Last Updated 2021/12/2
日刊リウイチ
TUNAGATTEIRUNOYO
「1998-1999年lain日記」

リウイチとは誰だ?
リウイチとは奴だ!

薄い髪に伸びた髭
趣味はアニメと女子サッカー

日刊リウイチとは
そんな胡乱な野郎の日々を
無限に綴ったページなのだ

ワーニングワーニング

(ホントはただの日記です)

◎積み上げた本の数が這々の体で1800冊に達した『積ん読パラダイス』だけど記念事業もなく、これからも地味に静かに増量方針。ライブドアブログの方で『積ん読パラダイスinBlog』なんてのも作ってみたけど誰が見ているのやら。
落ち行く世界で孤独な少女がロボットと出逢い、つかの間の交流を経てそれぞれの道を選ぶ。切なくも哀しく、そして愛おしい狩野典洋の短編アニメーション『ノアのハコ庭』に全人類よ、涙せよ。
【12月2日】 愛知県で起こった中学3年生による同級生の刺殺事件に関連して、「週刊文春」が犯人の少年はSF好きだといった記事を掲載して見出しにも歌っていたりして、それはいったいどんなSFなんだと気になって読んだら「ハリー・ポッター」だった。ここでハリポタはSFじゃないと叫ぶかというと2001年にシリーズの「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」がアメリカで行われているSFの賞「ヒューゴー賞」を受賞しているからハリポタはSFだったりするので、「週刊文春」の言い分もあながち間違いではないのかもしれないと思ったのだった。

 そこまで含み置いての見出しじゃないとは思うけど。普通に「ハリポタ好き」と書けるはずだけどそれを書くと業界的にきっと拙いんだろうなあ、いろいろと関連しているお仕事が回らなくなるとか。あるいは本石から訴えられる可能性があるとか。SFだったら訴えてくることもないだろうと思ったのかもしれないけれど、一方でSFの定義について厳しい層からはいろいろと異論が起こった模様。ただでさえ定義問題で侃々諤々の論争が繰り広げられてきたSFを参考例に挙げるとは「週刊文春」も不用意だなあ。SFマガジンあたりが「ハリポタはSFか論争」でも仕掛けるかな。

 いやいや早川は別口でちょっと味噌を付けたのであまり火中の栗には手を出さないか。なかなか手に入りづらい絶版SFを取り上げて、そのタイトルとかうろ覚えの記憶からこんな話しじゃないかと買いて盛り上がろうって趣旨だったけれど、絶版とはいえ過去に出ていた本があるのにそれに経緯をはらわず勝手に中身をねつ造するのはケシカランといった声が起こって企画は中止になったみたい。絶版にしているのはその出版社だろうって意見もあって自分たちで読めなくして置いて、勝手に中身を改竄して盛り上がるなんてといった意見は確かにそう。オリジナルに敬意を示してそこを紹介することで再刊への道筋を作るのが文化的でもあるからなあ。あるいは絶版になって当然だからこその中身を面白おかしく紹介するなら勇気は買ったか。難しい。

 2003年に華々しくオープンした文京区のJFAハウスがここに来て存立の危機にあるらしい。2002年のワールドカップで大もうけした金に貯金を足して60億円で買ったのは良いものの、最近になって日本代表の試合に客が入れられないこともあって収入が大きく減って赤字が続き、その額も4年間で80億円に及んでJFAハウスなんて運営してられないとなったらしい。おいおいそれをやるならそうなってしまった原因を取り除くのが先じゃないのか。新型コロナウイルス感染症の影響で無観客になる前から日本代表に対する関心はぐんぐんと下がっていたりした。それはすなわち森保一監督が繰り広げるサッカーの魅力が足りず観に行って楽しい嬉しい大好きなサッカーになっていないことで、そんな監督を選任したのは誰かといえば会長以下の幹部連。まずはその責任が問われるべきじゃないのか。

 ハリルホジッチ監督の解任をめぐるごたごたも代表というコンテンツに対して内輪の論理で当たりがちな日本サッカー協会の体質が見え隠れした。世界に通じる強いチームにするよりも自分たちの仲間が目立てるチームにしたいという意識。それが結果として強さという最大の特色をスポイルしてしまって魅力を損なったことを反省せず、新型コロナウイルス感染症の影響にの責任を押しつけて済むと思っているところがいただけない。そう思っているからこそのこの惨状でもあるんだろうなあ。そんな組織のトップに立つ田嶋幸三監督は責任を表明するどころか再任も決まってしばらく会長の椅子に座り続ける。城を明け渡す無様を演じてなお座っていられるか、これはダメだとOB連が立ち上がるのか。どっちにしても内紛であって強さには結びつきそうもない。やれやれだぜ。


【12月1日】 六本木のウェンディーズでワイルドロックを囓りながらオンライン会議。交差点そばと場所は最高なのに近所にあるスターバックスがいつも満席なのとは対照的にあまり人がいないのは知られていないからかお洒落じゃないからか。でも座席は木彫で居心地も良いしなにより電源が用意されているから仕事をするのに最高。ワイルドロックはバンズの代わりにパテで野菜をはさむという不思議な食べ物だけれど、その分糖質も押さえられているから健康に良いのかどうなのか。そんな楽しみ方ができるから僕は六本木ではいつもだいたいウェンディーズを使うのだった。

 会議が終わったのでせっかくだからと国立新美術館で開かれている「庵野秀明展」を観に行く。2度目。具体的にどれくらいの展示が増えているかは勘定できなかったけれど、何と無く全体に増えているような気がしたし、何より観客が会期末だというのに減らずむしろ増えているのが素晴らしい。その世代も若い人が圧倒的で女性も多いというから不思議というか何というか。オタクを煮染めたような人で性格も生活もモテからほど遠いにも関わらず、これだけの人気を誇るのは生み出すものが女性も含めて人間の心にぐさっと突き刺さるからだろう。

 たとえばデザイン。最初の部屋に居並ぶ特撮関係のプロップはなるほど特撮マニア的にも垂涎だけれどどれもスタイリッシュでクールなフォルムと色使いを持ったものたちばかり。そうしたデザイン性を庵野秀明というフィルターを通して見せてくれると、やっぱり女性も憧れるクールなフェティッシュになるのかもしれない。あるいは物語。エヴァンゲリオンにしてもナディアにしてもラブ&ポップにしてもシン・ゴジラにしてもやんちゃな女性やきりりとした男性が登場しては頑張る姿を見せてくれる。そこに人として惹かれるのかもしれない。そんな庵野秀明さんを見て育った世代が時代のクリエイターとして何かを生み出すのかどうなのか。消費者にとどまってしまうのか違うのか。答えは遠からず出るだろう。

 国立新美術館を出てTOHOシネマズ六本木へと向かい「ミラベルと魔法だらけの家」を見る。力持ちだとかヒーラーだとか超聴力だとか未来視だとか天候操作だとか猛獣使いだとか変身だとか花咲か美女といった超能力の持ち主たちが集う家にあって唯一、能力を持たずに生まれた娘が「その幻想をぶち殺す!」といって右手で殴ったら超能力が消えて家がバラバラに吹っ飛ぶ物語だった。本当だって。まるで上条当麻のようなその存在は、単なる無能力ではなくて神が何かしらの目的を持って生み出したカウンター的な異能力の持ち主だという点でも「とある魔術の禁書目録」と重なるところがある。ただし舞台は世界というよりコロンビアの密林の中。動乱から逃げ出した夫婦と3人の子供たちだったけど、途中で夫は追っ手を止めようとして命を失ってしまう。

 その時、奇跡が起こって夫婦ら一行は山に囲まれた土地に逃げ込んでそこで3人の子供たちに不思議な能力が備わって、そして不思議な家も与えられてそこで一家は一帯を満たすような活動を始める。やがて3人の子供のうちの娘2人は婿を得て子供も生まれ、そんな子供たちにも新しい魔法の能力が与えられて一帯を幸せにする活動に加わることになる。次はミラベルという娘の番。期待を持って魔法が与えられるドアノブに触れたけどなぜか魔法は発動しなかった。自分は落ちこぼれ。そんな気鬱に沈むことなくミラベルは誰かの役に立とうと頑張るけれど、内心ではやっぱり寂しさと悔しさを感じていたんだろう。

 そんなミラベルの悩みに呼応するように家が壊れ始める。魔法も失せ始める。何が起こったの。そして浮かび上がる魔法を使える一家の人たちが抱える悩み。頑張っているけど報われない。当たり前だと思われていることへの不安と期待に応えられないかもというプレッシャー。それでも頑張れと言い続ける祖母へのあるいは戒めとして、ミラベルという無能力者は生まれその家族を結びつけるという本当の能力の発動へと至らせたのかもしれない。そんなストーリー。3DCGだけれどよく動いて柔らかくってダンスしたり駆け回ったりするミラベルの脚とかとってもなまめかしかった。そういうルックだけはディズニー、頑張しすごいよなあ。吹き替え版だったけどしっかり歌声が載る字幕版も見てくるか。


【11月30日】 大手町からとことこと歩いて行けたこともあってお茶の水、大勝軒には何度が足を向けたことがあって、東池袋で長く店を出していた大勝軒の店主、山岸一雄さんの味をもっとも引き継いだ店といった触れ込みもあった上に、山岸さんが亡くなられた後の大勝軒の分裂騒動で、東池袋の店を継いだ二代目に反旗を翻して独立して結成された「大勝軒 味と心を守る会」の中心メンバーにも入っていたこともあって、お茶の水、大勝軒を傘下に持つ会社の代表の人にはそれなりに高潔な意思があるんだろうと思っていた。

 そこに、茶の水、大勝軒を率いている人がパワハラ騒動を引き起こしているといったニュースが伝わってきた。大塚大勝軒という店があって古くからの大勝軒メンバーだったらしいけれど、のれん会から抜けて味と心を守る会に移った上に店主が代替わりしたかどうかのタイミングで、お茶の水、大勝軒を運営するグループの傘下に入ったみたい。そこに店主としていった人が、蹴られるわスタンガンを押し当てられるわ残業を強いられるわと酷い目にあったとかで、お茶の水、大勝軒を率いる人を相手に訴えを起こしたという。

 音声なんかも録音されているみただからきっと事実なんだろう。味はなるほど受け継いだけれど、心までは守れなかったのかそれともそれこそが大勝軒の心であって、だから分裂騒動なんかも起こったのか。分からないけれども今は休業しているお茶の水、大勝軒が再開してもきっと行くことはなさそう。大塚も傘下なら行かないかな。特にどこの大勝軒にこだわりがある分けでもなく、そもそもが本店の東池袋にも行ったことがないくらいでもっぱら南池袋か、新宿にあるまるいちを利用している薄いファンだけれど時々あのスープの酸っぱいような味を試したくなるから行ってしまうんだよなあ。

 食べるのは主力のもりそばではなくもっぱら中華そばの方。いわゆるつけ麺発祥の店ではあるんだけれど、つけ汁の濃さがもりそばの場合どうも気になってしまうのだった。とか行っていたらちょっと食べてみたくなって来た。千葉にも柏とか津田沼とかにそれぞれの系列店なんかがあるみたいだけれど、出かける機会が多いのは西の方なんで新宿か池袋あたりに近寄ったらのぞいて来よう。

 産経新聞社の2022年3月期9月中間決算が出て、売上高はやっぱり当然に下がっていたけれど、それに比べて売上原価は前年同期とほぼいっしょというから当然に利益は圧迫され、販管費を削ったものの5億円弱の営業利益、経常利益になってしまっていたけれど、そこに11億円者固定資産の売却益を加えることでかろうじて最終利益を黒に持っていったところに力業めいたものを感じ取る。業界全体が苦しいって意見もありそうだけれど、同業の朝日新聞社は売上高こそ落としたものの営業段階で黒字となり最終利益も黒字にした。経営というのはこういうことを言うんだろう。

 産経も値上げをしたから下期に売上げを伸ばして営業利益も黒転させようという考えなのかもしれないけれど、部数がそれの反比例するように下がっていったたら差し引きはゼロかあるいはマイナス。売るものもなくなっている状況で最終的に黒字にして配当を出せるかどうかが、お台場のテレビ局を総本山とするグループにいられるかどうかの分水嶺になりそうだなあ。それにしても2017年6月の就任以来、5期連続の減収がもはや確実であるにも関わらず、大々的なリストラまでしておきながら黒字基調に持って行けない社長が今なお経営の舵を取り続けている謎は、いつまで続くんだろう。次に繰り出す奇手奇策も含めて見守りたい、彼方から。

