Last Updated 2022/11/25
日刊リウイチ
TUNAGATTEIRUNOYO
「1998-1999年lain日記」

リウイチとは誰だ?
リウイチとは奴だ!

薄い髪に伸びた髭
趣味はアニメと女子サッカー

日刊リウイチとは
そんな胡乱な野郎の日々を
無限に綴ったページなのだ

ワーニングワーニング

(ホントはただの日記です)

◎積み上げた本の数が這々の体で1800冊に達した『積ん読パラダイス』だけど記念事業もなく、これからも地味に静かに増量方針。ライブドアブログの方で『積ん読パラダイスinBlog』なんてのも作ってみたけど誰が見ているのやら。
落ち行く世界で孤独な少女がロボットと出逢い、つかの間の交流を経てそれぞれの道を選ぶ。切なくも哀しく、そして愛おしい狩野典洋の短編アニメーション『ノアのハコ庭』に全人類よ、涙せよ。
【11月25日】 ピクシーことドラガン・ストイコビッチ監督が率いることもあって応援していたセルビアだったけれども相手は王国ブラジルなだけあってパスを回されシュートを打たれてもう大変。それでもどうにか守りに守ってはいたけれど、とんでもないシュートが飛び出して2点を奪われそのまま負けてしまった。初戦を落としたチームがグループリーグを突破する確率は11%くらいだって話で、確立だけならちょっと厳しい感じになってしまった。

 それでもゼロじゃないからまだまだ期待は出来るし、ほかはスイスとカメルーンだからランキング的にはちょい上に大分下。その両方に勝てば良いと思えばピクシーもまだまだ諦めていないだろう。無くなったイビチャ・オシム監督のためにも是非にグループリーグを突破し上位進出を決めてC組2位で突破してくるアルゼンチンを相手に準決勝で戦い倒していつかの借りを返して欲しい。やれるさピクシーなら。イビチャ・オシム監督の愛弟子なのだから。

 午前6時くらいに試合が終わってそれから寝て起きて原稿を仕上げて送って一息入れて、オンライン会議を2件こなして夜になってしまったので、家を出てイオンシネマ市川妙典まで出向いていって映画として公開された「劇場版 転生したらスライムだった件 紅蓮の絆編」を観る前に大華ってラーメン屋にいって名物らしいパーコー麺を頂戴する。肉の萬世のパーコー麺に比べるとパーコーが上品な感じで麺も細めでつるつると入ってなかなかの美味。合わせて食べた煮豚飯も薄く切られた煮豚がご飯とマッチして良い味を出していた。

 他にもかに玉ラーメンとかあってチャーハンも美味しそうだったのでまた行きたいけれど、休日とかは行列ができるくらいの人気店なので平日夜に映画を見に行く用事をつくってでかけよう。まだあそこのIMAXで「すずめの戸締まり」を見ていないので4度目を見に行くことも検討しなくては。「ブラックパンサー ワカンダフォーエバー」は見たい気もあるけれど、「ブラックパンサー」自体を見てないので今ひとつ気乗りしないんだよなあ。あるいは「ONE PIECE RED」の見納めとかも考えるかな。「RRR」はグランドシネマサンシャインのIMAXレーザーGTで見る予定だから市川妙典ではパス。

 そして見た「劇場版 転生したらスライムだった件 紅蓮の絆編」は徹頭徹尾「転スラ」だったって感じ。アニメ版をずっと見て来た人はそのクレイマンを倒して魔王になったあたりからちょい脇道にそれてベニマルたち大鬼族をメインにした物語を描いた作品だって分かってそこでベニマルの兄貴分を登場させつつラージャ小亜国という本編では未登場の国も登場させつつ本編には絡んで来ないストーリーを描いていつもながらのリムルの無敵ぶりと善人ぶり、そして配下のベニマルからソウエイからシオンからガビルからハクロウからランカからゲルドに至る面々の強さを楽しませてくれた。

 見どころはだからディアブロの超越者ぶりで未はまだヴィオレの後のウルティマを登場させてディアブロと対決させてはリムルの配下になって名前をもらい受肉して強くなったディアブロとその主のリムルに関心を持たせる仕込みを行ったって感じ。愛らしいけど悪辣なところはやっぱり悪魔族なヴィオレ。でも歓心を買おうとし過ぎるとかえって機嫌を損なうことも分かったから、その側近の2人はいったいったいどれくらいの存在なのかが知りたくなった。いずれアニメ化が進んでいけば登場してくるだろう。いつのことになるのか分からないけれど。期待しつつ気を長くして待とう。

 産経新聞が10月のABC部数で100万部を切ったとか。すでに即売をのぞいた部数では割り込んでいたけれどもこうして改めて大台を割り込んだことが喧伝されるとやっぱりもはや媒体としての価値を感じないクライアントが広告を切ったり購読を取りやめたりする理由として使いそう。結果としてスパイラルのように部数が落ちていく。それが懸念されたからこそ近づいても死守していた数字だったけれどもはや保てなかったんだろう。こうして何十万部も減らし続けても代々の社長は責任を取るどころか会長へと成り上がってたりするんだから不思議な会社。だからこそ今がってことでもあるんだろうけれど。支局網も潰して東京近辺と大阪近辺でしか取材できず売れない新聞が全国紙の看板を守り続けるのももはや無理となった時、どこに落としどころを求めるかなあ。東京撤退もいよいよあり得るかもしれないなあ。


 【11月24日】 本田圭佑選手のAbema.TVでの日本代表対ドイツ代表の試合の解説について、松木安太郎さんのようだといった声が上がっているけれども書いている媒体が「FLASH」でもはや爺さん婆さんしか読んでいないような雑誌なだけに解説者として一時名をとどろかせた松木さんが未だにひとつのメルクマールとなっていると感じ取り、その名前を出して本田選手を並べれば分かりやすいし受けるとでも考えている雰囲気。20年前の日韓大会の時だったらそんな比較も成り立ったけれどももはや松木さんが過去の人になりかかっている上に、本田選手の開設が松木さんとはまるで違った中身が濃くて的確で、なおかつ面白いものだっただけに比べるのも失礼といった反応が多くてそこにも雑誌の作り手の感性と、世間の人の感性とのズレが見て取れる。

 ドイツ戦での本田選手は相手が4バックから3バックに替えて両サイドを前に出して人を多く送り込んで攻め立てていることにすぐさま気がついて、両サイドの選手に対応を求めていた。とりわけ久保建英選手については中盤から前に出られないことを問題視してどっちつかずになってしまいがちな相手の布陣に対応するか、できなければメンバーを交代して日本が3バックにした時、あるいは両サイドが下がって守る5バックにした時に最適な選手を入れるよう進言してたらそれを聞いていたかのように後半、森保一監督はメンバーを変えて対応を行った。さすがはアジアで監督の経験もしてきた本田選手、とうよりもはや本田監督としてチーム全体をマネジメントしディレクションもする立場になっている。

 実質はピッチの選手たちが自分たちでマネジメントしつつライセンスを持つ松木さんを監督に据えていただけのベルディでの立場とはまるで違ったシビアな場に立ち沢山の経験もしてきた本田選手ならではの視座をここは讃えるべきなのに、余談のように口にしたワインがどうのとかオフサイドをちゃんとみない審判への批判からオフサイドを見る機械に頼りがちな傾向へと話を延ばしてそれなら副審いらないんじゃないかといった至極当たり前の感想を、特別のことのように取り上げ騒ぎ立てることこそがもはやサッカーを見る多くの感性からズレている。でもそこを取り上げればバズると思っているメディアの感性に末期ぶりを感じざるを得ないのだった。サッカーメディアはさすがにそういうことはなかったものなあ。やれやれ。

 書く原稿があるので三鷹駅まで行って上にあるPRONTであれやこれやと原稿書き。テープ起こしから言葉を拾ってとりあえず半分くらい仕上げてから、いつもの仕事場に行こうとしたら三鷹駅の前は駅の売店があった場所にシウマイの崎陽軒が店を出していた。これは吃驚。買ってお昼ご飯にしようとした近隣のアニメスタジオにシウマイ弁当の香りが広がりお腹を鳴らしているんじゃ無いかと想像したけれど、いまや900円にもなったシウマイ弁当だとそうはおいそれとは買えないのかもしれない。物価高怖いなあ。  とりあえず夕方まで仕事をしてから帰る途中にせっかくだからと1個シウマイ弁当を購入。恒久的な店では無くって期間限定らしいので、ここで買っておくことで三鷹には需要があると感じて店をいっぱい出してくれるかもしれないと期待してのことだった。どうなるか。戻って2年近く前に買ってあったPCのセットアップをようやく始める。その後に買った一太郎がなぜか半年以内にインストールしないとセットアップできなくなるバージョンらしいのでそれもまとめて整える必要があったのだった。いろいろとインストールしメールと一太郎の原稿を移してどうにかこうにか使用可能に。まあそれでも今は普通にそれまでのが動いているのでいよいよ本格的に動かなくなったらそっちへと移ろう。


【11月23日】 寒いけれども家にいると電器毛布にくるまったまま起きられなくなるので、頑張って起き出してクロワッサンをかじってから電車に乗って吉祥寺へ。リベストギャラリー創で開催中の上条淳士さんの展覧会を見物にいったら外国人が来ていて繊細な線に見入っていた。主に「SEX」からの展示で「TO−Y」よりも線が洗練された頃の絵は細くてソリッドな線でもって美しい女性が描かれなかなに目に刺さる。

 拳銃とかも手描きでしっかり描かれていて絵の巧さが響いてくる。今なら取り込んで貼り付けそうな物品であったり街並みも手で描いてトーンを張って立体感と質感をしっかりと出す。そんな技術を今も誰かちゃんと継承しているのか。紙にペンで描くのとタブレットに電子ペンで描くのとではやっぱり違うんじゃないのか。こうして展覧会が開かれて原稿用紙が並べられるとやっぱりマテリアルでもって刻まれた作品が持つ重さというのも感じられるのだった。

 とはいえ時代は変わるなら手描きでもって下書きを作りそれを取り込んで太く濃くするというのもありなのか。カレンダー用に描かれた下書きも展示してあってそれらはうすく鉛筆で描かれているのにカレンダーになると太くて濃い線になっているのが不思議だった。どっちが好みかって言えばカレンダーなんだけれど、手描きが持つ質感というものも捨てられない。それらが1枚14万円で出ていてちょっと欲しくなった。とはいえ原稿ではない下書きにそれだけ出せるのか。自筆だからそれだけの価値はあると思いたいけれど、下書きだと思うと素材に過ぎないのかもといった思いも浮かぶ。デジタル時代の作品の価値って難しい。

 吉祥寺のサンロード入り口が描かれた絵を見て元の風景を眺めて見比べて、構図は変わってないけど看板は変わっていることを理解する。タカQなんて今どうなっているんだろう。セレクトショップとして憧れのアイテムが揃っていた店だったよあなあ。富士そばで天ぷら蕎麦を食べようとしたら女子高生っぽい2人組も入って来て何か食べていた。立ち食い蕎麦を食べる女子高生。それも吉祥寺で。なんか良いねえ。お小遣いも少ない中でしっかり食べられる店がそこだったからなのかもしれない。

 オルハン・パムクがペストに関する小説を書いたみたいで、どんなものかを確かめに日本橋の丸善によって確認。上下巻でまとめ買いすると6000円くらいになるので図書館に期待することにして、日本橋交差点からやや日本橋寄りのエクセルシオールカフェに入ってテープ起こしを粛々と。2時間くらいでどにか起こしたので戻って夕ご飯を仕入れて買って食べ、寝て起きてさあワールドカップのドイツ戦だ。優勝候補の筆頭に来るチームなだけに前半の半ばからぐっと前に出てそこでボールを回し始める状況に、これはもうかなわないと思ったもののそれでも前半をPKの1点に抑えると、後半は選手交代がピタリとはまって堂安律選手、浅野琢馬選手といった交代で入った選手が共に得点を奪って逆転して勝利してしまう。

 解説の本田圭佑選手が指摘した問題点はまるでぴったり当たっていて、サイドで前に出られない久保建英選手をさっと提げて5バック気味にしつつサイドから攻められるようにしたのが大当たり。両サイドで走り込んだ選手が相手を押し下げて危機を大きく脱した感じ。こういうところで采配が光る森保一監督は、どうして予選でこれだけの采配を震えなかったんだろう。出るという目標のために冒険を冒さない一方で、勝つという目標のために冒険を置かせる見切りが良いのかも知れない。しかし浅野選手がノイアー選手のニアをぶちぬいたのは凄かった。世界のノイアーだよ。それを終盤にゴール前に引っ張り出した日本代表、これは行けるかも。


【11月22日】 ワールドカップ中でも明け方とかいったとんでもない時間がないのでイングランドvsイラン戦を普通に観てやっぱりイングランドすげえと驚嘆しつつイランもこれは大変だと同情しつつ寝て起きて船橋中央図書館へ。いつものパソコン利用席に座って3時間ばかりかけて原稿を書いてどうにかこうにか形を整えたのでいったんクールダウン。リサイクル本に昔見かけて興味があったビッキー・ゴールドバーグの「美しき『ライフ』の伝説 写真家マーガレット・バーク=ホワイト」(平凡社)をもらって外に出る。

 ソースラーメンの店でチャーハンでも思ったものの人がいっぱいだったのでサイゼリヤへ。ドリンクバーのコーヒーが壊れて出なかったのが残念ながらもジンジャーエールとソーダ水をがぶ飲みしつつハンバーグを食べつつ原稿の形を整えフィニッシュに持ち込み草稿してひと仕事完了。平日なのに昼下がりに女子が固まって4人ばかりランチをしていたのは学生なのか違うのか。何か学校が休日だったりしたのかな。そんな賑わいを観察してから外に出て、VELOCHEに入って別のインタビュー原稿の形をせっせと整える。

 話があちらこちらに飛ぶ内容をまとめたりつないだり補足したりして流れをつくってひとつ形を整えていたら夕方になったので退散。いつものスーパーで納豆とサラダを買って惣菜屋でコロッケも買って部屋に戻って一眠りしてからワールドカップの今度はアルゼンチンとサウジアラビアを観たら凄かった。メッシがPKを獲得して順当に決めるかと思ったら止められて得点にならず。逆にサウジアラビアが得点を奪ってそのまま逃げ切り優勝を狙うメッシのアルゼンチンを打ち破る。いやあ驚いた。でもがっちり固めた守備を奔放なアルゼンチンでは破れないかもしれないなあ。

 続けてメキシコとポーランド。レバンドフスキーというスーパーエースを抱えるポーランドが強いかと思ったらメキシコが小兵なりに技をきかせて相手を攻めさせず逆に攻め立て互角以上の戦いに。技のメキシコvs力のポーランドといった構図はドイツと戦う日本にもあてはまりそうで、それに加えて日本にはスピードもあるから発揮できれば良い勝負が出来るんじゃなかろうか。でも引いて押し込まれ守れず失点を重ねる未来も見えるからなあ。そこはだから当日のドイツ次第か。夕方から夜にかけていっぱい試合をしてくれるので今回のワールドカップはありがたいけど、予選が終わると明け方に時間がシフトして観るのがキツくなるのかな。なので今のグループステージをしっかり観よう。Abemaにこの時ばかりは感謝して。

 帝京大学の教授がゼミを希望してきた男子学生の名前を女性と思い込んで女性かと聞いてその答えも聞かないまま女性ならいろいろと優遇するめいたことを書き送ったら男子だったので反論するどころか開き直ったら録音されて公開されて炎上中。粛々と対応をすれば良かったのにどこにどうして女子だと決めつけてそれで話を進行させたのかが分からない。省みて問題を考える余裕がなかったかそういう思考がぶっ飛んだまま長く過ごして感覚が麻痺していたのか。元日経の人だったこともあって社会人経験者の採用に社会人時代の偉ぶった態度が持ち込まれアカデミズムの公平性にひっかかって炎上する問題が、改めて顕在化されそう。果たして帝京大学は辞めさせられるのか。ちょい見物。


【11月21日】 そして気がつくとFIFAワールドカップ2022カタール大会が開幕していて開催国のカタールとエクアドルが対戦。シグルバレンスみたいな名前のエネル・バレンシアという選手が2得点をあげてエクアドルがカタールを下してみせたのは順当として、その前に1得点があったはずだったんだけれど金胎から導入されたオフサイドを瞬時に判定するシステムで足首が先に出ていたことが判明してオフサイドということで取り消される事態となって、最先端テクノロジーの凄まじさをまざまざと見せつけられた。

 厳密に言えばそうあんだろうけれども体をもって人間とするなら足先くらいは出ていてもそれは見逃すのが人間の審判だったはず。あるいは見えないものだったけれどテクノロジーはそうした機微もミスも許さずしっかりと判定してルールの境界線上にあるものに白黒つける。それを人間味が失われると非難する声もあるかもしれないけれど、そうやって厳密に敷かれた線の内側から凄まじいプレーをして得点を奪うことこそがプロフェッショナルが見せる最高のプレーって奴。たとえテクノロジーが厳密化を招いてもそれを上回るプレーが見られると思えば気にしない方が良いのかもしれにあ。それでも気になるインザーギは果たしてどれだけの得点がオフサイドになるのかってこと。誰か検証しないかな。

 「機動戦士ガンダム 水星の魔女」で飛び出した“株式会社ガンダム”という状況から、バンダイナムコグループがガンダムだけで1320億円の売上げを今期末に見込んでいることを知ったついでに見たプリキュアの売上げが、今期末で60億円しかないことにちょっと驚く。これはスーパー戦隊といっしょで仮面ライダーの3分の1強といったところ。パワーレンジャーが北米で大人気となったあたりでスーパー戦隊は結構な売上高を見せていたし、プリキュアも女児向けでナンバーワンといった地位を保ってやっぱりそれなりの売上高を見せていたはず。それが今やウルトラマンにも及ばないというのはやっぱりバンダイとしても、そして東映としても気になるところだろう。

 仮面ライダーだってスーパー戦隊と同様に上がったり下がったりしていた記憶があるけれど、それでも1本筋が通ったキャラクター性があることで、迷走をせずに来られたのかもしれない。対してスーパー戦隊はドラマ性よりも娯楽性が重んじられる感じで見れば楽しいけれどもキャラクターとして玩具が欲しいなりきりたいといった感じにならないところに苦戦の理由があるのかもしれない。そしてプリキュアも毎年のリニューアルがその歳のファンを獲得できても、進む少子化でカバーできる人口が減って売上げ減に結びついているのかもしれない。それとも大人がニチアサと騒いでいるだけで子供たちはとうに離れている? そこは分からないけれどこれ以上下がるようなら何かテコ入れってこともあるのかもしれない。

 あるいは庵野秀明監督が「シン・ウルトラマン」を手掛けたことでウルトラマンは浮上し、そして「シン・仮面ライダー」を手掛けることで仮面ライダーも浮上へと向かっているのかも知れない。著名なクリエイターが改めて原点を問うことによって存在に対する認知が広がると共に何をもって其れというかが確認され、迷走が収まる効果が出ているってこと。その例にならえば次は庵野総監督で「シン・ゴレンジャー」を作ってもらって戦隊ヒーローの面白さとは何かを改めて問い直し、そして庵野総監督による「シン・プリキュア」を作ってもらって女の子たちが変身をして肉弾戦をすることの面白さを見つめ直すことになるのかな。最初に戻って2人にした上で破壊と暴力の限りを尽くしてでも正義を貫く女の子たちの物語。ってそれ「シン・プリキュア」というより「ダーティペア」じゃん。


【11月20日】 クロワッサンをかじってから電車で品川へと向かい美少女戦士セーラームーンのミュージカルを見る前に、ホームの立ち食いそば屋で品川丼なるものを食べる。深川丼はアサリが使われた丼だけれど品川丼は何がどう品川丼なのか分からないもののおそらくは天ぷら蕎麦に使われている天ぷらをそのままご飯に乗っけて出して品川駅だけのオリジナルだということで品川丼と言っているんじゃなかろうか。味はまあまあ。出されたお汁は蕎麦の汁を薄めたものなのかそれとも別に作られているのか。ともあれホーム上のコンコースにある飲食店で食べるより安価にしっかり食べられるホームの立ち食いそば屋をJRは消滅させないで欲しいなあ。

 早い時間に並んで入場してまずはグッズ売り場へ。ブラインドの缶バッジを初日と同じように2個買う。初日はスノーカグヤがダブルで出るという最強ワンペアだったけれども今回は欲しかったセーラーちびムーンとそれからネコルナが出て運がめぐってきた感じ。セーラーちびムーンを演じた新津ちせさんが前にセラミューに出た時は、演じたちびちびムーンの缶バッジをちゃんとゲットしていたはずなので並べればその間の差も分かるはずだけれどどこに行ったかよく覚えてないのだった。もう7年も前のことになるので仕方がないとはいえ、そんな7年の間で立って踊って唄う力をしっかりと付けた新津ちせさんが次ぎに何を演じるか、それが目下の興味といったところ。

 日替わりゲストはネルケ版セラミューでセーラームーンを演じた大久保聡美さんとそしてセーラーマーキュリーを演じた小山百代さんが登場して出演をした前の公演の場面がどこかを聞かれてことごとく当てていた。舞台に立って演じればそれがどの場面なのか、身についた演技の記憶によってすぐに蘇ってくるものなんだろう。そんな過去の失敗談として大久保さんが衣装を替えてもティアラをつけたままで真面目なシーンを演じてしまって相手が笑いを堪えるのが大変だったといったことを上げていた。どんな雰囲気だったんだろう。映像を毎回撮っている訳ではないから残ってないんだろうなあ。そういった一期一会もあるから舞台は楽しいのだ。

 くるくると回ってひらひらと翻るスカートの中が見えたり見えなかったりするのを目の当たりにしつつ最後まで観劇。歌も安定して展開もスムースさが増してラス前のこなれっぷりがよく出ていた。本当の千秋楽は涙もあふれるフィナーレになったのかな。そんな興味に引きずられつつ会場を出て、JRで浜松町まで戻ってモノレールに乗り換え流通センターへと行って文学フリマをさらりと見物。滝本竜彦さんとかインタビューをした市川憂人さんとかに挨拶をして、そしてちょっと前に紹介した「斜陽の国のルスダン」を書いた並木陽さんに挨拶をしてSFファンジンを買って帰る。何かとられたアンケートはSFおじいさんを対象にした賞の投票か。「百億の昼と千億の夜」と「ベトナム観光公社」と「ウルトラセブン」を選んだ記憶。さてどうなるか。

 戻ってネットで「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。やっぱり何にも知らないスレッタさん状態で進んだようであれほどガンダムじゃないと言っていたエアリアルをあっさりガンダムだと認めたプロスペラさんの腹の底にぞっとする。「娘たち」と言っていたのも気になるところ。やっぱりエアリアルの中かあるいはガンビットの中には人間の脳組織なり神経繊維が格納されていて自律思考をしながら動いていたりするんだろうか。そちらこそがプロスペラにとて自分の“娘たち”でスレッタはそれらを動かすだけのインターフェイスに過ぎないんだろうか。エランの強化人間につきつけられた運命はそのままスレッタの運命と重なるんだろうか。不穏さを漂わせつつ物語は次へ。株式会社ガンダムの社長にグエルが就任して会長のミオリネに振り回される未来が見えます。


【11月19日】 買収して即座に約半分の社員の首を切ったイーロン・マスクが、さらに文句を行ってきたプログラマーを首にしてそして社員に毎週80時間は働け、それができなければ去れと言ったら1000人規模で人が辞めてしまったツイッターの今後がどうなるかを想像すると、昔より増えた利用に耐えられずクラッシュするかサービスが劣化して過疎化するかどっちかだろうなあとは思うもののそれでも2chが5chとなって未だしっかり掲示板としての機能を保っているのを見るにつけ、最低限の機能さえ使えれば命脈は保たれるものなのかもしれない。mixiはそこで使い勝手を悪くしたから過疎化したまま浮上できないんじゃないのかなあ。

 だったらマストドンはというと中心となるプラットフォームが1つではないところがあってどこに行けばどんな情報があるか分からないのが難点。ある意味で昔のニュースグループに近いところがありそうで、そういうのを細かくチェックしていけば自分にとって有用な情報源になるのかもしれないけれど、探すのも面倒だしねえ。その点で、Redditはテーマ毎に部屋があってそこに行けば並んでいる情報を閲覧できるから楽は楽。ひたるらROMっていても飽きないんでそちらに日本語版めいたものが生まれれば、一挙に利用も広がりそう。画像だって添付できるしね。ただ違法画像にエロ画像もてんこ盛りなんで日本向けには無理かなあ。どうかなあ。

 溜まっている原稿を書かなくちゃと家を出て幕張あたりの喫茶店でしこしこと原稿書き。どうにかこうにか形が出来たのでパンチョにおりてナポリタンの上にアルボナーラのソースをかけるというカロリーばか高そうなパスタをもりもりと食べ、アウトレットを舐めつつ何も買わずに別の喫茶店にこもって原稿をフィニッシュにまで持っていく。これでどうにか今週稼がなきゃいけないくらいのお金は稼いだかな。そのまま電車に乗って帰る途中で「うる星やつら」の単行本がボックスになったシリーズのだい2巻目を購入。大昔に買って揃えた単行本がそのまま復刻されてて、バリエーション豊かな表紙絵を眺められるのでこれは揃えておかなくちゃいけにあと思ったのだった。でも開けずに読まずにおきそうだなあ。だからといって買わないと売り切れて変えなくなるので見つけたら要チェック。

 「人間は愚か」を改めて見せてくれた今朝の「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」は交通刑務所じゃなかった自動車運転教習所に入れられたモルカーたちが海底トンネルの見学に行ったらサメが現れ大騒ぎ。でもちょっとおかしい動きをしているサメが体内に人間が捨てたゴミをいっぱいのみこんでいるのを見たテディが、トンネルをぶち割りサメの体内に飛び込んではゴミを全部平らげてサメを元気にしたという心温まるストーリーが繰り広げられた。でも食べたテディはあのあとが大変そう。まあそこは出すだけなんで迷惑を被るのは周辺くらいかな。場所を制限して撮影の大変さを減らそうとしたのにこうやって違う場所を作り海底だなんて凝った舞台設定にした上にグルグルと迷路みたいな演出もつけて撮影大変だっただろうなあ。そんな成果が人気に現れているようで善哉。見里朝希さんだけでなく小野ハナさんが次に作る作品も楽しみになって来た。

 足立和平さんの「飯を喰らひて華と告ぐ1」(白泉社)に笑う。定食屋を営む男は料理の腕は良いし客の抱えていそうな悩みに心底から応えてあげる人情家だけどその認識の悉くが勘違い。地下アイドルが客としてやって来てもう辞めたいと思っていて、その理由としてファンの男達と握手するのが嫌で臭くてもう握りたくないとぶつぶつ言っていたところから勘違いしたその職業がどうしてそうなるんだと言えそうで、なるほどそうかもしれないと思える絶妙なもの。そして垂れる説諭の筋は違っても心に響くから面白い。呆れたか諭されたか少女アイドルは30歳になってもアイドルを続けていく覚悟を決めた模様。結果良ければすべて良いのだ。ブリ照り美味しそうだったなあ。


【11月18日】 スクウェア・エニックス方面でインサイダー取引があったとかで誰かが捕まったというニュースが前にあって、その時は誰も知っている名前が出てなくって安心していたら続報で中裕司という名前が飛び出してきて吃驚仰天。「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」の生みの親にして「ファンタシースターオンライン」の作り手にして「ナイツ」のクリエイターではないですか。つまりは一時のセガを代表するゲームクリエイターである意味では任天堂で「スーパーマリオ・ブラザーズ」を作った宮本茂さんに並ぶ世界で知られるクリエイター。それが、280万円だなんてショボい金額のインサイダー取引に引っかかって逮捕されるなんて状況に、どうすれば追い込まれるのかが分からなくて唖然とする。

 なるほどセガでソニックチームを率いて「ソニックアドベンチャー」なんかを作って名を上げたものの「ドリームキャスト」向けに「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」の正統なる続編は出せずソニーの「プレイステーション」シリーズが「ドラゴンクエスト」とか「ファイナルファンタジー」を抱き込んでデカくなっていくのを横目にセガがハードもろもと沈んでいくひとつのきっかけを作りだしたと言えなくもなかったりする。とはいえ『ファンタシースターオンライン」は今も続くオンラインゲーム人気の中核としてセガの柱になっていたりする訳で、これで「ナイツ」を蘇らせていたらどうなっていたか分からないけれど、いつの間にやらセガを去って任天堂の「Wii」向けのタイトルなんかを作るようになっていた。

 その頃に文化放送の上にある事務所へと取材に行ったことがあって、いろいろと湧き出る発想に感嘆したものでその後にスクウェア・エニックスに入って何かゲームを作り始めたと聞いて、これは凄いものを送り出してくれると期待していたらいろいろあったみたいで今も引きずる問題を抱えてしまった。そんな最中でのインサイダー取引問題。意図的なのか知らず取引をしたら引っかかってしまっただけなのか。同じ案件で人が捕まっている報道を知りながらもぶれず動じないでツイートをしていたところを見ると自分が関わる案件とは思っていなかったようにも考えられるけれど、いずれにしても逮捕されたことは事実。そこからどういう経緯を辿るのか。今は見守るしかない。

 それはそれとして今のソニックシリーズとは関わっていないから、「ソニックの開発者」とか「ソニックの生みの親」と呼ばれるのは迷惑だといった声が上がっていたりするけれど、今よりも日本のゲームが世界で輝いていた時代に、その先頭に立って世界でナンバーワンの人気を誇ったメガドライブ向けで最も人気のあった「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」を作ったクリエイターであることには変わりがない。その意味から中裕司を「ソニックの生みの親」と呼ぶのは、ソニックという今も愛されるタイトルと、中裕司という希代のプログラマーに対する敬意でもあるからそれを否定されるのはちょっと辛い。円谷英二が今のウルトラマンい関わっていなくても、やっぱり「ウルトラマンの生みの親」と呼び続けるようにそこはそうだと理解しつつ、でも罪を負うなら罰を受け、そして出直して下さいな。

 三鷹で6時間ほど仕事をしてから原菜乃華さん、松村北斗さんも参加しての新海誠監督の「すずめの戸締まりの舞台挨拶をTOHOシネマズ新宿で中継で見る。現場で草太の祝詞めいた言葉とそして鈴芽の「お返しします」といったセリフを生で演じさせて松村さんの入り込みぶりがなかなかに凄まじかった。喋れば軽い声も演じるとあの凜としたイケボイスになるんだなあ。そんな2人がメディアで良く”声優初挑戦”と書かれるに新海誠監督は「そういうことではない」と指摘。「自分は2人の初挑戦が欲しかったのではない。2人が欲しかった。菜乃華さんと北斗くんに鈴芽と草太をやっていただけることが重要なんです」と役に合う声を選んだら2人になたっということを強調していた。

 「ガチのオーディションで選びました。その沢山の人たちの中から選ぶ時、技術が上手いとか芝居が出来るといったことは大事だけれど、上手いだけでは面白い映画にはなりません。鈴芽や草太と一緒に自分で良いんだろうかと考えながら不安を抱え悩み映画を完成に導いていって、一緒に届けてくれるのが2人だと確信した」ことが選んだ理由。そこから2カ月、アフレコを行いだんだんと完成に近づけていったという。「自分が書いた脚本は自分の子供のようなものなんです。1000人の候補がいても、自分の子供がすぐに見分けられるように、誰が合っているかは聞いてすぐに分かります。この人たちが僕たちの作品にとって大事な人なんだと分かりました」。聞いて原さんは「嬉しい」と感嘆。そうやって乗せたからこそのあの迫真の演技になったのかもしれない。


【11月17日】 WOWOWとクランチロールであの冲方丁さんのファンタジーにして多分SFでもある「ばいばい、アース」がアニメーション化との報。2000年の暮れも押し迫った12月25日に分厚い上下巻で刊行されたのを手に取って、読み始めてあまりに面白くって年末のコミケの会場にも持ち込んで読み継いで年内に読み終えてこれは傑作と歓喜したっけ。後に文庫にもなって最近はコミカライズもされたけれど22年も昔の小説ということには変わりない。

 それだけバリューも乏しくなっていながらアニメ化というのはひとつには冲方丁さんの名前がこの間で抜群にアップしたことがあるし、本編自体が無類の面白さを持っているってこともある。ファンタジー調の世界なんだけれどどこかゲームの中のようにも思えるところは飛浩隆さんの「グランバカンス」とも重なるところがあって、あちらがSFで高評価されるならこちらだってと思いながらもあまり知られてないのが残念だった。僕は確か電撃アニメーションマガジンの書評コーナーでレビューしたっけ。そんな作品だけにこうして改めて有名になってくれるのは嬉しいところ。どんなビジュアルになるかなあ。今から楽しみ。

 ヤフー!やらグーグルやらが新聞等のニュース記事を転載する際にちゃんと真っ当なお金を払っているかと公正取引委員会が調べるってことを新聞なんかが報じてて、それだけ美味しいところを持って行かれて自分のサイトにまるでお金が入らないことをうっとうしく思ってチクったのかって想像も浮かぶけれど、そうやってポータルに出さないことにはまるで世間に広まらないのも実際の所。現実にTwitterでガンガンとモーメントを流していたハフポストだのバズフィードだのがまるで見えなくなって息絶えたよにすら思えるところに、ポータルに露出してなんぼってところがネットにはあったりする。

 新聞とかだってそうやってポータルに出して知名度を得つつお金をもらっていた訳で、それでもっと寄越せというならだったら出してもらわなくて結構となるだけのような気がする。あとはそうやって転載するなら金をクレというなら、新聞やテレビが取材をする際に情報をタダで入手するのはケシカランからちゃんとギャラを支払えって声も出て来たりする。媒体力があるから載せたら広まりますよという声がけも可能ではあったけれど、部数が減って影響力が下がっている一方でネットには幾らだって媒体があるし自分でだって発信できる中で新聞にロハで協力する意味って何? って話になる。

 そこは新聞という媒体が持つ公正性と中立性、そして教養がある程度保障される環境の中で情報を流通させることで信頼を得て尊敬も得られるといった効能を期待することは可能だし、中立公正を旨とする新聞に協力することでこの国の情報環境を健全に保とうとする意義に殉じることも可能だろう。もっともそうやって読者の側が信頼したくても新聞等が広告めいた記事を載せたり特定の政権に肩入れしたり不動産等の事業で儲けたりしてその金で高給を配ってウハウハしていたりするのを見ると、それでどうして協力してやらなくちゃいけないのって話になってくる。身ぎれいにして健全性を保ちつつ情報提供をお願いするようなスタンスにならないと、理解されないんじゃないかなあ。まあ高給ってのはもはや一部に過ぎない気もするけれど。

 昼になったので品川へと出かけてミックスランチを食べてからステラボールでセーラームーンのミュージカルを見る。前にちびちびムーンで出ていた新津ちせさんが今回はちびムーンとして出演していてその歌が巧くそして演技も巧くて驚いた。大きいお姉さんたちにも遜色がないどころかそれ以上といった感じでこれは末恐ろしい。セリフを喋っても声音がほとんどプロ声優にも聞こえるくらい。そんなハイクオリティな演技を見られてなかなか嬉しかったし、今回はセーラームーンのミュージカルがバンダイ版も含めて30周年ってことでいろいろと過去のファンから今のファンまで楽しめるしかけがあったみたい。そのあたり、詳しくないけれども立体としてのセーラー戦士たちがくるくる周りながらスカートをひらひらさせて踊る姿はなかなかの眼福。それを平日昼間から見られるリタイア人生も悪くないと思ったのだった。もう1回行くつもりなので公演の中でさらなる成長があるかに期待しよう。


【11月16日】 ポーランドにミサイルが落ちたそうでロシアから飛んできたんじゃないかと言われNATOに加盟するポーランドへの攻撃はNATO加盟国の参戦を招いて第三次世界大戦の勃発だなんて話も飛び出して朝から不穏な空気が漂ったけれど、どうやらポーランドに落ちたのはウクライナの迎撃ミサイルみたいでその意味では攻撃ではなく防御のミスということで落ち着きそう。ロシアがミサイルなんて撃たなければといった意見もあるけどそこはそれということで。しかしいつまで続くのか。ウクライナが占領されるかロシアが引くしか終わりの選択肢がないのがどうにも厳しいなあ。

 日本代表が出場するサッカーのFIFAワールドカップ2022カタール大会が20日にも始まる予定だけれどもそんな日本代表がどんな成績だったとしても、森保一監督を続投させるような雰囲気が出て来て日本代表の人気がこれでさらに下がってどん底の底に入りそうな予感に打ち震える。あと1週間もないのにまるで盛り上がってない状況がひとつ日本代表の不人気ぶりを表しているにも関わらず、そんな日本代表を作った監督が予選で苦戦したからこそ入ってしまった死のグループで成績が悪くても不問に付すのって、もはや一切の責任を問わないに等しい愚行と言えるだろう。

 西野朗監督ですらどうにかこうにか予選は勝ち上がっても辞めて譲った代表監督の座。それを4年かけてまるで成長させられず世界で活躍する凄い選手を揃えながらも予選で苦戦して自分の責任って奴を感じないものなのだろうか。監督も日本サッカー協会の会長も何かがズレているとしか思えない。会長の方はそうやって人気を削り倒した挙げ句にせっかく入ったJAFハウスを出なくちゃいけないはめになった。会社を潰したに等しい振る舞いをしながらもトップに居座り続けられる神経って……。我らがジェフユナイテッド市原・千葉の母体となった古河電工の出身ながらもこれは認められない。岡ちゃんだって認めちゃならないとクーデターでも起こして会長の座を奪い取って欲しいなあ。

 表現に対して圧力が加わっているように見える案件が続出。オンラインで同人誌とかの販売を可能にしているプラットフォームが、決済に使っているカード会社の方針で公序良俗に反するものの決済をさせないことを受けてそうしたコンテンツの取り扱いをしないように求めたとか。ゴア描写とか恋愛描写とか別に18禁でもないような描写であっても決済システムが勝手にそれは許さないと言えばプラットフォームから排除するのがプラットフォーマーとして果たして適切か、といった問題がまずひとつあり、そして決済会社がどうしてそこまで表現に関わってくるのかといった問題があってなかなかに解決の糸口が見えない。

 児童ポルノは現実に存在している人を傷つけたり搾取したりするようなものだと規定されていて、それの決済に“協力”することは当然に止めなくちゃいけないとは思うけれど、そうした児童ポルノを絵にまで広げて規制しようとしているのがプラットフォーム。議論すれば東京都を相手に大論争が起こったような問題が、さらっとプラットフォームの客変更で通ってしまいそうな状況がひとつ恐ろしい。やっぱりいろいろと声が起こるんだろうか。一斉引き上げとなってプラットフォームが枯れれば考え直すのだろうか。直さないだろうなあ。それくらい必要不可欠となっているから。そうやってイニシアティブを得てから絞ってくるやり口が、いろいろなところで起こってくるんだろうなあ。やっぱり同人誌は自分のHPで告知して定額小為替で通販が1番なのかも。

 昼前あたりから中野で仕事をして、さて昼食にしようと思い阿佐ヶ谷でパスタ以外を食べる時によってた「キッチン男の晩ごはん」がリニューアルされたという話を聞いてどんな感じになったのかと立ち寄ったら、阿佐ヶ谷ダイニングキッチンという店名になって前みたいな山盛りの揚げ物やら焼き肉やらパスタやらがなくなって、唐揚げとか生姜焼きといったおかずと美味しいご飯をしっかりと食べさせる定食屋さんになっていた。値段も上がって1000円くらいを中心に上だったり下だったり、唐揚げが開店記念で7個になるランチもやっていたけど普段は5個でそれなりの値段だから、からやまあたりと変わらない。前のカロリーが滅茶多くてボリューミーながっつりお昼ご飯を楽しみにしていた人には辛いかも。でも今時はそんなに食べる人もいないのかなあ。今後の評判の推移に注目。


【11月14日】 公開から3日で133万人が見て興行収入18億円をあげた新海誠監督の「すずめの戸締まり」は、「君の名は。」を動員数で38.7%、興行収入で47.4%上回っているのことでこれはとてつもない数字が出そうって思うけれど、実は「天気の子」はそんな「君の名は。」を上待っていたそうで、その「天気の子」よりも観客動員で14.9%、興行収入で14.7%上回っているとはいっても、最終的にどうなるかは「天気の子」がロケットスタートを切りながら最終的には「君の名は。」は上回らなかったことを考えると、今はまだ分からないと言えそう。

 最初の動員は評判やら口コミやら今回は多めに見せた予告編やら事前に配信された冒頭映像やらの影響もあって上々だけれど、見るとなかなかにシビアな東日本大震災への言及もあってこれはちょっと怖がる子供とか嫌がる大人も出て来そう。そうした評判が広がってなおいきたいと思う人がいるのかどうか、これはちょっと遠慮しておこうといった感じになるのかで最終的な到着地点も変わって来るんじゃなかろうか。逆にいうならそんなストーリーであってもしっかりと興行収入や観客動員を得たとしたら、11年が経過して日本人はひとつ鎮魂と慰霊を終えて次ぎを目指すフェーズに入ったと言えるかもしれない。

 震災をエンターテインメントにして商売にするなといった声もあるにはあるけれど、別にそれで稼ごうとして映画を創っている訳ではなくて、映画監督としてエンターテインメントを作るのはひとつの手段ではあっても、そこで描く大震災は別に娯楽として消化しようとして描いているものではない。受けた衝撃や感じた痛みを乗り越えて和らげて次ぎへと進む道を指し示せないかといった思いが先に立ってのものだとしたら、それを受け入れた人が大勢いた結果として興行収入や観客動員がついてくるだけ。そう思えば良いんじゃないのかなあ。エンターテインメントと鎮魂は相反しないってことを、「Wake Up’ Girls」だって示していた訳だし。だからもっと、エンターテインメントの人はいろいろと作って欲しい。新海誠監督だけが突出しているから言われるだけなんだからここでひとつ、越える意気込みで是非。

 またしても名古屋へと行ってお仕事。昼過ぎからだったので実家には泊まらず直接新幹線で行ったけれど朝って結構満席が多くて人の移動が増えているってことがうかがえた。名古屋駅ではJPタワーの下にあるヨコイでピカタとソーセージがのったのを食べる。ここん家のソースって錦にある本店よりも辛さが際立っているような気がするなあ。それこそヨコイのレトルトを食べているような感じ。あるいはレトルトの原料を持ってきてソースに浸かっているのかな、でもって本店は店で作っているからもうちょっとマイルドな感じになっているとか。よく分からないので次ぎに名古屋に寄ったらまた本店に行ってみよう。

 仕事では津島へと出かけて行って工場見学とかいろいろ。大昔に八開村に住んでいたから津島もよくいったはずだけれど5歳までの時だったのでよく覚えてはいないのだった。少なくともあれほど沿道に店はなかったはず。今はそれこそチェーン店の飲食店がずらりと建ち並んでいるからなあ。セブンイレブンなんてほんと、名古屋で見かけることなんてずっとなかったんだよなあ。それを言うならコメダ珈琲店だって名古屋にあるにはあったけれど郊外型の店が中心で今みたいにビルの隙間に入ってルノアール一本槍だった東京の大人のくつろぎの場所を奪うなんてことはなかった。このコメダといいCoCo壱番屋といい名古屋初の飲食チェーンで成功したところには何があったんだろう。逆にはびこれなかったあんかけスパや何が拙かったんだろう。気になります。


【11月13日】 北村龍平監督が手掛けてのんさんが主演した「天間荘の三姉妹」をようやく見る。話には聞いていたけれど、同じ年の日付も近いところで公開となった『すずめの戸締まり』とこうも絡み合うストーリーだったとは。高橋ツトムさんの「スカイハイ」シリーズに位置して不慮の事故に遭った人がしばらくこの世とあの世との間に留まって生き返るか死ぬかを選ぶという設定がまずあって、その上に、三ツ瀬という町がひとつそのままそんな中間地帯にとあるような状況がまずは構築されていた。

 そして、その三ツ瀬で旅館を営んでいる大女将と若女将とその妹のところに客が来て、どちらに行くかを決断するまで寝泊まりしているという前提のところにやって来たのん演じる小川たまえ。実は若女将やその妹の母親違いの妹だったというところから始まって、そんなたまえが自分自身も迷いながら天間荘にやってくる人たちの迷いを解きほぐしていった先、三ツ瀬の町全体がある意味で抱えていた迷いを払うといったストーリーになっている。

 そして三ツ瀬は「すずめの戸締まり」で岩戸鈴芽という少女がかつて住んでいた場所にも重なる震災が起こって津波にのまれた場所で、そこで死んでしまいながらもあの世にはいかず留まり惑う魂たちの思いを、たまえが受け継いていくんだと決意し意識していく道を選んだあたりが、常世に迷い現世でも表面的には穏やかでも内面には闇もあった少女を通して過去を過去として認めつつ、今を、そして明日をいきていくんだと思わせた「すずめの戸締まり」重なった。

 たまえも表面的には明るくてはつらつとしているけれども、それが決して自発的なものではなく母親を亡くし父親が失踪し施設で暮らし卒業はしたものの目標もなくただ生きている中で獲得した、軋轢を起こさずにいきていく一種の仮面に過ぎないことが物語の中で暴かれる。それは同様に叔母と姪という関係で仲むつまじく暮らして来たように見えても、双方に遠慮やら面倒やらを感じていたことが吐露されお互いにぶつけ合う「すずめの戸締まり」で起こったことだった。

 そうした本心の吐露や過去との訣別を経て歩き出す映画が2本このタイミングで公開されたことに、あの日から11年が経ってあの日のこともよく覚えていない人が増えてきた今という時期が感じられるのだった。もちろん忘れてはいけないことは沢山あるし、間違えてはいけないこともいっぱいあるけれど、そこに縛られてばかりでは前に進めないというのも実際のところ。今一度振り返って何があったかを考え直し、だからどうして悲しいのかを確認しつつそれでも自分たちはこの世界をいきている、そしていきていくのだという自覚を持たせる映画だと、「天間荘の三姉妹」と「すずめの戸締まり」は言えるのかもしれない。そして門脇麦はやっぱり良い。

 なごみとビラ配りの場所で知り合って割と仲良くなってそして名札交換の契りまで交わしたライバル系列のメイド喫茶で働くねるらちゃん。ヤクザ極道まるだしなメイドたちにあって比較的真っ当な子だと思っていたけどやっぱりそこはアキバのメイドの仁義に生きる任侠だったみたいで、兄弟分となったなごみのために秘密を売っては咎められ、赤バットを振り回す赤い超新星に対して引かず向かっていっては銃で撃たれて臆さない。それが当然だと思っているところを妙だと思っているのがなごみ一人だけだというあの空間にひたってしまうと、秋葉原でメイドさんたちがビラ配りをしている風景がいつ銃弾の飛び交う鉄火場になるんじゃないかと思えてしまう。罪なアニメだなあ、「アキバ冥途戦争」は。


【11月12日】 今日も今日とてMOVIXさいたままで出かけて行って新海誠監督の新作アニメーション映画「すずめの戸締まり」を見る。2回目。新海誠監督のティーチイン付き。その前に近くのマクドナルドへと入ってハッピーセットを買って絵本をもらったけれど、読むと映画の見方が変わるんだろうか。ちょっと気になったものの読まずに映画を見てなるほどやっぱり凄いと感動した後で、新海監督によるティーティインを聞く。

 何でもこの2年くらいは刑務所に収監され監禁されているかのような厳しさだったそうでそこまでやって完成にこぎ着けられたとか。プロデューサーさん頑張った。いや監督が1番頑張ったんだけれど。そんなティーチインは30分くらいみっちり喋ってくれて、とりあえず芹澤役の神木隆之介さんが最初は瀧役を大切にしたいから断ったということが興味深かった。

 でもやっぱり神木さんしかいないと連絡して違うトーンの声が出せれば受けると言われ電話口で出したのを聞いて電話だから分からなかったけれどちょい低いトーンも出せるならそれでいけると思いオファーしたとのこと。結果はもう最高。舞台挨拶で誰について聞きたいかで鈴芽も草太も上回るぶっちぎりの人気を芹澤が得てたのだった。それなのにグッズ関係に芹澤がないのはちょっと問題。あとダイジンも少なすぎ。サダイジンはなぜないんだ。これからの期待だ。

 気になる震災の直接的描写については過去、「君の名は。」でもある種メタファーとして描いた災害だけれど、やはり震災で考えざるを得ないかとがあったから描いたものだった。エンタテインメントの中で難しい言葉ではない僕達の言葉で描くことはできないかと挑んだ。そして今回、今度こそ直接描きたい、描いてもみてもらえるのではないか、観客に受け取ってもらえるのではないかと思ったという。それは半ば賭けだったけれど、観客を信じてみたかった、過去2作を続けてきたから今、こうしたテーマを投げても信じてもらえると思った、皆さんが作れと言っているようにも思えたと話してくれた。

 葛藤がありそれでもという冒険があって突破したこの物語はだから届くのだ、大勢に。あと観客が好きなシーンとしてあげた、子鈴芽と鈴芽が出会うシーンは原画を小林直樹さんが手掛けて、泣きじゃくり腰を曲げる子鈴芽を描いて映像を豊かにしてくれたとのこと。音楽では野田洋次郎さんが手掛けたルンルルのメロディのモチーフを共同で音楽を手掛けた陣内一真さんが引き取り子鈴芽の気持ちに添うようなシーンに仕上げたとのこと。CGチームも頑張り一瞬で春の草原にかわるような場面を描いたりと個々に全力を尽くしたシーンがあそこだとか。なおかつセリフと作劇が凄いからこそ感動感涙感激するのだ。そこへとたどり着くまでを楽しみに味わいに映画館にまた行こう。

 そんな「すずめの戸締まり」は口噛み酒だのラブホテルだのといった全体にフェティッシュな描写を抑えて、そうしたものにマイナス方面で敏感な人を刺激していないところがあったけれど、おそらく唯一くらい煩悩めいたものを刺激される場面が、神戸のスナックでひと戸締まりを終えた鈴芽が戻って来て焼きうどんを食べる場面で、敢えて草太が変じた椅子に座るところ。にょいっと座面にのっかるお尻もアップになって、なんてこの椅子羨ましいんだと思わせつつ、草太=北斗はちょっと苦しいかもと思わせかねない場面を当初、周りのスタッフは入れるのに反対していたと新海誠監督がティーチインで話して、なるほどそうかもと妙に納得した。

 もう全員が「何で座るんですか?」と言ってきたそうだけれど、椅子なんだし男の子と女の子の双子を乗せて動いているのを見て鈴芽も座りたいと言って反対されたほど、座りたかったんだから座らせたいと思って反対されながら我を通したとのこと。僕個人は2人の距離がさらにぐっと近づいたように思えたんだけれど、反対した人の気分も分からないでもないけれど、そこで我を通す新海誠監督の感性に僕自身は近いのでこれで良いのだ。椅子があったら座りたいのが人情ってものなのだ。あるいは椅子になったら座ってもらいたいのが煩悩というものなのだ。うん。


【11月11日】 11年と8カ月目の月命日を意識しての公開だったという訳ではないんだろうけれど、この「11日」という日が持つ意味を強く強く感じさせる映画だった新海誠監督の長編アニメーション「すずめの戸締まり」。珍しく結構長めの予告編を見せては内容において結構キーとなるはずの宗像草太という青年が、悪魔的な子猫によって椅子にされてしまうんだという意外な展開を分からせてしまって、それって映画で見て驚くんじゃなかったのと思わせた。

 あるいはsixTONESという人気グループに所属する松村北斗が声を演じる、東京に住んでるイケメン男子が姿を変えてしまうことへの衝撃を和らげ、すんなりと展開に入っていけるようにしたのかもしれないと思ったらとんでもない。そんなものが衝撃でもなんでもない展開が怒濤のように繰り出されては観る人を揉んで揺さぶって翻弄しつつ、心の底にだんだんと下がっていたあの2011年3月11日の記憶を呼び起こして来た。もしかしたらそれに驚き衝撃を受けて立ちすくんでしまう人もいるかもしれないにも関わらず。

 過去、「君の名は。」で彗星の衝突によって壊滅する町を登場させ、そして「天気の子」で激変する気候によって東京の街を水に沈めて自然災害が持つ理不尽さを問いつつ、それからどうやって逃げるのか、あるいはむしろ積極的に受け入れて共存する道を選ぶのかといった判断を促した。それらは過去にあったあの震災の記憶をくすぐりつつ昇華させる役割を果たしていたけれど、一方でそんなに簡単にひっくり返せもしなければ、受け入れられもしないんだちう声を呼び起こした。

 もっと真正面から描いて苦しみを、悲しみを、痛みを受け止めつつそれに対する解を示せといった声。それに堂々を答えたのが「すずめの戸締まり」という作品だった。宮崎に始まって愛媛から神戸、そして東京から福島、宮城といった地域を経由して猫のダイジンを追いかける少女と椅子のコンビが、ドタバタとした展開の中に彼の地の人たちとの交流を持ってそこで過去に人の営みがありながらも廃れていった場所に生き、渦巻いていた思いをいったん閉まって再起を促すようなロードムービーという体をひとつ、取ってその中で阪神・淡路大震災なり関東大震災といったものへの記憶に触れつつ今を生きる人たちの精一杯な日々を見せた。

 そしてあの11年前の大災害とその後に起こった大事故へと矛先を向けてひとつ、またひとつと“戸締まり”をして慰霊し鎮魂をしていった先に訪れる、それでも自分たちは生きるんだという決意めいたものをくれる物語になっていた。それをどのようなギミックによって見せたかはまだ公開されたばかりなので触れないでおくけれど、日本ならではの神話的民話的な設定を使いつつ分からせようとしているところがあって入って生きやすかった。護るが祟る神様という設定は日本人には馴染みがあっても外国だとどうだろう、と思ったものの「もののけ姫」が世界であれだけ人気なら、たぶん大丈夫だろう。

  原菜乃華さんが演じた岩戸鈴芽は天岩戸のアメノウズメを思い起こさせる名前でむしろ踊って引っ張り出す役割じゃないかと思わないでもないけれど、なるほど冒頭で引っ張り出したからこその戸締まりだったのだと思えばそれで腑に落ちるか。良い演技だった。松村北斗もイケメンな顔にバッチリと合っていただけでなく、椅子になっても失わないカッコ良さと、椅子だからこそにギャップがしっかり感じられて巧かった。良い声を選んだなあ。鈴芽のおばさんの環は深津絵里さんが演じてこちらも色香と若さと強さと脆さが混じった良い声だった。

 吐き出すような場面のあの声音、そしてあの表情。新海作品きっても名演だろう。草太の友人の芹澤朋也も良かったなあ。しかしなぜに1980年代ポップス&歌謡曲? シティポップじゃないところが逆の意味でお洒落かも。そんな感じに良いキャラと良い声が満載なので見ていて飽きない。フェティシズムめいた部分がなくて見入れないところはあるものの、そうしたオタク男子へのサービスを削って一般が観ても安心できるアニメーションになったと言えそう。そうした中で「もののけ姫」のエボシ御前に感じた色香を環さんに感じ、エンスー的なフェティッシュを朋也が駆るポンコツスポーツカーに覚えるのだった。また行こう。

 見終わって朝ご飯を囓りそれから池袋駅の構内にあるステーションボックスでストップモーション・アニメーションの偉い人にインタビュー取材。とりあえず4回は見ろ、話はそれからだ的な言葉を戴いたので4回見よう。終わってからお茶の水へと出て聖橋から地下鉄丸ノ内線がトンネルへと入っていくところを観たけれど、ミミズは飛び出していなかったし椅子も少女も飛んでいなかった。残念。カツカレーを食べてVELOCHEで議事録をまとめてそして戻ったら聖橋から撮影している人が何人か。きっと観た人たちだな。東京だとあそこが象徴的な場所になっているから。草太は朋也と同級だから立教大生ってことなんだろうけれどお茶の水に住んでいるのは古本屋が近いから? 気になった。


【11月10日】 「チェンソーマン」を観たらやっぱりなんとなく間延びした感じがあって映画的ではあっても漫画的ではなくって原作ファンがキレる理由もなんとなく分かった。8階をぐるぐると回る描写だけで半分使って終わっちゃっているしなあ。マキマさんとデンジのやりとりもバカっぽさより虚無っぽさが漂う感じ。そうしたズレがやっぱり今のところは続きそう。VS爆弾の悪魔あたりからバトルバトルバトルバトルとなってようやく雰囲気も整ってくるんだろう。待とうその時を。

 朝から起き出して春日井へと出向いて家具作りをしている会社に取材してから勝川駅へと向かいそこから名古屋駅へと出て新幹線で一路東京へ。矢場とんの味噌カツ弁当がなかったので違う店のにして購入しつつ新幹線では味噌カツおにぎりを食べつつジブリパークのチケット争奪戦の準備を始め、午後2時になってからサイトにアクセスしたら1万5000人待ちだった。

 もう少し早くからアクセスしてカウンターが落ちるのを待っていればよかったのかもしれないけれど、そこで止めると元の木阿弥なのでつないだまま高田馬場から西武新宿線で武蔵関まで行ってアニメスタジオのアセッションで本郷みつる監督が自ら販売していた同人誌を購入する。あの「クレヨンしんちゃん」だとか「IGPX」なんかの監督がなんでまたとか思うけれども、そういうことをできるくらいに時間もあって経験も溜まっているってことなんだろう。若手にシフトする中で経験豊富な監督の出番が減っている? それは残念だなあ。

 いっしょに「PUROJECT A」って文化庁による若手アニメーター育成プロジェクトの第1回目から生まれた4作品が入ったDVDも頂戴する。本郷いつる監督による「キズナ一撃」が入っていた関係でスタジオにいっぱいあったのをお裾分けしているらしい。自分は2011年の公開時に買ったものが家のどこかにあるんだけれど、相変わらずの事情で出てこないのでここで1本自分用とそれから布教用に勝っておく。「キズナ一撃」は何しろ安野希世乃さんの主役デビュー作なので価値があるのだ。藤原啓治さんも小山力也さんも出ているし。

 つまりはウルヴァリンとトニー・スタークがぶつかりあうような作品だけれど戦うのはカナメ・バッカニアなのだという、そういう意味でも観る価値のある作品だし、ほかにも「おぢいさんのランプ」に「万能野菜ニンニンマン」に「たんすわらし」という傑作がそろったDVDなのでアニメファンなら絶対的に手に入れるべきなのだった。それがたったの500円プラスで同人誌ともども2000円で手に入る絶好の機会を、どれだけの人がしっかりと捉えていったのかな。平日午後では大変そうだったけれど割と行ったみたいでとりあえず良かった。みんな観て驚こう「キズナ一撃」の面白さに。

 戻る途中でもジブリパークのチケットサイトに入れず2時間くらいたって家に戻ってようやくアクセスできたものの希望していた日付はすでに売り切れだったので、それに割と近い日付で「ジブリの大倉庫」のチケットを確保。3泊4日くらいで行って2カ所を回るのも良いかもしれないなあ。残る1カ所「どんどこの森」はとれず。いずれ行こう。大倉庫は割と遅くまで残っていたみたいだけれど、ほかの「青春の丘」「どんどこの森」は早くに売り切れ。大倉庫と違って入れる人数が限られるのかもしれない。しかし夕方に買おうとしてアクセスして売り切れだとガックリくる人も多そう。かといって抽選だと外れると後がない。うまい売り方はないかなあ。来月から大倉庫と青春の丘のセット券が出るからそれを買いつつどんどこの森に挑戦するのが良いのかなあ。


【11月9日】 明日が全国的に最終日になるということで、実家の近所にあるTOHOシネマズ赤池で「花の詩女 ゴティックメード」のリバイバル上映を観に行ったら平日の昼過ぎなのに結構な観客が集まっていた。愛知県だと東浦を含めて確か2カ所。ドルビーアトモスの音響でTCXの巨大なスクリーンで見られるのは愛知県だとここだけということで各地から猛者たちが集まってきていたのかもしれない。次に見られるのがまた10年後ってことはないだろうけれど、最高の条件で観られる機会はそうはなさそうだから。

 改めてやっぱり表情とかについて永野護さんの手がしっかり入っているんだろうなと思った。それくらい漫画に描かれるキャラクターの表情に近いものが出ていた。笑ったり怒ったり蔑んだりニヤついたりといった表情は目の形や口の曲げ方がそれぞれに独特。それらがしっかり出ていた。ベリンなんて最初はピュアな乙女かと思ったらトリハロンの威張りくさった態度を揶揄するあたりで視線を上目遣いにしたりして、実は結構やり手だって思わせた。それをしっかり感じさせる河村万莉亜さんの声もやっぱり素晴らしい。そんな技が集まって出来ているからこそ今観てもどこまでも深く観ていけるんだろう。

 見終わって春日井へと取材へ赴く途中に昼ご飯をと思い鶴舞にある「あん」とう名のあんかけスパの店をのぞいてみる。ヨコイとかチャオといったチェーン店とは違った独立系。ソースはオリジナルでスパイシーにコショウが強めてぢょっと黒みがかっていたけれど、パスタがわりとゆであげた感じでヨコイみたいな染みた味はしなかった。ヨコイのあれは油が違うのかなあ。ちょっと気になった。頼んだのはピカタで味は良くしっかりとパスタとからまってあんかけスパらしさが出ていた。ミラカン系があったかは気にしなかったので今度いったらそっちも頼んでみよう。

 中央線で鶴舞から神領まで出向いて水道工事を行う会社で取材。地下に埋まった水道管を探すのにやっぱりダウジングを使っていたと聞いてあれは迷信とかオカルトではない何かがあるに違いないと確信する。水流が生み出す地場の揺らぎを感知するとか。先人の培ってきた技術はおろそかにできないのだ。春日井は遠目に言える高蔵寺の山が削られていたけれどもあれは何の山だったんだろう。大昔に水晶なんかを掘りに行った記憶があるけれど、今も掘っている訳じゃないよなあ。砂岩か何かだろうか。

 神領から中央線で鶴舞まで出て地下鉄鶴舞線で平針まで行って40分。そこから実家まで歩けば10分だから1時間もあれば高蔵寺あたりまで行けると分かる。名古屋って案外やっぱり狭いんだなあ。でも車で行けばもっと早いのかもしれない。途中でからやまに入ってチキンカツのカツ丼を食べる。なるほどこういう味か。前は松屋が入っていた場所に入った感じで平針あたりだと松屋ですら厳しいのか。

 同じ場所にはその前はレコード屋があてそこで山下達郎のアルバムなんかを買った記憶。今はレコード屋もなくなり本屋もなくなった。あってブックオフくらい。名古屋といえども郊外になるとそうした文化から遠ざかる。というより東京だってそうか。阿佐ヶ谷にだって本屋さん、ないものなあ。そう考えると船橋はときわ書房船橋本店があって旭屋書店があってくまざわ書房もあってと本屋さんに不自由しない。その意味ではなかなか離れがたいところがある。たとえネットで買えるようになっても、本屋さんで知らない著者と出会うのが1番本読みにとって幸せな時間なのだから。


【11月8日】 愛知県美術館で開催中の「ジブリパークとジブリ展」を見る。午前10時の開場前から結構な行列で親子連れの多さにその層にもジブリというブランドが届いていることが伺える。とはいえジブリを見て育った子供たちが親になったから知っているだけで、肝心の子供たちがどこまで知っているかはちょっと不明。これでトトロや猫バスを見て泣き出す子供が出て来たら、時代も少しシフトチェンジが起こったと思えるのかもしれない。

 するすると入っていった中で最初はポスターと関連ビジュアルが展示。「もののけ姫」ポスターのセル画とかあってサンの口の周りの血は別セルを被せていることが分かった。あと「コクリコ坂から」であれは多分宮崎駿監督が寄せた籏を掲げる場面のイメージボードも展示してあった。セル画はセルだから実物だけれど絵の方はどうだろう。ほかには「オン・ユア・マーク」のポスターのセルもあったなあ。眼福。

 そんな展示の冒頭にジブリを支えたクリエイターとして宮崎駿監督と高畑勲監督があって、あとジブリパークの監督として宮崎吾朗監督の写真はあったけれど、近藤喜文監督の紹介はなくてちょっと寂しかった。米林宏昌監督もなかったなあ。なおかつ中の展示も『となりのトトロ』だったりジブリパークを仕切る宮崎吾朗監督の「ゲド戦記」「コクリコ坂から」「アーヤと魔女」がメインだったりでとやっぱりもはやジブリとは宮崎父子なんだなあと思った。

 もはやジブリとはイコール宮崎父子&鈴木敏夫プロデューサーってことなのかなあ。その方がメディアに通るし観客も集まるけれど、新作が途絶えて子供たちが触れなくなった10年後とかはどうなるか。そこはやっぱり気になる。そうはさせじと「ジブリパーク」で立体物から世界に誘う戦略なのかもしれない。

 「ゲド戦記」では宮崎吾朗監督のキービジュアルにもなった竜がうつむいて人を見るあの絵の下絵とかあって絵の巧さはやっぱりだなあと思った。山下明彦さんのキャラクタースケッチとか近藤勝也さんのキャラクタースケッチなんかもあってそうしたジブリを支えた作画の人たちもちゃんと遇しないと宮崎史観(市定とは関係ないよ)ばかりになってしまいそう。どうしたものか。

 「アーヤと魔女」は3DCG作品ってことでキャラクターの設定がは紙でも原画めいたものはなくコンピュータ上でどうやって描かれるかが紹介されていた。フェクトをどう作るのかってのもあって使われているのは「フーディニ」でそれでビーズの球で流れとかうねりとかつくってそれをポリゴン化して水だの泥だのマグマだのの感じを出していることが分かった。昔ならアニメーターが観察からの手描きでもって表現していたことをコンピュータのパラメータ操作によって作り出せると言えば言えるけれど、それにもやっぱり感性は必要。イメージしたとおりの絵を指先で描くのとイメージに近い動きをパラメータ操作によって引っ張り出すのとではどちらがより凄いのか、なかなか判断がつかないのだった。

 今日は今日とてヨコイでオムウインナーのあんかけスパ。卵焼きとウインナソーセージとベーコンが乗っかっていてこれで美味しくないはずがないし実際に美味しいので何度でも頼んでしまうのだった。そりゃあミラカンとかの方が野菜とか入ってて味が重層的ではあるけれど、卵焼きとソーセージは幾つになっても憧れの食べ物なのだった。これにハンバーグがトッピングされればなお良かったかも。今度頼んでみよう。


【11月7日】 火曜日の朝から春日井あたりで取材があるってことで、前日に名古屋に入っていようと新幹線で一路名古屋へ。ジャンプ+で「チェンソーマン」が無料で全部ほとんど読めると分かったのでアニメになっているところから続きをぐんぐんぐんぐんと読んで行ったら公安編が終わってしまった。なるほどデンジもチェンソーマンも最高だけれど途中からシリアスな路線にも入っていくからアニメのダークな雰囲気もマッチしているんじゃないかと感じた。マキマさんの本領が発揮され初めてからの躍動が楽しみ。

 名古屋に到着したからにはやっぱりあんかけスパだと今回はサンロードにある「あんかけ太郎」まで歩いて行ってそこで卵焼きが乗ったのを食べてまあまあの味を確認。辛くもないけれど甘くもないから食べて強烈な印象は残らないもののそれでも普通に食べたって感覚は味わえる。そういうのが食べたい時もあるのだ。

 平針まで行ってミスタードーナツで仕事。取材のための企画書を作ったり書面インタビュー用の質問表を作ったりしていたら電話で明日の取材がキャンセルになったとかでそれじゃあ名古屋入りした意味ないじゃんか。でもまあホテルじゃなくって実家で寝泊まりなんでキャンセルとかは発生しないのだった。これでホテルを利用していたらどうするんだって全額あっちもちだから気にはならなかっただろう。取材に行ったら相手がいなかったことよりダメージは少ないし。そういうことがあったのだった。

 いろいろと確認するためにふくやまけいこさんの「タップ君の探偵室」について、新しく出た初期作品集に収録されているものと、マンガ図書館Zで公開されているものを比べてみたらやっぱりセリフが代わっていた。意味についてはほとんど同じだけれど言葉が人称について削られていたりして説明が減りシンプルになっていた。絵で見せてセリフで感じさせるといったところ。それが初期はできずに全部説明していたってことなのかもしれないけれど、あるいは今の子供たちが漫画を“読む”ことができないのでセリフを減らしてパッと“見る”ことで感じ取れるようにしたのかもしれない。ウエブトーンもセリフ、少ないし。ちょっと意図を聞いてみたいところではある。

 実家に入っていつものKindleStickFireでもって配信が始まった「天気の子」とか見る。2019年だから会社を放り出されて頭が路頭に迷っていた時に見た映画でいろいろと思いでがあったりなかったりする複雑な作品だけれど「僕に出来ることはまだあるかい」という主題歌の歌詞だけは強く印象に残っている。とりあえず僕に出来ることはまだあったみたいで3年経って次の新海誠作品が公開されるまで生き延びることができた。続く仕事があるかどうかは分からないけれども3年後に新たな新海誠作品が公開される時までは生き延びたいものだなあ。

 「天気の子」はやっぱりあの陽菜と先輩があのあとどうなったかが気にかかるところ。暮らしている場所は田端あたりで住居を追い出されるとか連れ出されるとかはしなかったみたいだけれど、でもだったら生活費とか学校とかどうしているのかがちょっと見えない。3年が経っているなら高校生ってことだろうけれど、雨で水没して経済機能も商業活動も麻痺した東京に暮らしていけるなんてことがあるのかどうか。社会システムの激変なんかを考えるとやっぱり無理な気がしてならないのだった。でもそういうのは気にしないのがアニメーション映画の空想力。あそこで2人が再会して陽が少し射すから良いのだ。たとえあの後も雨が降り続いても。


【11月6日】 イーロン・マスクがアラブってツイッターの社員の約半分を首にしたという報道が流れてきて、日本のツイッターがどうなってるか気になったけれどもツイッターは取材したことがないので誰がどうなろうともあんまり気の毒な気がしないのだった。情報収集に使っているからなくなっては困るけれどもフェイクだとかヘイトだとかいった言説が垂れ流されるようになってかあ、そうしたノイズがうっとうしかったこともあったのでここでリセットさせて初期の啓蒙が鼻につくところはあっても情報としては有益なツイートが並ぶ場になって欲しい気もしないでもない。どうなるか。

 せっかくだからと10周年で上映されてる永野護監督の「花の詩女 ゴティックメード」をTOHOシネマズ新宿のドルビーアトモスで見る。巨大なスクリーンと立体的な音響で見る実は12Kらしい映画はその内容も含めて圧巻。10年前は“ここから始まる物語”としてまるで意味が分からない展開からまるで知らない登場人物まで勢揃いして口ポカーンなところもあったけれど、10年が経った今はツバンツヒだとかマウザーだといかいったキャラのその後が見えたり、ゴティックメードなるモーターヘッドをリセットして新しく作り出したマシンの「ファイブスター物語」への挿入が果たされ馴染んだこともあって、振り返って“ここから始まった物語”だったんだとうことが分かってしっかりと見ることができた。

 そうした10年の展開を考え作っていたのなら、というか作っていたんだろうけれども普通はやらない映画を使ってのプロローグの紹介と世界観のリセットを、やってしまって誹られず(いやまあ当時は散々言われたけれど)しっかりと成果を上げてしまうところに永野護というクリエイターの遠くを見る能力の高さを感じざるを得ない。同じ事は画面と音響にも言える。解像度が低い劇場でしか公開できなかった10年前は漫画に色をつけただけの絵が動くだけにしか見えなかったものが、細部までくっきりと見えるようになった今は色の付け方がやら表情やらにしっかりと生々しさが感じられて、ただの色のついた漫画ではないことが分かった。

 立体的な音響の方も当時は再現すら難しかったしそこまでやる劇場も少なかったけれど、その後に音響に気を配った映画の上映が岩浪美和さんの尽力もあって一般的になり、むしろそれが普通になっていくなかで劇場の施設もグレードアップ。結果として「花の詩女 ゴティックメード」が意図した環境で音響を鳴らすことが多くの劇場で可能になった。そうした将来を見越して作り込んでいたとしたらそれは凄いし、見て他のクリエイターに負けじと音響や画質に凝った映像を作らせつつ、劇場にもそうした作品を上映できるようシステムの更新を促した作品だと言えるかもしれない。その意味でも“ここから始まった物語”ってことになる。

 映像で言うならベリンが種を蒔きながら踊る場面の踊る感じがどうにもなまめかしくて楽しげで、それを見るトリハロンの表情やリアクションも愉快で和んだ。あと雨が降りしきるシーンで雨の濃さが所々で変わって強く降るところもあればそうでもないところああるあの雰囲気を、どうやって撮ったかしっかりと表現していて凄かった。加えてその時は雨の音響も耳にしっかり。別の場面では川が映ってなくても川のせせらぎが響いてて、それがちゃんと映画館で耳に届くところにしっかりと作ってあったんだということが分かった。ゴティックメードの起動音にIHIでエンジンか何かの音を録音してくるくらいこだわったんだからそれも当然だけれど、それが観客に届く環境が整うことを予感していたのだたらやっぱり偉いし凄い。

 面白いのは品質の向上がリアリティの向上と重なって現実世界をそのまま写したような背景が蔓延っている今だけれど、「花の詩女 ゴティックメード」で小倉宏昌さんが描く背景は小林七郎さん譲りの絵画的でボヤッとしつつもちゃんと自然の雰囲気が感じられるもの。それは漫画で永野護さんがくっきりと描く背景とは違っているけれど、色使いと合わさって映画にとても馴染んでいた。何でも噛んでもしっかりくっきりじゃなく作品に合わせて背景を作る意味ってのを教えられた気分。そんな感じに情報量がたっぷり過ぎる映画は10年ぶりに1回見ただけではたりないので10日までの上映中、もう1回くらい見て来よう。赤池でやってるじゃないか。


【11月5日】 King & Princeからメンバーが抜けるといった話がどれほどジャニーズ事務所にとってヤバいはなしか類推くらいしかできないけれど、SMAPが解散して嵐が活動を休止している中でトップくらいに位置するグループでもやっぱりトップクラスに人気の平野紫曜さんが抜けてしまうのは結構痛いような気がしなくもない。それこそ全盛期のSMAPから木村拓哉さんが抜けるような。まあそれほどでもないかおしれないけれど、少なくとも「かぐや様は告らせたい」の実写版で会長を演じてあたふたするところを見せてくれた平野さんが、活躍できなくなるのは残念なので退所しても活動は続いて欲しいところ。

 それがどうしてジャニーズ事務所の中ではできないかといえば、じり貧にある日本の音楽業界の中で特定のファン層に向けてアピールし続けていてもいつか先輩のグループたちのように限界が来て解散なり活動休止なりに追い込まれる。そんな時に40歳を過ぎて知名度しかないようでどうやって自分自身を高めていけるのか、って考えた時にやっぱり海外でも人気を得ている必要があると思ったものの、今のジャニーズではストリーミングを行っておらず海外に自分たちを知ってもらう機会が得られないってことが大きかったような気がする。BTSなんかより何十年も先駆けて男性ユニットを盛り立ててきながら今や世界はBTS一色だからなあ。

 慌ててTravis Japanを作って送り出したけれどもどうしてお二番煎じに見られてしまう。国内だったら個々のメンバーに対する推しがいて人気は十分に保てるからそれで事務所的には良くても、格差も出るだろう人気の中で戸惑うメンバーもいるだろうしそもそもがユニットとして世界で暴れたいのにそれができないのは寂しいとなれば、やっぱり本気で世界で勝ちに行かなくちゃいけない。Travis Japanがそれをやるなら自分たちだってと思っても動いてくれない事務所に苛立ったということなのかもしれないなあ。ともあれこの一件と、そして滝沢くんの退所がジャニーズ帝国にどんな影響をもたらすか。見守ろう。

 すでに開幕していたWEリーグがフクダ電子アリーナでジェフユナイテッド市原・千葉レディースのホームゲームとして行われるというので見物に行く。蘇我で降りて途中のびっくりドンキーでハンバーグプレートを食べたけれどあの木の皿は店でも帰ることが判明。鉄板ではなく木の皿にハンバーグを載せる意味ってどこにあるのか考えたけれど、暑苦しくない感じってところがもしかしたら受けているのかもしれない。ペッパーランチもさわやかも熱々な感じで人気なら、そうでないところがあっても良いってことで。

 さて試合は長野パルセイロレディースが相手で今回は声出しOKエリアも儲けられて双方から発せられる応援の声が響き渡る、新型コロナウイルス感染所うが流行する前のスタジアムの雰囲気ってのを久々に感じ取ることができた。試合はしっかり守ってボールを回す長野に対して千葉が責めたくても責められない格好。サイドバックの押し上げからの連続しての崩しなんかがないような気もするけれど、大きくパスを回せない女子サッカーだからそこは仕方がないのかもしれないなあ。センターバックからのフィードで前線のサイドまで届くようならいろいろと攻撃の手もあるんだけれど。

 そんな試合はオウンゴールで先制した千葉がそのまま逃げ切って勝利。前節で強豪のINAC神戸レオネッサに負けているだけにこれでひとつダルマに目が入ったっていえるかも。観客の2000人は多いのか少ないのか分からないけれど、大昔は300人も入れば十分だった試合に有料で2000人も入るなら立派にひとつの興業だ。あとはその波を絶やさず盛り上げていくことだけれど、そのためには兄貴分にも頑張って欲しいところ。せっかくユニフォームがKAPPAでなくなったのに勝てないってのはどういう訳だ。ここは妹分に合わせてXgirlで作るか、ってレディースのブランドじゃん。いやそれでもメンズが切れそうなTシャツとか作っているから男性用のユニだって作れるんじゃ。令和をずっとJ2ってのだけは勘弁して欲しいなあ。


【11月4日】 おすすめのライトノベルの文庫を選んでとりまとめる仕事をどうにかこなしてから、映画でも見ようかと家を出たものの長時間の情報を浴び続ける気力もなさそうなのでとりあえず、神保町へと出向いてチャーハンを食べてそれから竹橋にある国立近代美術館で大竹伸朗さんの展覧会を見る。前は東京都現代美術館で開かれた個展が今回は近代の美術館で開かれるということは、この20年くらいの間に現代美術も時代がひとつ上に上がってしまったみたい。ってことはもはやウォーホルとか古典の部類か。藤田嗣治や佐伯祐三なんて原始の美術か。

 そんなことはないけれど、少なくともゴッホなりピカソといった美術史に名前が残るアーティストの部類に入るアンディ・ウォーホルの作品を鳥取の美術館が購入したら、高すぎるとか知らないアーティストだとかいった声があがって大変なことになっている。そんなの東京都現代美術館がリキテンシュタインの「ヘアリボンの少女」を購入した時に起こったことじゃないかと30年前を振り返ったりして落胆する。

 そうした美術に対するリテラシーを持たせる情報発信が足りてないのか、あるいはそうしたリテラシーを受け入れるだけのゆとりがなくなっているのかもしれないけれど、これを機会にウォーホルが5億円くらいで購入できるならもう安いくらいだと思えるだけの知性と、あの宣材箱が5つあることの意義、すなわち消費社会における大量生産品が持つある種の美的なフォルムだったり工業力の凄さだったりを解くような作品を、間近に感じてだったら今はどういう時代なのかを考えるきっかけにしてもらえれば良いんだけれど、箱は箱だという人はずっと箱だと言い続けるんだろうなあ。リキテンシュタインを漫画だと言い続けているように。今いくらで売れるんだろう「ヘアリボンの少女」って。

 さて大竹伸朗さんは大量に作品があって最初の漫画的イラスト的な表現からどんどんとキュビスム的抽象方面へと向かっていって立体感も出て来たりして、1人で濃密に時代を駆け抜けている感じが漂っていた。赤瀬川源平さんとかのような社会に挑む感じはなく淡々と世の中を取り込んでは形に落とし込んでいる感じがあって、それだけに話題には上りにくいけれどそれだからこそ時代を超えて心をとらえるものがあるんだろう。村上隆さんのポップカルチャーを取り入れた作品よりも奈良美智さんの心象が感じられる作品が愛され続けているように。

 会場では大竹伸朗さんによる廃棄物が音楽を奏でる巨大な作品が大竹さん自身の捜査によって鳴りひびいていてなかなかの迫力。ビートボックスなりリズムマシーンといった大餅だけれどそれに合わせて踊るわけにはいかないのが美術館。せめて終わったあとに拍手をして大竹さんの実演に応えることができた。ジャン・ティンゲリー的だけれどショー的な部分は大竹さんっぽいかな。外では例の「ニューシャネル」と描かれたTシャツが売っててカッコ良さげだったけれど江口寿史さんの「彼女」展でもTシャツかったばかりなので遠慮する。これからの季節じゃ着る機会もなさそうなんで。

 どうやら宮城リョータの物語になりそうな12月公開の新しい「SLUM DANK」のアニメーション。3DCGのモデリングとその動きにこだわったなんてプロデューサーの人がインタビューに答えていて、それだけにしっかり動くといっちゃあ動くんだけれどそれだけといった感じがないでもない。撮影によっていろいろとエフェクトを足して光と影のメリハリだとか躍動感だとかをつけていけば生々しさも出てくるんだろうけれど、今のままだと感じられるパッションがないよなあ。リョータの口パクと声が合ってないし。その声が先のアニメーションとは全取っ替えになって異論も出ているけれど、終わって26年も経つアニメの若い選手たちの声がそのまま使える訳もないからこれは当然。桜木花道が木村昴さんなのはもうバッチリ過ぎて異論もない。ジャイアン? もはやそんな枠に収まる人じゃないんだよ。


【11月3日】 原稿を書こうと電車に乗って千葉まで行って、モノレール駅の改札前にあるミスタードーナツでドーナツをかじりながらミステリマガジン向けの原稿をあれやこれや。宮田眞砂さんという人の「ビブリオフィリアの乙女たち」(星海社FICTIONS)というミステリが出ていて森鴎外の「舞姫」を入り口にして新美南吉の「ごんぎつね」とか宮澤賢治「春と修羅」「小岩井農場」といった作品を取り上げていく展開から、それぞれの作品が出来上がった過程やそこに込められた思いなんかが分かっていろいろと勉強になった。

 ビブリオミステリということでもちろん事件も。ヒロインのひとりはサイコメトラーで本に残された思念を読むことができる。もうひとりはディスクレシアで本は読めないけれども語られた本の内容とそして解説から推理を積み重ねることができる。そんな2人が挑むのは森鴎外の「舞姫」を気にしていたイケメンの先輩と学校でも人気の女性教師との関係であったり、「ごんぎつね」や「かわいそうなぞう」に残されていた黒いコートの男が3人の子供を撃ち殺す思念の解釈など。そうやって明らかにされた幾つかの事件が結構血みどろで、学園ものならではのふわっとした解決に向かわないところに逆にリアルさがあった。

 ほかにはてにをはさんによる「また死んでしまったのですね、探偵様4」(MF文庫J)なんかを読了。死んでも生き返る体質の高校生探偵が挑むのは屈斜路湖にある刑務所で起こった女性型のロボット看守と人間の受刑者が無理心中をしたという事件。男はともかくロボット看守が人間を殺害できるはずがない状況の謎を解き、密室事件の謎も解き明かした先に見えてくるロボットが人間になる瞬間。その到来を受けつつ犯罪者として捕まった超AIの再登場がもたらす変化の先を見ていきたい。しかしどうして死んでも生き返る? それを突き詰めたらおしまいか。

 せっかくだからとモノレールで千葉みなとまで向かい、千葉県立美術館で開催中の江口寿史さんによる「彼女」展を見ようとしたら文化の日ちうことで無料だった。なんという大盤振る舞い。展示自体もホールを幾つも使ってびっしりと並んでいてそれも作品を伸ばしたパネルもあれば紙に描かれた肉筆画もあって江口寿史の描く女性のスタイルから顔立ちから背景から何もかもを目の当たりにすることができた。これはなかなか良い展覧会。おまけに無料ということで得した気分だけれど、その分足早に過ぎてしまったところもあったのでまた行くか。パイレーツTシャツもLサイズが売り切れていて変えなかったので、補充されるタイミングとか見計らって。

 ゴジラだゴジラだ、あのゴジラが「STAND BY ME ドラえもん」で全世界の子供たちを泣かせつつ、「SPACE BATTLE SHIP ヤマト」で全ヤマトファンを騒然とさせた山崎貴監督によって作られると聞いて起こる期待と阿鼻叫喚。「ジュブナイル」のようなこぢんまりとして感動を呼ぶ作品だとか、「三丁目の夕日」のようにハートウォーミングな物語がある作品なら間違いがない人なんだけれど、世界的なビッグIPを預けられた時にいろいろと困ることも凄いことも起こすので、今はどうなるかを誰もが固唾をのんで見守っているのだった。どっちに転ぶかなあ。どう転んでも観に行くつもりではあるけれど。とりあえずドン・フライは出るのか。そこは気になる。


【11月2日】 アニメの「チェンソーマン」がいろいろと騒然。中山竜監督が日経エンタテインメントか何かでアニメは映画のようなテイストにするとかアキバ的な描写は入れないとか行ったとかでそうした方向性は藤本タツキさんが描く原作漫画の「チェンソーマン」が持っている軽さをとっぱらうものだといった非難がネットでわき起こっている。確かに見るとアニメは描写が日常は淡々としてそしてアクションシーンがど派手で映画を見ているかのよう。デンジのおバカぶりとかあんまり前面に押し出されてない。

 でもそこが良い。「チェンソーマン」はマンガ大賞の候補にもなったから最初の方は目を通しているけれど、そこまでのめり込んではいないのでほぼほぼアニメが初見だったりする。そこで淡々として低血圧っぽい雰囲気が一変して血みどろの展開になってさらに大爆発したあと、すっと収まるあの感じが見ていてとても心地良いのだ。これが漫画のように徹頭徹尾バカやっているような展開だと、見ていて楽しいしまるで漫画のようだと思うかもしれないけれど、だったら漫画を脳内で動かせば済む話。メディアが変われば表現も変わってそこにあたらしいビジュアルを通して語られる「チェンソーマン」の物語があると思えば悪い気はしない。自分の場合。

 目下話題になっているアニメに「うる星やつら」があってラムちゃんの圧倒的な可愛らしさでグッと迫ってくるものがあるけれど、ことアニメとして見た場合に押井守監督がチーフディレクターを務めた最初の映画が持っていた混沌としてパワフルで見ていて飽きないギャグ描写が足りてなく、だからといって漫画が持っているテンポがそのまま再現されている訳でもない、カタログのような作品になってしまっているような気がしないでもない。そこをラムちゃんの立体感があって肉感もある腰回りで押し切っているというか。それで良いのかもしれないけれど、アニメの作り手としてそれで良いのかって思わないでもない。

 「チェンソーマン」も今はイントロダクションでパワーちゃんが混じってバカやりはじめて雰囲気を重ねつつアクションのど派手さでもって圧倒しては気分を盛り上げていってくれるんじゃないかなあ。最新話でデンジがパワーの胸を揉んだかどうかを描かなくたって、そこに想像力を働かしていろいろと考えるのが思考する動物たる人間の特権って奴なのだから。とかいいつつ見ていて徹底してバカさ加減がぶっとんでる「アキバ冥土戦争」の凄まじさを目の当たり威すると、「チェンソーマン」にも「うる星やつら」にもバカやって欲しいと思うのだった。アニメ化って難しいなあ。

 原稿を書くために本を読みつつ阿佐ヶ谷まで行ってぱすた屋でご当地パスタを食べようと思ったら「広島タンタン麺」のパスタ版でこれは相当に辛そうなので後の原稿書きに支障がでるかもと弱腰になってボロネーズに切り替える。これはこれで美味しいから良いんだけれどひろしまアニメーションシーズンの会場前で食べた広島タンタン麺もなかかなに美味しかっただけに、あれをパスタで再現されるとどんな味かやっぱり気になるのだった。舌が燃えていても構わないような時に食べに行くかな、っていうか広島で食べた時みたいに冷やし麺で出てくるのかそれともラーメン風にあつあつなのか。気になります。

 「エヴァンゲリオン」が今度は舞台化ということで、いったいどうなるのか使徒戦とかどう描くのかって声が早速あがっているけれど、すでに日本は「機動戦士ガンダム00」で動き回る椅子をコックピットに見立てたモビルスーツ戦の舞台を成立させているし、押井守監督の舞台では巨大な鉄人28号を出さないことで背景にある物語をクローズアップする方法を成り立たせている。それらがどちらも成功だったかには口ごもるけれども「00」に関しては見ていてまさにモビルスーツを操縦するガンダムマイスターたちの戦いだということがくっきりと見えた。とうことはプラグスーツを動かしながらそこに座る少年少女の会話劇でもって成立させることも可能なんじゃないかなあ。踊るエヴァンゲリオン初号機と弐号機は見られないけれど、まあエヴァ派じゃなくキャラ派なんでプラグスーツ姿がエロければそれでOK。観に行こう。


  【11月1日】 読み切った上で10本まで所感を書いたので残りの10本を埋めるべくVELOCHEにこもって作業。残り3本となったところで時間も経ったので久々にサイゼリアへと回ってハンバーグを食べつつドリンクバーのコーヒーを飲みつつ作業をしてどうにかこうにか終了へと追い込む。1本について600字くらい書いているから20本だと1万2000字ってことは原稿用紙で30枚か。まあでもそれくらいをかけてこそジャッジする責任を果たせるってことで。いずれ結果が出たときに治部のジャッジの是非を問おう。

 そんな合間にFIFAワールドカップ2022カタール大会に出場する日本代表のメンバーが発表になっていて、やっぱり通っていた柴崎岳選手にいったいどのような期待を森保一監督が寄せているのかを問い正しくなって来た。一方で大迫勇也選手は原口元気選手は落選。いざというときの得点源だったり戻っての献身的な守備だったりを捨ててふわふわとしながら来たボールだけはどうにか処理する柴崎選手を置く意味とは? きっと誰か解説してくれるだろう、って言うほど今、森保監督への翼賛的な評論って少ないんだよなあ。結果もこれでは明らかか。

 セルティックにわんさかといる日本人選手からはフォワードの前田大然選手が入ったけれども同じセルティックで古橋亨梧や旗手怜央がいてこそ光るところもあるだけに単独で入れても果たして意味があるのか不明。三笘薫選手と久保建英選手をウイング気味に置いてセンターを誰が固めるかってあたりが気になるところだけれど、後ろが長友佑人選手に酒井宏樹選手で果たして前としっかりとした連係がとれるのか、ってあたりも気になって来る。2人とも年齢が……。なのでここは冨安健洋選手をちゃんと使いセンターに南野拓実選手も置いてスピードで攪乱して欲しいもの。とはいえそんな前を後ろから見て危険地帯を埋めるのが柴崎選手にできるかというと……。いろいろ不安。だけどグダグダしつつ勝っちゃいそうでもあるんだよなあ。どうなるものか。

 ジブリパークがオープンしたそうで早速宮崎駿監督が出向いたと思ったらコスプレの人だった。前にニコニコ超会議で鈴木敏夫プロデューサーが大きな書を書いた時にも来ていた人かな。そうした人なら行って微笑ましいところなのに、ネットだと本人かと思ったらニセモノだったと分かってガッカリする人がいるから来ないで欲しかったなんて声もある。何かと気ぜわしい時代。まあコスプレして来るのを遠慮してもらっている場所でもあるので、その意味ではやっぱり拙かったかもしれない。なので次ぎ来る時はモリゾーかキッコロのコスプレで。あの2人を今咎める声はちょっと上げづらいだろうから。

 「チェンソーマン」でマキマを演じて注目急上昇の声優、楠ともりさんがエーラス・ダンロス症候群という難病でダンスとかが必要な「ラブライブ !虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会:の優木せつ菜(中川菜々)役を降板することになったとか。遺伝的な疾患で関節なんかをつなぐコラーゲンを生成できず節々が痛んだりする病気だそうでなるほど激しいダンスは無理だし悪くなれば動くことにも支障がでるからこれは大変。なので「ラブライブ!」関係からの撤退はやむなしとしつつ声優としての仕事は続けられるなら当たり役のマキマは演じきって欲しいし、そうあることを願っている。あの声を奪う権利は病気にだってないのだから。


【10月31日】 読まなくてはいけない原稿があって、家では寝てしまうので電車に乗って秋葉原へと向かう途中で黙黙と読み進める。秋葉原では様子を見ながら散策したけどメイドが二丁拳銃を振り回してはいなかった。まだ安全な街らしい。昼食はどこでと思ったけれどだいたいの店は他にもあるのでカレーの市民アルパに行ってカツカレーにソーセージをトッピングして食べる。ゴーゴーカレーのスパイシーさと比べるとマイルド感があって食べやすい感じ。カツもちょっとお上品。こうなるとチャンピオンカレーも久々に確かめてみたくなってきた。靖国神社側の店ってまだあるのかな。

 外国人の観光客が戻ってきたみたいで、アトレの前に集まっていたりあちらこちらを歩いていたり。マスクをしていない人もいるけどしている人もいてそこらへんはバラバラ。まあ屋外だし気にすることもないけれど、店の中だとどうなっているかはちょっと分からない。外国人が秋葉原でどの店に入るかは知らないけれど、普段よってるカレー屋とか定食屋にはいないなあ。円安なんだからきっとゴージャスなホテルでランチとかとっていたりするのかな。ちょっと羨ましい。

 時間も過ごしたし戻るかとやっぱり電車に乗って途中で黙黙と読み進めて家の側まで到着。VELOCHEにこもってさらに続きを読み進めてだいたい読み終えたのであとは感想を書くだけだけれどこれが大変。まあ夜から明け方にかけてやろうとういことで、ネットを見るとほうぼうの支局を締めてもはや全国紙を名乗れるほどの取材網を持っていない新聞の社会部長ともあろう職責にある人が、黙秘を薦める弁護士はケシカランといった論調の文章を記名で書いていて弁護士から袋だたきにあっていた。そりゃそうだ。

