そうこうしているうちに、春演のよいんからは完全に覚め、コンクールにむけての新しいステップを、踏まなくてはいけない時期に差し掛かっていた。
水曜日。かっちゃんの合奏の日。
部室にみんな集まって、保と健朗に指揮で、まずはB♭ドゥアーのロングトーン。チューナーを使った念入りなチューニングのあとは、『保のB♭ドゥアー』と恐れられたロングトーンの嵐。この頃はそれにコラールの十四番攻撃まで重なって、かっちゃんが指揮棒をもつまでに、けっこう疲れてしまう。
だけどこの日、かっちゃんが指揮台に持って上がったのは、指揮棒じゃなくて、一本のカセットテープだった。
コープランドのロデオ
バーンスタイン指揮ニューヨークフィルハーモニック。
それまでおれらは、コンクールの曲は、春演でやったフォーレのドリーにきまってると思ってた。いい曲なんだろうけど、静かな、演奏するほうにしてみれば退屈な曲。とくにトロンボーンの譜面には、全曲を通して音が三十個しかない。B組でやった『アヴェ・ヴェルム・コルプス』みたいだなって思ってた。だけど、まあ、いいんじゃない。フランスもの好きだし、みたいな感じだった。
だけど、本当にだけど、この曲『ロデオ』はすごかった。典型的なアメリカもの。アレグロ、変拍子、変なリズム。ラッパが吠え、トロンボーンがソロをとり、かえるの歌の大輪唱。そして最後は、めでたしめでたしみんな走れ。
この曲聞いて、それでもまだドリーにこだわる奴なんか、男じゃない。いや、吹奏楽やってるやつじゃない。そういう奴は、オケでも室内楽でも行っとくれ。
こうしてコンクールの曲は決まった。はじめて、みんなで決めた。
ロデオとドリーとウィンザーの陽気な女房たち。全員一致でロデオ、というわけにはいかなかったけれど・・約一名、ウィンザーの陽気な女房たちに手を挙げた奴もいたけれど・・とにかく決まった。
俺らは、この曲に夏を、かける。