Last Updated 2023/1/29
日刊リウイチ
TUNAGATTEIRUNOYO
「1998-1999年lain日記」

リウイチとは誰だ?
リウイチとは奴だ!

薄い髪に伸びた髭
趣味はアニメと女子サッカー

日刊リウイチとは
そんな胡乱な野郎の日々を
無限に綴ったページなのだ

ワーニングワーニング

(ホントはただの日記です)

◎積み上げた本の数が這々の体で1800冊に達した『積ん読パラダイス』だけど記念事業もなく、これからも地味に静かに増量方針。ライブドアブログの方で『積ん読パラダイスinBlog』なんてのも作ってみたけど誰が見ているのやら。
落ち行く世界で孤独な少女がロボットと出逢い、つかの間の交流を経てそれぞれの道を選ぶ。切なくも哀しく、そして愛おしい狩野典洋の短編アニメーション『ノアのハコ庭』に全人類よ、涙せよ。
【1月31日】 渋谷でも山の手にあって松濤との境目を形成して円山町への壁となりつつ富裕層を顧客に持っていた東急百貨店本店が本日を以て建て替えのために閉店とか。そんなに大きくしなくたってBunkamuraもあってオーチャードホールもあって十分にやっていけそうな気もするんだけれど、そこはやっぱり渋谷全体が渋谷ヒカリエの開業もあって坂の下からさらに山手線の東側へとシフトする中で、宇田川町へと人を惹きつけていたパルコが建て替えによってどうにか面目を保ったこともあって、ここで東急としても頑張って渋谷全体を盛り上げようという考えなのかもしれない。

 とはいえ東横店もとっくの昔に閉まって百貨店という形式が西武百貨店に残されるだけとなっていよいよ消費のスタイルも大きく変化してきたことが伺える。まあ東横店自体がターミナル駅にあって食品スーパーや衣料品店を高級化したようなところがあったから、三越百貨店に代表される百貨店形式は後発ではあったんだけれど、それが一時の東急のイメージをグンと押し上げていたことは確かだろう。けれども今となっては大家に店子スタイルの店が幅をきかせるようになる中で、高級品が何でも揃う百貨店は時代遅れになってしまった。そんな変化にさしもの五島慶太から五島昇へと引き継がれた東急百貨店も勝てなかったといったところだろう。

 もちろん核となる鉄道を持っていることが東急の強みではあるんだけれど、東横線が地下鉄副都心線と直通になってしまって通過駅になりかかってしまった問題を、どうにかしなくちゃといった思いもあったんだろう。とはいえあれだけの開発を進めながらパンテオンに代表される映画館は渋谷には開かず新宿に持っていってしまうところにちょっと揺れる戦略もありそう。東急から派生した東映が持っていた渋谷東映も閉館だしなあ。とはいえあそこはル・シネマが間借りするみたいだから映画への傾倒はまだありそう。何しろ東映が史上発の100億円超え映画を送り出して沸きに沸いている訳で、その波に乗らないって手はないよなあ。

 ただ鉄道を敷いて沿線を開発し百貨店を作り映画館も作ってといった阪急が大阪でやった戦略を小林一三にならって五島慶太が東京で行い成功をおさめた東急の戦略が、ひとつ取り場を迎えた一方でアニメーションという子供のものにすぎなかった文化が過去にない売上げを叩き出すあたりにひとつの文化であり産業の変化も見えそう。その波が今後も続いてい広がっていくものなのか、シフトした果ての極北であってあとは落ちるだけなのか。そこは東映が次に作る映画にかかってくるんだろう。やっぱり「ONE PIECE」でいくのかな。それとも「SLAM DUNK」で何かもう1本?

 そこはプリキュアでと言わんばかりに新宿駅で20周年を迎えたプリキュアの大展開が開催中。ロフトプラスワンでまつもとあつしさん、数土直志さん、西田宗千佳さんとそして神山健治監督を迎えて開かれたイベントで、アニメの現在地とそしてこれからの話を聞いた後で新宿駅へと立ち寄りプリキュア20周年の超横長映像を見ながら、20年分のプリキュアが果たした役割は何だったのかをちょっと考えた。
 それは正義の心を育んだことなのか、アニメ好きの女子をいっぱい作ったことなのか、フル3DCGのダンス映像を進化させたことなのか、大勢の声優を送り出したことなのか、バンダイを儲けさせたことなのかどんなことなのかいろいろ考えつつプリキュアじゃない何かが生まれ育まれて東映のIPの柱が増えた可能性はあったのか、ここまで続いてしまうと、これから20年も続けなきゃいけないとしたらそれは何をもたらすのか、等々。セーラームーンから赤ずきんチャチャにこどものおもちゃやおジャ魔女ドレミ、ナージャといった女児向けアニメもいっぱいあった90年代から2000年代の豊穣が、今やプリキュア1本かぶりの状況は豊穣なのか貧困なのか。代わりが思い浮かばないだけに難しいなあ。


【1月30日】 すごいすごい、三笘薫選手がすごすぎる。DAZNでFAカップのブライトン対リヴァプールを見ていたけれど、1対1でこのまま引き分け再試合かと思ったアディショナルタイムにブライトンがフリーキックをもらい、それをゴールに向かって右側から大きく左側へと蹴って受けた選手が右へと戻したところにいたのが三笘選手。ダイレクトでは打てなかったので地面すれすれに右足でトラップをして上に上げ、それを右足でボレーかと思いきや1回いなして相手が動いた隙を狙ってすぐさま同じ右足のアウトサイドで蹴り込んだ。

 その冷静さもそのテクニックもどちらもワールド級。相手が強豪リヴァプールというのも凄い。このまま活躍すればさらに大きなクラブから引き合いがあるかもしれないなあ。南野拓実を出したリヴァプールが取るとかあるのかなあ。まあでも活躍していたからビッグクラブに移ったら埋没してしまうケースもあるだけに、今はどこまでやれるか見極める時かも。一方でかつてマンチェスター・ユナイテッドに所属した香川真司選手は日本へと戻るみたい。シントトロイデン自体が日本のDMM傘下めいて日本人選手が多いんだけれど、そこにも残れないというのはなあ。セレッソで大活躍して欲しいなあ。

 コンビニエンスストアでは勝手に売り物のポテトを喰らい店内をモップに乗って跳ね回るアルバイトが自撮りをしては大騒ぎになり、回転寿司では回っている寿司やら置いてあるしょうゆ差しやらにいたずらをする様を自撮りして大騒ぎになる件が続々と。店のものとか売り物に勝手に手をつければ大騒ぎになって非難を浴びて損害賠償だって請求されかねず、さらに逮捕される可能性があるにも関わらず、やってしまうほど人間が阿呆というよりはそうした阿呆さを味わう以前のネットからの讃辞なり承認に人は惹かれてしまうものらしい。

 昔も冷凍ケースに横たわったりいろいろやって大騒ぎになったのに、どうして繰り返されるのかってあたりがそうした過去を知らない世代が自分で自由に扱えるツールでもって世界とダイレクトにつながれることを覚え、そこで騒がれている何かをみて騒がれることにこそ価値があり、あるいは正義すらあるのかもしれないと勘違いしてしまうのかもしれない。これがテレビだったらいくら過激でも他人のものをどうこうするとかしないから、そうしたある意味で公序良俗の範囲内にあるメディアの衰退がそこに現れているとも言えそう。とはいえこうして問題になるといよいよネットも規制といった話が出てくる。それはそれで厄介なだけに阿呆どもにはちょっと落ち着けと言いたいねえ。

 気がついた時にはAmazonでは品切れ取り寄せになっていて、慌てて他のオンラインサイトを見たら軒並み売り切れになっていたOVA「フォトン」のブルーレイセットが7netには残っていたので注文したら、翌日には近所のコンビニに届いてそのロジスティック能力の高さに感嘆する。Amazonだって頼めば翌日とかに来るから凄いんだけれど、そうした流通とはまた違ったところに使えるオンラインサイトがあるというのは心強い。あとは家にいなくてもコンビニで預かってくれるところがありがたいかも。いろいろ使うかどうかは考え物だけれど、Amazonだけに絞らずほかのもちょっと注文してみようかなあ。

 先だってイエロー・マジック・オーケストラの高橋幸宏さんが亡くなったと思ったら、今度はイエロー・マジック・オーケストラの演奏やらツアーにもギターで参加したことがあるシーナ&ザ・ロケッツの鮎川誠さんが死去。スタイルが良くて背も高くて、超カッコ良いギタリストの代表格めいた人だったけれども膵臓ガンには勝てなかったみたい。何年か前に相方のシーナさんを亡くしてそれでもロックを続けていただけに残念無念。昨年の暮れにもギターを持ってステージに立てるくらいだったのに、やっぱりガンは怖いなあ。気をつけよう。いやまあ自分の場合は惜しまれることなんてないから良いんだけれど。


【1月29日】 部屋にいたら寒さで布団から出られなくなるので早々に家を出て、さても秩父宮ラグビー場でリーグワンの試合でも見るかどうか考えあぐねてとりあえず、日本橋まで行って以下にある大阪王将でチャーハンと餃子のセットを食べてそれからネットでスケジュールを見ると、午後の2時半からということで相当に時間があまってしまうと判明。てっきり午後1時からだと思っていたのでこれは時間を潰すのも面倒と、日本橋をブラつくことにして富山の名品があつまる店によったら鱒の寿司が残っていたので買ったらお金が尽きた。

 いやクレジットカードで払ったから尽きはしないんだけれど重たい鱒の寿司を持ってラグビー場へ行くのも何なんで、やめてTOHOシネマズ日本橋で映画でも見ることに切り替える。最後となる「ONE PIECE FILM RED」がちょうど始まる時間だったものの、最後ということで満席売り切れになっていたので断念。5分遅れで始まる岩本ナオさんの漫画が原作になった長編アニメーション映画「金の国 水の国」にしたらこれが原作の良さを存分に生かしてほっこりとできる映画に仕上がっていた。

 仲の悪い2つの国があって片方は交易で栄えているけれど水資源に乏しく砂漠が広がっている。もうひとつは交易から外されて貧乏だけれど水資源は抱負で自然は豊かだからそんなに食べ物に困っているという感じはない。そんな国が昔ちょっとだけ交流していた時期にかわした約束があって、金の国からは1番の美女を水の国に読めに出し、水の国からは1番賢い男を婿に出すというものだったけれどそんな約束なんて守ってられるかと美女の代わりに猫が送られ、賢い男の代わりに犬が送られてしまった。

 もうこれは戦争になったかというと、それぞれを受け取った男女がどうにもふわふわとしていて、怒るより黙ってやり過ごそうとしたものの犬を送られた姫の姉たちが賢い男を見たいと言い出した。さあ困ったという所で巡り会ったのが偶然にも猫を送られた男。そうとは知らず連れてきて婿の代わりにしたことから始まった交流が、やがて両国を大きく変えていく。そんな原作のストーリーを丁寧に描いているから見ていて気持ちもほっこり。残酷っぽい展開はあってもあんまり血なまぐさくないのも見ていて心安らぐ。姫を護ろうとするベールをかぶったラライヤさんというキャラクターがどうにもユニーク。そんなキャラたちの良さもあって最後まで気持ち良く見て通せた。

 超絶的な作画によって描かれるのがアニメーション映画化というと、そういう雰囲気もないでもないえど昔は漫画映画的に楽しくて笑えて面白い映画が割といっぱいあったような記憶。無理に騒がずともこうしてしっかりと作られた映画が存在することで、日本のアニメーションも時流に乗って人気漫画ばかりがアニメ化されるような風潮を、ちょっとは曲げてくれればいろいろなアニメーションが公開されて楽しめるんだけれどなあ。でも当たらないのは寂しいので、「かがみの孤城」の後を追うようにしっかりとした興行収入を上げて次ぎの似たような企画を通す一助となってくれれば。そのためにもう1回くらい観に行こう。

 帰宅して鱒の寿司を開いたら鱒がなくてご飯だけだった。そしてご飯を引き上げるとしたに鱒がはりついていた。逆じゃん、ってことはなくって元祖せきの屋の鱒の寿司はほかとちがってご飯の上に鱒を載せて笹で包むのではなく、ご飯の下に鱒を敷いてご飯を載せて笹で包む方式をずっと採用しているらしい。それによって鱒の美味しさがご飯に逃げるのを防ぐのだとか。鱒自体もレアで分厚い感じではなく水分がやや抜けて魚としてのうま味が凝縮したような感じ。それをご飯と食べることによって生まれる味わいはやっぱり芳醇。これは好きかも。富山のアンテナショップには日替わりでいろいろな鱒の寿司が入るみたいなんで次は別のも食べてみよう。

 蘇野一行さんの「Mother D.O.G」(電撃文庫)はとある少女から派生した細胞によって人間が怪物化して跋扈している世界で、大元の少女が従者を連れて狩り回っているというストーリー。とある街ではバディを殺された女刑事と会って退治の話をするけど実はといった展開から、自分が生み出してしまった恐怖を狩り続けなくてはならない少女の苦しみが浮かび上がってくる。その少女に間接的に家族を殺され自身も命を奪われたにもかかわらず、少年はどうして少女とともに有り続けるのか。共生関係とはまた違った理由が気になる。そんなライトノベルだ。


【1月28日】 書くものもひととおり書いたので、明治サブさんの「腕を失くした璃々栖 〜明治悪魔祓師異譚〜」(角川スニーカー文庫)を読む。時は明治の中盤以降か、まだ伊藤博文が元老的に存命な日本は神戸に悪魔が現れるってんで、退治に臨んだ少年将校が死んで蘇って美少女悪魔の眷属になるといった展開。その少年将校の父親がまた少年のような容姿だったりするダブルショタ状況でなおかつ悪魔がやや姉といった関係性は見ていてなかなかに羨ましい。

 美少女悪魔は腕がなくってその腕を探すことによって強くなり、迫ってくる別の悪魔を撃退できるんだけれど相手は強くて追い詰められる。そして明らかになった少年将校の正体。皆無という名前と関わりのあるその正体から始まる新たな物語がちょっと楽しみ。「レンタル・マギカ」のような本格的魔術ライトノベルも出していたスニーカーが久々でもないけど繰り出してきた魔術もの。ベルゼブブがなかなかに暗躍しそうでそちらも楽しみ。

 家にいると寒さに布団から出られなくなるので適当に出てとりあえず日本橋へと向かい書店を散策。そこから八重洲の地下街へと降りて北側にもできていた東京ラーメン横丁に入っている高田食堂ってところでシャーシューがのったしょうゆラーメンを食べる。ひとくちスープをすすってその味わいに惚れ惚れ。食べているうちにショウガが溶けこんでいることに気づいてすするのを止められなくなる。チャーシューも厚手で食べ応えがあってなかなか。1000越えだけど今時はそんなもんだからなあ。次ぎに通りかかってまだ入れるようなら今度は塩を試してみよう。

 銀座方面へと向かう途中で八重洲ブックセンターによりジョン・アーヴィングとJ・D・サリンジャーのハードカバーを2冊ずつ買う。なにやら再開発でしばらく店舗が閉まるみたいで、果たして再開されるかどうかも分からない中でお別れ状況にあるってことで、就職活動で東京に出て来た時には必ず立ち寄っていたその書店に経緯を払ってしばらく通って何冊か買い増そうと決める。ここまで本が充実した本屋は当時の名古屋にはなかったっけ。今だと丸善が丸の内にもあるしジュンク堂が池袋にある。神保町もあるけれど、東京駅に近い本屋は当時ここだけだったんだ。卒論のきっかけになった渡部建夫さんの「インド最後の王」を買ったのもここだったよなあ。再会できる時を祈ろう。

 そのまま歩いて丸の内TOEIで「ONE PIECE FILM RED」の舞台挨拶付き上映を見る。ほとんど半年も上映していたこの映画の最初の舞台挨拶も新宿バルト9で見たっけか。それから何度か見てやっぱり面白いと思った映画を誰もが面白いと思ってここまで引っ張られる映画となった。当然と言えば当然の結果だけれどそれをしっかりものにした谷口悟朗監督も凄かった。場内は満席で明日の最終上映もほぼほぼ売り切れというから最終的には何億円くらいにいくんだろう。東宝のぶっちぎりが目立ってた映画興行で東映が一矢報いた感じ。いや「THE FIRST SLAM DUNK」と合わせて二矢か。「レジェンド・アンド・バタフライ」も突き抜ければ東映もいよいよ本格的に復活か?

 ずらり並んだ麦わら海賊団+UTAではサンジ役の平田広明さんが来てなくってゾロ役の中井和哉さんが寂しそう。武道館でのワールドプレミアムで登場時に2人でいがみあってる光景を魅せようぜって言われた話を出して先輩さすがっすと讃えてた。役をシャッフルしてセリフを言わせるコーナーで、ナミ役の岡村明美さんにチョーさん演じるブルックのあのセリフを言わせるのは、有りだけれど無しだけれど有りだろうかと迷うなあ。本人がOKなら良いかとも言えないよなあ。そこのあたりがやぱり映画業界、ちょっと古いかも。ルフィ役の田中真弓さんが例の件について何か言うかと思ったけど言わず。そういうのを持ち込む野暮は避けたってことかな。

 野暮といえば岸田文雄総理大臣が出産やら子育てやらで休む事がキャリア形成に支障があるらしいならその間に勉強しなおしたら良いんじゃないのと言って大ひんしゅく。産休やら育休があるのは出産でも子育てでも大変だからであってそんな大変なときに勉強なんてできるはずがない。なおかつそうして休んだ人が社会に戻るにあたってハンディがあるとしたらそれこそがこの少子化を作りだしてる元凶であって企業にはキャリアに差をつけないことを言明するなり、それこそ学び直し休暇を別に与えることを推奨すべき。そういう当たり前のアイデアを出せないところに岸田ブレーンのポン酢ぶりがあるんだろうなあ。安倍総理が同じ事を言ったら讃える人が大勢いた可能性は高いけれど。


【1月27日】 トヨタ自動車が社長交代を発表したからまたどこかのホテルで新社長と現社長とが並んでひな壇で会見したのかと思ったら、遠くどこかのスタジオからお抱えアナウンサーの司会によって2人が登場する生配信が行われて、それを記者は見聞きしてオンラインで質問もしてそれで記事になったとか。ある意味で佐藤栄作総理が退任の時にテレビカメラに1人向かって喋った時くらいにインパクトのあるメディアと対象者の関係の革命的な変化とも言える状況なんだけれど、そうしたことへの激高がメディアの側に起こってないし、世間も不思議と思わないのはそれだけメディアの存在感は希薄になっているか、あるいはもはや不要とされている表れなのかもしれない。

 もちろん、ニュースとして報じられて読者なり視聴者がその情報を知る過程においてメディア企業が持つ情報の伝播力にまだまだ依存している感じではあって、過去から積み上げてきた媒体力であったり、情報を分かりやすい形にまとめるノウハウであったりする部分において既存のメディア企業が持つ優位性はまだしばらく存在していると言えるけれど、そうした力を権力めいたものなり独善といった意識に変えてしまったことで、取材対象からは一方的に何か書かれるんじゃないかといった不信感を抱かれ、そして情報を受ける側の人たちからはそこに何らかの恣意性があるんじゃないかと思われてしまった。

 そこに生まれた情報の出してと受け手をダイレクトに結ぶネットワークが、メディア企業の存在を希薄化させてしまったというのが昨今の情勢。ここをさらに推し進め、発信側がさらにコンパクトに要点をとりまとめるノウハウを積み上げようとして来た成果が「トヨタイズム」といったオウンドメディアであって、そこがさらにノウハウを持ち媒体力も持てばもはやメディア企業は介在すら許されなくなってしまうかもしれない。記者会見はメディア企業だけのものではなくなり、一般に伝える場として存在する。質問だって珍奇なメディア企業のものよりよほど鋭い質問が出てくる可能性だってあるからなあ。

 そして「トヨタイズム」が少しだけ拡張をして自動車産業全体を伝えるようになったら、あるいは地域の情報も拾い上げるようになったら、そこを通して広告も行うようになたらもはやメディア企業は不要となるのは必定。莫大な広告費とか宣伝費を投じてきた企業のそうした態度がさらにメディア企業を痩せさせていった先に来るさらなる大激変を見据えた時、そうしたメディア企業にぶら下がっているライターとしてどう身を処すべきかをちょっと考えてしまうなあ。「トヨタイズム」に雇われるしかないかなあ。

 三鷹で倉庫整理をしたあと、熊本ラーメンを食べてそして池袋へと回って山村浩二監督が制作したりプロデュースを手掛けた短編アニメーション3本と長編アニメーションを上映する「『幾多の北』と三つの短編」を観に行ったら満員だった。トークで山村監督が「ある意味どこに需要があるか分からない作品」と言っていた割にこの密度は、アニメーションといえば日本の商業アニメといった感覚が少し変わってきていることを表しているのかもしれない。「一般公開は嬉しく思う」とも話していたけどまさか満員とは山村監督も思っていなかったようだし。

 「少しだけ幾多の北について」と話した山村監督。「『文学界』という文藝春秋社から出ていた雑誌の表紙として2年半くらいイメージを描いていました。まだ見ぬ映画を妄想しながら絵を描いていました。絵に対するテキストも書いていました。物語がないような映画に見えるかもしれないですが、構造については表紙を描いていたことから考えていました」と教えてくれた。「この映画は色々な映画祭で昨年上映されて色々な評を戴きました。サルバドール・ダリだとかヒエロニムス・ボス、ブリューゲルの引用といった評も受けました。それらは確かに僕の中で影響はありますが、実はブリューゲルと同時代の画家で、ほとんど伝記も残っていないフランソワ・デプレの影響があります」とのこと。

 「人と物とが入り交じったような不思議なキャラクターを描いて、ボスにも影響を与えていたかもしれない画家です。ダリはでプレの絵を持っていてシュールレアリスムのイメージを導き出しています。『幾多の北』はそのデプレが不思議な国で見た光景を報告しているという物語の形式を最初妄想していますた」。そこでさらに付け加えたのが「ガリバー旅行記」で、架空の国について語ったスイフトの著作のガリバー部分をデプレに変えて、「作り物の世界をあたかも本当にあったかのように語るのがこの物語のベースにあります」と話してくれた。

 そうやって筋が1本通ると格段に見やすくなるの印象。素のままだと奇妙なイメージが連続していく感じだけは分かるけれど、そこに繋がりをなかなか得られないから。かろうじて語られる言葉が場面は表しても、ストーリーにはならないところをデプレという軸がとりまとめてくれると分かれば次は寝ないで見通せるかもしれいなあ。あとは「蝸牛のイメージ」も拠り所になりそう。「全編に出てくる耳の形をした虫のようなキャラクター」のことで、そこには「迷宮のイメージがある」とのこと。いろいろと迷っているようで、実は出口まで1本道の迷宮に引き込まれ連れて行かれる映画と分かった以上はまた見て理解を深める必要があるかもしれないなあ。


【1月26日】 寒さの中を無理やり起き出して図書館へと行きタカタカと1本原稿を作る。3時間の使用時間でどうにか形は整えたので、あとは最終的なチェックを移動先のVELOCHEで行ってフィニッシュ。今週は月曜日から次号報告書の直しを行いそれを出してからマンガ大賞のノミネート作の原稿を書きふじみ野市まで取材に行ってそれから東所沢でPASH!文庫っていう新しいレーベルについての感想を書いて送ってやれやれと思っていたところに、目黒考二さんこと北上次郎さんの訃報が入って来てその関連原稿もどうにかこうにか書いて出したりと忙しかったので、これで休めるかというとそうでもないのがライター稼業。次から次へと締切は襲ってくるのだった。

 とはいえそれではインプットが足りないので電車に飛び乗りその中であれやこれやと読書。小宮久時さんの「不可逆怪異をあなたと 床辻奇譚」(電撃文庫)は不気味な言い伝えが蔓延していて禁忌に触れると命が危ないという住んでいる方が間違いだって感じの街が登場。そこで起こった人間の消滅事件に巻き込まれ、体だけ奪われた妹のために体を取り戻そうと戦っている少年がいて、その少年が謎めく少女と知り合いいっしょに戦ったりしていく中で様々な怪異に出会うといったストーリーになっている。

 赤いバスに乗っちゃいけないとかいった怪異なら分かりやすいけれど、知らなかったり気づかなかったりする怪異もあるようでそうしたものを覚えておかなくちゃいけない暮らしってどういうものなんだろうか、って考えるけど普通の生活でも畳のへりは踏まないとか、ミミズにおしっこはかけないといったタブーもあるからそうしたものが日々の生活の中で積み重なっていけばだんだんと覚えるものなのかもしれない。不幸になったりとかいった曖昧な話じゃなく、命だって奪われかねないと分かっていれば身につく深さもきっと鋭いものがあるだろう。でもそんな街には暮らしたくないよなあ。物語は知り合った少女の意外な正体も判明。妹かその少女かを選ぶ段になって迷う少年の苦悩を味わおう。どっちも選べないよなあ。

 千葉まで行ったので万葉軒でデラックスな方のトンカツ弁当を購入。どうやら前より高くなっているようで諸物価高騰がここまで及んでいるのかと慄然とする。これで給料も上がるのかというと逆に経営が逼迫してそっちは削られているような感じもあってこれでは遠からず誰の人生も破綻するんじゃなかろうか。71歳のお婆さんをつかまえて年金の5万円だけでくらしているのが素晴らしだなんて持ち上げ記事を書いているメディアもいるけれど、今の50歳は健康保険も年金も払わなくて良くなる年まであと20年は生きなきゃならないのに生きられないのが問題。若い人だともっと長いのにまるで参考にならない遠い未来を言われたところで共感なんでできやしない。

 70歳になっていよいよ毎月5万円で暮らせるようになったとしてもその時代、70歳以上が人口のそれこそ半分以上になっていたりするかもしれない。そういう人たちがお金を使わずに生活したら消費は落ち込み企業は倒れて雇用は維持できず税収は減って年金だとか福祉にお金が回らなくなって老人たちもバタバタと倒れていく。そして国民は全滅してあとには荒野だけが残るって寸法。そんな自殺行為を進めているのだとしたらそれこそナントカ勢力の陰謀に他ならない。質素倹約も行き過ぎればただのデフレ圧力。そうではない生き方を称揚し、お金が回るようにしないといけないのに蛇口の元が閉まっているから始まらないんだよなあ。企業は貯め込んだお金を吐き出すのだ。そして国民は貯金を……それはいやだ、だって未来があるか分からないんだから。って企業も考え溜め込んでいくスパイラル。やっぱりダメかも知れないね。


【1月25日】 朝からふじみ野市へと取材に行って、それから東所沢へと回ってさくらタウンでしばらく過ごす。向かう途中にあった餃子屋さんに入ったらあんまり東所沢っぽくない風体の人たちがいてお昼ご飯を食べていたのはあるいはご近所になったKADOKAWAから食べに来ている人たちなんだろうか。いつもいつも角川食堂だとやっぱり飽きるだろうから。ラーメンの店はまだあるのかな。やっぱり欲しいよねファストフードと中華料理屋。

 さくらタウンは高台にあって風が吹きさらしになるためやはり寒かったのか前に佐清がサカサマに突き立てられていた池に氷が張っていた。上に乗ったら歩けそうな気がしたけれどそれは無理だろうからやらなかった。やったら佐清になってしまっただろうし。とにかく寒かったけれどオフィスが入っている建物の階段横に絵が見えたので近づいたら「艦隊これくしょん〜艦これ〜」の艦娘たちだった。まだ続いているんだ「艦これ」。しばらくアクセスしてないなあ。

 そのまま上から富士山を眺める。KADOKAWAには富士がよく似合う、っていうか本社があるのは富士見台で昔はそこから富士山が見えただろうから、ある意味で会社にとっても一種のシンボルなんだろう。そんな眺めも5分まで。寒さが厳しくなって来たのでタリーズに入ってカチャカチャと原稿を打っていたら目黒考二さんこと北上次郎さんの訃報が飛び込んできて驚いた。前に野田知佑さんの訃報があって椎名誠さん回りも皆さん結構な年齢になっているとは知っていたけど、そんな中でもまだ若い方の目黒さんが体を悪くしているとは知らなかった。

 アガサ・クリスティ賞の贈賞式が開かれていた頃は、選考委員として出席していて壇上で挨拶する姿を見かけていたけれど、それもなくなってもう4年くらい。それ以外の場でお目にかかることもなかっただけに結局お話しする機会もないままで終わってしまった。個人的にはやっぱり書評界の偉い人。目黒考二として「本の雑誌」を椎名誠さんと立ち上げ書評というフィールドを新聞だとか週刊誌から“解放”した功績がまずあって、そして北上次郎さんとして面白い本の面白いところを面白いと言う書評の面白さを確立してくれた。

 評論だとかいったカタッ苦しいものじゃない、好きな本を好きだと言う姿勢はたとえば漫画だとかライトノベルといった新聞も週刊誌も取り上げないジャンルの書評を可能にしてくれて、だからこそ今の僕のような立場の者が存在していられるんだと思うと大恩人だと言える。とはえいそうしたライトノベルとか読んでくれていた感じもあまりないから縁遠かった。僕の書くものを読んでくれていたとも思えないからなあ。そういえば1度、本の雑誌社の人に頼まれて,ライト文芸の面白いところを幾つか紹介するメモを送ったっけ。そうした中に上げた美奈川護さんの新刊に来た北上次郎さんの帯がついていたから少しは届いたのかもしれない。自分なんかが何を言える身でもないけれど、遠くから大恩人としてご冥福をお祈りしたい。

 ところざわさくらタウンでは4階に初めて上がって例のYOASOBIが歌った図書館を見物する。なるほどたしかに広大で悠然。あんな上にある本をどうやって手に取って読むんだとか、どこに何があるか分からないとかそんな印象も浮かぶけれど、目的を決めずにぶらぶらとして気になった本を手に取って読むことで、いろいろな出会いができる場所と思えば楽しめる。前に丸の内の丸善にあった松岡正剛さんセレクトの書店もコンセプトが同じだっただけに楽しかったなあ。ネットだと決め打ちしかできないだけにこういう本屋、必要だよね。

 そんな図書館の手前で「らき☆すた」を中心とした埼玉のアニメが紹介されてて、例の「らき☆すた神輿」とか痛車とか痛カートとか巨大なかがみとつかさとかが置いてあった。10年以上が経っても親しまれて埼玉と結びつけられて存在し続けていられる幸せなコンテンツになったなあ。同じ事が「けものフレンズ」でも実現していたらとか思ったら負けなのでいつかの“復活”を願いたい。下のライトノベル図書館ものぞいたら吉岡平さんとかファンタジアやらファミ通文庫のが並んでた。あとは「ブラックロッド」とか。でも朝日ソノラマ系とか朝日ノベルズ系がなかったのが残念。小川一水さんの初期も吉岡平さんの晩期もそこが欠けると痛いんだよなあ。どこかまとめて寄贈しないかな。


 【1月24日】 ワシントン・ウィザーズに所属している全米プロバスケットボールリーグの八村累選手が名門も名門のロサンゼスル・レイカーズに移籍。あのアーヴィン”マジック”ジョンソンが所属しその前はカリーム・アブドゥル・ジャバーも所属しその後にシャキール・オニールも所属してコービー・ブライアントも所属していたチームは黄色いユニフォームが特徴的で、シカゴ・ブルズがマイケル・ジョーダンの活躍による2度の3連覇を成し遂げていた時でも、老舗の名門といった雰囲気を醸し出して人気の渦の中心にあった。

 しばらく勝てない時期もあったけれど、レブロン・ジェームズ選手も獲得したりして人気だけはやっぱり未だニューヨーク・ニックスあたりと2分するくらいの名門に、移籍したところで出番はしばらくない可能性もあったりするけれどもそこはまだ若いということと、高い身長なんかもあるからいずれスタメンに割って入ってくれると信じたい。今年は沖縄でバスケットボールのワールドカップもあって日本代表として活躍してくれそうな気もするので、そちらで調子を上げて来シーズンからスターターだ。いやその前に残るシーズンをちゃんと活躍して欲しいけれど。

 毎日映画コンクールが発表になっていてアニメーション映画賞を「高野交差点」というインディペンデントの短編アニメーションが受賞していた。伝統の大藤信郎賞は湯浅政明監督の「犬王」が受賞。あのテクニカルで挑戦的な内容は大藤信郎賞に相応しいと言えるけれど、前の「夜明け告げるルーのうた」もアニメーション映画賞ではなく大藤信郎賞だったあたりに湯浅監督の日本におけるアニメーション作家としての立ち位置も見えたりする感じ。一方で短編アニメーションがアニメーション映画賞を受賞するのは「こんぷれっくす×コンプレックス」に続く感じ。短くても映画であってアニメーションなら受賞できる。そんな道を拓いた後に続く作品があって良かった。アニメーション映画賞まで商業作品が締めると短編のアニメーション作家が栄誉を得る機会が減ってしまうから。

 日本アカデミー賞も優秀賞が発表になっていて作品賞に「ハケンアニメ」と「シン・ウルトラマン」が入ってこれはこれで面白い。アニメーション賞は「ONE PIECE FILM RED」があり「すずめの戸締まり」があり「THE FIRST SLAM DUNK」があってと興行収入のトップが並ぶ一方で、じわじわと観客を広げている「かがみの孤城」がありそしてここにも「犬王」があってどれがとっても不思議はない。割と興行収入にこだわらず優れた内容の作品を選ぶこともあるからここは「かがみの孤城」がとりそうな気がするなあ。でも「すずめの戸締まり」もベルリン行きが決まったこともあるし、栄冠を重ねて不思議はないか。発表が楽しみ。

 夜になったので六本木ヒルズのTOHOシネマズ六本木ヒルズで「ルパン三世VSキャッツ・アイ」のワールドプレミア上映を鑑賞。瀬下寛之監督と静野孔文監督にインタビューをした際に1度見ているのでどんなストーリーかは知っていたけれど、それでも見るととことんまでルパン三世のクールで鯔背な感じとそして、キャッツアイの三姉妹による跳んだり跳ねたりといった活躍ぶりがしっかりを描かれていて面白かった。泥棒の大先輩としてのルパン一家に比べて私情が交じる来生三姉妹はどこか危なっかしいけれど、それでも泥棒をする理由を知ってるルパン三世にとってあるいは娘替わりなのかもしれない。しっかり守ってしっかり導く。そんな良い関係を見られる作品であります。27日かPrimeVideoで配信スタート。また見よう。


【1月23日】 明日が第2稿の提出締切という報告書の初稿が戻ってこない中、待っている時間も何だからと依頼があった「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか18」がAmazonの一般書籍ランキングでトップになったらしい話を受けた原稿をかたかたと書く。だいたい1時間くらい。新聞記者上がりは発生ものには強いのだ。掲載がすでにされているのでこっちには書かないけれども「風が吹きます。もはや絶体絶命ともいえる状況の中を、一陣の疾風が走ってとてつもない驚きと感動をもたらします。もはやクライマックス中のクライマックスとも言えそうな場面まで来て、ふとページ数を見るとようやく半分といったところです」といった具合に、大盛り上がりがあってもそれはまだまだ途中に過ぎないことを強調しておく。

 とにかくクライマックスがあってスーパークライマックスが来てウルトラクライマックスに心ゆさぶられたあとにギャラクティカクライマックスが32連打で襲ってくるくらい、とてつもない濃さを持った一冊ということで、同じような感想を持った人がネットにもあふれかえっていた。フレイヤという美の女神から言い寄られてもアイズ・ヴァレンシュタインに一途なベルは靡かないといった結末は分かっている話だから良いとして、こうなるとますますヘスティアのことが気になってしまう。
R  主神なのに存在が希薄。積極的になろうにも神様なので眷属のことを考えるとそうもいかない状況から脱出するなんてことはなさそうなだけに、アイズとの仲を見守るしかできないんだろうなあ。でもアイズ自身がなにやらやっぱり秘密がありそう。そうした部分とベル自身の謎が重なり進んで行った果てに、あるいはヘスティアが伴侶として屹立するなてこともあるのかな、ないよなあ、やっぱり。ちょっと可哀想。いずれにしてもクライマックスが連打されても話はまだまだ続くことは確か。対抗馬がいなくなってオラリオのトップに成り上がったロキ・ファミリアの狙いも気になるし、無職になったフレイヤ・ファミリアの冒険者たちの就職口も気に掛かる。全員がミアの下で働く訳にもいかないし。さてもどうなる。次はなるべく早くお願い。

 オンラインでの会議も終わったので近所のハンバーグ屋でお昼ご飯。生焼けなのを黒い鉄の塊で焼いて食べるタイプはお肉の味がしっかりと味わえて嬉しいものの、カリカリに焼かれた肉が好きな人だとちょっと生焼け度合いが気になるかもしれない。そこはよく焼いてとお願いすれば良いのかな。次にまた行ったら考えよう。VELOCHEにこもっていろいろと作業をするものの、やっぱり報告書の初稿は戻ってこないので何もやることがないので本を読んだりネットを漁ったり違う原稿を書いたりして時間を潰す。適当な時間が過ぎたので河岸を変える前に本屋によって書籍版「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか18」の特装版をゲット。付録にヘスティア・ファミリアの面々の所持金が書いてあって貧乏だった。ウォー・ゲームで勝って少しは潤ったんだろうか。

 ドトールへと河岸を変えてどにかこうにか戻って来た原稿に手を入れてほぼ完了。使い慣れていないワードの機能をどうやったら使いこなせるかをネット上の書き込みなんかも頼りに探っていくと大変だけれど勉強になる。これで随分とワードに関しては使えるようになったかも。でも丁合をとったり体裁を整えたりするのは無理かなあ、ヘッダーとかフッターって何なんだ。そうこうするうちに時間が来たので退散し、松屋で牛焼き定食を食べて帰る。これだけ寒いと部屋で弁当を食べるのがなかなかに厳しいのだった。東武百貨店でやっている大阪フェアで蓬莱551の肉まんとか買れば暖かそうだけれど、そっちは午前中で売り切れてしまうのだった。千葉でも人気の蓬莱。山アとかコンビニのじゃいかんのか。


【1月22日】 原恵一監督が喋るというので、新宿ピカデリーまで行って「かがみの孤城」を見てその後に行われた原恵一監督と音楽の富貴晴海さんによるトークを聞く。「今日も相変わらずチェックのシャツで決めてきました」という原監督は「さっき中村屋のコールマンカリーを食いました。いつ食っても美味いですよね。小津安二郎監督も好きだった新宿中村屋のカリーです」と満足げ。ご飯を食べずに映画を見ていた僕たちのお腹をぐうぐうと鳴らす。そんな原監督と富貴さんとのコンビはこれが4度目。「初めて仕事をしたのは、僕が初めて実写の監督を務めた『はじまりのみち』という映画です。その時に作曲家を誰にするかということで、プロデューサーのひとりが富貴さんを推薦してくれたんです」と振り返った。  

「富貴さんが音楽を付けた原田眞人監督の『わが母の記』という映画のプロデューサーで、試写を見て凄く重厚な、バッハみたいな音楽を作る人なんだなと思いました。それで初めて会うと、若い女の子がいるからアシスタントか誰かだと思ったら作曲だと聞いて、貴女がそうなんだと驚きました。普通の女の子だったんですが、作る曲は凄くて、『はじまりのみち』の伴奏も僕は大好きなんです。木下恵介監督の映像で好きなところを編集したもので1曲作って欲しいと言って作ってもらった曲が好きですね。寝る前にずっと聞くくらいになりました。この先に俺が一生作る作品の音楽は富貴晴海で決まり、それが決定事項となりました」。ここまで入れ込むのはなかなかないかもしれない。

 そんな言葉に富貴さん。「『はじまりの道』のメインテーマを作るのは凄く苦労したんです。何を出しても監督はううんと言うばかり。仲は良いんですが音楽や作品に対しては厳しいんです。OKが出たのは結局大晦日の夜で、自分は正月を越せないのかもしれないと思いながら作っていました。今回もメインテーマは10曲以上書きましたが、全然OKが出ないんです。どうしたら良いんだろうと思って聞かせても、『人の子供たちの魂をあなたはまだ救えていない』と言うんです。救っているはずなんですけどね、そう思って作り直してもダメで、結局12曲くらい作って、それこそ監督に渡しの魂を救って欲しいと歌いながら作っていました」。作曲家も大変だ。

 結果、できた楽曲について「良いものができました」と原監督。「ズドンという音から入るじゃないですか。あれでハッとするんですよね。あのインパクトがやっぱり素敵です。それまではゆったりした曲が多かったんですよ。あそこで女性ボーカルが入って、あのテンポの曲が入ったことですごく気持ちが良い、カタルシスを得られるシーンになったと思います」。受けて富貴さんは「魂を救うというので悲しい曲や優しい曲を書いていたんです。迷走していましたね。どうやって魂を救うのかと考え、力強くガンと救うんだという気持ちを前面に出したものにしました」と解説。原監督はかさねて「あそこで女性ボーカルを入れるのは富貴さんのアイデアです。絶対正解でしたね」と話してた。

 「かがみの孤城」ではとても長い楽曲があって、「こころが他の皆の真実を知る長い曲で、こころが他の人たちの回想に触れていく長い長いシーンを1曲で作ってくれとお願いしたんです。なんどかやりとりして、最終的にオッケーを出しました。時間は7分29秒117コマ。これより長いのって『2001年宇宙の旅』でボーマン船長がスターゲートに入っていくところくらいしか知りません」とのこと。実はあんまり覚えてないので、次ぎに見に行った時にどういう作り込みがされた音楽か確かめて見よう。映画は2回目をみてもやっぱりオオカミさまの元気ぶりが楽しい。その正体が正体だけに活発な体でやりたい放題をやったのかも。こころの足を持ってびったんびったんしてくれたら良かったなあ。それだとギャグになっちゃうけれど。

 王将戦の第2局が行われて挑戦者の羽生善治九段がタイトル保持者の藤井聡太五冠を破って対戦成績を1勝1敗にしたとか。先手番を持つとやっぱりそこはやっぱり羽生九段だけあって希代の天才が相手も勝てる将棋を指せるんだろう。そういう意味で先手か後手かが重要になって来た今、囲碁のように6目半だかのコミのようなものを儲ける必要もあるのかもしれない。とはいえそれがどのような方法だったらイーブンになるか分からないんだよなあ。先手が歩を1枚渡しておくのも違うし、1手飛ばしたら先手後手が逆転してしまうし。おやつ抜きにするとか持ち時間をさっ引くとかするしかないのかなあ。


【1月21日】 日付が変わって配信が始まった大森藤ノさんのシリーズ最新刊「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか18」が面白くて面白くて明け方までかけて一気に読み終える。もはやここがクライマックス中のクライマックスだろうと思ったところでページを見たらまだ半分。そのあとにいったいどんなクライマックスが来るのかと思ったらもうとてつもなくスーパーでウルトラでスペシャルでギャラクティックなクライマックスが連射されて打ちのめされた。

 こんなにも凄い話を書いていったいこのあとどうなるの。ってところだけれど、主人公のベル・クラネルの出自は未だによく分からないし彼が憧れるアイズ・ヴァレンシュタインもやっぱり謎が多くあってそれらと世界そのものの謎とが絡み合った物語だけで相当な興味を喚起させられそう。だからもう読んで行くしかないんだろう。でもこれだけのカロリーを消費した後で作者の方がどこまで書き続けられるかがちょっと心配。「アストレア・レコード」だとか「ソード・オラトリア」といった関連シリーズもバンバンと出しているから本編はまた1年後とかになってしまうんだろうなあ。それでも読むけど。読み続けるけれど。

 ずっとやってる事業の報告書で差分となる部分をタカタカと書いたり、会議録を起こして整えたりするのを続けたりして過ごした1日。フレッシュネスバーガーからVELOCHEを回って過ごしていたらだいたい1日が過ぎてしまった。部屋にいたら同じ時間でも半分以上は寝てしまっただろうからこれはこれで正解。あるいは近所に仕事場を持つって手もありそうだけれど、だんだんとオーディオを持ち込み本を持ち込みベッドを持ち込んでしまうだろうから部屋に居るのと変わりが無い。その意味でノマド環境はフリーに強制的に仕事をさせる上で必要な環境って言えるかも。新聞記者あがりで記者クラブなんかで原稿を打つのになれているので、大勢が回りで喋っていても書けるのだ。

 朝日ジャーナルはとっくの昔に休刊になっているけれど、その後もアサヒグラフやらアサヒカメラやらを休刊してきた朝日新聞が100年にも及ぶ歴史を持った週刊誌の「週刊朝日」を休刊すると発表。リクルート事件とかが華やかだった時期は朝日ジャーナルと競って政治家の不正を暴き自民党の55年体制を終わらせる原動力になったけれど、その後の週刊誌ジャーナリズムが政治家の開き直り上等とも言える空気の中で力を失い、どちらかといえばスキャンダリズムに重きを置いた週刊文春の後塵を拝し続けてた感じがある。加えてネットで情報が行き交う時代に日々の更新すらままならない週刊誌では情報が遅すぎるといった気分もあったんだろう。

 それでも何かの特集に加えて書評とかさまざまなコラムなんかは読んで面白いものもあった。山藤章二さんによる「ブラックアングル」は似顔絵を使ったジャーナリズムとしてとてつもない影響力を持っていたけれど、それすらも読まれないようになってしまった現状で週刊誌を出し続ける意義もだんだんと薄れてしまったのだろう。とかいいつつも「AERA」が残るのはカラーで見やすくグラフィカルで分かりやすくコラムも若向けな感じがまだあって、読者が見込めるからなんだろう。それまでもが休刊となった時にいよいよ次は新聞そのものの存在価値が問われることになりそう。そうなる頃にはとある自称全国紙なんて存在すらしてないのかもしれないけれど。

 名古屋のホームレスが若い人にイジられている話題がJ−CASTに取り上げられたり朝日新聞で記事になったりしてちょっと広がる気配。こうなってくると突撃系の配信者が当事者と言われている人の家に押しかけ騒いだりする事態も起こりそうだし、自分は親切にしますといって近づいてそれでアクセスを稼ぐ配信者なんかも出て来そう。親切ならそれはそれでいいのかもしれないけれど、一過性の支援ではやっぱり波が収まればまた困窮と貧困に喘ぐ日々がやってくる。そういう人があるいは自分の意思でそうした生活を選んでいるのかもしれないけれど、個人への憐憫に留まらず社会のひずみの問題として認識し、どうにかする気持ちを育まないと同じ事が繰り返されだけだろう。家で女子を支援する運動が粗を掘られて潰されるなんて事態が起こりかねないように。厄介な時代。


【1月20日】 午後にオンライン会議があるのでそれまでの間を凄そうとJRで秋葉原へ。モダン食堂で唐揚げ定食を食べてそれからちょっとだけ歩いた秋葉原はところどころ店舗も閉まってゲームセンターなんかもなくなって、看板も下ろされ隅から隅までポップカルチャーの街と言った風情がちょっと寂れてメイド風コンセプトカフェの看板ばかりが目立つアヤシい街になっていた。メイド喫茶の全部がヤバいわけではないけれど、中には混じっているであろうボッタクリ系の店が不安を増大して雰囲気を霞ませているような気がする。

 電気街だった頃はどこをあるいても新製品の家電であふれかえって豊かな国・日本って感じを醸し出していたし、そんな中からオーディオビジュアルの店が森高千里さんあたりを流し始めた中でポップカルチャーがジワジワと広がりキャラクターショップが増えアニメのDVDを扱う店も面積を広げてオタクの街・秋葉原といった風情を作り上げた時も、文化の受容の広がりを感じさせてくれて未来への希望を感じさせてくれた。そうしたキャラクターが後ろに引っ込みメイド的な存在の生々しさが表れ始めた今はある意味で呼び込みが並ぶ歌舞伎町の空気感と変わらない。

 そうならないでもっと別の、それこそAKB劇場をひとつのシンボルにいろいろなアイドルが乱舞するブロードウェイ的な街へと発展させられる可能性だってあっただろう。「ラブライブ!」の劇場アニメがニューヨークのタイムズスクエアを秋葉原を結びつけてアイドルたちが乱舞するビジョンを見せた時にはそんな夢も浮かんだけれどもμ’sにあった諸々がアイドルをAqoursへと移し舞台を沼津へと変えてしまって秋葉原から聖地を奪っていってしまった。中心を失って秋葉原に残ったのはAKBなりアイドルなりをなでる気分の上っ面。それがメイド喫茶的コンセプトカフェ風キャバクラ調の欲望機関を秋葉原に残してしまった。そこに果たして未来はあるのか。残された街の人たち次第だろうなあ。どうしたいんだろう、秋葉原を。

 時間もあったので靖国通りをとことこと歩いて神保町へ。歩道に雪の塊が積み上げられていてその前にある店から人が出て雪だるまを作っていた。というか雪を削り出す彫刻みたいなものか。中にはまだ人が来ず陽なたでジリジリと太陽光に焼かれて融けている雪もあったけど、ちゃんと間に合ったんだろうか。ちょっと気になる。日曜日あたりまで何か雪だるまコンテストでもやっているのかな。どんなものができるか気になるけれど、さすがに聖地だからといってギターをひくぼっちちゃんの像なんてものはできないだろうなあ。複雑すぎるし。やっぱりドラえもん一択かなあ。簡単そうだし。

 東方書店をのぞいたら「中国アニメーション史」という重厚な本が出ていたので参考までにと購入。9500円とは何て値段だ。でも黎明期から2010年あたりまでの中国におけるアニメーションの歴史と関連した人物のプロフィールがみっちりと載っていて、あとアニメーションのリストも掲載されているので今後何か中国のアニメーションについて調べる時に役にたつだろう。そんな機会があるかは知らない。むしろ最近のどんどんとクオリティが上がっているアニメーションについて知りたいんだけれど、それについての情報はないから5年後くらいに増補版として中国アニメーション100年史となって登場してくれるのに期待だ。1万5000円くらいになってしまうかなあ。

 有楽町のウエンディーズでオンライン会議をした後、蔦屋銀座へと回って樋口真嗣さんのサイン会に出席する。超絶お洒落なGINZA6なんてビルにある、超絶ハイカルチャーな書店でオタクの中のオタクとも言える樋口さんがサイン会というこのギャップが、気にならないくらいに特撮もアニメもハイエンドなカルチャーシーンが貪欲に取り入れている。まあ「チェンソーマン」だとか「SPY×FAMILY」といったハイエンドでハイセンスな作品ばかりだけれど、そうやって文化として取り込み広げていく一方で、秋葉原が先鋭化から卑近化へと向かうこの対象が2つの街の雰囲気に現れ、サイン会を秋葉原ではなく銀座で開かせたのかもしれない。まあ樋口さん、年季が出て来てお洒落になっているから銀座でも十分なんだけど。


【1月19日】 そろそろまとめなくちゃとテープ起こしを終えていたインタビューの草稿をもとに図書館に入って原稿をとりまとめる。あちらこちらに飛んでいる話から関連するところを寄せ集め、流れを整えて切ったり貼ったりしてどうにかこうにか流れを作り上げる。1問1答に近い新聞のインタビューだとこういう切り貼りはあまりやらないんだけれど、雑誌だとかウエブだとかはやらないと読んで読めるものにならないんだよなあ。枕から入って世間話をしたあとで本題に入るようなインタビューでも最初に本題を持ってきて後に雑談をおいて最後は元の話題に戻って締める感じとか。これだとリアルなイベントでは難しいので司会業には向いてないかもしれないなあ。

 おおまかな流れを作ったら3時間のリミットが来たので図書館を出てお昼ご飯でもと思ってサイゼリアへと向かう。ランチが安い。ライスを大盛にしてドリンクバーをつけても650円っていったいどういう安さだ。バスケの試合を見に行った時に船橋日大前にあるガストで食べたら結構な値段になったのと大違い。ガストもファストフードっぽい店があった時は安いミックスグリルとかが食べられたんだけれど今はどんどん高くなている。そんなデフレ時代に頑張るサイゼリアに敬礼。

 どうにかこうにか原稿がまとまったので送ってそらを見上げたらまだ明るい。寝るにはちょっと早いのでとりあえずVELOCHEへと入って明日書く予定だった原稿をカタカタと打ち始めたら興が乗って仕上がってしまったので明日はゆっくりできそう、って言っても夕方に会議だとかサイン会があるから出かけなくちゃいけないんだけれど、それでも気ぜわしさから少しは逃れられるのでありがたい。これが1日に3本4本と書かないといけなくなってくると、さすがに神経もすり減ってくるので注意しよう。3年半くらいかけてどうにかこうにか回復させたメンタルが豆腐のようにぐずぐずと崩れたら元も子もないからなあ。

 ネット上では連日連夜の炎上騒動。しばらく前はコンセプトカフェでの抽選に当たった人への運営側の無体な要求が炎上していたけれど、今日辺りからは名古屋のホームレスをイジって遊ぶがきんちょが大炎上中。何か買ってあげるとコンビニに連れ込んではかごをもってレジに向かうホームレスを置き去りにして逃げ出す映像がネットのショートムービーサイトにアップされている。それに讃辞のコメントを付ける奴らも奴らだけれど、どう考えたって公序良俗に反してつるし上げをくらうことがわかりきっているそうした映像を、顔をさらして平気でアップしてしまう人がいるところが信じられない。目立つことにばかり気が向いているのかもしれないけれど、やっていることが悪事だという自覚もきっとないんだろうなあ。

 それは動画の配信者なんかが何かやってみたといってあれやこれやチャレンジする中で、自らを痛めつけるようなチャレンジではなく誰かを踏み台にするような動画が割をあふれかえってきてそれがアクセスを稼いでいたりするのを普段から見て、それがヤバいことだという認識を持たずに育ってしまった若い世代が現れているってことなんだろう。TVだとさすがにコンプライアンス的にできないことでも、ネットなら自由にやれて誰からも咎められない。いやさすがに犯罪ともなれば手が後ろに回るけれど、誰かをいじったりするのにいちいち警察も動かないとなるとそれならと試してみる子供だって出て不思議はない。その結果が顔をさらしてのホームレス虐めになってしまった。ヤバいなあ。

 夜になって芥川賞と直木賞が発表になって直木賞に「地図と拳」で小川哲さんが輝いていた。いちおうはSFの新人賞から出た人で、そしてある意味でSFとも言える作品での直木賞受賞は喜ばしい。ほかにいるかというと直木賞ではあまりいないけれど、芥川賞なら一応は文學界新人賞も受賞はしているけれど小松左京賞からの落選組ともいえる円城塔さんだとか、こちらはれっきとしたSFの賞といえる創元SF短編賞から出た高山羽根子さんが受賞を果たしているからSFはまあ普通にいたりすると言えるのに、どこかの記者は芥川賞も直木賞もSFからはあまり出ないと聞いたみたい。このど阿呆め、って言いたいけれどもやっぱり直球のSFが受賞して欲しい気持ちもあるからなあ。長谷敏司さんとかとらないかなあ。


【1月18日】 原稿を書きに船橋中央図書館へ。3時間くらいかけて途中くらいまで仕上げてから場所を変えようと歩いてフレッシュネスバーガーへと向かう途中、ニューデイズを見たらアーニャのぴーなっつ最中は売り切れになっていた。前日の夜にはそこそこ残っていたけれど、探しに来た人がガサッと買っていったのかも知れない。普段のぴーなっつ最中からしたらとんでもない値段だけれど、それだけ払ってでも欲しいアイテムってことなんだろう。人気が出るとはこういうことか。

 フレッシュネスバーガーも全体にねあがりがしている様子。400円以下のバーガー商品がなくなっていた。それでも元がそれなりだがらあんまり高くなったという気はしない。これでセットが1000円を超えてくるようだとやっぱり日本もインフレなんだなあと覆うだろう。実際にクラシックバーガーだとポテトにドリンクで1000円超えてくるからなあ。稼がないと食べられなくなりそう。頑張ろう。原稿は続きをどうにか仕上げて完成。これでとりあえず今日の仕事は終了だ。頑張るじゃなかったのか? それは明日からで。

 そこでも2時間くらいが経ったので、出てミスタードーナツに入って頑張らないまでも少しは進めようとインタビューのテープ起こしをカタカタ。40分くらいなんで1時間ちょっとをかけて起こし終わって、さあどうしようかと考えて近所でバスケットボールのB.LEAGUEが開かれることに気づいて行くことにする。ほら、「THE FIRST SLAM DUNK」でバスケットボールのリアルっぽさを散々見せられたんで、hontoのリアルはどうなのかを確かめたなったという次第。スピード感とかプレイぶりとか、本当にあの漫画のままななのか。知るにはやっぱり本物を見ないと。
R  ってことで駆けつけたB.LEAGUEの千葉ジェッツvs茨城ロボッツ。会場の船橋アリーナは家から東葉高速鉄道の東海神駅まで歩いてそこから船橋日大前まで行って歩いて10分弱という比較的近い場所で行われているので行こうと思えばいつでも行けたけれど、もう何年も前に行ったきりでちょっと足が遠のいていた。千葉ジェッツが横浜アリーナで年間チャンピオンを決める試合に出た時は行ったけど船橋アリーナは本当に久々。前も割とぎっしり埋まっていたけど今はチャンピオンチームだけあって4500席が売り切れる人気ぶりを見せていた。

 試合はやっぱり日本代表の富樫勇樹選手がキレキレの動きとボールさばきでボールを運び回してそれを周囲の選手がどんどんと決めていく感じ。あとは今はちょっと隙ができたら3ポイントを飛ばす感じで気が抜けない。なのでとってもスピーディ。走ってディフェンスを引っ張ってその隙間にすっと入った選手にボールが回って3ポイントって場面がよく見られた。あとはやっぱりかっといんからのレイアップ。基本だね。

 富樫選手の凄さはそれとして千葉ジェッツだとヴィック・ロー選手がきっちりとリバウンドをとって茨城ロボッツに得点を詰めさせない。パワーフォワードといった感じの選手はいないけれども鈍重なセンターといった選手もおらず全員が走って回してシュートを打てるところにもしかしたら千葉ジェッツのつよさがあるのかもしれないなあ。ゴリたいぷの選手って今はもう過去? 他のチームを見てみないとそのへんは分からないのでまた行こう。

 ハーフタイムに限らずタイムアウトでもチアリーダーが出て来て盛り上げて場を繋げるから飽きる暇がない。抽選会とかも挟まれてずっと見入ってしまった。15分で1Qの総計1時間な割に終わったのが2時間後。サッカーと変わらない上にサッカー以上にぎっしり感じがあってなおかつ屋内ならこれはファンもそっちに靡くかなあ。ただしアリーナの関係で4500人以上は動員できないから1万人は入るジェフユナイテッド市原・千葉にはその意味でまだ追いつけないかも。クボタスピアーズはどうなんだろう。

 試合はなるほどなかなかの迫力。昔はもうちょっとゆったりとしてポイントガードがボールを持ってから回して回して切れ込んで渡してシュートとかそんな感じだったのが、もう即座に迫ってものすごいスピードでパスを送って切れ込みシュートとかそんな感じ。それこそ「THE FIRST SLAM DUNK」ですらゆっくり目かと思えるくらいのスピード感で、その中でいろいろと考えなくちゃいけない選手の思考力の凄さも感じられた。あるいはたまたまこの試合がラン&ガンになっただけで、だから100対91だなんてハイレベルのゲームになたのかもしれない。別の試合はどうかも確かめに行こうかな。

 会場では市立習志野高校の吹奏楽部が応援に登場していろいろと演奏してくれた。全日本吹奏楽コンクールの常連校なのでやっぱり上手い。とはいえ田中あすか先輩のようなドラムメジャーがいたりオレンジの悪魔の橘高校みたいな派手なマーチングがある訳でもないので応援的な演奏ではその巧さがあんまりよく分からなかった。かといってコンクール楽曲をやる訳にもいかないところがスポーツも強い学校の強みでも有り弱みかも。途中で出て来たオタ芸も吹奏楽部員なんだろうか。やれと言われてやった男子がふだんはどんなか見てみたいかも。


【1月17日】 何かそのまま小説にできそうなくらいもの凄い夢を見たような気がするけれど、起きたらまったく覚えていなかった。そんな朝も午前7時前には家を出て東武野田線で柏へ。そのまま特急で日立へと向かう予定が何か事故だか点検があったみたいで列車がなかなかやってこない。あるいは遅れる可能性も考えたけれどそこは特急だけあって快速を後回しにして駅に来たので乗って土浦から水戸を経て日立へと向かう。

 前に来たのは多分「ガールズ&パンツアー」の聖地でも見ておこうかと大洗まで行った時。その時も海岸線を戻る恰好だったから水戸より先へは青森へと新幹線で向かった時をのぞけば震災以来で初の水戸以北ってことになる。震災前だと2010年3月に水戸でコミケが開かれた時に来たけっか。水戸芸術館の隣に立っていた閉店した百貨店か何かの建物を使って同人誌即売会なんかが行われたんだった。水戸芸のテラスから見下ろすと庭にぎっしりと人が立っていたっけ。それから1年後の水戸は大変な事態に見舞われた。

 まあ福島のような避難地域ではなかっただろうけれど、結構大変だったとは予想できる。日立の方は駅から海が見えるくらいの近さだからきっともっと大変だっただろう。でも震災といえば福島であり宮城岩手の海岸線へと関心が向かって同じくらい大変だった茨城はどこか置いて逝かれている感じもあるって当時話題になっていたっけ。12年が経って見渡して何か爪痕のようなものは見えなかったのは、復興を頑張ったからだろうけれどもそれでもどこかに残っている痛みのような記憶の所在を、それよりさらに前に起こった阪神・淡路大震災の日に思ったりするのだった。

 日立での仕事を終えて普通列車で水戸まで戻って駅ビルの上にある定食屋で牛はらみ焼き肉が乗った丼を食べてから、バスで水戸芸術館まで向かう。13年ぶりのタワーは磯崎新さんが設計した時の思いを汲んでしっかりと屹立していた。間近にみるとやっぱり大きいよなあ。そして太いよなあ。中がどうなっているかが知りたいところだけれど、時間もないので水戸芸術館へと入って中崎透さんという人の展覧会を見物する。どこか大竹伸朗さんめいたところもあるけれど、よりコンセプチュアルに看板を並べる作品を幾つか作っていて、そこに誰かが生きたり思ったりした記憶めいたものを刻みつけていた。

 撮影禁止のコーナーにあった看板には実際に存在する企業名なんかが勝手なロゴで書かれていて、自分の触れたり感じたり思ったりしたことがそれによって振り返られていた。マクドナルドの看板だとかコンビニエンスストアのサインなんかを記号として作品にした中村正人さんだっけ、そんなアーティストとは違うアプローチ。でもそうした看板に囲まれ街並みの記憶とともに生きてきた物質時代のアーティストっぽさは感じられた。ほかにはネオンサインを繋げたりがらくたを積み上げたりレコードを並べたりしたアートも。コタツの上にスーパーファミコンが置かれた作品もきっと記憶としての団欒を表現したものなのかな。

 しばらく過ごしてから水戸駅まで戻ってお土産屋さんをのぞいても、水戸コミケの時に買った萌え絵が描かれた梅酒はもう逝っていなかった。ちょっと残念。でも萌え絵が描かれた納豆カレーはまだあった。13年前の記憶がふっと蘇った。大洗に近いからガルパン関係もあるかなと思ったら、お菓子が1品あった程度で特に固まっている様子はなし。あれはあれで大洗の名物として限定されているのかもしれない。納豆だけならいっぱいあったけれどご飯を炊く設備もないので見送る。もう少し時期が過ぎれば偕楽園の梅もきれいだったんだろうけれど、今回はコミケが開かれたビルが文化会館か何かに生まれ変わろうとしているのを見られたから良しとしよう。そこまで13年もかかったんだなあ。開発って大変だ。


【1月16日】 大貫妙子さんが亡くなった高橋幸宏さんのことをブログとかに綴っていて、2022年8月にリリースされた「ふたりの星をさがそう」という楽曲で高橋幸宏さんがドラムを叩いていたらしいことを知る。2021年の10月ってことはたぶん体調も良くない時期にもう入っていたんだろうけれど、誰あろう大貫妙子さんのためならと出て来ていつもの調子でしっかりと叩いてくれたらしい。その楽曲を聴くと決して派手ではないけれど、しっかりとリズムが刻まれていて大貫さんの明るい歌声を支えていた。優しさのドラムであり送り出すドラムの持ち主だったのかもしれないなあ。せっかくだからCDをを思ったら出てなかった。そういう時代なんだ今は。なのでアナログ盤を探して購入。最後に近い高橋幸宏さんのサウンドを抱えていこう。

 「TRIGUN STAMPEDE」のエンディングをアニメーション作家の矢野ほなみさんが手掛けていると分かってなるほどそこにスポットを当ててきたかと感心。「染色体の恋人」で東京藝術大学大学院映像学科アニメーション専攻を出た時も凄い人だと思ったけれど、卒業後も山村浩二さんのプロデュースで「骨噛み」を作って世界の映画祭で上映をして短編アニメーションの作家として大きく注目を集めていた。その手法は点描を動かす感じといったところで、優しくもあり切なくもある感じを醸し出すそのビジュアルを「TRIGUN」という荒廃して未来が不安視される世界で生きる孤独なガンマンの物語のエンディングに使ったというのは実にマッチしている。

 世間的には美麗なキャラクターの絵を並べておけばそれで十分といったところなんだけれど、そこは世界も関心を抱いている作品ってことで新しい試みを行ったんだろう。そうやって見られた作品を通してエンディングも広まって日本の短編アニメーションの力が知られていく。ちょっと楽しいかも。アニメだと「モブサイコ100」のエンディングがずっと「きつね憑き」の佐藤美代さんだし、「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」は「澱みの騒ぎ」で大藤信郎賞を受賞した小野ハナさんが監督をしている。いずれも東京藝大院を出た才能たちだ。

 ちょっと違うカテゴリーだkれど東京TDC賞ってタイポグラフィーのコンクールがあってそこで「ミニミニポッケの大きな庭で」の幸洋子さんが受賞を果たしてた。アニメーションがタイポグラフィーなのかタイポグラフィーがアニメーションなのか。不思議な授賞だけれどその幸さんもやっぱり東京藝大院の出身といったところであちらこちらで活躍が目立ち始めている。「ポプテピピック」でも小野ハナさんと当真一茂さんのUchuPeopleが作品を寄せていた。アートなカテゴリーでしか先が内容に見られていた短編アニメーションがこうしてコマーシャルな分野で使われ始めているのはどういう背景があるんだろう。変化球をつけたいだけなのか、それともそこに斬新さを見て直球として放り込んできたのか。起用の理由と起用された感想を聞いてもらいたいなあ。

 水道橋博士さんが当選した参議院議員を辞職することを公表。すでに鬱病で休職していたけれど回復する見通しがなかなか経たない中で議員であるのは申し訳ないといった判断があったんだろう。選挙の時にはあれだけ活発に発言していたのにどうしてすぐにと思わないでもないけれど、いろいろと考えることもあってそれが迸っていただけで実は内心にいろいろとあった不安の裏返しだったのかも知れない。それを認めなくなくて躍起になってはみたものの、ふと我に返って呆然とすることってあるだろうし実際にあったからなあ、自分でも。問題はその後を誰が務めるかってところでれいわ新撰組な毎年1人を交代で立てるとか言い出した。たぶん法的には問題ないんだろうけれど、6年という人気の中で何をすべきかを問われる参議院議員という立場を切り売りされるのは何となく釈然としないなあ。それでも受ける批判より目立てる効果を狙ったってことなんだろう。まともじゃないなあ。


【1月15日】 「ライディーン」といえば「響け!ユーフォニアム〜北宇治高校吹奏楽部へようこそ」のアニメーション版で黄前久美子たちが1年生の時のサンライズ・フェスティバルで演奏されては田中あすか先輩のドラムメジャー姿という、目にも素晴らしいものを見せてくれた素晴らしい楽曲だった。あとは眼鏡の加山沙希のバスドラムであったり加藤葉月の奇妙なダンスであったりといろいろなものをこのように現出させてくれた貴重な楽曲の作曲者でありイエロー・マジック・オーケストラとして演奏したドラムの高橋幸宏さんが亡くなったとの報に時代の流れを感じ取る。

 70歳だから決して高齢者とは言えないけれどもそれでもそれなりの年齢に達していた訳で、1970年代の終わりから80年代の中頃にかけて世界を席巻したテクノポップのムーブメントの中で教授こと坂本龍一さんと元はっぴぃえんどの細野晴臣さんの間にあってひたすらドラムを叩きそして唄ったダンディなお兄さんも、昭和の末期から平成を経て令和ともなるとやはり退場していかれるんだなあと時の流れを噛みしめる。

 細野さんが参加していたはっぴぃえんどではすでに大滝詠一さんも亡く、そして高橋幸宏さんが参加されていたサディスティク・ミカバンドでは加藤和彦さんも既にいない。そうやって変わっていく時代を受け止めつつそれでもあと少し、あともうちょっといて欲しかったなあという思いも浮かぶのは、やはり同時代的に盛り上がって聞き入った最初くらいのバンドだったからだろうなあ。このメンバーとしての細野晴臣さんからはっぴぃえんどへと遡っていったようなところもあるし、日本の音楽が世界に通用するんだということを感じ取らせてくれたところもあったから。偉大なバンドの要の訃報に、黙祷。

 そんなイエロー・マジック・オーケストラの人気にも重なるような時代に登場しては大活躍していた漫画家の江口寿史さんの展覧会が千葉県美術館でいよいよ今日までということで見物に行く。前に1度見ていたからざっと眺めた感じだったけれどもそれでもやっぱり女の子のディテールをしっかりとおさえてポーズも表情もファッションも可愛らしく描くことに長けている。それは「すすめパイレーツ」の頃から長けてはいたんだけれど絵柄を成長させつつ雰囲気はしっかりと残して至高の存在になっていったところにYMOとはまた違った凄さを感じ取る。なおかつ現役バリバリだからなあ。漫画は描かないけれど。

 サイン会もしていたみたいだけれど整理券とかないので遠巻きにして退散。せっかくだからオートサロンでも寄ろうと海浜幕張まで行ったもののコロナの流行を考えると騒動の中に身を置くのもリスクと駅の構内にあるカフェでしばらく原稿を書きつつ、興が乗らないので2時間ほどで退散をして千葉駅で万葉軒のトンカツ弁当でも買って帰るかと蘇我経由で千葉駅に出たら今日の分は売り切れで残念。あるいは京王百貨店の駅弁祭りに持っていってしまったのかもしれない。まあいつでも買いに行けるので退散して船橋まで戻りミスタードーナッツでしばらく仕事をする。でも興が乗らないので引き上げる。

 早いけれども夕食をと考えかつやでカツ丼の松。160グラムのトンカツはなかなに食べ応えがあった。ダイソーでアイロン台の代わりになるミニテーブルを購入して帰宅し玄関先に置いたら良い感じだったのでしばらくこれで作業しよう。そしてネットをしばらく散歩。どこかのコンセプトカフェが抽選でキャラクターのパネルが当たったことをSNSで自分はこのキャラ知らないんだけれどカッコ良いねと書いたらしい人を論っては他の当たらなかった人に不快感を与えるからと返還を要求したって話を見て、そんなことをしていたら当選したことを報告する度に落選した人に不快感を与えるからと変換を求めなくちゃいけなくなるんじゃと訝り驚く。同様の批判がわんさか集まり炎上中だけれど当事者は沈黙。キャラクターを預かって運営しているカフェだけに元のキャラクターを展開しているゲーム会社が動かないと事態は変わらないかもしれないなあ。どうなるか。様子見。


【1月14日】 会議録を書き上げて送ったら疲れ果てたのか夜9時には眠って起きたら朝だったので、電車を乗り継ぎ阿佐ヶ谷へと出て阿佐ヶ谷ロフトで片渕須直監督による「ここまで調べた」シリーズの最新版を見物に行く。その前に腹ごしらえでもしたかったけれど、いつもいってたぱすた屋が閉店になっていた上に後にまだ店が入っておらず男の晩ごはんの後の店も今ひとつなんで、食べずにおこうとVELOCHEでサンドイッチだけ戴きつつ時間まで過ごす。阿佐ヶ谷のアーケード街は本当に色々とあって便利そう。VELOCHEは電源もとれるので騒がしいのが気にならなければ原稿だって書けるのだ。

 ミート屋も賑わっていたので横目で過ぎて阿佐ヶ谷ロフトでイベントを見物。いつもだったら売り切れが出るほどのイベントなんだけれども回が重なったからか正月明けだからか、先週に予約しても40番以内という好位置。なので前目で見られてちょっと小さめだった声もしっかりと耳に聞き取れた。いわゆる次の清少納言を取り上げた映画に関する調査結果のお披露目だけれど、いつできあがるかは不明で今年ではなく来年ですらないかもしれないみたい。なら再来年なのかその次か。調べているうちにどんどんと新しいことが分かってくるのでシナリオにも移れないみたい。

 何しろ仲が良くってベタベタだったと言われている清少納言と中宮定子の関係が決してずっとベタベタではなく途中で諍いもあって清少納言が飛び出したとかいった話も出てきたくらい。あるいは途中で下っ端から局主って役職にもあがっていろいろと差配することにもなったみたいで、そんな変化の中で人間だって変わるものを同じように過ごしたとみるのがそもそも間違いって話みたい。言われてみれば会社員だって10年もいれば立場が変わって言動も変わる。そうした現代のリアルを平安時代に持ち込んで悪いはずはないのに、研究者というのは頑なに自説を曲げないらしいから大変。映画が公開されてもきっといろいろ言われるだろうけれど、そうした声に先に答えておく意味でもこうしたイベントには意味があるって言えそう。

 あと中宮定子の私的な関係からそこにいたみたいな言説もあるけれど、天皇だっている殿中にあがって仕事ができるのは正式に官位をもらった人たちばかり。それも従五位の上とかは必要らしいから清少納言もそうした官位をもった公務員だったんじゃないかって話をしてくれた。いろいろと見方を広げてくれて興味が出て来たのでちょっと枕草子を読んでみたいけれど、高橋源一郎さんだか誰かが訳したものが良いのか大場みな子さんのが最適なのか。ちょっと迷う。原本はさすがに読めませんってば。

 3時間くらいで終わったので阿佐ヶ谷から新宿を経て池袋まで行きそこから東武東上線で東武練馬へと行ってイオンシネマ板橋で劇場版「Dream Collaboration Festival ドリコラFes. アイカツ!シリーズ&プリティーシリーズ」を見る。もう3度目だけれど劇場が段々と小さくなるなかでここだけは最大規模にちかいスクリーンで上映してくれているのだった。サウンドもJBLのスピーカーが入っているらしいシアターで見上げるようにしてみたアイカツ!勢とプリティーシリーズ勢のコラボレーションは見事で最高。「Dream Goes On」のイントロが流れてくるだけで心躍り出してしまうし、ラストの「Make It」をアイカツ!勢とプリティーシリーズ勢がいっしょに歌って踊るどころを見ると感激で腰が抜けてしまうのだった。

 3度目となるとアイカツ!勢の歌にも興味が湧いてきて、湊みおがレギンス姿で唄う「6cm上の景色」とかダンスも歌もどちらも心に響くようになってくるのだった。でもやっぱりプリティーシリーズ勢に目が行ってしまうかなあ。その7人が唄う「プリマ☆ドンナ?メモリアル!」とかダンスも含めて最高で、あと何度だって観て観たくなる。というかすでに4度目を行く気満々。板橋ほどではないけれど、イオンシネマ市川妙典もそれなりに大きなスクリーンで上映してくれているのだった。あと何回見られるかな。19日まで。がんばろう。


【1月13日】 木村拓哉さんと綾瀬はるかさんが出演している映画「レジェンド&バタフライ」が3時間くらいあると聞いて、これはきっとマサラムービーに違いないと確信する、というかそれくらじゃないと見てられないような気がしてならない。例えば織田信長と斎藤道三が対面する場面はやっぱりダンス対決で、そして今川義元を相手にした桶狭間の戦いでは大軍勢を従えつつも双方が殴り合いの一騎打ち。さらに帰蝶とのラブシーンは2人がいっしょに歌を唄い、最後の本能寺の変では燃えさかる本能寺をバックに信長がダンスを見せつつ矢を浴び息絶えるのだ。それなら見たい。絶対に観たいけどそんな映画、誰か作ってくれないかなあ。

 あまり寒くなかったのでジャケットを羽織って歯医者へ。行き始めてからほぼ4年が経つけれど、最初は歯石もびっちりで歯肉炎になりかけている上に親知らずが虫歯でボロボロで酷い状態だったのを数ヶ月様子をみてまずは炎症を抑え、それから親知らずを抜いたり歯石をとったりする治療へと移っていったことでだんだんと歯茎も健康になって来た感じ。今は3カ月に1度の通院でもそれほど酷い状態にはならず虫歯も歯周病も進まない状況を保てるようになった。

 仕事をしていたらきっと忙しくて行けなかっただろうから、そのうちに酷い状態がさらに酷くなって全部入れ歯だなんて状態になったかもしれない。それだと年を取ってからの暮らしも楽しくなかっただろうから、今を捨てても未来をとったと言えば言えるのかもしれないなあ。収入は減ったけど、残っていたら身心ともにガタガタになっていたことを思えばどっこいどっこいってことにしよう。せっかくだからを歯ブラシを1本買っておみくじを引いたらもう1本もらえる当たりが出た。今年はなかなか縁起が良い。凶しかないと言われている浅草寺のおみくじで吉が出たし。

 時間があったら千葉県美術館で開かれている江口寿史さんの展覧会でも観に行こうと思いつつ、その手前の海浜幕張まで行ってお昼ご飯を食べたあとでオンライン会議。具合が悪いのか単純に操作ミスかワイヤレスイヤホンから音が鳴らずスピーカーから聞こえてくる状況になったので、あわてて持っていた新しいパソコンを起動しつつ売店でワイヤードのイヤフォンをかって対応する。当初の予定時間を30分間違えて早くアクセスしたんで間に合った。会議は1時間半ほどで終了。せっかくだからそその日のうちに会議録をまとめて提出する。これも1年がかりのお仕事の一環。報告書への反映も進めないと。

 海浜幕張ではオートサロンが行われているようで大勢が歩いていた。前はカスタムカーの祭典として自動車メーカーから蔑ろにされていたところもあったのに、今やあの世界のトヨタですら参加しては新車の情報を発表したり、日産自動車も看板のGT−Rの新型車を出したりするメーカーお墨付きのイベントになっていた。東京モーターショーが世界の潮流から置いてけぼりにされて海外の主要メーカーが軒並み参加しないローカル色も甚だしいものになりながら、それでも対面を保とうとしているのと比べると車好きしか来ないカスタムカーの祭典の方がよほど車好きにアプローチできる場としてメーカーも有りがたく思っているのかも知れないなあ。ってモーターショーは自動車メーカーが仕切ってるんじゃなかったのか。そういう一枚岩でないところにトヨタも嫌気が差しているのかな。

 会議が長引いて千葉県美術館には行けそうもなかったのでもどって南船橋のららぽーとを散策。アビレックスのショップがあったので店員さんと話していたら、やっぱり革ジャンがやたらと値上がりをしていて大変なことになっているとか。B−2でいわゆるボマージャケットなんて今や20万円を超えているらしい。昔は高くても13万円くらいで買えたのに。その頃に買っておけば良かったかもしれないなあ。とはいえ買った普通のコックピットの革ジャンもあまり着てないのだった。重いんだよやっぱり。買うならやっぱりN−3Bかなあ。

 船橋へと戻ってVELOCHEで会議録を仕上げた後、いつもの松屋でネギ塩チキンの定食を食べて帰宅。配電盤の故障を直すときに玄関に渡して机替わりにしていたアイロン台をとっぱらった関係で机がなくって家で食べるのにちょっと不自由しているので仕方がないのだ。まあ外で食べた方が暖かいものを食べられるってこともあるけれど、そればっかりだと太りそうなんてそろそろ考えないと。短めの板を調達して机替わりにするかなあ。って部屋を片付けるのが先だろうけど。絶対に。


【1月12日】 ジェフ・ベックがもの凄いギタリストだと知ったのはあるいはルイス・シャイナーが書いた短編「ジェフ・ベック」をSFマガジンで読んだあたりかもしれないと振り返りつつ、その訃報が持つインパクトなんかを考える。じぶんとしてはクイーンのブライアン・メイなりポリスのアンディー・サマーズといったバンドの中のギタリストとは違ってソロで屹立するギタリストの凄さを認識することの難しさもあって、今ひとつピンと来ていないんだけれどこれがエリック・クラプトンだとちょっとは大変だと思うから、それと同じかそれより凄い衝撃がギターキッズにはあるんだろうと想像する。

 ネットなんかで改めて演奏を見るとギターが唄っているというかギターが泣いているといった感じにギターを鳴らして響かせてメロディを聴かせるフュージョン的な活動が目に入ってきた。女性のベースを従えたライブなんかもドラムとベースに重ねて演奏する程度。だからこそギターの音色の多彩さもわかってそのテクニシャンぶりが伝わってくる。だったらおんがくとしてはどうなんだろうとなった時、今に語り継がれるヒット曲がパッと浮かばないのが難点だけれど聞き込んでいくうちに好きな曲も生まれてくるかもしれないから、これを機会に1枚2枚聞いてみるかなあ。

 昼頃にネットで「機動戦士ガンダム 水星の魔女」について喋って収録。その時は言えなかったけれどもやっぱり「水星の魔女」はある意味で「マイマイ新子と千年の魔法」でメインに描かれた“こどものせかい”の話で、経済だとか軍事だとかいったことを考えないで毎日を楽しくカリキュラムに沿って生きていれば十分だったのが警察官だった父親が博打に手を出して借金を重ねて自殺してしまったところで社会の大変さと接触し、“こどものせかい”にずっとは居られない現実といったものを突きつけられた。そこから先はまだ描かれたりはしなかったけれど、想像されたものが「水星の魔女」ではだんだんとメインになっていったといった感じ。もはや子供のままではいられない状況になってしまった。

 中身がからっぽで自主性を持たず母親の操り人形めいた存在だと露見してしまったスレッタが、そのままでミオリネと並ぶヒロインで有り続けることはちょっと難しい。かといってあの状況から落ち込んで反省して挙げ句に母親に逆らい自分を屹立させるようになるとはちょっと思えない。そうなるためにはあまりにも時間が足りない。それとも時間を一気に進めて1年後あたりからスタートし、財閥の中でそれなりの地位を占めるに至ったミオリネと水星に戻りアーシアンも巻き込んで反抗の象徴となったミオリネの対決なんて展開へともっていくのか。それでもやっぱりスレッタがヒロインとして立つための軸が乏しいんだよなあ。どうやって描いていくのか。目が離せない。

 せっかくだからとスタジオジブリが出している「熱風」ってフリーマガジンをもらいに丸の内の丸善まで出かけていって、それから近所のカフェでかたかたと原稿を整える。ふくやまけいこさんの初期作品集が出たのに合わせたものだけれど、読んでみると前に出たものから割とセリフなんかを変えているのが分かってきた。たいていは主語だとか人称なんかを消して短くしてスッと張って来やすくするものだけれど、「何がジョーンに起こったか」だとラスト辺りのセリフが変わっていてどことなくニュアンスも違った物のように思えてくる。それが本当に正しい認識なのかはちょっと難しいけれど、気になる人は探して比べて読んで欲しいもの。とはいえぽるぷ版の「何がジョーンに起こったか」は手に入れるのが厄介だからなあ。探せば安いのもあるけれど、美麗だと結構高いんだ。「タップ君の探偵室」とか「ジェリービーンズ」はマンガ図書館Zにあるからそっちと比べてみるのが吉かも。


【1月11日】 荷物が届くのを待って外に出て、イオンシネマ市川妙典で「アイカツ!」と「プリティーシリーズ」のコラボ映画を見るために市川妙典まで行きつつスターバックスコーヒーで時間まで仕事。途中まで打ち上げていた企業取材の原稿を仕上げてから、劇場で2度目の「ドリコラフェス」とやらを見て感動に打ち震える。春音あいらが唄う「Dream Goes On」を大画面で聞けるのはやっぱり感動だし、エンディングがあの曲というのも「プリティーシリーズ」寄りには嬉しい限り。配信がどうだったかは分からないけれど、こういう締めをしてくれると「アイカツ!」に推されがちな「プリティーシリーズ」勢としても嬉しくなる。

 あとは「プリマドンナ?メモリアル」がダンス付きで見られるところかなあ。前に見た「キラッとプリチャン」の宣伝も兼ねた劇場版のエンディングに使われていた楽曲だけれど、それを「プリティーシリーズ」から出そろった7人が並んで踊る姿はとてもとても麗しい。振り付けも最高でその仕草を見に何度も通ってしまいたくなるというか、すでに次にいつ行こうかなんて考えていたりする。イオンシネマ市川妙典はまあまあ大きめのスクリーンでやってくれているけれど、それより大きい所ってどこかあるだろうか。バルト9とか狭いんだよなあ。シアター9でやってくれないかなあ。

 見終わって昼が過ぎていたので華風伝って割と遠くからも人が来るラーメン屋に言ったら水曜日で定休だった。これは残念。仕方がないのでマクドナルドへと入ってビッグマックを囓りつつ別の原稿を途中まで書いてスターバックスへと戻り安いおかわりをしようとしたものの、人がぎっしりで座れる場所もなかったので船橋へと戻っていつものVELOCHEで違う原稿の続きを書いてどうにかこうにか夕方までの仕上げて送る。ちょっと仕事をした気分。まあ載って初めてお金になるからまだ1銭にもなってないんだけれど、そこまで来れば載ったも同然だから良しとしよう。そして請求書を書いてまた同じだけ働いた気になんるんだ。1粒で2度美味しい。実入りは変わらないけどね。

 家では寒いので外で暖かいご飯を食べようと松屋でハンバーグを食べる。まずまず。チキンに黄味をかけるカルボナーラチキンも気になったけど食べたばかりなので太りそうなので次ぎにする。ってハンバーグならいっしょか。そこからさらに外で仕事をする気もないので家へ戻ってネットで「トライガン」の新しいアニメーション「TRIGUN STAMPEDE」を見る。なるほど映像的にはものすごいことをやいって、アメリカも好みそうなカートゥーン超のキャラデザインとモデリングでもって細かい動きを再現してのけている。ルックとしてアメリカの人もこれなら納得はしそう。

 でも、きっとアメリカの「トライガン」ファンが求めているのは内藤泰弘さんの漫画のデザインでありそれがそのまま動き始めたような前の「トライガン」のアニメーション。それで原作と同じストーリーを繰り広げてくれた言うことはなかったのに、見た目はちょっと妙な上にストーリーからミリィ・トンプソンが消えてしまっている。鶴ひろみさんとコンビを組んで雪野五月さんが愛らしい声を演じた珍しいその役を削ってしまって果たして「トライガン」と言えるのか。ミリィのガトリングガンとそしてメリルのデリンジャーマントがなくして本当に「トライガン」と言えるのか。そうした部分への配慮が少し欲しかった。

 まあでもそれなら原作を読み前のを見れば良い話でもあるので、これは何か新しいものを描こうとしたものとして受け止めるのが正解なのかもしれない。ルック的にはポリゴンピクチュアズが手掛けた「大雪海のカイナ」にも匹敵する不思議さで、フル3DCGのアニメーションの概念をここでひとつ進めたり変えたりするんじゃなかろうか。「大雪海のカイナ」は世界設定も地上の遥上に薄膜があってその上で人が暮らしている一方で地表を雪みたいなのが埋め尽くし、沈めば終わるそんな世界で顔を出した島に人が暮らしているという特殊すぎる状況があるから、どうなってしまうのかがまるで分からず先が気になる。原作付きでもオリジナルであり原作もないオリジナルと言える両作品の行く末、見極めたい。


【1月10日】 新年になったと思ったらもう10日も過ぎていた。年賀状への返信も出せないままずっと取り組んで来た事業報告書を冊子でだいたい50ページ分、原稿用紙だと70枚から80枚分は書いていたのをどうにかこうにかフォーマットに落とし込んで初稿の形に整え、所定のフォルダにアップして連絡したのがどうやら届いたみたいで、これで1年をかけて取り組んで来た仕事の第一関門をどうにかこうにかクリアできた。

 去年は締切当日の朝から大慌てで締切直前までバタバタしていたけれど、今年はそうしたこともなく静かに連絡を待っていたので気ぜわしさはなかったものの、それでもひとつ安心といったところでこれでぐっすり眠れるかというとそうもいかず、昼過ぎからインタビューの仕事があったので用意をして家を出てとりあえず大手町へと行ってリトル小岩井で今年最初のイタリアンを平らげる。午前10時過ぎでもちょこちょこと人が入ってくるところが面白い。大手町だなんて企業しかない場所でも10時に喫茶店替わりにしけ込んでくるサラリーマンがいるのかな。謎めく。

 大手町ビルのスターバックスで時間を潰そうと思ったものの、人がいっぱいだったので地下鉄で神宮外苑へと回ってそこにあるVELOCHEでしこしこと原稿書き。去年に取材したところの記事をいいかげんに書かないとヤバいので至急仕上げようと思ったものの、大きな仕事の後だけに気も抜けたのかなかなか文章がまとまらない。あと花粉でも待っているのか鼻水も出て気が散ったので、数百字をどうにかこうにかしあげてそして外に出たら、あれは都立青山高校あたりの生徒がゾロゾロと歩いてきたのでまだ昼前でもう終わりかと訝ったものの、そういう学年もあるのかもしれない。自分だって高校3年の3学期なんてろくすっぽ学校に行ってなかったからなあ。

 そんな神宮外苑でバレエ音楽についてあれやこれや取材。いずれ記事になるでしょう。30分をテンション上げて喋った反動が出て気力もグッと萎えてしまったのでせっかく出た都心部で映画館とかに回ったりはせず、買い物にも寄らずにそのままとって返して西船橋の図書館で3時間ばかり原稿書き。やっぱり気力が載らなかったけれどそれでもどうにか半分くらいまでは整えて明日へと回す。何か新刊で面白いものはないかと見たけれど、ちょっと前から新刊台に並ぶ本の冊数が減ってきているような印象。気のせいだと良いけれど、予算とか減らされていたらちょっと残念。鞄が重いのでとくに何も借りずに図書館を出る。

