不可逆的変化


  

覆水盆に返らず、って、うそだと思ってた。

いまはちがくたって、元に戻らないものなんてない、って信じてた。

 

不可逆的変化。

 

でも、それはあるんだよね。歴然と。

 このエッセイ、今回が十回目なんです。十週間、週末になるとワープロの前でうんうんうなってるんだけど、ちょっとたまってくると、なんかうれしくなってくるよね。
 たった十週間なんだけど、そのあいだには歴史があって。たとえば数週前に感じていたことを、そのときと同じようには、もう感じられなくなっていたりして。そんなことを歴史というのはおこがましいって、それは分かっているんだけど。
 おんなじように、ずっと前から書きためていた「おはなし」も、僕にしてはかなりの量にのぼっているのだけれども。
 先日、その「おはなし」をちょっと読み返した時に、すごく驚いたことがあった。
 

ああ、こういうふうには、僕はもう書けないんだ。

 

 そう思ったこと。そう思ってしまったこと。
 誰かに読んでもらえるなんて思いもせずに、そういってしまってよければ、純粋な心でおはなしを紡ぐこと。一点の曇りもなく、ただ一人のためにぎりぎりと文章を締め上げること。
 そういう文章の書き方は、僕には、もうできないんだ。このHOMEPAGEのような、手軽な発表の場を手に入れてしまった僕、この十週間の歴史を経験してしまった僕には。
 そう思ったとき、すごく驚いたよ。
 

 そんなことを不可逆的変化、なんて大仰にいうか?って。

 それは、いわないかもしれない。言わない人もいるかもしれない。

 でも、言うんだよ。僕には、それは覆水盆に返らず、っていうことなんだ。だって、もう僕が何年も、苦しみながら楽しみながらワープロと格闘してきた、そんな書き方が、もうできない、って思ってしまったんだから。
 もちろんそれは悪いことじゃない。寂しいことでもない。だって、新しいものの書き方ができる、ってことだからね。

 それを身につけるまで、もう少し、待っててくれるかな。
 
 

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