きに広がるかというとそこはなかなか。すでに報道から降りてしまった自分はともかく、アニメライターの主要な層が観に行ってないようではやっぱり違うってことなんだろう。まあまだ公開までに時間はあるので立て直し、宣伝してヒットにつなげて下さいな。「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」が公開を控えた片渕須直監督だって応援している映画なんだから。


【7月12日】 昨日は家を出がけに財布が見つからないという悲劇を食らって大わらわ。積んであった本は崩れてなお一層発見しづらい状況の中、可能性も考え駅前交番に問い合わせてみたものに、届いてはいないことを確認した上で、崩れた本の下を掘って足元の隙間に発見。これでどうにか家を出られたけれど、崩れた本はそのままだったので帰ったら直すのに時間がかかった。読みもしない本がいっぱい。それが出来た身分だったなあ。週末にかけて玄関を片付けたいけど抱えている原稿もあって可能か否か。もはや家にいても1日8800円を330日間もらえる身分ではないので書くか働くかするしかないのだった。それが選んだ道だから。

 そういえばまたぞろ似たようなことをやるといった噂が出て来て残った人たちが大変そう。いやまあ自分だって残って日々、エクセルにデータを埋めたり苦情に返事を書いたりしながら600万円とかもらていた方が生活も楽だったかもと考えない訳じゃないけれど、それを続けて1年2年経った時、自分い何が残っているかを考えるとやっぱり出た方が正解だったかもと思えなくもないのだった。それでスパッとどこかにハマれば良かったけど、そういう歳でもなければスキルもないから仕方がない。今は修行と割り切りつつ、残った面々に起こる事態を眺めていこう。しがみつけるならしがみついた方が良いとも言いつつ悪いかもとも思いつつ。

 気がついたら7月19日に公開の新海誠監督の最新長編アニメーション映画「天気の子」の朝9時からの回が予約開始になっていたんで、TOHOシネマズ日比谷の回をとりあえず予約。浴びるような雨と射す陽の光を全身で浴びて外に出たらカラリと晴れた夏空が広がっていると気分的には晴れやかで良いかも。働き直しを始めたもののどうにも上の空で、やると面倒な失敗なんかをしでかし重ねている感じで、もうちょっと落ち着きを取り戻さないといけないのだけれど、ついつい気分が飛んでしまう。意識でも失っているのか注意力が散漫になっているのか。飲んでる薬のせいってことはないと思うから、やっぱり緊張感が足りないんだろうなあ。3週目に入ることだし、引き締めよう。

 三鷹へと10日ほど通って大手町から倍の距離はあるものの、どうせ乗ってる間はネットを見るかパソコンで文字を書いているので、時間なんかはあまり気にならずむしろいろいろと作業できる分だけ有り難いような気がしないでもない。JRで船橋から三鷹まで直通だと2万2000円はかかる定期代が西船橋で乗り換えて地下鉄東西線で三鷹まで向かうと1万5000円ちょっとになるのはそれだけ時間がかかるからだろうけど、そんなに早くない行きはもちろん帰りも三鷹から西船橋へと向かう地下鉄東西線に乗れて座れるから、総武線でそのまま向かわずとも体には優しい気がする。

 だいたいが大学時代は毎日2時間かけて通っていた訳で、1時間ちょっとなんてその半分。気にするほどでもない。あとは本が読めるようになれば良いんだけれど、フィクションに耽溺できるだけの元気はまだないので、そこは仕事の具合を見つつ稼げるかどうかを感じつつ、徐々に世間に自分を馴らしていくことにしよう。ここのところずっとカット袋にバーコードを貼りそのカット袋を撮影しといった作業が中心で、段ボール箱を上げたり下げたりしていたら背中が痛くなってきた。帰っても寝るだけになって本も読めなかったけれど、体力も復活してきたんで寝る前とかに本を読みつつ寝るような生活を作っていこう。そして土日に感想文を書いてアップする、と。1990年代はずっとそんな感じだたなあ。頑張ろう。

 なでしこJAPANが敗退した途端に情報も中継も消えてしまったFIFAサッカー女子ワールドカップ2019フランス大会は、日本が敗れたオランダと決勝を戦ってアメリカが優勝したみたいで、それは順当とはいえ相手にオランダが上がったことに日本もそこで勝っていればと思わないでもない。逆にいうならオランダはそれだけ強いチームだったということで、敗れても致し方がなかったとも。この借りはだから東京オリンピックで返して欲しいなあ。

 でもって優勝したアメリカ女子代表は、ラノピー選手が優勝したからといってホワイトハウスにはいかないと明言。いわゆるLGBTと呼ばれる性的マイノリティの志向をもった選手も結構いたりする女子サッカー界でありアメリカ代表にとって、そうしたマイノリティを攻撃し差別的な発言を平気でするトランプ大統領が君臨するホワイトハウスなんざ行けるかっていったところだろー。早速トランプ大統領から攻撃を食らっているみたいだけれど、それで屈することがないのがアメリカのアスリート。むしろ対立する議会に呼ばれて表敬訪問をするみたいで、そこで何を言うかがまた注目されそう。日本も総理大臣に呼ばれたからといって、その言動を批判して行かないと訴えるアスリートなりタレントなり出てこないかなあ。激しい攻撃を受けるから無理かなあ。

 この3カ月くらいが地獄のような心境だったので、海外サッカーの結果もまるで見ていなくってそれぞれのリーグでどこが勝ったかを確かめたら、リーガエスパニョーラはバルセロナでブンデスリーガはバイエルン・ミュンヘンでセリエAはユベントス、プレミアリーグはマンチェスター・シティと順当すぎる結果になってて、ちょっと面白みがない気がしないでもない。それぞれの国で順位が硬直化しているというか。そんなリーグを果たしてファンはいつまでも応援し続けてくれるのか。地元チームがあれば応援し続けるとはいったところで上位に出て優勝争いに加わってようやく気持ものるというもの。そうはならないリーグから関心が薄れていって、ブームが沈滞してしまったらちょっと怖い。その点、日本は毎年強豪が変わるからその意味では面白い。応援し続ければいつかはって夢を抱けるから。ただしジェフユナイテッド市原・千葉は今年もダメみたい。応援し続けているのになあ。来年こそは。


【7月11日】 そして気がついたら「ルパン三世」が今度はフル3DCGでもってアニメーション映画になるそうで、「STAND BY ME ドラえもん」とか手がけた山崎貴監督が起用された映像は、なるほどアニメーションのたぶん第2期あたりのテイストを残しつつキャラクターをモデリングして描かれたコミカルでスリリングでエロティックさもあったりする「ルパン三世」になりそう。でもそれって第2期の放送中とか、その後とかに年に1回放送されてたテレビスペシャルみたいなもので、それなりに良いとろまで迫るんだけれど「ルパン三世 ルパンvs複製人間」だとか「ルパン三世 カリオストロの城」といった傑作にはならないものだったりしないの? って不安も浮かぶけど、「STAND BY BE ドラえもん」を普通のドラえもん映画に負けないヒット作にした山崎監督ならまあ、きっと見て楽しいものに仕上げて来てくれるだろう。

 気になるのは最近は、テレビシリーズでも小池健監督による劇場シリーズでもニヒルさをもって残酷ささえ感じさせるルパン三世を演じる機会が多い栗田貫一さんが、かつてぶたいで芸として見せていたような山田康雄さんによる第2期のルパンの剽軽な声をまた演じて、ピッタリだと感じられるものになるかどうかで、どこかモノマネ感が漂って抜けなかったそのルパン声を渋く低いものへとシフトしていき、それに合わせて役柄もニヒルさをもったルパンへと移ってマッチしたって印象がある。今さら昔の第2期のイメージでやってと言って、やってくれても合っているかどうなのか。違和感は覚えないかどうなのか。そこが心配。沢城みゆきさんの峰不二子はまあ、大丈夫だろうなあ、エロくても可愛くてもオッケーな人だし。次元大介……はいっしょか、「峰不二子の嘘」で出してたくらいの声が出ればもうオッケー。不安も覚えつつそれでも期待して公開を待とう。

 なんだ2クールだったのか「キャロル&チューズデイ」。まあ先週の総集編で分かってはいたけれども導入はやっぱりアンジェラは先を行って契約も済ませて大々的にデビューしていく感じ。そしてキャロルとチューズデイの方も同じレコード会社から誘われながらも条件面でいろいろ制約も感じられたのか、マネジャーが拒否してインディペンデントで行こうと決定。でもプロデューサーが決まらずどこか町はずれにあるスラムのような場所にいるらしい伝説のプロデューサーを探したら現れたのが暴れ回るおっさんだった。大丈夫か? 大丈夫なんだろうなあ、そういう風に出来ているアニメーションだから。

 途中、コインランドリーに現れた合気道をつかうおっさんかもとか最初は思ったけれど、彼はまた別の役割を果たすことになるのかな。あとチューズデイの母親が火星の大統領選挙に出ていてそれを嗅ぎ回るジャーナリストがいたりして、そこでチューズデイのことも話題になって来るんだろう。っていうかチューズデイがこれだけ有名になったんだから背後関係くらい調べるのが普通じゃないの? キャロルの方は自分から捨て子だったと名乗り出たこともあって、親だという申し出がわんさかあったみたい。でもそれが本当だとは限らないから今しばらく、そっち方面で騒動が起こることはないだろう。ってことはやっぱりチューズデイの母親絡みで騒動が起こり、それが奇跡の7分間とやらに繋がっていく? それも考えられない。ってことは何だろう、何が起こるんだろう。予定調和から崩れて来たストーリーの先、追っていこう。

 バンドに「海援隊」と名付けたり「3年B組金八先生」では名字を「坂本」としたりして坂本竜馬への憧れを若い時から表明してきた割には武田鉄矢さん、映画の「幕末青春グラフィティRonin坂本竜馬」とかテレビドラマ版「幕末青春グラフィティ坂本竜馬」なんかで竜馬を演じていたりするけれど、映画の方で興味深かったのは志士として血気盛んに倒幕とか勤皇とかを標榜せず、周囲が盛り上がる中でひとり冷静になって商売の道を考えているような雰囲気があること。あの高杉晋作を前にしてもことさらに煽るようなことは言わず、土佐勤皇党が糾弾されて武市半平太も岡田以蔵も処刑なり切腹を強いられた時も土佐に残ったのはバカだ、自分たちに付いてくればよかったと嘯く。