 あまりに寒いので暖かい夕ご飯でもと松屋でカルボナーラ風チキンを食べる。クリーム漬けのチキンに玉子の黄味だけをかけてかき混ぜてカルボナーラ風にして食べる定食で、ゴロゴロチキンと同じカタマリのチキンが一杯入ってて食べではあったし味も悪くはなかった。でも太りそう。ソースだけでご飯何杯でもいけそうだなあ。サラダがつかないのは最近の傾向か。全体に値段が高くなっているような気がするのはご時世か。安く食べたくてもずっと通っていた立ち食いそば屋の梅もとも閉店してしまって。安く食べられる店がどんどんと減っているのだった。これは稼がないといずれ飢え死にするかも。がんばろう。

 そういえば将棋の王将戦があって第1局は藤井聡太王将が挑戦者の羽生善治九段を下してまず1勝。4勝でタイトル防衛となるからあと3つってことだけれど、次は先手番になる羽生九段がいったいどんな技を繰り出してくるかに既に興味が移っている。まさか同じ相手に4連敗はしないだろうから、その勝ち方が対藤井五冠の策として広まることもあるのかな。そんな将棋界ではC級1組で日浦市郎八段がマスクを鼻まで上げていないことを咎められて反則負けに。かつて羽生キラーとも呼ばれた俊英が今や56歳というのも驚きだけれど、そういうところで“厄介”な人になっていたのもいろいろと考えさせられる。ハッシーも妙なことになっているしなあ。そんな中で未だタイトル戦に顔を出す羽生九段の凄みを改めて感じた次第。


【1月9日】 ネットでの配信が1日遅れとなった「機動戦士ガンダム 水星の魔女」の第12話をAmazonPrimeVideo経由のdアニメストアで見てなるほどこれは誰もが驚くと理解。普通のパートでもグエルくんが父親の乗ったモビルスーツが闇雲に攻撃してくるものだから仕方がなく撃退したらそこに父親が乗っていたとようやく気づいて愕然としたり、ミオリネが父親と出会って反抗期的な態度を見せつつも怪我をした父親を気遣って生き延びさせようとしたりする場面があって、ようやく人の生き死にといったものが色濃く出て来てガンダムらしくなって来た。

 それは最初の「機動戦士ガンダム」の頃からガルマ・ザビにリュウ・ホセイにマチルダ・アジャンにミハル・ラトキエにスレッガー・ロウといったメインどころが次々にいなくなって”皆殺しの富野”の面目躍如といったところを見せていたのと重なってきたってことで、それに比べればまだメインどころでは4号くんがいなくなった程度だっただけの「水星の魔女」はまだまだ甘いといった認識も出ていたラスト、エンディングが流れたその後でスレッタがミオリネを助けようとしてテロリストをぱっちんしてしまった場面で、過去のガンダムとはちょっと違ったシチュエーションが発生した。

 どちらかといえば戦場で死ぬべくして死んで行く人たちを悲しみあるいは見送りつつ僕たちは生きるといったニュアンスが過去にはあり、また殺すにしてもこれは戦争なんだといった理由をそれぞれに与えて苦渋の先に納得させる展開がちゃんとあったけれど、「水星の魔女」の場合はなるほどそうせざるを得ない状況であっても、そうしてしまうことへの心理がどこか妙だといったニュアンスを醸し出してキャラクターへの違和感を覚えさせ、そして物語全体の寄って立つ土台そのものを未だにフワフワとしたものにしてしまっている。

 仮に善悪めいたものを想定してその戦いといった二元論があったとして、第三精力的な存在を混ぜて敵とか味方といった二元論を分からなくさせることもあったけど、これは正義とか悪といった認識すら持たない存在が、普通の人間に混じって何かしでかしそうだといった恐怖であり、だったらそれはどうやって生み出されたのかといった猜疑といったものを呼び起こして、そこへの探求をストーリーにあたって敵を倒して終わりの物語に封じ込めていない。だったら誰がどうなれば勝利なのかすら見えないこの物語をどうやって引っ張っていくのか。スレッタがまともになれば終わりとするにはそのスレッタの“中身”が分からなさすぎる。

 それこそあの丸い頭を開いたら電子頭脳でも収まっていそうな恐怖感を携えて、3か月後まで引っ張られるこの悶々たるや。まあ同じように衝撃の展開で見る人を恐怖させた「コードギアス 反逆のルルーシュ」は第1シーズンの最終2話が4か月後で、第2シーズンはそのさらに8か月後だったことを思えば3か月なんであっという間。その間をテロリストが正義を騙る「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」があり肉体を削ってガンダムに接続する「機動戦士ガンダム サンダーボルト」があり、そして精神をガンダムに乗り移させる「機動戦士ガンダムNT」があってより非道なガンダム世界を見せて耐性を付けさせるから、何が来たって驚かないと思いきやそれを超えてくるのが大河内一楼さんの脚本だからなあ。何が来るのかお楽しみ。


 図書館でカタカタとこれまでに書いた草稿を定型のフォーマットに流し込む作業を続けて続けてどうにかこうにか1年がかりの事業の報告書を作成。50ページくらいにおよんだけれどもとりあえずこれでひとつの役目を果たしたのでホッとしたのか意識が飛んでしまってそのまま寝てしまう。まあ仕方がない。この後も指摘されたところを改稿したり、予定稿のところを差し替えたりする必要があるけれど、大学の卒業論文以来くらいのまとまった原稿書きがどうにかやれたので、ひとつ自身を取り戻したと言えるかも。この勢いで止まっている本についても書き上げられれば良いけれど、日々の糧のことも考えるとなかなか乗りだしづらいんだよなあ。いっそ1カ月くらいホテルに缶詰になって書き続けるか。ホテル住まいの良さも体験したばかりだし。


【1月8日】 電気毛布に包まれて起きる朝の何と多幸感に満ちたことか。逆に言うならでられなくなりそうで困ったけれども荷物が届くので玄関先へと出て、そこで原稿をカチカチと内ながら待つことしばらく。届いた荷物を受け取ってから部屋を出ていつものフレッシュネスバーガーへと出かけてハンバーガーとコーヒーで朝ご飯兼お昼ご飯を摂りながら原稿書きを続ける。

 とりあえず報告書の方は9割方片がついていたので別のSF関係の原稿をとりまとめる。ライトノベルのSFでこの1年にどんな本が出たかを振り返る原稿だけれど、テクノロジーを扱うよりは時間を扱ったものが多かった感じ。タイムリープとかタイムスリップとか。その理由を考えなければいろいろとトリッキーな世界を作り上げることができるからなんだろう。そんな中でもある程度、時間の扱いに理由めいたものがあるのを選んで並べてSFっぽさを出す。ファンタジーからも幾つか並べてとりあえず完了。仕上げて送ってその足で初詣でに出かける。

 昨日は浅草まで行って浅草寺に詣でたので今日は近くにある法華経寺の鬼子母神へと参拝。厄除けに定評があるらしく前の厄年は前厄後厄も含めて3年間通ってご祈祷をしてもらったっけ。おかげで健康には影響が出なかったけれども会社の方はどんどんと傾いていったから、そういった方面にあんまり霊験も効かないっぽい。ただ潰れずに今もまだ残っているのは少しは効果があったってことなのかな。こっちは叩き出されて路頭に迷ったから結果として効かなかったと言うべきか、それともその後にとりあえず食べていられる分だけ霊験があったと言うべきか。

 いつもだったらご祈祷をしているお堂まで近寄れたのが最近は、行列を避けるためかお寺の玄関口に賽銭箱を置いて中に入れないようになっていた。それでもお札とかお守りを買うには上に上がらなくちゃいけないから靴を脱いであがっていろいろと物色。厄除けをもらったので向こう1年くらいは大丈夫だろう。来年から前厄本厄後厄と続くので正月にまだこっちにいるようなら、通ってご祈祷をしてもらわなくちゃいけないかなあ。本格的に健康に関わってきそうなだけにしゃあなしだ。

 法華経寺を出て下総中山の駅前にあるマクドナルドで引き続き原稿を書いて適当に時間を過ごした後、JRと地下鉄を乗り継いでイオンシネマ市川妙典まで言って「アイカツ!」と「プリティーシリーズ」がミックスした映画を観る。前にそんなライブが2日間、配信で行われたらしくってそのダイジェストも言えそうだけれどそれぞれのチームから7人ずつが出て、最初に集合で1曲やってそのあとひとりひとりが半分だけれど歌を聞かせてくれる流れはなるほどライブを見ているようで楽しめた。

 「アイカツ!」勢についてはほとんど知らないけれども「プリティーシリーズ」の方は「プリパラ」だとか「プリチャン」あたりに馴染みがあってそちらを堪能できたし、「アイカツ!」勢にも良い歌があるって確認できたのでこういうコラボも悪くない。そんな合間に集合写真をとったり「アイカツ!」勢がトレーニングとして崖を登ったり木を切ったりする話を聞いてやっぱりガチだと思いつつ、それでも続くバンダイのIP力を羨ましく思う。「プリティーシリーズ」はどうなってしまうのかなあ。ちょっと心配。

 そんな感じで進んだあとは、それぞれが7人で1曲歌ってそのうちの「プリティーシリーズ」は前に劇場版で聞いたエンディングが久々に聞けてとても良かった。なおかつラストに控えていたあの曲! 泣くしかなかった。でも帰宅するとまた聞きたくなって来たので公開中の時間を見計らってまた行こう。応援できる回だったけれど日曜の夕方で僕ともう1人しかいなかったのは寂しいなあ。プリキュアとちがってあんまり子供たちに浸透していないのかなあ。

 帰宅すると「機動戦士ガンダム 水星の魔女」が阿鼻叫喚を読んでいた。お昼ごろに第1期のラストに向けた盛り上げ原稿を書いたのが載ったんだけれどその中でもしかしてって触れたことが、より凄まじい形で現れていてさすがは大河内一楼さんだとその才に感じいる。っていうか知らない人が以外と多かったのにちょっと驚いた。脚本を担当したからにはきっと何か仕掛けてくるって思っていたから原稿にもそう書いたけれど、評判になって調べて同じ脚本家だって知ってそうなんだと思う人が多いのは、あんまり人って脚本家でアニメは見ないんだってことなのかも。じゃあ何で見るんだろう。声優ったって「水星の魔女」はそれほど強力な人は出てないし。やっぱり「ガンダム」って看板かなあ。ポジティブもネガティブもその看板でまず見て意外な展開に興味を抱き、そして驚きの展開でひっくり返る。フックも万全ならかき混ぜも十分なこの後に何を持ってくる? 3か月後が楽しみ。


【1月7日】 「ハウルの動く城」を見てから眠ったホテルで朝に目覚めてそそくさとチェックアウトし、部屋まで戻って漏電ブレーカーの故障に伴う配電盤の取り替え工事に来る人を待つ。ミツモアっていう見積とマッチングを行ってくれるサイトから申し込んだら割と近くで電気工事を営んでいる人が配電盤を調達してくれて、年明け早々だけれどちゃんと来てくれたのはありがたい。何かカメラマンとか商談をしているサイトらしいけれど、こやって家の周りのこともやってくれる人が見つかるなら他の工事も頼んでみたくなって来た。給湯器の取り替えとか。

 30年も暮らしていてボロボロになったのか漏電ブレーカーが壊れたみたいで分電ブレーカーを全部落としても落ちてしまう現象はちょっと珍しいとのこと。だからといって漏電ブレーカーだけ交換するのも手間なので配電盤ごと全取っ替えしてもらったという次第。問題は玄関があまりに本で一杯で脚立を立てるのにも苦労したことだけれど、そこはどうにか本を避けて脚立が立てられるようにしてお願い。見ていたらメインのブレーカーは外して付け替えていたからあれは機材というより家の設備になっているみたい。勉強になった。

 1時間ほどで工事が終わってブレーカーをあげても落ちずに部屋に灯りが点って文明を取り戻せた。電気毛布も暖まってこれで夜も震えずに寝られそう。ありがとう電気。ありがとう配電盤。神を崇めて柏手を打とう。とはいえ家に居ては仕事ができない状況は替わりがないので部屋を出て、とりあえず浅草まで行って浅草寺にお参りをして凶が7割というおみくじを引いたら吉がでた。こいつは春から縁起が良いぜ。いや冬だけど。そのまま浅草寺内を歩いて屋台でチキンステーキとか買って食べてから上野へ。本当はら麺亭でわんたん麺とシウマイを食べたかったんだけれど去年の夏に潰れてた。なんでだ。

 上野では森の茶屋でハムエッグとメンチカツの定食をいただく。なかなかの分量で食べでがある。いつも言ってたメンチカツと唐揚げの店は経営が変わって居酒屋チェーンになってしまって行かなくなって、そして通りがかったらそっちも店じまいしていた。変えずin経営していれば今もメンチカツと唐揚げの定食か、分厚いトンカツが載ったカツ丼が食べられたのになあ。まあ仕方がないのでこれから上野では森の茶屋かぱすた屋に行くことにしよう。そういえばあんかけスパを出す店もあったけどまだ続いているのかな。通りがかったら確かめたい。

 カフェ・ド・クリエに入ってしばらく原稿を書いてから、時間を見計らってTOHOシネマズ日本橋へと行ってワルキューレが2022年の春に行ったらライブのパッケージがでるのに合わせた先行上映会を見る。前にライブそのもののライブビューイングを見ていたけれど、それだと全部盛りだったのが劇場上映版はさすがに長いので摘まんで良いところばかりになっていた。冒頭からのヤミクモによる圧倒的な歌唱に続いてワルキューレのメンバーによる「唇の凍傷」と続くあたりは最高の流れ。ほかにも名曲揃いで楽しめる映像になっていた。

 あとでネットの配信によるPVを見たら映像が圧倒的にきれいで、そっちを大きなモニターで見るのがよりくっきりとした顔立ちに迫れそうだけれど、大きなスクリーンを見上げるようにしてメンバーに接し圧倒的な音量でもってライブを聴く劇場での上映も捨てがたいので発売に前後してまたやってくれたら行くかも知れない。今年のライブについてはすでに1日分を確保しているけれど、ライブBDを買うと大阪のライブの先行予約ができるみたいなんで買って大阪の千秋楽をダメ元で頼んでみようかな。当たれば行く。その前に宮城の山下達郎さん、当たらないかなあ。サンプラザ中野のキャンセル待ちはまあ無理だろうけど。


【1月6日】 ふかふかのベッドで目覚めて電気のある生活のありがたみを噛みしめながら、幕張のアパホテルで報告書書きの仕事をあれやこれや。まだ埋まっていない部分を着々と埋めていってお昼頃までにはどうにかこうにか8割方を仕上げ終える。締切までにまだしばらく時間もあるけれど、早いに越したことはないのでとりあえずホテル暮らしのうちにできるところまで仕上げよう。

 お昼になったけれどホテルの部屋でコンビニ弁当を食べるのも味気ないと、外に出てプレナ幕張まで行ってフードコートを散策したもののパンチョは人待ちができていたのでいつものゴーゴーカレーでトンカツと目玉焼きと海老フライが載ったものを頼んでフードコートで食べる。なんてお洒落な休日。金沢でも食べた金沢カレーだけれどやっぱりゴーゴーカレーはコクが独特だよなあ。チャンピオンとかターバンとかになれている金沢市民にはどのように受け止められているか、ますます興味が出て来た。

 せっかくだからと三井アウトレットパークも散策したけれど、とくに買いたいものはなし。というか買ってももはや置く場所もないので買い込むことは無理なのだった。「THE FIRST SLUM DANK」を見てバスケットシューズがちょっと欲しくなってきているけれど、履いて合わせる服もなければ出かけて行く場所もなく、すでに買い込んでアルシューズだってほとんど履いてない中で新しい靴はちょっと遠慮しなくちゃいけないと今のところはあきらめる。でもそのうち買ってしまうかも。ジョーダン12が欲しいなあ。前も持っていたけど加水分解で底が剥がれ落ちてしまったのだった。

 成人式に向けて劇作家の鴻上尚史さんが時事通信に寄せた原稿がなぜか却下されたとかで、その理由を鴻上さんは相手が「体言止めが美しいから」といった理由で20箇所以上も改稿したのを見てこれはダメだと思って引っ込めたと話してた。読んでいたちこれのどこを20箇所以上も体言止めにできるのかと思ったけれど、想像するならそうした理由はごくごく一部で、本当は内容に関する異論が出たのを鴻上さん的な諧謔と韜晦でもって表に出さずに感じ取らせようとしているのかもしれない。

 仮に本当に体言止めを求めたのだとしたら時事通信の担当者はよほどラップが好きだったんだろう。「成人、おめでとう。でも『大人になる』とはどういうことでしょうか?」だったら「おめでとう成人、でも何なのか分からない大人(だいじん)」に直そうとしたとか、「リボンの幅が3センチは『高校生らしい』が4センチになると『高校生らしくない』ということを論理的に説得できる大人はいないと思います」は「高校生らしい3センチのリボン、1センチ増えると高校生らしくないギモン」にしようとしたとか、そんな感じ。末尾の「さあ、成人してやっとあなたは自分の頭で考えて良い世界に来たのです」は「さあ考えろ自分の頭、そうやって生まれる世界の仲間」って感じかな。これはこれでユニークだけれど鴻上さんのものではないよね。真相やいかに。

 宿に戻って原稿を書こうとしたものの、そこにあるふかふかなベッドに誘われて横になったら夜になっていた。これは拙いけれどだからこそ昼間のうちにしっかりと原稿をやっていたんだと思い直してテレビで「ハウルの動く城」を見る。なかなか見返せない宮崎駿監督作品として「崖の上のポニョ」と並んでいた作品だけれど、改めて見るとこれがどうしてやっぱり面白い。そして凄い。イメージの奔流が凄まじくって新海誠監督もそこにおいてはまだまだといった感じがする。あの意味不明の展開は宮崎駿監督の絵コンテと絵があってこそ繋がって見えるんだろうなあ。

 2004年11月20日の公開日に見た感想に「それにしても実に行ったり来たりの激しいソフィのキャラクター。その変化の激しさに呪いっていったい何だったのかと悩む人も大勢出そうだし僕も戸惑ってはいるけれど、考えるなら帽子屋の娘として派手な妹とか心配しながら地味に堅実に自分を抑えて生きていこうとしていた、その老成した内面を荒れ地の魔女によって外面へと押し出されてしまったもののさまざまな困難を乗り越えハウルってゆー魔法使いに恋をすることによって燃え盛った熱情が、外面にも作用してソフィの見かけを行ったり来たりさせているのかも」って書いていたけれど、それを掘り返さずとも同じ事を思ったソフィの変化。それをどういう規準で描き、そしてアニメーターにそこはそうだと指示したのかが気になってきた。俺は婆さんを書いていたのに可愛い少女を書いていたってアニメーターもいたのかな。


【1月5日】 電気がつかないとパソコンの充電もできないので早くに家を出て、避難場所のホテルに入るべく海浜幕張へと向かう。幕張本郷駅の上のPRONTで原稿を書こうかと思ったら電源が使えそうな席が埋まってた。駅の上で近くにオフィスも学校もないのにいつも混んでる不思議な店。仕方がないのでそのままバスで海浜幕張へと出てタリーズでしばらく原稿書き。それから場所をかえてロッテリアで絶品2枚入りを食べてどうにかこうにか1本仕上げて、それからホテルへと向かう。

 アパホテル&リゾートは前のプリンスホテルで巨大な塔屋が目立っていたけどプリンスホテルの経営再建の中で売られてしまったのをアパが買ったみたい。ついでに前後に建物を増やしておそらくは2020年の東京オリンピックに備えたんだろうけれど、無観客で行われてしまってちょっとあてが外れたってことになるのかも。でもホテルは売られることもなく今もしっかり建っては隣のホテルニューオータニと幕張の覇権を争っているというか、共にどうにか盛り上げようとしているというか。

 横浜のみなとみらいが長くショッピングモールとパシフィコと横浜美術館くらいしかなかったのが最近は開発が進んでホールが作られ有名企業や大学も来てウエスティンホテルなんてのも作られて大賑わい。ちょっと前までは幕張新都心と同じような港の埋め立て地だったのが、こうも差が出たのはやっぱり近隣に横浜があり港があって中華街もあるから観光には抜群だからなんだろうなあ。まあそれでもホテルがいくつも建ってて潰れないのは浦安に東京ディズニーリゾートもあるし成田からも遠くはないってことかも。東京にだって30分もあれば行けるから、拠点にするにはちょうど良いのかも。

 それでも年明けの平日にお客もいないのか、シングルで頼んだのにツインがとれてそれも前のプリンスホテル時代の部屋だったから広くてなかなかに快適で、溜まっている仕事をするのにちょうどいいかと思ったら溜まっている疲れをほぐすにもちょうど良さそうでいろいろと迷う。それでもとりあえずすべきしごとはこなそうと夜中まで原稿をカタカタ。途中で抜け出してローソンで弁当を買い込む食べるあたりはホテル住まいとはちょっと思えないけど仕方がないさ、貧乏なんだから。窓から見える東京湾はなかなかの絶景。角度が違えば富士山だって見えたかも。これで周囲に何があれば賑わうんだろう。どうやら水族館の誘致を進めているみたいだけれど、今時経営も大変みたいだからなあ。千葉マリンスタジアムだって建て替え移転の話もあるし。その跡地とかに作るのかな。

 昭和のスゴい声優50人をZ世代の声優が選んだとかいった番組で50人のリストがずらり。青野武さんとか大塚周夫さんとかメインではないところで活躍した声優さんたちが入っていたのは嬉しかったし、他の面々の入って不思議はない人ばかりだったのでそれはそれで納得だけれど、林原めぐみさんとか山寺宏一さんはどちらかといえば平成に活躍し始めた人たちなので、三石琴乃さんとかを入れないのだったら外して良かったかもしれないなあ。むしろ選ばせる側に奥とか。

 それで大平透さんとか納谷悟朗さんとか広川太一郎さんとか加藤精三さんとか富田耕生さんとか井上真樹夫さんとか白石冬美さんとか塩沢兼人さんとか入れて欲しかった。挙げればさらにどんどんと。100人じゃあ効かないけれどスゴイのはその誰の声もスッと浮かぶこと。そういう可愛いだとかカッコ良いとかじゃなく、声に特徴がある人たちが声の特徴を生かして役を表現していたのが声優だったのに、今は耳に聞こえてカッコ良いとか可愛らしいといった規準ばかりが前に出ている感じ。それでもだからこそ飛び抜けた格好良さで櫻井孝宏さんとか神谷浩史さんとか中村悠一さんとかはトップに有り続けるんだろう。続く人たちはだからもっと飛び抜けろ。


【1月4日】 帰るので名古屋駅まで出て駅西のタリーズで時間を過ごそうと思ったら工事中なのか閉まっていたので地下に潜ってカフェ・ド・クリエで時間を潰しながらインタビュー原稿をカタカタ。前にテープ起こしたものから引っ張ったり貼り付けたりして構成を整え何となく流れの良いものにしていたら、2時間ばかりが経ったので名古屋駅構内のうまいもの横町へと行ってスパゲティハウスチャオでやっぱりあんかけスパを食べる。ミートボールにソーセージ乗せ。何となく肉っぽい感じが味わえた。

 ようやく時間になったので新幹線のホームに上がってのぞみで東京へ。途中でもやっぱりインタビュー原稿を引っ張ったり貼り付けたりして形を作っていたら東京へと到着。そこから船橋へと戻ってドトールに入るそこで最後までインタビュー原稿を仕上げてクレジットも入れてチェックへと回してとりあえずフィニッシュ。あとは戻って来たら画像を添えて掲載の運びとなる。果たしてどこまで映像として見られるものなのかが分からないのだけれど、個人的には面白かったのでインタビューも読まれてくれると嬉しいな。

 マンガ大賞2023にエントリーしたい漫画を探して電子書店をうろうろ。これが第8巻だからぎりぎりエントリー可能な伊藤明弘さんの「ワイルダネス8」(小学館)なんでどうだろうかと読んでやっぱり伊藤明弘さんは凄いと思い直す。というか13年ぶりの新刊だ。「ABLE」や「ディオサの首」を経て還ってきてくれた伊藤明弘さんが、前と変わらぬハイテンションのガンアクションを繰り出してきた作品だ。いや、前にも増して銃器の怜悧さが増し硝煙の香りすら漂ってきそうな絵となった作品を、ここで挙げずして伊藤明弘ファンと言えるだろうか。

 メキシコからアリゾナへと迫っていた前巻に続く第8巻で堀田俊生と芹間喬と玉挑恵那3人が、軽々とではなく銃撃と暴走の果てに国境のフェンスを越えて一安心かと思いきや、襲撃は続いて3人に未だ安寧は訪れない。もはや殺すか殺されるかといった窮地に陥った恵那は果たして銃の引き金を引くのか。守ってくれていた形の堀田に訪れたある運命。そして共に逃亡してきた芹間が陥ったある状況。ひとりとなった恵那に選択の余地はなさそうだが、卒業旅行に来ただけだった少女にはあまりに驚天動地の展開で、すぐにすんなりとは溶け込めないし、溶け込んで良い世界ではない

 何の躊躇いもなく銃を撃って額をぶちぬき車で跳ねて吹き飛ばすような男が未だ最前線に立ちづけている上に、それまで下着姿のメイドだった女性が屋敷の外に出て来たこともこれから先に起こる展開の凄絶さを想像させる。ガンアクションとカーチェイスと肉弾戦と情報戦の隙間に落ち込んだ少女のこの先を知るためにも、伊藤明弘さんには描き続けて欲しいのだ。本当に回復したかは分からないけれど、少なくとも描く絵には一切のブランクは感じられない。物語自体も13年をまるで感じさせないで続いている。ならば「ジオブリーダズ」の完結も、って期待したくなるけれど、話がどうにも最底辺にあるからどうやって浮上させるのか。その心労で再発させてもいけないので気長に見守ろう。

 乃木希典が軍神として祀られている乃木神社に初詣でにいって咎められ、軍国主義に感嘆する帰化と問われた立憲民主党の泉健太代表が開き直って乃木神社の謂われくらい知っているけれどそれで詣ったくらいで軍国主義と言われるのは侵害だって真正面から反発していてちょっとイケナイ雰囲気。そこはご近所にずっとある神社で鎮守の森の如くにお参りしていたのでこれからはいろいろ気をつけますと言えば良いのに頑なに曲げないどころか危うい良いわけまで繰り出してきたから突っ込まれるのも当然か。

 だって知ってても心はそうじゃないんだと言えば「『靖国神社に参拝したら軍国主義に追従すると批判されても仕方ない』とか、もう酷いもんだ。そうした考えの方がよっぽど危険。私は過去の歴史に学ぶし、教訓にもする。靖国神社へのA級戦犯合祀の経緯もある程度は知っている。でも当然だが、軍国主義者ではない」と言えば済むってことなのか? それで総理大臣が参拝しても抗議しないのか。そうではない切り分けの難しさが政治家にはあることを身をもって感じているならできない言い訳をして自分を守ろうとしている人間に、国政なんて無理だよなあ。

 もうそんな人材しかいないのか立憲民主党。。対する国民民主党党の方は方で代表が北海道のアイヌ問題を騒ぎ立てて煽る輩の言説を真に受けて、こりゃ調べないととか言い出す始末。問われても税金が入っているんだから言われれば調べますよと胃逃れしているけれど、その発端をデマだと非難しないで何が民主だ、政治家だ。野党が総崩れとなる中で心地よい響きを耳にくれる政党に靡いて気がつけば全部が右向け右。そいして……やれやれだぜ。


【1月3日】 栄行きばかりでは飽きたので名古屋駅へと出て地下にあるプロントでカチカチと仕事。報告書のおおまかな部分と分かる部分をざっと書き上げていたらお昼を過ぎたので、同じ地下にあるヨコイへと出向いて少し並んであんかけパスタを食べる。矢場とんあたりも気にはなったけれど、東京で食べようと思えば味噌カツだったら食べられるのに対してあんかけスパは出している店がほとんどないので、帰省したらまとめてかき込むしかないのだった。

 頼んだのはミラネーゼに海老フライが2本載った奴。ミートボールとかそっち系が気になったけれど店が狭いからか正月だからかメニューが絞られていたので仕方がない。出て来たのは何かパスタが冷めてた感じで、それは食べやすいといえば食べやすいんだけれどアツアツだからこその味もあると思うとちょっと抜けている気がする。わざとなのか忙しいからなのか。ちょっと問題かもしれない。まあ名古屋駅地下のヨコイなんて普段からあんかけパスタなんて食べない観光客くらいしか来ないからそれで良いのかも。

 ざっと名古屋駅の百貨店とかを眺めて回っていたら飽きたので、地下鉄で戻ってとりあえず原まで行ってそこから歩いて平針へと向かう途中に「ジオブリーダーズ」に出て来た円形の歩道橋がまだあるのかを確かめる。あるにはあったけれど、上に名古屋高速が走って空を覆われ漫画のコマとは違う風景になっていた。あとは結構長い時間が経っているからサビが出ていたことかなあ。下をガンガンと車が走っている訳じゃないのでそこに歩道橋がある意味が分からないけれど、そうして気にされて漫画に載ったんだから意味はあったと思いたい。

 平針へと向かう途中のマクドナルドでしばらく仕事。ドライブスルーがある店なのか周囲をぐるぐると車が取り囲んでいた。中もまあそれなりに。平針だけれど駅のそばにある訳ではないマクドナルドに今はいったいどういう人が来て食べていくんだろう。立ち並ぶマンション群で暮らしているママたちが友達とダベりに来るのかなあ。そういう目的に使われそうなファミレスもあまり周りにはないんだよなあ。そういう意味ではちょっと寂れた平針原植田あたり。より郊外へと人の流出が起こっているのかもしれない。日進とか三好とか。

 戻ってマンガ大賞の候補に入れたい作品を再読する。その1冊が手塚了一郎さんの「音盤紀行1」(KADOKAWA)。読んでまず浮かんだのはレコードはミステリーってこと。祖父が遺したドーナツ盤には見たことのない文字が書かれていて、プレイヤーにかけるとやっぱり分からない言葉で音楽が流れ出す。麻耶奈はレコード店の女性店員といっしょにレコードの出所を探し、そして麻耶奈がすっかり忘れていた場所へと導いていく。

 それからレコードはサスペンスかもしれないとうこと。ロックが禁止された国で少女は海上の船から送られてくる海賊放送を聞いて世界的に人気のバンドが奏でるロックミュージックに触れ、感銘を受けていつかそのレコードを聴きたいと願う。危険をくぐり抜けてレコードを手に入れてた少女は、やがて自分も同じように音楽を欲しい人のために届ける役目を担うようになる。

 さらにレコードはコミュニケーションだということ。遠くの暑い国へと出かけて足止めを食らった世界的に人気のバンドがホテルを抜け出し、街に遊びにでかけて耳にとめた少女が必死に奏でるギターのサウンドが自分たちの曲だと知り、そして少女から挑戦を受けて競い合ううちに打ち解け合ってしばしの休息を楽しく過ごす。

 突然に音楽を途絶えさせた海賊放送線が陥っていた危機を乗り越えて、海賊放送船から飛んでくる電波を捕まえて、レコードから再生される音楽を聴いて新しい生活に馴染んでいく女性がいる。街にずっとあるダイナーに置かれた古いジュークボックスで奏でられる、その街で生まれ育った若者達が作った自主制作レコードを聴き続けて、音楽にだんだんと馴染んでいく存在がいる。

 レコードがあったからこそ繋がった絆があり、強くなれた気持ちがあり、動き始めた感情があった。レコードといものが持つそんな役割を、綴ってくれた連作短編が収録されている。どこかから引っ張り出してきたレコードをプレイヤーに載せてトーンアームを上げ、針をレコードの溝へと落としたくなる。そして、ザリッとしたノイズが流れてそして奏でられ始める音楽とともに「音盤紀行」を読み返して思うのだ。この素晴らしい文化を絶やしてはいけないと。そんな漫画だ。


【1月2日】 家にいたら寝てしまうので栄へと出て名古屋市内では1軒らしいVELOCHEでしばらく原稿書き。10日が締切らしい報告書の項目を幾つか埋めていく作業でどうにかこうにか終わりも見えてきたところで場所を変えようと店を出て、さてどこでご飯を食べようかと考えて丸栄スカイルの中にあるコモへとまた出かけていってミラネーゼを食べたら予想と違ってた。

 ヨコイだとかチャオだとかのミラネーゼは赤いウインナーソーセージを千切りして積み上げるんだけれど、ここん家は魚肉ソーセージめいたものをぶつ切りにして上に乗っける感じ。それもまた味があるんだけれどソースにもパスタにもこれといったパンチがないので量的に腹を満たす時でもなかったらあんまり行かないかもしれない。場所は栄のど真ん中で悪くはないんだけれど、ちょっと歩けばヨコイが錦にも末吉にもあるからね。数日前に食べたピカタは悪くなかったのでそっち系に期待しよう。

 コモの前にはイシバシ楽器があってせっかくだからと中を覗いて「ボッチ・ザ・ロック」でぼっちちゃんが弾いてたギブソンのレスポールカスタムで真っ黒な上に金縁でピックアップも金色の奴が売っていて、値段を見たら83万1000円とかそんなくらいだった。これはちょっと変えないなあ。「けいおん!」が流行った時に平沢唯が弾くレスポールのチェリーサンバーストも高かったけれどそれでも30万円くらいだからほとんど倍。「けいおん!」でコスプレしたいからとレスポールを買った人がいたそうだけれど「ぼっち・ざ・ろっく」は他でごまかすしかないかなあ。

 そういえばようやく見た「ぼっち・ざ・ろっく」は音楽を始める動機がコミュ障を克服したいってことなのに、そこから脱するにはとてつもないコミュニケーションが必要なのにそれがなくてずっとコミュ障だという悲劇を目の当たりにして我が身を思いつつそれでも楽器でも始めれば、何かきっかけになるかもと思ってしまっているあたりに影響のされ易さが表れているかもしれない。まあ買うにしてもレスポールではなく山下達郎さんが愛用しているテレキャスターなんだろうけれど。それならそれせSCANDALのHARUNAシグネチャーが格好良くて良かったかなあ、もう売り切れっぽいものなあ。

 お腹がいっぱいになり過ぎたのでパルコとか松坂屋とかをのぞいてそれから地下鉄で久々に八事まで出向いて昔のジャスコで今はイオンの中をのぞく。昔は夢がいっぱい詰まっていた店だったけれど今となっては普通のスーパーにちょっとだけフードコートがついたくらいの感じかも。書店は大きいので使い勝手は悪くない。あとはやっぱり昔からある寿がきやがが今もまだあるのはちょっと嬉しい。でもお昼をいっぱい食べ過ぎたのでこことでは食べずにマクドナルドで買ったコーヒーを飲みながらしばらく仕事。だんだんとできあがってきたのであと申し越し。週末に入るホテルで仕上げよう。

 去年は「うる星やつら」のアニメ化が発表になって話題になった年始に今年は新キャラクターの声が発表になってちょっとだけ盛り上がり。竜之介を高垣彩陽が演じてその父の「海が好き」を錯乱坊だった千葉繁さんが演じるようでメガネではないけれど役柄が決まってはいるけれど、その暴れっぷりが今からちょっと気に掛かる。前は割と最初の方から出ていたテンちゃんがいよいよ登場だということで声は悠木碧さん。こちらは芸達者なので杉山佳寿子さんみたいな声をきっと聞かせてくれるだろう。関西弁はどうだろうか。それも何とかなるかなあ。あとメインキャラで出ていないのって誰だろう。こたつ猫……は声ないか。校長って出てたっけ?


【1月1日】 NHKの紅白歌合戦は橋本環奈さんの総合優勝だったようで納得。デビュー依頼様々な役柄を積み重ねつつどれだけ評判の悪い作品でも個人だけは突出した可愛らしさを見せてきてくれた才能が、年に1度の大舞台で炸裂したって言えそう。この評判なら来年もって考えたくなるけれどもあれやこれや多い芸能界だけに、余計なスキャンダルに巻き込まれないとも限らないのでそこはある程度許容範囲での賑わいに留めて来年も司会を務めてダンスを見せてやって下さいな

 。そういえばKing&Princeの平野紫耀さんとの絡みはあったんだろうか。「かぐや様は告らせたい」の会長と副会長の関係だけにいろいろイジれただろうけれどもそこはKing&Princeが最後の紅白となったこともあって、そのパフォーマンスに集中させたのかもしれない。伊井野ミコ役だった日向坂48の影山優佳さんとはキツネダンスの時にコラボしていたから、番組として忘れていたわけではないんだと分かったし。芸能界も大変だけれどそこをしっかり歩いているからこそ、絶えず作品に出続けられるんだろう。

 正月なので近所の神社とお寺にお参りしてからあとは家でゴロゴロゴロゴロ。AmazonPrimeVideoのdアニメストアに「ジオブリーダーズ」のOVAが1作目も2作目もあることにようやく気がついて、先に見た2作目に続いて1作目の方も家のテレビでStickFireから再生をしてじっくりと見る。胸とか出ているのはOVAだからかなあ。内容はもう楽しいんだけれどもその楽しさが、原作ではだんだんと虚無感へと流れていって1部のラストで悲しいことになってしまうだけに胸に来るものがあるなあ。可能ならBDあたりで再発して欲しいんだけれどスタンダード使用のアニメってなかなかBDにならないんだよなあ。「フォトン」とかよくBD化が決まったなあ。

 なにやら新聞業界がいよいよヤバいとう記事が出て、しきりにDX化なんかを訴えている人がいたけれどもDX化が新聞という媒体が持つ利点なり特色を保ちながら収益の改善に役立つ道がまるで見えないだけに留まるも地獄ながら進むも地獄の状態が続くことになるんだろう。新聞の良さは一定の部数に支えられて得られる収益の上ですぐにはお金にならない情報でも網羅的に拾ってニーズに応えること。そうした情報の中から人の流動なり物資の移動なりが生まれて産業が栄え文化が発展していく。それを支えているんだ等意識を読者も持ちつつ共存共栄してきたのが過去の新聞だった。

 それがいつの間にやら情報流通を一手に握っているという奢りが社員の高給化を膿みつつ情報の画一化も招いて存在価値を減じていった。そして高給を支払っていてはコストがかかるからと情報を仕入れる窓口をどんどんと減らすという、その強みを減じる方向へと突っ走ってはさらに紙価を落とすデフレスパイラルに突入している。ここでだったら給料を下げられるかとうともはや新聞自体への信頼も、そしてニーズも細ってしまって取り返しはつかないだろう。全国紙は消えるしかないのかもしれない。

 とはいえ地方ではローカルな情報を掲載して交流を図る地方紙なりブロックしが未だ価値を持っている。そうした地方紙なりブロック紙が地域で反映しつつ全国紙は大阪で毎日と産経が地域紙となり、東京で朝日と読売がしのぎを削り合いつつ政治や経済といった全国ニュースも独自に作り、共同通信や時事通信、そして日本経済新聞あたりが配信する政治なり経済のニュースと張り合うようなアメリカ的な棲み分けができれば、紙の新聞もまだまだ続くような気がするなあ。だて朝、開いて何が載っているか見たいもん。知らない情報にアクセスできるという意味で、新聞ややっぱり大切なのだ。


【12月31日】 大晦日だけれど書かなきゃいけない原稿があるので家を出て、栄まで行ってVELOCHEでこつこつと原稿を書いていく。それなりの時間が経ったのでさてヨコイでパスタでもと思ったけれどそれは一昨日に東京から帰ってきた時に名古屋駅の店に入って食べたから、別の店にしようとスカイルにあるコモって店に行ってピカタを食べる。麺がちょっと柔らかめだったけれど味はまずまず。随分と昔に入ったことがあるけどそれはもういつのことだったか覚えてないのだった。まだ店があったことの方がちょっと驚き。丸栄スカイルなんてまだあったんだ。

 大津通を歩いて大須へと向かって矢場町で矢場とんのぶーちゃんを見上げていつも大きいなあと感嘆。でもって隣のマクドナルドでやっぱりカタカタと原稿を打って時間を過ごしてから、大須の街を歩くと栄の地下街よりも名古屋駅のコンコースよりも混んでる感じがした。昔はどこまでも古い街で行ってもヤンキーとおたくと爺さん婆さんしかいなかったのに、今は若い人もいれば観光客もいてもしかしたら名古屋市内でも1番くらいに混んでる場所になったような気がする。時代が変わってもスタイルを変えなかったことが逆に流行に左右されずにお客さんを集め続けたのかもしれない。

 そんな街々もよく見ると唐揚げやができたりタピオカ屋ができたりして若い人が来たがる街にもなっている。そんな変わらず変わるハイブリッドな街作りが、あるいはこれからの街作りの参考になるかもしれない。かつては結構な賑わいだったのに今はすっかり閑散としている今池とか、街に中心部がなくどこに行ったらいいのか分からない金山あたりが真似ようったって真似はできないからなあ。あるいはジブリパークへと接続している地下鉄東山線の沿線としてそっち方面で開発していくとか。覚王山にはそれこそ巨神兵の骨を安置するとか。

 戻って少しミスタードーナッツで仕事をしてから帰宅してAmazonPrimeVideoを漁っていたらdアニメストアとの連係で「ジオブリーダーズ」のOVAが見られることに気がついて第2作の方を見て楽しむ温泉シーンで胸の先っぽまでしっかり見えるのがOVAの良さってところ。あとはやっぱり神楽綜合警備の面々の楽しさだけれどそんなメンバーも漫画の終わりの方で大変なことになってしまうのを知っているだけに胸に迫るものがある。そういえば伊藤明弘さん、「ワイルダネス」の新刊を出していよいよ復活の兆しもあるので「ジオブリーダーズ」の方も田波くんだけが残って寂しい境遇に光を与えてくれたらちょっと嬉しい。どうなるかなあ。

 新聞社を辞めるとYouTubeで大々的に喋っていた人がいて、今の新聞はどんな特ダネを書いても客は来ないんだからやっぱり書く人にファンを作らないとダメだとか言っていて、それも一理はあるけれどもスカスカなものをいくら書いたところでその書き手にファンなんてつくはずもない。最初は無名でも書いているものに興味をもたれればだんだんとファンもついてそして名前と書くものの評判が一致してくる訳で、それを言わずに自分のファンになってとばかりの言い様は、ちょっと先行きが心配になってくる。新聞社の名刺と看板の威力がどれくらいだったかをしばらく噛みしめてみよう。

 そして夜になって紅白歌合戦。橋本環奈さんの司会ぶりが鉄壁でまるで10年くらい司会を続けているような貫禄がある。芸歴はずっと長いはずの綾瀬はるかさんのあの不安定でいつ何をしでかすか分からない感じがちょっと懐かしくなった。出演者ではPerfumeが楽しげだったけれど、ライゾマティクスあたりを巻き込んで最先端のライブテクノロジーを見せるような出方はしなかったのは金がないのかアイデアがないのかライゾマがもう嫌がったのか。ADOはまあ唄えばちゃんと唄えるけれどCGのキャラクターの合成はどこか浮ついていたかなあ。審査員の芦田愛菜さんの貫禄もちょっとすごい。Vaundyのボーカルの丸さにちょっと勇気が湧いた。格好良く唄えれば丸くても良いんだ。歌を鍛えようっと。


【12月30日】 ペレが逝く。サッカーの王様。ワールドカップで3度優勝をした選手は他にいないというだけでも偉大さが分かるサッカー選手は背番号の10番をチームでも最も重要な番号へと替えてそれがディエゴ・マラドーナからロベルト・バッジョからリオネル・メッシへと至るサッカーキングの系譜へと続いていった。先のFIFAワールドカップ2022カタール大会でアルゼンチンが優勝してメッシ選手が現代のサッカー界のエースの地位を確固としたものにしたけれど、それでも超えられたとは言えないマラドーナですらやっぱり超えられない唯一の選手って言えそう。

 そのペレの死去はサッカーの歴史においてもスポーツの人類史においてもとてつもない重大事と言えるだろう。そのプレイを目の当たりにしたことはないけれど、ネットで映像を見るととにかく早くてとにかく上手くて、フェイントをちょいっと繰り出して相手を止めてその瞬間にすっと抜け出す技なんて見るほどに惚れ惚れとする。今のスピードにだってついていけるしパワーにだって太刀打ちできる選手。そこは時代が変わって司令塔という役割が廃れバッジョ選手あたりの居場所がなくなっても、きっと大活躍できるだろう。

 ニューヨーク・コスモスへと移籍してベッケンバウワーと同じチームでプレイをしていたペレを、もしかしたら何かの映像で見たかなあ。録画でもいいから見たいなあ。ペレがそんな物心がついた時代から今に至るまで王様で有り続けられたのは、選手としても優れていたことに加えて人物としても長くサッカーのために尽くしてきたことも大きい。薬物とは無縁というかEDの治療薬の宣伝大使として世に広く人気を獲得。インタビューに出てその存在感を保ち続けた。同じだけの歴史をだったらメッシは刻めるか、って考えるとやっぱり凄い選手だったなあ。そのプレイを心に思い出しつつしのぼう、永遠に。

 ヴィヴィアン・ウエストウッド逝く。パンクの女王。ファッションデザイナーとしてロンドンを拠点に世界で大活躍したその業績を振り返ると、そのままロックとパンクと音楽の歴史と重なってくる。爆発した感性でもって世界を席巻した存在が、同じ英国の正真正銘の女王が亡くなった年に逝くのは何かの運命なのかもしれない。アニソンの帝王もそういえば逝った2022年はある意味で歴史の転換点として後世に語り継がれることになるだろう。遊戯王の作者もそういえば事故で亡くなったんだった。最後の最後で野球の王にいかなくて良かった。

 磯崎新さんも死去。建築家だけれど日本では丹下健三さんだとか黒川紀章さんとか安藤忠雄さんのような表だってど派手な活動をしている人と比べるとあんまり知られていない感じがあって勿体ない。作るものだけれなく作る態度にも哲学があっていろいろと刺激になる人だった。東京都庁のコンペ案であのバベルの塔めいた巨大さを誇る丹下健三のデザインに対して横に長く低層の案を出して当然に落選したけれど、それと同じようなアイデアがなぜか丹下健三さんの案としてフジテレビのお台場社屋に使われたのは驚いた。レム・コールハースも見てあれはお前の案だろうと磯崎さんにいったくらい。どういう経緯があったんだろうなあ。聞きたかった。合掌。

 家にいると寝てしまうので矢場町へと出てスターバックスでしばらく原稿を書いてから、パルコで開催中の「ポプテピピック」の展覧会をのぞいたらインディペンデントなアニメーション作家の展示物もいっぱい飾ってあって楽しかった。幸洋子さんは名古屋が出身だからある意味で凱旋かあ。そこを出て大須まで行ってユウゼンであんかけスパを食べて赤池へと戻りTOHOシネマズ赤池で「すずめの戸締まり」を見る。4回目。ちょっと寝たけど見たい場所はちゃんと見られたので良かった。振り向くと劇場に観客がぎっしり。ここまで来てもなお観客を集める魅力があるってことだろう。110億円は行きそうだな。


【12月29日】 お誘いを受けたのでアニメージュとジブリ展の内覧に行く。午前10時に1番で松屋銀座に入って8階の催事場へと上がって中に入って高橋プロデューサーに挨拶。それから中に入って見ると池田憲章さんへの追悼があって編著書「アニメ大好き!ヤマトからガンダムへ」の本体とそして表紙の多分原画が飾ってあるのを見てジンと来る。原画だとしたらよく残っていたもので、そんな驚きが全体に詰まっている感じがして保管する大切さというものを改めて思い知らされた。

 中に入ってざっと回って前の2021年春にのぞいた時と比べて、すっきりとして分かりやすくなったなあという印象を抱く。前はそれこそ「月刊アニメージュ」のお仕事をごっそり詰め込んだ感じになってて記事もあれば付録もあって「ロリコントランプ」があるとかないとかいったことが話題になっていて、それはそれで懐かしかったけれどもちょっと雑多な感じがあった。今回は歴史をリニアにして尾形英夫さんをフィーチャーしてその立ち上げから創刊号の紹介があって、前の鈴木敏夫史観からの脱却が感じられた。

 それから雑誌がだんだんと成長する中でガンダムやカリオストロといったものが人気となり、そして「風の谷のナウシカ」が連載されては映画化されてスタジオジブリにつながって行くまでが、雑誌については原稿を大きく拡大して見せる感じにして記事を読めるようにして当時を知れるようにしてあった。合間におたく部屋めいたものの展示もあったけれどもベータデッキにレーザーディスクのデッキにソニーのコンポに「うる星やつら」やら「未来少年コナン」やらのLDボックスが並んでいた。

 タバコのパッケージがモチーフのゴミ箱あとかがあってフィギュアが並べられてといった具合に、ちょいお金がなければできそうもない部屋の構成になっていて、こういう暮らしができていたらと羨ましくなる。そしてアニメについてはレイアウトを並べ原画を並べセル画や背景画も置いてどのように作られていったかが分かるようにされていた。「ルパン三世界PART2」の「さらば愛しきルパンよ」のレイアウトだとか「風の谷のナウシカ」のレイアウトだとか貴重すぎるんだけれどあんな風においてあって大丈夫なのかとちょっと思った。

 強く印象に残ったのは「月刊アニメージュ」の創刊号を大きく伸ばして見せていたところで中に水木一郎さんの記事があり、そして聖悠紀さんの「黄金の戦士」のカラー広告があってこのタイミングで急ぎ掲載した訳でもないだけに当時からしっかりと今に繋がる人を押さえていたんだと分かった。同人誌紹介ページもあったなあ。とにかくアニメを軸にいろいろと載せていた情報紙としての「月刊アニメージュ」を読んでさえいれば、だいたいのことが分かったんだということを思い出した。

 こうして雑誌を引っ張り出せば、当時の記録に触れることができるところは紙の雑誌の大きなメリット。それを保存してくれている大宅壮一文庫の紹介もされていて、物質として残す意義というものを強く感じさせられたけれども時代はデジタル。どうやって記録を残すのか。インタビューとかいっぱいあってもサイトが消えれば雲散無償となるこの状況を、どうにかする方法はあるのだろうか。悩ましい。

 つじ田でつけ麺を食べてから東京駅へと行って予約してある新幹線に載ろうと構内に入ったら1時間間違えていてコンコースで1時間半くらいを座って凄く。合間に原稿を書けたので良しとしよう。名古屋へと向かう途中で眠ってしまったけれど、駅の手前で目を覚ますことができてちゃんと降りられた。名古屋駅にあるヨコイでミラネーゼというウインナが載ったあんかけスパを食べてそれから実家へ帰宅。持って返った接触不良が時々でる電気ポットでお湯を沸かしてコーヒーを飲んで原稿を原稿を書こうとしたら寝てしまった。やっぱり1日1原稿が限界かなあ。


【12月28日】 アニメーション版「チェンソーマン」が原作とは違うので作り直して欲しいといった意見についてはまるで共感めいたものが起こらない。それはコミックスとしての「チェンソーマン」をリアルタイムでぎっちり読んでは没入していた訳ではないってこともあるけれど、たとえそうだとしてもメディアが変われば表現形式も変わるのが当然で、漫画がそのまま動いたものが見たければ想像の中で漫画を動かせば良いだけのこと、そうではないものが観られて「チェンソーマン」という作品の世界が広がったなら、それはそれで素晴らしいことだと思えば良いのだ。

 しかるにアニメーション版を作り直して欲しいなどと署名まで集めている人のいくら名前なんて集めたところで一銭も寄越さない相手に版元やら権利元が何か動くはずもない。作り直したものが見られる保障もない一方で今の「チェンソーマン」は原作の漫画を読んでいない人にもクールでスタイリッシュでダークでグロテスクなアニメーションとして浸透している。時に静けさを波乱で緊張感を保ちながら進んでいく展開が爆発するようにバトルへと突入する緩急の素晴らしさ。漫画なら数個まで飛ばすところを淡々とじっくり描いてそこに世界があることを意識させる演出の奥深さ。どれをとっても今のアニメとして超特級の工夫がありその結果としての面白さがある。

 マキマさんの可愛いだけではない怖さもそな静けさを持った演出の中にこそ醸し出されるといった感じ。これがただの漫画の移し替えだったらこうも見入らなかっただろう。アニメーションが映像である以上はそこに強制的な時間の流れを作りだして見る人に突きつける。その案配が僕にとっては「チェンソーマン」は抜群で、ゆっくりなのに目を離せないところがあったりするのだ。あとはやっぱりエンディングが毎回変わるところが面白い。どんなアニメーションが飛び出してくるか、その楽しさがあるからなあ。なのにいった何が不満で署名なんかするんだろう。まったく訳が分からないけどそうはいってもすでにここまで創られた作品が、「ルパン三世」の第一作でもないのに大きく変わるはずもない。後はただどんな激しいバトルを見せてくれるかを、そんな展開が待っている終盤に期待して見ていくだけだ。

 やっぱり電気がつかないなかを布団に潜り込んでどうにかやり過ごして迎えた朝、家にいたって暗いだけなんで外に出てとりあえず幕張あたりまで出向いてしばらく原稿をカチャカチャ打って時間を過ごす。それからゴーゴーカレーで食べるとやっぱり金沢のターバンカレーで食べた本場の金沢カレーとは違った濃さを感じる。ターバンカレーもカレーの市民アルバももうちょっとマイルドなんだよなあ。どうしてゴーゴーカレーだけがこうも濃くなったんだろう。それを金沢市民の人たちはどう行け止めているんだろう。ちょっと知りたくなった。

 適当に過ごしてから三井アウトレットモールのビクトリノックスに行ってツースケースを購入。2泊くらいはできそうなヤツで上に前に買ったブリーフケースを載せるとビジネスマンの出張っぽくなる感じ。そりゃあダッフルバッグの方が中にたっぷり詰め込めるけれどそれで来週あたり、電気がないのをしのぎにホテルを回るのはちょっと流浪人っぽいからスーツケースくらいで見た目を整える必要があるのだった。まずは帰省に使って年末年始を過ごした後、戻ってホテルを転戦しよう。連泊だと過去に中国を回った時に9泊だか10泊だかををやっていたのでそれ依頼の長旅になるのかな。

 日刊スポーツ映画大賞が発表になって作品賞に「ハケンアニメ」が輝いた。毎日映画コンクールではまるでひっかかってないのにどうしてって気もするけれど、それだけ観る目をもった人が多かったとここは「ハケンアニメ」好きとして理解したい。助演男優賞には他にも出ていたけれども「ハケンアニメ」での好演も光った柄本佑さんが受賞。決して大ヒットした映画ではないけれど、それだけ映画好きの心に訴える作品であり内容であり演技だったってことだろう。映画では石原裕次郎新人賞に「今夜、世界からこの恋が消えても」に主演した道枝駿佑さんが受賞してて人気だけじゃない実力を示した格好。さっぱりとしてくどくない青年を演じてこれほど似合う人はいない。今後に期待。


【12月27日】 いつか幕張の千葉マリンスタジアムで見たパトレイバーのデッキアップを今一度、国際レイバー展が開催される幕張メッセで行うために修理や車検が必要なので、その費用を募るクラウドファンディングが始まったので電気がつかない家の中でiPadを手にして時間スタートと同時に応募する。狙いは7人分しかない出渕裕さんのトークイベントが最前列で聞ける権利付きファンディング。どうにかこうにか確保に成功してこれで2月21日のワンダーフェスティバルに行くことが決定した。

 もちろんチケットは購入済みだからあとは何時から始まるかを調べて、それに間に合うように入ることだな。さすざに朝一で並ばなければ間に合わない時間にはやらないだろう。出渕さんだってそんなに早起きではないだろうから。国際レイバー展自体がどんな感じで開催されるのか分からないけれど、前に幕張メッセ内でもデッキアップしていたから、あの高さならきっと中でも大丈夫だろう。ということは企業ブースあたりに置いてデッキアップかな。外で立ててそのまま外でトークイベントは流石につらいので勘弁な。

 講談社の漫画雑誌「イブニング」が来年の3月だかで休刊だとか。立ち上がったときから何となく手にはとっていたけど本格的には「もやしもん」が面白くなってから。それで読んでいたらなぜか雑誌が変わってしまって読めなくなったもののその後も「少女ファイタト」の連載が続いていたり「リウーを待ちながら」が連載されて読んでいたけどだんだんと「少女ファイト」が載らなくなって、それでも載る号だけを見つけて買ってはいたもののそれもなくなって今にいたる。なので休刊となっても個人的には痛手はないけれど、完結していない「少女ファイト」だけはどこかで続いて欲しいもの。「モーニング」に移るかマンガDAYSのネット連載になるか。

 新海誠監督の「すずめの戸締まり」がようやくにして興行収入100億円を突破したとの報。「君の名は。」の28日は異例としても続く「天気の子」でも34日で100億円に到達したのと比べると、7週目の43日だっけそのくらいはちょっとペースとしては遅い感じ。とはいえ見れば分かるように大変に重たいテーマを描いていて口コミによって人に勧めづらいところもあったりする内容を、それでも見るべきだと足を伸ばして見ている人がそれだけいるという現れでもあって、十分過ぎる成績と言えるだろう。<BR>
 あの庵野秀明監督が企画に携わっても「シン・ウルトラマン」は44億円止まりなのと比べると、3作品を連続して100億円超えに持っていったのはもはや新海誠監督が国民的なアニメーション映画監督になったという現れに他ならない。5本を立て続けに100億円超えへと持っていった宮崎駿監督が異例とはいえその跡目を名乗れるのも新海誠監督を置いて現時点ではいないだろう。細田守監督が本当だったら100億円超えを連発して欲しいところなんだけれどなぜか延びないのは所々に大人向けといった雰囲気が漂うからかなあ。

 原作つきなら中身的にはオリジナル要素が高くてもキャラクター人気のある「ONE PIECE」が延びるのはまあ当たり前。そして「呪術廻戦0」もやっぱり原作人気があっての100億円突破ってことでそれらとは違って完全オリジナルの作品を100億円超えに持っていくのはやっぱり凄い。それだけに次ぎに作るのがいったい何になるのかが目下の注目だけれど、公開されてまだ7週間しか経ってないうちにそれを言うのも野暮なので、今はまだまだ延びると信じて見守ろう。というか環さんの薄い本(違う)をもらいに行かないと。

 将棋の藤井聡太五冠が棋王戦の挑戦者決定戦で佐藤天彦九段に勝って渡辺明名人・棋王への挑戦を決めた。これで獲得となれば年度内の六冠も夢ではないけれど、その一方で羽生善治九段が挑戦者となって藤井聡太五冠の持つ王将位に挑んでくる。獲得すれば前人未踏のタイトル100期を達成する訳で誰もが注目の一戦をしのぎつつ棋王位を獲得できるのか。やってのけたらそれこそ羽生九段が今なお君臨するトップ・オブ・トップの座が完全に藤井聡太五冠に変わることになるだろう。2023年はそんな時代。続く才能は果たしているのか? 見守りたい。


【12月26日】 朝からネットで検索をして漏電ブレーカを修理してくれそうな工務店をどうにかこうにか見つけて連絡をとる。果たして漏電ブレーカーが間に合うか分からないしそれ以前に玄関まで本が積まれた部屋に入れるか分からないけれどもそれでも修理をしないとずっとカプセルホテル暮らしになりそうなので、どうにかしないといけないのだった。幸いにして年末年始を帰省して過ごすつもりなのでその間は部屋にいなくても大丈夫だけれど、前後に数日は過ごさなくてはいけなさそうなのでその際にどうやって寒さをしのぐかだけは考えないと。着こむかなあ。

 金沢で見かけた北國新聞の朝刊に小説化の西村賢太さんの遺品が石川近代文学館に収蔵されるとのこと。昨日に兼六園の帰りに立ち寄った場所でいろいろな文学者に関連するものがいっぱいあったけれど、その列に西村賢太さんが連なることになる。ご本人は東京生まれだけれど、私淑していたのが藤澤清造という文学者でその偉績を悼む「清造忌」を復活させたとか。その縁もある上に西村賢太さんが恩人と慕った井口哲朗元石川近代文学館館長の紹介で「北國文華」に寄稿しデビューした縁もあって寄贈先に決まったらしい。

 推敲したノートなんかが対象で芥川賞を受賞した「苦役列車」の草稿もあれば未完の長編「雨滴は続く」の生原稿もあったりと西村賢太さんという文学者を知る上で貴重すぎる資料ばかり。現代ではそうした資料も死語に散逸してしまう可能性が大きいけれど、こうして縁がつながると残るというのもその死は惜しまれるもののホッとする。藤澤清造関連の資料も段ボール箱50箱ぶんくらいあるそうで、常設コーナーを持っている石川近代文学館にとっても大きな価値を持つだろう。それを収蔵して残し続けるのも大変だけれど、それこそが文化を尊ぶ金沢の風土ってことで。
 いやあ参った、小林清志さんが亡くなったり水木一郎さんが亡くなったりしていろいろあったアニメーション業界でこの年の瀬に大物も大物のぴえろ創設者、布川ゆうじさんが亡くなったといった報が飛び込んで来て驚いた。少し前に東北の方で展覧会を開いて講演も行ったくらいで経営者を止めても個人的にアニメーション業界のために活動をし、若い人材の育成から作品の保全からいろいろ考えていた人だけにアニメーション業界にとって大きな損失と言えるだろう。何か持病があったとも闘病していたとも聞いてないだけに突発的な何かがあったのかもしれない。

 布川さんには日本工業新聞時代にネット向けに何か新しいサービスをするようなことを聞きにいって記事にしたことがあったっけ。当時訪れたのがどこのスタジオだったかもう記憶にないけれど中央線沿線のどこかで親切にいろいろと教えてくれたような気がする。軽く四半世紀は前のこと。その頃はもしかしたら今の僕より若かったかもしれない。すでに「うる星やつら」やらなにやらいっぱい作った大手だったけれど、その後も「BLEACH」や「NARUTO−ナルト−」といった海外でも人気の作品を作って大きくなっていった。

 「おそ松さん」も手掛けて一大ブームを巻き起こした。尖ってはないけど丁寧にしっかりと作る会社は同じタツノコプロ出身の石川光久さんが社長を務めるプロダクション・アイジーとは違っていたけど、そんな両者がいたからこその今のアニメーションの豊穣もあるんだろう。親しい関係でもないのでお別れの会とかましてや葬儀に出向くなんて事はないけれど、それでも遠くからそのご冥福を祈りたい。思えば布川さんがハブとなって実施にこぎ着けた「ラフ∞絵」をう展覧会を2019年4月に取材したのがリストラを食らってフリーになって最初の仕事だったなあ。そういう意味でも奇縁のある方。合掌。

 ポリゴンルックなんて呼ぶなら「トゥームレイダー」初期のララ・クロフトだとか「バーチャファイター2」のカクカクなキャラクターくらいを言って欲しいなあ。とあるインタビューで「ドラゴンボール」の劇場版最新作がセルルックなのが良いといった話の中で、ピクサーだとかディズーにとかがやっている降る3DCGのアニメーションをセルルックイン対してポリゴンルックと名付けていたけれど、業界の他の誰も知らなさそうな言葉でちょとt話題になっていた。「トイ・ストーリー」的なものはある意味でフィギュアニメ-ションであってそれが進化した今はパペットのストップモーション・アニメーションと見た目変わらないから、ポリゴンルックと言われると昔のポリゴンキャラが浮かんでイメージがズレるのだ。かといって他にどう呼べばいいか分からないのも難しい。知らず定着していっていまうかもしれないなあ。
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【12月25日】 暗闇の中を支度して鞄に荷物を詰めて新幹線で金沢へ。日曜日ってこともあって混んでいるかと思ったけれど、帰省ラッシュにはまだひっかかっていないのか割と空いてて3人がけのシートの他の2人はずっと来なかった。これならもっと広く使えば良かったかな。途中、群馬県あたりを走っている時は遠くに見えるあれは赤城山だろうか、雪がうっすら積もっていたけど街並みは平然としていたのに、長野県に入るとあたり一面雪の原になっていて、火曜日に行った新潟県みたいになっていた。さすがは信濃路、山の中。

 長野市を超えて糸魚川あたりに来ると見える日本海は冬っぽさ炸裂。近寄れば呑み込まれそうな寒さを感じさせたけれどもそんな中を漁に出ている漁師さんたちがいるから美味しい蟹が食べられるのだ。食べられないけど。富山を抜けて金沢へ入るともうそこは雪が歩道に積み上げられた雪国の体。実は小松までは来たことがあっても金沢で降りるのは初めてだった上に冬の北陸も来たことがなかったので、やっぱり雪が降るんだと関心した。こんな場所で4年を過ごして細田守監督も、東村アキコさんも立派に世の中に羽ばたけたなあ。鬱屈が逆に想像力を高めるのか。

 いやいや金沢は元より文化の地。歩いていてみかけた石川四高文化交流館の石川近代文学館に入るとたとえば泉鏡花だとか徳田秋聲だとか室生犀星といった三文豪をはじめとした金沢や加賀能登にゆかりの作家がずらりと紹介されていて、中にあの島田清次郎もいればその島清を題材に作品を書いた杉森久英もいて五木寛之やら山田詠美やら本谷友希子やらと古典から現代から最先端までが並ぶ文豪達の住処だったみたい。

 まあかき集めればどこにだってそれくらいいても不思議はないけれど、文学館が設置してあるナンバースクールの旧制第四高等学校自体がそうした文豪たりを生み出し、文芸誌を出し続けた伝統があるみたいで、決して広くはない街でのそうした取り組みの中から街全体に文化を称揚する空気が漂っていて、それが大勢の文筆家を生み出す土壌になったんだろう。岸田幾多郎とか鈴木大拙とかが同門同期でいたらそりゃあ発憤するよなあ。面白かったのは永井豪さんのお兄さんが最後の旧制第四高校の卒業生だそうで、豪さんが寄せたイラストがあってそれがどう見てもあばしり一家の菊ちゃんのような女顔。いたらきっとみみくちゃにされただろうなあ、四高の姫とか言われて。

 冬の金沢といえばやっぱり兼六園だろうと向かう前に立ち寄った大和で開かれていた「けものフレンズSHOP in KANAZAWA」を見物。初期の等身が愛らしいフレンズたちがずらりと並ぶポスターがあってそしてマーゲイとキンシコウのパネルがサイン入りで飾ってあって1期の頃の熱がむわっと蘇る。あのまま歴史が進んでいたらと振り返っても詮無いけれどもいつかといった思いは未だに持っているのだった。そこを出て兼六園へと向かう途中のターバンカレーで金沢カレー。まあゴーゴーカレーで食べてはいるけどルーが濃いめになってるゴーゴーとは違いここん家はカレーの市民アルバのような味だった。こっちが普通なのかもしれない。

 兼六園は雪景色。歩くのにも苦労したけど池が雪で囲まれているのは早々見られるものではないので来て良かった。あれが雪吊りか。初めて見た。そのまま外に出て金沢21世紀美術館でイヴ・クライン展。なぜか具体の白髪一雄とかが飾ってあってどうやら表現の技法に関係があるみたいだった。脚で描くとか体で描くとか。クリスマスってこともあってカップルでやってくる客の多さにムラムラ感も募ったけれどもそういう年頃でももはやないので横目で眺めてああやっぱりイヴ・クラインは青いなあと思うひとりきりのクリスマス。来る君などずっといない。

 ネクタイを忘れてきたのでどこかで買おうと香林坊から近江町市場の方へと歩いていたら「機動戦士ガンダム THE ORIGIN展」の文字が見えたので会場へと飛び込んでザッと見る。前に所沢で見たのよりは規模は少し小さめかな。それでも安彦良和さんが描いた絵が間近に見られてやっぱり上手いなあと感動するのだった。「Trajectory of works 1979−2022 安彦良和〜創作の軌跡」って本が出ていて、どうやら「ククルス・ドアンの島」の公開時に並んでいたそうだけれど気づかずやり過ごしていたのを改めて購入する。高千穂遥さんと対談しているなあ。あとは厚手の紙に保彦さんの原稿をプリントしたボードが出ていたので1枚購入。金沢土産になりました。どこが?


【12月24日】 電気が止まるいつもみたいに電気の使いすぎでブレーカーが落ちたかと思ったら漏電ブレーカーの方で、そういえば前にも落ちたっけと幾つかコンセントを抜いてブレーカーを上げようとしても上がらない。随分と抜いてもダメでいったいどこがと個々の部屋ごとのブレーカーを全部降ろしてもやっぱり落ちるのでこれは漏電ブレーカーそのものがイカれたのかもしれない。あるいは埃の積もりすぎなのかもと想像したけれど、考えていてもらちが明かないので外に出て、ビックカメラで大きな懐中電灯兼ランタンとエアダスターを買う。

 そのままいつものVELOCHEでカツカツと原稿を打っていたら隣に来たおっさんがひとりでブツブツというタイプの人で、気になるかと思ったけれどもクリニック通いのおかげかそういう人もいるよね程度の気分で乗り切る。合間に「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」の最終回を見たのが良かったのかもしれない。教習所とは名ばかりの交通刑務所でドヤされながらも学んだモルカーたちは路上教習も終えて無事に卒業。ひとりひとりとの別れが待っていたけど鬼教官は怖がられてばかり。

 そんな中でも教習車モルカーは寄り添ってくれて2人で教習コースを猛ダッシュ。良いのか? でもちゃんとしっかりコースを逸れずに走るところは教官ならでは。そんな教官とモルカーとのなれ初めも紹介されてどうやら昔は映画に出て走っていたモルカーだったらしい。「マッドマックス」的な映画。ってことは鬼教官は本当はメル・ギブスン? まあそこは想像の中で。卒業マーティーには1期にも登場したタイムモルカーも現れ教習を受けていたモルカーと仲良さげ。ってことは……。そんな仕掛もあって楽しい最終回でありました。

 第1期はモルカーがストップモーション・アニメーションとして動く仕草の愛らしさと、そして描かれた人間のクズっぷりとの対比がまずは話題となって、そしてモルカーたちが繰り広げる映画のパロディ的な展開が受けて爆発的な人気を呼んだ。そんな状態で見里朝希さんがスーパーバイザーに上がって監督を引き受けることになった小野ハナさんも相当なプレッシャーだったと思うけれども、前々からあったという教習所のアイデアを引き取りつつ教習所あるある的なネタを入れつつモルカーとドライバーである人間との絆とうものにスポットを当ててモルカーをグッと近い存在にしてくれた。

 やや難解なところもあったけれども期間の短い中でよく作り上げたというか、見る人たちがすぐさまモルカーの名前を覚えて誰がどうだといった反応を示せるようなリテラシーを獲得していたこともうまく働いたようで、放送されればトレンドに上がる作品になった。最終回も上々の仕上がりで、これで制作したUchuPeopleの名前もアニメーション業界にしっかりと刻まれたことだろう。「ポプテピピック」第2期での「脊髄ぶっこ抜き音頭」のシュールさも乗って今やドワーフに次ぐくらいの知名度かも。そんな状況で次にいったい何を作ってくれるのか。一方の見里監督がスーパーバイザーに上がりながら別に何を作っているのか。いろいろと楽しみ。

 帰宅してブレーカーの蓋をあけて埃をエアダスターで飛ばしていろいろといじっていると少しだけ漏電ブレーカーが上がるようになったけれど、すぐに落ちてしまう状況が続いてこれはどうにもならんと諦める。それでもがんばっていじっていたら、割と長い間上がってくれるようになったのでその間に電気毛布で暖まった布団に潜り込んで睡眠。途中で落ちたみたいだけれどもそこは気にせず寝続ける。正月だからさすがに電気屋さんも来てくれないだろうし、明日明後日と出張で外に行くので年末は2日くらいこのまま乗り切り実家に帰ってやり凄そう。でも年明け早々に長い原稿を書かなきゃいけないんだよなあ。それをどうするか。いっそ実家で書き上げるか。悩み中。


【12月23日】 午後にオンライン会議があるので遠出をせずに近所のフレッシュネスバーガーで原稿書き。前に比べてちょっとずつ高くなっている感じでインフレの並はここにも及んでいると実感する。300円台のフードメニューが前はいっぱいあったのになあ。まあ仕方がない。コーヒーのおかわりサービスを始めたみたいで長時間いるのになかなか良さそう。あんまりお客さんも来ないんでまた少し利用し始めるか。最近は電源を整備するようになたVELOCHEにばかりこもっているから。

 電源と言えばガストとかすかいらーくの系列から電源が取り外されたというか使えなくされたといった報告が。VELOCHEのような喫茶店とは違ってフードメニューも出してそれで稼いでいる店が電源のためだけにドリンクメニューで長時間利用されるのはかなわないといった考えに陥ったのかもしれないなあ。でも電源がなくたって長時間居座る人は居座る訳でそういう人たちに何も頼まないで居座らないで下さいとは言えない店が、電源利用者でも気をつかって頼む人を排除して果たして良いのかって問題が浮かんできそう。どんな結果がでるのやら。

 ゲームのウィザードリィなんてやったことがないのに、ウィザードリィ小説で熱狂的な支持を集めるベニー松山さんと、「ゴブリンスレイヤー」の作者でこちらもウィザードリィのファンという蝸牛くもさんの対談を取り仕切ることになってよく分からないまま必至に食らいついていった原稿がアップされて評判になっていたのでホットする。まあ分からないところはご当人たちに埋めてもらった感じもあるのでこちらは流れを整えた程度だけれど、そんな記事でも反響が凄いのはそれだけ世の中にウィザードリィというゲームをAIしている人が大勢いるってことなんだろう。それなのに初期のシリーズは権利問題があって遊べないらしいこの不幸。権利は発展を縛る。

 なのでベニー松山さんは、ウイザードリィ小説の金字塔ともいえる「隣り合わせの灰と青春」からウィザードリィ的な用語を外してダンジョン冒険ファンタジーとしてコミカライズを行った模様。リイド社のウエブマガジン、コミックボーダーから配信されると伝わるやいなや世間が震撼し大騒ぎしたってことはそれだけ「隣り合わせの灰と青春」が広く浸透していたってことになるんだろう。ウィザードリィ要素を外したことには、権利問題が知れ渡っていることもあってか仕方がないといった反応があって、それを外して読んでも伝わってくるもんがあるという意見が結構あった感じ。もちろん耳慣れた呪文も人名も変えられていて戸惑う人もるけれど、物語が持つ力によってねじ伏せていくだろう。蝸牛くもさんが願っていたように続編のコミカライズもこれであるかな。

 夜になったのでチケットをリセールで購入した「LUPIN ZERO」の第1話から第3話までの上映会を池袋まで観に行く。第1話と第2話はすでに見ていたけれど第3話は所見。とはいっても酒向大輔監督とシリーズ構成の大河内一郎さんにインタビューする際にシナリオは読んでいたので、ヤツが出ることは知っていた。それが過去に倒叙空いたヤツなのかは想像におまかせといったところらしいけれど、何かが正解というよりどれでも正解のシリーズとしてその時に扱う人がその時ならではの設定を盛り込んでは盛り上げて良いって認識はシリーズの延命にとって良いことなんじゃないかなあ。凝り固まって矮小化していくと先細尻を擦るから。ガンダムだってそれで生き延びた訳だしね。

 上映後のトークには畠中祐さんと竹内駿佑さん、そして行成とあさんが登壇してそれぞれのルパンへの思い入れを語っていたけど中では行成さんが本当に好きそうで、あんまり登場場面がないしのぶという役でもご指名で出られて演じたことを大喜びしていた。そういう人って多いなあ。竹内さんは素でも次元のような格好良さ。それで声優だけやっているなんてもったいないので福山雅治ばりの俳優になっていけば良いのに、それはそれで事務所だとか人脈の問題もあるんだろうなあ。だからいい顔を隠してククルス・ドアンなんておっさんを演じるのだった。畠中さんはやんちゃぶりが愛らしくって人気が出そう。次代の梶裕貴さん? 見守りたい.



【12月22日】 寒いけれども家にいると電気毛布にくるまったままさなぎになてしまうので、がんばって家を出てやっぱり大手町あたりまで行ってSTARBACKSに入ってチャカチャカと原稿を打つ。2022年のライトノベルを振り返るような記事だけれども他でも似たような原稿を書いているので趣向を変えて、新人や新シリーズをメインに取り上げていく。こういうのってよほどじゃないとなかなかランキングにも挙がらないし「このライトノベルがすごい!」にも入って来ないから。ライトノベルでバズるような現象が少なくなっているなあ。

 2時間くらいかけてどうにか仕上げて送ったのでSTARBACKSを出てリトル小岩井をのぞいたらやっぱり行列ができていたので地下鉄半蔵門線で渋谷まで出てガード下にある餃子の王将でチャーハンのセットを食べて中華な気分を満足させる。やっぱりそれなりの味をしっかり出してくるなあ。センター街に渋谷餃子の見せもあるけどそこのチャーハンはやっぱりどこか味が染みてないような気がするのだった。日高屋のチャーハンも悪くはないけどやっぱり王将が大阪も含めて美味しいのだった。

 少し時間をPRONTで潰してからスペイン坂を上がって渋谷パルコの横を抜けた場所にあるギャラリーで開かれているMikaPikazoさんの展覧会をのぞく。もう始まって結構立つけどぎっしりと人が来ていて相当な人気。イラストレーターではあるものの作品をただポスターみたいにするんじゃなく、アクリル板にプリントして透明感を出したり背後に花を添えたりしてアート感を出している。別のカンバスにプリントした作品は別のアーティストのペイントを施したコラボに仕立てて独自性を出している。イラストレーターの版画的な展開は割とあるけどこれはちょっと珍しい。元がアーティストであるMikaPikazoさんならではの表現への探求がそこにあるんだろう。

 ご本人が在郎していたので前にインタビューをしたこともあってとりあえずご挨拶。買った画集を見せたら喜んでくれた。インタビューでもはきはきとして答えてくれた方だったけれど実際にお目にかかっても元気で陽気。あれだけ大きくアクリル板に伸ばしてシャギーとか出ないのって聞いたらそれくらいでも耐えられるよう最初から大きく描いているとか。考えているなあ。でもそういうのを描けるんだ。だとしたらもしかしたらカンバスにだって筆で描けるかも。そういう作品を創作してくれるかは分からないけれど、デジタル時代にデジタルツールを利用して活躍しているアーティストなら、それなりの戦い方もある。そんなひとつの形を見せてくれる展覧会だった。次は何を見せてくれるかな。

 渋谷から有楽町へと出て丸の内ピカデリーで「かがみの孤城」の前夜祭的な上映会をのぞく。原恵一監督がクリスマスならではのセーターを着て登場していた。あとはこころを演じた當真あみさんと北島先生を演じた宮崎あおいさん、そしてオオカミさまを演じた芦田愛菜さんが登場。そして原作の辻村深月さんも登場して並んで作品についていろいろと語ってくれた。當真さんは声優が初挑戦だったけれども役にマッチして不安と苦悩を抱えながらもがんばろうとしてあがく少女の声をしっかり演じてくれていたし、芦田さんはやっぱりな巧さでもって小さいけれども強気なオオカミさまをピッタリの感じに仕立て上げてきてくれた。

 そんなオオカミさまが倒れたこころの脚をつかんで引きずるシーンの力持ち具合に力持ちだろうと自分で突っ込むオオカミさまが面白かったけれど、ストーリー自体は中学生ならではのどこかなじめず虐められてもいたいり別のハラスメントを受けていたりする状況への苦悩が感じられて、同世代なら辛いかもと思わざるを得なかった。でもそれを受け止めて見ていくことで乗り越える気持ちを得られる映画であることも確か。それは同じ原恵一監督の「カラフル」とも通じるテーマだけれど、絵がちょっぴりピーキーだった「カラフル」に比べて児童書の挿絵っぽくして振れやすくしていたところは小中学生に見て欲しいという気持ちがあったからなのかもしれない。その期待に応えて入るのか。原恵一監督は本当に興行成績を気にしていたのでがんばって何度か観に行こう。入場特典のポストカードが示すアフターストーリーも全部見たいし。


【12月21日】 毎日映画コンクールの候補作品が発表になっていて、アニメーション部門もアニメーション賞と大藤信郎賞へのノミネートが発表。長編アニメーション映画だと湯浅政明監督の「犬王」に安彦良和監督の「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」、いしづかあつこ監督「グッバイ、ドン・グリーズ!」、新海誠監督「すずめの戸締まり」、そして今年最大のヒット作となった谷口悟朗監督「ONE PIECE FILM RED」が入ってそれなりのラインナップぶりを見せた感じ。個人的には「地球外少年少女」とか入って欲しかったけれどもあれは映画化といわれると迷うしなあ。あとは「夏へのトンネル、さよならの出口」か。

 短編アニメーションだと見知った感じでは幸洋子さん「ミニミニポッケの大きな庭で」に和田淳さん「半島の鳥」、石舘波子さん「わたしのトーチカ」とそれから若林萌えさん「サカナ島胃袋三腸目」、そして「高野交差点」あたりが映画祭とか上映会で見た作品。「駐車場でアメを食べたね」も見たかなあ。ほかにもいろいろとあってどれが取るかと言われるかと迷うけれど、大藤信郎賞あたりに「わたしのトーチカ」が入るとちょっと面白いかも。監督がスタジオコロリドから東京藝大院を経てNetflixという経歴で注目されているし。どうなるか。

 家にいると寒さで布団から出られなくなるので早くに出て地下鉄で大手町へ。リトル小岩井で食事をするにはちょっと早かったのでSTARBACKSでコーヒーを買って電源付きのシートで原稿書き。ライトノベルの紹介ページに入るネームを埋めるもので、どうにかやったと思って送ったら夜になってもう半分ページがあることが分かって午前様になりつつ仕上げておくって1本完成。今月はほかに2本あったけれどもそれも送ってどうにかこうにか締まった。とはいえ他にも幾つか仕事が残っているので仕事納めとはいかないし、そもそもが年明けの大仕事に備えて下準備もしなくちゃいけないから休まらないのだった。そういうものだよ人生って。

 STARBACKSを出てリトル小岩井を見たら行列で、他の店にも長い行列ができていたのでこれはもう他で昼ご飯にしようと思い池袋に向かって途中で調べたら、到着してすぐくらいにTOHOシネマズ池袋で「かぐや様は告らせたい−ファーストキッスは終わらない−」が見られそうだったので昼ご飯を脇において飛び込んで見る。冒頭から四宮かぐやが子供化してまぬけになっていて可愛らしかったけれど、途中から氷のかぐやになって会長に向けて辛辣でなかなか愉快だった。

 それもこれも言い出したいのに言えない気持ちのすれ違いが起こっているからで、傍目に見ているとお互いに奥手過ぎてそれがとてもお可愛いことで背中がムズムズして心がキュンキュンさせられ脳にグサグサと来る。これを配信とかテレビで見ていると居たたまれなくて席を立ちそうになってしまうから、逃げ出せない劇場で見られて良かった。原作も終わったことだしアニメの方もこれで完結となってそして実写の方もまとまったから「かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜」はこれでコンテンツとしてはひとつの終着ってことになるのかな。書記にはアニメも実写ももっと暴れて欲しかった。そんなスピンオフを赤坂アカさん原作で誰か書いて展開するなんてこともあるのかな。見守ろう。

 そのまま地下鉄で大手町まで来たらちょうどリトル小岩井が空いていたのでちょっとだけ待って中に入っておすすめとかいうクリームパスタにベーコンとブロッコリーとかぼちゃがのったものを食べる。なかなか美味しい。イタリアンとかだと麺がやや茹で過ぎな感じがあるしジャポネとだと油が濃いけどクリーム系はその辺が緩和されて食べやすいのだった。年内に行くことはもうないだろうけれど年が明けたらまた行こう。大手町の会社に30年くらい通勤していた時は1度しか行かなかったのに今年は5度とか6度はいったなあ。そういうものだよ人生は。


【12月20日】 「スレイヤーズ!」の渡部高志監督が、今の原画の人は動物の四本足とかが描けないとつぶやいていたので、昔聞いた「科学忍者隊ガッチャマン」で作画監督なんかを務め、それからディズニーに移ってキャラクターデザインなんかを手掛けていた宮本貞雄さんがデジタルハリウッド大学院での講演を引っ張り出して観察の大切さを振り返る。宮本さんはディズニーで「ライオン・キング」「ポカホンタス」「ターザン」といったアニメ映画に関連したグッズの絵を描く仕事を手掛けていて、その時に動物だけれどデフォルメされたキャラクターをどう描くかを腐心したらしい。

 動物のキャラクターが登場するアニメでは、大量に図鑑をそろえ、動物園にも通って動きを確かめたとか。それでもって外見だけでなく、筋肉や骨格まで想定してスケッチしながら、アニメのようなキャラクターに近づけていったという。「必要なのは審美眼。この動物の1番いいところを発見すること」だと宮本さん。そううやって描かれた絵は、ただうまいだけでなく、躍動感があり、生命力がにじむものになっている。

 アニメーターについても、現場で動物が出てくるような作品が立ち上がると動物園から講師を呼んで話してもらったり、時には動物そのものを連れてきて動くところを見せるとか。そうやって教えつつアニメーターも学んで動物の動き方を習得しているのに対して日本はどうなんだろう、ってこと。キャラクターの表情は得意ですばらしくてもそうした人の動き、ましてや動物の動きなんてものは意識しないと描けないものなあ。それができれば食いっぱぐれがないかというと、そういうアニメーションも少ないだけにやっぱり大変なのかもしれない。難しいなあ。

 仕事で新潟へ。とてつもない積雪で車が300台以上立ち往生していて人も亡くなっていると聞いてどんなものかと思ったら、浦佐駅前はしっかりと雪が積もって田中角栄先生の銅像にも屋根にしっかり積雪があった。ご本人にかぶらないよう屋根を付けるあたりが新潟三区というかそもそも浦佐駅がって話もあるみたいだけれど、越後湯沢と長岡の中間点でもあるからそこに作られて五日町六日町あたりへと行くのにはちょうど良いって説もある。ただしやっぱり駅前は岐阜羽島以上に何もなくて駅前の食堂くらいしか食べる場所もなくって大変だった。

 そこから車で20分くらいのところで仕事をしたんだけれど、途中の道路がセンターラインのあたりから水が出ていて雪がどんどんと溶けるのがさすがや雪国。メイン道路だけでなく脇道路地までしっかりと敷設されていて、これなら車でも出かけるのには困難はなさそう。ただし列車は上越線が長岡方面で動かずストップ。本来だったら越後湯沢から上越線を利用しようと思っていたけどそれもかなわなかったので、浦佐駅待ち合わせにして正解だった。来週の金沢も雪が降ってそうでどうなるか。雪の兼六園は楽しみではあるけれど。

 バンダイスピリッツがサンライズって会社を買収したとニュースにあって、もうとっくに買収しているじゃんとよく読んだらアニメーションのサンライズとはまるで無関係のぬいぐるみの会社だった。そこを買収してバンダイナムコヌイって会社名にするらしい。ってことは次ぎにキャンディトイの会社を買収したらバンダイナムコアメで下着メーカーだとバンダイナムコパンツになるんだろうか。そこまでいろいろ買収するとは思えないけれど、そうしたプラットフォームにキャラクターを乗せてこそのビジネスモデルだからあるかもしれない。サンライズでいうならシネアドの会社があるから買収をするなんてありかな、でも会社は創通に合併が良いだろうなあ。


【1月19日】 そして見始めたFIFAワールドカップ2022カタール大会の決勝「アルゼンチン代表vsフランス代表」はいきなりフランスがペナルティエリアでアルゼンチンの選手を倒してしまってPKを献上し、それをリオネル・メッシ選手が決めて大会得点王にぐっと迫るとともにアルゼンチンが1点をリードした。そしてさらに1点を加えて前半が終わって2対0。これはもう決まったと思ったら甘かった。何しろ相手はフランスといかエムバペ選手、後半になってかかったエンジンが一気にマックスまで吹き上がる。

 ドカンと1発ゴールネットに突き刺しそしてフランスの反則をそのまま返したようなアルゼンチンのファウルで与えられたPKをエムバペ選手が決めてこれで2対2の同点に。そのまま延長戦へと突入してPK戦かと思ったところでするっと抜け出したアルゼンチンの前線でのボールがメッシ選手の前に落ちてこれを決めて1点リード。得点王をふたたび手にすることは確実と思われたその後に、ハンドのファウルでフランス代表にPKを献上してしまって2度目のエムバペ選手によるPKが決まって同点に追いつかれつつ得点王もエムバペ選手に行ってしまった。

 あとはPK戦の緊張感にどちらが潰れるかが勝負の分かれ目。解説の本田圭佑選手は1994年のアメリカ大会でロベルト・バッジョ選手がPKを外してブラジル代表に優勝を献上してしまった過去を例に挙げ、トップ選手は外すんだよねって話していたもののそこはトップオブトップだけあってメッシ選手もエムバペ選手もしっかり決めた。この日3回目のPKでもしっかりと突き刺すエムバペ選手、凄まじい集中力と技術力。これで成長したらいったいどれだけの爆発力を持った選手になるんだろう。次の大会が楽しみだ。

 あとはGKと選手の勝負というところでアルゼンチン代表が次々と決めるのに対してフランス代表選手は外しまくって万事休す。アルゼンチン代表が1986年のアルゼンチン大会に続く36年ぶりのワールドカップを手にしつつ、メッシ選手に初の栄冠をもたらした。これでマラドーナ選手に並んだとも言えそうだけれどその衝撃からすればやっぱりマラドーナ選手が凄すぎて何とも言えないところが難しい。とはいえ21世紀において最高の選手であることは間違いない。誇りをもって良いだろう。あとはだからエムバペ選手がどれだけの選手になっていくかってところかな。

 そんなメッシ選手とエムバペ選手にネイマール選手が同じパリ・サンジェルマンというのも凄いなあ。カタール投資庁からお金が入っている金満チームとはいえ、それだけの実績をクラブの内外でしっかり残している。 1980年代から90年代頭にA.C.ミラインの躍進があってイタリアのセリエAこそが志向とみられその後にオーウェン選手やベッカム選手が出て来てリバプールやマンチェスター・ユナイテッドに注目が集まり、そしてジダン選手にベッカム選手にフィーゴ選手といったきら星のような選手が集まったレアル・マドリードがクラブチームで世界屈指の人気を誇った。その後はやっぱりバルセロナFCって感じだったけれどここに来てパリ・サンジェルマンが目下の世界ナンバーワンクラブチームって感じ。そうやって移り変わっていく流れはけれどもドイツのブンデスリーガにはいかないなあ。質実剛健に見えてしまうのかなあ。
B  起きてクリニックの寄ってから船橋中央図書館で3時間ばかり原稿書き。とりあえず流れを作ってから場所を変えてVELOCHEでだいたいの形を整え、休憩をしてイオンモール越谷レイクタウンでアウトレットを散策してから戻ってフィニッシュへと持っていく。これでいいかは知らないけれどもとりあえず締切は守った。とはいえ残る年内の原稿はまだ両手に余るくらいありそう。着々とこなしていくしかないんだろうなあ。そんな気でネットを見ていたらあの「フォトン」がBlu−ray化されることが分かってヒャッハー。LDで全巻揃えたOVAでとてつもなくアクションとそしてギャグとお色気が満載の傑作アニメーション。これは買うしかないよなあ。エンディングの歌も凄まじいし。