 憲法刑法なんかが定めてそれを重要視しているのには理由もあって、強要された自白によって山ほどの冤罪が生まれてそして死刑判決にも至ったような人がいる状況で、何かを喋ることが圧倒的に不利だったことが背景にあったりしていてその状況が改善はされたとはいえ、いまだ録音録画が完璧に行われている訳ではなく、席巻すら自由にできない状況下で何かを言えば唇どころか首が危なくなる状況下で、ペラペラと喋ったらヤバいという感覚が今もあったりする。

 そういった方面の改善が進んでないのを責めもせず、黙秘は悪だと言わんばかりの論調を新聞に掲げて果たして世間はどう思うか、っていうところを考える余裕もなくなっているんだろうなあ。権力者を否定する存在を否定することで喝采を浴びようとしているという意味で、批判する態度の裏返しでしかないのだから。こういうスタンスはやがて政治家の汚職もそれが国益のためになるのだったら認められるべきで、にも関わらず法律を盾にして悪は悪だといて断罪する検察はけしからんといった論調にスベっていきかねないというか、実際にモリカケサクラ等々の一件ではそういう論調をどこまでも主張してたっけ。滅びるはずだよなあ。

 フワちゃんの女子プロレスデビューが伝えられる一方で、女子プロレスの一時代を築いたダンプ松本をモデルにしたドラマの撮影で出演していたゆりやんが100回くらい技を繰り返したことで頭に衝撃を受けて入院をしたという話。幸い脳挫傷のような重篤な怪我は負ってなかったようだけれど、体が壊れるくらいの状況だったらやっぱり再開しても同じようにはできないし、そもそもやってはいけない撮影だったんじゃなかろうか。フワちゃんは発表する前から何ヶ月も現役のプロについて練習を行っていたそうで、それでしっかりと魅せる試合が出来たけれどゆりやんさんの場合はトレーニングしたところで100回も連続して技を繰り出すなんて本番でもないことを、やらせて周囲はどうして止めなかったのか。そこが分からない。そういう隠れた部分がやっぱり日本映画の世界にいろいろとあるのかもしれない。解明を。そして是正を。


【10月30日】 書かなきゃいけない原稿とか、読まなきゃいけない本とかあって1日べったり第35回東京国際映画祭に張り付いてはいられないけれど、せめてこれだけは見ておきたいと「マジカル・ガール」のカルロス・ベルムト監督による「マンティコア」を丸の内TOEIで見る。なるほどこういう話か。「マジカル・ガール」には魔法少女のコスチュームが出て来て日本趣味を感じさせるところがあったけれど、「マンティコア」にも主人公が伊藤潤二の新刊を買いに行かなくちゃといったコメントをするところがあって日本への意識は感じられても、ストーリーに直接日本のポップカルチャーが絡むということはなかった感じ。

 いや、もしかしたらショタとかロリとかいった表現にもおおらかで、クリエイターがそうしたものを描いたり頒布していたりしたとしても、非実在の絵だからといってカテゴリーを分けられ日常生活には何の支障もない日本の状況を称揚しているところがあるのかもしれない。主人公はゲームのクリーチャーデザイナーで冒頭からVRのヘッドセットを被りVR空間でデザインしているような描写が出て来てイマドキぶりを感じさせる。そのクリエイターが部屋で仕事をしていたら助けてという声。同じフロアの別の部屋からで駆けつけると火が出ていて男の子が危険な状態だった。

 ドアを蹴破って助けて火を消し一件落着、かと思ったらクリエイターは何か強烈な体験が心に刺さったみたいで胸が苦しくなったり性的に不能になったりして困ってしまう。そんな時にふと浮かんだのが火事から助けた男の子。そこにとっかかりを求めVR空間でNPCのモデルを改変して男の子を造形したら不能も改善されてそしてパーティにも出られるようになって女性と知り合い良い関係になっていくものの、そこで問題が起こって全てを失いかけてしまう。日本だったらちょっとあり得ないけれどもすべての健全さが求められる、そしてペドフィリアに嫌悪感を抱いている外国ならあり得る話かもしれない。

 さて困った。そこで暴走するかといったところで半ば悲劇的な展開へと向かうんだけれど一報で、付き合っていたものの拒絶された女性がなぜか再び近寄ってきたのは彼女にも彼女なりのフェティシズムがあったってことなのかもしれない。体が不自由な父親の面倒を見続けることを人生の大きな部分にしていたことが作用したというか。そんな心情なんかを語られない中で想像し、そしてクリエイターの内心の変化も想像しながら見ていくスペインはマドリード暮らしのゲームクリエイターの日常を味わおう。良い暮らししているなあ。そして都会暮らしの楽しさ。ああいう暮らしがしたかったなあ。

 劇場を出て神保町で開かれているブックフェスティバルへと向かいチャーハンを食べてブースを回って国書刊行会で沢渡朔さんの写真集を買う。6000円が3000円なら良いんじゃないかなあ。早川書房や東京創元社には行列が出来ていてSFとミステリーの不滅な人気ぶりを感じる。河出書房新社とか新刊がなく欲しかった東インド会社について書かれた上下巻の新刊は手に入らず。ティプー・スルターンの勇敢な死に様とその当時のマイソール王国の状況が書かれていて気になっているのだった。やっぱり普通に買って読み込むかなあ。そうやってインプットをすることで新しい興味も湧いてくるってことをこの何年か、置き去りにしていたところがあるから。

 タリーズでしばらく仕事をしてから日比谷へと戻って東京国際映画祭の「ジャパニーズ・アニメーション」で上映された「メガゾーン23」を見る。劇場公開時に見て以来だからだいたい36年とかそんな感じぶり? 絵としてはやっぱりヘタっていたけれどメカはやっぱり格好良く、そして風祭イブのデザインは美樹本晴彦さんらしさが炸裂していて美しかった。それがAIのアイドルでそして世界が架空のものだったという大ネタに驚かせてくれた記憶はやっぱり残っていたけれど、主人公の心理のラインを追うのはちょっと厳しかったかなあ、友人が殺害されてその原因となった軍用バイクを乗り回して映画に撮ってそれで仲間を殺害されるなんてあり得ないものなあ。

 そうした脚本の抜けが星山博之さんひとりの考えなのかそれともコンテにあれやこれや継ぎ足していった演出陣によるものかは難しいところ。ただ当時の若者ののんきで真っ直ぐで肉食なところは感じられた。東京の街並みも精緻ではないけれど雰囲気は分かって渋谷や原宿だってちゃんと分かった。上映後には設定を手掛けた柿沼秀樹さんとプロデューサーの三浦亨さんが登壇。荒牧伸志さんがアメリカに行って残された柿沼さんがデザインしたものについて現場から「銃身を回して良いか」とより細かな設定を求めてきた人がいて、それをやったら手間がかかるので困って誰だと聞いたら庵野秀明さんだったとのこと。会場に集まっていたファンが納得した瞬間だった。やりかねないものなあ。映像には新宿タイガーが何度か出て来て今も実在する新宿タイガーの永遠ぶりを強く感じた。あとは塩沢兼人さんの声は唯一無二だと改めて思った。誰が演じても違うんだよなあ。


【10月29日】 「天間荘の三姉妹」の舞台挨拶を見て映画を見たら予定に間に合わないことが判明。かといって舞台挨拶だけを見て映画を見ずに出るのもはばかられるのでのんさんに会うのは諦めて、家で下読みの原稿を何本か読んでからカップヌードルにマルシンハンバーグを突っ込んで食べて上野へと出向き、ドトールコーヒーにこもってしばらく下読みを続ける。2次だけあって文章力は高く話もまとまっているからあとはそのコンテストのカテゴリーにマッチしているかどうかってところが分かれ目になるかなあ。落ちたからダメって訳じゃないところがなかなか難しい。そいうのを他に回せる仕組みがあれば良いんだけれど。

 適当な時間になったので御徒町にある中田商店で米軍のワッチを購入。昔は1000円で買えた物が今は1800円になっているところに円安を感じるべきかアメリカの物価高を思うべきか。革ジャンも昔と比べると随分と高くなっているんだよなあ。安いときに買っておけば良かったけれど、今着るかというとあんまり着ないから物欲を満たすだけにしかならないと思い直して見送る。フットモンキーにアウトレットのレッドウイングが出ていて結構な安さで欲しいなあと思ったけれど、履いてないドクターマーチンがあったりするのを思い返してこちらも断念。掘ればいろいろ履いてない靴もあるんだけれどそれでも欲しくなる物欲との戦いはいつも厳しい。

 ぱすた屋でカレー味のスパゲティを書き込んでから丸の内へと回って丸ビルで開かれた「ウルトラセブン」に関連したトークイベントを取材。樋口真嗣さんと樋口尚文さんと氷川竜介さんが登壇して語る「ウルトラセブン」は1958年生まれの氷川さんに62年生まれの樋口尚文さんに1965年生まれの樋口真嗣さんと世代に少しずつ違いがあって、「ウルトラセブン」をリアルタイムで見た年齢に違いもあって受け止め方も違っているのが面白かった。というか樋口監督と僕は同じ歳だから、本放送なんて2歳で見てないのでもうちょっと経ってから再放送を見てそれでも子供だからよく分からなかったんだよなあ。ただカッコ良さだけは感じていたのを中高生くらいで思い直していくというのが僕らの世代。そこに理屈はあまりない。

 氷川さんとなると9歳だからそれなりに大人心も出て来て見る特撮番組。そこにメカとかのデザインセンスを見たり世界観の存在を感じ取ってこれは「ウルトラマン」とは違うと感じたらしい。今にして振り返ってもそうしたところはあるんだけれど、言語化して見ていたい氷川さんと感じただけの僕らとはやっぱり踏み込み具合が違うのだった。樋口尚文さんは映画に詳しい人だけにヌーベルバーグ的な新しさをゴダール映画を見る前に学んだそうな。ゴダール自体は「ウルトラセブン」より先だけれど子供が見るのは子供の番組。そこに大人が即時的な影響をぶっ込んで来るからエッセンスを先に浴びるのだ。子供向けだからといって手抜きはできないししちゃけないってことで。

 森喜朗元総理が麻生太郎元総理と並んで失言大魔王であることは確かだけれど、もう相当な年齢なだけに杖をついて歩いていることを半ば自虐的にかたって杖をついていると障害社と思われて親切にしてもらえると話したことを、何か障害者を差別したかのようにとらえて報じている新聞のポン酢ぶりに呆れるというかやり過ぎというか。実際に不具合があるから杖をついているんであって、そして杖をついていれば誰だって体のどこかに不具合があるもので、だから人から親切にしてもらえることのどこに障害者への揶揄があるんだろう。体が悪くもないのに杖をついてたのならいざ知らず。そうやって騒いでどうということも起こらないまま信頼を既存していることに、新聞も気づいた方が良いんだけれど。


【10月28日】 デザイナーが手掛けた執務にはまるで不向きなゴージャスな机を買って自慢して落選した市長のポン酢ぶりにも笑えたけれど、50年も使われている机をゴージャスだからと10万円で売り払って折りたたみ机で執務しますと言った市長のポン酢ぶりにも腰が砕けるというか膝が抜けるというか。

 折りたたみ机がいったい何年の耐用年数を持っていて今後どれくらいの頻度で交換していかなくちゃいけないのか。50年の間に20個くらい使うんだったら今ある机を50年使った方がよほど環境のためにも良いし歳費の節約にもなるだろう。そうした物を大切にする姿勢よりも自分は何かやってますというアピールのためだけにポン酢な振る舞いに出る市長の多さにこの国の民主主義もいよいよ末期に来ている感じがして頭が痛くなる。どうしたものかなあ。有権者も含めてもっと真面目にならなきゃいけないのになあ。

 これを買わなきゃ俺たち何だ? ってことで歯医者に寄った後に新宿バルト9へと出向いて「王立宇宙軍 オネアミスの翼」の4K版Blu−rayを購入する。そのまま見ることはせず仕事場に行って背景だとか設定画だとかを整理した後で戻って夜からの上映を見たらこれが満席に近くて、35年も前の映画にいったいどれだけのファンがいるんだと驚きつつも見終わってこれが35年も前の映画だなんて信じられないくらいのクオリティでありシナリオであり音楽であり声優陣であることに驚きつつもそんな作品を作れた人たちだからこそ、今も一線に立ち続けていられるんだってことを思い知る。

 いやまあ山賀博之監督が一線で活躍し続けているかは別として、作画監督の庵野秀明さんも助監督の樋口真嗣さんも作画の前田真宏さんも井上俊二さんもキャラクターデザインの貞本義行さんもみんなみんな第一線で第一級の仕事をし続けている。そんな多士済々が集まって勢いでもってえいやっと作った作品が情熱に溢れているのは当然として、やっぱり物語として高い完成度を持っているところに脚本を手掛けた山賀博之監督のクリエイターとしての才能が感じられてならない。その才能がぽつりぽつりと監督として発揮されるんじゃなく、映画という大舞台でまた発揮されて欲しいんだけれど「蒼きウル」はいったいどうなっているんだろう。東京国際アニメフェアだか何かのブースで見てからもう随分と経つなあ。今こそ復活を。

 「機動戦士ガンダム 水星の魔女」でアーシアンのチュチュがいよいよモビルスーツに搭乗した時、あのふたつの巨大な頭のボンボンがヘルメットに収まるのかといった話題が前に出て、「ガンダム Gのレコンギスタ」でウサギの耳みたいなのがついたバララがヘルメットをかぶるとやっぱり突起が出ていて耳が収まる専用のヘルメットがあったとうい例にならえば、チュチュも巨大なボンボンがついたヘルメットを被るのかと期待したイラ普通の丸いヘルメットだったので、あのボンボンはどこに行ったかが今度は注目の的になっていた。

 もしかしたら取り外しできるのかといった声もあったけれど公式が何とその秘密を暴露。ボンボンの上からフードを被せてギュッとひっぱりあごひもをしめて潰して押し込むらしい。いやいやいやいや、あの容積をいくら潰したって出っ張るだろうというのが普通の反応。パーマをかけてアフロみたいにしていたのならまだしも普通に束ねているように見えるあのボンボンに隙間なんてないんじゃないのか。でも潰れるってことはやっぱりアフロみたいなものなのかもしれない。ってことはほどくといったいどんな髪型になるんだろう。脚本家に聞いてみたい。


【10月27日】 家に居たらやっぱり寝てしまうからと起き出して地下鉄で大手町まで行ってリトル小岩井でおすすめパスタの並盛りを1杯。シーフードクリームパスタはクリームとバターで仕立てられてたソースがとっても美味しく海老やらカキやらイカやらの具材もマッチしているんだけれどやっぱりパスタが柔らか目なのはロメスパならではといったところか。油で炒めるジャポネとかケチャップが混ざるナポリタンでは良くてもクリーム系のソースだと歯ごたえの無さがやっぱり気になってしまう。でも美味しいから良いか。定番メニューにすれば良いのに。

 第43回日本SF大賞のエントリーが行われているんだけれどあんまり集まってないのでいろいろととぶっ込む。例えば「TAROMAN 岡本太郎式特撮活劇」なんかはシュルレアリスムという自分の内面によって世界を変換させて形象にして見せる技法そのものがインナースペースへの潜入というSFであってそんなSF的画家である岡本太郎のシュルレアリスム作品を紹介した映像であるからにはSFであることは間違いなし。その上でシュールなやりとりを見せることによって自分自身の内側を探られるようなシナリオを突きつけることによって驚きを誘ったという意味で作品もやっぱりセンス・オブ・ワンダーに満ちている。そんな感じ。

 あるいは「マクロス」シリーズ。ちょうど期間中に「劇場版マクロスΔ 絶対LIVE!!!!!!」が後悔もされたけれどもそんな最新作でもって最初の「超時空要塞マクロス」からちょど40周年を迎えたこの機会に、改めて異文化との交流を描きそこに歌という文化が力を持っていることを示しつつ変形するロボットというメカニック的なビジョンも打ち出した「マクロス」シリーズは「ガンダム」や「ヤマト」や「エヴァンゲリオン」に並びあるいは超えるところすら持ったSFシリーズだと言える。ピンポイントで「ガメラ」とか「エヴァンゲリオン」が受賞したならシリーズとして今回、40周年という機会も合わせ含めて表彰してあげたい。賛同者はいるかなあ。

 「アキバ冥土戦争」をやっと見た。なるほど秋葉原のメイドカルチャーを日本のヤクザ組織に重ね合わせて見せるのはパロディとしては面白くてよくできているけど、権力者の政治家をヤクザに例えて非道い目にあわせる論法と違い夢を売る仕事でそこで夢を抱いて働いているメイドさんたちをヤクザのイメージに染めてしまって起こる妙な偏見への懸念は踏まえたほうがいい気がした。まあ今のアキバのメイド喫茶にもヤクザのシノギめいたものがないともいえないだけに現実への風刺といったニュアンスもあるにはあるんだけれど。それがヤクザ的なものへの称揚とはならず排除へと向かい秋葉原のメイド喫茶を健全化させる方向へと向かってくれた善哉。

 声優の櫻井孝宏さんの問題はとりあえず目先の「うる星やつら」でつばめ役がどうなるかといったあたりとか、作られているという噂の「響け!ユーフォニアム」の3年正編で滝昇の声をそのまま務めるかといったあたりが気にかかる。他にも新作やら人気シリーズやらにわんさか起用されているからなあ。声さえ良ければ私生活が道だろうと構わないというのはひとつの理屈ではあるけれど、その声の裏側にいる人間の振る舞いに対していろいろと思いを抱く人がいることも事実だから、そこへの配慮をどうにかしないと今の時代、声優の名前で商売している作品はリスクを勘案しないといけないだろう。とはいえ変われる人に誰がいるかというと……鈴村健一さん……は事務所の社長だから一蓮托生扱いか。全部宮野真守さんで良いかとか。


【10月26日】 家に居ると寝てしまうので起き出して地下鉄に乗って阿佐ヶ谷まで行って「キッチン男の晩ごはん」で名物「阿佐ヶ谷ライス」なるものを食べる。2度目。プレートの上にハンバーグとキャベツとスパゲティが乗ってカレーがかけられているその脇にご飯も添えられているという豪華盛り。このスパゲティがよくある弁当の添え物程度ではなくて本格的に1食分はああるカレースパゲティでそれとご飯を食べてキャベツにハンバーグと来てさらにみそ汁となると、相当にお腹がいっぱいになるんだけれどこれをまだペロリと食べられるうちは、胃腸も大丈夫だってことだからひとつのメルクマールとしてこれからも時々挑戦しよう。スタミナ丼も試してみようかな。

 アーケードの中にあるサンマルクカフェで原稿を書いたり原稿を読んだり。新人賞を取って近くとる作品がとてつもなく凄まじくって「やばいやばいやばい」といった言葉しか浮かばない。一種のデスゲームでバトルロイヤルで脱出ものといった感じだけれどシチュエーションは割とプリティーなだけに繰り出される描写のグロさが引き立つ。これでリアルに寄せたら血まみれ肉まみれになるところを工夫によってソフトにしているところがあるいは映像化を狙ってのことなのか。「チェンソーマン」だってあれだけ血しぶきがとんでもアニメ化されるんだからこっちも大丈夫だろうな。相手が悪魔でも魔人でもなく人間だという倫理的な部分は脇に置いて。

 読んだといえば堂場俊一さんの「小さき王たち」のシリーズ三部作の最終作となる「小さき王たち 第三部 激流」(早川書房)も読了。濁流から泥流ときて新聞記者と政治家との三代にわたる因縁にどんな決着がつくかと思ったならなるほどそういうことか。世界をまたにかけて飛び回るフラワーな世代にとって新潟の狭い区域で議席なんてものを争って実弾を飛ばしそれを報じて正義を気取るような政治家も新聞記者も小さいってことかもしれないなあ。世界にはもっとデカい話がゴロゴロしていてそれを掘り出し報じてこその大きな王ってことなのかも。果たしてそんな王様になれるのか。続きの第四部があれば読んでみたいかも。書いてくれないかなあ。

 日本ファクトチェックセンターが目を覚ましたと思ったらマイナンバーカードは暗証番号を忘れても本人チェックは可能だとか、パスワードを何度か入れ間違えたらロックがかかるから4ケタだからといってすぐにはバレないといった話なんてとっくの昔に解決しているし、オフィシャルでも告知されている話を調べたといって分かったとやって紹介していて脱力するより他にない。ホームページを検索してガイドを引用するのにメディアに就職が決まっている学生が頑張りそれをメディアで偉い地位まで上り詰めた人が検証して良しとするんだから、そんなメディアに勤めていったいどれだけの仕事が出来るのかが今から心配。というか本人のキャリアにも良くないから離れた方がいいと思うよ若い人。自分より金をもらっている年寄りがろくに仕事をしてない場所で何の勉強にもならない時間を過ごすことはないよ。

 「ゴールデンカムイ」のアシリパ役にアイヌの血を引いた女優があたる方がそりゃあ世界的な潮流からすれば悪くないことは言えるけれど、それを声高に主張している外国暮らしの日本人俳優の物言いがなかなかに引っかかるものだったりするからちょとした炎上になってしまっている。ある意味でアイヌの損害が象徴的に描かれている作品のヒロインをアイヌの血を引いた女優が演じればそれはなかなかにハマることは請け負い。そのためにオーディションを開いてみせるのもあって悪い話じゃない。そうしなければエントリーすらできなんだから。その上で役に相応しいかどうかを決めれば良いんだけれどそこで相応しい人がいなかったから有名女優を使いましたという道も見えているだけに、そういった逃げ口上ではない説明を作り手には求めたいかもしれないなあ。難しい。


【10月25日】 部落解放同盟と在日特権を許さない市民の会が激突する狭間でグレタ・トゥーンベリがトレーラーハウスでハムエッグを作る一方で総理大臣がトゥギャザーし重信房子がオルグに勤しんでいた作品だったと言えば言えるのかもしれない「仮面ライダーBLACK SUN」。もちろんそれらが本意にしているところを掘り下げるというよりも、表層のイメージを散りばめてカリカチュアライズしているところがあって観ていてあんまり気持ちいいものではなかったりするから、18歳以上しか観られなくなったという理由もちょっと分かるかもしれない。というか観てもきっと意味不明か先鋭的な意味だけ汲んでしまいかねない恐れがあるよなあ。

 詳細はまだ配信前だから詳しくは言えないけれど、第35回東京国際映画祭のP&I上映で2話まで見た限りにおいて設定的にはゴルゴム団がいて仮面ライダーBLACK SUNとシャドームーンがいていろいろと動き回っているというところは古の「仮面ライダーBLACK」を観ていた人には懐かしくもピンと来るタームの羅列かもしれない。ただ描写において1970年代の安保闘争から学生運動を経て過激派へと移行していく過程でのサークル的だった雰囲気が結社的なものになっていく厄介さが描かれていたり、社会的に弱者とされるものへの差別を煽る集団が一方にいてそんな差別に抗おうとする集団がいながら後者が決して弱者ではなく少数派ながらも強大だったりする部分もあり、また凶暴さを垣間見せるところもあってどっちに味方しづらいと思わせてしまいかねない面倒さもあったりする。

 そうした描かれ方から差別を扇動する側への共感めいたものを覚えかねないところにある落とし穴をふさぐ気がまるでないのもちょっと面倒なところ。僕と同じ歳の白倉伸一郎さんや樋口真嗣さんが絡んでいるから多少はそうした学生運動なり過激派闘争なりの面倒さも今のヘイトな集団の厄介さも肌身に感じているはずなんだけれど、どこか当事者から外れてしまっているところに客観視して相対化しつつ面白いからそれで良いんじゃないか的な取り上げ方がされているのも判断を迷わせる。まだ試写でそれほど観られてないから良いけれど、配信が始まったらどんなリアクションが出るか。とりあえず重信房子さんめいた役どころの芋生悠さんが見かけも雰囲気もグッド。そりゃあ転ぶよ大勢が。

 そんな東京国際映画祭に出入りしながら近所で原稿も書きつつ夜まで待って、「ジャパニーズ・アニメーション」という部門で行われたシンポジウム「アニメーションが世界を創る」を聞く。ミッドタウン日比谷にあんなスペースがあったなんて。出席したのは「雨を告げる漂流団地」の石田祐康監督と「夏へのトンネル、さよならの出口」の田口智久監督と「ぼくらのよあけ」の黒川智之監督で、このうち「漂流団地」と「ぼくらのよあけ」は共に団地が登場することで激突が噂されたもののどちらが後追いしたというのではなく、ともにお互いの企画を知らずに進めていた中で最初の発表があって被っていると気づいたとか。でも別に団地がテーマでもそれは風景に過ぎないんだからサイロが崖の上の一軒家でも里山の古い家でも重なって不思議はない。ようは面白いかどうかなのでその意味ではどちらも成功した口だろう。好みは個人的には分かれたけれど。

 いろいろと話があったと、質疑応答があてコンテ段階と完成したフィルム段階で驚きはあるのか聞かれた時に、「夏トン」の田口智久監督の答えが歯ごたえたっぷり。つまりは自分は絵コンテはある意味でダウンサイジングして書いているけれど、それをフィルムにしたときはアップグレードしているから想像のままだといったこと。それ事態には納得だけれど一方で、前に前にバルト9で音楽を手掛けたeillさんを招いて開かれた「夏トン」のトーク付き上映会で、音楽側からのアプローチで映画がより輝くコラボレーションの成果もあったことが分かったので、続けて黒川智之監督や石田祐康監督が触れた音響や声優がもたらす拡張が絵コンテを書いている時の想像を超える可能性も捨てがたいと思ったのだった。想像を超えなきゃ大勢でやる意味、ないからね。それをすべて個人の思惑に統合するのは黒澤明監督くらいかも。今敏監督もかなあ。


【10月24日】 中国で開かれていた5年に1度の共産党大会で習近平総書記の異例とも言える3期目への突入が決定して、これで中国は独裁体制が強まったといちおうは全国紙を名乗っている新聞が言おう者ならお前さんたちがイチオシしていた元内閣総理大臣だって2期が慣例だった自由民主党の総裁任期を3期に拡大して居座り続けたじゃないかと突っ込まれることが確実だからなのか、あまり言おうとしないのが何かちょっと面白い。大嫌いな中国共産党と同じことをしでかした挙げ句の悲劇をなぞるなら、中国にも何か起こるって可能性はあるのかどうなのか。余りに強権が過ぎるだけにちょっと心配になって来る。

 何しろ前の総書記の胡錦濤が共産党大会の閉会式で衆人が見守る中を途中退席したのかさせられる場面が映し出されていろいろな憶測を呼んでいる。体調が悪かったというのはまずあり得ない話だろうからあとは退席させられてのか自分からしたのかといったあたり。同じ出自の共青団に所属するメンバーが続々と常務委員会から退けられていったのに文句を言ったら弾かれたと見る向きもあれば、そうした非道を平気で繰り出す習近平に抗議するため自ら退席したと見る向きも。とはいえ残る習近平が余裕綽々なところを見ると、退席せざるを得ない心境に追い込まれたというのがだいたいのところで、そこで切れて退いてしまっても結果的にはまとめてパージされたと見るべきなんだろう。

 とはいえ流石に4期目はないとなるとあとは後継者を誰にしてその背後で江沢民よろしく院政をしけるかどうかってあたりにかかってくる。それさえもやってしまえば流石に中国のテクノクラートも長老たちも不味いとみていろいろと事を構えそう。そこで人民解放軍がどういう権力構造になっているかが気になってくるけれど、楊尚昆のような陰の実力者めいた人も弾かれ、習近平に権力が集中しているみたいだから軍事クーデター的なことはやっぱり起こりそうもない。経済が混乱してくれば乱れる人心をまとめようと台湾侵攻なんてやりかねないって話になってくるけれど、それはさすがにということでインドかベトナムあたりと小競り合いを繰り広げるか、モンゴルかたロシアへと向かってガス抜きをするのかな。いずれにしてもアジア情勢は混沌しそう。

 宇宙も小競り合いが続いているようで、アーシアンとスペーシアンの間にある断絶がこれからどう描かれていくかが気になる「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。タヌキ娘のスレッタ・マーキュリーがミオリネの婿の権利をかけた戦いに勝ったものの周囲からは未だ浮いていて、授業でモビルスーツを動かす試験でスポッターもメカニックもおらずうまく試験をこなせない。これは困ったということで差別されてるアーシアンのところへ行ったものの頭がミッキーマウスな女子に蹴飛ばされ、これはしゃあなしと諦めていたところでミオリネに誘われ連れて行かれた部屋がとんでおない汚部屋だった。

 ポリ袋にまとめられたゴミが部屋のすみっこに幾つもおかれ、机の上には飲み干されたペットボトルがならび足元にはあろうことかカップラーメンの食べたあとが上に箸を乗せた形で置かれている。ってことはミオリネはカップラーメンを箸で食べることができるのっていった興味は一方に浮かぶけれど、設定を割としっかり考証しているとするなら宇宙でそうしたゴミをすぐさま再資源化しなくてもエネルギーとか食料は大丈夫だってことでそれは過酷な宇宙といったイメージが変わって、豊富な惑星だとか小惑星だとかの資源を使い太陽のエネルギーを使って豊かな暮らしを送っているってことになる。一方で地球は資源が枯渇してなかなか大変。だからこそアーシアンが差別されスペーシアンが威張っているって構図につながるのかも。どうなんだろう。ちょっと気になる。


【10月23日】 東京2020オリンピックのスポンサー選定を巡って贈収賄事件で社長が東京地検特捜部に捕まったADKホールディングスで次の社長が元電通でそれも電通のデジタルマーケティング局の若い女性社員が自殺した時に執行役員を務めていた人だと分かってどうにもこうにもやるせない気分が浮かんでくる。そりゃあ担当役員だからといって隅々まで把握していた訳じゃないから社員が過労死自殺したからといってその全責任を負わなくちゃいけないってことはないかもしれない。個人として損害賠償を支払うとかいったことはしなくて良いと思う。

 でも道義的な意味合いからその部門のトップにあってパワハラを許す状況を作った責任はやっぱりあってそれを半ばとるような感じで電通を退いたのだったら、余所でトップに立とうなんてっことはなかなかできるものではない。持てる知見をコンサルティング的な部分で活かすならまだしも、トップとして差配を振るうことでやっぱり前と同じような環境ができてしまって、悲しい思いをする人が出やしないかと心配になるし、そうでなくても働く側がよりよい環境で働くには、そうした人がトップに立つのは避けた方が良いような気がする。コンプライアンス的にもガバナンス的にもちょっと歪んだ世界。だからこそああいった事件が起こるんだろうなあ。やれやれ。

 名古屋から新幹線で東京へ。途中の名古屋駅で矢場とんのショップえと出向いて味噌カツ弁当を買う。さすがに2枚入りは無理なので1枚にしたけれども帰って食べてもしっかりした味で人気な訳がちょっと分かった。銀座に店が出来た時に行ったけれどその後に八重洲に出来てもちょっと遠慮していたんで、せっかくだから足を伸ばしてみようかな。名古屋といえばきしめんという人がいるけれど、新幹線のホームにあるきしめん屋にはついぞ入ったことがなくて何が人気なのかがよく分からないのだった。むしろJRの東海道線にある店の方がその場で天ぷらをあげてくれるから美味しいんだけれど、今もまだ店を開いているんだろうか。そっちは次ぎに帰った時にのぞいてみよう。

 ジャノメミシンが訪問販売の営業職300人を一気に首切りするって話が出ていて、ネット通販が普通になっている時代に訪問販売もなかなか厳しいのは分かるけれどもそうした状況へと徐々にシフトさせていくのではなく、一挙にやって恥じない企業のスタンスにはやっぱり憤るものがあるので今後ミシンはジャノメは買わない。ミシンを買う機会があるとは思えないけれど。そんなジャノメが首切りにあたって再就職支援を任せる所として引き入れたのがパソナってあたりもジャノメを支持したくなる大きな要因か。だってあそこ、何にもしないんだもん。

 一方で企業からの求人をわんさか持っていたりする一方で、整理解雇だとか早期退職だとかいった企業からわんさかと出る退職者にはそうした企業を紹介するこなんてしないで、まずは履歴書の書き方を教えてそして適性試験のやりかたを教えてあとは模擬面接の訓練だとかをしつつ紹介するのはハローワークから抜いてきた求人票くらい。つまりは自力で見つけて自力で受けて自力で合格しろっていうだけで、紹介機能なんてものはまるで皆無に等しかったりする。まあプログラマーとか経理とかいった技能を持っている人にはそれなりに紹介案件もあるのかもしれないけれど、営業ひと筋とか総務ひと筋(記者ひと筋ってのも)で来た人に、紹介する企業なんてまずないんじゃないかな。そんなパソナがジャノメの人に何を言ったかちょっと興味。週刊誌には出るかな?

 退職いといえば退職金への課税額が勤めた年限によって違うのを一緒くたにしようとする動きがあるそうで、ようするに長く勤めればそれだけ控除額が増えていたのを10年までと同じにしようって話でこれで勤続30年で退職金2000万円だと幾ら持って行かれることになるんだろう。自分の場合はそうなる前にさっさと退散したようとか退散させられたのであんまり退かれずそれから健康保険の方も安く入れてとりあえず良かった。その後は稼いでないからそんなに増えないので悪くはないけど普通に勤めている人は大変な世の中になっていくなあ。70まで生きられるんだろうか。

 【10月22日】 大須シネマで「劇場版マクロスΔ 激情のワルキューレ」が上映されているので観に出かける。「マウスマン」の時とは違ってそれなりに観客もいて「マクロスΔ」とワルキューレの人気ぶりを実感する。そのまま続けて上映となる「劇場版マクロスΔ 絶対LIVE!!!!!!」も観ていく人が多かったのもその証明。大きくもないし音響が爆音でもないけれど家で観るよりははるかに体感できる劇場での上映はやっぱり嬉しいのだった。東京方面でもやってたっけ。探して続いているなら行ってみよう。

 久々の「激情のワルキューレ」はやっぱりメッサーが白騎士との決戦に向かう場面からカナメが「AXIA」を唄うあたりの流れが神展開。楽曲も素晴らしく心に響いて体に残る。あとはやっぱり3DCGをばりばりに使って描かれた「チェンジ!」のライブシーンかなあ。リズムに合わせてフレームが舞いブロックが動き回る場面はいつ観ても考え抜かれていて手が込んでいる。これが実際のライブで再現できるようになった時が本当の意味での仮想現実の現実化が果たされたって言えるのかもしれない。

 このあとの悲しい展開を知ってもやっぱりフレイヤ・リオンの愛らしさが楽しい映画を見終わってから、栄まで歩いてヨコイであんかけスパのミラオムレツの1半をもりもり。卵焼きにウインナソーセージが混ざったものが載っているスパゲティで具材の味とパスタの味がそれぞれにしっかりと堪能できるのだった。ヨコイのソースはチャオなんかに比べてやっぱりスパイシーかなあ。麺は茹であげを冷やしてゴムみたいな感じでこれがまたしっかりとソースに絡むのだった。味噌カツなんかと違って東京ではなかなか味わえないあんかけスパだけに名古屋に寄ったらしっかり摂取しよう。

 せっかくだからと土日専用キップで地下鉄を藤が丘まで行ってそこからリニモで愛・地球博公演へ。地元民向けなのか11月に開業のジブリパークの事前公開が行われていて、行列出来ていたりするのを遠巻きに観ながら、愛知県立大学の准教授が排除アートだと騒いだジブリのアイテムが乗ったベンチを幾つか見て回る。ポルコの看板とか「耳をすませば」の帽子とか金の袋とか学生鞄なんかが置かれたベンチは割と入り口に近いところにあるので発見が楽。残る11個は次ぎに来た時に探して回ろう。そのためにはチケットを何とかして当てないと。

 巨大な広場とか眺めつつ愛・地球博の記念館へと足を向けたらモリゾーとキッコロの像やらぬいぐるみやら看板やらがこれでもかと置かれていて、ジブリパークによって隅に追いやられるのをどうにかして食い止めたいといった感じでアピールしていた。押井守監督が手掛けた実写映像に登場した動物型の鎧もあったけど前は種類が幾つかあったのが1つだけになっていた。展示も縮小気味なのかなあ。お土産屋さんに寄っても売っているのはジブリ関連が圧倒的。でも今の子供って新作のジブリアニメを観て育つ訳じゃないから、トトロ以外がどこまで浸透しているのかちょっと疑問なのだった。ディズニーといっしょで親が教え込む? でもディズニーだって毎年新しいのが出て来ていい加減、追いつけない子供も出ているような気がするんだよなあ。最新作って何だっけ? それすらも分からなくなっているのだった。

 帰りを八草から愛知環状鉄道経由で名鉄豊田新線を使って戻るかどうか考えたけれど、まだ空いているので普通に藤が丘まで戻って東山線を本山まで行き名城線で八事まで行ってそこから鶴舞線で平針へ。これの逆を辿るのがジブリパークに行く上で普通のルートだけれど、開業したらやっぱり混みそうな感じで名古屋市なんかは瀬戸なり豊田から八草経由で行くことを進めてた。それだと料金も高くなるんだけれど名古屋市は、ジブリパークを宣伝しながら土日専用の1日券をアピール。でもそれでは肝心のリニモには乗れないという罠。いっそ共通のチケットを作るなり、シャトルバスを走らせるなりすれば良いのにそういった話は聞こえて来ないんだよなあ。名古屋駅からの直通バスは出るみたいだけれど。猫バスの形はしてないんだろうなあ。


【10月21日】 知多へ。途中で金山で降りて昔のボストン美術館で今は金山南ビル美術館棟で開催されている「QUEEN50周年展 DON’TSTOP ME NOW」を見物。平日の午前中でもオールディーズなファンが訪れなかなかに盛況なところが日本を愛し日本から愛されたバンドらしさを感じさせる。最後の部屋ではそんな日本の西武ドームで開かれたライブの模様が上映されていて、フレディ・マーキュリーが歌詞を日本語にして唄った「手をとりあって」のシーンを含んで何曲かが、轟音で響いて現場にいたような感覚にさせられた。

 ピアノを弾くフレディがライオンズのレオが描かれた帽子を被っていたりすつ場面もあってなかなかなお茶目ぶり。でも唄えば全力投球で一切の手抜きも息抜きも感じさせずに強い歌声を聴かせてくれるところにも、気まぐれで気むずかしいと言われてはいてもパフォーマンスには絶対の自分を見せようとするアーティストの気概が感じられた。フルで映画館のスクリーンサイズと音響で見たいけれど、そんな機会もないんだろうなあ。クイーンだとウェンブリーとかモントリオールのライブがビデオで出ていてどちらか買ってあったけど、出て来ないんだよなあ。

 グッズ売り場に行ったらクイーンが何度か行ったジャパンツアーのTシャツなんかもが復刻されて並んでいたけど5000円近いんで着る機会もないからとここは遠慮。背中に「QUEEN2」のジャケットが描かれたパーカーもあって格好良かったけれどこの頃のフレディは長髪なんだよなあ。それもまた良いんだけれど。ほかにもブライアン・メイ仕様のギターが出ていてこれは名古屋かららしかったけど買っても弾けないのでこちらも断念。この歳になるとグッズよりはやっぱり音楽そのものか、ライブパフォーマンスが見られるパッケージを手元に揃えたいなあ。

 金山から河和行きの名鉄に乗って巽ヶ丘駅で降りてコミュニティバスで知多市の梅ヶ丘あたりまで。すぐに住宅街に行き当たって昔は水も来ず農地にもならなかった知多半島が、愛知用水で水が来てそして名古屋のベッドタウンとして発達して今はそれなりの住宅が並ぶ場所になっていたことがよく分かる。自動車専用道もいっぱい出来て名古屋にも三重にも東京方面にも出やすくなったこともあるのかな。とはいえ大きな工場がある訳でもないから職住近接とはいかないところはベッドタウン的。それでも八王子あたりに比べれば名古屋も近いし空港だって側な分、名古屋圏は東京よりは住みやすいかもしれない。

 ネットがザワついていたので見たら小室圭さんがアメリカのニューヨーク州の司法試験に合格をして弁護士資格を取得したとの報。週刊誌なんかがいかにも今回も不合格だったかのような記事を載せてたのが一転しての合格で、来週の号で何をどう取り繕ってくるかにちょっと注目。いくら弁護士資格をとったところで年も若いし物価も上がっているアメリカではすぐに干上がるから奥様のご実家を頼るといったトーンになるか、もはや生計も別の母親を持ち出してきて虐めるか。でも世間はもう関心を失い小室さん良くやったって感じになっているのでニュースの一線からは後退していくことになるのかな。

 令和版「うる星やつら」の第2話が放送されたので見たけれどうーん、トーンは平板でアクションに目を奪われることもなく淡々とストーリーがこなされていく感じ。サクラと出会ってお祓いを受けるエピソードなんか昭和版がAmazonPrimeVideoで無料で見られるので見比べたけれど、あたるのアクションから逃げる時の背景から音楽から盛り上げようという感じがあって惹きつけられた。令和版で優れているのは立体的に作画されたラムちゃんの柔らかそうな腰回りくらい? 声優さんも皆頑張っているのにちょっと厳しいかもしれないなあ。来週はいよいよ面堂終太郎が登場。でも金田伊功さん風のポージングをバリバリ決めてた昭和版のビジュアルを、超えてくる感じがないんだよなあ。どうなるか。どうなるものか。


【10月20日】 物心が付いたときのテレビのヒーローは「ザ・ドリフターズ」でそのメンバーにはまだ志村けんさんはおらず加藤茶さんが子供の間では大人気だったけれど次いで荒井注さんが「ティスイズアペン」の1発ギャグで子供には大うけしてたっけ。仲本工事さんは体操のコーナーでキャンディーズなんかを従えて軽快な器械体操を見せてくれて、見かけによらず運動神経の良い人なんだと思わせてくれた「8時だよ!全員集合」が終わって幾年月。「踊る大捜査線」なんかで役者として良い味を見せていたリーダーのいかりや長介さんが亡くなっても、志村けんさんが存命で加藤茶さんもいるうちは、何となくドリフターズは健在って感じがあった。

 ところが、志村けんさんが新型コロナウイルス感染症で2020年の3月に亡くなってしまってそして加藤茶さんも2019年あたりからパーキンソン症であまり活躍が出来なくなっていたところに、仲本工事さんが交通事故で死去。年齢からするなら最年長の高木ブーさんが最も元気という状況になってしまった。仲本さんだって亡くなる数日前には高木さんといっしょに志村けんさんの展示会か何かに顔を出し、2人で思い出をしゃべっていたばかりでこれからも舞台に立つような仕事が待っていたから、元気という意味では1番元気だったんだろう。それだけに急な事故による不慮の死はやはり残念なものがある。

 昭和のテレビを支えたスターがだんだんといなくなって寂しくなっていくテレビ業界。漫才ブームを支えたビートたけしさんもテレビから降りた感じでタモリさんもあまり出なくなる中、ひとり明石家さんまさんが頑張っているといった印象。あとは笑福亭鶴瓶さんか。それでもあの驚異的な視聴率を誇った「8時だよ!全員集合」の面々が1人また1人といなくなっていくのは本当に、昭和が遠くなっていくような気にさせられる。せめて残った加藤さん高木さんにはいつまでもお元気でいて欲しい。クレイジーキャッツの犬塚弘さんにも。

 サイエンスライターといえば鹿野司といったイメージを打ち立てて、多くの人たちに科学の面白さを伝えてくれた鹿野司さんが死去。数日前に考証ブラザーズを汲んでいる白戸晴一さんと堺三保さんが衝撃を受けたといったコメントを出していて、そしてご本人のツイートの更新が止まってしまっていたことから予想はしていたけれど、いざ公表されると長く同じSFマガジンの誌上で連載を持っていた人がいなくなるというのは、SF者としても寂しいものがある。

 ましてや時代を併走して科学考証SF設定の世界で活動して来た人には衝撃もいかばかりか。何年も前から体を悪くして透析なんかも行っていて覚悟もあったのかもしれないけれど、それでも隣を併走していた人がいなくなるのは辛いものがあるだろう。それより以前から、SF好きのグループとして活動をし、自作の漫画の中にキャラクターとして登場させていたとり・みきさんや、いっしょに活動していた出渕裕さんも想いを吐露していた。せめて残った人にはまだまだ活躍をして欲しいものだなあ。とり・みきさんの「愛のさかあがり」を読み返したいなあ。

 用事で黒川まで。大昔に東区の泉あたりにあった業界紙の中部支社から車を仕立てて鯱之屋にカレーうどんを食べに来たことがあったけれど、どうやら今もあって若鯱屋が全国チェーンになったその元祖で原点で大元としてお客さんが来ているらしい。せっかくだから寄ってみようかとも思ったけれど、そこから多治見まで出かけていってかえりは多治見駅を利用しJRとなったので黒川には戻れず鯱之屋はお預け。まあ若鯱屋とどれだけ違うかも分からない舌なので木場のモールに入っている若鯱屋に戻ったら行こう。あんかけスパと違ってこちらは全国展開しているのだから。


【10月19日】 起きてしばらくロッテリアで時間を潰してから、アベノラクバスで開かれている「あの夏で待ってる2022展」を見物。放送から10年を記念して過去の版権イラストとかキャラクター設定とか美術設定なんかを引っ張り出してはプリントして、展示して懐かしんでもらう展覧会でどの絵を使うかとかどんな風に並べるかを前半と後半に分けて指定するお手伝いをしたのだった。あと挨拶文と解説文も書いたっけ。

 そうやって出したのは良いものの、遠いのでどんな風になっているのか分からなかったけれど、名古屋方面で仕事があるのをついでとばかりに大阪まで脚を伸ばして見物。意図したような展示に意図した以上の丁寧さで仕上がっていたのでじっくりとキャラクターたちの元気そうで楽しそうで恋していそうな姿を楽しむことができた。PCのモニターでは小さいサイズでグッズ向けでもあったのでどこまで大きく出来るか心配だったけれど、A3とかそれ以上のサイズで展示されててなかなか見応えがあった。色もくっきりと出ていてシャギーも出ていなかったから、それなりにサイズもあったんだろう。とりあえず良かった。

 前半は主に世界観を感じてもらえるよう、キャラクターがいる場所とかが背景に入っていたり、キャラクターが暮らしている場所が描かれた美術設定なんかを選んだんだっけ。後半はキャラクターに注目ってことで、グッズ向けにキャラクターがピックアップされた版権イラストを選んでずらり。中には裸族めいたものもあってファンには嬉しかったんじゃなかろうか。あとは肌色が多めの夏っぽいイラストとか。前半の版権イラスト集から外して後半のラストに固めて楽しめるようにしたけれど、評判はどうだろう。大阪なので行ける人も限られている中で、それなりに好評なようでとりあえず良かった。でもやっぱり東京で大勢の人に見てもらいたいなあ。お願いしますジェンコ様。

 見終わったので次は宝塚にある手塚治虫記念館で「超時空要塞マクロス」の展覧会でも見ようと思ってたどりついたら閉まってた。水曜日休館だったとは。でも宝塚の大劇場を間近にみられたので良かった。楽屋口を遠目に見てぼーっとしている女子とかもいて憧れの場所なんだってことがうかがえた。東京宝塚劇場はもっとギラギラとしていて菫の花感に乏しいから。これで公演が行われているともっと華やかでキラキラとしていているんだろうなあ。そういう時も見てみたいかも。でも「マクロス展」は24日までだから見ることはかなわず。東京でやらないかなあ。お願いしますビックウエスト様。

 見渡しても何か食べるところはなかったので、行きのJRとは違う阪急で梅田まで戻ってインディアンカレーでも食べようかと思いつつ東京にもあるからと見送って、新大阪まで言って名古屋まで戻ってそこでチャオのハムエッグカレーを頂戴する。インディアンカレーは東京にもあるけれどあんかけスパは東京にはないから仕方がないのだった。名古屋にはまだ数日はいるからその間に行ければ矢場とんに行こう。あとは海老フライとかひつまぶしとか。カレーうどんもいいなあ。


【10月18日】 東京2020オリンピックのスポンサー選定をめぐる贈収賄事件は大手広告代理店のアサツーHDの社長が逮捕されるという事態に。業界2位の博報堂DYグループからも大広の役員が捕まっていたりしてそれでどうして問題の根幹とも言える業界1位の電通に捜査の手が及ばないのかというと途中に介在した人こそがお金をガメて上には渡してないから。問題はそんな人に権力を与えたことでその責任が誰になるのかを目下捜査している最中なんだろう。

 そりゃあ元総理大臣とか元JOCのトップだとかに捜査の手を伸ばしたいのが検察の本音なのかもしれないけれど、そっちはそっちでうまくやっていそうな気がして結局届かないような気がしてならない。結果として広告代理店とか出版社とかぬいぐるみの会社とかがそうせざるを得ないからそうしただけなのに、捕まってしまってある意味可哀想なところがあったりする。もちろん罪は罪なので償わないといけないけれど、でも……。どこまで届くかその正義の手は。見守りたい。

 鶴見で自動車部品の販売会社を取材してから新幹線で大阪へ。新横浜駅でシウマイ弁当を買おうかとも考えたけれど、混んでる新幹線の中で食べるのもなんだと思ってポケットシウマイを買っておにぎりといっしょにホームで食べて昼食替わりにしてそして新幹線に乗って新大阪まで行きそこから御堂筋線で天王寺まで行って泊まるアパホテル天王寺駅前にチェックインする。またアパホテルという勿れ、創業者の見識には異論が山ほどあるけれど、ホテルとしてはコンパクトな上に装備も揃っていて泊まり心地は悪くないのだった。

 途中、新大阪駅で551HORAIの豚饅でも買おうと思ったら凄い行列でちょっと躊躇。弁当だけ買っておいてたどり着いた天王寺のデパ地下に言ったらそっちの551HORAIはあんまり行列がなかったので、評判の豚饅2個入りを買ってホテルに入って辛子を付けて食べたらやっぱり美味しかった。そりゃあ蒸したての豚饅が不味いわけがない。でもこれを列車の中で食べたらやっぱりちょっと気にする人も多いよなあ、シウマイとどっちが匂い、広がるんだろう。

 椎名林檎さんのグッズがヘルプマークにそっくりだった問題で、レコード会社はアルバムのグッズにはしないことを表明してCDの発売もちょっと延期するとか。問題になってからここまで引っ張ったのがちょっと謎めくけれどもすぐに対処できなかったところにアーティストを見守りたい意識と、世間の声にこたえなくちゃいけない意識の間でせめぎ合いが起こったってことなのかも。すべてに尖ってカッコ良いアーティストってイメージが、それとも逆に働いてしまったのかなあ。ともあれ解決を見た以上はあとは音楽性で勝負していってくれれば昔からのファンとしては善哉。とはいえ最近の日章旗趣味は容れられないのでそっち方面は様子見かな。


【10月17日】 日付が変わると同時にジャンプのアプリから「週刊少年ジャンプ」の最新号にアクセスして電子版を読むのが習慣になって来た感じ。読むのはまだ「ONE PIECE」に「呪術廻戦」に「僕のヒーローアカデミア」くらいだけれどそこに「SAKAMOTO DYAS」が加わって、「SLUM DUNK」の安西先生みたいな人が登場する漫画なあといった印象がもっと強烈なものだと分かって関心がぐっと深まってきた。このまま遡って読むかは分からないけれど、他の連載を追う中でいっしょに読んでいくことにはなりそう。雑誌を買うってこういう広がりがあるから面白いんだ。
 さて「ONE PIECE」は前に非公認フィギュアで出た女体化トラファルガー・ローが遂に作者公認となった感じであれやこれやと大騒ぎ。フィギュアの値段もこれで上がるとなると買って置いて良かったって気も浮かびつつ、どうしてもう1つ買っておかなかったんだって投機的感性の鈍さも感じて上がったり下がったり。まあ1つでもあるだけましってことにしておこう。雰囲気はまんまフィギュアのローの愛らしさが出ているって感じだけれれど、そんな病気を気合いで治してしまったから今後は出てこない可能性が高そう。ちょっと残念。

 でも幾ら黒ひげの配下の能力を示すためとはいえ、そう使ってしまうのに脈絡はあんまりない訳で、つまりは作者の尾田栄一郎さんの何か好みがそこに入っていたってことになるのかもしれない。インペルダウンではイワンコフのホルホルの実の能力でもって海賊のおっさんが美少女にさせられたりしたっけ。あれも趣味っぽかったけれど今度のも含めるとやっぱり何か思いがあるのかも。非公認フィギュアにはルフィの女体化バージョンも出ていたから次はそっちがいつ出るかだな。出るのかな。

 そして「SAKAMOTO DAYS」は暗殺者を養成する学校に教育実習生として潜入した坂本の前に映画監督を標榜する殺し屋が現れ恩師が殺害されてちょっとした喧騒に。太っても強い暗殺者かと思っていたら昔の体型になって現れどこの特殊メイク扱いされていたけれど、そのスタイリッシュでクールな感じで本格的に戦うのなら、これは人気が出ても不思議はないってことになるけど今のところ、「ロボコ」みたいにアニメ化って話がないのはやっぱり暗殺ってテーマがスペクタクルだからかな。人気はありそうなんで期待して待とう。

 そんな「週刊少年ジャンプ」を卒業してずいぶんとたってようやくアニメ化がスタートした「BLEACH 千年血戦編」はクインシーの軍団が現れ一番隊の副隊長の笹部がやられて大変なことに。どうやら卍解を奪われたらしいけれど同じ事をやろうとして黒崎一護にはきかなかったからきっといろいろあるんだろう。あのあたりコンビニ本で買って揃えて読んだんだけれど気鬱になっていた時期に部屋の邪魔だからと捨ててしまって今にして思えばもったいないやら残念やら。普通の単行本より大きめな上に分量が多いんで巻数が少なく読みやすかったんだよなあ。
 とはいえ延々とバトルが続くんで途中で飽きるのは「BLEACH」ならでは。でも面白いから許された。今はちょっと離れているけど「BURN THE WITCH」もパッとはならなかっただけに中編として掲載された一護の子供の世代が活躍するエピソード、12年後が舞台になったシリーズを是非に連載して欲しいなあ。地獄に落ちた護挺十三隊の隊長クラスが復活してきて大暴れするんだからこれはもうたまらないバトルが繰り広げられそう。一護だって無事に済まないだろう中で誰が活躍するのか。薄く期待していつかその日を待ちわびよう。


【10月16日】 始まったのが前日の午後11時からという新・文芸坐でのアニメスタイルによるオールナイトイベントで大友克洋監督の特集が行われ、『MEMORIES』の中の「大砲の街」で技術監督を務めた片渕須直監督と、制作したStudio 4℃の田中栄子さんが登壇してあれやこれやトーク。何でも「大砲の街」の背景は巨大なベニヤ板みたいなものに30とか40のブロックとして描かれていてその上をカメラを移動させながらオプチカル合成によって1カットで撮っているように見せたとか。

 その中に4ブロックほどマッキントッシュのクアドラ950でレンダリングしたのが混じっているそうだけれど見てもいったいどれがどれだか分からない。少年が起きる部屋から家族が朝食を摂る部屋からお父さんが働く工場からお母さんが働く工場までが繋がっているんだけれどもそれはらまるで別の場所。目とつぶって開くと移動しているその間を、目を開いたまま観ていても違和感なくつないでいるから驚く。コンピューターだったら合成すればすぐ済む話だけれど、逆にそうした異なる場所をモデリングして繋ぐなんてことが出来るのかって思えてくる。

 物理的な整合性がとれてない場所でも絵は描ける。その強みを活かしつつデジタルに見えるようにしたってことなんだろう。そんな背景の上で撮影をする際に片渕監督は、カメラを動かす範囲を想定して目盛りを打っていったとか。結果「パン目盛りーず」といった呼ばれ方をするようになったその作業も今ならコンピュータ上でシミュレーションすれば済む話だけれど、そうした手間をかけずとも想像の中で動かし結果を想定してリアルに落とし込むことができるから、作りたい絵を自ら作り出せるんだろう。やってみて結果として良さげなものを選ぶのとはギリギリのところで差が出る。それが人間の凄さってことで。

 もっともそんな連続した背景の上で撮る関係で、「大砲の街」ではずっとライトを着けっぱなしで延々と撮影してとかで、そのうち熱で背景が縮んで詳細に付けたカメラを移動させるメモリと合わなくなってしまうため、現場に菓子折を持っていくか一升瓶を持っていくかした中で田中栄子プロデューサーはお寿司を持っていったらしい。それくらい現場ものってくれなければ不可能だった映像にはきっと世界も驚いたかというと、映画祭に出しても当時はまだ商業アニメを映画祭にかける雰囲気がなかったようで喝采とはいかなかった感じ。

 ただそうやって大友克洋さんが世界に討って出たことで以後に日本のアニメーション映画が海外の映画祭に出品されるようになって『PERFECTBLUE』で今敏監督がカナダのファンタジア映画祭で賞をとったり宮崎駿監督がベルリン国際映画祭で金熊賞をとったりするようになる。湯浅監督がアヌシーとかで認められて日本のアニメが世界を席巻する、そんな道を拓いた開拓者だったと田中栄子さんは大友克洋さんを讃えていた。漫画の表現を変えたのと同時にアニメのマーケットも買えた偉大な人。全集には「大砲の街」のことも入るかな。期待大。

 仕事で泊まり歩くことが多くなってきたのでトートバッグでは溢れてしまうとオーバーナイトな利用が可能なバッグを探して幕張にあるアウトレットへ。エースのバッグで見つけたけれども向こう3軒両隣のビクトリノックスでも似たようなのがあって、クールさでビクトリノックスのレキシントンというバッグを選ぶ。バリスティックナイロンでTUMIなんかと一緒でTUMIよりは3割は安い感じ。エースはコーデュラナイロンでやっぱり頑丈でビクトリノックスより1割安い感じ。その間ととったってことになるのかな。どっちつかずな人生だから仕方ない。さっそく週内に使おう。大阪まで足を伸ばせるかな。


【10月15日】 あべのハルカスにあるアベノラクバスで開かれている「あの夏で待ってる」の展覧会が13日から後半戦に入って展示替えがあったらしく、見に訪れる人がいていろいろと報告を上げている。見てちょっぴりエッチなイラストが集まっているといった反応にしてやったり、版権イラストが中心の展覧会になるもののそれを一気に全部見せてしまうよりかは内容によって世界観を表すものと、キャラクターを際立たせるものに分けようと思い、選んでリストを作って渡した際に水着系のイラストばかりを集めて後半戦に選り分けた。

 これを後半に持ってくれば見てもお得感があるだろうというのが理由だけれどもそうした意図はちゃんと汲んでもらえた感じ。ほかにも声優さんのサインが入った色紙だとかコミックマーケットで販売されたTシャツのイラストだとかキャラクターオリエンテッドなアイテムを並べて欲しいとリストにはしたためておいたけれど、それらがどれくらいのサイズでプリントされて並んでいるかは自分で確かめないといけなさそうなんで、やっぱり来週くらいに大阪まで行って見てくるかなあ。ちょうど名古屋に行く用事もあるんでそのついでってことで。

 とある映像作品のレビューを書こうと思って該当する映像が格納されているらしいサイトにアクセスしたらすでに削除されていて見えなくなっていてがっくり。時間も出来た時にまとめて見ようとしたのが仇となった。これでは何も書けないと再アップをリクエストしたものの週末だからなのか1日経っても音沙汰がないのでこれはもう原稿が遅れることは覚悟して欲しいと遠い空から呼びかける。気づいてないんだろうなあ。メールって毎日見る人とそうでない人がいるんだなあ。まあ見ればあとは書くだけなんで週明けに動き出すのを待とう。

 第2話が放送された「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」は交通刑務所の鬼看守ならぬ鬼教官が出て来てはたるんでゆるんだモルカーたちの綱紀粛正に乗りだしたけれど、アクセサリーはするなとか着飾るなといった自由をみとめないやり口に反発が出て数に押されて引っ込んだ。そこで引き下がるなら最初から言うなっていうの。でもそうやって自由を認めない理不尽さをちゃんとみなで訂正しようとする動きがあって、それに上も従うところに今のなかなか動かない権力への皮肉が感じられて良かった。ドライバーというか飼い主が出て来てガチャガチャするのはちょっと今までにない感じ。それもまた人とモルカーとの共生を表していると言えるのかも。次は何が起こるかな。

 ネットを操作して1月のジブリパークのチケットの抽選予約を行う。当たるかどうかは分からないけど1月の頭から行く人なんて果たしているのかいないのか、それもちょっと知りたい気分。何しろ名古屋市街地から1時間はかかる長久手の丘陵地帯、そして風も吹く寒い土地に集まろうって人がいっぱいいたら、ジブリパークもスタートダッシュが成功したってことになる。ちょっとワクワク。とはいえ1月頭はこっちもいろいろ忙しいから果たしていけるのか。ずっと実家に引きこもって原稿書きに終始するかなあ。その間に車の練習をすれば30年ぶりに車でどこどこと行けるかも。どうするかなあ。


【10月14日】 「インフルエンザはmRNAではない」と書かれたツイートを取り上げてファクトをチェックして「インフルエンザは確かにmRNAではない」と言っただけだとしたらそのファクトチェックは正しいけれど、世間に伝わっているのはインフルエンザワクチンにも新型コロナウイルス感染症向けのワクチンとして使われているmRNAワクチンが使われる可能性があるといった言説で、それを否定するのだったら見だしにも「インフルエンザワクチンはmRNAワクチンではない」と書くのが意味的にも正しいし伝わりやすいだろう。

 新聞のように文字数が限られた媒体だったらそこは意を組んで欲しいと省略することもあり得るけれど、ファクトチェックのように言葉を吟味してその可否を判断するような作業において、そしてそれをネット上で行うにあたって文字数なんて気にする必要はない。なのに日本ファクトチェックセンターはそうした省略を平気でやるわ、やっぱり個人のツイートを晒し上げるようにして掲載しては糾弾を加えるはとほとんどネットリンチに近い振る舞いを見せている。

 相手が絶大な影響力を持ったインフルエンサーに、ジャーナリスト出身の知見と正義感を持って挑んでくれるのかと思いきや、一部に伝わっては誰もがそうではないと分かっていて、そしてそれを信じたい人はたとえファクトチェックされたところで陰謀だと言って信じないような言説ばかりを取り上げて、ファクトチェックでございとやって何が楽しいんだろう。そしてどこが正しいんだろう。そんなところに大金が投じられている状況にどうにも薄ら寒さを覚えるのだった。自分のお金かといえば自分が使っているネットサービスならやっぱり少しは収益となっているんだろう。その一部がと考えるとやるせないなあ。

 そして始まった「うる星やつら」はオープニングのラムがとにかく可愛らしくってある意味で見たかったラムと見せてくれる映像である一方で、ストーリーの方はあまりに原作に忠実でかつて見た最初のアニメと大きく変わるところはないというか、前が表情だとか仕草にギャグ的な動きを挟んでアニメーションとしての面白さを感じさせようとしてたのに対して、綺麗なキャラクターを正しく動かしましたねといった感じでビンビンと伝わってくるものがちょっとないようにも感じた。表情とかは最高なんだけれど、それだけ。

 それもまた見たかった「うる星やつら」ではあるんだけれど、表情やら仕草やらに工夫があって拙い絵をとにかく見せて目を奪おうとした前のアニメに比べて今のアニメが、見た目の綺麗さを大切にしようとするあまり、デフォルメだとかアクションだとかで暴走を抑えてしまっていることもうかがえる。そうやって積み上げられた作品は一過性の楽しさを読んでも、40年語り継がれる伝説になり得るかというと悩ましいところ。「おそ松さん」があれだけの冒険を繰り出して、ある意味で2010年代の伝説を築き上げたのと比べるとちょっとおとなしいかもしれない。そこはあるいはこれからの展開で、変わって来ると来たいしたいけれども、果たして。


【10月13日】 運転をするから運転免許証はとるのであって、それを持っているから運転ができるのだと分かるようになっているのにその運転免許証がマイナンバーカードに入ってしまった時、どうやってそれが運転免許証なんだと外に向かって証明できるんだろう。あるいは何かあった時に病院に駆け込めるように日々、健康保険証を持ち歩いている人にとって落としたり無くしたりしたら再発行までに時間がかかるマイナンバーカードに保険証が一体化してしまった時、果たして前のように安心して持ち歩くことができるんだろうか。

 そんな心配をどこ吹く風としゃくれ顔した2世議員がマイナンバーカードに運転免許証やら健康保健証やらを合体させることを義務化するなんて方向性を打ち出した。運転免許の更新なんてそれでいったいどうするのか。健康保険証なんて毎年発行されるものをどうやってマイナンバーカードに組み込むのか。それをやっていったいどれだけのメリットを国民が享受できるのか、まるで分からないし実際のところ面倒でしかないことを推し進めてDXやりましたなんてホザける政治家が堂々と国政にあって次の総理然と振る舞っているこのおかしさの、元を作ったのが国民の言うことを聞かない閣議決定政治を進めた最長不倒総理だとしたら、やっぱりこの国をガタガタにした責任はとって欲しかったなあ。

 オーシャン島事件というのが過去にあって、島民達を駐屯していた日本軍が虐殺した事件だけれどもそれ自体は別に歴史に埋もれてもいなければ、捏造でもなくって論文にもなっているし戦犯として裁かれていたりもする。だからそうした事件があったことを、経験した人が書きした溜めた手記が今頃になってでてきたからと言って、個人が捏造したってことはないということだけは言っておきたいし、東京新聞が報じたから捏造だなんて言うロジックはまったくもってあり得ないとも言っておきたい。

 ただ今になってそうした事件の存在を改めて世に喧伝することで、関わった人たちの古傷をえぐるのが良いかとなるとなかなかに厳しいものがある。いつまで苦しめられなきゃちけないんだって思いもあるだろう。とはいえそうした事件の記憶が風化して、捏造だなんて言われてしまうと存在はいつまでも記憶されるべきだといった意見もある。あの南京事件ですら捏造と言って断じ731部隊の存在も認めない人たちが現にいたりするなかで、風化は存在を消してしまうのに等しいからな。事件は事件として糾弾し人は人としてシステムに翻弄された被害者と位置づけるような切り分けを、出来るようになれば良いんだけれど。

 県営愛知飛行場が自衛隊から離着陸費を徴収しているのは問題だなんて自称するところの全国紙がかき立てて、そんなことはないと愛知県知事が言って防衛省に確認をとって確かに問題はなくってお互いの合意の上でやられていることだといった返事をもらって、ほらみたことかと報じた全国紙に訂正を呼びかけているけれど、応じることなんてきっとないんだろうなあ。愛知県からパージされたところで愛知県でまったく存在を認められていない新聞(それで全国紙なんだから謎めく)が、愛知県から閉め出されたところでダメージはないだろうから。これで愛知県で最大の新聞と記事の相互交換でもやっているなら、少しは影響もあったかもしれないけれお、お互いに主張が正反対で仲は良くなさそうだから関係ないのかも。

 そんな愛知県で最大の新聞は時前でスポーツ紙も出しているけれど、他の北海道とか福岡県で最大の新聞が出しているスポーツ紙のように記事の提供は受けてなかったから、そこでも仲違いしたところで関係はなさそう。問題はそんな北海道と福岡で最大の新聞が、発行していたスポーツ紙を相次いで発行停止にしたことで、そこにニュースを提供していたい自称するところの全国紙にとって、提供料が失われるっていうのはやっぱりそれなりにダメージがあるんじゃなかろうか。あるいは北海道日本ハムファイターズとか、福岡ソフトバンクホークスの記事をもらっていたのが、スポーツ新聞の停止とともに取材も減ってもらえなくなったら、自称するところの全国紙が出しているスポーツ紙に穴が空く。ただでさえ締切が早くて試合経過が最後まで入らない不安も出ている上に、ニュースが薄くなったら共倒れだって起きないとは限らない。どこまで身を削るのか。ちょっと注目。


【10月12日】 「チェンソーマン」については実は漫画をあまり読み込んでいなくてうろ覚えの中でアニメーションの第1話を見ることになったんだけれどもオープニングでよく分からないシチュエーションが重なって、これはなにかと思ったら過去にあった映画の場面をなぞったものだと判明。それはそれでよくやったと感心しつつ本編と何の関係がと思ったらそれも調べていろいろとシチュエーション的に取り込んでいるものがあるらしい。

 米津玄師さんのオープニングもまた作品への理解が半端ないものだそうでそんな愛を向けられた作品が面白くないはずはない。ハイクオリティの絵像と緊張するようなシチュエーションでジリジリとした感情をかきたてられ、そして繰り広げられた血の饗宴にここまでやって大丈夫かと心配になったものの、あれはゾンビであって生きている人間ではないから殺人を見せている訳ではないってレギュレーションも働いたのかもしれない。

 赤くたって人間じゃない奴の血なんだからと行って強行突破したのかな。いくらMAPPAが製作まで請け負ってやっているとはいえ、テレビの電波に乗せるならそこん家のレーティングは絶対にはたらく。それを突破できたということは今のテレビはそこまでやれるってことで今後続く作品の参考になるだおう。

 もう5年は確実に昔からツイったー界隈を漂っている刑務所に収監されている犯罪者に特定の国の外国人が多いといったデマはその度ごとに否定されているから別に今さらと流せば良い物を、今見つけたとばかりに日本ファクトチェックセンターが乗りだしてきては、今一生懸命情報を拡散しているアカウントを晒してこれは間違いだと批判するやり口はやっぱりジャーナリズムとはほど遠い。

 そもそもがデマだと分かっている情報を今さら拡散する相手がそれで引っ込むとも思えないし、デマ事態が完全に撲滅された訳でもなく時を行けばまた湧いて出てくるだろう。その度に否定するかというと今目に付いたからやったに過ぎないそのファクトチェックの選定を、恣意的とすら言えない場当たり読んで差し支えないような気がしてきた。世界的IT企業から大枚をもらい国内有数のメディアを渡り歩いてきた人が監修していてこれではなあ。日本のジャーナリズムの程度が知れると世界に笑われそうだなあ。

 これは嬉しい名古屋テレビ塔の重要文化財指定。昭和29年には建てられていたから僕が生まれた時にはすでに存在していただけでなく、東京タワーよりも札幌のテレビ塔よりも早くに出来たその鉄の電波塔は日本の建築遺産としてはやっぱり貴重きわまりない。たとえ役目を終えたからといって取り壊して鉄くずにして良いわけがないってことがこれで証明された以上、あとはどんな利活用をして寿命を延ばしていくか、それが東京タワーの運命にもかかってくるだろう。333メートルはもはや日本最高であはないし、時代的にも名古屋のテレビ塔より後の東京タワーが重要文化財になるには何が必要か。怪獣に破壊された回数かなあ。数えた日とはいるのかなあ。

 兵庫県の明石市長が任期満了で政界引退を決めたとの報、その取り組みから辞めないでって声もあがっているけれど、前に暴言を吐いて出直し選挙をして再帰した人間がまたしても市長にあるまじき暴言を吐いて選挙で落とすとと脅かして、人間として許せる方が間違っている。それで辞めるなら自民党だってもっと辞めなくちゃいけないという声には、これで辞めさせなければ自民党だって辞めさせられないと言っておこう。良い施策は次にそれをやってくれる人を選べばいいだけの話。2度目の失敗を善政でチャラにするようなことを許していけない。


【10月11日】 日曜日にDAZNで見ていたF1は途中で大雨が降ったせいか赤旗中断となっていたのが再会となって水しぶきを上げながらF1マシンがしのぎを削る展開に。フェルスタッペンはずいぶんを先を行って楽々優勝が見えていた一方で、ルクレールとペレスによる2位と3位が1秒以内で順位を競い合っていて抜くや抜かざるやのバトルを楽しむことができた。鈴鹿サーキットは決して抜きどころがないサーキットではないけれど、それでも雨が降った後だと水たまりなんかもあって無理はしづらいのか大きくコースを踏み外さないバトルをしていた感じ。

 それでも、ラストのシケインであまりのプレッシャーからか、あるいはもはやタイヤが保たなくなっていたからか、前を行くルクレールがショートカットをしてしまい、3位のペレス選手が繰り上がって2位となった結果、フェルスタッペン選手に誰も追いつけなくなってシーズンチャンピオンが確定した。鈴鹿で決まるチャンピオンは健在ってことでなのかも。そんな鈴鹿サーキットになぜか岸田総理が来ていたけれどいったい何を見たかったんだろう。EVでもないガソリンエンジンのF1の会場でアピールすることなんて何もないのに。ただ見たかっただけ? それもそれで小さいなあ。

 声優の近石真介さんがなくなったとのこと。何を置いても「サザエさん」のマスオさん役で知られていて、放送が始まってからこちらがアニメを見るようになっていたあたりまで、ずっと近石さんだったからイメージが脳裏に染みついている。ちなみワカメちゃんは2代目にあたる野村道子さんが全盛かなあ、カツオは高橋和枝さん。そんなガチガチの布陣を少しずつ入れ替えながら続いているところが「サザエさん」の凄さか。でも加藤みどりさんだけは入れ替え不可能な気もするんだけれど、それもいずれはとなった時が果たして終わりの始まりか。気にしていよう。


 あと生で見たプロレスは新型コロナウイルス感染症の影響で声を出しての声援が贈れないため全員が拍手をするんだけれど、その相手が反則を仕掛けている選手なのかそれで苦しんでいる選手なのか分からないところがあってちょっと迷う。声で名前を言えば分かるところも拍手では通じないならあらかじめ、選手ごとに拍子を決めてAならパンパン、Bならパパパンといった分け方でどっちを応援しているかが分かるようにしないと、戦い全体がひとつの演劇的な出し物として捉えられているように見られそう。ただでさえパントマイムに近いところがあるから。

 マイナンバーカードに運転免許証やら保険証やらを載せる動きが進んでいるようで、結構ヤバい情報も入っているカードだからなるべく持ち歩かないようにしようってことだったのがどんどんと変わっていてどうしたものかと頭グルグル。普及させれば何か良いことがあるんだろうかとしたか思えないけどそれなら給料をもらうなり税金を支払うなりといった行為で必要とするだけで普及するんじゃないかなあ。それなら使って年に1回だから安全性も守れるし。本当に誰が考えているんだろう。いっそだったらドライバーとか栓抜きとか定規とかルーペとかも付けて欲しいなあ。それなら持ち歩くぞ。


【10月10日】 とある自称するところの全国紙がいわゆる為にする記事ばかりを書くのは知られた話だから愛知県にある前は名古屋空港だった愛知県立小牧飛行場が自衛隊から離着料をとっているのはケシカランという今さらな記事にも裏があると思っていたら、案の定愛知県の大村知事があれは本来だったら国が管理するべきものなのに、愛知県に押しつけておいてそれでいて自衛隊にはそのまま使わせるようにした関係で自衛隊から、というより国から整備費だとか運営にかかる費用を出してもらっているだけだといった反論が出ていた。

 愛知県が引き取らなかったら国が自衛隊の基地として運用したかもしれない可能性はあって、それでは周囲に悪影響があるから愛知県が名乗りを上げたとしたなら押しつけられたといった言い分は違ってくるけれど、当時の知事が自民党寄りだったことを考えるなら面倒を押しつける代わりに費用は少しは国も負担するよといった話だったことは類推できる。それを自衛隊から金をとるなんてナニゴトかと憤るのだとしたら、いやいや仮に国が管理したままだとしたらそれは国が管理費として支払う訳だから、自衛隊が愛知県に払うのと結果として同じになるだけだと言えば果たして通用するかとういと、世の中のライティな人は自衛隊様から金をむしり取るとはナニゴトかといった反応になってしまうのだった。やれやれ。

 今日も今日とて家にいたら寝てしまうので早くに出かけて茅場町のVELOCHEでしばらく原稿書き。適当な時間になったので秋葉原に出てパンチョにでも入ろうとしたけれど、行列ができていたのでしばらくぶりのモダン食堂に行って唐揚げ定食を食べて変わらない味に満足する。値段も変わってなかったなあ。頑張ってるのかもしれない。そして両国へと回って両国国技館に並ぶ行列を監察してから、ドトールでやっぱり原稿書き。そして時間になったので両国国技館に入って新日本プロレスの大会「超実力派宣言」を見る。

 前に新日本を見たのがまだ名古屋にいたころか、それとも東京に出て来て見たのか、はたまた今まで見たことがないのか覚えてないけれどもそんな新日本プロレスを立ち上げて引っ張って世の中を騒がせたアントニオ猪木さんが亡くなって、最初の国内での大会ということでこれは何かあると思って行ったらやっぱり冒頭に追悼の10カウントが行われ、坂口征二さんが遺影を持って立ちリングアナウンサーの田中ケロさんが耳に慣れたあの声で、猪木さんの名前をコールしてくれて気持ちが1980年代の新日本プロレス全盛へとタイムスリップする。

 リング上では追悼に関連して猪木さんが新日本プロレスの終身名誉会長に9月1日付けで就任していたことが発表され、本来だったらこの両国国技館で公表されるはずったのが亡くなられてしまったとのこと。ちょっと残念。そして2023年1月4日の東京ドーム大会が猪木さんの追悼大会になることも発表されたけれど、カードについては未定なので果たしてスタン・ハンセンやタイガー・ジェット・シンやハルク・ホーガンといった猪木縁の海外レスラーは参加するのか、藤波辰爾や長州力や蝶野や武藤や藤原組長といった猪木直径の弟子達の登壇はあるのか等々、今から興味が尽きない。試合はしなくても良いから立って欲しいなあ。

 さて久々に見た新日本プロレスは歓声をあげられない中で手拍子を浴びながらレスラーたちがパントマイム然として見せる動きに結構見入る。昔とった何とやらでプロレス的なムーブはだいたい分かってどこでどうなりそこでそうなり結果として何が起こるかあたりまでは想像できるんだけれど、そんな道筋をそれぞれが工夫をして戦い引っ張っていってくれるから見ていて飽きない。大技が得意だったり小技を小さく繰り出したりリングの外でのバトルで喜ばせたり。様々な展開を織り交ぜながら4時間近くを飽きさせないのはそれだけ根付いたものがあり、また今の観客を楽しませたいという意識があるのだろう。だから新日本プロレスは今も隆盛を保っているのかも。その勢いが猪木さん亡き後も続くことを願おう。


【10月9日】 日本ファクトチェックセンターが立ち上がってさあ、ネットでも高い影響力を持ちながらデマばかりを垂れ流すジャーナリスト氏だとか通信社の元政治部長だとか美容整形外科医だとかいったインフルエンサーを糾弾してくれるのかと思ったら、誰か得たいの知れない反ワクチン的なことをずっと言っていたらしい人が、世界的に銀行でカードが使えなくなるとかいった話をツイートしていたのを取り上げて、これはデマだと認定してファクトチェックで御座いとやっていたのに愕然とするというか呆然とすると言うか。

 どうやら対象となっているらしい話はイオン銀行のシステムの入れ替えに伴うものらしく、そのことについてイオン銀行に聞いてどういうことなのかを紹介したのは良いとして問題はチェックしたファクトが本当にイオン銀行のことなのか、それとももっと深淵なる陰謀があるのかをツイートの主に聞いて確認していないこと。ジャーナリズムだったらそこでどうしてそんなツイートをしたのかを聞いてエビデンスを探り、そして言っていることがイオン銀行のことなのかも含めて確かめた上で記事にする。それがファクトチェックだと勝手にこれかもしれないと決めつけて、それについては間違った話だと言ってしまっている。

 およそファクトのチェックにすらなっておらず、ジャーナリズムとするならまったくもってなっていない記事をファクトチェックしましたといって掲げてしまって本当に日本ファクトチェックセンターなのか、グーグルとヤフーから大金を得て新聞記者出身の人を編集者に迎えて運営している組織なのか。デスクだったら確実に没にしそうな原稿を、元朝日新聞の記者らしい人が監修して通してしまっているのだから不思議というか奇妙と言うしかない。

 あるいは日本ファクトチェックセンターは外形的に合っているか間違っているかしか判断しないのか。だとするなら沖縄で座り込み3000日という看板も辞書的な意味合いでは座り込みを続けていないから不正確だと言うのだろうか。そっち方面について突っ込まずインフルエンサーにも触れず当たり障りのない話を掘り出し白黒付けて仕事をしたフリをする日本ファクトチェックセンターが果たしていつまで持つものか。そこでインターンをした人の将来も含めて心配になって来た。名前、出ちゃってるものなあ。

 家にいたら寝てしまうので起き出して電車にのって立川まで行ってそこで原稿を書きつつ映画を見る。その前にウインズのそばにあるスパゲティ屋でミートソースのベーコン乗せをお昼ご飯に所望。やっぱり美味しい。映画の方は前日の「僕が愛したすべての君へ」の裏表の関係になる「君を愛したひとりの僕へ」で、佐藤栞という少女といっしょに育った少年がそれぞれの母親と父親の結婚によって兄弟になってしまい結婚できなくなってしまうのは嫌だとパラレルシフトをしたら栞の方だけ肉体が滅んでしまって魂めいたものが交差点に釘付けになってしまったという展開。少年はそれを解放するため一生懸命勉強をして研究を続ける。

 そこに同級生だけれど交流のなかった女子が来て一緒に研究に取り組んだ結果がどうなるかというのは「僕愛」でも描かれていて、そこでくりりと輪になるというか凸凹が重なって全体の世界が見えてくる。なおそうやって生まれた栞の新たな運命はスピンオフとして描かれた「僕が君の名前を呼ぶから」に描かれているんだけれどそれは映画にはならないかなあ。とりあえず見どころはまだ幼い栞が暦をパラレルシフトさせようと装置を操作する際に、両手を挙げて指を伸ばして2本の指でかちゃかちゃとPCのキーボードを叩く場面。ちょっと可愛い。でもそんな無茶やってよくもまあ無事にパラレルシフトができたものだ。あるいは暦の体質によるものなのかも。栞が立ってた交差点は夏に大分に行った時に多分通ったけれど、よく覚えていなかった。もう1回くらい行ってみようか。


【10月8日】 「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」の放送と配信が始まって、すでに劇場では見られた第1話が明らかになってそのアバンギャルドな展開に、ドライビングスクール=自動車運転教習所ではなく交通刑務所だろって意見がわんさかと出て来た。劇場で見て感じたことをやっぱり誰もが感じたみたい。これで単純に自動車教習所でモルカーたちが運転の仕方を学んでいく狭い物語ではなく、それこそ「女囚さそり」や「網走番外地」や「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」みたいに牢名主がいていびられたり、脱獄を企てたりするような展開が期待できそうで楽しみ楽しみ。

 気になるエンドクレジットで気づいたのは製作プロデューサーとして上田陽子さんが立っていること。「PUI PUI モルカー」の1作目はシンエイ動画がスタジオとなって見里朝希監督が作った作品を展開したけれど、今回プロダクション・アイジーの人でIG作品なんかに名前も出ている人が関わっているってことは、現場もシンエイ動画ではなくIGの関連になっているのかもしれない。というか見里監督がWIT STUDIOで新作を作っていることもあるので、その絡みでIGグループが全面的にバックアップして、小野ハナ監督とかアニメーターの当真一茂さんが所属するUchuPeopleを支えて作っているってとになるのかな。なかなか複雑。

 いやあ参った。愛知県の元青少年後年で2005年の愛・地球博開催行こうは愛・地球博記念公園となっている場所にジブリパークが出来ることに関連して、園内にメイの帽子とトウモロコシだとか、お金が入った袋だとかが置かれたベンチが15台ほど設置されて良いフォトスポットになりそうだと話題になっていたら、愛知県立大学の准教授の人がこれは排除アートだと騒ぎ出して全方位的な突っ込みを受けている。

 排除アートというのは公共の場におかれたベンチなんかに仕切りが設けられたり、ホームレスの方が寝るのに良さそうな場所に凸凹としたオブジェが置かれて寝られないようにするといったアートを表す言葉だけれど、少なくとも愛・地球博公園は夜には閉まる場所であり、また名古屋の市街地から遥に遠い丘陵地帯に作られていて寝ようが走ろうが自由自在。そんな場所に敢えて排除アートなんて置く意味はなく、従ってベンチもオブジェでありフォトスポット以外の意味なんてもたない。

 なのに県立大の准教授の人は退かず一種思想としてこれは排除後であるといった主張を曲げようとしない。県立大が愛・地球博記念公園のすぐそばにあって当地がどのような場所か分かってそう言っているあたりに何がそこまでこだわらせているのか、分からないけれども偉い人によくある言ったら引っ込みが付かなくなってしまった一例なのかもしれない。もちろんこれが公共の場所、人通りが多い街中の公園に置かれれば排除アートと誹られて当然だけれど、そうした可能性を想起させるから作っちゃダメというなら、ベンチは遍く平坦な座面を持ったものにしなくてはならないってことになる。それは表現の自由、アーティストの心の自由にもとる行為であるにも関わらず、言い続ける人の何が心を支えているのか。気になるなあ。

 舞台挨拶付きの上映を両方申し込んだものの当たったのが片方だけだったので必然的に「僕が愛したすべての君へ」から見ることに。原作は読んでいるけど忘れていた部分も多かったのでこれが栞という少女を交差点から救い出すというひとつの目的を持った誰かの行為のサブプロット的な位置づけにあることを思い出させてもらいつつ、パラレルシフトする生活において起こる可能性って奴を想像させられる。子供が死んでしまうか生きているか、祖父が死んでしまうか生きているか、そんな差が個々人には決して小さくない影響をもたらすことが分かってジンと来たけど、それよりやっぱりデコの広めなメガネの秀才がキンキンと突っ込んできてくれる展開が最高だった。説明の多い物語でもそれを聞かせる手腕が良かったのか見入って聞き入って寝なかったあたりもグッド。あとは「君を愛したすべての僕へ」を見て裏側で何が起こっていたのかを確かめよう。


【10月7日】 ホテルで夜中まで何か仕事になりそうな中国のアニメを見つつ寝つつ朝起きたら朝になっていたんで、買い込んであったパンを食べてそれから市電に乗って南富山へ。前に乗った時よりも時間が早かったためかやたらと込んでて普通に乗れず降り口から乗ってぎゅうぎゅう詰めのラッシュを久々に経験する。女子高生とかもいたけど女子高生しかいない感じ。富山駅のコンコースにもベンチがあって女子高生がよく座っているけれど、富山って男子高校生がいないんだろうか。それはそれで素晴らしいんだけれど。

 南富山から少し歩いて待ち合わせ場所まで行ってそこから立山町にある取材先へと一緒に行く途中、ホテルにICレコーダーを忘れてきたことに気づいたけれどもこれもiPadで代替できるから後で取りに寄ろうと安気に構える、最近はどうもイライラくよくよしなくなったなあ。あとiPad万能。iPhoneでも同じだけれどなるほど書き物さえしなければPCを持たずスマホだけダブレットだけで生活する人が多いわけがちょっと分かった。大きめのiPadに変えてキーボードもつければ十分だよな。でも書く量が違うのでやっぱりPCは大事。そろそろ次のに置き換えるか。

 とか思っていたら取材先についたけどどうやら取材するはずだった相手が急用とかでいなくなってて愕然とする。また来ますと気軽に言える場所でもないからちょっと困ったけれど、そこは残っていた人から話を聞いて記事を作り上げると決めていろいろと話を聞いて終わって南富山駅まで戻って市電にゆられてホテルのある場所まで行って、忘れていたICレコーダーを受け取って富山駅で今回はちとせのますの寿司を買って新幹線で家まで戻って、コロッケといっしょにますの寿司を食べたら美味しかったので万事快調、無事是名馬ってことで。書き物の仕事は明日明後日頑張ろう。

 3000幾日か座り込みを続けてますって日付を記した場所に行って写真を撮って誰もいないとツイートしたひろゆきに非難囂々。ちゃんと毎日それなりに人が行って座っているのにと行ったら座り込みというのはずっと座っているから座り込みなんだと辞書に書いてあるじゃんと反論されて喧嘩になってなかなかの修羅場感を醸し出していた。もちろん座り込みを続けている人たちのなぜそこまでしなきゃいけないのかといった思いを汲めば、冷笑を浴びせるような所業は人道にもとると言える。

 けれども抗議活動を3000幾日続けていると主張したって何ら減じることのないその理念を、座り込み3000幾日という表現にこだあって小馬鹿にされる必要もないと思えないことない。どこか外見にこだわり理念にすがりついて苦笑を買うことも多い“活動”をもっと実態に寄り添ったものにして共感を誘うものにするきかっけとすることも必要な気がしないでもない。米軍基地が沖縄の多くにいまも存在している問題は実際にある訳で、それを解決にもっていくために必要な賛同者を分断からの引きこもりで失うのは勿体ないから。それでひろゆきも退散して二度と出てこなければ更に良いのだけれど。

 「令和のデ・ジ・キャラット」がスタートしてワンダフル版のノリが23年ぶりに戻って来た感じがして心が躍る。まだ14歳だった頃の沢城みゆきさんが演じて最高だったぷりこが当時とまったく同じ声と演技で蘇って流石とうか素晴らし過ぎる沢城さんの演技に感嘆する。あれで峰不二子のような悪女も演じてのけるんだからなあ。どうなっているんだろうその声帯。でじこはでじこで前のまんま。そして二代目のでじこになりながらフェードアウトした明坂聡美さんがブロッゴスとして復活してこれはなかなかの配慮で嬉しい。ならば二代目のぷちこを演じたみなかみ菜緒さんにもここは是非に復活を。


 【10月6日】 2000年に行った大道芸ワールドカップin静岡は、街路に人がぎっしりと集まってパフォーマーたちの芸を取り囲んで見ていたり、駿府城の中にあるステージめいた場所でパフォーマーたちが世界中から集まって芸を披露していたりしてまさしくワールドカップといった華やかさがあった。テレビ番組にも出ていた雪竹太郎さんが街中でアート作品に早変わりする芸を繰り広げていて流石に慣れたものだと思ったし、ストレンジフラワーとかいったユニットが空中をゆらゆらしていたりして、芸の広さと凄さって奴を間近で目の当たりにできた。

 世界の至芸を持ってきて見せてくれるイベントとしてこれは新しいと持ってから今年で22年。どうやらその間に大道芸ワールドカップは揺れに揺れていたようで、国内パフォーマーにはギャラを支払わないなんて無茶がまかり通りそうになってそれを懸命に差し止めたものの新型コロナウイルス感染症の影響もあって開催が見送られた果てに、ノーギャラに立ち上がって運営に携わった人たちが排除されてまったく新しい実行委員とそしてプロデューサーによって仕切られどうにか開催にこぎ着けたと思ったら、そのプロデューサーが外国を差別するようなことを言って大騒動になってプロデューサーは解任さて実行委員長は辞任と崩壊してしまっていた。

 開催すら危ぶまれてる状況ではあるものの残り1カ月の状況で中止はさすがに刻。幸いというかそれが目的だったというかすべて国内からのパフォーマーによって固められた出演陣をしっかりとケアして招きパフォーマンスを行ってもらえさえすれば形は付くものの、その後の運営をどうするかでやっぱり問題が浮上してきそう。静岡市は外に丸投げして外は情報を公開しない不思議な体制をガラガラポンして海外を遇し国内も敬いつつ観客にも楽しんでもらえるイベントに持って行けるのか。せっかく根付いたイベントを壊すもったいなさは文化庁メディア芸術祭でかんじているだけにここは慌てず焦らずじっくりと来年に向けて動いていってもらいたい。どこでだってやれるのが大道芸。それを許す環境を作るだけでもとりあえず良いから。

 6日か7日にあるらしいオンラインインタビューが6日になってもまるで決まらない中を、とりあえず7日に取材がある富山へと移動して早めにホテルに入れば、そこからオンライン取材も可能だと思って午後1時にチェックインできるよう手配をし、午前7時に家を出て東京駅から新幹線に乗ってさあ仕事でもと鞄をかえたらパソコンが入ってなかった。どうやら家に置き忘れてきたらしい。いつもそれでオンラインインタビューもしているからちょっと困ったけれど、接続だけならiPadで出来るからいいやと楽観して富山駅へと到着し、駅にある大喜でそこが元祖らしいブラックラーメンを食べたらやっぱり辛かった。とびきり塩辛いんだよなあここんちのブラックラーメンは。

 その後は創業者の思想は苦手だし社長のご尊顔もなかなかだったりするけどアメニティはそろってる駅前のアパホテルヴィラリゾートに入ってさてオンライン取材はあるのかと尋ねたら、どうやら6日も7日もなさそうだといった感触が来て午後にやることがなくなってしまった。かといって出歩こうにも外は曇りから小雨模様だったので、せっかくデカいベッドがあるのならと横になったらもう夕方。起き出して今度は一心というラーメン屋に行ってブラックラーメンを食べたけれども黒くなくって普通のラーメンっぽかったというか、大喜のが特別にやっぱり辛いってことが分かった。

 ホテルに戻ってラムちゃんのクリアファイルをもらうために買い込んだ菓子をかじりつつノーベル文学賞のニュースを見ていたら、早川書房から翻訳を出しているアニー・エルノーが受賞者に決まったようでいつかのカズオ・イシグロといいその他の物理学賞とかいろいろな受賞者の翻訳も出してその都度に儲ける早川書房の引きの良さに感心する。これならいっそ村上春樹さんも英語で本を書いて海外で出してから、その翻訳版を早川書房から出せば受賞するんじゃなかろうか。翻訳は村上春樹さんがやれば文体もそっくり村上春樹さんになるから完璧だし。だったら日本語で書け? それじゃあ早川から翻訳書を出せないじゃないか。それが重要。それこそが重要。


【10月5日】 津原泰水さんが亡くなられたとの報。文化庁メディア芸術祭で近藤ようこさんが漫画を描いた「五色の船」がマンガ部門の大賞を受賞した際に、原作者としていっしょに受賞されて発表会見とか、受賞作品展に来られていたのを見かけたことがあった。まだ8年とかそれくらいしか経っていないんだけれど、その間に「日本国紀」をめぐって幻冬舎の編集者を縁を切って文庫化を早川書房で行ったというなかなかの傑物。ネットでの“活躍”も目にしていただけに急な訃報には驚いた。とはいえどうやら体を壊されていたとのこと。歳も近いだけに思うところも大きく我が身とは比べものにはならない損失と嘆きつつ、我が身の大事も考えよう。合掌。