 でも、ひとりになったら泣いて悔しさを吐露してそして近くに居た少女の膝を借りてわんわんとむせび泣く。幼なじみでもあった仲間たちが意思半ばにしてやりたいこともやれずに死んでいったことはやっぱり悲しかったんだろうなあ。そういうところに片山蒼という名で武田鉄矢さん自身が書いた脚本への思いた込められている。だったら武田さんが原作を書いた「お〜い!竜馬」ではと読んでむと、そこは漫画を描いた小山ゆうさんとの共同作業でもあるから、まったく同じ展開にはなっていない。桶に首を突っ込み、ひとり船で川に出てそこでうつぶせになってむせび泣く。そこによって来たおりょうが全裸となって竜馬に訴え抱いてもらう。竜馬の方から求めることはしない。

 どちらが格好いいのか。武田鉄矢が演じる竜馬の醜態は、けれどもひとりではどうしようもない哀しみを吐き出したいという悲痛、他人の前でははれない虚勢をせめてその時だけはと脱ぎ捨てる人間性が伺える。一方の小山ゆう描く竜馬は自分ひとりから出た哀しみをどこかにそらすなんてできないような気概が漂う。それでもやっぱり女は海か。縋って抱きしめてそして関係を深めていく。全体として強い女性が多く登場する「お〜い!竜馬」という漫画では、その方が相応しいと思ったのかもしれない。というか武田さんとはまるで違って小山さんが描く竜馬は若々しくて格好いい。そしてモテる。武田さんは見て自分とは違うと思ったのか格好良く描いてくれて嬉しいと思ったのか。そこがやっぱりちょっと気になるなあ。2000年代は福山雅治さんだからさらに格好良くなった訳で、もはや武田さんが竜馬役に戻る時代ではないんだろう。そう思うと昔はキャスティングに自由さがあったなあ。

 見て真っ先に10人が10人、プレイステーション・ポータブルだと思った感じの任天堂によるスイッチ・ライト。サイズこそPSPよりちょっと大きめだけれど横長のモニターが付いたボディを両脇から両手で握って操作する感じはPSPと同じ。それはニンテンドー・スイッチと同じとも言えるけれども家庭用の据え置きを無理に持ち出している感もややあったスイッチからはグッと携帯型ゲーム機へと近づいている印象がある。それはやっぱり家でゲームを楽しむ人が少なくなって、外へと持ち出して遊ぶ際に3DSではちょっと足りないけれどもスイッチでは大きいという、その間でハイスペックなゲームを大勢で楽しめる環境を作り上げようとしているのかもしれない。eスポーツ的な? ただ気になるのはニテンドー・ラボ的なものはライトで使えるのかってあたりで、不可能ならそれはちょっぴりの路線変更の匂いも漂う。どうなんだろう。多分買わないけれども遊べるゲームによっては考えるかもしれないなあ。ゲーム以外のコンテンツがどこまで見られるかとかも。


【7月10日】 ようやくやっとといった感じでジャニーズ事務所のジャニー喜多川さんが死去したとの報。先月の時点で発生していた解離性大動脈瘤破裂からのくも膜下出血が相当な重篤さを感じさせたけれど、発表によればその後に一般病棟にうつって訪れる事務所のメンバーと面会はしていたという。ただ会話はなく反応はするといった感じだからやはり意識不明の状態が続いていたんだろう。そして7月9日に死去。本当にその時間なのか武田信玄じゃないけど隠されていたのか、判然としないし判然とさせる力もメディアにはないだろうけれど、そうだとしたらどういう理由があったかはちょっと気になる。

 たとえば本格化する選挙戦の中でワイドショーでもいろいろと政策が争点になっていった時、突っ込まれることが確実過ぎる自由民主党と安倍総理の政治運営にたいしていろいろな意見を言う機会を減らし、ワイドショーをジャニー喜多川さんの追悼一色でこれからの1週間を埋め尽くしたらどうなるか、ってちょっと考える。誉めてはもらえなくても非難もされないならそれは今の自民党や安倍総理にとっては勝利を意味する。逆に野党は政策を知って貰えず攻撃の姿勢を見てもらえないまま安閑とした流れに埋もれてしまう。つまりはいつもどおり。今回くらいに争点山積みな参院選の選挙戦が吹っ飛んでしまいかねない。

 だから……といった憶測だとかもきっと飛び交うんだろうけれど、大切な人にはいつまでだって生きていて欲しいと思う人たちが大勢いて、そういう人たちの中でも守れていただろうジャニー喜多川さんの死去をそうした選挙戦に利用しようものなら、所属しているタレントたちはあまり嬉しくないだろうし、ファンだってきっと喜ばないんじゃないのかなあ。だからやっぱりここは目いっぱいに頑張って、頑張って頑張ったけれどもここまでだったという状況を事実とし、そして追悼が行われる一方で選挙についてもしっかりと、報じていって欲しいとメディアにはお願い。もはやメディアの人間じゃないので中でどうにかはできないのだ。

 印象から言うなら「VR ZONE SHINJUKU」を平屋にしてなおかつ拡大をしてVRアクティビティをこれでもかと並べてみせた上に、元からナンジャタウンという雰囲気そのものをプロデュースして没入観を誘う屋内型テーマパークの流れを汲んで、ホ恐怖だったりSFだったりアドベンチャーだったりといったテーマ性をもったアクティビティを固めてエリアごとに雰囲気を作って、よりいっそうの没入観を得られるようにしたってところになるのかな。とにかく広い。前に「J−WROLD」が出来た時にも行ったけれど、ナンジャタウンの上の3階ってこんなに広かったかと思わせるくらいにぐるぐると回っていると果てしない。

 当時はまだフードテーマパークの一部があって、半分が「J−WORLD」だったからそうまで広くなかったのかもしれないけれど、今回は左から右までずっと「アニメとゲームに入る場所 MAZARIA」だ。これなら大勢がつめかけても遊ぶアクティビティに不自由はしないで1日ずっといてすべてを楽しむくらいのことはしてしまいそうになる。ってかしないと損。できなかったら次の日も来たくなるんじゃなかろーか。だから今回は4回制限とかつけずに1日フリーパスにしている。どこまでも目いっぱい楽しんで欲しいという意思であるとどうじに、それくらい遊んでも酔ったり疲れたりしないという自信の表れであるのかもしれない。

 そんあ「MAZARIA」では、とりあえず新しく入ったものを試すといったところで、「パックマン」の世界に入り込めるフリーローム型のVRをまずプレイ。背中にPCは背負わないで遊べるオキュラスクエストを初めて使用。「VR ZONE」は基本、HTC Viveだったからこれはちょっとした実験かもしれない。そんな「アスレチックVR パックマンチャレンジ」は、VRの世界にはいるとそこはなるほど「パックマン」の世界になっていて、迫るモンスターを除けながらクッキーをとって進んでいき、モンスターも倒してクリアし次へ。2人がいっしょにプレイする感じで、そんなに広くはないけれども結構歩かされ、文字通りにアスレチックな気分を味わえる。2カ所で楽しめるけど1回2人だと時間はかかりそう。別料金にしたのは行列が出来るのを防ぐためでもあるのかな。

 もうひとつ、新しく入った「太鼓の達人 VRだドン!」はあの「太鼓の達人」をVRで楽しもうってものだけれども、架空の太鼓を叩くだけではつまらない。そこは太鼓ではなく空中を音楽に合わせて迫ってくるどんちゃん&かっちゃんを叩く感じになっていて、これがまた右に左に互い違いに出てくるものだから結構な運動を強いられる。簡単なモードでも結構動いたからハードなモードだとものすごく動かされそう。叩いたときにコントローラーの中で何かがスライドして、叩いた感触ってのを手に伝えてくれるのが、仕組みとして目新しいところかな。コントローラーが再現できればプレイステーションVRで楽しみたいゲームかも。

 これはすでに大阪の「VR ZONE OSAKA」に入っているけれど、「ゾンビサバイバルゲーム ハード・コール」というのもあって、前に体験した「冒険川下りVR ラピッドリバー」と同じ背中合わせに2人づつが座る筐体を使用。そしてVRヘッドセットをかけるとそこは廃墟のような街になっていて、自分たちは車に乗っていてそして同じ方向を向いている。そこから結構な速度でかっとんでは右に左に曲がるんだけれど、不思議と酔ったりしないのは視線が向く方にちゃんと筐体を回転させて感覚を合わせているからなんだろう。「ラピッドリバー」よりもさらにスムースになっていたのは経験が活かされたからか。アイデアを形に下上で、いろいろと応用を利かせていく。次はどんなゲームが同じような筐体で再現されるだろう。自分だったら何を作るだろう。考えてみたくなった。

 横浜銀行と千葉銀行が業務提携をしたそうで、これはきっと徒党を組んで埼玉銀行を見下すための提携なんだと思うのは「翔んで埼玉」を見すぎた人。元より埼玉銀行は横山銀行や千葉銀行が地銀だったのに対して都市銀行と格上で、なおかつ協和銀行と合併して協和埼玉銀行からあさひ銀行となって今のりそなグループというメガバンクの一角に入っている。つまりはまったくの格上なんだけれど埼玉という名前だけで横浜や千葉の下に見られてしまう風潮が、まだ埼玉銀行が単独で存在していた時代にもきっとあったんだろうなあ。行員を集めようとして横浜銀行千葉銀行に負けてしまうなんてこととか。どうだろう。1980年代の金融機関の就職人気ランキング、ちょっと調べてみたくなてきた。


【7月9日】 ぐっすりと眠ってしまって地上波への登場を見られなかった片渕須直監督の「マイマイ新子と千年の魔法」だけれど、見た人の評判はなかなかなようでこれできっとこれからもあるだろう劇場での上映にはずみが付きそう。やっぱり大きなスクリーンで見てあの麦畑が風にそよぐ豊富の風景をたっぷりと感じて欲しい。そんな「マイマイ新子と千年の魔法」が上映された2009年は片渕監督にインタビューも行いつつ、映画に関して発売されたグッズなんかも買い集めていたようで、店頭での販売がなかったサウンドトラックをネットから購入していたみたい。リストラを食らって泣きながら部屋を掃除していた時に、10年ぶりくらいに発見された。