【12月18日】 荷物が届く。「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」の第11話で手描きのアニメーションを担当していた米谷聡美さんとそれから久保雄太郎さんが前にWIT STUDIOで手掛けた長編アニメーション「とつくにの少女」のDVDがセットになった番外編で画集とか入って意外と大きなボックスだった。見るのはたぶん先になりそうだけれど、「モルカー」でも披露されたように2人のアニメーション作家の腕前を知っているだけに、きっと素晴らしいものになっているんだろう。

 それこそ劇場で見たいくらいだけれど商業アニメーション的な作られ方をしてしまうとアート系のアニメーションが上映される場に持って来られにくいんだよなあ。今年3月発売なのでそれこそ東京アニメワードフェスティバルとか新潟国際アニメーション映画祭にエントリーされていれば受賞して見られるんだけれどそういった配慮がWIT STUDIOにあるのかどうか。「SPY×FAMILY」の宣伝には忙しくても「とつくにの少女」には手が回ってなさそうだよなあ。前の第8巻についたアニメーションがどこかで上映されたって話も聞かないし。

 TAAFや新潟国際アニメーション映画祭ならもう1本、先だってフランス映画祭2022横浜で上映されたアラン・ウゲット監督の「イヌとイタリア人、お断り!」もエントリーからの受賞となって上映されて欲しいもの。ようやくインタビューが掲載されたけれどバズるような感じでもないだけに知られず見られないまま取り過ぎてしまいそうな気がしてならない。お隣の韓国では富川国際アニメーション映画祭でグランプリを受賞したりしたから話題になっているんだろうけれど、日本では見た人が本当に少なすぎるのだ。

 見れば絶対に戦争だとか貧困だとかに起因するような差別への警鐘が浮かぶはず。「歴史に学べ」とアラン・ウゲット監督も話していただけに、このいろいろときな臭い時代、過去の歴史をまるで無視して同じような道を歩み続ける日本にこそ必要な映画って気がする。あとはストップモーション・アニメーション流行りなところもあるからその線でってこともあるけれど、アラン・ウゲット監督自身はそうした物質的なものへのフェティッシュは抱いてないようで、動けばそれはアニメーションだという考えの下で次はCGを使ったアニメーションを作るみたい。それもまた考え方のひとつ。紙に描いた絵が動いているのだってストップモーション・アニメーションからすれば物体じゃない訳で、けれども凄くて主流になっているのだから。

 荷物を受け取ったので家を出て近所のVELOCHEでウィザードリィな対談のテープ起こしからの原稿まとめをしこしこと。とりあえず半分くらい仕上がったのでそこを出て、別のVELOCHEへと移ってどうにかこうにかフィニッシュまで持っていく。早い時期での公開がより高いインパクトを与えるだけにちょっとがんばった。たいした原稿料にはならないけれどもそれで喜ぶ人がいるならがんばるのだった。半ばリタイア気味でとりあえずしばらくは食べられるお金もあるので出来るお仕事でもあるか。別にもう1本、仕上げたインタビューもあるのでそちらもおっつけ公開されるだろう。話題になると良いな。

 Tverなんかで「M−1グランプリ」の今年の優勝者となったウエストランドの漫才を見たら悪口言いたい放題だった。あるいはそのカテゴリーにあるある話。畳みかけてくるのは凄いし特定個人をあげつらっている訳でもないのであるあるといった感じでスルーできるけれど、ちょっとパラメーターを変えるとヤバい領域に行きそうなので案配が必要かも。同じ事務所の先輩にあたる爆笑問題がそうした固有名詞をあげた悪口に進化していってちょっとしたウザさを感じるようになったのに近いか。爆笑問題はそこを社会批評の領域に引っ張り込んだから生き残っていられるけれど、身近な人気者を論って悪口をぶつけるだけだと飽きられるからそのあたり、どう転がっていくか見守ろう。


【12月17日】 家にいると寒いので早くに家を出て茅場町のVELOCHEに入って15日に取材したオンラインでの対談のテープ起こしをして過ごす。1時間の対談でも起こし始めると3時間はかかってしまうのはニュアンスだとかも拾いながら書いていくから。それを自動でやってくれる装置も出てはいるけれど、使ってどれだけのクオリティが出せるか分からないのでまだ試してないのだった。もうちょっと長いテープ起こしだと試してみた方がいいかなあ。

 時間も適当に経ったので場所を移動して池袋へ。「ガールズ&パンツァー」の10周年記念展が始まったってことで当日券を確保してまずは現地に入ってサンシャインの中にあるロメスパのバルボアで焼きカルボナーラを戴く。ホワイトソースがかかったような味でも焼いてあると雰囲気が変わってなかなかに美味しいのだった。ぱすたやさんのカルボナーラも悪くはないんだけれどね。でもってちょっと時間があったので別のVELOCHEに入ってテープ起こしの続きをやって、どうにかこうにか仕上がったので文化会館の会場へと出向くとボコがいた。

 やーってやるやーってやるって感じにイキっていたのでみんなでボコボコにしたかというと、そこはお障り禁止なので遠巻きにして写真を撮るだけだった。指定の時間からだいたい15分くらいで中に入ってあんこうチームだとかのご挨拶を眺めつつ入っていくとそこにはずらりとアニメーションの原画が。名場面を抜きつつそれに作画監督の修正を添え、さらに総作画監督の修正も添えて美麗な原画であってもそれを修正によって少しずつ変えトーンを整え映像になるような絵に仕上げていくことが分かる。

 一方で原画は原画でたとえばみほが戦車の上を飛んで移動するシーンなんかを全部並べてちゃんと絵で描いて動かしているんだと分かるようにしてある。あんこう踊りのシーンなんかもそう。そうしたアニメーションならの連続する上でもって動きを表現しつつ、作画監督や総作画監督の修正を載せていくことでクオリティをアップし保っているというアニメーション制作の工程が、展示から伝わってきてアニメーター志望者は必見といった感じだった。

 なるほど人気キャラクターのアップの原画を並べてほらカッコ良いでしょてやるのも悪いものではないけれど、それなら版権イラストを並べたって同じ事。アニメーションならアニメーションの素材を補完しておいて、どのように描かれているのかを見せることによって伝わる苦労があり成果がある。そのためには大変だけれどカット袋単位で保管しておかなくてはいけない訳で、「ガールズ&パンツァー」くらいに人気が出ればそれもやってみようという気になるけれど、当初の「ガルパン」がどれだけの人気があったかを考えるた時、将来を見越して残しておいたアクタスは偉かったってことになるのかな。

 あひるさんチームとかうさぎさんチームとかいろいろなチームのパネルも間近に見てやっぱりバレー部は大きいなあ(どこがとか聞かない)と思いつつキャプテンの愛らしさにもそれはそれで感じいりつつグッズ売り場では何も買わないで会場を出て池袋から新宿へ。昨日に関連本を読んだ関係で「THE FIRST SLAM DUNK」の井上雄彦さんによる修正の効果を確かめようと思って新宿バルト9のドルビーシネマ上映を見る。今回も湘北が勝ってしまった。10回くらい見ると負けて相手に譲ってやっても良いって思えてくるくらい、白熱のゲームが繰り広げられた。

 その中で例えばゴリと山王の河田雅志がにらみ合うところとか、下目づかいなゴリの虚勢と顔をむけて睨む河田の相手を対等と見た雰囲気がしっかりと感じられた。そうではなかったどうなっていたか。それを知ることはできないけれど、それを思わせないくらいベストな試合とそして物語を作り上げた井上雄彦さんの監督ぶりにあらためて脱帽する。映画もドルビーシネマというプレミアム上映であるにも関わらず大盛況。これは100億円も夢では無いなあ。


【12月16日】 仕事があったので松本へ。午前6時53分に船橋駅から出る特急あずさに乗るとそのまま松本まで連れて行ってくれるのでとても便利。10時半過ぎにはついてしまったのでとりあえずソロ国宝展としゃれ込んで松本城を見物に行く。15分ほどで到着したらどこかの中学生が松本城をバックにアルプホルンを吹いていた。ハイジは踊っていなかった。何か中学生だか高校生だかを総動員して松本の観光をアピールするイベントをあちらこちらで開いていたみたい。ちょっと楽しそう。でも音階はとれていなかったなあ。これから上手くなるのかな。

 松本駅へと戻る途中にあったどんぐりという名前の洋食屋でお昼ご飯。スパカツ定食という70年続くメニューを頼む。スパゲティナポリタンとトンカツが皿の上に乗ってキャベツもどっさりというプレートにライスとスープがついて1350円はまあ高いけれど、ボリュームたっぷりな上にちゃんとしたトンカツにスパゲティなのでたまに食べるには嬉しいご馳走って感じかも知れない。普段はむしろハンバーグとか海老フライとかを頼むのが良いのかも。次ぎに行く機会があったらそっちにしよう。

 前に来た時はあまり見えなかった北アルプスがのぞめたけれどまだ冠雪といった感じじゃ無くて、12月の松本ってのはこんな感じかと理解する。来週は新潟の五日市に行くんだけれどそっちはどうなんだろう。やっぱり豪雪なんだろうか。去年今年といろいろと出かける機会が多いので各地の気温が気になって仕方がない。昔は新聞にスキー場の案内が乗っていてどのスキー場は積雪どれくらいって情報が載っていたから何となく雰囲気が分かったけど、新聞は読まないしそうしたスキー場情報も見なくなった。ネット時代で世界は広がったけどリアルな理解は公開したかもなあ。

 仕事を終えて帰りのあずさの中で聖悠紀さんの訃報を知る。お体を悪くしていたのでいつかはという予感もあったけれどそれこそ40年以上読んで来た「超人ロック」の作者で大好きな漫画家のお一人となると衝撃も大きく残念度も高い。「超人ロック」が50周年を迎えた時に冊子に参加させていただいたこともあって、パーティに出かけて行ったのがお目にかかった唯一の機会かどうだったか。同じ名古屋出身ということもあって親近感もあったけれど直接お話しするなんて事はついぞなかったのが少し心残りかも。インタビューできるような媒体があったらなあ。そういう場に身をおけなかったのが少し悔しい。

 「サイボーグ009」にもエスパーは出てくるし「幻魔大戦」だとか「バビル二世」といった作品にも超能力者は登場するけど「超人ロック」はそうしたエスパーたちによる戦いに加えて銀河を飛び越えるようなスケールの大きさがあって人類史的を読んでいるような深みがあった。加えて美麗な絵柄とカッコ良い主人公。どちらかといえば少年漫画が多かったエスパーの世界を女子にも分かるようなイメージで打ち出し実際に大勢の女性ファンを獲得した。その功績をたたえるならそれこそ日本SF大綬章を贈って悪くは無い。

 もっとも、そういった顕彰の仕組みをこの国は持っていないのが残念至極。日本SF作家クラブ員ならそれでも日本SF大賞で貢献賞でも贈れたのになあ。それを贈り始めると今年は池田憲章さんややぱり亡くなられた御厨さとみさんといった人が挙がるからなあ。何より藤子不二雄Aさんもおられる。本当に大勢の方が無くなった年。それだけ自分も年をとったってことなんだろう。これを機会に読んでない「超人ロック」を読んでみるか。御厨さとみさんの作品とともに。

 新宿駅の本屋に並んでいたので「THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE」買って読んだら凄かった。どこまでも描き込まれた絵に圧倒された映画の作られ方が紹介されていて、CGで上がった絵の1枚1枚に井上雄彦さんによって表情から陰から視線から顔の向きからキャラの位置からフォームから改変を加えられいたと分かる。作監修正なんてレベルを超えた手の入れ方。つまりはあの映画は隅々まで井上雄彦さんの作品だってことなんだ。CGを使いだいたいのモデリングをさせてその上に自分の絵を載せる立体にすて動く漫画いうか。これを読んだら解釈がどうとか言ってられない。あれこそが井上雄彦さんがやりたかったことだと納得。そんな手を入れた効果がどれくらいなのかを確かめに、また観に行こう。


【12月15日】 そして宗主国であったフランスに挑んだモロッコは残念ながら敗れ去ってFIFAワールドカップ2022カタール大会の決勝は欧州の強豪フランスと南米の雄アルゼンチンという、ある種の理想の形となって大勢の観客を惹きつけそう。かつてどころか今なおトップ中のトップ選手ともいえるアルゼンチン代表のメッシ選手と、フランスから出て来て若手ではトップ級のエムバペ選手が大会得点王とそしてチームの優勝をかけてぶつかりあう試合は壮絶にして堪能させられるものになるだろう。

 その前に行われる3位決定戦のモロッコとクロアチアの試合もこれが代表で最後の試合となりかねないクロアチアのモドリッチ選手がきっととてつもないキャプテンシーという奴をみせてくれるに違いない。日本代表にはいない精神的な支柱にして戦力的な柱というベテランの有り様て奴をこれで見て、次の代表キャプテンに相応しい日本代表選手には学んで欲しいのだけれどそんな選手がなあ、いないんだよなあ、今。久保建英選手はちょっと違うし柴崎岳選手はこれでお役御免だろうし南野拓実選手あたりが長谷部誠選手が担っていたような役割を担ってくれても良いんだけれど。あの苦しい場面でPKを蹴ってくれた精神があれば大丈夫かな。

 いやあ凄い。太りもすれば痩せもするし太っても筋肉質なこともあれば脂肪質だったりすることもあってと自由自在に体型を変えては役に寄り添う鈴木亮平さんがあの「シティーハンター」の冴羽りょうを演じて実写版「シティーハンター」が作られることが発表。かつてジャッキー・チェンを主役に取られたことがあるし、フランスでもファン心理が募ったような映画が作られこれはこれでそっくりだからと評判になっただけに、本家の日本がいったいどれだけのものを作ってくるかは全世界が注目している。そこで実写版「カウボーイ・ビバップ」のようなものが来たら果たしてどうなるか、ってビバップ嫌いじゃ無いけどでもそれは日本語吹き替えがあってのものだからなあ。

 ギャグとシリアスを使い分けつつアクションもしっかりと見せてくれるストーリー。とはいえ今の時代に「もっこり」だとかは下品以上にセクハラであって、それがあっての魅力とも言える冴羽りょうという人物を果たしてどのような感じに作り上げられるのか、ってところが鍵になるだろう。コスプレっぽさが漂うのもちょと。そこはだから実在するような雰囲気へと近づけつつ原作漫画のエッセンスも残す方向でアプローチしていくんだろう。あとはやっぱり脇役のキャスティングかあ。

 海坊主は雰囲気だけならマフィア梶田さんが良いんだけれど身長や顔立ちは同じでも体格が違い過ぎるんだよなあ。あるいはフランス版のようにジェロム・レ・バンナ選手に演じてもらうとか? それはちょっと違うか。日本のプロレスラーからならたとえばオカダカズチカさんとか合いそうだけれど坊主にしてくれるとは思えないし、ゴツさもちょっと違うし。うーん困った。なのでマフィア梶田さんの筋力と演技力がつくことを願うしか無い。あとは香かあ、のんちゃんでも良いけれどもうちょっと活動的の方がってなると土屋太鳳さんか、それとも実写化ならこの人の橋本環奈さんか。いずれにしてもいろいろ楽しみ。鈴木亮平さんは他に「ゴールデンカムイ」の杉本と「TIGER & BUNNY」の虎徹も演じていたらちょっと大変だけれど、それは流石にないよね?


【12月14日】 アルゼンチンの子供について語る術を知らない世代であっても、アルゼンチンのサッカーの強さはディエゴ・マラドーナの登場とともに強く植え付けられて今に至っている。1986年のアルゼンチン大会も1990年のイタリア大会も共にすさまじいばかりの活躍を見せて、今ほどワールドカップがテレビやネットで話題になっていない時代でも強く印象を残してくれたけれどその後に薬物使用でしばらく退場。そして復帰した1994年のアメリカ大会で完璧なまでのパフォーマンスを見せながら、途中で薬物使用を指摘されて退場となって以後、ワールドカップの場からマラドーナは姿を消した。

 そんなアルゼンチン代表の栄光を知っているから今のリオネル・メッシがどれだけ活躍してもやっぱりあのマラドーナの衝撃には及ばないなあと思ってしまう世代もいて不思議はないけれど、今という時代のすべてが高度化し高性能化した時代にあってなお何十年もの間トップコンディションを保ち続け、ワールドカップの場で得点王に輝く可能性を見せてくれるメッシはマラドーナに比肩し得る唯一の存在になったって言えるだろう。間に例えばアイマールがいたりヴェロンがいたりバティストゥータがいたりしても、マラドーナとメッシの両トップは燦然と輝き続けるだろう、永遠に。

 とはいえ過去にワールドカップでの優勝を成し遂げたマラドーナと比べて、メッシには未だ優勝という栄冠がないのも事実。かろうじてオリンピックでの金メダルは確保したけれど、掲げるあの黄金のトロフィーがなければどうしてもマラドーナには追いつけないとあって、今回を最後のチャンスとして挑んでいるFIFAワールドカップ2022カタール大会での準決勝、上がって来たクロアチアを相手に試合をさせずに得点を奪って勝利した。2点目となったゴールでサイドに切り込みすっと戻して送ったパスの速さと正確さ。決めるだけというお膳立てをしたところにメッシのマラドーナにはない凄さであり、同時に違いも見て取れたりするけれど。ともあれ残るはフランスとモロッコの戦いで勝利したチームとの決勝戦。トロフィーはメッシの手に? それとも……。

 チケットがとれたので東京国立博物館の「国宝展」へ。先に15日のもとっていたけど用事が出来たので慌てて取り直したのだった。きっともの凄い行列が延びているかと思ったら、入場時間になってようやく並び始めたくらいで鳥獣戯画展ほどになならず、中もギュウギュウ詰めといった感じじゃないのは貴重な国宝を大勢の人で取り囲んではやっぱり破損の危険性もあると思ったからなのかな。とはいえ実際のところ普段から東京国立博物館に通っていれば展示替えをしながら国宝も展示されていたりするから、とてつもなく貴重な機会という気も実はしない。そんなんだから入ってもざっと遠目に眺めて済ませてしまって、ちょっともったいないって気も後になって浮かんできた。

 書だとかはもっと近くに寄って筆跡の隅々まで味わうべきだし、刀剣類も間近によって波紋だとか切っ先だとかを見入って鋼が持つ鋭さと暖かさを味わうべきだったのかもしれない。とはいえやっぱり人気らしく人がたかっていたので遠目に観察。このあたりも国宝展が終われば展示に戻ってすべてではなくてもそれなりに見ることができるだろうからまた行こう。一方で150年後の国宝展の方はゴジラがいたりガンダムがいたり初音ミクがいたりして楽しかったけど、個人的には中野浩一選手が乗っていたナガサワのトラックレーサーが細身のフレームに最小限のパーツ構成で美しくって目がくらんだ。今のカーボンだとかアルミだとかのフレームの方が性能は良いかもしれないけれど、自転車の美しさではやっぱりクロモリのダイヤモンドフレームには叶わないんだよなあ。いつか買いたいそんな自転車。今も作っているところてtあるのかな。


【12月13日】 朝から部屋を出て喫茶店を渡り歩きながら原稿書き。最初は大手町のリトル小岩でスパゲティを食べて隣のスターバックスで書こうとしたけれど、すでに人が並んでいたので半蔵門線で渋谷に出て、宮益坂にある前はファーストキッチンだった今はオリジナルのハンバーガー屋さんでハンバーガーをかじりながらとりあえず1時間ほどのテープから発言をテキストに起こす。これがなかなかに疲れたので、適当な時間に切り上げて渋谷パルコの横で開催中のMikaPikazoさんの展覧会を見物する。

 前に吉上亮さんと三雲岳斗さんがノベライズを行った「RE:BEL ROBOTICA」の刊行に合わせてご本人にインタビューしたことがあって、絢爛たる絵を描いて若い人に人気なことが分かっていたけど展覧会場にもそんな若い人たちがいっぱい訪れていて作品に見入っていた。アクリルにプリントした絵が何十万円もしながら売れていたりしたのはなかなか。今の時代に絵具で描いたようなオリジナルは存在しなくても、そうやって限定の作品になることでアーティストは作品を売っていけるのだろう。

 せっかくだからと缶バッジを1つ買ってから、宇田川町の方にあるVELOCHEでやっぱり何時間かかけてテープ起こしから流れに沿って発言を切り貼りして全体を整え、どうにかこうにか形に仕上げたら夜になっていたのでユーロスペースに行って「指先から宇宙まで 素晴らしき短編アニメーションの世界」を見る。2度目。今回は「ETERNITY」の水江未来さんと「不安な体」の水尻自子さんのトークがあって、水江さんが水尻さんの作品を讃えたり、水尻さんが水江さんの苦労を讃えるようなエールの交換を聞く。見れば本当に疲れる全体のプログラムでも、水江さんの作品は最後に流れて体力を奪っていくからなあ。

 そういう水尻さんの「不安な体」も集中されて体力を削る作品であって、セロハンテープで指先とかに触れて引っ張りぷにっと盛り上がる様をいったいどのよういしてだか分からないけどアニメーションに描いてしっかりとそのぷにっと感を残しているから凄い。紙に手書きとは思えないからタブレットに重ねて描いていってふくらむ感じを残しているのかな。そんな展開に挟まれる、もヘビのちょろっと延びた舌が切られる直前でいつもながらピキッと来る。

 それは痛みを予感してのことなんだけれど、意外やブチっとじゃなくてスキッと切れるのであんまり痛みを感じず、練り菓子のようなものが千切れるような柔らかさがあってホッとするのだった。それは指先に出来たささくれが引っ張られ千切れるところも同様で、目から言えるビジョンはなるほど肉体の痛みを脳に想起させるのだけれど、重ねられる音楽とそしてすっと千切れる感じが痛みを覚えさせない不思議な感覚を味わえる。映像だけでなく音響も含めて作品なんだなあ、アニメーションは。

 ニュースでは宮崎駿監督の10年ぶりの新作となる「君たちはどう生きるか」が2023年の7月だかに公開予定となっていよいよ来るかと感慨もひとしお。吉野源三郎に同名の作品があるんだけれどその映像化ではないということで、だったら何がいったい描かれるのか、「風立ちぬ」のように堀辰雄を引っ張りつつ別の零戦開発物語になったようなミクスチャー作品になるのか。情報を待とう。

 映画では宮崎駿監督のスタジオジブリが店を閉めたので仕方なく飛び出たスタジオポノックが、A.F.ハロルドの「ぼくが消えないうちに」を原作にした「屋根裏のラジャー」を百瀬義行監督で映画化すると発表。旧来のジブリ作品っぽさを漂わせるテーマで内容で陣容だけれど、それがジブリ作品でも宮崎駿監督作品でもないってことで苦戦することになるんだろうなあ、「メアリと魔女の花」の時のように。そんなポノックで監督をしていた米林宏昌さんは「君たちはどう生きるか」に関わっているとか。ナニガナニヤラ。ともあれ2023年もアニメ映画で楽しめそう。


【12月12日】 ご本人をお見かけしたのはたぶん2000年の6月11日のこと。池袋のパルコでアスペクトから刊行された「アニキ魂―アニメソングの帝王・水木一郎の書」のサイン会があると聞いたので、出かけて行っては40番の整理券をもらって階段に並んだったっけ。「回って来た順番に本を差し出し顔を見ると、さすがに芸能人だけあって顔小さく整っていて感動」したと、日記には書いてあって「サインを押しいただいて握手をしてもらって会場を後」にした。

 当時からすでにアニソンのリバイバルブームが起こって注目は集めていたけれど、テレビなんかに出て「ゼーット!」と叫ぶキャラクターが確立していたかというとその前くらい。影山ヒロノブさんらとJAM Projectを結成したのが同じ2000年の7月17日で、以後は「THE 夜もヒッパレ」に出たりするようになるんだけれど、そんな時代に向けて助走していた感じだったからまだサイン会を開いても当日券がもらえたのかもしれない。とはいえそこは我等がアニキ、長い歴史と実績をベースに大勢の人の記憶をくすぐり感動を呼び起こして人気者になっていった。

 それから20年ちょっと。東京国際アニメフェアのレセプションで唄っている姿を見たり、「スーパーロボット大戦」のイベントに登壇してささきいさおさんと対談している姿を見たりする機会もあっていつまでも若いその姿と、いつまでも張りのあるその声を堪能できると思っていたら、去年に突然の病気を公表して大変なことになっていると分かった。それでも舞台に立って唄っていたのはさすがアニキではあったけれど、だんだんと車いす姿が目立つようになり、そして12月2日の渡辺宙明さんの追悼コンサートに出演する予定が急遽辞退となって4日後の12月6日に亡くなっていたことが公表された。

 残念無念。そして悔しくて寂しい。74歳はお歳はお歳だけれどまだ亡くなるようなお歳ではなく、ささきいさおさんが80歳でなお矍鑠としているのを見るにつけ、やっぱりまだ早いといった思いが浮かぶ。来年の1月にはデビューから50周年を記念する2枚組のアルバムも出る予定で、その記念ツアーなんて開いて欲しかったけれどそれはかなわず、アルバムも追悼盤になってしまった。その歌声、その雄叫びをもはや生で聞く機会はなくなってしまったけれど、残された大量の音盤を聞くことであの歌声を聴いてアニメにのめり込んだ日々を思い出し、共に歩いてきた日々を懐かしめる。それも永遠に。あとはだからそうした偉績を頑張って伝え広めていくことを頑張ろう。アルバム買わなきゃ。

 「ゴブリンスレイヤー」の蝸牛くもさんが、あの「ウィザードリィ」を元にした小説「ブレイド&バスタード―灰は暖かく、迷宮は仄暗い―」を出したので買って読む。実はほとんど「ウィザードリィ」はプレイしたことがないんだけれど、印象としてストレートに「ウィザードリィ」の世界を小説にしているように感じる。「ゴブリンスレイヤー」もダンジョンに繰り出して冒険をする戦士という意味ではRPG的だけど、そこからただひたすらにゴブリンだけを屠り続ける主人公というピーキーな設定はPRG小説の多様化の現れだったと言える。

 そうした先鋭化が進んでいったのが2000年代2010年代のPRG小説なんだけれど、「ブレイド&バスタード―灰は暖かく、迷宮は仄暗い―」で改めて源流に回帰したのはどんな理由からなんだろう。DREノベルズの版元のドリコムが「ウィザードリィ」の新作をリリーするのに合わせて小説でも盛り上げようとしているのかな。それとも亜流の先鋭化で飽きた人たちに改めて奔流が持っていた面白さを感じて欲しいという気持ちの表れかな。ちょっと聞いてみたいかも。物語としても面白くって中でもエルフの尼僧なんだけれど剣をふるうと暗殺者の首がふっとぶキャラクターが凄まじい。いったい何者? ガーベイジという少女の戦士も訳ありっぴので、そうした謎が明らかにされる続きに期待。


【12月11日】 池田憲章さんと会ったことがあるかとうと覚えはなくて、何かのイベントに登壇しているのを見たことがあったかもしれないけれど、話したこともないので遠いところで活動している人といった認識ではあるものの、その活動の内容は1970年代の末期から80年代の初頭において、数々の記事を通して僕にアニメーションとか特撮の面白さを伝えてくれたという意味で、大先輩であり大恩人であり大先生といった認識の中にある。

 とりわけアニメックに連載されてた「SFヒーロー列伝」は、子供の頃に見ていた「快傑ライオン丸」であるとか「ミラーマン」であるとか「アイアンキング」「シルバー仮面」といった作品が持っていた面白さをちょっとだけ大人になった身に改めて感じさせてくれた。その頃になると「ウルトラマン」と「仮面ライダー」くらいしか特撮ヒーローって存在しないかのごとき印象が世間の大半に満ちていたけれど、そうじゃない作品がいっぱいあって子供たちを楽しませてくれていたんだってことを思い出させてくれた。

 決してメジャーとはいえない作品でも作った人がいて出ていた人たちがいてそして何より大勢のファンがいる。だからこそ取り上げる意味があるんだってことを教え込んでくれたとも言えそうな連載を読んできたことが、今の決して覇権ばかりが作品ではない、どんな作品にだって楽しさがあって作り手もいてファンもいたりすることを考えるスタンスの基本になっているのかもしれない。そうした連載を仕掛けてくれた偉大なライター、池田憲章さん死去。日本SF作家クラブの会員でもあったとうことで、そこからの方向が一応は正式のものとして流布され情報として確定した。

 それこそ国葬儀でもって讃えられるべき人が市井のフリーラーターということで新聞記事にもならずに送られる。寂しいけれどそれもまたポップカルチャーの宿命であり面白さ。誰にも阿らず面白さをのみ追求してそれによって惹きつけたからこそ、世界に広がって大勢から楽しまれるものになった。そんなポップカルチャーを言葉で支えた人もまた、国とか権威にすがらずとも世界が認め世界が偲び世界が讃えてくれることだろう。そんな人の後をさて、僕たちはどれくらいカバーできているのだろう。10年遅れの生まれてなおかつライター稼業は40年遅れた人間に出来ることは何かあるのか。考えながら生きていこう。

 池袋へと出かけてまずは新・文芸坐で湯浅政明監督のトークつき上映会、とはいえ後の都合があるのでこれまで多分あんまり見たことがなかった「マインド・ゲーム」を劇場の大きなスクリーンで見て会場はあとにする。どこか「クレヨンしんちゃん」を思わせるぐにゃっとしたルックの絵だけれども描かれている内容はヤクザとの抗争だったりくじらの腹の中でのサバイバルだったりと荒唐無稽。それをとにかく曲がって伸びて広がって縮む自在なフォルムのキャラクターたちのきれいだったり歪んでいたりする表情も見せつつ描いてのけるのだから凄まじい。2006年の公開当時に自分にはピンと来なかったのもよく分かる。

 けれどもその後の数々の作品を経てあのフォルムなりあの文法なりが何となく分かってきた今では何をしようとしてあのフォルムを使っているかが感じられて、人間の躍動感なり心情の激動ぶりなりをそこに感じて全体を堪能することができた。時々写真に変わるキャラクターもユニーク。それらが今はもういない島木譲二さんであったりもはや大御所の今田耕司さんであったり藤井隆さんであったりと芸人なのに誰もが上手くて役にピッタリなところが面白い。大きなスクリーンで見てこそ味わえる動きの自在さであり表情の迫力もあるので次ぎにまた上映の機会があれば観に行こう。

 そしてグランドシネマサンシャインで堺三保監督の「オービタル・クリスマス」の上映イベントを見物。堺三保監督作品『オービタル・クリスマス』の上映イベントにてスピンオフの製作が発表。堺三保総監督にて「仮面ライダー」シリーズのVFXで知られ「オービタル・クリスマス」でもVFXを手掛けたキムラケイサクんが監督・脚本・VFXを手掛けてスピンオフの「レガシー・イン・オービット」を製作することが発表された。その中身とは? 追って情報を待とう。あと「オービタル・クリスマス」に出演しているハリウッド俳優の尾崎英二郎さんが急遽参加。「どこの国の人が見ても理解できる作りになっている映画。グローバルでテロリズムにも触れていて時代に合っていた。米国で上映した時に観客の反応が凄く良かった。暖かい空気に包まれた」と報告してくれた。アメリカで好評ならきっと次の機会はある。その時まで頑張って作り続けて欲しいと願う。例え還暦だってそこから傘寿まで20年もあるのだから。


【12月10日】 高市早苗安全保障担当相と言うからには岸田文雄内閣総理大臣の閣僚としてその政策を支持し補佐し意思に従って実行することが役割のはず。それが出来ないのなら以前だったら閣内不一致を咎められて罷免されても当然だったはずなんだけれど、そうした矜持も今はないのか岸田総理が防衛予算の調達に法人税の増税で対応する旨発言した場に呼ばれなかったと言い、それをやったら企業が賃上げだとか雇用に予算を回さなくなると言って反対の姿勢を打ち出した。

 なるほど確かに法人税を上げればそうした方面にお金が回らなくなる可能性はあるけれど、安倍晋三総理の第2期における7年を含めてこの10年くらい、自民党政権がどれだけ企業のそうした内部留保だとかを咎めて賃上げに回すように促し、あるいは正規雇用を増やして安定した賃金を得られるように法改正を行ったり条例なりを制定したかというとまるで逆。非正規雇用をどんどんと増やして賃金が上がらない状態を作り、雇用も不安定にしてあらゆる消費にお金を回したくても回せない状況を作り出した。

 そうした中で企業は過去最高の内部留保を溜め込んだとも言われていて、それらを吐き出すように促すこともしなかった政府がだったらそのお金を防衛予算のためにかっぱぐぞと言うと何が不満なのかそれをやったら行いもしなかった賃上げに影響がと言い出すから分からない。もっと早く言え。そして具体的な施策を通せ。そんな声もがつがつと上がっているし、一方でグングンと上がった消費税の税率アップに反対したのかというとまるで反対していなかったそのスタンスの二枚腰っぷりも指摘されている。

 普通だったら恥ずかしくて外だって歩きたくないところを、安倍元総理の大好きな人たちがこぞって岸田総理嫌いをこじらせ高市大臣を褒め称えているから何というか。これで消費税の税率アップが課題になって自民党が上げて賛成をして、見放すかというと私たちのためにしてくれているんだからと賛成に回るんだろうなあ。そうやって骨抜きにされお金されかっぱがれて残る生存権すら蹂躙されてそれで良いのか。つくづくこの国は奇妙になってしまったよ。これで増税で防衛費なんか払うよりは従業員に還元をと言って内部留保の取り崩しとか賃上げに向かってくれれば良いんだけれど。それくらいの反骨を企業人も見せてくれよ。

 オンワードのバーゲンがあったので芝浦ふ頭まで出かけて行ってスーツとか探してJ・PRESSのチャコールグレーのスーツを3割引で購入。ネイビーは2着持っているのでこれで前に買ったダーバンのチャコールグレーと良いバランスが出来たんじゃなかろうか。裾上げを計ってもらったら前より長くなっていて脚でも伸びたかと思ったけれどきっと長めに計ったんだろう。ちょっとたるむかもしれないけれどダブルにしたから溜まって良い感じになると思いたい。長ければ近所で詰めれば良いし。他にシューツリーとトランクスを購入して帰宅。取材に着ていくから全部経費で落とすのだ。のだ。

 ユーロスペースで「指先から宇宙まで 素晴らしき短編アニメーションの世界」を見る。水江未来監督のETERNITY」にとってどうやらワールドプレミアだったらしい。以前に発表された「水江西遊記」はどうなったのって思ったけれど、西遊記っぽいキャラも混じった映像が約20分、ぐりぐりと繰り出されごろごろと回ってぐんぐんと突き進んで脳を刺す。あるいは素材を使って作らなくちゃいけないことになった20分の映像をひねり出したのかな。

 上映後に水江監督と音楽のトクマルシューゴさんが登壇してトーク。「音楽の様子を聞きながらUnityで動かして録画することもやった。かなり通常のアニメーションとは違う作り方をした」と「ETERNITY」について話した水江監督。「3D空間の中をカメラが入り込んでいくシーンが多く出てくる。どんどんと奥に入って常に移動していくような映像を作りたかった」と言っていた。その理由は、「『できるかな』という番組で沢山トンネルを作って最後のその中をのっぽさんが潜って進んでいくのに、3分の1もいかないうちに番組が終わってしまった」からだとか。

 それを録画して何度も見返すうちにトンネルの中を進みたいという思いが募ったのかもしれないと話してた。聞いて「いい話ですね」と音楽を手掛けたトクマルシューゴさん。途中で逆再生された映像に音楽をつけ、映像を元に戻すと音楽が逆になるような付け方もしたという。「音楽は時間芸術だけど、そんな時間の概念をもういいかなと思った。音が発せられた瞬間にパッと広がって後ろにも広がっていくイメージがあった」とか。そんな音楽と映像に満ちた「ETERNITY」は見ていて広がり進んで流れつつ湧き出る混沌のカタマリを感じさせられる映像。記号や色彩が動くノンナラティブが持ち味だった水江作品にキャラという拠り所が乗ってもやっぱりつかみ所がないまま流される感覚を味わえます。13日にまたトークがあって水尻自子さんと共に登壇するから行こうかな。


【12月9日】 「アキバ冥途戦争」でただのパンダに見えた御徒町さんの“中の人”がようやく声を発して意外にも女性でそして万年嵐子が世話になっていたメイド喫茶の店長を射殺した銃撃犯だったことが判明。そのまま逃げようとして殺し屋に始末されようとしたものの、警察官が通りかかったことでどうにか生き延びパンダに身をやつして御徒町から秋葉原あたりをうろうろとしていて幾年月、今のとんとことんの店長に招かれパンダとして店に入ることになったものの、そこに嵐子が来ていろいろ思うところもあっただろう。

 おまけにそんな嵐子を推す客として通うようになった末広こそが、ヒットマンを務めた自分を暗殺しようとした殺し屋の男だからもう大変。いったい何が起こるかといった展開の中でぼそぼそと喋り始めた御徒町さんお声が、「ガールズ&パンツァー」でサンダース大学付属高校のアリサにどこか似ているなあと思ったらそのアリサの声をあててた平野綾さんだと分かってちょっと驚く。ゴージャスな声優を使い捨てにする番組なだけにもしかしたらここで御徒町さんもご退場? なんて思うもののまだ死んでないからしばらく出てくれると思いたい。でも額に穴をあけたままでとんとことんに戻れるのか。そこも気になる。来週が楽しみ。

 しばらく前に「鬼滅の刃」の竈門禰豆子に分していたタカラトミーのリカちゃんが、今度は「うる星やつら」のラムちゃんになって登場ということで小学館のサイトからとりあえず購入する。だってラムちゃんだもの仕方がないよ。問題はビキニというよりトランクスなところだけれどラムちゃんであってリカちゃんでもあるからそこは仕方がないと思おう。この勢いで「チェンソーマン」のマキマさんのリカちゃんとか出ないのかというとさすがに子供が見られそうもないアニメでは出ないかな。あるいは「機動戦士ガンダム 水星の魔女」のスレッタでというのはバンダイ系だからそこは無理。なのでいろいろ想像しながら次ぎのコラボレーションを待とう。

 何の冗談だとしか思えない航空自衛隊の航空宇宙自衛隊への改名問題。亡くなった安倍晋三元総理がぶち上げたのを遺言さながらに実行しようとしている感じでどうにもこうにも心がささくれるけれど、現実問題として航空自衛隊が宇宙にコミットすることなんてせいぜいが敵基地攻撃用の大陸間弾道ミサイルを配備するかどうかってところくらい。予算を大いに獲得をして国産ロケット作りに注ぎ込んで日本の航空宇宙事業の発展に寄与するとか、あるいは超精密な偵察衛星を作り上げて日本のそうした産業の高度化に寄与するなんてことをするとはとても思えないだけに、単なる看板倒れに終わるのが今から見えてそれもそれで心が萎える。真っ当な発想が出来なくなっているのかなあ。

 「おすすめ文庫王国2023」が発売になって例年通りにライトノベルのベスト10を選んで執筆。竹町さんの「スパイ教室」を2年連続で推したのだけれど年明けからアニメが始まる割にあまり盛り上がってないのはやっぱり世間がライトノベルはなろう系の異世界転生ものくらいしか認知していない現れなのかもしれない。だからこそアニメ化によって大いに知れ渡って本丸の「このライトノベルがすごい!」でも上位に進出して欲しいところ。そうなったらこちらはまた別の作品を推して世に出る機会を作ってあげよう。とりあえず「死亡遊戯で飯を食う。」がトップ級の面白さなので3連覇があるかどうかは続刊次第。それにしても「おすすめ文庫王国2023」の文庫Bリーグうでハヤカワ文庫がB2落ちになってしまったのはちょっとしたニュースじゃないか。大丈夫かハヤカワ。誰か獄門に遭ってないか。


【12月8日】 ひろゆきこと西村博之氏の本を出すのがたとえばPHP研究所だとか産経新聞出版だとかWACだったら誰も驚かないし文句も言わなかっただろうけれど、これが子供たちに健全な知識を学んでもらって健やかに育ってもらうための出版物を長く出して来た小学館の、それも「週刊ポスト」だとか「女性セブン」のようにスキャンダラスな情報を提供して読者を獲得したりアクセスを稼いだりする媒体ではなく、本丸も本丸の児童書として刊行するというから驚いたし呆れかえった。

 つまりは小学館は真っ当に議論すべきことでも脇にそらして本質を見えなくしたり、悪口雑言が垂れ流されたプラットフォームを運営していた責任を問われて賠償を求められても無視を決め込んでいたりする人物を子供たちの教育に相応しい人物だと認めたってことで、今後はそういうスタンスで教育を口にする可能性があるとも言えそう。それはかなわないといった人たちが小学館を離れていっても仕方がない。

 事前に情報をまるで出さずに刊行された時点で公表するような不意打ちに、抵抗できなかった人たちが何か行動を起こすこともあったりするのかな。たとえばポケモン。あるいはドラえもん。そのふたつが引くだけでとんでもない事態になりそう。コナンは……それ自体が殺人事件のオンパレードであまり健全とは言えないからなあ、でもコミックとして中高生から上の世代に向けたコンテンツだからそこはそれ、構わない。やはり児童書として出そうとした判断、そこに引っかかる人がいるかどうかが今後の注目ポイント。どうなることやら。

 すでにテレビの人気者なんだから目くじらを立てるなって声もありそうだけれど、今という時流にのって持ち上げられていたとしても垂れ流される毒のような言説なり態度はジワジワと子供たちにしみこんで何年か後に絶望的な状況を招かないともかぎらない。たとえ間違った言説でも垂れ流し続けることで知らずしみこんでは真っ当な人すら毒するのは、あの加藤登紀子さんが日本の水源地が諸外国の勢力に変われて安全保障に問題があるだなんて認識を、平然とツイートしていることからも伺える。

 原野商法めいたものに引っかかって荒れ地を交わされたり、遠く離れているにもかかわらず近い場所が変われたかのように情報を操作して危機感を煽って商売をしているメディアがあったりして、違うと否定してもしつこく続けけたことでどうやら本当かも知れないといった認識を持つ人が広がり始めている。ライト方面がそれで躍起になるのはまあ仕方がないとして、レフトもレフトな加藤登紀子さんまで及んでいるとしたらいったいどれくらいの人が引っかかっているんだろう。これは本当に大変かもしれない。どこから情報を得ているんだろうか。やっぱりワイドショーなんだろうか。周囲に真っ当な人はいないんだろうか。いても逆方面に過激だと拙いしなあ。かといって無関心ではどこに連れて行かれるか分からない今の時代。どうしたものか。どうしようもないものであるのか。

 北海道が危ない対馬が危ない沖縄が危ないと危機感を煽り続けているメディアが前に沖縄で芸人を誹謗したら訴えられた裁判の判決が出てやっぱり敗訴。一部認められたなかった判決もあるけれど、賠償金を求められたのならそれはやっぱり敗訴であってこれは一応は全国紙を名乗る媒体として恥ずかしい。おまけにこのメディアは色々な誹謗中傷をしては抗議されても訴えられるまで改めず、裁判になって敗訴するなんてことを過去にも繰り返して来たから何ともはや。もはや体質としか言い様がないんだけれどその結果が大変なことになっても改められないのは何なんだろう。好きで崖っぷちへと向かっているとしか思えない。来年どうなっているかなあ。

 せっかくだからと新宿武蔵野館で「マッドゴッド」。御大フィル・ティペット監督のインタビューにインタビューして個人的にしっかりとしたストーリーはあるけれど、分からなくても仕方がないから何度か見て感じてくれれば良いよと教わっていたので、試写に続いて2度目の感傷もゆったりと構えてみていたらやっぱり大筋は分からなかったけれど、ラストの宇宙が創造されるような感じとか、途中のアクアリウムみたいな場所で暮らしている家族の団欒と残酷めいたパートとか、個々に面白いところが発見できてとても良かった。逆ピラミッドみたいなところを降りていったマスクの男はどうなったかなんて気にしない。世界は混沌としていてそれでもどこかに向かって進んでいるのだ。そういうことにしておこう。


【12月7日】 あはははははは。スペイン代表のルイス・エンリケ監督。過去にスペインのチームがワールドカップで3度、PK戦に挑んで破れていることも有り、そしてスペイン代表を破った日本代表がPK戦で敗れたこともあってPK戦は決して運でも宝くじでもなく、真剣に練習をすれば突破できるものだと会見でぶち上げてしまったものだから、実際の試合になってモロッコ代表を相手に延長でもリードを奪えず同点のまま突入したPK戦で、3人が連続して外してモロッコ代表に敗れてしまったことに、スペインのみならず世界中のメディアが突っ込みを入れている。

 何でもチームに合流する選手には1000回の練習を要請していたとかで、それでも選手たちは言うことを聞かなかったとか、意味がなかったといった言説が蔓延っていったいどうすればいいのかってことをサッカー好きの間にも問いかけている。実際のところ相手のキーパーがどちらによく飛ぶかを数値でもって理解し、それは蹴る相手が右利きだったら何パーセントは左に飛ぶとか、逆に左利きだったらどうといったこともしっかりデータとして持った上で望む必要があるんだろう。

 もっとも、野球だったら平気でやる野球でもサッカーだとPK戦になること自体が希なので真剣に取り組んでいるチームはなさそう。あるいはワールドカップで対戦相手が決まったら、そうしたデータをとりまとめて売るようなビジネスも成り立つかも知れないと思ったけれど、機会の少なさから高いものになって変われない可能性もあるからなあ。だからやっぱり大舞台に望んで激しいプレッシャーの中でも動じないメンタルを鍛え挙げる方が先決だし、それ以前に試合の中で得点をして勝ちきるための練習なり必要なデータの収集を行う方が良さそう。

 ともあれこれでベスト8が出そろって、フランスイングランドブラジルアルゼンチンと欧州と南米のトップチームが並びそこにオランダポルトガルクロアチアの欧州勢とモロッコのアフリカ勢が載ってそれなりに見どころを持った試合になりそう。最終的にはやっぱりブラジルとフランスの戦いになるのかな。それともブラジルとポルトガルという同じ言葉を話す国々の対決になるのかな。見守りたい。

 企業の人相手のオンライン会議があって部屋の中が乱雑だとちょっと失礼と思い近所の駅に置かれたワーキングステーションを利用。前にフィル・ティペット監督のインタビューにも使ったのと同じ箱で、ネットは使えたもののライトが足りず結構不気味な顔をさらしてしまったかもしれない。次はだからリングライトを自前で持ち込もう。15分275円で1時間使って1100円、1時間半なら1650円は原稿料が1万5000円くらいのインタビュー仕事だったら使ってなんとか織り込めそう。

 とはいえインタビューによっては待機時間を求められる上に前のインタビューが押して時間どおりに始まらず、予定時間で終わらないケースもあるのでボックスを予約するのもちょっと一苦労。相手がエンタメ系なら本がうずたかく積まれた部屋でも大丈夫だからそこは割り切るしかないかなあ。本当は仕事場が欲しいんだけれど、って言うくらいなら部屋を片付けろ? それが出来れば世話ないぜ。


  【12月6日】 そして見たFIFAワールドカップ2022カタール大会の決勝トーナメント1回戦、日本代表対クロアチア代表の試合は日本代表が前田大然の蹴り込みによって1点を先取するという幸先の良い出だしを見せながらも高さのあるクロアチアのヘッド1発でもって同点に追いつかれ、そこから抜け出せず抜け出させもしないままPK戦へ。日本代表は出る先取のことごとくが相手GKによって止められてしまう状況で、結果として破れて残念ながら初のベスト8進出はならなかった。

 前半の相手がまだゆるやかな守備を強いている間にサイドをえぐってゴールを奪ってリードできれば勝てたかもしれない試合。実際にクロアチアは枠を外すシュートはあまりなくてそれでいて枠内は正面からと危ないシーンはそれほどなく、ヘッドからの1発さえ外れれば無得点に終わった可能性もあった。逆に日本は枠内に飛べば得点だったところを横や上に外してしまうところがあって、そうした意味でのシュートの正確性が欲しかった。

 PKを外すのは度胸がないとか練習が足りないとかいった声もあるけれど、試合で走り回った後にあのプレッシャの中で蹴るのだって大変なこと。そして相手はあのディナモ・ザグレブという負けたら命が危ないようなハードなチームで正GKを張っているメンタルの持ち主で、そんな相手に止められるのも仕方がないといえば仕方がない。一方の権田修一選手は日本でずっとやってきたGK。経験値の差もあったんだろうなあ。

 オシム監督はサッカーそのものではないという時論からPK戦を認めたくない心理もあってあれはくじ引きだと言っただけで、運だけではないメンタルや実力も必要なプレーであってそこは確かに日本は足りなかった。<でもサッカーという競技そのものではないところも確かで、試合に勝つためだけにそれを鍛える意味と、別のところを鍛えて試合に勝とうとする意思のどちらを取るかってところで両方と言えれば良いけれど、それが無理ならやっぱり試合そのもので勝つための努力を積んで欲しいもの。あと1点を奪えるメンタルと技術ってことで次ぎの大会にはそれを持って乗り込んでいって欲しい。それにしても久保建英選手がいなかったことが残念。後半のサイドで送り込んでは三笘薫選手あたりとキレキレの攻撃を繰り出して欲しかったなあ。それもまた運ってことで。

 飯田橋あたりで取材をしてからイオンシネマ市川妙典で2回目の「THE FIRST SLAM DUNK」。IMAXの最前列は初日にもとっていたけれど、他の用事があって行けなかったのでリベンジに行ったのだった。たちのギザった輪郭線は手描きを再現しているのかシャギーなのか分からないけど顔立ちも表情もとりわけ口の開き具合とか視線とかなんかに人形っぽさがなくて漫画家の手描きならではの筆配りをよくもまあ再現したものだと感心することしきり。最後のシュートシーンで桜木花道の口は「左手は添えるだけ」って言っているのかな。気になった。

 宮城リョータから始まるストーリーに三井が絡みゴリが絡んで広がっていく展開によってたとえばこれが文字通りの“ファースト”な「SLAM DUNK」という人でもそれほどキャラクターたちの背景を知らずとも入っていけるようになっている気がした。ってか漫画でもテレビアニメでも完全無欠な主人公の桜木花道を周囲で騒いでいる痛い奴に見て取ることが可能な案配。それでいて見ている内に半端ない奴だと分かってきてそして「s「SLAM DUNK」が桜木花道の物語だと知った人は漫画に立ち返り、テレビシリーズに戻って見返してどんな作品かを知っていくことができるのだ。羨ましいなあ。

 ドラマ部分の静寂から試合部分の喧騒へと緩急もあってぶわっと弾けて感動もひとしおな展開も上手い。安西先生がガッツポーズを見せて周囲が驚くところも面白い。そうした細かな見せ方の調整は井上雄彦さんが自ら行っているのか演出が指示しているのか編集が仕切っているのか気になるところ。トータルではやっぱり井上さんのスタッフワークが優れていたってことになるのかな。そんな部分の”力量”も知りたいと思うのだった。


【12月5日】 エムバペが凄いとは分かっていたけどこんなに凄いのかとワールドカップのフランス代表対ポーランド代表の試合を見ながら思う明け方。日本にだって堂安律というシューターがいるにはいるけど蹴ったボールの質も速度も段違い。すっと振り抜いたボールがギュイーンとゴールに向かっていってゴールキーパーがどうするまもなくゴールネットに突き刺さるのを見るにつけ、筋肉なり瞬発力の大切さってやつを強く痛感する。

 いつかのブラジル代表ののロベルト・カルロス選手とかもフリーキックが凄まじかったけれど、エムバペ選手はそれを試合の中でやってしまからなあ。目下の得点王でもあってワールドカップの後、改めて超ビッグクラブへの偉績が取りざたされているだろうなあ。パリ・サンジェルマンからの移籍がなぜか飛んで残ったけれど、その時よりも確実に値段は上がっていて、それでもやっぱり欲しいチームは少なくない。史上最高金額が動くことになるだろうなあ。

 ポーランド代表のレバンドフスキ選手が最後の最後でPKに立って1度は失敗したもののキーパーの動き出しが早かったとうことで蹴り直しになったものをしっかりと決めて、今大会2得点目となって今までの無得点から一気に複数の得点を獲得した選手となった。でもこれがワールドカップではきっと最後。だからこそジタバタしたって決まって嬉しいと思ったに違いない。レバンドフスキ選手だって外すんだからPKってやっぱり運と度胸なんだなあ。サッカー的ではないけれど。

 イングランドがセネガルに勝ったのを茫洋とする頭で聞きながら起き出して早めに仕事場に行ってカット袋を整理したり、棚からとある作品の版権セルを取り出したりして並べて時間を過ごして夕方になったので、新宿へと回ってTOHOシネマズ新宿のIMAXで「すずめの戸締まり」を見る。4回目。「新海誠本2」がもらえるからってが理由で読むと当人へのインタビューではなかったけれど、サダイジンが取り憑いたおばさんがどうして豹変したかといった解説があってあそこでぶっちゃけることによって一気に理解を進めたってことらしい。それで諍いが残らないくらいの信頼があったからこそできること。しこらなくて良かったねえ。

 結局のところダイジンもサダイジンも一種の招き猫で、それが要石として封じられていたのだけれどもダイジンはまだ若いこともあって逃げたくて仕方がなかったらそこいすずめが来て助けてくれたので好感を持ちつつお邪魔虫の草太を要石にしてしまったらサダイジンが出て来てお前何やってるんだと叱って丸めて転がしたので、一緒に東北まで行って再び要石になることを了解したって話になるのかもしれない。自由になりたかったネコちゃんの夢が破れる可哀想な話でもあるんだなあ。せめてすずめと草太には何度も常世に出向いてダイジンと時々遊んでやって欲しいなあ。

 月曜日なので「週刊少年ジャンプ」。さっぱり訳側からない領域へと足を踏み入れている「呪術廻戦」はバトルロイヤルが終わった後で誰が誰と戦うのか、それでどうなるのかってあたりが見えづらくてすこし間を置いてもいいかなって思わせてしまっているところがあって厳しかも。渋谷事変だって単体でみればバトルアクションが楽しめるけれど、その先に来るのがこの惨状だと興味も抱きづらいんだよなあ。「ONE PIECE』はついにベガパンクが脱走を言いだし大事大事。ロブ・ルッチやカクがルフィと再会して起こるかバトル? そしてかけつけようとしているくまの真意は? 毎週の連載から目が離せない。


【12月4日】 フランス映画祭2022横浜ではアラン・ウゲット監督のストップモーション・アニメーション映画で富川国際アニメーション映画祭でグランプリを獲得した「イヌとイタリア人、お断り!」という作品も見る。なかなかに刺激的なタイトルで日本なら使う側の過去を掘り起こして差別意識を刺激するのは避けろと言ったり、使われる側が傷つくから使うのはタブーといって過去に葬りかねない言葉でも、過去にそういうことが実際にあったのだからと使ってそこにあった差別意識を再確認しつつ今はどうか、未来はどうなのかを考えさせようとする監督の意図めいたものが感じられた、って実は監督にはそのあたり聞いてあるのでいずれ出るインタビュー記事をお待ち下さい。

 イタリアのピエモンテ州といってフランスとの国境に面した山間部に暮らす家族が貧困の中にありながらも家族の結束でもって生き抜いて生きた歴史は、ある意味で悲惨で悲痛だけれどもそれが人形で描かれることでふわっとして楽しくユーモラスなものに感じられ、けれども同時に強い絆であったり厳しい環境といったものがすっと入って来てより深く考えるきっかけをくれた。これがアニメーションの効能というものなのだろうなあ。それは「この世界の片隅に」にも言えることで実写にもなったけれど俳優の演技が醸し出す情熱といったものが時に重たくなりがちなのが、アニメーションだと見た目のふわっとした感じに緩和され、それでいてジワジワと厳しかったあの時代の日々がしみこんできて見終わった後の理解度が深くなる。

 戦争なんかも経験した家族の歴史という意味でも「この世界の片隅に」に近いところあがあり、あっけのう人がいなくなっていくところも「マイマイ新子と千年の魔法」と重なる。その意味で片渕須直監督にご覧になっていただいてコメントももらって日本での公開へとこぎ着けて欲しいところだけれど、やっぱりタイトルがいろいろ言われることになるのかなあ。それ以前に興行成績が期待できないからといって見送られるのを避けるため、是非にインタビューを公開してそして大勢の賛同を集めて公開へとこぎ着けて戴きたい。そういうアプローチが出来る配給本が得られるか。僕にできることは紹介の原稿とかインタビュー記事とかを書くことだけなのでそれだけでも頑張ろう。

 帰りがけに「THE FIRST SLAM DUNK」も見て思ったのは誰もがアニメで観たかったものを観せてくれる映画だったということ。それはレテビアニメの「SLAM DUNK」そのままではないけれど、バスケットボールというものを磨いて磨き抜いて観せてくれるものだった。「バガボンド」で剣豪のバトルという部分を研ぎ澄まし、ストイックさを得てそして「リアル」でリアリティを持った描写を伸ばした井上雄彦さんならではの現在地だと思った。とても良かった。

 アニメが好きだった人にはあのコミカルさが足りないって言われそうだけれど、原作者の今の全力を否定するならどうして大好きなアニメ版でチーフディレクターを務めた西沢信孝さんが2015年に亡くなった時に少しでも話題にしなかったのかとちょっと言いたい。もういないのだから作れないんだよ。声優さんの訃報は話題になってもテレビシリーズのアニメ監督は話題にされないこの高低差がずっと気になって仕方がない。映画で話題の人たちだけがアニメ監督ではないってことを改めて思って欲しいなあ。

 ってのが昨日まで。明け方にワールドカップのアルゼンチンとオーストラリアの試合をぼんやりと眺めてから、少し寝て起き出して町へと出てアラン・ウゲット監督のインタビュー記事をまとめてから、町をうろついて帰宅して「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。拡声したエアリアルを見てプロスペラが涙を流したのはそこにきっとエリクトの姿を見たからだろう、ってことはつまり……。いろいろと浮かぶ恐ろしい事態だけれどだからこそプロスペラのスレッタへの上っ面だけの愛情めいた態度の背景も見えてくる。そんなプロスペラの真意をしらず母親が好きだと言い続けるスレッタの不憫さがいつ炸裂するか。怖いなあ。本当に怖い「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。第1クールはどんな衝撃で終わるのか。怯えて待とう。


  【12月3日】 せっかくだからと横浜で始まったフランス映画祭2022横浜で上映されるアニメーションのプログラムを見に横浜へ。キノシネマ横浜みなとみらいってどこにあったっけって調べたら横浜美術館よりは新高島寄りの建物に入っているみたいであの当たり、しばらく行ってない間にウエスティンホテル横浜なんてものも出来て大賑わいになっていて、そんな場所のお洒落なミニシアターというのもなかなかいいアイデアかもしれない。これが幕張ではちょっと雰囲気がビジネスより過ぎるからなあ。まあ幕張は幕張でユナイテッドシネマがあってイオンシネマもあるから良いんだけれど。

 ランドマークタワーの下にあるマクドナルドでメガマフィンのセットを囓ってさあ出陣。見た「フランスのストップモーション・アニメーションの世界」はフランスで作られている新しめの短編ストップモーション・アニメーションを6作品上映するプログラムで、それぞれのクリエイターが来てはいろいろと喋ってくれて作品の裏話とか制作の意図なんかも聞けてグッと印象が深まった。まずはエロイーズ・フェレルという女性監督の「風の娘たち」。テレビ局が依頼して作った12本のオムニバスのうちの1本で、アンドレ・ジイドの詩がモチーフになっているらしい。羊毛フエルトで作られた少女が風の娘たちに刺激されて空へと羽ばたく。思春期の抑圧から抜け出ていく解放感が漂う作品だった。

 2本目は同じフェレル監督の「くすんだ海」でこちらは12分30秒ある作品。やっぱり羊毛フエルトだけれどストーリーはどこか鬱屈していて見る人を刺激する。夫がないシングルマザーの母親には息子とその姉の娘がいるけれど、精一杯に育てているというよりはどこか虚ろなところがあって夫のことを思っているのか、それとも生活に膿んでいるのが子供たちをネグレクトしているところがある。遂には家を出て車でどこかに行こうとしたので、これはヤバいと感じたのか息子が乗り込み姉も乗り込んでいっしょに走る暗い道。そこで子供たちがパパに会いたいだなんて騒ぐものだから母親は壊れて運転を誤り森に突っ込む。

 リアルならそこで哀れ一家全滅となるところだけれど象徴性を持った人形によるアニメーションでは全員がとりあえず無事で、そして3人は海へと行ってそこで汚れか海藻か何かをなすりつけ合いながら少しだけ心を解きほぐす。それで理解が深まったかは分からないけれど少しは良い状況に進んだかも。見ていると単純にネグレクトをする母親が悪いとは思えず子育ての大変さも感じられてもうちょっと子供としてしっかりしてよと思えてくるところに作り手の誰かを悪者にはしたくない優しさも見えた。

 3本目はルイーズ・メルカディエ監督とフレデリック・エヴァン監督による「姉妹」で平原が続く荒れ地に住んでいる三姉妹の横をある日男が波が襲ってくるといって走り去っていく。逃げろとも言っていたけどまさかそんなと思っていたらだんだんと潮の香りが洗濯物につくようになりそして平地に水が染みてきていた。やっぱり波が来るのか。逃げるべきだったのか。大丈夫と言ったり逃げるべきだといったりして食い違う三姉妹の意見は人の中にある迷いとも正常性バイアスの発露とも取れて人間、難しい局面にはやっぱり戸惑うものなんだなあということが伺えた。

 地球温暖化への警鐘かといった質問もあったけれど、そうした具体的なものではなく、大きな変革に対して家族がどのように受け止めるのかを描いたものとして割と普遍的なテーマ性を持った作品。人形はどこか東京藝大院を卒業した副島しのぶさんが手掛けるものに雰囲気が似ていた。フランスの中世の彫刻を参考にしたけれどその彫刻自体がアジアや日本の彫刻というか仏像から影響を受けたものだというからユーラシア大陸を挟んで同じルーツがそれぞれの形で発言したものなのかもしれない。

 4作目が問題作。サラ・ヴァン=デン=ブーム監督による「レイモンド、もしくは縦への逃避」は純潔で潔癖であることを教え込まれた女性が歳を経てもはや老境に達して抱く寂しさと神への怒りを表した作品。どうにかしたいと自宅に郵便物を撮りに来る配達員に迫っては拒絶され泣いたりする姿が哀れでならないけれど、その郵便物が遠く日本から依頼を受けた使用済みパンティに見せかけてチーズケーキなんかを塗りつけ女優のブロマイドを添えてそれに女性がキスをしたものを封入したもの。つまりは偽物なんだけれどそれでも受け取る側は使用済みだと信じて喜ぶらしい。

 監督に寄れば日本にはそうした趣味の人がいるらしいと聞いたから描いたそうで、実際のところどうなのと同席した「記憶」のブリュノ・コレ監督が聞いていたけどそこに大声ではいそうです使用済みパンティは別名ブルセラといって1990年代から日本の名物で今もエロ本屋とかの自販機で売っていたりエロ本のムックに付属していたりしますとは言えなかったところに怯懦があったかもしれない。動物にしたのはそこにモデルとなった動物の属性を反映させたからで女性がふくろうなのはきれいだけれど表情が読めずコミュニケーションに問題があることを示したかったから。そしてふくろうは野生で配達員とかは犬のような家畜なり愛玩動物なのもそこにコミュニケーションのあるなしを込めたかったら。ってことはラストでふくろうの遠吠えを聞くカラスはどっち? 気になった。

 コレ監督の「記憶」はアルツハイマー型認知症になった老人がだんだんと自分を忘れていくその視線を人形の変化によって表現したもの。最後は妻が半ば透明になって一部に色を残しているのが示唆的でありつつどこか人間のすべてを忘れて無へと変える終末を感じさせてくれた。元になったのはアルツハイマーの画家、ウィリアム・ウテルモーレンの作品でそれを立体にするとこんな感じになるのかと思わせてくれた。若い人の反響があったようでわがことのように感じる年配者ではなかったのが意外だったらしいけれど、聞くと祖父母なり家族全体の問題だと感じ取ったとのこと。フランスは開明的だねえ。

 ラストはクロエ・アリエズ監督の「崩れる関係」でスイッチを顔にした造形が独特だったけれど面長でスイッチ部分になった鼻がなるほど人間っぽさがあり、そしてスイッチによって顔の形も人種も違うように表現できるのが面白かった。たぶん学生でどこかの家にパーティで集まったけれどもその中で飛び交う誰が好きとか誰に好かれたいといった感情。その中でひとりの少女には割とイケメンという設定の男が迫ってくるんだけれど、少女はどうやらいつもいっしょにいる少女のことが気になっているらしい。そういう性質があっても言えず誘われれば男に靡いているように見せなくてはいけないコミュニティの規範の堅苦しさとも抑圧ぶりともいったものが漂う作品だった。


【12月2日】 さあ決戦だ、っても相手がスペイン代表では勝つのはもちろん引き分けですらおぼつかないまま大量失点を食らうんじゃないかと心配もしたFIFAワールドカップ2022カタール大会のグループリーグ第3戦、日本代表はトップに前田大然選手をたててプレスをかけつつスペインには回させながらもゴール前を守って得点を許さないようにしたものの、フリーキックからのヘディングで1点を決められこれで負けも仕方がないなあと諦める。

 でもそこから追加点を許さず折り返した後半、日本代表が入った堂安律選手のシュートで1点を奪うと今度はゴールラインを割ったかどうかというボールを三笘薫選手が書き出すようにしてゴール前に送りそれを田中碧選手が押し込んで逆転。これは割ったかどうかを調べる必要があったけれど、最先端のテクノロジーが真上から見た時のボールの縁がゴールラインにかかっていることを“証明”して見事にゴールが認められた。

 人によって判断が分かれるところでもあって、副審が残っているとみるか出たとみるか判然としいないところも出そうなプレーだっただけに、こうして科学と技術が“証明”すれば誰も文句は一応は言えないのでありがたい。もちろん相手にそのメリットが向かう場合もあるから手放しでは喜べないんだけれど、少なくとも公平性は保たれた中での勝利ということで、後味を悪くすることなく次の戦いに進むことが出来た。今度はクロアチアが相手。前にもワールドカップで戦ったことがある相手で1998年は破れたものの2006年は引き分けた。今なら勝利だって可能な相手を粉砕して初のベスト8をブラジル相手に戦いたいなあ。頑張れ日本。眠れない日々が続きそう。

 TOHOシネマズ新宿で始まった上映から40周年を記念する「スペースアドベンチャー コブラ」の4Kリバイバル上映。公開時に劇場では見ておらずテレビで見たような薄ぼんやりとした記憶はあるもののほとんど忘れていたので新鮮に展開を見ることができた。野沢那智さんの声が強く印象に残っているから松崎しげるさんのコブラってどうなんだろうと思ったけれども見ているうちに引き込まれていってあのキャラクターと一体になるのは100分の映画だらかってこともあるんだろう。俳優女優を声優に起用して合う合わないの論争もあるけれど、見ている間に馴染ませそう感じさせることができるのが映画という表現の利点でもあるので気にしないことにしているのだった。

 そしていきなり出ア統監督ならではの3回パンによるジェーンによる拳銃発射があって最初からブサメンなコブラと出会って始まる冒険は、ドミニクにキャサリンといった原作にも出てくる三姉妹をまるで違った役割にして映画の中に落とし込んで順繰りに出す意味も乗せつつきれいに終わらせて楽しませてくれた。陸五郎さんのクリスタル・ボーイも聞いて小林清志さんぽさもありつつ威厳もある感じ。やっぱり強くてカッコ良いけどコブラにはかなわないのだった。

 原画の中に荒木プロダクションがあって荒木伸吾さんの名前もあって昨日が命日だったりすることもあっていろいろと感じいる。そりゃあ今ほど最初から最後までばりばりきれいで整っている訳じゃないけれど、レイアウトだとか見せ方だとかで動きを出して派手さも感じさせてくれるところが1982年のアニメ映画ならでは。4Kになってザラつきがなくなり発色も良くなり黒も締まって最前列でも隅々まで目をやって飽きることなく楽しめた。「スタ・ウォーズ」でハン・ソロを演じた松崎しげるさんならではの飄々とした演技を見聞きしつつ、そんなハン・ソロの脇でみずみずしさを出していた渡辺徹さんもふと思い出したのだった。本日死去。まだお若いのに。健康第一にいこう。


【12月1日】 「RRR」へと至るインドの歴史がちょっと知りたかったので、気になっていたウィリアム・ダリンブルの「略奪の帝国 東インド会社の攻防」という本を借りたらマイソール王国のティプー・スルターンに関する記述が割と多くて驚いた。渡辺建夫の「インド最後の王」を読んで35年くらい経つけれど、その本ほどではないもののその本に比肩するくらい詳細なティプーの偉績を紹介した本がなかっただけに、ティプーの凄さに感嘆して卒論をティプーが収めた南インドの統治形態でもって書いた身として嬉しくなった。何を書いたか覚えてないけれど、英語の本を図書館で探し論文を集めてカードを使って5日で50枚の卒論を書き上げた冬を思い出して熱くなった。実家を掘れば原稿の束とか出てくるはずなんだけれど。どこに仕舞ったかなあ。

 名古屋にある七五書店が閉店するとかいうことで話題になっている。文筆家の人が愛した書店らしいけれど、弥富通から新瑞橋の途中なんて車でもなければ行けない場所に就職した1988年に作られた本屋なんで1度も行ったことがないからどれくらいの充実度かわからないけ。とはいえ書店が消えるのは寂しいことであるなあ。個人的にはいりなかの三洋堂書店の充実した漫画売り場に助けられて今があるのでそこがどうなっているのかが気にかかる。あとは緑図書館。高校の真下にあって海外SFシリーズを随分と借りて読んだっけ。あの時の経験が今につながっているとしたらやっぱり優れた本の在処が消えるのは未来を奪うことでもあって勿体ないと思うのだった。

 何か依頼があったので、横浜で始まったフランス映画祭2022横浜へと出向いて「イヌとイタリア人、お断り!」いうちょっと刺激的なタイトルのストップモーション・アニメーションを作ったアラン・ウゲット監督にインタビューする。ランス国境に近いイタリアの山岳部に暮らす家族が戦争やファシズムを経験しフランスに移住するまでを孫の世代の監督が聞き描いた作品。詳細は3日に映画を観てから描くけれど、片渕須直監督の手掛けた「マイマイ新子と千年の魔法」や「この世界の片隅に」といったアニメーション映画に通じる歴史と向き合いつつアニメーションの持つユーモラスさの中に描こうとした意識が感じられる。日本での公開未定が残念なので誰か詩って動いて欲しいなあ。

 インタビューをした横浜美術館裏にあるホテルから横浜駅まで歩く途中に向こう側から割とこぎれいな男女が歩いてきたので何かIT企業でもあるのかと見たら神奈川大学がキャンパスを持ってきていた。県名がつきながら私立大学というある意味で母校の愛知大学と似た状況にある神奈川大学だけれどみなとみらいだなんてお洒落な場所にキャンパスを移せば学生もこぎれいになるものらしい。ってことは名古屋駅の側にキャンパスを移した愛知大学の学生もそこはこぎれいな人が集まっているのかな。名古屋大学の学生を本山原人呼ばわりしていた時代は過去で学生は誰もがこぎれいになっているのかな。気になるけれど縁遠いので気にしない。

 横浜駅から亀戸まで出てVELOCHEでインタビューのテープを起こしたり原稿をかいたりして過ごしてから、DIVEへと言ってぎっしりと詰まった弁当を買って帰って食べようとしたら食べきれなかった。やっぱりちょっと多すぎた。胃が弱っている訳ではないので単純に量的な問題だろう。むしろ今は少しだけしか寝なくても昼間に眠くなることがまるでない。ワールドカップで頭がサッカー脳になってドーパミンだかアドレナリンが出まくっているのかもしれない。ある種のドーピング状態。これが大会の終了後にどう出るか。どっと疲れが襲ってくるのか。怖いけど今は浮かれ気分で日本代表の試合を待とう。スペイン戦。勝てるかなあ。


【11月30日】 フィル・ティペットといえばやっぱり「ジュラシックパーク」で恐竜を実際に作って動かし映像化しようと考えていたら、スピルバーグ監督がそこはぜんぶCGでいくとなって失業してしまったかと思いきや、満足のいく動きを出せないCGにフィル・ティペットが動きを与えることによって生き生きとした恐竜の姿をスクリーンに映し出せるようになったというエピソードでつとに知られるクリエイター。特殊効果の神とも呼ばれてアカデミー賞も2回とった偉人にインタビューする機会があったのはなかなかに僥倖だった。

 よく喋るおじいさんで15分のインタビューで4つほどしか質問できなかったけれど、それでも記事にはまとまったのでとりあえずは良かった。そんな質問ではクリエイターはずっとひとりで延々と仕事をするべきで、周りなんて気にしちゃいけないという話が出てきてだからそんなクリエイターを伴侶にしてはいけないなんて言葉もあって、ひとたびクリエイターを目指したなら一生を独り身で過ごすことを覚悟しなくちゃいけないのかと思ったかというとクリエイターで無くてもそうなのでどうにも思わないのだった。いや思わなくちゃいけないんじゃ。そんなフィル・ティペット監督のストップモーション・アニメーション映画「マッドゴッド」が12月2日に公開。いかなくちゃ。

 午前中に家を出て船橋中央図書館で3時間くらい仕事をしてからすた丼を食べ、電車に乗って都心部へと出て神保町あたりで原稿書き。夕方になったので歩いて水道橋まで行き東京ドームでKISSを見る。子供の頃に大人気となるかたわらで、ジーン・シモンズが火を吹いたり血を吐いたりするショッキングなライブパフォーマンスを見せて大勢を卒倒させてる危ないバンドっていった印象も植え付けられたけれど、それから半世紀近くが経ってもなお活動の最前線にいるレジェンドをここで見ておかないと勿体ないということで、世界ツアーの組み直しの中で舞い戻った本当に最後らしい日本公演へと出向いた次第。

 東京ドームでもアリーナは満杯でスタンドからの観覧だったけれども昔に比べて音も遅れずに届くし音質も良くて冒頭からずっとしっかり聞いていられた。耳に覚えのある曲もあって例えば「ラヴィン・ユー・ベイビー」なんかはサビの部分が強く印象に残っていた曲で、それをポール・スタンレーがステージからアリーナの中央に建った柱の上に作られたステージで歌って聞かせてくれてなかなかに感動ものだったし、ジーン・シモンズもしっかりと火を噴いて血も吐いてくれてKISSらしさをこれでもかと見せつけてくれた。

 大人になって思うのは衣装こそど派手だけれど楽曲はストレートなハードロックでメロディアスでありビートも聞いてのりやすく、だからこそ時代に翻弄されないで今も人気を保てているんだなって印象を持った。「ロックン・ロール・オール・ナイト」なんて全米規模でエバーグリーンの楽曲として刻まれているヒット曲。それを見てくれこそ異形の際物のバンドが作り今なお歌い続けているんだからやっぱりアメリカって凄い国だしロックって凄い音楽なのかもしれない。

 まあメンバーは替わってエース・フレイリーもピーター・クリスもいないけれど、変わって入ったスペースマンのトミー・セイヤーはレスポールを何台も取り替えながらしっかりと音楽を刻み、そしてキャットマンのエリック・シンガーも両足でバスドラを馴らしながら顔を拭いたりドラムを叩きながら唄ったりする 芸達者ぶり。そんな若い、といってもとに60歳だけれど70歳代に入ったポールやジーンよりも若い体力でもって場を繋ぎ、そしてポールが誘いジーンが煽るコンビネーションでもって2時間のライブをラストまで引っ張っていってくれた。

 外タレだと1時間ちょっとで終わって不思議は内のにみっちり聞かせてくれた良いライブ。これを最後にするのは勿体ないくらいパワフルさに溢れていたけれど、でも最後だからこそ集まったってこともある。武道館からゼップあたりへと場を狭めながら続けるよりもど派手に東京ドームで3万人を喜ばせて去るのもまたKISSらしいってことで。ありがとう御座いました。


【11月29日】 ネットで回って来た海外アーティストの来日公演情報にドゥービー・ブラザーズがあって、それが初期のトム・ジョンストンだけでなく後期のマイケル・マクドナルドも一緒に来るとあってちょっと驚く。これなら「リッスン・トゥ・ザ・ミュージック」と「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」を共にを唄ってくれそうでちょっと凄い。その凄さを例えるならオメガトライブに杉山清貴さんとカルロス・トシキさんが参加して、「SUMMER SUSPICION」と「君は1000%」のどちらも披露してくれるくらいの凄さ。ちょっと行ってみたいかも。どうするかなあ。

 三郷で鉄工所を取材してから久しぶりに越谷レイクタウンのイオンモール越谷レイクタウンへと立ち寄ってざっと見る。ドクターマーチンのアウトレットがあって昔はもうちょっと定番タイプのシューズも少しはあって、幾つか試しに買っていたのが今は妙にデザインされたものばかりになっていて、これを買う人はドクターマーチンなら何でも良い人しかいないんじゃないかって思えて仕方がなかった。

 ブーツはあっても厚底で中に毛が生えていたりとか。派手なプリントが施されていたりとか。それもレディースしかなくてイングランドのパンキッシュなブーツを嗜みたい男子にはちょっと無縁のラインアップって感じ。ナイキだって定番めいたものを少しお安く売っているのにこれではちょっと。どうやら普通にショップで人気でアウトレットに回ってくる品がないとか。それは嬉しいことだけれどアウトレットの意味もないので何か考えて欲しいなあ。

 家に帰って「アミテージ・ザ・サード」のブルーレイを受け取ってネットを見ていたら東京都立大学で職員が切りつけられて負傷したとの報道。ふうん職員かと思ったら違って教員でそれも宮台真司さんで驚いた。歩いていたら後ろから殴られ首を切られたとかで本気で殺しに来たといった感じ。生命の危機はないそうだけれど手術もして面会もできない状況だから負傷というより重傷で、職員の負傷という状況からずいぶんと大きな”事件”になった。印象もまるで違うのに当初の報道がどうして小さくなったのかがちょっと気になる。

 歯に衣を着せないところはあっても相手のミスを衝いてえぐるようなことはなく、真っ当に意見を述べる感じのところがあって派手な怨みを買うようなところはない印象だったけれど、陣営を分けたがる人には一方に荷担したと見なせばこれは敵だということで攻撃が向かったのだろうか。気になるのはだからそうした宮台さんを敵とみなした側がどこかといったところ。いろいろと意見もあるようだけれどそこは犯人が逮捕されてから考えよう。大枠としてこうして衆人環視の中で人を傷つけるテロ行為が平然と行われる状況が、またひとつ常態化へと動いたのだとしたらそれは絶対に止めなくてはならない。その意味でも早急の犯人確保を望みたい。


【11月28日】 ぼんやりとしながらFIFAワールドカップ2022カタール大会のスペイン対ドイツ戦。ともにサッカーのトップリーグを持つ国だけれどサッカー観が違い過ぎる感じがあるだけにどんな戦いになるかと思ったら割と普通に攻め合い守り合う試合となって結果はドローに終わった。これで分からなくなった決勝トーナメント進出国は、最終戦で日本がスペインに勝てば文句なしにグループリーグ突破となってある意味で戦い方が分かりやすくなった感じ。

 でもそこでも失点したくないと守りに入って鎌田大地も三笘薫も久保建英も前田大然も南野拓実も温存するのが森保一監督。ドイツ戦の勝利を持って次もと決めたとしたらこれほどポン酢な話もない訳で、そこはちゃんと考えて欲しいけれども考えているなら森保一監督で出場だなんて考えなかっただろうなあ。それが田嶋幸三会長の日本サッカー協会って奴だから。足元にピタリととめる能力もスパッとパスを通す能力もないんだから、全員が献身的に走って前を向き続けるサッカーをした方がいいのに。オシムの教えは今いずこ。

 月曜日なので三鷹へと仕事に出て売店の跡地を埋める崎陽軒がまだあるのを確認する。シウマイ弁当だけではなく横浜ピラフなんてものもあって気になったけれど今回はパス。いつか船橋東武の店によって買ってみよう。5時間ほど仕事をしてから新宿へと出て禿げ頭専用の美容院でカット。3カ月が経つとあんな頭でも意外と伸びることが分かった。どうせだったら生えてないところも伸びれば良いのにそれはないのが人体の不思議とう奴で。

 終わって通りに出ると花園神社の酉の市で屋台がずらりと並んでいた。コロナの時には引っ込んでいたけど今は大丈夫ってことなんだろう。とはいえ人混みは敬遠して遠巻きに眺めて、たつ屋で牛丼の大盛りを食べて帰宅。100円増しだったのが150円増しになったのかそれとも前からそうだったのか。ベースの牛丼も400円になっていて世の中の値上げムーブメントが場末の牛丼屋にまで及んでいることを実感する。これを何にもしないでフワフワと政権運営を続けている自民党が次の選挙でもまた勝つんだろう。それが日本。

 夜にもワールドカップでセルビアとカメルーンの戦い。先取されて追いついてリードしたら追いつかれる激闘は結局3対3で並んでセルビアに未だ勝ちはなし。最終節のスイス戦に勝ってそしてカメルーンがブラジルに負けるとセルビアが2位で抜けられるのでまだ芽はありそうだけれどすでにトーナメント進出を決めたブラジルが本気でカメルーンを倒しに来るかそれとも遊ぶか。そこはサッカーの王国だけあって本気で挑んで沈めてくれると信じたい。頑張れピクシー。次の日本代表監督は貴方だ。


【11月27日】 極音で「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」が見られるというので立川シネマシティまで朝1番にいそいそと出かけて行く。いつもだったらウィンズにあるパスタ屋さんでナポリタンでも食べるところだけれど朝が早いのでどこもやっていないので食べずにそのまま劇場へ。もう4年近く昔の映画なのに今もやっぱり人気みたいで結構な人数の人たちが劇場につめかけていた。「マクロスΔ」が最近まで作られていて劇場版も公開されて作品としての現役感が強いこともあるんだろうなあ。

 あとはやっぱりアニメーション映画に歌が絡むフォーマットの始祖にして至高の作品というネームバリューか。マクロスシリーズに留まらず「ラブライブ!!」から「レビュースタァライト」からいろいろとあるアイドルアニメの走りでもあってもしもマクロスシリーズなかりせば、そうした作品が果たして今これほどまでに流行ったか、単にミュージカルアニメではないアイドルがアイドルとして活躍するアニメが存在し得たかといったところも含めて考えないといけない作品なのかもしれない。

 映画は前に国立映画アーカイブで見たフィルムでは当然なく、その際に上映されると告知されながらも間に合わず上映されなかった修復版のフィルムでもなくってラストにリン・ミンメイが「天使の絵具」を唄うライブシーンがついたリマスター版。だからちょっと前に劇場で見たのといっしょな訳だけれどもそこは極音ということでひとつひとつのセリフが聞き取りやすくて歌声も響いて最前列で見ていても音が割れるようなことがまるでなかった。ライブシーンの臨場感も最高。この極音で「愛・おぼえていますか」を聞くそりゃあマクロス&ブリタイ司令、ドボルザー相手だって勝てるって思わせてくれる。

 何度見ても柿崎はミリア相手にさっさとやられてスカル小隊って一応はトップに位置するっぽいチームのメンバーっぽくない情けなさ。ステーキを全部は食べられないままマクロスバリアの破裂に巻き込まれたテレビ版とどっちが情けないかといえばテレビ版だけれど自分の責任という意味では劇場版の方が情けないかもしれないなあ。いつか子孫に活躍の場を与えてやって欲しいもの。それはロイ・フォッカーにも言えるか。神谷明さんがただの二枚目から大人の男に切り替わった大事な役なのに、出落ち気味に扱われてしまうんだよなあ、どうしても。

 終わったのでそのまま家へと戻って夜のFIFAワールドカップ2022カタール大会。日本代表とコスタリカ代表戦は日本がコスタリカに勝てば次のスペイン戦を楽に戦えるようになるはずだったのに、第1戦のドイツ戦めいた戦い方ができずパスを出しては足元に治められないトラップのミスが相次ぎ、ドリブルしても奪われる足元の弱さが見え、そしてクリアボールをちょんと適当に蹴っては相手に奪われシュートされるという凡ミスが出て先取され、そしてそのまま同点に追いつけず負けてしまった。

 アジア予選で幾度となく見た光景。これなら最初から三笘薫選手を投入して最前線で引っかき回して1点2点を奪っておけば良かったと思うものの、そういう冒険ができる人ではやっぱりなかった森保一監督。ドイツ戦はだからやっぱり切羽詰まっていつもの戦術・三笘に保っていっただけかもしれないって可能性が浮上してしまった。これを第3戦もつづけるのかそれとも久保建英選手に見せ場を提供してあげるのか。でもそこはスペインで戦っていていろいろバレてる久保選手、サイドに押し出されて切り込めずボールを戻す繰り返しになるんだろうなあ。長友佑都先取にオーバーラップからの連係しての切り崩しを期待するのも無理だから。さてもどうなる。12月1日にすべてが決まる。


【11月26日】 ワールドカップ疲れで引きこもっていると貝になるので家を出て、電車に乗って本でも読みながら吉祥寺へと到着してさていつもの店でチャーハンでもを思っていったら閉まってた。工事中みたい。仕方がないので阿佐ヶ谷まで戻ってがっつり系のぱすたやに行ったらこっちは11月30日で閉店とのこと。しばらく前にがっつり系の定食屋だった男の晩ごはんが改装というか改悪されて茶色いご飯が減ってしまって美味しい定食屋さんになってしまって、これでたっぷり食べたい時によってた店が両方とも消えてしまった。阿佐ヶ谷も住みづらくなるなあ。って別に住んでないけど。

 ぱすたやは上野御徒町にもあるからそっちに行けば住むのだけれど、中央線沿線から近いかどうかは割と死活問題なのでこれからちょっと困りそう。荻窪駅前あたりで開拓してみるか、あるいは阿佐ヶ谷に他の店がないかを探してみるか。三鷹駅前の男の晩ごはんが復活してくれるとありがたいんだけれどなあ。それもなさそうだし。ともあれペスカトーレをがっつり食べて新宿へと出て南口のフラッグにあるタワーレコードに寄ったら山下達郎さんの「SOFTRY」のアナログ盤が出ていたのでそそくさと購入する。発売日にも見かけていながら買わずにいたらすぐに売り切れてプレミアになっていたんだった。その後再販されたのが残っていたみたい。聞ける訳では無いけれど、そこはまあ縁起物ってことで。ジャケットも魔除けになりそうだし。

 タワーレコードでは飯島真理さんの「ロゼ」と「ブランシェ」とうデビューアルバムと2枚目のアルバムがDVD付きで再販されていたのを今頃発見して購入する。ちょうどライブシーンがYouTubeで配信されて関心が高まっていたのだった。どちらも最初に出たアナログ盤を購入して、それから何年か前に出た紙ジャケのCDも購入していたからこれで3度目の購入になる訳だけれどもいろいろとおまけもついているのでこれはこれで良いのだった。別に11月の頭に出た新譜も見かけたけれど手元不如意でちょっとパス。あとは初期からいったいどんな感じに変わっているか、聞くのも怖いってのがあっったのだった。そこはネットでサンプルでも聞いてみて決めよう。歌声が変わっているってことはないんだろうけれど。

 池袋へと回ってグランドシネマサンシャインのIMAXレーザーGTで「RRR」。いちおうは実在らしい人物の名前だけ借りつつ完全なフィクションで描いた反映闘争の物語は森から出て来てさらわれた少女を助けようとする側にも、そして警察官となって反映闘争のインド人を撃退し続ける側にもそれぞれに過去があって義もあって、それが分からずすれ重なり合ったりすれ違ったりした先で離別があって理解があって共闘があるtいった具合に見ていて起伏がありながらも流れが1本通っていて見やすかった。どちらもヒゲがもじゃっとなると見分けがつかないけれども髪型が真っ直ぐとパーマで見分ければいいと分かったので後は大丈夫だった。

 反映闘争自体は名前を借りた2人も頑張ったけれどもそれが大きな変革を産むことはなかったものの、ネルーだったりガンジーだったりといった非暴力からの不服従によるゼネスト的なうねりが結果として英国の支配を揺るがしインドは独立への道を歩んでいく。やっぱりデカいのと人が多いのもあると英国といえども統治し続けるのは無理ってことなのかもしれないなあ。とはいえ独立した国家としてのインドがすべて隅々まで裕福になったかというとそこは難しいところ。ヴァルナジャーティ制の問題も根深くヒンディーとイスラムと仏教のまだら模様も何かしらの影響を与えている。そんな国でも崩壊せずに保っているのはやっぱり英国を退けたという強さが国民の中にあるからなのかもしれないなあ。そして「RRR」を見て溜飲を下げるのだ。そういう映画だたぶんきっと。


【11月25日】 ピクシーことドラガン・ストイコビッチ監督が率いることもあって応援していたセルビアだったけれども相手は王国ブラジルなだけあってパスを回されシュートを打たれてもう大変。それでもどうにか守りに守ってはいたけれど、とんでもないシュートが飛び出して2点を奪われそのまま負けてしまった。初戦を落としたチームがグループリーグを突破する確率は11%くらいだって話で、確立だけならちょっと厳しい感じになってしまった。

 それでもゼロじゃないからまだまだ期待は出来るし、ほかはスイスとカメルーンだからランキング的にはちょい上に大分下。その両方に勝てば良いと思えばピクシーもまだまだ諦めていないだろう。無くなったイビチャ・オシム監督のためにも是非にグループリーグを突破し上位進出を決めてC組2位で突破してくるアルゼンチンを相手に準決勝で戦い倒していつかの借りを返して欲しい。やれるさピクシーなら。イビチャ・オシム監督の愛弟子なのだから。

 午前6時くらいに試合が終わってそれから寝て起きて原稿を仕上げて送って一息入れて、オンライン会議を2件こなして夜になってしまったので、家を出てイオンシネマ市川妙典まで出向いていって映画として公開された「劇場版 転生したらスライムだった件 紅蓮の絆編」を観る前に大華ってラーメン屋にいって名物らしいパーコー麺を頂戴する。肉の萬世のパーコー麺に比べるとパーコーが上品な感じで麺も細めでつるつると入ってなかなかの美味。合わせて食べた煮豚飯も薄く切られた煮豚がご飯とマッチして良い味を出していた。