 本を読もうと電車に乗って中野まで行ったあたりで、頼んでいたポケットWi−Fiの新しいのが配達されそうだったので、とって返す途中で1冊読み切ってなるほどMRが一般化した世界を描くとこうなるのかと納得する。「PSYCHO−PASS サイコパス」もある意味でMRが発達した世界だけれどあそこまでユートピアでディストピアとなる前の世界といった感じ。あれに個人の性格分析が入るとシビュラシステムになるんだろう。もっともシビュラシステムはAIでは(以下略)。そんな世界観だけに「PSYCHO−PASS サイコパス」の脚本を書いた人がノベライズしたのは正解ってことで。「レベルロボチカ0」。面白いです。

 買えるとちょど届いていたポケットWi−Fiを受け取ってSIMを差し込んでセッティングして換装を完了。最初のeモバイルの頃から使い初めて3台目だけれどその間に小さくなるどころか逆にデカくなっているのはそれだけ電波の威力が増して電池の減りが早くなっているからなんだろうか。最初の機種だって2台目だって1日近く保っていた気がするけれど、だんだんと使えなくなっていった。というか2台目を使っている途中でフリーになって家の外で電源に差さないで使うことが多くなったから減るのも当然か。最初のは電池を倍にして使っていたけど2台目はそういう反則が使えなかったし。

 それにしてもデカいというかほとんどスマートフォンくらいのサイズがあってなおかつ電池がデカいので重量感もなかなか。250グラムくらいあるんだっけ、食べればステーキならお腹いっぱいになるしハンバーグならビッグサイズだ。まあポケットに入れて使うなんてことはないから重くても良いんだけれど。前は最高で4Gだったけれどこれは5Gでも使えるからありがたい。とはいえ普段は無制限のアドバンスモードで使うから速さはあまり関係ないか。ただ電波の放ちが良くなった感じはあって遠くに置いていても途切れることはなさそう。明日から出張。そこえも使えるかを試したい。

 ようやくやっと「輝度運戦士ガンダム 水星の魔女」のテレビ放送での第1話にあたる第2話を見る。なるほど「少女革命ウテナ」と騒がれた理由も分からないでもないけれど、その凸凹としたスレッタとミオリネの関係は、どちらかというと「けものフレンズ」のキタキツネとギンギツネ的というかアライさんとフェネックみたいな関係なんじゃないかと思ったよ。今は概念として「百合」という言葉が取りざたされていて、そのタームのレッテルが貼られると女の子2人組の関係はその概念によって一色に染められてしまう。でも女性2人の関係はそんなに1色に塗りつぶせるものではない訳で、その視点だけで見るのも寂しい話。決めつけずに見ていきたい。

 それにしてもポンコツに見えてスレッタは、あれで過去に父親を殺害されて母親ともども逃げ出した過去がある訳で、その怨みめいたものを晴らすような意図だってきっと心のどこかに持っているだろう。単純にお上りさん的にモビルスーツ学院じゃなかったアスティカシア高等専門学園に入ってきた訳ではなさそうで、誰も見たことがなガンダムを引っさげていながらすんなりと通ってしまうあたりにいろいろと事情も隠れていそう。それが暴かれ本性が露わになっても百合と言えるかどうかってところ。ミオリネは単純明快なお嬢様。それがどう変わっていくかも楽しんでいこう。


【10月4日】 そして気がついたら角川歴彦さんが起訴されてそしてKADOKAWAの会長職を降りていた。ご本人は容疑を否認しているけれども起訴となったらその白黒は裁判所で着けることになるため宙ぶらりんの状態でトップにいるのはやはりガバナンス的に宜しくないという判断なんだろう。角川春樹事務所の角川春樹さんのように自分で作った会社だったら職責は保ちつつ裁判を戦い負けたら収監もありだけれど上場企業でトップが刑事事件の被告ではやっぱり差し障りがあるってことなのかも。

 なんだかんだいっても会社をここまで大きくした立役者の退任でKADOKAWAというグループのある意味で“象徴”がいなくなってしまう訳で、文化人にも顔が利き財界人ともやりとりができる人が残った中にいるかというと、現在の社長の夏野剛さんではちょっと文化に足りなさそう。そこをカバーできる誰か長老を連れてきて代表権はないけれども会長職に就けて引き締めを量るなんてことがあるのかどうかが目下の関心事。佐藤辰男さんとか戻って来て欲しいけれど歴彦さんに近すぎるからそれはないかなあ。明日にも会見するそうなんでその結果に注目。

 大手町界隈で記者発表かいがあるんで家を出てさて昼食でもと東京駅の北口にあるビルの地下のゴーゴーカレーに逝こうとしたら隣の東海銀行と朝日生命が大昔に入っていたビルもろとも囲いに覆われ建て直しが始まっていた。それ以前は洋食屋なんかもあって時々のぞいていたビルだけに思うところも結構あったり。そうやって建て変わったビルはシン・ゴジラに粉砕されることになるんだけれど、そうなるためにも建て替えられなければならないんだろう。歴史は変えられないから、ってシン・ゴジラは歴史なのか。本当にやって来るのか。そのためにも建て替え実行。

 仕方が無いのでJRの高架下にあるロメスパの店「ボーノボーノ」に入って塩味のパスタを大盛りでかきこむ。ぷるぷるとした食感はなるほどロメスパ、茹でたのを取り置いて油で揚げた感じがしてB級に巧い。大手町ビルには元祖的な「リトル小岩」があっていつも行列ができているけれど、「ボーノボーノ」はそんなことはなくひっそりと、それでも僕が大手町に通っていた頃からあるからもう6年くらいは軽く営業をしている感じでよく頑張っているといったところ。コロナで大手町界隈から人が消えても耐えたんだなあ。オムライスもメニューにあるけどまだ頼んだことがないので次はそっちを食べてみよう。

 大手町にあるスターバックスはどこも賑やかだったので、地下にあるタリーズに入って少しばかり仕事をしてから「ゲーム障害に関する全国調査報告書」の発表会を見物する。ゲームメディアがわんさか来ている感じではなく、なぜかスポーツ新聞が来ていたのはPRの方面がそっちに限られていたからなんだろうか。ITメディアとかねとらぼとか4Gamersとか電撃オンラインとかファミ通オンラインなんかいたっけか。記事も出てないし。ちょっと不思議。

 調査内容は極めてアカデミックでなおかつサイエンティフィックというかWHOの規準なんかを参考にしつつ設問を作って当てはまればゲーム障害の疑いがあるといった感じに規定していくやり方で、障害があるとはいわず疑いがあるといった可能性に留めつつこれからも調査する必要があるといった感じで結論めいたものを断定していないあたり、CESAあたりが支援する形で行った調査らしさが感じ取れる。もちろん業界の意向を受けて障害なんてないとも言わず、子供にとって2%の疑い率でもやっぱりそれなりに大きいから気をつけましょうというあたり、ゲームと生活とのよりよい関係を模索するものと言えそう。

 相関関係はあっても因果関係があるとは言えないといったところも重要で、そこを調査する必要を改めて指摘することでゲームを批判したがる勢力にのるということはない、科学者であり研究者らしい冷静な判断が行われていた感じ。面白いのは疑いがある大人は疑いのない大人よりもゲーム時間が3倍くらいになっていたことで、まあそりゃそうなんだけれどそれが何か問題かというと1週間に28時間くらいで1日4時間なら行き帰りの電車と朝夜でこなせそう。とはいえ起きていて16時間しかない1日のうちの4時間はちょっと長いかなあ。やっぱりゲームは1日1時間ってことで。


【10月3日】 ICAF2022の会場で買って来たパンフレットをめくってアニメーション制作会社の広告がいっぱい入っているのに驚く。短編アニメーションを作っているファンワークスやCGアニメーションを作っているポリゴンピクチュアズなんかは以前からこうしたインディペンデントな学生アニメーションを支援していたけれど、カタログにはカラーがいたりシンエイ動画がいたりボンズがいたりWIT SUTUDIOがいたりスタジオコロリドがいたり日本アニメーションがいたりと大御所から新鋭までズラリと並んでいたりするのはそれだけ学生アニメーションの世界に目を向けているからなんだろう。

 去年のアニメーションシーンで話題をさらった「PUI PUI モルカー」の見里朝希監督も学生アニメーションから出て来た人だし、WIT STUDIOで「とつくにの少女」のアニメーションを作った久保雄太郎さんと米谷聡美さんもやっぱり学生アニメーションの出身。商業にそのまま使うとうより持ち味を生かして短編だとかPVだとかCMだとかいった作品を作ってもらう戦力として、学生アニメーション出身のアニメーション作家を発見する場としてICAFを意識し始めているのかもしれない。スカウトされてスゴイ作品を作る人よ出よ。それこそ石田祐康監督とか吉浦康裕監督のように映画で注目を集めるくらいに。

 「サマータイムマシン・ブルース」の登場人物がよくもまあぴったりと「四畳半神話体系」にハマったものだと思わざるを得ないと、後から調べて思った「四畳半タイムマシンブルース」だけれど、その「サマータイムマシン・ブルース」の方を演劇として観ておらず映画としても観ておらず小説としても読んだか覚えてない身で映画となった「四畳半タイムマシンブルース」を観れば、これは最初から森見登美彦によって書かれた小説こそが原作なのかもしれないと思えてしまうくらい、あの空間あの人物に馴染んで「四畳半神話体系」のテレビシリーズのアニメの雰囲気を思い出させてくれた。

 とはいえ湯浅政明監督の手になるテレビシリーズ「四畳半神話体系」と比べると映画は「SonyBoy」や「ACCA 13九監察課」の夏目慎吾監督だけに、キャラクターは歪まず空間は伸びた縮んだりせず時間も行ったり来たりはしても融けたりはしないでロジックの上で繰り広げられた。タイムパラドックスというロジックこそが重要なSF的アイデアを持ち込んだ作品だからそこで歪みや交錯が起こったら話が繋がらずオチに感嘆もできなくなるから、その意味で湯浅監督作品ではなかった意義もあるような気がする。

 テレビシリーズ「四畳半神話体系」では小津がだんだんと歪み知人で得体の知れない存在になっていったけれど、「四畳半タイムマシンブルーズ」ではお騒がせな隣人といった感じで最後まで物理的な意味での常識の範疇で動いていた感じ。明石さんはポンコツ映画を撮っているという設定になって愛らしさと生真面目さの中にポンコツな感じが混じってよりいっそうの魅力的な存在になっていた。声の坂本真綾さんも愛くるしかった。あのポンコツぶりを味わいに何度も映画館に通いたくなった。

 浅沼晋太郎さんの神谷浩史さんっぽさは「四畳半神話体系」の頃と変わらず生き生きとしていて楽しかった。「ツルネ−風舞高校弓道部−」の滝川雅貴はもうちょっとやさぐれた感じの大人っぽい感じになっているからいろいろと汎用性の効く人なんだなあ。樋口氏は「四畳半神話体系」の頃の藤原啓治さんが「夜は短し歩けよ乙女」で中井和哉さんになってそのまま引き続き樋口氏を演じて役にしていた感じ。羽貫さんの甲斐田裕子さんははっちゃけてた。インボイス反対の活動で頑張りつつこうやって姉御っぷりを魅せてくれる声優さんは偉大だ。

 名古屋観光ホテルといったらホテルナゴヤキャッスルと並んで名古屋では老舗のホテルで格式も最上。それなのに宴会場のダブルブッキングをして演歌歌手のディナーショーが前日に中止になるような不始末をしでかしたのはいったいどこに問題があったんだろう。予約をしたつもりがされていなかったという話だけれど、主催者がポスターを作り募集をかけていた以上、当然に宴会場での接遇についてもホテルと事前に打ち合わせはしていただろう。そこで宴会場の予約がされていないことに気づかないなんてことはあり得ない。あったらそれこそホテルの経営が成り立たない。

 だからやっぱり担当者が他に予約を入れてしまったことを知ってて黙って引っ張って、他の宴会場を紹介しますと言ってごまかそうとしたかといういと、それをやってもやっぱり信用を損なう訳だから報告しないはずがない。だからやっぱり分からない。それともブッキングされたもうひとつの披露宴が何かどうしてもそこでやらなくてはいけにないプレッシャーの強い案件だったんだろうか。それも含めて今後明かされていくとして、名古屋観光ホテルとしても今後の営業に関わるんだろうなあ。だからといってホテルナゴヤキャッスルに行くかというともはや運営が同じだったりするんだようなあ、興和系。どう取り繕うんだろう。


【10月2日】 原稿を読む仕事をどうにかこうにか切り抜けたので国立新美術館で今日まで開催のICAF2022へ。学生選抜も観たかったけれど時間もないので多摩美術大学と東京工芸大学のプログラムだけを見て何か面白い作品なり興味深いクリエイターを探す。まずは多摩美大。逢編いさむさんという人の「object」という作品はラフな線で造形をしつつエフェクトの効いた動きを描いてスタイリッシュな作品に仕立て上げていた。ボカロに添えるPVとかで観る絵柄。というか実際に活動をしているみたい。

 大塔愛結実さんの「5点のわたし」はテストで5点しか取れないから自殺した少女が女神によっていろいろなものに転生させられる話でタイミングよく展開していく流れに味があった。鈴木紗英子さんの「Friend Ship」は丸顔の絵本みたいなキャラクターが交流する様が描かれて完成度が高かった。片山風花さん「よもやま短編集」はファミレスめいたところに集う人たちが力士がいたり同物がいたりして賑やかで可愛かった。

 完成度の高さだと福地秋津さんの「街灯と猫」で捨てられて街灯の下で育った子猫が切れてしまった街灯を心配して街の灯りを付け替えていた人のところに走って訴えるストーリー。絵柄も良ければ動きもしっかりしていて完成度が高い。東京アニメアワードフェスティバルのYoung Powerに出て来たって不思議はない気がしたけれど、それは別の人の作品だったからあるいは完成度が高すぎて尖った方へと道を譲ったのかもしれない。今は何をしているんだろう。アニメーション会社に入ったのかそれとも上に進んだのか。

 塚本莉菜さんの「loveome」はある意味でLGBT的な日常を切り取ったものに見えたけれども東京工芸大学のヨウ・マゼンさんによる「さくらはわたし」もそうなのか、キャラクター的には違うのか分からなかったかものの盲目の人とヤンキーとの交流が美しい歌に乗せて描かれ惹きつけられた。九々穂さん「白昼夢をみていた」は愛らしいフォルムのキャラクターが人を刺したり小舟で食らい海に出たりと内奥を感じさせるものになっていた。

 クールな絵柄とアクションで魅せたのか河野友紀さん「アカイクツ」で屋上で見つけた赤いハイヒールに履き替えた少女が踊ると覆面の男に襲われ足を切られても血で生やして戦うという戦闘美少女物。枚数をおさえつつタイミングで動きを表しエフェクトと見せ方で迫力を出していた。巧いなあ。やっぱり商業のアニメーターになったんだろうか。逆に國正生吹さんはやっぱり絵本のように完成度の高い絵柄で子供が烏に導かれ不思議な世界に行くストーリーを描き出していた。そのまま「みんなのうた」になりそうな完成度。今は何をしているんだろう。

 宗雪由佳さん「めざめ」も降り散るさくらの花びらの下にいる女性を描いてしっかりと魅せてくれた。5美大に入らない学校なのに東京工芸大、アニメーションだと優れた人材を送り出していたりするからいつも見逃せないのだった。卒業制作展に行けば観られたんだろうけれどコロナで一部にしか公開してなかったみたいで今回は観られていなかっただけにありがたい。今年度はちゃんと開催して欲しいもの。ほかの学校も観たいけれどもせめて選抜に入った作品と作者くらいは追っていこう。

 そうした学生アニメーションの世界から割といっぱい人を起用していた「ポプテピピック」の第2期が始まったので観たけれど、冒頭の蒼井翔太を使った日アサ的な特撮もどき映像は完成度が高かったものの本編は声優の切り替えこそあったもののスペースネコカンパニーが大半とあとAC部が手掛ける同じような映像が続いてカオス感があまり出てなかった。松田K子さんくらい? 山下諒さんが今回は出ないと泣いてるツイートをしていたけれど黙っていてひょろりと出てくるかもしれないので続けて見よう。きっとUchuPeopleも何かやっているに違いない。


【10月1日】 遅すぎるということはない10月1日。とある新聞の会社案内サイトを見て東北総局が仙台支局になって住所も電話番号も消えてメールアドレスだけになり、宇都宮支局も前橋支局も同じようにメールアドレスだけになってこれで東北から北関東から甲信越は水戸支局が残るだけになってしまった。どうしてここだけは残っているのかは元より攘夷のお国柄だけにライティーな主張を持ったとある新聞にとってはおろそかに出来ない場所ってことなのかもしれない。

 その一方で結構な販売網を持っていたという静岡も支局が消えてメールアドレスだけになってしまってあの広い県をどうやってメールアドレスだけでカバーするのか、想像すると夜寝られなくなってしまった。人がまるっきりいなくなる訳ではなく、誰かがおそらくは自宅でパソコンに張り付いて入ってくるメールを見ながら何か書いたりするんだろうけれど、それを駐在員と言わず支局長にもしないあたりに職制をきちんと整えられない財政的な事情めいたものを感じて、何をやってももう遅すぎるのかもしれないと思った次第。次は水戸が消え九州が消えるかな。

 ネットを散策してたらプロレスラーのアントニオ猪木さんの訃報が飛び込んできて、前日の三遊亭円楽さんというか元楽太郎さんに続く昭和的な存在の死没に時代の移り変わりを感じ取る。まあ楽太郎さんの場合は平成になって円楽を襲名したから昭和って感じはあまりしないけれど、猪木さんは日本プロレスから新日本プロレスを作りモハメド・アリ戦なんかをやって1970年代に存在を全国的なものにした昭和の格闘技の象徴的存在。なおかつ1980年代に闘魂路線でプロレス界に一大旋風を巻き起こしてブームを起こした立役者。その頑健さは誰もが認めるところだったけれど、病魔には勝てなかった。

 それをいうならモハメド・アリもパーキンソン病を患い震える手で聖火を掲げる姿を見せつつ既に世を去った。猪木さんと共に日本のプロレス界を引っ張ったジャイアント馬場さんもずいぶんと前に世を去って力道山の直弟子はもはやグレート子鹿さんしかいないというだけに、これでプロレス界もいよいよ新時代へと突入していくことになるんだろう。とりあえず10月10日に新日本プロレスの両国国技館興業があるので見物に行こうかな。木谷高明オーナーが新日本プロレスのレジェンドでありつつ負の遺産も象徴する猪木さんをどのように遇するか。注目したい。

 何かIMAXで新海誠監督の過去作品が楽しめるということで、とりあえずやっぱり大きなスクリーンで観ておきたいと池袋のグランドシネマサンシャインに行って「君の名は。」を観てくる。やっぱり面白い。とてつもなく面白くって最初から最後まですべてを知っていても見入ってしまう。タイミングの切り替えの巧みさは編集の巧さとも重なって全体を飽きさせないところはやっぱり魔術師。その冴えが最新作の「すずめの戸締まり」でもどれくら発揮されているが気になる。今回は隠さず予告編で動く椅子の“正体”まで見せてたりしてストーリーへの見当がついてはいるけど、それでも驚くような展開があってハッとするような映像もあって見入ってしまうんだろうなあ。


【9月30日】 あのGoogleから2年で150万ドルとそしてYahoo!から毎年2000万円を引っ張り出してスタートした日本ファクトチェックセンターに期待されるのは、世に跋扈する政治家を誹謗中傷するようなデマであったり個人を貶めるようなデマといったものに敢然と立ち向かってこの国を真っ当な方向へと向かわせることだと思っていたら、しょっぱなに繰り出してきたのが空を飛ぶ飛行機から流れる飛行機雲に化学物質が混ぜられているとかいった根も葉もない噂の全否定だったので腰が砕けた。

 そんなこと否定されなくたってまっとうな思考の持ち主だったら知ってる話だし、それでも信じたがるような人はたとえブッダやキリストが言ったところで信じ続けるだけでファクトチェックが何の意味も持たないところに柱を立ててこれが私たちのファクトチェックですとやってしまっていったい何が嬉しいんだろう。ほかにもすでにネット上でフェイク画像を出した当人がフェイクだったと認めて謝っている静岡県の水害に絡んだAI生成の水没画像を改めてフェイクだったと言ってみて、そんなものはすでに誰かがやってる話と突っ込んだところで貸す耳なんか持ってないんだろうなあ。今後もそうやって根も葉もないドリーミーなフェイク話に註釈をつけていくだけなのかなあ。謎めく。

 朝に岡谷のホテルを起きて駅まで数分の距離を歩いて改札を抜け列車に乗ってゆられること30分ほどで伊那松島に到着。そこで焼き入れを専門に行っている会社の人に取材をして、さあかえろうと思って時刻表を見たら2時間近く列車が来ないことが分かったので歩いて近所のラーメン屋に入って担々麺を頼んだらこれがなかなか美味しかったのだった。豚骨ラーメンに唐辛子をぶち込んだような感じで中華風の挽肉が載った担々麺とはちがうけれど、辛味と豚骨の甘みが絡み合って良い感じに口の中で濃厚な味わいを醸し出す。特に名物って訳でもないしスープが自家製かも分からないけれど、伊那松島に行った人は寄ってみると良いかも。行く機会なんてまずないだろうけれど。

 それで時間を使っても駅でやっぱり1時間半くらい待つことになって待合室でしばらく呆然としていたらそれくらいの時間が経っていた。忙しさに流されて時間を効率良く使うことに血道をあげていると、こうやって何もしない時間をどう過ごすのかを忘れてしまいがちになる。体を休め脳をおさえて時間をやり過ごすことができれば心も落ち着くってことを思い出せた貴重な時間。とかいいつつしっかり仕事はしていたんだけれど。そんなこんなで来た列車に乗って30分くらいかけて岡谷に戻って途中下車してモスバーガーに入り東京と繋いでオンライン会議。列車に乗ったままだと途切れる可能性があるから仕方が無いのだった。

 モスバーガーでは噂の月見フォカッチャを食べる。東京あたりじゃ人気で販売停止になっていたって聞いたけれど岡谷は大丈夫だったみたい。ハンバーガーではなくってフォカッチャの間にキャベツとそれからソーセージが入ったサンドイッチ的なもの。ぱりっとした歯ごたえとバンズではないフォカッチャのもちもち感が良い感じに絡み合い、そこに目玉焼きとまでいかない半熟玉子の甘みも重なってなかなかに美味しかった。これのどこがセーラームーンと通じるのかは謎だけれど。

 そうこうしているうちに帰る時間になったので岡谷から特急あずさで船橋へ。1本で乗り換えずに行けるのはありがたい。途中で三遊亭円楽さんというか僕らの世代だと楽太郎さんで知られる落語家の死去のニュースを見る。高校生だった頃に学校に桂歌丸師匠と楽太郎師匠がそれぞれ前座を連れて来れたのを観たのが最初に落語に触れた機会。歌丸師匠は当時から活躍していたけれど楽太郎師匠は青山学院大学を出ながら落語家になって売り出し中の若手のホープといった感じだった。それが円楽の名跡を継いで10年くらいで死去。先に逝った先代の円楽師匠を追いかけ歌丸師匠が逝って追いついたと思ったら後ろから円楽師匠が追いかけてきて驚いているんじゃないだろうか。そんな冗談でも言って紛らわしたいくらいに残念な話。これで円生の名跡も誰に行くか分からなくなったなあ。


【9月29日】 諏訪湖へ。別に御神渡とか御柱とかを観に行った訳ではなく、翌日に伊那谷へと入る必要があってそれに間に合う時間に行くには前日に岡谷あたりまで出ておく必要があったのだった。特急あずさに乗るのはこれが初めてだけれど、割と快適にビュンビュンと飛ばして交付を経て茅野から上諏訪まで到着。本当は岡谷までだけれども距離的に途中下車も可能なので降りて近所を散策する。

 まずは諏訪湖ということで駅からとことこと歩いて行って、見える対岸に東京湾からのぞむ川崎あたりの距離感と比べて、案外に狭いなと思ったもののこれが東京近辺の池とか沼のレベルと比べると段違いに広く、周囲16キロということは対岸まで4キロくらいと考えるならやっぱり歩いて渡れる距離ではないと認識。それを渡ってくる神様はやっぱりなかなかの健脚ってことになる。ただ水面にアオコが何かが繁茂していて美しさはちょっと遠かった。季節的なものかなあ。

 間欠泉があるというのでそこまで行ったものの、この春先あたりから高く吹き上がることがなくなってしまったそうで、今はポンプで上の冷たい水を取り除いてわき出る温泉をながめて良しとする。ぐるっと囲むように間欠泉センターなんてものを建ててしまっただけにどう扱えば良いのやら。時々はポンプで高く吹き上げてショー的に見せるのが良いのか今のわき出るお湯を使って足湯でも浸からせて楽しんでもらうのか。そんな足湯が湖畔にも、そして上諏訪の駅にもあって自由に着かれてさすがは温泉街と思ったものの、せいぜいが1人2人しか浸かっていないところにも、平日とは言えコロナで減った環境需要を少し思う。昔は平日でも外国人とかいっぱいいたからなあ。

 1時間ほど散策してから列車で岡谷へと移動。ホテルに入るまで時間があったので近所を歩いてモスバーガーでしばらく休憩してから、上諏訪とは対岸になる場所から諏訪湖を見ようと歩いて行ったら天竜川への取水口が見えた。下流で天竜下りなんかもしているあの川の始まりがこの水門と思うとなかなかに感慨。というかちょろっとした源流ではないところに諏訪湖が持つ水を集めて外に出す機能の大切さを感じる。ここが枯れたら遠州も枯れるってことだから。

 遠くにのぞむ上諏訪はやっぱりそれなりな距離。泳いでいく人もいないけれどもそもそ諏訪湖って泳げたっけ。夏場の海水浴場ならぬ湖水浴場がどうなっていたかがちょっと気になる。琵琶湖は砂浜があってそこでみんな海水浴みたいなのをやっていたっけ。大昔にアルバイトをしていたコンビニエンスストアの旅行で出かけていった記憶がある。それを思うと海のない長野で最大の水場を泳がないって手もないと思うんだけれど、それができる青さでもなかったしなあ。神様の湖だから入っちゃだけなのかな。調べてみよう、って夏に来ることはないけれど。

 戻ってホテルにチェックイン。外観はどうみてもリゾートマンション風だけれど入るとちゃんと客室風のドアもあって風呂場もベッドも机もしっかりホテル的なものが備えてあった。改装したのかな。広くて快適でぐっすり眠れたかというと柔らかいベッドになれていないのか不吉な夢をあれやこれや見た記憶。でもまあ覚えてないし緒戦は夢だから気にしない。せっかくなので岡谷のうなぎを試したかったけれど夕方にはどこも売り切れ。仕方なく買って来た弁当を食べてお茶を飲みあれやこれや仕事をするのだった。やっぱり快適だと捗るねえ。引っ越すしかないのかもしれないねえ。


【9月28日】 給食は小学校までだったので振り返る思い出も遠い記憶の彼方に去っていて、どんなデザートが出たのか覚えてないけどアルミのカップに注がれたミカンだとかフルーツポンチだとかはあったような記憶があるし、バナナも時々出たような出なかったようなそんな感じ。凍ったプリンみたいなものもあったっけ。アイスクリームはどうだったっけ。ともあれ楽しみにしていたのはそぼろ麺だったりイカのリング揚げだったりして仮にデザートがなくても食べられるものが食べられれば良かったんじゃなかろうか。

 いや、でもやっぱりそれほど家でデザートが食べられる状況でもなかったので、楽しみにしていたのかもしれない。そんな給食のデザートが折からの諸物価高騰を受けて削られることになったとか。主食の方のパンだとかおかずまでが減らされたのではたまらないけれど、そちらについては情報が無いのでちょっと不明。ただ大阪だったかの学校給食の貧相さを見るに付け、街のファストフードで食べる朝マックだとか松屋の朝ご飯ほども出ないような感じがあって、それでデザートまで減らされてはたまらないと感じる子供もいるような期がしないでもない。昭和40年代の貧乏から脱して豊かになったはずの国がこんなことになるなんて。それもこれも誰のせい? 口がカユくなるから言わない。

 「リコリス・リコイル」の最終第13話をNetflixでやっと見る。戦いを終えてそれからの物語がたっぷりと楽しめた上に、そのさらに先まであって楽しい楽しい。最後のセリフをミズキの突っ込みで締めるあたりの脚本家の冴えも味わえて良い感じの余韻を味わいつつ次への期待なんてのも浮かんでしまった。喫茶リコリコのメンバーは勢揃いしているし真島の方も頑丈さは相変わらずなみたいで、そんな面々が激突するのか別の事態に共闘するのか不明ながらもより大きな話なんてものが起こりそうな予感がしてならない。

 というかアラン機関の胡乱さがまだ全面的に炸裂したって感じでもなく、リコリスたちを束ねるDAと絡んでいる訳でもないのでそれらが国際的な謀略の中で結びついているなり関わっているような大きな構図が潜んでいるとしたら、それがいよいよ立ち上がっては千束の異常な才能を狙って襲ってくるようなこともあったりするのかもしれない。その秘密が少しだけ明らかになったミカの本格的な活躍だとか、ちょっとだけ登場したリリベルの大々的な活躍なんかもあって欲しいのでやっぱり絶対2期は必要。そこではきっともっとヨシさん以上に身近な誰かが失われることになるんだろうけれど、それを乗り越えて立ち上がる千束とたきなの姿を確かめたい。待とうその時を。いつになるか知らないけれど。

 辞め朝日新聞が集まったのか集められたのかして日本ファクトチェックセンターなんてものが設立されたって話。ネット上の誹謗中傷めいた言説を無くす活動だとかに取り組んでいるセーファーインターネット協会が立ち上げたけれど、設立にあたってGoogleが2年で150万ドルを出しYahoo!も年間2000万円を出すってことで2年で2億5100万円もの費用が集まったらしい。それを元朝日の記者ばかりのエディター3人と学生のお手伝いの数人が使える訳で、なんて羨ましいと思ったけれどもそれだけの金額を使って何をどうするのか、そんなにかかるものなのか、ってあたりが見えないのでどう判断したら良いのかが分からない。

 というかたった3人のエディターが24時間フルに活動したってどうにか出来るレベルではないのが今の虚実にあふれかえるネット環境。次々に湧いて出てくる情報のどれを選んでそのファクトをチェックするのか、その判断は誰がするのか、ってあたりも考えないと組織の公正性は言いきれない。個々のメディアに出てくる情報のファクトチェックはそれこそ個々のメディアが行うべきものだけれど、そうした機能が停滞している状況で外部の機関として判断を下し、お墨付きを与えるのを商売にするってことなのかなあ。そういうことはしないんだとしたら、左右を問わず誤情報はすべて扱ってことになるのかなあ。何のために? そこもやっぱり分からない。

 GoogleとYahoo!がお金を出すのは自分たちが運営しているプラットフォームの上で誤情報が出回り損害を受けるのを避けるためだとしても、その結果としてパージされる情報提供元が協賛金を出すことでパージを逃れるようなことが起こったら信頼も公正性もすべてが吹っ飛んでしまう。独立した機関として日々粛々と審判を下していくのだとしても、そこで取り上げるファクトを選ぶ段階である程度のカラーは出てしまう。選択を行うことが一種のメディア的な活動だとしたら、その活動をもチェックする機関が必要になるけれど、それはちゃんと機能するのかなあ。ネットメディアを渡り歩く人たちのメシのタネに堕さないことを今は願う。


【9月27日】 10月スタートのアニメ番組について考えて欲しいと言われて思いついたのは「うる星やつら」の復活でも「チェーンソーマン」の爆発でもなく「ポプテピピック」の第2期スタート。破壊的で暴力的な原作に毎回異なる声優のシャッフル起用というとてつもない企画をぶつけた上に、各エピソードごとにクリエイターを変える大技を掛け合わせて億兆もの面白さを見せてくれた第1期を鑑みるに、それを超えてくれるだろう第2期が心から楽しみで仕方が無い。

 やっぱり第2期に当たる「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」で監督を務める小野ハナさんが、制作を担当するUchuPeopleでもってポプ子とピピ美がファンキーなダンスを踊る映像を作って提供したのが第1期だった訳で、これから来るインディペンデントなアニメーション作家を商業の世界でも通用するんだと見せてくれるショウケースとしての機能が、今回も果たされるとしたらいったい誰が出てくるのか。そんな期待も浮かんでしまう。個人的には幸洋子さんとか観てみたいけどどうかなあ。「モルカー」ともども期待大。

 仕事場でAbemaTVを流して安倍晋三元総理大臣の国葬儀の中継を見たり聞いたり。献花の順番にある意味で日本人の序列めいたものを突きつけられて庶民はだから無視するに限ると強く思い直すのだった。皇族のそれも天皇陛下や上皇陛下の勅使が最初に来てそして皇族の方々が続くのは当然としてその次に三権の長と来てその経験者から大臣に国会議員と続いた流れに国では国民が信任したに過ぎない国会議員が国民の上に立っていることを改めて思い知らされた。そこにあらずんば上流にあらずっていうか。

 まあでもそうやって粛々と献花していく選民たちの儀礼に素直な態度に比べると、後からわらわらと湧いてきた下々の傍若無人ぶりにはただただ辟易とさせらえるというか、撮影を遠慮して欲しいと事務局がインタビューに答えていたにもかかわらず、禿げた頭をしたテレビ番組の構成作家は祭壇に飾られた遺影に尻を向けて記念撮影をしているからなにをか況んや。自分は友だちだと嘯くのは勝手だけれどだからといって尻を向けて良いなんてことは絶対にない。

 親しい仲にも礼儀あり。撮影すら遠慮して追悼する姿をこそ日本の誇りとして尊ぶべきところを開き直って諫言を罵倒するんだからもはや処置なし。これを機会に現政権が遠ざけてくれれば良いんだけれどそこは未だに掬う派閥の自称後継者たちが影響力を考え取り込もうとするんだろうなあ。ただのイタコ芸に過ぎない完全無欠のニセモノのAI安倍晋三元総理を持ち上げて涙を流すような態度も不敬だとか不謹慎だと思わないのと同じ。讃えてさえいれば何を言ってもどう振る舞っても赦されると思っているんだろう。そんな国に誰して去って行く人を咎めようがないなら、少しずつでも元に戻っていくのを祈るしかない。

 ライブの予約券目当てに「劇場版マクロスΔ絶対LIVE!!!!!」の特装限定版BDを買った足で新宿ピカデリーに寄って「パンダコパンダ」の上映を見る。有名すぎるくらいに有名な作品だけれど通してしっかり見たことが実はなかったのでありました。とはいえ相当に昔の作品が今劇場でかかってどれくらい来るのかと見渡すと、結構な人数が見ていて女性もいたりして、長い時間の中で宮崎駿監督の幼女大好きな感性が無邪気な子供と動物の触れあいと認識してもらえるくらいになっていたことを思い知った。あるいは猟奇的なパンダの振る舞いですらも、トトロの分身くらいにしか思われないのかもしれないなあ。

 なるほど「崖の上のポニョ」の水没したビジョンも「雨ふりサーカス」から来ていたんだなあと納得。静岡が大変な時に見ていて良いのかとも思ったものの遠い昔に作られた、まだ日本が水害に見舞われっぱなしだった時代を明るくしようとした意図もあっただろう作品としてむしろここから前向きさを感じ取って欲しいと言い訳。水でいっぱいの世界の水面下から上を見上げる構図とかよく描いたものだよなあ。本当に水があるように見えるから。あとは動きの楽しさ。Aプロらしいといえば言えたし「未来少年コナン」的とも言えた。つまりは集大成。そこから分派してスタジオジブリの各作品があったんだなあ。過去作を見るのは大切と理解。押井守監督の「ダロス」もまだ見ぬ原点として残しているからこれを機会に見てみるか。


【9月26日】 例の朝倉未来選手とメイウェザー選手との対戦でメイウェザー選手への花束をリングに捨てたIT会社社長にして政党の代表者が東京スポーツあたりのインタビューに答えて、メイウェザーが日本を舐めた態度を取っていたからお返しをしたまでだって話をしていて、まあそんなことだろうとは思ったものの一応は神聖な対戦の場におけるセレモニーで見せる態度ではないってことは言えそう。

 そんな汚名を得ても今は知名度が勝る世の中だって計算もあるんだろう。NHK党から出た海外に行ったまま帰ってこない議員とか真っ当な世の中だったら絶対に当選しないしさせちゃいけないにも関わらず、人気投票的に票が集まって当選してしまう。それで未だに帰国せず議員らしい活動は何もしていない。でも辞めさせられない。そういう世の中にしてしまった責任はこちら側にもある訳で、倫理と論理に裏打ちされた行動がちゃんと評価される世界にしていかないと、とんでもないことになって行きそうでいろいろと恐ろしい。

 とか言っていたら安倍晋三元総理のAIなんてものが登場して驚天動地。その声音をディープラーニングだか何かで読み込ませて再現しつつ、安倍元総理が言いそうなことを言わせている音声がサイトで流されていて、それを安倍元総理が大好きな人たちがこぞって褒め称えて感動して感涙までしているところに末法の世を感じてしまう。あるいは地獄の蓋が開いてしまった感じというか。同じ事を幸福の科学が守護霊と言いつのってやっても騒動になるのに、こちらは文句どころか大歓迎する様を見るに付け、もはや安倍晋三元総理は宗教的な偶像なんだなあという思いが募る。

 遺族の方に了解を得ないで勝手に亡くなった人の言葉を合成する倫理的な問題があることは明白で、それに引っかかりを覚えず讃える人たちのヤバさは当然あってしかるべきだけれども、そこまで深く考えない一般の人たちが、有り難がって受け止めることくらいは納得はしないけれども理解はできる。ただいわゆるジャーナリストであるとか評論家であるとか国会議員であるとかいった人たちが、讃えて持ち上げるのはいったいどういう了見なんだろう。

 安倍さんをAIするならばそれこそ亡くなった人の言葉を捏造するんじゃないとしかりつけるどころか、有り難がって褒め称えるのは自分たちが崇めてきた安倍元総理本人に失礼だって気がまるで見られないのが気にかかる。あと事実に即して報道するのがジャーナリストであるにも関わらず、いかにも言いそうではあっても実際には言ってない言葉を取り上げて褒め称えるのも自分たちの商売が世って立つ事実といったものに真っ向から背を向ける振る舞いで、それを可笑しいと思えないのはもはやジャーナリストでもなければのフィクション作家でもない。

 それが赦されるなら安倍晋三元総理がやってそうな奇妙な事柄を独白として喋らせたって文句は言えない。自分たちの耳にさわりが良いことだけを“事実”かのように取り上げる人たちの書くこと話すことを一切信じてはいけないって言ったところで、そうした取り巻きの賞賛も含めて宗教と化しているからもはやどうしようもないのかも。どうしたものか。どうしようもないものであるか。

 長編アニメーション映画「ぼくらのよあけ」を試写で見た。阿佐ヶ谷アニメだった。杉並アニメだった。団地アニメだった。SFアニメだった。原作は今井哲也さんの漫画だけれどちょっぴりとぼけた雰囲気があるキャラクターのフォルムをくっきりとさせたことで小学生の日々にグッとリアルな感じが出て来て「雨を告げる漂流団地」の小学生たちにも似た子供ならではの心理がより迫ってくるようになっていた。とはいえ子供たちだけだとどうしても誤解があったり理解したくなかったりしてギスギスしてしまうところを、大人たちのサポートがありナナコというオートボットの世話焼きがあって収まるところに収まる展開に気持ちも落ち着いてその瞬間に向けて結束することができた。

 宇宙からかつてやって来た探査機を子供たちが宇宙へと返すというストーリーは展開も含めてほぼほぼ原作どおり。団地がまだ残る今とそれほど変わらない景色の中に空中をふわふわと漂うオートボットがいたり空間に投影されるディスプレイがあったりして背景とテクノロジーとのギャップを感じさせるところもだいたいそのまま。漫画だと同じタッチで描かれるため溶けこんでしまうのが、アニメはキャラクターと背景とメカとがそれぞれに独立したトーンを持っているためどうやってそれは動いているんだといった不思議な気持ちにさせられた。

 親の代からしばらく時間が経っての再挑戦になってしまった理由にはあまり踏み込んでいなかったけれど、やむにやまれぬ事情があってそれでも受け継がれて果たされようとする。その結果として何か素晴らしいことが起こる訳ではないけれど、誰かの役にたつというのはやっぱり嬉しいこと。その喜びを味わわせてくれる物語と言えるだろう。2時間あるけど長いとは思わせず積み重ねるようにして展開を描き引っ張るようにしてラストまで連れて行ってくれる構成は原作の巧さでもあり脚本の確かさでもあると言えそう。

 声を演じる杉咲花さんは「サイダーのように言葉が湧き上がる」のスマイルとはまた違った男の声をちゃんと演じきっていたし、オートボットのナナコを演じた悠木碧さんはオートボットとしか思えない声を出し続けて流石と思わせてくれた。花澤香菜さんも細谷佳正さんも相変わらずの巧さ。津田健次郎さんの高校生声はうん、そういう高校生もいるかもしれないなあ。


【9月25日】 暗くなると寝てしまうので暗い部屋では寝てしまうと家を出て、千葉へと出向いてドトールでしばらく仕事した後、千葉市美術館の裏にある名前のないラーメン屋に行って二郎系のラーメンを一杯。分厚い肉に太めの縮れた麺と野菜が入ったラーメンはもりもりと食べられてなかなかに美味。船橋にある無限大でも似たようなのは食べられるけど背脂がきいてるところが千葉とはちょっと違うのだった。火曜日と金曜日に提供しているという煮干し系も食べてみたいけど平日に千葉に行く用事はなかなかないからなあ。いや行こうと思えばいつでも行けるんだけれど。無職だし。

 行列もそれほどせず食べられたので昼前には千葉市美術館に入って「新版画 進化形UKIYO−Eの美」を観る。いわゆる新版画という奴をメインにしてその前後の浮世絵錦絵から進化した明治大正昭和の版画を集めて見せる展覧会は、スティーブ・ジョブズが愛したり「平家物語」や「サイダーのように言葉が湧き上がる」といったアニメーションの背景画に影響を与えたりした新版画の色彩やらディテールやらを間近に観られる絶好の機会になっていた。「平家物語」「サイダーのように言葉が湧き上がる」の美術監督や監督たちが参考に挙げた吉田博の作品もずらり。「米国シリーズ」が6点並んで観られるなんてこれは結構良いんじゃないかな。

 面白いのは前史的なところをちゃんと抑えていることで、とりわけフリッツ・カラペリとかチャールズ・バートレット、エリザベス・ケースといった海外の画家が日本へと赴いて学び逆に影響も与えて生まれた版画を並べているところ。ディテールこそ洋画でともすればクリムトとかエゴン・シーレ的なところもあるけれど、その輪郭線がシンプルになって表情も浮世絵のように様式的になっていったりして日本画に近いものになっていくところが面白い。それでいて色調は淡かったり暗かったりするところが洋画的。そんなハイブリッドを受け継いでさらに進めたところに伊東深水がいて川瀬巴水や吉田博が生まれたのかと思うと日本スゴイだけでなく美術スゴイとここは改めて思うべきなんだろう。

 ヘレン・ハイドやバーサ・ラムといった外国人の画家の特集もあってそうした人たちを除外して語れない分野なんだと知れたのが大きな収穫。一方で美人の端整な顔立ちが良かった山川秀峰や写楽だとか歌麿といった往年の浮世絵の役者絵を大正に蘇られたかのような山村耕華とか名取春仙の仕事も見られて川瀬巴水や吉田博が巨頭としてあげられがちな新版画にも豊穣な世界があることが分かったのも収穫だった。ジョブズが初代マッキントッシュのデモンストレーションで見せたという作品もあって、金持ちになってから新版画に目覚めたわけじゃなかったことも知れたけど、それだけに集めた新版画が今どうなっているか気になった。コレクション展とかやってくれないかなあ。

 千葉駅まで歩く途中でチーバ君と駅長犬がステージに立っているのを見物。それから千葉駅まで行って万葉軒のJUNBOとんカツを買って晩ご飯にしつつ船橋へと戻ってVELOCHEでインタビュー原稿を仕上げて送稿してお仕事は終わり。合間にネットで朝倉未来とメイウェザーのエキシビションマッチの様子を見ようとしたらなにやら不穏な出来事があったようで騒がしいことになっていた。メイウェザーに花束を渡す権利を買った政党の党首が素直に渡さず花束をリングに落としたとかで、そりゃあ行儀の悪いこと悪いこと、護防をキャッチフレーズにしている政党が日本人の無礼ぶりを全世界に見せつけてずかしいといった声が湧き上がった。

 あるいは当人としてはにっくき米国からやって来た金の亡者に日本人の矜持を見せつけたつもりだったのかもしれないけれど、そうした攘夷が通じる相手は「はじめの一歩」のホークみたいに日本を舐めた態度をとっている相手くらい。その点でメイウェザーはユルい態度は見せていたけど一応はボクシングをする気はあっただけに政党党首はハズしてしまった感じとなってしまった。とはいえそんな党首を持ち上げていた編集者が擁護もせず意も汲まず真っ向非難したのは何というか変わり身が早いというか。そこで逆張りをするようなキャラクターかと思っていたけど空気には流されるってことなのか。やれやれ。


【9月24日】 どうやら事実ではなかったようだけれども猫に噛まれた傷から入った最近で敗血症を起こしたかもしれないと亡くなったラーメン屋の店主が言われた件は、愛猫であっても噛まれた時には用心が必要ってことを改めて強く思わされた。今は飼ってないけれども昔は猫が家にいっぱいいたりして、引っかかれたり噛みつかれたりしていただけにその傷が、もしかしたら大変な事態になっていたかもしれなかったとすると、単に運が良かっただけなのかもしれない。猫以外の野生動物にはさらに悪い病気もあるらしいから用心用心。とりあえず見渡して出そうなのはタヌキかな。新宿駅とか良くいくし。

 「るろうに剣心」が噂になっていて何かとみたらノイタミナで新しいアニメが放送されるという話だった。「うる星やつら」といい「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」といい「シャーマンキング」といい「魔方陣グルグル」といい以前もアニメーション化されたものを再アニメ化する動きがここのところ活発で、こんなにも新しいIPが生み出されているにもかかわらず古いものに頼る業界は大丈夫なのかと思う一方で、ちょっと前に行われたイベントに大勢が集まった状況を鑑みるなら、未だに需要があるということで再アニメ化も当然の流れなのかもしれない。

 ここで気になったのは声の起用で、「うる星やつら」が極力前のシリーズの声に寄せようとしていたのに対して「るろうに剣心」は緋村剣心の声が以前は宝塚出身の涼風真世さんが女性ながら声を担当していたのに対して、今回は男性の斉藤壮馬さんが担当することが発表になった。PVではまだ一言「おろ」というセリフしか当ててないけれどもそこから想像できてしまう剣心のイメージは、ユルと優しさを漂わせながらも締める時には締めて来る剣客といった感じ。以前の涼風さんはなよっとした雰囲気を醸し出していて、それがある意味で剣心のイメージを形作っていただけに最初は違和感が気になるかもしれない。

 この変更は日テレ版の「ドラえもん」が最初は富田耕生さんだったのが途中から野沢雅子さんになり、テレ朝版で大山のぶ代さんに引き継がれた時の逆のような驚きの事態。ただ原作者的には今回の声優に忖度がいっさいないとコメントを出しているあたりから、やっぱり声は宝塚女優ではないといった思いがずっとあったのかおしれない。「おろ」を聞いただけでもはや斉藤壮馬さんでのイメージがぐわっと広がった感じもあって、さすがは声優と思ったこともあるから、本番が始まってその声が広がれば自然と剣心になっていくのかもしれないなあ。寂しいけれども時代は変わるものなのだ。

 あちらこちらのカフェで仕事をしてから御徒町まで行ってキッチンDAIVEで巨大な弁当を買い込み田端へと行ってシネマチュプキタバタで第25回文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門優秀賞作品「幾多の北」及び「THE LETTER TO PIG」を観る。後者は短編アニメーションでユダヤ人への迫害を逃れようと豚小屋に逃げ込んだ過去を持つ老人が語り部となって学校で話すエピソードを聞く学生達が豚小屋の世界へと引きずり込まれていくという内容。世代間の断絶を感じさせつつ過去と向き合う必要性を訴えつつそれでも違和感を覚える若い世代の心情を描いたものってところかな。選考員として見た時はロトスコープ的な動きを簡略化した線と実写を交え描いた動きに興味が湧いた。

 「幾多の北」は短編ばかりだった山村浩二さんにとって発の長編アニメーション。といっても64分しかないもののそのうちの20分くらいはどうしても意識がワープしてしまう傾向があってひろしまアニメーションシーズン2022で見た時も途中の記憶がちょっと薄くなっていた。今回も前半に記憶の断絶が起こったものの後半は持ち直して変遷する世界の変化する諸相をぼんやりと長めながら映し出される言葉を噛みしめていくことが出来た。隣の人は船を漕いでいた。この作品がオタワ国際アニメーション映画祭で長編部門のグランプリを受賞したそうで、山村監督にとっては「カフカ 田舎医者」で短編部門のグランプリを獲得したのに続く異形。長短でグランプリって他にいるのかないないのかな。日本はそれこそ文化勲章でも出して讃えるべき才能なのにそうした才能を送り出して来た文化庁メディア芸術祭は終わってしまう。変な国。


【9月23日】 朝からインタビュー仕事をこなしてから池袋へと出て第25回文化庁メディア芸術祭の上映で「サイダーのように言葉が湧き上がる」を見る。何度も劇場で観てはいるけれども改めて観るとやっぱり音響が良い劇場で観てこその映画。牛尾憲輔さんによるノイズも環境音も使った音楽は細かいところまで鳴りひびいていて耳を澄ますと聞こえてくる音も含めて映画のシーンを表している。強く鳴る場面ではテンポ良く展開を促し観ている気分を引っ張り込む。映画に寄り添いつつ主張もしつつそれでもしっかり映像を見せてくれる音楽にはやっぱり包み込まれてこその味があるってことで。

 劇場は人でいっぱいでもう何度も観ている人もいるけれど、今回が初めての人もいたようで感動していた感じ。エスカレーターで後ろから降りてきた女子の2人組は田舎のショッピングモールが舞台になっていたのがツボにはまっていたようでいろいろと議論をしていた。これとか「ジョゼと虎と魚たち」とか「海獣の子供」といった単発の映画はパッケージが出ていてもやっぱり劇場で観てみたいので文化庁メディア芸術祭は貴重な機会だった。これがなくなった時にいったいどうやって見逃していたけれども評価の高い映画と出会えばいいのか。そんな機会を作って欲しいなあ、映画界には。そうやって裾野を広げてこその将来なのだから。

 劇場を出て同じ池袋のTOHOシネマズ池袋へと行って「PUI PUI モルカー」の上映を観る。全12話に10月から放送スタートの「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」の第1話がつく編成だけれど既に観たことも多いはずの上映を本当に沢山の人が見に来ていて、それぞれがTシャツを着たりグッズと持ったりしてファンの多さって奴を改めて感じ取る。すっかりと老若男女が愛するキャラクターになった感じ。本当だったらそこに「けものフレンズ」がハマっていたはずなんだけれど……って言っても詮無い。あの衝撃から明日で満5周年。仏壇にご飯でも供えるか。いやまだ死んではいないけど。

 新作はそうかUchuPeopleが制作しているのか。監督の小野ハナさんと同じ東京藝大院を出た当真一茂さんによるユニットが合同会社となって制作も請け負うようになった感じでまずは目出度い。でもって出来の方も遜色がない上にストーリー的にもなかなかにスリリング。ドライビングスクールというからてっきり自動車教習所の話かと思ったらちょっと違ってそれって交通け……いやいやそれはまだ自粛。でも相当に厳しい環境の中でドライバーとモルカーによるポリスアカデミー的な日々が始まりそう。来週上映の第2話も見に行こう。モルカーボールももらえるし。ぷいぷい。

 そこまで手を伸ばしていたとは元電通専務の逮捕された人。サン・アローが東京2020オリンピックとパラリンピックのマスコットキャラクターのぬいぐるみを作りたいってなった時に、そのライセンス許諾をお願いしようとしてライセンスの窓口だけじゃなくなぜか電通の元専務の会社にお金を払ってしまっていた。それだけ許諾を早くして欲しかったのかもしれないけれど、問題はそうすることで許諾が早まるライセンス事務局のガバナンスのぐちゃぐちゃぶりで、しっかりと管理ししっかりと手続きししっかりと処理してさせいれば起こらない問題をどこかで絞って権限が入り込む余地を作ってそこで金儲けをさせている。誰かが認めないとそんな風にはならないだろうし、誰も知らない状況でそんな風にもならないだろう。これはいよいよ根が深そう。他のライセンスだとかスポンサーでもやっていそうだなあ。新聞社とかどうなんだ。


【9月22日】  朝日新聞の文化庁メディア芸術祭の終了に関して起こっている声を集めた記事。日本アニメーション協会が出した声明についても触れられていて、「興行収入にかかわらず多様な作家性が評価され、夢がある。そんな場が切り捨てられないか」といった心配をしている。インディペンデントな作品だけなら映画祭も幾つかあって取り上げられるけれど、「劇場版鬼滅の刃 無限列車編」のようなとてつもない商業作品と並立する形で名前が取りざたされて、関心が広がるような機会にはならないだけに横串で取り上げる文化庁メディア芸術祭には意味があった。

 テレビシリーズのような作品も文化庁メディア芸術祭以外の場だと各種の映画賞はもちろん、東京アニメアワードフェスティバルですら人気作品をのぞくとその作家性ではなかなか評価されない。新潟国際アニメーション映画祭も長編が中心でテレビシーズは除外。となるといったい誰が「四畳半神話体系」だとか「映像研には手を出すな」のような湯浅政明監督のテレビシリーズに贈賞するのか。来年で言うなら「ユーレイデコ」のような画期的な作品を誰が取り上げるのか。そう考えるとやはり文化庁メディア芸術祭の顕彰中止は痛い。

 アメリカでいうところのアニー賞のようなものがあって、テレビシリーズも映画も含めて評価する精度があれば良いんだけれど、それを東京アニメアワードフェスティバルに求めて変わるかというと難しい。業界の団体が主催しているだけに業界の顔色がやっぱり気になってしまうから。その意味で公が大胆不敵に評価してくれた文化庁メディア芸術祭は大きかった。とはいえ今から再会を願っても叶えられないならどこかが改めて顕彰する仕組みを作るしかないかなあ。日本アニメーション協会と日本アニメーション学会とほか団体各種が決起するとか、ないかなあ。

 まさに子供の喧嘩である以上、まるで子供の喧嘩だと言うのは何の例えにもならないけれど、そんな子供の喧嘩を見せられて、子供の喧嘩なのだからとその心情に寄り添ってあげられる人には、どうしてあげるのが良いのかを考える機会になるだろうし、そうではなくて、子供の喧嘩の非論理性に苛々だけが募る人には、どうして何もしてあげようとしないのかと、物語の作り手に苛立ちを覚えるだろう。石田祐康監督のアニメーション映画「雨を告げる漂流団地」は、そんな風に見方を試す作品だ。

 19600年代に数多く建てられた「団地」と呼ばれる集合住宅群の多くが半世紀を経て古くなり、取り壊しや建て直しの対象になっている。その団地も取り壊しが進んでいて、住んでいた人たちはそれぞれに団地を出て、別の住宅に移り暮らすようになっている。同じ団地に住んでいて、幼馴染みだった航祐と夏芽も今は別々の場所に暮らすようになっていた。だからというより別の理由があって、一緒に遊び、同じサッカーチームでプレイをするくらい仲良しだったのに、今は関係がギクシャクとしたものになっていた。

 そして迎えた小学6年生の夏休み。航祐はクラスメイトの譲や大志とともに、取り壊しが進む団地に出るという"おばけ"を探しに入り込む。そこで入り込んだのが、航祐の祖父が暮らしていた部屋。土足で上がる大志に怒らず、自身も何かに反抗するような態度で土足のまま上がり込んだ航祐が見つけたのが、押入の中で眠る夏芽だった。自分の祖父ではなくても一緒に遊んでくれた人が暮らしていた場所に、深い思い入れがあったのだろう。そんな夏芽にも航祐は怒ったような態度を見せる。

 幼馴染みの男の子と女の子が、成長するに従ってお互いを意識するようになって離れてしまうのとは、少し違っている航祐と夏芽の関係には、自分の祖父であるにも関わらず、自分より仲が良いように思えた夏芽への嫉妬めいたものがあることがうかがえる。祖父が住んでいた部屋に、ちゃんと靴を脱いで上がっていたにもかかわらず、夏芽に土足で上がり込んでと言い放つ。なんて身勝手かと思われそうな場面だ。

 祖父との離別にまつわるエピソードも加わって、航祐の中にずっとわだかまりが残っていることもうかがえる。わかり過ぎるくらいにわかる感情であるにも関わらず、共感を誘うかというとやはりこだわりが強すぎるように見えて、もう少し大人になれよと思えてしまうけれど、小学6年生が次の瞬間に物わかりの良い大人になるなんてことはない。夏芽が口走る「のっぽくん」なる不思議な人物が現れ、そして航祐のことが気になって追いかけて来た令依菜とその友だちの珠理も巻き込んで、団地が見知らぬ海の上を漂い始めてからも、航祐は夏芽に怒り続け、夏芽も航祐にどこか臆するような態度を見せ続ける。

 最初はピクニックのようだった漂流が、備蓄していたブタメンを食べきって飲料水も飲みきって、ほとんどサバイバルと化してからも、航祐と夏芽は仲直りして危地を脱しようといった感じにはなかなかならず、反目を続ける。航祐をお目当てに入り込んできた令依菜は、自分の責任を棚上げして夏芽が「のっぽくん」と共に自分たちを異界へと引きずり込んだと言って責め続ける。無関係だったり、仲が悪かったりする人たちが危地にあって団結し、乗り越えていく感動のストーリーにはなかなかならない。

 子供とはそういうものだと、自分の子供時代を振りかえってあてはめながら見守ることができれば、『「を告げる漂流団地」は年齢的にも精神的にもリアリティを持った子供たちによる冒険ストーリーとして楽しめる。いや、楽しさというよりはつらさときびしさを感じながらも、かつて通った道だからと振り返りつつそうした苦さを噛みしめて、人は大人になっていくものなのだと鷹揚に構えて見ていける逆に、子供のころのそうしたちょっとした反目が、時間とともに固い壁を作ってしまったり、長い距離をとらせてしまったような思い出を持った人たちにとっては、苦さを感じさせる関係を延々と見せられることはなかなかに厳しいものとなる。

 フィクションなのだからすぐにでも大人へと成長して、苦難を克服していく様を見せてくれて、喜びを感じさせて欲しいと思えてしまう。その違いが、「雨を告げる漂流団地」を判断のしづらい作品にしている。食料が尽きてお腹を空かせたり、風呂にはいれず臭くなったり、ひどい怪我をして意識を失ったりと子供たちに与えられる試練も、リアル過ぎると背を向けたくなる人もいれば、だからこそ伝わってくるスリリングさがあると考える人もいる。激賞も正しいけれど批判も間違っていない映画への評価を、どちらかに寄せることは難しい。それぞれの立場から褒貶を思いつつ、相手の立場も慮って考える。それが大人になるということなのかもしれない。


【9月21日】 日比谷で仕事があるので朝からお出かけ。とりあえず日比谷のウェンディーズ/ファーストキッチンにこもってライトノベル絡みの原稿を書く。アサウラさん特集。デビューした当初から女子高生とガンアクションを中心に描いてきた人だってことを改めて振り返りつつ、「リコリス・リコイル」のノベライズはそっちよりもスイーツ分が多いことに言及。本編との補完関係にあることにも触れてどっちも読んだり見て置いた方がいいよと行っておく。パッケージに付属の書き下ろしはアサウラ節前回というからガンアクション中心なんだろうか。まとまるのは数年先になるだろうから買っておくかなあ、ここはひとつ。

 時間が来たので第35回東京国際映画祭のラインナップ発表会見へ。どんな作品が並ぶかと関心を向けていたジャパニーズ・アニメーションでは「雨を告げる漂流団地」「夏へのトンネル、さよならの出口」「ぼくらのよあけ」と今年公開の映画が3本に「幻魔大戦」「メガゾーン23」「機動警察パトレイバー2 the Movie」「劇場版ソードアート・オンライン −オーディナル・スケール−」と東京を描いた旧作が4本、そして55周年を迎えた「ウルトラセブン」のエピソードといった具合で、中では「メガゾーン23」を久々に劇場で見られるようで嬉しくなった。

 去年は「犬王」があって「ぐっばい、ドン・グリーズ!」があって「フラフラダンス」があってと、上映前のプレミアな作品が3本もあったけれど今年はそうした先行はなし。やっぱりアニメーションはぎりぎりまで作っていることが多くて、事前に映画祭なんかに持って行くのが難しいらしい。これがアヌシーあたりを狙った作品ならそれまでに作っておくこともあったかもしれないけれど、時期が時期ではそれも無理。となると「犬王」は相当に早く完成していたんだなあ。湯浅政明監督の手の早さもあるのかな。

 近い公開の「すずめの戸締まり」とかワールドプレミアすればメディアも集まっただろうけれど、それもないのはやっぱり看板作品だからかな。いろいろ難しい中でテーマを設定して作品を並べたプログラミング・アドバイザーには拍手。期待はあとは4Kでの上映となる「ウルトラセブン」か。ペガッサ星人とかキングジョーとかパンドンとかを大きなスクリーンで見られるのならこれはファンとして嬉しい。「ウルトラマン」よりも好きなエピソードも多いだけに頑張ってチケットをとろう。舞台挨拶もいいけど何かシンポジウムがあれば取材にも行きたいけれど、クリエイター陣でご存命な方って誰だろう。

 普通の映画ではコンペティション部門に入った「マジカル・ガール」の監督による「マンティコア」って作品に興味。ゲームデザイナーの若者が主人公らしいけれども魔法少女のコスプレ衣装を求める娘が登場した「マジカル・ガール」に続くだけに日本的な趣味もいろいろと散りばめられていそう。それでいてストーリーは残酷にクールなものになっていくに違いない。期待大。あとはフランスの戦隊ヒーロー物っぽい「タバコは咳の原因である」という作品。しばらく前からネットにコスプレヒーローのスチールが上がっていて気になっていた作品だけにこれを逃す手はないけれど、早速話題になっていて争奪戦も必死か。P&I上映があれば良いんだけれど。

 そんな華やかな映画祭に華を添える役割をあてがわれたかのようなイメージをもたれがちなプログラミング・アンバサダーに去年に続いて就任した女優の橋本愛さんが、のっけから語ったのがハラスメントの問題であったりLGBTQへの視線であったりとなかなかに社会派で驚いた。映画業界が率先して通達を出すなり改善を勤めるなりして取り組むべき課題でありながらも、日本映画制作者連盟を頂点とする映画界とやらが特に動く気配がなかったなかで、そうした業界からも支援を受けている東京国際映画祭はやはり世界を意識せざるを得ないということなんだろう。それが標準なのだから。

 先人達が生み出してきたものは否定せずそのためにはらった努力も讃えつつ、けれども今の時代にそぐわないこともあるなら改善していくべきといった両方に配慮したコメントを、堂々と披露してくれた橋本愛さん。そこにどこまで映画祭全体の“総意”めいたものが乗っているかは分からないけれど、まさしくアンバサダーとして何かを発信できる立場をしっかりと理解し役割を果たしてくれた。自身への軋轢もあるにも関わらず、厭わず挑んだ橋本愛さんの映画はこれから必見。いやこれまでもか。


【9月20日】 「科学忍者隊ガッチャマン」の放送開始50周年イベントで出た話で思い出したことを幾つか。南部博士を演じているのは「ハクション大魔王」と同じ大平透さんなんだけれどその大平さんに大鷲の健を演じている森功至さんはサインを作ってもらったとか。当時の声優さんにどれだけサインの需要があったかは分からないけれど、大平さんはいつか声優が表舞台に立ってサインを求められるような仕事になると確信していたらしい。

 自分の仕事への誇りがあり自信があったって現れ。実際にその「ガッチャマン」放送から2年後に「宇宙戦艦ヤマト」の放送が始まって、そして再放送で大ブレイクして声優への関心がグッと高まったのは歴史のとおり。大平さんも含めて誰もが大人気となっていった訳で、世界でも希な声優大国が今あるのもそんな自分の仕事への自信を持って取り組んでくれた大平さんのような大先輩がいたからなんだろう。そういえばやはり亡くなられた内海賢二さんのドキュメンタリーが上映されるみたい。どれだけの誇りをもって仕事していたかを確かめに行かないと。

 声優ではベルク・カッツェ役の寺島幹夫さんについて森功至さんがあのカッツェの声をどうやって出そうが寺島さんが悩んでいたことを話してくれた。ようやくマイクの前に立って腰に手をあて上から出すような声を作ったみたいで、その手は合図か何かだったのかと話したらささきいさおさんがそれはきっと背筋を伸ばそうとして添えたものじゃないかと解説。たしかにそうやって背中を伸ばし反らせると、声も抜けて甲高くなるような気がする。カッツェを見るときは腰に手をあて背筋を伸ばしている寺島さんを思い浮かべよう。

 今でこそ大御所がズラリと並ぶガッチャマンたちだけれども当時はまだ若手。ささきいさおさんも30歳ではあったけれど初声優ということで現場では新人でいつもすみっこにいたとか。真ん中は当時からすでに「スパイ大作戦」なんかで名を知られていた大平透さんたち。そんなアフレコの現場の話もどんどんと亡くなられていく大御所たちとともに消えていってしまう。勝田久さんのエッセイが綴られた本も出たりはしているけれど、富田耕生さんも肝付兼太さんもそうした本とか残ってないからなあ。お目にかかって話を聞いてオーラルヒストリーとして残すことを、文化を考えるならやって欲しいなあ。それも立派に素敵なアーカイブなんだから。

 ウィンザー城へと4キロばかり歩いてエリザベス二世のお棺が到着するのを見てBBCのネット中継を見るのをやめたけれどもその間の4時間くらいがまるで飽きなかったのは、見るほどに歴史と伝統の感じられる衣装であり式次第であり振る舞いにこれを逃せばそうした歴史に触れられる機会もなくなるという思いがあり、同時にそれらにリアルタイムで接していられる喜びがあり、これは何なんだと想像する楽しさがあったから。文字通りに「儀」の字をとってつけたような「国葬」ではそんな奥深さを感じることなんてないのに、どこかのテレビ局はBBCの向こうを張って5時間とか放送するそうで、これほど視聴者を蔑ろにしたプログラムもないんだけれど逆に視聴者がテレビ局を蔑ろにしている時代だから別に良いのか。滅びたければ勝手に滅びろという感じ。

 凄かったのはウェストミンスター寺院を出てウエリントン・アーチの下まで行ってからジャガーの霊柩車にお棺が治められ、ロンドンの街を走っている間に沿道からどんどんと花が投げ入れられ、それが霊柩車の上に乗っても警察が静止したり軍隊が銃殺したりするような場面がなかったこと。なるほど近寄ろうとする人の身体検査くらいはしていたかもしれないけれど、それでも投げれば衝撃を与えることできるものくらい持ちこめただろう状況で、誰もそれをしようとしなかったところにエリザベス二世への敬愛であり王室への畏敬が人々の中にしっかりと根付いていることがうかがえた。

 宗主国として抑えた植民地の人たちには言いたいこともあっただろうけれど、国葬でそれを主張したら非難を受けるのは自分たちだと分かっていた。それをさせない伝統と歴史と格式があの葬儀からは漂っていた。翻って……って言い出すときりがないけどやっぱり既に本葬も追えた後の形式に過ぎない儀式にどうやった敬意を抱けるか。逆に言うならそれだけの敬意を抱かせるような演出ができるのか。手掛ける電通、正念場だぞ。やっぱりここは棺桶の上にプロジェクションマッピングで本人を立たせて「Always Look on The Bright Side of Life」を歌い出すとかしないと受けないよああ。いや別に受けなくたって良いんだけれど。


【9月19日】 新宿バルト9へと向かい「夏へのトンネル、さよならの出口」を見る。4度目。今回はeillさんと田口智久監督と松尾亮一郎プロデューサーのトークイベントがあったからだけれど、見てやっぱりウラシマトンネルの奥でのやりとりの、「いってらっしゃい」に至る顔を背ける動きと背を向けて歩み去る動きの対比の巧みさにやっぱり感動する。ひとつの訣別から確かな選択をする場面として、永遠に語り継がれるべきだと思うのだ。

 そしてeilllさんの楽曲の話。冒頭でカオルがMDプレーヤーから流れる「片っぽ」は最初使われる予定ではなかったけれど、2005年の楽曲をはめようとして結局はeillさんの楽曲になったのは内容にマッチしていたから。「ひまわり」という作中に出てきたたモチーフも歌詞にあってこれしかないとなったらしい。2005年といったらORANGE RANGE全盛だったけど確かに合う曲なさそうだしなあ。

 そして挿入歌の「プレロマンス」は色のついてない絵とか見ながら想像してクリスマスイブに30分で作り上げたという。早く出来たということはイメージからわき出るものが多かったんだろう。作り上げて涙が出てきたというから相当に入り込んでいたんだろう。セリフを避け歌詞が響いてそれぞれが立つ作りになっている巧みさに言われて気づくくらいハマってた。映画館で再確認したい。5度目の鑑賞も確定だ。

 エンディングの「フィナーレ。」は歌詞の最後にある「味気ないね/でもそれがね/ふたりの幸せ」という言葉を田口智久監督がお気に入りでeillさんに尋ねたら、作中の言葉にあってカオルとあんずのあの雰囲気を言い表していると思い最初に付箋を張っておき、歌入れの時にその場で差し込んだとのこと。急に唄い始めておいおいなんだとなったとeillさん。原作にはないけど原作から感じた雰囲気を映画に描きそれを感じて取り入れたからこそのマッチング。共同作業のなせる広がりを感じさせるエピソード。

 あとeillさん、江の島まで行き波の音を録りトンネルも走って環境音を録ってそれを入れたとか。なおかつ劇場用に5.1chで楽曲も作ったからトンネルを走る音がちゃんと動くらしい。ステレオ環境では体感できないそんな音の動き、作品とのマッチングが感じられるのは今のところ映画館だけ。だからやはり「夏へのトンネル、さよならの出口」を見るなら劇場へと足を運ぶのだ。

 イギリスでエリザベス二世の国葬が行われてBBCでネット中継。まるで「ルパン三世 カリオストロの城」で見た結婚式のように荘厳な儀式が段取りよく繰り広げられてく様にどれだけの積み重ねがあったのだろうかと想像してしまう。誰がどこで何をするか。決まってなければできないよなあ。このあたりはマニュアルもあるだろうし研究もあるんだろう。日本だって大喪の礼となるとやることは決まっていてそのとおりに進んでいく。永津続く王室なり皇室のそうした儀式は見るからに敬意を表したくなるものなのだ。日本武道館で開かれる元総理の国葬儀はどんな風に作られ、そしてどんな印象を残すのか。見たくないけど見てみたい。

 ただやっぱりそこは英国、モンティ・パイソンノ「ライフ・オブ・ブライアン」のエンディングに流れた「Always Look On The Bright Side Of Life」が流れないのかといった声がツイッターにも上がってた。英国人が葬儀に流したい楽曲で3位に入るとか言う楽曲。ある意味で厳粛な英国への皮肉なんだけれどそうしたユーモアを介したエリザベス二世ならあるいは遺言でこの曲をかけろと言っていたらちょっと面白かったかも。さすがに本人が棺から問いだして唄うわけにはいかないからなあ。

 ネットでは女性がいない黒人がいないって声も流れていたけれど棺を引いていた海軍を扇動していた人は女性士官で声も出していたからとても偉い人なんだろう。それから棺を引いていた中に1人、黒人の水兵がいたし脇を歩いていた中にも黒人がいたから決して差別がある訳じゃない。そりゃあ割合としては少ないかもしれないけれどゼロではないってことだけは指摘しておこう。あと目に付いたのはビーフィーター・ジンに描かれているヨーマン・ウォーダーズがいたってことかな。武士はもういないけどこうした近衛兵は今もいる。そこがやっぱり英国の凄みなんだろう。


【9月18日】 大雨が降りしきる中をなかのホールZEROへと出向いて「科学忍者隊ガッチャマン」の放送50周年を記念するイベントを見る。ネットで情報が流れてきた時に、森功至さん、ささきいさおさん、杉山佳寿子さん、塩屋翼さんとG1号から4号までが勢揃いするという構成を見てこれは行かなくちゃと即座に申し込んだ。今も現役感のある方々だけれどその言葉をいつまでも聞けるとは限らないなら聞ける機会は逃したくない。そんな思いもあったし何より子どもとして熱中した番組のヒーローにヒロインに会えるなら、これはもう行くしかない。

 そんなイベントに4人が揃って登壇あれるのは森さんによれば「放送を終えてからたぶん初めて」くらいだとか。芝居があって揃って出たことはあったけれどイベントに出ることはなかっただけにどんな話が飛び出すかと思ったらもう楽しい話のオンパレードで、粘弾の3倍、いやいや5倍の価値はあったかも。森功至さんはお歳は召されても未だに綺麗な声が出るし杉山さんはハイジだし、ささきいさおさんは変わらずカッコ良さ全開! 塩屋さんは当時14歳だったとかで声は違ってしまってもブランクが途中にあっても演技は衰えず「科学忍法竜巻ファイター!」と叫んでくれた。それだけで十分過ぎる。

 話ではささきいさおさんがなかなかにユニーク。大鷲の健でオーディションを受けたけど連絡が来ずもう終わったものと終わったある日、事務所に寄ったら急に来てといわれてスタジオにいったものの、てっきりオーディションで受けた大鷲の健の役だと思ってそのセリフを喋ったら森さんと重なって斯波重治さんのところにどういうことなのか聞きに行ったらしい。結局はコンドルのジョーだと分かって間違えたと思って当日は落ち込んだけれど、途中でアイキャッチのセリフ「ガッチャマン」をいってと言われ大平透さんがやるものだと思っておたら自分に白羽の矢が当たり、必要とされているンダと思い返して復活したとか。

 そんなガッチャマンでのオーディションでもらったお金が1000円で、対して塩屋さんは2000円で違っていたんだと驚いた。杉山さんはもらっておらず「テアトルエコーがもっていったんだ」と森さんあたりに突っ込まれていた、その杉山さんにもオーディションのあとの連絡がなく新婚旅行に出かけたら、その先で戻って来てと言われてかけつけ演じたという。「オムニバスのデスクが悪いんだ」と森さん。なかなかに口が滑る滑る。

 その森さんも吉田竜夫さんとの思い出になると真面目に話し出して「マッハGoGoGo」の打ち上げで吉田さんと2人で外に出て、そこで主人公の三船剛の声で何か言ってと言われて言ったという。普通は監督とかクリエイティブの人と役者とでは接触がないんだけれど吉田さんは森さんのことを気に懸けていて3本も主演を任せてくれた。今あるのも吉田さんのおかげと言い、そのスピリッツが出ていた「ガッチャマン」だと話してた。「ガッチャマン クラウズ」にJJ役で出たのもそうした恩義を感じていたからなのかもしれないなあ。一方で吉田竜夫さんが亡くなられて以降にスピリッツが衰えたとも。ちょっと厳しい話。

 戻ってささきいさおさんは「ガッチャマン」がらみのパーティーで子門真人さんが唄った主題歌を合唱してたら関係者に誘われ唄ってみないといわれて当時は子門真人さんと水木一郎と堀江美都子くらいしかアニメソングを唄う人がいないからと誘われ「新造人間キャシャーン」を歌ってアニメソングに入り今に至る。ロカビリーで和風プレスリーと言われながらもブームが終わって迷っていた30歳で得た声優の仕事から一気に変わったという意味で「ガッチャマン」は特別だとささきさおさん。だからこういうイベントにも御年80歳で来てくれるんだろうなあ。貴重な場にいられて感激だったけれど次もあったら嬉しいかも。ちなみに上映もあって最初の1話と最後の2話を久々に見た。1話から白鳥のジュンは白見せまくってたんだなあ。子供もそそられるよね、やっぱり。

 出ると雨が止んでいたのでそのまま中野まで歩いて電車を乗り継ぎ六本木へと行ってTOHOシネマズ六本木で「劇場版マクロスΔ絶対LIVE!!!!!」のMX4D版を見る。前の劇場版もMX4Dで見てなかなか楽しかったから今回もと期待したうちのバルキリー戦については左右に揺れて上下に動いていっしょに飛んでいるような気になれた。一方でライブシーンはビートに合わせて振動がある訳じゃなくってほとんどモーションがなくちょっと物足りない感じ。前回はエンディングに合わせて振動があってちょいズレ気味だったけど気分も盛り上がったから今回もそういう味付けが欲しかった。なんで止めちゃったのかなあ。再調整があれば行きたい。


【9月17日】 明け方の4時くらいまでかけてどうにかこうにか全体を整え細部を割り振り添え物の文章も書いてひとまとめにして送信。3日くらいででっちあげたけれどもそれがそのまま通るわけでもないから現場の人のこれからの苦労がしのばれる。果たしてどうなるのか。しっかり告知も出ているしなあ。ともあれ現時点でのお役は御免となったのであとは遠くから見守ろう。頑張れ施工業者。

 という訳で自主的缶詰しているスーパーホテル松本駅前で2時間くらい眠ってから起きてビュッフェで朝食を摂ってJR松本駅へ。せっかくなので小諸を見ておこうとまずは篠ノ井駅まで行ってそこからしなの鉄道に乗ってどこどこと小諸まで行く。途中駅での30分くらいの乗り換え時間を考慮に入れて2時間くらいだからかかるといえばかかるけれど、船橋から三鷹だってそれくらかかるから近いとえば近いのかも。同じ長野県内だし。昨日とはうってかわって涼しい風が吹いて遠くの北アルプスも割と見えた。長野はこれから秋になる。

 とはいえやや暑い感じの小諸に到着。早速懐古園へと出向いて久々に展望台へとたどり着く。あんな傘なんてあったっけ、っていうのは17歳だった高校2年生の時に修学旅行で来ていたからで、「すくらっぷ・ブック」という小山田いくさんの漫画で舞台となっている小諸に来られて出てくる場所に行けたことを内心でとてつもなく喜んでいた。今でいう聖地巡礼のこのあたりを嚆矢ととらえても言いような気がするけれど、アニメにならないとやっぱり広がらないんだよなあ、世間的には。

 それでも小諸を「あの夏で待ってる」ではなく「すくらっぷ・ブック」の舞台として捉えているファンもまだいるようで、駅前にある土産物店には専用のコーナーができてサイン色紙も飾ってあって見ていて涙が出そうになった。亡くなられて6年。思い出してくれている人はまだまだいるみたい。何より駅前の商店街にカナと雅一郎やイチノと理美、そしてマッキーや春ボンや一同が揃ったポップが飾ってあって今も商店街でちゃんと認知されていることが分かって嬉しくなった。時代性もあるけど普遍的中身も多い作品だけに読まれて欲しい。あわよくばアニメ化とか? それはあってもなくても僕は愛し続ける。

 とはいえ今は「あの夏で待ってる」の街でもある小諸。駅にはりのんを象った神輿があってあちらこちらにポスターもはってあった。水の口展望台の傘と策もこちらにはしっかりと登場している。あと四阿も。10年前にはそうだった光景が今もしっかりと残っていて見ていたファンには嬉しい限りだろう。そういう人が今も訪れるみたいで町では新しく登場人物たちの10年後を描いたポスターを作って張り出したり売り出したりしていた。みな10年経ったっぽい格好だったけど山乃檸檬はたいして変わらず。まあ中の人が永遠な人だからしゃあなしだ。

 1時間半ほど歩き回って駅で冷凍を湯で解凍したふつうの蕎麦を食べてから小諸を退散。しなの鉄道で軽井沢へと行ったら一気に涼しくなってきた。寒いってほどではないんだけれど冷やっとした感じがしてさすがは避暑地。今がベストな空気感だった。そりゃあ滞在したい人も多いだろうけどすぐにこちらは冬になりそう。それもそれで楽しいんだけれど。こちらはこちらで「軽井沢シンドローム」の舞台なんだけれど中軽井沢ではなく新幹線の駅がある軽井沢まで言ってしまったので雰囲気は味わえず。「ら・くか」のカレー、食べたいなあ。

 戻ると昨日の新幹線に置き忘れて金沢まで行ったiPadが郵送で着払いで送られてきた。何てスピーディーな処理。日本郵便の配達力とJR西日本の処理能力に感謝感激。そんな合間に日本SF作家クラブで理事会があったようで新しい会長に慶応大学理工学部准教授でAIだとかSFプロトタイピングで活躍している大澤博隆さんが会長に就任していた。博士の会長は瀬名秀明さん以来か。理事には堺三保さんの名前が。ジョージ・ルーカスの後輩で日本SF作家クラブ理事はおそらく史上初だろう。何かしでかしてくれるに違いない。大いに期待だ。


【9月16日】 深夜まで画像をながめて選んで割り振る作業をして数時間だけ寝て起きて松本へ。ちょっと早めに出たら船橋駅から松本へと向かう特急あずさが出る直前だった。乗ればこれ1本でいけたけれどそれから1時間くらい後の新幹線に乗って長野経由で入っても30分遅いだけだというから新幹線の凄さがここにも出ている感じ。これで富山とかほとんど首都圏になったものなあ。長野も群馬県で前橋を抜いて一気に首都圏に躍り出た高崎と同様、松本を抜いて長野の東京と呼ばれるようになっているんだろうか。降りたことないから何があるか知らないけれど。善光寺?

 長野からは特急しなので松本へ。途中でiPadを忘れたことに気づいて問い合わせたらどうやら金沢駅まで行っていたらしいので送り返してもらうことにする。見つかって良かったけれど買い換えるチャンスでもあっただけにいろいろ思う。でも今のiPadって滅茶高いからやっぱり買い換えずに済んだことを喜び、その分を何かに回そう。そろそろスマートフォンを買い換えるかなあ。性能の割に安いから今のも好きだけどちょっとだけ新しいモデルの方がカメラが良いんだよなあ。

 松本に到着したのでてくてくと松本城見物。ずっと残っているお城のひとつで中に入ると急勾配の階段を上って上まであがっていけた。天辺がお殿様の居城かというと天守閣って軍事拠点みたいなものだから御座所はあってもそこに常駐している訳ではないのだった。あの階段を行ったり来たりしてたらお殿様もお付きの人も大変だから。なのできっと御殿が下にあってそこに寝起きしていたんだろう。名古屋城でも本丸御殿が再建されてその豪奢さを見せてくれている。松本城はどんなんだったんだろう。江戸城の御殿はどうなったんだろう。ちょっと気になった。

 信州だから蕎麦でもと思ったもののパッとした店が見つからずココイチでカレーを食べてお腹を満たす。どこでも同じ味と値段ってのはありがたい。これがアメリカならきっと3000円以上はするだろうなあ。沖縄の米軍基地に来る人は日本の値段でココイチが食べられるとあってきっと引きも切らない人気なんだろう。そういう国に日本はなってしまったのかと思うと寂しいけれど、そういう状況で残る人生をつましく生きれば生き延びれるなら生きるしかないのだった。なのでインフレだけは勘弁。ちょっとずつ値段が上がっている気がするんだよなあ、何もかも。

 廃棄物コンサルティングとか調査分析をしている会社の取材をしに行った松本だったけれど、東京あたりの気温から背広を上下着てネクタイも締めていったら暑いのなんの。名古屋の8月もかくやと思わせる暑さにいったいどうなっていうんだろうかと訝る。台風が近づいているといってもまだ遠いし、そこからの風が吹き込む地形でもない。盆地は盆地でも太陽が真上からズレた今の時期に日差しだけで暑くなるとも思えないけど実際に暑いんだから仕方が無い。地元の人もこの暑さは異常といっていたからやっぱり何かが作用しているんだろう。山の中に怪獣とか?

 日帰りするつもりだったけれど画像を見て選んで並べる仕事が佳境に入っていたので自主的に缶詰をするつもりでホテルを取って午後の5時から引きこもる。駅弁を食べてお茶を飲んで絵を見たり選んだり紹介分を書いたりしてどうにかこうにか形にしたら午前4時。果たしてそれで良いのかって思うけれどそれ以上に成果が10月にもお披露目されかねないというのが恐ろしい。印刷より早く作らないとけないなんてありえるのか。いやそれは今日取材したところもパンフレットをオンデマンドで印刷してるって言ってた。印刷所も潰れる訳だ。どうにか仕上がったので寝て明日は小諸。いちおう見ておかないと。


【9月15日】 敬老の日、ではないのだった。朝から三鷹の業務委託先で健康診断。すっと通って目も良くなったし体重も少し減ったけれどもそれでもやっぱり3年前からずいぶんと太り気味。ちょっと問題なのでこのあたりでもうひとふんばしりて年末までのあと5キロは落としたい。どうすれば落ちるかは知らない。夜食べないのが良いのか野菜ばかりにするのがいいのか。食べられるだけ幸せってこともあるしなあ。

 血圧がやや高めに出ていてやっぱり中性脂肪が影響しているのかと少し心配。あるいは飲んでいる薬のせいかも。血液検査の結果がどうなるか次第でちゃんとした検査も考えるか。そうこうしているうちにレントゲンまで終わって終了。フリーでも業務委託契約ならちゃんと受けさせてくれるところが大企業なのかもしれない。しばらく言ってなかった本社のエレベーターホールに胡蝶蘭がぎっしり。ナニゴトかと思ったらそうだ社長が替わったのだった。前の社長は代表取締役会長に。CEOはどっちなんだろう。

 電車を乗り継ぎりんかい線に入って東京テレポートセンターで降りて東京科学未来館へ。遠目に見える観覧車の輪の片方が外されていてゴンドラもなかった。これではパンジャンドラムごっこができないじゃないか。いやしないけど。とこところ歩いて到着した日本科学未来館で第25回文化庁メディア芸術祭を見物。この回の選考でアニメーション部門の選考委員を務めたので胸に大きな飾りをつける。でも今回限りでこれも終了。去年の今頃はアニメーションを頑張って見たなあ。

 そんな成果としてイランの女性クリエイターが大賞を受賞。てっきりミニチュアを使っているかと思ったら、本当の部屋を使って本当の洗濯機なんかを使って撮ってそれに手書きのアニメーションを重ねたりしていたらしい。受賞式で洗濯機はお母さんが大好きでそれを使ってアニメーションなんか作っちゃってごめんなさい、でもおかげで大賞をとれましたと話して家族に感謝をしていた。聞けばどうやらそれが初のアニメーション作品。それで大賞。あの世界の山村浩二も「漁港の肉子ちゃん」の渡辺歩監督も差し置いて。こういうところが面白い賞だった。

 それも今回まで。永岡桂子文部科学大臣は受賞式の挨拶で「令和4年度に向けた作品募集を行わないことに多くの皆様からご意見を頂戴しました。文科省としては戴いたご意見、25年の成果と実績を踏まえ育成やアーカイブの取り組みを深めると共に発信の為の新たな国際的な祭典の準備を進める」と話して何か代わりになるものを用意するようなことは話していたけれど、それは想像するなら日本博のようにポップカルチャーに限らず文化芸術から工芸に食あたりも含んで日本っぽいものを盛り上げるイベントのようなもの。そこでは田宮模型の会長や音響のプロが功労賞を受賞することも、イランの新進クリエイターが受賞して日本に行く機会を得ることもないだろう。

 過去を讃え未来を育て日本への印象を良くするとてもとても貴重な場だった文化庁メディア芸術祭のいったんの終焉はそういった意味を持って今後の日本にいろいろな影響を及ぼしそう。漫画もそれはそれで発展し讃えられてはいくだろうけれど、人気や売上げが先走りがちな既存の賞からは漏れてしまう描き手であったり同人作家であったり海外クリエイターの道は閉ざされてしまう。どうにかできないかなあと思うけどどうにもならないならせめて今回、会場にかけつけてその必要性を国に感じさせるしかないかなあ。

 行けば本当にいろいろな表現に出会える場。メディアアートで植物を利用したものや人のインタラクションを活用したものや意味不明だけれど意味深なものがあったり、漫画で大賞の持田あきさんによる「ゴールデンラズベリー」の原画に真珠が張ってあったりキラキラとしたものが散りばめられていたりして、インスタレーションのような美しさを放っていることも確認できる。手描きのペンの細かな走りも目の当たりにできるのなら行かない手はない。そういう場が失われてしまう寂しさを、どこかの漫画美術館が受け継ぎ発展させてくれれば良いんだけれど。京都に期待かな。


【9月14日】 図書館であれやこれや原稿書き。しばらく連絡がとれなかった編集の人がもしかしたら倒れたんじゃないかと心配していたら本当に倒れていて復活はしたものの立ち上がれるところまではたどり着いていなかったので、代わりの人が受けてくれるということで明後日から始まる第25回文化庁メディア芸術祭受賞作品展での贈賞作品を持って贈賞を終わることが漫画にどんな影響を与えるかをあれやれれやしたためる。とりあえずやっぱりいしいひさいちさんの「ROCA 吉川ロカストーリーライブ」に賞を与えそうな場がなくなってしまったとは言えるかなあ。マンガ大賞にノミネートして良いんだろうか?

