末延芳晴著作のページ


1942年東京生、東京大学文学部中国文学科卒。大学院中退してヨーロッパ放浪後ニューヨークに居住。現代音楽、芸術、写真等での評論活動を展開。

 


 

●「永井荷風の見たあめりか」● ★★★




1997年09月
文芸春秋刊
(1810円+税)

 

1998/01/31

 


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永井荷風は、私にとって内田百と並ぶ、興味つきない異色の作家です。本書は、その作家としての在り方の源泉を「あめりか物語」の中に求めながら、荷風のアメリカ生活における足跡を辿るものです。

ニューヨークにおいて自由の女神像を見、そこに体現されているアメリカの精神、思想に感激する一方、黒人とくに女性らに対する不平等、日本人・中国人町において売春が社会に不可欠なものとして定着しているという、アメリカ社会の矛盾を荷風は実地に見聞していきます。
鴎外漱石も留学中の体験を元に小説も書いていますが、彼らにとって書くことは外国生活の第一義的目的ではなかった。それに対し、荷風の場合は目的をもたない外国生活であり、常に作家としての眼で外国社会を見ることができた。そこに、鴎外・漱石らと違い、「東回り」でヨーロッパに赴き先進社会であるアメリカの実態を自ら体験してきた、荷風の作家としての新しさがあったのではないか、と。

「あめりか物語」は、言語の全く違う外国にて生活をしながら「書く」ことに出会っっていった、流離と出会いの物語であると筆者は語っています。娼婦イデス、清純なロザリンとの恋愛を切り捨てて書くことを選んだからには、荷風に残された道は書くことしかなかった、ということなのでしょうか。帰国後に書いた「ふらんす物語」が発売禁止処分を受けた後に荷風が選んだ手段は、書き続けること、弾圧に対しては徹底的な無視・無関心を貫くことではなかったか、それは「断腸亭日乗」に繋がるものではなかったか、と筆者は説いています。

荷風が好きかどうかを問わず、興味深く読める一冊です。

 


 

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