 せっかくだからと2度目の「EUREKA/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション」をバルト9で。「ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション」を見返して状況をある程度理解はしたつもりだったけれど、エウレカセブンを含むスカブコーラルから現れたグリーンアースというかエウレカが夢見た世界が受肉したものたちが、10年でどういう感じに溶け込んでいったり軋轢をくらったりしていったかがスポッと抜けているのを埋めるのはちょっと大変だったかも。

 まあそこをすっ飛ばして目の前に起こっている出来事を追っていけば頼めるから良いんだけれど、エウレカの夢でしかなった存在たちが抱く意思なり意識めいたものへの言及が、デューイの自問くらいというのは他の面々は我思っているんだから我ありと認識しているってことなんだろうなあ。瞬間に生まれてもそこから存在し続けているということで。気になったのはオーストリアに落ちてベルリンを目指すエウレカとアイリスにどうしてA.C.I.Dの誰も接触を図ろうとしなかったか、ってこと。デューイが超能力を駆使しているとはいっても、スマホでアクセスした瞬間はA.C.I.D側もキャッチできただろうに。そこから行く先を想像すれば同じ結論を導き出せたんじゃないのかなあ。でもそれをやってしまうと物語にならないから最後まで分からないことにしたのかも。追跡させないようにしたエウレカも上手かったってことで。そういうことにしておこう。


【11月29日】 「ルパン三世PART2」の第145話「死の翼アルバトロス」でも第155話「さらば愛しきルパンよ」でも不思議なのは、どう見たって第1話だとかそれこそ当該の話数のオープニングだとかに出てくるキャラクターとは違った顔をしているのに、それが同じアニメだということで放送されているという点。ルパンはまあ猿顔で次元もだいたい帽子と髭だから似ているといえば似ているけれど、峰不二子の場合は明らかに別人になっていたりする。もしも知らない人が見たら絶対に同じ人物だとは分からないだろう。銭形警部は帽子とトレンチコートで判別が付くかな。

 それが番組を見ていた人なら同じ峰不二子だと分かるのは、「ルパン三世」というシリーズのおいて怪盗ルパンの半ばパートナー然とした位置づけで出てくる女性は峰不二子だと決まっていることがあり、また1979年に上映された映画「ルパン三世カリオストロの城」に描かれた峰不二子に似ているところがあることもあったりする。それを言うならそもそも「カリオストロの城」のルパンや次元や不二子が「ルパン対クローン人間」のルパンや次元や不二子と同一人物なのかといった疑問も浮かぶけれど、それを言い始めると「ルパン三世」PART1」との違いも追求しなくてはいけなくなるから、そこは同じと理解する頭がすでにできていたって考えるべきなんだろう。

 ここまで明らかに違ってはいなくても、1980年代半ばくらいまでキャラクターの造形は作画監督やアニメーターによって変わって来ることが割とあって、「うる星やつら」なんて誰の描いたラムちゃんが1番好みかなんてランキングまでできていたし、「北斗の拳」でも「聖闘士星矢」でも作画によってキャラが違ってくるのを楽しむ風土があった。それが今は1つの番組で最初から最後まで、同一のキャラでなければ認められないといった雰囲気があるし、描く方も自分の絵でもってキャラを強引に染め上げるようなことはしない。あるいはできなくなっている。物語そのものよりもキャラそのものを愛でる風潮が強まったからなのか、作り手なり送り手が同一性の保持を強く求めるようになったからなのか。それよりはやっぱり“作画崩壊”などという言葉で揺らぎを許容しない気分が受け手に広まってしまったことの方が大きいかも知れない。つまらないけどそれが時代ってことなのかも。

 朝日新聞が「鬼滅の刃」のキャラクターを使ったケーキをネットで販売したってことで、パティシエが書類送検された話しを大々的に報じてて、伝える側のニュアンスとしてはどうやら町のケーキ屋さんとかパン屋さんがキャラクターを使ったケーキやパンを作って売っているのにどうして今回は“見せしめ”的に摘発されたのかって批判じゃないけど疑義を差し挟むような雰囲気があるけれど、結論がどうなっているかは本文が読めないので分からない。ただ今回の場合は明らかに既存の画像をコピペしてプレートにしていたりする点と、それをネットで不特定多数に広範囲に売ろうとした点が、行き過ぎだと咎められただけとも言える。

 町のケーキ屋さんが頼まれて描く程度のことを版権元もいちいち探して止めたりはしない。違法かどうかと突き詰めれば答えも出そうだけれど、そこをやらないことで円滑に回る世界もあるのだから。そこの一線を越えたらやっぱり注意はしなければいけなくなるのが版権元のお仕事って奴。これをもって町のパン屋やケーキ屋からキャラ風の商品が撤去されると騒ぐものちょっと早計なんじゃなかろうか。そして朝日新聞はアニプレックスを制作会社と行っていたりして、業界の言葉遣いがあまり分かっていない感じ。それとも製作会社と書いたら校閲から赤字が入ったのか。メイドをメードと書かないと通らないのが新聞の校閲だからあり得る話。そうした頑なさが日本語の門番にもなっていた時代があったけれど、今では権威をひけらかす悪しき風習に映ってしまうくらい、メディアへの信頼が損なわれてしまった感じ。困ったねえ。自業自得でもあるけれど。やれやれだねえ。

 図書館で原稿でも書こうと出かけたら休館日ではじき出されたので、タリーズにこもって3時間ほど原稿の要点を整理する。適当な時間になったので出て近所の松屋に入って豚丼でもと思ったら売ってなかった感じ。代わりじゃないけどハッシュドビーフ的な「プレめし」って奴を頼んで食べたらやっぱりハッシュドビーフだったけどそう言わないからには違うのかも。かといってハヤシライスでもないいしなあ。謎。そこからさらにドトールで原稿を整えてから帰宅して寝て起きたら夜だった。こうして1日があっという間に過ぎていく。お金も少しずつ減っていく。稼がねばと原稿を仕上げて送って一段落。明日は2度目の「EUREKA/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション」を観に行くか。


【11月28日】 先週に続いて新宿のEJアニメシアターでK角川映画祭のアニメーション部門を見る。りんたろう監督、川尻義昭監督、そして大友克洋監督による3本が集まって眉村卓さんの原作をアニメ化した「迷宮物語」だけれど登壇した大友さんによれば原作をそのままやったのは大友監督「工事中止命令」くらいだったとか。ほかは自由というかオリジナルをやったそうでそれを見て眉村さんが何を思ったかがちょっと気になった。っていうか自分、このオムニバス見たことあったっけ。掘り返しても記憶が無い。

 そんな3本から「工事中止命令」を監督した大友さんが登壇して氷川竜介さんとトークを繰り広げてくれた。なかなかに貴重な機会らしい。大友さんによれば「工事中止命令」は監督だけでなく原画も結構な枚数描かれているとか。「スープを飲んでねじを吐き出すシーンは原画を描いた1番最初ですね。動画もやっています。最初どうやって原画を描けば良いか分からなかったので、最初から全部描いていったんです。だから全然終わりませんでした」と話してた。

 「スープの中にスプーンを入れてジャガイモをすくい取る動きがあるんですが、それを頭から1枚づつ描いていったんです。スプーンを差すとジャガイモがずずっと逃げていくところも。そういうのは止めておけば良いんだって話しで、別セルに描いておけば良いものなのに、全部aセルで1枚で全部送っているんです。それでなかむらたかしさんに見せたら、違うんですよと教えてもらいました。そうやってアニメーションを覚えていきました」。そんな原画があったら見たいけれども「工事中止命令」はコンテが大友邸のどこかに眠ってはいるものの原画動画レイアウトの類はまるで残っていないとか。

 どこに行ってしまったのか。「大友克洋全集に入れたいから、持っている人はかそっと教えて」と大友さんも話していたけど見つかるかなあ。トークではあと、実写「じゆうを我等に」も監督していたことについて氷川竜介さんが触れて実写はどうかと尋ねてや「あれはあれで思い出したくない気がします」と話してた。理由は「大変」だから。「実写は想像(創造?)したものではない。アニメーションは全部1から自分で作れます。背景まで描けるんです。実写では、自分が思ったような場所がなかなか無いんですよね。部屋の中のシーンを撮ろうとし、もっと下がろうとすると壁があって下がれず、思ったような絵にならないんです」

 そして「漫画やアニメでイメージしたものを使ってはいけないのが実写。なまじ頭の中で想像できてしまうと、現実とのギャップが激しいんです。あと、役者がやってくれないことには始まらない。イメージ通りの役者なんていないので、自分のイメージを役者に合わせていかないといけないんですね。それからロケ地の中から自分のイメージを作り出さないといけない。それも最初のうちは面白いんですが、だんだんと嫌になってきます。アニメーションは自分で演技をつけられます。役者によってはスピードが違ったりするし、リアクションの仕方も違ったりします。自分の思い通りに役者を操るのは黒澤明監督ならできますが普通はできません」。だからアニメーションは面白いし、同時に試されているとも言える。

 「アニメーションはどこにも自分が出てくるようになります。だからどれだけ勉強してるか、世界をどれだけ見ているがが大切になります。自分はそれほど引き出しは無いんですが……。」。なあにご謙遜。「こういうのは日本のアニメーションだけですね。アメリカにいくと分業で、シナリオライターからダイアログライターから細分化されています。あれこそ本当のスタッフワークになるんです。日本は監督が1人で作っているところがあります。きちんとした映画のスタジオと比べてアニメーションのスタジオは脆弱ですが、その分だけ誰かが引っ張っていかなくてはならない。監督のカリスマ性で引っ張っていくところがないと無理ですね。それが良い場合と悪い場合とあるんですが」。大友監督はどちらなんだろう。気になった。

 新宿を離脱して夕方から開かれる「ルパン三世」の上映に備え秋葉原へと移動。もうすっかりと人通りも戻ってコロナ以前みたいだけれど、この冬に果たして第6波があるのか、あるとしたらどれくらいの規模になるのかが気になるところ。とりあえず昼ご飯をと思って歩き回っていたけどカレーの「カリガリ」は行列ができていたので近所の「ジャンカレー」でスパイシーキーマをかきこむ。量たっぷりが嬉しいなあ。そこからしばらく休憩してからテレコムアニメーションが手がけた「ルパン三世パート3」から「マイアミ銀行襲撃記念日」「死の翼アルバトロス」「さらば愛しきルパンよ」を見る。面白いなあ。

 やっぱり照樹務=宮崎駿監督のルパンはそれ1本で高密度。こうした20数分のシリーズをいっぱい作ってくれれば良かったのに、映画に行ってしまったのは残念でならない。それで世界が喜ぶ映画をたくさん作れたんだから良いんだけれど……。悩ましい。上映後は叶精二さんによる友永和秀さんを招いてのトークが行われて、そこで尋ねられたのが「死の翼アルバトロス」に大塚康生さんが携わっているかということで、友永さんは「ちょっと関わっていますね。ルパンが捕まって護送車の中でカツラを脱がされるところとか、ルパンと次元が逃げていくところとか、あの辺は大塚さんですね」と話してた。

 でも叶さんが大塚さんに確認すると絶対にやってないと良い、仕事歴にも絶対に入れなかったとか。その理由についてはやっぱり分からないみたい。ご本人の中にある何かのこだわりなんだろうなあ。あと興味深かったのがフィアット500の中に人がぎゅうぎゅうにつまっている感じになっていることについて、友永さんの場合は描いているとだんだんと人物の頭が大きくなって車にいっぱいになるんだけれど、今は等身がしっかりと描かれるため同じフィアット500でも中に余裕があるらしい。

 友永さん曰く「今のアニメーションは漫画的な表現をしなくなったね」とのこと。「車対人間の比較で今はリアルに描く」。そして「車も3Dもやってしまうから。リアルというか、そういったとらえ方をしてしまう」。なので決まった表現に落ち着いてしまう。「僕の膨らんだ絵でやると合わなくなる」。友永さんがルパンと手がけていた時代はそうしたデフォルメが許された。「ぎゅうぎゅう詰めのフィアットはリアルさと漫画っぽさの中間」。でもその方が車とキャラクターが一体になっている感じが出た。車がキャラクターになっていた。そういうようなアニメが今は作られているのだろうか。これから作られるのだろうか。ちょっと気になった。

