Last Updated 2019/4/24
日刊リウイチ
TUNAGATTEIRUNOYO
「1998-1999年lain日記」

リウイチとは誰だ?
リウイチとは奴だ!

薄い髪に伸びた髭
趣味はアニメと女子サッカー

日刊リウイチとは
そんな胡乱な野郎の日々を
無限に綴ったページなのだ

ワーニングワーニング

(ホントはただの日記です)

◎積み上げた本の数が這々の体で1800冊に達した『積ん読パラダイス』だけど記念事業もなく、これからも地味に静かに増量方針。ライブドアブログの方で『積ん読パラダイスinBlog』なんてのも作ってみたけど誰が見ているのやら。
落ち行く世界で孤独な少女がロボットと出逢い、つかの間の交流を経てそれぞれの道を選ぶ。切なくも哀しく、そして愛おしい狩野典洋の短編アニメーション『ノアのハコ庭』に全人類よ、涙せよ。
【4月24日】 歳のせいかキャリアの薄さか、応募してはドスドスと音を立てるように閉じられていく企業の門戸に、もうメディア企業で社員記者としていろいろと取材して書いて伝えるような仕事は難しいと感じる昨今。アヌシー国際アニメーション映画祭で、日本のアニメーション作家たちが、大々的にプレゼンテーションを行うという発表会の記事みたいなのが大手紙のサイトに載っていて、取材をしたのかと思って読んだら「PR TIMES」というプレスリリースを配信しているサービスが作ったリリースを、写真も含めてそのまま掲載していただけ。速報ではないものの中身はたぶん新聞が今までのように後日に記事にするよりも濃く、こういうサービスが出て来て取材や記事の執筆が外部化されていった時、記者すらいらないといった状況も起こりそうな気がしてきた。

 というか、たぶんそういう方針からの最近の採用抑制で、入社してから数年間をおいて取材のイロハを覚えさせてきた地方支局というシステムすら狭め、縮めていたりする状況は、記者ではなく編集者をPCの前に置いて、配信される記事なりニュースリリースなりを選んで貼り付けていくという、今のネットメディアの大半がやっているのと同じ方へとシフトしていく現れなんだろー。もちろんそれは全てではなくて、資産があって販売網もまだしっかりしていて売り上げも立っている全国紙の上2つとか経済紙のトップ、そして有力ブロックしや県紙あたりが取材して記事を書き載せることでオリジナリティを保ちつつ、その記事を配信して稼ぐ流れを掴み、他はそれらを受けて流すだけといった1.5次元メディアに推移していくという、そんな2分化が起こりそう。

 そうした2分化の縮退側で残るのはだから強烈なオピニオンで、その話の中に入れれば書き手でいつづけられるけれど、そうでなければ居続けられないという状況の波に直撃されて流されおぼれてアップアップしている今、すべきはだからやっぱり普遍的な情報の書き手という立場を離れるってことなのかなあ。個々にはもちろん書けるし書いて楽しいことはあるけれど、すべてが自分の選択って訳ではないから。そこはだから個人が個人で作り発信するこうしたメディアでやるしかないってことか。だったら居座って何をやらされてもそれはお仕事と割り切って、日曜ライターで日曜書評家で日曜評論家で個人記者で良かったかどうか。迷うところではあるけれど、ドスドスと閉じられた門戸とは別方面に自分を活かしてくれる場所もあるかもしれないので、しばらくは探して彷徨おう。

 とか考えていてもズルズルと沈んでいくだけなので、今回は今のところここだけが音響の良さを売りにできているチネチッタ川崎のLIVE ZOUNDで「響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜」を見に行って、まずは予告編で流れた「天気の子」の音響の良さにギクッとする。RADWIMPSによる音楽や歌も突き抜けるように響くんだけれど、それより前に出てくる街のさまざまなノイズがちゃんと粒だって耳に届いてくる。予告編の段階でこれならもっとダビングが進んで声まで乗って音楽が入った映画そのものはどうなってしまうのか。今から期待で胸が躍る。

 問題はだから、「天気の子」をチネチッタがちゃんとLIVE ZOUNDで上映してくれるかだなあ。あとは立川シネマシティとかイオンシネマ幕張新都心のULTIRAスクリーン9.1ch。もちろんそうした劇場向けに音響を作り混んでくれるか、劇場で作り込めるような音響データを作ってくれていればの話になるんだけれど、配給のTOHOはやってくれるのか、制作のコミックスウエーブフィルムがそこまでやる気満々なのか。今は映画館での体験がネットでの視聴に勝って人を映画館へと向かわせる原動力になっている。そんな映画館ならではの体験を増進させる音響面でのアピールを、「天気の子」には是非になってもらって他の映画の底上げ、そして映画館の音響への意識向上に繋げて欲しい。TOHOシネマズってあまり、そういうのに熱心って聞かないし。どうなんだ。

 「響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜」に関してもまずは台詞がしっかりと聞き取れるのが良い。演奏のシーンでピークを持っていくからなのか音楽ものだと芝居のシーンがどこかぼやけてしまったりすることもあったような記憶。でも「響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜」に関しては台詞はどれもしっかりと響いてきたし、演奏シーンではどの楽器の音もしっかりと耳に響いてきた。サンライズフェスティバルで「サンバ・デ・ラヴス・ユー」のイントロが鈴木美玲との対話シーンからちゃんと流れていて、そして本番へと繋がっていくことを改めて感じ取れた。これはこっちがよく見ていなかったからなのかな、そういう心境になかなかなれなかったってこともあるし。

 ラストに来る吹奏楽コンクールの関西大会における「リズと青い鳥」の演奏はもう本当に聴き入るといったレベルの完成度。スクリーン近くの正面に座って感じたけれど、ここのパートはカメラが切り替わっても音を振らずにずっと固定で観客席から演奏を聴いている感じにしているんじゃないかって感じた。鎧塚みぞれのオーボエが出てくる位置、傘木希美のフルートが鳴る位置、ハープが響く位置からトランペットにユーフォニアムにサキソフォーンにクラリネットが鳴って打楽器系が響く位置なんかも目をつぶっていたらだいだい同じ場所から聞こえて来た。まるっと吹奏楽部をスクリーンの中に押し込めそこで演奏させているような感じ。もちろんLIVE ZOUNDでなくてもそうなっているんだけれど、粒だって聞こえるから余計にそう感じたのかもしれない。コンサートがしばらくない今、フルでライブ並の「リズと青い鳥」が聴ける唯一の場所、ってことになるかな。もう1度くらい通いたいけど、立川シネマシティが極音を持ってきたらそっちに行くかも。来るかなあ。

 無職が板について蒲鉾になりそうだったので職探しに繋げようと元青山ブックセンター六本木店の文喫六本木で開かれたLINEノベルPresents「あたらしい出版のカタチ」の第1回を見物、ストレートエッジの三木一馬さんに新潮文庫nexの高橋裕介さんが登場し、LINE執行役員の森啓さんを交えLINEノベルについて語る。副題は「ミリオンセラーの作り方」ってことでまずは三木一馬さんが「俺の妹がこんなに可愛いはずがない」を例にキャラ立てをして漫画を読んでる若い人にリーチしようとして関係性とかギャップとか特技とかいったものから考えていったと話し、そして「魔法科高校の劣等生』について触れてこちらはハードボイルドでSF感が強かったネット版から読者層を下げるべくイラストを考え俺妹の作画監督さんにまずお願いして絵を得て作者にアプローチ。そうやって獲得して現在に至る、と。

 高橋裕介さんは知念実希人さんの天久鷹央の推理カルテシリーズで途中、鈍ってきたところで表紙のレイアウトを変更。絵を小さくして作者名よりサブタイトルを大きくして年配者でも買いやすくしたという。さらにもっと上目に今度はDr.知念が挑戦するというカバー上カバーを出してミステリ感で売ってミリオン突破。編集者も細かく工夫をするのだなあ。宮部みゆきさんの「ソロモンの偽証」は6分冊の2冊ずつで表紙を作り。 1巻2巻で3階から飛び降りる男の子がいて3巻4巻で教室で話す子たちがいて5巻6巻で体育館の模擬裁判というパノラマ3段を表紙にして書店で並んだときの迫力を出そうとしたと。それで文庫版でもグッと売れた「ソロモンの偽証」。それを真似ればミリオンが作れる訳じゃないけど、編集者の工夫は分かった。

 以後、LINEノベルというプラットフォームについて話され三木一馬さんは森啓執行役員の採算度外視でワオ!と驚かせてくれる施策に共鳴し拾っていただいたという言い方で参画意図を表明してた。そして細分化されていくメディアの中、見つけられにくくなるけど、蒔いておけば1回火が着くとわっと伝わると。そんなネットの特性を踏まえ展開もプロモーションも考える時代なんだなあと思ったよ。高橋裕介さんはテンポが変わっていくことに触れていた。そんな時代だからこそ「新しい出版のカタチをエンターテインメントにする」くらいの展開が必要。参加9社すべてからオファーが来た小説、なんて出たら凄いと。それがメディアでバズって注目が集まれば、ってのも今は皮算用だけど起これば凄いなあ。

 そんなLINEノベルというプラットフォームでは、あるいは目の前のベストセラー編集者は何を求めているかという問で三木一馬さんは不味いかもしれないと言われて出されるラーメンは食わない、という言い回しから。自信がないけどと出される作品は読まない、自信を持って書いている作品は編集に伝わるといった話をしてた。高橋裕介さんは書いていく人が良い、どんどん書いてってことを話してた。これから来そうなのは三木一馬さんはアイドルとか何かを応援したい文化から応援したくなる作品を挙げつつ読んでスカッとする作品、それは不謹慎でもコミカルに。書かれることでスカッと思える作品が来るし作ってるようなことを話してた。なんだもう先があるのか真似できないや。

 高橋裕介さんは現状、やっぱりミステリが強くで確かにミステリは謎解きでスカッとするとは話しつつ世界を考えると「ソードアート・オンライン」みたいなのが突き抜けるからと指摘。ファンタジーとか出したいと。それは「十二国記」の新刊出る話が大騒ぎになってる状況も鑑みつつ話してた。後はトレンドを見て書くべきか独自性を出すべきかといった問いで三木一馬さんはデビューするならオール80点のものもありだけどこの作品は俺しかかけないという熱意があり、この作者に会いに行きたいと思うようなものに惹かれると、そんなことを話していた。森啓さんによればランキングはLINEノベルにも付くけど、会社を挙げてつくっているAIを使い個々人が読みたそうなものをリコメンドしていくような機能も出てくるみたい。それが実装されていけば上位万歳な投稿サイトとは違う雰囲気も出てくるかも知れないLINEノベル。今、小説投稿サイトとしていろいろと仕事をするなら、ここん家に可能性とか見えて楽しそう。僕の仕事場所はないかなあ。ないよなあ。


【4月23日】 坊ちゃん文学賞といったらやっぱり思い浮かぶのが、田中麗奈さんが主演した映画「がんばっていきまっしょい」の原作となった敷村良子さんの作品で、受賞したのが1995年だから3年後にはもう映画になって劇場にかかって、敷村さん本人も保健室の先生だったか何かの役で出ていたのを覚えている。この作品があったからその存在を覚えていた坊ちゃん文学賞が生んだスターとなると、それは瀬尾まいこさんで、こちらは2001年に「卵の緒」という作品で受賞。その後に「幸福な食卓」を出して吉川英治文学新人賞に輝き本格的な作家といった雰囲気を醸し出し始めた。

 勤めていた学校も辞めて執筆に専念するようになったのか、2018年に出した「そしてバトンは渡された」が山本周五郎賞の候補になって、そして本屋大賞を受賞してとある意味で小説のてっぺんを極めた作品を出したという意味で坊っちゃん文学賞はそれなりの地位を得たって言えそう。でも、そんな坊っちゃん文学賞がショートショートの賞に様変わりするとか。すでに第15回で部門としてショートショートもあったみたいだけれど、小説部門もちゃんと残っていたのが変わって第16回ではショートショートの部門のみになるみたい。審査委員はショートショートをたくさん出している田丸雅智さんで、ほかに声優の大原さやかさん、映画監督の山戸結希さんも参加するみたいで美しい審査員に会いに応募して、賞をとりたくなってきた。字数も4000字で良いみたいだし。でも第15回ですでに1000編を超える応募があったから、競争も激しそう。ならば100編を書けば引っかかる率もあがるかな。そんな力はないけれど、1本2本は出しておきたいなあ、ある時間を使って身を削って書き上げて。

 買うかどうか迷っていたけどやっぱりこれはお金のある無しにかかわらず手に入れておくべきだと「若おかみは小学生!」のテレビ版付きBlu−rayコンプリートエディションを購入。付属の原画はおっこがわりと真面目な顔で前を向いているもので、Aパートあたりでようやく着物を着始めた頃って感じか。そりゃあ例えば廊下をスパッツも露わにして拭き掃除をしている場面とか、おっこではなくグローリー水領さんがお風呂に入っている場面が欲しかったけれど、そういうのはたぶんしっかり手元に残して展覧会とかで見てもらい、割とありがちだけれどでもヒロインが出ているものをプレゼントに出している、って考えるのが良いのかな。ネットとか見るとグローリー水領さんにドリンクを運ぶ画面とかあったみたいなんで、前半だけに絞った訳ではなさそう。いずれにしても歴史に残る貴重な作品の貴重な原画なので部屋に埋もれないように除けておくか、さっさと自宅に送って保管しておいてもらおう。このままだと生活全体が沈みかねないし。

