短編集


 あわただしい午前中の仕事が一段落して、会社をでて車に乗り込む。
 助手席には読みかけのペーパーバックが無造作に投げ出してあって、ちょっとコーヒーのおいしい喫茶店の駐車場で、それをもって車をでる。
 ランチのメニューはすでに決まっていて、席につくなり水をもってくるウェイターに、目だけ向けて注文をし、ペーパーバックを取り出す。
 こんなときに読むのは、短編集がいいよね。ランチが出される前に、そうでなくてもコーヒーが冷める前には読み終わるくらい。そして、おもいっきりセクシーで、一度くらい目を上げないと目頭が「やばく」なってしまうようなおはなし。
 みんなが仕事してるときに(ほんとはみんな昼休みなんだけど)、ひとりだけ別世界に入っておいしい体験をして、また現実にかえっていくんだけど、午後の仕事のあいだにも、なんかちょっとにやにやしちゃうような、そんなおはなし。
 そんなおはなしがいっぱいの短編集に出会ったら、一週間か二週間、すごくしあわせだよね。
 あたりでも、はずれでも、一日一編。それ以上は、もったいなくて読めないような、そんな短編集。毎日一個ずつ読みながら、読み終わってしまうのがこわいような、楽しみなような、そんな本を昼の喫茶店で読むなんて、なんて贅沢なんだろう。
 こんな贅沢な、なんていうか自堕落な楽しみに気がつく前は、本っていうのは長編小説のことだった。長いおはなしにずっぽりはまりこんで、身動きとれなくなるような、そんな感覚がすきだった。
 でも、いまは大好きだよ、短編集。
 こんなときに読む、とっておきの本、見つけたんだけど、それはひみつ。もうちょっとひとりで楽しんでからおしえてあげるね。

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