 片渕須直監督の奥さんにあたる浦谷千恵さんが手作りしたはんこスタンプによる新子とか紀伊子とかが描かれた色紙に、片渕監督や音楽を手がけた村谷秀清さん、そしてスキャットを歌ったMinako mooki Obataさんのサインが描かれたもので、それとサウンドトラックがそろって見つかって売ればいったい……って売らないけれど、そういうことをやってもなかなか伸びなかった初期の観客動員を、頑張って増やして伸ばしてDVDの発売まで持っていったのはやっぱり片渕監督のお客さんに見て欲しいという願いから行った連続舞台挨拶のおかげだろう。

 それとおなじ事を湯浅政明監督にもやってとは言わないけれど、せっかくの映画がしぼんでしまっている「きみと、波にのれたら」をもうちょっと盛り上げる方策を考えて欲しいなあ。幸いなことに湯浅監督は次の仕事も決まっているから安泰なのかもしれないけれど、片渕監督は次に作りたかった「この世界の片隅に」がなかなか決まらず、それこと爪に火を灯すような暮らしを強いられた。そこからのかけ上がりを見るに付け、自分も今はどん底だけれど日々を頑張ればどこかに行けるのかもしれないとちょっと思った。才能もなく手がけられることもないけど、誠実に生きて正確にこなすことで何か、次につながればと思う次第。頑張ろう。

 まあ、一時期は明け方の3時頃に目が覚めたら、そのまま居てもたってもいられなくって、ずっと起きてて経ったり座ったり部屋を片付けたりしつつ、ドトールとかフレッシュネスバーガーに入り込んでコーヒーを流し込みながら日記を書いたり、依頼されている原稿を書いたり、平成を振り返る日記のダイジェストを書いたりして時間を過ごしていたけれど、ここのところは明け方に目が覚めても、とりあえず2度寝ができるくらいには気分が落ち着いてきた感じ。ふっと不安も浮かぶけど、その時は最上和子さんの原初舞踏のワークショップで教わったように、体を地面に沈み込めるようにして脱力して意識をそらす。

 そうやって気持は落ち着けたものの、録画された新作のテレビアニメーションを見るまでにはあともうすこしかかりそう。読んだライトノベルの感想を書けるのは抱えている依頼原稿をとにかく書き上げてからになるかなあ。今のところ構想がまるで浮かばない。パーツだけは出来つつあるけど芯がない。いやあるとしたら“優しさ”か。その優しさをこと大事に我こそは! って名乗って欲しかった。何って坂本竜馬の話。土日と海の日を使ってやっつけよう。

 将来についてはやっぱり見えないけれども起きて歩いて食べて眠れるところから。開業届も出したし再就職手当がこれでもらえればそれなりの資金も入って、漫画を原作にsiteアニメーションが作られた「ARIA」の舞台のモデルとなったヴェネチアツアーに行けるけれど、43万8000円ではさすがに無理。どうせひとりだと一人部屋も10万円くらいかかるから、ここは漫画を読んで火星のネオベネチアに気持を向けよう。大英博物館で開かれているMANGA展も生きたかったなあ。株式会社化された時にもらった第一生命の株を手放せばちょうどいけるくらいのお金にはなるけど、これは最終兵器だからとっておく。そこまで追い詰められないことを願いたい。願うしかない。

 そんな中でもどうにかこうにか「コップクラフト」だけは見られた。今時たばこをガンガンとか海外に出す時どうするんだろうとかふと思ったけど、「LUPIN THE 3RD」シリーズもガンガンだったから気にしないのかもしれない。村田蓮爾さんのイラストがそのまま再現されているかというと、そこはアニメ的にぺらっとなってはいるものの、声に関しては吉岡茉祐さんが意外にエクセデイリカに合っていた。マトバは津田健次郎さんでピッタリなんで声優に関しては頑張った。あのミルパンセなんで作画はどうかといえばまあ、頽廃と混沌がうごめく街をしっかり表現していたんでそのクオリティが維持されることがまずは寛容。気になったのはクレジットの文字がことごとく大きいこと。アナログ時代の20インチテレビでも見られるような文字なのは、スマホで見る人を意識しているのかな。

 しばらくぶりに取材の仕事で池袋へ。解禁前だから具体的な内容はまだ出せないけれどもナンジャタウンを中核としてバンダイナムコグループが展開している屋内型のアミューズメント施設の一角が、これはすでに発表されている「MAZARIA」という施設になったもので、現実世界と漫画やアニメの世界が混ざり合ったって意味合いがいったいどういう具合に実現化されれているかに興味があった。大阪にはまだ「VR ZONE OSAKA」があるけれど、東京は歌舞伎町にあった「VR ZONE SHINJUKU」が3月末で閉まってしまってアクティビティが楽しめなくなっている。代わりに登場ってことだけれど、「VR ZONE IKEBUKURO」では芸がないと融合を狙ったのかもしれない。その成果は? 来る情報解禁、そして12日のオープンを待て。

 しかしやっぱり書く場所がないというのは不自由なもので、会社で書ければいつまでだっていられるものが外だと電源の確保がまず至難。電源を備えたファストフード店とかカフェを頭に抑えてはいるけれど、解禁日が設定されていたので今日は地元まで戻って西船橋にある船橋西図書館で電源が使えてキーボードを打てるコーナーにこもってかちかちと原稿を仕上げる。昔だったら午後5時で閉まっていただろう図書館が最近は午後の8時まで開いているのだった。平日限定だから仕事帰りの人でも寄れるようにって配慮だろう。その割にはパソコンを使えるコーナーに大勢いないのは、やっぱり仕事が終わってかけつけるには早すぎるのかもしれない。おかげでカフェ代わりに使えてフリーとしては有り難い。1時間ちょっとくらいで仕上げて奏功して打ち切った失業保険分は稼いだかな。でも1日では足りないので明日からは三鷹行きを頑張ろう。昨日は撮影を覚えたので次の新しい仕事が覚えられると良いな。


【7月8日】 日本音楽著作権協会ことJASARACが街の音楽教室に職員を送り込んで生徒として参加させ、講師の先生の演奏とかが行われているのを確かめてそれは演奏権の侵害であるといった報告をして音楽教室からお金を取ろうとしているといったニュースが駆けめぐってなかなかの衝撃。個人的には音楽教室であってもその演奏が作曲家による思いを受けて再現しようと努めた演奏であったのなら、著作権の使用料は払うべきかもしれないと考えているけれど、お手本としてパートを弾いてみせるくらいのことを演奏として認めては、講師の先生にも失礼だし作曲家にだって自分の音楽はそこだけじゃないと言われてしまいそう。

 すでにスパイ呼ばわりされている生徒として潜入した職員の陳述書では、「レッスンでは講師の模範演奏と生徒の演奏が交互に行われた。JASRACが著作権を管理する『美女と野獣』を講師が演奏した際は、ヤマハが用意した伴奏音源とともに弾いたため、『とても豪華に聞こえ、まるで演奏会の会場にいるような雰囲気を体感しました』と主張」しているとか。いやいやいくら豪華であってもそこは音楽教室で一部は伴奏であって、演奏会で聞く音楽とはまるで水準が違うだろう。それを「演奏会の会場にいるような雰囲気を体感した」と言ってしまえる人間が音楽に関わっていることの方がどうも落ち着かない。

 また「生徒は全身を耳にして講師の説明や模範演奏を聞いています」とも報告したそうだけれど、講師の演奏なんだから全身を耳にして演奏を聴くのは当たり前。それを演奏が素晴らしいから演奏権の侵害にあたるものだというロジックの材料にするのは、学びたいそして音楽を広めたいと考えている演奏家のタマゴたちに対しても失礼な話なんじゃなかろーか。とにかくお金がとれれば良い、そのためには音楽教室の演奏をプロによる演奏会と同水準のものだと言いつのるってところを出発点にするから、すべてが歪んで来てしまう。商業的に運営されていライブハウスに客として入った職員が演奏されているのを確認するのとは意味も違う。そういう感性の“当たり前”が崩れてしるのが今のこの世の中って奴なのかなあ。寂しいなあ。

 飯田将茂監督の「HIRUKO」はドーム映像作品だけれど、同じ全天周の映像としてヘッドマウントディスプレイを装着して鑑賞するVRというのがあるものの、バレエダンサーが踊ったり、ロックバンドが演奏したりしてうるステージだとか観客性に入っていて、クリエイターの所作を間近に見られるVR映像の面白さは想像できても、最上和子さんの舞踏が繰り広げられる「HIRUKO」をVRにした時の視聴イメージが浮かばないのはなぜだろうとずっと考えている。それはたぶん、ヘッドマウントディスプレイで視覚を通して世界へと引っ張り込むVRは、自身が映像空間に入り込むことによって間近に体感することが楽しいからなんだろう。

 対してドーム映像は、巨大な丸天井に映像が映し出されることによって、直下にある自分たちが空間に包み込まれてどこかであったことを時空を越えて浴びせかけられるもので、「HIRUKO」はは特に見上げて見つめる1点から降る身体の有り様と対峙する映像だから、VRには向かないのかもしれない。最上和子さんが床に寝ながら少しずつ動くような姿は、窮屈な姿勢で仰ぎ見ながら周囲の観客の反応なんかも感じ取るというのがひとつの見方。単独で最上さんに近づいて観察して楽しといったものじゃない。飯田監督はシスティーナ礼拝堂でミケランジェロを観る時は誰もが黙り、時折観覧者に沈黙を促す警備員の「シーッ」という声が響く程度と紹介し、そうしたささやきも含めた空間を体感する唯一性を話してくれた。ドーム映像ならその空間を鑑賞者ともども体感できそうだけどVRは自分が異物になる。対象との関係性を考えながら、ドーム映像かVRかを考える必要があるのかもしれないなあ。ドーム映像でもVR的なものもあるようだし。

 「キルラキル」「プロメア」のTRIGGERが吉成曜監督と中島かずき脚本で「BNA」という新作アニメーションを作ると発表して、そして「進撃の巨人」のWIT STUDIOが「キサラギ」「リーガルハイ」の古沢良太さんを脚本に迎えて鏑木ひろさんが監督、貞本義行さんが「新世紀エヴァンゲリオン」以来のテレビシリーズのキャラクターデザインを手がける「GREAT PRETENDERS」という新作アニメーションが作るといった発表も行われて、クールでスタイリッシュで熱そうなオリジナルのアニメがこれからもまだまだ出てきそうな様相。