 3時間ほどで仕上げて市川優人さんの本を6冊ばかり借りてから図書館を出て、ソースラーメンが名物の見せてチャーハンと半ラーメンのセットを頼む。いかにも街中華といったセットだけれどこれがなかなに美味しいのでさすがは街中華のムックに名前が出るだけのことはある。値段もまあそこそこするけど今時のアメリカなら3000円は超えるだろうから日本で良かったと思うしかない。いや本当にアメリカンの人ってどうやって暮らしているんだろう。10万ドルもらっていたって家賃が月々20万円だと食費も含めて大変な暮らしを強いられるよなあ。社会福祉が働いているんだろうか。見えないだけで死屍累々だったりするんだろうか。

 食べ終わってVELOCHEにこもって降って湧いたようなアニメの版権を見て面白そうなのを選ぶ仕事をしていたら、KADOKAWAの角川歴彦会長が逮捕されたというニュースが飛び込んでくる。そこまで捜査が届いたか。元専務とそれから元編集長あたりが上の意向を忖度してやったことで上は知らなかったといった話でまとめるかと思ったし、以前だったら確実にそうなっていたとも思えるけれども安倍晋三元総理の死去によって何かそうした忖度社会の潮目が変わったような気がする。それが何も角川歴彦さんで出なくてもとは思うけれど。

 だって公的なお金が使われているオリンピックという場に対してスポンサーという半ば公的な立場で参加するのにほかに道がないならそうするしかないじゃん。問題はだからそうした公的な場のお金の出し入れを担当する人にそんな賄賂めいたものを求める人を置いていた組織委員会のガバナンスで、止められなかった責任を誰かがとるべきでそれが森元総理になるのか竹田元会長になるのか分からないけれど、参考人に留まらない踏み込みをに至るかを見守るしかない。あるいは窓口がそうせざるを得ない事情、入ったお金の出口がどこかにあったならそれはそれで暴かなくっちゃ。統一協会の問題も大変だけれどこちらもこちらで疑獄ルートの口が開いた。噛みつけ検察、闇の王に。

 しかしまあ、過去に社長がコカインで逮捕された会社だけに会長が逮捕されても現場は動じないで欲しいものの30年、上に立っていた人がいなくなってはやっぱり戸惑うことも多いだろうなあ。どうするか。ここはやっぱり社史を書いた佐藤辰男さんを呼び戻して上に置いて引き締めを量るのが良いと思うんだけれど、ある意味で歴彦さんと二人三脚でやって来た人だけに色が濃いからと跳ねられるかもしれない。逆に会長として長く勤めず引いてもう5年が経つなら問題には関わっていないと任せられるかもしれない。どうなるか。バンダイが山科誠社長を外した時にバンダイビジュアルの茂木さんを挟んで高須さんを社長に据えたようなことが起こるかな。夏野剛さんではうーん、KADOKAWAは面倒見切れないだろうしなあ。


【9月13日】 53号を打った時点で国籍だったら野村克也さんも落合博満さんも抜いて日本人として最多になったはずなのに、王貞治さんをどう扱ったら良いのか迷っていたのかあまり大騒ぎとはならなかった村上宗隆選手が、55号の本塁打を放ってカブレラ選手やローズ選手や王貞治選手と並び、60本を売ったバレンティン選手に次ぐ成績を記録した。これを持って日本出身の日本選手として最高の王貞治さんに並んだと騒ぐメディアがあっても正解だから別に良いし心情的にも納得だけれど、日本人選手と書くのは王貞治さんが未だに中華民国の国籍を持ち続けているだろうことを蔑ろにしているようでちょっと引っかかるのだった。TBS大丈夫か? フジテレビもか。ナイーブさが欠けているからバズるネタにひっかかって右顧左眄するんだろうなあ、ワイドショーもバラエティも。

 ヴィスコンティは絢爛さと退廃ぶりに惹きつけられて何作か見たけれど、ゴダールは評判を聞き及ぶ一方で映画となると実は見たことがなかったので、どれだけ凄いか今ひとつピンと来ないけれども黒澤明級に凄いということくらいは当然知ってるだけに、亡くなったと聞いてひとつの時代の終わりを感じた。エリザベス二世女王の逝去とも相まって昭和の御代がどんどんと彼方に去って行くような感じ。そんな昭和生まれの自分もあと30年もすればいなくなって残るのは平成生まれと令和生まれとさらにその先の元号生まれだったりするんだろう。その時に訃報が流れて騒がれている日本人監督なんているんだろうか。今だいたい50歳から60歳くらい。細田守監督とか新海誠監督になるのかなあ。

 そんな世代に続けとばかりに新作アニメーション映画「夏へのトンネル、さよならの出口」を送り出した田口智久監督が、色彩設計の合田沙織さん、そしてスタジオCLAPの松尾亮一郎プロデューサーとトークイベントを行う上映があったので新宿バルト9まで行く。本当だったらクラリスとカリオストロ公爵との結婚記念日ということで「ルパン三世 カリオストロの城」を見たかったけれどトークイベントがあるなら仕方が無い。せめてものお祝いとばかりにパンチョでナポリタンにミートボールならぬハンバーグを載せて食べる。やっぱりナポリタンはここん家が抜群だなあ、パスタが違うのかケチャップが違っているのか。

 さて映画は3度目となってじっくりと観察。やっぱりあのクライマックスでカレンがカオルから顔を背けて反対側を向き、そして玄関に立って出かけようとするカオルに声だけて「いってらっしゃい」と告げて姿は描かれないシーンの巧みさに感じ入って涙がにじんで来る。このシーンだけを見るために僕はこの映画にあと何度も通うことになるんだろう。それは例えば「虹色ほたる〜永遠の夏休み〜」でサヨコの手を引っ張り参道を登るシーンを見るために通うのに似ている。羽川翼のまくれあがったスカートの下が見たくて「傷物語」に通うのとは果たして同じかはちょっと迷うところだけれど。

 さてトークではひとつにカラースクリプトのことを話していた田口監督と合田さん。色彩設定というよりはシーン毎にどんな色合いにするかということをコンテに色を塗る形で決めて伝えていったとか。レイアウトをコンテで決めちゃう感じの今敏監督とはまた違った制作手法。ひとつとして同じ色がない作品ならではか。新海誠監督のビデオコンテは実写を織り交ぜセリフを入れてタイミングを計るものだったりして、人それぞれにいろいろな技法があるって分かる。

 もうひとつの特徴がリムライト。いわゆる輪郭部分が陰ではなくて光ってるような感じになる奴。冒頭でカオルがMDプレーヤーを操作した際のディスプレイの光が手に照り返す感じで入っているらしい。当初は影のままだったのを合田さんが色を入れてそれでゴー。他の部分も少ない影以外にも入れていった。見ると落ち着いた色の中にアクセントのようになっている気もする。新海誠監督「言の葉の庭」だと影が緑でつけられていて春から夏にかけての新宿御苑の感じがしたし、「おそ松さん」は輪郭が青くて不思議な印象だった。色の工夫によって見て目新しさを出す。そんなチャレンジをまた確認に行くのだ。
 ただしリムライト、どういう法則で入るのか分からないため総作画監督は困ったらしい。描く側の意識の統一も必要だし、背景との調和なんかも考えながら色を入れてかなくてはいけないからセンスも問われる。チャレンジした「夏へのトンネル、さよならの出口」を経て次はどんな作品で何を見せてくれるか。そんな楽しみを抱きつつ画面への効果をあらためて感じ取りに観に行くのもありかもしれないなあ。キャラクターは割とシンプルにしつつ美術に凝って見せるあたりのバランスも、クライマックスに全振りした作画もそれぞれを際立たせる意味はあったということも


【9月12日】 「リコリス・リコイル」のノベライズがあちらこちらで売り切れになっているらしいアサウラさんが同時に電撃文庫から出した「小説が書けないアイツに書かせる方法」(電撃文庫)はいわゆる作家物。勃起しないという自分の体験を繊細な文体で綴った小説が新人賞の優秀賞となって脚光を浴びたものの次の作品が出せず悩んでいたところに尋ねた出版社で突然女子大生から話しかけられる。少年の正体を知っていてバラされたくなければ自分が考えた小説を書けというもの。そして書き始めたその話はエロの混じったシンデレラストーリーめいたものだった。

 エロティックな描写もあるけれども女子大生が繰り出すプロットが淫靡で起たない少年でも起ってしまいそうになるというところがひとつのポイント。それを自分の文体に直すと途端に面白くなくなってしまう状況を鑑みて少年は女子大生自身に小説を書かせようとする。やがて明らかになるその正体。自分より上の大賞を受賞しながら自体をしたという話とそして普段は大会社の令嬢としてメディアにも取り上げられていることなんかから、自分の嗜好を外に向けて発散できず物語にして書いたけれども厳格な家族には黙っていたいタイプなのかと思ったら、家族とは仲が良いと言うから肩すかし。そういうところもアサウラさんらしい。

 作中で主人公たちがプレイしているゲームが「デスニードラウンド」とうのに笑うけれども大型ファストフードチェーンとか警察とかのマスコットが暴れ回るような内容なのかは不明。でもこうして言葉にしている以上は作品への思いはちゃんと残っているってことあろう。絶版になっているなら復刊を希望し流通しているならアニメ化を希望したいけれど、まあ無理だろうなあ。「リコリス・リコイル」のノベライズは全編がほとんどスイーツ話。ときおりまじる銃撃戦もあるけれど本編では描かれなかった女子2人の日々といった楽しみ方をするのが適切かな。

 エリザベス女王が亡くなって翌朝の1面コラムで各紙がエリザベス女王の微笑ましいエピソードを紹介して悼んでいた一方で、一応は全国紙の看板を掲げていても100万部を実質切ってる新聞のコラムはエリザベス女王の話を枕に民主党を批判し中国を批判し安倍元総理への反対勢力を批判する内容へと持って行ってどこに追悼の気持ちがあるのかを目を皿のようにして見たけれど見つからなかった。あまりの非道さから翌日も同じコラムでおそらくは別の筆者がしっかりとエピソードを紹介して追悼をしていた。

 そんな同じネタを2日連続でやらなくちゃいけない状況を、放っておくところに100万部割れの秘訣なんてのもあるのかも。同じ会社で出している一応は日本新聞協会に加盟の題字を持ってる夕刊紙なんかでも、安倍元総理の銃撃に陰謀が隠されていると平気で書いていたからなあ。映画評論家を使って書かせるなら映画ではそういう場面があるけどそれが現実にもあったら面白いねくらいにしておけばいいのに、堂々の論陣を張らせてしまうあたりに元々あったヤバさがどんどんと極まっているような感じ。変わると期待してもまるで変わらずさらに大変になるのってどこに原因があるんだろう。本当に訳が分からないよ。

 逮捕されたKADOKAWAの元専務の人がメディアファクトリーの社長だったって話しから例の社史を掘り返したらメディアファクトリーをリクルートからKADOKAWAが買収した際も社長を務めていたようで、KADOKAWA側の熱烈なラブコールにあるいはMBOなんかも考えていたのを翻してグループ入りを決めたにもかかわらず、10年後には東京地検の取り調べを受けているというのはどうにも切ない話でどんな心境にあるのかを聞きたくなった。あれもこれもと言って成さそうなのはあるいは今でもラブコールを胸に留めて燃やしているからなのかもしれないけれど、その熱が冷めた時にどうなるか。まだまだ目が離せない。


【9月11日】 原稿を書きに街に出る。とりあえず東京駅のOAZO丸の内にあるスターバックスで2時間ほどカチャカチャとテープ起こし。どうにか仕上がったので丸善へと入って村上隆さんが「めめめのくらげ」に関して作った記録全集を探したけれども流石に売ってなかった。というかいったいどこに売っているんだろう。カイカイキキのギャラリーに行けばあるんだろうか。っていうか広尾のギャラリーってまだあるんだろうか。最近あんまり活動を聞かないんだよなあ。六本木アートナイトでキュレーターをやるから関連で売ったりするかな。六本木ヒルズのナディフを覗いてくるか。

 適当な時間になったので新宿を出てたつ屋で牛丼。550円で大盛りを書き込んでからVELOCHEで仕事をしようとマルイの下にある店にいったら人がいっぱいだったので、花園神社の向こうにあるVELOCHEへと行ったら新宿タイガーさんがお茶をしていた。最近あんまり見かけなかったけれども健在で良かった。ここん家でどうにかこうにか原稿を仕上げてフィニッシュ。最近のVELOCHEはどこも電源を置いてくれるようになったのでスターバックスよりも実はノマドに向いているのだった。コーヒーの味はまあ、慣れだね。

 時間になったので新宿バルト9へと行って八目迷さんのライトノベルを原作にしたアニメーション映画「夏へのトンネル、さよならの出口」を観る。試写に続いて2度目。そしてやっぱり僕はこの映画が好きだと分かる。もうクライマックスに近い部分、届かなかった時間を取り戻したかのような場所にいつまでも留まっていたいと思いながらも、そんな停滞を乗り越えて新しく得られた出会いのかけがえの無さを改めて思い知って、前へと進み始める場面からあふれ出る未来に生きる大切さが、否応なしに進んでいく時間の中を進まざるを得ない身に力を与えてくれるのだ。そんな映画だ。

 確かに11月11日に公開されるような超大作アニメーション映画ほどの精緻な絵ではないかもしれない。それでも紡がれる物語でありそれを描き挙げる雰囲気に大きく劣るところはない気がする。何よりクライマックスに近い場面での再会とそして再出発を描く絵が、温かくて懐かしくて柔らかくて嬉しい感じに溢れていてそこだけでもずっと観ていたいと思わせた。あとは例えばケンカを売ってきた女子に対して女子が放つ容赦の無いストレートの率直さであったり、自信はないけれど自尊はある自分の漫画を褒められたことに対してじたばたと足を動かす愛らしさであったりと所々にハッとさせられる描写も多い。

 少年と父親との関係が親子の愛憎すら超えて他人行儀であったり、少女と家族との関係がまるで見えなかったりする部分はあるものの、誰かを失ったり何かを嫌がっていたりする場合にないともいえないからそこは了解。そんな家族関係からの逃避もまた行動への力なのだから外せない。いわゆる劇伴を抑えて環境音とか息づかいとかをしっかりと取り込みつつその世界に没入させる音響面での工夫は試写室よりも大きな劇場でこそ意味を感じた。ここぞという場面でかかる挿入歌なり主題曲なりエンディングが緊張を解放し衝動を煽って感情を沸き立たせるところも良かった。

 だからこそやっぱり絵が究極ではなかったところに残念さも募る。それがあればなお特別な作品になれたのに。企画としての成り立ちは分からない。ライトノベルとして単巻で優れた作品ではあってもベストセラーとは言えず誰もが知っている作品でも無い。それを実写でアイドルの主演によって惹きつけるタイプでもない映画にどれだけの動員が期待できるかも分からない。それでも作られたことに僕としては意味があった。過去よりも今であり未来なんだと感じさせられた。だから良かった。とても良かった。誰がどう思おうとも僕にとって2022年の夏に必要な映画だ。


【9月10日】 極音上映が始まったので立川シネマシティに「劇場版マクロスΔ絶対LIVE!!!!!!」を観に行く。予約していたと思ったらしてなかったけれど最前列を買えて良かった。音的には中断で見た方が良いんだけれどやっぱり映画って大きなスクリーンで見たいから最近は前目で見ることが多いのだった。もう何度目になるか分からないくらい見ているけれどもやっぱりラストは感涙。そして始まる新たな物語が映像として紡がれる時は来るかなあ。その前に「マクロスF」のアルト帰還を描いて欲しいかな。

 見終わって何か続けて見る手もあったけれども調布で女子サッカーのWE LEAGUE CUPが開かれているのでそっちを身にモノレールで高幡不動まで行って京王で飛田給へ。歩いてAGFフィールドに行ったら横にアリーナが作られた関係からか、スタンドが整備されて見やすくなっていた。狭くて座る席もなさそうだったのでフェンスで立って見物。最前列はアクリル板が置かれて逆に見づらいのはどうしたものかとちょっと思った。

 試合は日テレ・東京ヴェルディベレーザとINAC神戸レオネッサとの試合。振り返れば日韓のワールドカップが2002年に開かれた流れで女子サッカーを観に行くようになってから20年。その時に見たベレーザの試合で中盤の底にあって縦横無尽に動き回ってはこぼれたボールを収め後ろからのボールを前へと回す役目をこなしていた酒井(現加藤)與恵選手の凄さを目の当たりにして、ベレーザと女子サッカーに強い興味を抱いたのだった。それから20年経ったと思うとなるほど自分も年を取るわけだ。

 試合ではそんな中盤に入っていたベテランの宇津木瑠美選手が走り回って収めていたけど前線からのINACのプレスが激しく責めきれないまま前半に奪った2点を後半に奪い返される形で同点のまま終了。コーナーキックからのゴールを鮮やかに決めたINACの田中美南選手選手にはやっぱり決定力があった。ベレーザは昔みたいに鮮やかにパスを回しつつゴールに迫る感じがなくてサイドからしか攻められない感じがあったけれどもやっぱり中盤の差なんだろうか。トップで収める選手の不足だろうか。カップ戦からリーグ戦へと入って経過を見ていこう。

 そんな試合を見ている最中にアニメーションで美術監督を担った小林七郎さんが無くなっていたとの報。2020年の1月21日に三鷹ネットワーク大学で行われた小林七郎さんのトークで聞いた話を以前に書いて、宮崎駿監督との相性はあまり良くなかったけれども今公開中の「ルパン三世カリオストロの城」では美術監督を任せてもらって、ジブリとか宮崎監督はあまりやらないような輪郭線のある背景美術を描いて収めた話なんかを紹介した。キャラに線があるなら背景に線がないのはおかしいじゃないかという理論。それもそうなんだと思ったので劇場で改めて確かめてこよう。他の宮崎駿監督作品と何が違うかも。

 そんなトークイベントで出た話からまだ紹介していなかった話を幾つか。「これで良いと思ったらそれで終わり。もっとという所があるなら、そこを攻め口にして可能性を追いかける。それが人間として当たり前。直感と閃きと偶然性の3つを延々と続けています」と話した小林七郎さん。「これでもない、あれでもないと思いながら、少し良くやったかなという一種の達成感を持ちながらやって来た。寿命も間近。いつ事切れてもおかしくない。必死で頑張っています」と、87歳にしてなお画家として探求していたところがうかがえた。

 「自分の本能、思い、自分なりの偶然の動きと偶然と必然の境目、持って行こうとする意志的なものがあり、それを偶然の手の動きを 必然と偶然の境目を行き来している」とも。言われたものをただ描くんじゃなく、画家として背景美術も捉え描いていたということなんだろう。「物と物とのメカニズムには何種類もあって、微妙な違いがあって、ひとつとして同じ物はなく、違う関係が生じる」。そんな手と絵の関係を大切にしたからこそ「固定化されたものをただならべたてるようないまのような今の背景の間違ったやり方」 東映動画にいたけどすぐに辞めてしまったのは「アニメーションの背景の描き方、という言葉が嫌い。(東映動画は)描き方が決まっていて、それが嫌だった」から。「だから小林プロダクション作った」。そして採るのは「未経験の若者だけにした」。そんな若者の「筆を奪い取ってガアッとやる。呆れかえっているが真似をする」。小林七郎さんの門下は、そうやって覚えていくものだった。
 とは言えコピーは求めない。「見本やサンプルをそっくり真似ようというくだらないことはやらない。下手でもそこに自分でよい所を発見する。はっけんできなければ虚しくなる。発見できれば希望になる。下手でもやったという達成感」と求めさせたという小林七郎さん。「可能性を追いかけさせる訳です。もっともっとと。丁寧さを外して筆を虐めるようにさせるんです。丁寧さは問題なんです」。だから「筆がすり減ってきたら普通は捨てちゃうんだけれど、先がない方が使い良いんです」。これにはちょっと驚いた。

 「ある物を生かして使うんですよ」と小林七郎さん。そして「そのためには、自由な手の動き、動きの自由さはとても大事」。それがあると「筆が勝手に意外な足跡を残してくれるんです。そこから動きとかタッチとか足跡が魅力的な部分をまず見つけ出します。それを拾い上げます」。奔放さには訳があった。そんな小林七郎さんによる現状への警鐘も出た。「写真を見て描くのは邪道。でも、多くの会社で戦力になりやすい。そして加工技術に置き換わる」。それでも「カメラの映像をなぞることには主体性がない。もっと自立しなきゃ」。そして「心ある若手はいるし、個性の出番はある」とエールを贈る。

 「人材は日々新たに生まれ育っていく。そんな優れた若立てが伸びる可能性、道が閉ざされないように大人達はリーダーとして、若手の伸び盛りの可能性を生かせるように頑張りたいですねえ」と話していた2年前の小林七郎さん。だからこそ少しでも長く活動を続けて欲しかったなあ。とは言え現場は効率化を求めがち。なら「デジタル化も少し使いながら手書きの魅力が発揮されるような画面をうまく追い込んでいく。見る側がもっとこういう映像が欲しいという選択の可能性、予知を与えるような絵を描く」ことで自分らしさを出して行く。そんな道を小林七郎さんは示唆してくれていた。

 「表面的には加工性を取り繕いながら、手業の迫力というものを巧いこと潜り込ませる」。ただし「手間がかからないという前提がある。手間がかかって良いことはない。手業は一瞬の動きを大事にする。そこに未完成の凄さがある」。あとは見分ける側の眼力となるのだろう。「見る側が未完成さに気づいて不安になったり疑問を感じたりするような映像があっても良いんじゃないかな。ダメな大人の価値観に追従しない、実験的でよく分からないものが出来てしまった、そんな未完成の魅力をちらつかせる方法もあるんじゃないかな」と小林七郎さん。受け継ぐ若い人たちには、そんな背景画を見せて欲しいなあ。


【9月9日】 明け方に目が覚めてパソコンに向かい原稿を打っていたら速報でグレートブリテン及びアイルランド連合王国こと大英帝国のエリザベス2世女王が亡くなられたとの報が流れてきた。フェイクなんかじゃなく勇み足でもない本物の報らしく続々と入ってくる情報にひとつの時代がまたしても終わった感じを強く味わった。英国の女王であったこともなけいしとりたてて親しみを抱く間柄でもないけれど、70年に及ぶ在位は昭和天皇と重なる部分もありつつ昭和天皇崩御以後の30余年を生き抜いてはソ連が崩壊して冷戦が終わり中国が台頭してといった具合に変化する世界情勢を目の当たりにしながら、それでも尊厳を保ち続ける英国の君主であり続けた。嫌われず疎まれず敬愛された存在。そのあり方は日本の皇室にも大きな影響を与えた。

 太平洋戦争を経て象徴の地位へと祭り上げられた日本の皇室とは違って未だ君主としての権威と権力も持った女王でありながらも、マグナカルタの理念にのっとり立憲君主制を守って政治は政治家達に任せていたけれど、上にしっかりとあの女王がいると思うと不遜なこともできないし不敬な振る舞いもできない。身ぎれいであり真っ当でなければ女王に合わせる顔がないと誰もが思えばこその身の処し方を誰もがしていた国がチャールズ3世が引き継いだ後、どうなっていくのかにも興味がある。母王と違って恋に奔放でダイアナ王妃と離婚後にカミラ・パーカー・ボウズルと結婚をして数十年、耐えつつ出過ぎないで来た人が王となって何をするか。あるいは何もしないのか。そしてその後は。英国の未来もかかった大きな節目に立ち会えたことを、人生として噛みしめよう。

 リコリコ人気がライトノベルにも及んだようで、アニメの「リコリス・リコイル」でストーリー原案を手掛けたアサウラさんが電撃文庫から出したスピンオフ小説があちあこちらの書店で品切れ完売増版待ちの状況になっているとか。近所のときわ書房船橋本店も「デスニードラウンド」とか「道ーMEN」のサイン入りを置くほどにアサウラさんを持ち上げてながらも「リコリス・リコイル」のノベライズについては数冊が残っていたくらい。サイン入りを置く余裕もなかったみたいで同じ棚には並んでいなかった。「ベン・トー」の時もこれほどの賑わいはなかったから、やっぱりアニメの人気が今抜群ってことなんだろう。心臓が大変でどうなってしまうか分からないところにアニメはきているけれど、小説は楽しくスイーツ話がいっぱいで甘味を食べたくなった。錦糸町を歩いてみるかなあ。

 個展を開いていると聞いて東長崎にあるターナーギャラリーへとでかけていってキム・ハケンさんのインスタレーションと絵本の展示とそれから上映を見る。上映作品は「ぐりうむ」から新作「RED TABLE」までひととおり見たことがあるし、「RED TABLE」なんて先だって広島で開かれたひろしまアニメーションシーズン2022で見たばかりだけれど、ターナーギャラリーの壁に投影する上映だと下のザラついた壁の氷面がそのまま原画にエンボスのようなエフェクトを与えて生々しさが増したような気がした。高解像度のモニターなどでは味わえない不思議なテイスト。でもそれが荒々しさを持ったキム・ハケンさんのアニメーションに相応し。上映は10日も開かれほかに16日と17日にも開催予定。近くまで世ったらのぞいてみよう。

 池袋へと戻ってポリゴンピクチュアズが来年の1月からフジテレビ系+Ultraで放送する「大雪海のカイナ」の先行試写を見る。はっきりしたことは言えないけれどもとりあえず、口の位置が鼻から離れて顔の下の方について「ほげらっ」といった雰囲気の顔立ちを持った姫様が愛らしく、そして敵方を率いる「風の谷のナウシカ」で言うところのクシャナに近い立ち位置の女将軍めいたキャラクターのスタイルも顔立ちも戦いぶりも良かった。きっとそんな姫様と女将軍の間で木訥な少年のカイナが振り回される話になるに違いない。あの平和主義が対立する雪海の勢力を仲直りさせつつ世界を復活へと導くのか。そんな想像を抱きつつ放送を待つ。先が長いなあ。


【9月8日】 朝から外苑前で取材。フランス人のアニメーション監督はレミ・シャイエ監督とかローレル監督とかパトリック・ハンバート監督とかに話を聞いたことがあるけれど、いずれもアーティスティックな作品を作る人たちでフランスからアメリカに渡って商業作品で成功した人はちょっと珍しかった。いや「怪盗グルー」の監督も確かフランス人か。フランスだからといってバンドデシネが得意とかアートアニメーションに向かうとは限らないのは日本でもアニメ大国でありながらいろんな作品を作る人が多いことが表しているのだった。そういうものだ。

 取材が終わったのでせっかくだからと松濤美術館へと出向いて「装いの力―異性装の日本史―」を見る。なるほど神功皇后が男装したりヤマトタケルが女装をしたりと日本の歴史には異性装が割と多いし文化だって能も歌舞伎も男性が女性を演じている。それが男性優位の着想からなのかどうかは難しいところもあるけれど、巴御前のように戦場で男装をして戦う女性もいたりした訳だし井伊直虎だって女性の身で戦国武将をやっていたからそのくらいまでは割と普通にクロスしていたんだろう。出雲の阿国だって女性だった訳だし。それが300年の江戸時代の中で代わって明治期でグロテスクなまでに変化してしまったのかな。それを尊ぶ今がやっぱりおかしいってことで。

 新しいところでは異性になりきってポートレートに写る森村泰昌さんとか、男女の境界をボーダーにした舞台を見せたダムタイムとかの展示が。あとドラァグクイーンのアイテムなんかもずらりと並んでなかなかに壮観。トランスジェンダーのような内心の性と外見の性の不一致を合致させるような動きとはまた違った、それぞれの性が持つ特徴を尊びつつ自分の性も維持するタイプの異性装は趣味の世界とも憧れへの成りきりとも思われてLGBT的な範疇ともボーダーなところにありそうで、いろいろと判断に迷うところもあるのでこれを機会に考えたい。

 とことこと渋谷まで歩いて天下一品の上にある渋谷餃子に入ってまあ昼ご飯でもと思いチャーハンの大盛りを注文したら大きすぎた。ついでに水餃子も頼んでしまって食べきれるかと思ったもののするりと平らげ胃袋はまだまだ健全であることが分かったので良しとしよう。代わりに夜は抑えていく。大手町まで戻ってスターバックスであれやこれや原稿書き。「アニメ大全」が解説されて2週間くらい経ってきたけど世間の騒然も落ち着きつつ内容を見極めるフェーズに入って来たって感じ。「新世紀エヴァンゲリオン」がなぜ入っていないのかを突き詰めるとそこに誰が「アニメ大全」を作ったのか、その運営費はどうやってまかなわれるのか、そしてデータはどうやって面倒を見るのかってあたりを考えざるを得なくなる。そことのすれ違いがあるいは原因なのかもしれないけれど、実際はどううなんだろう。謎めく。

 電通の元専務が絡んだ東京2020オリンピックのスポンサー選定をめぐる贈賄事件は仲介する側が最初からマージンを見込んで口利きをする態度を満面にして接していて、それに従わざるを得ない状況があったようにも見受けられてスポンサーを希望した企業にはなかなか大変。だから問題はそんな人間にすべての窓口を集約させて任せた組織委員会にあるのに動こうとせず探られようともしない状況に、当の元専務がぶち切れてすべてをぶちまけ始めないかと思ってワクワクしている。元総理あたりも参考人で話を聞かれているみたいだし、そこで逃げようなんてことを考えたら歳も歳な元専務が冥土に土産として持ってなんかいかないと思ってくれれば面白いんだけれど。さてもさても。


【9月7日】 朝から図書館で原稿書き。群馬県の太田市で取材した保育園についての紹介記事で最新の気気を入れて保育士さんたちの作業をずいぶんと減らしているといった内容になっている。園児の送り迎えについてもシステム上に記録するようになっていて、チェックを入れればそれが登園の記録になり、同じようにチェックを入れて降園の記録になるといった具合。これがあることで朝とかに園児を迎え入れる保育士さんたちの労力もグッと減ってなおかつ正確性も上がったとか。

 思うに通園のバスに置き去りにされて熱中症で女の子が亡くなったいたましい事件でも、こういったシステムがあればまずはいないことがチェックされ、そのことが親へと連絡がいって送り出したはずなのに登園していないのはどういうことってなって調べられ、見つけられたことだろう。もちろんシステムがなかったから起きた事故ではなくバスを運転していた園長が載せた子どもたちがちゃんと降りたかを確認しなかったことがひとつ、出欠を確認してきていないなら来てない理由を家に尋ねなかったことがひとつといった具合に、いろいろなミスが重なって起こった事故だから、不注意の極地だったとしか言い様がない。それでも減らせるミスならシステム化も考える必要があるし、そうしたシステムがあることが選んでもらえる理由になるなら、どんどんと入れていって欲しい。それで失われない命があるってだけでも嬉しいから。

 第25回文化庁メディア芸術祭の受賞作品展開催が迫っている一方で、来年度以降の作品募集を停止して実質的に受賞作品展もなくなることで、文化庁メディア芸術祭自体が消滅してしまう可能性が浮上していることについて、古川タクさんを会長にしてアニメーション作家が加盟している日本アニメーション協会が、これはアニメーション文化の普及において見過ごせない事態ととらえて意見書と提言書を出したとか。どういった内容なのかはサイトに上がってはいないけれど、アニメーション作家を発掘して世に知らしめるイベントとして有意であり、多くが目指して作品作りに励んでいたイベントが突然になくなってしまうのは、やはり大きな損失だろう。

 普通だったら今回は募集しつつ来年度以降はもうやりませんよと告知して、ラストチャンスを与えるのが綺麗なんだけれどそれすらやらなかったところに拙速さを感じて仕方が無い人も多いんだろう。これは一方で芸術祭の顕彰も中止して文化庁映画賞の贈賞も中止する動きと連動していて、すべての募集を待つことができなかったとも言えるけれどそれにしてもやっぱりやりようがあった。文化庁的には中止する一方で新しい枠組みの育成なり称揚なりの仕組みを作る考えもあるからそちらに期待はあるけれど、だったらそれを早急に説明してアニメーション作家の不安を払拭して欲しいもの。何か答えは出てくるのか。とりあえず文化庁メディア芸術祭での文化庁長官の挨拶に注目だな。

 図書館で仕事を終えて続きをVELOCHEで仕上げて夕方まで時間があったので、亀戸のキッチンDIVEへと出かけていってベーコンエッグがご飯の上に乗った弁当を買ってきて夕食と昼食として食べる。5つは確実に乗っていた目玉焼きの目玉がギロギロとこちらを見つめる迫力はなかなかだけれど、食べるとこれが美味しいからたまらない。キッチンDIVEといえば揚げ物がぎっしりの茶色い見た目の弁当が多いけど、そこにあってタンパク質の塊が乗っているのは栄養的にも貴重。なので夕方にどっさり食べたい時にはそれを選ぶことにしているのだった。でも亀戸では見ても御徒町では見ないんだよなあ。それとも今はあるんだろうか。また寄ってみよう。


【9月6日】 ずっとご当地パスタが続いていた阿佐ヶ谷のぱすた屋は、今月は他の店とのコラボ系ということらしくラーメン二郎っぽいパスタを出していた。ラーメンスープっぽい味付けのパスタでキャベツだとかチャーシューだとかが乗っかっているけれど、頼んでもマシマシにはしてくれなさそう。大盛にすればパスタだけでも結構な量があるから十分といえば十分か。看板の画像と比べてチャーシューが薄くて小さいのはご愛敬。食べるともりもりと食べられて元気も出てきたので今度は本家のラーメン二郎に挑むか。まだ1度しか食べたことなんだよなあ、二郎。

 AOKIからKADOKAWAや大広へと類焼した東京2020オリンピックのスポンサー選定をめぐる贈収賄事件は、KADOKAWAから逮捕者を出してなかなかに深刻さを増してきた。AOKIだったら選定によって安売り紳士服チェーンの箔が付くようなイメージも浮かぶし、大広は電通からこぼれた広告案件を取り扱ってマージンを得る道が開けるというイメージが浮かぶ。出した金額もそれに見合ったものに思えるけれども、KADOKAWAの場合は7000万円という大金を、現時点では賄賂すなわち裏金として渡したってことになってそれだけ出して、何を狙ったのかがまるで見えてこない。

 だからあるいは、スポンサー料として出しただけでその相手を電通と思い込んでいたらコモンズ2という電通で雑誌局なんかにいたらしい業界の重鎮だったという、一種の勘違いなり相手側の詐取があったのかもしれないけれど、そうではなく純粋に何か依頼したお金として渡したんだとしたら、それに加えてスポンサー料を支払って得られる見返りが何かあったって考えなくては納得が得られない。それがまるで分からない。大会ガイドブックなんて100万部売ったところで末端で10億円の売上げくらいにしかならず原材料費を削れば利益なんて数億円。それにスポンサー料と依頼料をはらったら赤字になる。

 それで得られる名誉なんてものはすでにKADOKAWAは持っている訳で今さら何を目指したのか。あるいはだからインバウンドによる新しい事業収益を模索してそちらに広がる道を何か考えていたのかもしれないなあ。文化でありアートでありスポーツといった事業を総合的に手掛けつつ出版と映像とネットで展開していくメディアコングロマリット的なものを模索していたのだとしたら、その発端としてオリンピックに期待したものの結果として1年延期でなおかつ無観客となって取りっぱぐれた上にこの事態。間が悪かったとしか言いようがないなあ。真相やいかに。次なる展開を待ちたい。

 将棋の藤井聡太五冠が王位戦で豊島将之九段を退けて3連覇を果たし、これで持って津タイトルが通算10期に達したとのこと。羽生善治九段が同じだけ稼いだ時よりも3年くらい早いみたいでその強さその凄さがぐっと際立ってきたけれど、そんな五冠をこれから18年間維持してようやく羽生九段が持つ99期を抜ける訳だから、やっぱり羽生九段は凄まじい強さなのだった。可能なら今一度、タイトル戦に登場して100期目を獲得して欲しいのだけれど、それにはたいていの棋戦で藤井五冠に勝たなくちゃいけないからなあ。さてもどうなる。

 海の向こうでは大谷翔平選手がホームランを2本打って打棒の好調ぶりを見せている。投げても失点を抑えて好成績を収めているもののチーム状況からなかなか勝てないのが可愛そう。かといって他の球団でおなじような待遇を保ってくれるかというと難しいところがあるから、ワールドシリーズだとか抜群の成績は置いてもエンゼルスに居続けるのが価値としては最高を維持できるのかどうなのか。次のオーナーがお金をたっぷり使って凄い選手を集めてきてくれるなら考えるかもしれないし、逆に集めてくれないなら移籍もあり得るのかもしれないなあ。ヤンキースで投げて打って勝つ日本人選手。あり得ないものが見られる日が遠くない時に来るかも知れない。


【9月5日】 例の元電通の元専務の人による東京2020オリンピック組織委員会を舞台にした贈収賄事件で、広告代理店の大広も元専務に知人の会社とやらを経由してお金を納めたらしいといった話が浮上。ここで大広とだけ書いているけどそもそも大広は今や博報堂DYホールディングス参加で博報堂や読売広告社とグループで、電通グループとは商売仇なのにそっちにもひとくち噛ませて全体から収奪するとか凄まじいことが行われこに震えがくる。

 1業種1社だとどこがとるかで値段のせり上がりが起こる可能性があって不公平感もでるなら、そこは多くの会社に入ってきてもらおうとうのは日本的な解決方法ではあったものの、そうやって間口を広げたことであちらこちらに声をかけ、選ばれた会社っぽさを感じさせることで協賛金を集めるようなさもしい商売が生まれてしまった感じ。それを仕切ってお金をガメたならよほどお金が好きだったんだろうなあ。元専務。しかし何のために?十分稼いでいただろうに。そこが分からない。

 IOCの偉いさんになれる訳でもないのなら、やっぱりスポーツ貴族と付き合う上での見栄のようなものがあったんだろうか。いずれIOCなりJOCのポストを狙って猟官運動にお金が必要だったんだろうか。そこも含めた動機の解明が待たれる。しかし大広だとかKADOKAWAだとかにお金が流れたことには触れるメディアだけれど、本来は1業種1社のスポンサーで新聞なんか6読売朝日毎日日経産経北海道と6社もスポンサーになった経緯を説明しようとしないのが謎というか、そこで元専務ともやりとりがあったなら明かして自分は潔白だったと言えば良いのに。それとも何か動いている?解明が待たれる。

 東京へと戻ることになったので名古屋駅で矢場とんのわらじかつ弁当を買う。店で食べるよりも分厚くて歯ごたえがある感じ。値段だけのことはあるなあ。味噌カツって家だともうちょっとすり鉢ですってドロッとした感じの味噌を載せるんだけれど、矢場とんのって薄いソースみたいになってて違うって気がしてた。改めて食べるとさっぱりとしてとんかつの脂っこさを打ち消す感じでこれはこれで良い物かもしれない。店では銀座で食べたのが最後くらい。改めて食べに行ってみようかな。名古屋で食べればアイマスかなにかのグッズがもらえたみたいだけれど興味がないので別に良いのだった。

 名古屋の高島屋にあるバーバリーと、そして東京駅の大丸に入っているバーバリーで「ブルーピリオド」のコラボ漫画の冊子をもらう。ネットでも読めるけれども表紙絵の美しさとかを見ると大きい版でリアルなものが欲しかったのだった。内容はバーバリーを着てモデルをしているローラの姿にビビッと来た八虎が、龍二を誘って展覧会に行く話。そこで語られる値段だとか作家のバリューの話にもっと作品と鑑賞者が近づかないとって思い悶々とする。

 どそれがどうしてコラボ漫画と結びつくかというとバーバリーを着ていてもローラがブランドに着せられている感じではなく本人が必要だから着ていると感じられること。本来は服ってそいういうものだったのに今はブランドをまとっていることがステイタスになっている状況に、当のブランドが異論を挟むという構図が挑戦的でユニーク。それを赦してもバーバリーにはしっかりとした作品として、あるいは衣服としての軸があってまとった人に寄り添うという自信があるんだろう。ちょっとバーバリーを見直したくなったけど、着る機会は一生ないだろうなあ。


【9月4日】 どこもかしこも「桜を見る会」を手掛けた事業者が安倍晋三元総理の国葬儀を手掛けるといった見出してどこかに怪しげな関係があったかのごとく匂わせようとしているけれど、吉田茂元総理の国葬だって手掛けた由緒正しい会社が得意の武道館で緊急に行われる国葬儀を手掛けることに手を上げて、他にライバルもいなかったので認めた裏に何かあるはずもない。にもかかわらずそうした説明を省いて雰囲気だけとネガティブに持って行くようなメディアの仕草を、もはや普通の人は敏感に察知してしまうリテラシーを持っている。

 そうなってもなお反権力しぐさに余念がない新聞の未来を思うとやっぱり離れておくのが正解だったかもしれないなあと思えてくる。25年ほど前に小林よしのりさんが「戦争論」で日本の正義を訴えた時、左側が小馬鹿にして応じず無視していたらいつのまにかそれが蔓延って一大勢力になってしまった。国を動かすほどにまで。その行き過ぎが是正されようとしている今また同じような反権力しぐさで読者を話してしまうのはもったいないと思って欲しいのだけれど、目立つ人ほどそれをやることが正義みたいな構えでいるからなあ。やれやれだ。

 もちろん安倍晋三元総理の国葬儀なんて吉田茂元総理を最後に佐藤栄作元総理でも中曽根康弘元総理でも行われていなかったこと。ノーベル平和賞を受賞したり日米関係を大いに発展させた2人の総理と比べていったい安倍元総理の功績に特段の優れたところがあったのか、それ以前に国民から付託された信用でもって行ったことは個人に帰結するもではなく広く国民に還元されるべきもので、ひとりの栄光として讃えて良いものではないにも関わらず賞賛の的として祭り上げるこの奇妙さを考えるなら、自民党と政府が執り行うべきだったし今もそう思っている。決まってしまって行われることは邪魔しないけど異論だけは唱えておく。当日は何をしていようか。

 家にいると寝てしまうのでプライムツリー赤池にあるTOHOシネマズ赤池まで出かけていって「ブレット・トレイン」を見る。吹き替え版。ブラッド・ピットが堀内賢雄さんというのは佇まいが端正すぎるかなとも思ったけれどブラッド・ピット公認だけあってそこはしっかりやさぐれた運び屋感も出してくれていた。というか原作だと殺し屋なんだけれど映画だとテントウムシは運び屋専業なんだなあ。そんなブラッド・ピットが新幹線でスーツケースを盗んで次の駅で降りれば終わりのところを入って来た男に刺されそうになって倒したら別の殺し屋とかでてきてくんずほぐれつ。降りられない。

 一方ではスーツケースを運びつつ日本のヤクザのボスになったロシア人の息子もいっしょに運ぼうとしたらスーツケースが盗まれ息子も殺されてしまってこれは大変。誰がやったと探し回ってブラッド・ピットに行き当たったりする一方で、ヤクザのボスを殺す役割を押しつけられた男がいたり可愛い顔をしていろいろと悪巧みをしている少女がいたりしてどこに向かうか分からないまま新幹線は京都へ向けてひた走る。

 東京駅を出て秋葉原を通過したり名古屋の後に富士山が見えたりといろいろおかしい日本だし、だいたいが夜中に新幹線が走っているのも妙だけれどもそこは面白さに奉仕しているのだから気にしないし気にならない。役者もそれぞれに妙味があって見せ場も多くなかなか楽しいけれどもやっぱり我らが真田広之さんが出てくると引き締まる。吹き替え版では声を井上和彦さんがあてていたけど渋みもしっかり出て悪くなかった。そんな真田さんの「モータルコンバット」の時よりも多いくらいの刀をつかったアクションを堪能できるという意味でも良い映画。ラストの大見得を軽トラックで吹っ飛ばされる人に哀悼を。


【9月3日】 雨が降っていたのでどうしようかと思ったものの、止んだようなので地下鉄とあおなみ線を乗り継ぎ金城ふ頭へと行って文化庁メディア芸術祭名古屋展を見物。隣にレゴランドがあって朝から結構な人数の親子連れが来ていて、オープン当時にはあれやこれや悪評も立っていたもののしっかりと馴染んでいる感じが出てきた模様。きっといろいろと施策も打っているんだろうし、やっぱり子供はレゴとかトミカとかプラレールが大好きなんだってことで。

 そんなレゴランドを横に見た会場は小さなお店が並んで飲食店もあって過ごすには割と良さそう。そんな店舗を幾つか使ってメディアアートとマンガとエンターテインメント作品とアニメーションが展示されて見て回ってそういやあこんな受賞作品もあったとか、こんなのあったっけとかいろいろと思い出してはこうやって、混沌とした作品たちに一定の基準を与えることで核を作り出し、そこに他の作品を寄せることで可視化する機能を持った文化庁メディア芸術祭の意義という奴を改めて感じ取る。

 漫画だとかアニメだとかはまだ上映会なんかがあったり映画祭やコンテストがあったりして優れた作品が可視化されることがあるけれど、メディアアートだとあちらこちらで作られ展示されたフラットな評価軸のままでは何をどう観ればいいのか分からない人もいる。それらをギュッとまとめて上澄みだけでも見せることで、文脈が立って他の文脈に接続できるといった感じ。そうした軸がなくなった時、メディアアートは何を拠り所にしていくのか、メディア芸術データベースへの入力は何を優先していくのか。混沌に戻るのかなあ。

 9か所の展示を全部見てスタンプをコンプリートしてうまい棒をもらったので会場を退散。戻って名古屋駅のスパゲティハウス ヨコイで昼ご飯にしようと思ったら行列が出来ていたので、栄まで行って錦三丁目に昔からある店に行ったら空いていたのでそこでスパゲティに卵焼きが載ってソーセージが散りばめられたメニューを1.2倍で平らげる。見るからに美味くないはずがないビジュアルだったけれども食べてもやっぱり美味かった。ソースはヨコイならではの辛めな感じでスパゲティも絡まってフォークで救いづらかったけれど、それをもりもり食べる野がヨコイ流。櫛が通ったように整えられたチャオとは違うのだ。

 食べ終わって伏見まで歩く途中のスターバックスでしばらく原稿書き。東京だったらVELOCHEもマクドナルドもドトールもタリーズもいっぱいあるけれど、名古屋はそうした店が歩けばすぐ当たるって訳ではないのかな。でも伏見は地上にも地下にもスタバがあったしドトールもあったから、だんだんとそうしたファストカフェが蔓延っては従来からの喫茶店を駆逐していっているんだろう。そうした中で大いに伸びたコメダ珈琲店と状況を維持しているコンパルは凄い。守れモーニング文化。

 例の東京2020オリンピックに絡んで電通の元専務とKADOKAWAとの間で何かあったかもしれない可能性が浮上。元よりカテゴリーになかった出版を作ってもらった上に、そこに選んでもらったことへのお礼だったら大変だけれど、そこまであからさまな金銭のやりとりをするものかって疑問が浮かぶ一方で、あからさまだったからこそAOKIの件で逮捕に至ったりもした訳で、KADOKAWAについてもどういった広がりを見せるかが目下の注目ポイントとなりそう。

 でもそれを言うならアメリカだったらそもそも入らない新聞を横並びで6社もスポンサーに迎えて大金をガメつつそれぞれに利権を分配した状況で、どんなやりとりがあったかも新聞はつまびらかにしないと。それができるのはスポンサーに入らなかった東京新聞=中日新聞くらいなんだけれどスタア記者が根拠もなしにコタツツイートをばらまいて悦に入っているから無理かもしれないなあ。そんな記者ばかりではないと思いたいけれど。


【9月2日】 かしゆかの姫カットを思い出しつつ実は密かにウイッグに変えていて突然まるっと脱いでのっちよりも短いショートカットを披露したらいったい世界はどうなるかを想像すると夜寝られなくなってしまった。寝たけれど。楽曲では「ポリリズム」をやってくれなかったのであーちゃんのジャンプが見られなかったのが残念。まあたぶん幕張メッセのライブで見ていたと思うからそれで良いのだ。次は東京で見たいけれど規模が大きくなって見えづらさが増すからなあ。かといってホールは当たらないし。日本ガイシホールの程よさを今一度。

 家だと寝てしまうので起きて新栄まで出てVELOCHEでテープ起こし。どうにかこうにか出来上がったので近所にあるあんかけスパゲティのそーれに言ってミートボールを食べる。ソースは赤味が強めのちゃお風だけれど甘さよりややスパイシー寄り。かといってヨコイほどではないからすっと食べられた。別にクラシックソースというのがあるみたいなのでそっちを頼めば昔食べた時のような味を思い出すかもしれない。そうしえばそーれってCBCの裏手にあったんだけれどいつ移ったんだろう。っていうか移ってから1度言ったような記憶もあるけれどいつ行ったんだろう。謎めく。

 歩いて矢場町あたりまで行ってスターバックスで休憩。初めて入ったのに良く来る人ですねと言われたのではい時々来ますと行ったのは相手に恥を欠かせないやさしさという奴で。原稿とか整理したりメールとか整理したりして時間を潰してから大須へと移動して機能に続いて「マウスマン〜ダークチャイルド〜」を見る。実は昨日は少し寝てしまってストーリーを断片的にしか覚えていなかったのだった。なのでラストシーンの意味が今ひとつ分かりづらかったけれど、今日はちゃんと起きていられたのでどういう展開からああなったのかが分かった。結論。

 「マウスマン〜ダークチャイルド〜」はヤバい。主人公の声が細谷佳正さんでまずヤバい。ヒロインが可愛くて超ヤバい。敵の28号というバケツを被ったキャラクターが強すぎて極ヤバい。そんな敵の28号とのバトルシーンが激しくてとにかくヤバい。そして敵28号誕生の秘密が悲しすぎて本当にヤバい。なおかつヒーローがヒーローとして存在する意義が問われるテーマがヤバい。こんなにヤバいアニメーションをどうして大須シネマだけでしか上映しないのか。前の「マウスマン」シリーズは池袋でも上映したというのに。そこがちょっと分からないけれど、運良く見られたこの機会を享受した身として叫ぶ。「マウスマン〜ダークチャイルド〜」は絶対に観るべきアニメーションだ。

 安倍晋三元総理の国葬儀をムラヤマという会社が仕切ることになったそうで、それが「桜を見る回」も仕切っていた会社だということで日本テレビ放送網の人が騒ぎ立てているけれど、実はムラヤマという会社がこの春に日本テレビホールディングスの子会社になっていたりするのだった。つまりは身内。どうして落札したのか調べて報じるならまだしも、そこに触れずにSNSで騒いでいるのがどうにもこうにも厄介で面倒臭い。

 というか調べればムラヤマが展示会の設営とかイベント施設の内装とかで大手の会社ってすぐに分かるだろう。実績もあるから受注したって不思議はない上に、自分が所属する会社のグループ会社でもあるのに、知らん顔しているのかマジで知らないのか知ろうすらしていないのか触れずに非難ばかり。これでは批判にも説得力が乗らないにもかかわらず、引っ張られて乗っかって騒ぐ人たちがいっぱい。右も左もこりゃダメだってなっちゃうけれどそれでは困るんだ。どうしたものかなあ。どうしようもないのかなあ。


【9月1日】 Perfumeのライブが日本ガイシホールで夜からあるので午前中に家を出て、とりあえず新栄にあるVELOCHEでインタビューから文字を起こしてそれなりにとりまとめ、取れ高を確認してから昼ご飯にしようと前は交差点のビルにあったサヴァランの移転した店舗へと入ってボロネーゼというスパゲティを頼む。ボロネーゼといってもイタリアで食べるミートソースとは違ってあんかけパスタで5個の玉子を使った卵焼きが上に乗ったもの。つまりは天津麺のスパゲティ版といったものになる。

 前の店でもたっぷりの卵焼きを食べられるとあって何度か頼んだ記憶があるけれど、当時はもうちょっと玉子に何か混ぜられていたようないなかったような記憶がある。そこのところはよく分からない。あと交差点から移転した先は11時半で人があんまりいなかったけれど、前はもうちょっと混んでいた。でも正午過ぎこそが本番だろうからそっちに人が集まったのかも知れない。そこまではいられなかったので食べて退散。ソースはチャオともヨコイとも違ってた。30数年ぶりなので前と一緒かは不明。次はそーれに行こうかな。

 ライブまで時間があったので大須へと回って大須シネマというところで謎のアニメーション「劇場版マウスマン〜ダークチャイルド〜」を見る。何か「マウスマン」というシリーズの自主制作アニメがあってそれを長編化するにあたってクラウドファンディングもしていたみたいだけれど気づかなかった。このアニメの何が凄いって自主制作なのに声があの細谷佳正さんということ。ナチュラルな渋さを演じさせればピカイチの声優がどうしてこんな作品に? って思うんだけれど見てみてなるほど細谷さんの意味があった。

 企画先行のへっぽこ自主制作アニメ的な雰囲気を漂わせていながら内実は極めてアンチヒーローでダークヒーローといったところ。あまり積極的に敵とは戦わないマウスマンという改造人間がいて、拾ったという少女といっしょに暮らしているんだけれどそんなマウスマンの前に現れる28号という敵との戦いの中からマウスマンの過去が浮かび上がり悲惨な境遇からの脱出めいたストーリーが見えてくる。円環の中で悲惨さを乗り越えられない苦しさを味わうような雰囲気? でも1度ではよく分からなかったのでもう1回くらい観に行くかも。東京では上映しそうもないので大須へと行こう。そーれはその時かな。

 金山でしばらく原稿を書いてからJRの東海道線で笠寺へ。日本ガイシホールはまだレインボーホールとか呼ばれていた時代に行ったことがあって確かロックンロールバンドスタンドが大晦日から元旦にかけて行われた時だったように思うけれどもはっきりとは覚えていない。ジュンスカとかボ・ガンボスとかレピッシュとかRCサクセションとか見たなあ。そんな思い出。その時はもっと大きいホールのような気がしていたけれど、改めて入ると代々木体育館とか横浜アリーナほどの広大さはなくそれなりにコンパクトで見やすい感じがした。

 なおかつ縦方向ではなく横方向にステージをしつらえ四方から見られるようにしていたから、近くにかしゆかがきたりノッチが来たりしてダンスもナマ足もしっかりと見られて楽しかった。途中、ライゾマティクス的なプロジェクションもあって近代的な雰囲気があったけれど、NHKホールで見た時のような実験的なものはなく、スクリーンに映しつつ中の人たちとシンクロさせるくらい。それでもPerfume的なイメージを保ちつつ合間にあーちゃんの広島弁が炸裂するMCも入って楽しい時間を過ごすことができた。ダンスの巧さはやっぱりピカイチ。東京ドームのような広さだと遠すぎて分からないのがガイシはしっかり見られたのも良かった。ツアーまだ続いているみたいだしもう1回くらいどこかで行ってみようかな。


【8月31日】 ゴルバチョフ死去。チェルネンコもアンドロポフもたぶん世界史に名前は残らずブレジネフですらもしかしたらスターリンやフルシチョフに比べれば場つなぎ的な存在として語られないかもしれな中で、ゴルバチョフだけはやっぱりあのソビエト連邦を終わらせて世界を冷戦から解き放った人物として歴史に名を刻むことになりそう。その結果としてユーラシア大陸に独立国がいっぱいできて紛争なんかも起こる一方、世界の各地でも冷戦のタガを外れた国々が内戦やら紛争やらに関わり始めた訳で、その原因を語る時にゴルバチョフの名前は外せない。

 あるいはクーデターによって実権を削がれエリツィンへと権力が移り今のプーチンにつながっていたりする歴史を、変えられたかもしれない分水嶺に立ちながらもソ連をまとめCISなりロシアを中心としたゆるやかな連合体として維持できなかった訳でその意味ではレーニンやスターリンといった建国の英雄たちと逆の意味でのアンチヒーローですらないのかもしれない。それでも変化させたことは大きい。日本でそれだけの決断をした総理大臣が戦後にどれだけいただろうと考えると、政治家というものを安易に英雄視するのは間違っているような気がする。何もしなかったどころか腐らせた張本人を崇め国葬にすると言ってる人たちはまったく何を考えているんだろう。やれやれだ。

 仕事で群馬へ行こうとしたら津田沼で誰かが線路に立ち入ったとかで列車が船橋駅に来ず、これは出られないと駅を出て東武野田線というかアーバンパークラインに乗って柏経由で春日部まで行き、そこから東武動物後編と経て久喜で乗り換え館林で乗り換える、当初にJRで錦糸町まで出てそこから乗ろうとしていた路線を引き継いだ形で、なおかつずっと東武鉄道だから乗換時の料金も発生せずかえって良かったことが判明する。JRほど込んでないからその後に実家に帰るために持っていて、錦糸町で預けようかと思っていた荷物もずっと持って乗ることができた。次に行くことがあったらやっぱり同じ路線を使おう。行くことがあるかは分からないけれど。

 時間があったので前回と同じ食堂でやっぱりソースカツ丼を注文したら前回は柔らかく揚がっていたのが今回はカリカリな感じでちょっと歯ごたえが違ってた。まあでも食べられたしカリカリでも美味しかったので良しとしよう。ソースカツ丼が別に太田市の名産って訳ではなくむしろ太田は焼きそばが名物らしいけれど、そこの食堂に焼きそばはなさそうなので仕方が無い。食べ終わってからしばらく図書館で新聞の読み比べ。読売新聞は群馬版を見開きで作っていて東京新聞は群馬と栃木の共通版を載せていた。産経は群馬だけで1面を作っていたけどニュースがトップくらいであとは告知とベタが2本。そしてお悔やみ。地方版でお悔やみって今でも需要があるんだなあ。でも県版いつまで作るんだろう。

 取材を終えて帰りは特急で浅草まで出てそこから東京駅で新幹線に乗り継ぎ名古屋へ。到着したら名古屋うまいもの横町にあるチャオへと行ってあんかけスパを食べる。なるほどスパイシーではなく甘みのきいたマイルドな味はチャオならではといったところ。東京の上野で食べたあんかけスパもここん家に近い感じだった。ヨコイの強烈なスパイシーさになれているとすこし物足りないかもしれないけれど、一般の人が食べるならこっちの方がいいかもしれない。名古屋駅にあって夜なのに結構な繁盛ぶりも、名古屋人だけでなく旅行客が食べている現れだろうから。そんなこんなで実家に到着。しばらくいよう。


【8月30日】 とあるどこかのアニメデータベースがウィキペディアを丸パクリしていたって話が出ていてやれやれ。今や論文でウィキペディアを引用しただけでアウトとなる常識の中、参考にされるべきデータベースがそこから引っ張っていては信頼なんておけるものではない。あるいはそうやって引用されたことが分からないままアニメのデータベースに置かれた情報だからとオーソライズされてしまいかねない状況に、もっと慎重であって欲しいんだけれどそうしたことに気を配っている感じがしないのが何とも。

 とりあえず即座に引っ込めたみたいだけれど今度は情報がスカスカになって最初のあの充実ぶりは何だったんだって話になる。代わって同じだけの熱量で情報を入力してこと使えるデータベースなのにってことは、逆に言うならそうやって参照され引用される原典を目指してはいないのかもって可能性も浮かんでくる。ただ情報としてあってウィキペディア的に参照できて状況だけが把握できれば良いっていうか。ビジネスならその程度でも有用だけれどアカデミズムはそうはいかないとなると狙っているのはアカデミックな方面じゃないのかもしれないなあ。そうじゃなきゃ食えないってこともあるけれど。どこを向かってひた走る?

 「夏へのトンネル、さよならの出口」の映画公開が近い八目迷さんの新作「琥珀の秋、0秒の旅」(ガガガ文庫)は時間が進むのでもなく戻るのでも無く止まる話。北海道の函館に修学旅行に行った主人公が周囲からからわかれ居心地の悪い思いをしていた時に突然時間が止まってしまった。誰も動かず動かせない状況の中、ひとり動いている少女がいてその時は離れたもののやがていっしょに原因究明のヒントをさがして、主人公の叔父が言っていた言葉の謎を解こうと東京へ向かって歩き始める。

 函館から東京までどれだけ歩けば着くのか大変だと思わないところが若さだけれど自転車も慣性の法則が働かないからうまく走れなし、自動車もバイクももちろん動かないしそもそも運転できなさそう。だから歩いて行く途中で主人公が妙に正義感を発揮して盗んじゃいけないとか言い出すあたりのウザさが世間から疎外感を読んでそれが時間を止めたりしたのかもしれない。そのうちに過去にも時間が飛んでいたことを思いだし、停まっている間のことを覚えていない可能性も浮上してくる。果たして主人公の少年はいっしょに歩いた少女のことを覚えているのか。そんな可能性も感じさせて至る結末やいかに。結果として少年は何を学ぶかも含め、読んで考えさせられるジュブナイルだ。

 そのうち誰かに譲るかもしれないと2冊買ったいしいひさいちさん「ROCA 吉川ロカストーリーライブ」が届いたので読む。いしいひさいちさんらしく4コマ漫画でギャグめいた展開を挟みつつも吉川ロカという女性がポルトガルの民謡でシャンソンとかカンツェオーネみたいに親しまれているファドという歌曲を歌ってだんだんと人気が出て行くストーリー。気が弱い割に歌声だけは強靱で素人っぽさもありつつやっぱり巧いそおn謡かが評判になってだんだんと大きなホールでやるようになっていくサクセスストーリーがとても嬉しい。

 その一方で学生時代から励まし然りつけてロカを支えてきた女性がいるんだけれど土建業なのかあんまり表に立たずデビューさせたらあとは遠くから応援する程度。もしかしたらロカが自分で励ますために作り出した幻想かもと思われたりもするけれど、マネジャーは実際に喋ったこともあるから多分実在なんだろう。でもラストにどこか幻想の中にいたような感じもあって判然としない。解釈のしがいのある結末。これがもしも文化庁メディア芸術祭の漫画部門に応募されたら同人誌だろうと自費出版だろうと賞をとっただろうなあ。そう言う意味でフラットに面白さを吟味してくれた文化庁メディア芸術祭の公募終了は痛い。かといってマンガ大賞にノミネートできるのかというと……。可能性を探ってみたい。


【8月29日】 サイン入りを買った荒木あかねさんの江戸川乱歩賞受賞作「此の世の果ての殺人」(講談社)を夜中にかけて読んでみる。隕石が降ってくる目前の九州で起こる連続殺人を解き明かす特殊設定ミステリ。巻末に載っている最終候補作がみんな特殊設定ミステリだったらしい中で、頭抜けた面白さだったということdえなるほど確かに読んでいて何が起こるんだろうと気になって最後まで読み切ってしまった。

 直径7キロの隕石が九州あたりに落ちてくるということが分かっていて、日本あたりは壊滅しそうだけれどそれだけじゃなく舞い上がった土砂で日差しもさえぎられて地球は氷河期に入るんじゃないかと言われていて、つまりは全滅確実な中でもはやこれまでと自殺する人もいたりする九州で、なぜか自動車教習所に行った女性がなぜか残っていた教官といっしょに教習を行っていたりする。週末だからといってパニックにならない一方で、慌てる感覚すらマヒしているような感じなのかもしれない。

 そんな2人が自動車のトランクに入っていた死体を見つけたことで、これは誰でどうして殺されたのかを調べ始める。教習所の教官はもとは女性刑事として強い正義感を持って捜査に臨んでいたとか。それだけに行き過ぎなところもあって止めざるを得なかったみたいだけれど、隕石が落ちてくるような状況であっても殺人事件があれば謎は解決したいと挑んだ先、どうやら高校であった虐め事件が絡んでいるらしいことが分かってくる。それは教習所に通っていた女性とも深く関わる話だった。

 そこのあたりは偶然が過ぎる気がするけれど、あまり気にせず読み進んでいった先で連続殺人のその向こうにもっと凄絶な事態が絡んで来る。それが隕石が迫っていることから生まれた狂気なのか、それとも元からあった狂気が隕石によって社会のタガが外れたことで爆発しただけなのか。いろいろと考えたくなる事態の真相。そんな物語の果てに地球はやっぱり救われないんだけれど、ひとしごと追えて迎える最期は気持ち良いのかもしれない。もしも同じような事態に見舞われたら自分だったらどうするだろう。バイクの免許を取りに教習所に通うかな。

 そんなに縋りたいならご遺体をレーニンだとか毛沢東だとか金日成みたいに永久保存すれば良かったのにそこまでのご威光はなかったらしく荼毘に付されたものの、やっぱり縋りたい気持ちがあって保守政治家が作る団体が安倍晋三元総理大臣を永久顧問にしたとか。そうやって奉って敬ったところでなくなった方から何を得られる訳じゃない。存命ならば周囲への影響力も期待できるけれど、そうでない方を顧問として迎えたことから得られるのは自分たちの信心くらいだろう。そういう対象なんだってことを改めて、満天下に示してしまった事態をご遺族は快く思っているのかなあ。そうやって現世に留め置いて名前を使われ亡霊と化しはしないかと不安がっているような気もするなあ。

 福島で行われた日本SF大会で星雲賞が発表になって、牧野圭祐さんによる「月とライカと吸血姫」が藤井太洋さんの「マン・カインド」とともに受賞を果たしたとかでおめでたい。それほど票数もないのが星雲賞の特徴で、そこで同票を得たということは珍しい気もするけれど、SF界隈に知られた藤井さんとは違ってやっぱりライトノベルでそして前にライトノベルで受賞した笹本祐一さんの「AREAL」ほど知名度も高くない作品で、受賞を果たしたのはそれだけ優れていたって現れなんだろう。あの林原めぐみさんが読んで声優を引き受けると決めた作品。今回の栄誉も加わってさらに読まれて欲しいし、アニメの続きも作られて欲しいなあ。


【8月28日】 朝から荷物が車での間、パソコンを開いてカタカタと原稿打ち。400字のレビューを4本書いて400字くらいの総括原稿を着けてとりまとめて送信してとりあえず完了。これで良いのか分からないけれども悪ければ何か連絡があるだろう。気温もそれほど高くなさそうなので今日は家でも過ごせると思い、それなら夕食も家で食べて悪くないと思ったので亀戸のDIVEまでドカ弁当を買い出しに行く。

 痩せようといろいろ頑張って野菜中心の食事にしたりしたけれど、結局はよく歩いてそして午後6時くらいまでに夕食を終えてあとは半日以上何も食べないのが良さそうだと分かった感じがしたので最近はなるたけ夜は外にいたなら午後6時までに外食で済ませることにしている。家にいると午後6時でも暑かったので食べてから過ごすのが大変だったのがこれだけ涼しくなれば大丈夫だろう。できればこの涼しさのまま行って欲しいけれど、もう1度くらい暑さが戻ってくるのかな。

 亀戸まで行く電車の中で三浦晴海さんの「走る凶気が私を殺りにくる」(メディアワークス文庫)をぺらぺら。介護タクシーのドライバーをしている主人公がいつもだったら夫が行く老人ホームへと出かけて認知症の男性を墓参りに連れて行こうとしたら黒いワゴンにつけられ煽られて大変な目に。逃げてもワゴンが追いかけてくる上に横に乗っている老人は認知症だからなのか突然に暴れたり過去のことをしゃべり出したりして落ち着かない。

 そんな会話の中で明かされる恐ろしい老人の過去。一方で主人公の女性が前に働いていたキャバクラ時代の話も挟まれてだんだんと追いかけてくる黒いワゴンの持ち主が誰なのかが分かってくる。追いかけられる恐怖と隣に座っている恐怖。それでも止まれず逃げられない緊迫した状況の果て、さらに驚くような事実が浮かび上がってくる。老人は本当に認知症だったのか。告白した過去はあるいは懺悔だったのか。やっぱり真性なのか等々。恐怖は持ち越されながらも戻って来た平穏を喜びたい。

 亀戸で茶色い弁当を買ってから戻る電車で木崎ちあきさんの「DOPE 麻薬取締部特捜科」(KADOKAWA)を読む。月刊ニュータイプに連載されていたけれどニュータイプで読むのは「ファイブスターストーリーズ」くらいなのであまり気にしていなかった。内容は特殊な麻薬が出回ったことでそれで超人化して暴れる人が続出する一方、麻薬の影響が子供に伝わって先天的な異能力を持った人が現れるようになった日本で、そんな特殊な麻薬が関わる犯罪を捜査する特捜部に配属された若い捜査官の才木優人が、先輩たちと事件に挑むといったストーリー。近未来的異能捜査物って言えるのかな。

 主人公の才木には直感で悪いことを察知する能力があって、そしてバディとなる先輩の陣内徹平にはとてつもない視力が備わって、ほかに体力がものすごい女性がいたりして異能捜査官がズラリ。とはいえそんな能力が全面的にぶつかりあうような「文豪ストレイドッグ」のような迫力たっぷりの展開にはならず、ドラッグが関わる事件を地道に捜査し聞き込んだり張り込んだり乗り込んだりして犯人に迫る。そんなエピソードの底には神内の妻が惨殺された事件への怨みを晴らそうとする執念があり、その真犯人を追い詰めた果てに現れる悲しくも腹立たしい事実があって神内に同情もしたくなる。だからこその再出発。新たなポジションを得て始まる新たな物語に期待したい。


  【8月27日】 家にいたら干上がってしまうか眠ってしまうので家を出て、とりあえず池袋へと向かい映画「NOPE」をIMAXレーザーGTの巨大スクリーンで見ることにする。せっかくそれ用に作られた映画をそれで見ないのは勿体ないから。途中で富士そばへと行って味つき玉子が載った蕎麦とカレーのセットを食べて一服。そして激情に入ると「ブレット・トレイン」の登場人物をアニメで描いたポスターが飾ってあった。

 ブラッド・ピットが主演なのに日本で新幹線に乗る話って何だろうと思ったら伊坂幸太郎さんの「マリア・ビートル」が原作なのね。それをハリウッドで超スターを揃えて映画化するなんて他の作家が羨ましがるような経緯。仮に日本で撮ったらそれこそ「新幹線代爆破」のようなスペクタクルにすら今はならないでセットを使ってアクションシーンがあるようなショボい作りになったかもしれない。どうだろう。

 映画は公開がまだ先なんでそれまつ待つとしてとりあえず「NOPE」。うーん、これをIMAXで撮ろうとした心意気と、そしてIMAXで撮ったなりの迫力が出ていることは認めよう。とりわけ横だけではなく縦にも長いスクリーンは見上げるような描写に最適で、そんなスクリーンだからこその見上げる恐怖って奴を存分に与えてくれた。とはいえストーリーはB級スペクタクルに近い感じで昔ながらの合成でやってもそれなりにショッキングな映画にはなったんじゃなかろうか。

 ダニエル・カルーヤが演じるB.Jという映画やスタントに貸し出す馬を育てている男性は、ベテランだった父親を亡くして後をついだものの愛想に乏しく今ひとつ。かといってキキ・パーマーが演じるエムも落ち着かない正確すぎて遅刻は平気でそれでいて自分の宣伝に余念がなく仕事にはあまり熱心ではない感じ。集中力に乏しくすぐ騒ぎたがる性格が兄とコントラストになってこりゃあちょっと任せてられないわってなっても仕方がないだろう。そうして牧場は傾いていく。

 なので仕方なく馬を手放そうと赴いた先が西部劇風のアトラクションを展開するスティーブ・ユアン演じるリッキー・“ジュープ”・パークという男。彼が子役として出演していたファミリードラマで前に陰惨な出来事があったんだけれど、それと本筋とが絡むと言えば絡むものの絡まないといえば絡まず、そうしたよそ道も含めてIMAXで撮っているのもったいない感が強い。どうせだったらスペクタクルなアクションをもっと撮ればよかったのに。それは予算がかかりすぎるからやらなかったのかなあ、6800万ドルだものなあ制作費。アメリカにしちゃあ安い。

 そうやって作られたドラマはなかなかにスペクタクル。あれはどこから来たのか。あれは何者か。あれはどこに行くのか。どんな言葉が浮かんだけれどそうした説明に割くことはしないのも映画をともすればば高尚で、逆に言えばスカスカにしている。まあ見ている間は楽したんだからそれはそれで良いのかな。四角いIMAXのスクリーンで見る意味はあった映画。続編とか作られたら今度こそ軍隊がわんさか出てきて相手も大量に現れて一大バトルなんてものを撮って欲しい。そういう映画なんだ。

 谷口悟朗監督による「ONE PIECE FILM RED」が100億円にたどり着いたそうでまずはおめでとう御座います。東映の単独配給では初めての100億円でもちろんシリーズでも最多なら谷口悟朗監督作品でも超絶的な記録。「ONE PIECE」という素材の大きさはもちろんあるけれど、それを歌でまとめあげつつ人気のシャンクスも絡ませつつしっかりとした親子の関係を描き上げたからこその人気だと言えるだろう。しらない爺が昔取った杵柄とばかりに出てきて暴れ回るだけの作品より、本筋とも絡めつつ単独でも楽しめる作品にしたことが功を奏した。未だ「名探偵コナン」でもたどり着いてない壁を先に突破して「コナン」は次に何を描く、ってもう決まってるんだっけ。変えてきたりして、灰原哀がメインな上に唄いまくる内容に。


【8月26日】 一昨日に富山から帰ってきて1日おいて群馬県は太田市へ。こんなに動き回っていると脚に筋肉が戻って基礎代謝が増えて痩せるかと思いたいけれどもここまで膨らんでくるとそう簡単には落ちそうもないのが悲しい。でも頑張って歩いて起きて歩いて起きることにする。さて太田市にはさいしょは特急で行こうと思ったけれど、北千住まで行って出発までちょっと間があったので久喜まで行って館林まで行ってそして伊勢佐木行きに乗って太田まで行く。思ったより早くついた。

 群馬って遠い気がするけれど鷲宮神社までよく行っていたからそこからちょっと脚を伸ばした感じだって分かった。また行くかというと来週にまた行く用事があるから行くんだけれど、それだけじゃなく観光でちょっといろいろ行ってみたい気もしてきた。渡良瀬渓谷とか紅葉の季節になると風光明媚なんだろうか。赤城山って国定忠治がいるんだろうか。あんまり群馬県の観光って勉強してないのでちょっと掘ってみるか。でも基本は秘境だからなあ。何が出てくるか。それもまた楽しみってことで。

 太田市に着いたら時間があったので近所の食堂で昼食を摂る。やっぱりご当地ということでソースカツ丼を所望。新潟のタレカツだとか福井のソースカツ丼だとか卵とじではないカツ丼は各地にあってどれが本家か分からないけれど、前に福井で食べたのはわりと厚めのカツだったのに対して群馬のは薄切りのそれこそ生姜焼きより薄そうなカツを衣でくるんで揚げたカツレツといった感じ。それにタレがしみて柔らかかくて食べやすかった。東京で食べられるんだろうか。探してみよう。

 時間があったのでそばにあった綺麗な図書館でしばらく休憩。大きくないけど綺麗でラウンジとかずっといたかった。カフェもあってそこで原稿をこうかとも思ったけれどそれほど時間がないので休憩だけ。ショップを覗いたらすぐ駅前に工場が建っているスバル関連のグッズだとかが並んでいて、中にスバル羊羹とういのがあったので1本所望する。箱にスバル360が描いてあるだけで中身がスバルにちなんでいるってことでもないけれど、なかなかデザイン性の高い箱だったので気に入った。

 あと子供の頃に家でスバル360を乗っていたってこともあるかなあ。狭いはずの車だったけど一家四人が乗ってあちこち移動してた。それくらい機動力のある車だったんだよ。それくらいのミニカーが今、電気自動車として売り出されれば売れると思うんだよなあ。普通の乗用車をEVに置き換えるのはたくさんでているけれど、そんなに大勢が乗って遠距離を移動することなんてこれからなくなると思うのだ。それこそシェアカーの時代になって誰でもどこでも使える車が必要になった時、スバル360的なコンパクトでそれでいて収容力も高い車に需要がある気がする。トヨタとか作らないのかな。

 トヨタもそんな状況ではないか。トヨタイズムだなんて内輪で立ち上げたメディアの編集長として迎えた香川照之さんがセクハラ問題を認めて謝罪。つまりは事実だったってことでそんな人を看板に据えてトヨタの顔としてあれやこれや語らせてはイメージダウンになるんじゃないかって話になっている。ただのタレントだったら変えれば済むけれど、編集長だなんって肩書きを与えて一般のメディアからの取材を断りつつ内輪のメディアとして活用しているメディアの顔にしている訳だから、ここで引っ込めてはメディアじゃなくPR媒体だったってことを認めてしまうに等しい。どんな処断が下るか。そのために報道ステーションの元アナウンサーを企業ジャーナリストとして抱えたのかも。そこはリスクヘッジが効いているな。

 太田市での取材を終えて帰りは特急で東京まで戻って取材。まぶしい2人にまぶしい話を伺って目が潰れる。来月中には出る予定。って原稿書かないと。そかし新聞とかで自分で撮影していたのと比べると、仕事をした媒体は巨大なスクリーンを持ち込みライトも持ち込み光を当てて動きもとってもらってプロ級のスタジオ風写真を撮っていた。新聞社のカメラマンでもそんな大仰な撮影はしなかったらやっぱり雑誌的な媒体は大変だ。それだけにプロの仕事も必要だってことでいくらスマホが発達してもカメラマンの存在は必要なのかも。そんな仕事に耐えるカメラを作ってくれよペンタックス。それは無理か。


【8月25日】 ほら言わんこっちゃないといった感じに文化庁メディア芸術祭の実質的な終了を告知する発表文が素っ気なさ過ぎて、いらぬ憶測を呼んでいたりする。どうして今中止するのか、それが顕彰の広がりだったらその旨も明記しつつ今後もしっかりと文化庁はポップカルチャーを応援しているよと言う姿勢を見せた方が良いとしておいたのに、そういったところに触れず聞かれてもあまり答えてなくて予算が尽きたポップカルチャーを見捨てた等々の意見が出ては攻める声やら悔しがる声が湧き上がっている。

 実際にメディアアートなんかは外に代替の場もなくてまだ見ぬクリエイターがプロジェクトの中で生み出した一風変わった作品が受賞を果たして世に認められ、クリエイターの今後に大きく影響を与えるなんてこともあった。新しいクリエイターを支援する制度から作品が生まれたり、日本のみならず世界を回る展示によって活動の場を世界に広げたりってこともあったりした。そういった可能性が今のところ何の代替措置も講じられないまま道が閉ざされようとしている訳で、不安も大きいだろう。

 アニメーションはまだ新しいアニメーションのフェスティバルも出来て世界各地のアニメーションがやってきて、見られる機会もあるから良いんだけれどそうした作品がお墨付きを得てさらに広がる機会が減じられてしまったことはやっぱり残念。やっぱり国がアニメーションにお墨付きを与えるというのは、アニメマニアからすれば余計なことに見えても当事者からすればやっぱり栄誉だし将来につながることだった。あとはそこで記録されることで存在が長く残るということも。

 賞というのはそうやってアーカイブを作る意味も持っていた。四半世紀作られたアーカイブは今後は作られず、クラウドのようにあちこちに点在するイベントから文字通りに雲を掴んで揃えていかなくてはいけないのは後世にとってよいことではない。なので今回、賞としての顕彰は途絶えても年鑑として作品をピックアップして記録していくことだけは続けて欲しい気がする。メディア芸術データベースの構築はそうした活動のひとつなんだけれど、そこへのエントリーとしてメディアアートなんかの場合文化庁メディア芸術祭があったのだから、代替として委員会なりが作品を調査して並べ入力していくことを続けて欲しい。1年の成果としてウエブだけでお披露目してくれればさらに良いのだけれど。どうだろう。

 原稿を書こうと家を出てとりあえず日本橋で降りてローマ亭とかいったロメスパの魅せてフランクフルトを添えてジャポネーゼを頼んだら出てくるまでに結構な時間がかかった。早く出せるのがロメスパなのにどうしたんだろう。開店直後だからまだパスタがそろってなかったのかな。次また行って同じようなら考えよう。そこから新宿へと回っていつものマルイの下にあるVELOCHEですこし原稿書き。どうにか書き上がったので新宿ピカデリーへと回って「凪の島」を見る。

 ひろしまアニメーションシーズン2022で「平家物語」の美術監督を務めた久保友孝さんが瀬戸内海の海は緑色をしているのに、外の作品ではそうではなくって残念に思っていたことを話していたけれど、なるほど映画に映し出される瀬戸内海の海は緑色をしてて、これを毎日見て育った人からすればやっぱり不思議に見えて当然だと納得する。そんな海で溺れているんじゃなく潜っている少女から始まって、母親と祖母と暮らしていて友達もいて先生も優しくて心地よい環境で暮らしてすくすくと成長している姿が綴られていて安心して見ていられた。

 とはいえそんな少女に父親が見当たらない理由があり、友達のひとりにも母親が家にいない状況があってそれぞれに苦労した家族がいて心に傷として残っていたり、逆に知らされず不安だけが募っていたりする姿に、多感な子供にどこまで教えるべきなのかといった問題をつきつけられる。説明して分かってもらえるならそうするし、分からないなら分かる時まで黙っているべきなのかもしれない。そうやって繰り広げられていった物語の果てに、島での結婚というハッピーなイベントが来て未来へと足を踏み出す動きもあって嬉しい気持ちで見終えられた。良い映画。新津ちせさんはどんどんと役者になっていくなあ。


【8月24日】 富山市内で取材をしてから富山駅へと戻って駅弁と鱒の寿司を買って新幹線に飛び乗り一路東京へ。途中で頼まれていたレビューの候補作を幾つか上げたり雑誌のレイアウトに沿って文字を埋めたりして過ごすあたり、売れっ子のような感じだけれども単に仕事が遅くて移動の時間にまで持ち込んでしまっただけなので喜べない。それでも本くらいは読もうと碧野圭さんによる弓道小説「凜として弓を引く」を読んでこちらは「ツルネ」とは違った高校でもなく男子でもない女子の神社にある弓道場が舞台のストーリーを楽しむ。

 高校で弓道部があるところなんてそうはなく、普通の人がどこで楽しむかと言えばやっぱり弓道場があるスポーツセンターか神社のような神事としての弓道が必要な場所に設えられた弓道場。そういうところでどういう人が弓道をしているのかが分かって面白かった。あとはどれくらいお金がかかるのかも。やっぱり弓とかは高いんだろうなあ。それから実際に弓で矢を射るまでにはしばらく鍛錬が必要なことも。「ツルネ」とは違って連続講座の6日目には引かせてもらえたから早いかもしれないけれど、引けたからといって当たるものではないからそこからが本番。続けていける環境があれあやらざるを得ないだろう。その意味での講座ってことなのかも。近所でやってないかなあ。試してみたいなあ。

 大事大事。ひろしまアニメーションシーズン2022が成功裏に終わった一方で長くインディペンデントのアニメーションにも目を配りつつ商業アニメーションも取り上げつつ良いバランスで表彰してきた文化庁メディア芸術祭が、次回の作品募集を行わないことを決めたという。来月に第25回の受賞作品展示会が行われるんだけれど今年募集が行われず選考結果も出ないとなると、来年の第26回にあたる受賞作品展は開かれず文化庁メディア芸術祭における作品のセレクトと展示の巡回という最大のイベントが途絶えてしまうことになる。これは困った。大いに困った。

 なるほど新千歳空港映画祭があったり新潟国際アニメーション映画祭が始まったり東京アニメアワードフェスティバルが続いていたりひろしまアニメーションシーズンが始まったりといった具合にアニメーションを評価する映画祭は結構あって、これに毎日映画コンクールのような大きな賞もあってそれなりに作品を日本で観る機会はあったりするから困らないような気がする。そういった民間への拡張を受けてメディア芸術祭が一定の役割を追えたというのは分かるけれど、これはアニメについての話であって外の分野だとそこまでフラットでイーブンな漫画賞はあまりない。

 漫画だと小学館や講談社が半ば宣伝含みで行っているものや、朝日新聞が行っている手塚治虫文化賞マンガ大賞、そしてずっと続けてようやく価値が定着してきたマンガ大賞があってそれぞれに素晴らしい漫画を送り出しては居るけれど、そこに海外の優れた漫画を紹介する機能はない。公募で門戸が世界に開かれていた文化庁メディア芸術祭では海外の優れた漫画を日本に紹介する窓口になっていた。そしてゲーム。日本ゲーム大賞があるけど業界団体が出す賞でヒット作がメインになってソーシャルだとかオンラインといったものへの目配りが薄い気がする。

 メディアアートも国内で美術展の文脈意外で評価して展示して紹介するような賞はたぶん皆無。海外だとアルスエレクトロニカだとかサウスバイサウス・ウエストといったメディア系の展示があってそこに向かってクリエイターが仕事をしているけれど、日本から気軽に見に行けるようなものではないし、企業が取り組んだメディアアート的なイベントもその場にいなければ体験できない。そうした一回性のイベントでもちゃんと広い、再現なり採録をして見せてくれたことでライゾマティクスの凄さが一般にも広まったような気がする。その代替が存在しないにもかかわらず「役割が終わった」というのはちょっと早いけど、決まってしまったならどうするかを今は考えるしかないんだろう。どうしよう。


【8月23日】 朝から外苑前にいって新作アニメーション映画「バッドガイズ」の試写を見る。公開前なんで詳細は避けるけれども印象はとても面白い。例えば「ルパン三世」が好きだったり「BEASTARS」が気になっていたり「PUI PUI モルカー」でモルモットに目覚めた人は見に行くととても楽しい気持ちになれるだろう。あとはキツネの美女がパンツスーツをまとった姿の見目の良さにピンとくる人とか。とってもなまめかしくてそれでいてカッコ良いんだ。公開されたら絶対観に行く。

 東京駅へとそのまま向かって新幹線で一挙に富山へ。一昨日まで広島にいたのにまた遠征だなんてこの20年くらいついぞなかったので忙しいのかというと逆に勤め人でなくなって暇ができたんで長距離の移動を含む仕事がこなせるようになったってことかもしれない。仕事なら当然、プライベートでも仕事に絡めば交通費も宿泊費も経費になるからなあ。そこは気が楽。使わなければ税金で持って行かれるなら使っちゃえって、こういうことだったのか。

 到着した富山でまずは駅構内にあるラーメン屋に入りブラックラーメン。前はちょっと知らなかったのえライスを付けなかったけれど、今回はちゃんと着けて濃い汁が染みた麺をすすったらご飯で口中をリフレッシュする繰り返しを楽しめた。ラーメンライスよりも必然性がありそうなブラックラーメンライス。外の店にも行きたかったけれど遠征とかしている余裕もないのですぐさま宿に入って原稿を打つ。

 アパ ヴィラ&リゾートホテルは前回来た時も止まったホテルでアパホテルだけに特徴的な会長だか社長の顔が入ったペットボトルが置かれていたり、藤誠志さんって国士な方の著作物とか置いてあったりするけれど、それを気にしなければ比較的広めで調度も綺麗で駅から近くて値段もそこそこと申し分がないのだった。机も高さがしっかりしていて仕事に最適。そこで頼まれていたインタビュー原稿をカチャカチャと打ってとりまとめて送ってから、セブン・イレブンへと降りて夕飯を買い込み戻って仕事になりそうなアニメを視聴。そこまで進んでいたのか。でもまだ先は長そう。ラストまで突っ走って欲しいなあ。

 せっかくだからと「ツルネ3」を読んだら愁にストーカー気味の後輩が出来てなかなか大変だった。いやそれ犯罪だからってことを平気でやらかして逮捕されたりしないのが不思議だけれど、そこはまあ青少年の更正に期待を込めたということで。十分にお灸も据えられただろうからきっと次からは騒がれないだろう。2年生になった湊たちには後輩も出来てそこからどんな新人が出てくるか、ってところが気になる。
 一方、それで5人組に亀裂が入るのもちょっとファン的には大変。チーム推ししている人も迷うだろう。「けいおん!」はそこをまくやって後輩が最後まであずにゃん1人だけだった。アニメの2期も決まって続くなら3期がそこで描かれるとするなら、どのキャラに誰の声が入るかが気になって来るなあ。ともあれ京都アニメーションが小説を出しアニメーションも手掛けて作品をしっかりと育てようとしてくれている心意気は感じられた。「Free」であり「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」であり「ツルネ」といったオリジナルを小説からアニメから全展開して成功させているビジネスモデルを、どこがちゃんと追えるか。見ていきたい。

 アホなのはリモート会見に登場した岸田総理ではなくそのモニターを官邸のロビーで取り囲むようにして見ていた記者たちだろう。それこそ記者クラブのPCからアクセスして対話もできるようにすればわざわざ1台のモニターを密になって取り囲む必要もないのに、それをやってしまう“絵作り”を意識するあたりにリモートワークだのといった新しい働き方に記者たちが対応できていないことが顕れてしまった感じ。全世界的になんて間抜けな奴らなんだと思われただろうなあ。デジタル担当大臣は何をしてたんだ。自分の会見をどうするかにちょっと関心。


【8月22日】 出ていたはずの「ツルネ 風舞高校弓道部 3」を買おうと西船橋の駅の中にあってKAエスマ文庫を扱っている本屋さんにいったら完売売り切れだったそうでこれは困ったと思い地下鉄と電車を乗り継いで三鷹まで行って、三鷹駅の上にあるこちらもKAエスマ文庫を扱っている本屋さんをのぞいたらまだ残っていたので内容を忘れていた2巻も含めて購入する。

 「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」とか人気になったけれどなかなか販路を広げず電子書籍でも確か出していないのは本屋さんを大切にしようという表れか、リソースを限定して注ぎ込んで長く付き合ってもらえるところを手厚くする考えか。ライトノベルの扱いがノベルズに負けつつある今、文庫ラノベをちゃんと置いてくれる本屋さんって貴重だからなあ。まあ仕方が無い。

 とって返してお昼ご飯にしょうと阿佐ヶ谷で降りて男の晩ご飯で生姜焼きと唐揚げが載ったランチをもりもり食べる。食べきれるくらいだからまだ胃腸は大丈夫だと思いたい。そこから近所の商店街の中にあるサンマルクカフェに入ってカタカタと原稿書き。ひろしまアニメーションシーズン2022で見た「平家物語」のトークイベントの様子をとりまとめてチェックに送る。山田尚子さんが登壇するイベントってそうはないから貴重なものなので是非記事にしたいので通ってくれと西にお願い。

 お腹を減らそうとアーケード街の中をとことこと歩いて南阿佐ヶ谷へ。店が立ち上がったりなくなったりはしてもちゃんと商店街として賑やかなのは近所に住んでいる人が多いからなのか、近所に大型スーパーがないからなのか。近場で食べられて買えて飲めるなら商店街の方が便利だよなあ。阿佐ヶ谷といい高円寺といい雰囲気を保っているのはそのためだろう。これが下北沢のように大々的に駅改良工事で駅前がこぎれいにされてしまうと、だんだんとお洒落が増えて雑多が住みづらくなっていく。今はその過渡期。持ちこたえてくれるかなあ。トリウッドとか最近行ってないから今度行こう。

 せっかくだからと映画の「ツルネ はじまりの一射」」を新宿ピカデリーで見る。テレビアニメにもなっていたけれどその総集編というだけでなく新作カットも混ぜて第1巻のストーリーを総括する形になっていた。原作を読んでいるかテレビシリーズを見ていないとちょっとキャラクターの関係とかついていけないところもあるかもしれないけれど、弓を引いて矢を放つ所作の美しさと難しさを、しっかりと踏まえて描いているから見ていると自分も弓道をやってみたくなってくる。

 見終わってラストシーンのその後に付けられていたのは原作だと「ツルネ2」にあたるところ。県代表を決めたあとの地方大会に行って桐先高校弓道部と再戦したり中学で湊や愁の先輩だった二階堂永亮が登場する辻峰高校弓道部が出てきたりしてさらにピリピリとした雰囲気の中、弓にかける青春が描かれていくことになる。女子が風舞高校は3人しかいなくてモブになっているのが寂しいけれど、5人の男子の結束を途中のいさかいも含めて見て成長を楽しむ作品だからそこもまあ、仕方が無いということで。

 「新世紀エヴァンゲリオン」の冬月コウゾウというか僕らの世代だと「機動戦士ガンダム」のテム・レイを演じていた声優の清川元夢さんが死去。先だって小林清志さんが亡くなり大竹宏さんも亡くなって昭和の黎明期からアニメを引っ張ってきた偉大な声優さんたちがどんどんといなくなってしまうのは寂しいけれど、世代が変わるというのはこういうことなので悲しみを呑み込みつつご冥福を祈ろう。ありがとうございました。


【8月21日】 ひろしまアニメーションシーズン2022では「犬王」の狂騒応援上映が行われてだいたい500人くらいは入ったような印象。これってもしかしたら新宿バルト9のシアター9より多い数字で過去に行われた応援上映では観客数で最大級だったかもしてない。場所も音楽のコンサートなんかが開かれるホールだけあって最後列で聞いてても、劇場より声がクリアでセリフも歌詞もくっきり聞こえた。統率がとれていてそれでもめいめいが自分を表現をしいた楽しいイベントだった。田中aさんが見たら何と言ったかなあ。

 今日も今日ととて会場へと出かけてコンペティション参加アニメーション作家のトークだとか、「平家物語」の山田尚子監督と吉田玲子さんと美術監督の久保友孝さんのトークなんかを聞く。その後に久保さんは別の山村浩二監督とのトークにも出席。どうして美術の道を目指したのかと、かつて椋尾スタジオにいて「聖闘士星矢」の劇場版の背景なんかを手掛けていた山村さんも興味があったのか尋ねたら、高校生の時にジブリ作品を見て背景に興味を覚え、独学で背景美術の画集を写したものをジブリに送って美術の人から返事をもらい、これで進む道を決まったという。

 高校卒業と同時に小林プロダクションに入って「ルパン三世カリオストロの城」や「少女革命ウテナ」の背景美術を手掛けた重鎮、小林七郎さんの下で仕事を兼ねつつ修行の日々を重ねたという。生きたい道をまっすぐ歩んで来られた方ってことなんだなあ。そうやって入った美術の世界で監督を務めても、どちらかといえばキャラクターのアニメーターとか演出家の下請けに回るところが大なのが背景美術。でも「平家物語」では割とイニシアティブをとって、全体の色調やトーンを決めていったとか。

 美術が陰影のバランスについてこうしたいと言って外の部署が合わせてくれたというからちょっと珍しいかも。薄暮な場面とかよほどの決めカットを演出の支持で行う時は指定されたけどほかは美術発と久保友孝美術監督。全編が1枚の絵巻のような「平家物語」の統一感はここから来ているのかも。あと建物が燃えている場面なんかで作画や撮影が処理せず美術で炎が動く処理をしたという。そこもまた「平家物語」の妙に効果が前に出てきたりするのがない、統一感のあるトーンの秘密かなのかもしれない。

 あと「平家物語」では寺社とか当時のカラフルな色彩にするか今知る褪せた色彩にするかを迷い間を取ったらしい、そうした”嘘”をたとえば屏風だとか襖絵などでもついていて当時には無いアバンギャルドな絵が描かれていたりする。住まいがだいたい一緒になるからそうした建具で違いを出した。何を考えているか分からない以仁王は幾何学模様だったり、後白河法皇のところには洒落で鳳凰がいたりとか。それは歴史考証から外れるけれど考証の人の確認を得て行った演出という。なるほどもう1度見ていこう。

 ちなみに「平家物語」の美術はデジタルが多く使われているとのこと。手前に花とか置きつつ奥に焦点を合わせるような画面で1枚の背景美術に奥も手前も一緒に描くと手前だけ切り取り撮影処理しないといけない。その手間を考えるとレイヤーで分けて描いて合成した方が早いとなってデジタルが多くなったと久保友孝監督。新版画を意識したフラットな塗りもデジタル向きだし。ただし葉っぱだとか自然のものはディテールが足りなく鳴るときがあるのでアナログで描きデジタルに取り込んで色調を補正したというからハイブリッドなところもあるかも。そういう意味でも革新的で画期的なアニメだったんだなあ。パッケージ買おうかなあ。


【8月20日】 2日目のひろしまアニメーションシーズン2022に行こうとホテルを出て、少し戻って商店街を歩いていたら大正呉服店に外観が似ている建物にサンマルクカフェが入っていたのでモーニングを食べ、そして近くに移築された大正呉服店も似て見比べる。そっくりだなあ。もしかしたら移築した後に似たビルを建て直したのかな。原爆ドームも近くに寄って見学。よくもまあ残っていてくれた。この遺構を突端にして川を挟むようにして始まり中州を貫く平和公園を設計した人はやっぱり巧いなあ。象徴性と実際性がしっかり保たれているからこそ、今も祈りの都市として広島が世界に屹立し続けているのだろう。

 到着した会場でダンサーの田中泯さんと山村浩二監督のトークを聞く。自然に体は動くものだし人それぞれに持っているリズムは違うものだという田中さんにとって、一生挙手体操のようなライブでのコール&レスポンスはどうにも奇異に映るみたいで、アーティストが左右に振る手に観客も全員が同じように手を左右に振る様を「素晴らしい歌を聞いているのにどうして一緒に動くのか?」と指摘していた。踊りは個々に内からわき出る動き。それが一緒になるのは「下品な忖度」とまで言い切った。ちょっと凄い。

 アーティストと観客との間である種の肉体的な言語が交わされ、衝動によって体が動くのなら良いんだけれど全体が一体感を出すためにそれを行い、そうせざるを得ない心理に追い込まれるのはやっぱり違うってことなのかも。あと、映画やドラマで演じる役者について「昔は雨の中を20秒立っている絵があったのに今はすぐに切り替わる。(その意味を)観る方が分からなくなっている」と言っていた。身体表現をする側も受ける側も理解できなくなっていんだろうなあ。

 「俳優が同じ顔で喋ってなんぼになっている」とも。「違う役をしても俳優のファンがついていく。お芝居でちゃんと役があるのに俳優の名前で呼ばれるのなら、演技って何という話になる」と田中泯さん。そして「アニメも顔だけでなく体のキャラクターがなければおかしいのでは」と山村浩二監督の話から繋げていく。なるほど確かに今は顔さえいしっかり作画されていればファンもついてくるけれど、絵を動かして表現するアニメーションで体が動かないなんてことがあり得るのか、というのは基本を振り返る意味で言い問いかけだった。その肉体の動きがキャラクターを表すような作画ができるアニメーターをもっと尊ぶ風潮が、生まれて欲しいなあ。

 ワールドコンペティションから「物語の冒険」を観る。アメリカのナタ・メルトーク監督「レギュラー」は連続しながら拡張していくイラストレーションといった感じで見ていて引き込まれた。ドイツのニキータ・ディアクル監督「バク転」は、シミュレーション空間においた3Dもでるのキャラクターに自分をテクスチャとして貼り付け自然学習でバク転を行わせるまでを追った内容。アニメーションならではの自在な身体表現をAI化で楽に仕様として引っかかるという批評性を持った内容だった。

 ポーランドのパウリナ・ジオウコウスカ監督「三世代物語」は夫が居る自分から観て母親の世代、そして娘の世代を眺め信教に勤しむ祖母、子育てに忙しい娘とそれぞれの世代の狭間にあって迷いと空虚さを感じている女性が観られた。大人になるって大変なんだ。ギリシャのジョルジュ・シフィアノスは「目の見えない作家」という作品で目隠しをしながら描いた情景や人物を動かしていく作品。でもやっぱり身体に刻み込まれているのか人物も背景も巧いし動くんだよなあ。見えない世界をどう見るかといった問いかけにある種の答えを出してくれる作品といったところ?