第155話「さらば愛しきルパンよ」については、終わったらテレコムのメンバーで海の家に行くことになっていたけれど、少し絵が足りないことが分かってひとり宮崎駿さんというか照樹務が残って描き足していたという。そのシーンはラストで海岸沿いの道をルパンたちが走るシーン。それはシリーズのまとめとして印象的だったけれど、ちゃんと詰まっていたらなかったのかと思うとまた印象も変わってくるなあ。最後に「風魔一族の陰謀」について友永さんが面白いと言っていて古川登志夫さんのルパンも良かったと話していた。上映だってされて欲しいけれど壁は分厚そう。でもいつか融ける時が来るだろう。その時にはぜひに行こう。


【11月27日】 希望退職に応募してくれた人にはリクルートだのパソナだのといったキャリア支援会社のコンサルタントが登場して「6か月間で80数%は再就職できる」といったり、就職が決まるまで「」マンツーマンで付いてくれる」といったりしてそして、「再就職の斡旋先」としてNPO法人だの講師だのを並べ立てていかにもすぐに再就職先が決まるような気分にさせてくれるけれど、実際は集まった人たちに対してまずはキャリアの洗い出しをさせつつ履歴書の書き方を教えたり、適性試験の模擬試験を行ったりして自分がどれだけ世間の役に立たないかを思い知らせ、絶望させるところから始めたりするからメンタルが日に日にやせ細っていく。

 そこでもういいやと諦めて脱落できるなら良いけれど、たいていは家族がいたりして何が何でも就職をしなくちゃいけないと歯を食いしばって履歴書を書き書類選考に落ちまくった果てにどうにかこうにかひっかかったところに入った結果が再就職先80%という数字となって現れたりするだけなので、それがバラ色か真っ黒かは関係なかったりする。だいたいが50代の頭で適性試験なんか受けたところで20代の記憶力が良い人たちにかなうはずがない。数列だとか順列だとか集合だとかいった問題、解けないよ簡単には。そんな将来が待っているとも知らずフジテレビジョンの人たちも希望退職に応じてそして、リクルートなりパソナに通うようになって絶望するんだろうなあってことを勝手に想像してみた。いや本当かどうかはよく知らない。まったく知らない。本当に知らないってば。

 振り返れば2005年の4月から、毎週日曜日の朝は7時に必ず目を覚まして「交響詩篇エウレカセブン」を1年間、ずっと見続けたんだけれどそれで「エウレカセブン」が大好きになったかというと実はそれほどでもなく、「コードギアス 反逆のルルーシュ」のように第1期の最終2話が間に合わなくって放送が延期になった時のように、4か月ほど先になったその放送日まで「一日一ルルーシュ」といった感じ出「コードギアス」の話題を必ず日記で触れていたような熱中はなかったし、むしろ日記には褒め言葉よりも悪口の方が多かったような記憶すらある。

 それでも見続けたのはレントン・サーストンという少年とエウレカという少女を軸に進んでいく物語の展開が気になったし、サーフィンだとか建築だとかいったカルチャーを取り込みつつスピリチュアルな思想も織り交ぜたごったに加減もサブカル者としては見過ごせなかったし何よりSFとしてどういった世界の造形が成されているかに興味が及んだ。小中千昭さんのような脚本家や山本沙代さんのような演出家も絡んで何か時代を捉え拓こうとする意識にも溢れた作品だったので、きっとそこから得られるものもあるだろうといった気持ちで1年間、見続けた先で何か得られたかというと実はよく覚えてないくらい、全体のストーリーは印象に残らなかったし、今もよく覚えていない。

 だから数年後に「劇場版エウレカセブン ポケットは虹でいっぱい」が上映された時も、見ていったい何がどうなったかをその時は分かっても見終わって覚えていなかったりする状況で進んだ「交響詩篇エウレカセブン/ハイエボリューション1」から続く3部作も、どういった意図から作られ何を見せたいかといった興味は浮かばず満たそうといった気も起こらない中、それでもハイエンドな映像によって綴られるKFLのような特異なロボットたちによるバトルであり、エウレカという少女やレントンという少年の冒険がどうなるかが気になって観に行ってそして「ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション」も見て3年。

 いよいよ完結となった「EUREKA/交響詩篇EUREKAセブン ハイエボリューション」を見てすべてが完結したとなって浮かんだのは大塚ギチさんだったら何を言うかなあといったことぐらいで、特段の感慨も感涙も浮かばなかった理由を振り返ってみると、やっぱり物語に入れ込んだりキャラクターに惚れ込んだりすることが無かったことが大きそう。全編を通して気に入ったのはゲッコーステイトのタルホがまだギャルい格好をしている時くらいで、あとは全体にガキっぽい大人がガキっぽいことをしてそしてガキがガキっぽいことをしまくる展開に入り込めなかったような気がする。アニメ好きにしてはちょっと珍しい作品だったかもしれない。

 とはいえSFとして考えた場合は折り重なる夢だとか多次元だとかいった世界のどれをリアルととらえてどれに集約されていったかを考える必要はありそうで、そうした整合性を考える意味でもあと1回か2回は「EUREKA/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション」を見ておかなくちゃいけなさそう。その予習もかねて改めてNetflixで「ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション」を見たらやっぱり意味がよく分からなかった。最後のあのガリバーの集団はいったい何だったんだろう。そこから逃げ出したエウレカとアネモネが今作のエウレカとアネモネなんだろうか。ホランドとかゲッコーステイトの連中は10年でちゃんとした職を得て大人になってしまったんだろうか。そんなことを思って2度目を観に行こう。やられ役のスーパー6の花道も見届けたいし。あとデューイ・ノバクが指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくところとか。


【11月26日】 早川書房から新刊が送られてきて開いたらキラキラとした美少女が描かれたなろう系ノベルスみたいでどこかの出版社が早川書房の名を騙って送ってきたのかと帯に目をこらしたらしっかり早川書房と書いてあった。こりゃまたどういう心境なんだろう。つまりはそういう本を出すということで、かみはらさんによる「転生令嬢と数奇な人生を1  辺境の花嫁」は12月2日に発売。ネットで人気だった作品を早川が出すのは最初ではないけれど、「JKハルは異世界で娼婦になった」は一般のなろう系とは違ったエロティックでサスペンスフルな設定もあって他で出すよりハヤカワ的なエッジがきいたところで出した方が話題になった。今回はストレートななろう系。それでも出すからにはきっと奥深い設定と壮大なストーリーがあるんだろう。読んでいこう。

 サンケイビルとかグランビスタといった不動産事業を抱えているフジメディアホールディングスの決算全体ではうかがい知れないフジテレビ単体の決算を引っ張り出して見ると、なるほどこれはリストラというなの希望退職もやむを得ないと思えてくる。フジテレビジョンという企業の売上高は2022年3月期の第2四半期で1131億円。そこから販売費とか一般管理費とか売上原価なんかをさっ引いたのが営業利益、すなわち本業での儲けだけれどこれがたったの10億円しかない。

 営業利益率が1%以下って薄利多売のスーパーマーケット以下。番組製作費なんかは削りに削っているんだろうけどそこにおそらくは人件費って奴がのしかかって収益を圧迫しているんだろう。とりわけバブルあたりに入社した50代が全体でも多くなっている逆ピラミッド構造で、人件費がふくらんでいるのが大企業の傾向。それを見越して日本テレビでは全体の給与調整を行って若手社員の給与がそれほど上がらないようにして来た。アナウンサーでも1000万円いかないなんて話、聞いたことあるし。

 結果として日本テレビホールディングスの中の日本テレビ放送網は、2022年3月期の第2四半期決算で売上高1447億円を叩き出した一方で、営業利益も214億円を確保した。フジテレビの10倍どころか20倍と桁違いも甚だしい。これは日テレほどではないけれどTBSだってテレビ朝日だってそれなりの営業利益を確保しているから、フジテレビの営業利益率が極端に低いってことになる。もう待ったなしだったってことになる。だったら今やれば上向くかというと人は減って人件費は減ってもすでに先細りりしていた番組製作費によって作り出されるコンテンツの差が視聴率に影響を与えてしまっている。

 日本テレビホールディングスの決算資料にあった視聴率調査だと1月から10月末の個人視聴率で日本テレビは全日のゴールデンもプライムもノンプライムも深夜のプラチナもすべてが1位でそしてフジテレビは4位。かつてはフジテレビが1位でも日本テレビは2位くらいだったのがひっくり返されただけでなく大きく沈んでしまったフジテレビへの関心を、ここからどうやったら盛り上げられるかを考えただけでも経営陣の胃は重たそう。

 一方で決算そのものは不動産事業で見せかけは良くなっているだけにそっちをのばせばって話しになりそう。結果としてテレビ事業はどうなるか。ましてやぶら下がっている新聞事業は……なんて思うと夜寝られなくなっちゃう人もいるだろうなあ。リストラすればテレビが救ってもらえるなんて思っていたらテレビがリストラ始めちゃって、こりゃ無理だって思い始めているかもなあ。やれやれだ。せめてアニメへの出資は怠らず確かな作品を溜め込むことによって5年後10年後の資産になるよう、今から布石を打っておいて欲しいもの。頼みます。

 新宿にある伊勢丹の前を歩いていたらふっと目に入ったバレンシアガの広告に見たことがあるフェイスマスクが映ってて、調べたらやっぱり池内啓人さんが手がけるガジェットマスクだった。既存の防毒マスクにプラモデルのパーツを貼り付けていってサイバーパンクな感じのマスクにしあげるところから始まって、だんだんとスタイリッシュでテクノでリックな感じを醸す出すようになっていって、いろいろなところとコラボを始めていたけれども遂にグッチグループの世界的なブランドといっしょにお仕事をするようになったか。最初に見たのはクリエイターEXPOで次はメイカー・フェアだったっけ。いわゆるSF好きの模型好きだったのが今や世界のクリエイター。こいういうところがクリエイティブの面白さでもある。次に来る人、探しに行こうかなあ。


【11月25日】 「このライトノベルがすごい!2022」が刊行されて総合1位と文庫部門1位を裕夢さん「千歳くんはラムネ瓶のなか」(ガガガ文庫)が獲得。2年連続の1位となって3年連続だと入れる殿堂入りにあと1回と迫った。WEBからの一般投票で2位で協力者のアンケーとでも4位とどちらからも満遍なく支持された格好。協力者って新しいもの好きだから前年の人気作品は避ける傾向にあるんだけれど、それが去年の1位にしっかり投票するってところはやっぱり支持される理由があるってことなんだろう。

 ちなみにWEB1位は衣笠彰梧さん「ようこそ実力至上主義の教室へ」(MF文庫J)。去年もWEB投票で1位だから相変わらず一般読者の支持の分厚さって奴を感じざるを得ない。この「よう実」は協力者票が0ポイントなのに全体の3位に入っているんだからどれだけ一般の支持が強いかがよく分かる。逆にいうならどうして協力者の支持はこれほど低いのか、今さら支持するのは避けたいというのならそれはイーブンに作品を見る気持ちが少し減退しているってことにならないか、なんてことを思う一方で新しいものを入れてブーストを手助けしたいという気持ちも協力者の側にいて持っている。難しいなあ。

 ちなみに僕は「マージナル・オペレーション改」「スパイ教室」「ミモザの告白」「オーバーライト」「Vivy prototype」を推して八目迷さん「ミモザの告白(ガガガ文庫)が全体の4位にランクイン。協力者では暁佳奈さん「春夏秋冬代行者」に続いて2位と高位だったことが、WEBでは少なかったポイントをカバーして「春夏秋冬代行者」ともども上位に押し上げたって感じ。こういうあたりは「このラノ」らしいランキングの出方と言えば言えるかも。僕が推した「スパイ教室」は全体16位だからまずまずかなあ。シリーズが重なっても衰えることなく面白さを増している希有なシリーズ。WEBポイントが伸びているだけに来年こそはと期待だ。