 他にもかに玉ラーメンとかあってチャーハンも美味しそうだったのでまた行きたいけれど、休日とかは行列ができるくらいの人気店なので平日夜に映画を見に行く用事をつくってでかけよう。まだあそこのIMAXで「すずめの戸締まり」を見ていないので4度目を見に行くことも検討しなくては。「ブラックパンサー ワカンダフォーエバー」は見たい気もあるけれど、「ブラックパンサー」自体を見てないので今ひとつ気乗りしないんだよなあ。あるいは「ONE PIECE RED」の見納めとかも考えるかな。「RRR」はグランドシネマサンシャインのIMAXレーザーGTで見る予定だから市川妙典ではパス。

 そして見た「劇場版 転生したらスライムだった件 紅蓮の絆編」は徹頭徹尾「転スラ」だったって感じ。アニメ版をずっと見て来た人はそのクレイマンを倒して魔王になったあたりからちょい脇道にそれてベニマルたち大鬼族をメインにした物語を描いた作品だって分かってそこでベニマルの兄貴分を登場させつつラージャ小亜国という本編では未登場の国も登場させつつ本編には絡んで来ないストーリーを描いていつもながらのリムルの無敵ぶりと善人ぶり、そして配下のベニマルからソウエイからシオンからガビルからハクロウからランカからゲルドに至る面々の強さを楽しませてくれた。

 見どころはだからディアブロの超越者ぶりで未はまだヴィオレの後のウルティマを登場させてディアブロと対決させてはリムルの配下になって名前をもらい受肉して強くなったディアブロとその主のリムルに関心を持たせる仕込みを行ったって感じ。愛らしいけど悪辣なところはやっぱり悪魔族なヴィオレ。でも歓心を買おうとし過ぎるとかえって機嫌を損なうことも分かったから、その側近の2人はいったいったいどれくらいの存在なのかが知りたくなった。いずれアニメ化が進んでいけば登場してくるだろう。いつのことになるのか分からないけれど。期待しつつ気を長くして待とう。

 産経新聞が10月のABC部数で100万部を切ったとか。すでに即売をのぞいた部数では割り込んでいたけれどもこうして改めて大台を割り込んだことが喧伝されるとやっぱりもはや媒体としての価値を感じないクライアントが広告を切ったり購読を取りやめたりする理由として使いそう。結果としてスパイラルのように部数が落ちていく。それが懸念されたからこそ近づいても死守していた数字だったけれどもはや保てなかったんだろう。こうして何十万部も減らし続けても代々の社長は責任を取るどころか会長へと成り上がってたりするんだから不思議な会社。だからこそ今がってことでもあるんだろうけれど。支局網も潰して東京近辺と大阪近辺でしか取材できず売れない新聞が全国紙の看板を守り続けるのももはや無理となった時、どこに落としどころを求めるかなあ。東京撤退もいよいよあり得るかもしれないなあ。


 【11月24日】 本田圭佑選手のAbema.TVでの日本代表対ドイツ代表の試合の解説について、松木安太郎さんのようだといった声が上がっているけれども書いている媒体が「FLASH」でもはや爺さん婆さんしか読んでいないような雑誌なだけに解説者として一時名をとどろかせた松木さんが未だにひとつのメルクマールとなっていると感じ取り、その名前を出して本田選手を並べれば分かりやすいし受けるとでも考えている雰囲気。20年前の日韓大会の時だったらそんな比較も成り立ったけれどももはや松木さんが過去の人になりかかっている上に、本田選手の開設が松木さんとはまるで違った中身が濃くて的確で、なおかつ面白いものだっただけに比べるのも失礼といった反応が多くてそこにも雑誌の作り手の感性と、世間の人の感性とのズレが見て取れる。

 ドイツ戦での本田選手は相手が4バックから3バックに替えて両サイドを前に出して人を多く送り込んで攻め立てていることにすぐさま気がついて、両サイドの選手に対応を求めていた。とりわけ久保建英選手については中盤から前に出られないことを問題視してどっちつかずになってしまいがちな相手の布陣に対応するか、できなければメンバーを交代して日本が3バックにした時、あるいは両サイドが下がって守る5バックにした時に最適な選手を入れるよう進言してたらそれを聞いていたかのように後半、森保一監督はメンバーを変えて対応を行った。さすがはアジアで監督の経験もしてきた本田選手、とうよりもはや本田監督としてチーム全体をマネジメントしディレクションもする立場になっている。

 実質はピッチの選手たちが自分たちでマネジメントしつつライセンスを持つ松木さんを監督に据えていただけのベルディでの立場とはまるで違ったシビアな場に立ち沢山の経験もしてきた本田選手ならではの視座をここは讃えるべきなのに、余談のように口にしたワインがどうのとかオフサイドをちゃんとみない審判への批判からオフサイドを見る機械に頼りがちな傾向へと話を延ばしてそれなら副審いらないんじゃないかといった至極当たり前の感想を、特別のことのように取り上げ騒ぎ立てることこそがもはやサッカーを見る多くの感性からズレている。でもそこを取り上げればバズると思っているメディアの感性に末期ぶりを感じざるを得ないのだった。サッカーメディアはさすがにそういうことはなかったものなあ。やれやれ。

 書く原稿があるので三鷹駅まで行って上にあるPRONTであれやこれやと原稿書き。テープ起こしから言葉を拾ってとりあえず半分くらい仕上げてから、いつもの仕事場に行こうとしたら三鷹駅の前は駅の売店があった場所にシウマイの崎陽軒が店を出していた。これは吃驚。買ってお昼ご飯にしようとした近隣のアニメスタジオにシウマイ弁当の香りが広がりお腹を鳴らしているんじゃ無いかと想像したけれど、いまや900円にもなったシウマイ弁当だとそうはおいそれとは買えないのかもしれない。物価高怖いなあ。  とりあえず夕方まで仕事をしてから帰る途中にせっかくだからと1個シウマイ弁当を購入。恒久的な店では無くって期間限定らしいので、ここで買っておくことで三鷹には需要があると感じて店をいっぱい出してくれるかもしれないと期待してのことだった。どうなるか。戻って2年近く前に買ってあったPCのセットアップをようやく始める。その後に買った一太郎がなぜか半年以内にインストールしないとセットアップできなくなるバージョンらしいのでそれもまとめて整える必要があったのだった。いろいろとインストールしメールと一太郎の原稿を移してどうにかこうにか使用可能に。まあそれでも今は普通にそれまでのが動いているのでいよいよ本格的に動かなくなったらそっちへと移ろう。


【11月23日】 寒いけれども家にいると電器毛布にくるまったまま起きられなくなるので、頑張って起き出してクロワッサンをかじってから電車に乗って吉祥寺へ。リベストギャラリー創で開催中の上条淳士さんの展覧会を見物にいったら外国人が来ていて繊細な線に見入っていた。主に「SEX」からの展示で「TO−Y」よりも線が洗練された頃の絵は細くてソリッドな線でもって美しい女性が描かれなかなに目に刺さる。

 拳銃とかも手描きでしっかり描かれていて絵の巧さが響いてくる。今なら取り込んで貼り付けそうな物品であったり街並みも手で描いてトーンを張って立体感と質感をしっかりと出す。そんな技術を今も誰かちゃんと継承しているのか。紙にペンで描くのとタブレットに電子ペンで描くのとではやっぱり違うんじゃないのか。こうして展覧会が開かれて原稿用紙が並べられるとやっぱりマテリアルでもって刻まれた作品が持つ重さというのも感じられるのだった。

 とはいえ時代は変わるなら手描きでもって下書きを作りそれを取り込んで太く濃くするというのもありなのか。カレンダー用に描かれた下書きも展示してあってそれらはうすく鉛筆で描かれているのにカレンダーになると太くて濃い線になっているのが不思議だった。どっちが好みかって言えばカレンダーなんだけれど、手描きが持つ質感というものも捨てられない。それらが1枚14万円で出ていてちょっと欲しくなった。とはいえ原稿ではない下書きにそれだけ出せるのか。自筆だからそれだけの価値はあると思いたいけれど、下書きだと思うと素材に過ぎないのかもといった思いも浮かぶ。デジタル時代の作品の価値って難しい。

 吉祥寺のサンロード入り口が描かれた絵を見て元の風景を眺めて見比べて、構図は変わってないけど看板は変わっていることを理解する。タカQなんて今どうなっているんだろう。セレクトショップとして憧れのアイテムが揃っていた店だったよあなあ。富士そばで天ぷら蕎麦を食べようとしたら女子高生っぽい2人組も入って来て何か食べていた。立ち食い蕎麦を食べる女子高生。それも吉祥寺で。なんか良いねえ。お小遣いも少ない中でしっかり食べられる店がそこだったからなのかもしれない。

 オルハン・パムクがペストに関する小説を書いたみたいで、どんなものかを確かめに日本橋の丸善によって確認。上下巻でまとめ買いすると6000円くらいになるので図書館に期待することにして、日本橋交差点からやや日本橋寄りのエクセルシオールカフェに入ってテープ起こしを粛々と。2時間くらいでどにか起こしたので戻って夕ご飯を仕入れて買って食べ、寝て起きてさあワールドカップのドイツ戦だ。優勝候補の筆頭に来るチームなだけに前半の半ばからぐっと前に出てそこでボールを回し始める状況に、これはもうかなわないと思ったもののそれでも前半をPKの1点に抑えると、後半は選手交代がピタリとはまって堂安律選手、浅野琢馬選手といった交代で入った選手が共に得点を奪って逆転して勝利してしまう。

 解説の本田圭佑選手が指摘した問題点はまるでぴったり当たっていて、サイドで前に出られない久保建英選手をさっと提げて5バック気味にしつつサイドから攻められるようにしたのが大当たり。両サイドで走り込んだ選手が相手を押し下げて危機を大きく脱した感じ。こういうところで采配が光る森保一監督は、どうして予選でこれだけの采配を震えなかったんだろう。出るという目標のために冒険を冒さない一方で、勝つという目標のために冒険を置かせる見切りが良いのかも知れない。しかし浅野選手がノイアー選手のニアをぶちぬいたのは凄かった。世界のノイアーだよ。それを終盤にゴール前に引っ張り出した日本代表、これは行けるかも。


【11月22日】 ワールドカップ中でも明け方とかいったとんでもない時間がないのでイングランドvsイラン戦を普通に観てやっぱりイングランドすげえと驚嘆しつつイランもこれは大変だと同情しつつ寝て起きて船橋中央図書館へ。いつものパソコン利用席に座って3時間ばかりかけて原稿を書いてどうにかこうにか形を整えたのでいったんクールダウン。リサイクル本に昔見かけて興味があったビッキー・ゴールドバーグの「美しき『ライフ』の伝説 写真家マーガレット・バーク=ホワイト」(平凡社)をもらって外に出る。

 ソースラーメンの店でチャーハンでも思ったものの人がいっぱいだったのでサイゼリヤへ。ドリンクバーのコーヒーが壊れて出なかったのが残念ながらもジンジャーエールとソーダ水をがぶ飲みしつつハンバーグを食べつつ原稿の形を整えフィニッシュに持ち込み草稿してひと仕事完了。平日なのに昼下がりに女子が固まって4人ばかりランチをしていたのは学生なのか違うのか。何か学校が休日だったりしたのかな。そんな賑わいを観察してから外に出て、VELOCHEに入って別のインタビュー原稿の形をせっせと整える。

 話があちらこちらに飛ぶ内容をまとめたりつないだり補足したりして流れをつくってひとつ形を整えていたら夕方になったので退散。いつものスーパーで納豆とサラダを買って惣菜屋でコロッケも買って部屋に戻って一眠りしてからワールドカップの今度はアルゼンチンとサウジアラビアを観たら凄かった。メッシがPKを獲得して順当に決めるかと思ったら止められて得点にならず。逆にサウジアラビアが得点を奪ってそのまま逃げ切り優勝を狙うメッシのアルゼンチンを打ち破る。いやあ驚いた。でもがっちり固めた守備を奔放なアルゼンチンでは破れないかもしれないなあ。

 続けてメキシコとポーランド。レバンドフスキーというスーパーエースを抱えるポーランドが強いかと思ったらメキシコが小兵なりに技をきかせて相手を攻めさせず逆に攻め立て互角以上の戦いに。技のメキシコvs力のポーランドといった構図はドイツと戦う日本にもあてはまりそうで、それに加えて日本にはスピードもあるから発揮できれば良い勝負が出来るんじゃなかろうか。でも引いて押し込まれ守れず失点を重ねる未来も見えるからなあ。そこはだから当日のドイツ次第か。夕方から夜にかけていっぱい試合をしてくれるので今回のワールドカップはありがたいけど、予選が終わると明け方に時間がシフトして観るのがキツくなるのかな。なので今のグループステージをしっかり観よう。Abemaにこの時ばかりは感謝して。

 帝京大学の教授がゼミを希望してきた男子学生の名前を女性と思い込んで女性かと聞いてその答えも聞かないまま女性ならいろいろと優遇するめいたことを書き送ったら男子だったので反論するどころか開き直ったら録音されて公開されて炎上中。粛々と対応をすれば良かったのにどこにどうして女子だと決めつけてそれで話を進行させたのかが分からない。省みて問題を考える余裕がなかったかそういう思考がぶっ飛んだまま長く過ごして感覚が麻痺していたのか。元日経の人だったこともあって社会人経験者の採用に社会人時代の偉ぶった態度が持ち込まれアカデミズムの公平性にひっかかって炎上する問題が、改めて顕在化されそう。果たして帝京大学は辞めさせられるのか。ちょい見物。


【11月21日】 そして気がつくとFIFAワールドカップ2022カタール大会が開幕していて開催国のカタールとエクアドルが対戦。シグルバレンスみたいな名前のエネル・バレンシアという選手が2得点をあげてエクアドルがカタールを下してみせたのは順当として、その前に1得点があったはずだったんだけれど金胎から導入されたオフサイドを瞬時に判定するシステムで足首が先に出ていたことが判明してオフサイドということで取り消される事態となって、最先端テクノロジーの凄まじさをまざまざと見せつけられた。

 厳密に言えばそうあんだろうけれども体をもって人間とするなら足先くらいは出ていてもそれは見逃すのが人間の審判だったはず。あるいは見えないものだったけれどテクノロジーはそうした機微もミスも許さずしっかりと判定してルールの境界線上にあるものに白黒つける。それを人間味が失われると非難する声もあるかもしれないけれど、そうやって厳密に敷かれた線の内側から凄まじいプレーをして得点を奪うことこそがプロフェッショナルが見せる最高のプレーって奴。たとえテクノロジーが厳密化を招いてもそれを上回るプレーが見られると思えば気にしない方が良いのかもしれにあ。それでも気になるインザーギは果たしてどれだけの得点がオフサイドになるのかってこと。誰か検証しないかな。

 「機動戦士ガンダム 水星の魔女」で飛び出した“株式会社ガンダム”という状況から、バンダイナムコグループがガンダムだけで1320億円の売上げを今期末に見込んでいることを知ったついでに見たプリキュアの売上げが、今期末で60億円しかないことにちょっと驚く。これはスーパー戦隊といっしょで仮面ライダーの3分の1強といったところ。パワーレンジャーが北米で大人気となったあたりでスーパー戦隊は結構な売上高を見せていたし、プリキュアも女児向けでナンバーワンといった地位を保ってやっぱりそれなりの売上高を見せていたはず。それが今やウルトラマンにも及ばないというのはやっぱりバンダイとしても、そして東映としても気になるところだろう。

 仮面ライダーだってスーパー戦隊と同様に上がったり下がったりしていた記憶があるけれど、それでも1本筋が通ったキャラクター性があることで、迷走をせずに来られたのかもしれない。対してスーパー戦隊はドラマ性よりも娯楽性が重んじられる感じで見れば楽しいけれどもキャラクターとして玩具が欲しいなりきりたいといった感じにならないところに苦戦の理由があるのかもしれない。そしてプリキュアも毎年のリニューアルがその歳のファンを獲得できても、進む少子化でカバーできる人口が減って売上げ減に結びついているのかもしれない。それとも大人がニチアサと騒いでいるだけで子供たちはとうに離れている? そこは分からないけれどこれ以上下がるようなら何かテコ入れってこともあるのかもしれない。

 あるいは庵野秀明監督が「シン・ウルトラマン」を手掛けたことでウルトラマンは浮上し、そして「シン・仮面ライダー」を手掛けることで仮面ライダーも浮上へと向かっているのかも知れない。著名なクリエイターが改めて原点を問うことによって存在に対する認知が広がると共に何をもって其れというかが確認され、迷走が収まる効果が出ているってこと。その例にならえば次は庵野総監督で「シン・ゴレンジャー」を作ってもらって戦隊ヒーローの面白さとは何かを改めて問い直し、そして庵野総監督による「シン・プリキュア」を作ってもらって女の子たちが変身をして肉弾戦をすることの面白さを見つめ直すことになるのかな。最初に戻って2人にした上で破壊と暴力の限りを尽くしてでも正義を貫く女の子たちの物語。ってそれ「シン・プリキュア」というより「ダーティペア」じゃん。


【11月20日】 クロワッサンをかじってから電車で品川へと向かい美少女戦士セーラームーンのミュージカルを見る前に、ホームの立ち食いそば屋で品川丼なるものを食べる。深川丼はアサリが使われた丼だけれど品川丼は何がどう品川丼なのか分からないもののおそらくは天ぷら蕎麦に使われている天ぷらをそのままご飯に乗っけて出して品川駅だけのオリジナルだということで品川丼と言っているんじゃなかろうか。味はまあまあ。出されたお汁は蕎麦の汁を薄めたものなのかそれとも別に作られているのか。ともあれホーム上のコンコースにある飲食店で食べるより安価にしっかり食べられるホームの立ち食いそば屋をJRは消滅させないで欲しいなあ。

 早い時間に並んで入場してまずはグッズ売り場へ。ブラインドの缶バッジを初日と同じように2個買う。初日はスノーカグヤがダブルで出るという最強ワンペアだったけれども今回は欲しかったセーラーちびムーンとそれからネコルナが出て運がめぐってきた感じ。セーラーちびムーンを演じた新津ちせさんが前にセラミューに出た時は、演じたちびちびムーンの缶バッジをちゃんとゲットしていたはずなので並べればその間の差も分かるはずだけれどどこに行ったかよく覚えてないのだった。もう7年も前のことになるので仕方がないとはいえ、そんな7年の間で立って踊って唄う力をしっかりと付けた新津ちせさんが次ぎに何を演じるか、それが目下の興味といったところ。

 日替わりゲストはネルケ版セラミューでセーラームーンを演じた大久保聡美さんとそしてセーラーマーキュリーを演じた小山百代さんが登場して出演をした前の公演の場面がどこかを聞かれてことごとく当てていた。舞台に立って演じればそれがどの場面なのか、身についた演技の記憶によってすぐに蘇ってくるものなんだろう。そんな過去の失敗談として大久保さんが衣装を替えてもティアラをつけたままで真面目なシーンを演じてしまって相手が笑いを堪えるのが大変だったといったことを上げていた。どんな雰囲気だったんだろう。映像を毎回撮っている訳ではないから残ってないんだろうなあ。そういった一期一会もあるから舞台は楽しいのだ。

 くるくると回ってひらひらと翻るスカートの中が見えたり見えなかったりするのを目の当たりにしつつ最後まで観劇。歌も安定して展開もスムースさが増してラス前のこなれっぷりがよく出ていた。本当の千秋楽は涙もあふれるフィナーレになったのかな。そんな興味に引きずられつつ会場を出て、JRで浜松町まで戻ってモノレールに乗り換え流通センターへと行って文学フリマをさらりと見物。滝本竜彦さんとかインタビューをした市川憂人さんとかに挨拶をして、そしてちょっと前に紹介した「斜陽の国のルスダン」を書いた並木陽さんに挨拶をしてSFファンジンを買って帰る。何かとられたアンケートはSFおじいさんを対象にした賞の投票か。「百億の昼と千億の夜」と「ベトナム観光公社」と「ウルトラセブン」を選んだ記憶。さてどうなるか。

 戻ってネットで「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。やっぱり何にも知らないスレッタさん状態で進んだようであれほどガンダムじゃないと言っていたエアリアルをあっさりガンダムだと認めたプロスペラさんの腹の底にぞっとする。「娘たち」と言っていたのも気になるところ。やっぱりエアリアルの中かあるいはガンビットの中には人間の脳組織なり神経繊維が格納されていて自律思考をしながら動いていたりするんだろうか。そちらこそがプロスペラにとて自分の“娘たち”でスレッタはそれらを動かすだけのインターフェイスに過ぎないんだろうか。エランの強化人間につきつけられた運命はそのままスレッタの運命と重なるんだろうか。不穏さを漂わせつつ物語は次へ。株式会社ガンダムの社長にグエルが就任して会長のミオリネに振り回される未来が見えます。


【11月19日】 買収して即座に約半分の社員の首を切ったイーロン・マスクが、さらに文句を行ってきたプログラマーを首にしてそして社員に毎週80時間は働け、それができなければ去れと言ったら1000人規模で人が辞めてしまったツイッターの今後がどうなるかを想像すると、昔より増えた利用に耐えられずクラッシュするかサービスが劣化して過疎化するかどっちかだろうなあとは思うもののそれでも2chが5chとなって未だしっかり掲示板としての機能を保っているのを見るにつけ、最低限の機能さえ使えれば命脈は保たれるものなのかもしれない。mixiはそこで使い勝手を悪くしたから過疎化したまま浮上できないんじゃないのかなあ。

 だったらマストドンはというと中心となるプラットフォームが1つではないところがあってどこに行けばどんな情報があるか分からないのが難点。ある意味で昔のニュースグループに近いところがありそうで、そういうのを細かくチェックしていけば自分にとって有用な情報源になるのかもしれないけれど、探すのも面倒だしねえ。その点で、Redditはテーマ毎に部屋があってそこに行けば並んでいる情報を閲覧できるから楽は楽。ひたるらROMっていても飽きないんでそちらに日本語版めいたものが生まれれば、一挙に利用も広がりそう。画像だって添付できるしね。ただ違法画像にエロ画像もてんこ盛りなんで日本向けには無理かなあ。どうかなあ。

 溜まっている原稿を書かなくちゃと家を出て幕張あたりの喫茶店でしこしこと原稿書き。どうにかこうにか形が出来たのでパンチョにおりてナポリタンの上にアルボナーラのソースをかけるというカロリーばか高そうなパスタをもりもりと食べ、アウトレットを舐めつつ何も買わずに別の喫茶店にこもって原稿をフィニッシュにまで持っていく。これでどうにか今週稼がなきゃいけないくらいのお金は稼いだかな。そのまま電車に乗って帰る途中で「うる星やつら」の単行本がボックスになったシリーズのだい2巻目を購入。大昔に買って揃えた単行本がそのまま復刻されてて、バリエーション豊かな表紙絵を眺められるのでこれは揃えておかなくちゃいけにあと思ったのだった。でも開けずに読まずにおきそうだなあ。だからといって買わないと売り切れて変えなくなるので見つけたら要チェック。

 「人間は愚か」を改めて見せてくれた今朝の「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」は交通刑務所じゃなかった自動車運転教習所に入れられたモルカーたちが海底トンネルの見学に行ったらサメが現れ大騒ぎ。でもちょっとおかしい動きをしているサメが体内に人間が捨てたゴミをいっぱいのみこんでいるのを見たテディが、トンネルをぶち割りサメの体内に飛び込んではゴミを全部平らげてサメを元気にしたという心温まるストーリーが繰り広げられた。でも食べたテディはあのあとが大変そう。まあそこは出すだけなんで迷惑を被るのは周辺くらいかな。場所を制限して撮影の大変さを減らそうとしたのにこうやって違う場所を作り海底だなんて凝った舞台設定にした上にグルグルと迷路みたいな演出もつけて撮影大変だっただろうなあ。そんな成果が人気に現れているようで善哉。見里朝希さんだけでなく小野ハナさんが次に作る作品も楽しみになって来た。

 足立和平さんの「飯を喰らひて華と告ぐ1」(白泉社)に笑う。定食屋を営む男は料理の腕は良いし客の抱えていそうな悩みに心底から応えてあげる人情家だけどその認識の悉くが勘違い。地下アイドルが客としてやって来てもう辞めたいと思っていて、その理由としてファンの男達と握手するのが嫌で臭くてもう握りたくないとぶつぶつ言っていたところから勘違いしたその職業がどうしてそうなるんだと言えそうで、なるほどそうかもしれないと思える絶妙なもの。そして垂れる説諭の筋は違っても心に響くから面白い。呆れたか諭されたか少女アイドルは30歳になってもアイドルを続けていく覚悟を決めた模様。結果良ければすべて良いのだ。ブリ照り美味しそうだったなあ。


【11月18日】 スクウェア・エニックス方面でインサイダー取引があったとかで誰かが捕まったというニュースが前にあって、その時は誰も知っている名前が出てなくって安心していたら続報で中裕司という名前が飛び出してきて吃驚仰天。「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」の生みの親にして「ファンタシースターオンライン」の作り手にして「ナイツ」のクリエイターではないですか。つまりは一時のセガを代表するゲームクリエイターである意味では任天堂で「スーパーマリオ・ブラザーズ」を作った宮本茂さんに並ぶ世界で知られるクリエイター。それが、280万円だなんてショボい金額のインサイダー取引に引っかかって逮捕されるなんて状況に、どうすれば追い込まれるのかが分からなくて唖然とする。

 なるほどセガでソニックチームを率いて「ソニックアドベンチャー」なんかを作って名を上げたものの「ドリームキャスト」向けに「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」の正統なる続編は出せずソニーの「プレイステーション」シリーズが「ドラゴンクエスト」とか「ファイナルファンタジー」を抱き込んでデカくなっていくのを横目にセガがハードもろもと沈んでいくひとつのきっかけを作りだしたと言えなくもなかったりする。とはいえ『ファンタシースターオンライン」は今も続くオンラインゲーム人気の中核としてセガの柱になっていたりする訳で、これで「ナイツ」を蘇らせていたらどうなっていたか分からないけれど、いつの間にやらセガを去って任天堂の「Wii」向けのタイトルなんかを作るようになっていた。

 その頃に文化放送の上にある事務所へと取材に行ったことがあって、いろいろと湧き出る発想に感嘆したものでその後にスクウェア・エニックスに入って何かゲームを作り始めたと聞いて、これは凄いものを送り出してくれると期待していたらいろいろあったみたいで今も引きずる問題を抱えてしまった。そんな最中でのインサイダー取引問題。意図的なのか知らず取引をしたら引っかかってしまっただけなのか。同じ案件で人が捕まっている報道を知りながらもぶれず動じないでツイートをしていたところを見ると自分が関わる案件とは思っていなかったようにも考えられるけれど、いずれにしても逮捕されたことは事実。そこからどういう経緯を辿るのか。今は見守るしかない。

 それはそれとして今のソニックシリーズとは関わっていないから、「ソニックの開発者」とか「ソニックの生みの親」と呼ばれるのは迷惑だといった声が上がっていたりするけれど、今よりも日本のゲームが世界で輝いていた時代に、その先頭に立って世界でナンバーワンの人気を誇ったメガドライブ向けで最も人気のあった「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」を作ったクリエイターであることには変わりがない。その意味から中裕司を「ソニックの生みの親」と呼ぶのは、ソニックという今も愛されるタイトルと、中裕司という希代のプログラマーに対する敬意でもあるからそれを否定されるのはちょっと辛い。円谷英二が今のウルトラマンい関わっていなくても、やっぱり「ウルトラマンの生みの親」と呼び続けるようにそこはそうだと理解しつつ、でも罪を負うなら罰を受け、そして出直して下さいな。

 三鷹で6時間ほど仕事をしてから原菜乃華さん、松村北斗さんも参加しての新海誠監督の「すずめの戸締まりの舞台挨拶をTOHOシネマズ新宿で中継で見る。現場で草太の祝詞めいた言葉とそして鈴芽の「お返しします」といったセリフを生で演じさせて松村さんの入り込みぶりがなかなかに凄まじかった。喋れば軽い声も演じるとあの凜としたイケボイスになるんだなあ。そんな2人がメディアで良く”声優初挑戦”と書かれるに新海誠監督は「そういうことではない」と指摘。「自分は2人の初挑戦が欲しかったのではない。2人が欲しかった。菜乃華さんと北斗くんに鈴芽と草太をやっていただけることが重要なんです」と役に合う声を選んだら2人になたっということを強調していた。

 「ガチのオーディションで選びました。その沢山の人たちの中から選ぶ時、技術が上手いとか芝居が出来るといったことは大事だけれど、上手いだけでは面白い映画にはなりません。鈴芽や草太と一緒に自分で良いんだろうかと考えながら不安を抱え悩み映画を完成に導いていって、一緒に届けてくれるのが2人だと確信した」ことが選んだ理由。そこから2カ月、アフレコを行いだんだんと完成に近づけていったという。「自分が書いた脚本は自分の子供のようなものなんです。1000人の候補がいても、自分の子供がすぐに見分けられるように、誰が合っているかは聞いてすぐに分かります。この人たちが僕たちの作品にとって大事な人なんだと分かりました」。聞いて原さんは「嬉しい」と感嘆。そうやって乗せたからこそのあの迫真の演技になったのかもしれない。


【11月17日】 WOWOWとクランチロールであの冲方丁さんのファンタジーにして多分SFでもある「ばいばい、アース」がアニメーション化との報。2000年の暮れも押し迫った12月25日に分厚い上下巻で刊行されたのを手に取って、読み始めてあまりに面白くって年末のコミケの会場にも持ち込んで読み継いで年内に読み終えてこれは傑作と歓喜したっけ。後に文庫にもなって最近はコミカライズもされたけれど22年も昔の小説ということには変わりない。

 それだけバリューも乏しくなっていながらアニメ化というのはひとつには冲方丁さんの名前がこの間で抜群にアップしたことがあるし、本編自体が無類の面白さを持っているってこともある。ファンタジー調の世界なんだけれどどこかゲームの中のようにも思えるところは飛浩隆さんの「グランバカンス」とも重なるところがあって、あちらがSFで高評価されるならこちらだってと思いながらもあまり知られてないのが残念だった。僕は確か電撃アニメーションマガジンの書評コーナーでレビューしたっけ。そんな作品だけにこうして改めて有名になってくれるのは嬉しいところ。どんなビジュアルになるかなあ。今から楽しみ。

 ヤフー!やらグーグルやらが新聞等のニュース記事を転載する際にちゃんと真っ当なお金を払っているかと公正取引委員会が調べるってことを新聞なんかが報じてて、それだけ美味しいところを持って行かれて自分のサイトにまるでお金が入らないことをうっとうしく思ってチクったのかって想像も浮かぶけれど、そうやってポータルに出さないことにはまるで世間に広まらないのも実際の所。現実にTwitterでガンガンとモーメントを流していたハフポストだのバズフィードだのがまるで見えなくなって息絶えたよにすら思えるところに、ポータルに露出してなんぼってところがネットにはあったりする。

 新聞とかだってそうやってポータルに出して知名度を得つつお金をもらっていた訳で、それでもっと寄越せというならだったら出してもらわなくて結構となるだけのような気がする。あとはそうやって転載するなら金をクレというなら、新聞やテレビが取材をする際に情報をタダで入手するのはケシカランからちゃんとギャラを支払えって声も出て来たりする。媒体力があるから載せたら広まりますよという声がけも可能ではあったけれど、部数が減って影響力が下がっている一方でネットには幾らだって媒体があるし自分でだって発信できる中で新聞にロハで協力する意味って何? って話になる。

 そこは新聞という媒体が持つ公正性と中立性、そして教養がある程度保障される環境の中で情報を流通させることで信頼を得て尊敬も得られるといった効能を期待することは可能だし、中立公正を旨とする新聞に協力することでこの国の情報環境を健全に保とうとする意義に殉じることも可能だろう。もっともそうやって読者の側が信頼したくても新聞等が広告めいた記事を載せたり特定の政権に肩入れしたり不動産等の事業で儲けたりしてその金で高給を配ってウハウハしていたりするのを見ると、それでどうして協力してやらなくちゃいけないのって話になってくる。身ぎれいにして健全性を保ちつつ情報提供をお願いするようなスタンスにならないと、理解されないんじゃないかなあ。まあ高給ってのはもはや一部に過ぎない気もするけれど。

 昼になったので品川へと出かけてミックスランチを食べてからステラボールでセーラームーンのミュージカルを見る。前にちびちびムーンで出ていた新津ちせさんが今回はちびムーンとして出演していてその歌が巧くそして演技も巧くて驚いた。大きいお姉さんたちにも遜色がないどころかそれ以上といった感じでこれは末恐ろしい。セリフを喋っても声音がほとんどプロ声優にも聞こえるくらい。そんなハイクオリティな演技を見られてなかなか嬉しかったし、今回はセーラームーンのミュージカルがバンダイ版も含めて30周年ってことでいろいろと過去のファンから今のファンまで楽しめるしかけがあったみたい。そのあたり、詳しくないけれども立体としてのセーラー戦士たちがくるくる周りながらスカートをひらひらさせて踊る姿はなかなかの眼福。それを平日昼間から見られるリタイア人生も悪くないと思ったのだった。もう1回行くつもりなので公演の中でさらなる成長があるかに期待しよう。


【11月16日】 ポーランドにミサイルが落ちたそうでロシアから飛んできたんじゃないかと言われNATOに加盟するポーランドへの攻撃はNATO加盟国の参戦を招いて第三次世界大戦の勃発だなんて話も飛び出して朝から不穏な空気が漂ったけれど、どうやらポーランドに落ちたのはウクライナの迎撃ミサイルみたいでその意味では攻撃ではなく防御のミスということで落ち着きそう。ロシアがミサイルなんて撃たなければといった意見もあるけどそこはそれということで。しかしいつまで続くのか。ウクライナが占領されるかロシアが引くしか終わりの選択肢がないのがどうにも厳しいなあ。

 日本代表が出場するサッカーのFIFAワールドカップ2022カタール大会が20日にも始まる予定だけれどもそんな日本代表がどんな成績だったとしても、森保一監督を続投させるような雰囲気が出て来て日本代表の人気がこれでさらに下がってどん底の底に入りそうな予感に打ち震える。あと1週間もないのにまるで盛り上がってない状況がひとつ日本代表の不人気ぶりを表しているにも関わらず、そんな日本代表を作った監督が予選で苦戦したからこそ入ってしまった死のグループで成績が悪くても不問に付すのって、もはや一切の責任を問わないに等しい愚行と言えるだろう。

 西野朗監督ですらどうにかこうにか予選は勝ち上がっても辞めて譲った代表監督の座。それを4年かけてまるで成長させられず世界で活躍する凄い選手を揃えながらも予選で苦戦して自分の責任って奴を感じないものなのだろうか。監督も日本サッカー協会の会長も何かがズレているとしか思えない。会長の方はそうやって人気を削り倒した挙げ句にせっかく入ったJAFハウスを出なくちゃいけないはめになった。会社を潰したに等しい振る舞いをしながらもトップに居座り続けられる神経って……。我らがジェフユナイテッド市原・千葉の母体となった古河電工の出身ながらもこれは認められない。岡ちゃんだって認めちゃならないとクーデターでも起こして会長の座を奪い取って欲しいなあ。

 表現に対して圧力が加わっているように見える案件が続出。オンラインで同人誌とかの販売を可能にしているプラットフォームが、決済に使っているカード会社の方針で公序良俗に反するものの決済をさせないことを受けてそうしたコンテンツの取り扱いをしないように求めたとか。ゴア描写とか恋愛描写とか別に18禁でもないような描写であっても決済システムが勝手にそれは許さないと言えばプラットフォームから排除するのがプラットフォーマーとして果たして適切か、といった問題がまずひとつあり、そして決済会社がどうしてそこまで表現に関わってくるのかといった問題があってなかなかに解決の糸口が見えない。

 児童ポルノは現実に存在している人を傷つけたり搾取したりするようなものだと規定されていて、それの決済に“協力”することは当然に止めなくちゃいけないとは思うけれど、そうした児童ポルノを絵にまで広げて規制しようとしているのがプラットフォーム。議論すれば東京都を相手に大論争が起こったような問題が、さらっとプラットフォームの客変更で通ってしまいそうな状況がひとつ恐ろしい。やっぱりいろいろと声が起こるんだろうか。一斉引き上げとなってプラットフォームが枯れれば考え直すのだろうか。直さないだろうなあ。それくらい必要不可欠となっているから。そうやってイニシアティブを得てから絞ってくるやり口が、いろいろなところで起こってくるんだろうなあ。やっぱり同人誌は自分のHPで告知して定額小為替で通販が1番なのかも。

 昼前あたりから中野で仕事をして、さて昼食にしようと思い阿佐ヶ谷でパスタ以外を食べる時によってた「キッチン男の晩ごはん」がリニューアルされたという話を聞いてどんな感じになったのかと立ち寄ったら、阿佐ヶ谷ダイニングキッチンという店名になって前みたいな山盛りの揚げ物やら焼き肉やらパスタやらがなくなって、唐揚げとか生姜焼きといったおかずと美味しいご飯をしっかりと食べさせる定食屋さんになっていた。値段も上がって1000円くらいを中心に上だったり下だったり、唐揚げが開店記念で7個になるランチもやっていたけど普段は5個でそれなりの値段だから、からやまあたりと変わらない。前のカロリーが滅茶多くてボリューミーながっつりお昼ご飯を楽しみにしていた人には辛いかも。でも今時はそんなに食べる人もいないのかなあ。今後の評判の推移に注目。


【11月14日】 公開から3日で133万人が見て興行収入18億円をあげた新海誠監督の「すずめの戸締まり」は、「君の名は。」を動員数で38.7%、興行収入で47.4%上回っているのことでこれはとてつもない数字が出そうって思うけれど、実は「天気の子」はそんな「君の名は。」を上待っていたそうで、その「天気の子」よりも観客動員で14.9%、興行収入で14.7%上回っているとはいっても、最終的にどうなるかは「天気の子」がロケットスタートを切りながら最終的には「君の名は。」は上回らなかったことを考えると、今はまだ分からないと言えそう。

 最初の動員は評判やら口コミやら今回は多めに見せた予告編やら事前に配信された冒頭映像やらの影響もあって上々だけれど、見るとなかなかにシビアな東日本大震災への言及もあってこれはちょっと怖がる子供とか嫌がる大人も出て来そう。そうした評判が広がってなおいきたいと思う人がいるのかどうか、これはちょっと遠慮しておこうといった感じになるのかで最終的な到着地点も変わって来るんじゃなかろうか。逆にいうならそんなストーリーであってもしっかりと興行収入や観客動員を得たとしたら、11年が経過して日本人はひとつ鎮魂と慰霊を終えて次ぎを目指すフェーズに入ったと言えるかもしれない。

 震災をエンターテインメントにして商売にするなといった声もあるにはあるけれど、別にそれで稼ごうとして映画を創っている訳ではなくて、映画監督としてエンターテインメントを作るのはひとつの手段ではあっても、そこで描く大震災は別に娯楽として消化しようとして描いているものではない。受けた衝撃や感じた痛みを乗り越えて和らげて次ぎへと進む道を指し示せないかといった思いが先に立ってのものだとしたら、それを受け入れた人が大勢いた結果として興行収入や観客動員がついてくるだけ。そう思えば良いんじゃないのかなあ。エンターテインメントと鎮魂は相反しないってことを、「Wake Up’ Girls」だって示していた訳だし。だからもっと、エンターテインメントの人はいろいろと作って欲しい。新海誠監督だけが突出しているから言われるだけなんだからここでひとつ、越える意気込みで是非。

 またしても名古屋へと行ってお仕事。昼過ぎからだったので実家には泊まらず直接新幹線で行ったけれど朝って結構満席が多くて人の移動が増えているってことがうかがえた。名古屋駅ではJPタワーの下にあるヨコイでピカタとソーセージがのったのを食べる。ここん家のソースって錦にある本店よりも辛さが際立っているような気がするなあ。それこそヨコイのレトルトを食べているような感じ。あるいはレトルトの原料を持ってきてソースに浸かっているのかな、でもって本店は店で作っているからもうちょっとマイルドな感じになっているとか。よく分からないので次ぎに名古屋に寄ったらまた本店に行ってみよう。

 仕事では津島へと出かけて行って工場見学とかいろいろ。大昔に八開村に住んでいたから津島もよくいったはずだけれど5歳までの時だったのでよく覚えてはいないのだった。少なくともあれほど沿道に店はなかったはず。今はそれこそチェーン店の飲食店がずらりと建ち並んでいるからなあ。セブンイレブンなんてほんと、名古屋で見かけることなんてずっとなかったんだよなあ。それを言うならコメダ珈琲店だって名古屋にあるにはあったけれど郊外型の店が中心で今みたいにビルの隙間に入ってルノアール一本槍だった東京の大人のくつろぎの場所を奪うなんてことはなかった。このコメダといいCoCo壱番屋といい名古屋初の飲食チェーンで成功したところには何があったんだろう。逆にはびこれなかったあんかけスパや何が拙かったんだろう。気になります。


【11月13日】 北村龍平監督が手掛けてのんさんが主演した「天間荘の三姉妹」をようやく見る。話には聞いていたけれど、同じ年の日付も近いところで公開となった『すずめの戸締まり』とこうも絡み合うストーリーだったとは。高橋ツトムさんの「スカイハイ」シリーズに位置して不慮の事故に遭った人がしばらくこの世とあの世との間に留まって生き返るか死ぬかを選ぶという設定がまずあって、その上に、三ツ瀬という町がひとつそのままそんな中間地帯にとあるような状況がまずは構築されていた。

 そして、その三ツ瀬で旅館を営んでいる大女将と若女将とその妹のところに客が来て、どちらに行くかを決断するまで寝泊まりしているという前提のところにやって来たのん演じる小川たまえ。実は若女将やその妹の母親違いの妹だったというところから始まって、そんなたまえが自分自身も迷いながら天間荘にやってくる人たちの迷いを解きほぐしていった先、三ツ瀬の町全体がある意味で抱えていた迷いを払うといったストーリーになっている。

 そして三ツ瀬は「すずめの戸締まり」で岩戸鈴芽という少女がかつて住んでいた場所にも重なる震災が起こって津波にのまれた場所で、そこで死んでしまいながらもあの世にはいかず留まり惑う魂たちの思いを、たまえが受け継いていくんだと決意し意識していく道を選んだあたりが、常世に迷い現世でも表面的には穏やかでも内面には闇もあった少女を通して過去を過去として認めつつ、今を、そして明日をいきていくんだと思わせた「すずめの戸締まり」重なった。

 たまえも表面的には明るくてはつらつとしているけれども、それが決して自発的なものではなく母親を亡くし父親が失踪し施設で暮らし卒業はしたものの目標もなくただ生きている中で獲得した、軋轢を起こさずにいきていく一種の仮面に過ぎないことが物語の中で暴かれる。それは同様に叔母と姪という関係で仲むつまじく暮らして来たように見えても、双方に遠慮やら面倒やらを感じていたことが吐露されお互いにぶつけ合う「すずめの戸締まり」で起こったことだった。

 そうした本心の吐露や過去との訣別を経て歩き出す映画が2本このタイミングで公開されたことに、あの日から11年が経ってあの日のこともよく覚えていない人が増えてきた今という時期が感じられるのだった。もちろん忘れてはいけないことは沢山あるし、間違えてはいけないこともいっぱいあるけれど、そこに縛られてばかりでは前に進めないというのも実際のところ。今一度振り返って何があったかを考え直し、だからどうして悲しいのかを確認しつつそれでも自分たちはこの世界をいきている、そしていきていくのだという自覚を持たせる映画だと、「天間荘の三姉妹」と「すずめの戸締まり」は言えるのかもしれない。そして門脇麦はやっぱり良い。

 なごみとビラ配りの場所で知り合って割と仲良くなってそして名札交換の契りまで交わしたライバル系列のメイド喫茶で働くねるらちゃん。ヤクザ極道まるだしなメイドたちにあって比較的真っ当な子だと思っていたけどやっぱりそこはアキバのメイドの仁義に生きる任侠だったみたいで、兄弟分となったなごみのために秘密を売っては咎められ、赤バットを振り回す赤い超新星に対して引かず向かっていっては銃で撃たれて臆さない。それが当然だと思っているところを妙だと思っているのがなごみ一人だけだというあの空間にひたってしまうと、秋葉原でメイドさんたちがビラ配りをしている風景がいつ銃弾の飛び交う鉄火場になるんじゃないかと思えてしまう。罪なアニメだなあ、「アキバ冥途戦争」は。


【11月12日】 今日も今日とてMOVIXさいたままで出かけて行って新海誠監督の新作アニメーション映画「すずめの戸締まり」を見る。2回目。新海誠監督のティーチイン付き。その前に近くのマクドナルドへと入ってハッピーセットを買って絵本をもらったけれど、読むと映画の見方が変わるんだろうか。ちょっと気になったものの読まずに映画を見てなるほどやっぱり凄いと感動した後で、新海監督によるティーティインを聞く。

 何でもこの2年くらいは刑務所に収監され監禁されているかのような厳しさだったそうでそこまでやって完成にこぎ着けられたとか。プロデューサーさん頑張った。いや監督が1番頑張ったんだけれど。そんなティーチインは30分くらいみっちり喋ってくれて、とりあえず芹澤役の神木隆之介さんが最初は瀧役を大切にしたいから断ったということが興味深かった。

 でもやっぱり神木さんしかいないと連絡して違うトーンの声が出せれば受けると言われ電話口で出したのを聞いて電話だから分からなかったけれどちょい低いトーンも出せるならそれでいけると思いオファーしたとのこと。結果はもう最高。舞台挨拶で誰について聞きたいかで鈴芽も草太も上回るぶっちぎりの人気を芹澤が得てたのだった。それなのにグッズ関係に芹澤がないのはちょっと問題。あとダイジンも少なすぎ。サダイジンはなぜないんだ。これからの期待だ。

 気になる震災の直接的描写については過去、「君の名は。」でもある種メタファーとして描いた災害だけれど、やはり震災で考えざるを得ないかとがあったから描いたものだった。エンタテインメントの中で難しい言葉ではない僕達の言葉で描くことはできないかと挑んだ。そして今回、今度こそ直接描きたい、描いてもみてもらえるのではないか、観客に受け取ってもらえるのではないかと思ったという。それは半ば賭けだったけれど、観客を信じてみたかった、過去2作を続けてきたから今、こうしたテーマを投げても信じてもらえると思った、皆さんが作れと言っているようにも思えたと話してくれた。

 葛藤がありそれでもという冒険があって突破したこの物語はだから届くのだ、大勢に。あと観客が好きなシーンとしてあげた、子鈴芽と鈴芽が出会うシーンは原画を小林直樹さんが手掛けて、泣きじゃくり腰を曲げる子鈴芽を描いて映像を豊かにしてくれたとのこと。音楽では野田洋次郎さんが手掛けたルンルルのメロディのモチーフを共同で音楽を手掛けた陣内一真さんが引き取り子鈴芽の気持ちに添うようなシーンに仕上げたとのこと。CGチームも頑張り一瞬で春の草原にかわるような場面を描いたりと個々に全力を尽くしたシーンがあそこだとか。なおかつセリフと作劇が凄いからこそ感動感涙感激するのだ。そこへとたどり着くまでを楽しみに味わいに映画館にまた行こう。

 そんな「すずめの戸締まり」は口噛み酒だのラブホテルだのといった全体にフェティッシュな描写を抑えて、そうしたものにマイナス方面で敏感な人を刺激していないところがあったけれど、おそらく唯一くらい煩悩めいたものを刺激される場面が、神戸のスナックでひと戸締まりを終えた鈴芽が戻って来て焼きうどんを食べる場面で、敢えて草太が変じた椅子に座るところ。にょいっと座面にのっかるお尻もアップになって、なんてこの椅子羨ましいんだと思わせつつ、草太=北斗はちょっと苦しいかもと思わせかねない場面を当初、周りのスタッフは入れるのに反対していたと新海誠監督がティーチインで話して、なるほどそうかもと妙に納得した。

 もう全員が「何で座るんですか?」と言ってきたそうだけれど、椅子なんだし男の子と女の子の双子を乗せて動いているのを見て鈴芽も座りたいと言って反対されたほど、座りたかったんだから座らせたいと思って反対されながら我を通したとのこと。僕個人は2人の距離がさらにぐっと近づいたように思えたんだけれど、反対した人の気分も分からないでもないけれど、そこで我を通す新海誠監督の感性に僕自身は近いのでこれで良いのだ。椅子があったら座りたいのが人情ってものなのだ。あるいは椅子になったら座ってもらいたいのが煩悩というものなのだ。うん。


【11月11日】 11年と8カ月目の月命日を意識しての公開だったという訳ではないんだろうけれど、この「11日」という日が持つ意味を強く強く感じさせる映画だった新海誠監督の長編アニメーション「すずめの戸締まり」。珍しく結構長めの予告編を見せては内容において結構キーとなるはずの宗像草太という青年が、悪魔的な子猫によって椅子にされてしまうんだという意外な展開を分からせてしまって、それって映画で見て驚くんじゃなかったのと思わせた。

 あるいはsixTONESという人気グループに所属する松村北斗が声を演じる、東京に住んでるイケメン男子が姿を変えてしまうことへの衝撃を和らげ、すんなりと展開に入っていけるようにしたのかもしれないと思ったらとんでもない。そんなものが衝撃でもなんでもない展開が怒濤のように繰り出されては観る人を揉んで揺さぶって翻弄しつつ、心の底にだんだんと下がっていたあの2011年3月11日の記憶を呼び起こして来た。もしかしたらそれに驚き衝撃を受けて立ちすくんでしまう人もいるかもしれないにも関わらず。

 過去、「君の名は。」で彗星の衝突によって壊滅する町を登場させ、そして「天気の子」で激変する気候によって東京の街を水に沈めて自然災害が持つ理不尽さを問いつつ、それからどうやって逃げるのか、あるいはむしろ積極的に受け入れて共存する道を選ぶのかといった判断を促した。それらは過去にあったあの震災の記憶をくすぐりつつ昇華させる役割を果たしていたけれど、一方でそんなに簡単にひっくり返せもしなければ、受け入れられもしないんだちう声を呼び起こした。

 もっと真正面から描いて苦しみを、悲しみを、痛みを受け止めつつそれに対する解を示せといった声。それに堂々を答えたのが「すずめの戸締まり」という作品だった。宮崎に始まって愛媛から神戸、そして東京から福島、宮城といった地域を経由して猫のダイジンを追いかける少女と椅子のコンビが、ドタバタとした展開の中に彼の地の人たちとの交流を持ってそこで過去に人の営みがありながらも廃れていった場所に生き、渦巻いていた思いをいったん閉まって再起を促すようなロードムービーという体をひとつ、取ってその中で阪神・淡路大震災なり関東大震災といったものへの記憶に触れつつ今を生きる人たちの精一杯な日々を見せた。

 そしてあの11年前の大災害とその後に起こった大事故へと矛先を向けてひとつ、またひとつと“戸締まり”をして慰霊し鎮魂をしていった先に訪れる、それでも自分たちは生きるんだという決意めいたものをくれる物語になっていた。それをどのようなギミックによって見せたかはまだ公開されたばかりなので触れないでおくけれど、日本ならではの神話的民話的な設定を使いつつ分からせようとしているところがあって入って生きやすかった。護るが祟る神様という設定は日本人には馴染みがあっても外国だとどうだろう、と思ったものの「もののけ姫」が世界であれだけ人気なら、たぶん大丈夫だろう。

  原菜乃華さんが演じた岩戸鈴芽は天岩戸のアメノウズメを思い起こさせる名前でむしろ踊って引っ張り出す役割じゃないかと思わないでもないけれど、なるほど冒頭で引っ張り出したからこその戸締まりだったのだと思えばそれで腑に落ちるか。良い演技だった。松村北斗もイケメンな顔にバッチリと合っていただけでなく、椅子になっても失わないカッコ良さと、椅子だからこそにギャップがしっかり感じられて巧かった。良い声を選んだなあ。鈴芽のおばさんの環は深津絵里さんが演じてこちらも色香と若さと強さと脆さが混じった良い声だった。

 吐き出すような場面のあの声音、そしてあの表情。新海作品きっても名演だろう。草太の友人の芹澤朋也も良かったなあ。しかしなぜに1980年代ポップス&歌謡曲? シティポップじゃないところが逆の意味でお洒落かも。そんな感じに良いキャラと良い声が満載なので見ていて飽きない。フェティシズムめいた部分がなくて見入れないところはあるものの、そうしたオタク男子へのサービスを削って一般が観ても安心できるアニメーションになったと言えそう。そうした中で「もののけ姫」のエボシ御前に感じた色香を環さんに感じ、エンスー的なフェティッシュを朋也が駆るポンコツスポーツカーに覚えるのだった。また行こう。

 見終わって朝ご飯を囓りそれから池袋駅の構内にあるステーションボックスでストップモーション・アニメーションの偉い人にインタビュー取材。とりあえず4回は見ろ、話はそれからだ的な言葉を戴いたので4回見よう。終わってからお茶の水へと出て聖橋から地下鉄丸ノ内線がトンネルへと入っていくところを観たけれど、ミミズは飛び出していなかったし椅子も少女も飛んでいなかった。残念。カツカレーを食べてVELOCHEで議事録をまとめてそして戻ったら聖橋から撮影している人が何人か。きっと観た人たちだな。東京だとあそこが象徴的な場所になっているから。草太は朋也と同級だから立教大生ってことなんだろうけれどお茶の水に住んでいるのは古本屋が近いから? 気になった。


【11月10日】 「チェンソーマン」を観たらやっぱりなんとなく間延びした感じがあって映画的ではあっても漫画的ではなくって原作ファンがキレる理由もなんとなく分かった。8階をぐるぐると回る描写だけで半分使って終わっちゃっているしなあ。マキマさんとデンジのやりとりもバカっぽさより虚無っぽさが漂う感じ。そうしたズレがやっぱり今のところは続きそう。VS爆弾の悪魔あたりからバトルバトルバトルバトルとなってようやく雰囲気も整ってくるんだろう。待とうその時を。

 朝から起き出して春日井へと出向いて家具作りをしている会社に取材してから勝川駅へと向かいそこから名古屋駅へと出て新幹線で一路東京へ。矢場とんの味噌カツ弁当がなかったので違う店のにして購入しつつ新幹線では味噌カツおにぎりを食べつつジブリパークのチケット争奪戦の準備を始め、午後2時になってからサイトにアクセスしたら1万5000人待ちだった。

 もう少し早くからアクセスしてカウンターが落ちるのを待っていればよかったのかもしれないけれど、そこで止めると元の木阿弥なのでつないだまま高田馬場から西武新宿線で武蔵関まで行ってアニメスタジオのアセッションで本郷みつる監督が自ら販売していた同人誌を購入する。あの「クレヨンしんちゃん」だとか「IGPX」なんかの監督がなんでまたとか思うけれども、そういうことをできるくらいに時間もあって経験も溜まっているってことなんだろう。若手にシフトする中で経験豊富な監督の出番が減っている? それは残念だなあ。

 いっしょに「PUROJECT A」って文化庁による若手アニメーター育成プロジェクトの第1回目から生まれた4作品が入ったDVDも頂戴する。本郷いつる監督による「キズナ一撃」が入っていた関係でスタジオにいっぱいあったのをお裾分けしているらしい。自分は2011年の公開時に買ったものが家のどこかにあるんだけれど、相変わらずの事情で出てこないのでここで1本自分用とそれから布教用に勝っておく。「キズナ一撃」は何しろ安野希世乃さんの主役デビュー作なので価値があるのだ。藤原啓治さんも小山力也さんも出ているし。

 つまりはウルヴァリンとトニー・スタークがぶつかりあうような作品だけれど戦うのはカナメ・バッカニアなのだという、そういう意味でも観る価値のある作品だし、ほかにも「おぢいさんのランプ」に「万能野菜ニンニンマン」に「たんすわらし」という傑作がそろったDVDなのでアニメファンなら絶対的に手に入れるべきなのだった。それがたったの500円プラスで同人誌ともども2000円で手に入る絶好の機会を、どれだけの人がしっかりと捉えていったのかな。平日午後では大変そうだったけれど割と行ったみたいでとりあえず良かった。みんな観て驚こう「キズナ一撃」の面白さに。

 戻る途中でもジブリパークのチケットサイトに入れず2時間くらいたって家に戻ってようやくアクセスできたものの希望していた日付はすでに売り切れだったので、それに割と近い日付で「ジブリの大倉庫」のチケットを確保。3泊4日くらいで行って2カ所を回るのも良いかもしれないなあ。残る1カ所「どんどこの森」はとれず。いずれ行こう。大倉庫は割と遅くまで残っていたみたいだけれど、ほかの「青春の丘」「どんどこの森」は早くに売り切れ。大倉庫と違って入れる人数が限られるのかもしれない。しかし夕方に買おうとしてアクセスして売り切れだとガックリくる人も多そう。かといって抽選だと外れると後がない。うまい売り方はないかなあ。来月から大倉庫と青春の丘のセット券が出るからそれを買いつつどんどこの森に挑戦するのが良いのかなあ。


【11月9日】 明日が全国的に最終日になるということで、実家の近所にあるTOHOシネマズ赤池で「花の詩女 ゴティックメード」のリバイバル上映を観に行ったら平日の昼過ぎなのに結構な観客が集まっていた。愛知県だと東浦を含めて確か2カ所。ドルビーアトモスの音響でTCXの巨大なスクリーンで見られるのは愛知県だとここだけということで各地から猛者たちが集まってきていたのかもしれない。次に見られるのがまた10年後ってことはないだろうけれど、最高の条件で観られる機会はそうはなさそうだから。

 改めてやっぱり表情とかについて永野護さんの手がしっかり入っているんだろうなと思った。それくらい漫画に描かれるキャラクターの表情に近いものが出ていた。笑ったり怒ったり蔑んだりニヤついたりといった表情は目の形や口の曲げ方がそれぞれに独特。それらがしっかり出ていた。ベリンなんて最初はピュアな乙女かと思ったらトリハロンの威張りくさった態度を揶揄するあたりで視線を上目遣いにしたりして、実は結構やり手だって思わせた。それをしっかり感じさせる河村万莉亜さんの声もやっぱり素晴らしい。そんな技が集まって出来ているからこそ今観てもどこまでも深く観ていけるんだろう。

 見終わって春日井へと取材へ赴く途中に昼ご飯をと思い鶴舞にある「あん」とう名のあんかけスパの店をのぞいてみる。ヨコイとかチャオといったチェーン店とは違った独立系。ソースはオリジナルでスパイシーにコショウが強めてぢょっと黒みがかっていたけれど、パスタがわりとゆであげた感じでヨコイみたいな染みた味はしなかった。ヨコイのあれは油が違うのかなあ。ちょっと気になった。頼んだのはピカタで味は良くしっかりとパスタとからまってあんかけスパらしさが出ていた。ミラカン系があったかは気にしなかったので今度いったらそっちも頼んでみよう。

 中央線で鶴舞から神領まで出向いて水道工事を行う会社で取材。地下に埋まった水道管を探すのにやっぱりダウジングを使っていたと聞いてあれは迷信とかオカルトではない何かがあるに違いないと確信する。水流が生み出す地場の揺らぎを感知するとか。先人の培ってきた技術はおろそかにできないのだ。春日井は遠目に言える高蔵寺の山が削られていたけれどもあれは何の山だったんだろう。大昔に水晶なんかを掘りに行った記憶があるけれど、今も掘っている訳じゃないよなあ。砂岩か何かだろうか。

 神領から中央線で鶴舞まで出て地下鉄鶴舞線で平針まで行って40分。そこから実家まで歩けば10分だから1時間もあれば高蔵寺あたりまで行けると分かる。名古屋って案外やっぱり狭いんだなあ。でも車で行けばもっと早いのかもしれない。途中でからやまに入ってチキンカツのカツ丼を食べる。なるほどこういう味か。前は松屋が入っていた場所に入った感じで平針あたりだと松屋ですら厳しいのか。

 同じ場所にはその前はレコード屋があてそこで山下達郎のアルバムなんかを買った記憶。今はレコード屋もなくなり本屋もなくなった。あってブックオフくらい。名古屋といえども郊外になるとそうした文化から遠ざかる。というより東京だってそうか。阿佐ヶ谷にだって本屋さん、ないものなあ。そう考えると船橋はときわ書房船橋本店があって旭屋書店があってくまざわ書房もあってと本屋さんに不自由しない。その意味ではなかなか離れがたいところがある。たとえネットで買えるようになっても、本屋さんで知らない著者と出会うのが1番本読みにとって幸せな時間なのだから。


【11月8日】 愛知県美術館で開催中の「ジブリパークとジブリ展」を見る。午前10時の開場前から結構な行列で親子連れの多さにその層にもジブリというブランドが届いていることが伺える。とはいえジブリを見て育った子供たちが親になったから知っているだけで、肝心の子供たちがどこまで知っているかはちょっと不明。これでトトロや猫バスを見て泣き出す子供が出て来たら、時代も少しシフトチェンジが起こったと思えるのかもしれない。

 するすると入っていった中で最初はポスターと関連ビジュアルが展示。「もののけ姫」ポスターのセル画とかあってサンの口の周りの血は別セルを被せていることが分かった。あと「コクリコ坂から」であれは多分宮崎駿監督が寄せた籏を掲げる場面のイメージボードも展示してあった。セル画はセルだから実物だけれど絵の方はどうだろう。ほかには「オン・ユア・マーク」のポスターのセルもあったなあ。眼福。

 そんな展示の冒頭にジブリを支えたクリエイターとして宮崎駿監督と高畑勲監督があって、あとジブリパークの監督として宮崎吾朗監督の写真はあったけれど、近藤喜文監督の紹介はなくてちょっと寂しかった。米林宏昌監督もなかったなあ。なおかつ中の展示も『となりのトトロ』だったりジブリパークを仕切る宮崎吾朗監督の「ゲド戦記」「コクリコ坂から」「アーヤと魔女」がメインだったりでとやっぱりもはやジブリとは宮崎父子なんだなあと思った。

 もはやジブリとはイコール宮崎父子&鈴木敏夫プロデューサーってことなのかなあ。その方がメディアに通るし観客も集まるけれど、新作が途絶えて子供たちが触れなくなった10年後とかはどうなるか。そこはやっぱり気になる。そうはさせじと「ジブリパーク」で立体物から世界に誘う戦略なのかもしれない。

 「ゲド戦記」では宮崎吾朗監督のキービジュアルにもなった竜がうつむいて人を見るあの絵の下絵とかあって絵の巧さはやっぱりだなあと思った。山下明彦さんのキャラクタースケッチとか近藤勝也さんのキャラクタースケッチなんかもあってそうしたジブリを支えた作画の人たちもちゃんと遇しないと宮崎史観(市定とは関係ないよ)ばかりになってしまいそう。どうしたものか。

 「アーヤと魔女」は3DCG作品ってことでキャラクターの設定がは紙でも原画めいたものはなくコンピュータ上でどうやって描かれるかが紹介されていた。フェクトをどう作るのかってのもあって使われているのは「フーディニ」でそれでビーズの球で流れとかうねりとかつくってそれをポリゴン化して水だの泥だのマグマだのの感じを出していることが分かった。昔ならアニメーターが観察からの手描きでもって表現していたことをコンピュータのパラメータ操作によって作り出せると言えば言えるけれど、それにもやっぱり感性は必要。イメージしたとおりの絵を指先で描くのとイメージに近い動きをパラメータ操作によって引っ張り出すのとではどちらがより凄いのか、なかなか判断がつかないのだった。

 今日は今日とてヨコイでオムウインナーのあんかけスパ。卵焼きとウインナソーセージとベーコンが乗っかっていてこれで美味しくないはずがないし実際に美味しいので何度でも頼んでしまうのだった。そりゃあミラカンとかの方が野菜とか入ってて味が重層的ではあるけれど、卵焼きとソーセージは幾つになっても憧れの食べ物なのだった。これにハンバーグがトッピングされればなお良かったかも。今度頼んでみよう。


【11月7日】 火曜日の朝から春日井あたりで取材があるってことで、前日に名古屋に入っていようと新幹線で一路名古屋へ。ジャンプ+で「チェンソーマン」が無料で全部ほとんど読めると分かったのでアニメになっているところから続きをぐんぐんぐんぐんと読んで行ったら公安編が終わってしまった。なるほどデンジもチェンソーマンも最高だけれど途中からシリアスな路線にも入っていくからアニメのダークな雰囲気もマッチしているんじゃないかと感じた。マキマさんの本領が発揮され初めてからの躍動が楽しみ。

 名古屋に到着したからにはやっぱりあんかけスパだと今回はサンロードにある「あんかけ太郎」まで歩いて行ってそこで卵焼きが乗ったのを食べてまあまあの味を確認。辛くもないけれど甘くもないから食べて強烈な印象は残らないもののそれでも普通に食べたって感覚は味わえる。そういうのが食べたい時もあるのだ。

 平針まで行ってミスタードーナツで仕事。取材のための企画書を作ったり書面インタビュー用の質問表を作ったりしていたら電話で明日の取材がキャンセルになったとかでそれじゃあ名古屋入りした意味ないじゃんか。でもまあホテルじゃなくって実家で寝泊まりなんでキャンセルとかは発生しないのだった。これでホテルを利用していたらどうするんだって全額あっちもちだから気にはならなかっただろう。取材に行ったら相手がいなかったことよりダメージは少ないし。そういうことがあったのだった。

 いろいろと確認するためにふくやまけいこさんの「タップ君の探偵室」について、新しく出た初期作品集に収録されているものと、マンガ図書館Zで公開されているものを比べてみたらやっぱりセリフが代わっていた。意味についてはほとんど同じだけれど言葉が人称について削られていたりして説明が減りシンプルになっていた。絵で見せてセリフで感じさせるといったところ。それが初期はできずに全部説明していたってことなのかもしれないけれど、あるいは今の子供たちが漫画を“読む”ことができないのでセリフを減らしてパッと“見る”ことで感じ取れるようにしたのかもしれない。ウエブトーンもセリフ、少ないし。ちょっと意図を聞いてみたいところではある。

 実家に入っていつものKindleStickFireでもって配信が始まった「天気の子」とか見る。2019年だから会社を放り出されて頭が路頭に迷っていた時に見た映画でいろいろと思いでがあったりなかったりする複雑な作品だけれど「僕に出来ることはまだあるかい」という主題歌の歌詞だけは強く印象に残っている。とりあえず僕に出来ることはまだあったみたいで3年経って次の新海誠作品が公開されるまで生き延びることができた。続く仕事があるかどうかは分からないけれども3年後に新たな新海誠作品が公開される時までは生き延びたいものだなあ。

 「天気の子」はやっぱりあの陽菜と先輩があのあとどうなったかが気にかかるところ。暮らしている場所は田端あたりで住居を追い出されるとか連れ出されるとかはしなかったみたいだけれど、でもだったら生活費とか学校とかどうしているのかがちょっと見えない。3年が経っているなら高校生ってことだろうけれど、雨で水没して経済機能も商業活動も麻痺した東京に暮らしていけるなんてことがあるのかどうか。社会システムの激変なんかを考えるとやっぱり無理な気がしてならないのだった。でもそういうのは気にしないのがアニメーション映画の空想力。あそこで2人が再会して陽が少し射すから良いのだ。たとえあの後も雨が降り続いても。


【11月6日】 イーロン・マスクがアラブってツイッターの社員の約半分を首にしたという報道が流れてきて、日本のツイッターがどうなってるか気になったけれどもツイッターは取材したことがないので誰がどうなろうともあんまり気の毒な気がしないのだった。情報収集に使っているからなくなっては困るけれどもフェイクだとかヘイトだとかいった言説が垂れ流されるようになってかあ、そうしたノイズがうっとうしかったこともあったのでここでリセットさせて初期の啓蒙が鼻につくところはあっても情報としては有益なツイートが並ぶ場になって欲しい気もしないでもない。どうなるか。

 せっかくだからと10周年で上映されてる永野護監督の「花の詩女 ゴティックメード」をTOHOシネマズ新宿のドルビーアトモスで見る。巨大なスクリーンと立体的な音響で見る実は12Kらしい映画はその内容も含めて圧巻。10年前は“ここから始まる物語”としてまるで意味が分からない展開からまるで知らない登場人物まで勢揃いして口ポカーンなところもあったけれど、10年が経った今はツバンツヒだとかマウザーだといかいったキャラのその後が見えたり、ゴティックメードなるモーターヘッドをリセットして新しく作り出したマシンの「ファイブスター物語」への挿入が果たされ馴染んだこともあって、振り返って“ここから始まった物語”だったんだとうことが分かってしっかりと見ることができた。

 そうした10年の展開を考え作っていたのなら、というか作っていたんだろうけれども普通はやらない映画を使ってのプロローグの紹介と世界観のリセットを、やってしまって誹られず(いやまあ当時は散々言われたけれど)しっかりと成果を上げてしまうところに永野護というクリエイターの遠くを見る能力の高さを感じざるを得ない。同じ事は画面と音響にも言える。解像度が低い劇場でしか公開できなかった10年前は漫画に色をつけただけの絵が動くだけにしか見えなかったものが、細部までくっきりと見えるようになった今は色の付け方がやら表情やらにしっかりと生々しさが感じられて、ただの色のついた漫画ではないことが分かった。

 立体的な音響の方も当時は再現すら難しかったしそこまでやる劇場も少なかったけれど、その後に音響に気を配った映画の上映が岩浪美和さんの尽力もあって一般的になり、むしろそれが普通になっていくなかで劇場の施設もグレードアップ。結果として「花の詩女 ゴティックメード」が意図した環境で音響を鳴らすことが多くの劇場で可能になった。そうした将来を見越して作り込んでいたとしたらそれは凄いし、見て他のクリエイターに負けじと音響や画質に凝った映像を作らせつつ、劇場にもそうした作品を上映できるようシステムの更新を促した作品だと言えるかもしれない。その意味でも“ここから始まった物語”ってことになる。

 映像で言うならベリンが種を蒔きながら踊る場面の踊る感じがどうにもなまめかしくて楽しげで、それを見るトリハロンの表情やリアクションも愉快で和んだ。あと雨が降りしきるシーンで雨の濃さが所々で変わって強く降るところもあればそうでもないところああるあの雰囲気を、どうやって撮ったかしっかりと表現していて凄かった。加えてその時は雨の音響も耳にしっかり。別の場面では川が映ってなくても川のせせらぎが響いてて、それがちゃんと映画館で耳に届くところにしっかりと作ってあったんだということが分かった。ゴティックメードの起動音にIHIでエンジンか何かの音を録音してくるくらいこだわったんだからそれも当然だけれど、それが観客に届く環境が整うことを予感していたのだたらやっぱり偉いし凄い。

 面白いのは品質の向上がリアリティの向上と重なって現実世界をそのまま写したような背景が蔓延っている今だけれど、「花の詩女 ゴティックメード」で小倉宏昌さんが描く背景は小林七郎さん譲りの絵画的でボヤッとしつつもちゃんと自然の雰囲気が感じられるもの。それは漫画で永野護さんがくっきりと描く背景とは違っているけれど、色使いと合わさって映画にとても馴染んでいた。何でも噛んでもしっかりくっきりじゃなく作品に合わせて背景を作る意味ってのを教えられた気分。そんな感じに情報量がたっぷり過ぎる映画は10年ぶりに1回見ただけではたりないので10日までの上映中、もう1回くらい見て来よう。赤池でやってるじゃないか。


【11月5日】 King & Princeからメンバーが抜けるといった話がどれほどジャニーズ事務所にとってヤバいはなしか類推くらいしかできないけれど、SMAPが解散して嵐が活動を休止している中でトップくらいに位置するグループでもやっぱりトップクラスに人気の平野紫曜さんが抜けてしまうのは結構痛いような気がしなくもない。それこそ全盛期のSMAPから木村拓哉さんが抜けるような。まあそれほどでもないかおしれないけれど、少なくとも「かぐや様は告らせたい」の実写版で会長を演じてあたふたするところを見せてくれた平野さんが、活躍できなくなるのは残念なので退所しても活動は続いて欲しいところ。

 それがどうしてジャニーズ事務所の中ではできないかといえば、じり貧にある日本の音楽業界の中で特定のファン層に向けてアピールし続けていてもいつか先輩のグループたちのように限界が来て解散なり活動休止なりに追い込まれる。そんな時に40歳を過ぎて知名度しかないようでどうやって自分自身を高めていけるのか、って考えた時にやっぱり海外でも人気を得ている必要があると思ったものの、今のジャニーズではストリーミングを行っておらず海外に自分たちを知ってもらう機会が得られないってことが大きかったような気がする。BTSなんかより何十年も先駆けて男性ユニットを盛り立ててきながら今や世界はBTS一色だからなあ。

 慌ててTravis Japanを作って送り出したけれどもどうしてお二番煎じに見られてしまう。国内だったら個々のメンバーに対する推しがいて人気は十分に保てるからそれで事務所的には良くても、格差も出るだろう人気の中で戸惑うメンバーもいるだろうしそもそもがユニットとして世界で暴れたいのにそれができないのは寂しいとなれば、やっぱり本気で世界で勝ちに行かなくちゃいけない。Travis Japanがそれをやるなら自分たちだってと思っても動いてくれない事務所に苛立ったということなのかもしれないなあ。ともあれこの一件と、そして滝沢くんの退所がジャニーズ帝国にどんな影響をもたらすか。見守ろう。

 すでに開幕していたWEリーグがフクダ電子アリーナでジェフユナイテッド市原・千葉レディースのホームゲームとして行われるというので見物に行く。蘇我で降りて途中のびっくりドンキーでハンバーグプレートを食べたけれどあの木の皿は店でも帰ることが判明。鉄板ではなく木の皿にハンバーグを載せる意味ってどこにあるのか考えたけれど、暑苦しくない感じってところがもしかしたら受けているのかもしれない。ペッパーランチもさわやかも熱々な感じで人気なら、そうでないところがあっても良いってことで。

 さて試合は長野パルセイロレディースが相手で今回は声出しOKエリアも儲けられて双方から発せられる応援の声が響き渡る、新型コロナウイルス感染所うが流行する前のスタジアムの雰囲気ってのを久々に感じ取ることができた。試合はしっかり守ってボールを回す長野に対して千葉が責めたくても責められない格好。サイドバックの押し上げからの連続しての崩しなんかがないような気もするけれど、大きくパスを回せない女子サッカーだからそこは仕方がないのかもしれないなあ。センターバックからのフィードで前線のサイドまで届くようならいろいろと攻撃の手もあるんだけれど。

 そんな試合はオウンゴールで先制した千葉がそのまま逃げ切って勝利。前節で強豪のINAC神戸レオネッサに負けているだけにこれでひとつダルマに目が入ったっていえるかも。観客の2000人は多いのか少ないのか分からないけれど、大昔は300人も入れば十分だった試合に有料で2000人も入るなら立派にひとつの興業だ。あとはその波を絶やさず盛り上げていくことだけれど、そのためには兄貴分にも頑張って欲しいところ。せっかくユニフォームがKAPPAでなくなったのに勝てないってのはどういう訳だ。ここは妹分に合わせてXgirlで作るか、ってレディースのブランドじゃん。いやそれでもメンズが切れそうなTシャツとか作っているから男性用のユニだって作れるんじゃ。令和をずっとJ2ってのだけは勘弁して欲しいなあ。


【11月4日】 おすすめのライトノベルの文庫を選んでとりまとめる仕事をどうにかこなしてから、映画でも見ようかと家を出たものの長時間の情報を浴び続ける気力もなさそうなのでとりあえず、神保町へと出向いてチャーハンを食べてそれから竹橋にある国立近代美術館で大竹伸朗さんの展覧会を見る。前は東京都現代美術館で開かれた個展が今回は近代の美術館で開かれるということは、この20年くらいの間に現代美術も時代がひとつ上に上がってしまったみたい。ってことはもはやウォーホルとか古典の部類か。藤田嗣治や佐伯祐三なんて原始の美術か。

 そんなことはないけれど、少なくともゴッホなりピカソといった美術史に名前が残るアーティストの部類に入るアンディ・ウォーホルの作品を鳥取の美術館が購入したら、高すぎるとか知らないアーティストだとかいった声があがって大変なことになっている。そんなの東京都現代美術館がリキテンシュタインの「ヘアリボンの少女」を購入した時に起こったことじゃないかと30年前を振り返ったりして落胆する。

 そうした美術に対するリテラシーを持たせる情報発信が足りてないのか、あるいはそうしたリテラシーを受け入れるだけのゆとりがなくなっているのかもしれないけれど、これを機会にウォーホルが5億円くらいで購入できるならもう安いくらいだと思えるだけの知性と、あの宣材箱が5つあることの意義、すなわち消費社会における大量生産品が持つある種の美的なフォルムだったり工業力の凄さだったりを解くような作品を、間近に感じてだったら今はどういう時代なのかを考えるきっかけにしてもらえれば良いんだけれど、箱は箱だという人はずっと箱だと言い続けるんだろうなあ。リキテンシュタインを漫画だと言い続けているように。今いくらで売れるんだろう「ヘアリボンの少女」って。

 さて大竹伸朗さんは大量に作品があって最初の漫画的イラスト的な表現からどんどんとキュビスム的抽象方面へと向かっていって立体感も出て来たりして、1人で濃密に時代を駆け抜けている感じが漂っていた。赤瀬川源平さんとかのような社会に挑む感じはなく淡々と世の中を取り込んでは形に落とし込んでいる感じがあって、それだけに話題には上りにくいけれどそれだからこそ時代を超えて心をとらえるものがあるんだろう。村上隆さんのポップカルチャーを取り入れた作品よりも奈良美智さんの心象が感じられる作品が愛され続けているように。

 会場では大竹伸朗さんによる廃棄物が音楽を奏でる巨大な作品が大竹さん自身の捜査によって鳴りひびいていてなかなかの迫力。ビートボックスなりリズムマシーンといった大餅だけれどそれに合わせて踊るわけにはいかないのが美術館。せめて終わったあとに拍手をして大竹さんの実演に応えることができた。ジャン・ティンゲリー的だけれどショー的な部分は大竹さんっぽいかな。外では例の「ニューシャネル」と描かれたTシャツが売っててカッコ良さげだったけれど江口寿史さんの「彼女」展でもTシャツかったばかりなので遠慮する。これからの季節じゃ着る機会もなさそうなんで。

 どうやら宮城リョータの物語になりそうな12月公開の新しい「SLUM DANK」のアニメーション。3DCGのモデリングとその動きにこだわったなんてプロデューサーの人がインタビューに答えていて、それだけにしっかり動くといっちゃあ動くんだけれどそれだけといった感じがないでもない。撮影によっていろいろとエフェクトを足して光と影のメリハリだとか躍動感だとかをつけていけば生々しさも出てくるんだろうけれど、今のままだと感じられるパッションがないよなあ。リョータの口パクと声が合ってないし。その声が先のアニメーションとは全取っ替えになって異論も出ているけれど、終わって26年も経つアニメの若い選手たちの声がそのまま使える訳もないからこれは当然。桜木花道が木村昴さんなのはもうバッチリ過ぎて異論もない。ジャイアン? もはやそんな枠に収まる人じゃないんだよ。


【11月3日】 原稿を書こうと電車に乗って千葉まで行って、モノレール駅の改札前にあるミスタードーナツでドーナツをかじりながらミステリマガジン向けの原稿をあれやこれや。宮田眞砂さんという人の「ビブリオフィリアの乙女たち」(星海社FICTIONS)というミステリが出ていて森鴎外の「舞姫」を入り口にして新美南吉の「ごんぎつね」とか宮澤賢治「春と修羅」「小岩井農場」といった作品を取り上げていく展開から、それぞれの作品が出来上がった過程やそこに込められた思いなんかが分かっていろいろと勉強になった。

 ビブリオミステリということでもちろん事件も。ヒロインのひとりはサイコメトラーで本に残された思念を読むことができる。もうひとりはディスクレシアで本は読めないけれども語られた本の内容とそして解説から推理を積み重ねることができる。そんな2人が挑むのは森鴎外の「舞姫」を気にしていたイケメンの先輩と学校でも人気の女性教師との関係であったり、「ごんぎつね」や「かわいそうなぞう」に残されていた黒いコートの男が3人の子供を撃ち殺す思念の解釈など。そうやって明らかにされた幾つかの事件が結構血みどろで、学園ものならではのふわっとした解決に向かわないところに逆にリアルさがあった。

 ほかにはてにをはさんによる「また死んでしまったのですね、探偵様4」(MF文庫J)なんかを読了。死んでも生き返る体質の高校生探偵が挑むのは屈斜路湖にある刑務所で起こった女性型のロボット看守と人間の受刑者が無理心中をしたという事件。男はともかくロボット看守が人間を殺害できるはずがない状況の謎を解き、密室事件の謎も解き明かした先に見えてくるロボットが人間になる瞬間。その到来を受けつつ犯罪者として捕まった超AIの再登場がもたらす変化の先を見ていきたい。しかしどうして死んでも生き返る? それを突き詰めたらおしまいか。

 せっかくだからとモノレールで千葉みなとまで向かい、千葉県立美術館で開催中の江口寿史さんによる「彼女」展を見ようとしたら文化の日ちうことで無料だった。なんという大盤振る舞い。展示自体もホールを幾つも使ってびっしりと並んでいてそれも作品を伸ばしたパネルもあれば紙に描かれた肉筆画もあって江口寿史の描く女性のスタイルから顔立ちから背景から何もかもを目の当たりにすることができた。これはなかなか良い展覧会。おまけに無料ということで得した気分だけれど、その分足早に過ぎてしまったところもあったのでまた行くか。パイレーツTシャツもLサイズが売り切れていて変えなかったので、補充されるタイミングとか見計らって。

 ゴジラだゴジラだ、あのゴジラが「STAND BY ME ドラえもん」で全世界の子供たちを泣かせつつ、「SPACE BATTLE SHIP ヤマト」で全ヤマトファンを騒然とさせた山崎貴監督によって作られると聞いて起こる期待と阿鼻叫喚。「ジュブナイル」のようなこぢんまりとして感動を呼ぶ作品だとか、「三丁目の夕日」のようにハートウォーミングな物語がある作品なら間違いがない人なんだけれど、世界的なビッグIPを預けられた時にいろいろと困ることも凄いことも起こすので、今はどうなるかを誰もが固唾をのんで見守っているのだった。どっちに転ぶかなあ。どう転んでも観に行くつもりではあるけれど。とりあえずドン・フライは出るのか。そこは気になる。


【11月2日】 アニメの「チェンソーマン」がいろいろと騒然。中山竜監督が日経エンタテインメントか何かでアニメは映画のようなテイストにするとかアキバ的な描写は入れないとか行ったとかでそうした方向性は藤本タツキさんが描く原作漫画の「チェンソーマン」が持っている軽さをとっぱらうものだといった非難がネットでわき起こっている。確かに見るとアニメは描写が日常は淡々としてそしてアクションシーンがど派手で映画を見ているかのよう。デンジのおバカぶりとかあんまり前面に押し出されてない。

 でもそこが良い。「チェンソーマン」はマンガ大賞の候補にもなったから最初の方は目を通しているけれど、そこまでのめり込んではいないのでほぼほぼアニメが初見だったりする。そこで淡々として低血圧っぽい雰囲気が一変して血みどろの展開になってさらに大爆発したあと、すっと収まるあの感じが見ていてとても心地良いのだ。これが漫画のように徹頭徹尾バカやっているような展開だと、見ていて楽しいしまるで漫画のようだと思うかもしれないけれど、だったら漫画を脳内で動かせば済む話。メディアが変われば表現も変わってそこにあたらしいビジュアルを通して語られる「チェンソーマン」の物語があると思えば悪い気はしない。自分の場合。

 目下話題になっているアニメに「うる星やつら」があってラムちゃんの圧倒的な可愛らしさでグッと迫ってくるものがあるけれど、ことアニメとして見た場合に押井守監督がチーフディレクターを務めた最初の映画が持っていた混沌としてパワフルで見ていて飽きないギャグ描写が足りてなく、だからといって漫画が持っているテンポがそのまま再現されている訳でもない、カタログのような作品になってしまっているような気がしないでもない。そこをラムちゃんの立体感があって肉感もある腰回りで押し切っているというか。それで良いのかもしれないけれど、アニメの作り手としてそれで良いのかって思わないでもない。

 「チェンソーマン」も今はイントロダクションでパワーちゃんが混じってバカやりはじめて雰囲気を重ねつつアクションのど派手さでもって圧倒しては気分を盛り上げていってくれるんじゃないかなあ。最新話でデンジがパワーの胸を揉んだかどうかを描かなくたって、そこに想像力を働かしていろいろと考えるのが思考する動物たる人間の特権って奴なのだから。とかいいつつ見ていて徹底してバカさ加減がぶっとんでる「アキバ冥土戦争」の凄まじさを目の当たり威すると、「チェンソーマン」にも「うる星やつら」にもバカやって欲しいと思うのだった。アニメ化って難しいなあ。

 原稿を書くために本を読みつつ阿佐ヶ谷まで行ってぱすた屋でご当地パスタを食べようと思ったら「広島タンタン麺」のパスタ版でこれは相当に辛そうなので後の原稿書きに支障がでるかもと弱腰になってボロネーズに切り替える。これはこれで美味しいから良いんだけれどひろしまアニメーションシーズンの会場前で食べた広島タンタン麺もなかかなに美味しかっただけに、あれをパスタで再現されるとどんな味かやっぱり気になるのだった。舌が燃えていても構わないような時に食べに行くかな、っていうか広島で食べた時みたいに冷やし麺で出てくるのかそれともラーメン風にあつあつなのか。気になります。

 「エヴァンゲリオン」が今度は舞台化ということで、いったいどうなるのか使徒戦とかどう描くのかって声が早速あがっているけれど、すでに日本は「機動戦士ガンダム00」で動き回る椅子をコックピットに見立てたモビルスーツ戦の舞台を成立させているし、押井守監督の舞台では巨大な鉄人28号を出さないことで背景にある物語をクローズアップする方法を成り立たせている。それらがどちらも成功だったかには口ごもるけれども「00」に関しては見ていてまさにモビルスーツを操縦するガンダムマイスターたちの戦いだということがくっきりと見えた。とうことはプラグスーツを動かしながらそこに座る少年少女の会話劇でもって成立させることも可能なんじゃないかなあ。踊るエヴァンゲリオン初号機と弐号機は見られないけれど、まあエヴァ派じゃなくキャラ派なんでプラグスーツ姿がエロければそれでOK。観に行こう。


  【11月1日】 読み切った上で10本まで所感を書いたので残りの10本を埋めるべくVELOCHEにこもって作業。残り3本となったところで時間も経ったので久々にサイゼリアへと回ってハンバーグを食べつつドリンクバーのコーヒーを飲みつつ作業をしてどうにかこうにか終了へと追い込む。1本について600字くらい書いているから20本だと1万2000字ってことは原稿用紙で30枚か。まあでもそれくらいをかけてこそジャッジする責任を果たせるってことで。いずれ結果が出たときに治部のジャッジの是非を問おう。

 そんな合間にFIFAワールドカップ2022カタール大会に出場する日本代表のメンバーが発表になっていて、やっぱり通っていた柴崎岳選手にいったいどのような期待を森保一監督が寄せているのかを問い正しくなって来た。一方で大迫勇也選手は原口元気選手は落選。いざというときの得点源だったり戻っての献身的な守備だったりを捨ててふわふわとしながら来たボールだけはどうにか処理する柴崎選手を置く意味とは? きっと誰か解説してくれるだろう、って言うほど今、森保監督への翼賛的な評論って少ないんだよなあ。結果もこれでは明らかか。

 セルティックにわんさかといる日本人選手からはフォワードの前田大然選手が入ったけれども同じセルティックで古橋亨梧や旗手怜央がいてこそ光るところもあるだけに単独で入れても果たして意味があるのか不明。三笘薫選手と久保建英選手をウイング気味に置いてセンターを誰が固めるかってあたりが気になるところだけれど、後ろが長友佑人選手に酒井宏樹選手で果たして前としっかりとした連係がとれるのか、ってあたりも気になって来る。2人とも年齢が……。なのでここは冨安健洋選手をちゃんと使いセンターに南野拓実選手も置いてスピードで攪乱して欲しいもの。とはいえそんな前を後ろから見て危険地帯を埋めるのが柴崎選手にできるかというと……。いろいろ不安。だけどグダグダしつつ勝っちゃいそうでもあるんだよなあ。どうなるものか。

 ジブリパークがオープンしたそうで早速宮崎駿監督が出向いたと思ったらコスプレの人だった。前にニコニコ超会議で鈴木敏夫プロデューサーが大きな書を書いた時にも来ていた人かな。そうした人なら行って微笑ましいところなのに、ネットだと本人かと思ったらニセモノだったと分かってガッカリする人がいるから来ないで欲しかったなんて声もある。何かと気ぜわしい時代。まあコスプレして来るのを遠慮してもらっている場所でもあるので、その意味ではやっぱり拙かったかもしれない。なので次ぎ来る時はモリゾーかキッコロのコスプレで。あの2人を今咎める声はちょっと上げづらいだろうから。

 「チェンソーマン」でマキマを演じて注目急上昇の声優、楠ともりさんがエーラス・ダンロス症候群という難病でダンスとかが必要な「ラブライブ !虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会:の優木せつ菜(中川菜々)役を降板することになったとか。遺伝的な疾患で関節なんかをつなぐコラーゲンを生成できず節々が痛んだりする病気だそうでなるほど激しいダンスは無理だし悪くなれば動くことにも支障がでるからこれは大変。なので「ラブライブ!」関係からの撤退はやむなしとしつつ声優としての仕事は続けられるなら当たり役のマキマは演じきって欲しいし、そうあることを願っている。あの声を奪う権利は病気にだってないのだから。


【10月31日】 読まなくてはいけない原稿があって、家では寝てしまうので電車に乗って秋葉原へと向かう途中で黙黙と読み進める。秋葉原では様子を見ながら散策したけどメイドが二丁拳銃を振り回してはいなかった。まだ安全な街らしい。昼食はどこでと思ったけれどだいたいの店は他にもあるのでカレーの市民アルパに行ってカツカレーにソーセージをトッピングして食べる。ゴーゴーカレーのスパイシーさと比べるとマイルド感があって食べやすい感じ。カツもちょっとお上品。こうなるとチャンピオンカレーも久々に確かめてみたくなってきた。靖国神社側の店ってまだあるのかな。