 そんな名作アニメーション映画を作ったアニメーション制作会社のマッドハウスがいろいろと揺れている感じ。制作進行を務めていた人があまりの長時間の時間外労働を気にしてユニオンとかに訴えて、それが週刊誌に書かれていろいろと問題になっている。昔から制作進行の仕事の長さは言われていたことで、原画をまいて回収をして監督に届けてリテイクもまいてとそれはもう大変な日々を過ごしている。相手がいることなので自分の管理ではどうしようもなく自然と遅れそして長時間労働になっていく。システムとして仕方が無いとはいえそういうシステムにならざるを得ないところが問題で、システムを改善するかパートナーを増やすかして負担を減らすしかないんだけれど、それができれば世界はとっくに変わっている。

 原画は朝の9時から午後5時までしか仕事をしちゃいけないとか、それで数がちゃんと上がるとかいった夢を夢じゃなくするようなガバナンスが企業に出来れば言うことないんだけれど、出来ないんだよなあ、やっぱり。昔はきっとそれでもひとつ場所に原画も動画も募って肩を並べて仕事をしていて、それらを見ながら自然と引っ張られていったんだろう。でも、自宅作業がメインになると原画はノリの良い時間に描いてそれを回収にいかんかちゃいけないから夜になったり朝になったり。でも全員じゃないから時間は無期限に延びていく。そういう人には仕事を回さないなんて贅沢ができるほど人材も多くない状況をどう改めるか。本数を減らす? それだと今度は仕事にあぶれる。デジタルにして回収の負担を減らす? それもありだけどまだまだだろうなあ。かくして悲惨は続いて改善に向かわずの繰り返し。でもそれではという英断と叡智が業界に広がれば、変わる兆しも出るのかな。良い作品を作っているんだから良い会社になってとお願い。

 将棋でいうところの三段リーグを勝ち抜けるという、ある意味で絶頂の行きにいる将棋の新人棋士だったら別だけれれども成績優秀にして将来期待というった判断でプロの囲碁棋士にされてしまった仲邑菫初段が勢いを持っているとはやっぱり思えなかっただけに、プロ初戦を敗れてしまったというのも仕方の無いことなのかもしれない。とはいえ174手までは行っての投了ならまだ期待はできるのか。とりあえず最初の勝利が出るまではその実力を判断するのは避けたいなあ。これまでの最年少対局記録を持っていた藤沢里菜女流三冠だってプロになりたての頃は割と苦戦をしていたみたいで、それで成長につれて強さを増しての今の三冠なのだから。それにやっぱり僕よりは圧倒的に強いだろうし。

 もちろん「平成」の額を持つんだろうなあ、菅義偉内閣官房長官。27日と28日に幕張メッセで開催されるニコニコ超会議2019の会場に登場する予定で、平成を懐かしむブースを訪れたらそこに飾ってあって平成の象徴にもなった「平成」おじさんを演じてみせては、キャッチイな雰囲気を周囲に振りまき次の内閣総理大臣への道を駆け上がる、とそんなストーリーが描かれていそう。仕込んだ二ドワンゴには罪一等が減じられてカドカワの孫会社から子会社へと復活、そして日本SF大賞にも1000万円のスポンサードがある、なんてことはきっとないけどでもやっぱり、政治にコミットしてお祭りの中に人気を煽っていく展開にはなりそう。安倍総理もかつてニコニコ超会議で戦車の上に乗って騒いでた。それで無節操と言われずむしろ人気が上がったりする今のメディアと人心を、操り自由民主党の覇権は続き、そして日本は……。未来が怖いなあ。


【4月22日】 「なんでここに先生が?」とやっぱり思うだろうなあ、帰ったら自分の部屋に先生がいたりしたら。でもって母親がお酒を飲ませてへろへろにさせて、ボディとか見せさせてしまったんだからもうこれは据え膳状態だけれど、そこは理性でしっかり押し切ろうとしたら相手が迫って来たからもう大変。でも酔いが覚めたらすっかり忘れて、お姉さんと呼ぶことすら赦されないかと思いきや、それには陰でしっかり照れているところを見るともしかして胸を見せたことも、キスしたこともちゃんと覚えていたりするんだろうか。それで表では態度を緩めないその強靱な心に感じ入ったよ。これで将来、嫁になったらデレるのかトガるのか。それも気になる2人の関係。テレビアニメ「なんでここに先生が?」は毎回快調に放送中。

 でもって「Fairy gone フェアリーゴーン」の方は、キャラクターこそ増えながらも話としてはあまり進まないというか、妖精に絡んだ本か何かを奪い合って追いかけあっているだけで終わったしまった感じがあって、どういう勢力が何を狙ってくんずほぐれつしているのかが見えてこない。あの黒い書が手に入るとどうなるんだっけ。そしてヴェロニカ・ソーンは何を狙っているんだっけ。そうした状況を第1話に遡ってまた確認していかないと分からないところも出て来た。ウルフラン・ロウは何をしたいのかも。ヒロインのマーリャ・ノエルが人工的ではない妖精付という特殊な立場なのに、そのチートな戦いぶりを見せてくれないってのも話にメリハリがない理由かなあ。まあ良い、とりあえず見続けよう。今シーズンで珍しく毎回見ているアニメだから。

 っていうか何かアニメを見る気力もライトノベルを読む気力も削がれて気もそぞろ。社会が描かれた作品を読むと、そこに描かれた生きる苦労が自分にそのまま跳ね返ってきて、心穏やかに架空の世界の話だと読むことが出来なかったりする。それでも読むのが仕事だからと浦賀やまみちさん「無色騎士の英雄譚 2」(レジェンドノベルス)を読んで、主人公のニートが転生前にサラリーマンとしてどこまでも会社にしがみつこうとしていた様に、ああそうだ自分もそうすべきだったのかもといった気分が沸き上がる。でもそんな主人公でさえニートとなってしまう社会の厳しさ。ユルく生きられないならここで生活基盤を整え直すのも運命だったのかもしれないなあ。名古屋で余生を。そんな選択肢が拡大中。

 さて、小説の方はといえば、奴隷の身に落とされながらもどうにか逃げ出し戦場へと出てそこで対峙したのがとてつもなく強い将軍で、どうにか命は助かったものの戦場から離れてしまったところにその将軍がいて、弱って死にかけていたので助けたら信頼をされて2人でその将軍というか大貴族の家を目指すことになった。とはいえ戦場を抜ける訳にもいかず徒歩での道行きをニートは才覚を発揮し、馬車を得て旅程を縮めて将軍の城が他の貴族に乗っ取られるまえにたどり着いて将軍の孫娘を結果として守り、ニートも功績を称えられて孫娘の婿に相応しい直参の貴族になる道を選ばさせられる。

 それには試練が必要だったか、義父となる男を相手に戦って戦って敗れそうになってもどうにか耐えて気に入られ、そして貴族になった途端に辺境へと派遣されることになってたどり着いたら隣国の大軍に攻められていた。いやもう艱難辛苦の連続なんだけれどそれをいろいろと思考を巡らせ解決していくニートの頭脳と胆力に感心。フィクションならうん、何でもあるだよなったと以前だったら楽しめたけど、今は現実こんなにうまく行く者かといった気分もあってまっすぐ受け止められないのがちょっとツラい。エンターテインメントは逃避では楽しめないものなのだ。だからやっぱり早く身分を落ち着けたい。そうでなければせめて希望を、明日の糧を。

 ここまでぶっ飛んでいれば中身とか読んで別に現実の切実さは感じない、草野原々さんによる「これは学園ラブコメです。」(ガガガ文庫)。主人公の少年がいて慕ってくれる幼なじみがいたりして、そして2人でトーストを加えて学校までダッシュしている途中で出会った居丈高なツインテールの少女もいたりする、ハーレム的ラブコメ風なシチュエーションが突然に主人公の交通事故死で崩れそうになった時、そこに現れた作者がラブコメで池と訴えどうにかラブコメの路線に復帰する。けれどもそこに襲いかかる“なんでもあり”の恐怖。これが乗るとラブコメで当たり前のシチュエーションとは違って、とんでもない事態でも平気で起こってそれをキャラクターたちが受け入れてしまう。読んでいる側は混乱するけどそれは“なんでもあり”には関係ない。作者としても編集としても困る事態だ。

 だから阻止しようとするストーリーが繰り広げられる「これは学園ラブコメです。」は、まさにそうタイトルを口にすることで学園ラブコメであり続けようとする信念の強さが求められる。途中でラブコメがファンタジーになりSFになろうとも、主人公も作者も戦い続ける。とはいえ捻くれたファンには“なんでもあり”も割と面白かったりするんだよなあ、アルフレッド・ベスターの「虎よ、虎よ」みたいなタイポ芸も入ったりして読み応えもしっかりあるし。いやいや、そこでもやっぱり「これは学園ラブコメです。」と貫く草野原々は本当に心底から学園ラブコメが書きたかったのか。そもそも草野原々にとっての学園ラブコメとは何なんだ。ハヤカワ文庫JAから出た「大進化動物デスゲーム」を読めば分かるかな。ってそれは学園ラブコメなのか? ともあれ読もう。きっと唖然として現実なんか気にならなくさせられるし。

 もうデビューから37年にもなるのかと驚きながらも、そうした時代をあまり感じさせないところがある岡村孝子さん。フォーク的で演歌的でもあった「まつわ」こそ時代性を帯びてはいたけれど、それ以降のソロになってからの曲とかフレッシュでさわやかだったりしていつの時代に聞いてもふんわりと気持を包んでくれた。そんな岡村孝子さんが急性白血病で入院とのこと。治らない病気ではないし寛解した人も大勢いるからきっとそうなってくれると思いたいものの、そうではなかった人たちもいたりするからそこは様子見。同じヤマハのポピュラーソングコンテスト出身で、同じ愛知県出身の明日香さんが2013年に亡くなっておられるだけに、連続は心としてやっぱりキツいので是非に回復を、そして寛解を。

 NGT48の山口真帆さんが復帰したと思ったら卒業を発表、そしてコメントで「私はアイドル、そしてこのグループが大好きでした。だからこそ、このグループに変わってほしかったし、自分がつらかったからこそ、大切な仲間たちに同じ思いをしてほしくないと、すべてを捨てる覚悟で取った行動でした 」と真っ向から発言していろいろあったことを訴えている。何しろ「事件のことを発信した際、社長には『不起訴になったことで事件じゃないということだ』と言われ、そして今は会社を攻撃する加害者だとまで言われていますが」とまでコメントしてしまうんだから不信感なり憤りは相当なもの。それを止められないまま許してしまう運営には、やっぱりそういう自覚があるんだろう。でも改善ではなく卒業させる方向に。これはやっぱり拙いことなんじゃなかろーか。組織がほころびを認めながらも改善できなり理由はどこに? そちらの方が暴かれた時に終わるひとつの時代があるかもなあ。AKB商法とか。さても。


【4月21日】 もはやネットアンケートレベルの頻度で履歴書を書いて志望動機を書いてネット上の転職サイトからあちらこちらに採用の申し込みをしている状況。まあ年齢も年齢なんで通る見込みはないことは100も承知なんだけれど、そういうことでもやっていないと社会と繋がっている感じを保てないので仕方が無い。泰然自若として果報を寝て待つ余裕があれば良いんだけれど、そこまでにはなかなか至れないのだった。大手出版社とか上場企業とか申し込んでみるかなあ。玉砕も繰り返せばひとつくらい通ったりして。それはないか。玉砕だから。どっかーん。

 多少は諦めも付いてきて数時間なら心にゆとりも出来たんで、しばらく読めてなかったライトノベルを消化しようとまずは長野文三郎さんによる「皇女殿下の召還士1」(ヒーロー文庫)を。ギフトっていうか異能が得られる儀式があって、期待されていた主因公が得たのは召還の能力で、さてどれだけ凄いものを引っ張り寄せるかと思ったら出て来たのが洗濯ばさみ1個だった。これでどうしろと。周囲の落胆も大きく彼女からも三行半を突きつけられた格好。それでも毎日何かは召還できるらしく、やっていたらDVDだとかが出たり格闘の研究本が出たりしてそして戦闘能力と知識を持ったオートマタまで現れる。

 その知識を活かし戦闘能力も借りてダンジョンへと潜り、皇女殿下と出会い力を認められてガーディアンに取り立てられたりする出世ぶり。あと格闘の教本で学んだことも活かされて、王都にいる結構強いはずの少女すら圧倒してしまったりとチートぶりが発揮されるけれど、あまりに無茶ではないところに安心感。そしていろいろとしでかしては女性たちから好かれていく主人公は、多脚砲塔まで召還してしまってそれを引き連れ、皇女殿下が配属を命じられた辺境の砦に赴き魔物たちを駆逐する。