 人気の漫画や小説をアニメにして流してしっかり視聴率を稼ぎパッケージなりマーチャンダイジングで収益につなげる堅実な商売も必要だけれど、それではいつまで経っても「エヴァ」は生まれてこない。もちろん「さらざんまい」がいくら優れていたってマーチャンダイジングの稼ぎ頭になってくれるかというと微妙だし、「ダーリン・イン・ザ・フランキス」もゼロツーのキャラだけ残ってあとは忘れ去られている感じ。「天元突破グレンラガン」や「キルラキル」の方が今も根強い人気を誇ってる。そうした不安をそれでも吉成曜×中島かずき、鏑木ヒロ×貞本義行×古沢良太の組み合わせは吹き飛ばしてくれそう。そうした熱さでもって企画を作り転がしていく動きが見える限り、日本のアニメーションは大丈夫なんじゃないかなあ。とは言えそれもスタジオ単位。ルーティンに陥って元気も企画力も減退している老舗中堅は今こそ決起だ。

 朝イチで3週間ぶりのクリニック。徒歩3分圏内でありがたい。まだ若い先生はテーブルを挟んで対面しながらこちらの後述をタイピングしていく。あと基本的にポジティブでしっかり話を聞いてくれる感じ。こういうところが求められるんだろうなあ。三鷹に通い始めてとりあえず朝に目覚めて不安に苛まれて居てもたっても居られなくなることはなくなったものの、老後資金に2000万円が必要って話じゃないけれど、60歳を過ぎてからの生活不安を杞憂する状況は変わらないので引き続き様子を見る感じ。仕事自体もそれが自分の何になるのか未だ浮かばないものの、まだ1週間しか経っておらず今は作業を覚え慣れる時期と身に言い聞かせて気を静める。気鬱の方は来週明け締め切りの原稿の段取りがあまりついていないこともあるのかも。ちまちまとパートを書いていって土日で一気に書き上げよう。無理なら伸ばすか落とすか(いけません)。


【7月7日】 「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」と地続きで嬉しかったのは伊吹マヤがちゃんと出ていてそして若い男嫌いをやっぱり公言してくれたことで、その男共にはツンケンとしてきっと赤木リツコさん大好きな心情をどこかで覗かせてくれるだろう描写があれば、百合ブームじゃないけれどもきっと評判になるんじゃなかろーか。年齢とかこの世界では気にしない。あとは復活した碇シンジに憎々しげな目を向けていた北上ミドリがまた見られたこと。あの唇が好きなんだ。

 しかし綾波レイもどき以外は女性キャラクターは全員が反シンジな感じがして、それでいったい生きていられるのかシンジってところ。アスカとアヤナミレイに引っ張られて富士山麓を歩いていたけど今はいったいどこにいるんだろう。ワンコくんとマリに名前を出されていたからきっと生きてはいるんだろうけれど、アスカも含めて冒頭の10分には出てこないからヴンダーでパリに来ている訳ではないのかもしれない。でも緒方恵美さんが収録はしたそうだし、庵野秀明監督からどっちの結末が良いかを聞かれてもいるそうなんで、登場するのは間違いなさそう。だったらどんな雰囲気で? アスカとの関係は? それが見られるのはやっぱり本編かなあ。2020年。公開を待とう。何月なんだろ?

 21年前というのはちょっと半端だけれど、去年の20周年にオフィシャルなイベントが何もないままインディペンデントでクラブイベントが開かれたのを見て、公式が何も出来ない状況でも二次創作的な活動が動くんだったらそれを阻害しない方策を構築しようと動き始めて1年が経って、実施にたどり着いたんだと思えば半端であっても立派にアニバーサリーだと言って良いのかも。1998年7月7日に放送が始まったテレビアニメーションserial experiments lain」に関して公式サイドが個人等に限って二次創作を認めて監修もいらないしロイヤルティもとらない「TTL(Time To Live)」という施策を公表した。

 個人的には「AKIRA」じゃないけど新しい映像コンテンツがスタートするとか「シン・エヴァンゲリオン劇場版」みたいに続編が作られるといった華々しい発表が聞きたかったけれど、それは今もって世界中で売れ続けている「AKIRA」であったり、Netflixがテレビシリーズを一挙配信したり、世界で開かれた新作映像のアバン上映イベントにわんさかか人が詰めかける「エヴァ」だからこそ出来ること。そうした盛り上がりが背景になく、「ブギーポップは笑わない」みたいに今もなお新作の小説が書かれ続けているシリーズとも違ったオリジナルのアニメーションに、続編を作ろうとする動きはやっぱり起こらないから仕方がない。小説版の版元がある訳じゃないしね。

 それだからこそ向こう9年間、30周年を迎える時まである意味でフリーにするというのは大盤振る舞いも過ぎる。ゲームを作って欲しいという声に、だったら君たちで作れば良いじゃないかと答えたもののそれは1年2年で作れるものではない。でも9年あったら作れるかもしれない。漫画だってアニメーションの続編だって個人が頑張れば作れてしまえる期間を与えることが、lainにとって出来る最大限のことだったんだろう。だったら……と言いたいけれども僕にはもはやそういう元気も才知もないのでファンの人たちがグッズを作りアニメを作り漫画を描いてゲームも作ってくれるのを待とう。60歳を過ぎてもまだ、lainの二次創作が作られて楽しませてくれると信じて、それまでを頑張って生き抜こう。

 飯田将茂監督のドーム映像作品「HIRUKO」に出演された舞踏家にして押井守監督のお姉さんでもある最上和子さんによる原初舞踏のワークショップが東高円寺で開かれたので参加。抱えた原稿の締め切りが1週間後くらいにまで迫っていて、なかなか構成が決まらなくってそれも気鬱の原因になっているんだけれど、そうした気分も含めてリセットできないかと思い申し込みが始まって即座に参加を決めた次第。そんなスタジオではまず、最上さんが必ずやるという、バレエではバー運動にあたる床稽古を体験。床に仰向けになって全身を脱力してから起き上がるもので、その後に湯飲みを手に取り口まで運んで戻す、腕を上げるといった動作を3時間程で経験して、自分の身体を脳から切り離す。

 まずは10分間、とことんまで脱力させて重力でもって体が床に沈み込むようなところまで意識を持っていく感じらしいんだけれど、その脱力が過ぎて半分寝ている状態から10分が経ち、さて起きようとしてどう体を動かせば良いかに迷う。起き上がって良いのかにも。そこで筋肉を使い関節を曲げればすぐにだって立てるけどそうじゃない。脱力したままで手足を動かし、首を傾け、体を曲げて胴体を倒し、うつぶせになて丸まりのけぞり、背を持ち上げ腕はだらりと下がったところから徐々に、丁寧に体の横へ持っていってようやくやっと立ち上がれる。

 それが果たして床稽古の正解という自信はないし、次に同じ様なシチュエーションで同じようにできるかも分からない。あらかじめこう動かすんだといったルートを決めて攻略するのとは違って、その時々の身体の状況と対話し、どう動かせばどう動くか、そしてどう立ち上がっていくのかを試しつつ進んでいく感じとでも言おうか。10分経ったからとにかく起きなきゃという欲求に負けず、かといって眠ったままで言いという気持に溺れず自然に動くのはなかなか大変。どうにか立ち上がった姿は、頭が下がり手もだらんと前に下がって生まれたばかりのエヴァンゲリオンの用。傍目にはどう見えたかなあ、って外部を意識するのも間違いなんだろうなあ、この場合。機会があったらまた挑みたい床稽古。次はどう立ち上がるんだろう?

 床稽古の次は、床に座って足の前に置いた湯飲みを持ち上げ口元まで持っていって飲む形を作ってそこから床へと降ろすというもの。ここでは事前に手のひらをこすり体を触って手のひらに肌理をつくり、手に触れるものが柔ら書く優しく感じられるようにするらしいんだけれど、自分が座っている空間を意識してそこにある湯飲みに自然と触れるまでがなかなか大変。というか湯飲みを持つ、という行為を意識すべきか否かが判断しづらい。持てば持ったで一気に持ち上げられない。でも不思議。気がつくと湯飲みがだんだんと口に近づいてくるのだ。体が自然に動いて。

 そうしようとする意識がどこかにあって、けれどもダイレクトに筋肉を動かすというより全身をそういう方向に持っていってその空間の中でそういう振る舞いをするようになっている、というか。胸元にあった湯飲みの口が次は口元に来ていて驚いた。あとはゆっくりと歩きながら、腕の内側の筋肉を意識して腕を上にもっていって降ろす動作をする一種の舞踏を体験した最上和子さんによる原初舞踏のワークショップ。その体験が何かの役に経つかと聞かれると、壊れかけていた身心の原因となっているリストラクチャリングからの将来不安から切り離して修復するの無理だけど、肥大した自意識を沈めて身体の存在を意識し、そこから始まる何かがあると思えるだけでもここは良いのかもしれない。逃避ではなくリセット。自分はここにいるという確認から自信へ繋げたい。繋げなくちゃいけないんだ。


【7月6日】 バルサを出されてFC東京に来た久保建英選手が、バルサには戻らずライバルのレアル・マドリードへと移籍してそれはそれで騒動も起こりそうだけれど、世界トップのクラブに移籍がかなうとはやっぱり凄いとこれは認めるしかないと思っていたら、一方のバルサも誰かやっぱり欲しいということで、鹿島アントラーズに所属する安部裕葵選手の獲得に乗り出したといった話が日本のスポーツ新聞に出始めた。実はまるで知らなくって南米選手権に出ていたかどうかも知らずどれくらいの選手かちょっと判断が出来ていない。フォワードだから得点とりまくってるかというとそうでもない。

 20歳だからこれから大きく育つ可能性はもちろんあって、ラウルとかクリスティアーノ・ロナウドといったスターに近づいていってくれればそれは嬉しいけれど、2人とももっと早い時期から注目を集めてビッグクラブで大活躍をしていた。メッシ選手だってそうだ。安部選手の場合は移籍をしても3部リーグのチームに出場を余儀なくされて、そこで活躍できなければ放出されることになる。久保選手もそんな条件を出されてお金も安くてこれはいやだとレアルに行った見たい。それがバルサの方針なのかもしれないけれど、日本での実績から見てとりあえずマーケティング要員か、なんて今は思われても仕方がなさそう。