 外国人の観光客が戻ってきたみたいで、アトレの前に集まっていたりあちらこちらを歩いていたり。マスクをしていない人もいるけどしている人もいてそこらへんはバラバラ。まあ屋外だし気にすることもないけれど、店の中だとどうなっているかはちょっと分からない。外国人が秋葉原でどの店に入るかは知らないけれど、普段よってるカレー屋とか定食屋にはいないなあ。円安なんだからきっとゴージャスなホテルでランチとかとっていたりするのかな。ちょっと羨ましい。

 時間も過ごしたし戻るかとやっぱり電車に乗って途中で黙黙と読み進めて家の側まで到着。VELOCHEにこもってさらに続きを読み進めてだいたい読み終えたのであとは感想を書くだけだけれどこれが大変。まあ夜から明け方にかけてやろうとういことで、ネットを見るとほうぼうの支局を締めてもはや全国紙を名乗れるほどの取材網を持っていない新聞の社会部長ともあろう職責にある人が、黙秘を薦める弁護士はケシカランといった論調の文章を記名で書いていて弁護士から袋だたきにあっていた。そりゃそうだ。

 憲法刑法なんかが定めてそれを重要視しているのには理由もあって、強要された自白によって山ほどの冤罪が生まれてそして死刑判決にも至ったような人がいる状況で、何かを喋ることが圧倒的に不利だったことが背景にあったりしていてその状況が改善はされたとはいえ、いまだ録音録画が完璧に行われている訳ではなく、席巻すら自由にできない状況下で何かを言えば唇どころか首が危なくなる状況下で、ペラペラと喋ったらヤバいという感覚が今もあったりする。

 そういった方面の改善が進んでないのを責めもせず、黙秘は悪だと言わんばかりの論調を新聞に掲げて果たして世間はどう思うか、っていうところを考える余裕もなくなっているんだろうなあ。権力者を否定する存在を否定することで喝采を浴びようとしているという意味で、批判する態度の裏返しでしかないのだから。こういうスタンスはやがて政治家の汚職もそれが国益のためになるのだったら認められるべきで、にも関わらず法律を盾にして悪は悪だといて断罪する検察はけしからんといった論調にスベっていきかねないというか、実際にモリカケサクラ等々の一件ではそういう論調をどこまでも主張してたっけ。滅びるはずだよなあ。

 フワちゃんの女子プロレスデビューが伝えられる一方で、女子プロレスの一時代を築いたダンプ松本をモデルにしたドラマの撮影で出演していたゆりやんが100回くらい技を繰り返したことで頭に衝撃を受けて入院をしたという話。幸い脳挫傷のような重篤な怪我は負ってなかったようだけれど、体が壊れるくらいの状況だったらやっぱり再開しても同じようにはできないし、そもそもやってはいけない撮影だったんじゃなかろうか。フワちゃんは発表する前から何ヶ月も現役のプロについて練習を行っていたそうで、それでしっかりと魅せる試合が出来たけれどゆりやんさんの場合はトレーニングしたところで100回も連続して技を繰り出すなんて本番でもないことを、やらせて周囲はどうして止めなかったのか。そこが分からない。そういう隠れた部分がやっぱり日本映画の世界にいろいろとあるのかもしれない。解明を。そして是正を。


【10月30日】 書かなきゃいけない原稿とか、読まなきゃいけない本とかあって1日べったり第35回東京国際映画祭に張り付いてはいられないけれど、せめてこれだけは見ておきたいと「マジカル・ガール」のカルロス・ベルムト監督による「マンティコア」を丸の内TOEIで見る。なるほどこういう話か。「マジカル・ガール」には魔法少女のコスチュームが出て来て日本趣味を感じさせるところがあったけれど、「マンティコア」にも主人公が伊藤潤二の新刊を買いに行かなくちゃといったコメントをするところがあって日本への意識は感じられても、ストーリーに直接日本のポップカルチャーが絡むということはなかった感じ。

 いや、もしかしたらショタとかロリとかいった表現にもおおらかで、クリエイターがそうしたものを描いたり頒布していたりしたとしても、非実在の絵だからといってカテゴリーを分けられ日常生活には何の支障もない日本の状況を称揚しているところがあるのかもしれない。主人公はゲームのクリーチャーデザイナーで冒頭からVRのヘッドセットを被りVR空間でデザインしているような描写が出て来てイマドキぶりを感じさせる。そのクリエイターが部屋で仕事をしていたら助けてという声。同じフロアの別の部屋からで駆けつけると火が出ていて男の子が危険な状態だった。

 ドアを蹴破って助けて火を消し一件落着、かと思ったらクリエイターは何か強烈な体験が心に刺さったみたいで胸が苦しくなったり性的に不能になったりして困ってしまう。そんな時にふと浮かんだのが火事から助けた男の子。そこにとっかかりを求めVR空間でNPCのモデルを改変して男の子を造形したら不能も改善されてそしてパーティにも出られるようになって女性と知り合い良い関係になっていくものの、そこで問題が起こって全てを失いかけてしまう。日本だったらちょっとあり得ないけれどもすべての健全さが求められる、そしてペドフィリアに嫌悪感を抱いている外国ならあり得る話かもしれない。

 さて困った。そこで暴走するかといったところで半ば悲劇的な展開へと向かうんだけれど一報で、付き合っていたものの拒絶された女性がなぜか再び近寄ってきたのは彼女にも彼女なりのフェティシズムがあったってことなのかもしれない。体が不自由な父親の面倒を見続けることを人生の大きな部分にしていたことが作用したというか。そんな心情なんかを語られない中で想像し、そしてクリエイターの内心の変化も想像しながら見ていくスペインはマドリード暮らしのゲームクリエイターの日常を味わおう。良い暮らししているなあ。そして都会暮らしの楽しさ。ああいう暮らしがしたかったなあ。

 劇場を出て神保町で開かれているブックフェスティバルへと向かいチャーハンを食べてブースを回って国書刊行会で沢渡朔さんの写真集を買う。6000円が3000円なら良いんじゃないかなあ。早川書房や東京創元社には行列が出来ていてSFとミステリーの不滅な人気ぶりを感じる。河出書房新社とか新刊がなく欲しかった東インド会社について書かれた上下巻の新刊は手に入らず。ティプー・スルターンの勇敢な死に様とその当時のマイソール王国の状況が書かれていて気になっているのだった。やっぱり普通に買って読み込むかなあ。そうやってインプットをすることで新しい興味も湧いてくるってことをこの何年か、置き去りにしていたところがあるから。

 タリーズでしばらく仕事をしてから日比谷へと戻って東京国際映画祭の「ジャパニーズ・アニメーション」で上映された「メガゾーン23」を見る。劇場公開時に見て以来だからだいたい36年とかそんな感じぶり? 絵としてはやっぱりヘタっていたけれどメカはやっぱり格好良く、そして風祭イブのデザインは美樹本晴彦さんらしさが炸裂していて美しかった。それがAIのアイドルでそして世界が架空のものだったという大ネタに驚かせてくれた記憶はやっぱり残っていたけれど、主人公の心理のラインを追うのはちょっと厳しかったかなあ、友人が殺害されてその原因となった軍用バイクを乗り回して映画に撮ってそれで仲間を殺害されるなんてあり得ないものなあ。

 そうした脚本の抜けが星山博之さんひとりの考えなのかそれともコンテにあれやこれや継ぎ足していった演出陣によるものかは難しいところ。ただ当時の若者ののんきで真っ直ぐで肉食なところは感じられた。東京の街並みも精緻ではないけれど雰囲気は分かって渋谷や原宿だってちゃんと分かった。上映後には設定を手掛けた柿沼秀樹さんとプロデューサーの三浦亨さんが登壇。荒牧伸志さんがアメリカに行って残された柿沼さんがデザインしたものについて現場から「銃身を回して良いか」とより細かな設定を求めてきた人がいて、それをやったら手間がかかるので困って誰だと聞いたら庵野秀明さんだったとのこと。会場に集まっていたファンが納得した瞬間だった。やりかねないものなあ。映像には新宿タイガーが何度か出て来て今も実在する新宿タイガーの永遠ぶりを強く感じた。あとは塩沢兼人さんの声は唯一無二だと改めて思った。誰が演じても違うんだよなあ。


【10月29日】 「天間荘の三姉妹」の舞台挨拶を見て映画を見たら予定に間に合わないことが判明。かといって舞台挨拶だけを見て映画を見ずに出るのもはばかられるのでのんさんに会うのは諦めて、家で下読みの原稿を何本か読んでからカップヌードルにマルシンハンバーグを突っ込んで食べて上野へと出向き、ドトールコーヒーにこもってしばらく下読みを続ける。2次だけあって文章力は高く話もまとまっているからあとはそのコンテストのカテゴリーにマッチしているかどうかってところが分かれ目になるかなあ。落ちたからダメって訳じゃないところがなかなか難しい。そいうのを他に回せる仕組みがあれば良いんだけれど。

 適当な時間になったので御徒町にある中田商店で米軍のワッチを購入。昔は1000円で買えた物が今は1800円になっているところに円安を感じるべきかアメリカの物価高を思うべきか。革ジャンも昔と比べると随分と高くなっているんだよなあ。安いときに買っておけば良かったけれど、今着るかというとあんまり着ないから物欲を満たすだけにしかならないと思い直して見送る。フットモンキーにアウトレットのレッドウイングが出ていて結構な安さで欲しいなあと思ったけれど、履いてないドクターマーチンがあったりするのを思い返してこちらも断念。掘ればいろいろ履いてない靴もあるんだけれどそれでも欲しくなる物欲との戦いはいつも厳しい。

 ぱすた屋でカレー味のスパゲティを書き込んでから丸の内へと回って丸ビルで開かれた「ウルトラセブン」に関連したトークイベントを取材。樋口真嗣さんと樋口尚文さんと氷川竜介さんが登壇して語る「ウルトラセブン」は1958年生まれの氷川さんに62年生まれの樋口尚文さんに1965年生まれの樋口真嗣さんと世代に少しずつ違いがあって、「ウルトラセブン」をリアルタイムで見た年齢に違いもあって受け止め方も違っているのが面白かった。というか樋口監督と僕は同じ歳だから、本放送なんて2歳で見てないのでもうちょっと経ってから再放送を見てそれでも子供だからよく分からなかったんだよなあ。ただカッコ良さだけは感じていたのを中高生くらいで思い直していくというのが僕らの世代。そこに理屈はあまりない。

 氷川さんとなると9歳だからそれなりに大人心も出て来て見る特撮番組。そこにメカとかのデザインセンスを見たり世界観の存在を感じ取ってこれは「ウルトラマン」とは違うと感じたらしい。今にして振り返ってもそうしたところはあるんだけれど、言語化して見ていたい氷川さんと感じただけの僕らとはやっぱり踏み込み具合が違うのだった。樋口尚文さんは映画に詳しい人だけにヌーベルバーグ的な新しさをゴダール映画を見る前に学んだそうな。ゴダール自体は「ウルトラセブン」より先だけれど子供が見るのは子供の番組。そこに大人が即時的な影響をぶっ込んで来るからエッセンスを先に浴びるのだ。子供向けだからといって手抜きはできないししちゃけないってことで。

 森喜朗元総理が麻生太郎元総理と並んで失言大魔王であることは確かだけれど、もう相当な年齢なだけに杖をついて歩いていることを半ば自虐的にかたって杖をついていると障害社と思われて親切にしてもらえると話したことを、何か障害者を差別したかのようにとらえて報じている新聞のポン酢ぶりに呆れるというかやり過ぎというか。実際に不具合があるから杖をついているんであって、そして杖をついていれば誰だって体のどこかに不具合があるもので、だから人から親切にしてもらえることのどこに障害者への揶揄があるんだろう。体が悪くもないのに杖をついてたのならいざ知らず。そうやって騒いでどうということも起こらないまま信頼を既存していることに、新聞も気づいた方が良いんだけれど。


【10月28日】 デザイナーが手掛けた執務にはまるで不向きなゴージャスな机を買って自慢して落選した市長のポン酢ぶりにも笑えたけれど、50年も使われている机をゴージャスだからと10万円で売り払って折りたたみ机で執務しますと言った市長のポン酢ぶりにも腰が砕けるというか膝が抜けるというか。

 折りたたみ机がいったい何年の耐用年数を持っていて今後どれくらいの頻度で交換していかなくちゃいけないのか。50年の間に20個くらい使うんだったら今ある机を50年使った方がよほど環境のためにも良いし歳費の節約にもなるだろう。そうした物を大切にする姿勢よりも自分は何かやってますというアピールのためだけにポン酢な振る舞いに出る市長の多さにこの国の民主主義もいよいよ末期に来ている感じがして頭が痛くなる。どうしたものかなあ。有権者も含めてもっと真面目にならなきゃいけないのになあ。

 これを買わなきゃ俺たち何だ? ってことで歯医者に寄った後に新宿バルト9へと出向いて「王立宇宙軍 オネアミスの翼」の4K版Blu−rayを購入する。そのまま見ることはせず仕事場に行って背景だとか設定画だとかを整理した後で戻って夜からの上映を見たらこれが満席に近くて、35年も前の映画にいったいどれだけのファンがいるんだと驚きつつも見終わってこれが35年も前の映画だなんて信じられないくらいのクオリティでありシナリオであり音楽であり声優陣であることに驚きつつもそんな作品を作れた人たちだからこそ、今も一線に立ち続けていられるんだってことを思い知る。

 いやまあ山賀博之監督が一線で活躍し続けているかは別として、作画監督の庵野秀明さんも助監督の樋口真嗣さんも作画の前田真宏さんも井上俊二さんもキャラクターデザインの貞本義行さんもみんなみんな第一線で第一級の仕事をし続けている。そんな多士済々が集まって勢いでもってえいやっと作った作品が情熱に溢れているのは当然として、やっぱり物語として高い完成度を持っているところに脚本を手掛けた山賀博之監督のクリエイターとしての才能が感じられてならない。その才能がぽつりぽつりと監督として発揮されるんじゃなく、映画という大舞台でまた発揮されて欲しいんだけれど「蒼きウル」はいったいどうなっているんだろう。東京国際アニメフェアだか何かのブースで見てからもう随分と経つなあ。今こそ復活を。

 「機動戦士ガンダム 水星の魔女」でアーシアンのチュチュがいよいよモビルスーツに搭乗した時、あのふたつの巨大な頭のボンボンがヘルメットに収まるのかといった話題が前に出て、「ガンダム Gのレコンギスタ」でウサギの耳みたいなのがついたバララがヘルメットをかぶるとやっぱり突起が出ていて耳が収まる専用のヘルメットがあったとうい例にならえば、チュチュも巨大なボンボンがついたヘルメットを被るのかと期待したイラ普通の丸いヘルメットだったので、あのボンボンはどこに行ったかが今度は注目の的になっていた。

 もしかしたら取り外しできるのかといった声もあったけれど公式が何とその秘密を暴露。ボンボンの上からフードを被せてギュッとひっぱりあごひもをしめて潰して押し込むらしい。いやいやいやいや、あの容積をいくら潰したって出っ張るだろうというのが普通の反応。パーマをかけてアフロみたいにしていたのならまだしも普通に束ねているように見えるあのボンボンに隙間なんてないんじゃないのか。でも潰れるってことはやっぱりアフロみたいなものなのかもしれない。ってことはほどくといったいどんな髪型になるんだろう。脚本家に聞いてみたい。


【10月27日】 家に居たらやっぱり寝てしまうからと起き出して地下鉄で大手町まで行ってリトル小岩井でおすすめパスタの並盛りを1杯。シーフードクリームパスタはクリームとバターで仕立てられてたソースがとっても美味しく海老やらカキやらイカやらの具材もマッチしているんだけれどやっぱりパスタが柔らか目なのはロメスパならではといったところか。油で炒めるジャポネとかケチャップが混ざるナポリタンでは良くてもクリーム系のソースだと歯ごたえの無さがやっぱり気になってしまう。でも美味しいから良いか。定番メニューにすれば良いのに。

 第43回日本SF大賞のエントリーが行われているんだけれどあんまり集まってないのでいろいろととぶっ込む。例えば「TAROMAN 岡本太郎式特撮活劇」なんかはシュルレアリスムという自分の内面によって世界を変換させて形象にして見せる技法そのものがインナースペースへの潜入というSFであってそんなSF的画家である岡本太郎のシュルレアリスム作品を紹介した映像であるからにはSFであることは間違いなし。その上でシュールなやりとりを見せることによって自分自身の内側を探られるようなシナリオを突きつけることによって驚きを誘ったという意味で作品もやっぱりセンス・オブ・ワンダーに満ちている。そんな感じ。

 あるいは「マクロス」シリーズ。ちょうど期間中に「劇場版マクロスΔ 絶対LIVE!!!!!!」が後悔もされたけれどもそんな最新作でもって最初の「超時空要塞マクロス」からちょど40周年を迎えたこの機会に、改めて異文化との交流を描きそこに歌という文化が力を持っていることを示しつつ変形するロボットというメカニック的なビジョンも打ち出した「マクロス」シリーズは「ガンダム」や「ヤマト」や「エヴァンゲリオン」に並びあるいは超えるところすら持ったSFシリーズだと言える。ピンポイントで「ガメラ」とか「エヴァンゲリオン」が受賞したならシリーズとして今回、40周年という機会も合わせ含めて表彰してあげたい。賛同者はいるかなあ。

 「アキバ冥土戦争」をやっと見た。なるほど秋葉原のメイドカルチャーを日本のヤクザ組織に重ね合わせて見せるのはパロディとしては面白くてよくできているけど、権力者の政治家をヤクザに例えて非道い目にあわせる論法と違い夢を売る仕事でそこで夢を抱いて働いているメイドさんたちをヤクザのイメージに染めてしまって起こる妙な偏見への懸念は踏まえたほうがいい気がした。まあ今のアキバのメイド喫茶にもヤクザのシノギめいたものがないともいえないだけに現実への風刺といったニュアンスもあるにはあるんだけれど。それがヤクザ的なものへの称揚とはならず排除へと向かい秋葉原のメイド喫茶を健全化させる方向へと向かってくれた善哉。

 声優の櫻井孝宏さんの問題はとりあえず目先の「うる星やつら」でつばめ役がどうなるかといったあたりとか、作られているという噂の「響け!ユーフォニアム」の3年正編で滝昇の声をそのまま務めるかといったあたりが気にかかる。他にも新作やら人気シリーズやらにわんさか起用されているからなあ。声さえ良ければ私生活が道だろうと構わないというのはひとつの理屈ではあるけれど、その声の裏側にいる人間の振る舞いに対していろいろと思いを抱く人がいることも事実だから、そこへの配慮をどうにかしないと今の時代、声優の名前で商売している作品はリスクを勘案しないといけないだろう。とはいえ変われる人に誰がいるかというと……鈴村健一さん……は事務所の社長だから一蓮托生扱いか。全部宮野真守さんで良いかとか。


【10月26日】 家に居ると寝てしまうので起き出して地下鉄に乗って阿佐ヶ谷まで行って「キッチン男の晩ごはん」で名物「阿佐ヶ谷ライス」なるものを食べる。2度目。プレートの上にハンバーグとキャベツとスパゲティが乗ってカレーがかけられているその脇にご飯も添えられているという豪華盛り。このスパゲティがよくある弁当の添え物程度ではなくて本格的に1食分はああるカレースパゲティでそれとご飯を食べてキャベツにハンバーグと来てさらにみそ汁となると、相当にお腹がいっぱいになるんだけれどこれをまだペロリと食べられるうちは、胃腸も大丈夫だってことだからひとつのメルクマールとしてこれからも時々挑戦しよう。スタミナ丼も試してみようかな。

 アーケードの中にあるサンマルクカフェで原稿を書いたり原稿を読んだり。新人賞を取って近くとる作品がとてつもなく凄まじくって「やばいやばいやばい」といった言葉しか浮かばない。一種のデスゲームでバトルロイヤルで脱出ものといった感じだけれどシチュエーションは割とプリティーなだけに繰り出される描写のグロさが引き立つ。これでリアルに寄せたら血まみれ肉まみれになるところを工夫によってソフトにしているところがあるいは映像化を狙ってのことなのか。「チェンソーマン」だってあれだけ血しぶきがとんでもアニメ化されるんだからこっちも大丈夫だろうな。相手が悪魔でも魔人でもなく人間だという倫理的な部分は脇に置いて。

 読んだといえば堂場俊一さんの「小さき王たち」のシリーズ三部作の最終作となる「小さき王たち 第三部 激流」(早川書房)も読了。濁流から泥流ときて新聞記者と政治家との三代にわたる因縁にどんな決着がつくかと思ったならなるほどそういうことか。世界をまたにかけて飛び回るフラワーな世代にとって新潟の狭い区域で議席なんてものを争って実弾を飛ばしそれを報じて正義を気取るような政治家も新聞記者も小さいってことかもしれないなあ。世界にはもっとデカい話がゴロゴロしていてそれを掘り出し報じてこその大きな王ってことなのかも。果たしてそんな王様になれるのか。続きの第四部があれば読んでみたいかも。書いてくれないかなあ。

 日本ファクトチェックセンターが目を覚ましたと思ったらマイナンバーカードは暗証番号を忘れても本人チェックは可能だとか、パスワードを何度か入れ間違えたらロックがかかるから4ケタだからといってすぐにはバレないといった話なんてとっくの昔に解決しているし、オフィシャルでも告知されている話を調べたといって分かったとやって紹介していて脱力するより他にない。ホームページを検索してガイドを引用するのにメディアに就職が決まっている学生が頑張りそれをメディアで偉い地位まで上り詰めた人が検証して良しとするんだから、そんなメディアに勤めていったいどれだけの仕事が出来るのかが今から心配。というか本人のキャリアにも良くないから離れた方がいいと思うよ若い人。自分より金をもらっている年寄りがろくに仕事をしてない場所で何の勉強にもならない時間を過ごすことはないよ。

 「ゴールデンカムイ」のアシリパ役にアイヌの血を引いた女優があたる方がそりゃあ世界的な潮流からすれば悪くないことは言えるけれど、それを声高に主張している外国暮らしの日本人俳優の物言いがなかなかに引っかかるものだったりするからちょとした炎上になってしまっている。ある意味でアイヌの損害が象徴的に描かれている作品のヒロインをアイヌの血を引いた女優が演じればそれはなかなかにハマることは請け負い。そのためにオーディションを開いてみせるのもあって悪い話じゃない。そうしなければエントリーすらできなんだから。その上で役に相応しいかどうかを決めれば良いんだけれどそこで相応しい人がいなかったから有名女優を使いましたという道も見えているだけに、そういった逃げ口上ではない説明を作り手には求めたいかもしれないなあ。難しい。


【10月25日】 部落解放同盟と在日特権を許さない市民の会が激突する狭間でグレタ・トゥーンベリがトレーラーハウスでハムエッグを作る一方で総理大臣がトゥギャザーし重信房子がオルグに勤しんでいた作品だったと言えば言えるのかもしれない「仮面ライダーBLACK SUN」。もちろんそれらが本意にしているところを掘り下げるというよりも、表層のイメージを散りばめてカリカチュアライズしているところがあって観ていてあんまり気持ちいいものではなかったりするから、18歳以上しか観られなくなったという理由もちょっと分かるかもしれない。というか観てもきっと意味不明か先鋭的な意味だけ汲んでしまいかねない恐れがあるよなあ。

 詳細はまだ配信前だから詳しくは言えないけれど、第35回東京国際映画祭のP&I上映で2話まで見た限りにおいて設定的にはゴルゴム団がいて仮面ライダーBLACK SUNとシャドームーンがいていろいろと動き回っているというところは古の「仮面ライダーBLACK」を観ていた人には懐かしくもピンと来るタームの羅列かもしれない。ただ描写において1970年代の安保闘争から学生運動を経て過激派へと移行していく過程でのサークル的だった雰囲気が結社的なものになっていく厄介さが描かれていたり、社会的に弱者とされるものへの差別を煽る集団が一方にいてそんな差別に抗おうとする集団がいながら後者が決して弱者ではなく少数派ながらも強大だったりする部分もあり、また凶暴さを垣間見せるところもあってどっちに味方しづらいと思わせてしまいかねない面倒さもあったりする。

 そうした描かれ方から差別を扇動する側への共感めいたものを覚えかねないところにある落とし穴をふさぐ気がまるでないのもちょっと面倒なところ。僕と同じ歳の白倉伸一郎さんや樋口真嗣さんが絡んでいるから多少はそうした学生運動なり過激派闘争なりの面倒さも今のヘイトな集団の厄介さも肌身に感じているはずなんだけれど、どこか当事者から外れてしまっているところに客観視して相対化しつつ面白いからそれで良いんじゃないか的な取り上げ方がされているのも判断を迷わせる。まだ試写でそれほど観られてないから良いけれど、配信が始まったらどんなリアクションが出るか。とりあえず重信房子さんめいた役どころの芋生悠さんが見かけも雰囲気もグッド。そりゃあ転ぶよ大勢が。

 そんな東京国際映画祭に出入りしながら近所で原稿も書きつつ夜まで待って、「ジャパニーズ・アニメーション」という部門で行われたシンポジウム「アニメーションが世界を創る」を聞く。ミッドタウン日比谷にあんなスペースがあったなんて。出席したのは「雨を告げる漂流団地」の石田祐康監督と「夏へのトンネル、さよならの出口」の田口智久監督と「ぼくらのよあけ」の黒川智之監督で、このうち「漂流団地」と「ぼくらのよあけ」は共に団地が登場することで激突が噂されたもののどちらが後追いしたというのではなく、ともにお互いの企画を知らずに進めていた中で最初の発表があって被っていると気づいたとか。でも別に団地がテーマでもそれは風景に過ぎないんだからサイロが崖の上の一軒家でも里山の古い家でも重なって不思議はない。ようは面白いかどうかなのでその意味ではどちらも成功した口だろう。好みは個人的には分かれたけれど。

 いろいろと話があったと、質疑応答があてコンテ段階と完成したフィルム段階で驚きはあるのか聞かれた時に、「夏トン」の田口智久監督の答えが歯ごたえたっぷり。つまりは自分は絵コンテはある意味でダウンサイジングして書いているけれど、それをフィルムにしたときはアップグレードしているから想像のままだといったこと。それ事態には納得だけれど一方で、前に前にバルト9で音楽を手掛けたeillさんを招いて開かれた「夏トン」のトーク付き上映会で、音楽側からのアプローチで映画がより輝くコラボレーションの成果もあったことが分かったので、続けて黒川智之監督や石田祐康監督が触れた音響や声優がもたらす拡張が絵コンテを書いている時の想像を超える可能性も捨てがたいと思ったのだった。想像を超えなきゃ大勢でやる意味、ないからね。それをすべて個人の思惑に統合するのは黒澤明監督くらいかも。今敏監督もかなあ。


【10月24日】 中国で開かれていた5年に1度の共産党大会で習近平総書記の異例とも言える3期目への突入が決定して、これで中国は独裁体制が強まったといちおうは全国紙を名乗っている新聞が言おう者ならお前さんたちがイチオシしていた元内閣総理大臣だって2期が慣例だった自由民主党の総裁任期を3期に拡大して居座り続けたじゃないかと突っ込まれることが確実だからなのか、あまり言おうとしないのが何かちょっと面白い。大嫌いな中国共産党と同じことをしでかした挙げ句の悲劇をなぞるなら、中国にも何か起こるって可能性はあるのかどうなのか。余りに強権が過ぎるだけにちょっと心配になって来る。

 何しろ前の総書記の胡錦濤が共産党大会の閉会式で衆人が見守る中を途中退席したのかさせられる場面が映し出されていろいろな憶測を呼んでいる。体調が悪かったというのはまずあり得ない話だろうからあとは退席させられてのか自分からしたのかといったあたり。同じ出自の共青団に所属するメンバーが続々と常務委員会から退けられていったのに文句を言ったら弾かれたと見る向きもあれば、そうした非道を平気で繰り出す習近平に抗議するため自ら退席したと見る向きも。とはいえ残る習近平が余裕綽々なところを見ると、退席せざるを得ない心境に追い込まれたというのがだいたいのところで、そこで切れて退いてしまっても結果的にはまとめてパージされたと見るべきなんだろう。

 とはいえ流石に4期目はないとなるとあとは後継者を誰にしてその背後で江沢民よろしく院政をしけるかどうかってあたりにかかってくる。それさえもやってしまえば流石に中国のテクノクラートも長老たちも不味いとみていろいろと事を構えそう。そこで人民解放軍がどういう権力構造になっているかが気になってくるけれど、楊尚昆のような陰の実力者めいた人も弾かれ、習近平に権力が集中しているみたいだから軍事クーデター的なことはやっぱり起こりそうもない。経済が混乱してくれば乱れる人心をまとめようと台湾侵攻なんてやりかねないって話になってくるけれど、それはさすがにということでインドかベトナムあたりと小競り合いを繰り広げるか、モンゴルかたロシアへと向かってガス抜きをするのかな。いずれにしてもアジア情勢は混沌しそう。

 宇宙も小競り合いが続いているようで、アーシアンとスペーシアンの間にある断絶がこれからどう描かれていくかが気になる「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。タヌキ娘のスレッタ・マーキュリーがミオリネの婿の権利をかけた戦いに勝ったものの周囲からは未だ浮いていて、授業でモビルスーツを動かす試験でスポッターもメカニックもおらずうまく試験をこなせない。これは困ったということで差別されてるアーシアンのところへ行ったものの頭がミッキーマウスな女子に蹴飛ばされ、これはしゃあなしと諦めていたところでミオリネに誘われ連れて行かれた部屋がとんでおない汚部屋だった。

 ポリ袋にまとめられたゴミが部屋のすみっこに幾つもおかれ、机の上には飲み干されたペットボトルがならび足元にはあろうことかカップラーメンの食べたあとが上に箸を乗せた形で置かれている。ってことはミオリネはカップラーメンを箸で食べることができるのっていった興味は一方に浮かぶけれど、設定を割としっかり考証しているとするなら宇宙でそうしたゴミをすぐさま再資源化しなくてもエネルギーとか食料は大丈夫だってことでそれは過酷な宇宙といったイメージが変わって、豊富な惑星だとか小惑星だとかの資源を使い太陽のエネルギーを使って豊かな暮らしを送っているってことになる。一方で地球は資源が枯渇してなかなか大変。だからこそアーシアンが差別されスペーシアンが威張っているって構図につながるのかも。どうなんだろう。ちょっと気になる。


【10月23日】 東京2020オリンピックのスポンサー選定を巡って贈収賄事件で社長が東京地検特捜部に捕まったADKホールディングスで次の社長が元電通でそれも電通のデジタルマーケティング局の若い女性社員が自殺した時に執行役員を務めていた人だと分かってどうにもこうにもやるせない気分が浮かんでくる。そりゃあ担当役員だからといって隅々まで把握していた訳じゃないから社員が過労死自殺したからといってその全責任を負わなくちゃいけないってことはないかもしれない。個人として損害賠償を支払うとかいったことはしなくて良いと思う。

 でも道義的な意味合いからその部門のトップにあってパワハラを許す状況を作った責任はやっぱりあってそれを半ばとるような感じで電通を退いたのだったら、余所でトップに立とうなんてっことはなかなかできるものではない。持てる知見をコンサルティング的な部分で活かすならまだしも、トップとして差配を振るうことでやっぱり前と同じような環境ができてしまって、悲しい思いをする人が出やしないかと心配になるし、そうでなくても働く側がよりよい環境で働くには、そうした人がトップに立つのは避けた方が良いような気がする。コンプライアンス的にもガバナンス的にもちょっと歪んだ世界。だからこそああいった事件が起こるんだろうなあ。やれやれ。

 名古屋から新幹線で東京へ。途中の名古屋駅で矢場とんのショップえと出向いて味噌カツ弁当を買う。さすがに2枚入りは無理なので1枚にしたけれども帰って食べてもしっかりした味で人気な訳がちょっと分かった。銀座に店が出来た時に行ったけれどその後に八重洲に出来てもちょっと遠慮していたんで、せっかくだから足を伸ばしてみようかな。名古屋といえばきしめんという人がいるけれど、新幹線のホームにあるきしめん屋にはついぞ入ったことがなくて何が人気なのかがよく分からないのだった。むしろJRの東海道線にある店の方がその場で天ぷらをあげてくれるから美味しいんだけれど、今もまだ店を開いているんだろうか。そっちは次ぎに帰った時にのぞいてみよう。

 ジャノメミシンが訪問販売の営業職300人を一気に首切りするって話が出ていて、ネット通販が普通になっている時代に訪問販売もなかなか厳しいのは分かるけれどもそうした状況へと徐々にシフトさせていくのではなく、一挙にやって恥じない企業のスタンスにはやっぱり憤るものがあるので今後ミシンはジャノメは買わない。ミシンを買う機会があるとは思えないけれど。そんなジャノメが首切りにあたって再就職支援を任せる所として引き入れたのがパソナってあたりもジャノメを支持したくなる大きな要因か。だってあそこ、何にもしないんだもん。

 一方で企業からの求人をわんさか持っていたりする一方で、整理解雇だとか早期退職だとかいった企業からわんさかと出る退職者にはそうした企業を紹介するこなんてしないで、まずは履歴書の書き方を教えてそして適性試験のやりかたを教えてあとは模擬面接の訓練だとかをしつつ紹介するのはハローワークから抜いてきた求人票くらい。つまりは自力で見つけて自力で受けて自力で合格しろっていうだけで、紹介機能なんてものはまるで皆無に等しかったりする。まあプログラマーとか経理とかいった技能を持っている人にはそれなりに紹介案件もあるのかもしれないけれど、営業ひと筋とか総務ひと筋(記者ひと筋ってのも)で来た人に、紹介する企業なんてまずないんじゃないかな。そんなパソナがジャノメの人に何を言ったかちょっと興味。週刊誌には出るかな?

 退職いといえば退職金への課税額が勤めた年限によって違うのを一緒くたにしようとする動きがあるそうで、ようするに長く勤めればそれだけ控除額が増えていたのを10年までと同じにしようって話でこれで勤続30年で退職金2000万円だと幾ら持って行かれることになるんだろう。自分の場合はそうなる前にさっさと退散したようとか退散させられたのであんまり退かれずそれから健康保険の方も安く入れてとりあえず良かった。その後は稼いでないからそんなに増えないので悪くはないけど普通に勤めている人は大変な世の中になっていくなあ。70まで生きられるんだろうか。

 【10月22日】 大須シネマで「劇場版マクロスΔ 激情のワルキューレ」が上映されているので観に出かける。「マウスマン」の時とは違ってそれなりに観客もいて「マクロスΔ」とワルキューレの人気ぶりを実感する。そのまま続けて上映となる「劇場版マクロスΔ 絶対LIVE!!!!!!」も観ていく人が多かったのもその証明。大きくもないし音響が爆音でもないけれど家で観るよりははるかに体感できる劇場での上映はやっぱり嬉しいのだった。東京方面でもやってたっけ。探して続いているなら行ってみよう。

 久々の「激情のワルキューレ」はやっぱりメッサーが白騎士との決戦に向かう場面からカナメが「AXIA」を唄うあたりの流れが神展開。楽曲も素晴らしく心に響いて体に残る。あとはやっぱり3DCGをばりばりに使って描かれた「チェンジ!」のライブシーンかなあ。リズムに合わせてフレームが舞いブロックが動き回る場面はいつ観ても考え抜かれていて手が込んでいる。これが実際のライブで再現できるようになった時が本当の意味での仮想現実の現実化が果たされたって言えるのかもしれない。

 このあとの悲しい展開を知ってもやっぱりフレイヤ・リオンの愛らしさが楽しい映画を見終わってから、栄まで歩いてヨコイであんかけスパのミラオムレツの1半をもりもり。卵焼きにウインナソーセージが混ざったものが載っているスパゲティで具材の味とパスタの味がそれぞれにしっかりと堪能できるのだった。ヨコイのソースはチャオなんかに比べてやっぱりスパイシーかなあ。麺は茹であげを冷やしてゴムみたいな感じでこれがまたしっかりとソースに絡むのだった。味噌カツなんかと違って東京ではなかなか味わえないあんかけスパだけに名古屋に寄ったらしっかり摂取しよう。

 せっかくだからと土日専用キップで地下鉄を藤が丘まで行ってそこからリニモで愛・地球博公演へ。地元民向けなのか11月に開業のジブリパークの事前公開が行われていて、行列出来ていたりするのを遠巻きに観ながら、愛知県立大学の准教授が排除アートだと騒いだジブリのアイテムが乗ったベンチを幾つか見て回る。ポルコの看板とか「耳をすませば」の帽子とか金の袋とか学生鞄なんかが置かれたベンチは割と入り口に近いところにあるので発見が楽。残る11個は次ぎに来た時に探して回ろう。そのためにはチケットを何とかして当てないと。

 巨大な広場とか眺めつつ愛・地球博の記念館へと足を向けたらモリゾーとキッコロの像やらぬいぐるみやら看板やらがこれでもかと置かれていて、ジブリパークによって隅に追いやられるのをどうにかして食い止めたいといった感じでアピールしていた。押井守監督が手掛けた実写映像に登場した動物型の鎧もあったけど前は種類が幾つかあったのが1つだけになっていた。展示も縮小気味なのかなあ。お土産屋さんに寄っても売っているのはジブリ関連が圧倒的。でも今の子供って新作のジブリアニメを観て育つ訳じゃないから、トトロ以外がどこまで浸透しているのかちょっと疑問なのだった。ディズニーといっしょで親が教え込む? でもディズニーだって毎年新しいのが出て来ていい加減、追いつけない子供も出ているような気がするんだよなあ。最新作って何だっけ? それすらも分からなくなっているのだった。

 帰りを八草から愛知環状鉄道経由で名鉄豊田新線を使って戻るかどうか考えたけれど、まだ空いているので普通に藤が丘まで戻って東山線を本山まで行き名城線で八事まで行ってそこから鶴舞線で平針へ。これの逆を辿るのがジブリパークに行く上で普通のルートだけれど、開業したらやっぱり混みそうな感じで名古屋市なんかは瀬戸なり豊田から八草経由で行くことを進めてた。それだと料金も高くなるんだけれど名古屋市は、ジブリパークを宣伝しながら土日専用の1日券をアピール。でもそれでは肝心のリニモには乗れないという罠。いっそ共通のチケットを作るなり、シャトルバスを走らせるなりすれば良いのにそういった話は聞こえて来ないんだよなあ。名古屋駅からの直通バスは出るみたいだけれど。猫バスの形はしてないんだろうなあ。


【10月21日】 知多へ。途中で金山で降りて昔のボストン美術館で今は金山南ビル美術館棟で開催されている「QUEEN50周年展 DON’TSTOP ME NOW」を見物。平日の午前中でもオールディーズなファンが訪れなかなかに盛況なところが日本を愛し日本から愛されたバンドらしさを感じさせる。最後の部屋ではそんな日本の西武ドームで開かれたライブの模様が上映されていて、フレディ・マーキュリーが歌詞を日本語にして唄った「手をとりあって」のシーンを含んで何曲かが、轟音で響いて現場にいたような感覚にさせられた。

 ピアノを弾くフレディがライオンズのレオが描かれた帽子を被っていたりすつ場面もあってなかなかなお茶目ぶり。でも唄えば全力投球で一切の手抜きも息抜きも感じさせずに強い歌声を聴かせてくれるところにも、気まぐれで気むずかしいと言われてはいてもパフォーマンスには絶対の自分を見せようとするアーティストの気概が感じられた。フルで映画館のスクリーンサイズと音響で見たいけれど、そんな機会もないんだろうなあ。クイーンだとウェンブリーとかモントリオールのライブがビデオで出ていてどちらか買ってあったけど、出て来ないんだよなあ。

 グッズ売り場に行ったらクイーンが何度か行ったジャパンツアーのTシャツなんかもが復刻されて並んでいたけど5000円近いんで着る機会もないからとここは遠慮。背中に「QUEEN2」のジャケットが描かれたパーカーもあって格好良かったけれどこの頃のフレディは長髪なんだよなあ。それもまた良いんだけれど。ほかにもブライアン・メイ仕様のギターが出ていてこれは名古屋かららしかったけど買っても弾けないのでこちらも断念。この歳になるとグッズよりはやっぱり音楽そのものか、ライブパフォーマンスが見られるパッケージを手元に揃えたいなあ。

 金山から河和行きの名鉄に乗って巽ヶ丘駅で降りてコミュニティバスで知多市の梅ヶ丘あたりまで。すぐに住宅街に行き当たって昔は水も来ず農地にもならなかった知多半島が、愛知用水で水が来てそして名古屋のベッドタウンとして発達して今はそれなりの住宅が並ぶ場所になっていたことがよく分かる。自動車専用道もいっぱい出来て名古屋にも三重にも東京方面にも出やすくなったこともあるのかな。とはいえ大きな工場がある訳でもないから職住近接とはいかないところはベッドタウン的。それでも八王子あたりに比べれば名古屋も近いし空港だって側な分、名古屋圏は東京よりは住みやすいかもしれない。

 ネットがザワついていたので見たら小室圭さんがアメリカのニューヨーク州の司法試験に合格をして弁護士資格を取得したとの報。週刊誌なんかがいかにも今回も不合格だったかのような記事を載せてたのが一転しての合格で、来週の号で何をどう取り繕ってくるかにちょっと注目。いくら弁護士資格をとったところで年も若いし物価も上がっているアメリカではすぐに干上がるから奥様のご実家を頼るといったトーンになるか、もはや生計も別の母親を持ち出してきて虐めるか。でも世間はもう関心を失い小室さん良くやったって感じになっているのでニュースの一線からは後退していくことになるのかな。

 令和版「うる星やつら」の第2話が放送されたので見たけれどうーん、トーンは平板でアクションに目を奪われることもなく淡々とストーリーがこなされていく感じ。サクラと出会ってお祓いを受けるエピソードなんか昭和版がAmazonPrimeVideoで無料で見られるので見比べたけれど、あたるのアクションから逃げる時の背景から音楽から盛り上げようという感じがあって惹きつけられた。令和版で優れているのは立体的に作画されたラムちゃんの柔らかそうな腰回りくらい? 声優さんも皆頑張っているのにちょっと厳しいかもしれないなあ。来週はいよいよ面堂終太郎が登場。でも金田伊功さん風のポージングをバリバリ決めてた昭和版のビジュアルを、超えてくる感じがないんだよなあ。どうなるか。どうなるものか。


【10月20日】 物心が付いたときのテレビのヒーローは「ザ・ドリフターズ」でそのメンバーにはまだ志村けんさんはおらず加藤茶さんが子供の間では大人気だったけれど次いで荒井注さんが「ティスイズアペン」の1発ギャグで子供には大うけしてたっけ。仲本工事さんは体操のコーナーでキャンディーズなんかを従えて軽快な器械体操を見せてくれて、見かけによらず運動神経の良い人なんだと思わせてくれた「8時だよ!全員集合」が終わって幾年月。「踊る大捜査線」なんかで役者として良い味を見せていたリーダーのいかりや長介さんが亡くなっても、志村けんさんが存命で加藤茶さんもいるうちは、何となくドリフターズは健在って感じがあった。

 ところが、志村けんさんが新型コロナウイルス感染症で2020年の3月に亡くなってしまってそして加藤茶さんも2019年あたりからパーキンソン症であまり活躍が出来なくなっていたところに、仲本工事さんが交通事故で死去。年齢からするなら最年長の高木ブーさんが最も元気という状況になってしまった。仲本さんだって亡くなる数日前には高木さんといっしょに志村けんさんの展示会か何かに顔を出し、2人で思い出をしゃべっていたばかりでこれからも舞台に立つような仕事が待っていたから、元気という意味では1番元気だったんだろう。それだけに急な事故による不慮の死はやはり残念なものがある。

 昭和のテレビを支えたスターがだんだんといなくなって寂しくなっていくテレビ業界。漫才ブームを支えたビートたけしさんもテレビから降りた感じでタモリさんもあまり出なくなる中、ひとり明石家さんまさんが頑張っているといった印象。あとは笑福亭鶴瓶さんか。それでもあの驚異的な視聴率を誇った「8時だよ!全員集合」の面々が1人また1人といなくなっていくのは本当に、昭和が遠くなっていくような気にさせられる。せめて残った加藤さん高木さんにはいつまでもお元気でいて欲しい。クレイジーキャッツの犬塚弘さんにも。

 サイエンスライターといえば鹿野司といったイメージを打ち立てて、多くの人たちに科学の面白さを伝えてくれた鹿野司さんが死去。数日前に考証ブラザーズを汲んでいる白戸晴一さんと堺三保さんが衝撃を受けたといったコメントを出していて、そしてご本人のツイートの更新が止まってしまっていたことから予想はしていたけれど、いざ公表されると長く同じSFマガジンの誌上で連載を持っていた人がいなくなるというのは、SF者としても寂しいものがある。

 ましてや時代を併走して科学考証SF設定の世界で活動して来た人には衝撃もいかばかりか。何年も前から体を悪くして透析なんかも行っていて覚悟もあったのかもしれないけれど、それでも隣を併走していた人がいなくなるのは辛いものがあるだろう。それより以前から、SF好きのグループとして活動をし、自作の漫画の中にキャラクターとして登場させていたとり・みきさんや、いっしょに活動していた出渕裕さんも想いを吐露していた。せめて残った人にはまだまだ活躍をして欲しいものだなあ。とり・みきさんの「愛のさかあがり」を読み返したいなあ。

 用事で黒川まで。大昔に東区の泉あたりにあった業界紙の中部支社から車を仕立てて鯱之屋にカレーうどんを食べに来たことがあったけれど、どうやら今もあって若鯱屋が全国チェーンになったその元祖で原点で大元としてお客さんが来ているらしい。せっかくだから寄ってみようかとも思ったけれど、そこから多治見まで出かけていってかえりは多治見駅を利用しJRとなったので黒川には戻れず鯱之屋はお預け。まあ若鯱屋とどれだけ違うかも分からない舌なので木場のモールに入っている若鯱屋に戻ったら行こう。あんかけスパと違ってこちらは全国展開しているのだから。


【10月19日】 起きてしばらくロッテリアで時間を潰してから、アベノラクバスで開かれている「あの夏で待ってる2022展」を見物。放送から10年を記念して過去の版権イラストとかキャラクター設定とか美術設定なんかを引っ張り出してはプリントして、展示して懐かしんでもらう展覧会でどの絵を使うかとかどんな風に並べるかを前半と後半に分けて指定するお手伝いをしたのだった。あと挨拶文と解説文も書いたっけ。

 そうやって出したのは良いものの、遠いのでどんな風になっているのか分からなかったけれど、名古屋方面で仕事があるのをついでとばかりに大阪まで脚を伸ばして見物。意図したような展示に意図した以上の丁寧さで仕上がっていたのでじっくりとキャラクターたちの元気そうで楽しそうで恋していそうな姿を楽しむことができた。PCのモニターでは小さいサイズでグッズ向けでもあったのでどこまで大きく出来るか心配だったけれど、A3とかそれ以上のサイズで展示されててなかなか見応えがあった。色もくっきりと出ていてシャギーも出ていなかったから、それなりにサイズもあったんだろう。とりあえず良かった。

 前半は主に世界観を感じてもらえるよう、キャラクターがいる場所とかが背景に入っていたり、キャラクターが暮らしている場所が描かれた美術設定なんかを選んだんだっけ。後半はキャラクターに注目ってことで、グッズ向けにキャラクターがピックアップされた版権イラストを選んでずらり。中には裸族めいたものもあってファンには嬉しかったんじゃなかろうか。あとは肌色が多めの夏っぽいイラストとか。前半の版権イラスト集から外して後半のラストに固めて楽しめるようにしたけれど、評判はどうだろう。大阪なので行ける人も限られている中で、それなりに好評なようでとりあえず良かった。でもやっぱり東京で大勢の人に見てもらいたいなあ。お願いしますジェンコ様。

 見終わったので次は宝塚にある手塚治虫記念館で「超時空要塞マクロス」の展覧会でも見ようと思ってたどりついたら閉まってた。水曜日休館だったとは。でも宝塚の大劇場を間近にみられたので良かった。楽屋口を遠目に見てぼーっとしている女子とかもいて憧れの場所なんだってことがうかがえた。東京宝塚劇場はもっとギラギラとしていて菫の花感に乏しいから。これで公演が行われているともっと華やかでキラキラとしていているんだろうなあ。そういう時も見てみたいかも。でも「マクロス展」は24日までだから見ることはかなわず。東京でやらないかなあ。お願いしますビックウエスト様。

 見渡しても何か食べるところはなかったので、行きのJRとは違う阪急で梅田まで戻ってインディアンカレーでも食べようかと思いつつ東京にもあるからと見送って、新大阪まで言って名古屋まで戻ってそこでチャオのハムエッグカレーを頂戴する。インディアンカレーは東京にもあるけれどあんかけスパは東京にはないから仕方がないのだった。名古屋にはまだ数日はいるからその間に行ければ矢場とんに行こう。あとは海老フライとかひつまぶしとか。カレーうどんもいいなあ。


【10月18日】 東京2020オリンピックのスポンサー選定をめぐる贈収賄事件は大手広告代理店のアサツーHDの社長が逮捕されるという事態に。業界2位の博報堂DYグループからも大広の役員が捕まっていたりしてそれでどうして問題の根幹とも言える業界1位の電通に捜査の手が及ばないのかというと途中に介在した人こそがお金をガメて上には渡してないから。問題はそんな人に権力を与えたことでその責任が誰になるのかを目下捜査している最中なんだろう。

 そりゃあ元総理大臣とか元JOCのトップだとかに捜査の手を伸ばしたいのが検察の本音なのかもしれないけれど、そっちはそっちでうまくやっていそうな気がして結局届かないような気がしてならない。結果として広告代理店とか出版社とかぬいぐるみの会社とかがそうせざるを得ないからそうしただけなのに、捕まってしまってある意味可哀想なところがあったりする。もちろん罪は罪なので償わないといけないけれど、でも……。どこまで届くかその正義の手は。見守りたい。

 鶴見で自動車部品の販売会社を取材してから新幹線で大阪へ。新横浜駅でシウマイ弁当を買おうかとも考えたけれど、混んでる新幹線の中で食べるのもなんだと思ってポケットシウマイを買っておにぎりといっしょにホームで食べて昼食替わりにしてそして新幹線に乗って新大阪まで行きそこから御堂筋線で天王寺まで行って泊まるアパホテル天王寺駅前にチェックインする。またアパホテルという勿れ、創業者の見識には異論が山ほどあるけれど、ホテルとしてはコンパクトな上に装備も揃っていて泊まり心地は悪くないのだった。

 途中、新大阪駅で551HORAIの豚饅でも買おうと思ったら凄い行列でちょっと躊躇。弁当だけ買っておいてたどり着いた天王寺のデパ地下に言ったらそっちの551HORAIはあんまり行列がなかったので、評判の豚饅2個入りを買ってホテルに入って辛子を付けて食べたらやっぱり美味しかった。そりゃあ蒸したての豚饅が不味いわけがない。でもこれを列車の中で食べたらやっぱりちょっと気にする人も多いよなあ、シウマイとどっちが匂い、広がるんだろう。

 椎名林檎さんのグッズがヘルプマークにそっくりだった問題で、レコード会社はアルバムのグッズにはしないことを表明してCDの発売もちょっと延期するとか。問題になってからここまで引っ張ったのがちょっと謎めくけれどもすぐに対処できなかったところにアーティストを見守りたい意識と、世間の声にこたえなくちゃいけない意識の間でせめぎ合いが起こったってことなのかも。すべてに尖ってカッコ良いアーティストってイメージが、それとも逆に働いてしまったのかなあ。ともあれ解決を見た以上はあとは音楽性で勝負していってくれれば昔からのファンとしては善哉。とはいえ最近の日章旗趣味は容れられないのでそっち方面は様子見かな。


【10月17日】 日付が変わると同時にジャンプのアプリから「週刊少年ジャンプ」の最新号にアクセスして電子版を読むのが習慣になって来た感じ。読むのはまだ「ONE PIECE」に「呪術廻戦」に「僕のヒーローアカデミア」くらいだけれどそこに「SAKAMOTO DYAS」が加わって、「SLUM DUNK」の安西先生みたいな人が登場する漫画なあといった印象がもっと強烈なものだと分かって関心がぐっと深まってきた。このまま遡って読むかは分からないけれど、他の連載を追う中でいっしょに読んでいくことにはなりそう。雑誌を買うってこういう広がりがあるから面白いんだ。
 さて「ONE PIECE」は前に非公認フィギュアで出た女体化トラファルガー・ローが遂に作者公認となった感じであれやこれやと大騒ぎ。フィギュアの値段もこれで上がるとなると買って置いて良かったって気も浮かびつつ、どうしてもう1つ買っておかなかったんだって投機的感性の鈍さも感じて上がったり下がったり。まあ1つでもあるだけましってことにしておこう。雰囲気はまんまフィギュアのローの愛らしさが出ているって感じだけれれど、そんな病気を気合いで治してしまったから今後は出てこない可能性が高そう。ちょっと残念。

 でも幾ら黒ひげの配下の能力を示すためとはいえ、そう使ってしまうのに脈絡はあんまりない訳で、つまりは作者の尾田栄一郎さんの何か好みがそこに入っていたってことになるのかもしれない。インペルダウンではイワンコフのホルホルの実の能力でもって海賊のおっさんが美少女にさせられたりしたっけ。あれも趣味っぽかったけれど今度のも含めるとやっぱり何か思いがあるのかも。非公認フィギュアにはルフィの女体化バージョンも出ていたから次はそっちがいつ出るかだな。出るのかな。

 そして「SAKAMOTO DAYS」は暗殺者を養成する学校に教育実習生として潜入した坂本の前に映画監督を標榜する殺し屋が現れ恩師が殺害されてちょっとした喧騒に。太っても強い暗殺者かと思っていたら昔の体型になって現れどこの特殊メイク扱いされていたけれど、そのスタイリッシュでクールな感じで本格的に戦うのなら、これは人気が出ても不思議はないってことになるけど今のところ、「ロボコ」みたいにアニメ化って話がないのはやっぱり暗殺ってテーマがスペクタクルだからかな。人気はありそうなんで期待して待とう。

 そんな「週刊少年ジャンプ」を卒業してずいぶんとたってようやくアニメ化がスタートした「BLEACH 千年血戦編」はクインシーの軍団が現れ一番隊の副隊長の笹部がやられて大変なことに。どうやら卍解を奪われたらしいけれど同じ事をやろうとして黒崎一護にはきかなかったからきっといろいろあるんだろう。あのあたりコンビニ本で買って揃えて読んだんだけれど気鬱になっていた時期に部屋の邪魔だからと捨ててしまって今にして思えばもったいないやら残念やら。普通の単行本より大きめな上に分量が多いんで巻数が少なく読みやすかったんだよなあ。
 とはいえ延々とバトルが続くんで途中で飽きるのは「BLEACH」ならでは。でも面白いから許された。今はちょっと離れているけど「BURN THE WITCH」もパッとはならなかっただけに中編として掲載された一護の子供の世代が活躍するエピソード、12年後が舞台になったシリーズを是非に連載して欲しいなあ。地獄に落ちた護挺十三隊の隊長クラスが復活してきて大暴れするんだからこれはもうたまらないバトルが繰り広げられそう。一護だって無事に済まないだろう中で誰が活躍するのか。薄く期待していつかその日を待ちわびよう。


【10月16日】 始まったのが前日の午後11時からという新・文芸坐でのアニメスタイルによるオールナイトイベントで大友克洋監督の特集が行われ、『MEMORIES』の中の「大砲の街」で技術監督を務めた片渕須直監督と、制作したStudio 4℃の田中栄子さんが登壇してあれやこれやトーク。何でも「大砲の街」の背景は巨大なベニヤ板みたいなものに30とか40のブロックとして描かれていてその上をカメラを移動させながらオプチカル合成によって1カットで撮っているように見せたとか。

 その中に4ブロックほどマッキントッシュのクアドラ950でレンダリングしたのが混じっているそうだけれど見てもいったいどれがどれだか分からない。少年が起きる部屋から家族が朝食を摂る部屋からお父さんが働く工場からお母さんが働く工場までが繋がっているんだけれどもそれはらまるで別の場所。目とつぶって開くと移動しているその間を、目を開いたまま観ていても違和感なくつないでいるから驚く。コンピューターだったら合成すればすぐ済む話だけれど、逆にそうした異なる場所をモデリングして繋ぐなんてことが出来るのかって思えてくる。

 物理的な整合性がとれてない場所でも絵は描ける。その強みを活かしつつデジタルに見えるようにしたってことなんだろう。そんな背景の上で撮影をする際に片渕監督は、カメラを動かす範囲を想定して目盛りを打っていったとか。結果「パン目盛りーず」といった呼ばれ方をするようになったその作業も今ならコンピュータ上でシミュレーションすれば済む話だけれど、そうした手間をかけずとも想像の中で動かし結果を想定してリアルに落とし込むことができるから、作りたい絵を自ら作り出せるんだろう。やってみて結果として良さげなものを選ぶのとはギリギリのところで差が出る。それが人間の凄さってことで。

 もっともそんな連続した背景の上で撮る関係で、「大砲の街」ではずっとライトを着けっぱなしで延々と撮影してとかで、そのうち熱で背景が縮んで詳細に付けたカメラを移動させるメモリと合わなくなってしまうため、現場に菓子折を持っていくか一升瓶を持っていくかした中で田中栄子プロデューサーはお寿司を持っていったらしい。それくらい現場ものってくれなければ不可能だった映像にはきっと世界も驚いたかというと、映画祭に出しても当時はまだ商業アニメを映画祭にかける雰囲気がなかったようで喝采とはいかなかった感じ。

 ただそうやって大友克洋さんが世界に討って出たことで以後に日本のアニメーション映画が海外の映画祭に出品されるようになって『PERFECTBLUE』で今敏監督がカナダのファンタジア映画祭で賞をとったり宮崎駿監督がベルリン国際映画祭で金熊賞をとったりするようになる。湯浅監督がアヌシーとかで認められて日本のアニメが世界を席巻する、そんな道を拓いた開拓者だったと田中栄子さんは大友克洋さんを讃えていた。漫画の表現を変えたのと同時にアニメのマーケットも買えた偉大な人。全集には「大砲の街」のことも入るかな。期待大。

 仕事で泊まり歩くことが多くなってきたのでトートバッグでは溢れてしまうとオーバーナイトな利用が可能なバッグを探して幕張にあるアウトレットへ。エースのバッグで見つけたけれども向こう3軒両隣のビクトリノックスでも似たようなのがあって、クールさでビクトリノックスのレキシントンというバッグを選ぶ。バリスティックナイロンでTUMIなんかと一緒でTUMIよりは3割は安い感じ。エースはコーデュラナイロンでやっぱり頑丈でビクトリノックスより1割安い感じ。その間ととったってことになるのかな。どっちつかずな人生だから仕方ない。さっそく週内に使おう。大阪まで足を伸ばせるかな。


【10月15日】 あべのハルカスにあるアベノラクバスで開かれている「あの夏で待ってる」の展覧会が13日から後半戦に入って展示替えがあったらしく、見に訪れる人がいていろいろと報告を上げている。見てちょっぴりエッチなイラストが集まっているといった反応にしてやったり、版権イラストが中心の展覧会になるもののそれを一気に全部見せてしまうよりかは内容によって世界観を表すものと、キャラクターを際立たせるものに分けようと思い、選んでリストを作って渡した際に水着系のイラストばかりを集めて後半戦に選り分けた。

 これを後半に持ってくれば見てもお得感があるだろうというのが理由だけれどもそうした意図はちゃんと汲んでもらえた感じ。ほかにも声優さんのサインが入った色紙だとかコミックマーケットで販売されたTシャツのイラストだとかキャラクターオリエンテッドなアイテムを並べて欲しいとリストにはしたためておいたけれど、それらがどれくらいのサイズでプリントされて並んでいるかは自分で確かめないといけなさそうなんで、やっぱり来週くらいに大阪まで行って見てくるかなあ。ちょうど名古屋に行く用事もあるんでそのついでってことで。

 とある映像作品のレビューを書こうと思って該当する映像が格納されているらしいサイトにアクセスしたらすでに削除されていて見えなくなっていてがっくり。時間も出来た時にまとめて見ようとしたのが仇となった。これでは何も書けないと再アップをリクエストしたものの週末だからなのか1日経っても音沙汰がないのでこれはもう原稿が遅れることは覚悟して欲しいと遠い空から呼びかける。気づいてないんだろうなあ。メールって毎日見る人とそうでない人がいるんだなあ。まあ見ればあとは書くだけなんで週明けに動き出すのを待とう。

 第2話が放送された「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」は交通刑務所の鬼看守ならぬ鬼教官が出て来てはたるんでゆるんだモルカーたちの綱紀粛正に乗りだしたけれど、アクセサリーはするなとか着飾るなといった自由をみとめないやり口に反発が出て数に押されて引っ込んだ。そこで引き下がるなら最初から言うなっていうの。でもそうやって自由を認めない理不尽さをちゃんとみなで訂正しようとする動きがあって、それに上も従うところに今のなかなか動かない権力への皮肉が感じられて良かった。ドライバーというか飼い主が出て来てガチャガチャするのはちょっと今までにない感じ。それもまた人とモルカーとの共生を表していると言えるのかも。次は何が起こるかな。

 ネットを操作して1月のジブリパークのチケットの抽選予約を行う。当たるかどうかは分からないけど1月の頭から行く人なんて果たしているのかいないのか、それもちょっと知りたい気分。何しろ名古屋市街地から1時間はかかる長久手の丘陵地帯、そして風も吹く寒い土地に集まろうって人がいっぱいいたら、ジブリパークもスタートダッシュが成功したってことになる。ちょっとワクワク。とはいえ1月頭はこっちもいろいろ忙しいから果たしていけるのか。ずっと実家に引きこもって原稿書きに終始するかなあ。その間に車の練習をすれば30年ぶりに車でどこどこと行けるかも。どうするかなあ。


【10月14日】 「インフルエンザはmRNAではない」と書かれたツイートを取り上げてファクトをチェックして「インフルエンザは確かにmRNAではない」と言っただけだとしたらそのファクトチェックは正しいけれど、世間に伝わっているのはインフルエンザワクチンにも新型コロナウイルス感染症向けのワクチンとして使われているmRNAワクチンが使われる可能性があるといった言説で、それを否定するのだったら見だしにも「インフルエンザワクチンはmRNAワクチンではない」と書くのが意味的にも正しいし伝わりやすいだろう。

 新聞のように文字数が限られた媒体だったらそこは意を組んで欲しいと省略することもあり得るけれど、ファクトチェックのように言葉を吟味してその可否を判断するような作業において、そしてそれをネット上で行うにあたって文字数なんて気にする必要はない。なのに日本ファクトチェックセンターはそうした省略を平気でやるわ、やっぱり個人のツイートを晒し上げるようにして掲載しては糾弾を加えるはとほとんどネットリンチに近い振る舞いを見せている。

 相手が絶大な影響力を持ったインフルエンサーに、ジャーナリスト出身の知見と正義感を持って挑んでくれるのかと思いきや、一部に伝わっては誰もがそうではないと分かっていて、そしてそれを信じたい人はたとえファクトチェックされたところで陰謀だと言って信じないような言説ばかりを取り上げて、ファクトチェックでございとやって何が楽しいんだろう。そしてどこが正しいんだろう。そんなところに大金が投じられている状況にどうにも薄ら寒さを覚えるのだった。自分のお金かといえば自分が使っているネットサービスならやっぱり少しは収益となっているんだろう。その一部がと考えるとやるせないなあ。

 そして始まった「うる星やつら」はオープニングのラムがとにかく可愛らしくってある意味で見たかったラムと見せてくれる映像である一方で、ストーリーの方はあまりに原作に忠実でかつて見た最初のアニメと大きく変わるところはないというか、前が表情だとか仕草にギャグ的な動きを挟んでアニメーションとしての面白さを感じさせようとしてたのに対して、綺麗なキャラクターを正しく動かしましたねといった感じでビンビンと伝わってくるものがちょっとないようにも感じた。表情とかは最高なんだけれど、それだけ。

 それもまた見たかった「うる星やつら」ではあるんだけれど、表情やら仕草やらに工夫があって拙い絵をとにかく見せて目を奪おうとした前のアニメに比べて今のアニメが、見た目の綺麗さを大切にしようとするあまり、デフォルメだとかアクションだとかで暴走を抑えてしまっていることもうかがえる。そうやって積み上げられた作品は一過性の楽しさを読んでも、40年語り継がれる伝説になり得るかというと悩ましいところ。「おそ松さん」があれだけの冒険を繰り出して、ある意味で2010年代の伝説を築き上げたのと比べるとちょっとおとなしいかもしれない。そこはあるいはこれからの展開で、変わって来ると来たいしたいけれども、果たして。


【10月13日】 運転をするから運転免許証はとるのであって、それを持っているから運転ができるのだと分かるようになっているのにその運転免許証がマイナンバーカードに入ってしまった時、どうやってそれが運転免許証なんだと外に向かって証明できるんだろう。あるいは何かあった時に病院に駆け込めるように日々、健康保険証を持ち歩いている人にとって落としたり無くしたりしたら再発行までに時間がかかるマイナンバーカードに保険証が一体化してしまった時、果たして前のように安心して持ち歩くことができるんだろうか。

 そんな心配をどこ吹く風としゃくれ顔した2世議員がマイナンバーカードに運転免許証やら健康保健証やらを合体させることを義務化するなんて方向性を打ち出した。運転免許の更新なんてそれでいったいどうするのか。健康保険証なんて毎年発行されるものをどうやってマイナンバーカードに組み込むのか。それをやっていったいどれだけのメリットを国民が享受できるのか、まるで分からないし実際のところ面倒でしかないことを推し進めてDXやりましたなんてホザける政治家が堂々と国政にあって次の総理然と振る舞っているこのおかしさの、元を作ったのが国民の言うことを聞かない閣議決定政治を進めた最長不倒総理だとしたら、やっぱりこの国をガタガタにした責任はとって欲しかったなあ。

 オーシャン島事件というのが過去にあって、島民達を駐屯していた日本軍が虐殺した事件だけれどもそれ自体は別に歴史に埋もれてもいなければ、捏造でもなくって論文にもなっているし戦犯として裁かれていたりもする。だからそうした事件があったことを、経験した人が書きした溜めた手記が今頃になってでてきたからと言って、個人が捏造したってことはないということだけは言っておきたいし、東京新聞が報じたから捏造だなんて言うロジックはまったくもってあり得ないとも言っておきたい。

 ただ今になってそうした事件の存在を改めて世に喧伝することで、関わった人たちの古傷をえぐるのが良いかとなるとなかなかに厳しいものがある。いつまで苦しめられなきゃちけないんだって思いもあるだろう。とはいえそうした事件の記憶が風化して、捏造だなんて言われてしまうと存在はいつまでも記憶されるべきだといった意見もある。あの南京事件ですら捏造と言って断じ731部隊の存在も認めない人たちが現にいたりするなかで、風化は存在を消してしまうのに等しいからな。事件は事件として糾弾し人は人としてシステムに翻弄された被害者と位置づけるような切り分けを、出来るようになれば良いんだけれど。

 県営愛知飛行場が自衛隊から離着陸費を徴収しているのは問題だなんて自称するところの全国紙がかき立てて、そんなことはないと愛知県知事が言って防衛省に確認をとって確かに問題はなくってお互いの合意の上でやられていることだといった返事をもらって、ほらみたことかと報じた全国紙に訂正を呼びかけているけれど、応じることなんてきっとないんだろうなあ。愛知県からパージされたところで愛知県でまったく存在を認められていない新聞(それで全国紙なんだから謎めく)が、愛知県から閉め出されたところでダメージはないだろうから。これで愛知県で最大の新聞と記事の相互交換でもやっているなら、少しは影響もあったかもしれないけれお、お互いに主張が正反対で仲は良くなさそうだから関係ないのかも。

 そんな愛知県で最大の新聞は時前でスポーツ紙も出しているけれど、他の北海道とか福岡県で最大の新聞が出しているスポーツ紙のように記事の提供は受けてなかったから、そこでも仲違いしたところで関係はなさそう。問題はそんな北海道と福岡で最大の新聞が、発行していたスポーツ紙を相次いで発行停止にしたことで、そこにニュースを提供していたい自称するところの全国紙にとって、提供料が失われるっていうのはやっぱりそれなりにダメージがあるんじゃなかろうか。あるいは北海道日本ハムファイターズとか、福岡ソフトバンクホークスの記事をもらっていたのが、スポーツ新聞の停止とともに取材も減ってもらえなくなったら、自称するところの全国紙が出しているスポーツ紙に穴が空く。ただでさえ締切が早くて試合経過が最後まで入らない不安も出ている上に、ニュースが薄くなったら共倒れだって起きないとは限らない。どこまで身を削るのか。ちょっと注目。


【10月12日】 「チェンソーマン」については実は漫画をあまり読み込んでいなくてうろ覚えの中でアニメーションの第1話を見ることになったんだけれどもオープニングでよく分からないシチュエーションが重なって、これはなにかと思ったら過去にあった映画の場面をなぞったものだと判明。それはそれでよくやったと感心しつつ本編と何の関係がと思ったらそれも調べていろいろとシチュエーション的に取り込んでいるものがあるらしい。

 米津玄師さんのオープニングもまた作品への理解が半端ないものだそうでそんな愛を向けられた作品が面白くないはずはない。ハイクオリティの絵像と緊張するようなシチュエーションでジリジリとした感情をかきたてられ、そして繰り広げられた血の饗宴にここまでやって大丈夫かと心配になったものの、あれはゾンビであって生きている人間ではないから殺人を見せている訳ではないってレギュレーションも働いたのかもしれない。

 赤くたって人間じゃない奴の血なんだからと行って強行突破したのかな。いくらMAPPAが製作まで請け負ってやっているとはいえ、テレビの電波に乗せるならそこん家のレーティングは絶対にはたらく。それを突破できたということは今のテレビはそこまでやれるってことで今後続く作品の参考になるだおう。

 もう5年は確実に昔からツイったー界隈を漂っている刑務所に収監されている犯罪者に特定の国の外国人が多いといったデマはその度ごとに否定されているから別に今さらと流せば良い物を、今見つけたとばかりに日本ファクトチェックセンターが乗りだしてきては、今一生懸命情報を拡散しているアカウントを晒してこれは間違いだと批判するやり口はやっぱりジャーナリズムとはほど遠い。

 そもそもがデマだと分かっている情報を今さら拡散する相手がそれで引っ込むとも思えないし、デマ事態が完全に撲滅された訳でもなく時を行けばまた湧いて出てくるだろう。その度に否定するかというと今目に付いたからやったに過ぎないそのファクトチェックの選定を、恣意的とすら言えない場当たり読んで差し支えないような気がしてきた。世界的IT企業から大枚をもらい国内有数のメディアを渡り歩いてきた人が監修していてこれではなあ。日本のジャーナリズムの程度が知れると世界に笑われそうだなあ。

 これは嬉しい名古屋テレビ塔の重要文化財指定。昭和29年には建てられていたから僕が生まれた時にはすでに存在していただけでなく、東京タワーよりも札幌のテレビ塔よりも早くに出来たその鉄の電波塔は日本の建築遺産としてはやっぱり貴重きわまりない。たとえ役目を終えたからといって取り壊して鉄くずにして良いわけがないってことがこれで証明された以上、あとはどんな利活用をして寿命を延ばしていくか、それが東京タワーの運命にもかかってくるだろう。333メートルはもはや日本最高であはないし、時代的にも名古屋のテレビ塔より後の東京タワーが重要文化財になるには何が必要か。怪獣に破壊された回数かなあ。数えた日とはいるのかなあ。

 兵庫県の明石市長が任期満了で政界引退を決めたとの報、その取り組みから辞めないでって声もあがっているけれど、前に暴言を吐いて出直し選挙をして再帰した人間がまたしても市長にあるまじき暴言を吐いて選挙で落とすとと脅かして、人間として許せる方が間違っている。それで辞めるなら自民党だってもっと辞めなくちゃいけないという声には、これで辞めさせなければ自民党だって辞めさせられないと言っておこう。良い施策は次にそれをやってくれる人を選べばいいだけの話。2度目の失敗を善政でチャラにするようなことを許していけない。


【10月11日】 日曜日にDAZNで見ていたF1は途中で大雨が降ったせいか赤旗中断となっていたのが再会となって水しぶきを上げながらF1マシンがしのぎを削る展開に。フェルスタッペンはずいぶんを先を行って楽々優勝が見えていた一方で、ルクレールとペレスによる2位と3位が1秒以内で順位を競い合っていて抜くや抜かざるやのバトルを楽しむことができた。鈴鹿サーキットは決して抜きどころがないサーキットではないけれど、それでも雨が降った後だと水たまりなんかもあって無理はしづらいのか大きくコースを踏み外さないバトルをしていた感じ。

 それでも、ラストのシケインであまりのプレッシャーからか、あるいはもはやタイヤが保たなくなっていたからか、前を行くルクレールがショートカットをしてしまい、3位のペレス選手が繰り上がって2位となった結果、フェルスタッペン選手に誰も追いつけなくなってシーズンチャンピオンが確定した。鈴鹿で決まるチャンピオンは健在ってことでなのかも。そんな鈴鹿サーキットになぜか岸田総理が来ていたけれどいったい何を見たかったんだろう。EVでもないガソリンエンジンのF1の会場でアピールすることなんて何もないのに。ただ見たかっただけ? それもそれで小さいなあ。

 声優の近石真介さんがなくなったとのこと。何を置いても「サザエさん」のマスオさん役で知られていて、放送が始まってからこちらがアニメを見るようになっていたあたりまで、ずっと近石さんだったからイメージが脳裏に染みついている。ちなみワカメちゃんは2代目にあたる野村道子さんが全盛かなあ、カツオは高橋和枝さん。そんなガチガチの布陣を少しずつ入れ替えながら続いているところが「サザエさん」の凄さか。でも加藤みどりさんだけは入れ替え不可能な気もするんだけれど、それもいずれはとなった時が果たして終わりの始まりか。気にしていよう。


 あと生で見たプロレスは新型コロナウイルス感染症の影響で声を出しての声援が贈れないため全員が拍手をするんだけれど、その相手が反則を仕掛けている選手なのかそれで苦しんでいる選手なのか分からないところがあってちょっと迷う。声で名前を言えば分かるところも拍手では通じないならあらかじめ、選手ごとに拍子を決めてAならパンパン、Bならパパパンといった分け方でどっちを応援しているかが分かるようにしないと、戦い全体がひとつの演劇的な出し物として捉えられているように見られそう。ただでさえパントマイムに近いところがあるから。

 マイナンバーカードに運転免許証やら保険証やらを載せる動きが進んでいるようで、結構ヤバい情報も入っているカードだからなるべく持ち歩かないようにしようってことだったのがどんどんと変わっていてどうしたものかと頭グルグル。普及させれば何か良いことがあるんだろうかとしたか思えないけどそれなら給料をもらうなり税金を支払うなりといった行為で必要とするだけで普及するんじゃないかなあ。それなら使って年に1回だから安全性も守れるし。本当に誰が考えているんだろう。いっそだったらドライバーとか栓抜きとか定規とかルーペとかも付けて欲しいなあ。それなら持ち歩くぞ。


【10月10日】 とある自称するところの全国紙がいわゆる為にする記事ばかりを書くのは知られた話だから愛知県にある前は名古屋空港だった愛知県立小牧飛行場が自衛隊から離着料をとっているのはケシカランという今さらな記事にも裏があると思っていたら、案の定愛知県の大村知事があれは本来だったら国が管理するべきものなのに、愛知県に押しつけておいてそれでいて自衛隊にはそのまま使わせるようにした関係で自衛隊から、というより国から整備費だとか運営にかかる費用を出してもらっているだけだといった反論が出ていた。

 愛知県が引き取らなかったら国が自衛隊の基地として運用したかもしれない可能性はあって、それでは周囲に悪影響があるから愛知県が名乗りを上げたとしたなら押しつけられたといった言い分は違ってくるけれど、当時の知事が自民党寄りだったことを考えるなら面倒を押しつける代わりに費用は少しは国も負担するよといった話だったことは類推できる。それを自衛隊から金をとるなんてナニゴトかと憤るのだとしたら、いやいや仮に国が管理したままだとしたらそれは国が管理費として支払う訳だから、自衛隊が愛知県に払うのと結果として同じになるだけだと言えば果たして通用するかとういと、世の中のライティな人は自衛隊様から金をむしり取るとはナニゴトかといった反応になってしまうのだった。やれやれ。

 今日も今日とて家にいたら寝てしまうので早くに出かけて茅場町のVELOCHEでしばらく原稿書き。適当な時間になったので秋葉原に出てパンチョにでも入ろうとしたけれど、行列ができていたのでしばらくぶりのモダン食堂に行って唐揚げ定食を食べて変わらない味に満足する。値段も変わってなかったなあ。頑張ってるのかもしれない。そして両国へと回って両国国技館に並ぶ行列を監察してから、ドトールでやっぱり原稿書き。そして時間になったので両国国技館に入って新日本プロレスの大会「超実力派宣言」を見る。

 前に新日本を見たのがまだ名古屋にいたころか、それとも東京に出て来て見たのか、はたまた今まで見たことがないのか覚えてないけれどもそんな新日本プロレスを立ち上げて引っ張って世の中を騒がせたアントニオ猪木さんが亡くなって、最初の国内での大会ということでこれは何かあると思って行ったらやっぱり冒頭に追悼の10カウントが行われ、坂口征二さんが遺影を持って立ちリングアナウンサーの田中ケロさんが耳に慣れたあの声で、猪木さんの名前をコールしてくれて気持ちが1980年代の新日本プロレス全盛へとタイムスリップする。

 リング上では追悼に関連して猪木さんが新日本プロレスの終身名誉会長に9月1日付けで就任していたことが発表され、本来だったらこの両国国技館で公表されるはずったのが亡くなられてしまったとのこと。ちょっと残念。そして2023年1月4日の東京ドーム大会が猪木さんの追悼大会になることも発表されたけれど、カードについては未定なので果たしてスタン・ハンセンやタイガー・ジェット・シンやハルク・ホーガンといった猪木縁の海外レスラーは参加するのか、藤波辰爾や長州力や蝶野や武藤や藤原組長といった猪木直径の弟子達の登壇はあるのか等々、今から興味が尽きない。試合はしなくても良いから立って欲しいなあ。

 さて久々に見た新日本プロレスは歓声をあげられない中で手拍子を浴びながらレスラーたちがパントマイム然として見せる動きに結構見入る。昔とった何とやらでプロレス的なムーブはだいたい分かってどこでどうなりそこでそうなり結果として何が起こるかあたりまでは想像できるんだけれど、そんな道筋をそれぞれが工夫をして戦い引っ張っていってくれるから見ていて飽きない。大技が得意だったり小技を小さく繰り出したりリングの外でのバトルで喜ばせたり。様々な展開を織り交ぜながら4時間近くを飽きさせないのはそれだけ根付いたものがあり、また今の観客を楽しませたいという意識があるのだろう。だから新日本プロレスは今も隆盛を保っているのかも。その勢いが猪木さん亡き後も続くことを願おう。


【10月9日】 日本ファクトチェックセンターが立ち上がってさあ、ネットでも高い影響力を持ちながらデマばかりを垂れ流すジャーナリスト氏だとか通信社の元政治部長だとか美容整形外科医だとかいったインフルエンサーを糾弾してくれるのかと思ったら、誰か得たいの知れない反ワクチン的なことをずっと言っていたらしい人が、世界的に銀行でカードが使えなくなるとかいった話をツイートしていたのを取り上げて、これはデマだと認定してファクトチェックで御座いとやっていたのに愕然とするというか呆然とすると言うか。

 どうやら対象となっているらしい話はイオン銀行のシステムの入れ替えに伴うものらしく、そのことについてイオン銀行に聞いてどういうことなのかを紹介したのは良いとして問題はチェックしたファクトが本当にイオン銀行のことなのか、それとももっと深淵なる陰謀があるのかをツイートの主に聞いて確認していないこと。ジャーナリズムだったらそこでどうしてそんなツイートをしたのかを聞いてエビデンスを探り、そして言っていることがイオン銀行のことなのかも含めて確かめた上で記事にする。それがファクトチェックだと勝手にこれかもしれないと決めつけて、それについては間違った話だと言ってしまっている。

 およそファクトのチェックにすらなっておらず、ジャーナリズムとするならまったくもってなっていない記事をファクトチェックしましたといって掲げてしまって本当に日本ファクトチェックセンターなのか、グーグルとヤフーから大金を得て新聞記者出身の人を編集者に迎えて運営している組織なのか。デスクだったら確実に没にしそうな原稿を、元朝日新聞の記者らしい人が監修して通してしまっているのだから不思議というか奇妙と言うしかない。

 あるいは日本ファクトチェックセンターは外形的に合っているか間違っているかしか判断しないのか。だとするなら沖縄で座り込み3000日という看板も辞書的な意味合いでは座り込みを続けていないから不正確だと言うのだろうか。そっち方面について突っ込まずインフルエンサーにも触れず当たり障りのない話を掘り出し白黒付けて仕事をしたフリをする日本ファクトチェックセンターが果たしていつまで持つものか。そこでインターンをした人の将来も含めて心配になって来た。名前、出ちゃってるものなあ。

 家にいたら寝てしまうので起き出して電車にのって立川まで行ってそこで原稿を書きつつ映画を見る。その前にウインズのそばにあるスパゲティ屋でミートソースのベーコン乗せをお昼ご飯に所望。やっぱり美味しい。映画の方は前日の「僕が愛したすべての君へ」の裏表の関係になる「君を愛したひとりの僕へ」で、佐藤栞という少女といっしょに育った少年がそれぞれの母親と父親の結婚によって兄弟になってしまい結婚できなくなってしまうのは嫌だとパラレルシフトをしたら栞の方だけ肉体が滅んでしまって魂めいたものが交差点に釘付けになってしまったという展開。少年はそれを解放するため一生懸命勉強をして研究を続ける。

 そこに同級生だけれど交流のなかった女子が来て一緒に研究に取り組んだ結果がどうなるかというのは「僕愛」でも描かれていて、そこでくりりと輪になるというか凸凹が重なって全体の世界が見えてくる。なおそうやって生まれた栞の新たな運命はスピンオフとして描かれた「僕が君の名前を呼ぶから」に描かれているんだけれどそれは映画にはならないかなあ。とりあえず見どころはまだ幼い栞が暦をパラレルシフトさせようと装置を操作する際に、両手を挙げて指を伸ばして2本の指でかちゃかちゃとPCのキーボードを叩く場面。ちょっと可愛い。でもそんな無茶やってよくもまあ無事にパラレルシフトができたものだ。あるいは暦の体質によるものなのかも。栞が立ってた交差点は夏に大分に行った時に多分通ったけれど、よく覚えていなかった。もう1回くらい行ってみようか。


【10月8日】 「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」の放送と配信が始まって、すでに劇場では見られた第1話が明らかになってそのアバンギャルドな展開に、ドライビングスクール=自動車運転教習所ではなく交通刑務所だろって意見がわんさかと出て来た。劇場で見て感じたことをやっぱり誰もが感じたみたい。これで単純に自動車教習所でモルカーたちが運転の仕方を学んでいく狭い物語ではなく、それこそ「女囚さそり」や「網走番外地」や「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」みたいに牢名主がいていびられたり、脱獄を企てたりするような展開が期待できそうで楽しみ楽しみ。

 気になるエンドクレジットで気づいたのは製作プロデューサーとして上田陽子さんが立っていること。「PUI PUI モルカー」の1作目はシンエイ動画がスタジオとなって見里朝希監督が作った作品を展開したけれど、今回プロダクション・アイジーの人でIG作品なんかに名前も出ている人が関わっているってことは、現場もシンエイ動画ではなくIGの関連になっているのかもしれない。というか見里監督がWIT STUDIOで新作を作っていることもあるので、その絡みでIGグループが全面的にバックアップして、小野ハナ監督とかアニメーターの当真一茂さんが所属するUchuPeopleを支えて作っているってとになるのかな。なかなか複雑。

 いやあ参った。愛知県の元青少年後年で2005年の愛・地球博開催行こうは愛・地球博記念公園となっている場所にジブリパークが出来ることに関連して、園内にメイの帽子とトウモロコシだとか、お金が入った袋だとかが置かれたベンチが15台ほど設置されて良いフォトスポットになりそうだと話題になっていたら、愛知県立大学の准教授の人がこれは排除アートだと騒ぎ出して全方位的な突っ込みを受けている。

 排除アートというのは公共の場におかれたベンチなんかに仕切りが設けられたり、ホームレスの方が寝るのに良さそうな場所に凸凹としたオブジェが置かれて寝られないようにするといったアートを表す言葉だけれど、少なくとも愛・地球博公園は夜には閉まる場所であり、また名古屋の市街地から遥に遠い丘陵地帯に作られていて寝ようが走ろうが自由自在。そんな場所に敢えて排除アートなんて置く意味はなく、従ってベンチもオブジェでありフォトスポット以外の意味なんてもたない。

 なのに県立大の准教授の人は退かず一種思想としてこれは排除後であるといった主張を曲げようとしない。県立大が愛・地球博記念公園のすぐそばにあって当地がどのような場所か分かってそう言っているあたりに何がそこまでこだわらせているのか、分からないけれども偉い人によくある言ったら引っ込みが付かなくなってしまった一例なのかもしれない。もちろんこれが公共の場所、人通りが多い街中の公園に置かれれば排除アートと誹られて当然だけれど、そうした可能性を想起させるから作っちゃダメというなら、ベンチは遍く平坦な座面を持ったものにしなくてはならないってことになる。それは表現の自由、アーティストの心の自由にもとる行為であるにも関わらず、言い続ける人の何が心を支えているのか。気になるなあ。

 舞台挨拶付きの上映を両方申し込んだものの当たったのが片方だけだったので必然的に「僕が愛したすべての君へ」から見ることに。原作は読んでいるけど忘れていた部分も多かったのでこれが栞という少女を交差点から救い出すというひとつの目的を持った誰かの行為のサブプロット的な位置づけにあることを思い出させてもらいつつ、パラレルシフトする生活において起こる可能性って奴を想像させられる。子供が死んでしまうか生きているか、祖父が死んでしまうか生きているか、そんな差が個々人には決して小さくない影響をもたらすことが分かってジンと来たけど、それよりやっぱりデコの広めなメガネの秀才がキンキンと突っ込んできてくれる展開が最高だった。説明の多い物語でもそれを聞かせる手腕が良かったのか見入って聞き入って寝なかったあたりもグッド。あとは「君を愛したすべての僕へ」を見て裏側で何が起こっていたのかを確かめよう。


【10月7日】 ホテルで夜中まで何か仕事になりそうな中国のアニメを見つつ寝つつ朝起きたら朝になっていたんで、買い込んであったパンを食べてそれから市電に乗って南富山へ。前に乗った時よりも時間が早かったためかやたらと込んでて普通に乗れず降り口から乗ってぎゅうぎゅう詰めのラッシュを久々に経験する。女子高生とかもいたけど女子高生しかいない感じ。富山駅のコンコースにもベンチがあって女子高生がよく座っているけれど、富山って男子高校生がいないんだろうか。それはそれで素晴らしいんだけれど。

 南富山から少し歩いて待ち合わせ場所まで行ってそこから立山町にある取材先へと一緒に行く途中、ホテルにICレコーダーを忘れてきたことに気づいたけれどもこれもiPadで代替できるから後で取りに寄ろうと安気に構える、最近はどうもイライラくよくよしなくなったなあ。あとiPad万能。iPhoneでも同じだけれどなるほど書き物さえしなければPCを持たずスマホだけダブレットだけで生活する人が多いわけがちょっと分かった。大きめのiPadに変えてキーボードもつければ十分だよな。でも書く量が違うのでやっぱりPCは大事。そろそろ次のに置き換えるか。

 とか思っていたら取材先についたけどどうやら取材するはずだった相手が急用とかでいなくなってて愕然とする。また来ますと気軽に言える場所でもないからちょっと困ったけれど、そこは残っていた人から話を聞いて記事を作り上げると決めていろいろと話を聞いて終わって南富山駅まで戻って市電にゆられてホテルのある場所まで行って、忘れていたICレコーダーを受け取って富山駅で今回はちとせのますの寿司を買って新幹線で家まで戻って、コロッケといっしょにますの寿司を食べたら美味しかったので万事快調、無事是名馬ってことで。書き物の仕事は明日明後日頑張ろう。

 3000幾日か座り込みを続けてますって日付を記した場所に行って写真を撮って誰もいないとツイートしたひろゆきに非難囂々。ちゃんと毎日それなりに人が行って座っているのにと行ったら座り込みというのはずっと座っているから座り込みなんだと辞書に書いてあるじゃんと反論されて喧嘩になってなかなかの修羅場感を醸し出していた。もちろん座り込みを続けている人たちのなぜそこまでしなきゃいけないのかといった思いを汲めば、冷笑を浴びせるような所業は人道にもとると言える。

 けれども抗議活動を3000幾日続けていると主張したって何ら減じることのないその理念を、座り込み3000幾日という表現にこだあって小馬鹿にされる必要もないと思えないことない。どこか外見にこだわり理念にすがりついて苦笑を買うことも多い“活動”をもっと実態に寄り添ったものにして共感を誘うものにするきかっけとすることも必要な気がしないでもない。米軍基地が沖縄の多くにいまも存在している問題は実際にある訳で、それを解決にもっていくために必要な賛同者を分断からの引きこもりで失うのは勿体ないから。それでひろゆきも退散して二度と出てこなければ更に良いのだけれど。

 「令和のデ・ジ・キャラット」がスタートしてワンダフル版のノリが23年ぶりに戻って来た感じがして心が躍る。まだ14歳だった頃の沢城みゆきさんが演じて最高だったぷりこが当時とまったく同じ声と演技で蘇って流石とうか素晴らし過ぎる沢城さんの演技に感嘆する。あれで峰不二子のような悪女も演じてのけるんだからなあ。どうなっているんだろうその声帯。でじこはでじこで前のまんま。そして二代目のでじこになりながらフェードアウトした明坂聡美さんがブロッゴスとして復活してこれはなかなかの配慮で嬉しい。ならば二代目のぷちこを演じたみなかみ菜緒さんにもここは是非に復活を。