 そしてスロベニアのミロス・トミック監督「ボクのパパの憎っくきカメラ」はペイントの背景を線画の親子がカメラをめぐってやりとりする内容。親にもっと関心を向けてもらいたいのに親はカメラに夢中というよくある状況を描いてる。ベラルーシのジェナジ・ブトー監督「原初的なるもの」は3DCGのオブジェの戦い。立方体やピラミッドやなにやらかにやらが転がりおいかけ繋がり大きくなってぶっ壊れる。成長すると複雑になるのって大変なんだなあ、って感じ。

 そして日本から幸洋子監督「ミニミニポッケの大きな庭で」。変幻自在な子供の落書きのような極彩色の絵が移り変わっていく上に被さる大音声のセリフたち。サイケデリックに過剰な断片がつながって人生めいたものを感じさせる。作中に出てきた「ほかる」って名古屋弁じゃあ。これも存分に狂気に満ちていたけれどフランスのニエット監督「宇宙を呑みめ」が爆発的な狂気に溢れたマッド鳥獣戯画だった。

 モデリングされたグロテスクなカエルが喋るセリフが日本語だけれど機械語でなおかつ文脈がハチャメチャ。「パプリカ」で筒井康隆さんがひねり出した異常者のセリフめいていて何か言っているけど何を言いたいか掴みづらい。その上に絵が超グロテスク。顔の皮をはがれた人とかしつこく出まくる。何でフランスの監督で日本語だとか絵巻風だとかいったジャポニズムを伊藤潤二か丸尾末広か風忍かといった方面に極振りして延々と続ける映像と意味不明の機械音声を見せられて眠気が一気に吹き飛んだ。良し悪しに限らず見ておくべき作品といえそうなニエット監督「宇宙を呑みめ」。次に見る機会はあるか?

 そんなひろしまアニメーションシーズン2022のワールドコンペティション「物語の冒険」でカテゴリー賞をとったスイスのジョルジュ・シュヴィッツゲーベル「ダーウィンの手記」は原住民をさらい文明化して送り返して分明と宗教が浸透するなんて取らぬ狸の皮算用をして無理だったら逆ギレする西洋の無茶がよく出ていた。絵は絵本調にシックで見やすくそして文明を与えて喜ぶ原住民を想像する西洋人がある意味で愛らしかったけれどその押しつけがどれだけの文化を滅ぼしてきたかをスイスから問うような作品だった「ダーウィンの手記」。がそんなこんなで面白かったスロット。物語冒険し過ぎてた感じ。


【8月19日】 一路広島へ。最初はプライベートで行く予定だった「ひろしまアニメーションシーズン2022」の原稿を書いて欲しいという依頼があったので、宿代ぐらいは稼げそうだと取材へと切り替え現地に入る。通過したことはあっても降りてい滞在するのは初めての広島。会場までは広島駅から市電に乗って行こうとしたら、途中であの原爆ドームが見られてちょっと緊張した。当時の建物だから大きくはないんだけれど、77年が経って今も経ちつつだからといって完全ではないその形に、衝撃の大きさというものを思い知る。建物が残っているんだから家に居たら安心だなんてこれを見たら言えないよなあ。

 さても到着したひろしまアニメーションシーズン2022では山村浩二監督の「北の幾多」をまず鑑賞。東日本大震災のあとに誰の心にも浮かんだ不安めいたものをかきあつめては自分の中に呑み込んで、ビジュアル化していった断片を集めて64分という山村監督では始めての長編に挑んだ作品。「先が見えない不安と」「先が決定している憂鬱」といった言葉から浮かぶあの頃の、そして今も漂うある種の鬱屈が山村浩二監督ならではの細緻で幻想的なキャラやオブジェや背景によって表現される。

 宙づりになって回る男。吸い込まれる兎。コップの縁で過ごし続ける2人。燃える傘。不思議なビジョン。それらから感じる心、重ねられる言葉から浮かぶ思いといったものをジャジーな音楽とともに眺め過ごしていく。ダリの絵のように不条理でルドンの絵のように怪奇だけどそこに“幾多の北”の思いなのだというガイドがつくことで想像し連想して自分の中の不安や憂鬱に近づける。そんな映画だった「幾多の北」。東京でも見られるならまた見たいなあ。とりあえず文化庁メディア芸術祭関連の上映会狙いか。

 ひろしまアニメーションシーズン2022ではワールド・コンペティション「社会への眼差し(2)」でレイ・レイ監督「銀色の鳥と虹色の魚」も観た。父親が出稼ぎに行き残された子供たちがかごとの鳥になったのを女性がレインボーフィッシュに変身して救う、なんてあらすじ紹介にはあるけれど、要するに中国の大躍進政策時に地方に下放さられた銀行員一家のうち母親が病弱で父親の再度の転勤に耐えられそうもないからと田舎に残り子育て中に死去。そして文化大革命で父親も逮捕され、といった中国現代史の暗部と言われる時代の状況を、銀行員だった祖父と残された子供だった父に語らたドキュメンタリー映画とも言える。

 ただし、そうした中国現代史を直接的に描いては祖父や父の証言は得られないと考えたのか、地方での生活は粘土で造形したキャラクターを動かし少しマジカルにデフォルメして描きファンタジーっぽく見せていて、子供の思い出を描いたアニメーションですよといった体裁をとっている感じ。けれども下放や文革の模様は報道写真や資料写真や雑誌なんかの切り抜きから選んでコラージュして描いているし、ちゃんと編集するからといいつつまるまる残した逸話の数々から浮かぶのは大躍進だの文革だのの大変さだったりする。

 聞き手が監督だとしたら祖父や父に思い出話をしてもらいつつその時の様子を可愛いアニメーションにしましたよと話して喜んでもらいつつ、編集どころか全部喋らせ自然とあの頃の中国で行われた毛沢東による施策のしちゃかめっちゃかさ、それがもたらす民衆の大変さを映画にした作品って気がしてきた。つまりは逆プロパガンダをやってのけてる映画とも言えるレイ・レイ監督『銀色の鳥と虹色の魚』。アニメーションというにはぺたんこな粘土の顔とか技量に優れている訳では無いけど表情はしっかり見えるところが巧いし、そうやってデフォルメすることで子供からの目線で経験したあの時代が浮かんでくる。ちょっと長いけど中国現代史に興味があるなら、苛烈さとか非道さとか前面に出さない下放や文革時の庶民の日常に証言で触れられる映画として見よう。


【8月18日】 せっかくだからと「Gのレコンギスタ3 宇宙からの遺産」を見て4に繋げようと思って見始めたらバララ・ペオールというマスクのそばにいて5ではピラミッドを操縦していた女性パイロットのあの頭の横に立っているアンテナが、取り外すことができる上にペンペンと弾いて遊べるものだと分かってだったらいったい何で付けているんだと強く訝る。なにしろヘルメットにまでアンテナを入れる突起がついているんだから無ければ困るものだと思うのだけれど、ただの飾りだとしてもそれをトレードマークにしてヘルメットにも付けることを認めるマスクの度量が広いのか、そんな突飛なキャラを認める富野由悠季監督が素晴らしいのか。両方なんだろうなあ。

 電通の元専務で東京2020オリンピック/パラリンピック組織委員会の元理事が贈収賄で逮捕されたのは前々から噂のあったことだから流れとしては不思議ではないけれど、あの世界的な広告代理店の電通でサッカーのビッグな大会からワールドカップからオリンピックまで世界的なスポーツイベントに幅広く関わって、日本のスポーツビジネスにはなくてはならない人間となって、それこそ世界的な企業を相手にしていたような人がどうしてこう言っては何だけれども安売り紳士服のチェーン店から賄賂を受け取り口利きをしたといった容疑をかけられるような商売に手を出していたのかというギャップの方が不思議。

 それこそアディダスのダスラーだとかナイキのフィル・ナイトあたりがスポーツ貴族然としているのと比べると、小さいお金をしょぼしょぼと集めてコンサルタントをしている電通の元専務の人のサラリーマンっぽさが際立つ。まあ実際に創業者でもなければ後継者でもないサラリーマンのなれの果てでしかない訳で、血筋でも資金力でもバックのない人間が成り上がれるほどスポーツビジネスの世界は容易いものではないんだろうなあ。それこそ竹田恒和氏のように皇室の血筋だとか、森喜朗元総理のように政治家といったバックがなければ。結局は日本はサラリーマン社会、金で盛り上がって金で落ちていくだけなのだった。

 やれやれというかあんぽんたんも極まれりというか。自民党の政調会長という要職についた萩生田光一議員が旧統一協会の拠点へ生稲晃子参議院議員を連れて行ったといった話が出て慌てて釈明会見をしたらしいけれど、そこで旧統一協会とは知らなかったともはや言えないと思ったのかそこは認めてああ統一協会とは付き合いがあったよと言いつつも、昔は霊感商法でいろいろやっていたものの最近はやっていないと聞いていたし、実際に報道だってあまり取り上げていなかったじゃんといった聞き捨てならない言い訳を持ってきた。いやいや報道だって霊感商法についてはちゃんと取り上げていたし、安倍元総理が祝辞を贈ったことについては弁護士のグループが国会議員に対して申し入れを行い、そこで今も被害が続いていることを訴えていた。

 そうでなくても国会議員なら付き合う相手が最近はあまり報道が聞こえてなかったということにしても、だからといって大丈夫になったかどうかを調べてみれば弁護士の申し入れも含めてわんさか問題が湧き上がっていることは分かったはず。そうする努力もしないで知らなかった気がつかなかったと言い訳する人を、国の未来を担う与党の政調会長だなんて要職に置いていていいのか、国会議員だなんて地位につけていて良いのかって話が当然起こってくる。メディアだってオマエラが報じないからオレは気付かなかったんだなんて責任を押しつけるようなことを言われて黙っていたら沽券に関わるだろう。萩生田氏が統一協会だと知りなおかつ今も問題を起こしていることを知っていた状況証拠を探して突きつけられたら次は何と答えるか。今からドキドキ。

 今日が関東ではラストになる映画「ハケンアニメ!」とTOEI渋谷で見る。割とそれなりに入っていて公開3か月といった状況でもちゃんと見られてそして見た人が口々に良い映画だったと言う作品になったことを今は素直に喜びたい。最初は本当にお客さん、入ってなかったものなあ。それを諦めずに口コミに持って行ったスタッフの人や宣伝の人の頑張りにも拍手。イベントだってやって繋いだし。それは「犬王」もいっしょか、なかなか伸びなかったのを「応援上映」という形態でもってイベントとして行かなくちゃいけない雰囲気にした。その集大成がひろしまアニメーションシーズン2022で繰り広げられるというからちょっとのぞいてみたいなあ。賑やかだろうなあ。


【8月17日】 三木貴弘監督による夏の3連続公開作品第2弾となる「TANG」を見た。二宮和也さんがが最後、部屋に飛び込んでは家を出ようとしている満島ひかりさんの足元にTANGといいっしょに土下座して許しを請うシーンがとても良かった。あと武田鉄矢が群がる敵をハンガーでもって撃退するシーンや、かまいたちの濱家隆一が「アーイエオーイエ俺濱家」と言ったり小手伸也が「SMでっかいの」と言ったりして脱力させるところがとても良かった。

 そんなシーンはない。ないけれども土下座については普通それやるだろうと思った。でなければ満島ひかりさんだって納得しないし気分だって持ち直さないはずだけれど、自分の知らないところで吐いていた本音にほだされ気を取り直すところはやっぱり本心では別れたくなかったってことだと思うのが良いのかも。だったら出て行こうとすら考えないよなあ。出て言ったら立ち直ると思ったんだろうか。そんな満島ひかりさんはパンツスーツ姿がとても良かった。パンツスーツ好きとしては120点を挙げたい映画だった。観に行ったのもそれが理由の大半だし。

 映画は庭に迷い込んだポンコツロボットは自分をTANGと名乗り拾った二宮和也演じるヒキニートの二妙に懐く。そしてなぜかぐんぐんと成長していきそのまま一緒に自分探しの旅に出る。行く先々でヒントを得て福岡から深センを経てたどり着いた場所で知ったTANGの正体は驚くべきものだった……。なんて話をしっかり描いて魅せてくれるところは三木孝浩監督。二宮和也のヒキニートぶりが苛立つくらいでなるほど満島ひかりも怒って時計を投げつけ家を出ようと決意するはずだと思った。

 理由がない訳じゃないけどそれで遊んでばかりで罪悪感に苛まれないのはちょっと不思議。あれで引きこもって身動きとれない状態ならまだ分かるけれど、そこは遺産があって遊んでいられる気楽さと、そうでもしていなければ自分を許せないプレッシャーがあったと理解しよう。日常の中にロボットのタングが溶けこんでいるCGIはさすが白組、違和感がない。ときおりバックと合成感が気になるところもあるけれど、それはマーベルにだってあるからまあ良いか。未来都市で近代的な自動運転車が走っている場所に並ぶ今時の車列ってあところに全部をCGIで作れない節約ぶりは感じられたけど。

 電通の元専務で東京2020オリンピックのスポンサー関連を仕切っていた人が東京地検特捜部に逮捕されたとかどうとか。紳士服のAOKIをラインセンス先に選んでそしていろいろと便宜を図った見返りを戴いたってことらしいけれど、そういうことがAOKIだけとは限らないとしたらいったいどういう交渉をしていたのかってところを、同じようにオフィシャルスポンサーとかオフィシャルサポーターになっていた日本の主要な新聞社は、こぞって経緯を調べて報道すべきなんじゃないのかなあ。当然知り合いみたいな人だった訳でそんな人がどういう人だったかをつまびらかにすることで、自分たちの潔白を表明すべきような気がする。まあやらないけど。新聞の広告と販売は闇だものなあ。

 某所で言われているほど揺れてなかったけれど左右には揺れていたようには見えた「劇場版 GのレコンギスタIV 激闘に叫ぶ愛」をまた見てやっぱりジット団のキア・ムベッキ隊長って自分でやっておいて自分で憤って自分で始末を付けて自分で逝ってしまう独り相撲の過ぎるおっさんだなあと思った。ビーナス・グロゥヴなんてはるか彼方で営々と安寧に浸ってきた場所で銃火器だのビームだの肉弾戦だのといった本格的でシリアスな戦闘に接しないで来たように思えるチームなんて技量はあっても緊急時には狼狽えるのかもしれないなあと思った。なのに偉い尊敬を受けているのが謎めく。研究者としては優れていたのかな。あとはやっぱりヘルメットに猫は似合うということか。


【8月16日】 総務政務官になった国会議員の人が旧統一協会と関係のある施設で講演を行っていたことを突っ込まれた会見で、「会場が旧統一教会と関係ある施設だとご指摘をいただいたが、どのような施設か当時は存じ上げず」って答えたとか。いやいやその当時にすでに統一協会関係の施設だという指摘があって、関係を疑われて自分は日本会議とは付き合っているけど、統一協会ではないからといった答え方でその施設が、統一協会と関係があるらしいということへの認識を示唆してた。

 なのに今になって「当時は存じ上げず」だなんて調べられればすぐにバレるコメントをして大丈夫なのかというと、以後は何があっても電話をしたふりをして通り過ぎるから答えなくて良いと思っているのかもしれない。そういう人には任命した政府からお灸が据えられるかというと政府は政府で自分たちが閣僚や政務官らと統一協会との関係を調べて報告することは無いって閣議決定をしてしまったから、公式なプレッシャーとはなり得なさそう。だったら週刊誌やネットニュースがかき立てれば本人が困るかというと、知らないといったん答えてあとは知らん顔をすれば大丈夫な世の中に、安倍晋三政権の中でなってしまったのを分かっているんだろう。逃げ切る気満々。厄介だ。

 前に月刊誌でLGBTを否定するような論文を発表して月刊誌を潰してしまった過去があっても「自分は多様性を否定したことは無い」と言い抜けるんだからもはや処置無し。過去のブログが掘り起こされてそこで「国連の会議室では小汚い格好に加え、チマチョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場。完全に品格に問題があります」と民族衣装に品格が無いようなコメントをして貶めていて何が多様性を否定したことはないんだって言えるけど、それすらも知らぬ存ぜぬと言い抜けるんだろうなあ。選挙があれば審判も下せるかというと比例代表から出ているので政党への信頼だけで透ってしまうから面倒。とはいえ次の選挙は最大の後ろ盾をなくして名簿順位も下がるだろうから、これが最後と頼んで役をもらったのかもしれない。困った国になってしまったよ。

 安倍晋三元総理のことをずっと批判してきた「クライテリオン」という雑誌があって京都大学の藤井聡教授が責任編集をやっていて新型コロナウイルス感染症関係でちょっぴり妙なことを言うおっさんになってしまったけれど、こと経済に関しては流石に基礎がしっかりしているだけあって安倍晋三元総理の経済政策について振り返って、ちゃんと評価するところがあったことを認めている。森田実さんがインタビューに答えていて、財務省によって緊縮財政がずっと行われてなおかつ増税まで行われたことに安倍さんは反対したかったけれど、押し切られたのでせめて外部から批判して欲しいと頼んだとか。そういう話が現役時代に出て流れを変えれば良かったのに、肝心の総理が政府にいて何も動かないだから変わらない。やっぱりその時だけいい顔をしたい性格だったのかもしれないなあ。

 熱くて暑い玄関先でオンラインインタビューを終えたので少し涼みながら本でも読もうと電車にのって阿佐ヶ谷へ。行く途中で「わたしの幸せな結婚6」を読んで騒動が収まり次からいよいよタイトル通りの「幸せな結婚」生活が始まるのかと思うと期待もするけどこのイチャイチャめといった気分も浮かんでくるのかな。そして到着した阿佐谷で「男の晩ご飯」という店に入って「阿佐ヶ谷ライス」なるものを食べてお腹がいっぱいになったので、腹ごなしをしようと高円寺までガードしたを歩いたけれど阿佐ヶ谷アニメストリートは消えていた。短い人生だったなあ。駅から遠いのとそこだけアニメだったのが厳しさの理由か。
B  阿佐ヶ谷ライスはプレートにカレースパゲティが盛られご飯が添えられキャベツが置かれてハンバーグまで載っている大人でも大好きなメニューが並んだランチ。最初はスパゲティは添え物程度かと思ったら割にメインディッシュくらいあって驚いた。それこそ近所のぱすたやで食べる並盛りくらい。それに加えておかずがいろいろあるなら通ってしまうよなあ。とはいえ遠いので三鷹方面に行くときか、電車で涼みたい時に利用するくらいにしておこう。あとはやっぱり体重方面への影響も気になるし。食べる度に歩いているとさすがに足腰に来るんだ歳なだけに。


【8月15日】 レアル・ソシエダに移籍した久保健英選手がラ・リーガの初戦に先発するそうで、それはとDAZNで見ようとしたらログインをはじかれアクセスできない。そんな間に久保選手が先取点を奪ったそうでゴールシーンなどという貴重な場面を見られなくしたDAZNはKDDIが200円ならいったいどれくらい還付してくれるんだろうとちょっと思った。まあこれからどんどんとゴールを奪ってくれば1試合くらいどうってことはないんだけれど。

 それよりDAZNはプレミアリーグがなくなって見るものが減っても値段は上がる一方というのはどうしたものか。アーセナル好きとしては冨安武弘選手のサイドの上がりを見たいしマンチェスター・ユナイテッドだってチェルシーだって三笘薫選手が前線を切り裂くブライトンだって見たいのに見られない辛さがある。一方でリーグ・アンに力を入れてくれるみたいで目下たぶん欧州でバルセロナを上回って人気ナンバーワンのパリ・サンジェルマンとか南野拓実選手が入ったモナコとかを見られるのはありがたい。ただパリ・サンジェルマンの試合って早朝なんだよなあ。プレミアは割と夜も浅い時間にやってくれたから見られてた。足し引きいろいろあってもワールドカップまでは契約、し続けるんだろうなあ。

 8月15日だけど別に靖国神社にはいかないというか、みたままつりとか例大祭で屋台が並んでお祭り気分を味わえた時代なら参拝とか気にせず行っていたけど不良のたまり場になったからとか新型コロナウイルスが流行ったからとかいった理由で屋台が消えてしまった靖国神社にでかけるだけの意識がない。なおかつ8月15日ともなると軍人でも無いのに軍服を着てそれも礼装ではない戦闘服を平気で着てきてそれが追悼になっていると思っているあんぽんたんがわんさか集まってくるので見苦しくてみっともなくて行けたものではなかったのだった。

 右翼だ保守だと日頃いっている人がどうしてそんな不敬をできるんだろう。それを言うなら沖縄で遺骨が回収されずに眠っている土地を削って土砂にして、基地建設に使おうとしているアメリカに反対している人たちが、はるばる靖国まで来ていろいろ訴えているのを右翼が邪魔しているというから何をいわんや。なるほど反基地の活動をしている人たちを左翼だ何だと思う人がいるのは分かるけれど、それだってアメリカ軍が沖縄の土地を奪っているのに反対するのが愛国保守だというロジックが、まるで透らないところにその思想のねじれ具合がうかがえる。

 国が推奨しているアメリカ軍基地に反対するのが左翼っているロジック。それなら戦争で亡くなった人の骨が混じっている土砂をアメリカ軍のために使うのも愛国だというロジック。何を中心におくかで末端の立場がまるで変わって来る。自分の信念なんてないんだろうなあ。やれやれだ。そんな靖国神社にお参りする安全保障担当相とかいたりしてやっぱり大変な内閣。旧統一協会だなんて言ってることもやってることも反日ど真ん中な集団でも、共産主義を敵とするなら同じ味方と考えるこの揺れぶりが、可視化されてしまったこれからもちゃんとやっていけるのかなあ。いけるんだろうなあ。秋になればもうきっとみんな忘れてるんだよ絶対に。

 ところで発表になった「劇場版SYCHO−PASS サイコパス PROVIDENCE」ってポスタービジュアルだと常森朱をセンターにして宜野座に霜月に雛河に六合塚に唐之杜に須郷が公安部刑事課の格好でそこに狡噛と花城がいたりする状況は最初の劇場版の直後といったところ。第三部の慎導灼も炯イグナトフもおらず灼の父親の慎導篤志が大きくバックに描かれているということは、第3期の劇場版のラストで朱がぼそりと明かしたイグナトフの兄の行方とそして、朱が潜在犯の収容所送りにされた件がいよいよ語られるといった感じなんだろうなあ。それは興味津々だけれど、人気音出てきたイケメン刑事を出さずに果たして受けるのか。ちょっと関心。


【8月14日】 「ハイキュー!!」の劇場版2部作の制作が発表されたと思ったら、「PYSCHO−PASS サイコパス」の劇場版新作の制作も発表になってこれから忙しくなりそうなプロダクション・アイジー。関連会社のシグナル・エムディでは押井守監督の脚本で西村純二監督による「火狩りの王」の制作が発表となっているし、WIT STUDIOでは「王様ランキング」だとか「SPY×FAMILY」といった人気作が続々作られていてIGポートグループは何か順風満帆に見えてきた。「銀河英雄伝説」のシリーズ最新3部作も来るしなあ。あとは映画で何かオリジナルのドカンとぶち上げてくれたら言うことないんだけれど。「サイダーのように言葉が湧き上がる」のような。

 しばらく前に通りがかって看板を見ていた上野のあんかけパスタの店が気になって、せっかくだからと出かけていって入って食べたら美味しかった。麺は本場の名古屋とは違って太麺ではなかったけれど細いなりにフライパンで炒めてあってそれに作り置きではないタマネギとピーマンとウインナーが混ざってしゃきしゃきとした良い味を出していた。とりわけタマネギの味が最高。新鮮じゃないとこの味はでない。肝心のソースはヨコイのようなスパイシーさはなかったけれど、近所のぱすたやが出していた水っぽいのとは違ってちゃんととろみがあってそして甘さも残った本格派。チャオかパスタ・デ・ココに近いマイルド系だった。目玉焼きも乗ってお得感もあるあんかけパスタ。これはまた食べに行こう。鉄板ナポリタンや味噌カツもあるけどそっちは味、どうなんだろう。気になります。

 もはや最後の悪あがきにすらなっていない月刊Hanadaの花田紀凱編集長による週刊誌ウォッチング。旧統一協会による大学における細胞めいたUNITEって組織があって環境だとかいろいろな活動を表立ってしつつ信者の獲得に邁進していたことが最近の一連の流れの中から改めて浮き彫りになっているけれど、ネットの中では以前から、主張する勝共活動をもって関係性が取りざたされていた。それを紹介する週刊文春の記事に対して花田さん、「が、ぼくの周辺の編集者やメディアの人間に聞いても、『UNITE』ののことは誰も知らなかった。』なんて書いて、そんな知られていない組織に影響力なんてないってことを訴えようとしている。

 それを言うなら統一協会だってこの30年ばかりのメディアにおける“不在”から、20代や30代には危険性すら知られていなかったりして、今回の事件でそんな組織があったんだと驚かれている。だからといって影響力がなかったかというと、むしろピンポイントで政治家を送り込み取り込んで主張を政策に乗っけることに成功していたりする。つまりは影響力大なんだけれど、それでもきっと知られてないから影響力はなかったなんて言うんだろうなあ。自分や周囲が知らないことは知られていないと思い込むのも歳をくった所作。そんなスタンスを見せる人を未だに尊び取り上げている新聞も新聞でやれやれだなあ。明日はどっちだ。

 平田広明さんがIMAXで見ろと行っていたのでイオンシネマ市川妙典にできたIMAXのGTレーザーで「ONE PIECE FILM RED」を見る。3回目。最前列の寝そべってみられるシートで見たけど床まで広がるIMAXの巨大なスクリーンに覆われるような感じでウタの巨大な顔とかを全身に浴びられて楽しかった。シャンクスに包まれるような気分も味わえたかな。もう10日となるのでネタバレを承知でいろいろ考えるならウタは自分がエレジアをトットムジカで滅ぼしたことを知っていて、そんな自分が許せずシャンクスに倒してもらおうと思ったけれど、自分の罪を被ったシャンクスがそんなことを聞き入れてくれるはずもないから嫌でもシャンクスが出てこざるを得ない状況を作り出そうと、ライブを行い「ウタウタの実」の力に巻き込み騒動を起こしてシャンクスを呼び寄せたんだと想像してる。

 ただやっぱり父親のシャンクスにはウタのとどめをさすことができなかったけれど、トットムジカが目覚めて暴れたことで自分の寿命が尽きて結果としてシャンクスに看取ってもらうことができた、といった感じ。決して大勢を巻き込んで自殺をしようとはしていなかったとだけは断じたい。あといったいどの時期なのかがやっぱり謎だけれど、百の介とかがもういないあたりはワの国の騒動を終えて最後の航海に出たあとのこと。だからトットムジカとの戦いでルフィがギア5のニカになる姿が一瞬とはいえ登場したと観るべきか、あれは夢の中だから潜在的なニカの力がその瞬間だけ溢れてしまっただけでまだワの国にはたどりついてないと見るべきか。それだとメンバーが違うからなあ。まあパラレルと思いつつ尾田栄一郎さんが総合プロデューサーを務めているならやっぱり“正史”だと思うことにしよう。いずれまたウタの存在も本編で仄めかされると信じて待とう。


【8月13日】 萩本欽一さんが新型コロナウイルス感染症に感染したとかで、年齢が年齢だけにいろいろと心配になってしまうけれども入院したといった話もないからとりあえずは状態は悪くないと思いたい。出始めのころに志村けんさんの命を奪って日本の喜劇界に衝撃が走ったけれど、これで欽ちゃんもとなったら日本の喜劇のものすごい柱が2本も奪われてしまうことになるから。有名な方に被害が出ると世間で緊張感が走るということはあるし、志村さんの衝撃が当時の安倍晋三総理に厳重な対応を決断させたのかもしれないけれど、今回は欽ちゃんとの引き替えでなく純粋に今の惨状を見て政府に何かしらの決断を求めたい。

 台風だから果たしてあるかと心配していたけれど、まだ来てないということで欠航された映画「ONE PIECE FILM RED」の舞台挨拶を見に新宿バルト9へと出かける。到着して外に出たら強風と豪雨で、これでお台場のコミックマーケット会場に並んでいる人は吹き飛ばされはしないかと心配になったけれど、それすらも耐えて並ぶのがコミケの参加者という奴だからきっと大丈夫だっただろう。台風すら祭りにしてしまうだけのバイタリティと砲丸力を持っっているのが日本のサブカル人間たちだから。

 さて舞台挨拶はジンベエ役の宝亀克寿さん、フランキー役の矢尾一樹さん、トニートニーチョッパー役の大谷育江さん、ウソップ役の山口勝平さん、ロロノア・ゾロ役の中井和哉さん、ウタ役の名塚佳織さん、モンキー・D・ルフィ役の田中真弓さん、ゴードン役の津田健次郎さん、ナミ役の岡村明美さん、サンジ役の平田広明さん、ニコ・ロビン役の山口由里子さん、そしてブルック役のチョーさんと麦わらの一味&映画ゲストの大集合でなかなに壮観。これだけの面々が集まる機会なんてそうはないから、一生の記念になった。おまけに写真撮影可。これは嬉しい。

 全員にいちいち聞いていたら時間がいくらあっても足りない中で山口勝平さんが麦わらの一味のお調子者らしく音頭を取ってしゃべり大谷育江さんが横で突っ込むいつもの感じを再現。大谷さんは56歳なのにナイスなバディを披露していて可愛い声も含めて目に結構なものがあった。そしてロビン役の山口由里子さんは変わらぬ声を聞かせてくれて冷静な上に愛らしいロビンといった雰囲気を感じさせてくた。田中真弓さんは船長で座長といった感じで喋り動いてみせてくれた。良い結束だなあ。

 そんな中に入った形の津田健次郎さん。周囲からはあのゴードンという顔立ちでツダケンが果たして合うのかといった不安もあった中で当人もいろいろ考えながらもっとおさえたトーンでいこうとして周囲にひっぱられ、芸術家としてでありウタの育ての親めいた立場としての激情を乗せた声になったって話をしてくれた。麦わらの一味がそれぞれに海賊っぽいコスチュームで登板していたのと比べると、ひとりスーツ姿だったけれどそれがまたゴードンらしいといえば言えるかな。いやいつものツダケンか。名塚佳織さんは「コードギアス 反逆のルルーシュ」でナナリーを演じて谷口悟朗作品にはおなじみだけれど、ウタという役はナナリーとは違うだけにどんな演技が求められたのか気になった。

 聞くと歌を担当したAdoさんと役を分け合っう中、名塚さんがセリフを言う時は語尾で音程をしっかりと整えて発するように言われたとか。田中真弓さんはいっしょに収録していて大変そうだったって話していたけど、それは確かに自分でなりきって自分で整え声を出すのが仕事の声優が、箸の上げ下ろしまでを決められるのは結構な苦痛。それでも受けたのはAdoさんの歌い出しにつなげる上で2人の間に違和感があってはいけないから。語尾から歌へとスムースに繋げるために必要なことだったそうで、それならばともう1回くらい映画を見て見たくなって来た。台風が過ぎたら明日にもまた行ってこよう。今度はIMAXで見たいなあ。

 寄託して市立船橋と敦賀気比との試合をネットで観戦。先制して2点リードしたものの追いつかれ引き離された市立船橋が、それでも最終回に得点を奪って追い上げを見せる中で鳴りひびく「市船soul」というシチュエーションを作り出し、全国的にその校名と楽曲名をとどろかせる試合になった感じ。残念ながら負けてしまってこの後に甲子園に「市船soul」が流れることはないけれど、音楽に死はないから次に甲子園に出れば、あるいは高校サッカー選手権大会の試合が行われればそこにブラスバンドがついていって、奏でる「市船soul」を耳にできることだろう。どうせだったら映画もリバイバル興行すれば入るのになあ。やってはいても一部では勿体ないなあ。


【8月12日】 気がつくと台風が発生して第100回目となる記念のコミックマーケットを直撃するみたい。これは大変だねえと他人事のように思っていたら、明日丸の内TOEIで「ONE PIECE FILM RED」の舞台挨拶を見ることになっていて、台風が直撃する中を出かけなくてはいけなかったことに気がついた。これは大変。というより本当に実施されるのか。観客はいけても声優さんは危なくて出歩けないんじゃないか、って考えると中止もあり得るかもしれないああ。とはいえ全国への中継も決まっているだけに中止にはできないか。ちょっと様子見。

 船橋市立船橋高等学校が夏の全国高校野球大会に出場して1回戦を劇的な逆転によって突破したこともあって、大きく注目された応援曲の「市船soul」。それが再び甲子園で奏でられる2回戦を前に市船で応援Tシャツの頒布があるというので朝から起きてとことことを歩いて出かけていく。東船橋から歩くのが近いみたいだったけれど、地図で見ると1駅分もないところにあったのでせっかくだからと徒歩でいく。たどりつくと結構な人数が並んでいて関心の高さを改めて感じ入る。

 とはえいコミケの壁サークルほどの行列もなかったので、販売開始から20分ほどで順番が来て2枚ほど確保。1枚1500円は格安で、それで市船の文字と地区予選優勝の印がプリントされたTシャツがもらえるならこんなに嬉しいことはない。本当だったら甲子園まで行ってアルプススタンドで応援したかったけれど、そんなお金はないのでここは船橋に引きこもって……いらなかった舞台挨拶があるんだった。あればあったでそこにTシャツを着て帰りがけにどこかでネット中継を見ながら応援しよう。中止なら家でTシャツを着てやっぱりネットで応援だ。敦賀気比が相手だけれど勝てるかなあ、ってそれは沖縄興南にも言えること。春夏連覇を果たした強豪に勝ったんだから次だって。期待大。

 台風前の温風が吹き込んで熱いのでそのまま戻らず大手町へと出て早い時間で空いていたリトル小岩井でジャポネのスパゲティを食べてから隣のスターバックスで原稿書き。お盆ということで人出も少ないかと思ったらまだ平日ということもあって結構な人数のサラリーマンが行き来していた。仕事熱心だなあ、とかいいつつフリーにお盆休みもないのでひたすら原稿を打つ自分もそれなりに仕事熱心なのかもしれない。2時間ほどで原型を整えてとりあえず退散。そのまま半蔵門線で錦糸町へと出てせっかくだからと1駅歩いて亀戸まで行きキッチンDIVEでベーコンエッグ弁当を買う。茶色くないのってこれくらいなんだよ。

 経済安保担当大臣に就任して中国相手に強権をふりかざせる立場となった高市早苗さんだったけれど、引き継ぎ式を行わず表舞台に出てこないことになったとか。就任会見では統一教会系の雑誌に出たことにそういうバックグラウンドがあるとは知らなかったなんて言ってたらしいけれど、知らないこと自体が安全保障から遠い所業であってそんな見極めもできない人に経済安保相が務まるのか、なんて突っ込みを受けるのがもしかしたらいやだったのかも知れない。それで逃れられる類のものでもないんだけれど、とことんまで追求しようとお知らぬ存ぜぬで逃げ切れる前例を安倍晋三元総理の時代に政権も議員も官僚も作ってしまった。なのできっとこのまま有耶無耶で進んでいくんだろう。やれやれ。


【8月11日】 何かを成し遂げたいけれども手元資金に乏しいとき、その成し遂げた何かで喜ばせるなり成し遂げる過程で生まれた何かを還元することを約束して、出資を募るのがクラウドファンディングというもので、それがインターネットの力によって広く募れるようになった。とはいえサイトを運営するにはコストもかかるからそうした運営費用や告知の費用をサイトの運営会社が抜くことは道義的に認められている。発起人が助かり支援者が喜び運営者が成り立つ仕組みこそがクラウドファンディングのあるべき姿と言えるだろう。

 そうした仕組みの上で安倍晋三元総理大臣への弔意を示す意見広告めいたものを新聞に掲載したいとするならば、発起人となる第三者のチームがあって新聞社にそういった広告を掲載したいと交渉し、OKをもらった上で費用の提示も受けてそれをまかなうためにクラウドファンディングのサイトを通して告知しつつ支援者を募るというのが真っ当な形。世にある意見広告というものはそういった形で作られ掲載されている。新聞社としては広告の掲載料をもらうだけだから媒体力に対する正当な対価といえる。

 ところがとある新聞がクラウドファンディングと称して始めた安倍晋三元総理大臣の国葬に会わせた弔意広告は、クラウドファンディングのサイトも自社で運営するものなら掲載する媒体も自分のところ。結果的には単なるお悔やみ広告を、企業などから集める代わりに個人から集めるものでつまりは純粋にビジネスに過ぎないんだけれど、そこにクラウドファンディングという言葉を介在させることで個々の弔意を束ねて世の中に示すボランティア的な活動ととられてしまう。だからこそ大勢が参加しているんだけれどこれって道義的にはどうなんだろうなあ。

 商売を商売といわない口幅ったさ。クラウドファンディングといっても実質は自前で手数料も懐にいえる奇妙さ。安倍晋三元総理が心を傾けていたらしい拉致問題への寄付も行うそうだけれど、その比率も明らかにになっていないにも関わらず、大勢の人が良いことのようにそこに名前を連ねて“広告費”を提供している。これが普通にお悔やみ広告を募る活動だったらここまで集まったかというと、たぶん集まったと思うけれどそれをクラウドファンディングと言った事でクラウドファンディングという仕組みが持つべきフラットで民主的な印象を収奪の装置と思わせてしまった。今後もクラウドファンディングを運営していく上でこれは是か非か、って言えるほど余裕がないのかもしれない。メディアって大変だ。

 一昨日におとついに来た依頼を茅場町まで出ていつものVELOCHEでしこしこと下書き。どうにか書き上がったのでそのまま地下鉄で六本木まで出て、CoCo壱番屋でカレーを食べてから国立新美術館で李禹煥展を見る。石が置いてあるだけだったり木ぎれが転がっているだけだったりする「もの派」の究極みたいな作品があったり、カンバスにハケでさっとなでたような線がいくつか描かれているだけの作品があったりしてシンプルだけれど寺社の枯山水のような奥深さを感じさせるのか、割と大勢の人が見に来ていた。自分にも出来そうだと思わせるけど、そのバランスをどうとるかということと、その行為をどれだけ極めるかといったことが必要なだけに一朝一夕にはいかない表現。それを50年にわたって続けてきた成果があの静謐さであり深遠さなんだろう。

 帰りは虎の門から千代田線で大手町へと戻り東西線で船橋へと戻ってやっぱりVELOCHEでフィニッシュ。時間があったのでいろいろと考えてひろしまアニメーションズに行こうと思ってとりあえず宿を予約し、それから行きと帰りの新幹線を予約する。まだキャンセルはきくけれど1回目ということでのぞいておくことで今後の生涯の話の種にはなるかもしれない。そう思える身心にようやくなってきたのでここはやっぱり行くのが正解かなあ。広島はまだ入ったことがないので原爆ドームとか観て来よう。時間があった呉までまで足を伸ばしたいところだけれど、それが無理ならすずさんが化物とすれ違った橋くらいは渡ってこよう。


【8月10日】 鈴木雅久さん死去。といってもそれほどメジャーではないけれど、イラストレーターとして笹本祐一さんお「AREAL」とかいろいろな作品の表紙絵を描き「機動戦艦ナデシコ」でもイメージボードを描いたりしてSF周りでは結構メジャーなイラストレーターだった。ツイッター上にも普通にいて所在は確認していたつもりだったけれど、ここしばらく更新がなかったと思ったら6月20日に亡くなって四十九日も終わってからの公表となったみたい。笹本さんら親しい方が告知されてて親しい方も最近知ったみたい。静かに送りたかったのか送られたかったのか。分からないけど残念。人が逝く夏。すぐにお盆だから帰ってくるかな。

 茅場町まで出てVELOCHEで原稿をぱちぱち。書くことになった映像についての指向も合わせて寝るけれど、そっちをまとめるのは明日にしよう。とりあえず泥棒猫の物語ではあった。2時間くらいたって煮詰まってきたので新宿に出ようと大手町まで行き、地下鉄丸ノ内線に乗り換える途中で席があいていたリトル小岩井に入っておすすめパスタを書き込む。トマトソースに魚介類が合わさったペスカトーレみたいだったけど、ゆるゆるに茹でられた太い麺で食べるとぱすたやのペスカトーレとはまた違った食べ物になっていた。やっぱりここん家は油が麺に染みたイタリアンが美味しいなあ。しかし30年近く大手町に通って1度しかいかなかったリトル小岩に今年になってもう3回も入ったぞ。何があった。

 新宿ではピカデリーで「劇場版 Gのレコンギスタ V 死線を越えて」のスタッフトーク付上映会を観る。演出回ということで聞きに行ったら4についての話がメインでラ・グーがベルリやアイーダを美術館めいた場所から地下のオペレーションルームめいたところへと案内するシーンでずいぶんとコンテ上から切られたか所があると説明。途中まで作画も進みモニターグラフィックの作成も行われていたのに富野由悠季監督がばっさりいったとか。

 もっぱらエネルギー資源だの歴史だのについて喋り語るシーンでそれで何かベルリが得心を得るような流れだったけれどあれば説明にはなってもそれは説明であって映像だとテンポが悪くなって観る人が飽きると思ったのかもしれない。テレビシリーズにはなく映画で新しく付け足したからには必要だから付け足したにもかかわらず、観てテンポが悪ければ不要と削ってしまう富野由悠季監督の凄さを観たと演出の吉沢俊一さんが話してた。

 コンテやレイアウトや3D素材を貼り合わせたビデオを流して再現してそして実際の映像を流して差を見せてくれたけれどなるほどなくてもテンポ良く何かが伝わるようになっていた。だから削ったとも言えるけど敢えて付け加えて作画まで進めたのに削ってしまえる富野由悠季監督の凄みも感じられたトークだった。あとVでエンディングのスタッフロールに被って映し出されたゴッホの絵みたいなのも説明があって黒バックじゃ飽きるだろうということで工夫して油絵めいたものを描かせバックにおいたみたいだけれど、こちらとしちゃあ男たち女達のラインダンスに目がいってまるで気付いていないのだった。女性陣はご丁寧に2度も出るし。

 富野さんのスタッフロールへのこだわりも話があってビデオ編集の際に大抵は入れるんだけれどその現場でタイミングだとか文字の大きさだとかに机をバンバン叩いて怒って直させるとか。普通はよろしくで済ませるところをそうしないのも作った人たちの名前をしっかり見せたいという心遣いなんだろうなあ。制作にいわれて作って流したオペレーターも怒られて大変ではあるもののそれもやっぱり富野由悠季監督の心遣いという奴なんだろうなあ。


【8月9日】 小林清志さん死去。しばらく前に「ルパン三世」の次元大介役を大塚明夫さんに譲ったものの、その時に出したコメントではまだまだ現役でも行けそうな感じだったけれど、次元大介を演じていてもやっぱりお歳がといった感じではあったから仕方が無い。とはいえ、そこをうまく演出して決めるところだけ決めるとか、馴らしを経て発声させるとかすれば聞ける声になっていたから、まだまだ活躍はして欲しかった。

 とはいえ、89歳というお歳もお歳だったということで、そこは仕方が無い。お目にかかったことはなく、「次元大介の墓標」とかの舞台挨拶でお見かけしたこともなかったので遂にその生声を聞かずに終わった方だった聞けば確実に耳に残って他の方では真似すらできない雰囲気を持った声はやっぱり唯一無二。だからこそ半世紀を超えて次元大介を演じ、そして「妖怪人間ベム」のベムや「クラッシャー・ジョウ」のタロス、「スペースコブラ」のクリスタルボーイといった役がその姿とともにしっかりと脳裏に残っている。本当にありがとうございました。

 大竹宏さん死去。「もーれつア太郎」のニャロメとか「マジンガーZ」のボスとか「Dr.スランプ アラレちゃん」のニコチャン大王といった声が今も大勢の耳に残っている声優さんだった。2011年に赤塚不二夫さんの作品を集めたDVDが出るということで、アッコちゃんの太田淑子さん、ブタ松でバカボンのパパの富田耕生さん、イヤミの肝付兼太さん、そして大竹さんのレジェンド声優4人にそろってインタビューする機会を得て、そこでニャロメの奔放さが権力に対するカウンターとして取り上げられていったんじゃないかなって話してくれていた。当時も混乱していた世相に「ニャロメっていってやりたいと」とも。

 肝付さんが亡くなられ富田さんが逝かれ、去年は太田さんも軌跡にはいられながら大竹さんはまだまだご存命だったからいつまでもお元気でいて欲しいと思っていたけど、そこはやっぱり90歳というご高齢、直前まで本当にいろいろなところで活躍していたのは小林さんとはまた違った意味で唯一無二の声をお持ちだったからだろう。決して声色を作るなんてことはせず、内面でもって感じたままに出したその声が役にハマる。富田さんも肝付さんも太田さんもそうだった。声で役柄をねじ伏せる。そんな声優さんの声優さんらしさを感じさせてくれる人、今はどれだけいるだろう。その言葉をもっと聞いておきたかった。合掌。

 オリビア・ニュートン=ジョンさん死去。「そよ風の誘惑」が有名だけれどMTVな世代になってくると「ザナドゥ」とか「フィジカル」といったポップでライトでテクノでキッチュな楽曲を歌うお姉さまといった雰囲気でシティポップからちょっと離れたアメリカンポップスの代表格みたいなポジションだった。その後でシーナ・イーストンとか出てきてゴーゴーズみたいなガールズロックも出てきて賑わっていく中でオリビアさんの名前は聞くことがなくなっていたけれど、環境運動とかで活躍していたようで実業家でもあったらしい。1948年は都はるみさんと同じ歳なんだよなあ。そう考えると都さん凄いかも。

 三宅一生さん死去。いわゆる黒の衝撃として山本耀司さんと川久保玲さんがパリコレクションで大いに話題になる中で、日本からいったデザイナーでも三宅さんはちょっと違ったモダンで先鋭的なイメージがあってDCブランド全盛の時でもY’sやコムデギャルソンよりもさらに違ったポジションにあったような印象。Y’Sやコムデギャルソンは買えてもイッセイミヤケはちょっと買えなかったから。Y’sが経営に行き詰まり高田健三さんもブランドを譲り亡くなる中で川久保玲さんと三宅一生さんはブランドをしっかり維持してた。そこが服と向き合い服とだけ対話し続けたデザイナーの強さなのかもしれない。合掌。


【8月8日】 何しろ1時間はかかる大分空港まで行くバスが1時間に1本では、乗り逃すと飛行機に乗り遅れてしまうので早い時間に移動しようと午前7時には起きてバス停に行き、空港行きのバスに乗って午前9時には空港にちてチェックイン。2時間くらい時間はあったけど何があるでもない大分空港で買い物も遊びもできないので、カフェで居眠りをしてから始まった搭乗に従ってジェットスター航空の成田行きに乗る。

 来るときは羽田からJALだったけど帰りをジェットスターで成田にしたのは料金が安いから。それこそ半額くらいでちょっぴり遠い成田に行ってくれるならこれはお得な上に機材もA320でJALとアメリカン航空の共同運用なら心配することもない。乗ってる時間も1時間ならサービスがあってもなくても変わらないならこっちを最初から利用しておけば良かったかもと思ったけれど、成田に到着して第3ターミナルで降ろされて、そこから電車に乗ろうとしたらそれこそ1キロくらい歩かされることが判明。帰りがこうなら行きも似たようなものだとすると、大荷物を抱えての利用はちょっと大変かもしれない。

 幸いにしてろくに荷物もなかったので、1キロくらい歩いて第2ターミナルへと行ってそのすみっこにつくられたアニメ関連のショップを見物。なかなかものはそろっていたけれど、こんな隅っこではインバウンドで来日した外国人に利用してもらうとしたってちょっと無理だろう。パイロット服をきたキャラクターのグッズが抱負だからむしろ国内のファンがチェックしに行っているんじゃないだろうか。ガンプラもあったけど今人気のがあるかどうかは不明。個人的には「鉄血のオルフェンズ」のバルバドスがあったのでちょっと欲しかった。カッコ良いんだこれ、ゴティックメードみたいで。

 「ONE PIECE FILM RED」が週末の興行で22億5000万円を稼いだとのこと。土曜日からのスタートで2日間だけでこれはなかなかの数字。上にあるのは「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」だからそれに追いつくか迫るくらいの興行収入を得るかもしれない。100億円は硬いかな。そうなったらちょっと凄いかも、過去にもいっぱい作られた「ONE PIECE」の映画だけれどそこまで行った作品は確かなかったから。谷口悟朗監督の名前も広まれば、現在手掛けている劇場版「エスタブライフ」にも弾みがつくかも。でもって繰り出されるのがノーパンだったら笑うけど。それは橋本裕之監督のテイストだから劇場版にはそうはならないかな。

 そんな「ONE PIECE FILM RED」がトップに来たことで下は順繰りに下がって「今夜、世界からこの恋が消えても」は5位から6位に。その意味では勢いは維持したってことで口コミが聞き始めて夏休みということで若い人たちが続々と劇場にかけつけては、ハンカチを涙で濡らしているのだろう。不思議なのは「モエカレはオレンジ色」が圏外から9位に浮上したこと。何かあったんだろうか。青春系が2作並ぶランキングはそれはそれで日本的。逆に「ソー ラブ&サンダー」が圏外に消えてしまうところは、マーベルが強いアメリカと大きな違いがあるって言えそう。「Gのレコンギスタ5 死線を超えて」は映画には入らないのかな。

 夕方からVELOCHEにこもって暑さを凌ぎつつネットで夏の甲子園野球大会を観戦。沖縄の強豪・興南高等学校と地元・船橋から15年ぶりに出場となった船橋市立船橋高等学校の試合はしょっぱなの市船の攻撃となった1回裏からあの「市船soul」が演奏されて何が何でもまずは「市船soul」を甲子園で響かせるんだという吹奏楽部とそして市船の意気込みを感じる。その回に3塁までランナーが進んで期待したものの無得点に終わり、そして3回に沖縄興南に5点を奪われ万事休すかと思ったら、2点を奪いそれから本塁打で1点を返してさらに8回、「市船soul」をバックに奮起した市船の選手が2点を入れて同点に。

 そして迎えた9回裏も「市船soul」が鳴りひびく中、満塁となって代打に出た選手に相手投手がボールをぶつけて押し出しからのサヨナラ勝ちして2回戦に駒を進めて「市船soul」が甲子園に流れる機会を先につなげた。ニュースなんかでもさっそく報じられていたりしてちょっとしたブームになりそう。このビッグウェーブに乗ろうと「20歳のソウル」を紹介する原稿を書いてぶっこんだけれど次の試合までに掲載されるかな。そこで負けても記憶に残れば良いのでとりあえず頑張ってとエールを贈ろう。


【8月7日】 大分へ。たぶん初上陸。宮崎には行ったことがあるし鹿児島にも鉄道で行ったことがあるけど大分は通過したことすらなかったんじゃないかなあ。佐賀は通過だけはしているだろうからこれで九州全県制覇。でもまだ四国には入ったことがないのだった。還暦の厄払いにお遍路でもするかなあ。ってことで朝の8時過ぎくらいの飛行機に乗って1時間くらいで大分空港にはついたものの、そこから大分駅前まで1時間くらいかかるというこの戦闘力の差に飛行機という文明の利器の偉大さを強く覚える。リリエンタールとライト兄弟は偉かった。

 夕方までやることがないのでとりあえず昼食でもとネットで調べて大分名物と分かった「琉球丼」を食べに二代目与一へ。海の男のまかない飯だったとかでご飯の上に皮をはがれて千切りめいて細く切られた関アジをタレ漬けしてびっしりと乗せてゴマとか大葉とかを散りばめた海鮮丼のシンプルな奴といったところだけれど、食べるとこれがアジだけなのに甘みがあって深みもあって美味しくてついつい箸が進んでしまった。こんなの食べていれば海の上だってずっといたいと思えるよなあ。店はカウンターだけで「琉球丼」も1日にそれほど数が出る訳ではなかったみたいで食べられてラッキー。次来ることはないけれど、東京でも丼選手権みたいなのがあれば食べてみたいかも。

 その後、近くにある大分県立美術館に行って現代美術の展覧会を見物。ウォーホルがいたりカンディンスキーがいたりジャコメッティがいたりとモダンアートもあればフルクサスとか中西夏之とか荒川修作とか河原温とか今となっては懐かしさが漂う現代美術もあってそっち系が好きな人には楽しい内容。あと森村泰昌とか奈良美智とか。でも村上隆を始めとしたカイカイキキギャラリー系はいなかったのはどこかやっぱり美術の筋から外れたところで活躍しているって認識なんだろうか。

 ホテルにチェックインするまでまだ時間があったので、ホテルそばにあるモスバーガーでアイスコーヒーを飲みながら時間を潰していたらものすごい雨と雷でリアル「スプリンクラー」といった感じ。これを聞いていたら達郎さんも話題にするかと思ったけれど、リハーサルでホールにこもっていたんだろうか、雨については喋らなかった。地方をまわって名物を食べて温泉につかって音楽を奏でてなんて無頼な暮らしは出来ないし、飽きるんだろう。講演だけして旅行をしていてそれが楽しいと言ったら永久に東京に帰れなくなったってSFが筒井康隆さんにあって、憧れつつも怖かった記憶。時々来るから良いんだよ。

 さても今のところ山下達郎さんのライブ「PERFORMANCE 2022」で唯一当たった大分県大分市にあるiichikoグランシアタでの公演を観る。新アルバム「SOFTRY」から「LOVE’S ON FIRE」を達郎さんがバックダンサーを従え踊りながら唄う姿が最高だった。そんな藤井風な訳がない。ほぼほぼいつものライブといった感じ。メンバーも同じなんで安定感抜群。とりわけ今回は僕が大好きな「MUSIC BOOK」を聴かせてくれて良かった。

 iichikoグランシアタは車いす席の16席を含んでも1966席とこじんまりとしていながら幅広でゆったりとした空間を味わえるホール。それだけ前後は長くなくて達郎さんを間近に手に取るように見えた。ちょっと幅広な感じだった。よたよたと歩いていたのはいつものこと。ストラトキャスターを手に取れば抜群のカッティングを聴かせてくれるし「RIDE ON TIME」ではいつもの生声を限界に挑戦するかのようにステージ奥から響かせてくれた。

 この声が良かった。新型コロナウイルス感染症に感染して4公演ばかり延期にした関係で喉に影響が出ていないか心配だったけれど、軽症だったらしく喉に影響はまるでなくむしろ休んでそして熊本で久々に声を張りだして整った感じにヌケの良い声だった感じ。とても69歳とは思えないんだけれど「MUSIC BOOK」をかも含めてアルバムを出していた30代の頃を思わせる声を聴かせてくれた。凄かった。

 詳細はこれからの人もいるから置くとして、バンドメンバーのつばぜり合いが演じられる場面があったり宮里陽太さんが昔の僧形めいた雰囲気からちょっとモダンになっていたりと人的にも見どころはいろいろ。そして難波弘之さんは達郎さんと同じ年なのにいつまでもSF少年でキーボード少年な感じがこれまた凄かった。しばらくまえに病気もされた気がしたけれどそんなことは感じさせない演奏ぶり。ツアー最後までこれなら全員で突っ走っていけるだろう。もう1回くらいどこか当たらないかなあ。


【8月6日】 「月刊潮」を刊行している潮出版社が創価学会系というのは知られた話で、そして創価学会は公明党と関係があっていわゆる政治と宗教の問題に触れていることも承知しているだけに、統一協会を信じてお金を注ぎ込んで一家を不幸のどん底に叩き込んだ母親を怨んだ挙げ句に、統一教会系の団体に総理大臣でありながらメッセージを送ったりしていた安倍晋三元総理を射殺した事件が、政治と宗教の関係をあぶり出している状況で、その問題に触れずに安倍晋三元総理について語ることは不可能と考えたからかもしれなあいと、事件について特集も組んでいなければ記事も載せていない月刊潮の2022年9月号の「月刊潮」の割り切りぶりについて思った。

 どこかのライティなオピニオン誌がそろって安倍晋三元総理の功績ばかりを挙げて持ち上げているのと比べると、潔いというか正直というか毀誉褒貶の誉褒ばかりを取り上げるみっともなさを自覚していたのかもしれないけれど、そうした中にあって国際政治学者の人だけが、コラムで安倍晋三元総理の暗殺事件について触れていたものの、内容が相変わらずというか安倍晋三元総理と統一協会との間に深い関係があるといった認識から、犯人が銃撃を行ったことを指摘すること、が犯人のテロを肯定することになるといった謎理論を繰り出して、安倍晋三元総理と統一協会の関係から目をそらさせようとしていた感じ。その死を悼みつつテロを憎みつつ原因について語ることをそれぞれに独立して行えばいいだけなのに、そうせず原因のとりわけ関係面だけをオミットするその言説はいったい何によるものなのだろう。ずっと気になっている。

 初日から売り切れ続出の「ONE PIECE FILM RED」を見にイオンシネマ幕張新都心へ。最寄りのJR幕張本郷駅に着いたら改札内にある自販機で売っているヤクルト1000が売り切れではなくなっていたので、1本買って飲んでみたけど味は普通にヤクルトだった。何が違うんだろう。夜になるとぐっすりと眠れるんだろうか。っていうか今も普通に眠れているからなあ。夜に期待だ。でもってイオンシネマ幕張新都心へとバスでたどり着いて「ONE PIECE FILM RED」。いやあ、谷口悟朗監督は凄いというか、あの予告編から想像できる展開をそうもひねってくるというか、驚きの連続でラストまで引っ張り回された。

 何を語ってもネタバレになるだけに何も言えないけれどもとりあえず見終わってからもう1度見ると、それぞれの描写に違う意味が感じられる作品であることは確か。それは「今夜、世界からこの恋が消えても」と同じで個々の場面の心理状態を知って改めて見直してそこではそうだったのかと感じたいのでまた行こう。というか来週の舞台挨拶のチケットが当たっているので行く予定ではあるんだけれど、その前に今度はIMAXで見たいかも。いやイオンシネマ幕張新都心のULTIRA&ドルビーATMOSも最強だったんだけれど、IMAXはIMAXで画面のクリアさがどれくらい映像を引き締めているかを知りたいのだった。

 あと言えることはメインキャラクターとなっているUTAもいろいろと考えていたんだなあということ。それは特典としてもらえた第40億巻を読んでも感じ取れることで、単にすべてをキャッチアップしようとしただけでなく、それをしっかりと支えてくれる人を想定して信じていたということ。それでもやっぱりいろいろとしでかしてしまったことにたいする決着を、整えてきたところに谷口悟朗監督ならではの筋の通し方を見てしまった感じ。そこはだから「コードギアス 反逆のルルーシュ」でルルーシュに安易な幸せを与えなかったことからも感じ取れる。そういえばUTAの普通の喋りはナナリーだったなあ。あんな奥ゆかしかった子がこんなに自己主張の激しい娘に育ったんだなあ、ってそれは違うけど。歌で進める映画という意味では「マクロスΔ」の2本の方が好みだけれど、見込めばまた違ってくるかも。その意味でまた行かないと。


【8月5日】 無事に熊本が開催されるようなので、大分も開かれるだろうとここは腹をくくって大分のホテルを予約。ついでに帰りの飛行機も予約しようとスタージェットの便を見つけて予約をしたら、1日間違えていたのが判明して慌てて日程を切り替えたらそれだけでちょっと割増になってしまった。そこが安価なLLCだけれどもそれでもJALなんかに比べれば安いから仕方が無いのだった。ちなみに往きはJALで羽田から。帰りはスタージェットで成田まで。考えて観れば成田の方が家からだと近いんだけれどちょっとそこまで頭が回らなかった。両方試せて良いって思うことにしよう。あとは天候だな。

 そして気がつくと松本直也さんの漫画「怪獣8号」がアニメ化されるって発表されていた。それはそれで目出度いんだけれどすでに結構動いているあの絵がアニメになって感じられる驚きがどれだけかって考えた時、やっぱり実写映画化して欲しかったという思いが強く浮かんで仕方が無い。なるほど日本の漫画の実写化がいろいろと言われているのは知っている。最近も「鋼の錬金術師」にいろいろと異論もあったけれどもそれは役者のセレクトとシナリオのさばきかたの問題であってVFXは結構力が入っていた。そして「シン・ウルトラマン」のように特撮でありながらもリアリティを持った映像が作られると分かってきた。

 だったらという思いもあるし、これが海外だったらマーベルのコミックスが普通に実写映画になってとてつもない世界をさらに凄いものにして見せてくれるのを目にしていると、同じような技術でもって「怪獣8号」も実写映画にして欲しいという気がしてしまうのだった。まあ予算が文字通りにケタ違いだから迫るのは無理でも頑張れる範囲で頑張っていかなければ未来はない。だからいつか実写映画化にも挑んで欲しい。無理なら海外での実写映画化なんてこともあって良いんじゃないかなあ。ところでアニメはいったいどこが制作するんだろう。MAPPAがあれもこれも手掛ける中で挑んで同じクオリティをたたき出せるアニメスタジオが出てきて欲しいのだけれど。WIT STUDIOが「SPY×FAMILY」に続いて取ってくるかな。

 三鷹でちょっとばかり仕事をしてからバスで調布へと向かいシアタス調布で「GのレコンギスタV 死線を超えて」を見ることにしてついでに富野由悠季監督に迫る映像が収録されたブルーレイを確保。丸の内ピカデリーだとすでに品切れになっていたりするそうで、誰もが気になる監督として未だトップにあり続けているのは宮崎駿監督ではなく富野由悠季監督なんだってことを改めて満天下に示した格好。上映まで時間があったので劇場を出て調布駅の北口にある「かれんど」という店でキーマカレーオムライスを食べる。前に来たときはちょっと行列で入れなかったのでリベンジ。ご飯の上に丸く卵焼きが被せられ、その上からキーマカレーがかけられてもう美味しくないはずが内というビジュアルだったけど、味もそのとおりにキーマの辛味と卵焼きの甘み、そしてライスのうま味が混じり合ってとても美味しかった。また行こう。

 さて「GのレコンギスタV 死線を超えて」は誰がどうだかさっぱり分からないけれどもとりあえず、戦いに血道をあげる人たちの動機に多分に彼氏彼女の恋情があったりすることも見えてきた。少し前まで宇宙の果てまでベルリと一緒に旅したのにマニィが地球のそばまで戻ってマスクことルイン・リーと合流すると、マスクのベルリへの嫉妬と逆恨みが爆発したような感情をそのまま受け取って、本気でぶち殺しに行くんだから恋の力は凄まじい。
 ベルリも戦いはダメだとかいって飛び込んでいっては相手を平気でぶち殺すから言行不一致も甚だしいけれど、殺したくないと言っても殺さざるを得ない状況に入ってそして殺さなくちゃいけないという思いにとらわれるのが戦争だってことを言いたいのかもしれない。最後はそれでもノーサイドから憎しみをすっと消してみせるあたり、人はわかり合えるんだっていうかつての思想を明るく描いたものとも言えそう。難しくして悩ませるよりあっけらかんと見せてすっと落としてのけた2020年代のガンダムであり富野由悠季監督ならではの作品。やっぱり遡って1と2と3も見なくっちゃ。マニィは髪をまた伸ばせば良いのに。


【8月4日】 1997年といえばケ小平こそ死去したものの江沢民国家主席の下でケ小平が夢見た香港返還が行われた年。それを3か月後に控えてアメリカから下院議長のニュート・ギングリッチが台湾を電撃訪問して李登輝総統と会談したのは、香港返還からの台湾侵攻があり得るかもしれないと言われ始めた時期にアメリカの姿勢を改めて示すことで、中国を牽制するという意味があったと言われている。中国を一応は立てながらも決して甘やかさない態度を示したとも言えるけれど、そうした忖度のない態度を見せるのが世界の警察官、アメリカ合衆国だけのことはある。ここで日本は台湾訪問なんて誰もできなかった訳だから。

 それもまた中国への経済依存度が高い日本にとっての処世術でもあるんだけれど、口だけの人は態度で示せと今回のペロシ下院議長の台湾訪問に関連していろいろと言い出すんだろうなあ。とはいえ25年ぶりとなる訪台が前回のような意味を持っているとしたら、香港の民主化を完全に押さえ込んで中国化を一気に進める動きの中でまたぞろ台湾侵攻なり台湾有事が言われ始めているのをちょっと、牽制しておく必要があるんじゃないかといったものなんだろう。

 とはいえ国力を高め軍事力も教戒している中国もやれやれと良いながらとりあえずおとなしくするかというと、江沢民政権下で中国サイコーな教育を受けてきた人たちが四半世紀経って要職についている今、かつての周恩来だとかケ小平のような思慮深さよりも内政の歪みを外交で解消しようとして暴れ出さないとも限らない。それは中曽根康弘元総理だとか野中広務元自民党幹事長だとかいった戦争を経験した世代が引退なりして政界から去った自民党で、内政の不満を外にぶつけてそらそうとする動きが妙な宗教とも結託して濃縮されているのと同様で、そうした夜郎自大の輩がいつ激突しないとも限らないのがちょっと怖い。哲学を持って歴史に学び聡明さにあふれた為政者ってなかなか出ないものだなあ。

 食べたくなったので有楽町まで行ってスパゲティのジャポネでインディアンスパを頂戴する。茹で置きしてある太めのスパゲティをフライパンでいためて具を混ぜて出すロメスパの老舗で、ジャポネだとかいろいろなメニューがある中でカレーがかかったインディアンはシンプルで食べやすかった。ジャンボでもあんまり量が変わらないのはあるいは昨今の諸物価高騰で容量が抑え気味なのかそれともさらに上の横綱に全振りしているからあまり盛ってないのか。まあ食べきれないほど出ても困るのでお昼にはちょうど良かった。

 食べ終えて隣のマクドナルドでしばらく原稿打ち。適当に時間もたったので丸の内TOEIで「ハケンアニメ!」でも見ようかと思ったものの、渋谷TOEIではまだしばらくやっていそうだったので今日は休もうと有楽町からJRに乗って亀戸まで出てそこでキッチンDAIVEのベーコンエッグ弁当を購入。卵が5つは使われたゴージャスな弁当で黄色いフライがいっぱい盛られたものと比べると量はありながら食べやすいのだった。次もあったら食べたいな。ちょっとだけ横になったら夢に角川歴彦会長が出てきて記者会見をするというので300円はらって参加。なんで会見にお金を払うんだってそれは夢だからそういうことも起こりえる。なんで歴彦さんかといえばそれは話題になっているから。北野武監督のせいって奴で。どこに落ち着くかなあ。


【8月3日】 東劇ビルの1階にあった本屋さんが消えてしまったことから浮かぶ寂しさは、あの界隈の街全体がどこか沈み込んでいるように思えることからも強く感じる。同じ通りを皇居まで戻った日比谷がミッドタウンで一気に再開発されたのと比べると、有楽町から銀座を越えたあたりはシネパトスが消え歌舞伎座は屹立するも興業はコロナで襲名披露とかタイミングじゃなく、電通は移転しアサツー・ディケイもとうに虎ノ門へと逃げ華僑ビルはなくなり築地市場が移転して勝鬨橋あたりまで何もない感じになってしまった。

 かちどき橋を渡ればそこは月島で江戸の雰囲気が未だに味わえる伝統ある街なのに、築地市場もなくなった今は訪れる人も流れでは減ってしまってどこか静かだなあという気がして鳴らない。それもまた風情、下町風情が維持されると言えばいいのだけれど、再開発が入って建つのはタワマンばかりとなるのも勿体無いので、ここは毎日1回、勝鬨橋を上げればいいかなと思ったり。あるいはARゴジラを立たせてスマホ越しに見られるようにしたら良いかと考えたり。日本橋が三井不動産の手で再生したように、そして丸の内が三菱地所の手でモダンになったように月島築地東銀座にもどこかの手は入らないのかなあ。住友不動産では灰色のオフィスビルが建つばかりだもんなあ。

 撮られた映画のフィルムの権利はハリウッドだったらプロデューサーにあるってことが明々白々で、監督が自分でやるなり指示してやらせるなりして編集をして期限までに納品をしなかったとしたらプロデューサー権限で取り上げて新たに編集を指名して仕上げて公開へと持って行くことになるだろう。日本でだって前に松竹の奥山和由プロデューサーがNHKのディレクターかだれかが撮った映画の編集を疑問視し、そちらとは別に自分の編集したバージョンを公開して真っ向勝負をしたことがあった。プロデューサーはそれだけ偉い。だってお金を出すんだから。

 北野武監督による映画「首」が途中で止まっているというのもだからプロデュースしているKADOKAWAがそれこそ素材を全部引き上げて自分たちで編集をして公開することだって契約的にはできるような気がするけれど、その契約がまだ締結されていないらしいというところがなあなあの口約束で動く日本のエンターテインメント業界らしい。ハリウッドだったら契約がなければ撮らないし撮らせないだろうから。それがない以上はだったら商習慣なりから判断するならやっぱりお金を出したKADOKAWAなりが1番偉いってことで、どうにだってできる気がするんだけどなあ。

 それが北野武監督映画と呼べるかが難しいならアラン・スミシーとして公開しちゃうのも手かもしれない。話題になれば奥山プロデュイーサーだったら何でもやったけれどKADOKAWAではそれはちょっと難しいかな。角川春樹さんならやったかも。週刊新潮だと北野武監督の求めに応じようとした角川歴彦会長を周囲が止めたようだけれど、映画なんて文化事業なんだからゲームで儲かっている分をいくらか注いでそちらで損をしたって栄誉が得られるなら良いって判断をして、言うなりにしてしまえば良いんじゃないかと思うのだった。昔の歴彦さんならそれをやったし、逆に言うなら昔の北野武監督ならゴネたりなんかしなかっただろう。時代は流れ人は年齢を重ねそして世界は窮屈になる。見習おう反面教師として。

 池袋へと回ってTOHOシネマズ池袋で2回目となる「今夜、世界からこの恋が消えても」を見る。夏休み中だからか午後1時40分からの回で8割埋まってそのうちの99%が女子で男子がいてもほぼカップルの映画に男子がひとりで入るのはなかなかはばかられるけれど、後半から周囲がハンカチモードに入るのを感じつつ自分も落涙モードに入る楽しみを味わいたいから仕方が無い。同じ空間で同じ思いを味わう映画館ならではの楽しみを体験できる映画ってそうはない。これは貴重な1作。同じ気分を味わいたいと大勢が詰めかけているようで、原作から好きだった身にはなかなかうれしい。頑張れメディアワークス文庫。


  【8月2日】 朝から暑いので家を出て茅場町まで行ってVELOCHEでしばらく原稿書き。適当な時間になったので歩いて八丁堀から築地を抜けて東銀座まで行く。これくらの暑さの中をこれくらいの距離歩けるなら気分はわりとポジティブといったところ。しばらく前はそういった“無駄足”を踏む以前に出かけることすら困難だったから割と回復しているといえばいえるけれど、それは今がまあ稼げているからでこれで稼げなくなってくるとやっぱり引きこもってしまう可能性もあるので今のうちにガンガン仕事をしておこう。達郎にも行かなきゃいけないし。

 とは言いつつ札幌のライブに続いて東北でのライブも中止となった山下達郎さん。週末に熊本があってそれから大分でのライブとなってそれに乗り込む予定で飛行機まで確保してあるんだけれど、帰りの飛行機を予約しようとしてちょっと迷ってる。今のところ回復したともライブを再開するとも発表がないことを考えるとちょっとやっぱり新型コロナウイルス感染症の影響で喉が痛んで声が出ないのかもしれない。あるいは周囲に似た症状の感染者が出てライブが回らないとか。それで予約をするとキャンセルもきかないんで今はちょっと様子見。確報が出たら改めて動こう。大分なんて滅多に行けるところじゃないんで行きたかったなあ。再公演になるとは思えないから今回のツアーで見えることは断念かなあ。

 歩く途中で築地にある天やに入って天丼を戴く。築地だったら美味しい天ぷら屋さんだっていっぱいありそうだけれど探して食べていると高いんでこれは仕方が無い。あるいは築地だから食材もちょっと違うなんてことはきっとないけどそこは気分ってことで。でもって東銀座にある松竹の本社が入った東劇ビルに入ったら1階にずっとあった本屋さんがなくなっていた。近所に電通の本社があった関係で広告関係の本とそれからやっぱり松竹ってことで映画と演劇関係の本が妙に充実していて、小さいけれども使い勝手の良い本屋さんだっただけに残念。電通も移転して関係会社もいなくなって本なんて読む人が近所にいなくなったのかなあ。築地市場もそういえば遠くへいってしまった。そうやって街は死んでいくんだ。変わっただけかもしれないけれど、どこか息をしていないようにも思えるのだった。残念。

 そして試写で八目迷のライトノベル「夏へのトンネル、さよならの出口」が原作の映画「夏へのトンネル、さよならの出口」を見たらちゃんと「夏へのトンネル、さよならの出口」だった。原作が未読で映画をいきなり見る人もいるから詳細には触れないけれども過去に縋りつつ縛られるだけではなくてちゃんと進もうとする人をちゃんと見守っていこうと思えてくる物語だった。小林星蘭が出演していることもあって「若おかみは小学生」のおっこが経験してそして進み始めた姿が少し重なって見えた。11月に化け物級の作画を持ったアニメがやって来るからそれに比べるとってなるけれど、これはこれでシンプルで見やすさを覚えるアニメだった。

 ガガガ文庫だと前に「とある飛空士の追憶」が映画になってそれから「AURA〜魔竜院光牙最後の戦い〜」が映画になってと単発で良い映画を出していて、その系譜に連なるものには仕上がっていた。ポニーキャニオンがメインってことで音楽を売りたいのかもしれないってことで、eillってアーティストが挿入歌とかエンディングを唄っていてこれがとても良かった。主役を演じた鈴鹿央士は淡々として淡泊な声だけれど棒ではないニュアンスを込めた声を聞かせてくれた。ヒロインを演じた飯豊まりえもツンとしつつほろりとさせてくれた。演じた花城あんずが足をジタバタさせてる姿が可愛かった。見終わって外に出たら83分経っていた。普通の時間が過ぎていく嬉しさと寂しさを覚えた。そういう映画だった。次は2作目の「きのうの春で、君を待つ」を映画化しないかなあ。時空SFでサスペンスできっと面白くなると思うんだ。


【8月1日】 研究室で生み出されたバッタの遺伝子を持った怪人と、研究室で生み出されたトカゲの遺伝子を持った怪人がバトルするという意味で「仮面ライダーVS仮面ライダーアマゾン」だったと言えるかというと、それほど単純でもなかったジュラシック・ワールド 新たなる支配者」。前の「ジュラシック・ワールド 炎の王国」を見た記憶がないのでメイジーちゃんの存在が飛んでいるけど色々あって恐竜使いのアルバイトもしているスター・ロードが恐竜大好きお姉さんのクレアといっしょに山奥に引き取って育てていてもそこは気になるお年頃。橋を越えて集落に出たところをキャッチされその内に眠る秘密を狙う悪い組織にさらわれてしまう。

 これはダメだとそこはアベンジャーズだけあって助けに向かうスター・ロードじゃなかったオーウェンと、そしてクレアのカップルとは別にアメリカ初で世界中で猛威を奮って穀物を位始めた仮面ライダーならぬバッタのお化けを退治するべく悪い組織に乗り込んでいくといったストーリー。山有り谷有りの起伏に富んだストーリーをこなしながらもしっかり着地させるアメリカはハリウッドの大作映画ならではの楽しさで2時間ちょっとを引っ張っていってくれる。

 その身にハエの遺伝子を持っているようにすら見えるジェフ・ゴールドブラム演じるマルコム博士もやっぱり登場して火で恐竜を引きつけたりするいつもどおりの活躍ぶりを見せてくれたりして「ジュラシック・パーク」の頃から見ていた人には楽しいところもいっぱい。こだわる人には例のスプレー缶の秘密も解けるらしいけど「ジュラシック・パーク」を見ていながらそれにはまるで気付かなかったあたりに作品への話が愛の足り無さが感じられる。やっぱりバッタの怪人とトカゲの怪人のバトルが見たかったなあ。

 白眉はディワンダ・ワイズ演じる飛行機乗りのケイラ。金さえもらえばどこにだって連れて行くぜ的な運び屋家業は良いキャラクターなので作品を超えて他の映画にも出て欲しいけどそれはないなら同じような雰囲気で何かの映画に出て欲しい。それか「ジュラシック・ワールド」シリーズ完結を受けてたぶんぜったい作られる新ジュラシックシリーズに中心的な役割で登場しては悪の女幹部のソヨナ・サントスとガチバトルとか繰り広げて欲しいもの。期待してます。世界に恐竜があふれかえった描写をCGIで見事に表現してみせるところは2022年の技術か。ダイクストラ亡き今であっても恐竜たちのモーションにはきっとその感性は息づいていると思うのでその意味では特撮映画だとも思いたい。「シン・ウルトラマン」がCGIの塊であっても特撮映画であるように。

 さて「ジュラシック・ワールド 新たなる支配者」は興行通信社の週末映画ランキングで堂々の1位。そして2位には前週と変わらず「ミニオンズ・フィーバー」が入って前週1位だった「キングダム2 遙かなる大地へ」は3位に下がってしまった。それでもベスト3を維持するなら結構なもの。それを言うなら「トップガン マーヴェリック」なんて公開から10週目なのにまだ4位に入っている。それ以上にいったん圏外に落ちた「映画 五等分の花嫁」が8位に復活しているから凄い凄い。4週目なのに9位に下がってしまった「ソー ラブ&サンダー」はまあプログラムピクチャーズ的な漫遊記だからワッと盛り上がってすっと落ちるのもありか。

 そうした中で初登場5位に入った「今夜、世界からこの恋が消えても」が来週どうなるかが気になるところ。口コミは割と聞いてはいる気がするんだけれどドライブがかかるほどじゃないからなあ。ジャニーズの人が主演だと褒めてもそのファンが多いと思われがちなところがちょっと寂しい。いやいやこれは古川琴音さんの映画であって古川さんがきりっとしていてうるっとさせられるところもあって見ていて飽きない良い役だってことを強く訴えたい。ちゃきちゃきとして福本莉子さんも道枝駿佑さんもぐいぐいと引っ張っていくその活躍を、見るだけでも十分なので言って欲しいな劇場へ。お願いします。


【7月31日】 読者層とか関係のない共同通信の世論調査で安倍晋三元総理の国葬に反対する人の割合が53.3%で賛成する人の45.1%を大きく上回った。他では直後あたりの調査で賛成する人の方が多かったけれど、それでも拮抗していると欠かざるを得ないくらいにほぼ並んでいたりして、その後に安倍元総理が旧統一協会との付き合いを経っていなかったことが分かったり、自民党の政治家がたくさん旧統一協会のお世話になっていたことが明らかになったりして、印象が悪くなったのが反対の増えた理由なのかもしれない。

 いやいや日本のために貢献をしたならそれはそれで評価して相応しいなら国葬をすべきじゃないのかって意見も分からないでもないけれど、それを声高に主張して自分を納得させられるだけの印象を安倍元総理に抱けなくなっているのかもしれない。それでもやっぱり安倍元総理の凄さを語り継ぎたいのか、国際政治学者が朝のワイドショーに出演して天皇陛下が国葬となるなら総理大臣だってといった意見を言ったとか。いやいや国民の象徴である上に皇室典範にそう定められている天皇と、その天皇に信任を受ける総理大臣を並立で語るのは、国民主権だと言っても無理があるんじゃないかなあ。

 それが分からない国際政治学者でもないんだろうけれど、国葬に賛成する論旨を展開しなくちゃ行けないポジションであれやこれや並べ立てているうちに、残り少なくなってきたカードから無理筋でもえいやっと通そうとしたのかもしれない。ついでに「大喪の礼」を「たいものれい」と言ってしまったのはこの案件を語る上でちょっと不味かったけれど。いくら昭和天皇の大喪の礼が10歳に達して折らず耳に届いていなかったとしても、話題に出す以上は調べて法律上の位置づけも確認した上で喋らなくちゃ学者とは言えないんじゃないのかなあ。ただのコメンテーターなら別にいいけど。そんな扱いなのかも。
 暑さの中で寝ていると茹だるので家を出て電車で本を読みながら中野へ。新馬場新さんの「サマータイム・アイスバーグ」は三浦半島沖に突然氷山が現れて、それが地球の未来を変えかねない秘密を持っていて政府とかが大慌てする一方で、三浦半島に暮らす少年少女は氷山のそばで拾ったひとるの少女を交えてひと夏の思いで作りに邁進するといったSFと青春小説が入り交じった話になっていた。SF的な大仕掛けはあまりないけれど、少年少女がそれぞれに事情を抱えていて事態を挟んでそれと向き合うことになるという、青春小説的な設定が読んで心に響いた。多感な頃を潰すと未来も変わってしまうならやりたいことをやり、なりたい自分になれば良い。そんなことを思った。

 到着した中野でせっかくだからとハンバーグのお店に行ったら準備中のままで開かず。仕方が無いので中野ブロードウェイを回ったら3階のほとんどが高級腕時計の店になっていた。確かにしばらく前からロレックスとか値上がりが激しく新品で変えればあとは上がる一方の状態になっているけれど、こうまで店が増えるとまさに騰貴的な状況に入っているのかもしれない。なので今買うのはちょっと避けたい気持ちだけれど、さらに上がるかもと思うと心も揺れる。そういうところに儲けばなしはつけ込んだ得来るんだろうなあ。まあロレックスで1000万円とかオーディマ・ピゲで3000万円とかパテック・フィリップで4000万円では最初から手も出ないんだけれど。

 帰りの電車でメソポ・たみあ「刻をこえる怪獣」も読んで怪獣に食べられ力を受け継ぐあたりは「怪獣8号」で、その力を使って防衛隊に入って幼馴染みに近づこうとするのもやっぱり「怪獣8号」なんだけれど、そこで行き詰まって「破壊の怪獣」に倒されては時間を遡ってやりなおす繰り返しをするところはちょっと違ってた。同じ事を繰り返した挙げ句にようやく変化を試すところが愚直すぎるけれど、公言できる秘密ではないから仕方が無いのかも。それでお襲ってくる運命にあるいは何か別の意図でもあったりするのかも。それを描き怪獣を身に取り込んだ主人公が堕ちずに生き延びていけるかも含めて描く続きが読みたい。

 電源を探してVELOCHE周りをしてたどりついた地元のVELOCHEで原稿をどうにか仕上げたあたりで、入って来たおばあさまの集団が車座になってマスクもなしに喋り始めたので退散。年齢的なリスクも高いのにどうしてこの大流行している中でそんなことができるのかなあ。ワクチンは打っていたって罹ることは分かっているし重症化だってする訳で、罹らないためにできることをするのが最大の予防なのにそれをしないで罹って騒いで貴重な医療リソースを削るのは誰かに対する罪でもあるって気がしてきた。自分だけは頑張りたい、とか言いつつヘラヘラと出かけていくからそこは一緒か。喋る相手がいないだけでも良しとするか。それは寂しい話だけれど。はあ。


【7月30日】 昨日はそういえば東京ミッドタウン・ホールに行って「グランブルーファンタジー」をネタにしたアート展の内覧を取材したんだった。記事が掲載されて取材には初めて持ち出したPENTAXのS2が案外に綺麗に取れていることが判明。記者発表とかならこれで十分に間に合いそうな気がしてきた。ずっとQ10は使っていたけどシャッターが落ちるのがだんだんと遅くなってピントもずれてそして画質も荒かったのでお蔵入りにしたんだけれど、それで持ち出していたK−7はデカくて取り回しが悪い上にレンズが片ピンになって使えず、K−3を導入したもののやっぱり重くて取り回しが面倒だったのだった。

 企業の代表に会う取材にはさすがにS2では小さすぎておもちゃ扱いされてしまうんで、やっぱりK−3を担いでいかなきゃいけなさそうだけれど記者発表とか展示会とかならS2で間に合うことが分かったので、これでしばらくは乗り切ろう。実際はイPhoneとかのカメラの方が解像度では高くなっていたりするんだけれど、望遠となるとやっぱりまだまだ光学レンズに一日の長がある。その点でちゃんと06ズームも買ってあるので交換しながら使っていけばそれなりの画質の写真はとれるだろう。そういう仕事があればの話だけれど。

 それにしても「グランブルーミュージアム」は普段はセミナーとかカンファレンスをやってる東京ミッドタウン・ホールの部屋をつなげていろいろとセットを組んだりフィギュアをおいたりして「グラブル」の世界に見事に仕立て上げられていた。3.5メートルもある機神とかどうやって運び入れたんだろう。夜寝られなくなっちゃう……っていうのは冗談でバラして運び入れて組んだんだろうけれどもそんな大きなものを入れても圧迫感があまりないのは天井の高さが効いたのかもしれない。

 凄いのは4DXのアトラクションにドームスクリーンをセットにして持ち込んだことで、まるで知らない「グラブル」のそれなりに興味深いバトルを見せてくれた。遡ってストーリーとか追ってみるか、ってそれが簡単にいかないのがソーシャルゲーム。「FGO」とかさっぱりだもんなあ。でも映画は見て分かるからそこはそれ、オタクならではの空想力で隙間を埋めていけば良いのだ。

 明けて土曜日。家に居たら蒸し焼きになるので午前9時過ぎに家を出て、茅場町まで行ってVELOCHEでカタカタと原稿打ち。とりあえず昨日見た「今夜、世界からこの恋が消えても」の感想を書いてそれから8月に出るライトノベルの新刊なんかをチェック。そうか「ツルネ」の最新刊が出るのか。あと「夏へのトンネル、さよならの出口」の八目迷さんによる最新刊も登場。SFっぽい話なんでちょっと期待。新馬場新さんによる「サマータイム・アイスバーグ」も時間SFだったしガガガ文庫、数あるレーベルがラブコメに走る中でしっかりとSF魂を受け継いでいるなあ。「夏へのトンネル、さよならの出口」のアニメ映画がヒットしてさらにSFが集まるとちょっと嬉しいかも。

 茅場町から日本橋を経て池袋までVELOCHEを3軒回って原稿を仕上げてから新・文芸坐へと言って篠崎誠監督の「SHARING」を見る。大昔に八王子で見てそのあとにユーロスペースでも見たけれど劇場で観るのはそれ以来? 東日本大震災で受けた心恩ダメージをさぐるようなストーリーに後天的な記憶が先天的なものへとすり替わって予言めいた話になったりする可能性についても考えさせてくれるストーリー。それだけ大きなトラウマを日本に刻んだとも言える。今はそれにも似た新型コロナウイルス感染症という事態が世界中をギュッと不安にしている。そこからどんな心理的な影響が生まれどんな現象をもたらすか。それを映画人はどう描くか。興味が湧いてきた。

 上映後は篠崎監督に加えて山田キヌヲさんとそれから樋井明日香さんが登壇してトークショー。山田さんと樋井さんが向かい合って語り合う場面は向かい合ってはなくてもお互いに顔が確認できる角度で座ってそれぞれにカメラが向かい、キャッチボールするような感じで撮ったらしくそれだけにかみ合って緊張感を持った画面に仕上がったみたい。横に並んで録音するアニメではできない作り方だけれど表情まで映る映画はやっぱりお互いを意識することが画面にもくっきりと現れるものなんだろう。樋井さんは5年半前にも舞台挨拶を見ていたけれど未だに美しいなあ。山田さんは映画だと知的で淡々とした大学教員なのにオフでは気っ風の良いお姉さん。だから役者って怖い。


【7月29日】 電通の元専務で東京2020オリンピックの組織委員会の元理事でライセンス業務なんかに関わっていた人が、紳士服のAOKIとの間で贈収賄を起こしていたんじゃないかということで捜査を受けている件。どういったパーソナリティなのかは東京2020オリンピックでオフィシャルパートナーになった朝日新聞と読売新聞と毎日新聞と日本経済新聞、そしてオフィシャルサポーターになった産経新聞なんかは付き合いの中から感じ取っていなかったのかがちょっと気になる。

 何かをすれば打ち返しがある人だったのか。スポンサーになるにあたって差配はなかったのか。等々について書くだけでも抜きんでられるのにそうはしないのは契約上の秘密だから? それとも違う理由? そういうところから新聞って揺らいでいっているんだよなあ。それはそれとしてAOKIが出していた東京2020オリンピック関連の商品って何だったんだろう。そもそもがアパレルでそうしたものが出回ったとしても、Tシャツとかポロシャツくらいしか知らないんだよなあ。スーツとかあったっけ。売れそうもなかっただけに大変だっただろうな。そうした不満が今噴出しているとか。捜査を待ちたい。

 いよいよもって政治家も底が抜けてきた感じで、自民党の総務会長をしている福田達夫議員が統一協会との件について「何が問題か分からない」と言ったとか。問題の所在が分からないのか、問題であるということが分からないのかニュアンスがつかめないんだけれど、いずれにしても統一協会という霊感商法の問題が取りざたされ続けている集団との関わりがあったことを問題視できないのなら問題だし、そうした問題を知らないのだったら政治家として問題だ。

 つまりは問題だらけなのに進退を決するとか考えるとかせず知らん顔して通り過ぎようとしているからたまらない。お父上の福田康夫さんはそうした部分でクールだっただけに何か言わないのか。言ったからこそ夕方になって撤回めいた発言をしたのか。おじいさんが発足に関わっていただけに言いづらくても言わないと、未来はないはずなのにありそうな政治。やれやれだ。

 一条岬がメディアワークス文庫から出した原作を僕は読んでいるから設定も展開もだいたい分かっていたけれど、それでも見ていて涙が出て仕方が無かった「今夜、世界からこの恋が消えても」。その泣き所を説明すると内容に大きく踏み込んでしまうから触れられないけれど、言えるとしたら記録されたものであっても自分と関わりのあることに人は想像力が働いて感情を大きく刺激されてしまうのだということ。そうした感情を心の中に押し込めようとして押し込められず溢れ出る様を目の当たりにして、人は忘れることの難しさであり忘れられないことの苦しさを知るのだった。

 「なにわ男子」の道枝駿佑が演じる神谷透のいい人ぶりは我こそがといったキャラが目立つジャニーズの中にあって貴重なナチュラルさ。透のある種の覚悟に誰であっても優しくしたいと改めて思う。TOHOシネマズで映画を見る人には幕間に登場する人としてよく知る福本莉子が演じる日野真織の、特異なキャラクター性をどう演じたら良いか考え抜いて見せてくれた、苦しみを飲み込んで笑う真っ直ぐさも良かった。

 けれどもやっぱり白眉は真織の友達の綿矢泉を演じた古川琴音さん。「メタモルフォーゼの縁側」でBL漫画家を演じていた時とはまた違って、高校生から始まる真織とそして透との出会いからの日々を少し離れつつ寄り添って見守る女子高生といった感じで演じていた。真織の心を思う泉のその決断は逆に自分自身を苦しめているに等しい所業。消えない気持ちをそれでも埋める強さを見せてくれた。

 もうひとり、松本穂香が演じた女性もその行為が自分の心を削り埋めるものだと分かっていて、唇を噛み締めつつなお進み続ける悲壮感が漂っていて頑張ったねと言ってあげたくなった。「今夜、世界からこの恋が消えても」というタイトルのだったら主語は誰かを考えて特殊な状況にある真織に向ける透の恋情かもと思わせつつ、そんな透に向ける幾人かの人たちのものでもあったことを知り、そしして「私たちの世界から気持ちは消せないのだ」と強く叫んで前を向き、歩み始める強さに微笑むことができる。そんな映画だった。


【7月28日】 安倍政権下で統一協会による霊感商法の被害がぐがっと減っているので安倍晋三元総理が統一協会とズブズブの関係だったのはでっち上げだと言っている人たちが指し示すグラフが、2009年から右肩下がりになっている様を見ていやいやこれは2009年に民主党政権が誕生したからなんじゃないのと思えない人たちの視力がとても気になる。あるいは脳の情報処理能力が。

 リーマンショックで経済活動が停滞したこともあったかもしれないし、2011年に東日本大震災があったことも影響しているかもしれないけれど、それでも2009年から2011年までグングンと下がったのが、自民党に政権交代をした2012年にはグガッと上がっているのを見れば一目瞭然、やっぱりズブズブなんだと思うのが普通だろう。その後はなるほど低位安定はしているけれど、時々上がったりしているから締め付けはうまくいってない。最近の停滞は新型コロナウイルス感染症で人の動きが制限されているためで、やっぱり政権の効果とはちょっと言えない。

 でも、安倍晋三元総理が統一協会とズブズブだったと認めたくない脳は視力にも左右して、2009年から2012年までの期間に民主党政権があったことをすっかりと失念させている。普段は「悪夢の民主党政権」だとかいってその時期に起こった東日本大震災の被害もその後の原発停止がもたらしたソーラーパネルの普及による地滑りの発生も、全部民主党のせいにしているのになぜか統一協会による霊感商法の被害現象は自民党の、というより安倍元総理のおかげだってして平然としていられるのは何なんだろうなあ。何かがやっぱりズレている。

 ズレているのは今の政府も同様なようで、統一協会系のイベントなんかに出て講演なんかもしている大学教授をわざわざ招いて家族のことについて喋らせているんだから反省も自省もないみたい。流石にメディアは見逃せないのか来たところをつかまえてあれやこれや突っ込んでいるけど、関係ないと言って逃げてしまったらもう追いかけようがない。あとは自分が親しいメディアでやっぱり同じ事を言い続けるだけ。政治家の方も関わりがあったけどそれが何かと言った風体をとってやっぱり反省もしない。それを突っ込み政権から引きずり下ろす機会なんてしばらくない中、話は風化してそして問題は解消されないまま蜜月が続いていくんだろう。一般にとって悪夢でしかない毒の蜜月が。

 そして気がついたら「佐々木とピーちゃん」のアニメ化が決定していた。文鳥のすがたになった大魔法使いを手に入れたことで中年男に舞い込む異世界での活躍やら現世での異能ばとるやら。ライトノベルの面白い要素をこれでもかと詰め込んでパワープレイを見せる作品だけに面白くないはずがないんだけれど、それを演じる声が杉田智和さんと悠木碧というからもうスペシャル過ぎる。というか異世界転生の作品でターニャやら蜘蛛やらを演じまくっている悠木さんが、こちらでは逆に異世界から来る文鳥を演じていたりする点もちょっと変化球。今から楽しみで仕方が無い。