 とはいえ、トップチームで得点を重ね代表にも選ばれている選手なら日本ではトップクラスであることに違いはなく、2部でも3部でもシアに出続けることでコンディションを維持し、また揉まれることで強さも発揮できるようになれば日本にとって得だろー。五輪代表にだてなれる年齢なんだからまずはB2のチームから初めてそして帰国して五輪で大活躍して、認めざるを得なくしてトップチームに22歳くらいでデビュー、ってのがひとつの理想の道筋かなあ。そう上手くいくとは限らなくても、若いんだから次の道はまだまだ行ける。なのでここは挑戦を。鹿島には悪いけど。それよりジェフユナイテッド市原・千葉が弱くって。天皇杯でも負けてしまったしなあ。いつになったら鹿島アントラーズと戦えるんだろう。

 500万円とか600万円をもらって販売データをエクセルの表に入力したり、送られてくる記事とかへの意見を見て返事を書いたりして1週間を過ごしてそれから、週末をもらった給料で存分に楽しんで1年2年を過ごした先に来るだろう定年なり解職の先に地獄を味わうくらいなら、200万円がせいぜいの状況で今はひたすら段ボール箱を運んで入ってるカット袋の500とか1000とかにバーコードを貼り続けても、そこから未来につながる可能性に賭けて正解だったのか、っていった葛藤が気分をいろいろと揉んでいるけど大きいのは10日後に迫ったとある原稿の締め切りに向けて、あまり内容が固まってなかったりするこで、ぼんやりとした頭に何を書いたら良いのか浮かんでこず、プレッシャーに苛まれる。いつものことだけど。

 まだ10日もあるんだから時間的には大丈夫かもしれないけれど、かけられた期待を裏切るかもしれないというプレッシャーになかなか弱くって、なあに書いて問題があれば書き直せば良いんだって開き直りが出来る人、締め切りなんて延ばせば伸びるんだから伸ばそうと鷹揚に構える人がちょっと羨ましい。自分はそうではないから、少しでも書かなければ進まないから書こうとそ最近よく使っている船橋西図書館へと出向いて、電源が使える席で3時間ばかりメモ程度の文章を書く。まだまだ固まらない。残りは来週末までにどうにか筋を立て、メモをいっぱい書いて組み合わせて完成させたいけれど、できるかなあ。難しいなあ、坂本竜馬についての原稿は。

 船橋西図書館でお勉強の途中にフランスのジャパンエキスポで開催される「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の予告編10分上映を日本でみ見ようぜってイベントの会場と、そして整理券お配布時間が発表されたので新宿か、日比谷か考えて日比谷を選んでかけつける。それなりに人が来ていておまけにランダムで配布ということで、何番になるか不安だったけれど450番くらいがとりあえずもらえて、だいたい並んだ順番あたりが回ってきたみたい。アナウンスで雨が降っても傘は差しちゃダメって話だったんで、手にした「お〜い!竜馬」の本とかパソコンとかがぬれると拙いし、そもそもポンチョ持ってないんで家に取りに帰ってそして昼ご飯を食べたらグッと疲れが出て来て寝てしまう。

 段ボールの上げ下げとかバーコード貼りとかが思いの外体力を削っていたみたいで、2時間ほど寝て目覚めたら気力もふくめてグッと下がって起き上がれない。雨も降りそうだしそんな中を広場で立ちっぱなしで過ごしたら、明日以降の生活に差し支えるかもしれないんでどうにかこうにか大手町あたりまで出たものの、引き返そうか逡巡したけどやっぱりそこは出没家、事件の現場にいてこその価値もあるということで、頑張って会場まで駆けつけ行列に並んでしばらく待って、そして会場に入ったら日比谷の中庭に作られた階段状の場所に案内されて、そこで座って見られることになったんで体力的にとてもラッキー。早い番号の人たちがスクリーンには近いけれども立ちっぱなしなのと比べると、これはこれで良かったかもしれない。

 そうこうしているうちに体力も回復して来て気力もどうにか浮いてきた。やっぱり楽しいものが間近にあれば嬉しくなる性質だったんだなあ、そういう場所に近づけるのなら段ボールの上げ下げだって頑張らないと。それで終わってしまったら嫌だからそれ以上の価値があることを証明しないと。でもどうやって? それが見つからないのが今は辛い。頑張らないと。そんなことを思いながら待っていたらモニターで、予告編とか関連商品のCMなんかがガンガンと流れ初めて盛り上がって参りました。新宿ミラノ座の跡地で見るというある種の“聖地性”はないけれど、東宝にとっての新しいランドマークでソフトに見られるのも2019年のエヴァンゲリオンの楽しみ方。これもひとつの経験と喜びたい。

 そして始まったパリからの中継は、高橋洋子さんによる歌唱が続いたけれども「残酷な天使のテーゼ」が歌われても「魂のルフラン」が歌われても、日比谷の会場で「ハイハイ」といった合いの手がかかる感じがないし、拳を振り上げる人もいない。これがアニソンのライブ会場だったら冒頭からそんなコールが飛び交うところだけれど、考えてみれば「残酷な天使のテーゼ」はテレビシリーズの主題歌で「魂のルフラン」は春エヴァの終わりに歌われただけと、当時からエヴァをリアルタイムで見ていた人は知っていても新劇場版から入った人には何が何だか分からない。パリの会場でも高橋さんやゲストで登壇した碇シンジ役の緒方恵美さんから、Netflixで配信が始まって、初めてテレビシリーズの「新世紀エヴァンゲリオン」を見た人には初めてだったといった言葉が出てたくらいだし、そうじゃない新劇場版から入った人が多分多くいただろう会場で、流されてもポカーンだったかもしれな。自分と回りは同じと思っちゃダメなんだ。

 そんな感じで始まった中継で、東京からパリへ行きたかったけれど行けなかった庵野秀明監督から、ようやくエヴァにパリを出せてエッフェル塔を出せて良かったって話がビデオメッセージ経由で飛び出して、緒方さんから「ネタバレ?」って言葉が出ていったい何が起こっているんだと気になって始まった「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の冒頭10分のアバンでは、赤く染まったパリにそびえたつエッフェル塔がまず出てきては舞台がパリだと教えられ、そこに降り立ったボディラインもくっきりの船外活動服で登場した赤木リツコさんほかVILLEのヴンダーの搭乗員が、パリを回復させるための操作をラップトップパソコン使ってやっている最中、使徒とエヴァが合体したような敵が現れあれやこれやと攻撃をしてくる。

 そこに立ちふさがるのは予告編で飛び回っていた8号機を操るマリで、難しそうな操縦をしっかりこなして敵を叩き、戦艦を重ねて強力なビームを少しずつ跳ね返してそれで一時はしのいでも、再発射がされて危機一髪のところに飛び込んで来てはリツコたちを守り、そしてそびえ立っていたパリのシンボルのエッフェル塔を折り取って武器にして敵を突き刺しどうにか退ける。そして復活したパリ。でもエッフェル塔は? 出せて良かったと持ち上げておきながらもしっかり壊してのける庵野監督。それもジャパンエキスポというフランスが舞台の会場で行うなんてなかなかのイケズっぷり。果たしてパリッ子たちは喜んだのか? 例えば「パシフィック・リム」で東京スカイツリーを引っこ抜いてカイジューをぶん殴れば喜んだだろうから一緒かもしれないなあ。そういうもんだよオタクって。


【7月5日】 アメリカで始まったAINME EXPOであの大友克洋さんによる漫画「AKIRA」が、またまたアニメーション化されるって発表があったみたい。監督が大友克洋さんかは分からないし、長編映画なのかNetflix的なテレビシリーズなのかも不明だけれど、伝えられる情報によれば全6巻がすべてアニメーションになるというからもしかしたら長いアニメーションのシリーズか、あるいは3部作くらいのアニメーション映画になるのかも。続報に注意しよう。というか実写による映画化も進められていたはずなんだけど、そっちはどーなったんだろう? ちょっと不安。

 とはいえ今、改めて「AKIRA」の新しいアニメーションが見たいかっていいうと、すでにある大友克洋監督によるバージョンで充分で、スタイリッシュな画面構成があって密度の高いメカや都市の描写があってスペクタクルな展開があって芸能山城組による心に突き刺さる音楽がある。そして東京がメチャクチャになっているとことから始まるこれからの日本を表現したようなビジョン。これをむしろ今、ガンガンと劇場上映しては日本がヤバいところにあることを、直感させた方が良い気がする。でなければもうキャラクターデザインも変えてTRIGGERが手がけて鉄雄を松山ケンイチさん、金田を堺雅人さんが演じて戦うんだ。「さんをつけるよ、デコ助野郎!」って堺さんのあの声で聞いて見たいよね、よね?

 新しいのを作ったところで原作準拠になったってだけで、鉄雄と金田の喧嘩って構図に大差はない。新しいメッセージが載っかる訳でもないし、出来上がるのだって数年後で東京オリンピックも終わってる。そして始まる不況の中で見せられてもねえ。だったらその労力をもっと違う新しい作品に向けて新しい、これから30年残るプロパティを作ってくれた方ガスタジオのためにもなるし新しい経験を積めるアニメーターのためにもなる気はするけれど、それが売れないとスタジオは大変だしアニメーターも稼げないなら、売れる作品、凄い作品に改めて誰もが目を向け手を掛け、作り回していくしか生き残る道もないんだろう。そうやって回しつつ新しい血を入れビジョンを繰り出すエヴァみたいになれば良いけど、「AKIRA」は原作回帰だからそれは無理。ならばせめて音楽と声のイメージを前とは変えて、新しい空気感をもった「AKIRA」を作って欲しいなあ。でなきゃ作り直す意味、ないから。

 新版「AKIRA」以外では前の「AKIRA」の4Kリマスターが行われるとかで、もうそれで充分じゃん感がふわっと。あと新作アニメーション「ORBITAL ERA」ってのが作られるみたいだけれど原作なんてあったっけ? ちょっと不明。ほかに「大友克洋全集」ってのも出るみたいだけれど「AKIRA」はあの想定でもって家に6巻が揃っているのがサブカルの鉄則ななから、全集にするならすべてを「AKIRA」みたいな想定にしてずらりと並べられるようにして欲しい。あるいは昔出た原稿原寸大サイズの「童夢」の再版を宜しく。全集ってもそもそもそんなに作品ないじゃんとは言わないで。