 【10月6日】 2000年に行った大道芸ワールドカップin静岡は、街路に人がぎっしりと集まってパフォーマーたちの芸を取り囲んで見ていたり、駿府城の中にあるステージめいた場所でパフォーマーたちが世界中から集まって芸を披露していたりしてまさしくワールドカップといった華やかさがあった。テレビ番組にも出ていた雪竹太郎さんが街中でアート作品に早変わりする芸を繰り広げていて流石に慣れたものだと思ったし、ストレンジフラワーとかいったユニットが空中をゆらゆらしていたりして、芸の広さと凄さって奴を間近で目の当たりにできた。

 世界の至芸を持ってきて見せてくれるイベントとしてこれは新しいと持ってから今年で22年。どうやらその間に大道芸ワールドカップは揺れに揺れていたようで、国内パフォーマーにはギャラを支払わないなんて無茶がまかり通りそうになってそれを懸命に差し止めたものの新型コロナウイルス感染症の影響もあって開催が見送られた果てに、ノーギャラに立ち上がって運営に携わった人たちが排除されてまったく新しい実行委員とそしてプロデューサーによって仕切られどうにか開催にこぎ着けたと思ったら、そのプロデューサーが外国を差別するようなことを言って大騒動になってプロデューサーは解任さて実行委員長は辞任と崩壊してしまっていた。

 開催すら危ぶまれてる状況ではあるものの残り1カ月の状況で中止はさすがに刻。幸いというかそれが目的だったというかすべて国内からのパフォーマーによって固められた出演陣をしっかりとケアして招きパフォーマンスを行ってもらえさえすれば形は付くものの、その後の運営をどうするかでやっぱり問題が浮上してきそう。静岡市は外に丸投げして外は情報を公開しない不思議な体制をガラガラポンして海外を遇し国内も敬いつつ観客にも楽しんでもらえるイベントに持って行けるのか。せっかく根付いたイベントを壊すもったいなさは文化庁メディア芸術祭でかんじているだけにここは慌てず焦らずじっくりと来年に向けて動いていってもらいたい。どこでだってやれるのが大道芸。それを許す環境を作るだけでもとりあえず良いから。

 6日か7日にあるらしいオンラインインタビューが6日になってもまるで決まらない中を、とりあえず7日に取材がある富山へと移動して早めにホテルに入れば、そこからオンライン取材も可能だと思って午後1時にチェックインできるよう手配をし、午前7時に家を出て東京駅から新幹線に乗ってさあ仕事でもと鞄をかえたらパソコンが入ってなかった。どうやら家に置き忘れてきたらしい。いつもそれでオンラインインタビューもしているからちょっと困ったけれど、接続だけならiPadで出来るからいいやと楽観して富山駅へと到着し、駅にある大喜でそこが元祖らしいブラックラーメンを食べたらやっぱり辛かった。とびきり塩辛いんだよなあここんちのブラックラーメンは。

 その後は創業者の思想は苦手だし社長のご尊顔もなかなかだったりするけどアメニティはそろってる駅前のアパホテルヴィラリゾートに入ってさてオンライン取材はあるのかと尋ねたら、どうやら6日も7日もなさそうだといった感触が来て午後にやることがなくなってしまった。かといって出歩こうにも外は曇りから小雨模様だったので、せっかくデカいベッドがあるのならと横になったらもう夕方。起き出して今度は一心というラーメン屋に行ってブラックラーメンを食べたけれども黒くなくって普通のラーメンっぽかったというか、大喜のが特別にやっぱり辛いってことが分かった。

 ホテルに戻ってラムちゃんのクリアファイルをもらうために買い込んだ菓子をかじりつつノーベル文学賞のニュースを見ていたら、早川書房から翻訳を出しているアニー・エルノーが受賞者に決まったようでいつかのカズオ・イシグロといいその他の物理学賞とかいろいろな受賞者の翻訳も出してその都度に儲ける早川書房の引きの良さに感心する。これならいっそ村上春樹さんも英語で本を書いて海外で出してから、その翻訳版を早川書房から出せば受賞するんじゃなかろうか。翻訳は村上春樹さんがやれば文体もそっくり村上春樹さんになるから完璧だし。だったら日本語で書け? それじゃあ早川から翻訳書を出せないじゃないか。それが重要。それこそが重要。


【10月5日】 津原泰水さんが亡くなられたとの報。文化庁メディア芸術祭で近藤ようこさんが漫画を描いた「五色の船」がマンガ部門の大賞を受賞した際に、原作者としていっしょに受賞されて発表会見とか、受賞作品展に来られていたのを見かけたことがあった。まだ8年とかそれくらいしか経っていないんだけれど、その間に「日本国紀」をめぐって幻冬舎の編集者を縁を切って文庫化を早川書房で行ったというなかなかの傑物。ネットでの“活躍”も目にしていただけに急な訃報には驚いた。とはいえどうやら体を壊されていたとのこと。歳も近いだけに思うところも大きく我が身とは比べものにはならない損失と嘆きつつ、我が身の大事も考えよう。合掌。

 本を読もうと電車に乗って中野まで行ったあたりで、頼んでいたポケットWi−Fiの新しいのが配達されそうだったので、とって返す途中で1冊読み切ってなるほどMRが一般化した世界を描くとこうなるのかと納得する。「PSYCHO−PASS サイコパス」もある意味でMRが発達した世界だけれどあそこまでユートピアでディストピアとなる前の世界といった感じ。あれに個人の性格分析が入るとシビュラシステムになるんだろう。もっともシビュラシステムはAIでは(以下略)。そんな世界観だけに「PSYCHO−PASS サイコパス」の脚本を書いた人がノベライズしたのは正解ってことで。「レベルロボチカ0」。面白いです。

 買えるとちょど届いていたポケットWi−Fiを受け取ってSIMを差し込んでセッティングして換装を完了。最初のeモバイルの頃から使い初めて3台目だけれどその間に小さくなるどころか逆にデカくなっているのはそれだけ電波の威力が増して電池の減りが早くなっているからなんだろうか。最初の機種だって2台目だって1日近く保っていた気がするけれど、だんだんと使えなくなっていった。というか2台目を使っている途中でフリーになって家の外で電源に差さないで使うことが多くなったから減るのも当然か。最初のは電池を倍にして使っていたけど2台目はそういう反則が使えなかったし。

 それにしてもデカいというかほとんどスマートフォンくらいのサイズがあってなおかつ電池がデカいので重量感もなかなか。250グラムくらいあるんだっけ、食べればステーキならお腹いっぱいになるしハンバーグならビッグサイズだ。まあポケットに入れて使うなんてことはないから重くても良いんだけれど。前は最高で4Gだったけれどこれは5Gでも使えるからありがたい。とはいえ普段は無制限のアドバンスモードで使うから速さはあまり関係ないか。ただ電波の放ちが良くなった感じはあって遠くに置いていても途切れることはなさそう。明日から出張。そこえも使えるかを試したい。

 ようやくやっと「輝度運戦士ガンダム 水星の魔女」のテレビ放送での第1話にあたる第2話を見る。なるほど「少女革命ウテナ」と騒がれた理由も分からないでもないけれど、その凸凹としたスレッタとミオリネの関係は、どちらかというと「けものフレンズ」のキタキツネとギンギツネ的というかアライさんとフェネックみたいな関係なんじゃないかと思ったよ。今は概念として「百合」という言葉が取りざたされていて、そのタームのレッテルが貼られると女の子2人組の関係はその概念によって一色に染められてしまう。でも女性2人の関係はそんなに1色に塗りつぶせるものではない訳で、その視点だけで見るのも寂しい話。決めつけずに見ていきたい。

 それにしてもポンコツに見えてスレッタは、あれで過去に父親を殺害されて母親ともども逃げ出した過去がある訳で、その怨みめいたものを晴らすような意図だってきっと心のどこかに持っているだろう。単純にお上りさん的にモビルスーツ学院じゃなかったアスティカシア高等専門学園に入ってきた訳ではなさそうで、誰も見たことがなガンダムを引っさげていながらすんなりと通ってしまうあたりにいろいろと事情も隠れていそう。それが暴かれ本性が露わになっても百合と言えるかどうかってところ。ミオリネは単純明快なお嬢様。それがどう変わっていくかも楽しんでいこう。


【10月4日】 そして気がついたら角川歴彦さんが起訴されてそしてKADOKAWAの会長職を降りていた。ご本人は容疑を否認しているけれども起訴となったらその白黒は裁判所で着けることになるため宙ぶらりんの状態でトップにいるのはやはりガバナンス的に宜しくないという判断なんだろう。角川春樹事務所の角川春樹さんのように自分で作った会社だったら職責は保ちつつ裁判を戦い負けたら収監もありだけれど上場企業でトップが刑事事件の被告ではやっぱり差し障りがあるってことなのかも。

 なんだかんだいっても会社をここまで大きくした立役者の退任でKADOKAWAというグループのある意味で“象徴”がいなくなってしまう訳で、文化人にも顔が利き財界人ともやりとりができる人が残った中にいるかというと、現在の社長の夏野剛さんではちょっと文化に足りなさそう。そこをカバーできる誰か長老を連れてきて代表権はないけれども会長職に就けて引き締めを量るなんてことがあるのかどうかが目下の関心事。佐藤辰男さんとか戻って来て欲しいけれど歴彦さんに近すぎるからそれはないかなあ。明日にも会見するそうなんでその結果に注目。

 大手町界隈で記者発表かいがあるんで家を出てさて昼食でもと東京駅の北口にあるビルの地下のゴーゴーカレーに逝こうとしたら隣の東海銀行と朝日生命が大昔に入っていたビルもろとも囲いに覆われ建て直しが始まっていた。それ以前は洋食屋なんかもあって時々のぞいていたビルだけに思うところも結構あったり。そうやって建て変わったビルはシン・ゴジラに粉砕されることになるんだけれど、そうなるためにも建て替えられなければならないんだろう。歴史は変えられないから、ってシン・ゴジラは歴史なのか。本当にやって来るのか。そのためにも建て替え実行。

 仕方が無いのでJRの高架下にあるロメスパの店「ボーノボーノ」に入って塩味のパスタを大盛りでかきこむ。ぷるぷるとした食感はなるほどロメスパ、茹でたのを取り置いて油で揚げた感じがしてB級に巧い。大手町ビルには元祖的な「リトル小岩」があっていつも行列ができているけれど、「ボーノボーノ」はそんなことはなくひっそりと、それでも僕が大手町に通っていた頃からあるからもう6年くらいは軽く営業をしている感じでよく頑張っているといったところ。コロナで大手町界隈から人が消えても耐えたんだなあ。オムライスもメニューにあるけどまだ頼んだことがないので次はそっちを食べてみよう。

 大手町にあるスターバックスはどこも賑やかだったので、地下にあるタリーズに入って少しばかり仕事をしてから「ゲーム障害に関する全国調査報告書」の発表会を見物する。ゲームメディアがわんさか来ている感じではなく、なぜかスポーツ新聞が来ていたのはPRの方面がそっちに限られていたからなんだろうか。ITメディアとかねとらぼとか4Gamersとか電撃オンラインとかファミ通オンラインなんかいたっけか。記事も出てないし。ちょっと不思議。

 調査内容は極めてアカデミックでなおかつサイエンティフィックというかWHOの規準なんかを参考にしつつ設問を作って当てはまればゲーム障害の疑いがあるといった感じに規定していくやり方で、障害があるとはいわず疑いがあるといった可能性に留めつつこれからも調査する必要があるといった感じで結論めいたものを断定していないあたり、CESAあたりが支援する形で行った調査らしさが感じ取れる。もちろん業界の意向を受けて障害なんてないとも言わず、子供にとって2%の疑い率でもやっぱりそれなりに大きいから気をつけましょうというあたり、ゲームと生活とのよりよい関係を模索するものと言えそう。

 相関関係はあっても因果関係があるとは言えないといったところも重要で、そこを調査する必要を改めて指摘することでゲームを批判したがる勢力にのるということはない、科学者であり研究者らしい冷静な判断が行われていた感じ。面白いのは疑いがある大人は疑いのない大人よりもゲーム時間が3倍くらいになっていたことで、まあそりゃそうなんだけれどそれが何か問題かというと1週間に28時間くらいで1日4時間なら行き帰りの電車と朝夜でこなせそう。とはいえ起きていて16時間しかない1日のうちの4時間はちょっと長いかなあ。やっぱりゲームは1日1時間ってことで。


【10月3日】 ICAF2022の会場で買って来たパンフレットをめくってアニメーション制作会社の広告がいっぱい入っているのに驚く。短編アニメーションを作っているファンワークスやCGアニメーションを作っているポリゴンピクチュアズなんかは以前からこうしたインディペンデントな学生アニメーションを支援していたけれど、カタログにはカラーがいたりシンエイ動画がいたりボンズがいたりWIT SUTUDIOがいたりスタジオコロリドがいたり日本アニメーションがいたりと大御所から新鋭までズラリと並んでいたりするのはそれだけ学生アニメーションの世界に目を向けているからなんだろう。

 去年のアニメーションシーンで話題をさらった「PUI PUI モルカー」の見里朝希監督も学生アニメーションから出て来た人だし、WIT STUDIOで「とつくにの少女」のアニメーションを作った久保雄太郎さんと米谷聡美さんもやっぱり学生アニメーションの出身。商業にそのまま使うとうより持ち味を生かして短編だとかPVだとかCMだとかいった作品を作ってもらう戦力として、学生アニメーション出身のアニメーション作家を発見する場としてICAFを意識し始めているのかもしれない。スカウトされてスゴイ作品を作る人よ出よ。それこそ石田祐康監督とか吉浦康裕監督のように映画で注目を集めるくらいに。

 「サマータイムマシン・ブルース」の登場人物がよくもまあぴったりと「四畳半神話体系」にハマったものだと思わざるを得ないと、後から調べて思った「四畳半タイムマシンブルース」だけれど、その「サマータイムマシン・ブルース」の方を演劇として観ておらず映画としても観ておらず小説としても読んだか覚えてない身で映画となった「四畳半タイムマシンブルース」を観れば、これは最初から森見登美彦によって書かれた小説こそが原作なのかもしれないと思えてしまうくらい、あの空間あの人物に馴染んで「四畳半神話体系」のテレビシリーズのアニメの雰囲気を思い出させてくれた。

 とはいえ湯浅政明監督の手になるテレビシリーズ「四畳半神話体系」と比べると映画は「SonyBoy」や「ACCA 13九監察課」の夏目慎吾監督だけに、キャラクターは歪まず空間は伸びた縮んだりせず時間も行ったり来たりはしても融けたりはしないでロジックの上で繰り広げられた。タイムパラドックスというロジックこそが重要なSF的アイデアを持ち込んだ作品だからそこで歪みや交錯が起こったら話が繋がらずオチに感嘆もできなくなるから、その意味で湯浅監督作品ではなかった意義もあるような気がする。

 テレビシリーズ「四畳半神話体系」では小津がだんだんと歪み知人で得体の知れない存在になっていったけれど、「四畳半タイムマシンブルーズ」ではお騒がせな隣人といった感じで最後まで物理的な意味での常識の範疇で動いていた感じ。明石さんはポンコツ映画を撮っているという設定になって愛らしさと生真面目さの中にポンコツな感じが混じってよりいっそうの魅力的な存在になっていた。声の坂本真綾さんも愛くるしかった。あのポンコツぶりを味わいに何度も映画館に通いたくなった。

 浅沼晋太郎さんの神谷浩史さんっぽさは「四畳半神話体系」の頃と変わらず生き生きとしていて楽しかった。「ツルネ−風舞高校弓道部−」の滝川雅貴はもうちょっとやさぐれた感じの大人っぽい感じになっているからいろいろと汎用性の効く人なんだなあ。樋口氏は「四畳半神話体系」の頃の藤原啓治さんが「夜は短し歩けよ乙女」で中井和哉さんになってそのまま引き続き樋口氏を演じて役にしていた感じ。羽貫さんの甲斐田裕子さんははっちゃけてた。インボイス反対の活動で頑張りつつこうやって姉御っぷりを魅せてくれる声優さんは偉大だ。

 名古屋観光ホテルといったらホテルナゴヤキャッスルと並んで名古屋では老舗のホテルで格式も最上。それなのに宴会場のダブルブッキングをして演歌歌手のディナーショーが前日に中止になるような不始末をしでかしたのはいったいどこに問題があったんだろう。予約をしたつもりがされていなかったという話だけれど、主催者がポスターを作り募集をかけていた以上、当然に宴会場での接遇についてもホテルと事前に打ち合わせはしていただろう。そこで宴会場の予約がされていないことに気づかないなんてことはあり得ない。あったらそれこそホテルの経営が成り立たない。

 だからやっぱり担当者が他に予約を入れてしまったことを知ってて黙って引っ張って、他の宴会場を紹介しますと言ってごまかそうとしたかといういと、それをやってもやっぱり信用を損なう訳だから報告しないはずがない。だからやっぱり分からない。それともブッキングされたもうひとつの披露宴が何かどうしてもそこでやらなくてはいけにないプレッシャーの強い案件だったんだろうか。それも含めて今後明かされていくとして、名古屋観光ホテルとしても今後の営業に関わるんだろうなあ。だからといってホテルナゴヤキャッスルに行くかというともはや運営が同じだったりするんだようなあ、興和系。どう取り繕うんだろう。


【10月2日】 原稿を読む仕事をどうにかこうにか切り抜けたので国立新美術館で今日まで開催のICAF2022へ。学生選抜も観たかったけれど時間もないので多摩美術大学と東京工芸大学のプログラムだけを見て何か面白い作品なり興味深いクリエイターを探す。まずは多摩美大。逢編いさむさんという人の「object」という作品はラフな線で造形をしつつエフェクトの効いた動きを描いてスタイリッシュな作品に仕立て上げていた。ボカロに添えるPVとかで観る絵柄。というか実際に活動をしているみたい。

 大塔愛結実さんの「5点のわたし」はテストで5点しか取れないから自殺した少女が女神によっていろいろなものに転生させられる話でタイミングよく展開していく流れに味があった。鈴木紗英子さんの「Friend Ship」は丸顔の絵本みたいなキャラクターが交流する様が描かれて完成度が高かった。片山風花さん「よもやま短編集」はファミレスめいたところに集う人たちが力士がいたり同物がいたりして賑やかで可愛かった。

 完成度の高さだと福地秋津さんの「街灯と猫」で捨てられて街灯の下で育った子猫が切れてしまった街灯を心配して街の灯りを付け替えていた人のところに走って訴えるストーリー。絵柄も良ければ動きもしっかりしていて完成度が高い。東京アニメアワードフェスティバルのYoung Powerに出て来たって不思議はない気がしたけれど、それは別の人の作品だったからあるいは完成度が高すぎて尖った方へと道を譲ったのかもしれない。今は何をしているんだろう。アニメーション会社に入ったのかそれとも上に進んだのか。

 塚本莉菜さんの「loveome」はある意味でLGBT的な日常を切り取ったものに見えたけれども東京工芸大学のヨウ・マゼンさんによる「さくらはわたし」もそうなのか、キャラクター的には違うのか分からなかったかものの盲目の人とヤンキーとの交流が美しい歌に乗せて描かれ惹きつけられた。九々穂さん「白昼夢をみていた」は愛らしいフォルムのキャラクターが人を刺したり小舟で食らい海に出たりと内奥を感じさせるものになっていた。

 クールな絵柄とアクションで魅せたのか河野友紀さん「アカイクツ」で屋上で見つけた赤いハイヒールに履き替えた少女が踊ると覆面の男に襲われ足を切られても血で生やして戦うという戦闘美少女物。枚数をおさえつつタイミングで動きを表しエフェクトと見せ方で迫力を出していた。巧いなあ。やっぱり商業のアニメーターになったんだろうか。逆に國正生吹さんはやっぱり絵本のように完成度の高い絵柄で子供が烏に導かれ不思議な世界に行くストーリーを描き出していた。そのまま「みんなのうた」になりそうな完成度。今は何をしているんだろう。

 宗雪由佳さん「めざめ」も降り散るさくらの花びらの下にいる女性を描いてしっかりと魅せてくれた。5美大に入らない学校なのに東京工芸大、アニメーションだと優れた人材を送り出していたりするからいつも見逃せないのだった。卒業制作展に行けば観られたんだろうけれどコロナで一部にしか公開してなかったみたいで今回は観られていなかっただけにありがたい。今年度はちゃんと開催して欲しいもの。ほかの学校も観たいけれどもせめて選抜に入った作品と作者くらいは追っていこう。

 そうした学生アニメーションの世界から割といっぱい人を起用していた「ポプテピピック」の第2期が始まったので観たけれど、冒頭の蒼井翔太を使った日アサ的な特撮もどき映像は完成度が高かったものの本編は声優の切り替えこそあったもののスペースネコカンパニーが大半とあとAC部が手掛ける同じような映像が続いてカオス感があまり出てなかった。松田K子さんくらい? 山下諒さんが今回は出ないと泣いてるツイートをしていたけれど黙っていてひょろりと出てくるかもしれないので続けて見よう。きっとUchuPeopleも何かやっているに違いない。


【10月1日】 遅すぎるということはない10月1日。とある新聞の会社案内サイトを見て東北総局が仙台支局になって住所も電話番号も消えてメールアドレスだけになり、宇都宮支局も前橋支局も同じようにメールアドレスだけになってこれで東北から北関東から甲信越は水戸支局が残るだけになってしまった。どうしてここだけは残っているのかは元より攘夷のお国柄だけにライティーな主張を持ったとある新聞にとってはおろそかに出来ない場所ってことなのかもしれない。

 その一方で結構な販売網を持っていたという静岡も支局が消えてメールアドレスだけになってしまってあの広い県をどうやってメールアドレスだけでカバーするのか、想像すると夜寝られなくなってしまった。人がまるっきりいなくなる訳ではなく、誰かがおそらくは自宅でパソコンに張り付いて入ってくるメールを見ながら何か書いたりするんだろうけれど、それを駐在員と言わず支局長にもしないあたりに職制をきちんと整えられない財政的な事情めいたものを感じて、何をやってももう遅すぎるのかもしれないと思った次第。次は水戸が消え九州が消えるかな。

 ネットを散策してたらプロレスラーのアントニオ猪木さんの訃報が飛び込んできて、前日の三遊亭円楽さんというか元楽太郎さんに続く昭和的な存在の死没に時代の移り変わりを感じ取る。まあ楽太郎さんの場合は平成になって円楽を襲名したから昭和って感じはあまりしないけれど、猪木さんは日本プロレスから新日本プロレスを作りモハメド・アリ戦なんかをやって1970年代に存在を全国的なものにした昭和の格闘技の象徴的存在。なおかつ1980年代に闘魂路線でプロレス界に一大旋風を巻き起こしてブームを起こした立役者。その頑健さは誰もが認めるところだったけれど、病魔には勝てなかった。

 それをいうならモハメド・アリもパーキンソン病を患い震える手で聖火を掲げる姿を見せつつ既に世を去った。猪木さんと共に日本のプロレス界を引っ張ったジャイアント馬場さんもずいぶんと前に世を去って力道山の直弟子はもはやグレート子鹿さんしかいないというだけに、これでプロレス界もいよいよ新時代へと突入していくことになるんだろう。とりあえず10月10日に新日本プロレスの両国国技館興業があるので見物に行こうかな。木谷高明オーナーが新日本プロレスのレジェンドでありつつ負の遺産も象徴する猪木さんをどのように遇するか。注目したい。

 何かIMAXで新海誠監督の過去作品が楽しめるということで、とりあえずやっぱり大きなスクリーンで観ておきたいと池袋のグランドシネマサンシャインに行って「君の名は。」を観てくる。やっぱり面白い。とてつもなく面白くって最初から最後まですべてを知っていても見入ってしまう。タイミングの切り替えの巧みさは編集の巧さとも重なって全体を飽きさせないところはやっぱり魔術師。その冴えが最新作の「すずめの戸締まり」でもどれくら発揮されているが気になる。今回は隠さず予告編で動く椅子の“正体”まで見せてたりしてストーリーへの見当がついてはいるけど、それでも驚くような展開があってハッとするような映像もあって見入ってしまうんだろうなあ。


【9月30日】 あのGoogleから2年で150万ドルとそしてYahoo!から毎年2000万円を引っ張り出してスタートした日本ファクトチェックセンターに期待されるのは、世に跋扈する政治家を誹謗中傷するようなデマであったり個人を貶めるようなデマといったものに敢然と立ち向かってこの国を真っ当な方向へと向かわせることだと思っていたら、しょっぱなに繰り出してきたのが空を飛ぶ飛行機から流れる飛行機雲に化学物質が混ぜられているとかいった根も葉もない噂の全否定だったので腰が砕けた。

 そんなこと否定されなくたってまっとうな思考の持ち主だったら知ってる話だし、それでも信じたがるような人はたとえブッダやキリストが言ったところで信じ続けるだけでファクトチェックが何の意味も持たないところに柱を立ててこれが私たちのファクトチェックですとやってしまっていったい何が嬉しいんだろう。ほかにもすでにネット上でフェイク画像を出した当人がフェイクだったと認めて謝っている静岡県の水害に絡んだAI生成の水没画像を改めてフェイクだったと言ってみて、そんなものはすでに誰かがやってる話と突っ込んだところで貸す耳なんか持ってないんだろうなあ。今後もそうやって根も葉もないドリーミーなフェイク話に註釈をつけていくだけなのかなあ。謎めく。

 朝に岡谷のホテルを起きて駅まで数分の距離を歩いて改札を抜け列車に乗ってゆられること30分ほどで伊那松島に到着。そこで焼き入れを専門に行っている会社の人に取材をして、さあかえろうと思って時刻表を見たら2時間近く列車が来ないことが分かったので歩いて近所のラーメン屋に入って担々麺を頼んだらこれがなかなか美味しかったのだった。豚骨ラーメンに唐辛子をぶち込んだような感じで中華風の挽肉が載った担々麺とはちがうけれど、辛味と豚骨の甘みが絡み合って良い感じに口の中で濃厚な味わいを醸し出す。特に名物って訳でもないしスープが自家製かも分からないけれど、伊那松島に行った人は寄ってみると良いかも。行く機会なんてまずないだろうけれど。

 それで時間を使っても駅でやっぱり1時間半くらい待つことになって待合室でしばらく呆然としていたらそれくらいの時間が経っていた。忙しさに流されて時間を効率良く使うことに血道をあげていると、こうやって何もしない時間をどう過ごすのかを忘れてしまいがちになる。体を休め脳をおさえて時間をやり過ごすことができれば心も落ち着くってことを思い出せた貴重な時間。とかいいつつしっかり仕事はしていたんだけれど。そんなこんなで来た列車に乗って30分くらいかけて岡谷に戻って途中下車してモスバーガーに入り東京と繋いでオンライン会議。列車に乗ったままだと途切れる可能性があるから仕方が無いのだった。

 モスバーガーでは噂の月見フォカッチャを食べる。東京あたりじゃ人気で販売停止になっていたって聞いたけれど岡谷は大丈夫だったみたい。ハンバーガーではなくってフォカッチャの間にキャベツとそれからソーセージが入ったサンドイッチ的なもの。ぱりっとした歯ごたえとバンズではないフォカッチャのもちもち感が良い感じに絡み合い、そこに目玉焼きとまでいかない半熟玉子の甘みも重なってなかなかに美味しかった。これのどこがセーラームーンと通じるのかは謎だけれど。

 そうこうしているうちに帰る時間になったので岡谷から特急あずさで船橋へ。1本で乗り換えずに行けるのはありがたい。途中で三遊亭円楽さんというか僕らの世代だと楽太郎さんで知られる落語家の死去のニュースを見る。高校生だった頃に学校に桂歌丸師匠と楽太郎師匠がそれぞれ前座を連れて来れたのを観たのが最初に落語に触れた機会。歌丸師匠は当時から活躍していたけれど楽太郎師匠は青山学院大学を出ながら落語家になって売り出し中の若手のホープといった感じだった。それが円楽の名跡を継いで10年くらいで死去。先に逝った先代の円楽師匠を追いかけ歌丸師匠が逝って追いついたと思ったら後ろから円楽師匠が追いかけてきて驚いているんじゃないだろうか。そんな冗談でも言って紛らわしたいくらいに残念な話。これで円生の名跡も誰に行くか分からなくなったなあ。


【9月29日】 諏訪湖へ。別に御神渡とか御柱とかを観に行った訳ではなく、翌日に伊那谷へと入る必要があってそれに間に合う時間に行くには前日に岡谷あたりまで出ておく必要があったのだった。特急あずさに乗るのはこれが初めてだけれど、割と快適にビュンビュンと飛ばして交付を経て茅野から上諏訪まで到着。本当は岡谷までだけれども距離的に途中下車も可能なので降りて近所を散策する。

 まずは諏訪湖ということで駅からとことこと歩いて行って、見える対岸に東京湾からのぞむ川崎あたりの距離感と比べて、案外に狭いなと思ったもののこれが東京近辺の池とか沼のレベルと比べると段違いに広く、周囲16キロということは対岸まで4キロくらいと考えるならやっぱり歩いて渡れる距離ではないと認識。それを渡ってくる神様はやっぱりなかなかの健脚ってことになる。ただ水面にアオコが何かが繁茂していて美しさはちょっと遠かった。季節的なものかなあ。

 間欠泉があるというのでそこまで行ったものの、この春先あたりから高く吹き上がることがなくなってしまったそうで、今はポンプで上の冷たい水を取り除いてわき出る温泉をながめて良しとする。ぐるっと囲むように間欠泉センターなんてものを建ててしまっただけにどう扱えば良いのやら。時々はポンプで高く吹き上げてショー的に見せるのが良いのか今のわき出るお湯を使って足湯でも浸からせて楽しんでもらうのか。そんな足湯が湖畔にも、そして上諏訪の駅にもあって自由に着かれてさすがは温泉街と思ったものの、せいぜいが1人2人しか浸かっていないところにも、平日とは言えコロナで減った環境需要を少し思う。昔は平日でも外国人とかいっぱいいたからなあ。

 1時間ほど散策してから列車で岡谷へと移動。ホテルに入るまで時間があったので近所を歩いてモスバーガーでしばらく休憩してから、上諏訪とは対岸になる場所から諏訪湖を見ようと歩いて行ったら天竜川への取水口が見えた。下流で天竜下りなんかもしているあの川の始まりがこの水門と思うとなかなかに感慨。というかちょろっとした源流ではないところに諏訪湖が持つ水を集めて外に出す機能の大切さを感じる。ここが枯れたら遠州も枯れるってことだから。

 遠くにのぞむ上諏訪はやっぱりそれなりな距離。泳いでいく人もいないけれどもそもそ諏訪湖って泳げたっけ。夏場の海水浴場ならぬ湖水浴場がどうなっていたかがちょっと気になる。琵琶湖は砂浜があってそこでみんな海水浴みたいなのをやっていたっけ。大昔にアルバイトをしていたコンビニエンスストアの旅行で出かけていった記憶がある。それを思うと海のない長野で最大の水場を泳がないって手もないと思うんだけれど、それができる青さでもなかったしなあ。神様の湖だから入っちゃだけなのかな。調べてみよう、って夏に来ることはないけれど。

 戻ってホテルにチェックイン。外観はどうみてもリゾートマンション風だけれど入るとちゃんと客室風のドアもあって風呂場もベッドも机もしっかりホテル的なものが備えてあった。改装したのかな。広くて快適でぐっすり眠れたかというと柔らかいベッドになれていないのか不吉な夢をあれやこれや見た記憶。でもまあ覚えてないし緒戦は夢だから気にしない。せっかくなので岡谷のうなぎを試したかったけれど夕方にはどこも売り切れ。仕方なく買って来た弁当を食べてお茶を飲みあれやこれや仕事をするのだった。やっぱり快適だと捗るねえ。引っ越すしかないのかもしれないねえ。


【9月28日】 給食は小学校までだったので振り返る思い出も遠い記憶の彼方に去っていて、どんなデザートが出たのか覚えてないけどアルミのカップに注がれたミカンだとかフルーツポンチだとかはあったような記憶があるし、バナナも時々出たような出なかったようなそんな感じ。凍ったプリンみたいなものもあったっけ。アイスクリームはどうだったっけ。ともあれ楽しみにしていたのはそぼろ麺だったりイカのリング揚げだったりして仮にデザートがなくても食べられるものが食べられれば良かったんじゃなかろうか。

 いや、でもやっぱりそれほど家でデザートが食べられる状況でもなかったので、楽しみにしていたのかもしれない。そんな給食のデザートが折からの諸物価高騰を受けて削られることになったとか。主食の方のパンだとかおかずまでが減らされたのではたまらないけれど、そちらについては情報が無いのでちょっと不明。ただ大阪だったかの学校給食の貧相さを見るに付け、街のファストフードで食べる朝マックだとか松屋の朝ご飯ほども出ないような感じがあって、それでデザートまで減らされてはたまらないと感じる子供もいるような期がしないでもない。昭和40年代の貧乏から脱して豊かになったはずの国がこんなことになるなんて。それもこれも誰のせい? 口がカユくなるから言わない。

 「リコリス・リコイル」の最終第13話をNetflixでやっと見る。戦いを終えてそれからの物語がたっぷりと楽しめた上に、そのさらに先まであって楽しい楽しい。最後のセリフをミズキの突っ込みで締めるあたりの脚本家の冴えも味わえて良い感じの余韻を味わいつつ次への期待なんてのも浮かんでしまった。喫茶リコリコのメンバーは勢揃いしているし真島の方も頑丈さは相変わらずなみたいで、そんな面々が激突するのか別の事態に共闘するのか不明ながらもより大きな話なんてものが起こりそうな予感がしてならない。

 というかアラン機関の胡乱さがまだ全面的に炸裂したって感じでもなく、リコリスたちを束ねるDAと絡んでいる訳でもないのでそれらが国際的な謀略の中で結びついているなり関わっているような大きな構図が潜んでいるとしたら、それがいよいよ立ち上がっては千束の異常な才能を狙って襲ってくるようなこともあったりするのかもしれない。その秘密が少しだけ明らかになったミカの本格的な活躍だとか、ちょっとだけ登場したリリベルの大々的な活躍なんかもあって欲しいのでやっぱり絶対2期は必要。そこではきっともっとヨシさん以上に身近な誰かが失われることになるんだろうけれど、それを乗り越えて立ち上がる千束とたきなの姿を確かめたい。待とうその時を。いつになるか知らないけれど。

 辞め朝日新聞が集まったのか集められたのかして日本ファクトチェックセンターなんてものが設立されたって話。ネット上の誹謗中傷めいた言説を無くす活動だとかに取り組んでいるセーファーインターネット協会が立ち上げたけれど、設立にあたってGoogleが2年で150万ドルを出しYahoo!も年間2000万円を出すってことで2年で2億5100万円もの費用が集まったらしい。それを元朝日の記者ばかりのエディター3人と学生のお手伝いの数人が使える訳で、なんて羨ましいと思ったけれどもそれだけの金額を使って何をどうするのか、そんなにかかるものなのか、ってあたりが見えないのでどう判断したら良いのかが分からない。

 というかたった3人のエディターが24時間フルに活動したってどうにか出来るレベルではないのが今の虚実にあふれかえるネット環境。次々に湧いて出てくる情報のどれを選んでそのファクトをチェックするのか、その判断は誰がするのか、ってあたりも考えないと組織の公正性は言いきれない。個々のメディアに出てくる情報のファクトチェックはそれこそ個々のメディアが行うべきものだけれど、そうした機能が停滞している状況で外部の機関として判断を下し、お墨付きを与えるのを商売にするってことなのかなあ。そういうことはしないんだとしたら、左右を問わず誤情報はすべて扱ってことになるのかなあ。何のために? そこもやっぱり分からない。

 GoogleとYahoo!がお金を出すのは自分たちが運営しているプラットフォームの上で誤情報が出回り損害を受けるのを避けるためだとしても、その結果としてパージされる情報提供元が協賛金を出すことでパージを逃れるようなことが起こったら信頼も公正性もすべてが吹っ飛んでしまう。独立した機関として日々粛々と審判を下していくのだとしても、そこで取り上げるファクトを選ぶ段階である程度のカラーは出てしまう。選択を行うことが一種のメディア的な活動だとしたら、その活動をもチェックする機関が必要になるけれど、それはちゃんと機能するのかなあ。ネットメディアを渡り歩く人たちのメシのタネに堕さないことを今は願う。


【9月27日】 10月スタートのアニメ番組について考えて欲しいと言われて思いついたのは「うる星やつら」の復活でも「チェーンソーマン」の爆発でもなく「ポプテピピック」の第2期スタート。破壊的で暴力的な原作に毎回異なる声優のシャッフル起用というとてつもない企画をぶつけた上に、各エピソードごとにクリエイターを変える大技を掛け合わせて億兆もの面白さを見せてくれた第1期を鑑みるに、それを超えてくれるだろう第2期が心から楽しみで仕方が無い。

 やっぱり第2期に当たる「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」で監督を務める小野ハナさんが、制作を担当するUchuPeopleでもってポプ子とピピ美がファンキーなダンスを踊る映像を作って提供したのが第1期だった訳で、これから来るインディペンデントなアニメーション作家を商業の世界でも通用するんだと見せてくれるショウケースとしての機能が、今回も果たされるとしたらいったい誰が出てくるのか。そんな期待も浮かんでしまう。個人的には幸洋子さんとか観てみたいけどどうかなあ。「モルカー」ともども期待大。

 仕事場でAbemaTVを流して安倍晋三元総理大臣の国葬儀の中継を見たり聞いたり。献花の順番にある意味で日本人の序列めいたものを突きつけられて庶民はだから無視するに限ると強く思い直すのだった。皇族のそれも天皇陛下や上皇陛下の勅使が最初に来てそして皇族の方々が続くのは当然としてその次に三権の長と来てその経験者から大臣に国会議員と続いた流れに国では国民が信任したに過ぎない国会議員が国民の上に立っていることを改めて思い知らされた。そこにあらずんば上流にあらずっていうか。

 まあでもそうやって粛々と献花していく選民たちの儀礼に素直な態度に比べると、後からわらわらと湧いてきた下々の傍若無人ぶりにはただただ辟易とさせらえるというか、撮影を遠慮して欲しいと事務局がインタビューに答えていたにもかかわらず、禿げた頭をしたテレビ番組の構成作家は祭壇に飾られた遺影に尻を向けて記念撮影をしているからなにをか況んや。自分は友だちだと嘯くのは勝手だけれどだからといって尻を向けて良いなんてことは絶対にない。

 親しい仲にも礼儀あり。撮影すら遠慮して追悼する姿をこそ日本の誇りとして尊ぶべきところを開き直って諫言を罵倒するんだからもはや処置なし。これを機会に現政権が遠ざけてくれれば良いんだけれどそこは未だに掬う派閥の自称後継者たちが影響力を考え取り込もうとするんだろうなあ。ただのイタコ芸に過ぎない完全無欠のニセモノのAI安倍晋三元総理を持ち上げて涙を流すような態度も不敬だとか不謹慎だと思わないのと同じ。讃えてさえいれば何を言ってもどう振る舞っても赦されると思っているんだろう。そんな国に誰して去って行く人を咎めようがないなら、少しずつでも元に戻っていくのを祈るしかない。

 ライブの予約券目当てに「劇場版マクロスΔ絶対LIVE!!!!!」の特装限定版BDを買った足で新宿ピカデリーに寄って「パンダコパンダ」の上映を見る。有名すぎるくらいに有名な作品だけれど通してしっかり見たことが実はなかったのでありました。とはいえ相当に昔の作品が今劇場でかかってどれくらい来るのかと見渡すと、結構な人数が見ていて女性もいたりして、長い時間の中で宮崎駿監督の幼女大好きな感性が無邪気な子供と動物の触れあいと認識してもらえるくらいになっていたことを思い知った。あるいは猟奇的なパンダの振る舞いですらも、トトロの分身くらいにしか思われないのかもしれないなあ。

 なるほど「崖の上のポニョ」の水没したビジョンも「雨ふりサーカス」から来ていたんだなあと納得。静岡が大変な時に見ていて良いのかとも思ったものの遠い昔に作られた、まだ日本が水害に見舞われっぱなしだった時代を明るくしようとした意図もあっただろう作品としてむしろここから前向きさを感じ取って欲しいと言い訳。水でいっぱいの世界の水面下から上を見上げる構図とかよく描いたものだよなあ。本当に水があるように見えるから。あとは動きの楽しさ。Aプロらしいといえば言えたし「未来少年コナン」的とも言えた。つまりは集大成。そこから分派してスタジオジブリの各作品があったんだなあ。過去作を見るのは大切と理解。押井守監督の「ダロス」もまだ見ぬ原点として残しているからこれを機会に見てみるか。


【9月26日】 例の朝倉未来選手とメイウェザー選手との対戦でメイウェザー選手への花束をリングに捨てたIT会社社長にして政党の代表者が東京スポーツあたりのインタビューに答えて、メイウェザーが日本を舐めた態度を取っていたからお返しをしたまでだって話をしていて、まあそんなことだろうとは思ったものの一応は神聖な対戦の場におけるセレモニーで見せる態度ではないってことは言えそう。

 そんな汚名を得ても今は知名度が勝る世の中だって計算もあるんだろう。NHK党から出た海外に行ったまま帰ってこない議員とか真っ当な世の中だったら絶対に当選しないしさせちゃいけないにも関わらず、人気投票的に票が集まって当選してしまう。それで未だに帰国せず議員らしい活動は何もしていない。でも辞めさせられない。そういう世の中にしてしまった責任はこちら側にもある訳で、倫理と論理に裏打ちされた行動がちゃんと評価される世界にしていかないと、とんでもないことになって行きそうでいろいろと恐ろしい。

 とか言っていたら安倍晋三元総理のAIなんてものが登場して驚天動地。その声音をディープラーニングだか何かで読み込ませて再現しつつ、安倍元総理が言いそうなことを言わせている音声がサイトで流されていて、それを安倍元総理が大好きな人たちがこぞって褒め称えて感動して感涙までしているところに末法の世を感じてしまう。あるいは地獄の蓋が開いてしまった感じというか。同じ事を幸福の科学が守護霊と言いつのってやっても騒動になるのに、こちらは文句どころか大歓迎する様を見るに付け、もはや安倍晋三元総理は宗教的な偶像なんだなあという思いが募る。

 遺族の方に了解を得ないで勝手に亡くなった人の言葉を合成する倫理的な問題があることは明白で、それに引っかかりを覚えず讃える人たちのヤバさは当然あってしかるべきだけれども、そこまで深く考えない一般の人たちが、有り難がって受け止めることくらいは納得はしないけれども理解はできる。ただいわゆるジャーナリストであるとか評論家であるとか国会議員であるとかいった人たちが、讃えて持ち上げるのはいったいどういう了見なんだろう。

 安倍さんをAIするならばそれこそ亡くなった人の言葉を捏造するんじゃないとしかりつけるどころか、有り難がって褒め称えるのは自分たちが崇めてきた安倍元総理本人に失礼だって気がまるで見られないのが気にかかる。あと事実に即して報道するのがジャーナリストであるにも関わらず、いかにも言いそうではあっても実際には言ってない言葉を取り上げて褒め称えるのも自分たちの商売が世って立つ事実といったものに真っ向から背を向ける振る舞いで、それを可笑しいと思えないのはもはやジャーナリストでもなければのフィクション作家でもない。

 それが赦されるなら安倍晋三元総理がやってそうな奇妙な事柄を独白として喋らせたって文句は言えない。自分たちの耳にさわりが良いことだけを“事実”かのように取り上げる人たちの書くこと話すことを一切信じてはいけないって言ったところで、そうした取り巻きの賞賛も含めて宗教と化しているからもはやどうしようもないのかも。どうしたものか。どうしようもないものであるか。

 長編アニメーション映画「ぼくらのよあけ」を試写で見た。阿佐ヶ谷アニメだった。杉並アニメだった。団地アニメだった。SFアニメだった。原作は今井哲也さんの漫画だけれどちょっぴりとぼけた雰囲気があるキャラクターのフォルムをくっきりとさせたことで小学生の日々にグッとリアルな感じが出て来て「雨を告げる漂流団地」の小学生たちにも似た子供ならではの心理がより迫ってくるようになっていた。とはいえ子供たちだけだとどうしても誤解があったり理解したくなかったりしてギスギスしてしまうところを、大人たちのサポートがありナナコというオートボットの世話焼きがあって収まるところに収まる展開に気持ちも落ち着いてその瞬間に向けて結束することができた。

 宇宙からかつてやって来た探査機を子供たちが宇宙へと返すというストーリーは展開も含めてほぼほぼ原作どおり。団地がまだ残る今とそれほど変わらない景色の中に空中をふわふわと漂うオートボットがいたり空間に投影されるディスプレイがあったりして背景とテクノロジーとのギャップを感じさせるところもだいたいそのまま。漫画だと同じタッチで描かれるため溶けこんでしまうのが、アニメはキャラクターと背景とメカとがそれぞれに独立したトーンを持っているためどうやってそれは動いているんだといった不思議な気持ちにさせられた。

 親の代からしばらく時間が経っての再挑戦になってしまった理由にはあまり踏み込んでいなかったけれど、やむにやまれぬ事情があってそれでも受け継がれて果たされようとする。その結果として何か素晴らしいことが起こる訳ではないけれど、誰かの役にたつというのはやっぱり嬉しいこと。その喜びを味わわせてくれる物語と言えるだろう。2時間あるけど長いとは思わせず積み重ねるようにして展開を描き引っ張るようにしてラストまで連れて行ってくれる構成は原作の巧さでもあり脚本の確かさでもあると言えそう。

 声を演じる杉咲花さんは「サイダーのように言葉が湧き上がる」のスマイルとはまた違った男の声をちゃんと演じきっていたし、オートボットのナナコを演じた悠木碧さんはオートボットとしか思えない声を出し続けて流石と思わせてくれた。花澤香菜さんも細谷佳正さんも相変わらずの巧さ。津田健次郎さんの高校生声はうん、そういう高校生もいるかもしれないなあ。


【9月25日】 暗くなると寝てしまうので暗い部屋では寝てしまうと家を出て、千葉へと出向いてドトールでしばらく仕事した後、千葉市美術館の裏にある名前のないラーメン屋に行って二郎系のラーメンを一杯。分厚い肉に太めの縮れた麺と野菜が入ったラーメンはもりもりと食べられてなかなかに美味。船橋にある無限大でも似たようなのは食べられるけど背脂がきいてるところが千葉とはちょっと違うのだった。火曜日と金曜日に提供しているという煮干し系も食べてみたいけど平日に千葉に行く用事はなかなかないからなあ。いや行こうと思えばいつでも行けるんだけれど。無職だし。

 行列もそれほどせず食べられたので昼前には千葉市美術館に入って「新版画 進化形UKIYO−Eの美」を観る。いわゆる新版画という奴をメインにしてその前後の浮世絵錦絵から進化した明治大正昭和の版画を集めて見せる展覧会は、スティーブ・ジョブズが愛したり「平家物語」や「サイダーのように言葉が湧き上がる」といったアニメーションの背景画に影響を与えたりした新版画の色彩やらディテールやらを間近に観られる絶好の機会になっていた。「平家物語」「サイダーのように言葉が湧き上がる」の美術監督や監督たちが参考に挙げた吉田博の作品もずらり。「米国シリーズ」が6点並んで観られるなんてこれは結構良いんじゃないかな。

 面白いのは前史的なところをちゃんと抑えていることで、とりわけフリッツ・カラペリとかチャールズ・バートレット、エリザベス・ケースといった海外の画家が日本へと赴いて学び逆に影響も与えて生まれた版画を並べているところ。ディテールこそ洋画でともすればクリムトとかエゴン・シーレ的なところもあるけれど、その輪郭線がシンプルになって表情も浮世絵のように様式的になっていったりして日本画に近いものになっていくところが面白い。それでいて色調は淡かったり暗かったりするところが洋画的。そんなハイブリッドを受け継いでさらに進めたところに伊東深水がいて川瀬巴水や吉田博が生まれたのかと思うと日本スゴイだけでなく美術スゴイとここは改めて思うべきなんだろう。

 ヘレン・ハイドやバーサ・ラムといった外国人の画家の特集もあってそうした人たちを除外して語れない分野なんだと知れたのが大きな収穫。一方で美人の端整な顔立ちが良かった山川秀峰や写楽だとか歌麿といった往年の浮世絵の役者絵を大正に蘇られたかのような山村耕華とか名取春仙の仕事も見られて川瀬巴水や吉田博が巨頭としてあげられがちな新版画にも豊穣な世界があることが分かったのも収穫だった。ジョブズが初代マッキントッシュのデモンストレーションで見せたという作品もあって、金持ちになってから新版画に目覚めたわけじゃなかったことも知れたけど、それだけに集めた新版画が今どうなっているか気になった。コレクション展とかやってくれないかなあ。

 千葉駅まで歩く途中でチーバ君と駅長犬がステージに立っているのを見物。それから千葉駅まで行って万葉軒のJUNBOとんカツを買って晩ご飯にしつつ船橋へと戻ってVELOCHEでインタビュー原稿を仕上げて送稿してお仕事は終わり。合間にネットで朝倉未来とメイウェザーのエキシビションマッチの様子を見ようとしたらなにやら不穏な出来事があったようで騒がしいことになっていた。メイウェザーに花束を渡す権利を買った政党の党首が素直に渡さず花束をリングに落としたとかで、そりゃあ行儀の悪いこと悪いこと、護防をキャッチフレーズにしている政党が日本人の無礼ぶりを全世界に見せつけてずかしいといった声が湧き上がった。

 あるいは当人としてはにっくき米国からやって来た金の亡者に日本人の矜持を見せつけたつもりだったのかもしれないけれど、そうした攘夷が通じる相手は「はじめの一歩」のホークみたいに日本を舐めた態度をとっている相手くらい。その点でメイウェザーはユルい態度は見せていたけど一応はボクシングをする気はあっただけに政党党首はハズしてしまった感じとなってしまった。とはいえそんな党首を持ち上げていた編集者が擁護もせず意も汲まず真っ向非難したのは何というか変わり身が早いというか。そこで逆張りをするようなキャラクターかと思っていたけど空気には流されるってことなのか。やれやれ。


【9月24日】 どうやら事実ではなかったようだけれども猫に噛まれた傷から入った最近で敗血症を起こしたかもしれないと亡くなったラーメン屋の店主が言われた件は、愛猫であっても噛まれた時には用心が必要ってことを改めて強く思わされた。今は飼ってないけれども昔は猫が家にいっぱいいたりして、引っかかれたり噛みつかれたりしていただけにその傷が、もしかしたら大変な事態になっていたかもしれなかったとすると、単に運が良かっただけなのかもしれない。猫以外の野生動物にはさらに悪い病気もあるらしいから用心用心。とりあえず見渡して出そうなのはタヌキかな。新宿駅とか良くいくし。

 「るろうに剣心」が噂になっていて何かとみたらノイタミナで新しいアニメが放送されるという話だった。「うる星やつら」といい「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」といい「シャーマンキング」といい「魔方陣グルグル」といい以前もアニメーション化されたものを再アニメ化する動きがここのところ活発で、こんなにも新しいIPが生み出されているにもかかわらず古いものに頼る業界は大丈夫なのかと思う一方で、ちょっと前に行われたイベントに大勢が集まった状況を鑑みるなら、未だに需要があるということで再アニメ化も当然の流れなのかもしれない。

 ここで気になったのは声の起用で、「うる星やつら」が極力前のシリーズの声に寄せようとしていたのに対して「るろうに剣心」は緋村剣心の声が以前は宝塚出身の涼風真世さんが女性ながら声を担当していたのに対して、今回は男性の斉藤壮馬さんが担当することが発表になった。PVではまだ一言「おろ」というセリフしか当ててないけれどもそこから想像できてしまう剣心のイメージは、ユルと優しさを漂わせながらも締める時には締めて来る剣客といった感じ。以前の涼風さんはなよっとした雰囲気を醸し出していて、それがある意味で剣心のイメージを形作っていただけに最初は違和感が気になるかもしれない。

 この変更は日テレ版の「ドラえもん」が最初は富田耕生さんだったのが途中から野沢雅子さんになり、テレ朝版で大山のぶ代さんに引き継がれた時の逆のような驚きの事態。ただ原作者的には今回の声優に忖度がいっさいないとコメントを出しているあたりから、やっぱり声は宝塚女優ではないといった思いがずっとあったのかおしれない。「おろ」を聞いただけでもはや斉藤壮馬さんでのイメージがぐわっと広がった感じもあって、さすがは声優と思ったこともあるから、本番が始まってその声が広がれば自然と剣心になっていくのかもしれないなあ。寂しいけれども時代は変わるものなのだ。

 あちらこちらのカフェで仕事をしてから御徒町まで行ってキッチンDAIVEで巨大な弁当を買い込み田端へと行ってシネマチュプキタバタで第25回文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門優秀賞作品「幾多の北」及び「THE LETTER TO PIG」を観る。後者は短編アニメーションでユダヤ人への迫害を逃れようと豚小屋に逃げ込んだ過去を持つ老人が語り部となって学校で話すエピソードを聞く学生達が豚小屋の世界へと引きずり込まれていくという内容。世代間の断絶を感じさせつつ過去と向き合う必要性を訴えつつそれでも違和感を覚える若い世代の心情を描いたものってところかな。選考員として見た時はロトスコープ的な動きを簡略化した線と実写を交え描いた動きに興味が湧いた。

 「幾多の北」は短編ばかりだった山村浩二さんにとって発の長編アニメーション。といっても64分しかないもののそのうちの20分くらいはどうしても意識がワープしてしまう傾向があってひろしまアニメーションシーズン2022で見た時も途中の記憶がちょっと薄くなっていた。今回も前半に記憶の断絶が起こったものの後半は持ち直して変遷する世界の変化する諸相をぼんやりと長めながら映し出される言葉を噛みしめていくことが出来た。隣の人は船を漕いでいた。この作品がオタワ国際アニメーション映画祭で長編部門のグランプリを受賞したそうで、山村監督にとっては「カフカ 田舎医者」で短編部門のグランプリを獲得したのに続く異形。長短でグランプリって他にいるのかないないのかな。日本はそれこそ文化勲章でも出して讃えるべき才能なのにそうした才能を送り出して来た文化庁メディア芸術祭は終わってしまう。変な国。


【9月23日】 朝からインタビュー仕事をこなしてから池袋へと出て第25回文化庁メディア芸術祭の上映で「サイダーのように言葉が湧き上がる」を見る。何度も劇場で観てはいるけれども改めて観るとやっぱり音響が良い劇場で観てこその映画。牛尾憲輔さんによるノイズも環境音も使った音楽は細かいところまで鳴りひびいていて耳を澄ますと聞こえてくる音も含めて映画のシーンを表している。強く鳴る場面ではテンポ良く展開を促し観ている気分を引っ張り込む。映画に寄り添いつつ主張もしつつそれでもしっかり映像を見せてくれる音楽にはやっぱり包み込まれてこその味があるってことで。

 劇場は人でいっぱいでもう何度も観ている人もいるけれど、今回が初めての人もいたようで感動していた感じ。エスカレーターで後ろから降りてきた女子の2人組は田舎のショッピングモールが舞台になっていたのがツボにはまっていたようでいろいろと議論をしていた。これとか「ジョゼと虎と魚たち」とか「海獣の子供」といった単発の映画はパッケージが出ていてもやっぱり劇場で観てみたいので文化庁メディア芸術祭は貴重な機会だった。これがなくなった時にいったいどうやって見逃していたけれども評価の高い映画と出会えばいいのか。そんな機会を作って欲しいなあ、映画界には。そうやって裾野を広げてこその将来なのだから。

 劇場を出て同じ池袋のTOHOシネマズ池袋へと行って「PUI PUI モルカー」の上映を観る。全12話に10月から放送スタートの「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」の第1話がつく編成だけれど既に観たことも多いはずの上映を本当に沢山の人が見に来ていて、それぞれがTシャツを着たりグッズと持ったりしてファンの多さって奴を改めて感じ取る。すっかりと老若男女が愛するキャラクターになった感じ。本当だったらそこに「けものフレンズ」がハマっていたはずなんだけれど……って言っても詮無い。あの衝撃から明日で満5周年。仏壇にご飯でも供えるか。いやまだ死んではいないけど。

 新作はそうかUchuPeopleが制作しているのか。監督の小野ハナさんと同じ東京藝大院を出た当真一茂さんによるユニットが合同会社となって制作も請け負うようになった感じでまずは目出度い。でもって出来の方も遜色がない上にストーリー的にもなかなかにスリリング。ドライビングスクールというからてっきり自動車教習所の話かと思ったらちょっと違ってそれって交通け……いやいやそれはまだ自粛。でも相当に厳しい環境の中でドライバーとモルカーによるポリスアカデミー的な日々が始まりそう。来週上映の第2話も見に行こう。モルカーボールももらえるし。ぷいぷい。

 そこまで手を伸ばしていたとは元電通専務の逮捕された人。サン・アローが東京2020オリンピックとパラリンピックのマスコットキャラクターのぬいぐるみを作りたいってなった時に、そのライセンス許諾をお願いしようとしてライセンスの窓口だけじゃなくなぜか電通の元専務の会社にお金を払ってしまっていた。それだけ許諾を早くして欲しかったのかもしれないけれど、問題はそうすることで許諾が早まるライセンス事務局のガバナンスのぐちゃぐちゃぶりで、しっかりと管理ししっかりと手続きししっかりと処理してさせいれば起こらない問題をどこかで絞って権限が入り込む余地を作ってそこで金儲けをさせている。誰かが認めないとそんな風にはならないだろうし、誰も知らない状況でそんな風にもならないだろう。これはいよいよ根が深そう。他のライセンスだとかスポンサーでもやっていそうだなあ。新聞社とかどうなんだ。


【9月22日】  朝日新聞の文化庁メディア芸術祭の終了に関して起こっている声を集めた記事。日本アニメーション協会が出した声明についても触れられていて、「興行収入にかかわらず多様な作家性が評価され、夢がある。そんな場が切り捨てられないか」といった心配をしている。インディペンデントな作品だけなら映画祭も幾つかあって取り上げられるけれど、「劇場版鬼滅の刃 無限列車編」のようなとてつもない商業作品と並立する形で名前が取りざたされて、関心が広がるような機会にはならないだけに横串で取り上げる文化庁メディア芸術祭には意味があった。

 テレビシリーズのような作品も文化庁メディア芸術祭以外の場だと各種の映画賞はもちろん、東京アニメアワードフェスティバルですら人気作品をのぞくとその作家性ではなかなか評価されない。新潟国際アニメーション映画祭も長編が中心でテレビシーズは除外。となるといったい誰が「四畳半神話体系」だとか「映像研には手を出すな」のような湯浅政明監督のテレビシリーズに贈賞するのか。来年で言うなら「ユーレイデコ」のような画期的な作品を誰が取り上げるのか。そう考えるとやはり文化庁メディア芸術祭の顕彰中止は痛い。

 アメリカでいうところのアニー賞のようなものがあって、テレビシリーズも映画も含めて評価する精度があれば良いんだけれど、それを東京アニメアワードフェスティバルに求めて変わるかというと難しい。業界の団体が主催しているだけに業界の顔色がやっぱり気になってしまうから。その意味で公が大胆不敵に評価してくれた文化庁メディア芸術祭は大きかった。とはいえ今から再会を願っても叶えられないならどこかが改めて顕彰する仕組みを作るしかないかなあ。日本アニメーション協会と日本アニメーション学会とほか団体各種が決起するとか、ないかなあ。

 まさに子供の喧嘩である以上、まるで子供の喧嘩だと言うのは何の例えにもならないけれど、そんな子供の喧嘩を見せられて、子供の喧嘩なのだからとその心情に寄り添ってあげられる人には、どうしてあげるのが良いのかを考える機会になるだろうし、そうではなくて、子供の喧嘩の非論理性に苛々だけが募る人には、どうして何もしてあげようとしないのかと、物語の作り手に苛立ちを覚えるだろう。石田祐康監督のアニメーション映画「雨を告げる漂流団地」は、そんな風に見方を試す作品だ。

 19600年代に数多く建てられた「団地」と呼ばれる集合住宅群の多くが半世紀を経て古くなり、取り壊しや建て直しの対象になっている。その団地も取り壊しが進んでいて、住んでいた人たちはそれぞれに団地を出て、別の住宅に移り暮らすようになっている。同じ団地に住んでいて、幼馴染みだった航祐と夏芽も今は別々の場所に暮らすようになっていた。だからというより別の理由があって、一緒に遊び、同じサッカーチームでプレイをするくらい仲良しだったのに、今は関係がギクシャクとしたものになっていた。

 そして迎えた小学6年生の夏休み。航祐はクラスメイトの譲や大志とともに、取り壊しが進む団地に出るという"おばけ"を探しに入り込む。そこで入り込んだのが、航祐の祖父が暮らしていた部屋。土足で上がる大志に怒らず、自身も何かに反抗するような態度で土足のまま上がり込んだ航祐が見つけたのが、押入の中で眠る夏芽だった。自分の祖父ではなくても一緒に遊んでくれた人が暮らしていた場所に、深い思い入れがあったのだろう。そんな夏芽にも航祐は怒ったような態度を見せる。

 幼馴染みの男の子と女の子が、成長するに従ってお互いを意識するようになって離れてしまうのとは、少し違っている航祐と夏芽の関係には、自分の祖父であるにも関わらず、自分より仲が良いように思えた夏芽への嫉妬めいたものがあることがうかがえる。祖父が住んでいた部屋に、ちゃんと靴を脱いで上がっていたにもかかわらず、夏芽に土足で上がり込んでと言い放つ。なんて身勝手かと思われそうな場面だ。

 祖父との離別にまつわるエピソードも加わって、航祐の中にずっとわだかまりが残っていることもうかがえる。わかり過ぎるくらいにわかる感情であるにも関わらず、共感を誘うかというとやはりこだわりが強すぎるように見えて、もう少し大人になれよと思えてしまうけれど、小学6年生が次の瞬間に物わかりの良い大人になるなんてことはない。夏芽が口走る「のっぽくん」なる不思議な人物が現れ、そして航祐のことが気になって追いかけて来た令依菜とその友だちの珠理も巻き込んで、団地が見知らぬ海の上を漂い始めてからも、航祐は夏芽に怒り続け、夏芽も航祐にどこか臆するような態度を見せ続ける。

 最初はピクニックのようだった漂流が、備蓄していたブタメンを食べきって飲料水も飲みきって、ほとんどサバイバルと化してからも、航祐と夏芽は仲直りして危地を脱しようといった感じにはなかなかならず、反目を続ける。航祐をお目当てに入り込んできた令依菜は、自分の責任を棚上げして夏芽が「のっぽくん」と共に自分たちを異界へと引きずり込んだと言って責め続ける。無関係だったり、仲が悪かったりする人たちが危地にあって団結し、乗り越えていく感動のストーリーにはなかなかならない。

 子供とはそういうものだと、自分の子供時代を振りかえってあてはめながら見守ることができれば、『「を告げる漂流団地」は年齢的にも精神的にもリアリティを持った子供たちによる冒険ストーリーとして楽しめる。いや、楽しさというよりはつらさときびしさを感じながらも、かつて通った道だからと振り返りつつそうした苦さを噛みしめて、人は大人になっていくものなのだと鷹揚に構えて見ていける逆に、子供のころのそうしたちょっとした反目が、時間とともに固い壁を作ってしまったり、長い距離をとらせてしまったような思い出を持った人たちにとっては、苦さを感じさせる関係を延々と見せられることはなかなかに厳しいものとなる。

 フィクションなのだからすぐにでも大人へと成長して、苦難を克服していく様を見せてくれて、喜びを感じさせて欲しいと思えてしまう。その違いが、「雨を告げる漂流団地」を判断のしづらい作品にしている。食料が尽きてお腹を空かせたり、風呂にはいれず臭くなったり、ひどい怪我をして意識を失ったりと子供たちに与えられる試練も、リアル過ぎると背を向けたくなる人もいれば、だからこそ伝わってくるスリリングさがあると考える人もいる。激賞も正しいけれど批判も間違っていない映画への評価を、どちらかに寄せることは難しい。それぞれの立場から褒貶を思いつつ、相手の立場も慮って考える。それが大人になるということなのかもしれない。


【9月21日】 日比谷で仕事があるので朝からお出かけ。とりあえず日比谷のウェンディーズ/ファーストキッチンにこもってライトノベル絡みの原稿を書く。アサウラさん特集。デビューした当初から女子高生とガンアクションを中心に描いてきた人だってことを改めて振り返りつつ、「リコリス・リコイル」のノベライズはそっちよりもスイーツ分が多いことに言及。本編との補完関係にあることにも触れてどっちも読んだり見て置いた方がいいよと行っておく。パッケージに付属の書き下ろしはアサウラ節前回というからガンアクション中心なんだろうか。まとまるのは数年先になるだろうから買っておくかなあ、ここはひとつ。

 時間が来たので第35回東京国際映画祭のラインナップ発表会見へ。どんな作品が並ぶかと関心を向けていたジャパニーズ・アニメーションでは「雨を告げる漂流団地」「夏へのトンネル、さよならの出口」「ぼくらのよあけ」と今年公開の映画が3本に「幻魔大戦」「メガゾーン23」「機動警察パトレイバー2 the Movie」「劇場版ソードアート・オンライン −オーディナル・スケール−」と東京を描いた旧作が4本、そして55周年を迎えた「ウルトラセブン」のエピソードといった具合で、中では「メガゾーン23」を久々に劇場で見られるようで嬉しくなった。

 去年は「犬王」があって「ぐっばい、ドン・グリーズ!」があって「フラフラダンス」があってと、上映前のプレミアな作品が3本もあったけれど今年はそうした先行はなし。やっぱりアニメーションはぎりぎりまで作っていることが多くて、事前に映画祭なんかに持って行くのが難しいらしい。これがアヌシーあたりを狙った作品ならそれまでに作っておくこともあったかもしれないけれど、時期が時期ではそれも無理。となると「犬王」は相当に早く完成していたんだなあ。湯浅政明監督の手の早さもあるのかな。

 近い公開の「すずめの戸締まり」とかワールドプレミアすればメディアも集まっただろうけれど、それもないのはやっぱり看板作品だからかな。いろいろ難しい中でテーマを設定して作品を並べたプログラミング・アドバイザーには拍手。期待はあとは4Kでの上映となる「ウルトラセブン」か。ペガッサ星人とかキングジョーとかパンドンとかを大きなスクリーンで見られるのならこれはファンとして嬉しい。「ウルトラマン」よりも好きなエピソードも多いだけに頑張ってチケットをとろう。舞台挨拶もいいけど何かシンポジウムがあれば取材にも行きたいけれど、クリエイター陣でご存命な方って誰だろう。

 普通の映画ではコンペティション部門に入った「マジカル・ガール」の監督による「マンティコア」って作品に興味。ゲームデザイナーの若者が主人公らしいけれども魔法少女のコスプレ衣装を求める娘が登場した「マジカル・ガール」に続くだけに日本的な趣味もいろいろと散りばめられていそう。それでいてストーリーは残酷にクールなものになっていくに違いない。期待大。あとはフランスの戦隊ヒーロー物っぽい「タバコは咳の原因である」という作品。しばらく前からネットにコスプレヒーローのスチールが上がっていて気になっていた作品だけにこれを逃す手はないけれど、早速話題になっていて争奪戦も必死か。P&I上映があれば良いんだけれど。

 そんな華やかな映画祭に華を添える役割をあてがわれたかのようなイメージをもたれがちなプログラミング・アンバサダーに去年に続いて就任した女優の橋本愛さんが、のっけから語ったのがハラスメントの問題であったりLGBTQへの視線であったりとなかなかに社会派で驚いた。映画業界が率先して通達を出すなり改善を勤めるなりして取り組むべき課題でありながらも、日本映画制作者連盟を頂点とする映画界とやらが特に動く気配がなかったなかで、そうした業界からも支援を受けている東京国際映画祭はやはり世界を意識せざるを得ないということなんだろう。それが標準なのだから。

 先人達が生み出してきたものは否定せずそのためにはらった努力も讃えつつ、けれども今の時代にそぐわないこともあるなら改善していくべきといった両方に配慮したコメントを、堂々と披露してくれた橋本愛さん。そこにどこまで映画祭全体の“総意”めいたものが乗っているかは分からないけれど、まさしくアンバサダーとして何かを発信できる立場をしっかりと理解し役割を果たしてくれた。自身への軋轢もあるにも関わらず、厭わず挑んだ橋本愛さんの映画はこれから必見。いやこれまでもか。


【9月20日】 「科学忍者隊ガッチャマン」の放送開始50周年イベントで出た話で思い出したことを幾つか。南部博士を演じているのは「ハクション大魔王」と同じ大平透さんなんだけれどその大平さんに大鷲の健を演じている森功至さんはサインを作ってもらったとか。当時の声優さんにどれだけサインの需要があったかは分からないけれど、大平さんはいつか声優が表舞台に立ってサインを求められるような仕事になると確信していたらしい。

 自分の仕事への誇りがあり自信があったって現れ。実際にその「ガッチャマン」放送から2年後に「宇宙戦艦ヤマト」の放送が始まって、そして再放送で大ブレイクして声優への関心がグッと高まったのは歴史のとおり。大平さんも含めて誰もが大人気となっていった訳で、世界でも希な声優大国が今あるのもそんな自分の仕事への自信を持って取り組んでくれた大平さんのような大先輩がいたからなんだろう。そういえばやはり亡くなられた内海賢二さんのドキュメンタリーが上映されるみたい。どれだけの誇りをもって仕事していたかを確かめに行かないと。

 声優ではベルク・カッツェ役の寺島幹夫さんについて森功至さんがあのカッツェの声をどうやって出そうが寺島さんが悩んでいたことを話してくれた。ようやくマイクの前に立って腰に手をあて上から出すような声を作ったみたいで、その手は合図か何かだったのかと話したらささきいさおさんがそれはきっと背筋を伸ばそうとして添えたものじゃないかと解説。たしかにそうやって背中を伸ばし反らせると、声も抜けて甲高くなるような気がする。カッツェを見るときは腰に手をあて背筋を伸ばしている寺島さんを思い浮かべよう。

 今でこそ大御所がズラリと並ぶガッチャマンたちだけれども当時はまだ若手。ささきいさおさんも30歳ではあったけれど初声優ということで現場では新人でいつもすみっこにいたとか。真ん中は当時からすでに「スパイ大作戦」なんかで名を知られていた大平透さんたち。そんなアフレコの現場の話もどんどんと亡くなられていく大御所たちとともに消えていってしまう。勝田久さんのエッセイが綴られた本も出たりはしているけれど、富田耕生さんも肝付兼太さんもそうした本とか残ってないからなあ。お目にかかって話を聞いてオーラルヒストリーとして残すことを、文化を考えるならやって欲しいなあ。それも立派に素敵なアーカイブなんだから。

 ウィンザー城へと4キロばかり歩いてエリザベス二世のお棺が到着するのを見てBBCのネット中継を見るのをやめたけれどもその間の4時間くらいがまるで飽きなかったのは、見るほどに歴史と伝統の感じられる衣装であり式次第であり振る舞いにこれを逃せばそうした歴史に触れられる機会もなくなるという思いがあり、同時にそれらにリアルタイムで接していられる喜びがあり、これは何なんだと想像する楽しさがあったから。文字通りに「儀」の字をとってつけたような「国葬」ではそんな奥深さを感じることなんてないのに、どこかのテレビ局はBBCの向こうを張って5時間とか放送するそうで、これほど視聴者を蔑ろにしたプログラムもないんだけれど逆に視聴者がテレビ局を蔑ろにしている時代だから別に良いのか。滅びたければ勝手に滅びろという感じ。

 凄かったのはウェストミンスター寺院を出てウエリントン・アーチの下まで行ってからジャガーの霊柩車にお棺が治められ、ロンドンの街を走っている間に沿道からどんどんと花が投げ入れられ、それが霊柩車の上に乗っても警察が静止したり軍隊が銃殺したりするような場面がなかったこと。なるほど近寄ろうとする人の身体検査くらいはしていたかもしれないけれど、それでも投げれば衝撃を与えることできるものくらい持ちこめただろう状況で、誰もそれをしようとしなかったところにエリザベス二世への敬愛であり王室への畏敬が人々の中にしっかりと根付いていることがうかがえた。

 宗主国として抑えた植民地の人たちには言いたいこともあっただろうけれど、国葬でそれを主張したら非難を受けるのは自分たちだと分かっていた。それをさせない伝統と歴史と格式があの葬儀からは漂っていた。翻って……って言い出すときりがないけどやっぱり既に本葬も追えた後の形式に過ぎない儀式にどうやった敬意を抱けるか。逆に言うならそれだけの敬意を抱かせるような演出ができるのか。手掛ける電通、正念場だぞ。やっぱりここは棺桶の上にプロジェクションマッピングで本人を立たせて「Always Look on The Bright Side of Life」を歌い出すとかしないと受けないよああ。いや別に受けなくたって良いんだけれど。


【9月19日】 新宿バルト9へと向かい「夏へのトンネル、さよならの出口」を見る。4度目。今回はeillさんと田口智久監督と松尾亮一郎プロデューサーのトークイベントがあったからだけれど、見てやっぱりウラシマトンネルの奥でのやりとりの、「いってらっしゃい」に至る顔を背ける動きと背を向けて歩み去る動きの対比の巧みさにやっぱり感動する。ひとつの訣別から確かな選択をする場面として、永遠に語り継がれるべきだと思うのだ。

 そしてeilllさんの楽曲の話。冒頭でカオルがMDプレーヤーから流れる「片っぽ」は最初使われる予定ではなかったけれど、2005年の楽曲をはめようとして結局はeillさんの楽曲になったのは内容にマッチしていたから。「ひまわり」という作中に出てきたたモチーフも歌詞にあってこれしかないとなったらしい。2005年といったらORANGE RANGE全盛だったけど確かに合う曲なさそうだしなあ。

 そして挿入歌の「プレロマンス」は色のついてない絵とか見ながら想像してクリスマスイブに30分で作り上げたという。早く出来たということはイメージからわき出るものが多かったんだろう。作り上げて涙が出てきたというから相当に入り込んでいたんだろう。セリフを避け歌詞が響いてそれぞれが立つ作りになっている巧みさに言われて気づくくらいハマってた。映画館で再確認したい。5度目の鑑賞も確定だ。

 エンディングの「フィナーレ。」は歌詞の最後にある「味気ないね/でもそれがね/ふたりの幸せ」という言葉を田口智久監督がお気に入りでeillさんに尋ねたら、作中の言葉にあってカオルとあんずのあの雰囲気を言い表していると思い最初に付箋を張っておき、歌入れの時にその場で差し込んだとのこと。急に唄い始めておいおいなんだとなったとeillさん。原作にはないけど原作から感じた雰囲気を映画に描きそれを感じて取り入れたからこそのマッチング。共同作業のなせる広がりを感じさせるエピソード。

 あとeillさん、江の島まで行き波の音を録りトンネルも走って環境音を録ってそれを入れたとか。なおかつ劇場用に5.1chで楽曲も作ったからトンネルを走る音がちゃんと動くらしい。ステレオ環境では体感できないそんな音の動き、作品とのマッチングが感じられるのは今のところ映画館だけ。だからやはり「夏へのトンネル、さよならの出口」を見るなら劇場へと足を運ぶのだ。

 イギリスでエリザベス二世の国葬が行われてBBCでネット中継。まるで「ルパン三世 カリオストロの城」で見た結婚式のように荘厳な儀式が段取りよく繰り広げられてく様にどれだけの積み重ねがあったのだろうかと想像してしまう。誰がどこで何をするか。決まってなければできないよなあ。このあたりはマニュアルもあるだろうし研究もあるんだろう。日本だって大喪の礼となるとやることは決まっていてそのとおりに進んでいく。永津続く王室なり皇室のそうした儀式は見るからに敬意を表したくなるものなのだ。日本武道館で開かれる元総理の国葬儀はどんな風に作られ、そしてどんな印象を残すのか。見たくないけど見てみたい。

 ただやっぱりそこは英国、モンティ・パイソンノ「ライフ・オブ・ブライアン」のエンディングに流れた「Always Look On The Bright Side Of Life」が流れないのかといった声がツイッターにも上がってた。英国人が葬儀に流したい楽曲で3位に入るとか言う楽曲。ある意味で厳粛な英国への皮肉なんだけれどそうしたユーモアを介したエリザベス二世ならあるいは遺言でこの曲をかけろと言っていたらちょっと面白かったかも。さすがに本人が棺から問いだして唄うわけにはいかないからなあ。

 ネットでは女性がいない黒人がいないって声も流れていたけれど棺を引いていた海軍を扇動していた人は女性士官で声も出していたからとても偉い人なんだろう。それから棺を引いていた中に1人、黒人の水兵がいたし脇を歩いていた中にも黒人がいたから決して差別がある訳じゃない。そりゃあ割合としては少ないかもしれないけれどゼロではないってことだけは指摘しておこう。あと目に付いたのはビーフィーター・ジンに描かれているヨーマン・ウォーダーズがいたってことかな。武士はもういないけどこうした近衛兵は今もいる。そこがやっぱり英国の凄みなんだろう。


【9月18日】 大雨が降りしきる中をなかのホールZEROへと出向いて「科学忍者隊ガッチャマン」の放送50周年を記念するイベントを見る。ネットで情報が流れてきた時に、森功至さん、ささきいさおさん、杉山佳寿子さん、塩屋翼さんとG1号から4号までが勢揃いするという構成を見てこれは行かなくちゃと即座に申し込んだ。今も現役感のある方々だけれどその言葉をいつまでも聞けるとは限らないなら聞ける機会は逃したくない。そんな思いもあったし何より子どもとして熱中した番組のヒーローにヒロインに会えるなら、これはもう行くしかない。

 そんなイベントに4人が揃って登壇あれるのは森さんによれば「放送を終えてからたぶん初めて」くらいだとか。芝居があって揃って出たことはあったけれどイベントに出ることはなかっただけにどんな話が飛び出すかと思ったらもう楽しい話のオンパレードで、粘弾の3倍、いやいや5倍の価値はあったかも。森功至さんはお歳は召されても未だに綺麗な声が出るし杉山さんはハイジだし、ささきいさおさんは変わらずカッコ良さ全開! 塩屋さんは当時14歳だったとかで声は違ってしまってもブランクが途中にあっても演技は衰えず「科学忍法竜巻ファイター!」と叫んでくれた。それだけで十分過ぎる。

 話ではささきいさおさんがなかなかにユニーク。大鷲の健でオーディションを受けたけど連絡が来ずもう終わったものと終わったある日、事務所に寄ったら急に来てといわれてスタジオにいったものの、てっきりオーディションで受けた大鷲の健の役だと思ってそのセリフを喋ったら森さんと重なって斯波重治さんのところにどういうことなのか聞きに行ったらしい。結局はコンドルのジョーだと分かって間違えたと思って当日は落ち込んだけれど、途中でアイキャッチのセリフ「ガッチャマン」をいってと言われ大平透さんがやるものだと思っておたら自分に白羽の矢が当たり、必要とされているンダと思い返して復活したとか。

 そんなガッチャマンでのオーディションでもらったお金が1000円で、対して塩屋さんは2000円で違っていたんだと驚いた。杉山さんはもらっておらず「テアトルエコーがもっていったんだ」と森さんあたりに突っ込まれていた、その杉山さんにもオーディションのあとの連絡がなく新婚旅行に出かけたら、その先で戻って来てと言われてかけつけ演じたという。「オムニバスのデスクが悪いんだ」と森さん。なかなかに口が滑る滑る。

 その森さんも吉田竜夫さんとの思い出になると真面目に話し出して「マッハGoGoGo」の打ち上げで吉田さんと2人で外に出て、そこで主人公の三船剛の声で何か言ってと言われて言ったという。普通は監督とかクリエイティブの人と役者とでは接触がないんだけれど吉田さんは森さんのことを気に懸けていて3本も主演を任せてくれた。今あるのも吉田さんのおかげと言い、そのスピリッツが出ていた「ガッチャマン」だと話してた。「ガッチャマン クラウズ」にJJ役で出たのもそうした恩義を感じていたからなのかもしれないなあ。一方で吉田竜夫さんが亡くなられて以降にスピリッツが衰えたとも。ちょっと厳しい話。

 戻ってささきいさおさんは「ガッチャマン」がらみのパーティーで子門真人さんが唄った主題歌を合唱してたら関係者に誘われ唄ってみないといわれて当時は子門真人さんと水木一郎と堀江美都子くらいしかアニメソングを唄う人がいないからと誘われ「新造人間キャシャーン」を歌ってアニメソングに入り今に至る。ロカビリーで和風プレスリーと言われながらもブームが終わって迷っていた30歳で得た声優の仕事から一気に変わったという意味で「ガッチャマン」は特別だとささきさおさん。だからこういうイベントにも御年80歳で来てくれるんだろうなあ。貴重な場にいられて感激だったけれど次もあったら嬉しいかも。ちなみに上映もあって最初の1話と最後の2話を久々に見た。1話から白鳥のジュンは白見せまくってたんだなあ。子供もそそられるよね、やっぱり。

 出ると雨が止んでいたのでそのまま中野まで歩いて電車を乗り継ぎ六本木へと行ってTOHOシネマズ六本木で「劇場版マクロスΔ絶対LIVE!!!!!」のMX4D版を見る。前の劇場版もMX4Dで見てなかなか楽しかったから今回もと期待したうちのバルキリー戦については左右に揺れて上下に動いていっしょに飛んでいるような気になれた。一方でライブシーンはビートに合わせて振動がある訳じゃなくってほとんどモーションがなくちょっと物足りない感じ。前回はエンディングに合わせて振動があってちょいズレ気味だったけど気分も盛り上がったから今回もそういう味付けが欲しかった。なんで止めちゃったのかなあ。再調整があれば行きたい。


【9月17日】 明け方の4時くらいまでかけてどうにかこうにか全体を整え細部を割り振り添え物の文章も書いてひとまとめにして送信。3日くらいででっちあげたけれどもそれがそのまま通るわけでもないから現場の人のこれからの苦労がしのばれる。果たしてどうなるのか。しっかり告知も出ているしなあ。ともあれ現時点でのお役は御免となったのであとは遠くから見守ろう。頑張れ施工業者。

 という訳で自主的缶詰しているスーパーホテル松本駅前で2時間くらい眠ってから起きてビュッフェで朝食を摂ってJR松本駅へ。せっかくなので小諸を見ておこうとまずは篠ノ井駅まで行ってそこからしなの鉄道に乗ってどこどこと小諸まで行く。途中駅での30分くらいの乗り換え時間を考慮に入れて2時間くらいだからかかるといえばかかるけれど、船橋から三鷹だってそれくらかかるから近いとえば近いのかも。同じ長野県内だし。昨日とはうってかわって涼しい風が吹いて遠くの北アルプスも割と見えた。長野はこれから秋になる。

 とはいえやや暑い感じの小諸に到着。早速懐古園へと出向いて久々に展望台へとたどり着く。あんな傘なんてあったっけ、っていうのは17歳だった高校2年生の時に修学旅行で来ていたからで、「すくらっぷ・ブック」という小山田いくさんの漫画で舞台となっている小諸に来られて出てくる場所に行けたことを内心でとてつもなく喜んでいた。今でいう聖地巡礼のこのあたりを嚆矢ととらえても言いような気がするけれど、アニメにならないとやっぱり広がらないんだよなあ、世間的には。

 それでも小諸を「あの夏で待ってる」ではなく「すくらっぷ・ブック」の舞台として捉えているファンもまだいるようで、駅前にある土産物店には専用のコーナーができてサイン色紙も飾ってあって見ていて涙が出そうになった。亡くなられて6年。思い出してくれている人はまだまだいるみたい。何より駅前の商店街にカナと雅一郎やイチノと理美、そしてマッキーや春ボンや一同が揃ったポップが飾ってあって今も商店街でちゃんと認知されていることが分かって嬉しくなった。時代性もあるけど普遍的中身も多い作品だけに読まれて欲しい。あわよくばアニメ化とか? それはあってもなくても僕は愛し続ける。

 とはいえ今は「あの夏で待ってる」の街でもある小諸。駅にはりのんを象った神輿があってあちらこちらにポスターもはってあった。水の口展望台の傘と策もこちらにはしっかりと登場している。あと四阿も。10年前にはそうだった光景が今もしっかりと残っていて見ていたファンには嬉しい限りだろう。そういう人が今も訪れるみたいで町では新しく登場人物たちの10年後を描いたポスターを作って張り出したり売り出したりしていた。みな10年経ったっぽい格好だったけど山乃檸檬はたいして変わらず。まあ中の人が永遠な人だからしゃあなしだ。

 1時間半ほど歩き回って駅で冷凍を湯で解凍したふつうの蕎麦を食べてから小諸を退散。しなの鉄道で軽井沢へと行ったら一気に涼しくなってきた。寒いってほどではないんだけれど冷やっとした感じがしてさすがは避暑地。今がベストな空気感だった。そりゃあ滞在したい人も多いだろうけどすぐにこちらは冬になりそう。それもそれで楽しいんだけれど。こちらはこちらで「軽井沢シンドローム」の舞台なんだけれど中軽井沢ではなく新幹線の駅がある軽井沢まで言ってしまったので雰囲気は味わえず。「ら・くか」のカレー、食べたいなあ。

 戻ると昨日の新幹線に置き忘れて金沢まで行ったiPadが郵送で着払いで送られてきた。何てスピーディーな処理。日本郵便の配達力とJR西日本の処理能力に感謝感激。そんな合間に日本SF作家クラブで理事会があったようで新しい会長に慶応大学理工学部准教授でAIだとかSFプロトタイピングで活躍している大澤博隆さんが会長に就任していた。博士の会長は瀬名秀明さん以来か。理事には堺三保さんの名前が。ジョージ・ルーカスの後輩で日本SF作家クラブ理事はおそらく史上初だろう。何かしでかしてくれるに違いない。大いに期待だ。


【9月16日】 深夜まで画像をながめて選んで割り振る作業をして数時間だけ寝て起きて松本へ。ちょっと早めに出たら船橋駅から松本へと向かう特急あずさが出る直前だった。乗ればこれ1本でいけたけれどそれから1時間くらい後の新幹線に乗って長野経由で入っても30分遅いだけだというから新幹線の凄さがここにも出ている感じ。これで富山とかほとんど首都圏になったものなあ。長野も群馬県で前橋を抜いて一気に首都圏に躍り出た高崎と同様、松本を抜いて長野の東京と呼ばれるようになっているんだろうか。降りたことないから何があるか知らないけれど。善光寺?

 長野からは特急しなので松本へ。途中でiPadを忘れたことに気づいて問い合わせたらどうやら金沢駅まで行っていたらしいので送り返してもらうことにする。見つかって良かったけれど買い換えるチャンスでもあっただけにいろいろ思う。でも今のiPadって滅茶高いからやっぱり買い換えずに済んだことを喜び、その分を何かに回そう。そろそろスマートフォンを買い換えるかなあ。性能の割に安いから今のも好きだけどちょっとだけ新しいモデルの方がカメラが良いんだよなあ。

 松本に到着したのでてくてくと松本城見物。ずっと残っているお城のひとつで中に入ると急勾配の階段を上って上まであがっていけた。天辺がお殿様の居城かというと天守閣って軍事拠点みたいなものだから御座所はあってもそこに常駐している訳ではないのだった。あの階段を行ったり来たりしてたらお殿様もお付きの人も大変だから。なのできっと御殿が下にあってそこに寝起きしていたんだろう。名古屋城でも本丸御殿が再建されてその豪奢さを見せてくれている。松本城はどんなんだったんだろう。江戸城の御殿はどうなったんだろう。ちょっと気になった。

 信州だから蕎麦でもと思ったもののパッとした店が見つからずココイチでカレーを食べてお腹を満たす。どこでも同じ味と値段ってのはありがたい。これがアメリカならきっと3000円以上はするだろうなあ。沖縄の米軍基地に来る人は日本の値段でココイチが食べられるとあってきっと引きも切らない人気なんだろう。そういう国に日本はなってしまったのかと思うと寂しいけれど、そういう状況で残る人生をつましく生きれば生き延びれるなら生きるしかないのだった。なのでインフレだけは勘弁。ちょっとずつ値段が上がっている気がするんだよなあ、何もかも。

 廃棄物コンサルティングとか調査分析をしている会社の取材をしに行った松本だったけれど、東京あたりの気温から背広を上下着てネクタイも締めていったら暑いのなんの。名古屋の8月もかくやと思わせる暑さにいったいどうなっていうんだろうかと訝る。台風が近づいているといってもまだ遠いし、そこからの風が吹き込む地形でもない。盆地は盆地でも太陽が真上からズレた今の時期に日差しだけで暑くなるとも思えないけど実際に暑いんだから仕方が無い。地元の人もこの暑さは異常といっていたからやっぱり何かが作用しているんだろう。山の中に怪獣とか?