 放送前から話題沸騰だけれど、一方で「シャングリラ・フロンティア」のアニメ化も発表になっていたりして期待は大。そこに来る「呪術廻戦」の第2期やら「SPY×FAMILY」の第2期やらが待っているからなあ。どれを見れば良いのやら。とはいえ個人的には今の「リコリス・リコイル」が楽しくて仕方が無いようにオリジナルにも期待していたりする。「シドニアの騎士」の二瓶勉さんを招いてポリゴン・ピクチュアズが手掛ける「大雪海のカイナ」は来年の1月からだけれどこれも「空挺ドラゴンズ」から更に進んだ2Dライクな3DCGアニメーションを見せてくれそう。世間ではもはや30分アニメは長大すぎて数分のTikTokじゃないとバズらないなんて意見も出ているけれど、それがどうしたアニメはまだまだ戦えるぞって言わせてくるんじゃないのかな。


【7月27日】 あれやこれやと申し込んだ山下達郎さんのライブは全滅で今のところは大分しかとれていない。コロナで北海道が中止になった後の情報は入ってないから多分開催されるとは思うけれど、もしも中止になったらどこかに行きたいので残るチャンスを頑張って申し込んでいこう。もうちょっと近いところでとれればいいんだけれどなあ。せめて高崎とか新幹線でいける大阪とか。大分はやっぱりちょっと遠すぎる。それだけに行くのは楽しみだけれど。名物って何だろう。

 「二十歳のソウル」は観てないけれどもいろいろ話題になってる「市船ソウル」が流れる場面を確認しようとネットで夏の甲子園大会に出場する学校を決める千葉県大会の決勝を見る。市立船橋高等学校と木更津総合学園との戦いは木更津が先行していたけれども市船が追い上げ追加点。その場面で流れたのがどうやら「市船ソウル」らしいんだけれどジングル程度の短いフレーズが延々と繰り返されるだけでそれがどうして感動を呼ぶのかちょっと分からない。すごい楽曲とも思えないんだけれど、それが流れて市船が得点をしたからそういう意味での奇跡の楽曲ということなのかもしれない。13年ぶりに甲子園でも「市船ソウル」が流れることになった訳でこれは映画にも良い宣伝になりそう。見てくるかなあ。まだ上映しているかなあ。

 県大会をみながら茅場町のVELOCHEでだいたい原稿を打ったので、副島しのぶさんが個展を行っている京橋のギャラリーへと歩いて行って見物。フィギュアを使ってのストップモーションアニメーションだから撮影に使ったフィギュアが展示してあるかと思ったら、映像を大きくして等身大くらいで見せるような感じで流す上映とあとは場面スチルといった感じで製作の裏側に迫るというよりは、作品そのものを拡張して見せるアーティスティックなインスタレーション展示になっていた。

 砂がまかれてバケツが突っ込んであったり井戸から水をくみ上げる釣瓶が下がっていたりと映像から世界が飛び出してきたようにしてあったのも、そうした作品世界の立体的な拡張を目指してのこと。そして見る世界は内面の葛藤が現れたものなのか、それとも迫る外部からの脅威が変じていたものか、どちらとも言えそうな蝶を修行中の少年が潰したことで始まる悔恨と慚愧と恐怖がないまぜになった心情が、ソリッドなフィギュアの上にしかりと再現されていて撮影の妙、そしてフィギュア作成の巧みさが見て取れた。目の中の光とかを入れて取るとああも生々しくなるんだなあ。人形は生きている。そんな気にさせられる作品だった。今は何を作っているんだろう。

 そこから有楽町まで歩いてドトールで原稿を完成させてから、TOHOシネマズ日比谷で「ソー:ラブ&サンダー」を見る。過去の「ソー」のシリーズはまるで見てないんだけれど「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」とそして「アベンジャーズ/エンドゲーム」に出ていたやさぐれた長髪のおっさんが、一応は神様として崇められている世界線の上で繰り広げられる「マーベル新喜劇」めいたコミカルなやりとりのその奥で、娘を亡くして世界を怨む男と余命わずかの中で懸命に生きようとする女とそして自分の価値をまだ気付いていない男のそれぞれの目標に向かって進み戦う様が描かれた作品だった。

 ジョディではなくジェーン・フォスターという女性を演じているのがナタリー・ポートマンだと言われて気がつくくらいに「ソー」とは縁がなかったんだけれど、軽口を叩いて奇妙な出来事が起こって腰が砕けそうになる面白さで引っ張っていかれるから、見ていて飽きることはなかった。あのゼウスがぐうたらで俗物なのはそれとして、敵が持っている神様を殺す剣が相手だとゼウスと言えども殺されてしまうという設定が、いったい誰が世界最強なのかといった疑問をかきたてる。だいたいがゼウスだってその場でやられてしまう訳だしなあ。かといってサノスだって倒されてしまう世界で最強は……やっぱりラブちゃんかなあ。可愛いは正義を地で行くから。次はヘラクレスが相手の戦いが繰り広げられるのかな。そんな有り体の戦いにはしないと期待して次を待とう。行く気満々じゃん。


【7月26日】 原稿を書くためのテープ起こしが終わったので新宿バルト9で「Re:cycle of the PENGUINDRUM[後編]僕は君を愛してる」を視る。やっぱりあの真四角な口では「生存戦略〜」とは言えないなあと思ったけれど、それがクライマックスに1度だけだというのが今回の見どころというか見せないどころというか。ある意味で象徴的なシーンを抑えて全体は、仮の家族となった3人が本当の家族のようになって11人の妹を助けようとする話をいろいろな象徴だとか暗喩だとかを並べて描いていた感じ。

 テーマはシンプルだけれど絡む人を増やし思惑を並べ力学を複雑にして個々のドラマも見せつつ解消しつつラストへと収斂させていったお手並みは見事。そして悲しみを忘却の彼方へと押しやるかと思いきや、それなりの結末を整えて未来を作り出した。全部消してしまうより全部残してしまう方が良いに決まっている。そのために何かが犠牲になるのはとても寂しいのだから。あとやっぱりARBはカッコ良いなあ。

 ピンドラを見て大阪王将でお昼ご飯を食べてマルイが入っている建物の地下にあるVELOCHEにこもって原稿にとりかかってどうにか仕上がったので劇場版「Gのレコンギスタ 4」の「激闘に叫ぶ愛」を見た。さっぱり分からないけれども面白かったというか、ここから遡って調べていく楽しみがいろいろとできた。思えば「ガールズ&パンツァー」も最初に見たのは「OVA ガールズ&パンツァー これが本当のアンツィオ戦」からだった訳だしそれが面白ければ途中からでもアニメには入っていけるものなのだ。

 「Gのレコンギスタ」についていえばTVシリーズが始まる前の劇場で何話か流した時のを実は見ていて雰囲気は掴んでいたものの、半ば総集編的な劇場版も4作目となるとその時のうっすらとした印象が通じるものでもない。石井マークが演じるベルリが嶋村侑さん演じるアイーダと何かあるとかどうとかいったイントロから遠く離れて月ほどもある球形に小さい球体が配置された場所まで行く巨大な船にランデブーした赤い船にバラバラなメンバーが乗っては仲間めいたことをしていて、そして到着したところで襲われ戦いになったものの相手が誰なのかが分からない。

 そこはまあ敵だということは分かったけれども中に水がある建物の下で遠くから来たベルリならともかくそちらの住人がバンバンと武器を使っては大穴を空けて水を外に漏れ出させるとかありえないし、その仲間の女性パイロットがドームの中でミサイルを撃って天井に穴を開けて空気を漏れ出させるとかもちょっとあり得ない。どうしてそんなにポン酢揃いなのか分からないまま自分が空けた大穴にモビルアーマーがさらにデカくなったものごと突っ込んで穴をふさぐのも、それでぶち抜いてさらに大穴があいたらどうするんだと不安なって知性の度合いが危ぶまれる。

 まあそうした無鉄砲な戦いだからこそ直情径行のベルリの振る舞いも全体との親和性がとれるんだろう。これがバナージやアムロやカミーユみたいに知性が高くて冷静沈着なパイロットだったらもっと陰惨な雰囲気になっただろうから。とはいえ地球圏に戻ってきたベルリが放った武器の凄まじさは当人も驚かせるほど。そこでTVシリーズだったら何話をつかって立ち直らせたか分からないけれど、映画の終わりにはすっかり元通りになってアイーダと姉弟関係を取り戻していたからやっぱり脳天気は強いってことで。

 そんなベルリのとんでもない攻撃に怒り心頭のマスクとGセルフとの戦いは迫力あったなあ。おっかけあって打ち合って殴り合って蹴り合ったりとかがスピード感たっぷりに描かれていた。「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」では見られなかったモビルスーツ戦がこちらにあったといった感じ。ほかにもあちらこちらで繰り広げられる戦いのそれぞれに見どころがあったりして、それを全体の中で見せつつ戦況を感じさせるのは巧いなあと思った。

 結局のところ敵と味方が何者なのかが第三勢力も含めて未だによく分かっていないけれど、ベルリとアイーダを軸にしつつマスクを対抗として意識しながら見ていけば、「機動戦士Zガンダム」のエウーゴとティターンズとネオジオンがごちゃごちゃしながら進んでいった展開を思い出しつつ最後までついて行けると思いたい。第5章も公開が近いのでここまでの劇場版を見返して一応の理解に努めよう。どうせ最後は皆殺し? 違うの? それも含めて楽しみだったら楽しみだ.。

 安倍晋三元総理を唯一にして絶対の神と崇めたてている人たちにとって立ちふさがる統一協会との関係を、言いつくろうためにいろいろな見解が出てきていて例えば茂木健一郎さんは安倍元総理の山ほどのある仕事の中で統一教会系の団体にコメントを出すなんて脳のどれだけも使ってないとか言い訳をしていたりしたけれど、強大な権力とご威光を保った人がちょっとだけでもお墨付きを出せばそれが現場でどのように用いられるかを理解できない脳でもないのだったらやってはいけないことだった。それとも安倍元総理はそこまで考えを巡らせて李下に冠を正すような無様を平気で繰り出す人だってこと? 崇め奉ろうとしてボロが出た。

 いやいや実は安倍元総理は統一協会の天敵だったんですよだなんて言い出したのが福島原発に絡んだノンフィクションを売ったジャーナリスト。その根拠に霊感商法を取り締まろうとしたとか、有田芳生さんに統一協会とは一線を引いているんですよと話した2006年の談話を持ち出したりしているんだけれどその時から下野を経て自民党は統一協会との関係を一気に深めて支援を得たりコメントを送ったりするようになった。それは拙いと弁護士が警告書を送っても知らん顔。それで敵対していただなんて言える口がどうして綴じたり溶けたりしないのかが分からない。

 ほかにも統一協会がそれほどヤバいとは知らなかったといった言い訳も出ているけれど、いい年をしたおじさんたちが知らないだなんてあり得ない訳でそれを理由にするのは世間が見えてなかったとバラすようなもの。そうした言説を出して平気な空気が世の中にあるとしたら、変えていかなくちゃいけないんだけれどそれをすべきメディアが及び腰なのはなんだろう。やっぱり未だに虚ろな神をどこかに戴いてそれに従っているふりをしていれば丸く収まると考えているんだろうか。生きていたって亡くなっていたって担いで便利な神輿扱い。可愛そうな安倍元総理に花束を。


【7月25日】 群馬県の桐生に行って帰ってくる。以上。それでは話が終わってしまうので説明するなら桐生の相老というところに取材に行ったもので東京からいったいどうやっていけば良いのかと、乗換案内のページで打ち込むと船橋からだと総武線を錦糸町で乗り換えて半蔵門線から東武スカイツリーラインへと入って北千住まで行って、そこから東武特急で赤城というところに向かえば良いと判明。だったらと総武線から半蔵門線から東武スカイツリーラインから伊勢佐木線からずんずんと乗っていったら2時間ちょっとで付いてしまって現地で時間が余ってしまった。

 降りても何もない場所だったのでちょうど来ていたわたらせ鉄道で桐生まで向かってさあ駅前でお昼ご飯にしようと見渡しても市街地らしい市街地がない。調べるとどうやら桐生市の街並みはちょっと離れたところにあるみたいで、そこまで歩いて行く気力もなかったので駅でしばらく休憩をして、そして同じわたらせ鉄道を相老まで戻ってそこでしばらく時間を潰し、歩いて取材地まで行って1時間半くらい話を聞いて戻って特急に乗ろうとしたら、結構待たなくちゃいけなかったので来た普通に飛び乗ってまずは太田市へと行き、そして館林へと向かい久喜まで行ってといった具合に列車を乗り継ぎしながら特急を使わず船橋まで戻ったら4時間経っていた。そういうものだよなあ。

 わたらせ鉄道は初めて乗ったけれど1両編成で1時間に1本あるかないか。それでも利用者がいたのは沿線にも人が住んでいるからなんだろう。ずっと乗っていくと風光明媚な場所にも行くみたいだけれど、紅葉の季節ならまだしも夏の始まりではただただ暑いだけなので、今回は観光は遠慮してすぐさま折り返してきた。暑いことは暑かったけれど前に梅雨が明けた日に前橋市に降り立った時よりは風が吹いていた分涼しかったかな。でも歩けばやっぱり出てくる汗にはまいった。ユニクロのエアリズムの肌着を着ていたので吸い取ってくれた感じ。テクノロジーに感謝。もうしばらくは行きたくないいけれど、どうやら太田市へと行かなくちゃいけなさそうな用事もあるんで涼しくなりそうなタイミングを見計らおう。といっても8月中は無理かなあ。

 ふと気がついたらRun Girls, Run!が来年の3月末をもって解散することを発表していた。i☆Risの後継的なユニットでは前にWake Up, Girls!というのもあってアニメまで作られながら長くは続けられず解散の運びとなって残念だっただけに、RunGirls, Run!には頑張って欲しかったけれども坂道&48グループにアップフロント勢が幅をきかせる少女ユニットの世界で生き延びるのは難しいのかもしれない。それぞれに未来もあるメンバーだからここからソロで活躍していって欲しもの。そういえば「プリチャン」を見なくなって新しい番組とかも追ってないんで今、どんな活動をしていたのかも知らなかったのだった。ラストに向けていろいろやってくるだろうから、ちょっと追いかけてみるか。

 なにやら知らない間に行われている日本代表戦でスタメンが香港戦からガラリと入れ替わったと中国代表が怒っているらしいけれど、そもそもが日本代表とは良いながらも海外で活動してる主力のメンバーなんてまるでいないインチキな代表。それがさらにサブだけで構成されている訳で、怒る以前に呆れてしまうんじゃないのかなあ。そんな代表を相手にスコアレスドローで終わったのだから中国代表もちょっと肩すかし。一方で中国代表相手にサブのサブでも勝って叱るべきかもしれない状況で、スコアレスに終わってしまう日本代表の層の薄さも気になった。そんな代表じゃあパリサンジェルマンの試合に行くよたとえ高くても。日本代表の魅力を毀損して貶めて平気な日本サッカー協会の姿勢こを問われるべきなんじゃないかなあ。あと1試合、韓国戦だけは決死の覚悟で臨んでそして勝つのだ。そうでないと日本代表の価値はマイナスになってしまうぞ。


【7月24日】 お仕事になりそうだったので「ユーレイデコ」をネットで第3話まで見る。なるほど「電脳コイル」的な拡張現実空間に「フラクタル」の仮想通貨によるベーシックインカムを重ねたような世界観でさらに「PSYCHO−PASS サイコパス」の犯罪係数抽出システムまで関わってきそうなんだけれどもそこまでの入り組んだ感じは今はまだないかな。絵柄が湯浅政明監督のいたサイエンスSARUだけあって平面的でカートゥーン的。でも湯浅監督のようにはメタモルフォーゼとか揺れ動くアクションとかは少なく基礎的な動きをしっかりと見せている感じ。単純だけれど面白い。

 デコにひっかからずカスタマーセンターの登録外にいる人たちがどうやって生まれたのか、単純に「らぶ」が尽きただけならその時点でカスタマーセンターに回収されるだろうから別の移民とかそれともアンタッチャブルの生き残りなのかといった想像も浮かぶけれど、はっきりしたところはこれから明らかになっていくんだろう。ついでだからと「フラクタル」も見たけれどしっかりと楽しくて面白く、そして謎めく世界観がちゃんとあった。「魔法少女まどか☆マギカ」が同時期になかったら大いに話題になっていただろうなあ。クレインの女装とか可愛かったけど、「まどか☆マギカ」の衝撃には全部吹き飛ばされたよ2011年の1月−3月期は。

 原稿を書こうかと思ったけれども構想を固めるためには歩かなくっちゃということでワンダーフェスティバル2022[夏]へと出かけてカマティムーンさんとか挨拶しつつあちらこちらをぶらぶら。前回は新型コロナウイルス感染症の影響で出展を取りやめたところが結構出てガラガラな印象だったけれど、今回は企業ブースもそれなり埋まり会場の方もぎっしりとテーブルが並んでなかなかに盛況だった。これで世界で1番新しい感染者を出している国なんだから何かちぐはぐと言えば言えるけれど、固めるところを固めていれば罹らないものだということも確かなんでそこは油断しないで行こう。まあ会社員じゃないから通勤電車に乗らないしオフィスで密閉もされない分、大丈夫なのかもしれないけれど。

 会場では出渕裕さんと田島照久さんとそして宮脇専務が登壇しての「機動警察パトレイバー」関連トークイベントを見物。目下制作中らしい「機動警察パトレイバーEZY(イジー)」は出渕さんによれば速くて再来年の2024年からスタート。第1話の絵コンテがどうとか言ってたような気もしたのでもしかしたらテレビかあるいはネット向けのシリーズかもしれない。パイロットフィルムではなくその切出しを3枚だけ見せてくれたけれど登場するのはAV−98イングラムがメインで昔と変わらず。描画はCGだそうでそれがなにやら黄色いレイバーをあいてに戦っていた。雰囲気としては吉浦康裕さんが「日本アニメ(ー)ター見本市」で作った奴に似ている気も。ってことは監督も? それはまだまだ秘密みたい。

 宮脇専務によれば海洋堂がパトレイバー関係のガレージキットを出した時に初めて田島さんと組んだそうで、その時からデザインというもので統一されたイメージを考え実行していたらしい。海洋堂のアルファベットのロゴもその際に田島さんがデザインしたもので、それを会社全体で今も使っているというからよほどのお気に入りだったんだろう。最初のキットでイングラムの後ろ姿を描いたあたりからしてひとつのこだわり。写真家としてポーズ写真をいっぱい撮って来た中で、模型であってもカッコ良いポーズを探してそうなったって田島さんは話してた。音楽系では普通の完成を模型に持ち込みアニメに持ち込んだことが今に至るまでパトレイバーの陳腐化を防いでいるのかもしれない。

 会場を出てプレナ幕張まで歩いてベローチェで原稿をどうにか書き上げ、三井アウトレットパークのグラニフで「クレヨンしんちゃん」柄のTシャツを2枚ほど買ってストレスも解消して帰宅。このところの食べ過ぎでちょっと太ったのかお尻がジーンズにすれて痛いので痩せないとけないかもしれない。でもウエスト自体は逆に減っているようにも思うし。痩せてかえって隙間が出来てこすれるようになったなんて、都合の良い話はないよなあ。7月も残り少なくなって来たので宿題を一気に片付け8月7日の山下達郎さんのライブに備えよう。そろそろ帰りの航空券と現地での宿も予約しないといけないかなあ。


【7月23日】 それを教養と行って良いほど一般的ではないにしても、騒ぐのだったらある程度は調べるなり理解するなりしてからにすれば良いのにどこかの誰かが言い出すと、そうだそうだと騒ぎ立てる人のあまりの多さに大正時代の関東大震災で起こった悲劇がやっぱり繰り返されかねない恐れを激しく抱く。統一協会と統一教会のどちらが正しいかと言えば案外に統一教会が一般には使われているけれど、もとの団体名から略せば統一協会だし批判する人たちも統一協会といった字をつかって長く批判を繰り広げてきた。

 だから共産党とか立憲民主党が対策チームを立ち上げた時に「統一協会」と書くのはまったく正しいのだけれど、それをあげつらって誤字だなにだと騒ぎ立てる人たちはいったい誰の味方なのか。別に共産党とか立憲民主党とかの敵であっても構わないけれど、それで統一協会の見方をする必要はまったくないし、ある意味で自分たちが敬愛する安倍晋三元総理の命が奪われる原因にもなった集団なんだから憎んで叩いて誹って当然なのにどうもその存在を薄めようとする言動に走ってしまう。

 安倍晋三元総理を叩く立憲民主党なり共産党なり朝日新聞なりメディアなりを叩いて安倍晋三元総理をひたすら持ち上げる言語的な関係性の中で息を吸ってきたからその一方が消えてしまっても叩く相手は変わらないならそこから叩かれる集団は持ち上げなくては気が済まないのか。だとしたらいろいろ心理的にヤバいところに来ている気がする。最近も国際政治学者だとか元財務相の国際弁護士だとかが妙に統一協会について騒ぐ人たちを牽制して来ている。叩く一方になりがちな言論空間を諫めているといえば言えるけれど、代わって自分が一定の知見に立って批判するのではなく相対化して希薄化させているだけだったりするのがやはり気になる。そういう役割を言論空間の中で求められてきたからやっぱり飼われないのかなあ。やれやれ。

 朝になってメールが入っててmiwaさんが新型コロナウイルス感染症に罹って国立競技場での東京2020オリンピック/パラリンピック1周年記念イベントに出られないと分かってちょっとガッカリ。何を歌うかは分からなかったけれど「シャラララ」とか歌ってくれたら拍手が出来たなあと思っていたから肩すかしを食らった気分だったけれど、代わりに出演がきまったSennaRinさんが実は「銀河英雄伝説」の新しいシリーズの主題歌だとかテーマ曲だとかを歌っている人と分かって、別の期待がふくらみ国立競技場へと行く気がぐっと湧いてくる。

 外に出ると久しぶりの暑さと湿度で歩くだけで息ができなくなりそうだったけれど、そこを頑張ってとりあえず国立新美術館経由で近くで開催中だった副島しのぶさんがら展示されている展覧会をKUMAギャラリーというところで見物。MOYANという人が描いた絵も良かったのでこれからの活動を気にしていこう。副島さんは東京藝大院の卒業制作より前のフィギュアを使ったストップモーションアニメーションを見せてくれていた。この頃から凄かったんだなあ。今は何を作っているんだろう。矢野ほなみさんとか幸洋子さんが卒業制作を終えてなお活動を続けているところを見るに付け、副島さんにも頑張って欲しいのだった。

 都営地下鉄大江戸線で国立競技場へ。1年ちょっと前に女子サッカーの試合を見に行って以来の会場は整備もされて中も綺麗でそして広くて座りやすくて見やすい良いスタジアム。サッカーのピッチが遠いといっても陸上競技が可能なナショナルスタジアムってだいたいこんな感じだから別に良いのだ。だったら余計にサブトラックを備えた国際的なスタジアムにするべきだったんだけれど、それは開発に任せて2025年の世界陸上の時は渋谷のグラウンドをサブトラックと言い張ることにしているんだろう。それまでに神宮の森は開発されちゃう訳だから。そういうところが日本の行政の一貫性がないところ。それとも何か別の力学が働いているんだろうか。

 イベントはアスリートがいっぱい登場してなかなかに盛況。競技によっては国立競技場に入れなかった人もいただろうから改めて晴天の中で入れて嬉しかったんじゃ無かろうか。安倍晋三元総理への黙祷とか小池百合子東京都知事の挨拶とかIOCのバッハ会長のやっぱり長いビデオメッセージとかがあってゲームがあってリレーもあってそしてSennnaRinさんのライブ。静かな歌もポップな歌も両方こなせる人だと分かってとても良かった。ちゃんとしたホールで聴きたい歌声。澤野弘之さんのプロデュースということは荘厳で壮大な歌を唄わせたら一級なんだろうなあ。追いかけて行こう。


【7月22日】 3か月ぶりに歯医者にいって歯肉が痛んでいないか、プラークがついていないかを検査してもらう。少し痛みは出ていたけれどもだいたい大丈夫なようでこのまま3か月後まで引っ張って歯の健康を守っていこう。油断をすると残る歯を抜いていかなくちゃならずそれは残る人生のクオリティを下げることになるだけでなく、健康にも影響を与えてしまいかねないから。それで食べなくなって痩せるならちょっと考えてしまうけど。食べ過ぎな気がするんだよなあ、最近また。

 終わったのでフレッシュネスバーガーからヴェローチェを回って原稿書き。とりあえずどうにか書き上げたと思ったら何かリマインドが来ていて見たら今日が東京アニメアワードフェスティバルで優秀賞を受賞したヘルマン・アクーニャ監督の長編アニメション「ナウエルと魔法の本」の上映がある日だったことを忘れてた。これは行かねばと支度をして池袋へと向かう途中に大手町で降りたらリトル小岩井が空いていたのでスパゲティを1杯。この数ヶ月で3回も行っている。30年で1度だったのがどういうことだ。コロナで入る人数を制限している分、ゆったりと食べられるのが良いと思ってしまったのかもしれない。

 池袋でも珈琲屋で時間を潰してそして昔のシネマサンシャインが形態を変えてライブシアターとかを中に備えたMIXAとかいう建物の地下で「ナウエルと魔法の本」をタダで見てお土産にチリワインとポスターをもらって超ラッキー。さらにはアクーニャ監督もチリから駆けつけティーチインとかしてくれた。なんてゴージャスな。そのアクーニャ監督、前日に宮崎駿監督を訪ねたそうで竹内孝次さんが言うには「大変な時だけれど作り続けることが大切だ」といった言葉をもらったとか。アクーニャ監督は作り続けているからその言葉は宮崎駿監督自身にも向けられているのかもしれない。作り続けてくれているかな。

 さて「ナウエルと魔法の本」は欧州でジブリ的と言われた感じに日本のアニメーション的な効率的に動かす手法が採られていて、とても見ていて親和性が高かった。別に日本に似せたという訳ではなく予算の関係もあってディズニー的なフルアニメーションでは作れなかったという技術的な理由が大きいんだけれどそこではやっぱりジブリのような見せ方が参考になったんだろう。あとは自然とかを出すのもジブリ的だとアクーニャ監督。それだけに宮崎駿監督に会って何を思ったかをご本人から聞きたかった。

 母親が船で出産したものの母親はたぶん死んでしまって息子と父親が残されたナウエルの家で、漁師をしている父親に対して息子のナウエルは海が怖くてはいれず船にも乗れない。説明はまるでないけれども海の上で母親の命を奪って生まれて来たナウエルには海が怖いものだという意識が知らず染みついていたのかもしれない。それが原因でいじめられていて、父親からも見捨てられようとしていたナウエルだったけど、猫に鍵を奪われ森の奥にある屋敷に入ってそこで魔法の本を見つけて持ち帰る。

 なぜ猫はナウエルを誘ったのか。そして魔法の本はどうしてナウエルに持ち出されたのか。そこもたぶん悪い魔法使いがそろそろ酷いことをやりすぎたのでナウエルに成敗してもらうためだったといった解釈も成り立つけれどもやっぱり説明はないのでそこは少年がヒーローになって頑張って挫折もしつつ成長をしていくドラマの定番なんだと理解するのが良いのかも。

 そしてナウエルは父親といっしょに海に出て本を付け狙う魔法使いによって沈められてどこかの島へと流れ着く。そこにはシャーマンのおばさんと弟子の少女がいて介抱されたものの魔法使いの追っ手が来てナウエルは少女とともに闘争。このあとで繰り広げられるおばさんと敵の魔法使いの手下でカラスに化ける少女とのバトルがプロレス的に格好良かった。

 そんなこんなで逃げ出したナウエルと少女が試練を経て本を奪われる困難も乗り越え悪い魔法使いを討ち果たせるかと行った展開は、ナウエルの弱いくせに身の程知らずで自分勝手な性格にちょっと辟易させられるところもあるけれど、のび太だって手前勝手な点では似たようなもの。そういうキャラになれている日本人は酷い目にあってどん底からどう這い上がるのかを楽しむことがD家居るのではないだろうか。キャラではやっぱりナウエルといっしょに旅をして魔法使いと戦う女の子が可愛くて強くて素晴らしい。あと敵で魔法使いによって絡め取られてカラスに変じてナウエルたちをおす女子とかクールで強くて格好良かった。また見たいなあ。

 次回作について触れるならタイトルは「悪魔の鉱脈」というものらしい。内容はアクーニャ監督によれば「ラテンアメリカのファンタジーウエスタンでアタカマ砂漠のとある炭鉱業が盛んな街に暮らしている健気で働き者のメルセデスという少女と、その兄のホセを描いていて舞台は1920年代」とのこと。「ミステリアスな金塊を盗もうとする計画があって、その持ち主は松の権力者のミスター・フラメンコ。兄のホセはそれによってトラブルに陥りメルセデスが助けようとする。金塊の本当の持ち主がいて、それは砂漠の下に住んでいる悪魔だ」。見せてもらったイメージボードには地下に暮らしている悪魔が描かれていたけれど、どうしてそこで暮らしているのかはちょっと分からない。

 「この地域には、悪魔が時々炭鉱府の命を奪うという言い伝えがある。悪魔は地中に埋まっている冨や財宝が自分の物だと見せつけている」。そうした伝承を取り入れ1920年代のチリの炭鉱の街を調べ上げてリアルに絵として描いた作品になりそう。「これでナウエルで達成したものよりもさらに上を目指し、スタジオとして成長していきたい」とアクーニャ監督は話してた。。完成は2025年の予定。ちょっと楽しみ。


【7月21日】 山下達郎さんが新型コロナウイルス感染症で札幌でのライブを中止したとの報。年も年なので養生して欲しいと思う一方で、当たっている大分のライブまでに直ってくれるかといったところが割と大きな問題で、行きの航空機は予約してあとは宿屋という段階で、中止になってしまうと航空券がパーになってしまう恐れがあるのだった。帰りは予約していないからそれだけキャンセルで全部とられてもまだ仕方が無いけれど、帰りの予約もして中止になってキャンセルがきかないとなると行って何をするのか困ってしまう。別府温泉で1泊してくるかなあ。国東半島で磨崖仏を見てくるというのもありかなあ。

 見て思ったのは、右と左とで大きさが違うのだなということだ。お椀の形を保っていた右と比べて左ややや下がり気味でこれを同じサイズに収めてよいものなのかと疑問に思った。それでも横たわれば左でも湧きへとは垂れずしっかりと上向きのまま、相手の手の平におさまっていたのはあれでなかなにしっかりと中身が詰まっているものなのかもしれない。山本直樹さんの漫画を原作に下城定秀夫監督の「ビリーバーズ」とはそんな映画だ。

 山本直樹が漫画で描けば絶対に左右のバランスをとって綺麗な対称性を持たせただろう。それがひとつの理想を描いて見る人を虚構の世界へと引きずり込んで、漫画がテーマとする俗世から乖離した人格が漂う虚無の世界を感じさせただろう。けれども現実の肉体は左右の形に明確な違いが存在してそこに明確なる肉の存在を示していた。れることは出来なかったとも言えるが、それでも城定監督は淡々とした演技による単調な日々の繰り返しから少しずつズレていく島でのプログラムを、抑えたトーンの中に描いて漫画が持っていた非現実性を感じさせようとしていた。見ているうちにだんだんと山本直樹ならではの作法がそこに感じされるようになって来た。

 カルトな宗教に溺れた信者達の我欲を捨てて教義に浸ろうとして身を研ぎ澄ませれば研ぎ澄ませるほど浮かぶ衝動から逃れられず迷い崩れていく様を、描いてのけた「ビリーバーズ」という漫画の世界がしっかりと実写によってスクリーンに再現されていた。しっかりと寝て見た夢を語り合うだけの日々であるにも関わらず、それが教義なら従いつづける主体性を奪われた信者たち。自分のためでも誰かのためでもなくみんなのためにという意識の中で関係性が消滅して集団ですらなくなった空気のような存在へと昇華して、現実を破壊していくカルトの恐ろしさ。具体的な教義を示さず社会的な弾圧を見せないでも現実からか遊離して後戻りができないところに来てしまっている状況を捉えて見せてくれていた。

 何かとカルトについて騒がしい現状下で、これほどカルトの本質を感じさせてくれる映画もないだろう。暴走するカルトがどうなるかということも合わせ感じさせてくれる。とうより過去に日本は学生運動が行き過ぎた挙げ句にカルト化して起こった集団リンチ殺人事件を経験している。していながらもそうした記憶が薄れてカルトへの関心が薄れかけていたところに大変な事件が起こって、カルトとは何だったんだろうと誰もが思い情報を求めているタイミングでこの映画が上映されている意義はとてつもなく大きい。その意義を世間は感じて映画を紹介するなり、どんなものかを確認しに鑑賞に行くなりして欲しい。そして確かめて欲しい。右と左で大きさは違うものなのだということを。

 竹町さんの「スパイ教室8 《草原》のサラ」を読み終える。いやあ凄い。クラウスをはじめとした「灯」の面々が「蛇」というスパイ集団によって壊滅させられそうになっているところからの反攻撃から浮かび上がってきたのは「蛇」という組織が目指していたある意味でとても真っ当な目的。それを知るにつけて正義というものをいったいどこに置けば良いのかを酷く迷う。命令されたことが正義なのかそれともその外側に正義は存在しているのか。世界にとっての正義は人類にとっての正義なのか。広がる枠組みの中で自分の立つべき場所を見失いそうになった時、拠り所にするのはたぶ信じた誰かの幸せなのかもしれないなあ。一件落着の果てに始まる後半戦が描く世界はどんなだろう。期待。


【7月20日】 戸締まり用心火の用心といえば「一休さん」の合間に流れていたCMで、そこに登場するお婆さんを背負ったお爺さんの人の良さそうな雰囲気に馴染んでいたら後になって日本船舶振興会の笹川良一会長で、そして日本の右翼の大立て者だと知ってそういう人がメディアに出てCMで良い印象を世間に広めているのを見た人が、成長したら日本もライティになるだろうかと当時は余り思わなかったけど、笹川良一会長なんてもはや誰も覚えてない時代になって右傾化が進んだのは、その上の世代で地均しが行われていたからかもしれない。その意味で「一休さん」はエポックメイキングなアニメだったと言えるかも。

 そんな日本船舶振興会が名前を変えた日本財団が今や日本でも有数の財団法人で、競艇からの収益で数々の事業や研究を助成していることはよく知られた話で、ライティではあっても決して蔑ろにはできない公的セクターだと言うことはもっと知られているかと思ったら、なぜか笹川良一会長が日本勝共連合の創設に携わったという話から、それは統一協会と同じじゃ無いかという流れになってそんな笹川良一会長が創設した日本財団でオブザーバーを務めている報道ステーションの大越キャスターが、さも統一協会から支援を受けているかのような流言が飛び交って物事を考えず調べようともしない人たちが、煽られればたちどころに情報を拡散してしまう今のネット状況のヤバさって奴を改めて思い知る。やれやれ。

 安倍元総理の国葬が9月27日あたりに決まった感じで、日本武道館を会場に行われるとしたらどれくらいの人が弔問に来てくれるんだろうかがと気になりつつ、近くにある靖国神社との連係なんてことをしでかさないかといった不安もあって、もうひと波乱ふた波乱がありそう。さすがに自民党も内閣も阿呆ではないから、弔問客を靖国神社に案内して中国韓国から東南アジアなり欧米の批判を食らうような真似はしないと思うけれど、安倍元総理を讃えるためには何でもやらかすメディアあたりがせっかくだから靖国詣でようなどとキャンペーンを張るかもしれない。

 でもってそれに同調する安倍元総理派の残党が、政府を揺さぶって実現させかねない。それに従う政府ではないとは思うけど、現に国葬は実施の方向へ舵を切ってしまった訳で、あの佐藤栄作元総理の時ですら法の根拠がないと見送られたものを、ここに来て法律なんてしったことかと恐々してしまう政府があと一押しをしないとも限らない。どうなることか。

 そんな国葬を全面的に推す新聞は新聞で、朝日新聞が載せた川柳を論っては批判をするコラムを1面に乗せているんだけれど、そのつかみに紹介したエピソードがトランプ前大統領が予想を覆して当選した時、安倍元総理がいの一番に会いに行って朝日に批判されたが当選したといった話で笑いをとったこと。でもこの時、ヒラリー・クリントンが当選すると信じて準備をしてなかった安倍内閣が、トランプ元大統領を会うために使った伝手が統一協会だったと噂されている。そういう事情があるエピソードを持ち出して知らん顔できるコラムニストと新聞の胆力に、ただただ頭が下がるのだった。これならあと1年は保つかな。

 ネットにふらりと流れてきた、1964年放送の「ウルトラマン」で使われたベーターカプセルをバンダイ・スピリッツがモデルとして売り出すという広告を見逃さず販売開始の午後4時にアクセスをして1本を確保。以前にもモデル化されているけれど、その時よりもいろいろとバージョンアップが図られているそうでちょっと楽しみ。「シン・ウルトラマン」に登場したベーターカプセルも売り出されてはいるけれど、ソリッドな感じがちょっと趣味ではなかった中で、4K版「ウルトラマン」の上映を見た際にこれに出てくるベーターカプセルが今また売り出されたらなあと思っていただけにジャストなタイミングをつかれた感じ。そう思っていた人も多かったのか20分後にはすでに売り切れに。発売される12月頃にはこれを構えて変身する人が街にあふれかえることだろう。シュワッチ。


【7月19日】 「幽☆遊☆白書」の実写版キャストが順繰りに発表になって浦飯幽介は北村匠海さんで突っ張ってはいても子供っぽいところがあるはずのキャラにどこか影があるなあと不安がらせた次の日に、待望の蔵馬が発表になって志尊淳はまあキラキラしているからこれはこれでと一安心。飛影は評価はあれこれかったけれども「鋼の錬金術師」で見事にエンヴィーを演じきった本郷奏多さんならきっと大丈夫だ、あとは桑原和真だから誰でも細身のイケメンをリーゼントにさせておけばそれっぽく見えると油断していたらとんもない風体の桑原が来た。

 リーゼントじゃない。ツーブロック。どこのワルだ。演じる上杉柊平さんに罪はないけれどもリーゼントスタイルは古典的不良の矜持を見せるスタイルとして、シティボーイが全盛の時代にあってダサ格好良さを示すものだったからこそ桑原の決して曲げず逃げない強さが光った。でもこれでは見てくれだけが大事で裏切りだって平気でしそうなワルにしか見えない。幽介とタイマンはって殴り合っても退かず媚びない男を見せてこその桑原と、こうしてしまうドラマに果たして「幽☆遊☆白書」の神髄が描かれているか、って思った時にとりたてて「幽☆遊☆白書」に神髄なんてあったかな、って思い返したのでまあこれはこれで良いのかも。戸愚呂兄弟が中川家だったら流石に怒るけど。いや吹き出すか。

 そこに居続けるためには常にコメントを良くも悪くも目立つものにしなくちゃいけないっていう思いでも働くんだろうか。八代英輝弁護士がコメンテーターとして出演しているワイドショーの「ひるおび」で、安倍晋三元総理殺害事件の容疑者が残したツイートをとらえてマザコンだのといったコメントを発して案の定の反応が巻き起こっている。大きいのはやっぱり親という親族の下で強制的かつ情愛的な結びつきの下で宗教を押しつけられて苦しみながらも親を切れない懊悩に悶えている宗教二世がいるにも関わらず、そうした境遇への配慮をしないでマザコンと切って捨ててはあらゆる宗教二世が救われない。

 救う気なんてないんだろうけれど、それにしても酷い言葉なのでこれはすぐさまツッコミが入るだろう。あとはそうした考えに容疑者が理路整然と心境の変遷を外部の状況も踏まえて綴ったあのツイートを読んでそう思ったという部分。どう読んでも誰もそうは思わなかった「非常に幼稚なまま、大人になった人間と逆に感じました」というコメントを、その前の段階で統一協会への義憤から批判をする上でより高い効果を狙って支援者と目された安倍元総理に向かったといった割と一般的な解釈をしていたにも関わらず、してしまったのはそう言わなければ立場を失うとでも叶えたんだろうか。それは自発的なのか外圧的なものなのか。気になる変節。いずれにしても世間はだいたい気付いてて、その方向へと流れないとヤバいことになるだろう。それもまた厄介な話ではあるのだけれど。

 フィギュアスケートの羽生結弦選手がアマチュアとしての競技者を引退すると発表。振り返ればまだジュニアの頃から凄い選手がいると聞かされ活動を目にしていたらあれよあれよという間にオリンピックで金メダルを取り、そしてもう1回とってしまう史上希なる選手になってしまった。その見た目の美しさが実力と合わさって発揮される威力はテラトン級。過去のあらゆるフィギュアスケート選手を吹き飛ばしてトップに君臨する存在になっていたけれど、それでもやっぱりいつか限界というものがくる。北京冬季五輪で好成績を残せなかったことがやっぱり引っかかっていたんだろう。まだまだやれるとは思うしそれこそアイスダンスに行っても活躍できそうな気がするけれど、それよりも今はプロとしてアイスショーの一線でその美しいスケーティングを見せてくれる方が、世界に新しいフィギュアスケートのファンを生み出す原動力になるのかもしれない。ありがとう。そしてこれからもよろしく。


【7月18日】 仄めかされると勝手に妄想をふくらませてはストーリーにあてはめ糾弾を始めるネットの悪い傾向が出たといった感じ。国際政治評論家の三浦瑠理さんが以前に書いた記事に掲載された画像に対して、例の安倍晋三総理襲撃事件の容疑者がちょっとした反応を示していたことが分かったけれど、それをもって三浦さんが統一協会と安倍晋三元総理とのつながりを紹介していて、だから容疑者は襲撃に至ったんだといった明らかなミスリードがネットでザワザワと盛り上がっていた。

 有名な映画評論家もそんなほのめかしをしていたりして反応も結構大きくて、これは厄介なのでちょっと調べてみようと三浦瑠麗さんが寄稿したiRONNAという今はもうない産経新聞社がちょっと前までやってたオピニオンサイトをウェブアーカイブから発掘。それらしい画像は外れていたけれどキャプションから2015年11月に開催された「美しい日本の憲法をつくる国民の会」に、安倍元総理がビデオメッセージを寄せていたことを紹介する画像だと分かった。

 それはそれで日本会議系のイベントで、櫻井よしこさんとか田久保忠衛さんといったお歴々がずらりと並んで壮観ではあったものの決して統一協会系のイベントではない。容疑者がそれを見て統一協会を思い浮かべたのは従前から似たような集会の映像なり画像を見ていて共通性を覚えたからで、その点で感性自体にズレはあまりないものの明確に違う団体であることは確か。調べれば分かる其れをしないで仄めかしから三浦さんと統一協会を結びつけて騒いで、後で訴訟を起こされるんじゃないかと思わないネットの人たちの、防衛意識の足りて無さには相変わらずもやもやとする。

 それを率先して映画評論家がやっているのもなあ。三浦さん本人も画像が何かを説明をして収まりはしたけれど、それはそれとして統一協会への見解を未だ言わないのはちょっとなあ。自信が信者か否かは信教の自由だから言う必要はないけれど、一方で世間を騒がせている集団に一国の総理大臣が肩入れをしてお墨付きを与えてしまった問題は、ずっとつきまとい事件の端緒にもなっていることだけに、やはり仕切って置いた方が良いんじゃ無いかなあ。それができない理由があるなら別だけど。

 2014年だからもう8年も前になる「アニメミライ2014」で見て以来となる吉浦康裕監督の「アルモニ」を「水のコトバ」「ペイル・コクーン」と一緒に見る。「水のコトバ」はたぶんもしかしたら初見かもしれないけれど3Dで作った空間の奥と手前と間にキャラクターを配置しカメラを移動させてそれぞれの会話を見せて聴かせるあたりの巧さがこの頃から出来上がっていることが分かった。「ペイル・コクーン」は記録をめぐる物語。そこから浮かび上がる想像の過去って奴は後に作られる「ヒストリー機関」と重なるところがある。なかなかに面白かったけれど途中で意識が途絶えたのはベースに「イノセンス」があるからに違いない。

 そしてアルモニ。相変わらずドキドキとさせるストーリーというかオタクが勝利をしたと思ったらもっとドリーミーな期待にのしかかられて焦ってしまうといった展開。ちょっとこれ拙いんじゃないのといった居心地の悪さに苛まれてしまうというか。あの後彼女はちゃんと高校生活を送れたんだろうかというか。トークがあって「アルモニ」では教室でわちゃわちゃとする生徒たちを描きたかったということで、授業が終わって解放された生徒達が机のそちらこちらでそれぜに集まり会話をしている教室ならではの光景がちゃんと描かれていたのが凄かった。

 これが「アイノ歌声を聴かせて」の教室描写につながるのかってことも分かった。続きがあっても少女が真っ当さの中に回帰するか幻想の中に浸るかどちらかでやっぱり尻が落ち着かなさそう。そこを綺麗に落としてオタクもリア充も立派に楽しませた「アイの歌声を聴かせて」がストーリーとして考え抜かれたひとつの形なんだということも。だからこそ共感を誘い忌避感を抱かせないでそれなりのヒット作となったのだろうから。次になにに挑んでいるかは明らかにされていなかったけれど、きっと面白いものを見せてくれるんだろう。以外と「機動警察パトレイバー」の新作だったりして。ワンフェスの発表がちょっと楽しみ。


【7月17日】 安倍晋三元総理を銃撃して死亡させた容疑者が統一協会について言及していたブログの主に対して手紙を送って統一協会への想いを書き連ねつつそうした統一協会と関わりを感じたから安倍元総理を標的にしたことを吐露していたらいし。「苦々しいが本来の敵ではない」といった言い回しは本来の的が統一協会のそのものにあることを改めて強く訴えつつ、そうした団体にメッセージをおくり黙認どころか公認してしまっている安倍元総理の言動が、及ぼす影響を苦々しく思っていたことも同時にうかがえる。

 どこかの偉い脳科学者がそうした関係について総理大臣としていっぱいある仕事のそれこそ数パーセントくらいしか振り向けていない相手との関係を濃いものと見るのは無理だとかいった形で関係の薄さを強調し、それゆえに安倍元総理を狙った行動は筋違いの逆恨みだといった雰囲気を醸し出そうとしていたけれど、統一協会によってオルグされた人たちの中には安倍元総理という国家の最高権力者が与えているお墨付きを信じたかもしれないし、そうしたお墨付きでもって勧誘なんかを行い大勢の人たちを困らせているかもしれない。そちら側から見たら関係していること自体が重大事。脳科学者が言うように程度問題では決してないのだ。

 これがもっと別の歴史的にシンパシーを表明することが政治生命に関わる相手だったら、程度問題なんて口にできないにも関わらず、この一件で脳科学者といい国際政治学者といい哲学者といい元朝日といいなぜか程度問題に押し込めて安倍元総理の関与を希薄化し透明化しようとしている節がある。広告塔になること、それもヤバい組織の広告塔になることの拙さを訴えても総理の側から見た場合の関与度の薄さに理解を示すのはなぜなのか。そこがどうにも分からないけれど、こうして容疑者の口からゼロではないなら関与はあって総理という立場ならそれは苦々しく見えることが表明されて、関与そのものが問題視されるようになって来た。果たして次はどんなアクロバティックな擁護が飛び出すか。その擁護によってどんなメリットがうまれるか。見ていきたい。

 それにしてもこの件で読売新聞が抜きん出て情報を獲得しているところが見事。奈良県警に強い記者がいるのか警視庁なり警察庁からとって来ているのか。支局も縮小して本庁にもろくに配置してない自称全国紙は共同通信の頑張りにおんぶにだっこ。それでも体裁はとれているけど後追いの発表ものばかりだと気付かれた時、だったらもう良いと捨てられることになるんだろう。あと読売がネットに流す記事の分量が多くなって来た印象。朝日なんてほとんどの記事が見出しにとってる核心を語らないリード部分で終わらせて会員じゃないと読めなくしてそして無料会員を取りやめるとも発表してて閉鎖感を出してきたのと対照的。ここでネット上に存在感を出してブランドの周知を図りにきたのかな?

 家に居たら暑そうなので本を探しに東京駅まで丸善で購入したあと、東京駅へと回って原敬と濱口雄幸の両総理大臣が銃撃を受けた場所を回ってプレートを確認する。原敬は丸の内南口に小さいプレートが埋め込まれていて説明書きもあってそこで撃たれたとすぐ分かった。濱口雄幸は駅の中に入らなければならなかっったので改札を抜けて9番10番ホームの下あたりを探したら、柱に看板はあったけど真下にプレートはなくちょっと退いたら新幹線へとちょっとだけあがる階段の下にプレートが作ってあった。歴史のある駅でも2人の総理大臣が撃たれた駅は世界でもそうはないよなあ。そういう国だったのが戦後ずっと大丈夫だったのにここに来て。だからこそ今が大変な時期で有り、そんな時代にしてしまったのが誰かをちゃんと考えないといけないんじゃないのかなあ。

 駅に入ったのでJRで池袋まで出てそこからあるいてぱすたやで大盛スパゲティを食べてから、外に出たら大勢の人が立教大学に向かって歩いて行くのでナニゴトかとついていったら小学校か何かの教員の主任昇任試験か何かがあるみたいだった。日曜日にご苦労さまなこと。でもそうやって試験に受かって出世できる仕組みがあるのが良いところ。企業って知らず誰かの思惑で決まってしまうから。それにのっからないとずっと上がらない。難しかったねえ、そのパズル。結局解けなかったからなあ。そのまま要町まで歩いて有楽町線で永田町まで来て駅構内にあるカフェでしばらくお仕事し、1本の原稿を仕上げて本日は打ち止め。とりあえず毎日何か書く仕事があるのは良いことなのかなあ。3年前に京都アニメーションのへのHKアジ研を聞きながら、絶望した時からどうにか回復したけれど、これからの3年がどうなるかなんて分からない。ただ頑張るのみ。働こう。ちょっと寝てから。


【7月16日】 よく分からない夢を見ていたのでメモ。どこかの書店めいたところで何かしゃべることになって、自分なんかでいいのかと思いながら、どうにかこなしてそしてもう1本、今度はロフトみたいなところでしゃべることになって時間まで、ウロウロとしていたら前の職場の同期がプラモデルを作っていた。その書店には専用ブースがあってプラモデルを持ち込み、作ることができるらしい。

 ちょっとしゃべっていたと話して、そういえば別の同期もスケールモデルをよく作っていたねと会話をし、もうすぐしゃべるからと誘って別れる。現実にはその同期も別の同期もプラモデルなんて趣味ではないのに、夢の中ではそういうことになっていた。別の同僚がガンプラを作って机に置いていたので、混同が起こったのかもしれない。今もまだ会社に残っているのかなあ。ちょっと気になった。

 そして次のしゃべる場所へと向かい楽屋に入ったら、いっしょに出演する人たちがいて、初対面なので何か会話をしようとして、そこにいた女性に東京ビッグサイトを繋ぐコンコースでは男性のビジネスマンが派手な柄のシャツを着て座っているんですよと豆知識みたいなことを言ったら、相手も実は知っていてこれはやってしまったと焦っていたら、出発の時間になったので全員でバスに乗って移動を始めた。楽屋から舞台に上がるという設定はもはや吹き飛び渋滞の中をバスは進む。座席の隣にはさっき会話をした女性が座っていて、しきりに身を寄せてくるので、正座をしていたのを解いて椅子に座り直したあたりで目が覚めた。

 夢なのに感触があるのは体の際まで本が迫って寝返りも打てない状態を反映しているのかもしれない。現実には硬い本が夢だと軟らかい女性の体に思えるのだから効率の良い娯楽とは言えるけれど、どんな夢を見るか分からないし見るのが楽しいものとも限らないからそれだけにかけるのはちょっと危険。でもこうして面白い夢もあるのででやっぱり夢見はやめられないので、また寝ることにしたら続きを見たんだけれど、こんどはメモをする前に忘れてしまった。ちょっともったいなかったかなあ。
 そんなこんなで起き出して、荷物が来るまで玄関先でかちゃかちゃと仕事。自分を作った児童文学5冊なんてものを考えて、やっぱり「27世紀の発明王」とか「灰色熊ワーブの一生」とか「バスカビル家の犬」とか「地球さいごの日」とか「三丁目が戦争です」なんかを挙げてみる。SF好きでミステリファンになるしかないラインアップ。あと「ゴールデンカムイ」好きとか。そうじゃないケストナーとかエンデとかサン・テグジュペリとかモンゴメリとかボームなんてのも挙げても良かったんだけれど、楽しかったことは楽しかったけど作ったかというとそうでもないのが難しい。どっちいんしたって幻想で冒険ばかりだし。つまりは今こうなっているのは正しいってことなのだ。

 1本原稿を仕上げて幕張メッセで開かれているセールをのぞいて何も買わずそのまま幕張で原稿をもう1本ほど仕上げてから、三石琴乃さんの吹き替えが聞きたくて吹き替え版の「キャメラを止めるな!」を見たらセーラームーンでも葛城ミサトでもない三石琴乃さんで良かった。ただオリジナル版「カメラを止めるな!」では日暮監督が女優男優相手に怒鳴るのがちゃんとマジ切れに聞こえるのと比べると、吹き替え版はそれ自体が吹き替えという演技だからなのかマジ切れに聞こえなくてフランス語版を見てレミー監督の日頃とあの場面の違いぶりを確認したくなった。ポンはないけどアカデミー助演女優用ノミネート女優のハイキックが見られたのでそれは良かった。ラストはやっぱり感動した。


【7月15日】 「くまのがっこう」が映画化されたタイミングであいはらひろゆきさんにインタビューしたことがあって、バンダイでキャラクター開発をして生み出されたものだけれども大きく広げるために独立をして自分が受け持ち物語を紡いで展開していったものだってことを話してくれた。バンダイといえば「プリキュア」だとか「仮面ライダー」だとか「機動戦士ガンダム」といった有りもののキャラクターを大きく展開するマーチャンダイジングには長けているけれど、自分たちで新しいキャラターを生み出し玩具として展開していくことがどうにも苦手な会社って雰囲気があったりする。

 タカラトミーがトミカやプラレールやリカちゃんといった半世紀以上も続く一種のブランドを持って展開しているのとは対照的。だからこそ「たまごっち」が大ヒットした後でそれを盛り立てる一方で、同じような自社発のキャラクターを作ろうとしてキャラクター研究所を立ち上げ「くまのがっこう」を生み出したんだけれど、サンリオとかサンエックスみたいに生み出し続けるのはあまり巧くなったってことなのかも。10億円とかいった単位でしか評価されない弊害って奴なんだろうなあ。

 だからこそあいはらひろゆきさんが独立をして面倒をみていく規模にして、引っ張っていったのはある意味で正解。それで200万部に達する人気作になった訳だけれど、そんなあいはらひろゆきさんが亡くなっていたことが分かって愛読していたファンから追悼の声が上がっていた。まだ20年という歴史しかないけれど、若い世代にはクリティカルに影響を与えた絵本でもあったりする訳で、そうした人たちにとって寂しさもひとしおだろう。ただすでに生み出された絵本はいっぱいあるし、システムとして続いていくのが絵本の世界でもあるからキャラクターとともに長く続いていって欲しいもの。それをバンダイは支え続けてくれるかな。

 はらなのか。はらなのだ。って受け答えで盛り上がりそうな予感が今からちょっとする新海誠監督の最新アニメーション映画「すずめの戸締まり」の主演声優決定のニュース。「はらはらなのか。」という映画に前に出ていた子役出身の原菜乃華さんが18歳になっていよいよ本格的に女優として活動していく第1歩になりそうな大役。前に「君の名は。」で主役を演じた上白石萌音さんも、「天気の子」でヒロインを演じた森七菜さんもどちらもその後にちゃんと活躍しているところを見ると、新海誠映画はそうしたスタアへの登竜門として高いバリューを持っていそう。予告編に出てくるロン毛を誰が演じるのかは分からないのが気にかかるけど、声に関しては間違いがない新海誠映画。期待して続報を待とう。

 トップブランドとして「レクサス」があってLS、ES、ISといったセダンをラインアップに持って展開している以上、もはやトヨタ自動車にあってクラウンは「いつかはクラウン」と憧れられるセダン・オブ・セダンではなくなってしまっている。そうしたクラスの車にとってセダンである必要すらもはやなかったりするから日本ではSUVばかりが売れて車種もそちらに傾いていたりする中で、敢えてセダンも含むラインアップで臨んだクラウンにいったい勝ち目はあるんだろうか。そのスタイルもプリウスが鈍重になった感じを大きく脱していないとなると、敢えて選ぶ必然性って奴がどうにも湧いてこないんだよなあ。スポーツとかSUVとかいらないから箱形セダンで決めて欲しかった16代目クラウン。これで最後のクラウンかなあ。


【7月14日】 あの「PUI PUI モルカー」の新シリーズが10月から放送スタートと発表。タイトルが「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」とどうやら自動車教習所が舞台になることは良いとして、監督が見里朝希さんではなく1期でも絵コンテなんかで参加していた小野ハナさんということでいったいどういう反応が出るかちょっと気になってネットの反応を眺めたら、1期でいろいろと絵コンテを手掛けた人だということが知れ渡っていてだったら安心といった反応がほとんど。みなさんそこまで1期を見込んでいたのかと驚いた。

 監督が替わるとテイストも変わってしまうと心配するのが普通の反応なんだけれど、そうはならないくらいに皆さん「PUI PUI モルカー」という作品を深く知り尽くしているってことなんだろう。その小野ハナさんは「澱みの騒ぎ」が毎日映画コンクールの大藤信郎賞を受賞したくらいのアニメーション監督で、その面では見里監督よりもキャリアも実績もあったりするって言える。でもって当真一茂さんと組んで展開しているUchuPeopleでは「ポプテピピック」の中で「PUI PUI モルカー」と同じフエルトを使ったストップモーションアニメーションを提供していたりするから素材もお手の物。アニメーターとして当真さんも関わるみたいだから、体制は万全以上と言えるだろう。

 あとはタイトルに「DRIVING SCHOOL」とあるように部隊が自動車教習所に限定されること。道路から喫茶店からゾンビからスパイから場所もテーマも何でもありの破天荒さがひとつの面白さにもなっていた1期と違って場所が決まってしまうとシチュエーションコメディとして面白さのバリエーションが限られてしまうかもしれない。そこはそれ、原作者でありスーパーバイザーとして見里さんがしっかりと監修してくれるだろうから大丈夫と信じたい。そして見里さんにはご自分がWIT STUDIOで始めている新しいストップモーションアニメーションの新作を万全の体制で作り上げてもらいたい。小野ハナさんもこれで一気に名前を売って次は誰が出てくるかなあ。

 渋谷で「エヴァンゲリオン大博覧会」のプレスプレビューが開かれるので家を出て途中で週刊文春を買って読んだら濃かった。例の事件で犯行に及んだ人の過去があますところなく書かれてあって、自衛隊にいたけど除隊した理由とかちょっと驚きでその頃からやっぱりいろいろと抱えていたものがあったんだろうと思わせた。どこかのUFOとか河童が大好きなスポーツ新聞が調べもしないで反アベ団体に入っていたとか飛ばしていたけど、そうした活動なんてしている余裕もないくらいに、必死で社会にしがみつこうとして果たせず滑り落ちようとして足掻いていた様が浮かび上がってきた。

 だからといって犯罪に及んで良い訳では絶対にないとは言え、ああいった凶行に及ぶにいたった数々の不幸を見るに付け、どこかでちゃんと対策がとられていたら曲がらなくても済んだのかもしれないと思えて仕方が無い。それは団体への摘発なり団体への賛意の抑制なりで、それが行われなかったことから積み重なってクロスして爆発してしまった感じで残念無念。こうした状況が明らかになって謀略めいた話は引っ込むとは思うけれどそれで治めたくない勢力が犯人側にすべての事情を乗せて語らせてヤバい部分を覆い隠そうとするかもしれない。そのための物語が捏造されて流布しないように状況を見守っていきたい。

 「エヴァンゲリオン大博覧会」には12年くらい前に買ったMEGっていうアーティストがアルバムのジャケットでとったポーズをアスカが模したプリントがしてあるTシャツを着ていったら、神村靖宏さんが見てこれはレアだと驚いていたのでちょっと勝った気分。あとGAINAXが開いたサバイバーショットの大会で作られたエヴァンゲリオンバージョンのサバイバーショットがないかと尋ねたら、出していたけど引っ込めたかもしれないと言っていたので現存はしているみたい。会期中のバージョンアップに期待しよう。見どころはあとはエヴァンゲリオン仕様のオロチとかCOCOMIだっけかが作った制服といったあたりか。4000点くらいあって目移りするけれど、それでも倉庫の山が動いたような感じがしないくらいアイテムはあるみたい。いつかそれらの全てが並ぶ展覧会が開かれると良いなあ。幕張メッセを全部使っても入りきらなかったりして。


【7月13日】 例の安倍晋三元総理射殺犯が実は反アベ団体に入っていたとかいう飛ばし記事をスポーツ新聞でも主にUFOが得意な方が記事にしていて苦笑する。だってそんな団体があったんだったらとっくに公安なり公安調査庁なりが把握して潜入もして尻尾を掴んで何かしでかそうとしたら摘発してたはず。オウム真理教の事件のあとで警察庁長官を銃撃されるなんて失態も犯しているのだからなおのこと極右極左以外の団体も中止していて当然なはずなのに、あっさりと日本でも今もっとも権力のトップに近い政治家を殺害されるはずがない。

 だからもしもそうした団体があって、そして密かに反アベ活動を進めてヒットマンも養成をして射殺に成功したのだとしたら、そうした団体を見過ごした警視庁の公安部門も警視総監も警察庁の長官も公安調査庁の長官も、まとめて腹を切らなくちゃいけないくらいのレベルの失態。それはさすがにしないだろうと考えるなら、そうした網の目にもあっからない意外なところから、親族への怨みをこじらせて影響力を持っていると思われたトップのところへおしかけたとしか考えられないんだけれど、世間にはそうしたリニアなエスカレーションを断絶なり飛躍ととらえて接続させないようにする動きがあるみたい。

 今日も今日とて一応は全国紙が精神科医の人なんかを擁して「『(家庭連合と安倍氏が)つながりがあると考えた』(山上容疑者)。片田氏はここで『怒りの置き換え』が生じたとみている」といった感じに超絶的な飛躍があってそれは反抗を犯した人の資質によるものみたいな感じで原因となった関係性から目を背けさせようとしている。でもこれは決して置き換えなんかじゃなく過剰気味なエスカレーションであって「不可解とも思える恨み」なんかではない。もちろん自制のタガが外れてるのはダメでそれで殺人なんてもっての他だけれど、だからといって原因をぼかしたいあまりになかったようなことにししたって世間はちゃんと分かっている。

 今も1億円を寄付したなんて篦棒な話も出てきたりして恨み骨髄だったことが分かってきた。一方で関係性も。そうした蓋然性の接続が招いた状況の何かを画そうとする動きが、テレビなんかで活躍しているコメンテーターに割と多くあるのがどうにも謎めく。国際政治学者とか社会学者とか哲学者とかジャーナリストとか政治評論家とか諸々。程度問題にしようとする節もあるけれどそこをぼかせないようになって来た今、架空でもいいから反アベ団体を作ってそこで訓練された兵士だったという話にしないと収まらないってことなのかもしれないなあ。木崎ちあきさんの「博多豚骨ラーメンズ」の即編にあたる「百合の華には棘がある」でも読んだような話がまあか実際に。怖いなあ現実。

 せっかくだからと千葉まで出かけて千葉劇場で「神々の山嶺」を見る。その前に近所のドトールで本を読んだり千葉市美術館の1階に置かれていたイームズチェアに座って原稿を書いたりして時間を潰し、そろそろと立ち上がって裏手に回ったら看板の出ていないラーメン屋があって何だと調べたら本当に「」という感じに名前のないラーメン屋さんだった。でも評判らしいので入って頼んだら出てきたのが二郎系ともいえる太くて硬い麺にたっぷりの野菜とあと大きな肉塊のラーメン。船橋だと無限大で出しているようなラーメンでそこも二郎系だからやっぱりそれで正しいのかかもしれない。

 本当は煮干しがきいたサッパリしたスープのラーメンを出すところらしいけど、曜日によって違っているそうで今日はたまたま二郎系の日だった感じ。朝ご飯を食べていなかったのでお腹にちょうど良い分量をもりもりと食べられて良かった。次は煮干し系が出る曜日を調べて行ってみよう。30分ほどで出てから千葉劇場で映画。試写では見ていたけれど改めて見てやっぱり山って大変だなあと思わされる。あの雪や氷の壁にピッケルをうちこみつま先を蹴り込んでひかっけよじ登っていくなんて普通はできないけどクライマーたちはやってしまう。そして落ちてケガをしたり亡くなったりもする。

 そうした大変さをアニメーションなのにしっかりを描いているのはアニメーションだからこそ描けているのかもしれない。ラストは漫画のようにくっきりあざやかではなくぼかしてそこから感じ取る感じ。でもそうした謎解きが本筋ではなく羽生が、そして深町がなぜ山に登るのかを探求するドラマだとするならそれで正解なんだろう。小説として分厚く漫画でも5巻あるストーリーを圧縮して選び抜いてそして異論を起こさせない脚本術は、日本の原作物も学ぶべきだろうなあ。名場面ダイジェストで筋は分からなくても嬉しい作品もあるにはあるけど、それだと10年は残らないから。


【7月12日】 カレーが評判な社長で知られるホテルは創業者の思想はともかくホテルとしては広めで過ごしやすいので割と使うのだった。ベッドも広々として普段は本が山積みとなって肩身を狭めて寝ているところから解放されてかえって寝づらさはあったものの、どうにか寝入ってそれから起きて支度をして高岡へと向かう途中、ホテルで配っていた読売新聞をもらって開くと佐藤憲一記者が映画「神々の山嶺」について書いていた。

 フランスで谷口ジローが有名だからこそ成立した企画だけれど、それだけに日本で企画されたかどうかといった指摘は確かに。こういう作品とか「FREE」のような作品が生まれてくる気配のないところがある意味でアニメーションの商業とインディペンデントの深い壁みたいなものを表していると言えそう。映画については原作を読んで谷口ジローさんの漫画も読んだ人が見てストーリーが短縮はされているけれど納得できる切られ方だちう声が多数で、パトリック・インバート監督の羽生と羽化待ちの関係に集中させたいという意図が成功した感し゛。試写で観ただけでまだ映画館で見てないので近く行ってあの高さと寒さを体験してこよう。

 しかしカレーが美味しい社長がいるホテルは産経新聞が創業者の人を応援もしていたりするのに新聞を置いてもらえないのは寂しい限り。読売新聞が無償で配布しているのかもしれないけれどそれでも宣伝の機会になるなら提供すれば良いのに。とはいえ残念なことに北陸で産経新聞はまるで存在感がないので置いてもニュースがきっと乏しくて誰ももらってくれない可能性があるから最初から除外された可能性が大きそう。コンビニで見ても富山新聞はあって北日本新聞もあるのに産経新聞は並んでなかったから。まあ県紙で北日本新聞と富山新聞があって正力松太郎さんの出身でもある読売新聞が力を入れている地域に産経新聞では出る幕もなかっただろうから撤退は正解か。北陸中日新聞もあるしなあ。世知辛い。

 高岡についてさてもこちらは藤子・F・不二雄さんの生誕の地ということで藤子・F・不二雄ふるさとギャラリーを見物に行く。ローカルの氷見線に乗り換えそこから1駅で投薬。歩いてすぐの場所にある美術館の2階が展示会場で入ると「天使の玉ちゃん」の使われなかった原稿だとか、「ベン・ハー」を漫画にしたものの断片だとかが並んでた。「ベン・ハー」は描いたものの1ページしか残ってたりしないという作品だとか。手塚治虫さんの影響が色濃い絵柄ではあるけれどそれでもやっぱりとてつもなく巧い。

 見て手塚治虫さんがうなったのもよく分かる。他には「ドラえもん」があって学年誌とか「コロコロコミック」に掲載される際に漢字とかルビとかがどう違うかが比べられていた。元の原稿の吹き出しに入れられた写植は漢字が使われていたけれど、学年誌だと平仮名に直されていて、そして電子書籍だと元通りになっていたとか。写植入り原稿の複製で本とか作ってくれたらよりその創作に迫れるんだけれどなあ。高岡は藤子不二雄Aさんも住んでたことはあるんだけれど、記念碑みたいなモノは氷見にあるみたい。さすがに足を伸ばせなかったのでそちらはいつか。

 帰りは路面電車で高岡駅まで戻って来たもののブラックラーメンで有名な店は休業で入れず。ならばと歩いて高岡大仏を見に行って、日本三大大仏というのはここと鎌倉と奈良なんだろうかと思いつつ戻る途中にあるらしいラーメン屋を見たら正午からだったのでパスして駅まで戻り、そこで蕎麦を食べてから仕事先へと向かう。なるほど金型ってそうやって作るのか。終えて富山へと戻り名物の鱒の寿しを買って新幹線に乗ったらも東京だ。速いなあ。これなら富山の会社が東京に出先の事務所を置く意味がない訳だ。藤子不二雄の2人が10時間かけて出た東京もこんなに近いと、今もし藤子不二雄がいたら高岡で描いていたのかな。そんなことを思った1日。


【7月11日】 そして参院選の票がだいたい開いて東京都では生稲晃子候補が当選をしたり山添拓候補が当選したりした中に山本太郎候補も当選。あっちから出て落ちたものの党勢は広げてこっちから出て辞めて代わりを挙げてといった具合に、比例区ならではのハッキングをしかけて存在感を維持して来たけれど、今回は選挙区からの出馬だから辞めたら議席もはいそれまでよとなるので、辞めず6年間を活動し続けることになるんだろう。

 言ってることには大げさなこともあれば耳を傾けたくなることもあってとユニークだけれど、身体障害者の方々を国政に送り込んで改革に努めているところは本気なのでN党ほどには政治をハッキングして政党助成金をもらいつつ意見表明をし続けるような野暮はしないと思いたい。N党は暴露系ユーチューバーが当選してしまってこれから多額の政党助成金とそして国政でモノを言う場が与えられる。それをちゃんと生かして政治を良くするなら認められるけれど、批判のための批判でしかなかったりするところもあってそれが日本の何かを良くするとは思えないところが痛い。タレント議員のハプニング的意見にも傾聴するところがあったけれどここだけは……。それが当選してしまう今の空気がヤバい。

 ヤバいのはそうした空気をヤバいと思わず危険視も敵視もしないメディア状況でもあって、今日も今日とて旧統一協会が会見をしたのにテレビのバラエティでコメンテーターの芸能人たちが平和を歌っている団体なんだから安倍晋三元総理だって他の政治家だって賛意を示しただけなんだよとかヌかしていたりした。他にも脳科学者とか自称社会学者がいっぱい求めて来るのにちょっとだけ対応しただけで本気で応援なんてしてないよと安倍元総理とか政治家が旧統一協会に良い顔をしたことを擁護していたりしたけれどもちょっと待て。それを例えば戦前にドイツで蔓延った政党に対して言えるのか。1995年に事件を起こした集団に言えるのか。

 相手は今でこそメディアがあんまり取り上げなくなっているけれど、1970年代から学生の間に蔓延っては原理運動だ何だと呼ばれ一般層にも蔓延って霊感商法だ何だと言われ合同結婚式だ何だとメディアを騒がした集団だ。そして今も合同結婚式のようなことはしているし商法による被害を訴える人だっている。そうした側面を持つ集団に対して一瞬でも擁護をしたら相手はそれをお墨付きにして勢力拡大につなげる。だからこそ取捨選択が必要で絶対にいい顔をしてはいけないのだということを、分かって言っているのか分かってないのか。程度問題じゃないんだよ。でもきっとそうソフトに言うことがキイキイと騒ぐ奴らよりカッコ良いなんて思っちゃったりしているんだろうなあ、脳科学者とか社会学者とか。相対化して希薄化して透明化していった裏側にどっぷりと残り蔓延る影。世界のこの二重構造が割れて吹き上がったのがあの事件だったのかもしれないなあ。

 富山に行く用事があって新幹線に乗ったら2時間ちょっとでついてしまった。昔だったら名古屋から東京へと行く時間だしその前だと家から大学のある豊橋まで通っていた時間。それで東京から富山に移動できてしまうのだから便利な時代になっていたのだなあ。昔だったら北陸なんて米原経由で関西からとか名古屋から行くのがやっと。あるいは富山なら高山本線という手もあったけれどそれは結構な距離をぐらぐら電車にゆられる必要があった。新幹線だと大宮を出たら次は長野でそして富山と向こう三軒両隣。その距離感でたどり着けるのだからもっと早く来れば良かった。とはいえ見るものがあるかというと仕事なのでとりあえずブラックラーメンを食べて富山気分を味わうのだった。白エビ丼には手が出ない。寿司もやっぱり。お金持ちになりたい。


【7月10日】 原理運動であり勝共連合であり合同結婚式であるところの統一協会がどんなところかなんて昭和に生まれた人間だったらたいてい知っていて、そこと関わりを持つことがどれだけなのかもちゃんと理解していたはずなのに、どこかのいちおうは全国紙らしい新聞で論説委員と政治部編集委員を張っている記者が、議員会館の議員事務所を回れば普通に機関誌がおいてあって誰もが関わりを持っていたんだといったようなことを堂々と書いては、そんな団体と安倍晋三元総理が付き合っていたことなんて大したことではないといった雰囲気をまき散らそうとしていて、この国の将来をいよいよもって悲観しなくちゃいけなくなってきた。

 統一協会がどういう団体でそこに安倍元総理が祝辞まで贈る関係だってことがどれだけのことなのか。昭和に生まれた人間だったら知っていて当然なのに触れないのは本気で知らないのか、それとも安倍晋三元総理大臣は正しいのだと心から信じてその言動に間違いはないのだから統一協会も正しいのだと思い込んでいるのか、本当は知っているけれども安倍元総理を悪くはいいたくないから黙っているのか。いずれにしたってジャーナリストとしてはとんでもないことなんだけれど、それをとんでもないと思わないからこそ長くその新聞で第一線を張っていられるんだろうなあ。進む道がどれだけ滅びへと向かっていても。やれやれだ。本当にやれやれだ。

 第28回電撃小説大賞銀賞のひたきさん作であさなやさんイラストの「ミミクリー・ガールズ」はつまり特殊部隊版「Mr.Clice」なんだけれどそれを最先端テクノロジーでやりつつ少女化した特殊部隊員たちが大統領の娘を狙うテロと戦う展開を楽しめる。マーリンという名の小柄で緑色の紙をしたのじゃロリ少女の最強ぶりがとにかく凄い。よくそこまでマッチできるものだ。主役のクリスが悩んだことも平気で受け入れてしまったんだろうなあ。部隊は存続して大統領の娘の正体も明らかになってそしてストーリーは続くみたいだけれど新入りとか加わるんだろうか。続くんだろうなあ。どんな新入りが欲しいかな。そしてその中身は。いろいろと楽しそう。

 すでに投票は終えているのでフレッシュネスバーガーへと出向いて昨日整形したインタビュー記事を構成し直す作業をカチャカチャ。1万1000字くらいあるのを前後に分けて並べ直して質問を添えて削って1回5000字くらいで上下にまとめなおす。適当に時間が来たので亀戸まで出てVELOCHEで電源をとりながら再構成してどうにかこうにか仕上げてそれから店を出て、近所にあるキッチンDAIVEで茶色が目立つ弁当を購入。コロッケにハンバーグに魚フライに唐揚げにハンバーグにソーセージが載っているゴージャスきわまりない仕様だけれど食べたら結構体重に来そう。まあ明日あさってと出張で結構歩きそうなのでそちらでカバーしよう。

 戻って船橋のVELOCHEで総仕上げをしてから草稿。締切は守った。戻って午後8時からの「Dr,STONE 龍水」を視ながらネットで参議院銀選挙の開票をチェック。千葉は小西ひろゆき議員が当選をしていてあとは自民党が2議席。強いなあ。全国比例では自民党から立候補の赤松健候補が当選した模様。ヤバいとか煽った割には早々の投票はなんだかなあ。まあでも漫画家として何かしてくれるならそれはそれで。これでインボイスは止められず表現規制に何の力も発揮できなかった時がちょっと大変。議員になったからといってすべてかなう訳ではないことくらい分かっているけれど、止めてくれてこその応援な訳だからそこは責任と表裏一体ってことで。ともあれ今は先行き注目。「ラブひな!」の素子に八紘一宇とか言わせて改憲のイメージキャラクターにしたらその時はその時だ。


【7月9日】 やれやれ。とあるライティーな新聞で安倍元総理と仲が良いことを売りにしてきた論説委員兼政治部編集委員の記者が追悼記事を書いていて、そこで「左派文化人や一部マスコミは、安倍氏に対しては、何を書いても言ってもいいとばかりに、罵詈雑言を浴びせてきた」と書いて安倍元総理に対するそうした悪意をもっての言葉が今回の不幸を招いたかのような言説を並べている。なるほど悪意をむき出しにした罵詈雑言は決して気持ちが良い物ではなく、それがまきおこす憎悪の連鎖をヒトは常に気にしないと行けないことは分かっている。

 一方で言論の自由は保障されるべきであってそうした言説を取り締まるのは理性と知性でもって行わなくてはいけない。だとするならばその論説委員兼政治部編集員が散々っぱら菅直人元総理に対して悪意むき出しの罵詈雑言を投げつけて続けることもまた認めるべきだって話になってしまうし、辻元清美元衆議院議員に対する捏造に近い虚報を繰り出し裁判で敗れたことについてもそれはそれで捌かれるとして言説自体は自由だということも認めるべきってことになる。

 そうした“自由”が自分には認められているのなら安倍元総理に対する罵詈雑言も認めなくちゃいけないにも関わらず、それについては徹底的に反発をして批判し誹るというこの非対称ぶりを満天下に見せつけて新聞記者としてどうなんだろう。きっと気にしないんだろうなあ。だからこそやり続けられるのだ。そういう取り巻きしかいなかったことが安倍元総理の不幸かもしれない。それは元TBSのワシントン支局長だとか放送作家出身の作家についても言えることだったりする。どこからか伝わってきた安倍元総理が既になくなっているといった話をそのまま先にネットにアップして、自分はこれほど親しいんだということを世に示そうとしていたりする。

 正式発表前だからダメという訳ではない。病院がその思慕を確認した時間より前に死亡したことを示したことが蓋然性は沿っていても正確性では間違っている。それを悪いと謝る放送作家出身の作家には可愛らしさがあるけれど、ジャーアリストだからと誇り続ける元ワシントン支局長はもはやそこにしかしがみつくところがないんだってうかがえる。作家は作品で勝負できるけど元ワシントン支局長は周辺でしか息が出来なさそうだから。そういう人たちを侍らせ持ち上げさせたという意味でやっぱり弱い人だったのかもしれない。最高のブレーンが最高にしようと持ち上げ続けるには神輿として軽すぎたのかなあ。やれやれ。

 テレビがなくてもおっくうになるので外に出て今日からアーツ千代田3331で始まった「萩尾望都SF原画展」を見る。前に吉祥寺で見てそれから高崎まで見に行った展覧会がぐるっと回って6年ぶりに東京入り。とりあえず「百億の昼と千億の夜」と「スターレッド」の原画が見られるので行ってしばらく張り付く。やっぱりいいなあ阿修羅王。あの小ささが良いんだ。どこがとか聞かない。ショップでは既に「百億の昼と千億の夜 完全版」が出ていたので購入。あと阿修羅王が描かれた厄除けのお札も。これは聞きそうだ。安倍晴明の晴明神社で買った物と並べて壁に貼っておこう。

 それからTOHOシネマズ上野へと出て映画「ゆるキャン△」を見る。名古屋映画なのですこぶる正しい。同時に山梨映画でもあって山梨で見る富士山の正しさを描いて静岡県民を刺激しているのではないかとも想像するけれどもどうなんだろう。原作は数巻を読んだくらいでアニメもほとんど見ておらず「ヤマノススメ」と混同してしまいそうなところもあったりするものの映画は映画として高校時代のキャンプ仲間が卒業をしてそれぞれの道を歩み始めてバラバラになってしまうかもしれないところを、キャンプ場作りという共同作業を与えて永遠に続くかもしれない関係へと"再生"する物語として普遍性を持って語りかけてくるところがあった。だから知らなくてもだいたいの流れを知っていれば楽しめる作品だと思った。

 名古屋には「CHEEK」とか「Kelly」といったタウン誌と呼ぶにはもう少し豪華な雑誌が幾つかあってそこでお仕事して食べてける状況があることは理解できる。そうした名古屋の出版者に志摩りんを入れてしまったところがひとつユニーク。東京の人気出版者だととてもじゃないけど忙しくて忙しくて同級生達の週末キャンプ場再生計画につきあうことなんてできないだろう。他のメンバーもそれぞれに仕事を頑張りながらも趣味に生きる余裕を持って暮らしている。車を持っていたりバイクを転がしていたりするそのゆったりとした暮らしぶりを見るに付け、東京の大きな会社で仕事に邁進して数十年を経って振り返ってなあんにも残っていない空虚感に囚われることなんてないんだろうと感じさせられた。

 あるいは山梨という東京からまあ近く名古屋からだって行ける場所の自然がたっぷりとあってのんびりと暮らせそうな雰囲気こそが今、求められているライフスタイルなのかもと思わせてくれる。これが長野だともうちょっと過酷になりそうだし群馬だとグンマーになってしまうから。「スーパーカブ」のあのゆったり感も山梨だからこそのリズムとテンポのような気がするなあ。途中まで順調にいってそこにおこったちょっとの壁が結構なダメージとなっていたりする雰囲気もよく出ていた。でもだからこそそこで諦めないで突破していく道を考え出して自分たちでやり遂げたところに嬉しさを覚えた。ああいった風にあるのは現代だと大変だけれどそういった風にあれば現代だからこそ大切なのかもしれない。


【7月8日】 今日こそ「映画ゆるキャン△」を見ようと池袋まで出かけつつ、さてリトル小岩と乗換の大手町でのぞいたら行列ができていたので諦めて、池袋まで言って滝野川大勝軒でもりそばを食べて近所のVELOCHEに入っていつもどおりに原稿書きをしようと思ったら、安倍晋三元総理が撃たれたといったニュースが飛び込んできてネットに目が行き原稿がまるで進まない。奈良の西大寺駅で演説していた安倍元総理の背後から白い煙があがってそして、撃った容疑者が取り押さえられる画像なんが飛び交っていてどういう背後関係なのか、まるで分からないまま情報を見ていたら原稿がまるで進まず、そうこうしているうちに上映開始時間が来てしまったので映画を見るのは諦める。

 散弾銃のようなもので撃たれたといった話が流れて、あんな大きなものをどうやって持ち運ぶんだろうか、それならたぶん銃床を切り詰め銃身も短くカットしたものを使うんだろうかと思ったもののそんなものを発射された日には周囲に散弾が飛び散ってとんでもない数の被害者が出る。それなのに他に撃たれた人はなく、安倍元総理だけが倒れて病院に運ばれたというから何だろうと思っていたら拳銃らしいといった情報が飛び込んできた。なんだ拳銃かと納得したかというとそれにしてはやたらと大きい銃が画像なんかに写っている。よくよく見ていくとどうやら手製の銃らしいと分かってそんなものが元総理の暗殺に使われる時代が来たのかと驚く。

 というかいったいどういう知識で作ったのか。増えて来た情報によればパイプを並べてその中に火薬を詰めて弾丸を発射するタイプらしいけれど、撃針がある訳でもないから電気で火薬を発火させて弾を飛ばした模様。ということは先込の銃なのか違うのか。いずれにしても半端な式では作れないものを自作して、そしてしっかりと対象に命中させてしまえる腕前をどうして育んだのかといった背後関係がこれから探られていくことになりそう。元海上自衛官だとか、安倍総理がつながりのある宗教団体を狙っていたとか錯綜する情報もあるけれど、それだとしたら急に決まった奈良での演説にどうやってピンポイントで駆けつけられたのか。いつか来る日のために準備をしていたなら相当に周到。そうした点でもいろいろと謎が多い事件のような気がする。

 それはそれとして日本の現職政治家が狙われたのは総理大臣クラスだと細川護煕さんが現役の総理時代に銃撃を受けたことがあるし、金丸信副総理も演説中に銃撃を受けてケガを下。石井紘基議員のように右翼団体に暗殺された例もあるから戦後まったく初めてという訳ではないけれど、影響力を未だに遺した現役の国会議員にして派閥のトップでもあってなおかつ元総理という存在が、テロによって命を奪われたというのは本当に久しぶりのことになる。過去にそうしたことが起こって日本はどうなったかを考えた時、これから起こる事態への不安も募る。その一方で、安倍元総理の在任中に起こった数々の事態が今の日本の政治にたいする不安と不信を読んでいたりすることもあって、その不在がどのような影響をもたらすかを測りきれないところがある。

 政治は正常なものとなって進んでいくのか、それとも極端な方向へと触れるのか。とかく扇情的な事態のあとで身心もぶれやすいだけにひとつ、冷静になってその政治結果を振り返りつつ何を遺すべきなのか、何を断罪すべきなのかを改めて考える必要があるかもしれない。ただそれはすべてが明らかになってから。今はただお悔やみを申し上げるとともに、卵であっても放り込まれた辻元清美候補者を自作自演と嘲笑するような態度もまた、テロの容認なのだということをここではっきりと自覚した方が良いとも言っておきたい。すべてはひとつの事象で一続きなのだから。

 先だってSCANDALを見てやっぱり近くて見やすいホールだと思った中野サンプラザの閉館が来年7月と決定。山下達郎さんが愛してやまないホールだけに今回のツアーで行っておきたいところだけれど当たる気がまったくしないのでせめて来年のツアーに組み込んで、見ておきたいものだけれどやっぱり当たらないんだろうなあ。10日間連続とかやってくれたら良いんだけれど70歳の人にそんなことはちょっと頼めないのだった。とりあえず今後のライブで見たいアーティストが中野サンプラザでやるようなら行ってみよう。サンプラザ中野くん。さんとかがやればそれはそれで面白いんだけれど。


【7月7日】 七夕だけれど笹は食べない。とりあえず家を出て茅場町まで出てから小諸そばで1.5盛りの月見きつねそばを食べてそしていつものVELOCHEで原稿書き。少し前からVELOCHEの全店がコンセントを各席に備えるようになったのでどこでも見かけたら入ることにしている。タリーズやスターバックスも備えてはいるけれど全席ではないから。ドトールも同様。その意味ではVELOCHE偉い。あれでコーヒーがもうちょっと美味ければ。それは贅沢ってものか。サンドイッチは好きだけれど。

 原稿は見てなかったアニメのテレビスペシャルが近く放送されるのでそのアニメについて感想を書いてといったもの。昨日飛び込んできた依頼に頑張って答えようと夜を徹してアニメを見込んで原作漫画の方にも目を通してどうにかこうにか仕上げる。とりあえず1期の第24話がどうにも心に響いて仕方がなかった。詳細は原稿で。3時間ほどで仕上がったので送ってそれから夜の映画に備えて渋谷へと移動しこっちではモディにあるスターバックスに入って前に取材した仕事のテープを聴いてメモを取る。見渡すと女子高生がいっぱい。そんな中で仕事をしていると何かノマダーになったような気がしてきた。でもマックじゃない。そこがすこし方手落ち。

 テープを起こしつつネットを見ていたら「遊戯王」の作者の高橋和希さんが死去したとの報。沖縄でスキンダイビングをしていたらしくシュノーケルとフィンをつけた状態で浮かんでいたとか。行方不明になってからしばらく経っていたそうで、体に傷もあったそうだけれどそれが亡くなられてからのものか、亡くなられた原因なのかは現時点では不明。ただ60歳でこの季節にスキンダイビングをしていて何かアクシデントがあったんだろうと想像する。溺れてしまったのかなあ。それとも。いずれにしても急な話。荒船山で転落しした「クレヨンしんちゃん」の臼井儀人さんをちょっと思い出した。臼井さんも現役バリバリだったから。

 橋さんの方は「遊戯王」の漫画こそ自分では連載をしていなかったけれど、原案とかはまだやっていたりしたし時々短編とか読み切りなんかも連載はしていた。そして何より、世界で240億枚は売って最も売れたトレーディングカードゲームとしてギネス世界記録にも認定された「遊戯王デュエルマスターズ」の生みの親として世界に知られている存在。ウィザーズオブコースとのような企業ではなくポケットモンスターというゲームの派生でもなく漫画の中に登場したゲームのある意味スピンオフ的な存在として、ひとりの漫画家から生み出されたゲームが世界で愛され厖大なファンを獲得し莫大な市場を得ていたのは、他にあまり例がないんじゃなかろうか。

 その意味で偉大な先人であり偉人の訃報だけに世界も打電を始めている。ル・モンドなんか早速大きな記事を掲載していたけれど、日本はせいぜいが漫画家がなくなったといった程度で数行の記事を掲載するくらい。そこに彼我の文化に対する認識の差が見て取れる。これは漫画家が参議院議員になったところで変わることはないんだろうなあ。ちょっと前に調べた谷口ジローさんの訃報もル・モンドは大々的に掲載していたけれど日本はそんなことはなかったから。勲章を贈ったフランスとメディア芸術祭で表彰した程度の彼我の差。だからこそフランスで「神々の山嶺」が映画化されても日本ではそういう企画は上がらないんだろう。寂しいなあ。

 それでも少しはアニメも世間に理解はされているのかな、って思いたいけどヒットの度合いからまだちょっと遠いアニメの状況を感じさせる映画「ハケンアニメ!」の3度目のティーチインが渋谷TOEIであったので見物。今回は劇中アニメ「サウンドバック奏の石」を実際に監督した谷東監督が登壇し、原作者の辻村深月さんとそして監督の吉野耕平さん、群野葵役の高野麻里佳さんが並んで登壇してトークをしたり、イラストコンテストの発表に望んでいた。高野さんはコロナ禍で声優の仕事がないなかで顔出しの仕事をしていてアイドルに寄っていると言われ心が沈んだって話をしていた。だからこそ作中の群野葵の心情にシンクロするところがあったみたい。心ない人はどこにでもいるけれど、負けずに挑み続ければ絶対に未来は来る。信じて歩め。見守り続けるから。


【7月6日】 谷口ジローさんについてあれやこれや書くために資料を探そうと池袋のジュンク堂へと向かう途中、乗り換えた大手町で「リトル小岩井」に立ち寄ってイタリアンを食べる。30年くらい大手町に通いながら1回くらいしか行かなかったのに、今年に入って2回も行っているのは時間が自由になって空いている時間に行けるようになったからかな。なるほどやっぱり良い味を出しているけれど、新型コロナウイルスの感染防止で席を互い違いに間引いているためあまり人が入れなくなっていて、昼時とか混んで無理だからなかなか行けないのだった。今日は10時半くらいだったけどさすがにいないなあと思ったら続々と入って来たからやっぱり人気店なんだ。また行こう。

 池袋でちゃかちゃかと原稿書き。とりあえず「K」を改めて読み返して「神々の山嶺」より前からずっと山に関して描いてきたことを知る。どんなに難しい山でも登って遭難した人を助けてくるケイというクライマーについての話。石塚眞一さんの「岳 みんなの山」の岳みたいだし登山家版ブラックジャックみたいでもあるけれど、もっとストイックで金ではなく1%の可能性で動くあたりがカッコ良い。そして難所でビバークして凍傷になりかかっている人でもゆっくりと温め血行を取り戻させて切断を防ぐあたりもクールだけれど心根はホット。そんな人間がどうしてあの地に流れ着いたのかを読む前に物語は終わっている感じなのが残念。続いて欲しかったけれども谷口ジローさんは存命ではないから無理か。石塚眞一さんが描いてくれないかなあ。

 TOHOシネマズ池袋で「映画ゆるキャン△」でも見ようかと思ったけれど、アニメシリーズを見なくてはいけなさそうになったのでiPadでそれを見ながら移動して越谷レイクタウンへと行ってワイシャツを2枚3300円で買う。銀座山形屋のアウトレットみたいなところでセール中なので4400円から25%引きになっていた。夏は本当に1瞬でシャツが汗まみれになるから大変だ。サラリーマンはよくそんなものを来て仕事なんてしているなあと、サラリーマンではあったけれど自由業みたいだった人間としては今さらながらに思うのだった。おかげで今になって苦労しているのだけれど。定年まで勤めたかったらしっかりとサラリーマンをしておこう。大人からの忠告。

 でもって移動しながら「Dr.STONE」のアニメを順繰りに見る。何が起こったか分からないまま世界中の人間が石化してしまって3700年。石化がとけた千花という科学好きの少年がどうにか生活を立て直し始めたところに友人で体力莫迦だった大木大樹が彼女に告白したいという思いをかかえながら石化を耐え抜き復活。2人で石化を解く薬を作ったもののライオンに襲われたところで史上最強の高校生という獅子王司を復活させたらこいつが大人なんて大嫌いで復活なんかさせないでぶちこわし始めた。

 脳筋の野獣というより冷静な獣といった雰囲気の司を相手に死地をくぐりぬけて千花は科学の国を作ろう年、そして司の国と対決していくといったストーリー。復活して何もない状態から火をおこし道具を作り料理をして薬品まで作り出す千花の知識とバイタリティには学ぶところが多く、そしてどうやったらサバイバルできるかを楽しく見せてくれるところに少年漫画的な面白さがある。さいとうたかおさん「サバイバル」とか宮崎駿監督の「未来少年コナン」とかを足していろいろかけあわせたような好印象。どうして石化が起こったのかが謎だけれどそれも見ていけば明らかにされるんだろう。というか連載は終わっているからみんな知っているってことか。アニメの第3期も始まるみたいだし今からでも追いかけよう。とりあえず2期まで追いつかないと。

 ジョージ・ナカシマというデザイナーの机と椅子なら200万円だってするだろうから、それを選んだセンスは褒めてもいいけれども少なくとも市長の部屋で執務に使うのは向いていないインテリア系。それを持ち込んで堂々としていたところに落選する理由もあったんだろうなあ。ってことで市川市がそんな前市長のピンぼけな施策で購入したジョージ・ナカシマの椅子とテーブルをオークションにかけたら購入した時の約200万円から300万円に値上がりして落札された。入札していたところがプレミアムをつけたのか何か宣伝意図もあったのか。分からないけれどもデザイナーのインテリアなら価値は下がらず時代が経てば上がることもあるからこれは妥当。でもやっぱり似合わないところには使って欲しくないなあ。どうなることやら。


【7月5日】 南野拓実選手がリヴァプールからASモナコに移籍したと思ったら、今度は吉田麻也選手がサンプドリアからシャルケへと移籍するとかしないとか。プレミアリーグはまだアーセナルに冨安健二選手が残ってはいるけれど、日本人選手が他にほとんどいなかったりする状況に加えてセリエAからもいなくなってしまうのは、決してブンデスリーガが最高峰だとかリーグ・アンの人気が増しているとかいった理由ではなくて、そこでしか活躍できない選手の小粒感が進んでいる表れのような気がしないでもない。

 奥寺尾崎の時代とは違って今はちょっとJリーグで活躍するとすぐさまドイツに移籍したりデンマークベルギーに移籍だものなあ。スコットランドもなるほどセルティックはトップチームではあるけれど、リーグでほかにかなうのがレンジャーズしかいない2強の状況ではいくら活躍したってその実力は測れない。かといってヨーロッパリーグに出てトップまで出ていくチームでもないから比べられないまま井の中の蛙を演じ続けるのだった。勿体ない。これでトップリーグのトップチームに所属しているのは冨安選手のほかだと一応はレアル・マドリード所属の久保健英選手くらい? その久保選手もレンタルか移籍の話が来ている。ユヴェントスとかチェルシーとかバイエルンとかバルセロナで日本人選手がレギュラーをとる日はいつ来るか?