 単行本・ノベルズ部門はぶんころりさん「佐々木とピーちゃん」(MF文庫J)が1位を獲得。全体では9位だけれど去年のトップだった珪素さん「異修羅」(KADOKAWA)が40位と伸び悩み、こちらは常連に近い「本好きの下克上〜司書になるためには手段を選んではいられません〜」がWEB投票を稼ぎながら協力者票ゼロで全体13位にとどまる中、単行本・ノベルズとしてグッと抜け出した格好。読めばプロの本読みも楽しませる面白さを持った作品だけに、これで手に取ってくれる人が増えれば来年あたりはさらに上位も狙えるか。アニメ化とかもあったりするかもしれないなあ。動きを待とう。

 フジテレビが50歳以上で10年以上勤務した人を対象にリストラ……じゃなかった早期退職を募るらしい。退職金に加えて特別加算金も乗るそうで、想像するなら同じグループの新聞社が数年前に行った時の数倍はもらえそうな気がするけれど、それを聞くのも気恥ずかしいしあ。同じ年数を勤め上げても入り口が違うと出口も大きく違ってしまう資本主義の厳しさって奴をここは噛みしめるしかないんだろうなあ。とはいえ3年前にも増して厳しさが増している今の契機で、落差も激しい転職をできるかどうか。たいしてもらってなかった新聞社でも将来を考え心が荒んだだけにエリートなテレビ局員には厳しさも何倍か。いやいやもらえるお金でしばらくは悠々自適だろうからゆとりも大きいだろうなあ。やっぱり格差が。泣くしかない。

 AR15なんて連射によって敵の突撃を制圧する自動小銃を手にして黒人を射殺した白人の少年が無罪になる一方で、ただの黒人ランナーを車に乗って追い回した挙げ句に銃で撃って殺害した大人たちが有罪になるアメリカの司法は果たして正常なのかそれともケースバイケースなのかが気になるところ。少年には更生の機会が与えられつつ有罪といった可能性も考えられない訳じゃないけれど、正当防衛が認められてしまっては自分が人の命を奪うという、とても大きな間違いをしてしまったことに気づかないまま生きていくことになる可能性もあるだけに迷わしい。正当防衛が認められると分かったらあとは正当防衛と認めさせる方向に力を傾けないとも限らないし。それでも認められてしまうお国柄。摩擦は続くだろう。


  【11月24日】 メタバースなんて言葉が流行始めてそれを商売にしようといった動きもぞろぞろ出てきてIT界隈が賑わっているけれど、もう10年以上も前に「セカンドライフ」なんてものが出てきた時も同じようにネット空間をコミュニケーションの場にしてそこに集まる人向けに、いろいろと商売しようとして大失敗した過去がある。ネットの回線が遅いとか処理の速度が劣っていたとか理由はいろいろあるんだろうけれど、それでも同じようなメタバース的環境を整えていた「リネージュ2」とか「ファイナルファンタジー11」とかはしっかり受け容れられて、そこで遊ぶ人を引き寄せていた。

 ゲームの場合はそこで遊ぶという目的があって誰もが集い楽しむことができる。セカンドライフは空間はあってもそこに思想なりベクトルがないから集う人も集い甲斐がなく参加する意識もわかなかった。同じようなことがこれから繰り出されるメタバースにも言えそうで、ただプラットフォームだけを作ってもそこに参加したいと思わせるきっかけを与えられないと、「あつまれどうぶつの森」だとか「ポケモンGo」といったメタバース的なゲームなり現実を重ねたXRに持って行かれるんじゃなかろうか。高島雄哉さんが「青い砂漠のエチカ」に描いたような。

 そうでなくても手にしたスマホが進化して、かけた眼鏡から見える現実に仮想空間が重なったりして、通信も気軽に行えるようになればそこがメタバースになるだろう。情報を得たりコミュニケーションをとったり合ったりだって簡単になる。そうしたビジョンを示さずただ言葉だけが一人歩きしたメタバースに傾ける意欲はちょっと湧かない。もちろんそうした商業の現場から語られる金儲けとしてのメタバースではなく概念として創造されるXR的空間で何かが起こりそうな予感はしている。何を提供できるか。簡便な機材か楽しめるコミュニケーションか。いずれにしてもそうした萌芽は見逃さないようにしていこう。自分がそこに行けるだけの機材を揃えられるかは不明だけれど。

 用事で新潟まで新幹線でゴー。大型連休前に確か「ふしぎの海のナディア展」を観に行ったけれど、その時みたいに余裕はなかったので万代バスターミナルまで行ってカレーを食べたりイタリアンを食べたりはできず、新幹線の駅にあるスタバで原稿を書いたりしてから取材先に行って戻って来ただけだった。富野由悠季展も高畑勲展もやっていたら前日の休日から泊まりがけで行ったんだけれど、どちらも終わってしまっていてちょっと残念。次に行くとしたら佐渡まで渡って「アイの歌声を聴かせて」の聖地巡礼をする時かなあ、アニメ映画で見たようなロボットがいたりハイテク企業のオフィスが建っていたり浜辺に風力発電の風車が回って太陽光発電のパネルが敷き詰められているとも思えないけれど。

 なんでバッハ会長なんだというのが率直な感想で、それはつまりIOCの会長として北京五輪を推進したい立場のバッハ会長だったら無体なことは聴かないだろし、詮索もしなだろうから中国も安心して中国最高指導部のメンバーだった張高麗元副首相に性的関係を強要されたと訴えた女子テニスプレイヤーの彭帥選手と会わせたんだろう。というかオンラインで会談したからといって、本当にそれがリアルなんかそれともどこかにフェイクかどうかは分からない。進んだCGの技術だったら本人にそっくりの映像だって作れるし、声だって本人に近い人が当てて重ねることだってできる。そうした不信をこれでぬぐえたと中国だって思ってないだろうけれど、バッハ会長がそうだと言えばIOCもそうだと言ったも同然。これでクリアされて北京五輪開催に向けて突き進むのだろうなあ。やれやれ。


【11月23日】 「takt.op Destiny」の最新話をNetflixで見る。音楽に反応する怪物によって世界が侵蝕される中、音楽を力に変えて戦う美少女戦士たちが指揮者のバックアップを受けて戦っているというストーリーの中で、近所の少女がなぜか美少女戦士のムジカートになってしまった元音楽少年が、旅をする中でいろいろと見聞を広めていくような感じになっている。本来なら目覚めたばかりで世界のことを知らないポンコツなムジカート少女が、音楽莫迦の少年よりも好奇心旺盛で活動的なのが面白い。あと戦闘シーンの迫力だとか。

 そんな世界なだけにムジカートを操れるコンダクターが尊ばれる状況にあって、指揮官として権勢を振るっている男が新米コンダクターのタクトに目を付け排除しようとしたら、上官から止められぶち切れて怪物を引っ張り出せるムジカートの力を使って排除しに来たというのが最新話のストーリー。以前からあちこちに出没しては悪さをしていたことを告白までしてくれて、そんなに悪事を働いていていてよく上から目を付けられなかったものだというのがひとつの疑問。組織の長にもなろうという最高司令官がポンコツな訳がないから何か理由があって泳がしていたのかな。それで被害が出ているからやっぱりそいつも悪人か、等々、想像できる要素を含みながらストーリーは続く。どこに帰結するかを見守りたい。

 Netflixではイシグロキョウヘイ監督の「サイダーのように言葉が湧き上がる」の配信が始まっていて見た人の評判がやたらと良くて、この評判をそのまま受ける形で劇場で公開されて欲しかったという気持ちがひとつありつつも、ネット配信というプラットフォームだからこそどこにいてもいつの時間からでも見られて広まるというメリットも一方にあって、マッチングの難しさといったものを噛みしめる。「アイの歌声を聴かせて」のように公開と評判のタイミングがかみ合えば、評判を受けて上映が増えて劇場で見られる機会も増してさらに評判がふくらむスパイラルを作れるんだけれど、そこへと至るきっかけ、一種のバズが起こらないとなかなか厳しい。

 「サイダーのように言葉が湧き上がる」でそんなバズは作れなかったのかなあ。作るとしたらどのタイミングでどんな方法があったのかなあ。考えてもうまく浮かばないところがバズなんだろう。それは「ジョゼと虎と魚たち」にも言えることだけれど、こちらはこちらでドリパスなんかでの再上映がされる度にかけつける熱烈なファン層を生み出しつつあるから、ある意味で伝説のアニメーション映画として語り継がれていくことになりそう。でもやっぱり映画館で見たい作品。「ジョゼと虎と魚たち」と「サイダーのように言葉が湧き上がる」とあと1本くらいが劇場で3本立ててで上映されたら行きたいなあ。その1本が「君は彼方」だったらちょっと考えるけど。

 図書館へと向かって3時間ほど「KADOKAWAのメディアミックス全史 サブカルチャーの創造と発展」に関するレビューを書いていったら4000字近くになってしまったのでちょっと削る。引用を無断転載呼ばわりするようなメンタリティでもって注文を付けてくる可能性もあるからそこはいろいろ考えて、言葉を直接は引っ張ることをせず内容を紹介する程度にしたけれど、論文なんかだと記述を引用して並べていくからそれを無断転載といっていろいろ注文付けるかどうかが今後の注目か。だってこれ、本当に日本のポップカルチャーやメディアミックスや企業運営を語る上でケーススタディになる本なんだもん。引用されればされるほど名誉と思ってくださいな。それが太っ腹ってものだから。

 どうにか仕上がったので電車の飛び乗り1時間ちょっとで東京モノレールの流通センター駅へと到着して文学フリマへ。おおあれは滝本竜彦さんではないですか。コロナの中でも太らず痩身で端正な顔立ちをして立っていたのを見てご挨拶しつつ原作を書いた「異世界ナンパ」のコミック版2巻を買ってサインを戴く。こちらを覚えていてくれるのはありがたい話しであります。2001年11月がデビューだからちょうど20周年。その間に出した本はそれほど多いわけではないけれど、確実に一定の世代に強い影響を残しつつ、今に至っても確実に新しい読者を掴んでいる作家。その意味で時代を作ったと言えるけど、でもやっぱり新しい作品を読みたいところなので12月に出る原作版「異世界ナンパ」に期待だ。

 アップリンクの支配人によるパワハラ問題はいったん終息したかに見えたものの支配人が深田晃司監督や部下の人に対して匿名でパワハラがあったのかを問うようなメールを出したとかで、何がいったいどうなっているんだといった話しになっている。気になったから問い合わせたと言っているそうだけれど、だったらどうどうと顕名で問い合わせればいい話で、そうやって根も葉もない話しを匿名で出すことが、何かを仄めかしていると思われかねないと考えると、嫌がらせと取られても不思議はなかったりする。

 記事によればアップリンクの支配人は「精神的に追い込まれ、自分の中で社長の考えに賛同してくれる人物を作り出してしまいました」と言っているそうで、自分が正しいと思い込んでいるのにそれが認められない苛立ちが出たって感じ。その正しさというのがパワハラへだったとしたらやっぱりどこかに反省し切れていない感じも浮かんだりする。「社長が会社の仕事を封じられる状態は、正直、逆パワハラ、あるいは社長に対するいじめではないか」と話しているのも然り。そうした精神状態のままで経営が続けられていて果たして従業員はどんな気持ちでいるのだろう、って考えるとなかなか生きづらくなってくるアップリンク吉祥寺。近くて良い映画も公開されているから利用したいんだけど。悩ましい。


【11月22日】 なぜか竈門禰豆子が自分の妹のようになって家にいて、今はもう取り壊された旧宅の二階にあった二部屋の奥は弟が寝ているので、手前の部屋で自分の布団を隅によせてそこに布団を敷いて禰豆子を寝かせようとしたけれど、嫌がって起きて階下に降りてしまった夢を見た。意味がまったく分からないけれど、エンターテインメント性があったので楽しめた。最近どうも観に行く映画並みに見る夢が面白いので家から出ないで寝続けたい気がして仕方がない。これが年を取るということか。単なる貧乏の出不精か。

 読みたくても読めない幻の社史として評判になっていた「KADOKAWAのメディアミックス全史 サブカルチャーの創造と発展」が何とブックウォーカーで期間限定ながら無料配布されて朝から大騒ぎ。その理由のひとつとして「またインターネット上でおきている本書の無断転載に対応するためにも、正規配信が必要と判断しました」とあって、もっぱら紹介して来たのが自分だったりするだけに無断転載呼ばわりは心外だけれど完璧に要件を完璧に満たしているかは迷わしいのでここは結果オーライとしておく。もらってもこれは凄いと表紙を掲げておくだけで、中身を紹介しなかったらこれだけ話題になることもなかっただろう。