 日帰りするつもりだったけれど画像を見て選んで並べる仕事が佳境に入っていたので自主的に缶詰をするつもりでホテルを取って午後の5時から引きこもる。駅弁を食べてお茶を飲んで絵を見たり選んだり紹介分を書いたりしてどうにかこうにか形にしたら午前4時。果たしてそれで良いのかって思うけれどそれ以上に成果が10月にもお披露目されかねないというのが恐ろしい。印刷より早く作らないとけないなんてありえるのか。いやそれは今日取材したところもパンフレットをオンデマンドで印刷してるって言ってた。印刷所も潰れる訳だ。どうにか仕上がったので寝て明日は小諸。いちおう見ておかないと。


【9月15日】 敬老の日、ではないのだった。朝から三鷹の業務委託先で健康診断。すっと通って目も良くなったし体重も少し減ったけれどもそれでもやっぱり3年前からずいぶんと太り気味。ちょっと問題なのでこのあたりでもうひとふんばしりて年末までのあと5キロは落としたい。どうすれば落ちるかは知らない。夜食べないのが良いのか野菜ばかりにするのがいいのか。食べられるだけ幸せってこともあるしなあ。

 血圧がやや高めに出ていてやっぱり中性脂肪が影響しているのかと少し心配。あるいは飲んでいる薬のせいかも。血液検査の結果がどうなるか次第でちゃんとした検査も考えるか。そうこうしているうちにレントゲンまで終わって終了。フリーでも業務委託契約ならちゃんと受けさせてくれるところが大企業なのかもしれない。しばらく言ってなかった本社のエレベーターホールに胡蝶蘭がぎっしり。ナニゴトかと思ったらそうだ社長が替わったのだった。前の社長は代表取締役会長に。CEOはどっちなんだろう。

 電車を乗り継ぎりんかい線に入って東京テレポートセンターで降りて東京科学未来館へ。遠目に見える観覧車の輪の片方が外されていてゴンドラもなかった。これではパンジャンドラムごっこができないじゃないか。いやしないけど。とこところ歩いて到着した日本科学未来館で第25回文化庁メディア芸術祭を見物。この回の選考でアニメーション部門の選考委員を務めたので胸に大きな飾りをつける。でも今回限りでこれも終了。去年の今頃はアニメーションを頑張って見たなあ。

 そんな成果としてイランの女性クリエイターが大賞を受賞。てっきりミニチュアを使っているかと思ったら、本当の部屋を使って本当の洗濯機なんかを使って撮ってそれに手書きのアニメーションを重ねたりしていたらしい。受賞式で洗濯機はお母さんが大好きでそれを使ってアニメーションなんか作っちゃってごめんなさい、でもおかげで大賞をとれましたと話して家族に感謝をしていた。聞けばどうやらそれが初のアニメーション作品。それで大賞。あの世界の山村浩二も「漁港の肉子ちゃん」の渡辺歩監督も差し置いて。こういうところが面白い賞だった。

 それも今回まで。永岡桂子文部科学大臣は受賞式の挨拶で「令和4年度に向けた作品募集を行わないことに多くの皆様からご意見を頂戴しました。文科省としては戴いたご意見、25年の成果と実績を踏まえ育成やアーカイブの取り組みを深めると共に発信の為の新たな国際的な祭典の準備を進める」と話して何か代わりになるものを用意するようなことは話していたけれど、それは想像するなら日本博のようにポップカルチャーに限らず文化芸術から工芸に食あたりも含んで日本っぽいものを盛り上げるイベントのようなもの。そこでは田宮模型の会長や音響のプロが功労賞を受賞することも、イランの新進クリエイターが受賞して日本に行く機会を得ることもないだろう。

 過去を讃え未来を育て日本への印象を良くするとてもとても貴重な場だった文化庁メディア芸術祭のいったんの終焉はそういった意味を持って今後の日本にいろいろな影響を及ぼしそう。漫画もそれはそれで発展し讃えられてはいくだろうけれど、人気や売上げが先走りがちな既存の賞からは漏れてしまう描き手であったり同人作家であったり海外クリエイターの道は閉ざされてしまう。どうにかできないかなあと思うけどどうにもならないならせめて今回、会場にかけつけてその必要性を国に感じさせるしかないかなあ。

 行けば本当にいろいろな表現に出会える場。メディアアートで植物を利用したものや人のインタラクションを活用したものや意味不明だけれど意味深なものがあったり、漫画で大賞の持田あきさんによる「ゴールデンラズベリー」の原画に真珠が張ってあったりキラキラとしたものが散りばめられていたりして、インスタレーションのような美しさを放っていることも確認できる。手描きのペンの細かな走りも目の当たりにできるのなら行かない手はない。そういう場が失われてしまう寂しさを、どこかの漫画美術館が受け継ぎ発展させてくれれば良いんだけれど。京都に期待かな。


【9月14日】 図書館であれやこれや原稿書き。しばらく連絡がとれなかった編集の人がもしかしたら倒れたんじゃないかと心配していたら本当に倒れていて復活はしたものの立ち上がれるところまではたどり着いていなかったので、代わりの人が受けてくれるということで明後日から始まる第25回文化庁メディア芸術祭受賞作品展での贈賞作品を持って贈賞を終わることが漫画にどんな影響を与えるかをあれやれれやしたためる。とりあえずやっぱりいしいひさいちさんの「ROCA 吉川ロカストーリーライブ」に賞を与えそうな場がなくなってしまったとは言えるかなあ。マンガ大賞にノミネートして良いんだろうか?

 3時間ほどで仕上げて市川優人さんの本を6冊ばかり借りてから図書館を出て、ソースラーメンが名物の見せてチャーハンと半ラーメンのセットを頼む。いかにも街中華といったセットだけれどこれがなかなに美味しいのでさすがは街中華のムックに名前が出るだけのことはある。値段もまあそこそこするけど今時のアメリカなら3000円は超えるだろうから日本で良かったと思うしかない。いや本当にアメリカンの人ってどうやって暮らしているんだろう。10万ドルもらっていたって家賃が月々20万円だと食費も含めて大変な暮らしを強いられるよなあ。社会福祉が働いているんだろうか。見えないだけで死屍累々だったりするんだろうか。

 食べ終わってVELOCHEにこもって降って湧いたようなアニメの版権を見て面白そうなのを選ぶ仕事をしていたら、KADOKAWAの角川歴彦会長が逮捕されたというニュースが飛び込んでくる。そこまで捜査が届いたか。元専務とそれから元編集長あたりが上の意向を忖度してやったことで上は知らなかったといった話でまとめるかと思ったし、以前だったら確実にそうなっていたとも思えるけれども安倍晋三元総理の死去によって何かそうした忖度社会の潮目が変わったような気がする。それが何も角川歴彦さんで出なくてもとは思うけれど。

 だって公的なお金が使われているオリンピックという場に対してスポンサーという半ば公的な立場で参加するのにほかに道がないならそうするしかないじゃん。問題はだからそうした公的な場のお金の出し入れを担当する人にそんな賄賂めいたものを求める人を置いていた組織委員会のガバナンスで、止められなかった責任を誰かがとるべきでそれが森元総理になるのか竹田元会長になるのか分からないけれど、参考人に留まらない踏み込みをに至るかを見守るしかない。あるいは窓口がそうせざるを得ない事情、入ったお金の出口がどこかにあったならそれはそれで暴かなくっちゃ。統一協会の問題も大変だけれどこちらもこちらで疑獄ルートの口が開いた。噛みつけ検察、闇の王に。

 しかしまあ、過去に社長がコカインで逮捕された会社だけに会長が逮捕されても現場は動じないで欲しいものの30年、上に立っていた人がいなくなってはやっぱり戸惑うことも多いだろうなあ。どうするか。ここはやっぱり社史を書いた佐藤辰男さんを呼び戻して上に置いて引き締めを量るのが良いと思うんだけれど、ある意味で歴彦さんと二人三脚でやって来た人だけに色が濃いからと跳ねられるかもしれない。逆に会長として長く勤めず引いてもう5年が経つなら問題には関わっていないと任せられるかもしれない。どうなるか。バンダイが山科誠社長を外した時にバンダイビジュアルの茂木さんを挟んで高須さんを社長に据えたようなことが起こるかな。夏野剛さんではうーん、KADOKAWAは面倒見切れないだろうしなあ。


【9月13日】 53号を打った時点で国籍だったら野村克也さんも落合博満さんも抜いて日本人として最多になったはずなのに、王貞治さんをどう扱ったら良いのか迷っていたのかあまり大騒ぎとはならなかった村上宗隆選手が、55号の本塁打を放ってカブレラ選手やローズ選手や王貞治選手と並び、60本を売ったバレンティン選手に次ぐ成績を記録した。これを持って日本出身の日本選手として最高の王貞治さんに並んだと騒ぐメディアがあっても正解だから別に良いし心情的にも納得だけれど、日本人選手と書くのは王貞治さんが未だに中華民国の国籍を持ち続けているだろうことを蔑ろにしているようでちょっと引っかかるのだった。TBS大丈夫か? フジテレビもか。ナイーブさが欠けているからバズるネタにひっかかって右顧左眄するんだろうなあ、ワイドショーもバラエティも。

 ヴィスコンティは絢爛さと退廃ぶりに惹きつけられて何作か見たけれど、ゴダールは評判を聞き及ぶ一方で映画となると実は見たことがなかったので、どれだけ凄いか今ひとつピンと来ないけれども黒澤明級に凄いということくらいは当然知ってるだけに、亡くなったと聞いてひとつの時代の終わりを感じた。エリザベス二世女王の逝去とも相まって昭和の御代がどんどんと彼方に去って行くような感じ。そんな昭和生まれの自分もあと30年もすればいなくなって残るのは平成生まれと令和生まれとさらにその先の元号生まれだったりするんだろう。その時に訃報が流れて騒がれている日本人監督なんているんだろうか。今だいたい50歳から60歳くらい。細田守監督とか新海誠監督になるのかなあ。

 そんな世代に続けとばかりに新作アニメーション映画「夏へのトンネル、さよならの出口」を送り出した田口智久監督が、色彩設計の合田沙織さん、そしてスタジオCLAPの松尾亮一郎プロデューサーとトークイベントを行う上映があったので新宿バルト9まで行く。本当だったらクラリスとカリオストロ公爵との結婚記念日ということで「ルパン三世 カリオストロの城」を見たかったけれどトークイベントがあるなら仕方が無い。せめてものお祝いとばかりにパンチョでナポリタンにミートボールならぬハンバーグを載せて食べる。やっぱりナポリタンはここん家が抜群だなあ、パスタが違うのかケチャップが違っているのか。

 さて映画は3度目となってじっくりと観察。やっぱりあのクライマックスでカレンがカオルから顔を背けて反対側を向き、そして玄関に立って出かけようとするカオルに声だけて「いってらっしゃい」と告げて姿は描かれないシーンの巧みさに感じ入って涙がにじんで来る。このシーンだけを見るために僕はこの映画にあと何度も通うことになるんだろう。それは例えば「虹色ほたる〜永遠の夏休み〜」でサヨコの手を引っ張り参道を登るシーンを見るために通うのに似ている。羽川翼のまくれあがったスカートの下が見たくて「傷物語」に通うのとは果たして同じかはちょっと迷うところだけれど。

 さてトークではひとつにカラースクリプトのことを話していた田口監督と合田さん。色彩設定というよりはシーン毎にどんな色合いにするかということをコンテに色を塗る形で決めて伝えていったとか。レイアウトをコンテで決めちゃう感じの今敏監督とはまた違った制作手法。ひとつとして同じ色がない作品ならではか。新海誠監督のビデオコンテは実写を織り交ぜセリフを入れてタイミングを計るものだったりして、人それぞれにいろいろな技法があるって分かる。

 もうひとつの特徴がリムライト。いわゆる輪郭部分が陰ではなくて光ってるような感じになる奴。冒頭でカオルがMDプレーヤーを操作した際のディスプレイの光が手に照り返す感じで入っているらしい。当初は影のままだったのを合田さんが色を入れてそれでゴー。他の部分も少ない影以外にも入れていった。見ると落ち着いた色の中にアクセントのようになっている気もする。新海誠監督「言の葉の庭」だと影が緑でつけられていて春から夏にかけての新宿御苑の感じがしたし、「おそ松さん」は輪郭が青くて不思議な印象だった。色の工夫によって見て目新しさを出す。そんなチャレンジをまた確認に行くのだ。
 ただしリムライト、どういう法則で入るのか分からないため総作画監督は困ったらしい。描く側の意識の統一も必要だし、背景との調和なんかも考えながら色を入れてかなくてはいけないからセンスも問われる。チャレンジした「夏へのトンネル、さよならの出口」を経て次はどんな作品で何を見せてくれるか。そんな楽しみを抱きつつ画面への効果をあらためて感じ取りに観に行くのもありかもしれないなあ。キャラクターは割とシンプルにしつつ美術に凝って見せるあたりのバランスも、クライマックスに全振りした作画もそれぞれを際立たせる意味はあったということも


【9月12日】 「リコリス・リコイル」のノベライズがあちらこちらで売り切れになっているらしいアサウラさんが同時に電撃文庫から出した「小説が書けないアイツに書かせる方法」(電撃文庫)はいわゆる作家物。勃起しないという自分の体験を繊細な文体で綴った小説が新人賞の優秀賞となって脚光を浴びたものの次の作品が出せず悩んでいたところに尋ねた出版社で突然女子大生から話しかけられる。少年の正体を知っていてバラされたくなければ自分が考えた小説を書けというもの。そして書き始めたその話はエロの混じったシンデレラストーリーめいたものだった。

 エロティックな描写もあるけれども女子大生が繰り出すプロットが淫靡で起たない少年でも起ってしまいそうになるというところがひとつのポイント。それを自分の文体に直すと途端に面白くなくなってしまう状況を鑑みて少年は女子大生自身に小説を書かせようとする。やがて明らかになるその正体。自分より上の大賞を受賞しながら自体をしたという話とそして普段は大会社の令嬢としてメディアにも取り上げられていることなんかから、自分の嗜好を外に向けて発散できず物語にして書いたけれども厳格な家族には黙っていたいタイプなのかと思ったら、家族とは仲が良いと言うから肩すかし。そういうところもアサウラさんらしい。

 作中で主人公たちがプレイしているゲームが「デスニードラウンド」とうのに笑うけれども大型ファストフードチェーンとか警察とかのマスコットが暴れ回るような内容なのかは不明。でもこうして言葉にしている以上は作品への思いはちゃんと残っているってことあろう。絶版になっているなら復刊を希望し流通しているならアニメ化を希望したいけれど、まあ無理だろうなあ。「リコリス・リコイル」のノベライズは全編がほとんどスイーツ話。ときおりまじる銃撃戦もあるけれど本編では描かれなかった女子2人の日々といった楽しみ方をするのが適切かな。

 エリザベス女王が亡くなって翌朝の1面コラムで各紙がエリザベス女王の微笑ましいエピソードを紹介して悼んでいた一方で、一応は全国紙の看板を掲げていても100万部を実質切ってる新聞のコラムはエリザベス女王の話を枕に民主党を批判し中国を批判し安倍元総理への反対勢力を批判する内容へと持って行ってどこに追悼の気持ちがあるのかを目を皿のようにして見たけれど見つからなかった。あまりの非道さから翌日も同じコラムでおそらくは別の筆者がしっかりとエピソードを紹介して追悼をしていた。

 そんな同じネタを2日連続でやらなくちゃいけない状況を、放っておくところに100万部割れの秘訣なんてのもあるのかも。同じ会社で出している一応は日本新聞協会に加盟の題字を持ってる夕刊紙なんかでも、安倍元総理の銃撃に陰謀が隠されていると平気で書いていたからなあ。映画評論家を使って書かせるなら映画ではそういう場面があるけどそれが現実にもあったら面白いねくらいにしておけばいいのに、堂々の論陣を張らせてしまうあたりに元々あったヤバさがどんどんと極まっているような感じ。変わると期待してもまるで変わらずさらに大変になるのってどこに原因があるんだろう。本当に訳が分からないよ。

 逮捕されたKADOKAWAの元専務の人がメディアファクトリーの社長だったって話しから例の社史を掘り返したらメディアファクトリーをリクルートからKADOKAWAが買収した際も社長を務めていたようで、KADOKAWA側の熱烈なラブコールにあるいはMBOなんかも考えていたのを翻してグループ入りを決めたにもかかわらず、10年後には東京地検の取り調べを受けているというのはどうにも切ない話でどんな心境にあるのかを聞きたくなった。あれもこれもと言って成さそうなのはあるいは今でもラブコールを胸に留めて燃やしているからなのかもしれないけれど、その熱が冷めた時にどうなるか。まだまだ目が離せない。


【9月11日】 原稿を書きに街に出る。とりあえず東京駅のOAZO丸の内にあるスターバックスで2時間ほどカチャカチャとテープ起こし。どうにか仕上がったので丸善へと入って村上隆さんが「めめめのくらげ」に関して作った記録全集を探したけれども流石に売ってなかった。というかいったいどこに売っているんだろう。カイカイキキのギャラリーに行けばあるんだろうか。っていうか広尾のギャラリーってまだあるんだろうか。最近あんまり活動を聞かないんだよなあ。六本木アートナイトでキュレーターをやるから関連で売ったりするかな。六本木ヒルズのナディフを覗いてくるか。

 適当な時間になったので新宿を出てたつ屋で牛丼。550円で大盛りを書き込んでからVELOCHEで仕事をしようとマルイの下にある店にいったら人がいっぱいだったので、花園神社の向こうにあるVELOCHEへと行ったら新宿タイガーさんがお茶をしていた。最近あんまり見かけなかったけれども健在で良かった。ここん家でどうにかこうにか原稿を仕上げてフィニッシュ。最近のVELOCHEはどこも電源を置いてくれるようになったのでスターバックスよりも実はノマドに向いているのだった。コーヒーの味はまあ、慣れだね。

 時間になったので新宿バルト9へと行って八目迷さんのライトノベルを原作にしたアニメーション映画「夏へのトンネル、さよならの出口」を観る。試写に続いて2度目。そしてやっぱり僕はこの映画が好きだと分かる。もうクライマックスに近い部分、届かなかった時間を取り戻したかのような場所にいつまでも留まっていたいと思いながらも、そんな停滞を乗り越えて新しく得られた出会いのかけがえの無さを改めて思い知って、前へと進み始める場面からあふれ出る未来に生きる大切さが、否応なしに進んでいく時間の中を進まざるを得ない身に力を与えてくれるのだ。そんな映画だ。

 確かに11月11日に公開されるような超大作アニメーション映画ほどの精緻な絵ではないかもしれない。それでも紡がれる物語でありそれを描き挙げる雰囲気に大きく劣るところはない気がする。何よりクライマックスに近い場面での再会とそして再出発を描く絵が、温かくて懐かしくて柔らかくて嬉しい感じに溢れていてそこだけでもずっと観ていたいと思わせた。あとは例えばケンカを売ってきた女子に対して女子が放つ容赦の無いストレートの率直さであったり、自信はないけれど自尊はある自分の漫画を褒められたことに対してじたばたと足を動かす愛らしさであったりと所々にハッとさせられる描写も多い。

 少年と父親との関係が親子の愛憎すら超えて他人行儀であったり、少女と家族との関係がまるで見えなかったりする部分はあるものの、誰かを失ったり何かを嫌がっていたりする場合にないともいえないからそこは了解。そんな家族関係からの逃避もまた行動への力なのだから外せない。いわゆる劇伴を抑えて環境音とか息づかいとかをしっかりと取り込みつつその世界に没入させる音響面での工夫は試写室よりも大きな劇場でこそ意味を感じた。ここぞという場面でかかる挿入歌なり主題曲なりエンディングが緊張を解放し衝動を煽って感情を沸き立たせるところも良かった。

 だからこそやっぱり絵が究極ではなかったところに残念さも募る。それがあればなお特別な作品になれたのに。企画としての成り立ちは分からない。ライトノベルとして単巻で優れた作品ではあってもベストセラーとは言えず誰もが知っている作品でも無い。それを実写でアイドルの主演によって惹きつけるタイプでもない映画にどれだけの動員が期待できるかも分からない。それでも作られたことに僕としては意味があった。過去よりも今であり未来なんだと感じさせられた。だから良かった。とても良かった。誰がどう思おうとも僕にとって2022年の夏に必要な映画だ。


【9月10日】 極音上映が始まったので立川シネマシティに「劇場版マクロスΔ絶対LIVE!!!!!!」を観に行く。予約していたと思ったらしてなかったけれど最前列を買えて良かった。音的には中断で見た方が良いんだけれどやっぱり映画って大きなスクリーンで見たいから最近は前目で見ることが多いのだった。もう何度目になるか分からないくらい見ているけれどもやっぱりラストは感涙。そして始まる新たな物語が映像として紡がれる時は来るかなあ。その前に「マクロスF」のアルト帰還を描いて欲しいかな。

 見終わって何か続けて見る手もあったけれども調布で女子サッカーのWE LEAGUE CUPが開かれているのでそっちを身にモノレールで高幡不動まで行って京王で飛田給へ。歩いてAGFフィールドに行ったら横にアリーナが作られた関係からか、スタンドが整備されて見やすくなっていた。狭くて座る席もなさそうだったのでフェンスで立って見物。最前列はアクリル板が置かれて逆に見づらいのはどうしたものかとちょっと思った。

 試合は日テレ・東京ヴェルディベレーザとINAC神戸レオネッサとの試合。振り返れば日韓のワールドカップが2002年に開かれた流れで女子サッカーを観に行くようになってから20年。その時に見たベレーザの試合で中盤の底にあって縦横無尽に動き回ってはこぼれたボールを収め後ろからのボールを前へと回す役目をこなしていた酒井(現加藤)與恵選手の凄さを目の当たりにして、ベレーザと女子サッカーに強い興味を抱いたのだった。それから20年経ったと思うとなるほど自分も年を取るわけだ。

 試合ではそんな中盤に入っていたベテランの宇津木瑠美選手が走り回って収めていたけど前線からのINACのプレスが激しく責めきれないまま前半に奪った2点を後半に奪い返される形で同点のまま終了。コーナーキックからのゴールを鮮やかに決めたINACの田中美南選手選手にはやっぱり決定力があった。ベレーザは昔みたいに鮮やかにパスを回しつつゴールに迫る感じがなくてサイドからしか攻められない感じがあったけれどもやっぱり中盤の差なんだろうか。トップで収める選手の不足だろうか。カップ戦からリーグ戦へと入って経過を見ていこう。

 そんな試合を見ている最中にアニメーションで美術監督を担った小林七郎さんが無くなっていたとの報。2020年の1月21日に三鷹ネットワーク大学で行われた小林七郎さんのトークで聞いた話を以前に書いて、宮崎駿監督との相性はあまり良くなかったけれども今公開中の「ルパン三世カリオストロの城」では美術監督を任せてもらって、ジブリとか宮崎監督はあまりやらないような輪郭線のある背景美術を描いて収めた話なんかを紹介した。キャラに線があるなら背景に線がないのはおかしいじゃないかという理論。それもそうなんだと思ったので劇場で改めて確かめてこよう。他の宮崎駿監督作品と何が違うかも。

 そんなトークイベントで出た話からまだ紹介していなかった話を幾つか。「これで良いと思ったらそれで終わり。もっとという所があるなら、そこを攻め口にして可能性を追いかける。それが人間として当たり前。直感と閃きと偶然性の3つを延々と続けています」と話した小林七郎さん。「これでもない、あれでもないと思いながら、少し良くやったかなという一種の達成感を持ちながらやって来た。寿命も間近。いつ事切れてもおかしくない。必死で頑張っています」と、87歳にしてなお画家として探求していたところがうかがえた。

 「自分の本能、思い、自分なりの偶然の動きと偶然と必然の境目、持って行こうとする意志的なものがあり、それを偶然の手の動きを 必然と偶然の境目を行き来している」とも。言われたものをただ描くんじゃなく、画家として背景美術も捉え描いていたということなんだろう。「物と物とのメカニズムには何種類もあって、微妙な違いがあって、ひとつとして同じ物はなく、違う関係が生じる」。そんな手と絵の関係を大切にしたからこそ「固定化されたものをただならべたてるようないまのような今の背景の間違ったやり方」 東映動画にいたけどすぐに辞めてしまったのは「アニメーションの背景の描き方、という言葉が嫌い。(東映動画は)描き方が決まっていて、それが嫌だった」から。「だから小林プロダクション作った」。そして採るのは「未経験の若者だけにした」。そんな若者の「筆を奪い取ってガアッとやる。呆れかえっているが真似をする」。小林七郎さんの門下は、そうやって覚えていくものだった。
 とは言えコピーは求めない。「見本やサンプルをそっくり真似ようというくだらないことはやらない。下手でもそこに自分でよい所を発見する。はっけんできなければ虚しくなる。発見できれば希望になる。下手でもやったという達成感」と求めさせたという小林七郎さん。「可能性を追いかけさせる訳です。もっともっとと。丁寧さを外して筆を虐めるようにさせるんです。丁寧さは問題なんです」。だから「筆がすり減ってきたら普通は捨てちゃうんだけれど、先がない方が使い良いんです」。これにはちょっと驚いた。

 「ある物を生かして使うんですよ」と小林七郎さん。そして「そのためには、自由な手の動き、動きの自由さはとても大事」。それがあると「筆が勝手に意外な足跡を残してくれるんです。そこから動きとかタッチとか足跡が魅力的な部分をまず見つけ出します。それを拾い上げます」。奔放さには訳があった。そんな小林七郎さんによる現状への警鐘も出た。「写真を見て描くのは邪道。でも、多くの会社で戦力になりやすい。そして加工技術に置き換わる」。それでも「カメラの映像をなぞることには主体性がない。もっと自立しなきゃ」。そして「心ある若手はいるし、個性の出番はある」とエールを贈る。

 「人材は日々新たに生まれ育っていく。そんな優れた若立てが伸びる可能性、道が閉ざされないように大人達はリーダーとして、若手の伸び盛りの可能性を生かせるように頑張りたいですねえ」と話していた2年前の小林七郎さん。だからこそ少しでも長く活動を続けて欲しかったなあ。とは言え現場は効率化を求めがち。なら「デジタル化も少し使いながら手書きの魅力が発揮されるような画面をうまく追い込んでいく。見る側がもっとこういう映像が欲しいという選択の可能性、予知を与えるような絵を描く」ことで自分らしさを出して行く。そんな道を小林七郎さんは示唆してくれていた。

 「表面的には加工性を取り繕いながら、手業の迫力というものを巧いこと潜り込ませる」。ただし「手間がかからないという前提がある。手間がかかって良いことはない。手業は一瞬の動きを大事にする。そこに未完成の凄さがある」。あとは見分ける側の眼力となるのだろう。「見る側が未完成さに気づいて不安になったり疑問を感じたりするような映像があっても良いんじゃないかな。ダメな大人の価値観に追従しない、実験的でよく分からないものが出来てしまった、そんな未完成の魅力をちらつかせる方法もあるんじゃないかな」と小林七郎さん。受け継ぐ若い人たちには、そんな背景画を見せて欲しいなあ。


【9月9日】 明け方に目が覚めてパソコンに向かい原稿を打っていたら速報でグレートブリテン及びアイルランド連合王国こと大英帝国のエリザベス2世女王が亡くなられたとの報が流れてきた。フェイクなんかじゃなく勇み足でもない本物の報らしく続々と入ってくる情報にひとつの時代がまたしても終わった感じを強く味わった。英国の女王であったこともなけいしとりたてて親しみを抱く間柄でもないけれど、70年に及ぶ在位は昭和天皇と重なる部分もありつつ昭和天皇崩御以後の30余年を生き抜いてはソ連が崩壊して冷戦が終わり中国が台頭してといった具合に変化する世界情勢を目の当たりにしながら、それでも尊厳を保ち続ける英国の君主であり続けた。嫌われず疎まれず敬愛された存在。そのあり方は日本の皇室にも大きな影響を与えた。

 太平洋戦争を経て象徴の地位へと祭り上げられた日本の皇室とは違って未だ君主としての権威と権力も持った女王でありながらも、マグナカルタの理念にのっとり立憲君主制を守って政治は政治家達に任せていたけれど、上にしっかりとあの女王がいると思うと不遜なこともできないし不敬な振る舞いもできない。身ぎれいであり真っ当でなければ女王に合わせる顔がないと誰もが思えばこその身の処し方を誰もがしていた国がチャールズ3世が引き継いだ後、どうなっていくのかにも興味がある。母王と違って恋に奔放でダイアナ王妃と離婚後にカミラ・パーカー・ボウズルと結婚をして数十年、耐えつつ出過ぎないで来た人が王となって何をするか。あるいは何もしないのか。そしてその後は。英国の未来もかかった大きな節目に立ち会えたことを、人生として噛みしめよう。

 リコリコ人気がライトノベルにも及んだようで、アニメの「リコリス・リコイル」でストーリー原案を手掛けたアサウラさんが電撃文庫から出したスピンオフ小説があちあこちらの書店で品切れ完売増版待ちの状況になっているとか。近所のときわ書房船橋本店も「デスニードラウンド」とか「道ーMEN」のサイン入りを置くほどにアサウラさんを持ち上げてながらも「リコリス・リコイル」のノベライズについては数冊が残っていたくらい。サイン入りを置く余裕もなかったみたいで同じ棚には並んでいなかった。「ベン・トー」の時もこれほどの賑わいはなかったから、やっぱりアニメの人気が今抜群ってことなんだろう。心臓が大変でどうなってしまうか分からないところにアニメはきているけれど、小説は楽しくスイーツ話がいっぱいで甘味を食べたくなった。錦糸町を歩いてみるかなあ。

 個展を開いていると聞いて東長崎にあるターナーギャラリーへとでかけていってキム・ハケンさんのインスタレーションと絵本の展示とそれから上映を見る。上映作品は「ぐりうむ」から新作「RED TABLE」までひととおり見たことがあるし、「RED TABLE」なんて先だって広島で開かれたひろしまアニメーションシーズン2022で見たばかりだけれど、ターナーギャラリーの壁に投影する上映だと下のザラついた壁の氷面がそのまま原画にエンボスのようなエフェクトを与えて生々しさが増したような気がした。高解像度のモニターなどでは味わえない不思議なテイスト。でもそれが荒々しさを持ったキム・ハケンさんのアニメーションに相応し。上映は10日も開かれほかに16日と17日にも開催予定。近くまで世ったらのぞいてみよう。

 池袋へと戻ってポリゴンピクチュアズが来年の1月からフジテレビ系+Ultraで放送する「大雪海のカイナ」の先行試写を見る。はっきりしたことは言えないけれどもとりあえず、口の位置が鼻から離れて顔の下の方について「ほげらっ」といった雰囲気の顔立ちを持った姫様が愛らしく、そして敵方を率いる「風の谷のナウシカ」で言うところのクシャナに近い立ち位置の女将軍めいたキャラクターのスタイルも顔立ちも戦いぶりも良かった。きっとそんな姫様と女将軍の間で木訥な少年のカイナが振り回される話になるに違いない。あの平和主義が対立する雪海の勢力を仲直りさせつつ世界を復活へと導くのか。そんな想像を抱きつつ放送を待つ。先が長いなあ。


【9月8日】 朝から外苑前で取材。フランス人のアニメーション監督はレミ・シャイエ監督とかローレル監督とかパトリック・ハンバート監督とかに話を聞いたことがあるけれど、いずれもアーティスティックな作品を作る人たちでフランスからアメリカに渡って商業作品で成功した人はちょっと珍しかった。いや「怪盗グルー」の監督も確かフランス人か。フランスだからといってバンドデシネが得意とかアートアニメーションに向かうとは限らないのは日本でもアニメ大国でありながらいろんな作品を作る人が多いことが表しているのだった。そういうものだ。

 取材が終わったのでせっかくだからと松濤美術館へと出向いて「装いの力―異性装の日本史―」を見る。なるほど神功皇后が男装したりヤマトタケルが女装をしたりと日本の歴史には異性装が割と多いし文化だって能も歌舞伎も男性が女性を演じている。それが男性優位の着想からなのかどうかは難しいところもあるけれど、巴御前のように戦場で男装をして戦う女性もいたりした訳だし井伊直虎だって女性の身で戦国武将をやっていたからそのくらいまでは割と普通にクロスしていたんだろう。出雲の阿国だって女性だった訳だし。それが300年の江戸時代の中で代わって明治期でグロテスクなまでに変化してしまったのかな。それを尊ぶ今がやっぱりおかしいってことで。

 新しいところでは異性になりきってポートレートに写る森村泰昌さんとか、男女の境界をボーダーにした舞台を見せたダムタイムとかの展示が。あとドラァグクイーンのアイテムなんかもずらりと並んでなかなかに壮観。トランスジェンダーのような内心の性と外見の性の不一致を合致させるような動きとはまた違った、それぞれの性が持つ特徴を尊びつつ自分の性も維持するタイプの異性装は趣味の世界とも憧れへの成りきりとも思われてLGBT的な範疇ともボーダーなところにありそうで、いろいろと判断に迷うところもあるのでこれを機会に考えたい。

 とことこと渋谷まで歩いて天下一品の上にある渋谷餃子に入ってまあ昼ご飯でもと思いチャーハンの大盛りを注文したら大きすぎた。ついでに水餃子も頼んでしまって食べきれるかと思ったもののするりと平らげ胃袋はまだまだ健全であることが分かったので良しとしよう。代わりに夜は抑えていく。大手町まで戻ってスターバックスであれやこれや原稿書き。「アニメ大全」が解説されて2週間くらい経ってきたけど世間の騒然も落ち着きつつ内容を見極めるフェーズに入って来たって感じ。「新世紀エヴァンゲリオン」がなぜ入っていないのかを突き詰めるとそこに誰が「アニメ大全」を作ったのか、その運営費はどうやってまかなわれるのか、そしてデータはどうやって面倒を見るのかってあたりを考えざるを得なくなる。そことのすれ違いがあるいは原因なのかもしれないけれど、実際はどううなんだろう。謎めく。

 電通の元専務が絡んだ東京2020オリンピックのスポンサー選定をめぐる贈賄事件は仲介する側が最初からマージンを見込んで口利きをする態度を満面にして接していて、それに従わざるを得ない状況があったようにも見受けられてスポンサーを希望した企業にはなかなか大変。だから問題はそんな人間にすべての窓口を集約させて任せた組織委員会にあるのに動こうとせず探られようともしない状況に、当の元専務がぶち切れてすべてをぶちまけ始めないかと思ってワクワクしている。元総理あたりも参考人で話を聞かれているみたいだし、そこで逃げようなんてことを考えたら歳も歳な元専務が冥土に土産として持ってなんかいかないと思ってくれれば面白いんだけれど。さてもさても。


【9月7日】 朝から図書館で原稿書き。群馬県の太田市で取材した保育園についての紹介記事で最新の気気を入れて保育士さんたちの作業をずいぶんと減らしているといった内容になっている。園児の送り迎えについてもシステム上に記録するようになっていて、チェックを入れればそれが登園の記録になり、同じようにチェックを入れて降園の記録になるといった具合。これがあることで朝とかに園児を迎え入れる保育士さんたちの労力もグッと減ってなおかつ正確性も上がったとか。

 思うに通園のバスに置き去りにされて熱中症で女の子が亡くなったいたましい事件でも、こういったシステムがあればまずはいないことがチェックされ、そのことが親へと連絡がいって送り出したはずなのに登園していないのはどういうことってなって調べられ、見つけられたことだろう。もちろんシステムがなかったから起きた事故ではなくバスを運転していた園長が載せた子どもたちがちゃんと降りたかを確認しなかったことがひとつ、出欠を確認してきていないなら来てない理由を家に尋ねなかったことがひとつといった具合に、いろいろなミスが重なって起こった事故だから、不注意の極地だったとしか言い様がない。それでも減らせるミスならシステム化も考える必要があるし、そうしたシステムがあることが選んでもらえる理由になるなら、どんどんと入れていって欲しい。それで失われない命があるってだけでも嬉しいから。

 第25回文化庁メディア芸術祭の受賞作品展開催が迫っている一方で、来年度以降の作品募集を停止して実質的に受賞作品展もなくなることで、文化庁メディア芸術祭自体が消滅してしまう可能性が浮上していることについて、古川タクさんを会長にしてアニメーション作家が加盟している日本アニメーション協会が、これはアニメーション文化の普及において見過ごせない事態ととらえて意見書と提言書を出したとか。どういった内容なのかはサイトに上がってはいないけれど、アニメーション作家を発掘して世に知らしめるイベントとして有意であり、多くが目指して作品作りに励んでいたイベントが突然になくなってしまうのは、やはり大きな損失だろう。

 普通だったら今回は募集しつつ来年度以降はもうやりませんよと告知して、ラストチャンスを与えるのが綺麗なんだけれどそれすらやらなかったところに拙速さを感じて仕方が無い人も多いんだろう。これは一方で芸術祭の顕彰も中止して文化庁映画賞の贈賞も中止する動きと連動していて、すべての募集を待つことができなかったとも言えるけれどそれにしてもやっぱりやりようがあった。文化庁的には中止する一方で新しい枠組みの育成なり称揚なりの仕組みを作る考えもあるからそちらに期待はあるけれど、だったらそれを早急に説明してアニメーション作家の不安を払拭して欲しいもの。何か答えは出てくるのか。とりあえず文化庁メディア芸術祭での文化庁長官の挨拶に注目だな。

 図書館で仕事を終えて続きをVELOCHEで仕上げて夕方まで時間があったので、亀戸のキッチンDIVEへと出かけていってベーコンエッグがご飯の上に乗った弁当を買ってきて夕食と昼食として食べる。5つは確実に乗っていた目玉焼きの目玉がギロギロとこちらを見つめる迫力はなかなかだけれど、食べるとこれが美味しいからたまらない。キッチンDIVEといえば揚げ物がぎっしりの茶色い見た目の弁当が多いけど、そこにあってタンパク質の塊が乗っているのは栄養的にも貴重。なので夕方にどっさり食べたい時にはそれを選ぶことにしているのだった。でも亀戸では見ても御徒町では見ないんだよなあ。それとも今はあるんだろうか。また寄ってみよう。


【9月6日】 ずっとご当地パスタが続いていた阿佐ヶ谷のぱすた屋は、今月は他の店とのコラボ系ということらしくラーメン二郎っぽいパスタを出していた。ラーメンスープっぽい味付けのパスタでキャベツだとかチャーシューだとかが乗っかっているけれど、頼んでもマシマシにはしてくれなさそう。大盛にすればパスタだけでも結構な量があるから十分といえば十分か。看板の画像と比べてチャーシューが薄くて小さいのはご愛敬。食べるともりもりと食べられて元気も出てきたので今度は本家のラーメン二郎に挑むか。まだ1度しか食べたことなんだよなあ、二郎。

 AOKIからKADOKAWAや大広へと類焼した東京2020オリンピックのスポンサー選定をめぐる贈収賄事件は、KADOKAWAから逮捕者を出してなかなかに深刻さを増してきた。AOKIだったら選定によって安売り紳士服チェーンの箔が付くようなイメージも浮かぶし、大広は電通からこぼれた広告案件を取り扱ってマージンを得る道が開けるというイメージが浮かぶ。出した金額もそれに見合ったものに思えるけれども、KADOKAWAの場合は7000万円という大金を、現時点では賄賂すなわち裏金として渡したってことになってそれだけ出して、何を狙ったのかがまるで見えてこない。

 だからあるいは、スポンサー料として出しただけでその相手を電通と思い込んでいたらコモンズ2という電通で雑誌局なんかにいたらしい業界の重鎮だったという、一種の勘違いなり相手側の詐取があったのかもしれないけれど、そうではなく純粋に何か依頼したお金として渡したんだとしたら、それに加えてスポンサー料を支払って得られる見返りが何かあったって考えなくては納得が得られない。それがまるで分からない。大会ガイドブックなんて100万部売ったところで末端で10億円の売上げくらいにしかならず原材料費を削れば利益なんて数億円。それにスポンサー料と依頼料をはらったら赤字になる。

 それで得られる名誉なんてものはすでにKADOKAWAは持っている訳で今さら何を目指したのか。あるいはだからインバウンドによる新しい事業収益を模索してそちらに広がる道を何か考えていたのかもしれないなあ。文化でありアートでありスポーツといった事業を総合的に手掛けつつ出版と映像とネットで展開していくメディアコングロマリット的なものを模索していたのだとしたら、その発端としてオリンピックに期待したものの結果として1年延期でなおかつ無観客となって取りっぱぐれた上にこの事態。間が悪かったとしか言いようがないなあ。真相やいかに。次なる展開を待ちたい。

 将棋の藤井聡太五冠が王位戦で豊島将之九段を退けて3連覇を果たし、これで持って津タイトルが通算10期に達したとのこと。羽生善治九段が同じだけ稼いだ時よりも3年くらい早いみたいでその強さその凄さがぐっと際立ってきたけれど、そんな五冠をこれから18年間維持してようやく羽生九段が持つ99期を抜ける訳だから、やっぱり羽生九段は凄まじい強さなのだった。可能なら今一度、タイトル戦に登場して100期目を獲得して欲しいのだけれど、それにはたいていの棋戦で藤井五冠に勝たなくちゃいけないからなあ。さてもどうなる。

 海の向こうでは大谷翔平選手がホームランを2本打って打棒の好調ぶりを見せている。投げても失点を抑えて好成績を収めているもののチーム状況からなかなか勝てないのが可愛そう。かといって他の球団でおなじような待遇を保ってくれるかというと難しいところがあるから、ワールドシリーズだとか抜群の成績は置いてもエンゼルスに居続けるのが価値としては最高を維持できるのかどうなのか。次のオーナーがお金をたっぷり使って凄い選手を集めてきてくれるなら考えるかもしれないし、逆に集めてくれないなら移籍もあり得るのかもしれないなあ。ヤンキースで投げて打って勝つ日本人選手。あり得ないものが見られる日が遠くない時に来るかも知れない。


【9月5日】 例の元電通の元専務の人による東京2020オリンピック組織委員会を舞台にした贈収賄事件で、広告代理店の大広も元専務に知人の会社とやらを経由してお金を納めたらしいといった話が浮上。ここで大広とだけ書いているけどそもそも大広は今や博報堂DYホールディングス参加で博報堂や読売広告社とグループで、電通グループとは商売仇なのにそっちにもひとくち噛ませて全体から収奪するとか凄まじいことが行われこに震えがくる。

 1業種1社だとどこがとるかで値段のせり上がりが起こる可能性があって不公平感もでるなら、そこは多くの会社に入ってきてもらおうとうのは日本的な解決方法ではあったものの、そうやって間口を広げたことであちらこちらに声をかけ、選ばれた会社っぽさを感じさせることで協賛金を集めるようなさもしい商売が生まれてしまった感じ。それを仕切ってお金をガメたならよほどお金が好きだったんだろうなあ。元専務。しかし何のために?十分稼いでいただろうに。そこが分からない。

 IOCの偉いさんになれる訳でもないのなら、やっぱりスポーツ貴族と付き合う上での見栄のようなものがあったんだろうか。いずれIOCなりJOCのポストを狙って猟官運動にお金が必要だったんだろうか。そこも含めた動機の解明が待たれる。しかし大広だとかKADOKAWAだとかにお金が流れたことには触れるメディアだけれど、本来は1業種1社のスポンサーで新聞なんか6読売朝日毎日日経産経北海道と6社もスポンサーになった経緯を説明しようとしないのが謎というか、そこで元専務ともやりとりがあったなら明かして自分は潔白だったと言えば良いのに。それとも何か動いている?解明が待たれる。

 東京へと戻ることになったので名古屋駅で矢場とんのわらじかつ弁当を買う。店で食べるよりも分厚くて歯ごたえがある感じ。値段だけのことはあるなあ。味噌カツって家だともうちょっとすり鉢ですってドロッとした感じの味噌を載せるんだけれど、矢場とんのって薄いソースみたいになってて違うって気がしてた。改めて食べるとさっぱりとしてとんかつの脂っこさを打ち消す感じでこれはこれで良い物かもしれない。店では銀座で食べたのが最後くらい。改めて食べに行ってみようかな。名古屋で食べればアイマスかなにかのグッズがもらえたみたいだけれど興味がないので別に良いのだった。

 名古屋の高島屋にあるバーバリーと、そして東京駅の大丸に入っているバーバリーで「ブルーピリオド」のコラボ漫画の冊子をもらう。ネットでも読めるけれども表紙絵の美しさとかを見ると大きい版でリアルなものが欲しかったのだった。内容はバーバリーを着てモデルをしているローラの姿にビビッと来た八虎が、龍二を誘って展覧会に行く話。そこで語られる値段だとか作家のバリューの話にもっと作品と鑑賞者が近づかないとって思い悶々とする。

 どそれがどうしてコラボ漫画と結びつくかというとバーバリーを着ていてもローラがブランドに着せられている感じではなく本人が必要だから着ていると感じられること。本来は服ってそいういうものだったのに今はブランドをまとっていることがステイタスになっている状況に、当のブランドが異論を挟むという構図が挑戦的でユニーク。それを赦してもバーバリーにはしっかりとした作品として、あるいは衣服としての軸があってまとった人に寄り添うという自信があるんだろう。ちょっとバーバリーを見直したくなったけど、着る機会は一生ないだろうなあ。


【9月4日】 どこもかしこも「桜を見る会」を手掛けた事業者が安倍晋三元総理の国葬儀を手掛けるといった見出してどこかに怪しげな関係があったかのごとく匂わせようとしているけれど、吉田茂元総理の国葬だって手掛けた由緒正しい会社が得意の武道館で緊急に行われる国葬儀を手掛けることに手を上げて、他にライバルもいなかったので認めた裏に何かあるはずもない。にもかかわらずそうした説明を省いて雰囲気だけとネガティブに持って行くようなメディアの仕草を、もはや普通の人は敏感に察知してしまうリテラシーを持っている。

 そうなってもなお反権力しぐさに余念がない新聞の未来を思うとやっぱり離れておくのが正解だったかもしれないなあと思えてくる。25年ほど前に小林よしのりさんが「戦争論」で日本の正義を訴えた時、左側が小馬鹿にして応じず無視していたらいつのまにかそれが蔓延って一大勢力になってしまった。国を動かすほどにまで。その行き過ぎが是正されようとしている今また同じような反権力しぐさで読者を話してしまうのはもったいないと思って欲しいのだけれど、目立つ人ほどそれをやることが正義みたいな構えでいるからなあ。やれやれだ。

 もちろん安倍晋三元総理の国葬儀なんて吉田茂元総理を最後に佐藤栄作元総理でも中曽根康弘元総理でも行われていなかったこと。ノーベル平和賞を受賞したり日米関係を大いに発展させた2人の総理と比べていったい安倍元総理の功績に特段の優れたところがあったのか、それ以前に国民から付託された信用でもって行ったことは個人に帰結するもではなく広く国民に還元されるべきもので、ひとりの栄光として讃えて良いものではないにも関わらず賞賛の的として祭り上げるこの奇妙さを考えるなら、自民党と政府が執り行うべきだったし今もそう思っている。決まってしまって行われることは邪魔しないけど異論だけは唱えておく。当日は何をしていようか。

 家にいると寝てしまうのでプライムツリー赤池にあるTOHOシネマズ赤池まで出かけていって「ブレット・トレイン」を見る。吹き替え版。ブラッド・ピットが堀内賢雄さんというのは佇まいが端正すぎるかなとも思ったけれどブラッド・ピット公認だけあってそこはしっかりやさぐれた運び屋感も出してくれていた。というか原作だと殺し屋なんだけれど映画だとテントウムシは運び屋専業なんだなあ。そんなブラッド・ピットが新幹線でスーツケースを盗んで次の駅で降りれば終わりのところを入って来た男に刺されそうになって倒したら別の殺し屋とかでてきてくんずほぐれつ。降りられない。

 一方ではスーツケースを運びつつ日本のヤクザのボスになったロシア人の息子もいっしょに運ぼうとしたらスーツケースが盗まれ息子も殺されてしまってこれは大変。誰がやったと探し回ってブラッド・ピットに行き当たったりする一方で、ヤクザのボスを殺す役割を押しつけられた男がいたり可愛い顔をしていろいろと悪巧みをしている少女がいたりしてどこに向かうか分からないまま新幹線は京都へ向けてひた走る。

 東京駅を出て秋葉原を通過したり名古屋の後に富士山が見えたりといろいろおかしい日本だし、だいたいが夜中に新幹線が走っているのも妙だけれどもそこは面白さに奉仕しているのだから気にしないし気にならない。役者もそれぞれに妙味があって見せ場も多くなかなか楽しいけれどもやっぱり我らが真田広之さんが出てくると引き締まる。吹き替え版では声を井上和彦さんがあてていたけど渋みもしっかり出て悪くなかった。そんな真田さんの「モータルコンバット」の時よりも多いくらいの刀をつかったアクションを堪能できるという意味でも良い映画。ラストの大見得を軽トラックで吹っ飛ばされる人に哀悼を。


【9月3日】 雨が降っていたのでどうしようかと思ったものの、止んだようなので地下鉄とあおなみ線を乗り継ぎ金城ふ頭へと行って文化庁メディア芸術祭名古屋展を見物。隣にレゴランドがあって朝から結構な人数の親子連れが来ていて、オープン当時にはあれやこれや悪評も立っていたもののしっかりと馴染んでいる感じが出てきた模様。きっといろいろと施策も打っているんだろうし、やっぱり子供はレゴとかトミカとかプラレールが大好きなんだってことで。

 そんなレゴランドを横に見た会場は小さなお店が並んで飲食店もあって過ごすには割と良さそう。そんな店舗を幾つか使ってメディアアートとマンガとエンターテインメント作品とアニメーションが展示されて見て回ってそういやあこんな受賞作品もあったとか、こんなのあったっけとかいろいろと思い出してはこうやって、混沌とした作品たちに一定の基準を与えることで核を作り出し、そこに他の作品を寄せることで可視化する機能を持った文化庁メディア芸術祭の意義という奴を改めて感じ取る。

 漫画だとかアニメだとかはまだ上映会なんかがあったり映画祭やコンテストがあったりして優れた作品が可視化されることがあるけれど、メディアアートだとあちらこちらで作られ展示されたフラットな評価軸のままでは何をどう観ればいいのか分からない人もいる。それらをギュッとまとめて上澄みだけでも見せることで、文脈が立って他の文脈に接続できるといった感じ。そうした軸がなくなった時、メディアアートは何を拠り所にしていくのか、メディア芸術データベースへの入力は何を優先していくのか。混沌に戻るのかなあ。

 9か所の展示を全部見てスタンプをコンプリートしてうまい棒をもらったので会場を退散。戻って名古屋駅のスパゲティハウス ヨコイで昼ご飯にしようと思ったら行列が出来ていたので、栄まで行って錦三丁目に昔からある店に行ったら空いていたのでそこでスパゲティに卵焼きが載ってソーセージが散りばめられたメニューを1.2倍で平らげる。見るからに美味くないはずがないビジュアルだったけれども食べてもやっぱり美味かった。ソースはヨコイならではの辛めな感じでスパゲティも絡まってフォークで救いづらかったけれど、それをもりもり食べる野がヨコイ流。櫛が通ったように整えられたチャオとは違うのだ。

 食べ終わって伏見まで歩く途中のスターバックスでしばらく原稿書き。東京だったらVELOCHEもマクドナルドもドトールもタリーズもいっぱいあるけれど、名古屋はそうした店が歩けばすぐ当たるって訳ではないのかな。でも伏見は地上にも地下にもスタバがあったしドトールもあったから、だんだんとそうしたファストカフェが蔓延っては従来からの喫茶店を駆逐していっているんだろう。そうした中で大いに伸びたコメダ珈琲店と状況を維持しているコンパルは凄い。守れモーニング文化。

 例の東京2020オリンピックに絡んで電通の元専務とKADOKAWAとの間で何かあったかもしれない可能性が浮上。元よりカテゴリーになかった出版を作ってもらった上に、そこに選んでもらったことへのお礼だったら大変だけれど、そこまであからさまな金銭のやりとりをするものかって疑問が浮かぶ一方で、あからさまだったからこそAOKIの件で逮捕に至ったりもした訳で、KADOKAWAについてもどういった広がりを見せるかが目下の注目ポイントとなりそう。

 でもそれを言うならアメリカだったらそもそも入らない新聞を横並びで6社もスポンサーに迎えて大金をガメつつそれぞれに利権を分配した状況で、どんなやりとりがあったかも新聞はつまびらかにしないと。それができるのはスポンサーに入らなかった東京新聞=中日新聞くらいなんだけれどスタア記者が根拠もなしにコタツツイートをばらまいて悦に入っているから無理かもしれないなあ。そんな記者ばかりではないと思いたいけれど。


【9月2日】 かしゆかの姫カットを思い出しつつ実は密かにウイッグに変えていて突然まるっと脱いでのっちよりも短いショートカットを披露したらいったい世界はどうなるかを想像すると夜寝られなくなってしまった。寝たけれど。楽曲では「ポリリズム」をやってくれなかったのであーちゃんのジャンプが見られなかったのが残念。まあたぶん幕張メッセのライブで見ていたと思うからそれで良いのだ。次は東京で見たいけれど規模が大きくなって見えづらさが増すからなあ。かといってホールは当たらないし。日本ガイシホールの程よさを今一度。

 家だと寝てしまうので起きて新栄まで出てVELOCHEでテープ起こし。どうにかこうにか出来上がったので近所にあるあんかけスパゲティのそーれに言ってミートボールを食べる。ソースは赤味が強めのちゃお風だけれど甘さよりややスパイシー寄り。かといってヨコイほどではないからすっと食べられた。別にクラシックソースというのがあるみたいなのでそっちを頼めば昔食べた時のような味を思い出すかもしれない。そうしえばそーれってCBCの裏手にあったんだけれどいつ移ったんだろう。っていうか移ってから1度言ったような記憶もあるけれどいつ行ったんだろう。謎めく。

 歩いて矢場町あたりまで行ってスターバックスで休憩。初めて入ったのに良く来る人ですねと言われたのではい時々来ますと行ったのは相手に恥を欠かせないやさしさという奴で。原稿とか整理したりメールとか整理したりして時間を潰してから大須へと移動して機能に続いて「マウスマン〜ダークチャイルド〜」を見る。実は昨日は少し寝てしまってストーリーを断片的にしか覚えていなかったのだった。なのでラストシーンの意味が今ひとつ分かりづらかったけれど、今日はちゃんと起きていられたのでどういう展開からああなったのかが分かった。結論。

 「マウスマン〜ダークチャイルド〜」はヤバい。主人公の声が細谷佳正さんでまずヤバい。ヒロインが可愛くて超ヤバい。敵の28号というバケツを被ったキャラクターが強すぎて極ヤバい。そんな敵の28号とのバトルシーンが激しくてとにかくヤバい。そして敵28号誕生の秘密が悲しすぎて本当にヤバい。なおかつヒーローがヒーローとして存在する意義が問われるテーマがヤバい。こんなにヤバいアニメーションをどうして大須シネマだけでしか上映しないのか。前の「マウスマン」シリーズは池袋でも上映したというのに。そこがちょっと分からないけれど、運良く見られたこの機会を享受した身として叫ぶ。「マウスマン〜ダークチャイルド〜」は絶対に観るべきアニメーションだ。

 安倍晋三元総理の国葬儀をムラヤマという会社が仕切ることになったそうで、それが「桜を見る回」も仕切っていた会社だということで日本テレビ放送網の人が騒ぎ立てているけれど、実はムラヤマという会社がこの春に日本テレビホールディングスの子会社になっていたりするのだった。つまりは身内。どうして落札したのか調べて報じるならまだしも、そこに触れずにSNSで騒いでいるのがどうにもこうにも厄介で面倒臭い。

 というか調べればムラヤマが展示会の設営とかイベント施設の内装とかで大手の会社ってすぐに分かるだろう。実績もあるから受注したって不思議はない上に、自分が所属する会社のグループ会社でもあるのに、知らん顔しているのかマジで知らないのか知ろうすらしていないのか触れずに非難ばかり。これでは批判にも説得力が乗らないにもかかわらず、引っ張られて乗っかって騒ぐ人たちがいっぱい。右も左もこりゃダメだってなっちゃうけれどそれでは困るんだ。どうしたものかなあ。どうしようもないのかなあ。


【9月1日】 Perfumeのライブが日本ガイシホールで夜からあるので午前中に家を出て、とりあえず新栄にあるVELOCHEでインタビューから文字を起こしてそれなりにとりまとめ、取れ高を確認してから昼ご飯にしようと前は交差点のビルにあったサヴァランの移転した店舗へと入ってボロネーゼというスパゲティを頼む。ボロネーゼといってもイタリアで食べるミートソースとは違ってあんかけパスタで5個の玉子を使った卵焼きが上に乗ったもの。つまりは天津麺のスパゲティ版といったものになる。

 前の店でもたっぷりの卵焼きを食べられるとあって何度か頼んだ記憶があるけれど、当時はもうちょっと玉子に何か混ぜられていたようないなかったような記憶がある。そこのところはよく分からない。あと交差点から移転した先は11時半で人があんまりいなかったけれど、前はもうちょっと混んでいた。でも正午過ぎこそが本番だろうからそっちに人が集まったのかも知れない。そこまではいられなかったので食べて退散。ソースはチャオともヨコイとも違ってた。30数年ぶりなので前と一緒かは不明。次はそーれに行こうかな。

 ライブまで時間があったので大須へと回って大須シネマというところで謎のアニメーション「劇場版マウスマン〜ダークチャイルド〜」を見る。何か「マウスマン」というシリーズの自主制作アニメがあってそれを長編化するにあたってクラウドファンディングもしていたみたいだけれど気づかなかった。このアニメの何が凄いって自主制作なのに声があの細谷佳正さんということ。ナチュラルな渋さを演じさせればピカイチの声優がどうしてこんな作品に? って思うんだけれど見てみてなるほど細谷さんの意味があった。

 企画先行のへっぽこ自主制作アニメ的な雰囲気を漂わせていながら内実は極めてアンチヒーローでダークヒーローといったところ。あまり積極的に敵とは戦わないマウスマンという改造人間がいて、拾ったという少女といっしょに暮らしているんだけれどそんなマウスマンの前に現れる28号という敵との戦いの中からマウスマンの過去が浮かび上がり悲惨な境遇からの脱出めいたストーリーが見えてくる。円環の中で悲惨さを乗り越えられない苦しさを味わうような雰囲気? でも1度ではよく分からなかったのでもう1回くらい観に行くかも。東京では上映しそうもないので大須へと行こう。そーれはその時かな。

 金山でしばらく原稿を書いてからJRの東海道線で笠寺へ。日本ガイシホールはまだレインボーホールとか呼ばれていた時代に行ったことがあって確かロックンロールバンドスタンドが大晦日から元旦にかけて行われた時だったように思うけれどもはっきりとは覚えていない。ジュンスカとかボ・ガンボスとかレピッシュとかRCサクセションとか見たなあ。そんな思い出。その時はもっと大きいホールのような気がしていたけれど、改めて入ると代々木体育館とか横浜アリーナほどの広大さはなくそれなりにコンパクトで見やすい感じがした。

 なおかつ縦方向ではなく横方向にステージをしつらえ四方から見られるようにしていたから、近くにかしゆかがきたりノッチが来たりしてダンスもナマ足もしっかりと見られて楽しかった。途中、ライゾマティクス的なプロジェクションもあって近代的な雰囲気があったけれど、NHKホールで見た時のような実験的なものはなく、スクリーンに映しつつ中の人たちとシンクロさせるくらい。それでもPerfume的なイメージを保ちつつ合間にあーちゃんの広島弁が炸裂するMCも入って楽しい時間を過ごすことができた。ダンスの巧さはやっぱりピカイチ。東京ドームのような広さだと遠すぎて分からないのがガイシはしっかり見られたのも良かった。ツアーまだ続いているみたいだしもう1回くらいどこかで行ってみようかな。


【8月31日】 ゴルバチョフ死去。チェルネンコもアンドロポフもたぶん世界史に名前は残らずブレジネフですらもしかしたらスターリンやフルシチョフに比べれば場つなぎ的な存在として語られないかもしれな中で、ゴルバチョフだけはやっぱりあのソビエト連邦を終わらせて世界を冷戦から解き放った人物として歴史に名を刻むことになりそう。その結果としてユーラシア大陸に独立国がいっぱいできて紛争なんかも起こる一方、世界の各地でも冷戦のタガを外れた国々が内戦やら紛争やらに関わり始めた訳で、その原因を語る時にゴルバチョフの名前は外せない。

 あるいはクーデターによって実権を削がれエリツィンへと権力が移り今のプーチンにつながっていたりする歴史を、変えられたかもしれない分水嶺に立ちながらもソ連をまとめCISなりロシアを中心としたゆるやかな連合体として維持できなかった訳でその意味ではレーニンやスターリンといった建国の英雄たちと逆の意味でのアンチヒーローですらないのかもしれない。それでも変化させたことは大きい。日本でそれだけの決断をした総理大臣が戦後にどれだけいただろうと考えると、政治家というものを安易に英雄視するのは間違っているような気がする。何もしなかったどころか腐らせた張本人を崇め国葬にすると言ってる人たちはまったく何を考えているんだろう。やれやれだ。

 仕事で群馬へ行こうとしたら津田沼で誰かが線路に立ち入ったとかで列車が船橋駅に来ず、これは出られないと駅を出て東武野田線というかアーバンパークラインに乗って柏経由で春日部まで行き、そこから東武動物後編と経て久喜で乗り換え館林で乗り換える、当初にJRで錦糸町まで出てそこから乗ろうとしていた路線を引き継いだ形で、なおかつずっと東武鉄道だから乗換時の料金も発生せずかえって良かったことが判明する。JRほど込んでないからその後に実家に帰るために持っていて、錦糸町で預けようかと思っていた荷物もずっと持って乗ることができた。次に行くことがあったらやっぱり同じ路線を使おう。行くことがあるかは分からないけれど。

 時間があったので前回と同じ食堂でやっぱりソースカツ丼を注文したら前回は柔らかく揚がっていたのが今回はカリカリな感じでちょっと歯ごたえが違ってた。まあでも食べられたしカリカリでも美味しかったので良しとしよう。ソースカツ丼が別に太田市の名産って訳ではなくむしろ太田は焼きそばが名物らしいけれど、そこの食堂に焼きそばはなさそうなので仕方が無い。食べ終わってからしばらく図書館で新聞の読み比べ。読売新聞は群馬版を見開きで作っていて東京新聞は群馬と栃木の共通版を載せていた。産経は群馬だけで1面を作っていたけどニュースがトップくらいであとは告知とベタが2本。そしてお悔やみ。地方版でお悔やみって今でも需要があるんだなあ。でも県版いつまで作るんだろう。

 取材を終えて帰りは特急で浅草まで出てそこから東京駅で新幹線に乗り継ぎ名古屋へ。到着したら名古屋うまいもの横町にあるチャオへと行ってあんかけスパを食べる。なるほどスパイシーではなく甘みのきいたマイルドな味はチャオならではといったところ。東京の上野で食べたあんかけスパもここん家に近い感じだった。ヨコイの強烈なスパイシーさになれているとすこし物足りないかもしれないけれど、一般の人が食べるならこっちの方がいいかもしれない。名古屋駅にあって夜なのに結構な繁盛ぶりも、名古屋人だけでなく旅行客が食べている現れだろうから。そんなこんなで実家に到着。しばらくいよう。


【8月30日】 とあるどこかのアニメデータベースがウィキペディアを丸パクリしていたって話が出ていてやれやれ。今や論文でウィキペディアを引用しただけでアウトとなる常識の中、参考にされるべきデータベースがそこから引っ張っていては信頼なんておけるものではない。あるいはそうやって引用されたことが分からないままアニメのデータベースに置かれた情報だからとオーソライズされてしまいかねない状況に、もっと慎重であって欲しいんだけれどそうしたことに気を配っている感じがしないのが何とも。

 とりあえず即座に引っ込めたみたいだけれど今度は情報がスカスカになって最初のあの充実ぶりは何だったんだって話になる。代わって同じだけの熱量で情報を入力してこと使えるデータベースなのにってことは、逆に言うならそうやって参照され引用される原典を目指してはいないのかもって可能性も浮かんでくる。ただ情報としてあってウィキペディア的に参照できて状況だけが把握できれば良いっていうか。ビジネスならその程度でも有用だけれどアカデミズムはそうはいかないとなると狙っているのはアカデミックな方面じゃないのかもしれないなあ。そうじゃなきゃ食えないってこともあるけれど。どこを向かってひた走る?

 「夏へのトンネル、さよならの出口」の映画公開が近い八目迷さんの新作「琥珀の秋、0秒の旅」(ガガガ文庫)は時間が進むのでもなく戻るのでも無く止まる話。北海道の函館に修学旅行に行った主人公が周囲からからわかれ居心地の悪い思いをしていた時に突然時間が止まってしまった。誰も動かず動かせない状況の中、ひとり動いている少女がいてその時は離れたもののやがていっしょに原因究明のヒントをさがして、主人公の叔父が言っていた言葉の謎を解こうと東京へ向かって歩き始める。

 函館から東京までどれだけ歩けば着くのか大変だと思わないところが若さだけれど自転車も慣性の法則が働かないからうまく走れなし、自動車もバイクももちろん動かないしそもそも運転できなさそう。だから歩いて行く途中で主人公が妙に正義感を発揮して盗んじゃいけないとか言い出すあたりのウザさが世間から疎外感を読んでそれが時間を止めたりしたのかもしれない。そのうちに過去にも時間が飛んでいたことを思いだし、停まっている間のことを覚えていない可能性も浮上してくる。果たして主人公の少年はいっしょに歩いた少女のことを覚えているのか。そんな可能性も感じさせて至る結末やいかに。結果として少年は何を学ぶかも含め、読んで考えさせられるジュブナイルだ。

 そのうち誰かに譲るかもしれないと2冊買ったいしいひさいちさん「ROCA 吉川ロカストーリーライブ」が届いたので読む。いしいひさいちさんらしく4コマ漫画でギャグめいた展開を挟みつつも吉川ロカという女性がポルトガルの民謡でシャンソンとかカンツェオーネみたいに親しまれているファドという歌曲を歌ってだんだんと人気が出て行くストーリー。気が弱い割に歌声だけは強靱で素人っぽさもありつつやっぱり巧いそおn謡かが評判になってだんだんと大きなホールでやるようになっていくサクセスストーリーがとても嬉しい。

 その一方で学生時代から励まし然りつけてロカを支えてきた女性がいるんだけれど土建業なのかあんまり表に立たずデビューさせたらあとは遠くから応援する程度。もしかしたらロカが自分で励ますために作り出した幻想かもと思われたりもするけれど、マネジャーは実際に喋ったこともあるから多分実在なんだろう。でもラストにどこか幻想の中にいたような感じもあって判然としない。解釈のしがいのある結末。これがもしも文化庁メディア芸術祭の漫画部門に応募されたら同人誌だろうと自費出版だろうと賞をとっただろうなあ。そう言う意味でフラットに面白さを吟味してくれた文化庁メディア芸術祭の公募終了は痛い。かといってマンガ大賞にノミネートできるのかというと……。可能性を探ってみたい。


【8月29日】 サイン入りを買った荒木あかねさんの江戸川乱歩賞受賞作「此の世の果ての殺人」(講談社)を夜中にかけて読んでみる。隕石が降ってくる目前の九州で起こる連続殺人を解き明かす特殊設定ミステリ。巻末に載っている最終候補作がみんな特殊設定ミステリだったらしい中で、頭抜けた面白さだったということdえなるほど確かに読んでいて何が起こるんだろうと気になって最後まで読み切ってしまった。

 直径7キロの隕石が九州あたりに落ちてくるということが分かっていて、日本あたりは壊滅しそうだけれどそれだけじゃなく舞い上がった土砂で日差しもさえぎられて地球は氷河期に入るんじゃないかと言われていて、つまりは全滅確実な中でもはやこれまでと自殺する人もいたりする九州で、なぜか自動車教習所に行った女性がなぜか残っていた教官といっしょに教習を行っていたりする。週末だからといってパニックにならない一方で、慌てる感覚すらマヒしているような感じなのかもしれない。

 そんな2人が自動車のトランクに入っていた死体を見つけたことで、これは誰でどうして殺されたのかを調べ始める。教習所の教官はもとは女性刑事として強い正義感を持って捜査に臨んでいたとか。それだけに行き過ぎなところもあって止めざるを得なかったみたいだけれど、隕石が落ちてくるような状況であっても殺人事件があれば謎は解決したいと挑んだ先、どうやら高校であった虐め事件が絡んでいるらしいことが分かってくる。それは教習所に通っていた女性とも深く関わる話だった。

 そこのあたりは偶然が過ぎる気がするけれど、あまり気にせず読み進んでいった先で連続殺人のその向こうにもっと凄絶な事態が絡んで来る。それが隕石が迫っていることから生まれた狂気なのか、それとも元からあった狂気が隕石によって社会のタガが外れたことで爆発しただけなのか。いろいろと考えたくなる事態の真相。そんな物語の果てに地球はやっぱり救われないんだけれど、ひとしごと追えて迎える最期は気持ち良いのかもしれない。もしも同じような事態に見舞われたら自分だったらどうするだろう。バイクの免許を取りに教習所に通うかな。

 そんなに縋りたいならご遺体をレーニンだとか毛沢東だとか金日成みたいに永久保存すれば良かったのにそこまでのご威光はなかったらしく荼毘に付されたものの、やっぱり縋りたい気持ちがあって保守政治家が作る団体が安倍晋三元総理大臣を永久顧問にしたとか。そうやって奉って敬ったところでなくなった方から何を得られる訳じゃない。存命ならば周囲への影響力も期待できるけれど、そうでない方を顧問として迎えたことから得られるのは自分たちの信心くらいだろう。そういう対象なんだってことを改めて、満天下に示してしまった事態をご遺族は快く思っているのかなあ。そうやって現世に留め置いて名前を使われ亡霊と化しはしないかと不安がっているような気もするなあ。

 福島で行われた日本SF大会で星雲賞が発表になって、牧野圭祐さんによる「月とライカと吸血姫」が藤井太洋さんの「マン・カインド」とともに受賞を果たしたとかでおめでたい。それほど票数もないのが星雲賞の特徴で、そこで同票を得たということは珍しい気もするけれど、SF界隈に知られた藤井さんとは違ってやっぱりライトノベルでそして前にライトノベルで受賞した笹本祐一さんの「AREAL」ほど知名度も高くない作品で、受賞を果たしたのはそれだけ優れていたって現れなんだろう。あの林原めぐみさんが読んで声優を引き受けると決めた作品。今回の栄誉も加わってさらに読まれて欲しいし、アニメの続きも作られて欲しいなあ。


【8月28日】 朝から荷物が車での間、パソコンを開いてカタカタと原稿打ち。400字のレビューを4本書いて400字くらいの総括原稿を着けてとりまとめて送信してとりあえず完了。これで良いのか分からないけれども悪ければ何か連絡があるだろう。気温もそれほど高くなさそうなので今日は家でも過ごせると思い、それなら夕食も家で食べて悪くないと思ったので亀戸のDIVEまでドカ弁当を買い出しに行く。

 痩せようといろいろ頑張って野菜中心の食事にしたりしたけれど、結局はよく歩いてそして午後6時くらいまでに夕食を終えてあとは半日以上何も食べないのが良さそうだと分かった感じがしたので最近はなるたけ夜は外にいたなら午後6時までに外食で済ませることにしている。家にいると午後6時でも暑かったので食べてから過ごすのが大変だったのがこれだけ涼しくなれば大丈夫だろう。できればこの涼しさのまま行って欲しいけれど、もう1度くらい暑さが戻ってくるのかな。

 亀戸まで行く電車の中で三浦晴海さんの「走る凶気が私を殺りにくる」(メディアワークス文庫)をぺらぺら。介護タクシーのドライバーをしている主人公がいつもだったら夫が行く老人ホームへと出かけて認知症の男性を墓参りに連れて行こうとしたら黒いワゴンにつけられ煽られて大変な目に。逃げてもワゴンが追いかけてくる上に横に乗っている老人は認知症だからなのか突然に暴れたり過去のことをしゃべり出したりして落ち着かない。

 そんな会話の中で明かされる恐ろしい老人の過去。一方で主人公の女性が前に働いていたキャバクラ時代の話も挟まれてだんだんと追いかけてくる黒いワゴンの持ち主が誰なのかが分かってくる。追いかけられる恐怖と隣に座っている恐怖。それでも止まれず逃げられない緊迫した状況の果て、さらに驚くような事実が浮かび上がってくる。老人は本当に認知症だったのか。告白した過去はあるいは懺悔だったのか。やっぱり真性なのか等々。恐怖は持ち越されながらも戻って来た平穏を喜びたい。

 亀戸で茶色い弁当を買ってから戻る電車で木崎ちあきさんの「DOPE 麻薬取締部特捜科」(KADOKAWA)を読む。月刊ニュータイプに連載されていたけれどニュータイプで読むのは「ファイブスターストーリーズ」くらいなのであまり気にしていなかった。内容は特殊な麻薬が出回ったことでそれで超人化して暴れる人が続出する一方、麻薬の影響が子供に伝わって先天的な異能力を持った人が現れるようになった日本で、そんな特殊な麻薬が関わる犯罪を捜査する特捜部に配属された若い捜査官の才木優人が、先輩たちと事件に挑むといったストーリー。近未来的異能捜査物って言えるのかな。

 主人公の才木には直感で悪いことを察知する能力があって、そしてバディとなる先輩の陣内徹平にはとてつもない視力が備わって、ほかに体力がものすごい女性がいたりして異能捜査官がズラリ。とはいえそんな能力が全面的にぶつかりあうような「文豪ストレイドッグ」のような迫力たっぷりの展開にはならず、ドラッグが関わる事件を地道に捜査し聞き込んだり張り込んだり乗り込んだりして犯人に迫る。そんなエピソードの底には神内の妻が惨殺された事件への怨みを晴らそうとする執念があり、その真犯人を追い詰めた果てに現れる悲しくも腹立たしい事実があって神内に同情もしたくなる。だからこその再出発。新たなポジションを得て始まる新たな物語に期待したい。


  【8月27日】 家にいたら干上がってしまうか眠ってしまうので家を出て、とりあえず池袋へと向かい映画「NOPE」をIMAXレーザーGTの巨大スクリーンで見ることにする。せっかくそれ用に作られた映画をそれで見ないのは勿体ないから。途中で富士そばへと行って味つき玉子が載った蕎麦とカレーのセットを食べて一服。そして激情に入ると「ブレット・トレイン」の登場人物をアニメで描いたポスターが飾ってあった。

 ブラッド・ピットが主演なのに日本で新幹線に乗る話って何だろうと思ったら伊坂幸太郎さんの「マリア・ビートル」が原作なのね。それをハリウッドで超スターを揃えて映画化するなんて他の作家が羨ましがるような経緯。仮に日本で撮ったらそれこそ「新幹線代爆破」のようなスペクタクルにすら今はならないでセットを使ってアクションシーンがあるようなショボい作りになったかもしれない。どうだろう。

 映画は公開がまだ先なんでそれまつ待つとしてとりあえず「NOPE」。うーん、これをIMAXで撮ろうとした心意気と、そしてIMAXで撮ったなりの迫力が出ていることは認めよう。とりわけ横だけではなく縦にも長いスクリーンは見上げるような描写に最適で、そんなスクリーンだからこその見上げる恐怖って奴を存分に与えてくれた。とはいえストーリーはB級スペクタクルに近い感じで昔ながらの合成でやってもそれなりにショッキングな映画にはなったんじゃなかろうか。

 ダニエル・カルーヤが演じるB.Jという映画やスタントに貸し出す馬を育てている男性は、ベテランだった父親を亡くして後をついだものの愛想に乏しく今ひとつ。かといってキキ・パーマーが演じるエムも落ち着かない正確すぎて遅刻は平気でそれでいて自分の宣伝に余念がなく仕事にはあまり熱心ではない感じ。集中力に乏しくすぐ騒ぎたがる性格が兄とコントラストになってこりゃあちょっと任せてられないわってなっても仕方がないだろう。そうして牧場は傾いていく。

 なので仕方なく馬を手放そうと赴いた先が西部劇風のアトラクションを展開するスティーブ・ユアン演じるリッキー・“ジュープ”・パークという男。彼が子役として出演していたファミリードラマで前に陰惨な出来事があったんだけれど、それと本筋とが絡むと言えば絡むものの絡まないといえば絡まず、そうしたよそ道も含めてIMAXで撮っているのもったいない感が強い。どうせだったらスペクタクルなアクションをもっと撮ればよかったのに。それは予算がかかりすぎるからやらなかったのかなあ、6800万ドルだものなあ制作費。アメリカにしちゃあ安い。

 そうやって作られたドラマはなかなかにスペクタクル。あれはどこから来たのか。あれは何者か。あれはどこに行くのか。どんな言葉が浮かんだけれどそうした説明に割くことはしないのも映画をともすればば高尚で、逆に言えばスカスカにしている。まあ見ている間は楽したんだからそれはそれで良いのかな。四角いIMAXのスクリーンで見る意味はあった映画。続編とか作られたら今度こそ軍隊がわんさか出てきて相手も大量に現れて一大バトルなんてものを撮って欲しい。そういう映画なんだ。

 谷口悟朗監督による「ONE PIECE FILM RED」が100億円にたどり着いたそうでまずはおめでとう御座います。東映の単独配給では初めての100億円でもちろんシリーズでも最多なら谷口悟朗監督作品でも超絶的な記録。「ONE PIECE」という素材の大きさはもちろんあるけれど、それを歌でまとめあげつつ人気のシャンクスも絡ませつつしっかりとした親子の関係を描き上げたからこその人気だと言えるだろう。しらない爺が昔取った杵柄とばかりに出てきて暴れ回るだけの作品より、本筋とも絡めつつ単独でも楽しめる作品にしたことが功を奏した。未だ「名探偵コナン」でもたどり着いてない壁を先に突破して「コナン」は次に何を描く、ってもう決まってるんだっけ。変えてきたりして、灰原哀がメインな上に唄いまくる内容に。


【8月26日】 一昨日に富山から帰ってきて1日おいて群馬県は太田市へ。こんなに動き回っていると脚に筋肉が戻って基礎代謝が増えて痩せるかと思いたいけれどもここまで膨らんでくるとそう簡単には落ちそうもないのが悲しい。でも頑張って歩いて起きて歩いて起きることにする。さて太田市にはさいしょは特急で行こうと思ったけれど、北千住まで行って出発までちょっと間があったので久喜まで行って館林まで行ってそして伊勢佐木行きに乗って太田まで行く。思ったより早くついた。

 群馬って遠い気がするけれど鷲宮神社までよく行っていたからそこからちょっと脚を伸ばした感じだって分かった。また行くかというと来週にまた行く用事があるから行くんだけれど、それだけじゃなく観光でちょっといろいろ行ってみたい気もしてきた。渡良瀬渓谷とか紅葉の季節になると風光明媚なんだろうか。赤城山って国定忠治がいるんだろうか。あんまり群馬県の観光って勉強してないのでちょっと掘ってみるか。でも基本は秘境だからなあ。何が出てくるか。それもまた楽しみってことで。

 太田市に着いたら時間があったので近所の食堂で昼食を摂る。やっぱりご当地ということでソースカツ丼を所望。新潟のタレカツだとか福井のソースカツ丼だとか卵とじではないカツ丼は各地にあってどれが本家か分からないけれど、前に福井で食べたのはわりと厚めのカツだったのに対して群馬のは薄切りのそれこそ生姜焼きより薄そうなカツを衣でくるんで揚げたカツレツといった感じ。それにタレがしみて柔らかかくて食べやすかった。東京で食べられるんだろうか。探してみよう。

 時間があったのでそばにあった綺麗な図書館でしばらく休憩。大きくないけど綺麗でラウンジとかずっといたかった。カフェもあってそこで原稿をこうかとも思ったけれどそれほど時間がないので休憩だけ。ショップを覗いたらすぐ駅前に工場が建っているスバル関連のグッズだとかが並んでいて、中にスバル羊羹とういのがあったので1本所望する。箱にスバル360が描いてあるだけで中身がスバルにちなんでいるってことでもないけれど、なかなかデザイン性の高い箱だったので気に入った。

 あと子供の頃に家でスバル360を乗っていたってこともあるかなあ。狭いはずの車だったけど一家四人が乗ってあちこち移動してた。それくらい機動力のある車だったんだよ。それくらいのミニカーが今、電気自動車として売り出されれば売れると思うんだよなあ。普通の乗用車をEVに置き換えるのはたくさんでているけれど、そんなに大勢が乗って遠距離を移動することなんてこれからなくなると思うのだ。それこそシェアカーの時代になって誰でもどこでも使える車が必要になった時、スバル360的なコンパクトでそれでいて収容力も高い車に需要がある気がする。トヨタとか作らないのかな。

 トヨタもそんな状況ではないか。トヨタイズムだなんて内輪で立ち上げたメディアの編集長として迎えた香川照之さんがセクハラ問題を認めて謝罪。つまりは事実だったってことでそんな人を看板に据えてトヨタの顔としてあれやこれや語らせてはイメージダウンになるんじゃないかって話になっている。ただのタレントだったら変えれば済むけれど、編集長だなんって肩書きを与えて一般のメディアからの取材を断りつつ内輪のメディアとして活用しているメディアの顔にしている訳だから、ここで引っ込めてはメディアじゃなくPR媒体だったってことを認めてしまうに等しい。どんな処断が下るか。そのために報道ステーションの元アナウンサーを企業ジャーナリストとして抱えたのかも。そこはリスクヘッジが効いているな。

 太田市での取材を終えて帰りは特急で東京まで戻って取材。まぶしい2人にまぶしい話を伺って目が潰れる。来月中には出る予定。って原稿書かないと。そかし新聞とかで自分で撮影していたのと比べると、仕事をした媒体は巨大なスクリーンを持ち込みライトも持ち込み光を当てて動きもとってもらってプロ級のスタジオ風写真を撮っていた。新聞社のカメラマンでもそんな大仰な撮影はしなかったらやっぱり雑誌的な媒体は大変だ。それだけにプロの仕事も必要だってことでいくらスマホが発達してもカメラマンの存在は必要なのかも。そんな仕事に耐えるカメラを作ってくれよペンタックス。それは無理か。


【8月25日】 ほら言わんこっちゃないといった感じに文化庁メディア芸術祭の実質的な終了を告知する発表文が素っ気なさ過ぎて、いらぬ憶測を呼んでいたりする。どうして今中止するのか、それが顕彰の広がりだったらその旨も明記しつつ今後もしっかりと文化庁はポップカルチャーを応援しているよと言う姿勢を見せた方が良いとしておいたのに、そういったところに触れず聞かれてもあまり答えてなくて予算が尽きたポップカルチャーを見捨てた等々の意見が出ては攻める声やら悔しがる声が湧き上がっている。

 実際にメディアアートなんかは外に代替の場もなくてまだ見ぬクリエイターがプロジェクトの中で生み出した一風変わった作品が受賞を果たして世に認められ、クリエイターの今後に大きく影響を与えるなんてこともあった。新しいクリエイターを支援する制度から作品が生まれたり、日本のみならず世界を回る展示によって活動の場を世界に広げたりってこともあったりした。そういった可能性が今のところ何の代替措置も講じられないまま道が閉ざされようとしている訳で、不安も大きいだろう。

 アニメーションはまだ新しいアニメーションのフェスティバルも出来て世界各地のアニメーションがやってきて、見られる機会もあるから良いんだけれどそうした作品がお墨付きを得てさらに広がる機会が減じられてしまったことはやっぱり残念。やっぱり国がアニメーションにお墨付きを与えるというのは、アニメマニアからすれば余計なことに見えても当事者からすればやっぱり栄誉だし将来につながることだった。あとはそこで記録されることで存在が長く残るということも。

 賞というのはそうやってアーカイブを作る意味も持っていた。四半世紀作られたアーカイブは今後は作られず、クラウドのようにあちこちに点在するイベントから文字通りに雲を掴んで揃えていかなくてはいけないのは後世にとってよいことではない。なので今回、賞としての顕彰は途絶えても年鑑として作品をピックアップして記録していくことだけは続けて欲しい気がする。メディア芸術データベースの構築はそうした活動のひとつなんだけれど、そこへのエントリーとしてメディアアートなんかの場合文化庁メディア芸術祭があったのだから、代替として委員会なりが作品を調査して並べ入力していくことを続けて欲しい。1年の成果としてウエブだけでお披露目してくれればさらに良いのだけれど。どうだろう。

 原稿を書こうと家を出てとりあえず日本橋で降りてローマ亭とかいったロメスパの魅せてフランクフルトを添えてジャポネーゼを頼んだら出てくるまでに結構な時間がかかった。早く出せるのがロメスパなのにどうしたんだろう。開店直後だからまだパスタがそろってなかったのかな。次また行って同じようなら考えよう。そこから新宿へと回っていつものマルイの下にあるVELOCHEですこし原稿書き。どうにか書き上がったので新宿ピカデリーへと回って「凪の島」を見る。

 ひろしまアニメーションシーズン2022で「平家物語」の美術監督を務めた久保友孝さんが瀬戸内海の海は緑色をしているのに、外の作品ではそうではなくって残念に思っていたことを話していたけれど、なるほど映画に映し出される瀬戸内海の海は緑色をしてて、これを毎日見て育った人からすればやっぱり不思議に見えて当然だと納得する。そんな海で溺れているんじゃなく潜っている少女から始まって、母親と祖母と暮らしていて友達もいて先生も優しくて心地よい環境で暮らしてすくすくと成長している姿が綴られていて安心して見ていられた。

 とはいえそんな少女に父親が見当たらない理由があり、友達のひとりにも母親が家にいない状況があってそれぞれに苦労した家族がいて心に傷として残っていたり、逆に知らされず不安だけが募っていたりする姿に、多感な子供にどこまで教えるべきなのかといった問題をつきつけられる。説明して分かってもらえるならそうするし、分からないなら分かる時まで黙っているべきなのかもしれない。そうやって繰り広げられていった物語の果てに、島での結婚というハッピーなイベントが来て未来へと足を踏み出す動きもあって嬉しい気持ちで見終えられた。良い映画。新津ちせさんはどんどんと役者になっていくなあ。


【8月24日】 富山市内で取材をしてから富山駅へと戻って駅弁と鱒の寿司を買って新幹線に飛び乗り一路東京へ。途中で頼まれていたレビューの候補作を幾つか上げたり雑誌のレイアウトに沿って文字を埋めたりして過ごすあたり、売れっ子のような感じだけれども単に仕事が遅くて移動の時間にまで持ち込んでしまっただけなので喜べない。それでも本くらいは読もうと碧野圭さんによる弓道小説「凜として弓を引く」を読んでこちらは「ツルネ」とは違った高校でもなく男子でもない女子の神社にある弓道場が舞台のストーリーを楽しむ。

 高校で弓道部があるところなんてそうはなく、普通の人がどこで楽しむかと言えばやっぱり弓道場があるスポーツセンターか神社のような神事としての弓道が必要な場所に設えられた弓道場。そういうところでどういう人が弓道をしているのかが分かって面白かった。あとはどれくらいお金がかかるのかも。やっぱり弓とかは高いんだろうなあ。それから実際に弓で矢を射るまでにはしばらく鍛錬が必要なことも。「ツルネ」とは違って連続講座の6日目には引かせてもらえたから早いかもしれないけれど、引けたからといって当たるものではないからそこからが本番。続けていける環境があれあやらざるを得ないだろう。その意味での講座ってことなのかも。近所でやってないかなあ。試してみたいなあ。

 大事大事。ひろしまアニメーションシーズン2022が成功裏に終わった一方で長くインディペンデントのアニメーションにも目を配りつつ商業アニメーションも取り上げつつ良いバランスで表彰してきた文化庁メディア芸術祭が、次回の作品募集を行わないことを決めたという。来月に第25回の受賞作品展示会が行われるんだけれど今年募集が行われず選考結果も出ないとなると、来年の第26回にあたる受賞作品展は開かれず文化庁メディア芸術祭における作品のセレクトと展示の巡回という最大のイベントが途絶えてしまうことになる。これは困った。大いに困った。

 なるほど新千歳空港映画祭があったり新潟国際アニメーション映画祭が始まったり東京アニメアワードフェスティバルが続いていたりひろしまアニメーションシーズンが始まったりといった具合にアニメーションを評価する映画祭は結構あって、これに毎日映画コンクールのような大きな賞もあってそれなりに作品を日本で観る機会はあったりするから困らないような気がする。そういった民間への拡張を受けてメディア芸術祭が一定の役割を追えたというのは分かるけれど、これはアニメについての話であって外の分野だとそこまでフラットでイーブンな漫画賞はあまりない。

 漫画だと小学館や講談社が半ば宣伝含みで行っているものや、朝日新聞が行っている手塚治虫文化賞マンガ大賞、そしてずっと続けてようやく価値が定着してきたマンガ大賞があってそれぞれに素晴らしい漫画を送り出しては居るけれど、そこに海外の優れた漫画を紹介する機能はない。公募で門戸が世界に開かれていた文化庁メディア芸術祭では海外の優れた漫画を日本に紹介する窓口になっていた。そしてゲーム。日本ゲーム大賞があるけど業界団体が出す賞でヒット作がメインになってソーシャルだとかオンラインといったものへの目配りが薄い気がする。

 メディアアートも国内で美術展の文脈意外で評価して展示して紹介するような賞はたぶん皆無。海外だとアルスエレクトロニカだとかサウスバイサウス・ウエストといったメディア系の展示があってそこに向かってクリエイターが仕事をしているけれど、日本から気軽に見に行けるようなものではないし、企業が取り組んだメディアアート的なイベントもその場にいなければ体験できない。そうした一回性のイベントでもちゃんと広い、再現なり採録をして見せてくれたことでライゾマティクスの凄さが一般にも広まったような気がする。その代替が存在しないにもかかわらず「役割が終わった」というのはちょっと早いけど、決まってしまったならどうするかを今は考えるしかないんだろう。どうしよう。


【8月23日】 朝から外苑前にいって新作アニメーション映画「バッドガイズ」の試写を見る。公開前なんで詳細は避けるけれども印象はとても面白い。例えば「ルパン三世」が好きだったり「BEASTARS」が気になっていたり「PUI PUI モルカー」でモルモットに目覚めた人は見に行くととても楽しい気持ちになれるだろう。あとはキツネの美女がパンツスーツをまとった姿の見目の良さにピンとくる人とか。とってもなまめかしくてそれでいてカッコ良いんだ。公開されたら絶対観に行く。

 東京駅へとそのまま向かって新幹線で一挙に富山へ。一昨日まで広島にいたのにまた遠征だなんてこの20年くらいついぞなかったので忙しいのかというと逆に勤め人でなくなって暇ができたんで長距離の移動を含む仕事がこなせるようになったってことかもしれない。仕事なら当然、プライベートでも仕事に絡めば交通費も宿泊費も経費になるからなあ。そこは気が楽。使わなければ税金で持って行かれるなら使っちゃえって、こういうことだったのか。

 到着した富山でまずは駅構内にあるラーメン屋に入りブラックラーメン。前はちょっと知らなかったのえライスを付けなかったけれど、今回はちゃんと着けて濃い汁が染みた麺をすすったらご飯で口中をリフレッシュする繰り返しを楽しめた。ラーメンライスよりも必然性がありそうなブラックラーメンライス。外の店にも行きたかったけれど遠征とかしている余裕もないのですぐさま宿に入って原稿を打つ。

 アパ ヴィラ&リゾートホテルは前回来た時も止まったホテルでアパホテルだけに特徴的な会長だか社長の顔が入ったペットボトルが置かれていたり、藤誠志さんって国士な方の著作物とか置いてあったりするけれど、それを気にしなければ比較的広めで調度も綺麗で駅から近くて値段もそこそこと申し分がないのだった。机も高さがしっかりしていて仕事に最適。そこで頼まれていたインタビュー原稿をカチャカチャと打ってとりまとめて送ってから、セブン・イレブンへと降りて夕飯を買い込み戻って仕事になりそうなアニメを視聴。そこまで進んでいたのか。でもまだ先は長そう。ラストまで突っ走って欲しいなあ。

 せっかくだからと「ツルネ3」を読んだら愁にストーカー気味の後輩が出来てなかなか大変だった。いやそれ犯罪だからってことを平気でやらかして逮捕されたりしないのが不思議だけれど、そこはまあ青少年の更正に期待を込めたということで。十分にお灸も据えられただろうからきっと次からは騒がれないだろう。2年生になった湊たちには後輩も出来てそこからどんな新人が出てくるか、ってところが気になる。
 一方、それで5人組に亀裂が入るのもちょっとファン的には大変。チーム推ししている人も迷うだろう。「けいおん!」はそこをまくやって後輩が最後まであずにゃん1人だけだった。アニメの2期も決まって続くなら3期がそこで描かれるとするなら、どのキャラに誰の声が入るかが気になって来るなあ。ともあれ京都アニメーションが小説を出しアニメーションも手掛けて作品をしっかりと育てようとしてくれている心意気は感じられた。「Free」であり「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」であり「ツルネ」といったオリジナルを小説からアニメから全展開して成功させているビジネスモデルを、どこがちゃんと追えるか。見ていきたい。

 アホなのはリモート会見に登場した岸田総理ではなくそのモニターを官邸のロビーで取り囲むようにして見ていた記者たちだろう。それこそ記者クラブのPCからアクセスして対話もできるようにすればわざわざ1台のモニターを密になって取り囲む必要もないのに、それをやってしまう“絵作り”を意識するあたりにリモートワークだのといった新しい働き方に記者たちが対応できていないことが顕れてしまった感じ。全世界的になんて間抜けな奴らなんだと思われただろうなあ。デジタル担当大臣は何をしてたんだ。自分の会見をどうするかにちょっと関心。


【8月22日】 出ていたはずの「ツルネ 風舞高校弓道部 3」を買おうと西船橋の駅の中にあってKAエスマ文庫を扱っている本屋さんにいったら完売売り切れだったそうでこれは困ったと思い地下鉄と電車を乗り継いで三鷹まで行って、三鷹駅の上にあるこちらもKAエスマ文庫を扱っている本屋さんをのぞいたらまだ残っていたので内容を忘れていた2巻も含めて購入する。

 「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」とか人気になったけれどなかなか販路を広げず電子書籍でも確か出していないのは本屋さんを大切にしようという表れか、リソースを限定して注ぎ込んで長く付き合ってもらえるところを手厚くする考えか。ライトノベルの扱いがノベルズに負けつつある今、文庫ラノベをちゃんと置いてくれる本屋さんって貴重だからなあ。まあ仕方が無い。

 とって返してお昼ご飯にしょうと阿佐ヶ谷で降りて男の晩ご飯で生姜焼きと唐揚げが載ったランチをもりもり食べる。食べきれるくらいだからまだ胃腸は大丈夫だと思いたい。そこから近所の商店街の中にあるサンマルクカフェに入ってカタカタと原稿書き。ひろしまアニメーションシーズン2022で見た「平家物語」のトークイベントの様子をとりまとめてチェックに送る。山田尚子さんが登壇するイベントってそうはないから貴重なものなので是非記事にしたいので通ってくれと西にお願い。

 お腹を減らそうとアーケード街の中をとことこと歩いて南阿佐ヶ谷へ。店が立ち上がったりなくなったりはしてもちゃんと商店街として賑やかなのは近所に住んでいる人が多いからなのか、近所に大型スーパーがないからなのか。近場で食べられて買えて飲めるなら商店街の方が便利だよなあ。阿佐ヶ谷といい高円寺といい雰囲気を保っているのはそのためだろう。これが下北沢のように大々的に駅改良工事で駅前がこぎれいにされてしまうと、だんだんとお洒落が増えて雑多が住みづらくなっていく。今はその過渡期。持ちこたえてくれるかなあ。トリウッドとか最近行ってないから今度行こう。

 せっかくだからと映画の「ツルネ はじまりの一射」」を新宿ピカデリーで見る。テレビアニメにもなっていたけれどその総集編というだけでなく新作カットも混ぜて第1巻のストーリーを総括する形になっていた。原作を読んでいるかテレビシリーズを見ていないとちょっとキャラクターの関係とかついていけないところもあるかもしれないけれど、弓を引いて矢を放つ所作の美しさと難しさを、しっかりと踏まえて描いているから見ていると自分も弓道をやってみたくなってくる。

 見終わってラストシーンのその後に付けられていたのは原作だと「ツルネ2」にあたるところ。県代表を決めたあとの地方大会に行って桐先高校弓道部と再戦したり中学で湊や愁の先輩だった二階堂永亮が登場する辻峰高校弓道部が出てきたりしてさらにピリピリとした雰囲気の中、弓にかける青春が描かれていくことになる。女子が風舞高校は3人しかいなくてモブになっているのが寂しいけれど、5人の男子の結束を途中のいさかいも含めて見て成長を楽しむ作品だからそこもまあ、仕方が無いということで。

 「新世紀エヴァンゲリオン」の冬月コウゾウというか僕らの世代だと「機動戦士ガンダム」のテム・レイを演じていた声優の清川元夢さんが死去。先だって小林清志さんが亡くなり大竹宏さんも亡くなって昭和の黎明期からアニメを引っ張ってきた偉大な声優さんたちがどんどんといなくなってしまうのは寂しいけれど、世代が変わるというのはこういうことなので悲しみを呑み込みつつご冥福を祈ろう。ありがとうございました。


【8月21日】 ひろしまアニメーションシーズン2022では「犬王」の狂騒応援上映が行われてだいたい500人くらいは入ったような印象。これってもしかしたら新宿バルト9のシアター9より多い数字で過去に行われた応援上映では観客数で最大級だったかもしてない。場所も音楽のコンサートなんかが開かれるホールだけあって最後列で聞いてても、劇場より声がクリアでセリフも歌詞もくっきり聞こえた。統率がとれていてそれでもめいめいが自分を表現をしいた楽しいイベントだった。田中aさんが見たら何と言ったかなあ。

 今日も今日ととて会場へと出かけてコンペティション参加アニメーション作家のトークだとか、「平家物語」の山田尚子監督と吉田玲子さんと美術監督の久保友孝さんのトークなんかを聞く。その後に久保さんは別の山村浩二監督とのトークにも出席。どうして美術の道を目指したのかと、かつて椋尾スタジオにいて「聖闘士星矢」の劇場版の背景なんかを手掛けていた山村さんも興味があったのか尋ねたら、高校生の時にジブリ作品を見て背景に興味を覚え、独学で背景美術の画集を写したものをジブリに送って美術の人から返事をもらい、これで進む道を決まったという。

 高校卒業と同時に小林プロダクションに入って「ルパン三世カリオストロの城」や「少女革命ウテナ」の背景美術を手掛けた重鎮、小林七郎さんの下で仕事を兼ねつつ修行の日々を重ねたという。生きたい道をまっすぐ歩んで来られた方ってことなんだなあ。そうやって入った美術の世界で監督を務めても、どちらかといえばキャラクターのアニメーターとか演出家の下請けに回るところが大なのが背景美術。でも「平家物語」では割とイニシアティブをとって、全体の色調やトーンを決めていったとか。

 美術が陰影のバランスについてこうしたいと言って外の部署が合わせてくれたというからちょっと珍しいかも。薄暮な場面とかよほどの決めカットを演出の支持で行う時は指定されたけどほかは美術発と久保友孝美術監督。全編が1枚の絵巻のような「平家物語」の統一感はここから来ているのかも。あと建物が燃えている場面なんかで作画や撮影が処理せず美術で炎が動く処理をしたという。そこもまた「平家物語」の妙に効果が前に出てきたりするのがない、統一感のあるトーンの秘密かなのかもしれない。

 あと「平家物語」では寺社とか当時のカラフルな色彩にするか今知る褪せた色彩にするかを迷い間を取ったらしい、そうした”嘘”をたとえば屏風だとか襖絵などでもついていて当時には無いアバンギャルドな絵が描かれていたりする。住まいがだいたい一緒になるからそうした建具で違いを出した。何を考えているか分からない以仁王は幾何学模様だったり、後白河法皇のところには洒落で鳳凰がいたりとか。それは歴史考証から外れるけれど考証の人の確認を得て行った演出という。なるほどもう1度見ていこう。

 ちなみに「平家物語」の美術はデジタルが多く使われているとのこと。手前に花とか置きつつ奥に焦点を合わせるような画面で1枚の背景美術に奥も手前も一緒に描くと手前だけ切り取り撮影処理しないといけない。その手間を考えるとレイヤーで分けて描いて合成した方が早いとなってデジタルが多くなったと久保友孝監督。新版画を意識したフラットな塗りもデジタル向きだし。ただし葉っぱだとか自然のものはディテールが足りなく鳴るときがあるのでアナログで描きデジタルに取り込んで色調を補正したというからハイブリッドなところもあるかも。そういう意味でも革新的で画期的なアニメだったんだなあ。パッケージ買おうかなあ。


【8月20日】 2日目のひろしまアニメーションシーズン2022に行こうとホテルを出て、少し戻って商店街を歩いていたら大正呉服店に外観が似ている建物にサンマルクカフェが入っていたのでモーニングを食べ、そして近くに移築された大正呉服店も似て見比べる。そっくりだなあ。もしかしたら移築した後に似たビルを建て直したのかな。原爆ドームも近くに寄って見学。よくもまあ残っていてくれた。この遺構を突端にして川を挟むようにして始まり中州を貫く平和公園を設計した人はやっぱり巧いなあ。象徴性と実際性がしっかり保たれているからこそ、今も祈りの都市として広島が世界に屹立し続けているのだろう。

 到着した会場でダンサーの田中泯さんと山村浩二監督のトークを聞く。自然に体は動くものだし人それぞれに持っているリズムは違うものだという田中さんにとって、一生挙手体操のようなライブでのコール&レスポンスはどうにも奇異に映るみたいで、アーティストが左右に振る手に観客も全員が同じように手を左右に振る様を「素晴らしい歌を聞いているのにどうして一緒に動くのか?」と指摘していた。踊りは個々に内からわき出る動き。それが一緒になるのは「下品な忖度」とまで言い切った。ちょっと凄い。

 アーティストと観客との間である種の肉体的な言語が交わされ、衝動によって体が動くのなら良いんだけれど全体が一体感を出すためにそれを行い、そうせざるを得ない心理に追い込まれるのはやっぱり違うってことなのかも。あと、映画やドラマで演じる役者について「昔は雨の中を20秒立っている絵があったのに今はすぐに切り替わる。(その意味を)観る方が分からなくなっている」と言っていた。身体表現をする側も受ける側も理解できなくなっていんだろうなあ。

 「俳優が同じ顔で喋ってなんぼになっている」とも。「違う役をしても俳優のファンがついていく。お芝居でちゃんと役があるのに俳優の名前で呼ばれるのなら、演技って何という話になる」と田中泯さん。そして「アニメも顔だけでなく体のキャラクターがなければおかしいのでは」と山村浩二監督の話から繋げていく。なるほど確かに今は顔さえいしっかり作画されていればファンもついてくるけれど、絵を動かして表現するアニメーションで体が動かないなんてことがあり得るのか、というのは基本を振り返る意味で言い問いかけだった。その肉体の動きがキャラクターを表すような作画ができるアニメーターをもっと尊ぶ風潮が、生まれて欲しいなあ。

 ワールドコンペティションから「物語の冒険」を観る。アメリカのナタ・メルトーク監督「レギュラー」は連続しながら拡張していくイラストレーションといった感じで見ていて引き込まれた。ドイツのニキータ・ディアクル監督「バク転」は、シミュレーション空間においた3Dもでるのキャラクターに自分をテクスチャとして貼り付け自然学習でバク転を行わせるまでを追った内容。アニメーションならではの自在な身体表現をAI化で楽に仕様として引っかかるという批評性を持った内容だった。

 ポーランドのパウリナ・ジオウコウスカ監督「三世代物語」は夫が居る自分から観て母親の世代、そして娘の世代を眺め信教に勤しむ祖母、子育てに忙しい娘とそれぞれの世代の狭間にあって迷いと空虚さを感じている女性が観られた。大人になるって大変なんだ。ギリシャのジョルジュ・シフィアノスは「目の見えない作家」という作品で目隠しをしながら描いた情景や人物を動かしていく作品。でもやっぱり身体に刻み込まれているのか人物も背景も巧いし動くんだよなあ。見えない世界をどう見るかといった問いかけにある種の答えを出してくれる作品といったところ?