 きっとそこから始まる栄達の中、新しく何かとんでもないものが召還されはしないかと期待も膨らむ。出し入れ可能な倉庫は便利だし多脚砲塔も有効だけれど女性にはやっぱり化粧水が良いみたい。あとは食料とかスクール水着とか。飲めば性欲が増進するブランデーだの着れば力が限界まで高まるスクール水着だの、元の世界のどこにそんなものがあったのかと突っ込みたくなる。オートマタはまた出てこないのか、等々の興味もあるけどやっぱり展開としては皇女殿下との将来か。果たして魔物は駆逐できるのか、そして領地経営はうまくいくのか。そんな展開を期待しながら見ていこう。

 とはいえ、一方でやらなくてはいけない依頼もあるんで昨日から今日にかけてあちらこちらの電源がとれそうな喫茶店を回って長い時間をコーヒー2杯とか頼みつつ平成のアニメの歴史を振り返るような原稿を打つ。30年を10年ごとに分けてそれぞれに400字詰めで20枚くらいとか、無理だろうそんなに書くのなんてと思っていたけど書き始めたら書き落とせないことがいっぱい出て来て伸びる伸びる。それでも大きく絞って削りまくってみたものの、だいたいがそんな当りの字数に落ち着いて、読み返してみてあまりに極私的過ぎて果たして大丈夫なのかと心配する。まあゴールデンウイーク向けなんでそれまでに直せば良いのかな。でもゴールデンウイーク中に平成が令和に変わるんで早いうちがいいのかな。

 1990年代については最近、自分の日記を読み返してはトピックを拾っていたんでアニメ関係の話題も随分と思い出せていたけれど、2000年代になるといっぱい見すぎていた一方で時間も経っててうっすらとした記憶しか無い。それでも面白いトピックを探して見つけたのが例の「ガンドレス」の公開にまつわる騒動で、上映数日前に未完成が発覚してそれで上映するかどうかとなって、混乱を避けるために上映が挙行されたんだけれどお詫びにビデオがついてくるってことになった。そのビデオはもちろん我が部屋に転がっているのだった。どこかにだけれど。DVDも買ったので未完成上映版も見られるのだった。

 そうした最初の上映時の話題とは別に、完成版が上野のスタームービーで上映されて監督と声優の川上とも子さんが来場した時の話題も掘り出せた。監督はどうやら上映初日に劇場に言ったらしいけれど、「逮捕しちゃうぞ」か何かのスタッフが見に来ていたのを感じ取って居たたまれなくなって去ったとか。川上さんは「ガンドレス」の舞台挨拶がスケジュールに入っていて1年間違えているんじゃないかと思ったと話してた。これは監督にはキツい一言かもなあ。でも当日の舞台挨拶は和気藹々と進んだ印象。今と違ってネット系のエンターテインメント媒体もなく、記録もあまりなさそうなだけに自分の日記の希少さを改めて噛みしめる次第。1円にもなってないけど。10円くらいにはしたいなあ。

 読んでないなあ、手塚治虫文化賞の受賞作品。マンガ大賞の「その女、ジルバ」も新生賞の「あれよ星屑」も短編賞の「生理ちゃん」もきっと読めば感嘆の感動を得られるものなんだろうけれおど、マンガを良く読んでる世代にとってはどこか遠い世界のラインアップでそれも含めて賞が自分たちとは関係の無いものになってしまっていきそうな気がする。マンガ大賞はラインアップでサブカル系が来てもトップに少年漫画が来ることがあるからまだ、自分たちに関わりのあるものだと思ってもらえてるんじゃなかろうか。まあ、そこで棲み分けが出来ていると考えれば良いのかな。特別賞は「ゴルゴ13」のさいとうたかをさん。今さら感もあるけれど、そうやって功労者を順に表彰していかないと、モンキー・パンチさんとか小池一夫さんとかご高齢の方から順に鬼籍に入られる。そこもやっぱり判断が必要なのかも、今なら誰ってあたりを。

 「劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜」でサンフェスの時に北宇治高校が吹いている楽曲をどうにか「サンバ・デ・ラヴズ・ユー」と突き止めネットで明後日いろいろと聴く休日。といっても毎日が休日だけれど。アニメではマーチングなのでスーザフォンが使われていたけれど、ネット上にあった千葉高校の吹奏楽部は普通のチューバを男子生徒が手持ちで振り回しながら吹いていた。それでいてしっかりと低音を響かせるところが男子なんだろうなあ。後藤卓也が男子の唯一のチューバだけれども太い大きな音を出せところが買われてて、そして卒業した後のメンバーで高校から始めた釜屋妹がコンクールメンバーに入ったのはやっぱり大きな音が出せるから、だったりするところにソロとは違った編成の妙って奴があるみたい。鈴木さつきにはちょっと可哀想。でも加藤葉月は入ったからそれは嬉しい。でも後編に何が起こるか。そんな不穏を抱えて6月の刊行を待つのだった。その頃には身辺整理も済んでるかな。


【4月20日】 無職になって20日が経って相変わらずどこからも色よい返事がもらえないものの、第39回日本SF大賞のパーティーでフリーで活動を続ける人たちから何とかなるといった言葉を戴き、そして面識のある人たちからも心配をされたので気持は底なしから少しは浮上する。それなのに気に掛かっているのはきっと別に受けている用事の方が一向に進んでいないからで、そんな大それた仕事を完了できるのかといった不安に苛まれて身動きがとれない感じ。だったらさっさと手を動かせば良いんだけれど、そのための覚悟も準備もないところに不安も倍増。だからこそ手をといたスパイラルをどう止めるかが今は必要といったところか。難しいなあ、フリーの時間調整って。

 そんな不安を抱えながらも舞台挨拶があるからと、朝の新宿ピカデリーまで出かけて「劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜」を見る。3回目。完成披露上映会とそして試写で観てたのでだいたいのストーリーは知っているのと、あとは不安からの寝不足で頭がはたらかずところどこを目をつぶってしまっていたので仕込まれた感情や心情を表す描写を見逃してしまった。例えば加部ちゃん先輩が顎に手を当てる仕草。後に顎関節症を訴えトランペット吹きを降りてしまう加部ちゃん先輩の病気が示唆されるシーンだけれど、これがなくてもその場で病気だから降りるといえば通じるにもかかわらず、わざわざ挟み込むところに流れの中で分かる人にはヒントを与えておこうとする演出の企み。だったら受けてやろうという気になるね。

 あと、気づいていたけど改めて指摘したいのがプールに行った黄前久美子と高坂麗奈が同じスタイルの色違いの水着を着ていたことで、そういえば1年生編の時に3年生の田中あすかと中瀬古香織がやっぱり同じスタイルで色違いの水着を着てプールに現れ、こいつらデキてるんじゃないかと思わせたっけ。そう考えるなら久美子と麗奈も本気でデキてるってことになるんだろうか。鈴木美玲が水場で2人で楽器を洗っている久美子と麗奈を見て近いんじゃと言ったのはだから正解なんだけれど、それを近いと思ってないほど2人は近づいているんだろう。塚本秀一の出る幕なんかないってことで。ああ、だから邪魔するくせに別の娘とイチャイチャしている秀一に麗奈はボトルをぶつけたのか。

 ってあれが麗奈の投げたものだと知ったのは、上映後の舞台挨拶で麗奈を演じている安済知佳さんがそう言ってたからで、なるほど立ち去った久美子がそれを見て怒るタイミングではなかったから言われてみればそうかもしれない。でもちょっとやっぱり分からないのであと何回か観なくっちゃ。ムビチケも2枚ほどあるし。確かめたいとすれば関西大会に出た北宇治を応援に来たOBたちのうちの田中あすかと中瀬古香織の来ている服がやっぱり同じデザインの色違いかどうかってことかなあ。何となくそうは思えたものの確信がない。小説版のようにもしかしたら部屋をシェアして住んでいるなら服も同じものばかりがズラリとか? 下着も? そして毎日同じデザインの色違いを身につける。考えるだけでドキドキしてくるなあ。

 そんな舞台挨拶でやっぱり語られていたのが、3年生編が作られるかどうかってことで、発売された武田綾乃さんの小説「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ、決意の最終楽章 前編」(宝島者)では部長となって3年生になった久美子の下に1年生たちが入ってきては2年となった久石奏に負けず劣らず個性的なところを発揮して久美子を戸惑わせている。一方で麗奈は過去の誰にも負けないくらい怖くて厳しい先輩になっていたりして、いわば敵キャラとなった麗奈とどこまでも中庸を行く久美子が仲良しでいられるか、ってたりも含めて2人の関係を演技として見てみたい。きっと難しいだろうなあ。でもやるんだよ、映像になれば、だからやって欲しいよ、映像化を。

 舞台挨拶に来ていた石原立也監督が言うには、プロデューサーが決めて動くものでもないのでやっぱり皆の応援が必要らしいのでそれには惜しまず協力していくつもり。具体的に出来ることはないけれど、とりあえず映画館に通って何度も見ることだろうなあ。そんな石原監督は、今回の作品をテレビシリーズの総集編ではない映画らしく作れたってことを話してた。パッと見では原作小説から久美子と新1年生の話をつまんで並べて圧縮した感もあって、段取りをこなしちえると言えば言えなくもないんだけれど、そうした段取りでも欠かせない美玲のデレと奏の爆発からの和解に話を集中させたことで、散漫にならず見応えはあったからやっぱり映画オリジナルとして作れたことは良かったんだろう。でも今度は逆にここからテレビシリーズに伸ばして欲しい気も。パンフレットもでトランペットの小日向夢を活躍させられなかったことを悔やんでいるから。だったらいっそ「燦々ブルコンテスト」を短編で、ってのはどうだ。夢も釜谷つばめも大活躍するからさ。

 そうそう、4月19日に開かれた第39回日本SF大賞の贈賞式で、山尾悠子さんのスピーチに負けず日本SF作家クラブにインパクトのあった言葉は、スポンサーになっているドワンゴの夏野剛社長による「会社がある限り、続く限りSF大賞を応援していきたい。作家の想像力は凄い。賞をとって賞金をつり上げてくれれば」だった。徳間書店が運営から手を引いて自主運営になった時、ドワンゴが手を上げてくれてスポンサーになって存続した日本SF大賞。だけれどそのドワンゴが経営難で、KADOKAWA傘下になってホールディングスから孫会社化して前ほどハンドリングが自由でもないだろう状況で、果たしてずっと日本SF大賞を応援し続けてくれるだろうかという不安があった。

 実際、今年はニコニコ生放送による贈賞式の中継もなく動く山尾悠子さんは見せられなかった。残念に思ったファンもきっと大勢いただろう。だったら自分たちでYouTubeで中継すればって話にもなるんだけれど、それだけの機材とかも用意するのは大変だからなあ。せめて録画をして編集をしてアップできれば良いんだけれど。ともあれここで経営がおじゃんだからとドワンゴが引き、シミルボンで協力を戴いているブックリスタさんもあるいはとなったら、日本SF大賞は決定はできても運営とか贈賞とか難しくなるのでスポンサーはやっぱりいていて頂きたい。

 そういう中で夏野剛社長によるドワンゴの続投宣言は有り難い限りではあるものの、情勢から夏野さんがその地位にとどまり続けるとは限らない訳で、会社として厳しければ、そしてコンテンツとして魅力がなければ着られたって不思議はない。ドワンゴが日本SF大賞から何を得てるかって聞かれて答えられるものでもないから。だからやっぱりっこは新たな収益源として、日本SF作家クラブの会員を法人にも広げて賛助会員として定期的にお金を出してもらうとか、あるいは日本SF大賞の贈賞式にスポンサードしてメリットを得られるような仕組みを作るとかしないと拙いかも。贈賞式の席を一般にも売っていいかも。あるいは主催社の経営難からヒューリック杯棋聖戦となったみたいに、伝統のタイトル戦でも売ってネーミングライツを得るとか? とはいえ日本SF大賞がそういった具合に企業名付きで語られるうのも渋いので、やっぱりドワンゴさんには末永く応援を戴きたい所存。会員で良ければニコニコ生放送にだって出るから。誰がって僕がだけど。間に合ってる? こりゃまた失礼。


【4月19日】 嫌がらせのように履歴書を送ってはやっぱり歳の不幸もあって門前払いを食らう繰り返し。昔と違って1枚1枚手描きの履歴書を書いて写真を貼って郵便局に持っていって切手を貼って出すとかいった手間がなく、それこそゲーム感覚でポンポンと遅れるから楽っちゃあ楽なんだけれどそういう輩たちから送られてくる美辞麗句と自画自賛に満ちた履歴書とか職務経歴書を読んでいる人事担当もいい加減、飽きて見ただけで却下と言いたくなって当然だろうなあ。それこそ年齢でもうこれはいいやとなりそう。自分がそっちだったらそうかも。でも決してそれだけじゃないってことは言いたいんでこれからもいろいろと出していこう。面倒くさがられても。

 そんな合間にちょっとだけお手伝い。神田明神でもって20日からスタートする「鈴木敏夫とジブリ展」の内覧を見てこいって指令が下ったんで朝も早くからかけつけたらどうにかこうにか6番くらいで中に入れて、それなりのポジションから夏木マリさんと鈴木敏夫プロデューサーの話を聞いたり写真を撮ったりして任務完了、ではなくやっぱり中のいろいろと撮って回ることになるんだけれど。展覧会名が展覧会名だけあって置いてあるのは鈴木敏夫プロデューサーに縁のものがほとんどで、宮崎駿監督ののすごい原画だとか高畑勲監督の仕事ぶりだとかはあまり置いてない。