 その意味では主にアニメやライトノベルに内容を絞って地道に内容を紹介して、存在への認知を広めていった甲斐はあったかもしれない。いわゆるお家騒動については、書けばアクセス数は稼げるけどゴシップにしかならないから意識して避けた。そっちで話題になると”禁書”扱いされかねないと思ったし。そうしたら角川春樹さんが「最後の角川春樹」をぶつけてきて、角川歴彦さんによるクーデターが画策されていたので瀬島龍三さんを仲介人にして辞めてもらったと書いて来たので、たぶん偶然だけれどタイミングとしてカウンターになった。比べて読むとそれぞれの立場から見たお家騒動の立体的な様相が見えてくる。真相がどちらかはそれは本人たちだけが知っていると思おう。

 興行通信社の映画興行の週末ランキングが発表になって、「映画すみっコぐらし 青い月夜のまほうのコ」が2週連続で首位に輝いた。1週間の通しだと4位だけれど週末に賑わうのはやっぱり親子連れが映画館に足を運んでいるんだろう。結果として土日に10万人を動員して興収は1億2300万円を確保。累計で52万人の動員、興収6億4000万円にまで到達した。ヒットもあって上映館が12月3日以降に72館、12月末までに16館が追加されるそうで、さらに大きく伸びそう。100万人の動員と10億円の興収も見えてきた。こういう映画がふわっと出てきて当たるとアニメーションも玩具と連動して1年放送しなくても、じっくりと作って内容で客を呼び込めるってことを業界も理解するかなあ。

 大リーグのMVPを獲得した大谷翔平選手に政府が早速、国民栄誉賞を贈ろうとして断れたとの報。そりゃそうだ、大リーグがどれだけ凄いかは分かっているけれども毎年1人は確実に出る賞を獲得した誰かをその出身国がアメリカだろうとドミニカだろうと表彰なんてしているって話しは聴いたことがない。ひとつの到達点ではあっても終着点ではない賞で讃えられても困るといった意識もあっての辞退となったんだろう。政府に利用されたくないってことはないだろうけれど、あげる自分たちが目立ちたいから国民栄誉賞を出す雰囲気すらある国の思惑に乗っかりたくなって意識があっても不思議はない。それこそだったらすぎやまこういちさんに出せよとも思うし。引退してその時にどれだけの記録を残せたか。残せてなくてもどれだけ頑張ったかで改めて授与を検討して差し上げて。


【11月21日】 平井和正さんの原作をりんたろう監督がアニメ映画化した「幻魔大戦」を新宿のEJアニメシアターで観る。1983年の公開時に名古屋のあれは名鉄東宝かどこかで試写会に当たって観たのがたぶん最初で、そして最後になったかそれとも公開されてから観に行ったか。厖大な原作の一端をちょい見せされた感じで、平井和正ファンとしてちょっと抵抗があったのかもしれない。

 あと大友克洋さんのキャラクターデザインにも。平井和正といえば生ョ範義といった意識が強いとやはり薄くて軽い印象が浮かんでしまうから。実際には立体的で動かしづらいデザインを今となってはよく動かしたと讃えたい。そんな「幻魔大戦」が角川書店にとってアニメ映画第1号では知られた話し。例の社史「KADOKAWAのメディアミックス全史 サブカルチャーの創造と発展」(佐藤辰男)にも「角川アニメは一九八三年三月公開の『幻魔大戦』に始まる』とあり『配給一〇億六千万円を上げ」「その年の第一回日本アニメ大賞を受賞した」とある。

 この「幻魔大戦」から続く「カムイの剣」「ボビーに首ったけ」「時空の旅人」「火の鳥 鳳凰編」「迷宮物語」「少年ケニア」などについて「KADOKAWAのメディアミックス全史 サブカルチャーの創造と発展」では触れているが、位置づけは「大人の観賞に耐える内容」を持ち、「角川文庫とのメディアミックスを十分意識した従来の角川映画の延長にある娯楽作品であった」といった書き方で1ページほどの中にまとめてしまっている。大友さんのキャラクター性がもたらした影響などには触れてない。

 対して伊藤彰彦が角川春樹さんに取材してまとめた「最後の角川春樹」(毎日新聞出版)には、春樹の言葉として「大友の『気分はもう戦争』を『漫画アクション』の連載で読んでいて、絵が上手くてストーリーもキャラクターも面白かったんですね」「たまたまりんたろうも大友克洋でいきたいと言ってきたんですよ」ということで合致して起用が決まったことが明かされている。「幻魔大戦』」映後のトークでりんたろう監督も大友起用について触れていて、「平井和正の小説を映像化するには、どういうキャラクターが一番合うかを考えて、悩まずすぐ答えた出た。大友克洋しかいないと』」話してくれた。

 「ショートピース」とか「ヘンゼルとグレーテル」とかを読んで彼の線といい、キャラクターがピッタリだ』と思ったとりんたろう監督は話してた。あと都筑道夫さんの「銀河盗賊ビリィ・アレグロ」の表紙絵を挙げ「彼の絵を持って春樹さんのところに行ってこの人にキャラクターをお願いしたいと言ったら春樹さんもいいね、この人で行こうとなった」とりんたろう監督。決まったかに見えたけど「最後の角川春樹」によれば「原作者の平井和正さんが大友のキャラクター・デザインは『主人公の顔つきが陰険だ』とクレームを付け、りんたろうは大友じゃなければ自分はやりたくないと言い、石森(後の石ノ森)章太郎さんまで絡んできた」とのこと。  「『幻魔大戦』は角川映画でもっと揉めた作品』とも春樹。あの豪傑をもってしても疲れたと言わしめた結果として出てきた映画が……いやこれは言わないでおこう。ともあれ時の最先端すら飛びこえていた大友克洋の「幻魔大戦」への起用はいろいろと波風を起こしたものの、「大友克洋がキャラクター・デザインを描いたこともあり、『ジャパニメーション』の先駆として海外では高い評価を受けています」と春樹さん。以後、「カムイの剣」の原作は星新一さんが矢野徹さんを紹介したことを振り返っている。

 そして「ボビーに首ったけ」のキャラクター・デザインに起用される吉田秋生についても「女性コミック誌『月刊ASUKA』を創刊するぐらいでしたから、もちろん読んでいました」「萩尾望都さんとか山岸涼子さんも読んでしました」と話してる。漫画ばかり読んでると苦言も受けたと振り返るけどその素養が今のKADOKAWAがメディアミックス帝国へといたる発端になったのだとしたらやはり“社史”を広く拡大する書として「最後の角川春樹」は「KADOKAWAのメディアミックス全史 サブカルチャーの創造と発展」とセットで読まれるべき本だと言えそう。

 ちなみにトークイベントでりんたろう監督は、角川春樹と対面した時のことも振り返っていて、銀座の高座?というクラブに招かれ行くと角川春樹がいて、背後に武田信玄の甲冑があって威圧感が凄く、目をそらしたら負けだと思ったという。すでに「幻魔大戦」のアニメ化が企画されていたけれど、そこでりんたろう監督は石ノ森章太郎の漫画をアニメ化しては映像が見えてしまう、だったら平井和正の原作をそのままアニメ化したいと直感的に判断し、角川春樹に告げたという。

 「口ごもったら負ける。口からでまかせでやりましょうと言った」とも。受けて動き始めた企画だったけど、クラブで紹介されたプロデューサーと話が全然かみ合わないので困ったもののそこはさすがに断れず、家に帰ったりんたろう監督のところにその夜、角川春樹から電話があって「今日紹介したプロデューサーとは合わないだろう? 彼は外すからプロデューサーはお前が推薦する人間を使え。じゃあおやすみ」と言われたとう。見るべきところを見て動くところで動く人だったんだなあ。

 そんなトークを終えてから立川シネマシティへと転戦して「イヴの時間劇場版」を見る。たぶん11年ぶり。お腹から装置がどかんと出てくるのは「アイの歌声を聴かせて」のシオンといっしょでそういうデザインが好きなのが分かる。時代的にはシオンのようなアンドロイドがもっと発展して一般家庭にまで入っていった時代。命令には従うけれども時々息抜きにカフェへと出かけるアンドロイドが自分の命令じゃないことをしたと憤る高校生の狭量ぶりが最初は癇に障ったけれど、だんだんと馴染んでいく姿に自分を重ねて理解の必要性を感じさせられた。そういう映画なのかもしれないなあ。未来を予感させる終わり方も悪くない。「アイの歌声を聴かせて」が進化して「イヴの時間」になった先のビジョンをまた、描いてくれないかなあ、吉浦康裕監督。


【11月20日】 Netflixで実写版の「カウボーイビバップ」が配信スタート。さっそく第1話を見てちょっとジョン・チョウが演じているスパイク・スピーゲルの脚の長さが足りてない気はしたものの雰囲気はちゃんと出していて、こちらは雰囲気完璧なジェット・ブラックとの良いコンビを見せてくれていた。山寺宏一さんはそのままだけれど石塚運昇さんが亡くなられてしまってちょっとジェットの声が違っているのが気にはなったものの、聞いていくうちにきっと慣れるだろうからあとはビバップ的な展開の愉快さで引きずり込んでいってくれるんじゃなかろうか。

 フェイ・バレンタインもできれば手足は生が良かったかもしれないものの、逆に生身の女性が演じているという意味での肉感があってそれれで悪くない。林原めぐみさんが声を被せればほらもうフェイ・バレンタインそのものって感じ。ただそうした日本語音声に引きずられるとどこかそれっぽさが増し増しになってフェイクな感じも出てしまうので、むしろ音声をオリジナルの英語音声に変えてストーリーとビジュアルはビバップだけれどそこにドラマ性をより深く感じる方が見方としては正しいのかもしれない。ビシャスは若本規夫さんのブルァアアアア声になったらどうしようかと心配していたら、ちゃんとまっすぐ出していた。これはこれで良し。英語だとちょっと威厳が足りないかな。追々見ていこう。

 ヤバいのは昔からだけれどももはやヤバさを隠すことなく押し出してきた感じなとある自称するところの全国紙の1面コラム。近畿財務局で記録の改竄に携わらされた職員が両親の呵責もあって自裁した問題について、その流れを一般的にはそうした改竄を現場がせざるを得なかったのは最高権力者に関わる問題であって、忖度から改竄を急がされたことで現場が疲弊したといった認識がされていると思うのだけれど自称するところの全国紙のコラムはそうした前提をまるっと避けては、問題に対して野党が追及をするから現場が改竄をせざるを得なくなって結果として職員の自裁につながったので、悪いのは追求した野党議員といった論理を打ち出している。

 根も葉もないところに勝手に火を着けて野党が追及をしたという認識なのかもしれないけれど、根だとか葉だとかを隠して見えないところに押し込んだからこそ発端まで追求が及ばず、改竄が改竄として成立したのだと捉えるならやはり原因は野党が追及せざるを得なかった無理難題を作った側にあると考えるのが普通。そこを包み隠すというあたりにいわゆる全国紙めいた新聞の1面コラムの書き手が何を守って何を貶めようとしているかがうかがえる。そうした意見に賛同もあったりするからなお厄介なんだけれど、一部の内輪でそうした論理がまかり通っているだけで世間は呆れ果てた結果、もはや全国紙を標榜するのも難しい状況へと追い込まれていたりするから、その意味では自業自得と言えるのかも。100万部割れもすぐそこに。

 一生に一度くらいは見て緒かなくちゃと伝説の「虹伝説」を再現するという高中正義さんのライブ「虹伝説ファイナルat武道館」を見に日本武道館へ。前に来たのはBABY METAL以来か。席は1階で東側だからステージに向かって上手側から高中さんを真横から見るといった感じだけれどその分、ステージに近くって指の動きなんかもちゃんと見えた。よく動くなあ御年68歳なのに。その年齢で「虹伝説」を再現した上にヒット曲を披露する第2部も勤め上げてほぼほぼ3時間、弾きっぱなしというから素晴らしい。できる人は幾つになってもできるんだなあ。

