目黒考ニ著作のページ


1946年東京生、明治大学文学部卒。75年椎名誠らと「本の雑誌」を創刊、2000年まで発行人を務める。北上次郎のペンネームで冒険小説等の評論も多。


1.本の雑誌風雲録

2.だからどうしたというわけではないが。

 


   

1.

●「本の雑誌風雲録」● ★★




1985年5月
本の雑誌社刊

1998年10月
角川文庫化
(476円+税)



1998/12/12

「本の雑誌」発行人・目黒考ニ氏からみた本の雑誌の成長物語。
 
同誌編集人・椎名誠氏が描いた本の雑誌血風録とはかなり違う印象を受けます。
椎名誠氏は「本の雑誌血風録」を面白く書いています。木原ひろみ (群ようこ)さんの登場をはじめ、配本部隊の組成とか、出来事もさまざまです。本の雑誌の歴史を描いたという点では本書より俯瞰的のように思います。
 
本書は、やはり本の雑誌が椎名氏らとの雑談から生まれ、創刊号を抱えて目黒氏がひとりで書店めぐりしたことから始まります。
ただし、内容は「血風録」と対照的に、配本にまつわる苦労話のことが殆ど。
とくに配本部隊のことが中心になっています。その部分については、「血風録」よりはるかに詳しく、ジワジワっと伝わってくる楽しさがあります。それだけ本を好きな人がいたんだ、という喜びでしょうか。
 
就職しても「本を読む時間がなくなる」という理由だけで三日目退職を繰り返していた目黒氏が、あろうことかこんな雑事を負わされ、それにもかかわらず本の雑誌を続けたというのは、配本部隊と一緒の楽しさがあったからではないかと思います。
 
本書を締めくくる目黒氏のひとこと、それに対する配本部隊のひとりであった吉田伸子氏の最後のひとことに、静かな感動を覚えました。
本のために愚直に行動するこんな人達がいたんだ、ということを知るだけでも、読み甲斐のある一冊だと思います。

    

2.

●「だからどうしたというわけではないが。」● ★★




2002年10月
本の雑誌社刊

(1600円+税)



2003
/02/11

本書は、目黒さんが“Web 本の雑誌”に行き当たりばったりに連載した「目黒考ニの今週の一冊」をまとめたものとの由。

まず、最初の第一章ですっかり嵌ってしまいます。
1960年代日活映画のスターたち。「マイトガイ」小林旭に対し、二谷英明「ダンプガイ」菅原文太「タワーガイ」と宣伝されたとのこと。前者はダンプカー、後者は東京タワーからもじったものだというから、笑ってしまう。
 
次いで、脚本家→作家という流れから挙げられたのが、池田一朗=隆慶一郎「影武者徳川家康」「一夢庵風流記」の絶賛から本の話が始められるのですから、のっけから目黒さんに共感してしまうのは、当然のことでしょう。
 
本が読めなくなるという理由で何度も会社を辞めた目黒さんのこと、本への造詣は私など及ぶべくもなく、知らない本が沢山出てきますが、時折読んだ本も登場するから嬉しくなる。
興奮する程面白い、という場合、目黒さんは「ぶっ飛ぶ」と表現するようです。それが印象的。
また、群ようこさんの、「ようこ」の筆名由来が途中でふと語られています。それは余禄。
 
とにかく、本好き人間の語る、本についての話となれば、本好きとしては楽しいのです。

話は映画本から始まって/ミステリー作家の自伝と池袋/海を渡った日本人のこと/放浪する人たち/白球と中学生/犬が好き/図書館めぐり/編集稼業/実話雑誌の青春/本に関する本/旅暮らし/あとがきにかえて−最終回

 


 

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