 ただ、鈴木プロデューサーの独特な筆致の書画はそれでなかなかに見応えがあって、悪いものではない気がした。門外漢が文人を気取って書画をやった時、往々にして独りよがりになりがちなんだけれども鈴木プロデューサーの字にはそうしたやってやろう的なアピールもないし目立ってやろうという邪心も少ない。割とおおらかにのびのびとかかれていて、書かれている言葉もすんなりと目から頭に入っていく。それもまた才能なんだろうなあ。こう言っちゃあなんだけれど僕はどうにも片岡鶴太郎さんが描く魚とかの絵が苦手なんだ。トガってる感じが。なんでだろうなあ。

 展示物では鈴木プロデューサーが編集長を務めていた頃の「月刊アニメージュ」がずらりと並んでいて、しょっぱなの「宇宙戦艦ヤマト」特集から始まって「風の谷のナウシカ」だとか「うる星やつら」だとか「超時空要塞マクロス」といった当時の人気のアニメーションが表紙として描かれていて当時のアニメを見て育った世代的に懐かしくなる.一方で鈴木プロデューサーが過ごした幼少期の文化が並んだ部屋とか見た映画の部屋とかもあって、そちらはそちらで同じ年くらいの人たちをそうだよこれが俺たちの青春だったと喜ばせそう。問題はだから20代とか30代だよなあ、そのあたりはジブリの子でありトトロの子だけれど鈴木プロデューサーの子ではないしアニメの子とも言えないから。

 まあそれでも湯婆婆の巨大な顔が鎮座した部屋では子どもの頃に見ただろう「千と千尋の神隠し」の世界を体験できると思われるかもしれない。口の中の房を引っ張ると台詞が出てそして番号も見えて、それと同じ引き出しからおみくじを取り出して恋愛運とか開運とかを見て楽しめる。これじゃあ外の神田明神のおみくじが売れなくなっちゃうかもなあ。結ぶ場所とか用意してないから外にいっぱい結ばれるかも。会期中にちょっと様子を見に行こう。あとはポスターのラフとかがあって編集者として表紙のラフとか切ってた経験が活かされているんだと分かった。コピーを書にしたのはあれは後からなのかな。台詞がデカくなって立体になってぶら下がった部屋にある「バルス」をその前でみんなで叫んだらどうなるか。ちょっとやってみたかった。

 そして原稿を出して休憩する間もなしい第39回日本SF大賞贈賞式。「歪み真珠」で山尾悠子さん、「文字渦」で円城塔さんが受賞していて後功労賞を横田順彌さんが受賞をしていてそんな贈賞式に登壇したのが幻の作家と長く思われていた山尾悠子さん。おいいあの山尾さんが人前で建って横に芥川賞作家の円城さんを侍らせ何かを喋るんだから、あらゆるメディアがテレビも含めて取材に来るべきだろうと思ったけれどニコニコ生放送での中継すらなかったんだからもったいない。そしてSFファンは喋り動く山尾悠子さんの見逃した。これは機会損失だよなあ。映像はとってあったんだろうか。そこが気になった。

 さて、贈賞式のスピーチで山尾さんが話していたのは「長い時間がありました。私がSFの場所にいたのは40年前のことです。鈴木いづみさんがいたくらい。そういう時代だったので、どう申し上げたら良いのか、困りながらこの場所に参りました。賞を受けるかと心配されたのも無理のないことです」といったこと。そして「40年前にいましたのでSF出身という肩書きはついて来ます。SFマガジンのコンテストで「仮面舞踏会」でデビューというのは付いてきますが、SFとは疎遠になっています。今にして想えばSFではない、風変わりな作品だったので、私の相手をするのも大変だったかもしれません」と振り返っていた。

 当時だってファンタジーとか幻想小説という言葉がなかた訳じゃないけれど、渋沢龍彦さん的に珠玉っぽさが漂うのはそれほど見当たらなかった。だからジャンルとしてどう設定したら良いか編集者も迷ったんだろう。そのせいで書かなくなったのかな。「理解のあった編集もいましたが、2度とSFなんか書く物かと東京の空に誓いました」とはまた物腰に似合わず厳しい言葉を発せられた山尾さん。「ただ疎遠というのは皆さんとお目にかかってないというのとは違います。2000年に瞬間的にSFとは交流がありました」というのは国書刊行会から出た「山尾悠子作品集成」のことだろー。

 もしかしたら、このの頃あったDASACONの大阪に山尾悠子さんが登場したこともあるのかもしれにない。SF界隈では2000年頃はSFとしての山尾悠子さんが盛り上がったのだった。でも、小松左京さんが結婚したので放っておけとか言ったらしい話も添えて「放っておかれて寡作に磨きがかかってこれはこれで良かった」。だから今も作品が読めるのだと思おう。「本当にこの賞をお受けする資格があるかが基本、迷った挙げ句受けることにしました。光栄に思っています。この場所に来させて頂いたことで交流ができましました。有り難うございました」と最後まで、淡々と話された口調はどこか萩尾望都さんに似ていたなあ。そんな日本SF大賞受賞者の山尾悠子さんでした。次はいつ、どこでお目にかかれるだろう。

 お見かけしたのは多分1度で、まだスタジオが日本橋浜町の明治座にあったころのドワンゴでもって虚淵玄さんと小池一夫さんが対談をするって企画があったんで、当時はたぶんホされていてあまり記事も書いていなかったけれど見物だけでも良いからと呼ばれ見に行ったんじゃなかったっけ。虚淵さんを見たのも初めてで、こういう方なんだと理解した。対談ではキャラ立て1番の小池さんに対し、結末から作ってキャラを配し関係性を転がす虚淵さんといった対比で、だから最終回で関係性が精算され物語も終わり続きは作れない、と虚淵さんは話してた。だから「魔法少女まどか☆マギカ」で続きだなんて言われて困ったけれど、アニメは自分が1人で作るものじゃないから監督だとか美術面を手伝ったイヌカレーとかいろいろな人が関わった世界から新しい展開が生まれていった、って感じだったっけ、虚淵さん。

 聞いて小池一夫さんはいろいろ感じただろうな。ってな貴重な対談を見ておきながら当時は書く媒体もなくどこにも書けずに日記に書いたのだった。レガシーメディアが世代を上にシフトしポップカルチャーから手を引き始めていて、それで良いのかと憤ってた。これでも記事にしてウエブに上げておけば今でもそれなりにアクセスあっただろうに。勿体ない話。そう訴えても治るどころかますます世代を上に切り替えポップカルチャーは脇に追いやられ、かといって余すところなく広うメディアも発表を追いかけるだけで精いっぱい。あるいはそれが効率的。なのでやっぱり対談ものとかは載らず記録されない。やっぱり自分でメディアを作るしかないのかなあ。金にならないと食べられないけどなあ。宝くじが当たったらそれを元手に作るかなあ。俺メディア。なんて夢物語。


【4月18日】 ふとしたきっかけで知り合った2人が、ともに音楽に関心があってそれなりに才能もあって、だったらやってみようとコラボした映像が居合わせた誰かによって撮影されてネットに配信され、それがバズって注目されてこれは凄い才能だと今は落ちぶれたプロデューサーが押しかけマネジャーを買ってでる。そして始まるサクセスストーリーっていうのはなるほど、過去にも山ほどあったシチュエーションで目新しさはないけれど、過去から山ほど続くくらいに好まれ親しまれるシチュエーションでもあって自分もそうなりたいと憧れる大勢を引きつける。「キャロル&チューズデイ」はだからきっと話題になるし親しまれるだろう。

 そうした主線となるサクセスストーリーに絡んで、子役から大人のシンガーへとステップアップを目指す少女が特訓を受けてきっと大々的に売り出されるんだけれど、でもポッと出のキャロルとチューズデイのコンビにいろいろ持って行かれることもきっと既定路線。そして圧力をかけて潰そうとしてもその歌声、そのパフォーマンスの素晴らしさにネットなりから盛り上がりが起こって、既存の権威を突破していくとうのもやっぱり既定路線なのか、それとも違う道筋を用意するのか。そこが目下の興味の向かいどころか。艱難辛苦のサクセスストーリーは心に親和性はあっても、伝説はなかなか作れないから。

 だから「マクロスF」は銀河の歌姫を一方において、対立と信頼の中からランカ・リーを世に送り出して共に発展していく展開を、これも「マクロス」シリーズにお約束ではあってもバトルという中に描いて見せたし「マクロスΔ」も同様に、フレイア・ヴィオンという新米が銀河に知られた戦術音楽ユニットに入ってそこで成長していく展開と、銀河を揺るがす戦いを同時に描いてスリルを感じさせた。そういう“発明”があったから「マクロス」シリーズはシンガーのサクセスストーリーの枠を越えて今も人気で新作が作られ続けている。

 そうした並行して走る線が今は無い「キャロル&チューズデイ」はいったいどういった展開を見せるのか。そこが見えないのが今はちょっと迷うところだけれどもやっぱり映像の圧倒的な美しさがあり歌声の素晴らしさがあり、宇宙的で未来的なビジョンの楽しさがあるだけ「アリー/スター誕生」のように地球のアメリカのベタなサクセスストーリーとは違った楽しみはもらえそう。冒頭から繰り返される奇跡の7日間とはいったい何なのか。それは何故に奇跡なのかといったところも含めて、最後まで見守るしかなさそう。ポンキュッポンの「なんでここに先生が!?」がある意味で覇権ならこれも本意として覇権が狙える作品。絡めてからの覇権を目指す「さらざんまい」と競いながらフィナーレへとなだれコンでいってくれると、生きる楽しみも沸いてくるんだけれど。今は底辺から這い上がれるかっていう恐怖で「キャロル&チューズデイ」すら正視できないところがあるから。

 ネットの転職サイトをいろろ巡って入れそうなところを探す日々。地元の名古屋に戻ることなんかも想定しては実家から近いところにある大学の職員募集なんかに応募はしてはみたものの、こちらの年齢も高いし学歴だってすっ高い訳でもなく、通勤費とか住宅補助費がかからなそうってくらいのメリットでは相手も採ろうという気はおきないだろうなあ。出身中学校の裏手にあって自転車でだって通えそうな自動車メーカー系の大学とか、通うのに理想なんだけれどそこで発揮できるスキルがあるかっていうと、東京で取材で知り合った企業について就職希望者に話してあげることくらいか。あとはテクノロジー系の動向とか。そういうスキルを買ってくれるか否かなあ。その前にやっぱり年齢か。

 書く場所もないけれども顔をつなごうと原宿まで出向いて「シュガーラッッシュ:オンライン」のMovie NEXが発売になったのを記念してオープンするOH MY CAFEを見物。遠い昔に原宿アパートが建っていた角地が今は東急プラザになっていて、そこの3階の表参道を見下ろすスペースにフワフワな感じで「シュガーラッッシュ:カフェ」が出来ていた。映画は1度みてヴァネロペとラルフの生き方の違いが浮かび上がってなかなかにシンミリとさせられるエンディングだったけれどもカフェの方では2人は仲良くソファなんかに鎮座してはお客さまをお迎えしてた。そしてメニューもパンケーキがあったりパスタがあったりボックスのランチめいたものがあったりとなかなかに多彩。ちょいと入ってくつろぎつつ、映像を見てグッズを買ってと楽しい時間を過ごせそう。

 展開しているのはこうしたコラボカフェが事業になっているレッグズで、前に渋谷で「刀剣乱舞」のカフェを見たけどグッズがなかなかに凝っていた。ここん家もヴァネロペもプリンセスということで映画の中でディズニープリンセスが勢ぞろいしていたあの感じを取り入れて、いろいろなプリンセスとヴァネロペがコラボしている絵柄のものが並んでいた。これは結構楽しいかも。って過去にこんなのあったっけ。ヴァネロペだけがいろいろなプリンセスと遊べるんだから羨ましがるプリンセスもいるだろうなあ。メリダとか。一応は参加していたから立派にディズニープリンセスなんだけれど、ちょっぴりハブられ気味なんで。頑張ってメリダ。

 せっかくだからと「甲鉄城のカバネリ」の新作となる映画「甲鉄城のカバネリ 海門決戦」を試写で観る。テレビシリーズは薄ぼんやりとしか見てなかったんだけれども生駒がカバネリになって無明というカバネリの少女がいて闘っている後で鉄道が城として領民を乗せて異動しているといった設定、そしてカバネとよばれる一種のゾンビが徘徊している世界観はだいたい理解していて、そんな中で立ち寄った場所で海門城なるカバネのすみかを攻略しようとする作戦に参加。けれども襲ってくるカバネたちがどこか可笑しいことに生駒が気づいてそこから彼や無明らカバネリに対する偏見なんかも露わになりつつ決戦へと向かう展開が繰り広げられる。