 そしてスロベニアのミロス・トミック監督「ボクのパパの憎っくきカメラ」はペイントの背景を線画の親子がカメラをめぐってやりとりする内容。親にもっと関心を向けてもらいたいのに親はカメラに夢中というよくある状況を描いてる。ベラルーシのジェナジ・ブトー監督「原初的なるもの」は3DCGのオブジェの戦い。立方体やピラミッドやなにやらかにやらが転がりおいかけ繋がり大きくなってぶっ壊れる。成長すると複雑になるのって大変なんだなあ、って感じ。

 そして日本から幸洋子監督「ミニミニポッケの大きな庭で」。変幻自在な子供の落書きのような極彩色の絵が移り変わっていく上に被さる大音声のセリフたち。サイケデリックに過剰な断片がつながって人生めいたものを感じさせる。作中に出てきた「ほかる」って名古屋弁じゃあ。これも存分に狂気に満ちていたけれどフランスのニエット監督「宇宙を呑みめ」が爆発的な狂気に溢れたマッド鳥獣戯画だった。

 モデリングされたグロテスクなカエルが喋るセリフが日本語だけれど機械語でなおかつ文脈がハチャメチャ。「パプリカ」で筒井康隆さんがひねり出した異常者のセリフめいていて何か言っているけど何を言いたいか掴みづらい。その上に絵が超グロテスク。顔の皮をはがれた人とかしつこく出まくる。何でフランスの監督で日本語だとか絵巻風だとかいったジャポニズムを伊藤潤二か丸尾末広か風忍かといった方面に極振りして延々と続ける映像と意味不明の機械音声を見せられて眠気が一気に吹き飛んだ。良し悪しに限らず見ておくべき作品といえそうなニエット監督「宇宙を呑みめ」。次に見る機会はあるか?

 そんなひろしまアニメーションシーズン2022のワールドコンペティション「物語の冒険」でカテゴリー賞をとったスイスのジョルジュ・シュヴィッツゲーベル「ダーウィンの手記」は原住民をさらい文明化して送り返して分明と宗教が浸透するなんて取らぬ狸の皮算用をして無理だったら逆ギレする西洋の無茶がよく出ていた。絵は絵本調にシックで見やすくそして文明を与えて喜ぶ原住民を想像する西洋人がある意味で愛らしかったけれどその押しつけがどれだけの文化を滅ぼしてきたかをスイスから問うような作品だった「ダーウィンの手記」。がそんなこんなで面白かったスロット。物語冒険し過ぎてた感じ。


【8月19日】 一路広島へ。最初はプライベートで行く予定だった「ひろしまアニメーションシーズン2022」の原稿を書いて欲しいという依頼があったので、宿代ぐらいは稼げそうだと取材へと切り替え現地に入る。通過したことはあっても降りてい滞在するのは初めての広島。会場までは広島駅から市電に乗って行こうとしたら、途中であの原爆ドームが見られてちょっと緊張した。当時の建物だから大きくはないんだけれど、77年が経って今も経ちつつだからといって完全ではないその形に、衝撃の大きさというものを思い知る。建物が残っているんだから家に居たら安心だなんてこれを見たら言えないよなあ。

 さても到着したひろしまアニメーションシーズン2022では山村浩二監督の「北の幾多」をまず鑑賞。東日本大震災のあとに誰の心にも浮かんだ不安めいたものをかきあつめては自分の中に呑み込んで、ビジュアル化していった断片を集めて64分という山村監督では始めての長編に挑んだ作品。「先が見えない不安と」「先が決定している憂鬱」といった言葉から浮かぶあの頃の、そして今も漂うある種の鬱屈が山村浩二監督ならではの細緻で幻想的なキャラやオブジェや背景によって表現される。

 宙づりになって回る男。吸い込まれる兎。コップの縁で過ごし続ける2人。燃える傘。不思議なビジョン。それらから感じる心、重ねられる言葉から浮かぶ思いといったものをジャジーな音楽とともに眺め過ごしていく。ダリの絵のように不条理でルドンの絵のように怪奇だけどそこに“幾多の北”の思いなのだというガイドがつくことで想像し連想して自分の中の不安や憂鬱に近づける。そんな映画だった「幾多の北」。東京でも見られるならまた見たいなあ。とりあえず文化庁メディア芸術祭関連の上映会狙いか。

 ひろしまアニメーションシーズン2022ではワールド・コンペティション「社会への眼差し(2)」でレイ・レイ監督「銀色の鳥と虹色の魚」も観た。父親が出稼ぎに行き残された子供たちがかごとの鳥になったのを女性がレインボーフィッシュに変身して救う、なんてあらすじ紹介にはあるけれど、要するに中国の大躍進政策時に地方に下放さられた銀行員一家のうち母親が病弱で父親の再度の転勤に耐えられそうもないからと田舎に残り子育て中に死去。そして文化大革命で父親も逮捕され、といった中国現代史の暗部と言われる時代の状況を、銀行員だった祖父と残された子供だった父に語らたドキュメンタリー映画とも言える。

 ただし、そうした中国現代史を直接的に描いては祖父や父の証言は得られないと考えたのか、地方での生活は粘土で造形したキャラクターを動かし少しマジカルにデフォルメして描きファンタジーっぽく見せていて、子供の思い出を描いたアニメーションですよといった体裁をとっている感じ。けれども下放や文革の模様は報道写真や資料写真や雑誌なんかの切り抜きから選んでコラージュして描いているし、ちゃんと編集するからといいつつまるまる残した逸話の数々から浮かぶのは大躍進だの文革だのの大変さだったりする。

 聞き手が監督だとしたら祖父や父に思い出話をしてもらいつつその時の様子を可愛いアニメーションにしましたよと話して喜んでもらいつつ、編集どころか全部喋らせ自然とあの頃の中国で行われた毛沢東による施策のしちゃかめっちゃかさ、それがもたらす民衆の大変さを映画にした作品って気がしてきた。つまりは逆プロパガンダをやってのけてる映画とも言えるレイ・レイ監督『銀色の鳥と虹色の魚』。アニメーションというにはぺたんこな粘土の顔とか技量に優れている訳では無いけど表情はしっかり見えるところが巧いし、そうやってデフォルメすることで子供からの目線で経験したあの時代が浮かんでくる。ちょっと長いけど中国現代史に興味があるなら、苛烈さとか非道さとか前面に出さない下放や文革時の庶民の日常に証言で触れられる映画として見よう。


【8月18日】 せっかくだからと「Gのレコンギスタ3 宇宙からの遺産」を見て4に繋げようと思って見始めたらバララ・ペオールというマスクのそばにいて5ではピラミッドを操縦していた女性パイロットのあの頭の横に立っているアンテナが、取り外すことができる上にペンペンと弾いて遊べるものだと分かってだったらいったい何で付けているんだと強く訝る。なにしろヘルメットにまでアンテナを入れる突起がついているんだから無ければ困るものだと思うのだけれど、ただの飾りだとしてもそれをトレードマークにしてヘルメットにも付けることを認めるマスクの度量が広いのか、そんな突飛なキャラを認める富野由悠季監督が素晴らしいのか。両方なんだろうなあ。

 電通の元専務で東京2020オリンピック/パラリンピック組織委員会の元理事が贈収賄で逮捕されたのは前々から噂のあったことだから流れとしては不思議ではないけれど、あの世界的な広告代理店の電通でサッカーのビッグな大会からワールドカップからオリンピックまで世界的なスポーツイベントに幅広く関わって、日本のスポーツビジネスにはなくてはならない人間となって、それこそ世界的な企業を相手にしていたような人がどうしてこう言っては何だけれども安売り紳士服のチェーン店から賄賂を受け取り口利きをしたといった容疑をかけられるような商売に手を出していたのかというギャップの方が不思議。

 それこそアディダスのダスラーだとかナイキのフィル・ナイトあたりがスポーツ貴族然としているのと比べると、小さいお金をしょぼしょぼと集めてコンサルタントをしている電通の元専務の人のサラリーマンっぽさが際立つ。まあ実際に創業者でもなければ後継者でもないサラリーマンのなれの果てでしかない訳で、血筋でも資金力でもバックのない人間が成り上がれるほどスポーツビジネスの世界は容易いものではないんだろうなあ。それこそ竹田恒和氏のように皇室の血筋だとか、森喜朗元総理のように政治家といったバックがなければ。結局は日本はサラリーマン社会、金で盛り上がって金で落ちていくだけなのだった。

 やれやれというかあんぽんたんも極まれりというか。自民党の政調会長という要職についた萩生田光一議員が旧統一協会の拠点へ生稲晃子参議院議員を連れて行ったといった話が出て慌てて釈明会見をしたらしいけれど、そこで旧統一協会とは知らなかったともはや言えないと思ったのかそこは認めてああ統一協会とは付き合いがあったよと言いつつも、昔は霊感商法でいろいろやっていたものの最近はやっていないと聞いていたし、実際に報道だってあまり取り上げていなかったじゃんといった聞き捨てならない言い訳を持ってきた。いやいや報道だって霊感商法についてはちゃんと取り上げていたし、安倍元総理が祝辞を贈ったことについては弁護士のグループが国会議員に対して申し入れを行い、そこで今も被害が続いていることを訴えていた。

 そうでなくても国会議員なら付き合う相手が最近はあまり報道が聞こえてなかったということにしても、だからといって大丈夫になったかどうかを調べてみれば弁護士の申し入れも含めてわんさか問題が湧き上がっていることは分かったはず。そうする努力もしないで知らなかった気がつかなかったと言い訳する人を、国の未来を担う与党の政調会長だなんて要職に置いていていいのか、国会議員だなんて地位につけていて良いのかって話が当然起こってくる。メディアだってオマエラが報じないからオレは気付かなかったんだなんて責任を押しつけるようなことを言われて黙っていたら沽券に関わるだろう。萩生田氏が統一協会だと知りなおかつ今も問題を起こしていることを知っていた状況証拠を探して突きつけられたら次は何と答えるか。今からドキドキ。

 今日が関東ではラストになる映画「ハケンアニメ!」とTOEI渋谷で見る。割とそれなりに入っていて公開3か月といった状況でもちゃんと見られてそして見た人が口々に良い映画だったと言う作品になったことを今は素直に喜びたい。最初は本当にお客さん、入ってなかったものなあ。それを諦めずに口コミに持って行ったスタッフの人や宣伝の人の頑張りにも拍手。イベントだってやって繋いだし。それは「犬王」もいっしょか、なかなか伸びなかったのを「応援上映」という形態でもってイベントとして行かなくちゃいけない雰囲気にした。その集大成がひろしまアニメーションシーズン2022で繰り広げられるというからちょっとのぞいてみたいなあ。賑やかだろうなあ。


【8月17日】 三木貴弘監督による夏の3連続公開作品第2弾となる「TANG」を見た。二宮和也さんがが最後、部屋に飛び込んでは家を出ようとしている満島ひかりさんの足元にTANGといいっしょに土下座して許しを請うシーンがとても良かった。あと武田鉄矢が群がる敵をハンガーでもって撃退するシーンや、かまいたちの濱家隆一が「アーイエオーイエ俺濱家」と言ったり小手伸也が「SMでっかいの」と言ったりして脱力させるところがとても良かった。

 そんなシーンはない。ないけれども土下座については普通それやるだろうと思った。でなければ満島ひかりさんだって納得しないし気分だって持ち直さないはずだけれど、自分の知らないところで吐いていた本音にほだされ気を取り直すところはやっぱり本心では別れたくなかったってことだと思うのが良いのかも。だったら出て行こうとすら考えないよなあ。出て言ったら立ち直ると思ったんだろうか。そんな満島ひかりさんはパンツスーツ姿がとても良かった。パンツスーツ好きとしては120点を挙げたい映画だった。観に行ったのもそれが理由の大半だし。

 映画は庭に迷い込んだポンコツロボットは自分をTANGと名乗り拾った二宮和也演じるヒキニートの二妙に懐く。そしてなぜかぐんぐんと成長していきそのまま一緒に自分探しの旅に出る。行く先々でヒントを得て福岡から深センを経てたどり着いた場所で知ったTANGの正体は驚くべきものだった……。なんて話をしっかり描いて魅せてくれるところは三木孝浩監督。二宮和也のヒキニートぶりが苛立つくらいでなるほど満島ひかりも怒って時計を投げつけ家を出ようと決意するはずだと思った。

 理由がない訳じゃないけどそれで遊んでばかりで罪悪感に苛まれないのはちょっと不思議。あれで引きこもって身動きとれない状態ならまだ分かるけれど、そこは遺産があって遊んでいられる気楽さと、そうでもしていなければ自分を許せないプレッシャーがあったと理解しよう。日常の中にロボットのタングが溶けこんでいるCGIはさすが白組、違和感がない。ときおりバックと合成感が気になるところもあるけれど、それはマーベルにだってあるからまあ良いか。未来都市で近代的な自動運転車が走っている場所に並ぶ今時の車列ってあところに全部をCGIで作れない節約ぶりは感じられたけど。

 電通の元専務で東京2020オリンピックのスポンサー関連を仕切っていた人が東京地検特捜部に逮捕されたとかどうとか。紳士服のAOKIをラインセンス先に選んでそしていろいろと便宜を図った見返りを戴いたってことらしいけれど、そういうことがAOKIだけとは限らないとしたらいったいどういう交渉をしていたのかってところを、同じようにオフィシャルスポンサーとかオフィシャルサポーターになっていた日本の主要な新聞社は、こぞって経緯を調べて報道すべきなんじゃないのかなあ。当然知り合いみたいな人だった訳でそんな人がどういう人だったかをつまびらかにすることで、自分たちの潔白を表明すべきような気がする。まあやらないけど。新聞の広告と販売は闇だものなあ。

 某所で言われているほど揺れてなかったけれど左右には揺れていたようには見えた「劇場版 GのレコンギスタIV 激闘に叫ぶ愛」をまた見てやっぱりジット団のキア・ムベッキ隊長って自分でやっておいて自分で憤って自分で始末を付けて自分で逝ってしまう独り相撲の過ぎるおっさんだなあと思った。ビーナス・グロゥヴなんてはるか彼方で営々と安寧に浸ってきた場所で銃火器だのビームだの肉弾戦だのといった本格的でシリアスな戦闘に接しないで来たように思えるチームなんて技量はあっても緊急時には狼狽えるのかもしれないなあと思った。なのに偉い尊敬を受けているのが謎めく。研究者としては優れていたのかな。あとはやっぱりヘルメットに猫は似合うということか。


【8月16日】 総務政務官になった国会議員の人が旧統一協会と関係のある施設で講演を行っていたことを突っ込まれた会見で、「会場が旧統一教会と関係ある施設だとご指摘をいただいたが、どのような施設か当時は存じ上げず」って答えたとか。いやいやその当時にすでに統一協会関係の施設だという指摘があって、関係を疑われて自分は日本会議とは付き合っているけど、統一協会ではないからといった答え方でその施設が、統一協会と関係があるらしいということへの認識を示唆してた。

 なのに今になって「当時は存じ上げず」だなんて調べられればすぐにバレるコメントをして大丈夫なのかというと、以後は何があっても電話をしたふりをして通り過ぎるから答えなくて良いと思っているのかもしれない。そういう人には任命した政府からお灸が据えられるかというと政府は政府で自分たちが閣僚や政務官らと統一協会との関係を調べて報告することは無いって閣議決定をしてしまったから、公式なプレッシャーとはなり得なさそう。だったら週刊誌やネットニュースがかき立てれば本人が困るかというと、知らないといったん答えてあとは知らん顔をすれば大丈夫な世の中に、安倍晋三政権の中でなってしまったのを分かっているんだろう。逃げ切る気満々。厄介だ。

 前に月刊誌でLGBTを否定するような論文を発表して月刊誌を潰してしまった過去があっても「自分は多様性を否定したことは無い」と言い抜けるんだからもはや処置無し。過去のブログが掘り起こされてそこで「国連の会議室では小汚い格好に加え、チマチョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場。完全に品格に問題があります」と民族衣装に品格が無いようなコメントをして貶めていて何が多様性を否定したことはないんだって言えるけど、それすらも知らぬ存ぜぬと言い抜けるんだろうなあ。選挙があれば審判も下せるかというと比例代表から出ているので政党への信頼だけで透ってしまうから面倒。とはいえ次の選挙は最大の後ろ盾をなくして名簿順位も下がるだろうから、これが最後と頼んで役をもらったのかもしれない。困った国になってしまったよ。

 安倍晋三元総理のことをずっと批判してきた「クライテリオン」という雑誌があって京都大学の藤井聡教授が責任編集をやっていて新型コロナウイルス感染症関係でちょっぴり妙なことを言うおっさんになってしまったけれど、こと経済に関しては流石に基礎がしっかりしているだけあって安倍晋三元総理の経済政策について振り返って、ちゃんと評価するところがあったことを認めている。森田実さんがインタビューに答えていて、財務省によって緊縮財政がずっと行われてなおかつ増税まで行われたことに安倍さんは反対したかったけれど、押し切られたのでせめて外部から批判して欲しいと頼んだとか。そういう話が現役時代に出て流れを変えれば良かったのに、肝心の総理が政府にいて何も動かないだから変わらない。やっぱりその時だけいい顔をしたい性格だったのかもしれないなあ。

 熱くて暑い玄関先でオンラインインタビューを終えたので少し涼みながら本でも読もうと電車にのって阿佐ヶ谷へ。行く途中で「わたしの幸せな結婚6」を読んで騒動が収まり次からいよいよタイトル通りの「幸せな結婚」生活が始まるのかと思うと期待もするけどこのイチャイチャめといった気分も浮かんでくるのかな。そして到着した阿佐谷で「男の晩ご飯」という店に入って「阿佐ヶ谷ライス」なるものを食べてお腹がいっぱいになったので、腹ごなしをしようと高円寺までガードしたを歩いたけれど阿佐ヶ谷アニメストリートは消えていた。短い人生だったなあ。駅から遠いのとそこだけアニメだったのが厳しさの理由か。
B  阿佐ヶ谷ライスはプレートにカレースパゲティが盛られご飯が添えられキャベツが置かれてハンバーグまで載っている大人でも大好きなメニューが並んだランチ。最初はスパゲティは添え物程度かと思ったら割にメインディッシュくらいあって驚いた。それこそ近所のぱすたやで食べる並盛りくらい。それに加えておかずがいろいろあるなら通ってしまうよなあ。とはいえ遠いので三鷹方面に行くときか、電車で涼みたい時に利用するくらいにしておこう。あとはやっぱり体重方面への影響も気になるし。食べる度に歩いているとさすがに足腰に来るんだ歳なだけに。


【8月15日】 レアル・ソシエダに移籍した久保健英選手がラ・リーガの初戦に先発するそうで、それはとDAZNで見ようとしたらログインをはじかれアクセスできない。そんな間に久保選手が先取点を奪ったそうでゴールシーンなどという貴重な場面を見られなくしたDAZNはKDDIが200円ならいったいどれくらい還付してくれるんだろうとちょっと思った。まあこれからどんどんとゴールを奪ってくれば1試合くらいどうってことはないんだけれど。

 それよりDAZNはプレミアリーグがなくなって見るものが減っても値段は上がる一方というのはどうしたものか。アーセナル好きとしては冨安武弘選手のサイドの上がりを見たいしマンチェスター・ユナイテッドだってチェルシーだって三笘薫選手が前線を切り裂くブライトンだって見たいのに見られない辛さがある。一方でリーグ・アンに力を入れてくれるみたいで目下たぶん欧州でバルセロナを上回って人気ナンバーワンのパリ・サンジェルマンとか南野拓実選手が入ったモナコとかを見られるのはありがたい。ただパリ・サンジェルマンの試合って早朝なんだよなあ。プレミアは割と夜も浅い時間にやってくれたから見られてた。足し引きいろいろあってもワールドカップまでは契約、し続けるんだろうなあ。

 8月15日だけど別に靖国神社にはいかないというか、みたままつりとか例大祭で屋台が並んでお祭り気分を味わえた時代なら参拝とか気にせず行っていたけど不良のたまり場になったからとか新型コロナウイルスが流行ったからとかいった理由で屋台が消えてしまった靖国神社にでかけるだけの意識がない。なおかつ8月15日ともなると軍人でも無いのに軍服を着てそれも礼装ではない戦闘服を平気で着てきてそれが追悼になっていると思っているあんぽんたんがわんさか集まってくるので見苦しくてみっともなくて行けたものではなかったのだった。

 右翼だ保守だと日頃いっている人がどうしてそんな不敬をできるんだろう。それを言うなら沖縄で遺骨が回収されずに眠っている土地を削って土砂にして、基地建設に使おうとしているアメリカに反対している人たちが、はるばる靖国まで来ていろいろ訴えているのを右翼が邪魔しているというから何をいわんや。なるほど反基地の活動をしている人たちを左翼だ何だと思う人がいるのは分かるけれど、それだってアメリカ軍が沖縄の土地を奪っているのに反対するのが愛国保守だというロジックが、まるで透らないところにその思想のねじれ具合がうかがえる。

 国が推奨しているアメリカ軍基地に反対するのが左翼っているロジック。それなら戦争で亡くなった人の骨が混じっている土砂をアメリカ軍のために使うのも愛国だというロジック。何を中心におくかで末端の立場がまるで変わって来る。自分の信念なんてないんだろうなあ。やれやれだ。そんな靖国神社にお参りする安全保障担当相とかいたりしてやっぱり大変な内閣。旧統一協会だなんて言ってることもやってることも反日ど真ん中な集団でも、共産主義を敵とするなら同じ味方と考えるこの揺れぶりが、可視化されてしまったこれからもちゃんとやっていけるのかなあ。いけるんだろうなあ。秋になればもうきっとみんな忘れてるんだよ絶対に。

 ところで発表になった「劇場版SYCHO−PASS サイコパス PROVIDENCE」ってポスタービジュアルだと常森朱をセンターにして宜野座に霜月に雛河に六合塚に唐之杜に須郷が公安部刑事課の格好でそこに狡噛と花城がいたりする状況は最初の劇場版の直後といったところ。第三部の慎導灼も炯イグナトフもおらず灼の父親の慎導篤志が大きくバックに描かれているということは、第3期の劇場版のラストで朱がぼそりと明かしたイグナトフの兄の行方とそして、朱が潜在犯の収容所送りにされた件がいよいよ語られるといった感じなんだろうなあ。それは興味津々だけれど、人気音出てきたイケメン刑事を出さずに果たして受けるのか。ちょっと関心。


【8月14日】 「ハイキュー!!」の劇場版2部作の制作が発表されたと思ったら、「PYSCHO−PASS サイコパス」の劇場版新作の制作も発表になってこれから忙しくなりそうなプロダクション・アイジー。関連会社のシグナル・エムディでは押井守監督の脚本で西村純二監督による「火狩りの王」の制作が発表となっているし、WIT STUDIOでは「王様ランキング」だとか「SPY×FAMILY」といった人気作が続々作られていてIGポートグループは何か順風満帆に見えてきた。「銀河英雄伝説」のシリーズ最新3部作も来るしなあ。あとは映画で何かオリジナルのドカンとぶち上げてくれたら言うことないんだけれど。「サイダーのように言葉が湧き上がる」のような。

 しばらく前に通りがかって看板を見ていた上野のあんかけパスタの店が気になって、せっかくだからと出かけていって入って食べたら美味しかった。麺は本場の名古屋とは違って太麺ではなかったけれど細いなりにフライパンで炒めてあってそれに作り置きではないタマネギとピーマンとウインナーが混ざってしゃきしゃきとした良い味を出していた。とりわけタマネギの味が最高。新鮮じゃないとこの味はでない。肝心のソースはヨコイのようなスパイシーさはなかったけれど、近所のぱすたやが出していた水っぽいのとは違ってちゃんととろみがあってそして甘さも残った本格派。チャオかパスタ・デ・ココに近いマイルド系だった。目玉焼きも乗ってお得感もあるあんかけパスタ。これはまた食べに行こう。鉄板ナポリタンや味噌カツもあるけどそっちは味、どうなんだろう。気になります。

 もはや最後の悪あがきにすらなっていない月刊Hanadaの花田紀凱編集長による週刊誌ウォッチング。旧統一協会による大学における細胞めいたUNITEって組織があって環境だとかいろいろな活動を表立ってしつつ信者の獲得に邁進していたことが最近の一連の流れの中から改めて浮き彫りになっているけれど、ネットの中では以前から、主張する勝共活動をもって関係性が取りざたされていた。それを紹介する週刊文春の記事に対して花田さん、「が、ぼくの周辺の編集者やメディアの人間に聞いても、『UNITE』ののことは誰も知らなかった。』なんて書いて、そんな知られていない組織に影響力なんてないってことを訴えようとしている。

 それを言うなら統一協会だってこの30年ばかりのメディアにおける“不在”から、20代や30代には危険性すら知られていなかったりして、今回の事件でそんな組織があったんだと驚かれている。だからといって影響力がなかったかというと、むしろピンポイントで政治家を送り込み取り込んで主張を政策に乗っけることに成功していたりする。つまりは影響力大なんだけれど、それでもきっと知られてないから影響力はなかったなんて言うんだろうなあ。自分や周囲が知らないことは知られていないと思い込むのも歳をくった所作。そんなスタンスを見せる人を未だに尊び取り上げている新聞も新聞でやれやれだなあ。明日はどっちだ。

 平田広明さんがIMAXで見ろと行っていたのでイオンシネマ市川妙典にできたIMAXのGTレーザーで「ONE PIECE FILM RED」を見る。3回目。最前列の寝そべってみられるシートで見たけど床まで広がるIMAXの巨大なスクリーンに覆われるような感じでウタの巨大な顔とかを全身に浴びられて楽しかった。シャンクスに包まれるような気分も味わえたかな。もう10日となるのでネタバレを承知でいろいろ考えるならウタは自分がエレジアをトットムジカで滅ぼしたことを知っていて、そんな自分が許せずシャンクスに倒してもらおうと思ったけれど、自分の罪を被ったシャンクスがそんなことを聞き入れてくれるはずもないから嫌でもシャンクスが出てこざるを得ない状況を作り出そうと、ライブを行い「ウタウタの実」の力に巻き込み騒動を起こしてシャンクスを呼び寄せたんだと想像してる。

 ただやっぱり父親のシャンクスにはウタのとどめをさすことができなかったけれど、トットムジカが目覚めて暴れたことで自分の寿命が尽きて結果としてシャンクスに看取ってもらうことができた、といった感じ。決して大勢を巻き込んで自殺をしようとはしていなかったとだけは断じたい。あといったいどの時期なのかがやっぱり謎だけれど、百の介とかがもういないあたりはワの国の騒動を終えて最後の航海に出たあとのこと。だからトットムジカとの戦いでルフィがギア5のニカになる姿が一瞬とはいえ登場したと観るべきか、あれは夢の中だから潜在的なニカの力がその瞬間だけ溢れてしまっただけでまだワの国にはたどりついてないと見るべきか。それだとメンバーが違うからなあ。まあパラレルと思いつつ尾田栄一郎さんが総合プロデューサーを務めているならやっぱり“正史”だと思うことにしよう。いずれまたウタの存在も本編で仄めかされると信じて待とう。


【8月13日】 萩本欽一さんが新型コロナウイルス感染症に感染したとかで、年齢が年齢だけにいろいろと心配になってしまうけれども入院したといった話もないからとりあえずは状態は悪くないと思いたい。出始めのころに志村けんさんの命を奪って日本の喜劇界に衝撃が走ったけれど、これで欽ちゃんもとなったら日本の喜劇のものすごい柱が2本も奪われてしまうことになるから。有名な方に被害が出ると世間で緊張感が走るということはあるし、志村さんの衝撃が当時の安倍晋三総理に厳重な対応を決断させたのかもしれないけれど、今回は欽ちゃんとの引き替えでなく純粋に今の惨状を見て政府に何かしらの決断を求めたい。

 台風だから果たしてあるかと心配していたけれど、まだ来てないということで欠航された映画「ONE PIECE FILM RED」の舞台挨拶を見に新宿バルト9へと出かける。到着して外に出たら強風と豪雨で、これでお台場のコミックマーケット会場に並んでいる人は吹き飛ばされはしないかと心配になったけれど、それすらも耐えて並ぶのがコミケの参加者という奴だからきっと大丈夫だっただろう。台風すら祭りにしてしまうだけのバイタリティと砲丸力を持っっているのが日本のサブカル人間たちだから。

 さて舞台挨拶はジンベエ役の宝亀克寿さん、フランキー役の矢尾一樹さん、トニートニーチョッパー役の大谷育江さん、ウソップ役の山口勝平さん、ロロノア・ゾロ役の中井和哉さん、ウタ役の名塚佳織さん、モンキー・D・ルフィ役の田中真弓さん、ゴードン役の津田健次郎さん、ナミ役の岡村明美さん、サンジ役の平田広明さん、ニコ・ロビン役の山口由里子さん、そしてブルック役のチョーさんと麦わらの一味&映画ゲストの大集合でなかなに壮観。これだけの面々が集まる機会なんてそうはないから、一生の記念になった。おまけに写真撮影可。これは嬉しい。

 全員にいちいち聞いていたら時間がいくらあっても足りない中で山口勝平さんが麦わらの一味のお調子者らしく音頭を取ってしゃべり大谷育江さんが横で突っ込むいつもの感じを再現。大谷さんは56歳なのにナイスなバディを披露していて可愛い声も含めて目に結構なものがあった。そしてロビン役の山口由里子さんは変わらぬ声を聞かせてくれて冷静な上に愛らしいロビンといった雰囲気を感じさせてくた。田中真弓さんは船長で座長といった感じで喋り動いてみせてくれた。良い結束だなあ。

 そんな中に入った形の津田健次郎さん。周囲からはあのゴードンという顔立ちでツダケンが果たして合うのかといった不安もあった中で当人もいろいろ考えながらもっとおさえたトーンでいこうとして周囲にひっぱられ、芸術家としてでありウタの育ての親めいた立場としての激情を乗せた声になったって話をしてくれた。麦わらの一味がそれぞれに海賊っぽいコスチュームで登板していたのと比べると、ひとりスーツ姿だったけれどそれがまたゴードンらしいといえば言えるかな。いやいつものツダケンか。名塚佳織さんは「コードギアス 反逆のルルーシュ」でナナリーを演じて谷口悟朗作品にはおなじみだけれど、ウタという役はナナリーとは違うだけにどんな演技が求められたのか気になった。

 聞くと歌を担当したAdoさんと役を分け合っう中、名塚さんがセリフを言う時は語尾で音程をしっかりと整えて発するように言われたとか。田中真弓さんはいっしょに収録していて大変そうだったって話していたけど、それは確かに自分でなりきって自分で整え声を出すのが仕事の声優が、箸の上げ下ろしまでを決められるのは結構な苦痛。それでも受けたのはAdoさんの歌い出しにつなげる上で2人の間に違和感があってはいけないから。語尾から歌へとスムースに繋げるために必要なことだったそうで、それならばともう1回くらい映画を見て見たくなって来た。台風が過ぎたら明日にもまた行ってこよう。今度はIMAXで見たいなあ。

 寄託して市立船橋と敦賀気比との試合をネットで観戦。先制して2点リードしたものの追いつかれ引き離された市立船橋が、それでも最終回に得点を奪って追い上げを見せる中で鳴りひびく「市船soul」というシチュエーションを作り出し、全国的にその校名と楽曲名をとどろかせる試合になった感じ。残念ながら負けてしまってこの後に甲子園に「市船soul」が流れることはないけれど、音楽に死はないから次に甲子園に出れば、あるいは高校サッカー選手権大会の試合が行われればそこにブラスバンドがついていって、奏でる「市船soul」を耳にできることだろう。どうせだったら映画もリバイバル興行すれば入るのになあ。やってはいても一部では勿体ないなあ。


【8月12日】 気がつくと台風が発生して第100回目となる記念のコミックマーケットを直撃するみたい。これは大変だねえと他人事のように思っていたら、明日丸の内TOEIで「ONE PIECE FILM RED」の舞台挨拶を見ることになっていて、台風が直撃する中を出かけなくてはいけなかったことに気がついた。これは大変。というより本当に実施されるのか。観客はいけても声優さんは危なくて出歩けないんじゃないか、って考えると中止もあり得るかもしれないああ。とはいえ全国への中継も決まっているだけに中止にはできないか。ちょっと様子見。

 船橋市立船橋高等学校が夏の全国高校野球大会に出場して1回戦を劇的な逆転によって突破したこともあって、大きく注目された応援曲の「市船soul」。それが再び甲子園で奏でられる2回戦を前に市船で応援Tシャツの頒布があるというので朝から起きてとことことを歩いて出かけていく。東船橋から歩くのが近いみたいだったけれど、地図で見ると1駅分もないところにあったのでせっかくだからと徒歩でいく。たどりつくと結構な人数が並んでいて関心の高さを改めて感じ入る。

 とはえいコミケの壁サークルほどの行列もなかったので、販売開始から20分ほどで順番が来て2枚ほど確保。1枚1500円は格安で、それで市船の文字と地区予選優勝の印がプリントされたTシャツがもらえるならこんなに嬉しいことはない。本当だったら甲子園まで行ってアルプススタンドで応援したかったけれど、そんなお金はないのでここは船橋に引きこもって……いらなかった舞台挨拶があるんだった。あればあったでそこにTシャツを着て帰りがけにどこかでネット中継を見ながら応援しよう。中止なら家でTシャツを着てやっぱりネットで応援だ。敦賀気比が相手だけれど勝てるかなあ、ってそれは沖縄興南にも言えること。春夏連覇を果たした強豪に勝ったんだから次だって。期待大。

 台風前の温風が吹き込んで熱いのでそのまま戻らず大手町へと出て早い時間で空いていたリトル小岩井でジャポネのスパゲティを食べてから隣のスターバックスで原稿書き。お盆ということで人出も少ないかと思ったらまだ平日ということもあって結構な人数のサラリーマンが行き来していた。仕事熱心だなあ、とかいいつつフリーにお盆休みもないのでひたすら原稿を打つ自分もそれなりに仕事熱心なのかもしれない。2時間ほどで原型を整えてとりあえず退散。そのまま半蔵門線で錦糸町へと出てせっかくだからと1駅歩いて亀戸まで行きキッチンDIVEでベーコンエッグ弁当を買う。茶色くないのってこれくらいなんだよ。

 経済安保担当大臣に就任して中国相手に強権をふりかざせる立場となった高市早苗さんだったけれど、引き継ぎ式を行わず表舞台に出てこないことになったとか。就任会見では統一教会系の雑誌に出たことにそういうバックグラウンドがあるとは知らなかったなんて言ってたらしいけれど、知らないこと自体が安全保障から遠い所業であってそんな見極めもできない人に経済安保相が務まるのか、なんて突っ込みを受けるのがもしかしたらいやだったのかも知れない。それで逃れられる類のものでもないんだけれど、とことんまで追求しようとお知らぬ存ぜぬで逃げ切れる前例を安倍晋三元総理の時代に政権も議員も官僚も作ってしまった。なのできっとこのまま有耶無耶で進んでいくんだろう。やれやれ。


【8月11日】 何かを成し遂げたいけれども手元資金に乏しいとき、その成し遂げた何かで喜ばせるなり成し遂げる過程で生まれた何かを還元することを約束して、出資を募るのがクラウドファンディングというもので、それがインターネットの力によって広く募れるようになった。とはいえサイトを運営するにはコストもかかるからそうした運営費用や告知の費用をサイトの運営会社が抜くことは道義的に認められている。発起人が助かり支援者が喜び運営者が成り立つ仕組みこそがクラウドファンディングのあるべき姿と言えるだろう。

 そうした仕組みの上で安倍晋三元総理大臣への弔意を示す意見広告めいたものを新聞に掲載したいとするならば、発起人となる第三者のチームがあって新聞社にそういった広告を掲載したいと交渉し、OKをもらった上で費用の提示も受けてそれをまかなうためにクラウドファンディングのサイトを通して告知しつつ支援者を募るというのが真っ当な形。世にある意見広告というものはそういった形で作られ掲載されている。新聞社としては広告の掲載料をもらうだけだから媒体力に対する正当な対価といえる。

 ところがとある新聞がクラウドファンディングと称して始めた安倍晋三元総理大臣の国葬に会わせた弔意広告は、クラウドファンディングのサイトも自社で運営するものなら掲載する媒体も自分のところ。結果的には単なるお悔やみ広告を、企業などから集める代わりに個人から集めるものでつまりは純粋にビジネスに過ぎないんだけれど、そこにクラウドファンディングという言葉を介在させることで個々の弔意を束ねて世の中に示すボランティア的な活動ととられてしまう。だからこそ大勢が参加しているんだけれどこれって道義的にはどうなんだろうなあ。

 商売を商売といわない口幅ったさ。クラウドファンディングといっても実質は自前で手数料も懐にいえる奇妙さ。安倍晋三元総理が心を傾けていたらしい拉致問題への寄付も行うそうだけれど、その比率も明らかにになっていないにも関わらず、大勢の人が良いことのようにそこに名前を連ねて“広告費”を提供している。これが普通にお悔やみ広告を募る活動だったらここまで集まったかというと、たぶん集まったと思うけれどそれをクラウドファンディングと言った事でクラウドファンディングという仕組みが持つべきフラットで民主的な印象を収奪の装置と思わせてしまった。今後もクラウドファンディングを運営していく上でこれは是か非か、って言えるほど余裕がないのかもしれない。メディアって大変だ。

 一昨日におとついに来た依頼を茅場町まで出ていつものVELOCHEでしこしこと下書き。どうにか書き上がったのでそのまま地下鉄で六本木まで出て、CoCo壱番屋でカレーを食べてから国立新美術館で李禹煥展を見る。石が置いてあるだけだったり木ぎれが転がっているだけだったりする「もの派」の究極みたいな作品があったり、カンバスにハケでさっとなでたような線がいくつか描かれているだけの作品があったりしてシンプルだけれど寺社の枯山水のような奥深さを感じさせるのか、割と大勢の人が見に来ていた。自分にも出来そうだと思わせるけど、そのバランスをどうとるかということと、その行為をどれだけ極めるかといったことが必要なだけに一朝一夕にはいかない表現。それを50年にわたって続けてきた成果があの静謐さであり深遠さなんだろう。

 帰りは虎の門から千代田線で大手町へと戻り東西線で船橋へと戻ってやっぱりVELOCHEでフィニッシュ。時間があったのでいろいろと考えてひろしまアニメーションズに行こうと思ってとりあえず宿を予約し、それから行きと帰りの新幹線を予約する。まだキャンセルはきくけれど1回目ということでのぞいておくことで今後の生涯の話の種にはなるかもしれない。そう思える身心にようやくなってきたのでここはやっぱり行くのが正解かなあ。広島はまだ入ったことがないので原爆ドームとか観て来よう。時間があった呉までまで足を伸ばしたいところだけれど、それが無理ならすずさんが化物とすれ違った橋くらいは渡ってこよう。


【8月10日】 鈴木雅久さん死去。といってもそれほどメジャーではないけれど、イラストレーターとして笹本祐一さんお「AREAL」とかいろいろな作品の表紙絵を描き「機動戦艦ナデシコ」でもイメージボードを描いたりしてSF周りでは結構メジャーなイラストレーターだった。ツイッター上にも普通にいて所在は確認していたつもりだったけれど、ここしばらく更新がなかったと思ったら6月20日に亡くなって四十九日も終わってからの公表となったみたい。笹本さんら親しい方が告知されてて親しい方も最近知ったみたい。静かに送りたかったのか送られたかったのか。分からないけど残念。人が逝く夏。すぐにお盆だから帰ってくるかな。

 茅場町まで出てVELOCHEで原稿をぱちぱち。書くことになった映像についての指向も合わせて寝るけれど、そっちをまとめるのは明日にしよう。とりあえず泥棒猫の物語ではあった。2時間くらいたって煮詰まってきたので新宿に出ようと大手町まで行き、地下鉄丸ノ内線に乗り換える途中で席があいていたリトル小岩井に入っておすすめパスタを書き込む。トマトソースに魚介類が合わさったペスカトーレみたいだったけど、ゆるゆるに茹でられた太い麺で食べるとぱすたやのペスカトーレとはまた違った食べ物になっていた。やっぱりここん家は油が麺に染みたイタリアンが美味しいなあ。しかし30年近く大手町に通って1度しかいかなかったリトル小岩に今年になってもう3回も入ったぞ。何があった。

 新宿ではピカデリーで「劇場版 Gのレコンギスタ V 死線を越えて」のスタッフトーク付上映会を観る。演出回ということで聞きに行ったら4についての話がメインでラ・グーがベルリやアイーダを美術館めいた場所から地下のオペレーションルームめいたところへと案内するシーンでずいぶんとコンテ上から切られたか所があると説明。途中まで作画も進みモニターグラフィックの作成も行われていたのに富野由悠季監督がばっさりいったとか。

 もっぱらエネルギー資源だの歴史だのについて喋り語るシーンでそれで何かベルリが得心を得るような流れだったけれどあれば説明にはなってもそれは説明であって映像だとテンポが悪くなって観る人が飽きると思ったのかもしれない。テレビシリーズにはなく映画で新しく付け足したからには必要だから付け足したにもかかわらず、観てテンポが悪ければ不要と削ってしまう富野由悠季監督の凄さを観たと演出の吉沢俊一さんが話してた。

 コンテやレイアウトや3D素材を貼り合わせたビデオを流して再現してそして実際の映像を流して差を見せてくれたけれどなるほどなくてもテンポ良く何かが伝わるようになっていた。だから削ったとも言えるけど敢えて付け加えて作画まで進めたのに削ってしまえる富野由悠季監督の凄みも感じられたトークだった。あとVでエンディングのスタッフロールに被って映し出されたゴッホの絵みたいなのも説明があって黒バックじゃ飽きるだろうということで工夫して油絵めいたものを描かせバックにおいたみたいだけれど、こちらとしちゃあ男たち女達のラインダンスに目がいってまるで気付いていないのだった。女性陣はご丁寧に2度も出るし。

 富野さんのスタッフロールへのこだわりも話があってビデオ編集の際に大抵は入れるんだけれどその現場でタイミングだとか文字の大きさだとかに机をバンバン叩いて怒って直させるとか。普通はよろしくで済ませるところをそうしないのも作った人たちの名前をしっかり見せたいという心遣いなんだろうなあ。制作にいわれて作って流したオペレーターも怒られて大変ではあるもののそれもやっぱり富野由悠季監督の心遣いという奴なんだろうなあ。


【8月9日】 小林清志さん死去。しばらく前に「ルパン三世」の次元大介役を大塚明夫さんに譲ったものの、その時に出したコメントではまだまだ現役でも行けそうな感じだったけれど、次元大介を演じていてもやっぱりお歳がといった感じではあったから仕方が無い。とはいえ、そこをうまく演出して決めるところだけ決めるとか、馴らしを経て発声させるとかすれば聞ける声になっていたから、まだまだ活躍はして欲しかった。

 とはいえ、89歳というお歳もお歳だったということで、そこは仕方が無い。お目にかかったことはなく、「次元大介の墓標」とかの舞台挨拶でお見かけしたこともなかったので遂にその生声を聞かずに終わった方だった聞けば確実に耳に残って他の方では真似すらできない雰囲気を持った声はやっぱり唯一無二。だからこそ半世紀を超えて次元大介を演じ、そして「妖怪人間ベム」のベムや「クラッシャー・ジョウ」のタロス、「スペースコブラ」のクリスタルボーイといった役がその姿とともにしっかりと脳裏に残っている。本当にありがとうございました。

 大竹宏さん死去。「もーれつア太郎」のニャロメとか「マジンガーZ」のボスとか「Dr.スランプ アラレちゃん」のニコチャン大王といった声が今も大勢の耳に残っている声優さんだった。2011年に赤塚不二夫さんの作品を集めたDVDが出るということで、アッコちゃんの太田淑子さん、ブタ松でバカボンのパパの富田耕生さん、イヤミの肝付兼太さん、そして大竹さんのレジェンド声優4人にそろってインタビューする機会を得て、そこでニャロメの奔放さが権力に対するカウンターとして取り上げられていったんじゃないかなって話してくれていた。当時も混乱していた世相に「ニャロメっていってやりたいと」とも。

 肝付さんが亡くなられ富田さんが逝かれ、去年は太田さんも軌跡にはいられながら大竹さんはまだまだご存命だったからいつまでもお元気でいて欲しいと思っていたけど、そこはやっぱり90歳というご高齢、直前まで本当にいろいろなところで活躍していたのは小林さんとはまた違った意味で唯一無二の声をお持ちだったからだろう。決して声色を作るなんてことはせず、内面でもって感じたままに出したその声が役にハマる。富田さんも肝付さんも太田さんもそうだった。声で役柄をねじ伏せる。そんな声優さんの声優さんらしさを感じさせてくれる人、今はどれだけいるだろう。その言葉をもっと聞いておきたかった。合掌。

 オリビア・ニュートン=ジョンさん死去。「そよ風の誘惑」が有名だけれどMTVな世代になってくると「ザナドゥ」とか「フィジカル」といったポップでライトでテクノでキッチュな楽曲を歌うお姉さまといった雰囲気でシティポップからちょっと離れたアメリカンポップスの代表格みたいなポジションだった。その後でシーナ・イーストンとか出てきてゴーゴーズみたいなガールズロックも出てきて賑わっていく中でオリビアさんの名前は聞くことがなくなっていたけれど、環境運動とかで活躍していたようで実業家でもあったらしい。1948年は都はるみさんと同じ歳なんだよなあ。そう考えると都さん凄いかも。

 三宅一生さん死去。いわゆる黒の衝撃として山本耀司さんと川久保玲さんがパリコレクションで大いに話題になる中で、日本からいったデザイナーでも三宅さんはちょっと違ったモダンで先鋭的なイメージがあってDCブランド全盛の時でもY’sやコムデギャルソンよりもさらに違ったポジションにあったような印象。Y’Sやコムデギャルソンは買えてもイッセイミヤケはちょっと買えなかったから。Y’sが経営に行き詰まり高田健三さんもブランドを譲り亡くなる中で川久保玲さんと三宅一生さんはブランドをしっかり維持してた。そこが服と向き合い服とだけ対話し続けたデザイナーの強さなのかもしれない。合掌。


【8月8日】 何しろ1時間はかかる大分空港まで行くバスが1時間に1本では、乗り逃すと飛行機に乗り遅れてしまうので早い時間に移動しようと午前7時には起きてバス停に行き、空港行きのバスに乗って午前9時には空港にちてチェックイン。2時間くらい時間はあったけど何があるでもない大分空港で買い物も遊びもできないので、カフェで居眠りをしてから始まった搭乗に従ってジェットスター航空の成田行きに乗る。

 来るときは羽田からJALだったけど帰りをジェットスターで成田にしたのは料金が安いから。それこそ半額くらいでちょっぴり遠い成田に行ってくれるならこれはお得な上に機材もA320でJALとアメリカン航空の共同運用なら心配することもない。乗ってる時間も1時間ならサービスがあってもなくても変わらないならこっちを最初から利用しておけば良かったかもと思ったけれど、成田に到着して第3ターミナルで降ろされて、そこから電車に乗ろうとしたらそれこそ1キロくらい歩かされることが判明。帰りがこうなら行きも似たようなものだとすると、大荷物を抱えての利用はちょっと大変かもしれない。

 幸いにしてろくに荷物もなかったので、1キロくらい歩いて第2ターミナルへと行ってそのすみっこにつくられたアニメ関連のショップを見物。なかなかものはそろっていたけれど、こんな隅っこではインバウンドで来日した外国人に利用してもらうとしたってちょっと無理だろう。パイロット服をきたキャラクターのグッズが抱負だからむしろ国内のファンがチェックしに行っているんじゃないだろうか。ガンプラもあったけど今人気のがあるかどうかは不明。個人的には「鉄血のオルフェンズ」のバルバドスがあったのでちょっと欲しかった。カッコ良いんだこれ、ゴティックメードみたいで。

 「ONE PIECE FILM RED」が週末の興行で22億5000万円を稼いだとのこと。土曜日からのスタートで2日間だけでこれはなかなかの数字。上にあるのは「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」だからそれに追いつくか迫るくらいの興行収入を得るかもしれない。100億円は硬いかな。そうなったらちょっと凄いかも、過去にもいっぱい作られた「ONE PIECE」の映画だけれどそこまで行った作品は確かなかったから。谷口悟朗監督の名前も広まれば、現在手掛けている劇場版「エスタブライフ」にも弾みがつくかも。でもって繰り出されるのがノーパンだったら笑うけど。それは橋本裕之監督のテイストだから劇場版にはそうはならないかな。

 そんな「ONE PIECE FILM RED」がトップに来たことで下は順繰りに下がって「今夜、世界からこの恋が消えても」は5位から6位に。その意味では勢いは維持したってことで口コミが聞き始めて夏休みということで若い人たちが続々と劇場にかけつけては、ハンカチを涙で濡らしているのだろう。不思議なのは「モエカレはオレンジ色」が圏外から9位に浮上したこと。何かあったんだろうか。青春系が2作並ぶランキングはそれはそれで日本的。逆に「ソー ラブ&サンダー」が圏外に消えてしまうところは、マーベルが強いアメリカと大きな違いがあるって言えそう。「Gのレコンギスタ5 死線を超えて」は映画には入らないのかな。

 夕方からVELOCHEにこもって暑さを凌ぎつつネットで夏の甲子園野球大会を観戦。沖縄の強豪・興南高等学校と地元・船橋から15年ぶりに出場となった船橋市立船橋高等学校の試合はしょっぱなの市船の攻撃となった1回裏からあの「市船soul」が演奏されて何が何でもまずは「市船soul」を甲子園で響かせるんだという吹奏楽部とそして市船の意気込みを感じる。その回に3塁までランナーが進んで期待したものの無得点に終わり、そして3回に沖縄興南に5点を奪われ万事休すかと思ったら、2点を奪いそれから本塁打で1点を返してさらに8回、「市船soul」をバックに奮起した市船の選手が2点を入れて同点に。

 そして迎えた9回裏も「市船soul」が鳴りひびく中、満塁となって代打に出た選手に相手投手がボールをぶつけて押し出しからのサヨナラ勝ちして2回戦に駒を進めて「市船soul」が甲子園に流れる機会を先につなげた。ニュースなんかでもさっそく報じられていたりしてちょっとしたブームになりそう。このビッグウェーブに乗ろうと「20歳のソウル」を紹介する原稿を書いてぶっこんだけれど次の試合までに掲載されるかな。そこで負けても記憶に残れば良いのでとりあえず頑張ってとエールを贈ろう。


【8月7日】 大分へ。たぶん初上陸。宮崎には行ったことがあるし鹿児島にも鉄道で行ったことがあるけど大分は通過したことすらなかったんじゃないかなあ。佐賀は通過だけはしているだろうからこれで九州全県制覇。でもまだ四国には入ったことがないのだった。還暦の厄払いにお遍路でもするかなあ。ってことで朝の8時過ぎくらいの飛行機に乗って1時間くらいで大分空港にはついたものの、そこから大分駅前まで1時間くらいかかるというこの戦闘力の差に飛行機という文明の利器の偉大さを強く覚える。リリエンタールとライト兄弟は偉かった。

 夕方までやることがないのでとりあえず昼食でもとネットで調べて大分名物と分かった「琉球丼」を食べに二代目与一へ。海の男のまかない飯だったとかでご飯の上に皮をはがれて千切りめいて細く切られた関アジをタレ漬けしてびっしりと乗せてゴマとか大葉とかを散りばめた海鮮丼のシンプルな奴といったところだけれど、食べるとこれがアジだけなのに甘みがあって深みもあって美味しくてついつい箸が進んでしまった。こんなの食べていれば海の上だってずっといたいと思えるよなあ。店はカウンターだけで「琉球丼」も1日にそれほど数が出る訳ではなかったみたいで食べられてラッキー。次来ることはないけれど、東京でも丼選手権みたいなのがあれば食べてみたいかも。

 その後、近くにある大分県立美術館に行って現代美術の展覧会を見物。ウォーホルがいたりカンディンスキーがいたりジャコメッティがいたりとモダンアートもあればフルクサスとか中西夏之とか荒川修作とか河原温とか今となっては懐かしさが漂う現代美術もあってそっち系が好きな人には楽しい内容。あと森村泰昌とか奈良美智とか。でも村上隆を始めとしたカイカイキキギャラリー系はいなかったのはどこかやっぱり美術の筋から外れたところで活躍しているって認識なんだろうか。

 ホテルにチェックインするまでまだ時間があったので、ホテルそばにあるモスバーガーでアイスコーヒーを飲みながら時間を潰していたらものすごい雨と雷でリアル「スプリンクラー」といった感じ。これを聞いていたら達郎さんも話題にするかと思ったけれど、リハーサルでホールにこもっていたんだろうか、雨については喋らなかった。地方をまわって名物を食べて温泉につかって音楽を奏でてなんて無頼な暮らしは出来ないし、飽きるんだろう。講演だけして旅行をしていてそれが楽しいと言ったら永久に東京に帰れなくなったってSFが筒井康隆さんにあって、憧れつつも怖かった記憶。時々来るから良いんだよ。

 さても今のところ山下達郎さんのライブ「PERFORMANCE 2022」で唯一当たった大分県大分市にあるiichikoグランシアタでの公演を観る。新アルバム「SOFTRY」から「LOVE’S ON FIRE」を達郎さんがバックダンサーを従え踊りながら唄う姿が最高だった。そんな藤井風な訳がない。ほぼほぼいつものライブといった感じ。メンバーも同じなんで安定感抜群。とりわけ今回は僕が大好きな「MUSIC BOOK」を聴かせてくれて良かった。

 iichikoグランシアタは車いす席の16席を含んでも1966席とこじんまりとしていながら幅広でゆったりとした空間を味わえるホール。それだけ前後は長くなくて達郎さんを間近に手に取るように見えた。ちょっと幅広な感じだった。よたよたと歩いていたのはいつものこと。ストラトキャスターを手に取れば抜群のカッティングを聴かせてくれるし「RIDE ON TIME」ではいつもの生声を限界に挑戦するかのようにステージ奥から響かせてくれた。

 この声が良かった。新型コロナウイルス感染症に感染して4公演ばかり延期にした関係で喉に影響が出ていないか心配だったけれど、軽症だったらしく喉に影響はまるでなくむしろ休んでそして熊本で久々に声を張りだして整った感じにヌケの良い声だった感じ。とても69歳とは思えないんだけれど「MUSIC BOOK」をかも含めてアルバムを出していた30代の頃を思わせる声を聴かせてくれた。凄かった。

 詳細はこれからの人もいるから置くとして、バンドメンバーのつばぜり合いが演じられる場面があったり宮里陽太さんが昔の僧形めいた雰囲気からちょっとモダンになっていたりと人的にも見どころはいろいろ。そして難波弘之さんは達郎さんと同じ年なのにいつまでもSF少年でキーボード少年な感じがこれまた凄かった。しばらくまえに病気もされた気がしたけれどそんなことは感じさせない演奏ぶり。ツアー最後までこれなら全員で突っ走っていけるだろう。もう1回くらいどこか当たらないかなあ。


【8月6日】 「月刊潮」を刊行している潮出版社が創価学会系というのは知られた話で、そして創価学会は公明党と関係があっていわゆる政治と宗教の問題に触れていることも承知しているだけに、統一協会を信じてお金を注ぎ込んで一家を不幸のどん底に叩き込んだ母親を怨んだ挙げ句に、統一教会系の団体に総理大臣でありながらメッセージを送ったりしていた安倍晋三元総理を射殺した事件が、政治と宗教の関係をあぶり出している状況で、その問題に触れずに安倍晋三元総理について語ることは不可能と考えたからかもしれなあいと、事件について特集も組んでいなければ記事も載せていない月刊潮の2022年9月号の「月刊潮」の割り切りぶりについて思った。

 どこかのライティなオピニオン誌がそろって安倍晋三元総理の功績ばかりを挙げて持ち上げているのと比べると、潔いというか正直というか毀誉褒貶の誉褒ばかりを取り上げるみっともなさを自覚していたのかもしれないけれど、そうした中にあって国際政治学者の人だけが、コラムで安倍晋三元総理の暗殺事件について触れていたものの、内容が相変わらずというか安倍晋三元総理と統一協会との間に深い関係があるといった認識から、犯人が銃撃を行ったことを指摘すること、が犯人のテロを肯定することになるといった謎理論を繰り出して、安倍晋三元総理と統一協会の関係から目をそらさせようとしていた感じ。その死を悼みつつテロを憎みつつ原因について語ることをそれぞれに独立して行えばいいだけなのに、そうせず原因のとりわけ関係面だけをオミットするその言説はいったい何によるものなのだろう。ずっと気になっている。

 初日から売り切れ続出の「ONE PIECE FILM RED」を見にイオンシネマ幕張新都心へ。最寄りのJR幕張本郷駅に着いたら改札内にある自販機で売っているヤクルト1000が売り切れではなくなっていたので、1本買って飲んでみたけど味は普通にヤクルトだった。何が違うんだろう。夜になるとぐっすりと眠れるんだろうか。っていうか今も普通に眠れているからなあ。夜に期待だ。でもってイオンシネマ幕張新都心へとバスでたどり着いて「ONE PIECE FILM RED」。いやあ、谷口悟朗監督は凄いというか、あの予告編から想像できる展開をそうもひねってくるというか、驚きの連続でラストまで引っ張り回された。

 何を語ってもネタバレになるだけに何も言えないけれどもとりあえず見終わってからもう1度見ると、それぞれの描写に違う意味が感じられる作品であることは確か。それは「今夜、世界からこの恋が消えても」と同じで個々の場面の心理状態を知って改めて見直してそこではそうだったのかと感じたいのでまた行こう。というか来週の舞台挨拶のチケットが当たっているので行く予定ではあるんだけれど、その前に今度はIMAXで見たいかも。いやイオンシネマ幕張新都心のULTIRA&ドルビーATMOSも最強だったんだけれど、IMAXはIMAXで画面のクリアさがどれくらい映像を引き締めているかを知りたいのだった。

 あと言えることはメインキャラクターとなっているUTAもいろいろと考えていたんだなあということ。それは特典としてもらえた第40億巻を読んでも感じ取れることで、単にすべてをキャッチアップしようとしただけでなく、それをしっかりと支えてくれる人を想定して信じていたということ。それでもやっぱりいろいろとしでかしてしまったことにたいする決着を、整えてきたところに谷口悟朗監督ならではの筋の通し方を見てしまった感じ。そこはだから「コードギアス 反逆のルルーシュ」でルルーシュに安易な幸せを与えなかったことからも感じ取れる。そういえばUTAの普通の喋りはナナリーだったなあ。あんな奥ゆかしかった子がこんなに自己主張の激しい娘に育ったんだなあ、ってそれは違うけど。歌で進める映画という意味では「マクロスΔ」の2本の方が好みだけれど、見込めばまた違ってくるかも。その意味でまた行かないと。


【8月5日】 無事に熊本が開催されるようなので、大分も開かれるだろうとここは腹をくくって大分のホテルを予約。ついでに帰りの飛行機も予約しようとスタージェットの便を見つけて予約をしたら、1日間違えていたのが判明して慌てて日程を切り替えたらそれだけでちょっと割増になってしまった。そこが安価なLLCだけれどもそれでもJALなんかに比べれば安いから仕方が無いのだった。ちなみに往きはJALで羽田から。帰りはスタージェットで成田まで。考えて観れば成田の方が家からだと近いんだけれどちょっとそこまで頭が回らなかった。両方試せて良いって思うことにしよう。あとは天候だな。

 そして気がつくと松本直也さんの漫画「怪獣8号」がアニメ化されるって発表されていた。それはそれで目出度いんだけれどすでに結構動いているあの絵がアニメになって感じられる驚きがどれだけかって考えた時、やっぱり実写映画化して欲しかったという思いが強く浮かんで仕方が無い。なるほど日本の漫画の実写化がいろいろと言われているのは知っている。最近も「鋼の錬金術師」にいろいろと異論もあったけれどもそれは役者のセレクトとシナリオのさばきかたの問題であってVFXは結構力が入っていた。そして「シン・ウルトラマン」のように特撮でありながらもリアリティを持った映像が作られると分かってきた。

 だったらという思いもあるし、これが海外だったらマーベルのコミックスが普通に実写映画になってとてつもない世界をさらに凄いものにして見せてくれるのを目にしていると、同じような技術でもって「怪獣8号」も実写映画にして欲しいという気がしてしまうのだった。まあ予算が文字通りにケタ違いだから迫るのは無理でも頑張れる範囲で頑張っていかなければ未来はない。だからいつか実写映画化にも挑んで欲しい。無理なら海外での実写映画化なんてこともあって良いんじゃないかなあ。ところでアニメはいったいどこが制作するんだろう。MAPPAがあれもこれも手掛ける中で挑んで同じクオリティをたたき出せるアニメスタジオが出てきて欲しいのだけれど。WIT STUDIOが「SPY×FAMILY」に続いて取ってくるかな。

 三鷹でちょっとばかり仕事をしてからバスで調布へと向かいシアタス調布で「GのレコンギスタV 死線を超えて」を見ることにしてついでに富野由悠季監督に迫る映像が収録されたブルーレイを確保。丸の内ピカデリーだとすでに品切れになっていたりするそうで、誰もが気になる監督として未だトップにあり続けているのは宮崎駿監督ではなく富野由悠季監督なんだってことを改めて満天下に示した格好。上映まで時間があったので劇場を出て調布駅の北口にある「かれんど」という店でキーマカレーオムライスを食べる。前に来たときはちょっと行列で入れなかったのでリベンジ。ご飯の上に丸く卵焼きが被せられ、その上からキーマカレーがかけられてもう美味しくないはずが内というビジュアルだったけど、味もそのとおりにキーマの辛味と卵焼きの甘み、そしてライスのうま味が混じり合ってとても美味しかった。また行こう。

 さて「GのレコンギスタV 死線を超えて」は誰がどうだかさっぱり分からないけれどもとりあえず、戦いに血道をあげる人たちの動機に多分に彼氏彼女の恋情があったりすることも見えてきた。少し前まで宇宙の果てまでベルリと一緒に旅したのにマニィが地球のそばまで戻ってマスクことルイン・リーと合流すると、マスクのベルリへの嫉妬と逆恨みが爆発したような感情をそのまま受け取って、本気でぶち殺しに行くんだから恋の力は凄まじい。
 ベルリも戦いはダメだとかいって飛び込んでいっては相手を平気でぶち殺すから言行不一致も甚だしいけれど、殺したくないと言っても殺さざるを得ない状況に入ってそして殺さなくちゃいけないという思いにとらわれるのが戦争だってことを言いたいのかもしれない。最後はそれでもノーサイドから憎しみをすっと消してみせるあたり、人はわかり合えるんだっていうかつての思想を明るく描いたものとも言えそう。難しくして悩ませるよりあっけらかんと見せてすっと落としてのけた2020年代のガンダムであり富野由悠季監督ならではの作品。やっぱり遡って1と2と3も見なくっちゃ。マニィは髪をまた伸ばせば良いのに。


【8月4日】 1997年といえばケ小平こそ死去したものの江沢民国家主席の下でケ小平が夢見た香港返還が行われた年。それを3か月後に控えてアメリカから下院議長のニュート・ギングリッチが台湾を電撃訪問して李登輝総統と会談したのは、香港返還からの台湾侵攻があり得るかもしれないと言われ始めた時期にアメリカの姿勢を改めて示すことで、中国を牽制するという意味があったと言われている。中国を一応は立てながらも決して甘やかさない態度を示したとも言えるけれど、そうした忖度のない態度を見せるのが世界の警察官、アメリカ合衆国だけのことはある。ここで日本は台湾訪問なんて誰もできなかった訳だから。

 それもまた中国への経済依存度が高い日本にとっての処世術でもあるんだけれど、口だけの人は態度で示せと今回のペロシ下院議長の台湾訪問に関連していろいろと言い出すんだろうなあ。とはいえ25年ぶりとなる訪台が前回のような意味を持っているとしたら、香港の民主化を完全に押さえ込んで中国化を一気に進める動きの中でまたぞろ台湾侵攻なり台湾有事が言われ始めているのをちょっと、牽制しておく必要があるんじゃないかといったものなんだろう。

 とはいえ国力を高め軍事力も教戒している中国もやれやれと良いながらとりあえずおとなしくするかというと、江沢民政権下で中国サイコーな教育を受けてきた人たちが四半世紀経って要職についている今、かつての周恩来だとかケ小平のような思慮深さよりも内政の歪みを外交で解消しようとして暴れ出さないとも限らない。それは中曽根康弘元総理だとか野中広務元自民党幹事長だとかいった戦争を経験した世代が引退なりして政界から去った自民党で、内政の不満を外にぶつけてそらそうとする動きが妙な宗教とも結託して濃縮されているのと同様で、そうした夜郎自大の輩がいつ激突しないとも限らないのがちょっと怖い。哲学を持って歴史に学び聡明さにあふれた為政者ってなかなか出ないものだなあ。

 食べたくなったので有楽町まで行ってスパゲティのジャポネでインディアンスパを頂戴する。茹で置きしてある太めのスパゲティをフライパンでいためて具を混ぜて出すロメスパの老舗で、ジャポネだとかいろいろなメニューがある中でカレーがかかったインディアンはシンプルで食べやすかった。ジャンボでもあんまり量が変わらないのはあるいは昨今の諸物価高騰で容量が抑え気味なのかそれともさらに上の横綱に全振りしているからあまり盛ってないのか。まあ食べきれないほど出ても困るのでお昼にはちょうど良かった。

 食べ終えて隣のマクドナルドでしばらく原稿打ち。適当に時間もたったので丸の内TOEIで「ハケンアニメ!」でも見ようかと思ったものの、渋谷TOEIではまだしばらくやっていそうだったので今日は休もうと有楽町からJRに乗って亀戸まで出てそこでキッチンDAIVEのベーコンエッグ弁当を購入。卵が5つは使われたゴージャスな弁当で黄色いフライがいっぱい盛られたものと比べると量はありながら食べやすいのだった。次もあったら食べたいな。ちょっとだけ横になったら夢に角川歴彦会長が出てきて記者会見をするというので300円はらって参加。なんで会見にお金を払うんだってそれは夢だからそういうことも起こりえる。なんで歴彦さんかといえばそれは話題になっているから。北野武監督のせいって奴で。どこに落ち着くかなあ。


【8月3日】 東劇ビルの1階にあった本屋さんが消えてしまったことから浮かぶ寂しさは、あの界隈の街全体がどこか沈み込んでいるように思えることからも強く感じる。同じ通りを皇居まで戻った日比谷がミッドタウンで一気に再開発されたのと比べると、有楽町から銀座を越えたあたりはシネパトスが消え歌舞伎座は屹立するも興業はコロナで襲名披露とかタイミングじゃなく、電通は移転しアサツー・ディケイもとうに虎ノ門へと逃げ華僑ビルはなくなり築地市場が移転して勝鬨橋あたりまで何もない感じになってしまった。

 かちどき橋を渡ればそこは月島で江戸の雰囲気が未だに味わえる伝統ある街なのに、築地市場もなくなった今は訪れる人も流れでは減ってしまってどこか静かだなあという気がして鳴らない。それもまた風情、下町風情が維持されると言えばいいのだけれど、再開発が入って建つのはタワマンばかりとなるのも勿体無いので、ここは毎日1回、勝鬨橋を上げればいいかなと思ったり。あるいはARゴジラを立たせてスマホ越しに見られるようにしたら良いかと考えたり。日本橋が三井不動産の手で再生したように、そして丸の内が三菱地所の手でモダンになったように月島築地東銀座にもどこかの手は入らないのかなあ。住友不動産では灰色のオフィスビルが建つばかりだもんなあ。

 撮られた映画のフィルムの権利はハリウッドだったらプロデューサーにあるってことが明々白々で、監督が自分でやるなり指示してやらせるなりして編集をして期限までに納品をしなかったとしたらプロデューサー権限で取り上げて新たに編集を指名して仕上げて公開へと持って行くことになるだろう。日本でだって前に松竹の奥山和由プロデューサーがNHKのディレクターかだれかが撮った映画の編集を疑問視し、そちらとは別に自分の編集したバージョンを公開して真っ向勝負をしたことがあった。プロデューサーはそれだけ偉い。だってお金を出すんだから。

 北野武監督による映画「首」が途中で止まっているというのもだからプロデュースしているKADOKAWAがそれこそ素材を全部引き上げて自分たちで編集をして公開することだって契約的にはできるような気がするけれど、その契約がまだ締結されていないらしいというところがなあなあの口約束で動く日本のエンターテインメント業界らしい。ハリウッドだったら契約がなければ撮らないし撮らせないだろうから。それがない以上はだったら商習慣なりから判断するならやっぱりお金を出したKADOKAWAなりが1番偉いってことで、どうにだってできる気がするんだけどなあ。

 それが北野武監督映画と呼べるかが難しいならアラン・スミシーとして公開しちゃうのも手かもしれない。話題になれば奥山プロデュイーサーだったら何でもやったけれどKADOKAWAではそれはちょっと難しいかな。角川春樹さんならやったかも。週刊新潮だと北野武監督の求めに応じようとした角川歴彦会長を周囲が止めたようだけれど、映画なんて文化事業なんだからゲームで儲かっている分をいくらか注いでそちらで損をしたって栄誉が得られるなら良いって判断をして、言うなりにしてしまえば良いんじゃないかと思うのだった。昔の歴彦さんならそれをやったし、逆に言うなら昔の北野武監督ならゴネたりなんかしなかっただろう。時代は流れ人は年齢を重ねそして世界は窮屈になる。見習おう反面教師として。

 池袋へと回ってTOHOシネマズ池袋で2回目となる「今夜、世界からこの恋が消えても」を見る。夏休み中だからか午後1時40分からの回で8割埋まってそのうちの99%が女子で男子がいてもほぼカップルの映画に男子がひとりで入るのはなかなかはばかられるけれど、後半から周囲がハンカチモードに入るのを感じつつ自分も落涙モードに入る楽しみを味わいたいから仕方が無い。同じ空間で同じ思いを味わう映画館ならではの楽しみを体験できる映画ってそうはない。これは貴重な1作。同じ気分を味わいたいと大勢が詰めかけているようで、原作から好きだった身にはなかなかうれしい。頑張れメディアワークス文庫。


  【8月2日】 朝から暑いので家を出て茅場町まで行ってVELOCHEでしばらく原稿書き。適当な時間になったので歩いて八丁堀から築地を抜けて東銀座まで行く。これくらの暑さの中をこれくらいの距離歩けるなら気分はわりとポジティブといったところ。しばらく前はそういった“無駄足”を踏む以前に出かけることすら困難だったから割と回復しているといえばいえるけれど、それは今がまあ稼げているからでこれで稼げなくなってくるとやっぱり引きこもってしまう可能性もあるので今のうちにガンガン仕事をしておこう。達郎にも行かなきゃいけないし。

 とは言いつつ札幌のライブに続いて東北でのライブも中止となった山下達郎さん。週末に熊本があってそれから大分でのライブとなってそれに乗り込む予定で飛行機まで確保してあるんだけれど、帰りの飛行機を予約しようとしてちょっと迷ってる。今のところ回復したともライブを再開するとも発表がないことを考えるとちょっとやっぱり新型コロナウイルス感染症の影響で喉が痛んで声が出ないのかもしれない。あるいは周囲に似た症状の感染者が出てライブが回らないとか。それで予約をするとキャンセルもきかないんで今はちょっと様子見。確報が出たら改めて動こう。大分なんて滅多に行けるところじゃないんで行きたかったなあ。再公演になるとは思えないから今回のツアーで見えることは断念かなあ。

 歩く途中で築地にある天やに入って天丼を戴く。築地だったら美味しい天ぷら屋さんだっていっぱいありそうだけれど探して食べていると高いんでこれは仕方が無い。あるいは築地だから食材もちょっと違うなんてことはきっとないけどそこは気分ってことで。でもって東銀座にある松竹の本社が入った東劇ビルに入ったら1階にずっとあった本屋さんがなくなっていた。近所に電通の本社があった関係で広告関係の本とそれからやっぱり松竹ってことで映画と演劇関係の本が妙に充実していて、小さいけれども使い勝手の良い本屋さんだっただけに残念。電通も移転して関係会社もいなくなって本なんて読む人が近所にいなくなったのかなあ。築地市場もそういえば遠くへいってしまった。そうやって街は死んでいくんだ。変わっただけかもしれないけれど、どこか息をしていないようにも思えるのだった。残念。

 そして試写で八目迷のライトノベル「夏へのトンネル、さよならの出口」が原作の映画「夏へのトンネル、さよならの出口」を見たらちゃんと「夏へのトンネル、さよならの出口」だった。原作が未読で映画をいきなり見る人もいるから詳細には触れないけれども過去に縋りつつ縛られるだけではなくてちゃんと進もうとする人をちゃんと見守っていこうと思えてくる物語だった。小林星蘭が出演していることもあって「若おかみは小学生」のおっこが経験してそして進み始めた姿が少し重なって見えた。11月に化け物級の作画を持ったアニメがやって来るからそれに比べるとってなるけれど、これはこれでシンプルで見やすさを覚えるアニメだった。

 ガガガ文庫だと前に「とある飛空士の追憶」が映画になってそれから「AURA〜魔竜院光牙最後の戦い〜」が映画になってと単発で良い映画を出していて、その系譜に連なるものには仕上がっていた。ポニーキャニオンがメインってことで音楽を売りたいのかもしれないってことで、eillってアーティストが挿入歌とかエンディングを唄っていてこれがとても良かった。主役を演じた鈴鹿央士は淡々として淡泊な声だけれど棒ではないニュアンスを込めた声を聞かせてくれた。ヒロインを演じた飯豊まりえもツンとしつつほろりとさせてくれた。演じた花城あんずが足をジタバタさせてる姿が可愛かった。見終わって外に出たら83分経っていた。普通の時間が過ぎていく嬉しさと寂しさを覚えた。そういう映画だった。次は2作目の「きのうの春で、君を待つ」を映画化しないかなあ。時空SFでサスペンスできっと面白くなると思うんだ。


【8月1日】 研究室で生み出されたバッタの遺伝子を持った怪人と、研究室で生み出されたトカゲの遺伝子を持った怪人がバトルするという意味で「仮面ライダーVS仮面ライダーアマゾン」だったと言えるかというと、それほど単純でもなかったジュラシック・ワールド 新たなる支配者」。前の「ジュラシック・ワールド 炎の王国」を見た記憶がないのでメイジーちゃんの存在が飛んでいるけど色々あって恐竜使いのアルバイトもしているスター・ロードが恐竜大好きお姉さんのクレアといっしょに山奥に引き取って育てていてもそこは気になるお年頃。橋を越えて集落に出たところをキャッチされその内に眠る秘密を狙う悪い組織にさらわれてしまう。

 これはダメだとそこはアベンジャーズだけあって助けに向かうスター・ロードじゃなかったオーウェンと、そしてクレアのカップルとは別にアメリカ初で世界中で猛威を奮って穀物を位始めた仮面ライダーならぬバッタのお化けを退治するべく悪い組織に乗り込んでいくといったストーリー。山有り谷有りの起伏に富んだストーリーをこなしながらもしっかり着地させるアメリカはハリウッドの大作映画ならではの楽しさで2時間ちょっとを引っ張っていってくれる。

 その身にハエの遺伝子を持っているようにすら見えるジェフ・ゴールドブラム演じるマルコム博士もやっぱり登場して火で恐竜を引きつけたりするいつもどおりの活躍ぶりを見せてくれたりして「ジュラシック・パーク」の頃から見ていた人には楽しいところもいっぱい。こだわる人には例のスプレー缶の秘密も解けるらしいけど「ジュラシック・パーク」を見ていながらそれにはまるで気付かなかったあたりに作品への話が愛の足り無さが感じられる。やっぱりバッタの怪人とトカゲの怪人のバトルが見たかったなあ。

 白眉はディワンダ・ワイズ演じる飛行機乗りのケイラ。金さえもらえばどこにだって連れて行くぜ的な運び屋家業は良いキャラクターなので作品を超えて他の映画にも出て欲しいけどそれはないなら同じような雰囲気で何かの映画に出て欲しい。それか「ジュラシック・ワールド」シリーズ完結を受けてたぶんぜったい作られる新ジュラシックシリーズに中心的な役割で登場しては悪の女幹部のソヨナ・サントスとガチバトルとか繰り広げて欲しいもの。期待してます。世界に恐竜があふれかえった描写をCGIで見事に表現してみせるところは2022年の技術か。ダイクストラ亡き今であっても恐竜たちのモーションにはきっとその感性は息づいていると思うのでその意味では特撮映画だとも思いたい。「シン・ウルトラマン」がCGIの塊であっても特撮映画であるように。

 さて「ジュラシック・ワールド 新たなる支配者」は興行通信社の週末映画ランキングで堂々の1位。そして2位には前週と変わらず「ミニオンズ・フィーバー」が入って前週1位だった「キングダム2 遙かなる大地へ」は3位に下がってしまった。それでもベスト3を維持するなら結構なもの。それを言うなら「トップガン マーヴェリック」なんて公開から10週目なのにまだ4位に入っている。それ以上にいったん圏外に落ちた「映画 五等分の花嫁」が8位に復活しているから凄い凄い。4週目なのに9位に下がってしまった「ソー ラブ&サンダー」はまあプログラムピクチャーズ的な漫遊記だからワッと盛り上がってすっと落ちるのもありか。

 そうした中で初登場5位に入った「今夜、世界からこの恋が消えても」が来週どうなるかが気になるところ。口コミは割と聞いてはいる気がするんだけれどドライブがかかるほどじゃないからなあ。ジャニーズの人が主演だと褒めてもそのファンが多いと思われがちなところがちょっと寂しい。いやいやこれは古川琴音さんの映画であって古川さんがきりっとしていてうるっとさせられるところもあって見ていて飽きない良い役だってことを強く訴えたい。ちゃきちゃきとして福本莉子さんも道枝駿佑さんもぐいぐいと引っ張っていくその活躍を、見るだけでも十分なので言って欲しいな劇場へ。お願いします。



(ACCESS COUNTER '96.07.20)


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