 セブン&アイ ホールディングスのグループによる7payの不正チャージ問題は、実際にコンビニで高額商品をまとめ買いしようとした人が捕まったりして現場に動きはあるみたいだけれど、どうしてそうした穴が露見して即座に使われてしまったかがやっぱり不明で、なかなか使って見ようという気に人をさせない気がする。僕はスマートフォンを使ってないのでそもそも埒外。paypayだってアプリは入れたもののまだ使ったことはない。不安だから、っていうことでもなくそれなりに揉まれれば安心も生まれて来るものだけれど、そうした安心の束を見て生まれた後発のサービスがあっさり破られたことが衝撃だった。学ばないのか学べない事情があったのか。

 それは出てきたトップがSMS認証すなわちショートメッセージを使って人称させる仕組みをSNSと勘違いしてツイッターがどうとか言ったらしく、事態の重大さを認識していないことからも伺えた。どうして事前にレクチャーをしておかなかったんだろう。そういう風土にきっとないんだろうなあ。トップによってすべてが決まって間違っていても誰も口を挟めない。そんな状況下で安心より安全より安楽を選んだ結果の不正使用ってことになるのかな。プロ中のプロが慎重に使っても破られたってんだから相当に大穴が明いていたんだろう。こういう時にデジタル時流にのらない身は一安心。でもそろそろLINEとか駆使せざるを得なくなりそうだし、スマホを入れるかどうするか。迷うなあ。

 人間でそして結構な戦力でもあった元騎士団長のガイウスが、虐げられているコボルドたちの中に入ってだんだんと親しまれ信頼を得た果てにコボルドたちを人間のいわれのない攻撃から守るべく、王として立ち上がって攻めてきた連中を撃退したまでが第1巻。そして登場のSyousa.さんによる「コボルドキング2 騎士団長、辺境で妖精犬の王になる」(レジェンドノベルス)はいよいよもって本気の攻め手が来たものの、そこは準備を整え落とし穴とか罠とか使って相手を億劫にさせ、そして強敵も最後はガイウスが出て行ってどうにか倒して連続しての勝利を得る。

 これで安泰か、と言えばそこは何かを目論む連中がいればやっぱり圧倒的な戦力を持つ人間の方が強そうだけれど、ガイウスがいて守っては強い勢力だと思わせ、そし勝ってもたいして利権は得られないと思わせることで無視してもらいたいところ。そんな方針で臨むことになりそうだけれど、小説としてコボルドたちは静かに暮らしましたではまとまらない。建国編となっていたからには次の展開も用意されててそこでは意に沿わない領土拡大による戦乱なんてこともあったりするのかもしれない。コボルドのほかにも人間じゃない精力はいる訳で、束ねて人間にきっ抗する国を打ち立てる、って展開だとちょっと「転生したらスライムだった件」に重なるかな。そこはガイウスという地味だけれど強い男と、サーシャリアという才媛とそしてダークという女戦士を軸に、少しずつ基盤を固めていく展開を読ませてくれると思いたい。

 すでにWakanaはそろでライブを何度かやっているし、Keikoも梶浦由記さんのライブに歌姫として参加して以前のFiction Junction的な活動に戻って入る感じな中、ひとり元KalafinaではHikaruの動向が見えていなかったけれど、バースデー生配信で12月のソロライブが開かれることに決まったみたいで、どんな歌をどう聞かせてくれるかちょっと楽しみになって来た。透徹した歌声のWakanaに強さを押し出すKeikoと散ってHikaruはどちらかといえば演技派な歌声。女優もやってみたいといつか話していたこともあって、感情がくっきり歌に出る。そんな歌声がWakanaやKeikoによる中和なり相乗なりを得ないでソロで響いた時にどんな空気感が醸し出されるか。興味津々といったところ。身分が曖昧なため行って楽しめるか分からないけれど、その足で歩き始めたHikaruを見ることで、自分も歩き出す力を得られれば良いかもしれない。生き延びて行こうかな。


【7月4日】 なんだ2クールだったのか「キャロル&チューズデイ」はマーズブライテイスってオーディション番組で、優勝したアンジェラに加えて遅刻したけど圧巻のパフォーマンスを見せてデビューする権利をキャロル&チューズデイのユニットも得たところでひとまずの幕。そしてその場で奇跡の7分間が起こるかというと起こらずガスとロディによる振り返り、すなわち総集編ってものに入ってこれまでの展開が振り返られる一方で、新しい展開はとくになくいったいデビューしてアンジェラがどういった活躍を見せ、そしてキャロル&チューズデイは母親の政治との絡みも踏まえながらどんな道を歩むのか、なんて興味をもって次のクールへと向かっていきそう。

 ここまでは底辺からアーティストが成り上がっていくストーリーをなぞった程度で、新しさは特になくオーディションで出てくるほかの挑戦者たちのバリエーションに笑わされたくらいだったけれど、デビューしてから成功への道は可能性が幾つもあるから展開も予定調和気味だったものから離れていくんだろう。気になるのはタオというAIで作曲をする男がキャロル&チューズデイにも興味を持った感じだったこと。アンジェラの専属でマーズブライテストには参加したけどそのAIを一切使わない作曲に感化されたか反発したか、ともあれアンジェラをたてるなり捨てるなりしてキャロルとチューズデイの2人に関わってきそう。2人の作る音楽こそが絶大だというところを壊してでも割り込むかそれとも。4月スタートでこのクールを唯一“完走”できた作品だけに見ていこう。心も少しずつ開封してきたようだし。

 えーーーっ、っていうか先着順だったら自分にもまだ人気の競技を見る可能性があるかもって人が来たいを抱けたんだけれど、東京オリンピック2020の大会チケットの次なる売り出しが「セカンドチャンス」という名称で一種の「救済措置」的なものになってしまった。曰く「セカンドチャンスに申し込めるのは1次抽選に申し込みながらも、1枚も当選しなかった人。売り出されるチケットは会場の座席数が数万単位と余裕のある球技の団体戦の予選や、予選ラウンドが多い競技となる予定。申し込めるのは1口のみとなる」。どんな競技でももう1枚でも当選してしまったらダメってことで、これで人気競技が残っていたら他の何かに当選はしても、人気競技を見たかった人は門前払いを食らうことになってしまう。

 それはつまらない話だけれど、読むと「座席数が数万単位と余裕のある球技の団体戦の予選や、予選ラウンドが多い競技」といった具合にあまり人気がなさそうなものばかり。そういうのでも見たいからを1枚も当たっていない人が申し込むかどうかがちょっと微妙。そういう人って当たればラッキーな感じでとてつもなく倍率の高そうなのに申し込んではやっぱり外れてそうだよねって思っていそうだから。あるいはそれでもやっぱりどれでも良いから東京オリンピック2020に“参加”したいと思い直して応募するかもしれないから、1枚でも当たっている身としては譲って差し上げたい。それでも余るチケットを3次で売り出したりはしないのかな。海外向けに売るのがきっと余って還流して来そうな気もするなあ。待とう成り行きを。

 今のトレンドはどちらかといえば姉だったり年上彼女だったりお母さんだったりと主人公よりも年齢が上の女性が大活躍するものだけれども、広く見渡せばやっぱり異世界転生が大人気って感じに見えるんだろうなあ、ライトノベルとかノベルズの世界は。いくつかの媒体が今気がついたように取りあげていて朝日新聞までもがずらりと異世界転生系のライトノベルとかノベルズなんかを並べて紹介してる。やっぱり中心は「転生したらスライムだった件」で漫画がヒットしアニメーションだ人気となって原作にも回帰しているといったところ。あとはやっぱり「幼女戦記」だろうなあ、映画も良かったし。

 ただ他はとなると「オーバーロード」や「Re:ゼロから始める異世界生活」も「この素晴らしい世界に祝福を」といた“異世界カルテット”組を外しているのは他のレーベルとか他の作品とかにも目配りしたかったって判断かな、あまりにKADOKAWA推しになってしまうし。そうした流れでも「スコップ無双 「スコップ波動砲!」( `・ω・´)♂〓〓〓〓★(゜Д ゜ ;;;).:∴ドゴォォ」と「空手バカ異世界」と「異世界最強トラック召喚、いすゞ・エルフ」を入れたのはなかなかに正しい判断。もはや大喜利常態となって捻りとアイデアの競争になっている中で、この3冊はバカバカしさが突き抜けていたから。読んで楽しくそして元気になれる異世界転生物。個人的にも今の気分で底辺から這い上がっていくのはなかなか苦しいから、こういう突き抜けた作品が流行るのが嬉しいのだった。その意味ではよくぞ選んだ朝日新聞。

 支援BISさんによる「迷宮の王 2 勇者誕生」(レジェンドノベルス)をさっと読む。第1巻では雑魚なはずのミノタウロスが階層ボスという制限を抜けて部屋から出ては強くなって英雄たちをなぎたおし、やがて迷宮そのものを制覇してしまうという異色の展開で驚かせてくれたけれど、そんなラストにきっ抗する力をもった戦士が現れさあ決戦かといったところで、英雄は帰投して残された迷宮でミノタウロスは悶々としつつ、英雄パンゼルとの再戦を待ち望んでいた。おっともパンゼルは外で活躍して子を成しつつも早くに死去。そして第2巻はその子が旅をして英雄になっていく物語がメインに描かれる。

 ミノタウロスはミノタウロスで戦い続けるけれどもメインじゃなく圧倒的でもなくちょっと脇に。まあでも英雄の息子がすぐに因縁の戦いへと向かってもそれで勝てる相手じゃないから、親に匹敵するくらいの英雄になるための修行を外で重ねるっていうのがやっぱり展開として妥当かも。ミノタウロスじゃないけれどもさまざまなモンスター系と出会ったり、竜神めいた存在と出会ったりしてどんどんと強くなっていく模様。恩恵恩寵めいたものももらっていった果てにミノタウロスと対峙して、それで買って大団円といきたいところだけれど、それ以上に強くなっている可能性もあるからなあ。そうやってミノタウロス対パンゼルの一族の因縁で進んでいくのかな。次に期待。

 バーコードを貼ってバーコードを読み取るサポートをしてそれが何かにつながるかといえばそうした作業が行われるからこそ整理が出来て分類がされて活用もできるといったところで、そのための準備をしていると言えばなるほど意味がある。一方でクリエイティブかと問えばなかなか難しいところだけれど、今はそうしたワークフローが構築された意味を考え、それを敷衍させていく方策を考えていくのが最初の1歩。その1歩が明日は半歩でも2歩でもなってそして3歩下がったりしたとしても、半年後1年後に50歩100歩と進んでいけるならやっぱり必要な1歩なのだと今は認識しよう。かつての年収で1日中、エクセルに数字を書き込んでいるのと今、将来につながる何かをしているかもしれないのとどっちが良いか。そこなんだよなあ。どっちだろう。