 冒頭から無明のガンカタ的なアクションがすごくて長筒を振り回しながら撃ち叩き蹴り飛ばしたるするあの武闘はカバネリだから出来るってものでもないだろう。でも生駒だって強くなっていたから運動神経が向上するんだろうか。そんな生駒のにょきっと生えた太ももが肉感的で激しく動くなかに妙な色気が立ち現れてスクリーンに目が釘付けになる。冒頭のバトルの後半の海門城へと向かう途中での強大なカバネとのアクションでも、なかなかに激しいところを見せるのに平時は生駒にキュンキュンしてるギャップが面白かった。67分と長くはないのに1本まるまるしっかりと起承転結を見せてくれるから長編アニメーションを見たなあって気にさせられる。小川びいさんは冒頭に総集編なりプロローグ的なものを入れて説明をすれば80分くらいのちゃんとした長編になるのに勿体ないと話していて、それもまたしかりだけれど2週間限定上映のイベントものなら劇場に負担をかけずに軽く回すってのもありなのかも。公開されたらまた行こう。主に無明のアクションを見に。


  【4月17日】 朝起きたらモンキー・パンチさんの訃報。早くからデジタルで作画なんかをしていたことで知られていて、マルチメディアなんかを担当し始めたころに「コブラ」の寺沢武一さんなんかと並んでデジタルで漫画を描く最先端の人といった感じになっていた。その時ですら60歳を過ぎていた訳で、新しいことに貪欲なそのスタンスが今にいたるまで現役で走り続けさせたんだろう。アニメの「ルパン三世」ばかりが表に出てしまいがちになるけれど、しっかりと創作も続けていた感じだし。

 そんな「ルパン三世」がアニメ放送から40周年となったのを記念した展覧会が、2011年に松屋銀座で開催された時に取材に行ってご本人をお見かけしたことがあった。そこで話されたのが「ルパン三世」誕生までの時間はわずか10分間だったってこと。新しい連載のために何か考えてと言われ、10分ほど逡巡して007みたいなスパイアクションを思いつき、そしてルパン三世というキャラクターを思い浮かべて世に送り出したとか。それが長い間、日本の漫画でありアニメーションを代表するキャラクターとなって今もまだ新作が作られ続けている。アイデアとは練りに錬るだけがベストじゃなく、瞬間の思いつきをいかに守り育てるかってのも重要なんだってことで。

 訃報に際してテレビなんかだと「ルパン三世」のアニメーション映画が追悼で放送されるみたいだけれど、それがマモーの登場する「ルパンVS複製人間」というのが果たしてベストかというと迷うところ。「カリオストロの城」ではあまりに宮崎駿監督してしまってルパン本来の悪党ぶりってのが出ないんでこれは違う。でも「ルパンVS複製人間」も監督は別。だったらモンキー・パンチさんが監督を務め栗田貫一さんが押し殺したような声で渋いルパンを聞かせてくれた「ルパン三世 DEAD OR ALIVE」が相応しいような気もしないでもない。金曜ロードショーでは2011年に放送されたみたいだけれど、マモーよりは時間が経っているんだから是非に。あるいは深夜にでも。それでこそ追悼だから。

 失職して2週間ほど。この間、いろいろある転職サイトや個別の採用情報なんかから、それなりに名の知れたネット系メディアや出版系にいろいろ応募したり、採用はやっていますかと問い合わせてみたものの、年齢も年齢だからかなのかやっぱりキャリアが拙いからか、ほぼほぼすべてに書類段階で門前払いを喰らい、問い合わせにも返事をもらえない状況が続いていて、世間はやっぱり厳しいと実感する。だいたい分かってはいたし、だからこそ大手の転職エージェントがあてがわれ、5月あたりからそのご指導のもとに動くことになりそうなんだけれど、これまでやって来た情報発信のようなことがやれなくなるというのは、なかなか寂しいものがある。

 これなら残ってでも同じ屋根の下、無関係の仕事をしながら雌伏すれば良かったかな、なんて思ったりもしないでもないけれど、あと数年を過ぎて50も半ばになった辺りで父母がどうなっているかを考えた時、実家を放り出して東京にひとりで居続けられるか、そして60歳を過ぎて居続けてどうなるかといったあたりを考えると、この辺りで生きていく上での基盤を整え直すというのも、ひとつのタイミングだったのかもしれない。どうだろう。そこでやっぱりもうちょっと遊んでいたかったなあというのが未練って奴か。

 とはいえ、フリーとして何かすぐに来るはずもなく、今は日々を胡乱に過ごすばかり。朝起きてすることがないので近所の喫茶店へと入って、電源をとりながら日記を打つだけの日々を繰り返していると、これでは何もならないと思えてきて余計に気分が沈んでいく。今すぐ老父母が暮らす実家の名古屋に戻り、正業に就くのがベストって思いも浮かんでくるから人間、やっぱり故郷というものを忘れられないものらしい。戻って例えば大学とか公共団体の事務とかに就ければいいし、ウエブサイト向けの作文だってやればやれるけれど、そこでも年齢がネックになるんだろう。

 だからやっぱり居残ってでも、って言ったところでどうにもならないし、のぞけばいろいろと縮小が始まっていてこれからさらなる放出なんてもの予想できそう。媒体規模から見ればやっぱり人が多すぎるのだ、そして年齢層が高すぎるのだ。いったいどこまで行くのかなあ。すでに200人規模で放出されたんだけれど、皆さんいったいどこに収まっているんだろう。それともこれから収まっていくんだろうか。追加なんて行われる前に早々に決めたいところだろうなあ。うまいことやっている人がいたらうまみを分けて欲しいなあ。そんな人がいればだけれど。僕で年ならそれ以上。割り切って年金支給まで生きのびる算段か? それもまた良いかもなあ。実家に戻ればできないこともないしなあ。

 現実が大変だとかフィクションに登場するひどい状況が我が身に跳ね返ってなかなか本が読めないんだけれど、それだと仕事にならないんで電撃大賞で選考委員奨励賞を受賞した野宮有さんの「マッド・バレット・アンダーグラウンド」(電撃文庫)をどうにかこういんか読み終える。両親が惨殺されて孤児院に預けられながら逃げ出して身を娼婦に落とした少女が誘われ逃げだしたところをつかまる、といったてんこ盛りの悲運な境遇にあって、それが最後に絶望を誘うものだったりしてどうにもこうにも居たたまれなくなる。だからこそ少女を救うラルフであり、リズといった存在の意義も強くなる。

 2人は別に正義の味方ではなく、どちらかといえば悪党の側。銀の弾丸なるものを埋め込まれることによって、異能を発するようになっていてその力をふるって街のダークな場所から寄せられる依頼をこなしている。自分が買って所有したものなら取り入れて放り込んでおける無限の空間を持っているらしいラルフに、強靱なパワーを発揮できるリズ。そんな2人が組んで助けた少女娼婦がシエナ。負ってくる銀使いのマクスウェルやユルゲンたちをかわしつつ倒しつつ逃げ出したものの、途中でいろいろと仕込まれ驚きの展開へと向かった先。オルテガなる犯罪組織の幹部が目論んだある事態、それは世界を滅ぼしかねないものだったけれどラルフが異能の発動条件の中で押さえ込んで事なきを治める。そのあたりにパズルの要素もあり、異能バトルの要素も存分にあって楽しいノワールアクション。ライトノベルとしてこれが異色なら今のライトノベルってユルいよねえ。

 たぶん、そういう思いもあったんだろうか、小説投稿サイトの人気ランキングから発生した、異世界転移や転生が席巻するライトノベルの分野をもっと活性化させたいという考えからか、メディアワークスで数々の人気作家を担当し、今はストレート・エッジというプロダクションを立ち上げ作家のマネジメントやエージェントみたいなことをしている三木一馬さんがLINEと組んで始めたLINEノベル。自身が統括編集長となるものの、ストレートエッジで抱え込むのではなく、参加してくれる作家がいればそれは参加する出版社が話をして奪い合って自分のところに引っ張るということになるらしい。

 すでに刊行が決まっている作家も大勢いるけれど、これから乗っかってくる作家にとってはどこの出版社の傾向に依存することなく、フラットな状態で自分にとって相応しい、あるいは相性の良い版元を見極めることができるシステムと言えそう。そこで自分は三木さんに面倒を見て欲しいとこだわる作家もいるかもしれないけれど、うちは違うと言われたら他を当たるしかない訳で、版元にとっても作家にとっても最良を模索できる環境にあるんじゃなかろーか。これで書き手が活性化し、ランキングとかに左右されず本当に書きたい物を書けて、そして読者もランキングの順位とか気にしないで、読んだら面白いものが読めるようになればベスト。とはいえ傾向に縛られ固定化した頭にいきなる、まっさらの新ジャンル新カテゴリーが飛び込んで来てエラーを起こさず受け入れられるのか。そこにレビュアーとしての筆が活かせそうだけれど、今の弱体化した眼(まなこ)ではちょっと判断がつかないなあ。10年は食える金はあると開き直って読み手に徹するかなあ。


【4月16日】 いやあ凄い。ここまでぶっ込んでくるとは武田綾乃さんは京都で言うところのいけず女子ってことなのか。シリーズ最新刊となる「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章 前編」(宝島社)が届いていたので早速開いて読み始めて、そのまま読み終えてフウと一息。終わってない。それは前編だから後編に続くって意味ではなく、蒔かれた波乱と不穏の種が回収されないまま残ってハラハラドキドキ感を煽っているってこと。前作の「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章」も前編後編の刊行だったけれど、新一年生にまつわる問題はとりあえず前編で解消されて後編は映画「リズと青い鳥」と同様にだいたいが鎧塚みぞれと傘木希美の関係が中心に描かれていた。

 でも今回は前編でいろいろと持ち上がった不穏がそのまま後編へと引き継がれていく。もちろん前編だけでも吹奏楽部という大所帯の中に発生するさまざまな人間関係って奴をそれなりに解きほぐしてはいる。でも、その中にあって部長となった黄前久美子は自信と不安をない交ぜにしたまま、解消させることなく後編へと向かって進んでいきそう。彼女は大丈夫なのかと思うと同時に、今まさに自信と不安が(というか不安が大部分だけれど)ない交ぜとなって泣き暮らしている自分が重なって、そのまま明日をどう生きるかって迷いに引きずり込まれる。

 詳細は発売前後だから避けるけれどもそうした感じに安心や安堵の中に置かず、それこそ間際まで緊張感をキャラクターたちに与え、同時に読み手にも与えるこの最終章は後編が出るまで感動しました感涙に咽せましたというのが難しい。今はだからどうなってしまうのか、それはコンクールの行く末だけでなく出てくるキャラクターのすべてに言える疑問として、引きずりながら6月という後編の刊行をひたすら待とう。それまでこちらの精神が耐えられるかが心配だけれど。結構な金額が舞い込みながらも社会にコミットできていない不安に苛まれるか、開き直って今を楽しく生きようとするか。うーん、どっちも嫌だなあ。実家に戻ってユーフォニアムでも吹き始めるか。

 朝からフランスはパリにあるノートルダム寺院が火事で燃えているというニュースがあちらこちらから伝わってきて、映像とか見たら特徴的な尖塔が焼け落ちていたりして本格的に燃えている様子。テロかとも思われたけれどもどうやら修復かなにかしていたから、それが原因で引火したって話らしい。ってことはかつて法隆寺の金堂で壁画を模写していたら、電気座布団か何かがショートして火が着いたって話といっしょか。文化財の保護活動は重要だけれど文化財だけあって冷暖房は完備してないから、冬場だといろいろ暖を取ろうとして燃え上がるって話もありそう。ノートルダムがそうだったかは不明。でも過去に何度も燃え落ちている寺院とは違って結構前からの建物らしいから、修復はしても文化遺産的にはパワーが弱まるなあ。聖遺物とか美術品とかは運び出されて無事でも建物自体が遺産だった訳で。どうなることか。

 今日が最終日ということで、アーツ千代田3331で開催されている「ラフ∞絵」展を最後にもう1度と見に行く。割と閑散としていて平日とは言えこれほどまでの凄みをもった絵が並んだ展覧会が、この程度の影響力で終わってしまうことのもったいなさを感じる。見れば絵を描くことへの情熱をかき立てられる展覧会だし、秋本治さんによるラフ画というかネームを見れば、漫画を描こうとすることへの情熱をとてつもなくかき立てられる。こうやってネームを切っていくことで漫画の設計図が作れるんだ、本となったものと見比べることで何がどう違っているかも勉強できるんだと思えば、それこそ手に単行本を持った漫画家志望者が群れを成して列を通って見入っていたって不思議はなかった。

 でもやっぱり評判は秋本治さんって凄いなあ、止まり。せっかくのネームの展示がその膨大さの前に霞んでしまった観もあった。可能ならそれこそ秋本治ネーム美術館を作ってそこに、コピーでもいいから大量のネームを並べつつ漫画の単行本も貸し出して、それこそその場でネームを切っていいくらいの開放感を与えて勉強してもらったら良いとすら思った。日本をクールジャパンの国にしたいなら、国がそういった施設を建てるくらいのことをすべきだった。あるいは計画倒れに終わった麻生政権下の施設なんかが、そういう役割を果たしたかもしれないけれど、今となっては過去の話ならこれからの予算でそうした施設を作れば良い、って思ったもののそういう方面にお金を使う政権でもないんだよなあ。だったらやっぱり民間か。明治大学でもKADOKAWAでも、アーカイブを整え教育に資する展示をして欲しいもの。そのための手伝いだったらいくらでもするから、無職だし。お仕事どこかに落ちてないかなあ。