 いやそれを言うならベースの岡沢章さんは70歳だしドラムの宮崎まさひろさんも66歳で激しいドラムを叩き続けていた。あの世代のミュージシャンは皆凄い。村上“ポンタ”秀一さんが存命だったら70歳でも叩いただろうか。それでもやっぱい高中正義さんのギターは歌うし唸るし泣くし叫ぶしと超カッコ良い。どこまでも聞き込んでいける旋律を作り上げるのみならず、エフェクターを駆使してさまざまな音色を織り交ぜながら弾きあげるそのテクニックを目の当たりにすると、どれだけうまいギタリストがいたとしてもやっぱり一目置いてしまうだろうなあ。今日も見に来ていたんだろうか。反応が気になる。楽曲では「渚、モデラート」とか「Blue Lagoon」とか有名な曲も聴けて良かった。伝説の一端を垣間見れただろうか。次はどの伝説を観に行こう。


【11月19日】 朝からネットとにらめっこしてロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手が果たして大リーグのMVPをどれだけの得票で獲得できるかを見守る。取ることはほぼ確定はしていたけれどもゲレーロ選手の方に流れる可能性もあってそれもまた認められることだけに、気になっていたものの発表された数字は満票で大リーグを担当する野球記者のすべてが活躍を認めたってことが証明された。

 まあ事前にあれだけ満票かどうか取りざたされ、投票に対して説明も求められる中で他と違う意見は出しづらいところもあるけれど、そこを突破してくるのがアメリカのジャーナリストという人たち。説得力を持つ論を展開できれば堂々と他の選手に投票するんだけれどもそうした数字なりを探しても挙げられないところに大谷選手の凄さってものが改めて浮かび上がる。

 中には打者として単独ならゲレーロ選手だけれど投手としての成績も合わせたってあって、そこに別の投手が絡んできた場合には中途半端だといった意見も出たかもしれないけれど、打者が3人並んで本塁打数とかで拮抗している中、投手として勝利に貢献したことも含めればやっぱり評価は断トツに跳ね上がる。そうしたところをしっかりと認め評価するからこそ、アメリカの選手たちは頑張れるし実力も上がっていくのだろう。どこか年功序列的なところもある日本では難しい話。それを怖そうとした落合博満さんは指導者として排除されてしまったからなあ。度しがたい。

 度しがたいといえば「メイドインアビス」のキャラクターを「いらすとや」の人がグッズにしていてそれがどれも「いらすとや」テイストな上にデフォルメされた「メイドインアビス」的なニュアンスも備えていてなかなかな巧みさ。企画した人が凄いのか、いらすとやの人がやっぱり巧みなのか。世の中にあれほど出回っているイラストも他にないからなあ。そうやって慣らされた目に違和感がない上に「メイドインアビス」のファンにも馴染む巧さもあるんだろう。個人的にはオーゼンが不気味でなかなか宜しい。プルシュカは別バージョンがなくて良かった。

 図書館へと出向いて3時間ほどテープ起こし。30分もないインタビューだけれど起こしては休んでいたら結構時間がかかってしまった。集中力が足りないのは糖分が足りて内政なのか。コーヒーには砂糖を入れる方が良いのか。太るしなあ。とりあえず起こし終わったのを持って図書館を出てから近所のフレッシュネスバーガーへと移りそこで原稿まとめ。前後を入れ替え並びをよくして意味が通るようにしていくことでどうにか読めるようになるのだった。

 1発目からしっかり意味の通ったインタビューができれば良いけれど、それだと興が乗らない相手の表層の記憶しか記録できないから難しい。後に回って繰り返して尋ねて出てきた話を混ぜたりすると、やっぱり前後の入れ替えが必要になる。そこはだからインタビューというものの考え方しだいかなあ、ジャーナリスティックな証言としてのインタビューなら動揺も含めて記録して心情を伺うことも必要だし、証言にないことを付け加えるのも御法度だけど、宣伝としてのインタビューは相手が言いたいことを付け加えてくることもあってそれでグッと価値が増すならオッケーだったりするから。30年やっているけれどやっぱり難しいお仕事であります。

 先だって竜王を奪取したばかりの藤井聡太四冠が王将戦でも挑戦者決定リーグで白星を重ねて最終局を待たず挑戦者に決定したとの報。これで1月から始まる王将戦で渡辺明三冠に勝てば、年度内の5冠も確定となってとんでもない偉業を達成する。ボクシングの王者統一ではないから3つのタイトルが一気に移動することはないけれど、名人位も持つ竜王とならんで最強最高の地位にある棋士を倒せばやっぱり現時点での最強を名乗るに相応しいってことになる。どうなるか。順位戦でも勝ち続けているから来期のA級昇級はほぼ確定。そこで勝ち抜いて挑戦者となり名人も奪取できればこれは羽生善治九段を超えた棋士って言えそう。出るんだなあ。後から後から天才が。


【11月18日】 温泉娘に関して言うならマニアだけの間に流通している設定だったならまだしも、公然とした場においてたとえ同性が対象であってもセクハラチックな文言を盛り込んでいた時点で突っ込まれる可能性があったということで、そうした部分での工夫の足り無さが、少し前の松戸市における警察で使われるVtuberのモデリングの開けっぴろげさに対する突っ込みにも繋がったと言えなくもない。碧島めぐの問題からこっち、少しは配慮といったものを考えながらコラボを進めているかと思ったけれど、抜ける部分はやっぱりいろいろあるんだなあ。そうした配慮をしてもなお文句を付けてくる相手は思想が違うといってスルーするしかないけれど。

 だから温泉娘がそうした文言を改めたにも関わらず、当初は触れてもいなかったビジュアルに関して文句を付けてくる相手にはお引き取りを願うしか無く、そうした煽りが業務妨害につながったなら法律と相談するしかない。そこは検討の余地があるかも。そして18禁で描いている絵師が温泉娘のキャラクターを描いているという意見はもはや難癖を超えた差別にも等しい文言なので、無視するか抗うかして押さえておくべきだろう。過去であろうと現在であろうと成人向けの仕事もすれば一般向けの仕事もするクリエイターは枚挙にいとまが無い。

 「Shall we ダンス?」で日本アカデミー賞を獲得した周防正行監督は「変態家族 兄貴の嫁さん」という成人映画を撮っていたし、「おくりびと」がモントリオール世界映画祭でグランプリに輝いた滝田洋二郎監督は「痴漢電車」シリーズの監督として知られている。「ガメラ2 レギオン襲来」で日本SF大賞を獲得した金子修介監督は「宇能鴻一郎の濡れて打つ」なんて作品で世の中に出てきた。同じ日本SF大賞なら「新世紀エヴァンゲリオン」の庵野秀明監督も18禁のアニメーションに携わった経歴を隠していない。新海誠監督にも18禁のゲームでオープニングなんかを手がけた実績がある。そうした過去を引っ張り出して現在を批判できないことはこうした例が表しているにも関わらず、煽るように非難をしてしまうのはそれが正義だと思い込んで考えも無しに発言してまいがちなSNSの問題でもあるんだろう。厄介だねえ。

 たった1日でも交通費が満額出るのはおかしいと訴えた維新の態度を讃えて他の政党の所業をディスったら維新のトップが同じような所業をしていて跳ね返ってきたブーメランに謝りつつ言い訳をしないと言って讃えたらもっと別のことで跳ね返りが起こってどうしようもない橋下徹氏が話を別の方向に持っていこうとれいわ新撰組から比例代表で当選した人は即日で当選が出てないからたった1日をもらうのがおかしいと言って、いやいや衆議院の規則で当選日は総選挙の行われた日だと決まっているといった突っ込みがはいってこれまた跳ね返りを喰らった格好。

 そもそもが投票が締め切られた段階で投票箱に入っている票はある意味で確定している訳で、開けるまで分からないシュレーディンガーの猫状態ではない。だからこそ同じ日が当選の日だと規定されるんだと思うけれど、そうした方向へと頭を働かせないものまた何かを言うことで衆目を集めていかないといけないといった気分に染められているからなんだろう。SNSで何か煽り続けるのと一緒。でもちょっと自爆が重なっている感じなだけにそろそろ誰か引導を渡すことになるんだろうか、いやいやテレビが持ち上げ続けている限りはやっぱり世の中に現れ続けるんだろう。そんなテレビも視聴率で20%を超える番組がない状態なだけに、3年後にはテレビからではもはや世の中にアピールできなくなるかも。今がだから分水嶺。

 ビッグボスって言い方ははっきりいって大嫌いで、それがカッコ良いと思っているセンスは最悪だけれどそれと当人が言い続ける限りは趣味の範囲だから尊重しよう。問題はメディアもそんな肩書きをありがたがって報道にあたって新庄剛志ビッグボスと書き続けていること。日本サッカー協会の会長時代の川淵三郎さんをキャプテンと呼び続けたのも正直やり過ぎな気がして、どこか絶対に譲らず会長と呼び続けるメディアがあっても良かったように、ビッグボスを監督と呼び続けるメディアがあったらちょっと評価するかなあ。まあでも盛り下がりが目立ち始めた野球への注目を集めたい一心というのも分かるから、今年くらいはビッグボスと呼んであげてもいいかなあ、それでリーグ最下位だったらカッコ悪いから、当人もチームも必死で頑張って楽しいリーグにしてくれると思うし。果たして。


【11月17日】 グループ2位に浮上して残り4戦の日本代表がFIFAワールドカップ2022カタール大会に出るためには、サウジアラビアオーストラリア中国ベトナムといった続く試合の少なくとも3つは勝って1つは引き分けといきたいところだけれど、ベトナムには勝てそうでも中国相手だと果たしてどうかと迷うところだし、サウジアラビアもオーストラリアも強豪で簡単に勝てるとは思えない。これまでの試合では得点こそ奪われる試合は少ないものの奪ってもいないだけに膠着状態から両チームとも無得点の引き分けで終わる積み重ねの果て、勝ち星を積み重ねていくオーストラリアに追い抜かれる可能性もないでもないからなあ。

 なのでやっぱり得点を奪いに行く采配を期待したいのだけれど、三苫薫選手を後半からしか入れなかったり、古橋亨梧選手をうまく使いこなせなかったりして前への圧力を高められそうにもない。やっぱり必要なのはサイドとの連係だけれど長友選手は走っているように見せてはいても攻撃の要になっているかというとちょっと微妙。中盤でボールをさばく選手もおらずサイドチェンジも反対側に届かなかったりする攻撃力では、守備を固めてきた相手に点を取りあぐねた挙げ句にカウンターから失点なんてこともありそう。どうなることやら。まだまだ緊張の予選が続きそう。

 Netflixでの配信がまもなく始まる実写版「カウボーイビバップ」のポスタービジュアルめいたものが出回り始めたけれど、これだどうにもエクスプロイテーション映画的な雰囲気で、どことなくカンフー映画っぽさもあってはっきりいってダサい。日本でも時代を外した感じがあったものの、それが物語の積み重ねによって一周回ったクールでスタイリッシュなものだと感じられるようにしたところがある。でも海外ではストレートに半周遅れのダサさを嗜む作品って受け止められていて、だからこうしたポスタービジュアルになったのかもしれない。評判が毀誉褒貶なのもそこを楽しんでいる人とそうでない人がいるってことなのか。早く見てみたい。

 午前中に家を出て図書館で原稿をぱちぱち。予定の3時間でだいたい完成したので図書館を出て地下鉄に乗って大手町まで出て星海社FICTIONSの新刊なんかを買ったあと、とことこと歩いて神保町まで向かう途中、確か大勝軒があったっけと思って歩いていたけど見つからず、見落としたのかなあと思って神保町まで来て昼食をとれるばしょを探したもののキッチン南海には行列が出来ていたので、諦めてまんてんまで行ってカツカレーを頼む。650円でボリュームもたっぷりな上にサクサクのカツが乗ったカレーを食べられるのは嬉しい限り。そこから夜まで時間があったので、九段下あたりまで歩いてカフェで原稿をチェックしたりネットを見たりしながら時間を潰す。これが無職の自由って奴か。収入にはならないけれど代えがたい時間。でもそのうち焦るんだ。稼がないと。