【7月3日】 三鷹のアニメーション制作会社と業務委託の契約をして、長い期間を働くことになってこれは就労にあたるかからとハローワークに行って、失業認定を止めてしまったけれどもこれは判断として正しかったのかどうか、実はよく分かっていない。個人事業主として開業届を出せば、働く期間が1年以上に亘るといった可能性が認められれば再就職手当をもらえるそうで、金額的には結構な額に届くけれど、一方で業務委託をした先からハローワークでもらえるだけの金額をもらえるかどうか、そこがちょっと見えないだけに迷うところではある。

 業務委託とかを結ぶことなく、しばらくはフリーランスで行くと決めて、働く時間とか金額とかを調整しながら失業保険をもらえるだけもらうって手もあったし、たとえ業務委託を結んだとしても、働く時間を調整しつつもらい続けるような手もないでもなかった。けれども、朝に起きて行って仕事が出来る場所があるならそちらに落ち着きたいという意識があり、そこで長く働かせてもらうことで再就職手当をもらえるのならもらっておきたいというのがあって、今回の業務委託を選んだ。だったらもはや開業届を出さない道はないのだけれど、それでもやっぱり迷うのはとことん自分の思考に自信を失っているからなんだろうなあ。

 そんなに慌てず焦らないで家に籠もって失業保険をもらえるだけもらってそれから動けば良いじゃんって意見も頂いていて、それはそれで道としてはありなんだけれどそうはできない性分だから仕方がない。月に2回のキャリア支援サービスに通って就職活動としつつ、ハローワークで月に1回認定を受けていれば、来年3月までは大学卒業者の初任給分くらいはもらい続けていたれたけれど、それだけの時間を家にいて本でも読むなり勉強するなりして過ごせるかどうか。それはさすがに無理だった。あとは誘ってもらって仕事を他の人にやらせるなら、自分でやってみたいとうのもあたかな。次にどう繋がるか分からないけれど、とりあえずはそこで身心を整えつつ再就職手当が出ればそれで豪遊……は無理だから美味しいものを食べよう。

 土佐の坂本竜馬と武市半平太と岡田以蔵の誰に共感するか、というよりは誰に共感できないかを考えている。もしもそう聞かれたら、今の僕だと岡田以蔵が真っ先に挙がるのは確実かもしれない。坂本竜馬のように、日本を飛び回ってさまざまなことを成し遂げ、大勢の人たちと出会い慕われ、今も歴史に名を残す大人物だった訳ではない。武市半平太のように、最後は政変にもまれて獄死したものの、強い信念をもって行動し、郷士の身でありながら土佐の藩論を動かすくらいの人物にまで成り上がった訳でもない。

 竜馬の自在さに憧れ、半平太の理想に共鳴をして二人のためにと剣術を磨き、彼らの進む道の邪魔になるならと暗殺を繰り返した人斬り以蔵に、理想や信念といった格好良さはない。主体性をもたない人斬りロボットと唾棄したくなる人もいるだろう。かつての自分だったらそうかもしれない。でお今は違う。以蔵の主体性のなさが自分と重なるから。この社会でもっとも多いのが岡田以蔵のように何かのため、誰かのためにと思わされて動かされ続けるロボットのような人間たち。そこに主体性などなく理想といったものもない。あると思わされているだけで自分自身がそれをどうしてもやりたいといった内在する熱などない。

 そして、上司に言われるままに人を斬って斬って斬り進んだ先、手に残るのはただ人を斬ることだけの残酷なスキル。そもれ誰かに価値を決めてもらい、その指図にのって斬るだけだから自分の頭で考え、どういう意味を持つかを吟味するようなマネジメントのスキルは欠片もない。現代におきかえて、会社員として上司なり組織が求めるままに仕事をし続けていって、いつかぽっかりとその仕事が不要となった時、次になにをすべきかを迷って宙ぶらりんになってしまう。まさに今の自分のように。

 マネジメントやマーケティングやクリエイティブやプログラミングといったスキルを持たない人間が、社会の荒波を渡っていけることなんで不可能だ。だから自分ではどうにもできず、誰かに縋ろうとして声をあげて叫んでいるけど、見透かされて放っておかれる。それは、ひとりでは寂しいからと竜馬を呼び、半平太を呼んでも届かなかった以蔵にとても重なる。以蔵はそして絶望し、自分の愚かさをさらけ出して刑死した。その生き様に共感などしたくないけれど、それが自分の今の、未来の、過去の生き様。なおかつ自分だけでなく世間の大勢の生き様でおある。今のこの社会状況が、岡田以蔵に同族嫌悪と裏腹の暗い共感を抱かせる。アンケートを採ると、案外に以蔵好きが多いかもしれないなあ。とはいえ以蔵では死んでしまうので変わるしかない。竜馬に。あるいは半平太に。なれるかなあ。

 決済の専門家からアニメーションの設定考証者までいろいろな人が7payを使ってのっとられたか何かして、紐付けされているクレジットカードを使われてお金を引っ張って行かれらしくその額も何万何十万といったレベルに達しているらしい。1人2人じゃなく大量に発生していることからそうしたやり口ができるってことが、どこかの段階で露見をしてそれが裏の口コミか何かで伝わって一気に広がったのか、それとも自動的にサーチを走らせていて7payと紐付けされているクレジットカードからチャージして稼ぐソフトでも動いて入りするのか。分からないけれども組織的に情報が共有されて一斉に行われているとしか考えられない。だとしたら誰が何のため? そこが気になる。

 しかし朝からこれだけ大騒ぎになっているのに7payを運営しているところはヌルいというか、サポートに電話が繋がらないのを放置するはパスワードに気をつけろとは言うものの保障がどうとか原因が何とかアピールしないわでちょっと態度が宜しくない。こうしたスマートフォンによるキャッシュレスの決済はそれが悪用されないことが第一なのに、しょっぱなからアプリを導入したくらいでクレジットカードからお金を持っていかれるという最低な状況を招きながら、偉い人が会見をして頭を下げるでもなくスルーしようとしているセブン&アイ・ホールディングスにこれは後でダメージが来るんじゃなかろーか。個人としてはスマートフォンを使っておらずバーコード決済もしてないので縁遠いけれど、いずれ世界がそうなっった時にセブン=イレブン系は何かヤバいとなったら商売も立ちゆかなくなるだろう。それくらいの危機意識はないのかなあ。ないからこその塩対応なんだろうなあ。さてもどうなる。


【7月2日】 だんだんと口コミによって広がっては来ている「きみと、波にのれたら」の認知度だけれど週末6月29日と30日の観客動員数は、興行通信社のランキングによればベスト10には入っていなくて1週間でランク外。「海獣の子供」でも2週は入っていた記憶だからこれはなかなかに厳しい興行を強いられていると言えるかも。知名度のあるシンガーが声優を務めて元アイドルの女優が結結構素晴らしい演技もしていてストーリーも良く音楽も良く絵も良いのにどうして? ってところでやっぱり一般のラブストーリーが好きな層、アニメが観たい層がそれぞれに、自分とは関わりがないんじゃないかと思ってしまったことが背景にありそう。調べた訳じゃないけど。

 逆にこれがどちらにも関わりのあるものだと思えたら、双方が詰めかけ大人気になっただろう。そこがどうしてすれ違ってしまったのかを宣伝のケーススタディとして考えると今後の糧になるかも。いや糧にしちゃあいけない、この素晴らしい映画をもっともっと大勢の人に見てもらいたいのにどうしたらいいのか分からないのが残念。映画「若おかみは小学生!」の時も似たような状況から口コミのドライブがかかった上に、高坂希太郎監督があちらこちらに出現しては舞台挨拶を行って、ファンサービスにつとめた。これが報じられて口コミがさらに広がった。「きみと、波にのれたら」にそんな用意は今のところなさそう。

 かといって今さら「夜明けつげるルーのうた」をテレビでゴールデンの枠で放送しながら、CMを「きみと、波にのれたら」のタイアップにして関連映像と使いつつ流すなんてことはできない。すでに「夜は短し歩けよ乙女」ともども放送してしまったから。真夜中に。どうしてこういうことをするんだろうなあ、いくら朝のワイドショーでタレントが出て宣伝したって、それを観て劇場に行こうなんて若い女性もティーンも家にはもういない。だからまったく宣伝にならない。「君の名は。」の地上波のゴールデン放送に合わせてCMに手を入れ同時視聴を促しつつ宣伝もしっかりやった「天気の子」はやっぱり凄い。同じ東宝系でこの差はテレビ局のアニメーションに対する力の入れ方の差、ってことになるんだろうなあ。そういう場所なんだよフジテレビ。社長が替わって少しは意識も変わるかなあ。

 ようやくメディアも報じ始めたジャニーズ事務所のジャニー喜多川さんの病状。解離性大動脈瘤からのくも膜下出血って聞けば相当な重病そう。嵐のメンバーが詰めたり木村拓社さんが行ったりする状況も考えるならなかなかに厳しいのかもしれない。そうした情報がしかしどうして入院したって情報が流れてすぐに公開されなかったのか。G20にジャニーズ事務所の誰かが絡んで安倍総理にインタビューなんかしていたことから邪推するなら、社長の危機的状況にテレビに出ている場合じゃないと言われかねないことを考慮し、その病状を隠していたってことになる? 亡くなった訳じゃないから喪に服すとかないし亡くなったって仕事は仕事と割り切る方が評価も上がる場合がある。けど何か突っ込まれるリスクは避けたかったのかも。いずれにしても明らかになったご病状が以後、どう報じられていくのか。そこが目下の関心事。