 今日明日ですることが何もないので秋葉原から地下鉄銀座線で京橋まで行ってそこから歩いて「あらわか画廊」へ。「王立宇宙軍 オネアミスの翼」の冒頭に映し出されるあの世界を現したような絵を描いた大西信之さんによる、それらの絵を版画にした物を集めて展示する「大西信之展 オネアミスの翼」が開かれていたんでのぞいたら、何と大西さんご本人がおられていろいろと話を伺う。まだ映像もほとんど出来ていなかった頃にオープニングの音楽を依頼しなくちゃいけないから、坂本龍一さんの所に行って映像と描かれていた絵を見せたといった話とか、海外ではアニメとして「オネアミスの翼」が結構良いランキングに入っているといった話とか。

 ディズニーが配給して宮崎駿監督のアニメは全米に広がったし、マンガエンタテインメントが売った「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」はビルボードのビデオチャートで1位を獲得したけれど、それよりはるか以前の作品で「AKIRA」のように大友克洋さんの原作がある訳でもないオリジナルアニメーションが海外で知られていった回路はやっぱりファンサブと口コミなんだろうか。「新世紀エヴァンゲリオン」以降なら同じGAINAXが手がけた作品として認められただろうけれど、それ以前で知っていた人がいたらやっぱり相当なファンだろうなあ。どこに惹かれたか。貞本キャラが坂本(上野)音楽か大西さんの絵か。世界観と物語、ってのも当然あるだろうなあ、誰だって宇宙に行きたいのだから。夢を叶える物語が好きだから。ああ自分も頑張らないと。


【4月15日】 P.A.WORKSが本気を出してファンタジーを作るとこうなるのかといった見本のような「Fairy Gone フェエアリーゴーン」。清水貴子さんによるキャラクターデザインを等身とかいじらずリアルにシリアスな方向でしっかりを描き、戦闘シーンもアクションの緩めずに激しく描く。妖精兵と呼ばれる主人公のマーリャ・ノエルも含めたドロテアのメンバーなり、テロリストのウルフラン・ロウなりといった妖精使いたちが繰り出す、モンスターのような妖精たちの暴れ回る姿も手抜き無し。もちろんCGによる作画なんだろうけれど、それが全体に暗めのシーンによくマッチしてハードボイルドな空気感って奴を醸し出す。

 気になるのはやっぱり設定とストーリーで、ヴェロニカ・ソーンという暗殺者の女性を追ってヒロインのマーリャがまずはマフィアに潜入し、行方を捜していたらそこに置いてあった妖精に取り憑かれて妖精兵になってしまったという展開はそれ単独では分かるけれど、妖精兵というものがどうして作られ世界でどう扱われ、そして今はどうなのかといったところが冒頭の図解めいた説明で一気に繰り出されるから、なかなか頭に定着しない。誰が敵で誰が見方でどういう戦いが繰り広げられているのか。そうした中でドロテアはどこに所属して何をしているのか。世界の中、社会の中での位置づけがもうちょっとはっきりしてきたら、その行動が向かう先も見えて面白くなってくるかも。

 キャラクターではマーリャが市ノ瀬加那さんという声優でまだ新人に近いのにしっかりとした声を出して他にいくつも役をこなしている。傾向としては花澤香菜さんに近いけれどまだあそこまでのぶっ飛びはないから、かわいい系からだんだんとシリアスに向かってそしてギャグなんかもこなすようになっていくのかな。ドロテアではクラーラ・キセネリアって眼鏡っ娘がツンケンとした雰囲気も佇まいも最高。その繰り出す妖精があちらこちらを見張るカエルのような姿をしているのもギャップがあって良いかも。それとももうちょっとおどろおどろしい姿のものも出せるのかな。局長のネイン・アウラーはクールで男装が似合いそう。声が園崎未恵さんというのもハマり過ぎ。女性陣に特徴があり過ぎるだけに男性陣にはもうちょっと目立って欲しいところか。

 すでに覇権が確定している「なんでここに先生が!?」は第2話もコインランドリーに雨に濡れた児嶋加奈がいるというシチュエーションをぶつけられてもう悶絶。他に客もいないのか2人で相対をするとか羨ましすぎるけれど、そこでとりあえず服を乾かしたらとアドバイスをできるところがまだ冷静。けれどもそこでブレイカーが飛んで直そうとして肩車とかする展開に、その辺にあるだろう椅子とかどうして使わないんだと思ったりもしないでもない。椅子が置いていないコインランドリーなんてないだろうに。それだと話が繋がらないから仕方がないか。そして上下をかえての肩車。頭にあたるそれが何か分かるだけ、児嶋先生も大人ってことで。

 後半はさらに突拍子もない展開に。佐藤一郎の母親と児嶋加奈が知り合いだっていったいどういう知り合いなんだか。先輩後輩か。同郷か。分からないけど家にいきなり先生がっていうのはやっぱり驚きのシチュエーション。それを考え納得のいくような展開に持っていく技がきっとこの漫画を面白くて人気のあるものにしているんだろう。他にもいっぱい先生が居て生徒がいたりする中で、どういったシチュエーションが考案されているのかを眺めるのが楽しみになって来た。原作本を買えば良い? そこはそれ、動いて焦れる児嶋加奈が可愛いってのがあるからやっぱりアニメーションで見ていこう。オープニングのポンキュッポンとかやっぱり凄まじいなあ、上坂すみれさん最高だなあ。

 松山剛さんがMF文庫Jで出している「君死にたもう流星群」とはまた別に、「雨の日のアイリス」を出した電撃文庫から軽くてそしてちゃんと面白い「おねだりエルフ弟子と凄腕鍛冶屋の日常」(電撃文庫)を刊行。手堅い異世界お仕事物で異種同居物でバトルがあって秘密があってと、盛り込まれたネタを存分に味わえる作品になっている。鍛冶の最高職人のフィーゴのところに、金属が苦手なはずのエルフの少女ルミアがが押しかけ弟子入り志願をしてそのまま居候。フィーゴに自分は嫁だ何だと言い寄りつつ世話しつつも、どこか自身の秘密を抱えて外に出そうとはしない。

 だいたいが本来は温厚な性質で、争い事なんて嫌いなエルフのはずなのに、ルミアは腰から高価そうな材質で出来たサーベルを下げている。それはいったい何? そこにも秘密があったけれど、明かさないままフィーゴの下で女房を気取っていたら、竜だって単独で倒してしまいそうな女騎士がきまじめな心につけ込まれて負わされた借金を、フィーゴがあっさりと解決してしまってそこに芽生えそうなフラグをへし折ろうとルミアが割って入ろうとする。でもそれは本心なのか。ルミアはフィーゴが本気で好きか、ってあたりも含め明らかになるクライマックス。彼女が抱えた業のようなものが浮かび上がる。

 でもそこで終わらせないで、ルミア鍛冶職人になろうとする本気を試す展開もあって、単なる復讐譚だけで終わらせないで続きを期待させるところが良い。しばらくはフィーゴのところで同居しながら、いろいろと学びつつ起こる事件に巻き込まれていく展開なんかを楽しませてくれると思いたい。ニセモノの黄金の鳳翼を作らせた存在とかも気になるところで、どうしてそんなことをしでかしたのか、その目的はといった辺りから巡らされる謀略に、フィーゴとルミアがどう挑むとか、あって欲しいかな。それにしても松山剛さん、どんどんと本を出している感じ。10年が過ぎていよいよベストセラー作家の仲間入り、なってコトになっているなら自分のことではなくても嬉しいなあ。自分ことはなんとかしないといけないなあ。

 まあ何ともならないんだけれどそれでも家で寝てばかりだと腐るんで、9時半には家を出て近所の珈琲屋でとりあえず先週に取材した内容からテープに録音してある部分を引っ張り出して、ざっととりまとめてみて一種のインタビュー原稿を作成。そこで終わって帰ってもやっぱり沈むんで、場所を変えつつ今度は一気に原稿として仕上げて関連原稿も整えて、依頼元へと送ってとりあえずの1日を終える。これで幾らになるかとうとそれほどでもないんだけれど、何かをやっているということで自分が社会につなぎ止められている気になれるのは我ながらチョロいけれど、そういう立場になれていない身には仕方が無い。もうちょっと過ぎれば諦めもつきつつ、時々来る仕事でもって社会性を確認できるようになるのかも。ならないかも。どっちなんだ。明日はもうやることも行くところもないから1日家で寝ながら本でも読んでいようかな。


【4月14日】 気がついたらAmazon Primeが1000円値上がりして4980円になっていたけれど、これは年会費であって月会費ではないから月々に直せば100円弱というとても小さな幅の値上がりで、それでAmazon Prime VIDEOにある豊富なラインアップをそのまま見られるんだったら、気にせずNetflixを併用して使うのが今は良いのかも知れない。「ケムリクサ」をリアルタイムで追いかけられたのも、Amazon Prime VIDEOが15分早く配信してくれたからだし。

 買った品物の送料が無料とかの利点はあっても、Amazonを頻繁に使って買い物をしている訳ではないからそこはあまり影響しない。ほかに何かメリットあったっけ。Amazonも昔は案件事に取材の案内が来ていたけれど、近年はとんとご無沙汰でそして取材の現場を離れてもう縁は切れてしまうのかな。どこかのメディアに潜り込めれば良いけれど、一次取材を丹念にやってるところってITmediaかCNET JAPANかImpress ニュースと言ったあたり。そういうところに潜り込めないとネットの情報をまとめてまるめて評論めいた言葉を添えて流すというのが大まかな仕事になっているところがあるから。

 それも一種のキュレーションであり、インターネットの勃興期に芽生えたニュースサイトの発展系と言えば言える。著名な評論家たちを束ねればニューズピックスになるしスピーディに編集者がやればJ−CASTになるといった違いはあっても、現場にあまり足を運ばないという点は変わらない。楽で良いじゃんと思えなくもないけれど、現場で得られる空気感とか雰囲気は、次の展開を想像する上で大切だから欠かしたくはないんだよなあ。なので今はどちらにも目を向けて、行けそうなところを探しているものの、やっぱりどこにも行けそうにないのだった。残ってりゃ機会はあったか? それが身を苛む心残りの最大要因。ぶっ壊してくれる事態は果たして起こるか。

 そして見た新文芸坐でのオールナイトは、「リズと青い鳥」でも「ペンギン・ハイウェイ」でも「若おかみは小学生!」でも途中で寝てしまって起きたりもするまだら模様の鑑賞になって、申し訳ない気がしたけれども深く眠れているようで浅い眠りが続いて、ずっと夢の中にいるような状況にあるとどうしても途中で脳がついてけなくなってしまうのだった。それでも「リズと青い鳥」は練習で鎧塚みぞれが覚醒したシーン、「ペンギン・ハイウェイ」ならお姉さんがニット姿で真正面に座ってまるまるとしている場面、「若おかみは小学生!」ならグローリー・水領さまが温泉に入ってドリンクをとりにいってぐるりと体をひっくり返し、そしてにじりよって上半身を立てる場面はしっかりと目に入れられたからまあ、良かった言っておくか。

 いやでも最後の上映だった「若おかみは小学生!」は大半を寝ていたようでふと目がさめたら木瀬一家が出て行こうとしている場面で、そこからですら意識が飛んでラストにおっこが真月といっしょに神楽を躍りながら両手を挙げるシーンになっていた。もう相当に心が眠りたがっている感じ。これが落ち着くとしたらやっぱり次が決まるか覚悟が決まるかといった段階になるんだろうなあ。フリーの人たちってその日の仕事が入ってないとき、そして将来にわたって仕事がないと思った時にどうやって心を繋いでいるんだろう。預金があってまだそこまでだったら大丈夫って心を整えるんだろうか。それなら十分すぎるほどのお金があっても落ち着かない自分は修行が足りないなあ。繋がりがあると確信が持てる時まで、このふわふわとした状態は続くことになるのかな。やれやれ。

 そんなオールナイトには「若おかみは小学生!」の高坂希太郎監督と、「ペンギン・ハイウェイ」の石田祐康監督が登壇をしてあれやこれやとお話をしたけど基本、石田監督が恐縮まじりに自分語りを行ってそれを高坂監督が戸惑いつつ優しく見守るといった感じが。とにかく「けいおん!」大好きな石田監督は山田尚子監督リスペクターで、「リズと青い鳥」なんかはもう洗練され過ぎていて、自分がのぞいちゃって良いのかとすら感じていた。同じ年の映画として賞レースなんかで比べられるのも烏滸がましいといった心理か。このあたり、「けいおん!」があって「映画 聲の形」があってと成功してきた映画があったから成り立った企画だって、これは高坂監督だっけが話してた。同じ時間軸を別の切り口から描く「劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜」もあるからストーリーを描く上で思いっきりやれたってこともあるんだろう。