 横浜ワールドポーターズで仕事があるので早くに家を出て桜木町でお昼ご飯。餃子の美味しいお店でチャーハンと餃子のセットを食べたら安かった。これくらいのボリュームと値段の店が船橋にもあったら毎日だって行くのになあ。チャーハンの量がちょっと中途半端だったりするのだ。あとはバルボアとかぱすたやみたいなロメ系スパゲティの店があれば嬉しいんだけれど海浜幕張にパンチョがあるくらいだからちょっと遠いのだった。ぱすたやと言えば今月はあんかけスパがご当地スパのメニューとしてかえってきたけど、前回たべなかったので今回食べたらこれがあんかけならではのスパイシーさがまるでなく別ものだったので今月はもう行かない。来月は新潟名物のイタリアンがかえってくるのでまた行こう。

 横浜ワールドポーターズまで桜木町から例のゴンドラにでも乗るかと思ったものの、転記も良かったし腹ごなしの意味もあってそのまま徒歩で到着。タリーズでしばらく仕事をしてから、バンダイナムコグループがオフィシャルショップをかき集めた上に「シン・ゴジラ」「シン・エヴァンゲリオン劇場版」「シン・ウルトラマン」「シン・仮面ライダー」の4作品をコラボさせた「シン・ジャパン・ヒーローズ・ユニバース」の世界観を体験できる「シン・ジャパン・ヒーローズ・アミューズメント」が7日にオープンするってんでその内覧会に参加する。グッズがあってアトラクションもあってと楽しめそうだけれど、個人的にはベーターカプセルのスイッチを押すと変身サウンドに乗ってルーレットが回る一種のくじ引きを、いくらでもやってしまいそうな予感がした。

 店内はほかに魂ネイションズとかソフビ人形とかちょっとカッコ良いファッションとかバンプレストのフィギュアとか一番くじとかを取り扱うショップが並んで名かなかに壮観。わけてもガシャポンが2000台ほど並んだコーナーはあらゆるアイテムが揃っているんじゃないかと思えるくらいで探すのが大変な上に補充も結構大変かもしれないと思った。なくなったらどうするんだろう。切り替えるんだろうか。「ナムコ堂」というコーナーは「アイドルマスター」に「アイカツ!」に「ラブライブ!」といったバンダイナムコが誇るアイドル作品からアイドル達がブロマイドになって登場。これは集めたい。とりあえずえりちが欲しかったけどあったかなあ。よく見られなかったのでもうちょっと経ったらのぞいて来よう。

 横浜ワールドポーターズを出たら雨が降っていたので、例のゴンドラに乗って桜木町まで出ようかと思ったものの料金を見たら1000円もしたので怖じ気づいて尻込みし、そのままみなとみらい線の馬車道駅まで歩く。よみうりランドのゴンドラだったら乗らないと大変だけれどこちらは乗らずとも近隣の駅まで歩けないこともない距離。それを1000円はやっぱり高すぎる。それとも形が「機動戦士ガンダム」のボールみたいだったら乗ってみたいかもしれなかった。横浜にガンダムが立っている間は色だけでもそんな風にすれば良いのに。すれ違う時に打ち合って負けたら落ちるとかだったらちょっと楽しい(楽しくない)。


【7月4日】 auの通信障害はワイモバイル使いの自分にはまるで関係なくWi−fiが使える喫茶店を巡っていたこともあってまったく影響がなかったけれど、世間ではいろいろと大変だったみたい。他のサービスを使うために認証をしようにもSMSをスマートフォン向けに送ってくるから繋がらないと届かないという壁を乗り越えられなかった人たちが、大量に発生したみたい。街に出ればWi−Fiが捕まえられるもののそれができないと緊急通報すらできない状況は困っただろうなあ。固定電話がある家もずいぶんと少なくなった。やっぱり町内に1個は固定電話を置くようにしなければ。町内会長さんとか庄屋さんとかの家に。そして必要な時には借りに行く。昭和みたい。

 本格ミステリ大賞を受賞した人らしいからガチガチのトリックでも仕掛けてくるかと思ったものの、そこは星海社FICTIONSから久賀フーナさんのイラストで出るんだから中身は伝奇バトルの学園もの。退魔の手法を学び鍛える陰陽師の学校に通いながら、時々は仕事で退魔なんかもするあたりは昨今流行の「呪術廻戦争」を思い出させてファンの気持ちを掴みそう。まあ「呪術廻戦」事態が学園退魔ライトノベルの系譜をコミックにしたところがあるからお互い様なんだけれど。

 そんな伊吹亜門さんによる「京都陰陽寮謎解き滅妖帖」は京都を舞台に名家の御曹司らしい式神使いの九条孔雀に陰陽術を目視できる天眼を持った白峯明日可をクラスメートにした、笠に仕込んだ刀を使う狩埜師実あたりが主人公。とある峠道で大学生の4人組の3人が死んでそのうちの1人は内蔵を抜かれる奇妙な死に方をした事件で、何が原因かを確かめに行って現れた化物を退治したり、彼女を振った男に降りかかる呪いを撃退するために警護についたりする。

 そんな活動の最中に起こる密室での殺人事件や、公衆の面前で毒を盛られる事件にかんして原因は怨みだったり憤りだったりするものの、事件そのものがどのように行われたかに関しては超常現象だとか異能だとかから離れ、ロジックでもって犯人の可能性があるのは誰かを推理し、どうすればそうした行為が可能になったかを推察して指摘するあたりが本格ミステリ。そうやって露わになった真犯人の背後に陰陽師の集団を狙う闇の集団があるようで、狩埜の家族が惨殺された事件とも関係していそうで壮大な伝奇退魔バトルを楽しめそう。本格にして伝奇にして学園もの。貴重なだけに続いて欲しいね。

 日本も軍備を整えようと言いたいんだろうと思うけれど、そのためにロシアがウクライナに攻め込んだ事態をとりあげて、弱いからいじめられるんだからいじめられないように強くならないとと元副総理で元財務大臣の失言爺さんが言ったとか。それってつまりはウクライナは弱いからロシアに攻められたんだと言ってるも同然の暴言だし、クウェートだって弱かったからイラクに攻められたんだとか、ウイグルやチベットは弱いから中国に飲み込まれてしまうんだと言っているのに等しい。

 いやいや超大国が相手で強い弱いと言い出したらきりがない。そういう相手でも攻めないように世界が監視し当事国も攻めないように律するのが21世紀の人類ってもの。それから外れて人道にもとる行為に強いとか弱いとか関係ないんだと言わないと、結局はアメリカとロシアと中国が偉いって話になりかねない。そんな規模まで国を挙げるなんてどこだって無理なんだから。でも言いたいことのためにはそうした常識だとか良識なんて知らん顔して強くなるために軍備を整えるんだと訴え続けるんだろうなあ。最後はお互いに最終兵器を持ってそして人類のどうしようもなさにマーズはガイアと叫ぶのだ。やれやれ。


【7月3日】 鈴木慶一さんが自分は賛同なんかしてないと、例の音楽4団体が生稲晃子候補と今井絵理子候補への支持を団体トップが出張って団体として表明したことに関して言及。鈴木さんだってミュージシャンとして原盤を作り出版権をどこかの音楽出版社に任せているからには、日本音楽出版協会の傘下企業と関わっているだろうしコンサートをすればプロモーターの団体とも関わっているだろう。音事協や音制連の加盟企業に所属しているかは分からないけれど、知り合いだって多くいる音楽業界が雁首揃えて特定候補者を応援することに違和感を覚えるのが普通だろう。

 他のミュージシャンやジャーナリストもこれは黙っていられないと、ASIAN KUNG−FU GENERATIONの後藤正文さんも名前を連ねた抗議声明を出したものの、そうした声がどれだけあちらこちあから上がっても、4団体からは何ら音沙汰がないのがさすがはザ・芸能界といったところか。そうした声が上がっても4団体からは何ら音沙汰がないのがさすがはザ・芸能界といったところか。 これで加盟を取りやめる音楽事務所が出てきたり、アーティストが出てきたりしたら多少は大事だと腰を上げるのかな。

 なるほど新型コロナウイルスでライブができなくなった時に政府はいろいろと支援策を講じてくれた。でもそれは政府であって自民党という党ではない。野党も含めた国会が決めて国民のために政府が執行したに過ぎないことを、自民党のみの手柄と認め応援する姿勢は利益誘導とそのお礼という結託の連鎖に過ぎない。そうではないどの党もどの勢力もあまねく国民のために政治をしてくれるようになるためには、甘い顔なんて見せてはいけないのに飼い慣らされてしまったかのように雁首をそろえて候補者を詣でるのだから音楽業界もチョロい団体と思われてしまっただろうなあ。忌野清志郎が存命だったら何か歌ったかな。泉谷しげるやPANTAは何かを歌うかな。

 選挙といえば漫画ファンの期待を背負って立候補した赤松健さんだけれど、選挙戦が進むにつれてなりふり構ってられない感じが漂ってきて、ついに「ラブひな」だとか「魔法先生ネギま!」といった自分の作品からキャラクターを引っ張り出しては投票を呼びかける画像を作ってばらまき始めた。自分への投票を呼びかける以上はそれは自民党の政策に対しての支持を求めるに等しい行為で、それを自分が生み出したとはいえ漫画となって広くファンを得た作品でもってやってしまうのは正しいのか。どうにもそこが気になってしまう。

 漫画として送り出された作品は、読んだりアニメ化されたものを見たりしたファンも含めてひとつの世界を共有するようになったはずの舞台でありキャラクター。それが、現実の世界に引っ張り出されて選挙のコマにされるのをファンは喜ぶのか。これが野党の候補者で自分のキャラに反自民を言わせたら袋だたきになるものが、自民党で赤松健さんだとどうしてスルーされるのか。納得がいかない。これから「ラブひな」なり「ネギま!」が再放送されるたび、あれは自民党の候補者を応援したキャラクターなんだと思わされてしまうのは正直たまらない。なんてことを考えたらできないことでも、平気でやってしまえるくらいに周囲が見えなくなっているんだろうなあ。そんな人が当選をしたらさらに周りが見えなくなってしまわないか。でも当選してくれたらやってくれそうなこともある。不安と期待がないまぜになったまま残る1週間をどう戦う? 戦況を見守りたい。

 「犬王」の無発声“狂騒”応援上映が立川のシネマシティであるのではるばる立川まで遠征。時間が合ったのでWINSに入っているPIAPIAってパスタ屋でミートソースのベーコン載せを平らげそれから立川立飛にあるららぽーとへと出向いてスターバックスで原稿のためのテープ起こしをしばらく。外に出ると海蔵亮太さんが良い声で歌っていてしばらく聞いてから戻ってヤマダ電機に入っているカフェで続きをやって、それかHMVで「とある科学の超電磁砲(レールガン)」が描かれているジュースを飲んでから劇場で3度目の応援上映を楽しむ。最前列で巨大なスクリーンを見上げるように見たのは初めて。細かいところまで見られて良かった。あと業子さまはいつも元気だなあ。あの推しがあったから生き残れたんだろうなあ。でも600年彷徨うだけの心残りもあったんだろう。巡り会えて良かった。あと1度くらい、今度はコメンタリーを聞きながら見たいなあ。


【7月2日】 うひゃあ。例え元歌手でアイドルだったとしても今は自由民主党という政党の推薦を受けた参議院議員選挙の立候補者。それを応援するということは自民党を応援することに他ならないのだとしたら、日本音楽事業者協会も日本音楽制作者連盟もコンサートプロモーターズ協会も日本音楽出版社協会も、団体として自民党を応援していることになるということは、そこに加盟している会社と所属しているタレントやミュージシャンも自民党を指示したということになりかねない。

 だとするなら音制連の理事長が代表を務めているヒップランドミュージックコーポレーションに所属するサカナクションの山口一郎さんも、音事協の理事に入っているホリプロがマネジメントを担当している鴻上尚史さんも、音制連の会員になっているスマイルカンパニーに所属している山下達郎さんも、そうした業界団体が一体となっての自民党候補支持に間接的に乗っかっているとは思いたくないけれど、そうした声がまるで上には届いていない状況には、絶望感を覚えたりしないのかが今は気になる。

 さらに拙いのは、音事協の賛助会員にはフジテレビジョンだのTBSだの日本テレビ放送網だのテレビ東京だのといったテレビ局からニッポン放送やエフエム東京といったラジオ局、すなわちマスコミも張っていたりする。放送法的に中立でなくてはいけないそうしたマスコミが賛助でも会員となっている団体のトップが自民党の候補者を推しているのに、結果として荷担してしまっているこの状況に、何かしらの声を上げないとしたらそれは中立なんて空論だとうい現れ。実際にそうなんだとしても、表向きはそうではないことを取り繕うことすらしなくなったのが今なんだろうなあ。みんな諦めているんだよ。

 家に居たら暑さでゆであがるので早くに出かけてオンワードのセールを見物。Jプレスでは良いのが見つからなかったので五大陸を眺めたらエルメネジルド・ゼニアの生地を使ったスーツが7割引で出ていたので購入する。6ABに相当する38Lといったサイズでちょっとウエストが伸びた感じになっていたので広げてもらうよう依頼。5万円以下でゼニアが手に入るならたしょうの手間も仕方がない。前にそうえいばスキャバルの生地のスーツを銀座山形屋のアウトレットで買ったっけ。高級スーツなんて似合う仕事でもないけれど、身を引き締めるのにあって悪くはないと最近思うようになったので、半期に1着くらいのペースでこれからも揃えていこう。着られるように体型だけは維持しないと。

 今や戦国武将というよりメイド喫茶の人として有名な柴田勝家さんが、秋葉原のメイド喫茶を舞台にしたミステリ「メイド喫茶探偵黒苺フガシの事件簿」を出したので買って読む。くわているのがチョコバットではなく麩菓子だと遠目に区別がつくものかがちょっと気になったけれども、ともあれ麩菓子を加えた美女がメイド服を着て秋葉原の界隈を闊歩しては起こる事件に挑んでいくストーリーがまず面白い。そしてメイドさんを“推す”ことの愛とか恋とはちょっと違った信仰にちょっと近い思いとか、メイド喫茶のメイドであることの矜持なんかが描かれていてさすがは通いまくって近づいた人だけのことはある感心。そうやって描かれる事件も入り組んでいるのを推理が鮮やかに解決する本格派。メイドファンと新本格ファンなら存分に楽しめるだろう。麩菓子が流行るかは知らない。


【7月1日】 何もやってないのに1年のうちの半分が過ぎてしまった。あと半年で何ができるかを考えても思い浮かばないので目の前に来ている仕事を順繰りにこなしていくしかないんだろう。とか言っていたら8月に大分で開かれる山下達郎さんのライブが当選してしまって、行かなくてはいけなくなって航空機代とかホテル代とかで結構な金額がとんでいきそう。とはいえここを逃すと他で当たるとは思えないから行くしかないんだろうなあ。何で行こう。どこに泊まろう。

 せっかく九州まで行くんだから国東半島あたりを見て回りたい気もするし、福岡まで行ってガンダムの等身大立像を見たい気もしている。海を渡れば四国ならそっちも見てみたい気が満々だけれどそれを全部やっていたら1泊2日ではちょっと収まらない。いっそ1週間くらいかけて四国九州中国を回ってくるってのもありだけれど、それまで懐に余裕がある感じでもないからなあ。ぐっと絞って大分と福岡にしておくかなあ。ちょっと考えよう。そもそも航空機のチケットがとれるかどうか。安く行く方法を探さないと。

 外に出ると歩いているだけで背中に汗が溜まる暑さに辟易としながらも、清澄あたりへと出て仕事をしてから新宿バルト9で開かれた庵野秀明さん監督による自主製作映画「ウルトラマン」とそしてダイコンフィルム謹製「帰ってきたウルトラマン」を大きなスクリーンで見るイベントに出る。何でも7倍の応募があったそうで勝ち抜いて見られた人はウルトラ7なくらいの幸運。それで山下達郎さんのライブも当たったんだから今日はよほどの幸運日だったんだろう。

 さて「ウルトラマン」。前に見た記憶があるかとうと実はないのはダイコンフィルムだからではないからだろう。庵野秀明あんがウルトラマンに変身してもウインドブレイカーだけなのは「帰ってきたウルトラマン」といっしょだけれど、特撮とかは意識しておらず動きだけ真似た2人が怪獣対ウルトラマンごっこをしている程度。サウンドはしっかりと付けられていてそこはちゃんと考えたみたい。でもやっぱり自主製作に過ぎない映像が、「帰ってきたウルトラマン」では本気になるからその間の進化が凄まじい。それは「ダイコン4」のオープニングアニメを見せる前に、TOCONという日本SF大会で関西のSFは凄いところを見せようとして作ったからで、けれども間に合わずそこでは「愛国戦隊大日本」と「快傑のうてんき」を見せたそう。

 それでも得た好評をバックに年末にかけて作った「帰ってきたウルトラマン」を見たのはもしかしたら1983年くらいに名古屋の植田に回って着たダイコンフィルムの上映会以来かもしれない。長く並んで入って見たよなあ。印象は当時と変わらず特撮はよくできていてミニチュアは素人とは思えずそして庵野秀明さんはウインドブレイカーだった。もっとむさ苦しいかと思ったら顔立ちはわりとわかめですべすべとしていてウインドブレイカーも綺麗に塗装されていた。そのウインドブレイカーがコスパから発売だそうで迷うけれども着ていくところもないのでパス。大分にも行かなくちゃならないので仕方ない。

 上映後には赤井孝美さんと神村靖宏さんが登壇して当時の思い出をあれやこれや。「ウルトラマン」は大阪芸大の映像学科に入った生徒たちがグループになってそれぞれが作品を作ることになって、赤井さんのチームでは1本を作ったものの庵野さんや山賀博之さんがいたグループはばらばらでまとまらず、あるテレビ局のプログラムということで個々に作品を作ってつないだとか。「ウルトラマン」はその中の1本で赤井さんも撮影を手伝ったという。

 「帰ってきたウルトラマン」はそんな芸大チームを取り込みつつ他の大学の面々も集まり大阪で開催のSF大会向けに映像を提供するダイコンフィルムとして作ったから、庵野さんも武田康広さんも参加している。当初はもっと笑える感じで真剣風にやって最後に庵野さんがあの格好で出たら爆笑といった展開を考えていたけれど、庵野さんが描いた絵コンテがきっちりしていたので、とことんやることになったという。特撮好きが多かったから見て研究したことをいろいろと試したそうだけれど、爆発なんかは黒色火薬をパトローネ入れのケースに詰めて爆発させ、そして火焔はビニール袋にガソリンを入れて爆発させ火を着けたとか。危ないなあ。でもそれをやりきってしまうところが今に通じるこだわりのクリエイターたち。後に続く自主製作も本気で挑めば40年後に庵野秀明になれる、かもしれない。 【6月30日】 何か書くことになって「小説版 機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」を読んでなるほどだからドアンはサザンクロス隊を抜けて子供たちを助けて島で農耕生活を始めたのかとようやく分かった。冒頭からドアンが後にサザンクロス隊を作る男といっしょにあるミッションに挑む。それがめぐりめぐってドアンの周辺に影を落とすことになってある意味絶望した時に、心残りだったことが代わりに叶えられると思って身を退いたとでも言うべきか。そういう気持ちってやっぱりあるよね、人間なら。

 サザンクロス隊にいた女性隊員がドアンをやたらと慕っていながら、本番ではあっけなく退場させられる思わせぶりの肩すかしも、もうちょっと背景に説明があって流れも作られていたから納得。というかそんな場面は映画にはなかったじゃんってものもあって、これが描かれていたらもうちょっとキャラクターに感情移入が出来て、その生き様に涙できたのにとも思った。そういう意味でキャラクターの整理ができてない映画版だった。あとはシャア・アズナブルがアムロの回想だけじゃなく、本人として登場していてマ・クベと会話をしていた。サザンクロス隊ともすれ違っていた。描かれて欲しかったなあ。あれじゃあ出る出る詐欺だもんなあ。ともあれ小説版はちゃんとしていた。セイラさんは金髪さんとは呼ばれていなかった。そりゃそうか。

 とある就活生向けの情報サイトが清掃業とか建設業とか倉庫業とか警備業を底辺呼ばわりして大騒ぎとなりコラムを消したとか。けれどもそのサイトを見ると未だに「Fラン大学」という形で大学の固有名詞を挙げて並べ立てたりしていて、当該の大学から文句が出ても不思議はない状況を平気で維持しているから反省なんてしてなさそう。まあ偏差値と倍率といった客観的な数値を元にランク分けをしただけと言えば言えないこともないけれど、同じ記事にFラン大学の女子学生に関する誹謗中傷に近い文言を平気で書き連ねているから、これは露見すればジェンダー平等な人たちが黙ってなさそう。というか未だ気付いていないのが不思議でならない。

 だってFラン大学の女子大生あるあるとして並べているのが「高級ブランド好きの人が多い」「水商売をしがち」「年上の男の人と付き合いがち」「単位はギリギリor単位不足」「授業は真面目に聞かない」だから誹謗中傷も甚だしい。そういう人はSランク大学にだっているだろうし、いたって莫迦にあれるようなことではない。それを明らかに侮蔑の意味で使って女子学生全般を貶めているのだから炎上したって当然なのに、未だ残しているのは個人の偏見ですといって逃れられると思っているからなのか。スポンサーだったらそういう侮蔑を平気で乗せるサイトに広告なんて出さないだろう。いずれ露見して騒ぎになるのかどうなのか。関心を向けていこう。

 宮益坂にあった元ファーストキッチンで今は知らないハンバーガー屋さんで原稿を書いたあと、渋谷TOEIで「ハケンアニメ!」のティーチイン付き上映を見る。「映画大好きポンポさん」の平尾隆之監督が登壇して「映画大好きポンポさん」の映画内映画の映画っぽさについて解説。実写に近いカメラで光源も計算して嘘っぽさを少なくしサイズも全体がビスタの中に映画内映画はシネスコにして区別したと話してた。そしてニャリウッド部分はキラキラ感を出して差を際立たせたとのこと。そう聞くと改めて見直したくなって来た。

 そんな平尾隆之監督に「ハケンアニメ!」の中のような間際にラストを変えるなんてことがあるかととの問い。答えて描き直しはまずないとのこと。ただし「ハケンアニメ!」のリデルは組み替えと撮影で伸ばしラストカットを追加したくらいだからOKが出たんじゃないかと吉野耕平監督は話していた。確か本編もそんな感じ。徳井優さんが演じる脚本家が組み替えを提案して作画監督もコンテを見ながら案を出し、並べ替え切り貼りをし追加のセリフを考えてどうにか仕上げた。だからアフレコの追加も少しで済んだんだろう。一方で実写が追加撮影をするかどうかで、自身はないと言ってた吉野監督だけれど業界には伝説としてあるそう。条件と監督次第ではあるのかも。次は辻村深月さんも登壇してのティーチインがあるそうでまた行こう。


【6月29日】 夢枕獏さんの原作を谷口ジローさんが漫画に描いたものをパトリック・インバート監督がアニメーション映画にした「神々の山嶺」の公開が近づいて来たので、谷口ジローさんについて考えるために2016年7月21日に開かれた展覧会「ルーヴルNo.9 〜漫画、9番目の芸術〜」に登壇した谷口ジローさんの言葉をメモから引っ張り出す。これから8か月後の2017年2月11日に谷口ジローさんは亡くなられたので、多分最後に近い登壇だったのかもしれない。

 曰く「ファブリスさんから話があったのは、10年以上前のことでした。こういう形になるとは想像もしていませんでした。感激しています。この企画に選ばれたのも、本当に幸運に思っている。古くからバンドデシネ(BD)の魅力に取り憑かれています。BDが大好きで、影響も科なり受けてきました。沢山のBDの作家達と手にされることは本当に嬉しく思います」。確かにソリッドな描線で瞬間を切り取り描く谷口ジローさんの手法はBDに近いところがある。刺激されたんだろう。

 あるいはBDの大御所、メビウスの本名がジャン・ジローというのもあるいは何か因縁があったのかなあ。「パリに取材してルーヴルを描くということになって、1カ月ほど滞在してルーヴルに通いました。厖大な作品を見て頭が混乱してしまいましたが、だんだんと自分の気持ちが解放されていくような気がしました。物語を思いつくきっかけがあると、ルーヴルには何が不思議なものが済んでいるのでは無いかと感じました。そして私の作品ができました。日本ではオールカラーとうのは珍しいですから、それを描けたのは私にとって収穫でした」。そんな本はまとまって1冊になって出ている。ファンなら揃えておきたい。

 「私は漫画というのは表現の媒体として優れていて、どんなものでも表現できないものはないのではないかと覆っています。16ある作品のひとつひとつを見ても、どのさくひんも個性が違います。これから本当に多くの作品が生まれてくるのではないかということを感じています。みなさんに本当にぜひ見て戴きたいです」。発表会ではずいぶんと痩せた姿を見せておられた谷口ジローさん。それでもご本人を見られたのは貴重な機会だった。フランスからシュバリエ文化勲章まで贈られたのに日本は何か報いたか。って考えるとやっぱり日本は漫画やアニメといった文化が下に見られているのかもしれないなあ。渡辺宙明さんにも叙位叙勲はなかったし。あの漫画家の人の当選で変わってくれれば良いけれど……。

 でも見ていると、海外ではそれが当然のレギュレーションを伝えただけで「外圧」と叫び国内にだっていろいろな見方があることを指摘すると「行き過ぎた」といった表現で反発しては内輪の論理で凝り固まってお仲間ばかりにいい顔をしようとするのがどうにも引っかかる。政治家なんだから世の中のあらゆる表現に対する見解に沿いつつそれでも自分はこうあるべきといった主張をすべきなのに、他は排除では反発し合うだけだから。同人出身だなんてここに来て訴えるのも何だかなあ。ちょっと前は持ち込みで新人賞だから漫画誌純正品だんあって言ってたんだから。時々によって顔をすげかえるマスクマン。信頼すべき? まずは当選してからのその言動を見ていこう。

 暑い最中に新横浜まで。一昨日の前橋に比べれば暑くはないとはいってもやっぱり暑いことには変わりがなく、へたれそうになる体を支えてどうにか駅から降りてさてご飯でもと見渡して、新しくできたスパゲティのお店があったんでそこに入って鉄板スパゲティとやらをいただく。ゆでたてパスタを鉄板に載せる意味があまりない気もするけれど、そこはまあ熱々がずっと食べられるという意味合いなのかもしれない。バジリコって店名なのにバジリコスパが発見できなかったので上に牛肉とバターが載ったのをいただく。夏バテにはやっぱり肉だから。ロメスパと違ってパスタもちゃんと芯があって適度な固さがあって美味しかった。また行くかというと新横浜では遠いので近くに行ったら寄ってみよう。


【6月28日】 将棋の里見香奈女流四冠が日本将棋連盟のプロ棋士になれる編入試験を受ける決意を固めたとの報。プロ棋士を相手に優秀な成績を収めている人に受験資格が与えられて5戦して3勝すれば四段になれるという仕組みで、過去にも男性棋士が受けては合格をしてフリークラスではあるもののプロ棋士になっていった。だから最近の好成績から見れば決して無理ではない数字ではあるものの、そこは史上初というプレッシャーの中で差す手に迷いが出ないかといったところが気にかかる。

 里見香奈女流四冠は以前も奨励会の3段リーグを戦って勝ち抜けばプロ棋士四段になれる機会はあったものの、そこでは上がれず大会をして女流に専念することんなった。ほとんどが男性の中に混じって女性が指すことはプレッシャーだけでなく様々な影響もあるだろうから難しかったと言え、その後に西山朋佳女流二冠が次点を1回とってもう1回次点でもフリークラスで四段になれたものの成績がふるわず退会へ。男子ばかりの中で戦い続けるのはやっぱりキツいってことを伺わせた。

 相手も負ければ昇段の目が無くなるといった厳しさを抱えての将棋だから気力もハンパではない。それに対して編入試験は負けても相手が強かったといった感じに気持ちをそらせる。今時は女性に負けたからといったことを恥じるプロ棋士もそれほどいない中で落ち着いた将棋が指されれば、きっと上がって史上初の女性プロ棋士が誕生することになるだろう。それをバイパスだ何だというなら瀬川晶司六段だって奨励会からの昇段ではないからやっぱりバイパス。でもその後の成績で六段まで上がっているのを見れば晩成の実力はあったのだからそうした才能を見出す意味でもあって当然の編入試験からの昇段も、立派にプロ棋士だと言って良いだろう。だから頑張れ里見香奈女流四段。相手は誰になるのかな。

 作業をしながらNHKのFMで放送された「山下達郎三昧」をつらつらと聞く。各アルバムから1曲くらいをピックアップして流していく展開で「FOR YOU」から「MUSIC BOOK」を選んだ人のセンスの良さに脱帽する。「SPARKLE」とか「Loveland, Island」といった代表曲もいっぱいある中であまり目立たずライブでもやってくれない楽曲だけれど、そのメロディも歌詞も大好きで達郎さんから1曲を選ぶとなると「RIDE ON TIME」と並ぶくらいの楽曲なのだった。それだでも番組への信頼がグッと高まる。

 いろいろな人が出てきて達郎さんについて喋る中ではハマオカモトさんの足に包丁を落として気絶してしまった時、達郎さんから何かのお礼のメールが来てその連絡で目が覚めたから本当の意味で命の恩人だといっていたのが面白かった。あの浜ちゃんの息子さんでも包丁で足を切ると気絶するのかとか思った。達郎さん本人も出てあれやこれや喋っていて話が聞きづらいのか楽しいのか分からないあしらいかたが達郎さんだった。インタビュアーも人によっては苦労しそうだなあ。

 音楽プロデューサーの松尾潔さんが登場して、父親が「ON THE STREET CORNER」のカセットかなにかを持ち帰ってずっと聞いていた時に生まれたブルーノ・マーズが、そのグルーブ感に達郎さん味を残しているといった話から、そうした縁もあってブルーノ・マーズが達郎さんと会いたいと話したけれど、それを聞いても達郎さんは「フン」といって相手にしなかったといった“伝説”もそれっぽいと思わせた。会ってどうなる訳ではないけど来たら会ってあげるくらいはするかなあ。でも来られないかブルーノ・マーズ。

 夜になって庵野秀明さんが出演した「帰ってきたウルトラマン」の上映チケットが当選していたことが判明。結構な競争率だったみたいで知り合いは軒並み敗戦していたからあるいはぴあカードでの予約が奏功したのかもしれない。その代わりじゃないけど達郎さんのライブは外れっぱなしだしPerfumeも外れたし舞台「呪術廻戦」も全滅状況。こういうところで運を使うと以後の達郎さんも当たる気がしないなあ。もはや全国どこでも行く気で予約をしているけれどどうなるか。福岡は当たったら生きたいな、ガンダムも立ったことだし。


【6月27日】 用事で前橋へ。暑い暑いとは聞いていたけど折田途端にむわっと浴びせられる空気は暑いというより熱くて厚い感じ。この空気の下で生きている人はやっぱり凄い。とはいいつつ見渡すと駅前なのにほとんど人が歩いていないのは暑さを避けて引っ込んでいるからなんだろうなあ。そういう処世術が身についている。とはいえ尋ねるとこの6月でこれほどの暑さは希見るそう。何しろ今日で梅雨が明けてしまったというのだからやっぱり異常。ここからさらに暑くなっていったら10月にはいったいどれだけの暑さになってしまんだろう……というのは漫才のネタではあるものの、7月8月は群馬でなくても千葉でも相当な暑さになりそう。クーラーがある実家に引っ込むか?

 前橋まで来たのだからと名物を探そうにも駅前には店は見えず、しかたがないので駅横のビルに入っている綺麗なプロントでパスタを食べつつしばらく仕事。1階がおしゃれな本屋になっていてたいていの本が揃っていてこれが自分だったら入り浸るよなあと思ったけれどやっぱり人出はそれほどなし。中高生の姿が見えないのは昼間で授業中だったから? 授業が終わってからだといっぱいの人がやってくる? それはちょっと不明。でもアルバイトがしたくなる綺麗な店舗だった。横にはなぜか配膳ロボットとかが並んだロボットのショウスペースがあったけど、誰が見に来るんだろう。謎の前橋駅。

 せっかく群馬まで来たので高崎で本場のベスビオでも食べて帰るかと思ったものの、むわっと来る暑さにこれは歩いて店までいく余裕はないと諦め新幹線に乗って東京へ。早く帰り着いたので新宿バルト9で開催された2回目の「犬王」の無発声応援上映を見物する。前回みたいにハリセンは配られなかったけれども全開よりキンブレの持ち込みが多く、呪いの面では紫、平家の亡霊は赤といった具合に場面に応じた色を出しつつ友成の前説や犬王の舞に合わせて振りつつ手拍子も鳴らしていた。

 変化した友有から始まる音楽続きのラスト近くまでの感がそのままでは長いと思っていた人もこうやって応援できるとなるとあっという間に感じるみたい。誰も彼もが楽しかったと喜びながら劇場を出て行く。「『鯨』は歌いたかった」といった声もあって次は発声有りの屋外上映をやってくれとの声も。これは本当にやって欲しい。屋外だったら声を出しても良いのかはまだ分からないけれど。今回は字幕も出たので何を歌っているかが聞きながら見られてぐっと分かった。

 あの内容の歌詞をあの節回しでよく歌うものだよアヴちゃん。自分で作ったといってもそれは原典を知ってこそ書ける詞でそれを曲に乗せてしまえてなおかつ歌えてしまう。その凄さも応援しながらだと一体感の中に見に入ってくる感じがあるから面白い。これを経験してしまうともう応援じゃない普通の上映が見られなくなるからちょっと困った。オーディオコメンタリーをまだ見てないから。でも次もまた無発声応援上映があったら行くかなあ。とか思っていたら7月に入って我等が立川シネマシティで極音での無発声“狂騒”応援上映が開かれることが決定。他の劇場でも順次行われているけれど、場の空気も大事とするなら“特別”なシネマシティだと良い感じになってくれおすな気がする。行くか。

 「ゴーゴー・キカイダー」「進め!ゴレンジャー」「マジンガーZ」「宇宙刑事ギャバン」といった人気特撮ヒーロー作品やアニメ作品の主題歌を作曲して音楽も手がけた渡辺宙明さんが死去。あれここれもそれもどれもという感じではなく特撮とメタルヒーローが多くあった感じで「ゲッターロボ」や「宇宙鉄人キョーダイン」の菊池俊輔さんと双璧といった印象ではあったけれど、それでも今でも口ずさめる多くの楽曲を手がけた凄い作曲家であったことは間違いない。アニメと特撮の音楽を長く手がけてくれたこともありがたい限り。そんな方に政治は褒賞や叙勲や文化功労などで報いたかというとそのあたりから外れているのがどうにも寂しい。叙勲褒賞をともに得たすぎやまこういちさんとの違いは何だったんだろうなあ。それも含めて疑問を抱きつつ僕らはその楽曲を永遠に覚え口ずさむことで讃えよう。お疲れ様でした。


【6月26日】 さて始まった平尾隆之監督による新・文芸坐でのトークではやっぱり「ギョ」から「魔女っこ姉妹のヨヨとネネ」を経て「映画大好きポンポさん」へと至る過程での作風の変化について言及。とりわけグロテスクな度合いが高い「ギョ」についてはずっとホラーがやりたくて最初は諸星大二郎さんの作品を希望したものの通らず、それならと伊藤潤二さんへと行って作ったとか。本人はもうノリノリだったけれどもあつ日、原画の人が自分は可愛い女の子を描きたいからアニメーターになったのにこんなの描かされてつらいですと話を聞かされ、ハッと思ったという。

 アニメーションは集団作業で自分が作りたいと思っても描いてくれるアニメーターがいなければできないし、見てくれる観客がいなければ成立しない。そうしたものを無視して自分の願望だけを映像にしたところで見てもらえるものになるかといった反省もあって、「魔女っこ姉妹のヨヨとネネ」ではもうちょっとルックも愛らしいものにしてストーリーも大人が見ても子供が見ても楽しめるものにしたのだとか。なるほど上映された「魔女っこ姉妹のヨヨとネネ」を改めて見たら自分の世界での常識しか知らないヨヨが、復活の魔法が使えない世界に来ていろいろと発見をして理解していく過程が描かれていて、それを通じて自分だけで生きているのではなく、無く大勢の中に生きていることを知ることが出来る作品だとあらためて分かった。

 「ギョ」についてはスクリーンで久々に見たけれども恋人に会いたいからとひとり沖縄から危険を顧みず東京へと戻るヒロインのサイコな感じがいたたまれなかったけれど、結果として沖縄で巻き込まれずに生き残ったのだから良かったのかもしれない。でも化物に引っかかれてもウイルスが伝染せず発症もしなかったから単なるヒロイン補正だったのかもしれない。残る人たちは醜くふくれあがっては体中から異臭を発するようになって生きているのか死んでいるのか分からない状態へと陥る。そうなってしまて以後、どうやって栄養を維持してあの肉体を保っているかが気になるところ。魚だってサメから動物へと乗り換えられるなら人間が全部のっとられた先、どうなってしまうのか。そこは宇宙に出て行くのかもしれないなあ。

 そして35ミリフィルムで観た「映画大好きポンポさん」はリールを取り替える時に右上にぐるぐるっとマークが出るのが懐かしかった。わざと入れているんじゃないよねあれ。色味もおちついた感じでノスタルジックではなく東映された色はやっぱり目に優しいような気がしている。人間の目って反射はとらえても発光はとらえてこなかった訳だから。スクリーンが介在してもそこへのステップが従来に近いフィルムの方が馴染むのかもしれない。いや勝手な思い込みだけれど。そんな3本をしっかりと見て、前の押井守ナイトの時と違ってまるで寝なかったのは事前に寝ていたからってこともあるけれど、作品にちゃんと引き込むところがあったから。それだけの作品を作った平尾隆之監督が、次にいったい何を作るのかが興味津々。やっぱり映画かなあ。マイノリティがマジョリティに一矢報いる作品を、ってテーマを形にするとしたら、やっぱり前に発表していた小説「『のけもの王子とバケモノ姫」の映画かなあ。

 「RWBY 氷雪帝国」の先行配信が始まっていたので観る。なるほど「RWBY」のある意味でリメイク的な内容で、ヤンが向かったビーコン・アカデミーのルビー・ローズも招かれることになってそこで出会うワイス・シュニーやブレイク・ベラドンナがそれぞれに何をしてきたかがはっきりと描かれていたのがウエブアニメのオリジナル版とは違うところ。ワイスについては目に傷が出来るところが描かれて、ヒロインで今回はタイトルから相当に中心になりそうなキャラクターであるのにどうして傷があるのかがちゃんと空かされていた。あるいは逃げずオリジナルを尊重するといった意思が示されたとも。以下のストーリーはウエブアニメ版に準拠していて、鳥形のグリムと戦うシーンも戦い方を踏襲していたけれど、そのスピード感と迫力はやっぱりオリジナルの方が激しくて格好良くって手に汗握った。その意味でモンティ・オウムのアクション監督としての凄さが改めて分かった。返す返すも惜しい。本編はずっと先まで行っているけど「氷雪帝国」はどこまで描くんだろう。やがて訪れるビーコン崩壊の前あたりかな。観ていこう。


【6月25日】 夜に平尾孝之さんが監督した「ギョ」「魔女っこ姉妹のヨヨとネネ」「映画大好きポンポさん」の連続上映があるので昼近くまでぐっすり寝てから起き出して、陽が高く昇って灼熱と化した東京都内へと出て秋葉原でしばらくぼんやり。すっかりと人が戻ってきたようでどの見せに入っても行列が出来ている中、割と有名らいし中華料理屋で生姜焼きがのったチャーハンをいただく。まずまずなボリューム。牛すじや牛タンが乗ったチャーハンもあったけれど、夏バテ防止に豚肉のビタミンBが良いと聞いているので夏場は豚肉を食べることが多いのだった。

 外に出て歩いても倒れそうになるので末広町の先にある「VELOCHE」で原稿を打ちながら昼涼み。近所のお婆さんたちが連れ立ってきて喫茶店とは違い小さな席しかないなかを並ぶように座っていろいろと会話をしているのを横で聞く。公園などがないから集まって昼涼みをしながらお喋りをするようなことが千代田区ではできないんだとか。神田明神とかアーツ千代田3331とか木々が植わってそうなところはあっても大勢が集まるには不便。そういう意味で大都会に暮らす大変さというものが漂っていた一方で、集まれるお仲間がいるだけまだましとも。独居の孤独な老人はそれすらしないまま灼熱の部屋で熱中症に倒れていくのだから。

 夕方になったのでオールナイトを見に池袋へと向かう前に、TOHOシネマズ上野に寄って河瀬直美総監督による話題の映画「東京2020オリンピック SIDE:B」を見る。印象はといえば、A面が選手ならB面は裏方なんだろうという普通一般の考え方だとをあっさりとひっくり返し、とてつもないところへと着地させるた快作。そこのB面として描かれていたのは、何と東京オリンピックというもの全体を客観的に俯瞰する視線とは正反対の、東京オリンピックというものを記録する映画監督として撮影し、インタビューし、編集して音もつけて作品として世に送り出した河瀬直美総監督、その人だった。

 なるほど東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長が、舌禍を理由に退任へと追い込まれた件を追った映像も、国際オリンピック委員会のバッハ会長が東京都庁を訪れた際、拡声器で叫ぶ反対派の1人に叫ばないで言いたいことを言ってくれと語りかけ、反対派がそれに応じず叫び続ける場面を追いかけた映像もあるにはあったけれど、それは「東京2020オリンピック SIDE:A」にもなんとなく含まれていたこと。違っていたのはそうした俯瞰的な視線を細かく切り取って、そこに河瀬直美総監督ならではの“ストーリー”を作ろうとしているように見えたところだ。

 渡橋オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長も、武藤敏郎事務総長も、日本オリンピック委員会の山下泰裕会長も、開会式と閉会式の総合統括を任された狂言師の野村萬斎も、後を引き継ぐことになってそして途中で降板したCMディレクターの佐々木宏も、開会式で演技を見せた歌舞伎役者の市川海老蔵も、歴史学者のエマニュエル・トッドも、あの天才的IT大臣として知られるオードリー・タンですらも発言は細かく切り刻まれて一部だけが抜き取られ、全体の流れを構成するパーツとして使われている。

 そうやって構成された映像は、例えば野村萬斎と佐々木宏が並んで会見した場面では、クリエイターが並んでいた演出家たちの個性をあからさまに非難し、CMは文化や芸術に劣らないといった具合にCM界出身であることを誇らしげに語る佐々木宏の言葉に、実に癒やそうな表情を見せる野村萬斎の映像を重ねてみせた。実際にそういった非難の心情が野村萬斎にあったのだとしても、言葉を選び映像を並べることによって河瀬直美総監督があるいは抱いている心情を、そこに乗せたのだとも見て取れる。

 自分が撮影に携わって自分が話しを引きだし自分が構成して自分が流れを作ったのだという主張。ラストに国立競技場内にあったように映されていたデジタル時計を一気に100年分進め、未来の子供たちに東京オリンピックの思い出を聞いたという体でソフトボールが金をとった、女子バスケットボールが銀をとったといった記録を語らせ、それくらいしか伝えられていないような雰囲気を醸し出そうとした作為。すべてが河瀬直美総監督の色に染められていた。

 極めつけが、エンディングに流れた河瀬直美監督による作詞と作曲がなされた「Whispers of time」という楽曲だ。その歌が河瀬直美総監督による歌唱といった可能性も浮上する中、当初は藤井風による楽曲が使われる予定だったものを取りやめて、違う楽曲を使ったところに何か作為があった結果と見ると、作為のベクトルも見えてくる。河瀬直美総監督。それがB面のすべて。オリンピックを取材する河瀬直美総監督。オリンピックを考える河瀬直美総監督。オリンピックを伝える河瀬直美総監督。そしてオリンピックを歌う河瀬直美総監督をとらえ、映し出した映画として「東京2020オリンピック  SIDE:A」は存在した。

 それを国際オリンピック委員会からの依頼を受け、堂々と作り出してしまえる凄みはレニ・リーフェンシュタールも市川崑も持ち得なかったものだろう。そこに対する嫌悪はない。あるとしたら、東京オリンピックの開会式に演出家として招かれ、そして降ろされた振り付け家のMIKIKO先生が映画の中で語っていた、何もないという言葉そのままの虚無感か。どれほどの時間と資金をかけ、それほどの虚無感を作り出した映像作家の未来に、贈る言葉も無言、それだけだ。


【6月24日】 クリス松村さんがパーソナリティを務めた「9の音粋」に収録でインタビューに答えた山下達郎さんが、「OPPRESSION BLUES(弾圧のブルース)」について触れていて、別にウクライナの情勢を受けて作ったものではなくてそれ以前のたとえばアフガニスタンであったり、ISであったりミャンマーであったり香港であったりといった各地で起こっていた紛争で、自由が抑圧され人々が弾圧されている情勢を訴える意味合いで作ったものだと話していた。

 それが今という時期にウクライナ情勢と重なるように世の中に登場したことを先見性と見るべきかは迷うところ。それより過去の出来事が現在も進行している上に新たな悲劇が加わっていることを嘆くべきなのかもしれない。歌って何かが変わるとは思えないけれど、感じることで変えられることはあるかもしれないと思うしかない。だから歌い続けたいのだけれど「WAR SONG」と違って楽曲的にあまり格好良くないんだよなあ。そこがちょっと残念かも。

 続く番組でShusuiさんって音楽プロデューサーの番組にも達郎さんがコメントを寄せていたのがちょっと意外で、クリス松村さんなら昔から付き合いがあるから出ても分かるけれどもそうではないShusuiさんがなぜと思って聞いていたら、どうも父親が達郎さんと深い関係を持つ人で、息子のShusuiさんも子供の頃からいろいろと音楽面でのアドバイスを受けていたとか。いったい誰が親なんだと調べてShusuiさんの本名が小杉周水と分かって納得。小杉理宇造さんでありました。

 書記のRCAの頃からアルファレコードに移籍しアルファムーンを立ち上げムーンレコードとなってそしてスマイルカンパニーといった具合に、達郎さんとずっと併走してきたプロデューサーで事務所の社長も務めた間柄。それなら出ても不思議はないか。そういう音楽的なつながりが今に生きるのを七光りと見ることは簡単だけれど、演技とかとは違って音楽はそれでは生き残れない世界でもあるし、おおっぴらにしている訳でもないのでShusuiさんの実力なんだろう。認めるしかないなあ。

 三鷹でいろいろと仕事をしてから家へと戻る途中のイオンシネマ市川妙典で「映画 鋼の錬金術師 完結編 最後の錬成」を見る。栗山千明さんが素晴らしすぎた。髪型といいスタイルといいまさしくヴィクトリア・アームストロングそのもの。割と厚めの唇が大きなスクリーンにしっかりと映し出されるのを目の当たりにできるだけでも意義のあった配役であり実写映画化だったと讃えたい。それ以外だと前編にも登場していた弟のアレックス・アームストロングを演じた山本耕史さんの似せっぷりも良かったけれど、あのボディは本当に鍛えたものかそれともCGIで足しているものかがちょっと分からなかった。やっぱり足しているのかなあ。

 映画自体は原作漫画の名場面を実写で再現してみました的な感じで筋はあっても物語はないといった感じ。ある意味で飛び出す絵本に近いところがあった。その飛び出しぶりが素晴らしいから原作ファンもアニメファンも納得して見ていられるといったところだろう。シンの王子のリンのそっくりぶりは前編から変わらず、そこに加わったエドやアルの格闘技の支障、イズミ・カーティスの似せっぷりが完璧で前屈みになった際の谷間のなまめかしさともども栗山千明さんおヴィクトリアと双璧を張っていた。ほかヴィクトリア配下のブリッグス兵も良いでき。あとは寺田心さん演じたセリムの芸達者さが醸し出す憎々しさも良かった。殺されず延命されたのも良い配慮。そうした役者を見る価値はあるというだけでも、作られた意味はあったかな。

 コラムニストの小田嶋隆さんが死去したということで、雑誌時代からネットへうつっても切れあず鋭く舌鋒も盛んなコラムを結構書いて読まれてた。最近は政治だとか社会に関する発言で諧謔もない生身がむき出しな感じもあって敬遠され気味ではあったものの、届くそうにはしっかりと刺さっていた感じでそうした人たちが悼んでいた。安倍総理とかを讃えるばかりの言論界にあってからかいつつ批判できる不壊では案配の絶妙者も含めてお手本だった。真似する間も開くコラムニストという職種が遠からずなくなるんだろうなあ。残るのはオフィシャル引き打つしの宣材転載半くらい。喪われていく多様性にしんみりと残念会をしていこう。1人で。

【6月23日】 「エスタブライフ グレイトエスケープ」が最終回を迎えて「逃げれば良い、逃げれば分かるさ」というアントニオな明言も飛び出してザ・マネージャーことMのとんずらを逃がし屋たちが手助けし、消滅したサンドリヨンの似姿を持ったMをどこかへと連れ出してまずは一件落着。指名手配になっていたのもリセットと同時に解除されたのか気になるし、エクアのフェイタルラックがMの演算の賜だったとして、それも維持されているのか気になるところではあるけれど、その後に秋葉原クラスタへと現れ、前に逃げなかった男子をどこかへと逃がしたところを見ると普通に逃がし屋家業に復帰したって言えそう。

 そのまま話しは続けられそうだけれどとりあえず一件落着として次は発表となった谷口悟朗監督による劇場版「エスタブライフ」の2023年公開を待つことになりそう。それまで話題が持つかが心配かといえばTOKYO MXで7月から放送をスタートさせるそうで、ほかにも配信プラットフォームに提供を行いこれから3カ月間はしっかりと話題をつなぐみたい。3月からFODで先行配信を行ってこれで7カ月間は何かと取りざたされる環境を作ったところがなかなか上手い。一挙配信で2週間しか話題がもたないアニメも多く3か月放送されても3か月後には誰も覚えてないような状況も問題視されている中で、こうやって地道に繋げる努力がちゃんと効果を発揮するか。気にしていきたい。

 午後のオンライン会議とオンラインインタビューに供えて家で待機している間、AbemaTVで大谷翔平選手が登板したカリフォルニア・エンゼルスとカンザスシティ・ロイヤルズの試合を見る。投げては次々と三振を重ねて最終的には13奪三振と個人として過去最高の数を誇ったとか。前日に個人として1試合最多の8得点を刻んでおいて次の日に投手として自信最高を成し遂げるなんてもはや漫画を超えた奇跡の領域に達してたりする。MLBのサイトもそんな大谷選手の“偉業”をサイトのトップ記事で伝えてたりするからやっぱりアメリカ人にとっても漫画を超えた何かなんだろう。そんな試合を間近に見られるアメリカ人がやっぱり羨ましいなあ。これで大谷選手は6勝目。オールスター前でこれならきっと後半もしっかりと投げて10勝を超えてくれるだろう。それで本塁打も30本とか達していたら改めて奇跡の選手として刻まれそう。見守りたい。

 bayfmに山下達郎さんが出演して「SOFTLY」のジャケットについて話してくれた。なぜ肖像画みたいな絵にしたのとクリス松村さんが聞いたらずっと肖像画を描いて欲しかったと思っていたところに、アルバムの話があってそこでヤマザキマリさんにお願いしたとのこと。原画は2周りくらい大きいそうで見ればきっと緻密に描かれているんだろうなあ。そう思うとCDだけではなくアナログ版も欲しくなって来た。新宿のタワーレコードに行けばまだ置いてあるかな。明日公開の映画を朝一で見てついでに拾っていくなんてこと、できるかな。

 ラジオでは今の時代にアルバムなんてものはなくコンセプトなんてない時代だからそんなものはないとのこと。以前はこだわりはあったけれど、今はCDは直線距離だとかで、そういう時代にアルバムを出す意味を考えていて、パッケージなんてないとも思っていた中で出すことになったからなるほど人気曲の寄せ集め感が強くなったんだろうなあ。それでも冒頭に「フェニックス」が置かれたことでイントロ感が出てまとまりが出たような気もする。どこに奥か考えたそうだけれど結果として最初に置いたのはやっぱりアルバムというパッケージの形を意識したんだろう。そこはやっぱりアルバムミュージシャン。良かった良かった。  「LOVE’S ON FIRE」についても喋っていて、今の空気感を入れた楽曲を作ってみたかったということらしく聞くとなるほどキャッチーなメロディがあるもののその繰り返し感があって、大サビからの盛り上がり感にちょい書けるあたりが切り取られてジングル的に流れてもちゃんと伝わる今時の楽曲に重なるといった印象。BTSとか。その上で10年後に聞いてもちゃんと古びていないようにしたというからそこが何かを確かめる意味でも、10年後に聞いてみたいもの。その時に達郎さんはだいたい80歳。その時はどんな音楽を作り出すかも含めて追いかけて行こう。


【6月22日】 ポータブルCDプレイヤーを6000円で買ってようやくやっと山下達郎さんの新譜「SOFTLY」を聞く。2曲目に入っている「LOVE’S ON FIRE」のPVが公開されていて踊っているショートカットの人がなかなかに淫靡だなあと思って出演者を見たら河合優実さんで驚いた。「サマーフィルムにのって」のビート板であり「愛なのに」の矢野岬といったどちらかといえばエキセントリックな雰囲気を漂わせたオタクっぽい女子を演じていた女優さんが、お洒落なクラブでお洒落な男性とお洒落なダンスを踊っているなんて天と地ほどの差がある。それをやれてしまうからこその凄い女優なんだろうなあ。

 シティポップブームが世界的に盛り上がる中でのキング・オブ・シティポップとも言える山下達郎さんの新譜だからよほどシティポップが響いているかというともうちょっとデジタルなビートが多く被ってシティからサイバーへと浮かび上がっている感じ。雰囲気は「僕の中の少年」に近いかなあ、ってそれ以降の達郎さんのアルバムはだいたいそんなデジタルのビートが響くような雰囲気の曲が多くて、ある意味に通っていたりするからなかなか記憶に残らないのだった。そんな中でも「未来のミライ」の楽曲はちゃんと覚えているところはタイアップならではの影響力か。

 そんな中にあってシュガーベイブっぽい楽曲があって「人力飛行機」というタイトルでメンバーを見たらドラムが上原”ユカリ”裕さんでベースが伊藤広規さんでアコースティックピアノが難波弘之さんという昔ながらのメンバーだった。だから昔っぽい音がなっているんだなあ。愁眉は「OPPRESSION BLUES(弾圧のブルース)」と名付けられた1曲。かつての「WAR SONG」に匹敵する反戦と反抑圧への意思にあふれた楽曲も同じメンバーで作られていてクレジットには2022年の作品とされているからあるいは2月以降の世界情勢を折り込んで、急ぎ作って収録したのかもしれない。こういうアドリブからの発進ができるのも音楽の良さ。だからこそ配信で世界に聞いて欲しいのだけれど……。サブスクリプションではなくても提供があれば。あったっけ?

 水道橋まで出向いて気になっていた街中華で希望通りにたっぷりのチャーハンをかき込んでから「ゴールデンカムイ展」に並ぶ行列が見えるタリーズでしばらく原稿を打って、どうにか出来上がったので池袋まで行ってジュンク堂池袋本店で資料となりそうな本探し。それからイケパークへと出向いて坂本真綾さんが推奨していたHIGUMAドーナツを試そうとしたら休みだった。残念。しばらく休んで赤い10輪のイケバスに乗ってTOHOシネマズ池袋まで行きそこで「劇場版 からかい上手の高木さん」を見る。突き抜けるように明確な意思を込めて「うん」となんども繰り返すその声を聞いているだけで、肯定されているような気になって心が元気になってくる。そんな映画だった。

 原作もそれほど読んでおらずTVシリーズも熱心に見ている訳ではないので普段がどれだけ「からかい」に重点がおかれ、西片が高木さんにはぐらかされるつときおりのぞかせる本気にドキドキとさせられているかはよく知らない。映画でもそうした押されては退かれて蹴躓きそうになってぐいっと寄られてあたふたする状況が幾つもあって心を掬われそうになったけれど、そうしたシチュエーションから漂う「からかい」のコミカルさは劇場版では主従では従となって、中学3年生になってお互いを将来も含めて意識しはじめた2人が「からかい」の向こう側にある思いを汲み取って確かめ合うような展開が多くあって、より強く心を掴まれたような気になった。

 虫送りの前、真野ちゃんと中井くんとが一緒にホタルを見に行って、そして幸せな時間が訪れたことを気にかけて夜、勉強机に向かう高木さんは学校で微笑みを絶やさずに西片をからかいつづける高木さんとは違って心をしっかりと見せていた。そのシーンを受けて誘い誘われる虫送りからのホタル探しは2人がよりもっと親密になろうとして探り合っている状況が認識されていたこともあって、ひとつひとつの反応に見入ってしまった。

 夏休みに2人が会う理由を探して話し合っている場面に、どうして2人が理由を探してまで会わなくてはならないのかといった前提はもはや必要がなく、会うことのために理由を探すような関係になっていることがうかがえて嬉しくなった。その時あらわれた白い子猫の世話が2人をぐっと近づけていったけれど、迎えたある種の終焉が悲しさを誘いつつ次への力を2人に与えたのだとしたら、ハナはやはり良いことをしたと言えそうだ。


【6月21日】 電車に乗ったらアップルウォッチをしている人がいて、それも2人いて流行っていることを実感したもののその2人が揃いも揃って腕時計なのに右腕にしていてどうしてだろうと考えて、中にsuicaを入れて改札を通るときにそれをタッチするとなると左腕では手を前に交差しなくちゃいけないから不便だと、右手にはめているのかと理解する。でもそれだとリューズが手首ではなく腕の側にきて左手では操作しづらそう。そういうところも含めて考えてくれるかというと海外で自動改札で右手でタッチしなきゃいけない環境なんてまずないから、アップルも対応なんかしないだろうなあ。便利で不便ならどっちが良い? 迷う判断。使う気がないから自分がその不便をジャッジすることはないだろうけれど。

 アンナミラーズが最後に残された品川店も閉めるそうで漫画なんかに描かれた可愛い可愛いウエイトレスさんの服を直接見ないでこのまま終わりになってしまいそう。ある種、昭和の可愛いのアイコンでもあっただけに1度くらいは見ておくべきかはちょっと迷うものの、朝1番でいっても行列が出来ているらしいからもはや無理だろう。ここはだから心の中で想像した可愛らしさを永遠の中に封印することにしておこう。そういえばある意味でアイコンとなったフーターズも東京都内にあちこちあったのが今はおしなべて閉店とか。銀座にはまだあるそうだけれどこちらも行かずに終わりそう。アメリカンダイニングのアイコンでメジャーリーグにいったルーキーがその格好をさせられることでお有名だった店が日本に来た時はあれだけ騒がれたのに、濃すぎるとやっぱり遠慮されてしまうのかなあ。かといってアンナミラーズも閉店な訳で結局は衣装だけで保つ世界はないってことになるのかな。

 白金高輪で取材があったのでちょっと早めに到着して、スターバックスで時間を潰そうと思って確かめたら時間を2時間間違えていた。午後3時からなのに13時にいってしまっていて大いに時間があまったので、これならアンナミラーズものぞけたかもしれないけれど行っても行列だから入るのは無理だからと気を取り直してスターバックスでちゃかちゃかと原稿を打つ。白金高輪のスターバックスだからさぞや意識の固いシロガネーゼがノマドをしていたり昼下がりのお茶をしていたりして一般人では息が詰まるかと心配だったけれど、こちらも一応は取材ということでびっちりとしたスーツで身を固めていたのでどうにかハイソな空気に溶け込めた。でも注文でフラペチーノだどうだというのはできなかったなあ。クリームマシマシマシとか言ってしまいそうで喋らぬが吉とブレンドショートで抑えておく。

 白金高輪にはほかにタリーズもあるようだけれど、ドトールとかヴェローチェとかプロントといったちょっぴりローコストなカフェはなく、マクドナルドやロッテリアといったファストフードもなくて時間を潰すのが日や時間によってはちょっと大変かもだった。フレッシュネスバーガーもないし。あとは松屋とか吉野家といったチェーン店もなかったなあ。何か建てられない条例でもあるんだろうか。あれだけタワーマンションも建ってくると人も大勢住むようになって休日とか近隣に溢れそう。でもゆったり座ってお茶する場所もないといったいどこへ行くんだろう。有栖川宮公園まで歩いて行くのかな。それもちょっと遠いよなあ。謎めく。

 取材を終えて地下鉄を乗り継ぎ新宿まで出てタワーレコードで山下達郎さんの新譜「ソフトリー」の2枚組初回限定版を手に入れる。見るとアナログレコードもでていてヤマザキマリさんが描いた肖像画のような達郎さんのジャケットがCDとは比べものにならない大きさで陳列されていて、これを部屋に飾ったらいろいろと御利益がありそうだと思ったものの買っても聴く機会もなさそうなんで遠慮する。ずいぶんと前にアナログレコードをいろいろ買いあさった際にプレイヤーも買ったんだけれど使える状態に今はないのだった。アンプが本に埋もれて届かないしスピーカーから音も出せないし。でもせっかくのアイテムなんで次に見かけたら買って保存しておくか。どうせだったら「FOR YOU」のヘビーウエイトなアナログ版が欲しいなあ。


【6月20日】 日本は出られなかったAFCのU23アジアカップ決勝でサウジアラビアがウズベキスタンに勝利。試合前のセレモニーで地元開催ってことで自分たちの国歌は歌手に歌わせてサウジアラビアはテープか何かで済ませる格差をつけてはやっぱりスポーツマンシップの神様に罰せられて当然じゃないかなあ。日本だって国歌斉唱で自分たちが歌手を出すなら相手も歌手に歌わせる場合が割とあるような気がするし。それとも少なかったっけ。だから日本代表にのろいがかかっているんだと言っておこう。どっちにしてもサウジアラビアは強かった。そんなサウジアラビアに予選リーグで引き分けているんだから日本の強いと思って良いよ。あとはシュートの正確性。せめて枠内に持っていけ。

 週が明けて週末の映画興行ランキングが興行通信社から出てきて「トップガン マーヴェリック」が1位となって相変わらずの強さを見せた。2位は「映画ドラゴンボール超 スーパーヒーロー」で3位は「映画 五等分の花嫁」、4位は「シン・ウルトラマン」と公開から何週も経った映画が上位を締めて動かない。とりわけ「五等分の花嫁」は4位から上に上がってたりして公開館数も少ないのにこの興行成績はいったいどれだけの観客が詰めかけているのかとのぞいてみたくなる。実はまだ見ていないのだった。5位にようやく「バスカビル家の犬 シャーロック劇場版」、6位に「峠 最後のサムライ」と新作2本が並んだけれど、上の強さに割り込む勢いはないよなあ。

 それでもベスト10に入るならまだ良い方で、公開間もないはずの「メタモルフォーゼの縁側」は10位以内に見えず、宮本信子さんと芦田愛菜さんというスタアを要してもなお上に行けない興行の厳しさって奴を目の当たりにする。見れば絶対に感動するんだけれど、入り口としてお婆さんば「BL」にハマるという設定の「BL」が何かまるで分からない高齢者層では宮本信子を目当てにはいけず、興味のない男子は芦田愛菜さんを目当てにはいかない陥穽にすっぽりとハマってしまった気がしないでもない。勿体ないなあ。ここはだからおばあちゃんと女子高生が同じ趣味を持ってコミュニケーションをとるようになる、高齢化社会に生き甲斐を見出す物語だとアピールする方がいいのかも。どうだろう。

 こちらも入ってなかった「怪盗クイーンはサーカスがお好き」だったけど、夕方の新宿バルト9に入ったら満席に近くてそれもほとんどが女性でちょっとびっくり。声優が元宝塚宙組トップスターの大河悠河さんだからタカラジェンヌのファンが大挙して押し寄せたかそれともはやみねかおるさんの原作が刊行されて20年、長い歴史の中でファンとなってそのまま成長していったお姉さまたちが、少女時代の憧れを目にしようとおしかけているのか。ちょっと分からないけれどもプロデュースしたポニーキャニオンの人たちが、まさしくそうやって少女時代に呼んだ世代だってことで自分たちの憧れを動かしたことで同じ思いの女性が観客として集まったってことなのかもしれない。

 冒頭から狭い飛行船のゴンドラにいっぱい猫を飼っていてちょっと多頭飼育が過ぎていて、世話も大変だろうと思ったらちゃんと飼い主を探して送り届けてはいたけれど、その後にまた猫を引っ張り犬も引っ張っていたりして、ちょっとジョーカーはクイーンをたしなめないといつか崩壊するんじゃないかと心配になった。お金持ちだろうから虐待はしないだろうけれど、いっぱいいると猫だってストレスもたまるだろうし。

 お話は今のこの世界が紛争を嘆く時代にあってまさに紛争に巻き込まれて娯楽から隔絶されてしまった地域に娯楽を届けたいと願うサーカス団のお話しだった。そこを発端にクイーンとの勝負が繰り広げられるけれど、ルパン三世みたいに緻密な頭脳がひらめく感じではなく、なんとなく進んでいつの間にかそうなっているといった展開。分かりやすくて楽しくて、そしてしんみりさせられるストーリーは忙しい日々に終われてクシャッとなっている女性の心も卑しそう。だからいっぱいきていたのかな。応援上映があれば内輪に「盗んでクイーン」と書いて持ち込む女性もいっぱいいそう。やればいいのに応援上映。


【6月19日】 サッカーのU23アジアカップで3位決定戦に臨んだ日本代表が、オーストラリア代表を下して3対0で勝利。ゴール前での躍動感とかシュートの積極性&正確性とか負けたウズベキスタン戦とはまるで違っていて、たしかメンバーも替わっていたからそっちの方が調子が良かったんじゃないかとも思ったけれども本番とではやっぱりオーストラリアも含めてスタンスが違ってくるから、比べてどっちが上とは言えないのかもしれない。ともあれこれでパリ五輪の予選に向けたシード権とやらが得られてらしく、1996年のアトランタから続いている五輪の出場を途絶えさせないために得たチャンスを存分に生かして欲しいもの。誰がエースになるんだろう。

 前の劇場版「スプリガン」を劇場で見た記憶はあるけれどもストーリーと構った覚えていないのでNetflixで配信が始まった「スプリガン」が妙に新鮮。ルックが何か1990年代のアニメといった形でそれもOVAテイストが滲むキャラクター描写だったりするものの、それが崩れずずっと描かれていく上にメカとか背景とかが現代だったりするところに四半世紀近く明いた時間の流れといったものを感じる。第1話は富士山を噴火させるのどうのといった大がかりなネタで、実際に噴火しているのに終わった後で世間が火山灰が積もっただけとか言っていてオーパーツは記憶までも操作するのかと思った次第。麓が溶岩まみれになっても不思議ないじゃん、あれ。

 昨日に続いてフレッシュネスバーガーで今度は野菜が多いガーデンサラダバーガーを食べながらぱちぱちと原稿打ち。「ドラゴンマガジン」で新刊の紹介ページをもらっていて内容だとかあらすじだとかキャラクターを書く必要があるのだけれど、いつも書いてる原稿に比べて分量が少ないのでどこをどう絞って圧縮するのかに色々と工夫がいる。まあそれでもどうにか3時間弱で全体を仕上げて後は夜に清書でもしようと店を出て、ご飯は食べずに日本橋へと出てTOHOシネマズ日本橋で「メタモルフォーゼの縁側」を見ることにする。完成披露試写に応募していたけれども当たらなかったのだった。生芦田愛菜ちゃん、見たかったなあ。

 そんな「メタモルフォーゼの縁側」は原作のストーリーをうまく摘まんで繋げて1本のストーリーにまとめ上げていた。さすがは岡田恵和さん。巧いねえ。原作だと女子高生ではっても目つきの悪い主人公が芦田愛菜さんだけあって割とパッチリとした目の女の子になってはいたものの、ちっこい動物のような感じでちょこちょことしてじたばたとしている感じは良く出ていて見ていて飽きなかった。同級生で幼馴染みの男子と付き合っている女子がスレンダーでロングヘアーの美女といった感じで、同じ学年なのかと見比べてしまった。どっちもいるのが高校時代ってことなんだろう。いや芦田愛菜さんがあと10年経ってもああなるとは思えないけれど。なって欲しくないという方が正解か.

 ちょこまかとしてどたばかとして可愛い芦田愛菜さんが演じる女子高生が、書店でバイト中に飛び込んできてBLを買ったらハマってしまって続きを求めるお婆さんと知り合って、お互いに情報を交換していくようになるといったストーリー。お婆さんはBLでも偏見を持たず迷わず好きなら好きだといってどんどんとハマって広げていくのに、女子高生はBLが好きだと公言できず好きな子から尋ねられても詳しくないからと逃げてしまう。そう言うことに何か気兼ねしてしまうんだろうなあ。自分なんかがそんなことを言う資格がないとかどうとか。せっかく薦められて同人誌を作っても、コミティアの会場まで行ってテーブルに並べられず逃げてしまうところも、場違いを超えて自分は自分を貫けなかった弱さ故。それを自覚して飛び越えられない自分の不甲斐なさに泣く気持ち、とても分かった。

 原作だとちゃんと出展しては大好きな漫画家さんの手に本が渡る展開になっていたけれど、そこは別のルートで工夫してしっかり拾ってあったのが巧かった。そんな日々から自分のやりたいことがすぐに見つかるということはないけれど、やってみたいことをやらずに過ぎることはなくなったのならこれからの人生、きっとどこかでグッと前に出る時が来るだろう。そんなきっかけを与えてくれた出会いのドラマを通して僕たちも、やってみたいことはやってみた方が良いと思うようになるのだった。それいしても芦田愛菜さん、いったい何枚Tシャツを持っているんだろう。常に違ってた。次に見る時があったら数えてみるか。


【6月18日】 5月13日に公開されて4日の5月16日に丸の内TOEIの予約がゼロだった「ハケンアニメ!」。どうして誰も見てくれないんだろうと絶望したけれど、山崎貴監督が激賞したり末次由紀さんが長文の感想をnoteに挙げたりしてクリエイターの中に口コミが広がりはじめたこともあって、だんだんと客足も伸びてきている模様。一方で公開している劇場の数が減って、行き場に困る人もいて集中も始まっているのだろうか、6月19日の昼の予約がすでに結構な入りになっていて、じわじわと“刺さり”はじめていることがうかがえる。

 願うならスタートダッシュの段階で、こうした口コミが効いて大勢が劇場に行って欲しかったけれどそれを目指してアニメーション業界関係者向けの試写なんかもやっていたはずなのに、それほど広がっていたとは思えないのはあまりに身近な話過ぎて語るにはばかられてしまったのかどうなのか。映画メディア向けの試写だってガンガンとやっていたにも関わらず、激賞が聞こえてこなかったのはこうした大作感がなくネット的にバズるキャストがおらず報じてもアクセスが稼げないとオミットしたなんてこともあるんだろうか。だとしたらアクセス至上主義のネットメディアの弊害。自分たちが盛り上げそれがアクセスに返ってくるなんてサイクルを想像できないんだろう。あるいは想像している暇がないというか。ヤバいねえ。

 それを言うなら「犬王」だってカンヌだアヌシーだと盛り上がりはあっても劇場に足を運ぶ人がどれだけいるかというと、興行成績のベスト10に入らないままだんだんと上映回数が減ってきている。いろいろとグッズも出しているし応援上映だとかコメンタリー上映だとかも行って観客を引きつけようとはしているけれど、元よりコナンだのポケモンだのドラえもんといった“定番”で見に行くことが行事になっているアニメーション映画ではない作品。そこに足を向けさせることの困難さが、ここでも出てしまったと言えるだろう。細田守監督と新海誠監督はそこを踏み越え行くのが行事化した。そこに湯浅政明監督や原恵一監督はどうしてたどり着けないんだろう。真面目すぎるのかなあ。あるいはピーキーすぎるとか。考えなくちゃ。

 少し前から手伝っている「ドラゴンマガジン」向けの原稿をいじりに近所のフレッシュネスバーガーへ。最近改装した船橋駅前のドトールがいつも混んでいるのと比べると、駅からちょっとあることもあってか日曜日でも空いていて使いやすいのだった。それでも座っているとひっきりなしにウーバーイーツや出前館が取りに来るから、食べに行くより取り寄せたい人御用達のハンバーガーチェーンになっているのかもしれない。実際それなりに美味しいし。

 3時間ほどでとりあず形を整え、可視を変えてヴェローチェでフィニッシュまで持っていてまず1本。今月はもう1本あるから対象の本を読んで明日にでも仕上げよう。映画も「メタモルフォーゼの縁側」とか「劇場版 からかい上手の高木さん」とか見たい作品があるんだけれど週中まで我慢だ。とか言ってると「ハケンアニメ!」を見に行ったりして。満席で見たいかって言われれば舞台挨拶が満席だったからそれは良いんだけれど、今見るひとたちの反応もやっぱり気になるのだった。


【6月17日】 朝からなにやら「トライガン」方面が騒がしい。見るとどうやらアニメが再び作られるとか。1998年くらいだかに1度、テレビアニメになっていてその後に劇場版も作られてはいたけれど、「月刊少年キャプテン」に連載の「トライガン」から「ヤングキングアワーズ」連載の「トライガン・マキシマム」へと流れていったストーリーと最初は同じでもだんだんと違っていっただけに、改めて原作どおりの展開でアニメ化されたら嬉しいという人も大勢居そう。一報でアニメとしての出来が素晴らしくって吉松孝博さんのキャラクターデザイン、神宮司訓ノさんのメカデザイン、そして今堀恒雄さんによるギターだけのオープニング「H.T」のマッチングの素晴らしさは他の誰にも代えがたく、それを超えていけるのかといった不安も浮かんでしまう。

 声についても小野坂昌也さんのヴァッシュ・ザ・スタンピードに速水奨さんのニコラス・D・ウルフウッドのハマり具合は完璧だったしメリル・ストライフの鶴ひろみさん、ミリィ・トンプソンのゆきのさつき(当時は雪乃五月)もピッタリだった。けれども鶴さんが泣くなりゆきのさつきさんはミリィというよりメリルの役が似合う感じになっていたりする中で、四半世紀を経て同じ役者を使うと全体に年代がかさ上げされてしまうことになる。速水奨さんの美声には貫禄が備わってねっとりと艶やかな兄さんといった感じではなくなった。小野坂さんは変わらないけれども周囲を若返らせるなら代わりが抜擢されるってのも手だろうなあ。って言ってて櫻井孝宏さんと宮野真守さんに収まったらそれも普通だし。どうなるんだろう。ストーリーがオリジナルに沿うかそれとも独自になるかも含めて楽しみ。待とう登場の日を。

 何か書くことになったのでユナイテッドシネマ幕張へと出向いて朝1番で「映画 異世界かるてっと 〜あなざーわーるど〜」を見る。とりあえずめぐみんはあの世界でずっと履いてなかったんだろうかということが気になった。ヴェラはすぐに取り返していたけれど、めぐみんは大事なものをずっとカズマに持たれていたから履く時間もなかっただろう。すーすーしただろうなあ。そんな感じに「この素晴らしい世界に祝福を!」チームのギャグ要員としての冴えが光った劇場版。巻き込まれて他の面々もギャグにコメディに大活躍してくれたけれど、そんな「いせかる」ならではのシチュエーションがだんだんとシリアスでしんみりとしたストーリーに引っ張られていってクライマックス、涙してしまうくらいに感動を引き出された。「いせかる」で泣かされるなんて! って驚いた。

 バトルシーンにもそれぞれに見せ場があって各作品のファンも楽しかったんじゃなかろうか。エミリアたんがやたらと強くなっていたけど今ってそんな感じなのか。ラストに登場した新キャラも「Re:ゼロからはじめる異世界生活」からだったみたいだし、呼んでないうちに原作もずいぶんと進んだ感じ。読み込んで見るかなあ。あとはクライマックスを超えたエンディングで見せてくれた心ほだされる展開。さすが我等のクズマだけのことはある、ってクズいの? それは見てのお楽しみ。面々が目指す建物がどんな形をしているのかも含めて。まさか中がそんなことになっていたとは! ってちょっと前に入ったじゃん、いやいや昼間は普通だけれど夜な夜な何かが画策されているに違いない。出版の覇権を握るための謀略が。いつか忍び込んでやろう。

 映画を見終わってプレナ幕張にあるパンチョでカレーナポリタン。ちょっと前からの限定メニューだけれどカレー粉がスパイシーに混ぜられていて結構に濃厚なカレー味のパスタとそして良い感じにゴロゴロとしたチキンを味わえる。カレーライスより好きかも。茹でられて柔らかいけどテラテラではない麺もわりと好き。ぱすたやの細身でゆでたてのスパゲティも悪くないし、バルボアのいかにもロメスパといった感じも悪くない。ジャポネやリトル小岩井は行く暇がないから仕方が無いとして、そいったイタリアンから離れたパスタをいろいろローテションしてるのだった。これにあとあんかけパスタがあれば最高なんだけどなあ。明日はどこのパスタ屋に行くかなあ。


【6月16日】 山田尚子監督はもう京都アニメーションでは仕事をしてくれないんだろうか。そしてサイエンスSARUの人になってしまうんだろうか。アヌシー国際アニメーション映画祭で山田尚子監督がサイエンスSARUで新作を作るとの方。水沢悦子さんがキャラクターデザインに入ったそうだけれどいたちどんな映像になってそしてどんな作品になるのか皆目検討が就かないのだった。「花のズボラ飯」しか知らないんだよなあ、水沢さん。

 山田監督は湯浅政明監督が抜けてしまったのを埋めるに足りる人材ではあるけれど、その演出力をシンプルな方向で発揮してもらうだけでなくキャピキャピとした女子たちの騒ぎ戯れる姿を描く中でも発揮して欲しかった。つまりは「響け!ユーフォニアム」の新シリーズ。監督は石原立也さんだろうけれども演出に入って欲しいんだよなあ。どうなるんだろう。湯浅さんはそしてサイエンスSARUを山田尚子さんに譲って放浪の旅にでるのだろうか。しばらく休息されるそうだけれど、次の現場は違うスタジオになったりして。プロダクション・アイジーでなにかやってくれないかなあ、最近尖った企画が足りないんだよ。

 誘われてアニメーション「映画 ざんねんないきもの辞典」を昔の徳間書店があったビルのホールで。ベストセラーの書籍があるけれども実は読んだことがなくて果たしてストーリーものなのか絵図鑑なのかすら知らなかったけど、映画はコアラが出てくるオーストラリアをペンギンばかりの南極とそしてニホンウサギやツキノワグマやオコジョやアナグマやタヌキやトラクターが出てくる日本が舞台の3本がそれぞれにストーリーを持った30分くらいのアニメーションになっていて、それをブリッジでつなぐオムニバスになっていた。

  まずオーストラリア編ともいえる「リロイのホームツリー」はキューブ型のネズミが出てくる「グレゴリーホラーショー」とか四角いペンギンが出てくる「ペコラ」なんかを手がけていたイワタナオミさんが監督。とはいえ独特なデザインワークは使われてなくって割と可愛いルックの3DCGによるコアラやウォンバットが登場してはユーカリの木を捜して旅をする子供が好みそうなルック&フィールの作品に仕上がっていた。声も花江夏樹さんや玄田哲章さんや小松未可子さんや日高のり子さんら人気者がズラリ。そこに混じってトレンディエンジェルの斎藤司さんもいたりするあたりも子供を狙った作品って言えそう。
 そして南極編の「ペンたび」は監督がウチヤマユウジさんということでだいたい「紙兎ロペ」。ジェンツーペンギンにアデリーペンギンにヒゲペンギンが暮らしている南極に道に迷ったコウテイペンギンの姉さんが登場しては基の営巣地に戻るために旅をするという展開が例の脱力させられる会話劇で進む。あり得ないシチュエーションだけれどこいつらならあり得ると思わせるスクリプトの巧さに脱帽。激笑える。そしてしっかりペンギンについて学べる。いつもだいたい中腰だとか。

 凄かったのが日本編の「はちあわせの森」で、監督が由水圭さんと聞けばなるほどやっぱり「リッジレーサー」のオープニングだとか「リョーマ!新生劇場版テニスの王子様」みたいなグリグリの3DCGによるアニメーションが繰り出されるかと思うと、これが実に絵本的というか、切り絵的にフラットな塗りでもってニホンウサギだとかツキノワグマといった動物が切り出されるんだけれど、それがちゃんと動物のように動く。輪郭線だけで描かれていながら立体的に見えるというのはおそらく3DCGのモデリングにフラットなテクスチャを貼り描いたものだと思うけど、そこで動物のフォルムが崩れないということはしっかりと動物らしいモデリングが出来ているってことなんだろう。

 そんな生き生きとした動物たちが跳ね回る自然は美術監督の日野香諸里さんによるもので色彩といい奥行きといい実に日本の自然であり、かつ侘び寂びとはちょっと違ったアニメーションとしての自然の雰囲気を感じさせてくれる。安曇野あたりにロケハンをして描いたっぽく盆地に広がる町があって遠くに雪を被った山の稜線が見える風景が実に綺麗。それもまた絵本のような背景を絵本のような動物たちがアニメーションならの躍動感を持って動き回る力業を目の当たりにせよ! あとウサギもツキノワグマもうんこを食べたり溜めたりするんだなあ。それを言う声優さんもなかなかになかなかな。内田真礼さんや沢城なつきさん。頑張りました。


【6月15日】 ヒットは2本出たけど本塁打は出なかったメジャーリーグの大谷翔平選手。まだ13本で今年はなかなか打てないなあと他の選手の成績を見たら、1人24本でニューヨーク・ヤンキースのアーロン・ジャッジ選手が抜け出しているものの2位はミネソタ・ツインズのバイロン・バクストン選手で18本と1位から6本差があり、また大谷選手と5本しか差がなかったりする。大谷選手も全体で同本数の9位とベスト10に入る成績。ってことは大リーグ全体で本塁打が減っているってことになる。

 どうやらボールに理由があるらしく、日刊スポーツが特集をしていて昨年から少しずつ導入されていた低反発ボールが、今年は全球場で使われることになって湿度管理も行われて飛んだり飛ばなかったりすることがなくなったらしい。ピッチャーもしている大谷選手はよくボールも持つから柔らかくなった気がするとコメント。ピッチャーとしては嬉しいけれどもバッターとなると大変な中でヒットを打ち本塁打もしっかり打っているのだからやっぱり凄い選手なんだなあ。夏場になって気温も上がれば多少は反発係数も増すんだろうか、それとも湿って係数は下がるんだろうか。オールスターを超えてからを見ていこう。

 「とある科学の超電磁砲」を原作者の鎌池和馬さんが小説として執筆した本が出たのと同時に、「魔法科高校の劣等生」の佐島勤さんがBDとDVDのおまけに書いた小説をまとめた「魔法科高校の劣等生 Appendix1」も登場。いわゆる番外編だけあってはっちゃけたキャラクターたちの言動をどちらも楽しめるけれど、ある意味でSSに近い「とある科学の超電磁砲」と比べると「魔法科高校の劣等生」の方は別の意味で異世界転生といった趣で、ひろゆきだって太宰治だって異世界転生する昨今の情勢を反映したかのようなキャラクターの異世界ならではのはっちゃけぶりを堪能できる。

 特に七草真由美は18歳にして魔法少女のような格好をさせられてなかなか大変。司波深雪も含めてほとんどのキャラクターが転移した世界で現実の記憶を持っていないのに対して、司波達也と真由美はしっかりと記憶を維持しているだけに余計に恥ずかしさも募ったもよう。その恥じらいがまた良いのだけれど、残念なことにイラストが入っていないのでどういう格好なのか分からないのだった。残念。面白いのは現実世界では自制も働く兄の達也との関係を心のままに突き詰めようとする深雪の態度に、達也がギリギリと歯噛みしながら押し止めようとしているところ。どこまでストイックなんだと思うけれどもそれが達也ってところなんだろう。1ということは続きもあるのだとしたらどんな番外編になるんだろう。パッケージ買ってないから知らないので楽しみ。

 原稿を書くため日本を読もうと家を出て、総武線から地下鉄東西線経由で阿佐ヶ谷まで行く間にどうにか本を読み終えたので、降りてぱすたやで函館名物のイカスミナポリタンをいただく。まっくろけのけ。食べるとイカスミのせいかかなり濃厚な食感なんだけれども味はナポリタンといった味わいで、どこにどうケチャップが混ざっているのか知りたくなった。イカスミで黒く染めているんだろうか。先月の群馬名物ベスビオが見た目はペスカトーレなのに食べると激辛なのとは反対に、見た目は意外でも味は見知った感じというパスタ。函館の本場ものをいつか食べてみたいな。

 駅の側のサンマルクカフェで原稿を書いてから池袋へと回ってWIT STUDIOの10周年記念展覧会を見物。作品ごとにしっかりとブースが作り込まれていて、そこに原画があって絵コンテがあって実際の映像から抜いたスチールも並んでいてといった具合に同じ場面を違う素材で見せてアニメがこうやって作られているんだと言うことが分かるようになっていた。練られた展示。最後の部屋には見里朝希さんの新作や、久保雄太郎さんと米谷聡美さんによる「とつくにの少女」の展示もあって、そして映像で代表の和田丈嗣ぎさんが山田プロデューサーと見里さんによるストップモーションスタジオが持つ可能性を喋っていて、WITにとって大きなプロジェクトであることを明かしていた。早く目を付け実験であっても取り組み成果に結びつける先見性。それが親会社のIGポートを通してグループ全体に行き渡ったら前みたく、斬新で画期的な作品がもっともっと生まれてくることになるかなあ。期待大。


【6月14日】 「ワンパンマン」がアメリカで実写映画化されるそうで、気になるのは主人公のサイタマがアメリカだとどんな名前になるってこと。日本だと冴えないイメージがどこかつきまとう「埼玉」という言葉をアメリカに置き換えたとしたらやっぱり「サウスダコタ」だろうか、それとも「ノースダコタ」だろうか。「ノースダコタ」は千葉だという声もあるからそこはアメリカの中でもいろいろと議論があるんだろう。ネバダあたりは自分たちとは違うと思っているに違いない。そりゃあまあ、ラスベガスが州内にあるから冴えてないってことはないよなあ。

 冴えないヒーローというとアメリカには「アメリカン・ヒーロー」という偉大なオリジンがあるのでその延長として人気があるのかも。冴えない男だけれどワンパンチでもって強大な敵を蹴散らしてしまう爽快感。それをまったく鼻にかけていない潔さ。あるいは認識とのズレが楽しい作品だけにそうした隙間を突っつくようなニュアンスを、ヒーロー全盛のアメリカでどこまで出していけるのか。そしてどれだけ受け入れられるのか。気になるなあ。流石にタツマキはあのキャラでは出ないだろうけどフブキはいろいろ演じられる役者がいそう。最大の注目はキング。坊主でなければドゥエイン・ジョンソンが演じられるんだけれどなあ。気にしていこう。

 「スレイヤーズ!」とか「灼眼のシャナ」とかを監督しているアニメーション演出家の渡辺高志さんがツイッターで63歳くらいの時にアニメーション業界から脚を洗おうとして転職サイトに登録したらまったく応募に引っかからず、シルバー人材センター行きを進められて夜警とか軽作業くらいしか紹介されずこれはもうどうしようもないと絶望したってことを書いていた。63歳に行かずとも54歳くらいですでにどこにも転職は不可能なことを身をもって体験しているから大いに分かるし、あれだけの傑作を送り出している渡辺監督でも足を洗いたいと思うくらいにアニメーション業界は厳しい世界なんだってことがうかがえる。

 なるほど2015年に「ヘヴィーオブジェクト」を監督してから2021年に「現実主義者の王国再建期」を監督するまで監督作品がぽかっと開いているから大変だったってことはうかがえる。その間に絵コンテとか演出の仕事をしてはいてもそれで何百万は稼げない。あるいは1本はシリーズ監督をしていても、それで悠々とはいかないんだろう。これがアニメーターなら腕と鉛筆と机があれば巧ければ仕事は多分ありそう。とはいえ演出がいなければアニメは作れないとなるとそこをどう配分するかが重要になって来るんだろう。過去の作品がどれだけサブスクリプションで流れても、脚本や声優さんには還元されても監督には1銭も入らないとなると監督なんてやる人がいなくなってしまうかもしれない。それは困るので何か良い方法をサブスク会社には考えて欲しいなあ。サブスク批判に反論する意味でも。

 「皆様方、今に見ておれで御座いますよ」という奇妙な言い回しばかりがクローズアップされ、そもそもの題材が津山30人殺しという実際にあった猟奇な大量殺戮だったこともあって古尾谷雅人さんが主演した映画「丑三つの村」も猟奇と狂気に溢れたスプラッタかもといった印象が、頭に根強く残っていたんだけれども劇場で初めて見た「丑三つの村」は村でも1番の秀才で明るくて社交的で女性からも持ててた青年が、結核にかかって徴兵検査に甲種合格できなかった途端に村人たちから忌避あれ女性たちからも嫌われていくプロセスに、どうして都会の病院に入って療養するとかしなかったんだ、そして健康になって戻って来るなり教員になって社会から認められよとしなかったんだと不思議に思ってしまった。

 それが戦争とういシチュエーションで、お国のために戦える頑健な肉体を持った男子こそが絶対といった思想の中に日本人たちが囚われていた現れなんだろう。そこにハマて自分は弾かれたと思った青年が、憤った挙げ句にたまった鬱憤をライフルと日本刀と短刀でもって晴らそうとしたのが津山30人殺しだったってこともうかがえた。その周到さとその疾走感は決して猟奇な狂気に溺れた人間の暴走なんかじゃない。確信犯として挑んだからこそ成し遂げたひとつの結果をその結果から非現実の出来事と棚上げするのではなく、起こりえる事態として飲み込んだ上で起こさないための手立てが必要なんだと思わされた。

 そんな映画がどうして上映されたかといえば、笹路正徳さんが作曲した、猟奇で狂気な映画にしては土俗的でもなければ伝統的でもないシンセサイザーを使ったどこかポップでモダンな楽曲が、映画とともに大いに気に入った北村龍平監督が働きかけて始めてパッケージソフト化したから。過去に出るという話があったものの立ち消えになってしまっていたそうで、そんな楽曲を松竹音楽の倉庫から見つけCDにした上に未使用良くまで付けたというから大盤振る舞い。聞けばあの不思議な世界に引きずり込まれること請け負いだ。細かい字で書かれたライナーも読みたいけれどちょっと字が小さすぎ。ルーペを買ってこなくっちゃで御座いますよ。


【6月13日】 SCANDALのライブでメンバーが弾いているギターが気になって調べたらフェンダーからシグネチャーモデルを出してもらっていて驚いた。もはやそこまでの存在になっているのか。ガールズロックでもちゃんと楽器を鳴らして歌うバンドって多いようで今あんまりいなくなっている中で10年以上のキャリアをもってファンも多いSCANDALなら看板になると考えたんだろう。そりゃあ「けいおん!」の放課後ティータイムだって悪くはないけど主人公の平沢唯が弾いているのがギブソンではフェンダーとは組めないよなあ。

 シグネチャーモデルではHARUNAがテレキャスターでMAMIがストラトキャスターでTOMOMIがプレシジョンベース。RINAはドラムでフェンダーでは作ってないからシグネチャーが出ないのはちょっと可愛そうなので時々弾くギターでも良いから作って上げてとちょっと思った。個人的にはテレキャスターが好きなんだけれど白いボディに金の縁取りはちょっと王子様過ぎるから遠慮。赤いMAMIのストラトキャスターはメチャクチャ格好いいけど2人が出演しているフェンダーのギターPR映像を見るとやっぱり地に足がついた音が出るのはテレキャスターなんでそっちが良いかなあ、って弾けないのにそういうところにこだわるのがオタクだねえ。しゃあない。

 20年ぶりの円安水準だそうでちょっと前まで1ドル120円くらいかと思っていたらもはや135円だなんてところまで来ていてここから円高に向かう要素が皆無なだけにもっともっと円安に振れていく可能性が高そう。かといって日本が金利を引き上げると途端に金の流れが途絶えて経済が死に、それで円安が進むだけという八方ふさがりの状況をいったいどうすれば脱することができるのか。公共投資で内需を拡大して景気を浮揚させるしかないんだろうなあ。それでインフレになるかっていうと今の細りきった需要では回復したって元の水準居すら戻りそうもないから大丈夫なんじゃないかなあ。って素人考えの経済政策ではとてもじゃないけど立ち浮き出来ない。プロよ頼む。本当のプロよぜひ頼む。