 時間が来たので試写会場まで行っていしづかあつこ監督の長編アニメーション映画「グッバイ、ドン・グリーズ!」を試写で観る。東京国際映画祭でも上映されたけれど観られなかったのでこれが初見。見終わって東京国際映画祭の舞台挨拶に、花江夏樹さんと梶裕貴さんがいたのに村瀬歩がいなかったのは、本人の希望か都合なら仕方ないけど大いに残念だなあと思った。花澤香菜が出たから宣伝的には良かったのかもしれないけれど、役の上では村瀬歩みさんが実質主役よようなものだっただけに、欠けた感じがして仕方が無い。

 ロウマとトトという幼いころからの知り合いで、そして共にクラスから弾かれ気味の少年達がチームを組んで「ドン・グリーズ」と名乗って秘密基地のような小屋を作って遊んでいたのも中学まで。高校進学にあたってトトは医者を目指すために東京の進学校に行き、残ったロウマは畑仕事を手伝いながらやっぱりひとりきりの放課後を過ごしていたかと思いきや、ドロップという名の少年と知り合いになって2人で会話をしたり会ったりしていた。このドロップを演じたのが村瀬歩さんだ。

 ロウマを演じる「鬼滅の刃」の花江夏樹さんとトトを演じる「進撃の巨人」の梶裕貴あんというヒーロー系の2人に挟まれる形にはなっているけれど、逆にいうならドロップは2人をつなげてストーリーを引っ張る主役中の主役とも言えるキャラクターだった。その言葉をこそ聞きたかっただけに、来年2月18日に公開が始まったらそこには花江さん梶さんともどもそろってドン・グリーズとして立って欲しいなあ。花澤さんももちろんご一緒に。女優のどんぐりさん(竹原芳子)を呼んで芸をさせるのだけはカンベンな。

【11月16日】 FIFAワールドカップ2022カタール大会の欧州予選でイタリア代表が勝てず勝利したスイスに勝ち点差を付けられグループ2位に終わってプレーオフに回った。すでにクリスチアーノ・ロナウドを擁するポルトガルもセルビアに敗れてプレーオフ行きが決定。ここにオランダが加わってきたら世界の強豪のうちの幾つかがワールドカップの檜舞台に立てないことになる。欧州予選の厳しさが分かるってものだ。

 もっとも、今回に限ってはアジアでも日本代表が大苦戦をしていて夜のオマーン戦に敗れたらもう道を断たれたも同然になってしまう。かといって出たとしてもあのセルビアに日本が勝てるとも思えないだけに、ハリルホジッチ監督が解任された瞬間から日本代表のサッカーは止まったどころか後退しているのかもしれない。それでも日本サッカー協会の会長職は田嶋幸三会長でしばらく安泰みだい。長沼健会長の解任騒動が起こった1998年のフランス大会に向けた予選とのこの温度差は何だろう。それだけ関心が代表から遠のいた現れってことか、それともJクラブに関心が移ったと見るべきか。それでも代表が両輪の片方であることには変わりが無いのでここでダメなら次の4年は革新的な監督に任せてみるのも手じゃないかなあ。ピクシー来てくれないかなあ。

 「アイの歌声を聴かせて」がヒットしていることもあって吉浦康裕監督の過去の作品が立川シネマシティで上映されることになって大歓喜。「サカサマのパテマ」も嬉しいけれどもここはやっぱり「イヴの時間」の上映が大いに気になる。だってあの立川シネマシティのゴージャスな音響で、Kalafinaによるエンディング曲「I have a dream」が聴けるんだよ。これはもう最高にして至福の時間を過ごせそう。テーマ自体もAIが日常に溶け込んだ世界が舞台になっててポスト「アイの歌声を聴かせて」のビジョンというのを見せてくれている。すっかり内容を忘れているだけに、ここで思い出して改めて「愛の歌声を聴かせて」を見ると分かることもありそう。楽しみだ。

 平将明議員が自民党のネットメディア局長に就任したって報告をツイートに上げていて、そこに掲載されている似顔絵になぜかorihimeが映っていたので何事かと調べたら、以前にorihimeを入手して机の上に置いてリモートの時もそれを通してコミュニケーションがとれるようにしていたとか。身体が不自由な人たちが自分の意思を表現するために使うツールでもあったけれど、動いて態度を示せるのは健常者にとっても単なるビデオ通話より親しみも湧くってもの。そうした効果をねらいつつリモートワークのツールとしてこうしたリアルアバターの活用を促進していければ、何か新しい産業も生まれてくるのではないかなあ。そういう意識が自民党にあるかは知らないけれど。単に奇矯なツールとして見られているとしたら持ったいない。

 そんなorihimeを作った会社がいよいよ視線入力で動かせる電動椅子を完成させたとか。体が動かせない人でもそれを使えば誰かを呼ばないでも体をストレッチさせられるというからなかなかのもの。家族を呼ぶ回数が1日30回から1回に経るとかで、使っている人にとっても家族にとってもある種の気兼ねをなくして明るさを与えるツールになりそう。吉藤オリイさんは視線入力で動かせる車いすを作っていたけど可動となるとやっぱり不安もまだまだあるのかな、間違ったところに進んでいっても止められないと危険だし。そうした道へと1歩近づいたということなのかな。いずれにしても考える人は考えてそして作ってる。そうした人を応援する社会を作っていって欲しいけど、金を出し惜しみするのがこの国だからなあ。やれやれ。

 そして夜になってDAZNでFIFAワールドカップ2022カタール大会のアジア最終予選。アウェーでのオマーン対日本戦は前半にまるで日本代表が動かず棒立ちになっては足元でボールをもらっては誰かの足元に出す繰り返しで、オマーンの守備陣をまるでまったく崩せない。得点の気配すら感じさせない前半にこれは拙いと思ったか、柴崎岳選手に替えて三苫薫選手を入れたらこれが大当たり。自ら持って前へ前へと進む三苫選手に従うように周囲も前への圧力を強めて連動が生まれ、そうした中から相手守備陣の隙も生まれて得点につながった。中国がオーストラリアと引き分けたこともあって日本代表がグループの2位に浮上。ちょっぴり出場が近づいたけど残る試合はまだ4つ。どれも落とせないことには変わりがないので何が拙くて何が良いかを吟味して、次からのメンバー構成を考えて欲しいもの。それこそ監督も含めて。


【11月15日】 防衛省が山口県に航空自衛隊防府北基地に「第2宇宙作戦対」を配備する考えだとか。人工衛星に対する電波妨害を監視する業務を行うそうだけれどどうして山口県なんだろうと考えて、山口市にはKDDIから引き継いだ電波望遠鏡があってそれが使えるからなのかもと思いつく。それは使えないから別に観測施設を用意するのかもしれないけれど、いずれにしてもいろいろと予算が回って宇宙観測のための設備が充実していきそう。

 それはそれで安全保障の面から良いことなのかもしれないけれど、一方で世界でも有数の野辺山にある宇宙電波観測所の方は予算が回らず観測の機会が減らされて宇宙に関する研究が大きく損なわれる可能性が生まれている。身近な“敵”に集中するあまり、じわじわと近づいている地球外生命体を見逃す可能性だってあるんだぞ、って言うのは少し大げさだけれどそうでなくても日本が宇宙観測の分野でどんどんと世界から取り残されていく可能性は低くないだけに、そちらにも予算を回して欲しいもの。そして軍事利用でしか予算が増えない風潮が改まって欲しいもの。難しいけれど。

 明け方にDAZNを開いてFIFAワールドカップ2022カタール大会の予選を見たり眠ったり。ポルトガル対セルビアの試合で監督がストイコビッチということだったけれど、画面に映し出された監督はどう見ても現役姿のシュッとした感じとは一致せず、別の誰かかと一瞬思ったけれどもそれがコロナ時代の我が身でもあると理解し貫禄がついたと思って諦める。まあオシム監督だって現役時代は長身痩躯のイケメンだったのが監督としては貫禄たっぷりだったから、それで良いのだ。

 さすがはポルトガルといった感じで、早々に1点を奪ってそのままフィニッシュかと思いながら寝入ってそして目覚めたら、何とセルビアが逆転しワールドカップ出場を決めていたと知る。試合そのものも衰えないスピードでもって選手が動いてパスをつなぎポルトガル陣に攻め入っていた感じで、たたでさえテクニシャン揃いの旧ユーゴ系にスピードとスタミナがつけば敵もなかなかいない。オシム監督の薫陶「走れ走れ走れ」を弟子として実践しているって感じかな。

 喜ぶ陣営の中に東洋人がいて、調べるとどうやら喜熨斗勝史さんという名古屋グランパス時代のコーチだった人みたい。ピクシーがセルビア監督就任の条件としてコンディショニングに招いたというから、選手のフィジカルとコンディションを整えることで走れるチームにしたんだろう。オシム監督就任当初のジェフがテクニシャン系だったのを走らせ走らせ走らせることで鍛え強豪に押し上げた手法に近いのかな。そんなジェフも今は……。ピクシーに来て欲しいけどワールドカップのあとは欧州選手権の予選まで監督をするそうなのでずっと先になりそう。待ってるぞ。

 月曜の興業通信発表による週末興行ランキングで「映画すみっコぐらし 青い月夜とまほうのコ」が1位になっていた。前週からランクを上げての1位で代わって2位に落ちたのがあの「エターナルズ」だからもはや世界のマーベルとも互角に戦える「すみっコず」って言えそう。この人気ぶりに興味を示して世界が前作ともども配給を始めたら面白いけれど、いつも自信満々であることを要求され自覚している西洋の人に、いつも消極的で迷っているけど夢は持ってるすみっコたちの感性は受け容れられるかな。抑圧されて叫ぶアグレッシブ烈子が人気だから大丈夫かな。

 市川でお仕事をこなしてから新宿へと出てEJアニメシアターで「リナ3Dライブ」を見る。「スレイヤーズ」のリナ・インバースを3Dモデルで作ってYouTuberをさせたりライブをさせたりするイベントムービーだけれどとりあえず紙のように固そうなスカートがすこしひらめいてスパッツの裾がのぞいたことと、そして「Give a reason」がトリで流れたから映画として満点だ。今はなきDMMシアターのような場所にチューニングして背後から半透明スクリーンに投影する3Dモデルだったらもっと没入感があったのかな。そこまでヌルヌル動くモデルじゃなかったから用途が違うのかもしれないけれど、いつかそんなライブもやって欲しい。白蛇のナーガも織り交ぜて。


【11月14日】 TOHOシネマズ池袋の轟音上映で観た「劇場版マクロスΔ絶対LIVE!!!!!」は会場のほどよい狭さもあって真正面から音の振動を浴びる感じがあってワルキューレによる音楽の世界に没入できた感じ。あと闇キューレの音楽にも。アルバムも買って聞き込んでいるとだんだんと誰がどのパートを歌っているかが分かってきて、これがアイドルユニットに耳慣れるってことなのかと理解する。まあひとりJUNNAだけは歌い方が違うから分かり過ぎるけど、それでも最初の方のアルバムと比べるとソウルフルな感じが増しているから作品を通して成長しているんだろう。May’nさんがシェリル・ノームのイメージをやっぱり結構引っ張っていたように美雲・ギンヌメールのイメージを超えてシンガーとしての存在感を増していけるのか。見守りたい。

 気がついた時には販売が終わっていていけなかった「攻殻機動隊SAC_2045 地獄可能戦争」の舞台挨拶だったけれど、報道を読むと本編とはまるで関係のないお笑いグループが入り込んではブサイク極まりないコスプレをして全体の半分くらいの時間を奪い受け答えしていたとか。アニメファンはまったく喜ばないその宣伝がだったらスポーツ新聞を通して読者に受けるかというと高齢者ばかりになてっているスポーツ新聞読者にマヂカルラブリーなんてまるで通じないような気がするし、ワイドショーを通して見る主婦層もやっぱり気にしそうにもない。

 刺さるとしたらそうした媒体力でもってネットに出回る記事を若い人が見る時だけれど、そうしたデジタル世代にとって「攻殻機動隊」は少佐でありバトーでありタチコマであって、そうした役を演じている田中敦子さんや大塚明夫さん、そしてトグサ役の山寺宏一さんと声優の世界でも超トップが勢揃いした舞台挨拶なら、そうした声優さんたちの声をもっと聞きたいと思うのが本音だろう。そこに割り込んできたコスプレお笑い芸人を忌避こそすれ歓迎なんてしそうもない。そうした宣伝にも嫌悪感を示して作品への関心もそれてしまったら本末転倒も甚だしい。でもやってしまう宣伝のメソッドはいったい何に依拠しているんだろう。まったく訳が分からないよ。