 あとやっぱり「若おかみは小学生!」とはやっていることが正反対なのが「リズと青い鳥」で、誰かが何かを喋っていてもその顔とか描かずに胴体だとか手足だとかスカートなだとか違う場所を描いて、それでいて心情なんかも伺えるような感じで進んでいくのに対して「若おかみは小学生!」はもう画面で全部を描こうとして時間が足りなくなっていく。セリフのワードが増えるだけでも尺が伸びるので出す料理のメニューも長いのではなくさっと説明できるものにしたとか。

 なんとかエビのなんとか風なんとかソースがけなんとか焼き、なんて料理はそりゃあ出せないよねえ。そうした尺への苦労に対して映像が自由な「リズと青い鳥」が年末にともに賞にのっかったことが、この国のアニメーション表現の豊かさを現しているんじゃなかろーか。「劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜」に演出チーフとして参加している山田尚子監督だけれど、次では何を題材に何を描くか。注目されているだろうなあ、石田祐康監督からも。その石田監督も次に挑んでいる最中で何が来るかはお楽しみ。今年だけじゃなくアニメーション映画はまだまだ楽しませてくれそうです。

 沈んでいてもインプットが滞るのでイオンシネマ幕張新都心まで出かけて「LAIDBACKERS−レイドバッカーズ−」。勇者と魔王の戦いが終わってその果てに、ってあたりで「えんどろーる」なんかとも重なるけれど、「えんどろーる」は魔王が過去にとばされそこで未来の勇者を相手に先生となっていろいろ教えるほのぼの系だったのに対して、「LAIDBACKERS−レイドバッカーズ−」は魔王も姫騎士も狂戦士も舞踏家も魔術師もまとめて転生しては魔王は小学生の女の子となり姫騎士はなぜか犬の姿に。でもって魔王はもう力がないし反省もしていて世界を侵略する意図は見せないのに、姫騎士はずっと疑っているという構図がある。そんな中、魔王の欠片が散らばってしまった京都あたりを根城に、駄菓子屋に潜り込む形で姫騎士一行は魔王の欠片がもたらす変異を解決している。

 そこで伸ばせば魔王の裏切りなり強大化といった不安をはらみつつ、主線では魔王の欠片が現代の京都にもたらす奇妙な出来事と、ファンタジー世界から来た者たちがおおっぴらには出来ないから隠れつつ日常にとけこみながらこなしていく、一種の退魔ものとして成り立ちそうな気がする。今は映画だから断片として事件のひとつふたつを見せてはいるけれど、これでテレビシリーズ化となったら魔王の本心にもうちょっと疑問を残しつつ、あるいは一緒に暮らしている教師が実は……といった設定を含ませながら退魔のストーリーを進めていくんだろう。全部集まった時に魔王は? ってな感じで。どうするんだろうこの後。中編1本で終わりかなあ、そういう映画って結構あるからなあ、今。キャラでは舞坂舞を演じた茜屋日海夏さんが、昨日i☆Risで見たばかりだったんで白いアイドルの黒い腹も見せる演技の幅にちょっと感心した。底抜けに明るい真中らぁらだけじゃないんだね。


【4月13日】 転職サイトの募集を見ながら、ここならいけそうとかここは無理そうとか考えつつ、ネット上の履歴書を埋めてはポチッと応募のボタンを押してみる日々。いけそうったって経歴の面だけであって、そこに年齢という条件が乗ったときに一気に者子は狭まって、門前払いを喰わされる可能性がぐっと広がる。雑誌とかの編集だって20代ならまだまだ新人だし、30代でもどうにかこうにか使えるまでの3年経っても40歳前で、そこから15年は働いて利益をもたらしてくれるから、雇う意味はそれなりにある。

 でもさすがに50歳を過ぎていると、そこから10年はちょっといてくれそうもない。いくら65歳まで雇いなさい、70歳までだって是非にと政府とかが言ったところで、そこまで勤められても人間なんで感性は古びてフットワークも落ちる。そうなる人間を敢えて雇いたいかといえば、やっぱり若くて20年は使えそうな人を選ぶってのが商売ってもの。だからもうここはそうした道なんてないと思って、手持ちのお金をどこまで長く保たせられるかを考えながら、年金の支給が始まる65歳までを頑張るのが良いのかなあ。それもまた心が沈むからやりたくないので、頑張って探そう、雇い先。あるいはお仕事依頼先。

 とか行っていたら、虹会なんてものに入ってしまって言った先からひっくり返す浮かれ者。周囲に引きずられてしまう性格が、今回も無謀にも行き先も決まってないのに飛び出させてしまったんだろー。仕方が無い。んでもって虹会ってのはつまりはi☆Risのファンクラブで、今日から三郷市文化会館でもって2019年のツアーがスタート。FIVERと銘打たれたツアーはカジノのスロットを模したセットを背景にして、ちょっぴり大人な雰囲気でもって楽曲が繰り出され、ダンスも行われてハードにしてアダルティなi☆Risって奴に見えることができる。

 ずっと「プリパラ」の中の人たちだって感じていたけれど、そうした楽曲を前半中盤にはいっさい持ってこないでオリジナルをやり、そしてカジノのスロットになぞらえて出て来たメンバーがそれぞれに持ち歌なのか誰かの歌なのかを演じてみせる展開は、たとえ仕込みがあったとしてもなかなかにスリリング。だって「おジャ魔女どれみ」の「おジャ魔女カーニバル!!」なんて歌ってくれるんだよ。アニメの復活なんて話もあったりする中で、こうして歌われてくると「プリキュア」シリーズの停滞感を打破するために、東映アニメーションがテレビシリーズでぶつけてきては、そこにi☆Risがハマるなんて想像もしてみたくなる。まあそれはないかな、「プリパラ」が「おジャ魔女」じゃあズレ過ぎてるし。

 でも、「賢者の孫」の主題歌なんかもやってたりして、ちょっと前は「魔法少女サイト」もやってたりして活動の範囲は広がっているし、「賢者の孫」には若井友希さんと久保田未夢さんが出演していたりするから、芹澤優さん茜屋日海夏さんといった「プリパラ」でドンと前に出た人じゃないメンバーも、声優として認められているって証だろー。本当はWake Up, Girlsにもこんな風に全員が満遍なく活躍の場を持って欲しかったんだけれど……。それでもラスト近くをさいたまスーパーアリーナで飾れたことは僥倖だったか。今はまだ現役として走り続けるi☆Risはより多くの場所で多くのファンに今を伝えるために、ホールツアーを頑張ってくれればいつでも見に行けてファンは嬉しい。僕も嬉しい。

 予定だと5月25日に横浜の関内ホールでのツアーを見て、それから6月1日に中野サンプラザで昼と夜の両方を見る予定。そのあたりまで無職かどうかはなかなかに厳しいところだけれどまあ、生きるために必要な財源は確保されているので夏が過ぎても大丈夫、再就職の目星を9月くらいに設定しておいて夏は遊ぶ、なんてことをやったところでやっぱり心労にのたうち回るから早いところ決めるだけは決めたいなあ。そうしたら7月にあるというお泊まりツアーにだって堂々、参加できるから。そのために入ったようなものだから、虹会に。どういう風になるんだろう。夜だけ一緒とか朝だけ一緒って感じかなあ。そういうものだよなあ。

 ツアーの方は最後近くに「Realize」が来てアンコールから「ミラクル☆パラダイス」と「プリパラ」の楽曲が続いて、そして「賢者の孫」のオープニングが初披露されてトリは「Ready Smile!」とこれも名曲。「Make It」がなかったけれど、これをやると「プリパラ」感も濃さを増すから今回は封印ってところかな、それともスロットのコーナーに混ぜてくるんだろうか。回して誰が出るかで決めるスロットは、セットリストを固定化させずに他の会場とかも見たいと思わせる仕掛けになっているから。三郷市文化会館だっていっぱいじゃなかったし。でもツアーの評判を聞けば行きたいって人も増えるかも。次は虹会の会員としてメンバーが大きくプリントされたTシャツを買おう。誰ってうん、脚が目立ってた若井友希さんをここは推したい。ライブだと小さいのにいつも元気。見ていてほれぼれするんだよなあ。

 さあ「スター・ウォーズ」のお出ましだ。新3部作の最終章となるエピソード9のトレーラーとタイトルが発表。「スター・ウォーズ/ザ・ライズ・オブ・スカイウォーカー」となっているということは、ルークを含めたスカイウォーカーの家系に連なる誰かがライズ、すなわち昇ってくるってことになる。それはどこから? そしてどこに? この3部作でヒロインとなっているのはレイという女性。だからやっぱり彼女になるのかな。出自なんてよく分からないまま巻き込まれるようにして帝国軍との戦いに身を投じ、途中でフォースの力を覚醒させては戦いの中心に躍り出る。

 そんな人物に流れていたのがスカイウォーカーの血、ってことはつまり一種の貴種流離譚ってことになる訳で、それは元々の第1作「新たなる希望」のルークと同じってことになる。普通に暮らしていた青年が、巻き込まれるようにして踏み込んだ戦いの中、父親がダース・ベイダーで有力なジェダイだったけれども道を踏み間違えていたりして、そして母親はお姫さまで妹もお姫さまだったりするというゴージャスな家系があるいはレイにも、用意されていたりするのかもしれない。一方のカイロ・レンだって元は同じ血筋な訳で、そんなスカイウォーカーの血筋がいろいろな所から昇っては、帝国を打ち倒して初めて宇宙に平穏が戻る、なんてことになるのかな。そうならないと次の3部作なんて話になって生き続けるのが大変になるから、きっちり決着をつけてとお願い。12月20日かあ。生きていられるかなあ(そればっか)。

 さあ久々のオールナイトってことで新文芸坐で開かれる「ペンギン・ハイウェイ」「若おかみは小学生」「リズと青い鳥」の長編アニメーション3本を一気に見に池袋へと向かう。本当はそんなことしている場合じゃないかというと、そんなことでもしていないと時間が埋まらなかったりするのだった。じたばたしたって始まらない。生きてくだけらならどうにかなる中でそんな時間を寝ているだけでは勿体ないなら貪欲に知識を吸収し、現場の空気を吸っておくのが沈ますに済む最前の方法って奴だから。とはいえこの3本。きっとどこかで寝るんだろうなあ、以外とテンションがずっと張ってる「リズと青い鳥」では寝ないかも。ってことはやっぱり「ペンギン・ハイウェイ」かそれとも「若おかみは小学生」か。お姉さんとグローリーさんのどっちに心を寄せているかが分かりそう。


【4月12日】 完成披露上映会に続く試写での2度目の鑑賞で、ところどころで小日向夢は確認できたけれど、トランペットのチームで高坂麗奈と絡むこともなく、中学校の先輩にあたる黄前久美子と会話することもないまま小説と違ってスルーされてしまった感じだった「劇場版 響け!ユーフォニアム 〜誓いのフィナーレ〜」。そうしたところを原作からすべて拾っていったら、「リズと青い鳥」の部分も含んでいたりする内容では2時間あっても収まりきらなくなるから、100分の映画としてメインを低音部の新1年生と久美子や加藤葉月、3年生の中川夏紀あたりとの関係に絞ったのは取捨選択として正解だったんだろう。

 分からないのは今時に携帯で撮影したような縦長で荒れた映像による自己紹介が差し挟まれるところで、これって誰が何のために撮ってるって説明あったっけ? 効果としても掴みかねているけれど、物語の中で誰がどういう心情だったり何が起こっていたりするのを説明的に描写できないのだとしたら、収まる尺の中で節目になっても当然の演出として持ち出して来たってことも考えられるかもしれない。かといってスマホだとクオリティが高まってしまうし、記録用のビデオもどこか公式めいてしまうから、仲間内でそういう映像を撮るのが流行ってた、ってことにしていろいろと収録したのを後でつないだ、って解釈をしておこう。そしてそれは3年生編へと続くのです。SOUND!