 大友克洋監督と押井守監督がそろって米映画芸術科学アカデミーの会員に招待されたそうで、ハリウッドもいよいよ2人が準備している「スチームボーイ」と「G.R.M」という、映画の常識を変えるような作品に目を付けたに違いない……ってそれは20年前の話であって、普通に「AKIRA」と作った監督と、「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」の監督として世界に影響を与えた作品を作ったことを評価されたんだろう。個人的には2人とも気がするけれどもそこは最近になってハリウッドも非白人の拡大に積極的に乗り出したようだから仕方がない。これで片渕須直監督もなったし細田守監督はどうだったっけ。会員が増えれば投票権も広がり日本の作品が有利になる、って簡単にいくかは分からないけれど、アカデミーの権威を介してこやってアニメーション監督の名前がメディアに取り沙汰されるのは悪いことではない。受けて新しい仕事につなげて欲しいけれども押井監督は当面入っているからなあ、いちごアニメーションの仕事が。どんなアニメになるのかなあ。

 そういう身なので(どういう身なのだ)出勤前に東京国立近代美術館で「高畑勲展」を見る。これがほかの若いアニメーション監督だったら初日から行列も出来るところだろうけれど、誰あろう高畑勲監督ではそうしたことはなくって普通にすんなり入れた上に、展示も間近でじっくりと見ることができた。そんな資料の凄まじさよ。とにかくぎっしりと並べられた展示物の物量に圧倒されて体も心も押しつぶされそうになる。集め、保存し、整理し、分類し、調査し、意味付け、必要とあらば取り出して見せ、また保管する作業の膨大さを思うと、足がすくむけれどもそれをやったからこそのこれなら、やらなきゃいけないんだろうなあ。頑張ろう。その前に仕事を覚えないとリーダーがいない時に仕事にならずお金にならないし。

 あと高畑勲という人の創作に向けての緻密で厳密な準備にも呆然。ストーリーをこまかく作るはキャラクターと綿密に設定するは、1本のアニメーションを作るのに1つの世界をまるごと作ってしまうような情熱で作品に向き合う。「赤毛のアン」なんてアンがいったいその日に何をしているのか、なんてことを書き出してそれに合わせて話を組み立てていったそうだから凄まじい。「太陽の王子ホルス」の場合だと村人たちが躍る場面とかの人の動きを設計し、歌う歌も作って書き出してあって子細よろしくと他人に丸投げして帳尻だけ会わせるような雰囲気はまるでない。

 キャラクターの相関図もかいてホルスがどうして孤立していくのか、なんてことも分かるようにしている。それは作品に取り組んでいる大勢が同じ知識を持ち認識を抱いて共通の世界観の上、共通のキャラクターを作れるように配慮しているってことなんだろう。だからバラバラにならない。レイアウトシステムだってひとつきっちりと構図を決めて芝居を固めておくことで、バラバラな映像にならないための配慮であってそこに天才・宮崎駿がいたから画面も芝居も展開も完璧なものが仕上がった。「パンダコパンダ」とか「母を訪ねて三千里」で描かれた宮崎駿のレイアウトが、どれだけ世界や雰囲気の創出に貢献しているかを考えてみたくなる。

 「赤毛のアン」の途中で宮崎駿が「未来少年コナン」のために抜け、以後の映画でそうしたレイアウトを宮崎駿が担わなくなったことでポップさもあった世界観が固くなってしまったのかなあ。ちょっと分からないけど、ともあれ戦って練り上げて突き進んでいったからこそ、高畑勲作品は今も世に讃えられて資料もこうして尊ばれる。他の会社がそこまでのものを作っているか。未来に残す価値はあるか。商業に押し流されていたりするかもしれないけれど、高畑勲監督がどれだけの熱情でもって作品に挑んだかを展覧会で目の当たりにして、そこを出発点にして日本のアニメの再構築をクリエイターもプロデューサーも狙って欲しいなあ。そうなればアーカイブにもより意義が出てくるから。


【7月1日】 3カ月の無職生活がどうなるかそうなるか見えて見えない状況に疲れ果てていたのか、夜の8時には寝てしまってそのまま朝まで来てしまってテレビ放送された「君の名は。」は見ず、従ってCMでの「天気の子」とのコラボレーションなり提供ロゴの入れ替わりになりを目の当たりにできず、録画しておけば良かったかなとも思ったけれどもリアルタイムに視聴しながらわいわいとやって楽しい仕掛けを録画で見るのも無粋なんで、見られないならそれはそれで平気だとここは開き直ろう。

 本編に追加映像があるとかだったら残念さも増したけど、そういう訳ではないし。ただリアルタイムの視聴者を求めた放送局の努力は認めたい。でないと今って視聴率稼げないからなあ。よく頑張った。こうした貢献が次の作品も呼び込むってことになるのかな。テレビ朝日は新海誠監督で日本テレビは細田守監督とスタジオジブリ。フジテレビは……湯浅政明監督をあからもっとフィーチャーしようぜ。ノイタミナ時代から抱え込んできたことが無意味になってしまうじゃないか。あとは「PSYCHO−PASS サイコパス」というコンテンツ。ゴールデンに放送したって大丈夫なタイトルに育てれば良いのに。そこがやっぱり編成としてアニメを軽んじている印象につながるんだよなあ。勿体ないもったいない。

 原作準拠をうたい文句にしてスタートした「美少女戦士セーラームーンCrystal」が、1期は原作者の武内直子さんに極力寄せたキャラクターデザインでそれなりにファンを得つつも東映アニメーション版を見て育った今のお母さん世代から、いろいろ思われたのかどうなのか、2期では少しキャラクターデザインも旧作へと近づき、演出も今千秋さんが入ってポップでコミカルな部分もあるセーラームーンになっていた。つまりはちょっとした先祖返り。それで持ち直したって説もある。

 そんな経緯をたどったからか、いよいよ劇場版としての製作が発表となった新シリーズの最新作「美少女戦士セーラームーンEternal」では今千秋さんがシリーズディレクターを務めるのは従来の発表通りとして、キャラクターデザインがあの「美少女戦士セーラームーン」であり「美少女戦士セーラームーンR」を手がけた只野和子さんになっていた。出てきたビジュアルもかつてのセーラームーンのよう。ネットなんかを見ても喜ぶファンの多さから、求められていたのはこっちなんだって改めて思えてきた。

 それじゃあ原作回帰の新シリーズを作った意味がないじゃんてって思わないでもないけれど、原点回帰に喜ぶファンが多いのならそうするのが顧客あってのアニメーションビジネスというものだろー。発表されたセーラームーンとセーラーちびムーンのかつてのようなビジュアルは確かにグッと来る。そんなビジュアルに今千秋監督のノリが加わった懐かしくて新しいセーラームーンが見られたら、やっぱりファンとして嬉しいだろうなあ。その公開は2020年。オリンピックが近かったら海外から来るファンもいっぱい映画館に押し寄せて、劇場も英語字幕を用意しなくちゃいけなくなるかも。そしてなぜか「ムーンライト伝説」が流れてそれを外国人も一緒になっての大合唱。聴きたいなあ。それまでは頑張ろう東京で。

 本当にツイートを読んでそれならを腰を上げて平壌から板門店へとかけつけたのか、事前にそうしたことも起こりえるからとルーツを通じて打診があって、その上でツイートで呼びかけ応じたといったアングルを作ってみせただけなのか。すべての行動に先回りして準備が必要な合衆国大統領と、そして安全の担保のためにはどれだけの準備だってかけて当然の北朝鮮の最高指導者が「会おうか?」「会おうぜ!」で会うとも思えないだけに、いろいろと根回しはあったと思いたい。それならそれで日本に一切の情報が入ってこなかったことの方が、問題だし怖いし恐ろしい。何をやっていたんだろう外務省。あるいは官邸。それとも外交ルートは捉えながらも監督と関わりたくない官邸に“忖度”して伝えなかったとか? 分からないけど蚊帳の外ですらなかったことは衝撃だ。

 板門店でトランプ大統領が金正恩と会って何かが進んだということはないにしても会ったという事実とそれが軍事境界線を越えた北朝鮮の場でも行われたという事実は、長く戦争状態にあった北朝鮮と韓国・アメリカの関係をいろいろと変えることになる、って話も出ていたりする。そりゃあそうだ、無条件降伏をしていない日本にマッカーサーは降りてこなかった訳だから。そういう外交的な楔が少しずつ抜けてきて、動きやすくなっていった先に韓国と北朝鮮との関係に変化も起こりえる。けどそこに日本が絡むことは今の状況ではあり得ない。韓国から北朝鮮に拉致された人は帰ってきても日本は情報の拉致外に置かれる? それで国内世論が納得するかというと、安部さんは日本という国の尊厳のために我慢しているんだといった応援が出て支えそう。過去にそうでもあったし。いつか東アジアから日本があつての北朝鮮おような立ち位置におかれそうな悪夢も見えてきた。どうなるか?

 諸々あって3月末に勤務先の新聞社を退き3ヶ月、ロートルにして偏ったキャリアのため、再就職のあてもなく不安な日々をワイパックス囓りつつ、船橋西図書館と船橋中央図書館とドトールとベローチェとタリーズとファーストキッチンとハローワークで過ごし、雇用保険とライター仕事で賄って来たけれど、これでは身心も衰えるばかりと気を入れ直し、7月1日より従前よりお誘いを頂いていたアニメーションのアーカイブ事業の手伝いをすることにした。三鷹というか武蔵野にあるナポリピッツアの美味しいアニメーション制作会社が、以前から力を入れているアーカイブ構築のお手伝い。、アニメーションの制作素材を整理分類してバーコードを張ったり、原画をビニール袋に詰めたり、カット袋を段ボールに入れたり、そんな箱ごと上げ下げしたりしながら身心を整え、何か次のステップを見つけたい。というより見つけないと次がない。

 身分はフリーの業務委託で、フルタイムで詰めて雇用保険分にたどり着くくらい。それなら寝ていたらって話だけれど、何もしないよりはしていた方が覚えることもあるし、学校に行くと思えば逆にお金をもらえて新しいことができるんだからこれは幸福と見るべきだろう。何かの本を冬の刊行に間に合わせるための作業もあるとのことで、これは頑張るしかないなあ。もちろん書評等の書き物は従来どおりに致しますのでお仕事があれば是非にお願い申し上げますとアピール。当面は修行となるけれど、昨今の経済情勢から安泰とはいかないのが世の常。そうした将来も想定し、偏ってロートルな当方に、こうした仕事を手伝わせてやっても良いという奇特なお考えの持ち主がいたら、持てるスキルと使える時間、そしてエネルギーの回復度合いを勘案しつつ、お話しを伺うにやぶさかではないので引き続きご厚情のほどをお願い申し上げます。



(ACCESS COUNTER '96.07.20)


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