 吉村洋文知事が先の衆議院議員選挙で当選をして10月31日から新しく議員となった人たちが、10月分の交通費としてまるまる100万円を受け取るのはおかしいんじゃないかと言い出して同じ維新界隈から持ち上げられているみたい。そうやって敵を想定しては指弾して自分たちこそ優れているとマウントをとっていくのがあの界隈の特質ではあるんだけれど、瞬間瞬間にそうした乗る山を見つけようとしているからか、過去への振り返りが甘くってどうやら吉村知事が前に国会議員を辞めた時も、1か月のうちの1日だけ議員だったらしくその分の交通費は100万円をまるまるもらっていたんじゃないのかといった指摘が出ている。

 つまりはブーメラン。そこでそうでしたとい言うのもみっともない話だけれど、分かりました日割りで計算して使わなかった分は返しますとやってしまった時に今回の1件も日割り計算となってすべての歳費が日割り計算によって算出される事態となって両議院の手間は増える割にたいした節約効果もないまま言い出しっぺの点数が加算されるという上っ面だけの政治が繰り広げられてしまう。本質としての節約を求めつつ使うべきところに使われたことで生まれる効果にも目を向けるべきなのに、削ったらとりあえず見てくれが減ったからそれで良しとする風潮が、大阪のさまざまな公的機関公共施設の削減を読んでは文化と知性にじわじわとダメージを与えている。そのツケを払わされるのは未来の大阪の人たちだけれど、ご老体はどうせもういないから今が楽しけりゃって感覚で応援してるのかなあ。謎めく。

 午後に起き出してフレッシュネスバーガーへとこもってノートのメモを頼りに珍しく行った企業取材の原稿を取りまとめて2時間ほどで1本しあげたので、読書でもと「魔法科高校の劣等生 メイジアン・カンパニー」の第3巻を読んだらもうはや司馬達也が世界最強どころか知性体の存在が判明しているのが地球だけだとしたら全宇宙で最強の存在になっていて、もう誰が何をやっても揺るがないその存在でどうやって物語を作っていくかが気になって仕方なくなって来た。マテリアル・バーストで地球に近づく彗星すら吹っ飛ばすんだから地球のあらゆる観測可能な地域はその射程に入ったと言って良い。ホワイトハウスだって中南海だって同様。そんな相手がそれでも暴れず粛々と政治をしている姿は不気味だけれど、すべてが深雪のためだとしたらいったい深雪はどこの地平に向かっているか。果てに来る世界とその中での司馬達也&深雪の有り様が今から気になる。終わりはあるのかなあ。


【11月13日】 「アイの歌声を聴かせて」がネットでバズったからバズってる状況を見るにつけ、「ジョゼと虎と魚たち」がもっとバズったり「サイダーのように言葉が湧き上がる」が激しくバズったりするための導火線は果たしてどこにあったのだろうか。それがあったらもっと話題になって大勢が劇場に詰めかけてそれぞれに10億円くらいの興行収入をあげてタムラコータロー監督もイシグロキョウヘイ監督も次が作れて、さらに素晴らしい作品を見せてくれただろうから。

 結局はバズっているかが判断基準になってしまうんだろうなあ。「アイの歌声を聴かせて」に行った人が「フラ・フラダンス」や「グッバイ、ドン・グリーズ」に行くかというと行かないだろうからなあ。この壁を突破するために何が必要なんだろう。「若おかみは小学生!」もギリギリになって付きかけた火を燃えがらせようとして監督達が舞台挨拶を始めたことがバズるきっかけになったし、「マイマイ新子と千年の魔法」も監督が自ら劇場に足を運んで小さい興行を長く続けた。それがなければヒットしないとなると監督も大変。代わるべき有効な宣伝がやっぱりないのが問題か、受けての能動性が弱っているせいなのか。ちょっと考えたい。

 中割りはどこに行ったんだとか思わない。空を飛ぶ幽霊の女の子もちゃんと履いているんだとかは思っても構わない。イラストレーターとして活動するloundrawさんがが監督を務めたアニメーション映画「サマーゴースト」は、しっかりと物語として感慨をもたらし感涙を与えて、そしてひと夏の経験のように去っていきながら、ひと夏の思い出のように永遠にしっかりと記憶に刻まれるアニメーション映画に仕上がっていた。

 ルックは新海誠監督の初期作品「雲の向こう、約束の場所」と重なる風味であり、現代の大学アニメーション専攻から出てくる商業アニメ調の卒業制作風味ではあるものの、そこまで自主制作寄りのアマチュア的な線ではなく、かといってプロフェッショナルの線には少し届いてない見てくれで、劇場の大きなスクリーンでかかってぎりぎり大丈夫といったところ。輪郭こそ粗いもののフォルムはしっかりとしているから、作画崩れの妙なラインを見せられることはない。

 美術はloundrawさんが描くイラストと重なって繊細で美しく見ていて引き込まれる感じ。とりわけ多くの舞台となっている郊外の使われなくなった飛行場から見える空の昼間や夕暮れや夜の美しさは、その時々にそこに居て何者かが現れるのを待っていたい気にさせられる。それは幽霊。夏にそこで花火をすると現れるという黒い服を着て髪の長い女性のゴーストに会おうとして、少年2人と少女が花火を買い込み出かけていく。

 友人でもない3人にはそれぞれに抱えている悩みがあって幽霊にでも会って聞いてみたいことがあった様子。そんな1人で成績は優秀ながら本当は絵の道に進みたい杉崎友也をメインにして、現れたサマーゴースト、佐藤絢音という女性の幽霊との交流が綴られていく。超えてしまった生死の向こう側にあって達観したような口ぶりを見せる絢音だけれど、それでも引きずる思いがある。一方で未だ生死のこちら側にいながら向こう側への憧れを抱く友也の対比から、浮かぶ今というこの時間、生きているこのかけがえのない状態をどう使うべきなのか、といった思いが浮かび上がってくる。

 やれるときにやれることをやりきろう。たぶんそんな思いだ。すべてが終わった後、また巡ってきた夏に飛行場へと集まって花火をする3人の姿に安心はするけれど、そこにも含まれる寂しさをこれも噛みしめながら、人は出会いそして離別しながらまた出会い別れる繰り返しを積み重ねていくことの意味に改めて思いを馳せるのだ。そんな映画だ。下北沢トリウッドあたりで上映されて「ほしのこえ」を上回る動員を達成して伝説を作るところから始まるべき体裁なのに、いきなりTOHOシネマズで上映っていうのも現代的。そこは「ほしのこえ」から20年の成果とも言えるのかな。

 「劇場版マクロスΔ絶対LIVE!!!!!」の轟音上映まで時間があったのでTOHOシネマズ池袋横のVELOCHEでパソコンを開いてAbemaの竜王戦中継に見入る。豊島将之竜王が藤井聡太三冠の玉に迫るもの詰めろを作れないまま渡した手から藤井三冠が責め立てて最後はきっちりぎりぎりの持ち駒で詰みがあるところまで持っていって投了。藤井三冠が羽生善治九段よりも2年2か月早く、そして10代では初となる史上最年少での四冠達成という偉業を打ち立てた。

 ライトノベルの「りゅうおうのおしごと!」で九頭竜八一が未だ二冠なのにどんどんと上を言ってしまってもはやフィクションの出番なし。これでB級1組からA級に挙がって2022年をトップで名人挑戦者となれば、2023年には谷川浩司九段を上回って史上最年少の名人位奪取も見えてくる。それより現在8つあるタイトルの制覇だってとは思うものの、それはタイミングもあるから難しいかなあ、すでに年度内ではとれないタイトルも出ているから、それは防衛をしつつ名人挑戦と前後するくらいで集めよう。しかし羽生九段の凄みとはまた違って飄々としながらも強い藤井四冠。これが現代の棋士か。


【11月12日】 いくら強くなっているとはいってもベトナム相手に1点しかとれないサッカーの日本代表はやっぱりちょっと拙いところに来ている気がする。次のオマーン戦でも同じような戦いしかできなかったら最終的に得失点差で上位にはあがれずプレーオフに回って強豪を相手に沈没する可能性が高い、そんなサッカーFIFAワールドカップ2022カタール大会へのアジア最終予選。守るベトナム相手にぐるりと取り囲んでも足元でパスをもらいあうだけで攻めたり突っ込んだり崩したりしないんだから得点なんて奪えやしない。負けなければ良いとはいっても勝たなくてはダメでもあって無得点で終わったらそこで夢が絶たれてしまう。次はどうなるか。見守るしかないのが辛い。

 インタビュー原稿のテープ起こしから単元にまとめて質疑に変えるところまで終わったので、京成ローザへ「攻殻機動隊 SAC_2045 持続可能戦争」を観に行く。なんだ面白いじゃないか。さすがは「新聞記者」の藤井道人監督が入って構成しなおしただけのことはある。総集編にとどまらず1本の、というかまだ全体の半分だけれど、それをとりまとめた“前編”としての興味を誘う映画に仕上がっていた。

 Netflixで各話ごとに順々に見ていった時には感じなかったスリリングな展開とエキサイティングなアクションがギュッとつまって前半部分を楽しませてくれる上に日本へと戻ってからのポスト・ヒューマンをめぐる捜査活動もメリハリが効いて何が起こっているかが分かりやすく終えるようになっている。トグサ消失で尻切れ蜻蛉だった感じも構成を入れ替えた上に"その後”も着けることで続編の楽しみを煽る。

 そんな続編の映像も挟んで日本が舞台のアクションを見せてくれそうな予感を誘う。これは良い物だ。ジョン・スミスのセリフも聞き取りやすいと感じたのはアフレコをし直したのかな、それともダビングをやり直したのかな。演技も攻殻のベテラン勢にしっかり絡まってた。カッコ良いよ曽世海児さん。モーションアクターも務めているから画面の中で歩く姿も佇む姿勢も曽世さんてことになる。舞台上での活動をちょっと見られてないだけに、スクリーン越しでスキンを経ながらであってもそのお姿に触れられるのはちょっと嬉しいかも。

 RDシリーズのDVD/HDDレコーダーを最後にそういえば東芝の製品から遠ざかっていたけれど、気がついたらそんな東芝が“解体”の憂き目に会うとかで時代というものの無常さを強く感じる。石坂泰三とか土光敏夫といった経団連の会長まで輩出した名門企業で1990年代もDVDの規格化でソニー・フィリップス連合に挑んで勝利した立役者の西室泰三も送り出したものの2010年代に入って急激に業績が悪化。原発へののめり込みが2011年3月11日の東日本大震災によって裏目に出たこともあって、同じ充電の日立製作所に大きく水をあけられてしまった。

 ダイナブックでファンも多かったパソコン事業はシャープに売られ、オーレックスのブランドもオンキヨーが傘下に入って使われなくなり、そのオンキヨーも切り離されて個人の持ち物となった模様。松任谷由実や椎名林檎や宇多田ヒカルを送り出した東芝EMIも今はユニバーサルミュージックに売られてしまって東芝との接点もどんどんと細っているから今となってはあまり感慨もないけれど、「サザエさん」を提供し続け東芝日曜劇場で数々の名作ドラマを送り出して来たブランドが、衰えるのを見るのはやはり寂しいものがある。

 今後は3社ほどに分割されるみたいだけれど、いったいどういう社名になるのだろう。さっそくやっぱりいろいろと言われているのは例のCMからとったものが大半。たとえば発電設備や交通システム、エレベーターなどを担うインフラサービス会社は「走る東芝」、ウェスタンデジタル買収によって強化されたハードディスクドライブ(HDD)などの電子部品を担うデバイス会社は「回る東芝」、そして約4割を出資する半導体大手キオクシアホールディングスなどの株式を管理する東芝本体は「光る東芝」といった具合。「歌う東芝」はEMIなき今、存在しないということでやっぱりどこか欠けた再出発になる感じ。せめてもの手向けにREGZAを買ってあげようかなあ。そろそろやっぱりテレビが欲しいし。



(ACCESS COUNTER '96.07.20)


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