 「キャロル&チューズデイ」のどこかで見てきたようなストーリーを最先端の宇宙とテクノロジーの中において見せる安定感とはまるで反対、浅草という老舗な感じが漂う場所を舞台にしながらアナーキーでアバンギャルドな映像を作りストーリーを作って見せてきた幾原邦彦監督の「さらざんまい」もまた、平成最後にして令和最初の問題作ってことになるかもしれない。ってかさらざんまいて皿が3枚ってこと? 河童の頭にある? 浅草の街に向けて自撮り占いなんてものを提供しているご当地アイドルか何かの吾妻サラが車上狙いをしていた久慈悠って少年も込みで自撮りしてしまい、怒った久慈が追いかけたらそこにいたのが吾妻サラと繋がっていそうな矢逆一稀という少年。暴れてそこにあった河童の立像を壊してしまい、ったんは分かれたけれども学校で在校生と転入生として再会し、そして向かった河童の立像のあたりでとんでもない事態に巻き込まれる。

 つまりは河童になってしまうってことだけれど、そうした展開でもって描かれる描写の図像的というか幾何学的というか裸になって飛んで駆けてもシュビビンシュビビンシュビビンビンといったタツノコにはならず、「Free」かその辺に見えてしまうように描かれていて女子の目とか釘付けにしそう。でもっていろいろと問題解決なんかもしてそして、途中で吾妻サラの正体なんかもいきなり明かされていたりして、次からどんな顔で観たら良いのか分からなくなったけれど、考えてみれば声を当てている村瀬歩さん、「ガッチャマンクラウズ」で女装の爾乃美家累を女性としか思えない声で演じていて、それにツいてるとか考えられなかったから吾妻サラを見てもツいてないと思うことは可能なんじゃないかなあ。どうだろう。

 「少女革命ウテナ」が所々宝塚的でそしてマインドとしてアングラ演劇的な芝居を見せていたのとは違って、こちらはもうちょっとパレード的な雰囲気でもって全体を彩っている感じ。そした一種のお約束が重なっていくと話が進まなくなるんだけれど、だんだんとお約束は圧縮されてストーリーが増えていくのもまた傾向なだけに、最初はグッと掴んでおいてそれから個々の物語を見せていくってことになるのかな。その物語がちょっと掴みづらいのが何だけれど、お悩み解決って訳でもないだろうし。ヒロインの数が足りてないのが目下の悩み所か。あんまりいなさそうだからなあ。だからこそ頑張れ吾妻サラ。

 幸せの雨を降らせるなら、やっぱり金の雨も降らせた方がいいんじゃないかとも思ったオカダ・カズチカさんと三森すずこさんとのご結婚。同じブシロード関連の事務所であったり新日本プロレスに所属していて近い関係にあったとはいえ、声優とプロレスラーでは昔だったらまるで住む世界も違っていて繋がることなんてあり得なかった。それが今はブシロードというキャラクター企業が新日本プロレスを傘下に持っていて、プロレスラーをキャラクターとして活用していたりする時代。キャラクターの声をつけて命を吹き込む声優さんたちと同列にいても不思議はない状況から、同じグループってことで共演も多かっただろう中、恋が芽生えたって言えるんじゃなかろーか。

 だからアニメファン的にはまったく不思議も問題もないカップリング。ただしプロレスファン的にはどういった認識で受け止められるかが分からない。今時のプロレスファンは新日本プロレスがブシロードでカードファイト・ヴァンガードだって分かっているから関係ないのかな。東京スポーツが何を書いたかちょっと知りたい。週刊プロレスってまだ出てたっけ。あとはゴングとか。プロレスもそういう意味では斜陽の中を、キャラクタービジネスのメソッドを持ちこみここまで復活させた木谷高明さんの偉業を讃えるしかなさそう。それがなければ生まれなかったカップルだから。ともあれお目出度うございます。一緒にラジオをやっている前Qさんの衝撃度が知りたい。

 南阿佐ヶ谷あたりでちょっとだけお仕事をしてから渋谷へと回り、電源がとれるファーストキッチンでワイルドロックっていうパテが肉になったハンバーガーをむさぼりながら「劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜」の感想なんかを仕上げてそして、時間が来たんでCHAMPFIREの部屋で開かれたド・ミード展開催記念トークイベントを見物。新たにYAMATO2520の幅が5メートルもある絵が展示されることが発表になって、行けば10メートルごとに区切られて40本の線が並んで400メートルあることを示している絵をバックに、インスタ映えする写真が撮れるらしい。

 でもファンはそんなことしている暇があったら近寄ってどこに何があるかを見るよなあ。シド・ミードが宇宙戦艦の中にいったいどんな機能を求めたかが手に取るにに分かる貴重な作品だから。もうずっと近寄って眺めるおじさんたちでインスタ映えする写真は撮れそうもないんじゃないかな。あとトークイベントによると、シド・ミード展ではPROGRESSIONSのコーナーに映画「ブレードランナー」でルトガー・ハウアー演じるロイ・バッティが詩的につぶやいた言葉を題材にシド・ミードが描いた「ショルダー・オブ・オリオン」という絵が展示されるとか。続編に向けて俺に参加させろと描いたものらしく、映画のコーナーには置かれず図録には載せられないそうなので行って見るしかない。それが一生で唯一の観測機会になるんじゃないかな。

 あと以前にもシド・ミード展のキックオフミーティングに登壇して、インダストリアルデザインの立場からシド・ミードの姿を語っていたカーデザインとかしていた田中一雄さんが登壇して、テーパーでシェル構造でブラックラインのミードデザインを今回は詩的はしなかったけれども、デザインってのは夢を作るものでそしてシド・ミードには夢があると力説し、見てと訴えていたのが印象に残った。加えて映画監督の樋口真嗣さんが、最近は若いメカデザイナーが出てこないと嘆いて、シド・ミードを見て刺激受けてメカデザイナーになってと誘ってた。もしかしたら今回のシド・ミード展を経て、日本にメカデザインやってみたい若者とかインダストリアルデザインに進みたい若者がわんさか出て、20年後40年後の日本のメカと製品のデザインをガラリと変えることになる、その歴史的転換点になるかもしれない。ならなきゃそれは新しい才能を取り込んで活かせない空気が悪いってことで。今のそれだから出てこないのかもしれないし。


【4月11日】 ブラックホールの撮影に成功したそうで、光も吸い込むブラックホールをどうやって撮影できたかって突き詰めればきっと長い記事も書かれているんだろうけれど、そこはすっ飛ばしてブラックホールってのが可視化されたことがまずは僥倖。噂には聞いていても見せろと言って見せてもらえなかったそれが見られるようになったことは、宇宙を空想の産物から現実の延長に引っ張り降ろしてそこにいろいろと投資していく算段を立てやすくなったとも言える。夢でも投資して人類は月まで行ったけれど、その先はなかった。金になりそうもなかったから。でも宇宙関連にお金を出せば夢を超えた現実も買えるとなればこれから投資も回るだろう。発見への称賛を得たいスポンサーとかも増えそう。だったら何を狙うのか。ホワイトホールかなあ。そんなものがあればだけど。あるの?

 夜に開き直っても、やっぱり朝になるとわき起こってる将来への不安。というか、しばらくは何もしなくても生きていけるだけのお金はありながらも、これまでコミットしてきた事柄と引き離されて、自分がやって来たことがなかったことにされてしまって、いったい何をやったら良いんだろうと思ってしまうところに落ち込む要素があったりする。これだったら残って嫌でな仕事でも正社員として机に張りついて黙々と平日は仕事をこなし、それなりな給料をもらって週末に遊べば良かったかもと後ろ髪を引かれる。後ろ髪しかないんだけれど。

 とはいえ、それで60歳までいて1000万円程度の退職金で放り出されても路頭に迷うだけだから、ここが絶好の機会と割り切って東京を(千葉だけど)引き払って実家に帰って、週休2日で残業もあまりないのんびりとした仕事をしながら土日に本を読み、行ける範囲でイベントに行く暮らしができると思えれば良いんだけれど、やっぱりやって来たことに未練があるのが人間って奴で。とはいえ同じ様な取材ができる現場ってほとんどないんだよなあ。請け負っているライター仕事が1番近いという。だったらそれで幾らかもらいつつ残りは取り崩して自分を楽しく生きていくってのもあり? それもそれで足下がフワフワで沈みそうに思えてしまうのだった。参ったねえ。

 沈んでいると腐るんで、それなりな金額にしかならなくても顔つなぎをしてその先へと繋がりを伸ばすために、交通費を使って取材へと赴く。向かうは原宿のプリズムストーン原宿2階にオープンする「プリティーオールフレンズ レインボー・イースターカフェ」。テレビアニメの「プリティーリズム・オーロラドリーム」から「アイドルタイムプリパラ」まで、歴代5作品の主人公を集めた「プリティーオールフレンズプロジェクト」ってのがあって、レジェンド級のヒロインが連なる中から今回は「プリティーリズム レインボーライブ」に登場する彩瀬なる、福原あん、涼野いとの「ハッピーレイン」、蓮城寺べる、小鳥遊おとは、森園わかなの「ベルローズ」の6人がフィーチャーされている。まあだいたいはなるとべるだけど。

 そんなカフェは、プリティーシリーズが大好きな店長さんがいて、毎回凝ったコラボレーションをしてくることで有名で、見ただけではいったいこれは何を模しているのか分からないようなものもあったりする。たとえば「彩瀬家の特製!ハート・イロ・“ジン・ギス・カン”ドリームプレート」ってのは、アニメの中でしきりにジンギスカンジンギスカンといっていたりんねというキャラクターがいて、そのりんねがいなくなってしまった後でなるが家でもジンギスカンを食べている、と言ったストーリーに楽曲の「ハート・イロ・トリドリーム」ってのがかかっている。

 トリの代わりにジンギスカンっていう肉つながりもある種のかけ。そういう企みがすべてのメニューにあるから、ファンなら行ってこれは何だあれはどうだと会話が弾みそう。「思い出のクリームシチューに運命の赤い“いと”〜クロスサラダとパンを添えて〜」とか「めちゃうま!!私の好きなクレームブリュレの味がする!パンケーキ」あたりはまだストレートだけれど、4月26日から提供される、彩瀬なると蓮城寺べるのカップリングをイメージした「Little Wing & Beautiful Pride“ラブリーダック & セクシーチキン”全然違う二人だからできた、まだ誰も見たことのない情熱のチキンプレート」なんて名前も長い上に、どうしてチキンプレートなんだて話になりそう。飛翔する2人のイメージから来たものらしいけど、ニワトリって飛ばないよな。そこはまあ気にしない。

 「『わたし、ママのごちそうが食べたい!』蓮城寺家の特別ディナー 大好きなママの手作りGet Music!ハンバーグステーキ」とか山盛りになったチキンライスが添えてあるんだけれど、ジャンプとか現しているらしいから奥深い。ハンバーグの上にかけられたチーズの形にも意味が。それだけ凝ってあっても値段が1500円を超すようなものはないから、ドリンク込みで2000円ちょっとで行って味わい楽しむことができそう。一応は予約制だけれど平日とか大丈夫なんじゃないかなあ。でもやっぱり予約を。グッズも売られているけれど、新たに彩瀬なると蓮城寺べるのコスメが登場してフレグランスが置いてあった。嗅げば2人の香り漂う。それはいったいどんな香り? 試してみたい。

 平成最後にして令和最初の傑作アニメーションが生まれてしまったよ。「キャロル&チューズデイ」。ストーリーそのものは籠の鳥として何不自由なく生きているお嬢様がいて、身よりもないままひとりで懸命に生きながらも音楽で身を立てようとしている女子がいて、そんな2人が偶然出会っていっしょに暮らすようになりながら、いっしょに音楽もやって成り上がっていくといった感じで割とあったりする気がする。そこに子役から大人へとあがってきて、それなりに人気はあってもブレイクが必要とAI歌手にばかり楽曲を作ってきたクリエイターに楽曲を頼むタレントがいて、きっとどこかでぶつかり合うのもやっぱり展開として分かりやすい。ただ、そうしたストーリーを紡ぐ舞台が火星でテクノロジーが入り込んでいて、描写の中にそれらが自然と混じってその時代、その世界ならではの“日常”って奴を違和感なく見せているところが凄い。

 飲食店では最近だとタブレットを置いてそこからメニューを選んで注文する形で間にウェイターウェイトレスを挟まない店もすた丼あたりであったりするけれど、「キャロル&チューズデイ」ではテーブルに映像が出てそれを指でスクロールしながら欲しいものを注文できる。テーブルがモニターになっているのか、プロジェクションなのかARなのかMRなのかもちょっと曖昧ではあるけれど、それでもしっかりと未来の飲食店って奴を感じさせてくれる。それを言うならチューズデイが持って出たスーツケースなんかも自動で追尾するようになっていたりして、だったらと載ったら重量オーバーか電池が切れてしまって普通の重たいスーツケースになってしまった。それを盗んで行く奴もまた凄いけど。

 そもそもがAI歌手がいっぽうに居たりする状況が未来的。初音ミクがいくら話題になったところで初音ミク単体での歌がヒットチャートのトップに来るところまではまだ行ってない。いや、ネットの中ではとっくにそうなっていても、芸能の世界ではやっぱりリアルで生身のシンガーでありタレントが尊ばれては、日本レコード大賞に選ばれ紅白歌合戦に出場する。AI歌手が流行り始めている、あるいはそれが主流になっている「キャロル&チューズデイ」の世界で紅白歌合戦ってバーチャル歌合戦みたいになっているんだろうか。ってことはバーチャルが出て来て馬面で騒いでいるんだろうか。それはないにしても未来には起こりえる変化をそういうところに盛り込んでいる。

 且つ、すばらしい描画、素晴らしい音楽。窪之内英策さんのキャラクター原案を損ねることなく絵にして動かしてのけた作画陣凄まじい。表情の変化もしっかりと描かれている訳でそれは絵ではない訳だから。音楽については歌うときには外国のシンガーをそこにあてていて、それがちゃんとキャラクターにマッチしたものになっている。シェリル・ノームが遠藤綾とMay’nの両方であったようにキャロルもチューズデイも喋りと歌がつながって1人のキャラクターとして屹立している。フライングドッグが「マクロスF」「マクロスΔ」で試してきたことが目いっぱいに出たって感じかなあ。展開はある意味で想像はつきやすいけれど、そうした絵と設定を眺め未来の宇宙の感じを味わい良い歌に聴き惚れられるアニメとして、向こう3カ月を楽しませてくれそうだ。こちらの気分さえ良くなれば。今はちょっとカウンターで飲んだくれていた元音楽ディレクターに自分が映って手足に震えが。ヤバいなあ。



(ACCESS COUNTER '96.07.20)


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