 東崎惟子さんの電撃小説大賞銀賞受賞作「竜殺しのブリュンヒルド」(電撃文庫)を読む。竜が暮らす楽園のような島があってそこにある智恵のみを狙って人間が押し寄せては竜に撃退され続けていたけれど、そんな最中に押さない少女が置き去りにされ竜の血を浴びて瀕死の状態。竜も見捨てようとしていたら生き延びてそのまま竜の下で智恵のみを食べたりして成長していく。いつか人間の世界に戻ることもあるかと人間に化けた竜としばらく人間の世界を旅してみたもののあまり好まず、そして戻った島で竜が殺され少女は人間の世界に連れ帰られる。そこで出会った父こそが竜を殺した准将だった。

 懐かしさより憎しみが募る少女が虎視眈々と知識を学び人に頼って従順な様を見せていった果てに起こす大騒動。それはいたずらの欲望を振りまく人間への継承でもあるけれど、竜自体はそうした運命を受けているのに人間の少女が憤るところが親の心子知らずというか、やっぱり人間こそが諸悪の根源なような気にさせられた。アバンとそしてラストに現れるシーンが現実離れしたものだとしたら続かずひとつの寓話としてこれだ終わってしまうんだろうなあ。紅玉いづきさんよりは童話っぽさよりファンタジーっぽさが立ち上がった寓話的作品として見るべきなのかな。

 やっぱりやりたくなる「ドンドンパン」をおおっぴらにやれる上映がついに行われるとあってパソコンにはりついてチケットを確保した「犬王」の”狂騒”応援上映に行く。大友良英さん演じる平家の亡霊の声も聴けてなかなかに良かったトークショーのあと、始まった上映ではもらった紙扇子あるいは小型ハリセンを手に膝にぶつけて音をだして手拍子では手の平が赤くなるのをどうにか避ける。前半こそ叩く場面が少なかったものの友有が犬王と知り合って彼のデビューを宣伝し始めるあたりから音楽音楽音楽の連続。そこでハリセンを叩きっぱなしでいたら時間がとても早く過ぎ去った。手拍子してるとライブシーンが自分と一体化してあっという間に過ぎるのかも。聞き込まなくても体で受け流すといった感じ。またやって欲しいなあ。やってくれると信じたい。


【6月12日】 CCCDを音が悪くなるからと一刀両断した山下達郎さんは実にクリティカルで、現実にCCCDは滅び去って先頭を切っていたエイベックスの音楽も下火になっていった感じがあったけれど、アーティストとしての音感とそれを形にする技術の知識が物を言ったCCCD批判とは違って、サブスクリプションへの批判は個人のポリシーに過ぎないところがあるにも関わらず、御大ムーブで周囲が乗っかり何かをスポイルしかねない懸念があったりする。

 それはNetflixだとかAmazonPrimeビデオといった映像のサブスクリプションへと波及し、映像を買いまくっては流すだけの猟師のような存在と見なされ唾棄されたりしかねないところを映像は、かろうじて自ら出資し映画会社やテレビ局の代わりに映像を作って配信しているところがあって面目を保っている。SpotifyだとかAppleMusicにそうした音楽のディベロップメント機能が見えないところがあるいは、達郎さんのサブスク批判に繋がっている可能性もあるけれど、それはラジオ局でも一緒だからやっぱりひとつのツールとしてとらえ、巧く使う方を考えた方がいい気がしてならない。

 僕自身、達郎さんのファンだしあまりサブスクを利用していない身であるにも関わらず、反応してしまうのはアジテーションによって世代間闘争が起こって分裂が起こりかねないから。湯川れい子さんのAKB商法批判も同様で、言いたいことは分かるけれども言っても詮無いことであって、だからこそ自らが世界に通じる音楽を発見してプッシュし続ければ良いじゃんと思うのだけれど、何かに奪われている感覚は歳を経るとやっぱり募るもの。そこを振り切れないからこそ時代は来る返すのでありましょう。日本からBTSみたいな存在感を持ったサウンドが生まれるには、それこそパリピ孔明が必要なのかもしれない。いやいやそれって中国の智恵じゃんとか言わない。

 パンって孫悟飯の子供らしいけどいったい梧飯と誰の子供かとちょっと考え、どうやらミスター・サタンの娘のビーデルとの子供らしいと分かってきた。梧飯とビーデルがどこで知り合ったのかについてはまるで思い出せないけれど、そもそも漫画版「ドラゴンボール」で描かれていたのかどうなのか。長く続いた連載の最後の方が分からない現象がここでも起こっている。ちなみにトランクスがブルマとベジータの子らしいということは分かっていたけれど、悟天とフュージョンをしたのと最初に出てきたのが同じなのか違うのかといったことまで思いよらなかった。クリリンと人造人間18号が結婚していたことくらいは知っている。僕の18号をよくも取ったなクリリンの癖にと思ったから。とはいえクリリン、あれで人類最強なんだよなあ。

 そんな曖昧な関係性で見た映画「ドラゴンボール超 スーパーヒーロー」。予告編では神谷浩史さんの声が勝っていたけれど、映画では正義の味方はウルトラマンゼロみたいにアイスラッガーめいた突起が2本ある2号が宮野真守さんの声で登場して、これで相手が神谷さんでなく小野賢章だったらタイバニと被ったところだったと胸をなで下ろす。人気声優ばかりキャスティングしていると起こりがちな現象。逆にピッコロの古河登志夫さんと悟空に梧飯の野沢雅子さんはほぼほぼ衰えなしに昔どおりの雰囲気を聴かせてくれたのでまだしばらくは同じ演技を期待できそう。

 映画はそんな新しい人造人間が、生みの親のドクター・ヘドともどもレッドリボン軍の残党に騙されブルマたちを悪だと思わされて挑むといったストーリー。そこで悟空やベジータやブロリーがいれば小指で蹴散らせただろうところを修行中な上に連絡が取れず地球には悟飯とピッコロくらいしか残っていない。それで立ち向かうためにあれやこれや工夫をこらし、残っていた悟天やトランクスや18号や17号やクリリンも結集しての総力戦。18号は髪が短かったけれども相変わらずのクールさでゾクッとさせられた。17号は目立たなかった。ってか生きてたんだまだ。

 「くまのがっこう」の映画版を監督した児玉徹郎さんが監督をしていて3DCGだけれど2Dライクなルックでちゃんと格闘シーンも見せてくれて東映アニメーションの次代の可能性って奴をさらに見せてくれた印象。作画で描いても大変だけれど3DCGでも大変なバトルを迫力も重量感も衝撃もちゃんと描ききっていた。日常芝居はちょっとCGっぽかったかなあ。あと巨大なTCXで見たのでところどころシャギーが出ていたような感じ。気のせいか? 思ったのはピッコロ直々に訓練を受けているパンは、サイヤ人と牛魔王とミスター・サタンの血を引くだけあってクリリンより強いんじゃないかということ。純ではないから人類最強とは言いがたいけどいずれサイヤ人化してクリリンを追い越していった時、自分は人間で良かったと思うのだろうかそれともヤムチャにならないよう頑張ろうと決意するのだろうか。気になった。


【6月11日】 サブスクリプションはマーケティングというよりもプラットフォームで、その上に音楽を置くことで誰でもいつでも繋がれる環境が出来てそこから好みの音楽を探したり知ったりしてアクセスして音楽への造詣を深めていくためのツールであって、昔だったらラジオが行っていたことをより機能を高めつつ代行しているに過ぎないとしたら、それを否定するのはラジオで音楽をかけることも否定するのかて話になりかねない。何がどこで流れるかがFM雑誌に出ていてそれを呼んで聴きたい曲が流れる時間にラジカセの前に立って録音ボタンを押していた人間にとって、サブスクリプションはそこから時間の概念を取り払っただけに過ぎないのだから。

 リコメンドのような機能だってラジオが以前からパワープレイとかヘビーローテーションといった形で繰り広げていたことであって、それが一時に数曲に留まっていたのが今はより細分化されあらゆるジャンルであらゆるチャネルからあらゆる時間に行っているとも言える。それだけ薄く個々に狭くなったとも言え広く濃く突っ込んでいくマーケティングとは対極にあるサブスクリプションを、マーケティングだからと切って捨てる山下達郎さんの意見にそのまま賛同するのはかつて、テレビCMで「RIDE ON TIME」に出会いラジオの特集で「FOR YOU」を聞き込んでファンになっていった身からすると、ちょっと寂しくそして矛盾しているような気もしてしまう。

 「だって、表現に携わっていない人間が自由に曲をばらまいて、そのもうけを取ってるんだもの。それはマーケットとしての勝利で、音楽的な勝利と関係ない。本来、音楽はそういうことを考えないで作らなきゃいけないのに」とYahoo!ニュースのオリジナル特集に掲載されたインタビューで達郎さんは応えているけれど、それを言うなら今のレコード会社だってアーティストが作った原盤を預かりプレスし宣伝を行い流通網へと流して儲けを取っているだけのディストリビューターに過ぎない。その機能をネットワークというツールで代替している人たちを「表現に携わっていない」というならレコード会社だってどうなのって話になる。でもそう言わないのは音楽を共に届けたいという意識を持った仲間だからで、それをサブスクリプションの会社に言わないのはちょっと違う気がする。

 以前に配信は音楽のクオリティが落ちるからと言っていてそれには帯域の問題もあって納得できたけれど、今やハイレゾ音源のサブスクリプションだって可能な時代にレコード会社と同じプラットフォーム機能としてのサブスクリプションをマーケティングと言って非難するのは何かひっかかるけれどもそこはまあ達郎さんだし、音楽のクオリティをとことん突き詰め作りアルバムという形に落とし込んで世に問い少数であっても最高の音楽を聴かせられる会場でしかライブをやらないスタンスには共感できるので、これからも聞き続けるしCDだって買うし当たらないけどライブには応募し続けるのだった。でもヤマザキマリさんのジャケットはちょっとなあ。ひっくり返すととり・みきさんだったら流石と思うんだけどなあ。

 ユニクロのブラトップのCMみたいなのを期待すると肩すかしを食らうとは言っておきたい「はい、泳げません」をTOHOシネマズ六本木で舞台挨拶付きで見る。だったら「Shall we ダンス?」かというとまるで違って予告編から感じられる泳げない男が美貌のインストラクターと出会い泳げるようになるまでを描いたコメディ映画ではなく、泳ぐことによって止まっていた、あるいは心が止めてしまっていた時間を動かし前へと泳ぎ出すまでを描いたシリアスでナイーブな映画だった。

 もちろん綾瀬はるかさんの水着での登場はあるけれど、ボディラインをなめらかにする競泳用水着なので凸凹はまるで目立たず、むしろほとんどパンツ一丁で出演している長谷川博己さんの分厚いとは言えない胸板となだらかな肩線とそして長い手足を見守る映画だった。見ていた思ったのはその体型、「シン・ウルトラマン」のウルトラマンにそっくりということでもし次に「シン・ウルトラマン」がCGではなく着ぐるみで作られることがあったら、中に長谷川博己さんが入ればぴったりなんじゃないかと思った。というか着ぐるみだと体型が薄れてしまうからここはボディペインティングで。せめてウインドブレーカーで。ちょうど発売されるみたいだし。

 東京都現代美術館での井上泰幸展関連シンポジウムを見物。膨大な資料をどう分類し、どうスキャンしファイルの名前をつけて保存しつつリスト化して行ったかが、手がけた人たちの解説によって聞けた。ある程度は姪の方の分類もあったけどそれを開け、アーカイブ化のためにデジタライズする作業は大変だった様子。そのワークフローが聞けて、興味深かったです。思ったのは、仕組みは作れても、タイトルでの分類から物品名のジャッジで知見が必要なこと。これは一体何の何なのかを即断してリストに書き込んでいかないと行けないから。そのためにノウハウを持っている人からの知見を集め、これからの世代に継承していくことが大切と感じた。会場には著名な方々が多数。参加された方はお疲れ様でした。


【6月10日】 それは漫画かそれとも少年野球か。大リーグのロサンゼルス・エンゼルスに所属している大谷翔平選手がボストン・レッドソックス相手の試合に投手として登板し、7回を1失点で切り抜け13連敗からの勝利に道筋を着け、そしてその大谷選手が今度は打者として逆転の2ランホームランを放ってチームを勝利へと導いた。もちろん自分も勝利投手に。大リーグのサイトは「ワンマンショウ」といった大見出してその活躍をトップで伝え、そしてレッドソックスのお膝元の新聞、ボストン・グローブも大谷選手の写真をサイトに掲載してその偉業を伝えている。

 少年野球なら投手で4番は当たり前だし高校野球でも桑田真澄選手をはじめ投手で強打者というのはザラにいるけど、分業が進んだ現代野球のそれもプロの最高峰たる大リーグで、二刀流がまかり通っているだけでも不思議なのにその最高峰たる先発からの勝利投手&打者としての逆転ホームランを同時に成し遂げるなんて普通はあり得ないし普通でなくてもあったらおかしい。そのおかしいことを期待どおりにやってしまうから大谷選手は何があっても大リーグの選手たちから敬意をもって讃えられている。いくら審判が判定を渋くしたって気にせず臨んで結果を出すんだからもはや審判団も認めるしかないだろう。あとは大谷選手を大リーグの顔として売り出しファンを獲得してNFLとかNBAの後塵を拝し気味の人気を再燃させるしかない。

 中野方面に出かけるついでに阿佐ヶ谷まで脚を伸ばして「ぱすた屋」でペスカトーレ。函館名物のイカスミナポリタンも考えたけれども真っ黒のをそれから出かける前に食べる気力は流石に起こらなかった。食べれば美味しいことは分かっているので提供されている月内に再挑戦しよう。ペスカトーレは見た目は先月に食べた群馬名物の激辛ベスビオにそっくりなんだけれど、黒く焦げた唐辛子が乗ってないだけで味がまるで変わってしまうところが面白い。唐辛子も食べている時は大変だったけれどすぐにスッと引いたから悪くなかった。でも普通に食べられるペスカトーレの方が嬉しいかなあ、とか言いつつ普段はかけないタバスコをかけたのだった。やっぱりベスビオ、癖になる。

 阿佐ヶ谷のスターバックスでちょっとだけ仕事をしてから中野へと出て中野サンプラザで開かれるSCANDALのツアーグッズからTシャツを購入。大昔に千葉市文化会館だかどこかで開かれたライブでTシャツを買った記憶があるけれど、SCANDAL自体を見るのもそれ以来な感じでいったいどんなバンドになっているのか皆目見当が付かないのだった。Tシャツはデザインもおしゃれで最近はロックでもなくアイドルでもない路線に行っているのかと想像。まあそりゃあ全員が30歳を超えて来ているからいつまでもギャルな路線はとれないだろう。

 とかいいつつライブが始まっているとそれこそ昔の制服風のコスチュームでも勤まるくらいに全員が若々しくて声も若々しくてそれでいて演奏のレベルが上がってとても良い感じに仕上がっていた。新譜「MIRROR」をひっさげてのライブということでアルバムをまだ聴いてなかった身にはどれが新曲か分からなかったけれど、印象からそれまでのビートに乗ってギターサウンドが響くハードロックとはちょっと違った、メロウでナロウな印象の楽曲が最近の曲だとしたら音楽性にも広がりと奥行きが出てきた感じ。HARUNAの声は相変わらず元気でそれでいてバラードもこなすところに重ねた年月も見えた。

 MAMIのギターも相変わらずに鳴りひびく。そしてTOMOMIのベースの巧さよ。重低音がぐんぐんと響いて会場内を煽るのに、当人はふらふらとしたりくるくると回ったりしながら弦も見ずフレットも見ないで平気で弾いている。昔から巧かったけどどんどんと巧くなっているなあ。海外ツアーで見初められてどこかのハードロックバンドに引き抜かれて世界デビューしたって不思議はないけど、それをやられてしまうとSCANDALの癒やしが減じてしまうので今すぐにはあげないよ。ドラムのRINAもずっと叩き続けてそして歌まで唄ってと大変。外さないビートでなおかつ突き抜ける音をあの体型でやってしまうんだから凄い。やっぱりSCANDALは一流だ。

 総じて演奏し続けていたけれど、アンコール前のシングル曲「one more time」ではHARUNAがギターを下げてマイクだけ持って踊りながら歌ってた。かつてダンスと楽器のアイドル的なユニットとして慣らしただけあってダンスはお手の物。それは今も変わらないところを見せてくれた。全員が踊る曲も見たかったなあ。「瞬間センチメンタル」とか「太陽と君が描くSTORY」とか「HARUKAZE」とか懐かしいヒット曲もやってくれたので昔を思い出せた。観客席はそんな昔から来ている人もいれば若い人もいて女性も多かった。さらに若い人にも広がって欲しいけれど入ってくる入り口はあるんだろうか。音楽番組がなくなりPVと配信がメインの中でガールズロックがファンを獲得するチャネルが何か気になる。こちらとしてもその一助になるよう口コミに努力だ。次もまた行こう。


【6月9日】 日付が分かると同時に「犬王」の手拍子サイリウムOKな上に大友良英さんと後藤幸浩さんが音楽談義をしてくれる“狂騒”上映のチケットを確保。アヴちゃんと森山未來さんと脚本の野木亜希子さんが登壇した舞台挨拶付きの上映を見たばかりだけれど、そこで登壇者がお進めしていたまだ脚が生える前の犬王の愛らしい動きだとか、顔を取り戻したのに能面みたいな犬王が無音の中を舞うシーンを確かめつつ、手拍子でもってスクリーンの中のフェスを外に引っ張り出した空間に身を置いて、いっしょに楽しみたかったのだった。どんなフェスになるかなあ。歌えたらもっと最高なのに。

 博多の人口のほとんどが殺し屋だというとんでもない設定の「博多豚骨ラーメンズ」(メディアワークス文庫)とキャラクターを少し引き継いだ木崎ちあきさんの「百合の華には棘がある」(メディアワークス文庫)。ハッカー青年が実は国会議員の御曹司だとう設定を生かして野党の新鋭国会議員として政界へ送り込みつつ、起こる事件を探偵女子を動かし探らせ弱みを握ったり悪を懲らしめたりしていた。

 そんな中に加わったのが刑務所から出たばかりの元格闘家女子。昏睡させられ襲われ書けたところを抵抗したら相手が転んで打ち所が悪く死んでしまったという業務上過失致死で3年を食らって出所したら働く場所もなく食べ物にも困っていたところを探偵女子に助けられ、そのまま居着いて政治家の関わる事件に首を突っ込んでいく。その先に格闘家女子を過去に襲った不幸な事態の原因も発見。さらに宗教団体のテロの裏にあった謀略までもが浮かび上がってちょっとしたスパイ大戦へと発展していく。博多でにわか侍の活躍が見られた前のシリーズとは違ったサスペンス。これは続きが楽しみだ。

 「ハケンアニメ!」の舞台となった大泉学園にある日本最大のアニメーション会社の前に立ってる映画館で、「ハケンアニメ!」が上映最終日を迎えてしまうのでこれは聖地でやっぱり見たいとはるばる遠征。たぶん前の東映アニメミュージアムが閉館になった日に行って大塚康生さんをみかけて以来となる大泉学園でさて昼食でもとろうと見渡して、チェーン店ではつまらないと通りがかった中華料理屋「祥龍房」に入ったらこれがなかなかにボリューミーな豚キムチチャーハンを食べさせてくれた。これはなかなかリーズナブル。また生きたいけど遠くて行けそうもないものの、同じ名前の店が各所にあって同様にボリューミーな街中華を食べさせてくれるそうで、今度近場に行ってみよう。水道橋かなやっぱり。

 タリーズとロッテリアで時間を潰してから「ハケンアニメ!」。個人的には4回目。決して大きなシアターではなかったけれど、それでも半分くらい埋まっていたのはなかなかで、これで上映を終えてしまうのはお膝元でもあるだけに勿体ない気がしてならなかった。幸いにして本家のお膝元となる丸の内TOEIではまだしばらく続くみたいなんで、そっちであと1回くらいは見てみたい。上映最終日が決まればそれも行って拍手喝采したいなあ。あと4回目にしてやっと気づいたトウケイアニメーションにあった箱に書かれてあった「スイキュー!」の文字。どんなアニメだ。


【6月8日】 リストラを喰らってメンタルが粉砕されていた時期だったこともあって2019年から行かなくなって3年目。久々に秋葉原へと出向いて交差点で手を合わせてくる。4年ぶりで供えてあった花とかは少なくなっていたけれど、それでもちゃんと思って訪れて手を合わせていく人もいたいするところに、自分たちの街の秋葉原で起こった、自分が巻き込まれたかもしれない事態で亡くなられた、自分の分身のような方々を悼む気持ちは減じていないことがよく見えた。あるいは自分が起こしたかもしれない事件への複雑な思いを抱えた人のきっといただろうことも。きっと来年も行くだろう。その次の年も。可能な限りそこで自分だったかもしれない被害者と加害者を思うのだ。

 取り囲むメディアは前に比べて減ったとは言え、やっぱりそれなりに来ていて交差点の献花に手を合わせる人を狙おうと待ち構えていた。自分はすっと行ってさっと手を合わせてそのまま通り過ぎたから反応は見えなかったけど、朝とか大変だっただろうなあ。それはお仕事だから良いとして、いわゆる霊前とも言える場所でしゃがみこんで退屈そうにしていたり、立ってはいても熱心にスマートフォンを見ているのは弔意としてどうなんだろう。誰かのお葬式に取材に行ってスマホを見てたりしゃがみ込んで写真をとってたら蹴飛ばされるか祟られるだろう。そうした“常識”から治外法権にいると思っているところに、メディアの人々からの乖離があったりするのだろう。もうどうしようもないのかなあ、この惨状。

 これは面白い。「薬屋のひとりごと」の日向夏さんによる新作「聖女に嘘は通じない」(フロンティアワークス)は国の外交の顔を鳴る神子(聖女)を選ぶ試験が行われ、そこに教会で孤児達の面倒を見ながら街に出てはギャンブルに精を出して金を稼いでる神官のクロエに、なぜか白羽の矢があたって候補者として成金侯爵の息子だけれど結構やり手のの騎士に連れて行かれる。そこではすでにお嬢様的な態度の候補者は、圧倒的な美少女の候補者や、ぼわんとして動物好きの候補者や、女の子が可愛い服を着るのを見るのが大好きな候補者がいてそこにクロエは新たに加わることになった。

 他の候補者は実は2年前にも同じように集められていたけれど、その時にいた候補者の1人がボウガンで撃たれ死んでしまったことから延期となっていた。クロエはいわば欠員補充の形で参加したことになってそして、本当の目的としての犯人捜しを始めることになる。聖女は異能があるか得意なことがあるかするらしく、クロエはそれがギャンブルで慣らした嘘を見抜く力。そして聖女候補の中にいるかもしれない犯人を、その能力で以て探し始めるという展開は一種のミステリーとなって誰が嘘をついているか、そしてどうして候補者を殺したのかといった真相へと迫っていく。

 その構成も面白ければキャラクターも個性的。おつきの騎士は剣の腕より金の力で解決を図り、侍女は可愛い物が大好きで見ると鼻血を出すと行った具合。それでもコメディには走らずしっかりと政情から心情から条件として考慮された展開となっているから、推理しつつ明かされる真相に驚ける。その結果はなかなかにシビアあけれど、良い人が悪い場合もあれば悪い人が良い場合もあってバランスはとれているからちょっと安心。続きは描かれそうにもないけれど、楽しいキャラクターたちをこれで終わらせるのは勿体ないから、修行に入ったクロエたちが巻き込まれる事件に候補者たちが再結集なんて展開を呼んでみたいかも。待ってます。

 「犬王」の舞台挨拶付きイベントがあるので新宿へと向かおうとして途中で思い立って新宿御苑に寄ったら、新海誠監督の「言の葉の庭」に登場した東屋が柱の傾きが発生した関係で工事予定とあって立ち入り禁止になっていた。座ってビール……はだめだからノンアルコールとチョコで時間を潰したかったのに。傾いているから柱あけ直して元通りにしてくれるとは思うけど、これを機会とこぎれいな建物に変えてしまったら映画の聖地が消えてしまうことになる。ただでさえ映画のようなトークンではなくバーコードによる改札になってしまった新宿御苑が、これ以上変わってしまうのは寂しいので元通りの再建を願いたい。

 「犬王」のイベントではアヴちゃんが自分は平家の末裔だってことを教えられたと話して場内大湧き。好きな踊りでは1番最後の、無音で顔を取り戻した犬王がけれども無表情で待っている姿に切なさを感じたと話してた。人間なのに能面みたいなその表情から、一変して元の顔に戻るラストがだから余計に嬉しくなるのだ。そんな「犬王」では脚本の野木亜希子さんが書き下ろしたショートストーリーが収録された小冊子が11日から配られるとか。ほかに字幕入りの上映とか、オーディオコメンタリー付き上映もあるそうで、行って歌詞を感じながら見たいし、コメントを聞きながら見たいし、二次創作めいたお話しに想像を膨らませながら見たい。あと数回は行かざるを得ないなあ。


【6月7日】 朝からアップル界隈が騒がしかったのは新型のMac Book Airが発表になったからみたいで、自社製チップのM2を搭載したマシンは薄くて軽くて速いといった三拍子が揃ったものになっているようで、値段も20万円とかしないならちょっと使ってみたい気も生まれて来た。一時期シャープのメビウスとかを使った後、もう20年くらいはThink PadのXシリーズを使っていいて、今もX280を使いながらちょっと前に買って置いたX390にいつ乗り換えようかと思いながら、データ移行の面倒くささとソフトのインストールの手間を考え、逡巡していたりする。

 そうこうしているうちにThink PadのXシリーズは3ケタシリーズが消えてX13とかいったネーミングになっていたりして、こだわりも薄れていた今のこの機会にMacに切り替えてみても悪い話ではないけれど、やっぱり気になるのがキーボードのタッチ。字を書く人間にとって大事なそれを切り替えるのって結構勇気がいるのだった。とはえい最初はマックだった訳で、LC575と買って28年くらいになるんだろうか。ノートブックの性能の悪さからモバイル以降時にウィンドウズに乗り換えたけれど、そろそろ宗旨を変えてもというか戻しても悪くないかなあ。ほら、基本なんでも経費に出来る訳だし。あっと10万円超えれば減価償却対象か。ちょっと考えよう。

 見かけたのはたぶん、2代目の「AIBO」が発表になった会見の時と、それから秋葉原でスタートアップ企業が集まった時に「ガッチャマン クラウズ」に登場するトミーカイラを作っていた会社を支援する人として登場した時。今をときめくソニーのトップだという時代と、ソニーを去って悠々自適におさまらずいろいろと新しいことを探している時代の両方ともスタイリッシュでエネルギッシュなビジネスパーソンといった雰囲気を感じさせてくれた。<

 あとは茶目っ気。これがたぶん重要で、ただカチカチに固まって戦略を立てて正しい方向に行くだけじゃなく、先は見えないけれどもたどり着ければ凄いことが待っていそうな分野へと道を切り開く時に、深刻そうな顔をするより明るくて楽しげな表情でいた方が、周りもついていくし失敗しても次があるさと割り切れる。だからこそ取締役から社長になって撃ち出したインターネットの事業で今のネットワークで大きな利益を稼ぎ出すソニーの今を作ったとも言えるし、ゲーム事業を後押しして今のソニーの屋台骨を支える存在へと押し上げることができたとも言える。

 金融だってインターネットがあっての物だね。違うとすればコニカミノルタから買収したカメラ事業くらいだけれどこれだって1990年代のイメージセンシングへの投資があったから保っているところもある。AIBOだとかクオリアといった方面は成功したとは言いがたいけれど、ソニーというブランドに先進のイメージを持たせる役には立った。これがあったからこそ安い家電のイメージがまとわりついたサンヨーのように消えず、何をやっているか今ひとつ煮え切らないパナソニックのように安閑としないでソニーを日本でも屈指の優良企業のままでいさせたんだろう。

 出井伸之さん。若くはないとはいえ亡くなる歳でもなかった。こうして平成の経営者が去って行き、残るのはネットで一山当てた、新しいプロダクツもサービスも生み出さないフリーライダー経営者ばかりで日本の未来やいかに。まあソニーだってプロダクツに関してはテレビはじり貧でイヤホンも高級化に走る一方。ライフスタイルそのものを作るプロダクツは生み出せていないものなあ。プレイステーション5が未だ先進を走る状況から、次の時代に覇権をとれるプロダクツは生まれようとしているのか。それは何なのか。気になって眠れないかもしれないなあ。

 強い強い井上尚弥選手がボクシングの試合に出ていたのをAmazonPrimeビデオで観ていたら、過去に最強と言われていたWBCの世界バンタム級チャンピオンを倒してWBA世界バンタム級スーパー王座とIBF世界バンタム級王座を守って3団体の統一王者に輝いた。日本では初とか。これにあとWBOを加えれば4団体統一となるんだけれどそれに相手が応じてくれないとなるともはや防衛戦だけになってしまうから、階級をスーパーバンタム級に上げて新しく挑戦を始めるんだろう。パンチにスピードがあって破壊力もありそう。とにかく迫力の試合を今は地上波じゃなくネットが配信する時代なんだなあ。その方が世界で観られてチャンピオンとしても嬉しいんだろう。ボクシングは強く経済はヘタる日本の今を観た気分。AmazonPrimeビデオは次、どんなスポーツを提供してくれるんだろう。


【6月6日】 「湯川専務」としてセガ・エンタープライゼスの家庭用ゲーム機「ドリームキャスト」のCMに出演していた湯川英一さんが亡くなっていたとの報。自虐的な内容とともに大うけしたけれどもスタートダッシュで台数が揃えられず出遅れたことの責任をとらされ常務に降格された時、それが人事として正式に発令されたものだったことがどうしても引っかかって、プロモーションを手がけていたあろう秋元康さんとそれを諾々と受け入れたセガが一変にきらいになった。

 ソフト担当でハードは管掌していなかった湯川さんが目立っているからと責任を取らせて笑うのは、働いている人たちにとって絶対に良くないと思ったから。そんなガバナンスを平気でやらかす会社が後にどうなったか、って考えるとやっぱりという気がしてしまう。プロモーションは巫山戯ても経営で巫山戯てはいけないという例。でも今は巫山戯た経営が持てはやされる時代だからなあ。やれやれ。

 湯浅政明監督を迎えて阿佐ヶ谷ロフトAで行われた「犬王」の作画を語るイベントで、犬王が足利義満の別荘で演じた際に竜が動き回る部分で竜の影が伸びたり縮んだりする映像を作る際、「10番目の感傷(点・線・面)」という作品を使ったってことにちょっとだけ触れていた。タイトルからはピンと来なかったけれど、光が動いてそれが鉛筆とかの影を壁面に映し出す作品と聞いて、アーツ千代田3331で見かけたあれかと思い出したけど、作者の名前までは調べなかったら今日になって新潟県にある美術館で、クワクボリョウタさんが手がけた「LOST#6」という作品が壊されたといったニュースが出てきて、その作品が光でもって影を映し出す作品だった。

 そしてクワクボリョウタさんこそが「10番目の感傷(点・線・面)」の作者だと分かってなるほどここに繋がるかと思ったのはさておいて、たぶん部屋にごそっと置かれた品々を間違えて蹴飛ばしてしまった程度かとニュースを見たら、踏み荒らしたとあってこれは意図的な破壊だと気がついた。修学旅行で出かけた中学生のやんちゃな奴らが部屋に転がるおもちゃのような物をみて、蹴飛ばしていてエスカレートでもしたんだろうか。でもそれは作品であって先日ルーブル美術館で行われた「モナ・リザ」にケーキをぶつけるのと同じ所業。「モナ・リザ」はガラスに守られて無事だったけどこちらはむき出しの作品が破壊されてしまった。

 そこにある品では再現は不可能らしいけれども偶然に頼るインスタレーションではなく光と影を計算して作り出す作品だから、設計図通りに部品が揃えば再現は出来ると思うもののその手間とコストが大変。コストについてはどうにかするとして手間については踏み荒らした中学生を呼びだして展示室に入れてアーティストといっしょに作品の再現に取り組ませれば、どれだけの労力で作られた作品かが分かって教育にもなるんじゃないかなあ。明和電機の土佐正道社長は自分の作品が壊されたらそうするってツイートしてた。応じるかは別だしクワクボリョウタさんの腹の虫がそれで治まるかも分からないけれど、いたずらに罰するだけではない道を見つけて欲しいもの。気にしていこう。

 仕事から戻ってTverでサッカー日本代表とブラジル代表の親善試合。シュートを放った瞬間に停まるとかTver回戦が弱すぎだろう。それとも自分のモバイル環境が細いのか。それでもだいた観られて日本代表が相手ゴールの近くまで攻め込めてもそこでボールを持ちすぎて奪われ良いところを作れない一方、ブラジル代表はワンタッチで繋ぎドリブルでも突破してどんどんと攻め込んでいくところに大きな違いがあると分かった。

 スコアは0対1でそれもネイマール選手によるPKではあっても、枠内シュートがブラジルの22に対して日本は5、そして枠内シュートが日本は0というところに歴然とした力の差がある。それで喜んでいるようでは本番で引き分けても勝ち上がれ歯しないだろうなあ。冨安選手と前田大然選手と三笘選手と南野選手といった持てて切り込めて受け渡しができる選手をちゃんと揃えよう。久保健英選手は……申し訳ないけどいらないなあ。


【6月5日】 映画「響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜」が公開された3か月後に起こった事態で多くのものを失って、もう立ち上がれないのと大勢の人を心配させて、それも仕方がないと諦めさせた京都アニメーションは、その後もちゃんと立ち上がって数々の作品を世に送り出し、大丈夫だっていうことを見せてくれている。そして3年生編がアナウンスされていた「響け!ユーフォニアム」シリーズも、3年を経てようやく立ち上がることができた模様。アンサンブルコンテスト編とそして久美子の3年生編が、相次いでアニメーション化されることが発表された。

 アンサンブルコンサートは2年生になった久美子たちが関西大会から先に進めなかったことを踏まえつつ、部長となった久美子が滝先生と相談して、少人数の編成で演奏する大会に出場することを決めてその代表を選ぶ演奏会を部内で開くことを描いたもの。それまで目立たなかったマリンバとか他の楽器の面々が名前を出して登場して、3年生になってから起こるいろいろな事態に備えさせてくれる意味合いもあって短いながらも厚みがあった。それを映像でみられるのはちょっと嬉しい。ジョイナス先輩無きあとの貴重なメガネ枠で、妹が癖のある釜谷つばめの正確無比なマリンバの演奏とか、ここでお披露目されるわけだし。ワクワクしかない。

 そして3年生編は、部長になった久美子がユーフォニアムのリーダーとしての地位も安泰かというとそこにとてつもないライバルが登場。さらには癖のある1年生がどっさりと入り面倒臭い2年生も含めてしっちゃかめっちゃかの中、久美子にとっては最後の全国大会に向けた1年が始まるというこれもドラマティックなストーリーが待っている。最後の最後まで気が抜けない展開をどう描くのか。久美子ら4人の結束は少し前の北宇治高校吹奏楽部の定期演奏会で確かめた。ならばあとはその結束を描く人たちの頑張りに期待するしかない。キャラクターも楽器も思いを受け継ぎ素晴らしいものを描いて魅せてくれるに違いない。期待して待とう。

 せっかくだからと渋谷にいって「攻殻機動隊SAC_2045」の展覧会をちょっとだけ見物。絵がある訳ではなくってイリヤ・クブシノブさんがデジタルで描いた絵をいろいろと投射する窓みたいなものが並んで、固定させず移動しながら絵が移り変わっていく空間になっていた。そこにARらしきものが展開されてスマホ越しに見ると何か見えたけれども光の粒子が飛んでいたくらいで面白みにはちょっと欠けた。それとも操作が悪かったんだろうか。VRでは電脳世界に入り込んだような気分が少し味わえたけど、これも以前に試した攻殻VRほどの迫力はなかったかなあ。素子出ないし。まあご祝儀。ニューバランスを頭に乗せた素子のTシャツもあったけど高いからパスだ。

 あの夏、かたわらを通り過ぎていった、なにか大きなものが何だったのかが分かった。それは、ひとつひとつが自分はどこに向かっているのかを思って、歩き続けてきた道の集まりだった。いろいろと話題の河瀬直美監督による映画「東京2020オリンピック SIDE A」。集まった道のそれぞれが、どこかへと向かって歩いていったそのく先を見せてくれた。観たTOHOシネマズ渋谷でそこそこ入ってた。半分位高齢者。その人たちの期待をはぐらかして、映画は個に目を向けて何かに沿わせず、何にも阿らないそれぞれのオリンピックを淡々と描き出した。勝利も敗北も棄権も参加もその人のものとして映し、良かったねと思わせた。

 柔道。女子バスケットボール。ソフトボール。スケートボード。サーフィン。陸上女子200メートル。陸上女子マラソン。空手型。日本が金に輝いたソフトボールや銀を獲得した女子バスケットボールはなるほど華々しさを伝えていたけど、そこからむやみに感動を抉りだそうとはしていなかった。女子バスケットボールはむしろ、カナダから参加した選手が生まれたばかりの子供も連れて来日し、母乳を与えながらプレイに臨んだ姿を見せる一方で、出産後に復帰したものの開催延期で再び引退した日本の元選手を対比させ、自分がそうありたいと思ったからそう生きることの強さ、そういうものだからと認め身をなぞらえさせた優しさのどちらが正しいのではなく、そこに人それぞれの行き方があるのだと教えてくれた。静謐な中に蠢動する表現への思いを感じられる映画。悪くない。


【6月4日】 庵野秀明セレクション「ウルトラマン」4K上映を前にTOHOシネマズ池袋で見た「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島は、前半の苛立つブライトとか相手の士官の浮つく声音に、安彦良和さんの描く漫画的な口の形や表情が重なって感情移入を妨げ、そして半ば遭難で半ば虜囚の身なのに問わず手前勝手に振る舞うアムロの態度が共感を阻害して、見ていてどうにも居たたまれなくなった。「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」でも感じた部分ではあったけれど、より激しくなったのは最後だからと安彦良和監督のやりたいようにやらせたからかなあ。

 好きならハマれたかというとそこはやっぱり漫画とアニメーションという表現の差もあり、乗っていない音声の替わりを絵で描いた表情で行う漫画になおかつ音声まで乗せたらクドくなって当然といったところで、過剰な波動に圧倒されて入り込もうとする気持ちが妨げられる。それでも、後半の三つ巴なモビルスーツ戦になってからは状況が進んだこと、表情や声になれたこともあって観られるようになった。

 モビルスーツ戦に関しては、CGI演出を頑張ったYAMATO WORKSの森田修平さんがアカデミー賞短編アニメ賞にノミネートされるくらいの世界的な腕前でもって、スリリングな映像を作り出してくれたからなのか引きつけられた。ストーリーに関してもあの島にククルス・ドアンが残り続けた理由がしっかりと描かれていて、単なる脱走兵による贖罪の日々とは違った意味性を感じられた。サザンクロス隊の当て馬ぶりは可愛そうだったけれど、生き残らせて本編に絡ませるにもいかない存在ならああいった結末もしかたがない。だったらコアブースターは何なんだ。いやGファイターじゃないなら劇場版準拠といえるけど、だったらあの描写はなになんだ。1.5倍のゲインがあったのか。気になった。トニーたけざきさんも驚きだっただろう。良かったねえ、セイラさん。

 阿佐ヶ谷ロフトAで「アニメスタイル」のイベントとして「『犬王』の作画を語ろう」が開かれたので見物に行って最前列で聞く。湯浅政明監督を脇に置いて亀田祥倫さんと中野悟史の両総作画監督が主にどんな仕事をしたかを話す内容から、なかなかに厳しいスケジュール感で進んだ制作の状況が垣間見え、そうした結果として作り出された映像の素晴らしさに改めて頭が向かう。最初は原画として呼ばれながら作画監督を任され総作画監督にまでなってしまった亀田さんはヒップホップみたいな犬王のダンスを描いたみたい。いろいろな映像をミックスしてロトスコープ気味に作ったみたいだけれどそこにアニメーターならではの手癖も乗ってヌメヌメではないイキイキとした生命感が表れている気がした。

 そんな亀田さんが描く友有の並びの悪い歯を見せ歌う場面がさらに「ポリゴン数が多い」感じに描かれたという原画があって、まだ若い人がスケボーで通い帰りながら作ったそうでクールでスタイリッシュでそれでいて泥臭いアニメーターが生まれて来ていることを知る。若い人では女性で犬王が池の上を優美に舞うシーンとかを描いたアニメーターがいて、湯浅さんに自分のポートフォリオを見せて加わりサイエンスSARUの作品に関わり上で前を上げて「犬王」で湯浅さんが褒めるアニメーターに成長したとか。そういう人がぐんぐんと現れているんだなあ。同じことが老舗でもちゃんと起こっているんだろうか。気になった。

 演出の人の突拍子もないキャラクター性も愉快だった。傍若無人だけれどマッチョではなくナードな感じ。きっと庵野秀明監督もこんな執着だったんだろう。将来が楽しみ。逆にベテランも凄い人たちが松本憲生さんも含め関わっているんだけれど、自分に納得ができないのかそれとお生来の性格なのかクレジットに名前を載せることを嫌がる人もいたとか。結果としてクレジットを見てもその人が参加していたと分からない作品が増えていく。そして口頭では参加したことが語られていく。アニメスタッフのデータベースに端っこで関わっている身として、どちらを“正史”とすべきか迷う。せめてパッケージには名前を入れておいて欲しいなあ。順番も謙遜で位置を迷いながらもがっつり関わっているというから、クレジットの順番が軽重にもならない問題への対応も考えないといけないなあ。


【6月3日】 シュワ!とばかりに古谷敏さんいよる生スペシウム光線ポーズを目の当たりに出来て嬉しかった、庵野秀明セレクション「ウルトラマン」4K特別上映 in TOHOシネマズ池袋。ゲストにウルトラマンの中に入って演技をしていた古谷敏さんを招き、清水崇さんがいろいろと訪ねていくトークショーが行われて、古谷さんからまずは「シン・ウルトラマン」について自分への愛を感じてくれている描き方だと喜んでいた。

 モデルになっただけでなく、モーションアクターも務めたことが「シン・ウルトラマン」のクレジットに書かれてあって御年78歳にしていったいどれだけの演技をしたのか、気になったけれどもそこはまだオフレコらしく多くは話してくれなかった。ただ、披露してくれたスペシウム光線のポーズを見るにつけ、そのやや前屈みになった角度だとか指先まで神経が通った腕の組み方が、まさに「シン・ウルトラマン」で見たまま。ウルトラマンのウルトラマンたる部分において、そのモーションをキャプチャしたんじゃないかととりあえずは確信している。いつか詳細が明らかになる時を期待しよう。

 上映される「ウルトラマン」の4作品についても解説があって、最初の第18話「遊星から来た兄弟」についてはザラブ星人が返信した偽ウルトラマンの頭が重いのほか固く、相手が普段いっしょに組んでスタントをしていた人でなかったこともあって距離感がつかめずチョップがあたってしまって、つい痛がってしまったという。本当は没なのに使われたことが今でも意外なよう。醜態は見せたくないというプロのスーツアクターを感じさせた。

 第26話「怪獣殿下(前編)」については庵野秀明さんが「ウルトラマンが美しくやられていく様」を讃えて選んだそうだけれど、それについてゴジラのスーツアクターとして有名な中島春雄さんから、美しく戦い美しくやられるようにと言われたことを実践したのだとか。なるほど上映された対ゴモラ戦でウルトラマンは暴れず悲壮さともちょっと違った名流れるようなやられっぷりだった。しかし前編だけしか上映しないのは殺生だよなあ。どうやってゴモラを倒したんだっけ。気になって夜寝られない。

 第28話「人間標本5・6」のダダ戦については、相手が人間型ということもあってプロレス技を意識したとか。なるほどいきなりレッグシザースで倒し、途中でネックシザースで転がしといった具合にプロレスで見られる技を繰り出していた。でもその細身で長い手足から繰り出される技は、パワフルなプロレスとは違った優雅さを感じさせる。そこが単なる怪獣プロレスを超えた美を見る人に感じさせたんだろうなあ。

 古谷さんだからこそのウルトラマンという訳。それについては成田亨さんからも「ウルトラQ」から続いてのスーツアクターとしての付き合いもあって、ウルトラマンを表現する上で古谷さんだからこそ作れるんだと言うことを訴えてくれていたとか。そんなウルトラマン役を途中で降りることも決めていた古谷さんだけれど、渋谷から円谷プロのある成城まで乗ったバスに乗ってきた子供たちの口からウルトラマンの話題しか出なかったことから、子供の夢を壊してはいけないと気を入れ替えたという。

 子供についてはあの円谷英二監督から、古谷さんが中に入ったウルトラマンが話しかけている有名な写真に関連して話があって、よく聞き取れなかったけれども子供に愛される存在になって欲しいという要望があったらしい。他には「息は苦しくないか」「目は見えるか」といった労りがあったとか。それも中島春雄さんから聞いていた、スーツアクターに優しい円谷さんに触れて古谷さんも嬉しかったみたい。ニコニコとして振り返っていた。

 上映4本目の第34話「空の贈り物」は実相寺昭雄監督だけあってウルトラマンがバトルし倒す展開とは違うものの、そんな実相寺監督が撮る怪獣へのこだわりが記憶に残っているとのこと。スカイドンは重たいという設定だけれど着ぐるみとしては軽かったとか。それを重そうに表現するのは以外や楽だったとか。重たいものを軽そうに扱うよりはそりゃあ楽だろうなあ。そして見た映像はスプーンが! 今も鮮明に覚えている『ウルトラマン』屈指のギャグシーン。4Kで見られて良かった良かった。もう1回くらい劇場に行って見るかなあ。


【6月2日】 エンターテインメントとは関係のない取材仕事で藤沢市へ。横須賀線を戸塚で降りて横浜市営地下鉄のブルーラインに乗り換えて湘南台まで行くと結構な規模の駅舎で、さすがは小田急線も停まるターミナル駅だと感心する。とういか慶応大学の湘南藤沢キャンパスってこの湘南台からバスで行くのか。東京から通うとするととてても大変そう。かといって近所に下宿すると遊びいくのは東京はもとより横浜だってなかなか遠い。どういうキャンパスライフなんだろう。気になった。

 慶応ボーイといえばお洒落の権化でもあるんだけれど、都心の三田に比べれば日吉もなかなかローカルな上に、さらにローカルな藤沢の海から遠い場所にあって慶応ボーイだなんて自慢できるのかはちょっと謎。とはいえ一方でSFCといえばハイテクな起業も結構あったりする最先端のキャンパスでもあって、都心だから偉いといった時代でもないことをある意味で証明しているとも言えるのだった。マサチューセッツ工科大学だってニューヨークやワシントンにある分けじゃないからなあ。

 取材先まで歩いて行けそうだったので湘南台駅を西口から慶応大学湘南藤沢キャンパス方面へとつらつら。良い天気の中を自衛隊機が飛んでいったけど近所に基地でもあったのか。途中に巨大ないすゞ自動車の工場があったけれど昔は格好いい乗用車を作っていた会社も今はトラックくらいしか作ってないんだと思い時のうつろいを感じる。取材先では@時間半くらい滞在。営業車を5台以上転がしている事業所は、運転する人のアルコール検査を毎日乗る前と帰ってきた後にやらなくちゃいけなくなっていることを知る。新聞社も支局に寄っては記者が乗用車を転がし取材しているけれど、同じように検査を義務づけられるのか。飲酒運転で事故を起こして解雇された記者もいたりするだけに気になった。

 取材を終えて必要な写真もあったので湘南台から小田急で藤沢へと出てそこから片瀬江ノ島まで行って橋を渡り江ノ島に行く。いったい何時依頼の訪問になるんだろう。ずっと昔、「Just Because」が流行った頃に登場したモノレールに乗って大船から江ノ島へと出てそこから渡った記憶があるけれど、まだ仕事をしていた時代だから軽く3年は経っていそう。その後コロナになって寄りつくことすらはばかられたけど、今は人出もそこそこ回復して島に入って神社までの参道も人でいっぱいで、食堂も人が並んでた。なので生しらす丼はお預け。今年は海の家も出るみたいだし本格的な復活も期待できそう。この環境が去年だったらオリンピックも盛り上がったのになあ。やっぱり2年延期すべきだったんだよ。それを安倍元総理が……。ポン酢の世話は大変だ。

 帰りは前に乗ったモノレールを逆に江ノ島から大船まで。降りて食道でメンチカツ定食を食べてそして横須賀線から横浜経由で家まで戻ってお務めを終える。ネットを開くと日本SF作家クラブへの新入会員が発表されていて、「宝石商リチャード氏の謎鑑定」の辻村七子さんや斜線堂有紀さんの名前が入っていた。斜線堂さんはともかく辻村さんはミステリの人じゃないって反応も多そうだけれどこれがどうして、デビュー作となった「螺旋時空のラビリンス」はガチガチな時間SFで、そして「マグナ・キヴィタス」はガチガチのロボットSFだったりするのだった。集英社オレンジ文庫で出てSFファンには決して届いているとは言いがたいけれど、これで興味を持って手に取る人が増えればSFマガジンで紹介してきた身として嬉しい。SFも書いてくれると信じよう。


【6月1日】 「トップガン マーヴェリック」を見てトム・クルーズが来ていたフライトジャケットの格好良さに撃たれたものの、買うだけのお金もないので昔取り寄せた放出品でアラミド繊維製のフライトジャケットCWU−36Pに、せめてこれくらいはとミリタリーショップから取り寄せたパッチを張ってトップガン使用に仕立て上げる。アイロンプリントらしくマジックテープがついてないのでユザワヤでマジックテープのシールを買って来てパッチの裏に貼り付け、パッチの形に切り取って完了。前から張ってあったパッチを外してくっつけとりあえずトム・クルーズ気分を満喫する。

  そうえいば大昔に何かの記者発表会でお土産にアルファ製MA−1のトップガン仕様をもらったことがあって、割と来ていたけれどファスナーがいかれて着られなくなったので捨ててしまったのだった。あれのパッチを外せば使えたかどうか気になるところだけれど、縫い付けだったし無印「トップガン」と新作の「トップガン マーヴェリック」では張ってあるパッチも違うみたいなんで応用は利かなかっただろうと想像。その時にDVDがついていたかどうかは覚えてないけど、「トップガン」そのものを見た記憶がないのできっとフライトジャケットだけだったんだろう。作りすぎて余ったかな。今でも中古で買えたら面白いんだけれど。

 とある新聞社の決算が出て、一応は全国紙を名乗ってはいるものの北海道から東北北信越に中部中国四国九州あたりに拠点がなかったりするのでもはや都市圏紙としか呼べない新聞だけに売上高も800億円を割り込み単体では500億円前後となかなかに厳しい状況が垣間見えた。上半期だけだと赤字になっていたけれど、そこは販管費を連結で78億円ばかり削り、単体でも70億円くらい圧縮して上半期以上の減少を達成。さらに固定資産売却益を11億円乗せてとりあえず、営業利益、経常利益、当期利益を黒字にしたみたい。それでも配当を出せば留保なんて出来ないから大変。だからといって配当を出さないと存在価値すらなくなるグループ末端の悲哀。経営って難しい。いやそれはせめて売上げ減を止めてから言えって話か。うーん。

 FIFAワールドカップ2022カタール大会に向けて動き始めたサッカーの日本代表が、キリンチャレンジカップに出場するにあたって背番号を決めてこれがひとつ本番での規準になるとしたらラモス瑠偉選手や中村俊輔選手あたりが背負って価値づけてきた10番はリヴァプールの南野拓実選手が背負うことになるみたい。プレミアリーグでの出場がなかなか出来なかったもののカップ戦では大活躍して海外のクラブチームでプレーする日本人選手の中でも抜群の存在感を示したからこれは妥当。フォワードでもゴン中山選手が確か10番だったこともあるから大丈夫だろう。シューズもアディダスだし。

 ハムストリングスさえ痛めなければプレミアリーグにずっと出て大活躍できただろうアーセナルの冨安健洋選手はディフェンスってこともあって16番。右サイドバックはだったら誰ってことだけれど2ばんが山根視来選手で3番が谷口彰悟選手と国内組。4番の板倉選手に5番の長友選手と比べ冨安選手が落ちるとも思えないからそこは好みなのかもしれない。センターバックが決まっている吉田麻也選手は22番だし。謎めくのは11番の久保健英選手でマジョルカでも今ひとつだし代表にもフィットしていないのにこの厚遇は誰の差し金か。フォワードなら前田大然選手と古橋亨梧選手と三笘薫選手で十分なきもするけれど、そこはやっぱり知名度、なんだろうなあ。まあ森保一監督が本番で使うかは分からないけれど。


【5月31日】 Yahoo!ニュースが一部の芸能記事に関するニュースを配信している媒体のコメント欄を閉鎖したとか。調べたらどうやらWeb東スポと週刊女性PRIMEとNEWSポストセブンらしくそれぞれが配信しているニュースを見たらたしかにコメント欄がなかった。Web東スポは格闘技とかのスポーツ系ニュースについてはちゃんとコメント欄がついているから、芸能に関して閉鎖となったのだろう。それとも前からずっと閉鎖していたんだろうか。ちょっとそこは気づいてなかったので自身がない。

 週刊女性PRIMEとNEWSポストセブンは基本が芸能ニュースばかりだから媒体に関してコメント欄が閉鎖になったってことなんだろう。それが果たしてどういう効果を持つのか、コメント欄なんてまるで気にしていなかった自分にはまるで分からないんだけれど、ランキングを見るとそうやってコメント欄が閉鎖された媒体が上位にまるで入って来ていないことを見ると、拡散されることが減ってニュース自体の伝播が狭まるような影響が出ているのだろうか、それとも単純にコメントが荒れやすい媒体だったのでそれを閉鎖するだけで誹謗中傷の類を目にすることがなくなっただけなのか。いずれにしても何らかの意図はあり影響もあってそれが良い方に転がることを期待したい。

 唐突に「PUI PUI モルカー」の第2期放送が2022年秋に行われると発表になってびっくり仰天。WIT STUDIOに移ってストップモーションアニメーションのスタジオ立ち下に取り組んでいて、それと新しいタイプの新作アニメーションにも勤しんでいるかと思ったらしっかりと「モルカー」に関わっていたとは。吉祥寺アニメーション映画祭に登壇してトークを行っていた時もきっと制作中だったんだろうなあ。それでも外出できるくらいの余裕はもって作れているなら善哉、きっと良い物に仕上がることだろう。

 気になるのはどこをスタジオとして使っているかで、前は割と個人制作気味なところもあったけれど今となってはアニメーション界のドル箱スター、潤沢な資金と整備された制作環境を与えられていると思いたいけれど、そこであるいはWIT STUDIOの新しいストップモーションアニメーションのスタジオが使われていたりしたら、シンエイ動画の制作ではあってもWITも絡んでといった具合に面白い座組になっていそう。どうなんだろう。近年は久保雄太郎さんとかを起用してアーティスティックなアニメーションも提供しているWIT STUDIOだけにこうした外部との強力、あるいは外部への強力なんかも行ってアニメーション全体の称揚を図ろうとしているのかもしれない。

 それはCloverWorksとアニプレックス、集英社と組んで新しいアニメの企画会社を立ち上げたこととも重なる。座組みだけなら「SPY×FAMILY」で一山当てたんで同じような展開を同じメンバーで考えようぜってことに見える。同時にあれあけのデカい企画を成し遂げた後で同じような企画をオリジナルでなんて練り上げられない、やっぱり出版発のIPをアニメ制作会社を抱え込む形で確実に映像化したい集英社の戦略に過ぎないんじゃないかとも思えてしまう。だからこそ気になる次の企画。完全オリジナルなのか集英社作品なのか。集英社だとしたら何になるのか。オレンジ文庫あたりから良いのを選んでくると面白いんだけれど。辻村七子さんの「螺旋時空のラビリンス」とか。

 午前中に図書館で原稿を1本書き、午後に2本のウエブ会議を終えて時間があったので、イオンシネマ市川妙典で「ハケンアニメ!」を見る。3回目。平日の午後6時半からの上映で都心部でもないのに10人以上入っていたのはそれだけ面白さが知れ渡り始めている現れか。今回思ったのは、王子千晴監督が斎藤瞳監督と対決した発表会で紹介映像が流れる前に黙っていたのはかっこ付けじゃなく、自分で作れなかったのを有科香屋子プロデューサーがどう繋いだかを確認してたのかもしれない。直前まで行方不明だったわけだから。

 そして見て何も言わなかったのは繋がれ方に納得がいったからなのかも。それで惚れたか、俺のことが分かっている人だってことで。しかし3回見てもまた見たくなるのはEDロール後のアレを見てジーンとしたいからなのかもしれない。あるいは斎藤瞳監督が「サウンドバック 奏の石」の最終回の構成を変えると言ってから、説得にも応じず自分を貫き断言し、そしてクリエイターを巻き込みラッシュまで行く怒濤の展開の気持ちよさを味わいたいからなのかも。クライマックスが大好きで何度も通った「サマーフィルムにのって」と同じ味。あるいは「キサラギ」のダンスエンディングに笑いたいため。そういう映画、もっと出てきて欲しいなあ。


【5月30日】 興行通信社の週末映画興行ランキングが出て、沈んでいた「劇場版 呪術廻戦0」が8位へと再浮上。いよいよ劇場での上映が終わるってことでいっせいに上映が行われて舞台挨拶もあってそのライブビューイングも行われたことから集客がぐっと増えたみたい。もう見納め感があってもイベントひとつで盛り上がれるのなら、ほかの映画でも試せばあるいは動員を増やせると思うのだけれど日本の映画宣伝って仕込みは一生懸命でも、その後の盛り上げにはなかなか淡泊。2の矢3の矢が飛んでこない。

 公開そこまでが仕事って割り切っているのだとしたら、あとは責任を持っている配給会社なり製作元が頑張らないといけないんだけれどその時は別の作品にとりかかっているから手が回らないのだろう。そうした中で「ハケンアニメ!」はツイッターに続々と情報を出して頑張ってはいるんだけれど、それでも届いていないのか2週目もやっぱりベスト10外でちょっともったいない。都内の劇場では箱が小さいこともあって満席のところが出始めているのだけれど、地方ではやっぱり入ってないんだろうなあ。あと1押しが必要だとしたら何ができるんだろう。

 そうした中で、この映画が気に入ったのか稲垣吾郎さんがレビューをしてそして自分がTOKYO FMでやっているラジオ番組「THE TRAD」に吉岡里帆さんを招いて映画のことをいろいろとトーク。「本当に面白かった」と重ねて行って、前は試写で観たから今度は劇場でもまた見たいと話す吾郎さん。「クリエイティブの難しさと人間の成長物語。アニメがどうやって作られるか、楽しむことができた」といった言葉には、ちゃんと映画のテーマを普遍化して受けとめていることがうかがえた。

 受けて吉岡さん。「心に残るアニメにたくさん触れてきた」という経験から映画の中について触れて、「すごくプロフェッショナルで、これが世界に認められる日本のアニメの裏側なのか」と思ったと話してくれた。えいがではメガネをかけて髪しばった化粧っ気のない顔で出ているけれど、そんな斎藤瞳監督役が「それでも可愛かった」と吾郎さんに言われたら、やっぱり嬉しいんだろうなあ。

 あの役も今だから演じたれたところがあると吉岡さん。「7年がかりの映画でオファーも前だった。そのころ演じてたらこうはなってなかった」というのは、いろいろな仕事を経て責任とか感じるようになったから。役者としての積み重ねがあって、それでもベテランにはまだ届いてない今だからこその必死さが現れていたのだとしたら、それこそが時間を切り取り定着させる実写映画の醍醐味って奴になるんだろう。

 「アニメって多くの人の緻密な作業の積み重なりで初めて世に送り出されている」と吉岡さん。「その感動、当たり前のように見ているアニメーションがどれくらいの努力の結晶なのかが伝わったら良い。何かに一生懸命頑張っている人なら、秀逸なセリフが胸に刺さって、明日もう少し頑張ろうと思ってもらえるのでは」と改めて話して鑑賞を呼びかけていた。これだけのプッシュがあったら改めて、見に行かないといけないなあ。東京あたりならまだまだ上映機会も多そうだけれど、3週目に入るとすっと減る可能性もあるから要注意。それは「犬王」にも言えるか。やっぱりランク外。映画って難しい。

 5月31日で終わってしまうので阿佐ヶ谷のぱすたやに寄ってご当地パスタシリーズで群馬県名物らしい「ベスビオ」を戴く。火山の名前がつけられているとおりに食べると口から噴火しそうな辛さ。それはカレーとは違って唐辛子で見た目は普通にトマトソースのペスカトーレなんだけれど、黒くカリカリになった唐辛子が何本も入っていることからソースが辛い。ただ食べられないほどではなく辛さがほどよく口を刺激して大盛でも食べきることができた。しばらく口に辛さは残っているけれど、1時間ほどで消えてしまうところも潔い。お腹がどうなっているかは不明ながらもこれは食欲をそそられるのでどこかで恒久メニューにして欲しいなあ。だったら群馬県に来い? ごもっとも。次は函館イカスイナポリタンだそうで黒いパスタを食べられそう。お昼には食べられそうもないかな。

 トランスジェンダーの人へのパワハラでセクハラが続いて訴えられた某社が至らなかったとコメントを出したみたいだけれど、2019年の段階でそうした事態が起こってすぐに手を打ち職場を分離する措置を講じたにもかかわらず、1年後に同じ部署に戻したりそこから2年も手が打たれなかったりしたのはなぜなのか、ってことの方がちょっと気になる。やった気になっていたのかそれともそれ以上は何もできなかったのか。ずっと同じようなことが執拗に行われていたのかも気になるところではあるので裁判に突入した以上はそこで審議され判断されて欲しい。セクハラパワハラ人間が居座り偉くなる会社は衰退していくとしても、その某社の業務はクリエイターの自立にとって重要だから。


【5月28日】 新宿へと出向いて「犬王」の舞台挨拶付き上映が始まるまでに食事でもと思ったものの、10時半頃では開いてる店も少なかったので牛丼屋のたつ屋に入って並を1杯。しばらく前に400円に値上がりしていてまつ屋とか吉野家に比べてリーズナブルな感じも薄れたけれど、よく煮込まれた牛肉とそえられた豆腐が良い味を出していて大手チェーン店では食べられない味を楽しめるからやっぱり通ってしまうのだった。

 店内のテレビではトム・クルーズがインタビューに答えていて、「トップガン マーヴェリック」ではセット撮影は使わず自分だけでなくメンバーもやっぱりジェット戦闘機に乗って実際にGを浴びながら撮影を行ったことを明かしていた。自分は操縦できても若い俳優はちょっと無理なところを映画さながらに教官となって訓練したみたい。だからこそのあの先生と生徒感も生まれたんだろう。あと超メジャーな若手俳優が混じってなかったもの、そんな危険な撮影に臨む人がいなかったってことなのかも。でもそうした試練をくぐり抜けた俳優たちは36年前のトム・クルーズと同様、これからの道が開けたんじゃないだろうか。極めれば道は開かれる。学びたい。

 さて「犬王」。新宿バルト9までエスカレーターで上がった8階の以前は中華そば青葉があって、そのあとラーメンTETSUが入っていた場所にパスタ屋さんが入ってしまったそっちで食べればとも思ったけれど、値段が結構高かったので今回もそして以降も断念。パスタならちょっと前に新宿紀伊國屋書店から移転したJINJINが、バルト9の下ちょっと新宿御苑寄りにオープンしていたのでそっちを使うから別に良いのだ。バルト9の中のカフェは「映画 五等分の花嫁」のコラボカフェになっていたけどそっちはそっちで作品を知らないので今は遠慮。公開中に観て感動したら使おう。

 さて「犬王」。前に東京国際映画祭で観ていて今回が2回目、その時にすでにロックフェスのようだといった感想を持っていたけれど、改めて見てやっぱりロックフェス的な盛り上がりを味わえる映画だってことを確認できた。だって後で登壇した出演声優陣がそろってフェスだって例えていたんだから。女王蜂のアヴちゃんに森山未來さんの2人がメインを張っている映画だけれど口から出る演奏場面を例える言葉がフェス。だからこそ映画館でも応援上映が解禁されて足踏みならし手拍子を打って叫ぶような観賞が出来れば最高なんだけれど、上映期間中にそこまで至るかどうか。岸田内閣次第か。

 壇ノ浦で海中に潜って平家の遺品を引き上げつつ漁師をして来た友魚の目が見えなくなって琵琶法師に拾われ京へと上ってそこで琵琶法師の弟子となり、最初は普通に唄っていたのが京の都を駆け回る異形の存在、すなわち猿楽の家に生まれながらも訳あって人間らしさを奪われ怪異な姿となって生まれた子供と出会い目の見えない友魚から名を変え友一と出会って意気投合。見よう見まねながらも優れた才能を異形の体躯ととおに見せる自称「犬王」の講演に、友一変じて友成は観客を誘う前座の音楽を奏でるようになり、そして犬王は誰も観たことがない能楽というかもはやイリュージョンを河原で、清水の舞台で、そして将軍足利義満の庭園で披露するようになる。

 そこで奏でられる音楽は現代のロックで、琵琶と太鼓でどうしてそんな音が出るかというのはこの際気にせずスピリッツとしてのロックすなわち体制への反抗が室町時代にも奏でられ、大衆を引きつけたと理解して観ていくとして、そうした音楽がとにかく凄まじく格好良くって心がシビれる。唄われているのは犬王という異形の存在の物語なんだけれど、その歌詞も歌われる歌声もアヴちゃんによるもの。性別不詳の響く声が醸し出す時にロック的で時にオペラ的な雰囲気に満たされた映画館もまた、ロックフェスの会場となって観る者たちを犬王の、そして友成のパフォーマンスへと引きつける。けれども。

 権力はやがて反体制的なものであり、自分より人気のあるものを弾圧するのが世の常で友成座の音楽は禁じられ弾圧され斬首される。なら犬王は、ってところが謎であり不興も買いそうだけれどそこは舞台挨拶で森山未來が触れていた、600年が経ってなお成仏できずにさまよう友成戻って友魚の魂を、ようやく犬王の魂が見つけられたように彼もまた無念を遺して600年を彷徨っていたことを感じ取るべきだろう。史実として犬王は義満の庇護下で栄え命も繋いだならばそこで表舞台から退く訳にはいかない。自分がそちらがわにいることで得られる何かに期すところがあったのかもしれないけれど、魂は友成と共にあったのだと理解しよう。だからこそ戻ったのが、本来の姿に。

 中盤からほぼずっと怒濤のロックサウンドとイリュージョンが繰り出され、席を立つ間もないからそこまでの、友魚が琵琶法師となって友一と名を変え犬王と出会うまでをひとつしのぎきって後は怒濤の展開に身を任せよう。そこまでの頼りは目を切られうっすらとしか見えない友魚の視界をそのまま映したようにぼやっとしながらディテールが分かるアニメーションの表現のアーティスティックな部分をしっかり堪能。後半以降も踊り唄う面々のアクションであり表情にアニメーションとしての凄みを感じよう。途中、森山未來さんが上げていた、藁で出来た手がずばっと刈り取られる場面でのけぞった犬王の顔を俯瞰で映すシーンは、24コマのフルアニメーションで描かれているそうなので改めて見る時に確かめたい。


【5月27日】 実は1作目をろくに観てない「トップガン」の実に36年ぶりとなる続編「トップガン マーヴェリック」が公開となったのでTOHOシネマズ新宿のIMAXで早々に観る。バビューンでドバーンでグオーンでズダダダダでドカーンだった。楽しかった。以上。ってそれでは説明になってないからもうちょっと書き足すならば、今度は廃校の危機ではなく戦車道の総本家を駆けた戦いが日本戦車道連盟へと持ち込まれ、世界選抜を相手に戦うことになってもはやどうしようもないといった状況下、西住流家元の西住しほが抜擢されて日本の高校選抜チームの教官となって昔取った杵柄を見せるといったストーリー、かな。かな?

 見どころは間にどれだけ時間が経ってもまるで衰えていない西住しほのボディスタイルとそして戦車を操り勝利へと導く技術。娘の西住みほとの関係もどうにか修復し、身を出身校の黒森峰学園のタンクジャケットに包みティーガー戦車に乗って全体を指揮して世界選抜が繰り出す物量に任せた攻撃をかわしてチームを勝利へと導く。面白そうだとしか言えないそんな設定を、世界のトム・クルーズが超音速で飛ぶジェット戦闘機を操りながらやってしまうんだから面白くないわけがない。ミッションが達成された瞬間にヒャッハーと叫び、そして危機一髪からの大逆転を迎えた瞬間にヒャッホーと拳を振り上げたくなる。

 アメリカだったらもう大声で歓声が飛んだだろうなあ。そんなエンターテインメント性に溢れメロウなドラマもたっぷりな「トップガン マーヴェリック」。途中、西住しほとみほの母娘が敵地で鹵獲されていた四号戦車を奪取して敵を攪乱するような場面があるかもしれないしないかもしれない。そして危機に陥ったところをまほが駆けつけ母親と妹を救うとか、そんな映画を創ってくれたら見に行くなあ。タイトルは「ガールズ&パンツァー 西住流」とか、そんな感じ? しかしCGではない戦闘機がほんとうにドッグファイトを繰り広げる映画は日本じゃあ撮れないよなあ。映画大国アメリカならでは。アメリカではどんな受け止め方をされるんだろう。興味津々。

 将棋の棋王戦で里見香奈女流四冠が本戦への出場を決めたとか。これは快挙である上に、対プロ棋士との対戦成績でプロ棋士編入試験を受験する資格が出来たそうでこれに申請をして5戦のうちで3勝すれば四段プロ棋士となってフリークラスに編入される。三段リーグを勝ち上がってプロ棋士四段になれば順位戦に参加できるC2クラスに編入されるから活動に制約はあるものの、女性で今までプロ棋士四段になった人はひとりもいない状況から考えるに、歴史始まって以来の快挙に手がかかったこの貴重な機会を是非に生かして欲しい気もする。

 ちょっと前に西山朋佳女流二冠が三段リーグで次点をとって、そこで2位以内に入ってさえいれば堂々の四段昇段を決められたのだけれどわずかに及ばなかった。それでも次の期にもう1回次点をとればフリークラスに編入されたけれど、今ひとつ調子を上げられないまま奨励会を退会してしまった。そこでの限界を認識したってことを理解したらしいけれど、同様に里見女流四冠も三段リーグで戦いながら退会をしてしばらく女流として活動し、そこで成績を上げて来た。早熟の天才もいる一方で晩成の大器もいるのが才能なら、自分はそちらなんだと誇って良いと思うので、かつて及ばなかった場所という感情は埋めて今できることをやり抜いて欲しい。それがプロ棋士挑戦なら是非に。

 アニメーション会社で働くクリエイターが貧乏なのはよろしくないと、ヒット作が出て儲かったアニメーション会社についてはご褒美として税金を割り引いて還付金としてアニメーション会社に戻せばハッピーと言って非難囂々だった赤松健さんが、「先日のアニメーター待遇改善案について、『還付金を制作会社に渡しても現場に還元などされない』、『ヒットした作品に限定すべきでない』など多数のご意見を頂きました。直接クリエーター支援に繋がる施作にすべく、根本的な現状改善に向け政策を改良していきます」というコメントをやっと出した。

 すぐさま声が上がったにも関わらず、てここまで2週間もかかるのかがまず分からない。あと、誰かが憶測していた、アニメ会社の単年度でドバッと儲かっても、税金で持って行かれて次の投資に回せないので、そうした税制面を改めるんだと言いたかったのを端折っただけという話ではなくて、本気でヒット作を出したご褒美として還付金を出すといった感じで、勝てば官軍であり勝たなくては無意味といったクリエイティブにあるまじきスタンスが根底にあったことがまるで分かっていなかったことが分かってちょっと心配になって来た。誰かまっとうなブレーンはいないものか。肝心要のインボイス制度にはまるで無関心なのも気になる。どうなるかなあ。


  【5月26日】 図書館に行ったら「演劇界」という歌舞伎を紹介する雑誌が休刊になっていて、根強いファンがいそうなジャンルでも雑誌を維持するだけの読者を得られていない現実に慄然とする。まあファン層の年齢が確実に上がっているジャンルでもあるから仕方がないのかもしれないけれど、日本が世界に誇る文化でこれからも維持していかなくてはならないジャンルで衰退が目立つのはちょっと拙い。むしろだから国が雑誌を支えて広報メディアとして利用し若い層に歌舞伎の魅力を伝えていく努力をしなくちゃいけないのに、劇評は近所の書店で頒布されるレターに置き換わってしまった。それすらもきっと読まれないんだろう。

 雑誌では「近代柔道」と「ボクシングマガジン」も休刊。東京オリンピックがあって柔道だってボクシングだって競技が行われたはずなのに、それがまるでスポーツの振興からの雑誌の売上げ拡大につながっていなかったことが如実に分かってしまった。柔道はともかくボクシングならファンもいそうな気がするけれど、雑誌を支えるほどではないんだろう。いっそう闘犬よろしく拳闘もギャンブルの対象にすれば雑誌を買う人も増えるかというと、リアルタイムに近い情報が求められるネットに置き換わっていくんだろう。競馬はだから雑誌より新聞が生き残っている。次は相撲かプロレスか。

 だったらウエブが安心かというとcakesって書き手のクリエイターが文章を発表するプラットフォームが8月で完全閉鎖となって記事もいっさい読めなくなるとか。さすがに成果がぶっつぶれては書き手も怒るってことで、運営元があわててデータはしばらく保存し渡せるようにすることをアナウンスしていたけれど、一般の人はもう読めなくなるということに媒体の運営者として何ら配慮をしないところが寂しい。いつでもどこでもアクセスできて、時にタトゥーとして永遠に残ると言われているネットだけれど、記事は消されて読めなくなってしまう方が多い。紙なら出てさえいれば誰かどこかが保存してくれるのに。そんなネットに依存して文章を発表し続けるリスクも考えないとなあ。

 菊名へと行く用事があったのでとりあえず横須賀線で武蔵小杉まで行って東急東横線に乗り換えようとしたらものすごく歩かされた。あの距離を朝は近隣のタワーマンションから吐き出される大勢の会社員がぎっしりと詰まってホームにも溢れ改札の外にも溢れる状況に陥っていると思うと都市作りってのはよほど考えないといけない分野ってことがよく分かる。住みたくないなあ。とはいえ菊名あたりだとタワーマンションもないけれど飲食店も少なく買い物もできる場所がなかったりしてとても横浜市街近郊には思えない。横浜線も通っているターミナル駅なのに東急はどうして開発しなかったんだろう。日吉はあれで慶応大学があるから立派なんだろうなあ。

 ひと仕事終えてさて帰って寝るかと思ったものの、丸の内TOEIで上映されている「ハケンアニメ!」の入りが芳しくなく、午後4時10分からの回で予約が1人もいないことが見えたので、これはどうにかしなくちゃいけないと日比谷線から銀座で降りてかけつけ観賞。幸いにして3人くらいはいたけれど、都内でも最大規模のスクリーンで上映されている東映のお膝元であるにも関わらず、この入りは先行きがちょっと心配。あれだけ宣伝もしていたのに、そして舞台挨拶の抽選でチケットが外れるくらいの人気だったにどうしてこうなってしまうんだろう。

 「ハケン」が「覇権」なのに「派遣」と思われてたいように、ストーリーが分からなかったのかもしれない。それだと行かない日本の安全パイばかり囓りたがる嗜好をどうにかしないと、エンターテインメントは死んでしまうしそれ以上に感性が摩耗してしまう。前評判とか気にせずコストなんて無視してふらりと映画を見て面白ければ喜びつまらなくても経験だったと笑える社会にならないと。さて2回目は原作を読んで見知ったものと少し違っていた映画の全体を把握した上で流れを追って観ていくことができた。最初は緊張で怖々として手探りだった斎藤瞳監督が、刺激を受け自分を改め成長していく感じをちゃんとつかめた。王子も余裕綽々なようで時に才能への懐疑を示す繊細さがあることを垣間見れた。それでもやっぱり最後には感動してしまうところがやっぱり凄い。もう1回観ても感動するんだろうなあ。そのためにまた行こう。入場特典も変わるみたいだし。


【5月25日】 秩父にあるアニメの作画会社が映画「ハケンアニメ!」の中で作られる「サウンドバック 奏の石」と「運命線線 リデルライト」の両方の作画を受注していることから、同時刻の放送を壁を仕切って見ている描写があって、時の勢いを反映して見る人の数が増えたり減ったりしていたのを現実でも再現したら面白いかもと企画。同じ劇場で同時刻から「ハケンアニメ!」の上映を始めて、片方に「サウンドバック 奏の石」派、もう片方に「運命戦線 リデルライト」派が入って映画を見るようにすることで集まった人数を競い合ったらどちらが勝つだろう。

 そこは役者の内で「サバク」の斎藤瞳監督を演じた吉岡里帆さんのファンと、「リデル」を監督した王子千晴を演じた中村倫也さんのファンがそれぞれに推し活を繰り広げるだけで、アニメの評価にはつながりそうもないから無理かなあ。いやいや監督だって数ある宣伝の弾の1つ。100撃って1つ当たるかどうかと城成理プロデューサーも言っていたから、それに乗っかりたとえ役者のファンの推し活になっても宣伝のためにやってみたらどうだろう。その場合自分だったらどっちに行くだろう。榎本佑さんも推したいけれど尾野真千子さんも推したいんだよなあ。それくらい、キャラのパワーが拮抗していた希有な映画。もう1度くらい見て誰を推すか考えたい。

 アメリカのテキサス州で銃の乱射事件が起こって子供を中心にして21人くらいが亡くなったとのこと。どういう理由なり心境からの乱射なのか伝わっていないけれど、少し前に起こった乱射事件は白人至上主義をこじらせた人が黒人を狙って乱射したって話で、その際に匿名掲示板の「4ch」をハブにして情報が回ったようなことが取りざたされていた。今回の乱射でも発生直後から「4ch」が関与しているかどうかを噂する言葉がSNSなんかに上がっていて、いよいよヘイトとレイシズムの言動が濃縮されて発信されるプラットフォームとして全米的に認知されて来たみたい。その運営に直接関わっているかは分からないけれど、生みの親ともされる人間を日本はテレビ局がコメンテーターとして起用しありがたがっている。不思議だけれどそれが日本のメディアの限界であり厄介なところなんだろう。

 だって真っ当なメディアなんて経営できないじゃん。日刊現代だかで編集長を務めた瀬尾潔さんが立ち上げた「スローニュース」ってサイトが早くも記事の更新を停止して実質的な撤退を決めた。ノンフィクションを応援するプラットフォームとして購読料を集めつつ優れたノンフィクションを優れたライターに書いてもらうコンセプトでそれなりに読み応えのある記事が掲載されていたようだけれど、「現代」にしろ「宝石」にしろノンフィクションが載る雑誌は「文藝春秋」「中央公論」を除いて絶滅してしまった現在、ネットだからといってコストをかけずに運営できるかというと、今度は購読者が集まらない。雑誌は買ってもネットにお金は払いづらい風潮の中、それでもファンを集めて運営するには何が必要か、って考えると東浩紀さんの「ゲンロン」は巧くやっている方なのかもしれない。毀誉褒貶あれど中心的な人物に特徴があるから。

 何かの冗談だとしたらたちが悪いし、真剣だとしたら頭が悪い。AV新報なるものが取りざたされている中で、立憲民主党の堤かなめ衆議院議員は「政党として性行為AV禁止の法律を別途検討していくことは可能か」といった立場から、「テレビや映画の殺人シーンで実際に人は殺さない」といった考え方をバックにして、性行為の撮影や動画の売買を認めることは個人の尊厳を傷付け性的搾取を許すことだ。党としてさらなる対策を検討し進めていきたい」と国会で話したとか。おいおい、性行為はすると殺人のように罪に問われるものじゃないだろう。「個人の尊厳を傷付け性的搾取を許す」場合もあるけどそうでない場合もある。そこを一緒くたにしてしまって突っ込まれるだろう可能性を、考えなかったのなら戯けだし、考えていっているならそれは表現の自由への挑戦でもある。今度の選挙も政権交代には遠そうだなあ。

 思うところあって横浜F・マリノスの試合を見に三ツ沢へ。マリノスだったら横浜国際じゃないのっていうとそれではやっぱりコストもかかるから最近は三ツ沢も使うことがあるみたい。行ったのがいったい何時以来になるか覚えておらず道にも不案内だったので、横浜駅からバスでスタジアムの側までいって中に入って試合を観戦。ちょっと前に豊田スタジアムで見た京都サンガを相手にマリノスが押し込みながらもキーパーの攻守もあって得点を奪えずちょっと苛立ちも出てくる。それでも右サイドを駆ける仲川輝人選手の圧倒的なスピードに、左サイドで安定したプレーを見せる宮市亮選手、そして得点を奪った小池龍太選手の頑張りなどもあって1点をリードし、後半にも1点を加えてマリノスが快勝する。

 両サイドのスピーディだったりする動きとあまりボールをもたずワンタッチで回していくパスワークが見事で、これで縦への圧も加われば往年のジェフユナイテッド千葉でのオシムサッカーの再来になったかもしれない。ただゴール前で回す余りに飛び込んでのシュートといった危険なプレーにやや乏しく、それが相手に守備の意識を生まれさせて堅守へと繋がって得点差を広げられなかったのかもしれない。後半に入った水沼宏太選手はボールの落ち着きも運びも良くってやっぱり一級品とった風格だけれど、もう32歳なんだよなあ、23歳で同じだけの活躍ができていたら世界がとれる選手になったかもしれない。そういう人が残って前田大然選手やオナイウ阿動選手は海外で活躍。日本サッカーの空洞化も極まってきたかもしれない。その中で最大限に面白いサッカーをやってくれている分、マリノスはましなのかもしれない。ちょっと観察していこう。


【5月23日】 「シン・ウルトラマン」が「ウルトラマン」のリブートだとしたら、「ウルトラマン」の続きであるところに小林泰三さん「ウルトラマンF」はある意味で「シン・ウルトラマン」の続きとしても読める気がする。巨大化した富士明子がフックとなって大活躍するストーリーが、そのまま「シン・ウルトラマン」の続きになるとしたら浅見弘子がメフィラスによって巨大にさせられた影響を引きずって、あの後も活躍する禍威獣を相手に浅見弘子が覚醒して変身して戦うことになったりして。それはセクハラではなく立派に女性の社会参加と見るか否かは変身後の格好次第か。さすがにグラマラスにはできないか。

 山口県で給付金の10万円を間違えて1人に4630万円を誤送金した件で、振り込まれたお金を全額オンラインカジノで使い切ったと嘯いていた人を横目に決済代行業者がなぜか3500万円を町に返したとのこと。警察にガサ入れされて怪しいお金を集めては怪しいところに投資していたことがバレて摘発されるのを恐れて自分はもう関係ないという証として手切れ金として振り込んだのか、それとも最初からオンラインカジノに使ってなんていなくて決済代行業者が後でバックするために一時保管していただけなのか、いずれにしても怪しい仲介人が絡んでのお金の動かし方をする人に、ピンポイントで大金が渡ったことがやっぱりなかなか信じられないのだった。偶然かなあ。

 バイデンバイデンバイデン、バイデンバイデンバイデン、バイデン、バイデン、バイデンデンーン。なんて唄いたくはならないバイデン大統領の来日がまったく個人的に話題にならないのは、そういった話題でもちきりのメディアの中にいないのと、そういった話題を伝えるテレビをほとんど見ていないせいか。ネットとかで見るニュースでは天皇陛下と面会をしてそれから岸田総理を会見もしたみたいだけれど、何を言ったかといえば台湾有事へのスタンスを示したくらい。それは助けると言いつつホワイトハウス的には言ってなかったりする曖昧なもので、そうした言動を国民が許し認めて騒がないところが、日本のノイジーライティーが強いメディア状況との違いなのかも知れない。

 新潟国際アニメーション映画祭というものが立ち上がるみたいで来年3月17日から22日という日程は東京アニメアワードフェスティバルとはズラしていると思うけれども近すぎる日程はその後にAnimeJapanも控えているだけにアニメーション業界関係者にはちょっと忙しい気もしないでもない。合わせたのかそれとも挑んだのか。ちょっと気になる。商業がメインの長編アニメーションの映画祭ということで、それなら東京アニメアワードフェスティバルがやっているかというとファンの投票で候補作を選ぶという映画祭とはちょっと違ったセレクトをしているところが映画祭とはちょっと違う。だから目下やっぱり唯一ってことになるんだろう。それで選ばれるのが優れているけど興行がイマイチな名作なのか、名作呼ばわりはされないけれど確実にマーケットを得てファンもいる作品になるのかは審査委員の心情次第か。お手並み拝見。取材行けるかな。

 三鷹でしばらく仕事をしてから帰って船橋の銀座コージーコーナーで今度はちゃんと変えたカスタードのエクレアを帰って食べて幸せな気分。これが斎藤瞳が求めていた味か。そして始まった「攻殻機動隊SAC_2045」のセカンドシーズンを見始めて、プリンがちょっと大変なことになって涙ぐむ。続いてトグサの失踪からの行き先が東京あたりを分かったけれど、どちらかといえば筑波あたりを思い出される風景というか、25年後も日本はそれほど変わっていないというか、そういった世界観の独特さがどうにも不思議なテイストを醸し出している。シリーズなのでテンポの悪さは相変わらず。これらをギュッとまた縮めた劇場版が出てくれば嬉しいかもしれない。曽世海児さんは荒巻もやればポストヒューマンの女性のミズカネスズカもやったりとモーションアクターで大活躍。スミスが凍結されちゃって声の出番はもうなさそうなだけにそっちで期待だ。


【5月22日】 そして始まった「天使のたまご」の上映は半分くらい起きていたようで眠っていたようで戦車めいたものが砲塔を横に向けてガラガラと走って行くキャッチーな場面は見られて巨大な目玉みたいなのが降りてきて海に落ちてそこに立像がわんさか乗っていて「宝石の国」で月から降りてくる奴らのビジョンを思い出す。あとはラスト付近で少女が大声で叫ぶところ。ここでパチッと目が明いてそして少女が人形となって目玉と共に上へと上がっていく場面は見たけれど、全体としてどういうストーリーがあったのかはやっぱり分からなかった。次に見る時はいつだろう。

 続いて「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」。こちらも話を知っているだけあって見なくても分かると意識を飛ばしつつラストの博物館でのバトルだけは目覚めて素子のゴリラ化とその前の磯光雄さんによるアクションを確認。でも「ネットは広大だわ」のセリフでは意識が飛んでいたりして短い間に行ったり来たりしていたみたい。人間って不思議だ。そして「イノセンス」。こちらはしっかりと最後まで見終えた。プロダクトデザインはいっしょでもルックがまるで違ってアニメっぽさから遠ざかっていたけれど、当時はそれを進化と思っていたんだよなあ、新しいこが始まるって。

 でも今となってはセル画調で描かれた「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」が懐かしく思う。肌触りも良い。そこはだから古い人間なのかもしれないけれど、結果として次の「スカイ・クロラ」ではセル画調のルックへと回帰していたようだから、押井守監督も馴染みがあるのはそっちだったのかもしれない。もし次が作られるとしてどっちのルックになるんだろう。3DCGはすでに「攻殻機動隊SAC_2045」で既にやってしまったから、元に戻して究極のセル画調を目指して欲しいなあ。それが押井守監督の最後のアニメーション映画となるのかもしれないならなおのこと。

 帰ってからちょっと眠りそして起き出してイオンシネマ幕張新都心へ行って「シン・ウルトラマン」をULTIRAで見る。真下から見上げるような浅見弘子の香しさを堪能しメフィラスの耳触りのよい声に聞き惚れそしてゼットン相手のワンパンチ勝利に喝采。そこへと向かう直前の浅見との別れのシーンでベタベタな音楽も流さず涙も見せずにさらりとながす人間ドラマの希薄さを是とする口ではあるけれど、2度3度見ると淡泊過ぎてもうちょっとベタっとしたところがあっても良かったかもしれない。人間って贅沢。そしてゾーフィ相手の会話を経て目覚めて終わる割り切りの良さも潔いけど物足りないと思う瞬間もちょっとある。「仮面ライダー」ではそうした人間味をどこまで出すか、それとも割り切るか。見守ろう。

 戻って銀座コージーコーナーで「ハケンアニメ!」御用達のエクレアを買おうとしたらチョコが載ったカスタードは売り切れだったのでいちごを買って食べたけど、それでチョコじゃないと斎藤瞳は泣き出したのだからあまり応援にはならないか。原作だとドーナッツなんだけれどコラボレーションがコージーコーナーになったのは、話を持ちかけて断られたからなのかそれとも東映が根城にしているのが銀座だからなのか。気になります。原作との違いといえば「サウンドバック 奏の石」が舞台にしているのは原作では新潟県なのに映画では秩父になっていた。既にご当地アニメが沢山ある秩父じゃ聖地巡礼も嬉しがらないのにどうして変えてしまったのかなあ。近場だと盛り上がると思ったのかなあ。そこで行城理プロデューサーのような人が暗躍して仕掛けたのなら凄いなあ。


【5月21日】 用事があって銀座に出たらプランタン銀座の建物がユニクロになっていた。でもって隣が無印良品で比べてやっぱり自分には無印の方が合っている感じ。ひとつには素材で麻にしても綿にしてもしっかりと表示をしてその効能をうたっていることがひとつあり、なおかつそうした素材で作られたファッションがどれもシンプルで体に合う。着ていてまるでストレスを感じないのがシンプルだからこその力って奴なんだろう。

 ユニクロはジーンズに関しては悪くないけどシャツは全体に生地が薄くてそして丈が短い印象。そうやって少しずつ詰めれば全体でどれだけの節約になるかと考えた時にひとつのアイデアなのかもしれないけれど、1枚1枚を身に纏うことになるユーザーにとってはちょっとした丈の短さだとか薄さは着心地に致命的になるんだよなあ。それが今も続いている風習なのかは確かめてないけれど、かつてそういった印象を持ってしまうとなかなかくつがえせない。それでもジーンズに関しては履き心地がずいぶんを上がった印象なのでサイズ直しの充実度合いも含めて利用していこう。ようは使い分けってことで。

 自分の話から入れば新聞記者だったので世のドラマに登場する権力に噛みついて不正を暴き、警察を出し抜いて真犯人に迫り、文豪を奮起させて折った筆を元に戻させ、挫折したアスリートを支えて競技の第一線へと送り返すなんてことをする新聞記者は、万人に1人もいないだろうことは分かっている。それでも、過去にウォーターゲート事件が暴かれリクルート事件が指弾されたように誰かが何かを成し遂げたという実績はある。そして、関わる人は忙しい日々に疲弊しながらも、心のどこかに新聞記者にはそうあって欲しいと思い、ドラマのような新聞記者を理想の姿として夢見る。そんな新聞記者ばかりになれば世の中にも何某らの活気が起こり、正義が貫かれるだろうという願望とともに。

 アニメーションを作る現場が視聴率を競い合ってぶつかり合うようなことはたぶん起こってはいないだろう。ぎりぎりの段階まで監督がラストを迷って迷って迷い果ててなお迷い続けるような状況も現実的ではないだろう。そんな余裕などアニメ制作の現場にはないからだ。変えられたコンテに従って作画をやり直す余裕もなければ、事前に収録を終えてあるはずの声優が変更された台本に合わせて最終回の放送間際に声を録るなんてこともないだろう。

 だからありえないと映画「ハケンアニメ!」の一連の描写を否定して理想が過ぎると呆れるアニメ関係者が少なからずいるだろうことは否定しない。土曜5時台に1クールのアニメが放送されるような状況も、その1本が大手アニメーション制作会社が手がける子供向けのアニメーションであるということも現実的ではない。だから原作は違っている。放送時間は別々でターゲットも違うし視聴率でも競争しない。

 ”覇権アニメ”という言葉の下に天才監督による魔法少女アニメと新人監督による子供向けのロボットアニメが同じクールでぶつかりあっても、その勝敗は視聴率という明確な物ではなく、人々の間の評判であったり世間にあたえたインパクトといったものの総称として用いられ、雰囲気の中でどれが”覇権”と言えるだろうかといった雰囲気の中で、誰となく認識する作品として語られる。

 それがあったから小説としての「ハケンアニメ!」は視聴率であったりパッケージの売上高であったりといった数値の上下で優劣が決まるといった、アニメーション好きの神経を逆なでしそうなバトルではないと理解され、受け入れられた。それが映画版「ハケンアニメ!」では、真っ向から視聴率対決にされてしまったことに、アニメーション好きは少なからず違和感を覚えるだろう。

 ただし、これは映画だ。映画というエンターテインメントだ。ドラマの新聞記者と同様に、ある種の理想像を時にカリカチュアライズも含めて描くものだとしたのなら、映画『ハケンアニメ!』はアニメーションの業界がそうあれば、とてつもなく理想に近い作品が続々と生み出されて働く人たちも理想を貫け、受けとめる視聴者も喜びを噛みしめられる世界になるのだといった思いが、形になったものだと言えるだろう。

 逃げ出したくなっても逃げられない中、やれることをとにかくやり続けることでしか作品は生まれないという確信。監督がやり抜きたいと思うことを誰もが受けとめ限界を超えて挑み突破して最高のものを作るのだという意識。時間だとか資金だとか気分といった現実の壁に阻まれて、届かない夢であっても思い続けることで少しずつ近づいて、そしていつかそこへとたどり着きたいという思いの容れ物として「ハケンアニメ!」という映画がなってくれれば嬉しい。その嬉しさを共有したいと思える人が1人でも増えていく始まりに、「ハケンアニメ!」という映画にはなって欲しいし、なっているのではないかと思うのだ。



(ACCESS COUNTER '96.07.20)


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