機械仕掛けの愛1

 ロボットに心はあるのか。人間が主観的に感じているのと同様に、ロボットには自ら思考して答えを出す、心のようなものがあるのか。機械だけあって単純に、積み重ねられた膨大のデータから取捨選択して、反応しているだけに過ぎないのか。たとえ反応に過ぎないのだとしても、それが人間の心の動きといったいどう違うのか。そもそも人間の心とは何なのか。

 小説や漫画や映画やアニメーションといったジャンルで多く描かれ、様々なバリエーションが生み出されている、ロボットの心という命題を含んだ物語。これに、「自虐の詩」などの作品を持つ漫画家の業田良家が挑んだのが、「機械仕掛けの愛 1」(小学館、524円)という連作集。現れたのは、人間に似て非なる存在としてのロボット、人間に従い人間を助けるロボットを一種の鏡に見立てて、人間という存在の特質を浮かび上がらせようとした物語たちだ。

 冒頭の「ペットロボ」というエピソード。夫婦の間で娘として育てられている少女のロボットは、“まい”という名を与えられ、遊園地にも連れて行ってもらったりと、かわいがられていた。それでも2年が経って、少女のロボットに飽きがきた夫婦は、新しい男の子のロボットを家に引き入れ、かわいがり始める。捨てられたり売られたりはしなかったものの、このままではいずれ外に出されてしまうと感じた“まい”は、かつて自分を育ててくれた女性のもとへと向かう。

 生活した記憶を残しておいた方が、人間らしい仕草や表情を見せられるからと、リセットされないで転売された“まい”は、優しかった彼女のことを覚えていて、また一緒に暮らせないのかと思って懐かしい場所へと向かう。もっとも、その女性がロボットを手放したということは、すなわち女性に本当の子供が出来ていたということ。たどりついた家で、本当の娘をかいがいしく世話をする女性を遠目に見て、“まい”は足を止める。

 ほどなくして、逃げたロボットを追いかけてきた会社の人に捕まり、連れて行かれようとしていた“まい”を見つけて、女性は「ルミちゃん……」とかつての名前で呼び止める。けれども、少女のロボットは「ワタシ、まいと申します」と言って微笑み、目の縁に涙のようなものを浮かべて去っていく。工場で今度は完全に過去の記憶を消去されてしまった少女のロボットは、中古品として店頭に並べられる。そこに、かつて彼女を“ルミ”と呼んでいた女性が現れ、もう自分を覚えていないだろう少女のロボットを買い取り、自分の家へと連れ帰る。

 捨てられるかもしれないという不安を抱き、かつて面倒を見てくれた優しい女性のところに行こうとする“まい”の思考が、ロボット工学的に正しいのかどうかを判断するのは難しい。ただ、人間に似ていても、道具でありペットに過ぎないロボットという存在を設定を入れ込むことで、ドライな家族の関係をそこに描いて、生んだ子でも邪魔なら捨てられる昨今の風潮、希薄化する人と人との繋がりを想起させる。その上で、大切にしてくれた人を思い続ける健気さと、かつて共に暮らした存在を家族と認める優しさを浮かび上がらせ、読む人たちの涙を誘う。

 「リックの思い出」というエピソードでは、病気がちの母親と、その娘を世話していたロボットが、娘を突然の事故で失い、悲嘆にくれていた母親から、娘と自分のことを忘れないでいて欲しいと頼まれる。間をおかずに母親は死んで、ロボットは放逐され、職場を転々とした挙げ句にスクラップ工場へとたどり着く。20年近くが経って、限界を迎えていたロボットに待つのは解体される運命。それをされてしまうと、娘と母親の楽しかった思い出までもが消えてしまうと抵抗したロボットは、家電をリサイクルする際にチップに、自分が持つ娘と母親の思い出を入れ込んでいく。

 家族を失ったことを悔いるロボットはロボットなのかといった疑問を脇に置き、ロボットだからこそ出来る手段で、思い出を繋ごうとする健気な物語として読めて、感情を揺さぶられる。マスターとの幸せな暮らしが一転して、ロボットが放逐されてスクラップ工場行きになるのは、松山剛という作家の「雨の日のアイリス」(電撃文庫)とも重なるストーリー。思い出を得た家電たちが、ときどき思い出を反すうしてストップする様が、どこか人間らしいと好評を得る展開から、ロボットを人間に近づけるために必要なことへの思索が浮かぶ。

 死刑囚の教誨師をしている神父のロボットが、マスターである会社の命令に逆らって、死刑囚を助けようとするエピソードや、失敗ばかりする店員のロボットが、店長のロボットが優秀なことに人間が腹を立てないためのガス抜きとして、わざと劣等ロボットにされていると知らされ、それでも劣等ロボを貫こうとするエピソード。何ら打算を持たないで、人に従順なロボットの優しさや強さが、打算にまみれた人間の醜悪さを指摘する。

 そんなロボットと人との関係の切なさややるせなさ、ロボットと人とが理解しあった場所に生まれる情感の温かさが響く物語。正義に純粋過ぎて、違法な偽札を作って貧民たちに分け与え、処罰されたロボットの融通のきかなさに、頑な過ぎるロボットが、人間を不正義だと排除に走るかもしれないと不安を抱かせるエピソードもあるけれど、それすらも、人間が面倒だからと経験して手を付けようとしない問題を、クローズアップして見せる効果を放つ。

 ロボットに心はあるかもしれないし、ないかもしれない。ただし、人間には確実に心がある。優しかった母親を慕う少女のロボットの姿に涙し、少女と母親を思い続けるロボットに同情し、ぎくしゃくしていた息子と母親との関係を、どうにか修復しようとするロボットに愛おしさを感じることができたとしたら、それは人間の心が見せたものだ。そうやって得られた感情を、今度は世界の大勢の人たちに、心を感じることもできない苦境に喘ぐ人たちに、向けて出していくことが、「機械仕掛けの愛」を読み終えた、心を持つ人間の使命だ。


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